Sonar Members Club No.36

カテゴリー: 伝奇ショートショート

ジェネラル・ザ・ライジング・サン 朝日将軍木曽義仲

2019 APR 5 6:06:16 am by 西室 建

 義仲が三年程暴れ回って見せているうちに、いよいよ平家は十万人もの大軍で討伐に乗り出し北陸に押し寄せて来た。
 以仁王の令旨に応えて平家討伐の挙兵をしてみれば、戦の何と簡単な事か。やれば勝つのだから止められない。勝てば年貢の取り立てに苦しんでいた連中がお追従を言いに寄って来はするが、義仲にはうっとうしい限りでしかない。
 源氏の再興等と言われても、そもそも義仲の父義賢は兄の義朝と一族でモメた挙句に義仲にとっては従兄弟に当たる悪源太義平に殺されている。鎌倉の頼朝に加勢する義理もヘチマもない。
 この時代、武士といっても江戸期に形而上発達した武士道など無く、言ってみれば傭兵集団だから筋目もお題目もない。平家がまとまっているのも清盛以降の話である。義仲にとっては単に戦が面白いだけだったのだ。
 だが平家討伐の令旨を出した当の以仁王は計画がバレて忙殺されてしまい、その遺児である北陸宮が越前に落ち延びてこられたのを庇護したため、一種の正当性が生まれた。
 側近の義仲四天王、今井兼平、樋口兼光、根井行親、楯親忠と愛妾の巴御前を呼んで言った。
「大軍を率いているのは平重盛の嫡男、維盛だそうズラ」
「ホホッ。都ズレした平家の公達なぞ恐るるに足らず」
「これ、巴。手勢は少ねぇラ。そうなめんじゃねぇ」
「殿こそ目が輝いてござ候。して、いかなる陣立てで」
「倶利伽羅峠に誘い込む。オミャー等は身を潜めていろ。ワシが立ちはだかって名乗りを挙げたら後ろに廻りこんで追い立てる側、と山側から射掛ける二隊に分かれて派手にやれ。地獄谷に放り込んでやるラ、おもしれーぞ」
「承って候。さてどう陣割りをするか」
「そんなのは任す。四天王は下がって良い」
「ハハーッ」「ハハーッ」「ハハーッ」「ハハーッ」
「巴、これへ」
 巴御前は年の頃二十歳は過ぎた当時で言えば大年増ではあるが、広い額、切れ長の大きな瞳が異様に光る美貌。大力強弓を引く強者のため、やや肩が広く二の腕などは盛り上がるがごとくであったが、義仲はそこにまで色香を感ずるほどの惚れ込みようだった。情を交わすたびに互いの霊力が憑いたように力が沸き上がり、二人でいれば実際に負けなしであった。
 事実、翌日の倶利伽羅峠では迎え撃つ義仲に平家の矢は当たらず、傍らで弓を引き絞る巴の矢は一本で二人の兵を射抜いた。そこへ四天王のゲリラ部隊が切り込むと、狭い峠道から平家軍は次々と谷底に落ちて行き、たちまち総崩れとなった。
 義仲は更にこれを追いまわそうと単騎突進したところ逃げ遅れた平家の兵が槍をしごいて後ろから突きかかろうとした。
「殿!危ない!」
 振り向くと、巴が両脇に首を抱えるように二人の雑兵を締め付けており、そのままもがき苦しんでいる声はしばらくして『ゴキッ』という音がすると消えた。
「おうっ、あっぱれなる怪力」
「後ろにも気を配りなされ。オーホッホッホ」
 美貌と舞いの姿の見事さから桜梅少将とよばれた平維盛は、あっという間に蹴散らされ、後に平家が都落ちした際に謎の自殺を遂げる。

 越中の宮崎に御所を構える北陸宮から即座にお召しがあり、上洛せよとのことであった。
「都へ行けとの仰せズラ」
「易きこと」
「平家を追っ払うのですな。痛快至極」
「それどころじゃねえ。宮様は帝になるラ」
「何と!」
「だがのう、戦さはおもしれーけど都に行ってワシ等が政治(まつりごと)なんざできるわけねーラ」
「しかし都のオナゴは美しいと評判がたけー」
「ワシは巴がおりゃええ」
「オーッホッホッホ」
 結局のところ大した目算もないままに勢いで京に進軍した。
 すると不穏な気配を察した平家は三種の神器ごと安徳天皇を擁して西国に逃げ出すのである。ところが後白河法皇は京に留まり義仲を受け入れる。
 入京するとすかさず法皇が座す蓮華王院に参上した。
 法皇は側近の摂政九条兼実を従え謁見に応じるが、この時点で義仲は官位がないため地下人扱いだった。
「義仲。ようやってくれた。待ち焦がれておったのや。おう、おぅ、懐かしい源氏の白旗や。どんなに懐かしかったか。あの憎い平家の止めを刺してたもれ。源氏同士、鎌倉の頼朝と力を合わせてのう」
 そして従五位下に叙された。
 四天王や巴は『おめでとうございます』とお世辞を言ったが、義仲は顔をしかめていた。
「何だあの化け物は。噂通りの大天狗そのものズラ。おまけに鎌倉と力を合わせろったって奴は全然動かねー。出だしも負けてばかりのくせにツベコベ言うだけラ」
 頼朝が源氏の頭領として旗揚げし、大義名分をとやかく言い立てるのにうんざりした義仲は、嫡男の清水冠者・源義高を頼朝の娘である大姫と婚礼させ、言わば人質として鎌倉に送っている。
 シブシブながらも平家に討伐の戦を仕掛けることになった。しかし義仲の得意な戦法はドロ臭い山岳ゲリラなのだ。一方で平家軍本体はむしろ海軍とでもいうべき構えで、慣れない海戦では平家に歯が立たない。
 あわせて悪化する京の街を取り締まれ、とも言われたがこっちはもっとマズい。
 そもそも義仲の勝ちに乗じて参集した得体の知れない雑兵なぞにモラルなどない。義仲の直隷の数など知れたもので、おまけに山賊に毛が生えた程度だ。京に帰るたびにいくら言っても略奪が止まらない。
 頼みの綱の北陸宮は後からノコノコついてきたが、法皇はこれを相手にもしないでシレッと後鳥羽天皇を即位させてしまう。
 そうこうしているうちに大天狗・後白河法皇は秘かに鎌倉に通じ、言葉巧みに上洛を促し宣旨を下した。

「殿。九郎義経殿は不破関(ふわのせき)まで進みおり候。裏で糸を引いているのは後白河院様でございますぞ」
「ナニ!」
 四天王の一人、諜報担当の楯親忠が知らせると義仲は激高した。
 頼朝めは自分は動かず弟を差し向けたのか。九郎と言えば奥州で育った田舎者ではないか。ワシも木曽の山猿だから分相応とでも思ったか。そしてあの大天狗はそれを裏から画策したのか。
 不破の関は古代の壬申の乱の決戦場であり、また天下分け目の関が原の戦いもあった要害である。戦の天才である義仲は瞬時に危機を悟った。
「ふざけやがって。こうなったら法皇をクソもあるか。引きずり出して目に物みせてくれらぁ!」
 事も有ろうに法皇のいる法住寺殿を取り囲んだ。
 不穏な気配を察して後鳥羽天皇を守るべく御所を固めた円恵法親王、僧兵を率いて延暦寺を降りて来た明雲たちが急を知って加勢に参じたものの、猛り狂った義仲の手勢に打ち取られる。後白河法皇は捕らえられた。
 五条東洞院に幽閉された法皇に、義仲は立ったまま言い放った。
「まさかお上に切りかかるわけにも参らず、代わりに坊主首一つ、置き土産に五条河原に投げ捨て候。御免」
 左手に掲げたのは天台座主にある高僧、明雲の首だった。不敵に笑うと踵を返した。
 それにしても大天狗だけあって、後白河法皇は表情一つ変えなかったが、義仲に担ぎ上げられていた北陸宮などはどこかに逃げ去ってしまった。

