映画 PERFECT DAYS レヴュー
2024 JAN 26 2:02:37 am by 西 牟呂雄
どういう事情か知らないが、前期高齢者の独身オヤジが毎日繁華街のトイレを掃除する仕事を淡々とかつ誠心誠意こなす。毎日ローテーションをこなし同じ公園でコンビニのサンドイッチを食べ、銭湯の一番風呂に浸かって、帰りにはチューハイを飲みながら簡単な食事をし、古本屋で買った1冊100円の文庫本を読みながら寝る。休みの日はコイン・ランドリーで洗濯をし、仕事中に趣味で撮ったカメラのフィルムを現像に出し撮った写真を受け取る。その足で行きつけの美人女将のカウンター割烹で一杯やる。
何かがきっかけで実家と疎遠になり孤独な暮らしを続けていて、時々雑音が入る。バカ丸出しの若い同僚が仕事に来なくなる、姪が家出して転がり込んでくる、女将の別れた亭主が現れる。だがそれらのアクシデントはすぐに過去のものとなり、男の日常はまたバランスをとるように元のペースを取り戻す。何も変わらない、何も起きない。
これだけの話を見事な映像に仕上げたヴィム・ヴェンダース監督の狙いは何か。一言でいえば限りない人間賛歌である。どの人生も平凡であることが素晴らしいというやさしさだ。能登の地震災害がこれでもかと報道されている昨今では骨身に染みる味付けだ。また、世界では戦争・紛争の終結が見えない今だからこそ、カンヌ映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し主演の役所広司が男優賞を取った佳作と評価される所以である。
監督は日本でいえば筆者の上の世代、即ちプレ・団塊の世代、全共闘世代に属するゾーンの人で、やはり時代の影響を受けたのだろう、筆者はこの作品に『イージー・ライダー』とか『バニシング・ポイント』といったロード・ムービーの雰囲気を味わった。そして両作品が最後に悲劇的に激突して終わるのに対し、本作品が淡々と生活の継続を描いたエンディングとなるところに時代の変遷を感じた。
特に監督が選んだという作中に流れる音楽は懐かしさがこみあげてきた。アニマルズ、ベルベット・アンダーグラウンド、オーティス・レディング、パティ・スミス、ルー・リード、ヴァン・モリソン、ニーナ・シモン、ときてはもう涙モン。最もシビれたのは割烹の女将がギターに合わせて歌う日本語の『朝日のあたる家』だった‼ 女将を演じるのは石川さゆりですぞ。
ところで鑑賞中に気が付いたが、主人公は仕事中はツナギを着ていて、そのファッションたるや喜寿庵で農作業に勤しむ筆者の格好にそっくり。やっていることも、目が覚めてファームに行き、コンビニのジューシー・ハムサンドを食べ、温泉であったまり(回数券で510円)ビールを飲みながら鍋焼きうどん(680円)を食べて本を読んで寝る。違うのは筆者はその後寝るまで焼酎を飲み続けることと、筆者の作業には報酬が無いことである。付け加えると収穫も特に誰からも感謝されないことか(例えばジャガイモはあまりの出来の悪さに受け取りを拒否され筆者自身が消費している)。もう一つ、なじみの美人女将のいる店が喜寿庵周辺にはない(田舎のフィrピン・パブはあるらしいが行ったことはない)。言うまでもなく筆者にはパーフェクトな日々を過ごしている充実感など全く湧いてこないのだが。
それはさておき、映画化のきっかけはファーストリテイリングの柳井康治が企画した公共トイを刷新するプロジェクトTHE TOKYO TOILETのPR映像をつくろうとしたことだそうだが、監督が短編ではなくストーリイ映画にしたいとシナリオを練ったらしい。何も起こらないので面白くないと言っては身も蓋もない、味わい深い作品だと思うが、私小説が嫌いな人には勧めない(実は筆者は私小説なんか読まないが見てしまった)。
誠に蛇足であるが、筆者の長年の友人がヒョンなきっかけからこの映画に出演している。モッサリしたオッサンが数秒映るだけなのだがちゃんとエンド・ロールにも名前がクレジットされるという快挙。映画を見てどの登場人物かわかる方はいるだろうか。次の3つから選んで、正解の読者には筆者から仮想通貨100万ソナー・ダラーを賞金として差し上げますぞ(価値はないらしいが)。
➀ 銭湯の番台にいるオヤジ
➁ 写真屋のオヤジ
➂ 割烹でギターを奏でるオヤジ
まだ上映してます。
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アーサー・ウェイリーおよび井筒俊彦について
2024 JAN 21 8:08:04 am by 西 牟呂雄
アーサー・ウェイリーは明治に生まれ昭和40年代まで存命だったユダヤ系英国人、源氏物語の英訳をした語学の天才である。パブリック・スクールの名門ラグビー校からケンブリッジに学んだエリートで、ケンブリッジは中退し大英博物館に就職する。そして日本語並びに中国語を独学で学び、源氏物語や老子を英訳した。
驚くべきことに、当時の印刷技術からして英国に渡っていた源氏物語はおそらくは現代語訳でないどころか書体も毛筆草体だったであろうし、老子に至っては簡略されていない白文(ピリオドも何もない)かつ難解な旧字体だったろう。それを見事に翻訳できたとは余程の読み込みと並外れた想像力があったに違いない。しかも、日本語も中国語も喋れなかったというから凄い。八木アンテナの発明者として有名な八木秀次と交流して多少の発音は分かったらしいが流暢に喋るレベルにはなっていない。こういう人は語学というより文献解釈の天才とでも言うしかない。
ケンブリッジ時代にギリシャ・ローマの古典からラテン語を学び十数か国語に通じていたそうだから、他言語の意味することを掬い取るコツのようなものを体得していたのではないか。
ただ、謎があってドナルド・キーンはウェイリー訳の源氏物語で日本文学に目覚めたが、ウェイリーに初めて会った時はアイヌ語の講義していたという。本人の言にも『アイヌ語とモンゴル語はある程度知っており、ヘブライ語とシリア語も多少知っている』とあるがアイヌ語に文字はない。ローマ字表記されたものか、一部ロシア語のキリル文字に起こされたものから翻訳したのだろうか。