 ガラガラと蹄の音を立てて進むのはたったの六騎、供の者、雑兵は付いていない。
「殿。この後はいかに」
「巴よ。そちゃおなごじゃ。いずこへ落ちてもその器量で安んじて暮らせるラ。もう戦に明け暮れる事もねえズラ」
「ホッホッホ、お戯れを」
「それよりこの街道は不破の関に通づるゆえ、九朗殿の陣に切り込むおつもりで」
「さにあらず。四天王これへ」
 義仲は馬を止めた。
 四天王は木曽で共に育った今井兼平・樋口兼光の兄弟、佐久の豪族である根井行親・楯親忠の親子(親忠は行親の六男)。いずれも歴戦の勇者であり分かつ事のできない固い主従のつながりである。
「ワシはこれから淡海(おうみ)を北上して越前に出る。その後越中から信濃・甲斐を抜けて武蔵の国まで長躯する」
「武蔵まで」
「何とされる」
「兼平と兼光よ。おみゃーらは武蔵七党とは縁戚ズラ」
「いかにも」
 武蔵七党とは関東に割拠する血族的武士団で、樋口兼光と秩父・大里・入間を根城とする児玉党との間には姻戚関係があった。
「早駆けして武蔵にたどり着き、我が一子、義高と鎌倉で一暴れじゃ」
「おォ!」
 清水冠者源義高と頼朝の長女・大姫は政略結婚ではあるが、細やかな愛情で結ばれている。側近として鎌倉に同行している海野幸氏と望月重隆は共に流鏑馬の名手として名高い。
「鎌倉の軍勢は京に入った後、どうせあの大天狗にけしかけられて平家と闘う。その間に手薄になった関東はワシ等の切り取り次第よ。二人は先回りして武蔵へ行け。児玉党と合流せい。その後義高と密議せよ」
「殿、鎌倉殿はいとこにあたるお方。よろしいのですか」
「知れたこと。もともと源氏も平家も親・兄弟で殺しあってきた」
「心得て候」
「行親と親忠は奥州へ行け。奥州藤原をそそのかせて兵を鎌倉に向けさせろ。頼朝が藤原を磨り潰すらしいと吹き込め。事が成る頃にワシと巴が兵を募って鎌倉に攻め込んでくれる」
「ホーッホッホッホ、頼もしい事。してその後は幕府をお開きに」
わはは!そんなことがワシにできるわけがない。よいか、ワシ等にとってはこの戦がズーっと続くことこそが生きることズラ。鎌倉を潰した後は、平家を滅ぼした九郎が大天狗の手先となって向かってくる。その軍勢とワシ等とどちらが戦上手かを決めることになる。奴等は西から来るから、それを旭日の輝きを背にうけて迎え撃つ。我は朝日将軍なり

残念ながら、無論史実はこのようにはならなかった。
 埼玉県狭山市入間川に義高を祭神とする清水八幡宮が今もあり義高が討たれた地とされていて、筆者はお参りしたことがある。

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婆娑羅将軍 足利義満

2019 JAN 22 7:07:55 am by 西室 建

 サンスクリットのバージラ(バジャラ)が転じて婆娑羅。「バ」も「サ」も女が入っている当て字を持ってきたところに情念を感じると言ったら女性に失礼かな。 
 派手な格好で好き勝手に振舞う傍若無人のならず者、お江戸の歌舞伎者に通じる一連の系譜だ。時代を遡れば平家一門、藤原氏の貴公子達、とどの時代にも必ず目立つ連中はいるが、婆娑羅はそれにもまして”強さ”が強調されている。その後戦国時代の集大成のように信長・秀吉のキンキラ文化として花開く。 
 『婆娑羅』は太平記にしきりに記述されたが、その後の戦国時代の文献からはなくなる。おそらく戦国時代になって日本中が下克上に明け暮れたから珍しくもなんともなくなったからだろう。
 婆娑羅大名として必ず名前が挙がるのが太平記の準主役である佐々木道誉・土岐頼遠、高師直・師宣兄弟の不良根性たるや見事ですらある。彼らはそんなに物事を考えていたとも思えないが、個別の戦闘にはやたら強い。権威が何だ、しきたりクソくらえ、とてんやわんやの有様。
 そしてその連中の上に天下一大バサラに当たるのが室町幕府三代将軍の足利義満だと思う。日明貿易で大儲けして絶大な権力を振るう。
 明の使節と会うときは唐人の装束を着て喜び、世阿弥を可愛がったが飽きがくればポイ捨て。
 相国寺に八角七重塔を建てるがその高さは100m以上と言われている。これに金閣寺を加えると誇大妄想気味の気概と悪趣味は物凄いエネルギーを感じさせる。
 子供の頃は南朝との抗争や観応の擾乱でドタバタして京から近江や播磨まで逃げ出したりする苦労があったが、その時に立ち寄った摂津の景色が気に入り、景色ごと担いで京都に行け、というわがままな命令を下すようなガキだったらしい。
 9才で足利将軍となると、細川・斯波・土岐・山内といった守護大名を巧みに離反させて権力を握り、三種の神器を北朝に返すやり方で南北朝問題をかたずけた。これは日明勘合貿易に大変役に立った。どういう経緯か明の窓口は南朝懐良親王であり、その際の呼称は「日本国王良懐」だった。その後釜のような者として日本国王を名乗ったのだ。
 藤原氏出身ではないのに従一位太政大臣になったのは平清盛に次いで史上二人目で、その後は徳川家斉と伊藤博文だけ(藤原氏はたくさんいる)。
 太平記はいくら丹念に読んでも因果関係が分かるはずがない。やっている本人達も分からないのだろう。だがこの時代のやりたい放題は維新後・敗戦後に匹敵する歴史の転換点とも考えられる。その時点で権力の頂点にいた者こそ義満であり、この時代から鎖国されるまで今で言えばグローバル時代の荒波を被り続ける時代を切り開いたことになる。 

 翻って近代では田中角栄が近いところだろうか。娘はゴーツク・ババァだが家族以外は皆敵、というのは孤独な婆娑羅の血を引いている痕跡がある。角栄がいくら贅沢をしても中国高官の汚職に比べればカワイイもんだし、そのついでに教育基金を作ったりしていれば今太閤の上を行った今婆娑羅の偉人になっただろうに惜しい事だ。そういう意味では孫正義さんあたりに期待したい。
 
 日本人よ孤独を恐れるな。ひとりぼっちで死んでいく。その日が来るまでただ狂え。

 
 しかし、ゴジラやモスラはいたが『バサラ』というのはいない。あれだけ毎週新怪獣がテレビに出ていたのに誰も名付けなかった。唯一『怪獣ブースカ』とかいう着ぐるみのコメディがあって、主人公のブースカの笑い声が「ばらさ、ばらさ」だったが、関係ないか。

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闇に潜む烏 新撰組外伝 下

2019 JAN 2 9:09:14 am by 西室 建

 そもそも『蝦夷共和国』は正式名称でも何でもなく、税金の体系すらない。伝習隊(陸軍)・彰義隊・新撰組の敗残兵と江戸湾から脱出した榎本武揚の幕府海軍(但しこちらは無傷)の連合で、一応の選挙(入れ札)をやり榎本を総裁とはした。
 近藤や沖田をはじめ新撰組として戦い続けた仲間はもうほとんどいない。
 新撰組は函館でも一応1分隊から4分隊まで百人弱の人数がいて、部隊編成上は陸軍第一列士満(レジマン)配下にあった。レジマンとはフランス語の連隊の呼称をそのまま使った外来語で、幕府陸軍伝習隊の顧問だったブリュネ大尉他四名が伝習隊の北上に従って来ていてそのまま函館で指導を続けていた為に使われた。『大隊、進め』は『バタリオン、アルト』である。
 京都以来の生き残りは島田魁、相馬主計(とのも、最後の隊長)以下数名である。陸軍部行並みとはなったが、土方は孤独だった。

 ある晩、寝付かれずに五稜郭の堀端まで月を見に出た。漆黒の闇に満天の星。
 あれから、甲州・宇都宮・会津と戦い続けてこの函館に来るまで何人が死んでいったか。特に盟友近藤の斬首と沖田の病死が悼まれてならなかった。
 函館の冬は厳しい。と、風が吹いて人の気配を感じた。
「ここまでよう来た。土方歳三」
 振り向くと伝習隊のユニフォームを着た人影が既に抜刀しており、その顔を見た土方は直ぐに思い出した。あの札をバラ撒いていた顔、ええじゃないかの輪の中にいた顔だった。
「貴様、沖田が切った片割れだな。なにしに来やがった」
 すると、後ろからまた声がかかる。
「沖田は我らが始末した。千駄ヶ谷の植木屋で臥せっておったところを切って捨てた」
 振り向くと今度は薄汚れた夜鷹のような女がだらしなく胸をはだけさせて抜刀していた。同じ顔である。
「沖田を殺っただと」
 土方は後ずさるようにして二人を視界にとらえつつゆっくりと刀を抜いた。
「我等の同胞(はらから)の仇をとったまで。次はお主や」
 また後ろから声がした。
 さすがに顔色を変えて体を入れ代えると、もう一人。やはり同じ顔が。こちらは町人姿だった。
「ほう。まだいるのか。全部で何人だ」
「ふふふ。冥土の土産に教えたる。我が一族は男も女も双子しか生まれへん。男の双子が十七になると連枝で十五の双子の娘と契りを交互に交わし、再び双子を生むのや。その四人の従兄弟を一束(ひとつか)と呼ぶ。沖田が切ったのは我等が束の一人、夜叉姫や」
「ケッ、薄気味悪い。その束がなんで ”ええじゃないか” のお札を撒いた」
「我等は帝(みかど)に危機迫る時だけ世に出る烏童子。公方(くぼう)慶喜公あまりに目障り、長州を引き込むための騒乱や」
「やはりな。大政奉還でピタリとおさまった。で、今度は官軍のつもりで敵討ちにわざわざ函館までオレを切りに来たのか」
「死ね、土方」
 伝習隊の制服姿が切り掛かった。
バン!振り向きざまに懐から引き抜いた土方のリボルバーが火を噴いて、制服は後ろにのけ反った。
「てめえらに切られなくともオレはすぐに死ぬ。京都に帰れ」
「そうはいかんのや。束は一人欠けると全員死ぬのが掟。逆に京都におったら消されてまうわ。ウチらもオマエと同じなんや」
「だったらオレともうひと暴れ一緒にやるのはどうだ」
「今ここで不浄丸を撃っておいてなんや」
「ケッ、だったら名乗りを上げろ」
「北面の烏童子。ワシは浄行丸や」「ウチは吉祥姫」
「土方先生ー。今の銃声はどうしましたー」
 衛兵が駆け寄って来たが、死体が一つ転がっており土方が佇んでいるだけであった。
「先生。こいつは何者ですか。このナリはわが軍の・・」
「オレに恨みのある奴が紛れ込んだのだろう。女か」
「男ですね」
「そうか、男か」
「何か」
「いや、いい。この顔を良く覚えて人相書をつくっておけ。同じ顔があと二人いて隊内にまぎれるかもしれない」
 烏童子はくノ一だと思っていたが、男もいた。この時代は男女の双子は心中者の生まれ変わりという迷信があって、間引きされてしまうことも多かったため珍しかった。

 政府軍は五稜郭を潰そうと続々と北上してきた。五稜郭側は財政的にも苦しくなり、貨幣を発行したり店のショバ代を取り立てたり、勝手に通行税まで取り出して急速に民衆の求心力を失った。五稜郭政権とは初めから砂上の楼閣だったのである。そしてついに江差に上陸した。
 土方は烏童子を撃ち殺して以来、尋常な目つきでなくなった。
 二股口の戦いが始まると、常に先頭に行くようになった。元々指揮を取るのは最前線だったが、弾丸飛び交う中を進み最初に突進するのである。右手のリボルバーを3発撃つ間に敵陣にたどり着くように間合いを取って懐に納め、剣を左手で振り上げて切り込む。政府軍の弾はかすりもしない、ましてや官軍は刃を合わせることもなく骸と化すのみ。鬼神の突撃で敵を蹴散らした。
 ある晩、自室に土方附きの市村鉄之助を呼んだ。遺品を故郷に届けさせる為である。市村が入ると土方の両眼が碧く光ったように見えて驚いた。刀に手を掛け今にも抜刀しそうな殺気に慄きながら座ると、遠くを見据えるような普通の目付きになってこう呟く。
「鉄之助か。よかった」
「副長。どうかされましたか」
「いや。別の顔に見えたんだ」
 市村が土方に呼びかけるのはどうしても京都以来の『副長』である。
「別の・・・」
「この前に一人撃ち殺したろう。あれと同じ顔の人間が後二人いて、この五稜郭に忍び込んでいるはずだ」
「・・・ところで副長。なんの御用ですか」
「オウ。戦闘が激しくなる前にお前はここを出て多摩に帰れ」
「何をおっしゃってるんですか!」
 その後は多くの読者の知るところである。土方には榎本・大鳥の幹部が降伏の説得を受けかねないことを肌で感じていたのだった。

 江差から上陸した新政府軍は箱館市街を制圧した、更に一本木関門を抜こうと迫った。このままでは弁天台場が孤立する。そしてそこを固めているのは新撰組なのだ。 
 土方は現場に急行する。すると既に押された兵士は敗走して来るではないか。馬上から号令をかけた。
「止まれ、とどまれー。逃げる奴ァぶったぎるぞ!」
 一瞬、敗残兵の顔がみな同じ顔に見え、烏童子が押し寄せて来る幻覚に襲われた。馬上より一閃、先頭の男を切った。その瞬間に我に返ったところ、確かに烏童子の一人である。他の兵は土方には目もくれずに逃げて行く。
 直後『ガン!』と銃声がして土方は馬から落ちた。背中から撃たれた。地上に転がった土方が辛くも振り返ると伝習隊姿の烏童子が銃を構えていた。
「・・・来やがったな。本懐成就か・・。てめえらも終わりだ」
「我が束の最後。吉祥姫なり」
 敗走する兵を追ってきた新政府軍が土方の遺体を踏み越え、一人立ちはだかる吉祥姫に殺到した。

 一陣の風が吹いた後、おびただしい遺骸が重なり異臭が漂う。誰なのかもわからない死体はかたずけられ、蝦夷共和国側は降伏した。

 時は経ち平成の御世代わりが近くある。

 平成の御代。皇居前広場では平日にもかかわらず、多くのランナーがジョギングに勤しんでいる。反時計回りに走る人々を見れば、10分ほどすると先程通り過ぎていった美しい女性と又同じ顔の女性が走っている。また10分後にはそっくりな青年が走り去って行った。
 皇居は一周5km、ジョギングペースの1km8分で40分かかる。
 同じ顔が10分ごとに現れることは一般ランナーには不可能、即ち同じ顔の四人が正確な間隔で走っていることになる。女・女・男・男の順番で。
 御代変わりの皇室は現在も烏童子に守られているのだった。
 そして、この同じ顔をした人々は渋谷ハローウィンで騒動が起きた際にも目撃されていた。平成の『ええじゃないか』だったと言われる所以である。

おしまい

闇に潜む烏 新撰組外伝 中

闇に潜む烏 新撰組外伝 上

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闇に潜む烏 新撰組外伝 中

2018 DEC 31 17:17:52 pm by 西室 建

 
 
 土方が一番隊を連れて駆け付けた時はもうドンチャン騒ぎが始まっていた。
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
 周りの店(たな)から振る舞い酒が出され民衆が踊り狂っている。まだ昼前だというのに、だ。
「総司、一番隊で遠巻きにしろ。お前が切ったくノ一の片割れがいるかもしれん」
 沖田に下知して土方は民衆に目を据えた。
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
 男女が入り混じっての大集団が、札降りのあったという家にあがりこんでまで騒いでいる。同じ節のなかで替え歌のようなものも混じっており全体が反響するようなうるささなのだ。その中で気になる一節が聞こえた。
「これは新たな世直りや えじゃないかえじゃないかえじゃないか」
 土方は耳を疑いその声のする方を目で追った。だが人数が人数だけに良く分からない。
「おい、総司。今『世直り』と言ってなかったか」
「聞こえました、はっきりと。ほら、また」
 明らかに男装している風情の女が中心で踊っている数人の内の一人がこちらに顔を向けた。「あいつだ!あいつがいやがる」
 土方が傍らの沖田をうながした。
「どこですか」
「こっちだ。来い」
 踊り狂う輪に割って入ったが、興奮している群集は泣く子も黙る新撰組を気にもしなかった。
「ええい、どけ。新撰組だ」
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
 踊りの人数が多すぎる。全く統制の取れていない集団は巨大な生き物の様でどっちへ向かっているのかもわからない。土方はついに視線の先に捉えていた者を見失った。
「歳さん、そっちじゃない。逆ですよ、あっちにいる」
 沖田が認めた姿は先程の反対側にいて、はっきりとこちらを見据えていた。
「待て。‥‥総司、こっちにもいやがる」
「えっ・・・同じ顔の奴が」
「まだいるのか」
 いつの間にか集団に埋没した土方と沖田は必死に捜し求めたが、そのだらしない男装の風情の踊り手は次第に数が四人・五人と増えていく。気色の悪い事におかめ・ひょっとこ・きつねの面を付けていた。その内の一人、ひょっとこの面が近くに来た。土方は乱暴にも『オイッ!』と面に手をかけた。
「これは新撰組はん。ナニをしますんや。一緒におどりまひょ」
 いつかの顔とは似ても似つかない正真正銘の男である。
「なに!ふざけんな」
「歳さん。副長。まずいですよ」
「これは・・・、退け」
 京都に来て初めて後ずさりした。踊りの中からほうほうの体で抜け出した時には、二人は白昼夢を見たかのようにその怪しげな連中はいなくなっていた。周りを固めていた隊士達に”男装の風情の踊り手”が逃げ出していないか確認しても、誰一人その姿を見た者はいなかったのだ。
 