光源氏はShining Prince に、帝はEmperorと訳し、扉には『王子様、ずいぶんお待ちしました』と眠れる森の美女のセリフをあしらった『The Tale of Genji』は、その優れた心理描写でベスト・セラーとなった。特に900年も前に書かれた長編小説ということに賞賛の声が上がった。ただベスト・セラーといっても初年度に7千部くらい、というのもウェイリーはとても格調高い翻訳を試みているので当時の労働者階級にはピンとこない、いわゆるオックスブリッジ出の読書階級といった教養人がマーケットだったろう。とすれば大変な数字ということだ。
日本のことなどほとんど知らない英国人にフィットするように(本人も日本に行ったことはない)萩のことはライラックとするなど工夫を凝らしているらしい。筆者はその訳文を読んではいないが、他にも『あはれ』などは前後の文脈から sympathy、melancholy、sorrow、beautiful、facination と使い分けるというからもはや日本人より読みこなしているのである。
そしてこういう天才は見ているだけで訳語が湧いてくるようだから、中国語は(しゃべれなくても)もっと簡単に対応できたのではないか。白楽天を訳し西遊記を訳し論語を訳し、その勢いで The Way and Its Power: A Study of the Tao Te Ching and its Place in Chinese Thought として老子を翻訳した。
まったくの余談であるがビートルズのレディ・マドンナのB面であるジ・インナー・ライトの歌詞 『Without going out of your door / You can know all things on earth / Without looking out of your window / You can know the ways of heaven』はウェイりー訳の老子の一節『戸を出でずして、天下を知り、牖まどより闚うかがわずして、天道を見る』から採られた。当時ヒンドウーの行者マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの瞑想の教えを受けたジョージ・ハリスンに、サンスクリット研究者のジュリアン・マスカロが薦めジョージがインド音楽風に曲をつけた作品である。
この天才のことを書いていて、我が国にも同じようなウルトラ級の天才がいたことを思い出した。コーランを原典から翻訳した井筒俊彦。西脇順三郎にあこがれて慶應に学んだ、筆者の敬愛する池田弥三郎の親友である。伝説によれば一度に10ケ国語を学び全て数か月でマスターした(一説にはひと月に一ケ国語)。曰く、英独仏といったヨーロッパ語は言語的に簡単過ぎる、したがってそれらを難しいという人の気持ちが分からない、ロシア語がやや歯応えがあった、だそうだ。更にペルシャ語、サンスクリット語、パーリ語、ギリシャ語とマスターし、ヘブライ語、ラテン語までこなし、全て自在に喋れたと言うから天才どころか大魔神である。ウェイリーとはまた違った意味での才能かもしれない。
その大魔神は戦前、革命を嫌って来日していたタタール人と知り合ってアラビア語との運命的な邂逅をしイスラム研究にのめり込んだ。本人の言によると、アラビア語は文化語のうちで最も学習困難な言語なのだそうだ(ただ、始めて一月でコーランを読み通すことはできた)。
この下りは大変興味深い。そのタタール人達もまたは大変なイスラム学者で、伝統に従って一人はコーランの全文、もう一人に至っては質問する全ての文献が頭に入っており、井筒の蔵書をみて『こんな本を持ち歩かなけりゃならんとは情けない学者だ』と笑ったとか。
ただし井筒も、サンスクリット語の大家である辻直四郎(この人は一高で川端康成の同級生)に文献を借りに行き、辻はどうせ読めないだろうと思いつつ貸した。すると一月経って返しにきたので『ははあ、読めなかったな』と思い質問してみると全部暗記していた、という逸話がある。
尚、井筒の知名度がイマイチなのは著作のほとんどが英文で書かれているため、日本国内よりも海外での評価の方が高く、研究活動も慶應義塾だけではなくロックフェラー財団フェローとしてイラン、エジプト、シリアおよびヨーロッパでの研究生活が長かったためである。
どうもこういった天才達はどんどん古典の方にのめり込んで精神世界に行ってしまう傾向があるのではないか。ウェイリーは論語や老子道徳経を解釈して『中国古典哲学の解釈書”Three Ways of Thought in Ancient China”』に至り、井筒はイスラーム・東洋思想を通じて神秘主義哲学者となった。筆者はインチキな英語でビジネスをしながらキリル文字やヒンディー文字であるデーヴァナーガリーを眺めてみることはあってもロシア語・ヒンディー語・タミル語はさっぱりだ。つくづく才の無さを悲しむばかりである。
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ロックがゲレンデに流れる
2024 JAN 14 18:18:38 pm by 西 牟呂雄
還暦+α とか数え年古希とか言い繕ってきたが、今の僕はロック、即ち69才なのだ。いささか無謀の声も聞こえてくるが、今年もゲレンデに挑戦した。挑戦とは大げさに聞こえるかも知れないが本人は至って本気である。ロックにもなって骨折だの捻挫なぞするわけにはいかない。絶対に上級の急斜面なんかに行ってはならないのだ。
そもそもビンディング装着の段階で体が硬くなっているし立ち上がる時のバランスも悪い。リフトを降りる時にもうコケそうになる。こりゃ良く体操しないとヤバい。恐る恐るダウン・ヒルを下ると余計な力が入ってもう汗だくという体たらく。ふーっ。
ところで、毎度来ているこの富士山のふもとのゲレンデは人工スキー場なのだが、スノー・マシンの性能は格段に上がっていることがわかる。昔は本当にザラメとかアラレのような粗い雪モドキだったが、今では圧接した後にはパウダー・スノーのようにきれいな新雪だ。
オットットと言いながらまたリフトに乗った。すると隣のカップル(4人乗りクアッド)は喋っているのは広東語である。話しかけてみると観光に来てスキーをやってみたくなりトライしているのだそうだ。大丈夫なのか、案の定リフトを降りた途端に転がってしまった。ジャーヨ(加油)!