 禁門の変の時、京都に”鉄砲焼け”と言われる大火を引き起こした長州藩だったが、何故か不思議な事に恨む声よりも同情する声が多かった。京の町衆は時勢に敏感で情報も早い。
 10月14日を過ぎると噂が直ぐに広まった。『将軍様が大政奉還なさった』と言うのである。
「歳。どういうことだ」
「見当もつかねえよ。将軍が政(まつりごと)を投げ出したんだろうよ」
「すると幕府はどうなる」
「さあな。今度は帝(みかど)が差配なさるんだろう」
「新撰組は元々尊王攘夷の志だ」
「それはそうだが。それより伊東の一派を何とかする方が先じゃねえか。長州藩に対し寛大な処分を、と建白していたそうだぞ」
「何!」

 時代の展開は拍車がかかる。
 翌月15日には坂本龍馬が見回組に暗殺された。
 そして新撰組伊東一派を磨り潰したのは3日後の11月18日だった。

七条油小路


 そして不思議な事にその頃には ええじゃないか のバカ騒ぎはおさまってしまったのだった。

つづく

闇に潜む烏 新撰組外伝 上

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闇に潜む烏 新撰組外伝 上

2018 DEC 30 9:09:38 am by 西室 建

「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
 老若男女がデタラメに踊り狂っている。四条烏丸通りの辻に突如伊勢神宮のお札が舞った。どこから降ったのか分からないがヒラヒラと落ちて来るお札を拾った町衆が『天から御札が降ってきた。これは慶事の前触れや』と節をつけて歌うと数人の男女が一斉に踊り出した。幕末の世情を騒がせた『ええじゃないか』の始まりであった。
 瞬く間に大勢が寄って来て、どこが始まりでどこが終いなのか分からないほどの群集になりいつ果てるとも分からない騒乱が続いた。慶應三年の八月末、むせかえるような京都の夏の昼過ぎである。
 報告を受けた土方歳三はすぐさま非番だった井上源三郎の六番隊を率いて洛中に巡察に出た。
「一体何の騒ぎだ、ありゃあ」
 土方達が着いた時はもう手が付けられない状態で、町屋や商家は成るに任せるしかない。酒までが振舞われたようだ。髪をほどいた女、化粧した女形姿、酔っ払った老女などが入り乱れ踊り狂っている。
 どうやら伊勢神宮のお札が降って、これはめでたいと踊りだしたと分かった。
「副長。単なる酔っ払いの憂さ晴らしでしょう。御用改めにはなりませんや」
「待て。その降ったというお札はどんなもんだ。持って来い」
 誰も泣く子も黙る新撰組にはめもくれない。しばらくして隊士が戻って来た。
「それが、実際に持ってる奴は一向に見当たりません」
「なんだと。降ってもないのに騒いでるのか」
「いや、札振りだって騒いで始まったらしいんですが縁起物だって持ってっちまったみたいで。後はこの騒ぎです」
 土方は一瞬表情を曇らせたが気を取り直して言った。
「まったくこいつ等。ようやく長州を追っ払ってやったのに浮かれやがって。ほっとけ」

 実際のところ土方にとって踊り狂う町方なぞどうでもいい。頭の中を占めているのは不逞浪士ですらない。
 一つ目は、伊東甲子太郎一派が新撰組から御陵衛士として分離してしまったことである。伊東は新撰組の参謀兼文学師範だったが尊王家で、会津藩預りの新撰組主流とは微妙に温度差があった。
 次にどうも薩摩の様子がおかしい。特に土佐浪人の坂本龍馬が藩邸に出入りしている、という報告が入る。坂本は要注意人物で、去年伏見奉行所が寺田屋で捕縛しようとして逃げられている。又、禁門の変で追い払ったにもかかわらず、洛中・洛外で長州人を見かけたという話が頻発するようになった。報告によれば薩摩藩邸あたりの目撃情報が多いのだ。
 そこで薩摩藩の動向探索と御陵警備任務の名目で伊東が分離を申し入れたときには、これを受け入れざるを得なかった。
 付け加えると途中入隊してきた唯一人の薩摩人、富山弥兵衛は伊東に付いて行った。
 新撰組はとっくに時流に取り残されていた。薩長秘密同盟は一年以上前に結ばれていたのだ。

 例のエエジャナイカは秋になって更に頻発する。踊りもやかましいが、騒ぎは大きくなる一方で、2~3日は商売も何も街の機能が停止する。
しかも洛中洛外だけでなく、大坂・播磨・尾張などでも散見されるようになるにおよんで土方のカンが反応した。
「近藤さん。あの ええじゃないか は何やら臭い」
「そんなこたーねえだろ。浮かれてるだけさ」
 局長の近藤の頭にあるのは新撰組の統率だけで時流には疎い。土方は監察方の山﨑丞を呼んだ。
「最近騒がしいあのエエジャナイカだがな。そう年中お札が降るのも尋常じゃない。誰かが糸を引いていると見た」
「わかりました。任せとくれやす」
 山崎は大阪人で飲みこみの早い切れ者だ。暫くしてお札を持って来た。
「副長、お見立て通りです。明け方に蒔いてましたわ。これは拾ったもんですが、撒いている所も見てます。忍び装束が4人でした」
「やっぱりな。こりゃひどい捏造品だぜ。どこの野朗だろうと一網打尽にしてやる」
「へぇ」
 土方は秘かに夜半になると隊士を巡察に回した。ただし大勢でウロウロはしない、三条から四条にかけて、室町通りと烏丸通りのあたりに潜ませておいて何かが動くのを待つ。
 張り込んでしばらく無駄に終わったが4日目、監察からの知らせが入る。錦小路付近で不審者を見た、と言うのである。現場に急行するとこの日の出番は十番隊だ。土方はそっと聞いた。
「原田か(十番隊長は原田左之助)。その賊はどこにいやがるんだ」
「オッ副長。屋根に登っているのを見たんで四辻ガッチリ固めたんやけど。降りてけえへん」
「いきなり火もかけられねえな。よし、梯子を用意しろ。それで御用改めでかたっぱしから町屋に踏み込め。京の町屋は奥までつながっているからそこから梯子をかけて上がってみろ」
「歳さん」
「何だ、総司まで来たのか」
「どうせ人手は足りないんでしょ。調子も良かったもんでチョイと」
「じゃさっさと裏を固めろ」
 周辺でドンドンと戸を叩き『新撰組だ。御用改めである』の声が響いて家の中がバタバタする喧騒が広がった。中庭に押し入り梯子を架けて隊士が屋根に上がって行くが誰もいない。だがお札の束が残されていたのを見つけた。
「副長。これが」
「やはりな。どこのどいつだ、こんなものをバラ撒いてるのは。長州の手の者か」
「どうやらズラかった後のようですな」
「逃げ足の速い奴だ・・・・、退け」
 隊士は足早に屯所に引き上げて行き喧騒は収まった。
 するといずこかの屋根から一つの影法師が音もなく舞い降りた。忍び装束である。そしてスススーっと闇に消えていこうとした時、声がかかった。
「待て」
 影はピタリと動きを止めた。
「役にも立たないお札のバラ撒きはおぬしの仕業だな」
 それには何も答えず背中の刀をスッと抜いて構えた。物陰から姿を現したのは既に抜刀している土方、待っていたのである。
「そのナリは忍びか」
「シャァッ」
 いきなり切りかかってきたのを土方が払いのけ、正眼に構えて対峙した。するとその影法師は覆っている忍び頭巾を解いて顔を晒す。
「素顔を見せるとは覚悟を決めたな。どこの廻し者だ」
「クックッ土方やろ。後ろを見てみい」
「なに」
 振り向くと何と音もなく影法師が一つ。いつの間にか挟み撃ちにされていた。しかもその影法師は忍び頭巾をしておらず、その顔を見た土方は息を飲んだ。同じ顔、同じ構えだ。まるで鏡に写したような姿で両方からジリジリと間合いを詰めて来る。しかし百戦錬磨の土方は、元の方に向いて言い放った。
「怪しげなまマヤカシをしやがって」
「グアッ」
 怪鳥の叫びが後ろから飛んできた。
「歳さん。危なかったですよ。こいつはマヤカシなんかじゃありませんよ」
 新たな影を、その後ろから気配を消して忍び寄った沖田が必殺の突きで葬ったのだった。
 土方が振り返ると元の影は姿を消した。
「総司。余計な事しやがって、逃がしちまったじゃねえか」
「ハイハイ。ところでこいつ何でお札を撒いたんですかね」
「そいつの顔を良く覚えておけ。逃げた野郎と瓜二つだった」
「ほう、双子なんですかね。あれ、この仏、女じゃないですか」
「何だと。くノ一ってのはこれか、気色悪い。女の骸(むくろ)なんざいたぶる趣味はねえ。隊士を呼べ」

 土方はこの「ええじゃないか」は仕組まれた騒乱だと睨んだ。
 15代将軍となった徳川慶喜は二条城におり威を放ってはいたが、既に土方達の知らない内に薩長秘密同盟は成立し、洛中には倒幕の気配が漂う。不逞浪士の姿が目立ってきたのだ。
 10日程は何も起こらなかったが秋風を感じた日。
「副長、例の札が撒かれてました」
「どこだ。直ぐに行くぞ」
「四条烏丸通りですわ」
「ど真ん中じゃねえか、なめてんのか。当番は」
「へぇ、一番隊です」
「沖田ー!」

つづく

闇に潜む烏 新撰組外伝 中

闇に潜む烏 新撰組外伝 下

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歩く火薬庫 来島又兵衛のラリアット

2018 NOV 10 0:00:22 am by 西室 建

 八月十八日の政変で長州と七卿は都を追い払われる。憤懣やるかたない長州勢は例によって藩内の意見が沸騰し、四分五烈の状態に陥った。下関で四カ国艦隊に破れてこのかた四面楚歌。幕府も会津も薩摩も気に入らない、どうしてくれる、と。
 奇才高杉晋作は奇兵隊を組織した。
 すると”歩く火薬庫”来島又兵衛も遊撃隊を組織してこれを率いた。この藩の指揮命令系統は常にそうだが、下がワーワー騒ぎ出して良く分からなくなり、藩主毛利敬親の「そうせい」の一言が出るまでまとまらない。
 来島は激高し藩主の卒兵上京を主張するが、あの過激派である高杉でさえ抑えにかかるという事態に。意見具申が入れられないとなると、今度はいささかお門違いであるが薩摩藩島津久光の暗殺を企てる始末だった。
 いくらなんでも、と一度投獄されるのだがこのあたりが長州藩の変なところで直ぐに釈放してしまう。
 この時点で長州以外の世論は公武合体、諸侯の参預会議は機能していた。
 ところが誠にマズいタイミングで池田屋事件が起こり、吉田稔麿以下長州系の尊皇攘夷派が新撰組に惨殺される。
 こうなると来島も藩論も収まらない。2000の藩兵を上洛させる。
 すると、後の鳥羽伏見では無残な腰砕けになった一橋慶喜が、なぜかこの時は猛烈に踏ん張った。
 一方、来島のまわりにも冷静な久坂玄瑞らがいたことはいたが、”歩く火薬庫”と化した来島は「この期に及んで何をしている。卑怯者は戦いを見物していろ」と自ら組織した遊撃隊600人を率いて蛤御門に突撃し戦死する。
 それにしても御所に向かって発砲し切り込むとはどういう勝算があっての戦いなのか、理解に苦しむ。そういう事を企てておいて、時代が下って長州が官軍になるとはどこか自己矛盾を抱えていないのか。
 そしてこの戦闘で俗に”鉄砲焼け”と言われる大火事になるのだが、なぜか京都における長州の評判が落ちなかったのは不思議だ。

ラリアット決まる

 これは大河ドラマ「西郷どん」での迫力ある戦闘シーンである。禁門の変における来島だが風折烏帽子甲冑姿の出で立ちがピッタリのこの巨漢、誰あろうプロレス界の歩く火薬庫、長州力である。
 長州力、本名吉田光男、山口県は徳山出身で長州出身だからとつけられたリング・ネームだ。
 かつては武藤敬司や大仁田、真壁といったところが出たことがある大河ドラマだが同じプロデューサーなのだろうか、巧みな配役だ。
 演出の人もプロレス・ファンらしく「長州さん。ラリアットをやってください」といわれてこのシーンになったとか。

ついに海老蔵 織田信長になる

 それが、ですな。僕としたことがこの回と前後を見ておらず、最近知った、痛恨の極みなのだ。有難い事に動画に残されていたので迫真の演技を堪能できた。

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慶喜の手裏剣

2018 JAN 31 19:19:05 pm by 西室 建

 知新流手裏剣。先端を研ぎ澄ませた棒手裏剣を右半身の構えからさらに右足を踏み込んで投げる。腕振りがブレずに剣筋が安定する、接近戦専門の手裏剣術である。水戸の英才、七郎麻呂は子供の頃からこの武術が好きで、生涯打ち込むこととなる。10歳で一橋家を継ぎ慶喜を名乗った時は、すでに文武両道の呼び声が高かった。だが要するに変な男だった、協調性がない。
 天真爛漫。興味の赴くままに書画を楽しんだりしているうちに将軍後継者の本命となり、井伊大老とは対立することとなる。時の将軍徳川家定は後世に脳性麻痺の症状を指摘されるような病弱で、井伊は絶大な権力を振るっていた。
 思わず声を上げた。時々激高する癖もある。
「井伊!僭越なり。勅許も待たずに開国とは何事かぁ!」
 井伊が独断で締結したアメリカとの条約が気に入らないのだ。
 御三卿登城の際に将軍と面談するが、その傍らにピッタリとついてはやや心許ない将軍の代わりに訳知り顔で物を申すのが不快なのである。そこには条約締結に至った井伊の人知れない葛藤などを斟酌することはない。
 この際、慶喜にとって攘夷も勅許もただの知的道具に過ぎなかった。単に相性の悪い相手を追い込む理屈は自身の智謀を以ってすればいくらでも成り立つ。悪い癖が出た。
 実父徳川斉昭や越前の松平慶永、御三家尾張徳川慶恕らを前にして懸河の弁舌を奮っているうちに引っ込みがつかなくなり強行登城に至って顰蹙を買う。それどころかお返しのように紀州の徳川家茂が十四代将軍となり、安政の大獄が始まってしまった。勿論慶喜も処分された。
「コンチクショウ。臣下の分際で調子に乗りおって。紀州は大奥に早手回しをしたに違いない。お主ら何をやっていた!」
 御三卿に家臣団はない。小姓相手に怒鳴りつけてもどうにもなるものではない。例の棒手裏剣を巻藁に何本も打ち込んだ。
 しかし怒り狂ったのも2日程で、同時に処分された一橋派と言われる面々を前にケロリと言ってのけた。
「将軍になって失敗するよりは最初からならない方がいいに決まっている」
 周りは気が遠くなりそうだったが口をつぐんだ。とにかく頭が回転しすぎる。

 井伊大老が暗殺され、にわかに政情が不安定となる。世の中が尊皇攘夷に沸きあがってきた。
 しかしこの時点で慶喜に攘夷実行の気は全くなくなっている。英明な彼は国際情勢も理解し、鎖国などは時代遅れだと見抜いた時点で飽きたのだ。
 何しろ横浜開港によって貿易が始まってみると幕府は大儲け。実は薩摩も密貿易の味は知っている。海援隊はこれまた現代の総合商社のように武器を売買する。攘夷・開国は政策課題というよりは権力闘争のネタに等しい。
 無知蒙昧な攘夷主義者は別として、やっかいなのは孝明天皇とその周辺の長州系公家であり、これが先の見えすぎる慶喜を悩ませることとなる。
 攘夷実行を朝廷と協議するために上洛すると、得意の言説でやりたくもない攘夷の件を奇想天外な話にスリ変える。
「そこまで言われるのであればこの慶喜は将軍名代として京にいる能わず。(ここで十分に間を取って)どうであろう。将軍上洛も近い事、いっそ幕府が朝廷に政権返上するように将軍を説得して見せましょうぞ。お上を立てて卿らで国事を奉られればよろしい」
 公家達は顔色を失った。無論そんなことはできるはずもない。すると慶喜は畳み込む。
「さて、まつりごとを朝廷に返上するか。」
「ソッ・・・それは難儀や」
「お上に御聖断を」
「チョット待たらっしゃい。・・・・そないなことお上あらしゃいましても・・・。」
 この選択を迫り、議論などしたこともなかった公家・朝廷を圧倒する。既に後の大政奉還の構想はこの時点で胸中にあったのだ。
 更に公武合体派諸候で造られた参預会議において、朝廷即ち孝明天皇より無理矢理飲まされた”横浜鎖港”に島津久光・松平春嶽らからイチャモンをつけられると、中心人物中川宮と慶喜は対立した。
 薩摩藩による朝廷の主導を警戒した慶喜は、参預諸候を朝廷から排除する動きをみせ、中川宮朝彦親王との酒席にわざと泥酔して乗り込む。島津久光・松平慶永・伊達宗城といった大名を指さして「この3人は天下の大愚物・大奸物」と罵倒し、挙句の果てに中川宮に「宮は島津公からいかほどなり都合されたか(いくらもらった)」と絡み倒し参与体制をぶち壊した。
 中川宮とは反りが合わず、以前帯刀して親王家に乗り込み、切るの切らないのと物騒な暴言を吐いたこともあったが、この時もベロンベロンだったと言われている。協調性などハナからないのだ。
 酒癖も相当に悪いが実に鋭い。目の前の論敵に対しては無敵なのだ。そして酔えば酔うほど、語れば語るほど頭は冴える。誠に困った人物だった。