それにしても今年のゲレンデは明るい色が主流のようで、オジサンのようなダークで普段着スタイルはいつにも増して取り残され感が漂う。
自撮りの後ろにわずかな富士山のカケラが映り込んでいる。
だが、後何回滑ることができるか、何年やれるのかを思えば今更ファッションもクソもない。現にビンディングが劣化したボードを買うこともなくレンタル。スキーに至っては靴の方がいかれたが買っていない。嗚呼。
ダウン・ヒルを2本滑って、ようやく体がバランスを取り戻した頃気が付いた。今までは大腿部に疲労感を感じていたのだが、今年は違う。足首に来た。スキーは左右の体重移動だがボードは前後の移動であり、足首への負荷はボードの方が大きいが、久しぶりのせいでターンの際の視線が低く体が棒立ちになったため無理にスライドさせているからだろう。年を取ると足田の痛みでフォームがチェックできるとは知らなかった。
さて、少し調子が出て来たぞ。ゲレンデには聞いたこともない流行りのJ-POPらしき音楽も流れているが、僕にはおよそ冬山には似使わないロックがガンガン響いていた。50年も前の名曲で、曲の出だしは『俺たちゃ氷と雪の国から来た』である。さて、もうひと滑り。
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『言葉』は言葉であって真実ではない Ⅱ
2024 JAN 7 23:23:11 pm by 西 牟呂雄
前回『法律はそれを『文章』として書いた人と、それを執行する人の間でのみ有効で、大きなお世話だと思う連中には効果はない。人間は自由意志もないにも拘らず社会生活をするために決めごとは必要となると文章は作る』と記した。このことを如実に表すのが誰も守らない法律であることは言うまでもない。
例えば制限速度。取り締まる者がいなければ誰も守らず、事故の際或いは運悪くつかまった場合に『ついてない』と言いながら罪に問われる。普段それを常習的に守っていなくても犯罪意識なんかない。職業的な格闘家になる根性はなくともモメ事と喧嘩が好きでしょうがない大バカは絶えることがない。そしてそのバカ同士がタイマンを張っても傷害罪が適用されることはない。もっと言えばヤーさんが殺しあうのもほったらかしてもいいくらいだ。カタギ相手じゃなけりゃ。
そしてこれらのドーでもいい話はさておき、昨今問題のパー券のチョロマカシ問題だが、筆者はそれがどうした、という立場なのだ。賄賂性は無し、被害者なし、せいぜい政治資金規正法という交通違反以下の縛りとぎりぎり税金逃れなのだろうが、5年で150万円の某議員にいたっては特捜部は在宅起訴ができるのか。もともとどこでも誰でも何年も当たり前にやっていたことが内部告発されたのだろうから、とにかく何かしなきゃならん、となって盛り上げるために検察がリークした、という構図が透けて見える。それを軽薄マスコミがワイド・ショー・ネタにしたに過ぎない。特捜も困ってるんじゃないのか。ペイペイが逮捕されてそれで終わりかも。
煽られたおかげで支持率は低下したが、その世論調査が次の総理に押しているのが石破・河野・小泉というレベルだ。本気で怒っているとは少しも思えない。次の総理なんか誰でもいい、といった程度の話、その3人に中身が期待できるのか。高市早苗ならばともかく。
そもそも岸田総理は失敗らしい失敗をしていない。気に入らないのはLGBT法ぐらいで、これに頭に来たのは筆者のような右と二丁目の住民だから支持率低下とは関係はない。気の毒な話で不謹慎ではあるが、地震と航空機事故のドサクサで総裁任期まで持つだろう。で、総裁選は茂木あたりが出てきても勝てるんじゃないか。
そこで冒頭の話に戻るが、筆者もいい大人でありなおかつ性善説であるから、法のハードルは低くして多少のことは目をつぶる、だが気に入らなけりゃ引っ掛けることができるレベルにはしておく、というのが緻密な統治ということは十分理解している。
ただそれは、全ては『個』の話ならば分かりやすいが、一体『お目こぼし』が通用する性善説めいた運用はどの程度まで有効なのか、耐えられるシステムか。家族までか、一族までか、ダチならいいのか、同期ならいいのか、同窓ならいいのか・・・・、行きつくところは好むと好まざるとに関わらず国家でしょうな。
で、条約だ同盟だ国際法だ、とくるのだが、ここに至ると性悪説にならざるを得ないのが目下の世界ということになる。異論はなかろう。何たる無力か。そもそも本当に役に立つ同盟とはどこにある。成程EUができて独仏は二度と戦争はしないだろう。だがウィングを広げすぎて英国は離脱しウクライナ戦争は起きた。いかなる合意文章も提題の通りならば人類は何をやってきたのか。せめて一国でも核を使ったら核保有国はその国に飽和攻撃をする、くらいで縛れないのか。その場合我が国は、復活した新日英同盟で核搭載型原潜をレンタルして・・・、なんのこっちゃ。
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令和六年滋養神社お告げ
2024 JAN 1 0:00:17 am by 西 牟呂雄
迷える人々よ、明けましておめでとう。
ワタクシ滋養様の審神者として昨年の大ハズレを恥じておるものの、今年もお告げがあったのでここに遣わす。
1.台湾選挙は凄まじい大陸の干渉の元、前代未聞のフェイク映像が飛び交う選挙戦だった。ドロドロのスキャンダル暴露合戦になって最後は『アイツは大陸の回し者だ』『アイツこそ上海に愛人がいる』『この親日派め』『アメリカの傀儡だ』と聞くに堪えないものになり果てた。
そこに南シナ海でフィリピンと中国海警局の小競り合いが発生し、これが決め手となって民進党が勝つ。