 そうこうしている内に新撰組が池田屋事件を起こしてしまう。
 皮肉なことにそれが引き金となって長州過激派が暴発し、禁門の変にまでなった。
「講和せよ」
 砲声にビビり上がった公家達は叫び声を上げた。
 ここで慶喜は今で言うスイッチが入った。二条城より馬を飛ばし御所に乗り込み、天皇の信頼厚い松平容保に奏上させる。
「この容保の命に代えましても御所をお守り奉りまする」
 容保ひいきの孝明天皇は満足して言った。
「会津中将。宸襟を安んじ奉れ」
 ここで慶喜は自ら御所守備軍を率いて鷹司邸の長州軍を攻める指揮を執った。軍装に身を固め高揚したために抜刀までしてみせる。無論懐には棒手裏剣を忍ばせていた。

 いざ将軍のお鉢が回ってくると高揚感はさらに高まる。
 フランスから巨額の借款をし幕府陸軍伝習隊を組織したが、その際フランス公使ロッシュには西周(にし・あまね)から習っていたフランス語で挨拶して周りを驚かせた。
 しかし先が読めるが故に、策士策に溺れていく。
 あろうことか第二次長州征伐でケチがつき、身内の(御三家・譜代大名・親藩)反発まで招き出す。独善が災いしたのだが本人は全く自分のせいとは思わない。
 持論の大政奉還は突如発表され世間をおどろかせた。ある意味理にかなった起死回生の一手だったが、練り上げ方が充分でなかったのだ。ゴネれば皆が付いて来ると大甘な読み違いをし、公武合体勢力を分断してしまった。
 鳥羽・伏見でコケるともういけない。
 慶應四年。上野の寛永寺大慈院において謹慎する慶喜を勝海舟が訪ねた。大阪から海路戻った一行に激しい言葉を浴びせて以来気まずくなっていた勝だったが、会った途端やつれ果てた慶喜を見るなり声を失った。将軍はまるで幽鬼のように月代も髭も剃らずにいた。
「上様・・」
「安房(海舟は安房守)か。・・・・何故このようになったのか。大政奉還の大回転を決断した余が・・・何故朝敵とされ領地没収になる」
「・・・・」
「寄せ手の参謀・西郷とやら。旧知の間柄であろう。いかなる所存にて余を撃ち滅ぼさんとする」
「・・・・」
「安房。江戸はどうなる」
「・・・・」

 驚くべき事にこの時点で江戸城内に軍事を統括する役職の者はいなくなっていた。慶喜自身、京都で将軍職を拝して以来初めての江戸なのだ。

「余はもはや将軍ではない。ワシの何が悪かったのか」
「・・・・」
 海舟もまた先の見える男。今までは慶喜に対しても『何を偉そうに』と含む所があったものの、ただ今は頭を垂れるのみであった。
「のう。・・・・後を頼む。他には人はいない」
「心得ましてございまする」
 二人の頬を滂沱の涙が伝い、初めて君臣の交わりができた。
 ここまで来れば勝は度胸が座る。西郷との直談判に及ぶ。
 江戸無血開城は四月十一日。この年は旧暦の閏年で四月が二度あったため既に初夏の青空だった。その日のうちに慶喜は水戸へ旅立つ。慶喜32歳。
 
 藩校・弘道館で謹慎・恭順に入るが、ここも癒される場所ではなかった。
 水戸藩主徳川慶篤(慶喜の兄)が直前に病に没し、家臣達は恭順・交戦諸派が入り乱れていた。なにしろ尊王攘夷思想の卸元で、黄門様が始めた大日本史の編纂を二百年以上かけ明治39年に完成させた藩である。桜田門外の変でも天狗党事件でも主役、ちょっとやそっとの議論で決着のつくはずもない。
 一橋家に養子になって水戸を出て江戸へ。将軍名代として江戸から京へ。賊軍として江戸に帰り、そして育った水戸に戻る。
 徳川宗家は田安亀之助に相続し、慶喜は更に駿府に移封される旨が新政府より通達された。
 幕府を開いた神君家康公が隠居した駿府に旅立ったのは三か月後の7月23日、ひどく蒸し暑い日だった。

 慶喜はと言えば、未練も何も無い。水戸からもましてや江戸からも一刻も早く遠ざかりたい思いで一杯だった。
 あの下世話な陰謀や下級武士上がりの泥臭い連中が蠢いているような所はもう沢山だ。言ってわかるほどの頭も持ち合わせない野卑な連中が、日の本の国をどうするのか。
 しかしその時慶喜の心の奥底には、その後の戦乱に巻き込まれる高須松平容保・定敬兄弟や奥羽諸藩、更に函館戦争まで転戦した旧幕臣、なによりも最期の交渉で粘った勝海舟への憐憫の情すら湧かなかった。
 写真・絵画に凝り、弓を毎日引き、無論得意の手裏剣の修練は欠かさない。しばしば「コンチクショー!」と発して投げたとか。
 家臣達も暫くして静岡に移ってきたが、滅多に面会せずにもっぱら地元の者どもと交わり慕われはした。すっかりいいオヤジになり『ケイキさん』などと呼ばれていたという。
 明治30年に東京となった江戸に久しぶりに居を構えている。
 皮肉な事に維新の英傑であった西郷・大久保・木戸等よりも、岩倉よりも長く生き、明治天皇崩御の翌年に死ぬ。尊王の赤心、誰が知るや。

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最後の将軍と尾張藩主 Ⅰ

最後の将軍と尾張藩主 Ⅱ

明治甲州奇談 逃避行編

2017 SEP 1 19:19:02 pm by 西室 建

 相馬部隊は寄居に進出し早朝『血眼一家』を攻撃した。それは戦闘というより出入りに近いもので、困民党部隊が一気に押し潰した。血眼の周五郎は初め殴りこみかと思ったがそれどころではない。
 雪崩れ込んできた者の中に丈太郎の顔を見つけると『テメエ!一宿一飯の恩義を忘れたか』と叫ぶうちに銃弾を浴びて死んだ。
「相馬さん、これで引き揚げましょうや」
「いや。警官隊は更に増援されるだろうから、ここを最前線として固めよう」
 丈太郎は秘かに脱走を決意した。

 翌朝、目が覚めると周りは既に新たな武装勢力に包囲されていた。業を煮やした政府は正規兵を投入したのだ。
「オイ!皆起きろ。囲まれてるぞ!」
 前日の戦勝気分が抜けていない寝ぼけた連中は、事が良く分からないうちにいきり立った。
「ここまで来たついでだ、やっちまえ」
 物陰から覗いた丈太郎は異変を察知して権蔵と地蔵に『あれは警官隊じゃない。鎮台兵だ』と囁いたが、威勢よく飛び出した先鋒の後に歓声を上げてついて行ってしまった。
 しかし鎮台兵の一斉射撃を受けて壊滅する。そして銃剣突撃を受けるとあっけなく総崩れした。血まみれになって地蔵が必死に逃げてきた。
「地蔵!オイッ大丈夫か。クソッ」
 銃創を負った地蔵に丈太郎が声をかけるが返事はない。
「退け!早くしろ。ズラかるぞ」
 困民党軍は次々と撃たれ、突かれ、切られた。いちいち声など掛けていられない。
 そもそも寄せ集めの農民兵が正規兵にかなう訳もない。丈太郎は引き返すと台所に飛び込み、すぐ裏の納戸から女の着物を引き摺り出して羽織った。そして束ねていた髪をほどき頭頂のあたりで結い直した。得意の女装で化けるのである。
 そこに権蔵が顔を出した。
「兄貴」
 とだけ言うとゴホーッと血を吐いて倒れる、もうこと切れたのだろう。
 ふいに袖を掴まれたので丈太郎は懐から例のピストルを付き出すと小さな体が見据えていた。
「お光坊、早く逃げろ」
 キッと瞳を開いてはいるが体は震えているのが袖から伝わってくる。
「いいか良く聞け。そこで倒れているおじさんの血を顔に塗りたくれ。それで誰かに何かを聞かれたら『おっかさん、大丈夫かい』とだけ言ってオレにしがみつけ」
 そう言うなり丈太郎も権蔵が吐いた血を顔と着物にベタベタと塗った。お光は黙って言う通りにした途端、鎮台兵が踏み込んできたのだった。
 さすがに鎮台兵も哀れな母娘と見たらしい。誰も構う兵隊はなく、そのまま隊列を組みなおして秩父に向かって行った。

 結局困民党は決起以来わずか10日も持たずに崩壊し、幹部は次々に捕縛された。
 丈太郎とお光の二人は東京を目指さずに鎮圧された秩父の奥深い雁坂峠を越えて落ち延びていった。困民党の生き残りと疑われるのを避けたのだ。
 途中、暴徒化した困民党の残党に襲われかけたが、お光が絶妙の演技でしのいだ。意外に度胸が座っていて全く怯まない、丈太郎は感心した。そして雁坂峠では山賊まがいの追いはぎにも会ったが、こちらは丈太郎がピストルで撃退し、何とか甲府盆地の石和に辿り着いた。

 日露戦争が終わった頃、北都留郡の谷村では機織のバタンバタンという音が鳴り響いていた。景気がいいのである。この町では生糸の川下産業である機織・染色といった業種が発達し、賑わいをみせていた。

お八朔 宵宮の山車

 江戸初期にここの大名だった秋元家が改易になった際に、参勤交代装束の一式を残していったため、秋の八朔祭では地元の連中が大名行列を模したお祭りが盛んである。
 染物は紺屋(こうや)と呼びならわされ、それぞれ得意な色染めに腕を磨いて、藍染め・紫染め・紅染め・茶染めが盛んだ。その中で一軒だけ黒染めを専業とするところがあった。
 まるで内側から黒光りするような鮮やかな艶は『甲斐黒』と呼ばれ、その染付は秘伝だ。実際には一度藍染めを下地にし、それから紅・黒染めをするらしい。
 そして更に工夫を重ねて紋付の家紋を染め抜きする技法を編み出した。
 主人は細面の眼光の鋭い顔立ちで、普段は物静かな男。そして20才くらい若い『お光』という美人の女房と二人で切り盛りしていた。実はお光の実家はここの出で、その昔秩父の方に奉公に出たことがあったという。
 苗字は『藤(ふじ)』と名乗っていたが、主人、藤逸(いつる)の背中に鮮やかな般若の刺青が入っていることを知る者はいない。屋号は『般若屋』といった。

 その後店は繁盛し、この家系は今日まで続いているが、三条の家訓を固く守っていた。

ひとつ まつりごとにかかわるな。おかみはいつもかってにころぶ。
ふたつ ぜいきんとりたてるがわにけっしてなるべからず。おかみにつかえるはもってのほか。
みっつ ばくちにふけるはみのもちくずし。にょしょくにおぼれるもしかり。さけはいくらのんでもよし。

おしまい

幕末甲州奇談 博徒編

幕末甲州奇談 横浜編

明治甲州奇談 秩父編


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藤の人々 (戦前編)

藤の人々 (昭和編)

藤の人々 (終戦編)

明治甲州奇談 秩父編

2017 AUG 29 18:18:13 pm by 西室 建

 一行が秩父盆地に入った途端、目に入る物が全てくすんだように風景が変わった。
「おい、こりゃひどいな」
 丈太郎は権蔵に言った。
 初めに足を踏み入れた集落で既に困窮の様子が見て取れたのだ。
 人が表に出ていない。声もしない。子供もいない。だれも農作業をしていない。たまに構えの大きい養蚕農家を見かけるが、いるのはせいぜいくたびれ果てた年寄りだけだ。
 とりあえず大宮郷(現秩父市の中心)に辿り着いたものの、あまりの侘しさに生糸の買い付けどころではなくなった。秋風が吹く頃だが寒々とした光景に三人とも成すすべがなかった。丈太郎は、あの血眼の奴なんかはこんなところから絞り上げてんのか、と気分を悪くした。
 地元には侠客としても名の知られた田代栄助がいる。代々庄屋を勤めた家系で人望が厚いという噂を寄居で仕込んでいたから、訪ねる事にした。その際は仁義を切るつもりはなかったので権蔵・地蔵の二人には賭場がある所を探せ、と置いていった。

 田代家には先客が来ていた。丈太郎とは年恰好も同じくらいの青年で髪の毛を綺麗に撫で付けていた。他に目つきの鋭い連れが一人。因みに丈太郎はご維新成った後も相変わらずの背中まで伸ばした長髪だった。
「失礼いたします。旅の者ですが」
「あなたは寄居に草鞋を脱いでいた丈太郎さんですね」
 田代が切り出したので驚いた。
「あっしを御存知だったんですか」
「私等も生糸で食ってましたからね。横浜の若尾さんのところにピストルを使う女形がいるのは知ってましたよ」
 なんだ、アノ手はもう使えねぇな、と舌打ちした。
「秩父は今年は生糸どころじゃありませんよ。ご覧になったでしょう」
「へぇ」
 相槌を打つしかなかった。
「地租改正このかた税金の納入やら手間も増えたところにその税金は上がる一方です。そこに生糸の暴落が止めを刺したんですな、どこもかしこも借金まみれになっちまって秩父にゃペンペン草も生えません。こちらはその賃借の仲裁をお願いしている代言人さんです」
 相客は菊池貫平と名乗ったがその連れは最後まで口を利かなかった。この時期弁護士のような仕事を生業とする者を代言人と言ったが、その社会的地位はまだ低く、同様にあやしげな振る舞いをする者も後を絶たなかった。無論司法試験など無い時代だ。菊池は丈太郎に向かい直すと語りだした。
「今の政府はなってない。西郷翁の西南の役があったにも関わらず藩閥政治は益々ひどくなりその腐敗は凄まじいものです。」
「お上ってのはそういうもんじゃねぇんですか。将軍様の時代の代官なんざみんなやってましたよ。こっちは今度の代官は酒・女・金のどれがお好みかを調べるのも稼業でしたが」
「いや、特に長州閥はそんな程度じゃありません。揃いも揃って汚職まみれで私腹を肥やすばかりです。西郷先生はそれに嫌気がさして立ち上がったのです」
「ありゃまだ戦争し足りなくてやったんじゃねえんですか」
「西郷先生は義憤にかられたのです。残された板垣先生が残った同志と共に始めた自由民権運動が新生日本の唯一生きる道でしょう。つまりあなたの言うお上を我々が選ぶのですよ」

 突然外が騒がしくなって罵声が飛んだ。
「菊池先生ー!」
 男が飛び込んできた。
「あやしい輩がワシ等の寄り合いを探っていました。締め上げようとしたんですが、結構な腕で鉄砲で脅して連れて来ました」
 見に行くと権蔵と地蔵が縛り上げられている。
「何だ。お前らなんかしでかしたのか」
「兄貴。冗談じゃねぇズラ。賭場でも開いてないかと神社の境内を覗いたら大勢百姓が集ってて、オレッチの顔見たとたんに喧嘩が始まったラ」
「えっお身内なんですか」
「へぇ、二人ともあっしの舎弟です」
「おい、解いてやれ」
「丈太郎さん。こうなっては是非にも力を貸していただきたい。あなたが困民党に加わってくれればこんなに心強いことはない」
 菊池が言った。
 北関東では自由民権思想を掲げた自由党員が相次いで借金苦に喘ぐ農民を組織し、政府の弾圧を受けていたが、秩父では困民党を名乗り山林集会を何度か催した。
 すると菊池の扇動に強く影響を受けた一部から武装蜂起が提案された。その代表に推されたのが田代であり、菊池が参謀となったのだ。
 田代の肩書きは何と総理である。田代自身は暴力行為に否定的で、組織化はするが主たる目的は借金の帳簿の滅失や租税の軽減を時の政府に請願するつもりだった。
 ところが度重なる弾圧に当の自由党が解散してしまうと困民党は一気に過激化する。甲大隊・乙大隊、その下に各村の小隊長、また兵糧方・軍用金集方・弾薬方・小荷駄方と軍事組織が編成されたのである。凄まじい軍律も定められた。

第一条 私ニ金品ヲ掠奪スル者ハ斬
第二条 女色ヲ犯ス者ハ斬
第三条 酒宴ヲ為シタル者ハ斬
第四条 私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタル者ハ斬
第五条 指揮官ノ命令二違背シ私ニ事ヲ為シタル者ハ斬

 どこか新撰組の局中法度に似ているが、それもそのはず。これを作ったのは菊池の横にピタリと寄り添う男、相馬主計(とのも)、元新撰組の隊士だ。相馬は鳥羽伏見・甲陽鎮撫隊・彰義隊と転戦し、最後は函館新撰組で恭順する際の最後の局長を勤めた。
 維新後は新島に流されていたが、恩赦により放免され豊岡県(現在の埼玉西部)に出仕した。史実ではその後免官されて割腹自殺したことになっているが、秘かに困民党入りしていたのだった。