2.ウクライナ戦線は膠着状態だが、ロシア側に厭戦気分が広がり勝利には程遠い。そんな中、プーチン大統領は再選されるのだが、得票は50%ギリギリで世情騒然となる。戦争をやめるわけにはいかないため、せっかく潰したワグネルを復活させたりチェチェン人の部隊を投入し始め、戦闘を丸投げしようとする。
するとウクライナも外人傭兵部隊を使いだし、その中でも抜群の能力を発揮した東洋人の部隊が脚光を浴びる。正体不明のニッシームと名乗る司令官は日本人ではないかとの噂が広がる。部隊はソフト・マッド・カンパニー(SMC)というらしい。更にそのスポンサーはイーロン・マスクだと推定される。
3.有無を言わせない鋼鉄の意思でマッド・ネタニヤフ首相はガザ全地区を制圧した。しかしその過程で人質が全員殺されてしまい、ネタニヤフは支持を失った。それを見てバイデン大統領も匙を投げる。ガザは国連の委任統治となり非武装中立を維持することとなる。ところがそんな概念は世界中にないため、憲法九条を持っている日本のノウハウに頼ることになり、暫定首長に石破茂、内務大臣河野太郎、財務大臣小泉進次郎、外務大臣鳩山由紀夫が指名され、お花畑国家が樹立。
4.パリ・オリンピックはロシア・イスラエルの参加をIOCが拒否した。するとアメリカもしくはウクライナ選手団へのテロが実行されるという噂が広まり、大会が戒厳令下のようになって盛り下がる。
そんな中日本は大活躍で、特に100✖4のリレー、バレーボール。バスケット、で金には届かないが大金星を上げる。女子ホッケーさくらジャパンが銅メダル。
5.オリンピック・パラリンピックが終わった途端、北の国がまたミサイルを撃った。それが今度は南シナ海まで飛んで中国を怒らせる。習近平は石油の輸出パイプのバルブを捻って虐めると、北はロシアに泣きつく。ついでに日本に盛んに秋波を送って来た。
林官房長官はそれに乗ろうとするが、上川外務大臣が猛然と撥ねつける。すると勘違いした一部の自民党議員と何故か小沢一郎が暗躍し、勲章目当ての外務省のキャリアもジタバタする。売国奴の本性を見せる。
6.岸田首相の粘り腰は凄い。不支持も何のその。安部派や二階派がどうしたか知らんが、オレのせいじゃない、それはそうだろう。安部派は潰れかけ、二階派も身動き取れず。麻生は河野を見限ったので対抗馬は出なかった。石破・茂木・小泉を菅元首相がけしかけるが推薦人が集まらない。結果岸田再選、バンザーイ!
7.アメリカ大統領選挙はフェイク画像、誹謗中傷、ロシアの介入、のメチャクチャな政治ショーに成り下がり、識者は眉を顰める。しかしながらウクライナ支援疲れを前面に押し出したトランプが僅差で大統領にカムバック。早速『サッサと戦争をやめないとオレだって原爆を使うぞ』と言い出してプーチンとの直接会談を持ち掛ける。『クリミアくらいくれてやりゃいいだろう』などと掻き回す。
ただし岸田総理との相性は良くない。
8.中国がいよいよ経済破綻の地獄の門を開けた。コロナ・不動産バブル崩壊・アメリカ対中姿勢強硬の三段跳びで、ついに信用不安に陥る。一帯一路などと浮かれまくった資産の切り売りが始まったが誰も買わない。
困ったときの日本頼みとばかりに接触しようとするが、岸田総理は断固拒否。代わりになぜか小池百合子都知事にすり寄る。すなわち二階ルートなのだがこれも裏金問題で力はない。
さすがに習近平も足元がヤバくなってきた。
9.春闘の賃上げは7%どころではない上昇で一見喜ばしいが、日銀はゼロ金利をやめる。だがインフレ懸念から年初は消費がサッパリ。次の利上げのタイミングを探れない。円は再び110円/$となって株価も3万円レベルに戻る.それだけでGDPは世界第三位にカムバック。
ところが梅雨明けから岸田総理の破れかぶれ感からバラまいた給付金の効果と円高が効いて来る。食品及びガソリンが安くなった。するとリベンジ消費が盛り上がりしまいには不動産まで売れ出してバカみたいに景気が良くなる。気が付けば日本が、岸田総理が世界のリーダーとなる。
10。日本ハムファイターズ不動の最下位に沈む。ついにバカ監督の首どころか球団身売りの運びとなった。すると名乗りを上げたのはメジャー最高のギャラを貰った大谷翔平だった。ただし現金の支払いは10年後の条件らしい。しかし大谷を慕うメジャーのレギュラー・クラスが大挙して入団しようとするので、球団ごとアメリカに行くと噂される。場所はフロリダでライジング・サンズになるらしい。監督はイチロー。大谷は二刀流のまま現役を続ける。
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『言葉』は言葉であって真実ではない
2023 DEC 25 20:20:56 pm by 西 牟呂雄
これは何も病的な嘘つきやハッタリ屋のことを指しているわけではなく、日本人並びに日本語の特徴についてである。要するに書いたり喋ったりしていることと現実が大きく乖離してしまうことを言いたい。
その話をする前に、最近読んだ本で知ったことを少々。最新の脳科学の研究によると、例えば右手を伸ばしてコップを取る行動をとる場合、脳が指示を出す信号のほんの少し前から行動は始まっているということが計測されたというのだ。AIが文章を作る際にある言葉の次にはどういう言葉が最も整合性があるか、で文章を紡いでいくそうだが、人間の行為もそれに似ている。先にどういうことをするのがフィットするかを脳よりも早く反応している。
一方で、フランスの哲学者ジャック・デリダはそういった科学的検証とは別に、自由に発想した考察は必ず時間的な反芻(私の造語。デリダは英語ではdifference と表記)があるはずだ、とした。即ち完全な自由意志といえどもそれは後付けである、と喝破した。
これは虚言壁というようなよく口が滑る人、ハッタリや自慢話の多いオヤジのことを想像してみると分りやすい。ああいう人は自分の願望を述べているので、自分が嘘つきという自覚はない。
私自身はどちらでも構わないが、それはそうだろうと腑に落ちるところがある。そういった事象に普段から囲まれているという感覚はある。
例えば憲法九条。1項はいいとして、いつももめる2項は完全に現実と乖離しているのは誰が見ても明白。にもかかわらず自衛隊がなければ尖閣などアッという間に取られてしまうのも明らか。フィリピンの島しょ部を見よ!一方で護憲派は議論の土俵にも上がらずに断固反対で現実には目を向けない。
今日明らかになった拉致問題を『北〇〇が拉致などする理由がない』と言い放った公党の女党首が当選し続けた。その国会議員は被害者に謝りもしなかったし罰せられなかった。
マスコミは大騒ぎするパー券のちょろまかしはせいぜい政治資金規正法とかいう微罪か税金申告漏れの類で、大問題のような言い方が蔓延るが税金を使ったわけでもなければ不利益を被った人さえいない(利益を享受した人もいないのだから賄賂にすらならない)。ヒステリックに毎日ニュースになるから自由意志を持たない一般人も洗脳されて憤る。利権という言い方もあるが、実態はない。チンピラがくすねる程度のミミッチイイ話しに過ぎない。まっ、次の選挙はヤバいかも知れないが、年が明ければ違うだろう。
『聞く力』と総理は言うが、本当の声を聴くセンサーの問題だ。街頭インタヴューなんぞいいかげんなもので、マイクを向けられればイチャモンを言い出すのは自由意志を持たないバカばかりだからマスコミの誘導に従ってつまらん文句を言い、そうでないものはカットされる。
大騒ぎの末に不愉快な駐日米大使の外圧まで加わりLGBT法ができた。マトモな人は行ったこともないだろうが新宿二丁目のその道のプロ達は喜んだのか。ゲイもビアンも『バカじゃないの?ほっといてよ』と言っていた。業界人はひっそりとやりたいのだ。筆者はその昔悪い仲間とその界隈で散々飲み散らしたが、実に面白い連中ではあったが『オニーさんはノンケね』と言われて相手にはされなかった。あのバカな法律で恩恵を被るのは売名行為に走るごく一部と弁護士なのだ。LGBT法違反の裁判まで始まったらそれは喜劇だろう。
そこで冒頭の話に戻る。法律はそれを『文章』として書いた人と、それを執行する人の間でのみ有効で、大きなお世話だと思う連中には効果はない。人間は自由意志もないにも拘らず社会生活をするために決めごとは必要となると文章は作る。だが声に出して読んだ奴はいるのか。目で見るだけならばあいまいさが抜けはしないのだ。
僕は日本国の愛国者ではあるが『日本国憲法』はその成立のいかがわしさも含めて、ロクに読みもせず実践もせずに不自由がない。言葉・文章は日本では現実を反映しなくてもいいのであれば、十七条憲法と五か条御誓文で十分。後はコモンロウでいいではないか、どうせ解釈はいくらでもできるのだから。法曹関係者の方には理解不能だろうが(できても、そうだ、とは言えないだろうが)後付け自由意志でいいと思っている僕には通用しない。
せめて日本人としての矜持を持てるだけの憲法改正に反対意見を言うのは自由だが、日本の曖昧力を台無しにしないでくれ。あなたがたこそが『いつか来た道』を助長しているのですよ。
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続・街道をゆく 無生野のみち
2023 DEC 19 21:21:53 pm by 西 牟呂雄
中央本線の駅を降りると、見事なまでの河岸段丘が眼前に広がっていた。かつては水田だったであろうそのわずかな平地に現在では家屋が整然と並ぶ。地名はその風景のままに上野原といった。中央線が山梨県に入った最初の駅だ。
その河岸段丘の下を川が流れているが、戦後に建設されたダム湖に通じるためにすでに緩やかな流れとなり満々たる水を蓄えていた。数万年の時を経て大地を削った後が見て取れるようで、思わず覗き込まずにはいられなかった。
近年の開発により、東京西部のベッド・タウンとして発展したのは後背地の方で、長いエスカレーターが設置されている。その奥は甲斐・相模・武蔵の国が接する山間である。従って湖の名前は相模湖でありそこからは相模川が神奈川を潤すがそこまでは桂川と呼ばれている。武蔵野の国からも甲斐の国からも峠を越えなければならず、戦国時代は武田・北条の接点としてしばしば戦場となる緊張感を孕んでいた。
そのため、関東もしくは鎌倉から西へ下る際の隠れ道の役割を果たした、まことに心細いような街道をこれから辿ることになる。
橋を渡りしばし山中の曲がりくねった道は、歩けばさぞ険しかろうと思えるほど山が両法から迫り、更に今日ではトンネルも整備されているがために進んでいく距離が、往時は大変な時間と体力が必要だったか想像すると絶望といった言葉がさほど大げさに響かない。先日放映された『ポツンと一軒家』に今たどっている道を山側に登ったところにある川魚を供する食堂が取り上げられたほど、山深い。
突如、視界に巨大な観音像が現れた。
あまりに唐突なのでそれが観音像であると気づくのに少し間が開いてしまうほどだった。但し近隣には宗教施設はない。台座には『道教観音』と彫り込まれてあるが、観音菩薩は般若心経の冒頭に出て来る菩薩の一人である。それが道教と結びついた例を筆者は知らないが、媽祖信仰と混合した新たな女神だとでもこじつけたのだろうか。付近に由来も案内もない。
その先に温泉施設があり、その道標として建立したとすればむしろその商魂の逞しさに驚く。
我々はこれより無生野(むしょうの)という誠に侘しい場所を目指しているが、この街道に沿うように一山超えた東側を道志道という街道が走っていて、その相模原寄りの地名が秋山である。山中湖あたりを起点とする道志川が津久井に流れており、ここは横浜市の水源となっている。行政上は山梨県であるが、むしろ隣接する相模原市や神奈川県とのつながりを思わせる地域であり、また、住民の距離感も甲斐の国府である甲府への帰属意識は少なかろう。