 蜂起すると瞬く間に秩父全域を制圧したが、高利貸を惨殺し役所に乗り込んで破戒活動をしたのはその相馬が率いるゲリラ小隊で、丈太郎達は行きがかり上そこに加わっていた。何しろ腕は立ったので重宝された。
 意気上がる困民党は新年号を発表する。
『自由自治元年』である。
 行きがかり上ドサクサまぎれに加わっただけの権蔵や地蔵までが調子に乗った。
「兄貴、これからは自由民権ズラ」
「お前等、その『自由民権』が何だか知ってんのか」
「お上をオレッチが入れ札するラ」
「だからお前らはバカだってんだ。入れ札をするにしても誰に入れる」
「兄貴にでも」
 丈太郎は苦笑した。
「あのなぁ。天下のご政道を決めるにゃそれなりの手続きがあるだろ。博打打ちのできることじゃねえ。大体オレ達みたいなのがそんなものに被れたらロクな事になんねえよ。勝蔵親分だって妙に『尊皇攘夷』を旗印にしたもんだから最後はああなった」
「そんなもんですか・・」
「上の方が滑った転んだ言っても所詮は旗印の奪い合いなんだよ。そろそろズラかる算段でもつけとかなきゃ危ねえぞ」

 一方政府の動きも早かった、早々に警官隊を向かわせる。
 だが小銃も持たない鎮圧部隊は盆地まで入れなかった。守りを固めた困民党軍は堅固な防衛戦を持ちこたえ、相馬が指揮するゲリラ小隊が背後を突くとあっけなく退いた。
 焦った政府は憲兵隊も投入するがこれも歯が立たない。
 それより、警官隊に交じって「血眼(ちなまこ)」の半纏を羽織ったヤクザ者が混じっていたので権蔵と地蔵が激高した。
「この野郎!頭に来たズラ。この勢いで寄居に攻め込んでやるラ!」
 相馬がこれに乗ってしまった。相馬は結局死に場所を求めていたのだ。

つづく

幕末甲州奇談 博徒編

幕末甲州奇談 横浜編

明治甲州奇談 逃避行編


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幕末甲州奇談 横浜編

2017 AUG 27 6:06:45 am by 西室 建

 アメリカ人のバイヤーは5人程の明らかにゴロつきのような日本人を従えてタバコを燻らしている。
「No!」
「ゴードンさんはダメだとおっしゃってる」
「ふざけんな!相場がどうだか知らねえが、オレッチは若尾幾造の使いで来たラ」
 若尾幾造は甲州財閥で知られた若尾逸平の弟で、横浜の生糸商売を任されていた。逸平は横浜で外国人相手に生糸・水晶の商売を行い、生糸輸出の投機で莫大な利益を得た。生糸産業は上州・甲州の冒険的投機商人が凄腕を振るい、明治日本の基幹産業となった。ただ、相場が荒っぽく動くので横浜の商売は命がけだった。
 丈太郎一味はそこに取り入って代金取立て・生糸買い付けに暗躍していた。
「うるせい!」
 いきなりバイヤーの脇にいた顔に刀傷のある男が畳にドンッとドスを突き立てた。アメリカ人はニタニタ笑っていた。これで決まりとタカを括ったのだ。
 ところが丈太郎側もこれぐらいではビクともしない。大兵肥満の権蔵を中心に、右が僧形の地蔵、左に娘姿に化けた丈太郎という構えだった。
バンッ!
 突然の炸裂音に一同がのけ反った。立ち上がった女形姿の丈太郎の手元から硝煙が上がっている。得意のピストルをブッ放し、弾は正確に突き立てられたドスを弾き飛ばした。
 身を起こした。丈太郎はピストルをアメリカ人の顔前に突き付け、向こうも持っているはずの火器を制したのである。
「ユー・ノウ・ディス・イズ・リボルバー。アイ・ハヴゥ・ファイヴ・モア・ブリッツ。フー・キャン・アライヴ?」
 どこで覚えたか、丈太郎の英語だ。
「どうしても持ち込んだ生糸を引き取ってもらい金は貰ってく。いやとは言わせねえ」
 そして娘装束を解いて諸肌脱ぎになって背中の彫り物を晒した。
「般若の丈太郎だ、文句あるか。地蔵!引導渡してやれ」

猿橋の地蔵

「ソーギョー・ムージョー・ハンニャー・ハラミター」
 元より信仰心のカケラもない偽坊主のデタラメな経文だが、動く者はもういなかった。
 帰り道に巨漢の権蔵がそっと聞いた。
「兄貴、般若の通り名はもう使わない方がいいズラ。堅気の商売のつもりがだいなしだし、有名になったら上がったりラ(甲州弁の語尾)」

 若尾逸平の事業欲は止めがない。兄弟分とも言うべき雨宮敬二郎・根津嘉一郎とともに鉄道事業に乗り出す。その後このグループは電力・ガスといった東京の基幹産業を次々と興し、血縁はないものの甲州地縁をバックにした『甲州財閥』と言われた。

 生糸の商いの方は維新後も新政府の輸出産業として急速に近代化・企業化が進みだした。即ち鉄火場的な半ば暴力的ボッタクリが影を潜めるようになる。
 丈太郎達は次第に疎んじられると同時に、例の風体と通り名が横浜で有名になってしまい、アメリカ人・イギリス人のバイヤーが敬遠しだした。若尾幾造は兄の命を受けて一味を秩父の生糸買い付けに行かせた。
 一方で、秩父エリアは英米系ではなくフランス系商人の牙城だったという裏の事情もある。要するに鉄砲玉として横浜から追っ払ったのである。
 一行は横浜から八王子を抜け飯能を通り武蔵の寄居に宿を取った。三峰参拝の門前町であると共に秩父方面との物産の集積地でもある宿場町だった。
 悪い癖で荷物を解くと近隣の博打場に行くのだが、調子に乗って『面白いから貸元(かしもと)に仁義を切りに行こう』となり、地回りのヤクザを物色した。
「軒下三寸借り受けまして、失礼さんにござんす。おひかえなすって!」
 先方の三下が目を丸くして引っ込んで、代わりにそれなりの貫禄の者が仁義を受けた。
「早速のお控えありがとうござんす。手前、生国と発しますところ花の八百八町はお江戸でござんす。お江戸といってもいささか広うござんす。お大名屋敷並びましたる山王様で産湯を使い、四谷木戸門出まして内藤新宿からはるばる甲斐路へ下り、甲州にて黒駒一家で修行重ねましたるお見かけ通りの若輩者、般若の丈太郎と申しやす。後ろに控えしは」
「生まれは甲州、犬目の権蔵でごいす」「同じく猿橋の地蔵」
「ご案内の通り『犬』『猿』と揃いまして『雉』の『鳥沢の源蔵』はご維新の戦(いくさ)で欠けましたるはご愛嬌。黒駒党の『桃太郎一家』でござんす。以後よろしゅうお見知りおきおたの申します」
 相手は呆気に取られながら『血眼(ちまなこ)の周五郎』と名乗ったが、ここの貸元本人であった。実に下品な顔つきをしている上に額に大きな傷があり、通り名の通り白目に血管が浮き出た凶悪な眼差しは不気味そのもの、丈太郎は一目で嫌悪感を覚えた。
「なぁ、血眼の貸元。ここいらの様子はどうなんだい」
「それがよ、さっぱりだ。今年になってから生糸の相場が下がりっぱなしでな」
 だからその生糸を安く仕入れにきたとは言えない。
「そりゃまた災難だな。賭場もそれで寂しい有様という訳か」
「全くダメだ。だが貧乏百姓から更に搾り取ってる奴らはいる」
「ほう、どういうカラクリだい」
「ここいらを見なよ。水回りの悪い場所はどこもかしこも桑畑だ。お蚕百姓も多い。ところが米だの何だのはみんな買わなきゃ食う事すらできゃしねえ。そいつらが皆翌年の生糸をカタに借金してるのよ。そこへ持って来て相場がこんなに下がっちまえば次の年にゃーもう首は回らねぇ。そこで俺たちの出番ってこった」
「すると渡世人のおめぇさんがたは賭場が立たなくても食えるって寸法かい」
「そうよ。有るもん根こそぎかっさらって来るのさ。あれ見な」
 顎をしゃくったその先には年の頃は干支が一回りした位の真っ黒な小娘がいた。
「あの子供がどうしたい」
「若い娘なんざ根こそぎかさらっちまったんでもうあんなのしか残ってねぇ。いきなり女衒にナシをつけても安めに買い叩かれるから暫く置いといて頃合を見るってこった。3年くらいかかるから生糸よりも割りが合わねぇ」
 丈太郎はウンザリした。博打を打って人も切るが、人買いはしたことがない。
 娘は着たきりのほったらかしにされているようで、真っ黒なのは薄汚れているかららしい。見ていると良く光る視線で見つめ返してきた。折檻されたのか、あちこち痣もあったが、その眼光は強く印象に残るものだった。
「おい、名前はなんてぇんだ」
「お光(ミツ)ズラ」
 甲州訛りがある。思わず笑ってしまうと、お光と名乗った娘も染みるような笑顔を見せたが、はばかるのか直ぐに表情を引き締めた。

 とにかく行ってみなければ話にならない。三人は秩父を目指した。

つづく

幕末甲州奇談 博徒編

明治甲州奇談 秩父編

明治甲州奇談 逃避行編


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