明治以降の開国にあたってはこの山間で盛んであった養蚕によって基幹産業である絹の輸出は横浜港に直結していた。八王子を抜けて横浜に向かう絹の道を通じてである。冒険的な甲州商人が往来したことであろう。
だが、今回その道をたどるのは、その遥か昔の悲劇をなぞっている。大塔宮護良親王は父帝後醍醐天皇に疎まれ鎌倉に幽閉されたが、滅亡した鎌倉執権北条高時の一子時行が信濃から旗揚げした『中先代の乱』のドサクサに暗殺される。親王の首は打ち捨てられたが、愛妾雛鶴姫(ひなづる)によって拾われる。姫はその首を洗った後、大切に携えながら京都を目指した。筆者が今進んでいるのはそのルートだ。
北条方からも足利方からも追われる身であり、ましてや姫は懐妊していたとされるのでこの山塊の中をさまようのは心細かったに違いない。ついにかの地で宿泊を断られた挙句に産気づき母子ともに落命してしまう。そこを無生野と呼んだ。無情にかけた地名とされている。
寂しげな祠が見えてきた。山間部ゆえに日当たりは悪くひっそりとしつらえられていた。雛鶴神社である。かの姫と亡くなった皇子を憐れんだ地元の人々が祀ったという伝承の神社だ。
更に驚いたことにもう一つの伝承が被さっていた。大塔宮の遺児である葛城宮綴連王が後年この地に流れ着き、この伝承を聞き不思議な縁に導かれるようにとここで天寿を全うした、というのである。
葛城宮綴連王とは地元での言い方であり、正史においては護良親王と北畠親房の妹の間に生まれた興良親王と比定される。建武の体制瓦解の後、後醍醐天皇の後の後村上天皇の元で征夷大将軍(南朝の)となり、東国で・四条畷で・山陽道で戦い抜き、消息を絶った悲劇の皇子である。ただ、墓と伝わるものが兵庫・奈良にはある。
ここにも墓と称する土塚がある。諸説入り乱れてでさすがに興良親王とは言い難いが、無生野の人々が雛鶴姫・綴連王を供養したことは確かであり、それがゆえに伝わる無形文化財までが残っている。無生野の大念仏である。
かつては空也上人や一遍上人が広めた念仏踊りが上記伝承と結びついて病気平癒なども込められた独特の形態をとるものとしてユネスコの無形文化遺産となった。
白装束を纏い太刀、締太鼓、棒を振りかざしながら経典を唱える。さらに鉦・太鼓を打ち鳴らしながら踊る。広く一般で行われる盆踊りの原始的なものであり、辺境であるがゆえに残ったのではないか。山間の渓谷において、おそらくは雑穀を食し炭を焼きあるいは狩猟で生計を立てていたであろう人々がかたくなに守り伝えてきたものが文化遺産と評価されることは誠に喜ばしいが、それを機に『村興し』を展開するとなるといささか違和感を持たざるを得ない。辺境にあるがゆえに残った文化はそのままにしておいてやりたいと思うのだ。
ところで物語はここで終わらない。この場所は行政上は上野原市になるのであるが、もう一つ峠を越えるとそこは都留市になり、不思議なことにそこにも雛鶴神社があるのだ。こちらは雛鶴姫の終焉の地という触れ込みで、舗装道路から更に600mほどの悪路を登った奥に、無生野のそれよりもなお一層人目を避けるように佇んでいた。傍らの姫の墓と称する供養塔が氏子の手で建立されていた。
かつての峠越えはこの参道よりも険しかったに違いなく、いくつかの伝承を組み合わせるとおぼろげに浮かび上がるのは、鎌倉から落ち延びて来た高貴な血統を宿した女性が峠を越えた所で男児を生み絶命、生まれた子はしばらく養われたが不幸にも短い生涯を終える。その墓所が峠をはさみ同じ社名で秘かに祀られた、という想像が成り立ち、恐らくそうであったろう。都留市側の社伝には一緒に落ち延びてきた武士の名前が『菊地三郎武光』『馬場小太郎兼綱』『竹原八郎宗規』と記され、没後百箇日に臣下の木枯太郎並びに馬場正国等が殉死した、とある。
殉死した彼らの墓には墓樹を植えたとされ、2本の松が残っていたそうだが、惜しくも1985年頃松喰い虫の被害により枯れたそうだ。
ところで、舞鶴姫が携えていた大塔宮の首はどうなったのか。無論史実は何も語っておらず、神社に伝わる伝承も記されていない。ところがその首と称するものが実際にあるというのだ。
峠を越えて、都留市朝日馬場に出ると夕刻に近くなり西日が射して一気に視界が広がった。戦国末期は徳川の重臣鳥居元忠が納めたエリアで、江戸初期は谷村藩として秋元家の所領であった。その街道沿いに入船神社がある。社伝によれば後醍醐天皇の御代、延元二年(1337)に住吉三神と言われる水の神、底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)を祀った。
そしてどういう経緯かは分からないが護良親王の御首級を奉っている。頭蓋骨に金箔を施し、梵字を墨書きした上から漆に木屑を混ぜたもので肉付けし複顔した首級が御神体として現在も保存されている。両眼には水晶をはめ込んでいたが片方は失われた。調査によれば作成時期は江戸初期とのことが判明しているが、ツラツラ綴って来た伝承が滴って来て氏子の信仰を集めたものだろう。こういった伝承の流れにはなにやらいじらしさと力強さが感じられ、筆者の顔は思わずほころぶのである。
尚、この神社の堂々たる大木には今でもムササビが生息しており、飛翔する姿は確認されている。
また向かって左側には4本の柱に支えられた屋根の元、土俵がしつらえてあり、奉納相撲も行われているらしい。硬く突き固められた土俵に登ろうとしたが、靴を履いたままなのは憚られる空気が流れていた。
この先は冨士みち、浅間神社への表参道につながる。
この項終る
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ロシアは悪い!
2023 DEC 11 20:20:23 pm by 西 牟呂雄
そりゃ攻め込んだロシアが悪いに決まってます。これを最初に書かないと、アイツは親露派だと思い込むバカがいるので悪しからず。
いささか旧聞に属するが、ソ連が崩壊した時に旧ソ連が配置していた核はロシア以外にウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンと別れていた。ベラルーシとカザフはソ連継承国家であるロシアに返還したのだが、その時点でウクライナはしなかった。
手嶋龍一が2007年に上梓した『ウルトラ・ダラー』は、その混乱の中からウクライナの核技術が北朝鮮に流出し、その際に北朝鮮製の精巧な偽ドルが介在したというフィクションである。今から十数年前の作品だ。
また、1995年時点で建造中だった空母『ヴァリャーグ』は同じようなドサクサの中ロシアからウクライナに引き渡された。ウクライナは引き継いだ途端に売却の方針を固める。すると海洋進出を目指した中国があの手この手で接近し、1998年マカオの怪しげなペーパー・カンパニーがカジノを含む五つ星ホテルにするという名目で落札した。この動力装置も未完成の空母はその後漂流・曳航を繰り返しながら3年後にマカオではなく大連に入港し、途端にペーパー・カンパニーは雲散霧消する。2005年から改造が始まり2012年に人民解放海軍に引き渡され空母『遼寧』となる。その間、ウクライナから多くの技術者が高給で雇われ、旨い汁を啜ったのだ。
他にもロケット技術の北朝鮮への供与(無論有償)はかねてより指摘されていて、2000年代を通じて世界の混乱の要因となっていた。要するに迷惑な国だった。
内政はその間混乱状態が続く。オレンジ革命やらその反動やら、選挙をやれば不正だなんだといつもモメ。出てくる政治指導者は親ロだろうが反露だろうが例外なく蓄財に励む有様で、そんな中ネオコンは露骨に手を突っ込んでいたに違いない。
もちろんロシアも工作する。2004年の大統領選挙に親露派のヤヌコーヴィチと対立したユシチェンコは突如痘瘡だらけになったが、ダイオキシンによるロシア得意の暗殺未遂だと主張している。
プーチンはしきりとキエフ大公国をロシアのルーツにしたがるが、ウクライナ・エリアがロシア・ロマノフ家に従属した歴史はそう古くなく、以前はポーランドの影響下にあった。その頃は、ほとんどのロシア人が貴族以外は農奴として売り買いされていた一方、軍事組織であるウクライナ・コサックが社会を構成していた(エカチェリーナ二世の強硬改革時に逃亡した農奴がウクライナに流れ込み農奴制が蔓延したが)。ウクライナ・コサックの矜持は自由と平等であり、意思決定はリーダーとして選出されたヘーチマンの元で全会一致が原則である。
また、先の大戦時にはナチに協力しユダヤ人を迫害し、連合国側が勝利した際には大量の移民がカナダに渡った。マイダン革命時に根絶やしになったはずのネオ・ナチが突如現れたのはその根が残っていたことを物語る。かのアゾフ大隊のことだ。
一方ではクリミア半島に根を張っていたタタール人という勢力もあり、黒海の対岸は強国トルコに代表されるようなイスラムの北上圧力に常に晒された。強国に挟まれた国の生き残りノウハウはいいとこどりの二枚舌外交と決まっている。
そこにネオ・コンが目を付けたのだろう。
しかし、そのネオ・コンも中東ハマスの暴発は読めなかったのだろうか。更にウルトラ強硬派のネタニヤフを抑えられると考えただろうか。実に致命的な読み違いに見える。
一方で欧米の足腰を読み切ったプーチンが大陸と北の国をけしかけているのはミエミエ。アメリカは日韓に防衛の一翼を担わせようとするだろう。
筆者はそれをチャンスだと思っている。憲法改正は難しい、解釈改憲には限界がある。台湾有事こそがチャンスなのだ。究極の防衛策は核武装だが、世論がそれを阻むであろうからシェアリング、それをアメリカに求めても承知してくれないだろう。本命は英国と見た。
落ち目の大国同士で秘密条約を結び核シェアリングをする。膨大なコストのかかる核搭載型原子力潜水艦のメンテナンスを日本が負担し日本海に配置する。実は英国は原潜「オーディシャス」を修理できない状態なのだ。核戦力を担うヴァンガード級原子力潜水艦を一隻借りてくるだけ。しかも中国は日本海に面していないのがミソで、ロシア並びに北の国への牽制ができれば安いもの、核を使う訳はないから、これぞ非核2・5原則ではないか。
英国はTPPにも入りたがっているからタイミングもいい。日英同盟復活でアメリカと天秤にかけるくらいのダイナミックな技を期待したい。
で、ウクライナはどうなるかって?あと十年は続くんじゃないの。
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異説『死のう団事件』Ⅱ
2023 DEC 3 16:16:25 pm by 西 牟呂雄
一時は千人ほどに膨れ上がった教団だったが、騒ぎのためにその後は50人程にまで減ってしまった。だが、残ったメンバーは桜堂に強く心酔する若い者で、その結束は強くなった。無論丈太郎もその一人である。
そしの丈太郎達から、より強力に布教を推進するにはどうすればいいかという議論が沸き起こって来た。青年が中心になって桜堂の親衛隊ともいえるグループは今後の布教に邁進するというのである。そして例の『死のう!死のう!死のう!』を唱えているうちに頭に血が上り結盟書に血判を押した。
時はテロが横行する不穏な風が一部には流れていた。前年2月、血盟団事件で大蔵大臣井上準之助と三井の團琢磨が暗殺される。5月には海軍将校による5・15事件が起きていた。
血盟団事件の中心人物である井上日召はやはり日蓮宗の信者であった。日蓮宗系では創価学会が立ち上がり、後に不敬罪並びに治安維持法で特高警察から弾圧される。大本教の出口王仁三郎が二度目に投獄されるのもこのころの出来事である。
左派運動に対する締め付けも厳しくなっていたが、同時に宗教系右派への取り締まりも強化されていたのである。
特に労働者の多い京浜工業地帯が広がる神奈川県の特高警察、通称『鬼のカナトク』の取り組みは勇名をはせていた。
桜堂は当初青年党の動きをやや引き気味に見ていたが、丈太郎達に突き上げられるように『殉教千里行』を実行することになった。青年党員28人(内数名は女性)は白い羽織に黒袴、鉢巻きを締めるという異様ないで立ちで、まずは鶴岡八幡宮を目指して旅立つ。家族を捨て仕事も捨て生還も期さない、という覚悟だったが、計画は未熟そのものである。
異様な風袋は丈太郎の発案で、さらに太鼓を叩きながら『我が祖国にために、死のう!』をやるのだから、目立つを通り越して不気味なのだ。警察に通報された。
そして葉山のあたりで野宿をしようとしていたところを一網打尽にされたのだった。更に『カナトク』は過剰反応し、非常呼集をかけて数十か所にガサ入れをかけた。
鶴岡八幡宮で落ち合おうとしていた桜堂は翌日蒲田署に出頭したが、事態が呑み込めておらず、いつもの説法をして帰ってしまった。『カナトク』の思惑を図りかねていた。
カナトクはこの騒ぎを事件とし、読み筋をテロの企てと見立てた。既に起こってしまったテロ、特に血盟団事件のような凶悪なテロを未然に防いだという手柄を立てたい意思が働いたのである。
そして、当然のことながら何も知らない青年部の連中を残虐な拷問にかけた。それは文字にするのもはばかられるすさまじいもので、既に小林多喜二は特高の拷問により死に至っている。中でも数人いた女性信者へは性的嫌がらせも執拗に行われ、ある女子医専に通っていた娘とその妹は精神に異常をきたした。
しかし、本当に何も知らないのであるから白状しようもない。耐えかねた2~3人が、その通りです、と肯定して信仰を捨てただけで、桜堂ほか5人以外は釈放された。ただその5人の中に何故か丈太郎は入っていなかった。
焦ったカナトクはリークを始める。新聞各紙に煽動的な記事が出だす。『西園寺公暗殺を計画』『増上寺を焼き討か』『好色漢の盟主桜堂』このうち、実際に計画になりかけたのは増上寺焼き討ちであるが、事前に桜堂の知るところとなり中止させられていた。この一連のリーク記事で、マスコミは彼らのお題目から教団を『死のう団』と呼ぶようになった。
事件は不思議な方向に進んでいく。人数激減により壊滅されそうになった教団は、何とカナトクの課長以下十数人を人権蹂躙・不法監禁・暴行障害で横浜検事局に告訴したのである。告訴したのは盟主桜堂と精神錯乱に陥った女子医専生徒今井千代の名前もあった。丈太郎の入知恵だった。
丈太郎は相変わらず教団に留まっていたが、なぜかほかの信者のような生々しい拷問の跡がない。例の割腹のパフォーマンスのミミズ腫れが醜く盛り上がり、気味悪がった特高が早めに放り出したと言うのだが。
特高警察を告訴するなど前代未聞、これもまた耳目を集めることとなった。それも今度は新聞の論調が変わって来た。
『裸女に火の拷問 姉は狂い妹も青春空し』
見出しからしておどろおどろしい。
1930年代の世界大恐慌の煽りを食ってダメージを受けた日本経済は、さらにタイミングの悪かった金解禁により落ち込み、巷に失業者の溢れる世相と相まって民衆の怒りがマグマのようにせりあがって来ていた時期である。高橋是清のインフレ政策で多少持ち直してきたとはいえ、格差は今日の比ではない。民衆の怒りがテロの形を採ると、治安当局も苛烈な弾圧をエスカレートさせたのだった。
告訴を受けた横浜検事局の検事正が実態を知り『警察の恥』と言い、それを知った新聞記者も大いに憤慨していった。すると今度は告訴を取り下げろ、と怪しげな男が教団を恫喝する、特高の尾行がつく、会員への嫌がらせが続く。それでも屈しないと、世論におもねったのか、今度は懐柔しようとした。
ついに神奈川県警察部長の相川は、賠償金・慰謝料を負担し、日蓮会を今後は支援する、とまで申し入れてきた。『死のう団は何等国法に触れることなき熱烈なる革新的宗教団体なりと認む』という自筆文書を携えて、である。桜堂はこれに、県警から報道機関へ出された文書に署名・押印することを加えるよう要望した。ところがこの交渉に期間に告訴を受け調査していた地検の検事正は更迭され、告訴は事実上店晒しにされていたのである。
3月24日付けで作成された文書が取り交わされる日に、県警側が用意した席にはビールが持ち込まれいざ手打ち、となるはずだったが、丈太郎の叫び声がブチ壊した。
『筆跡が違ってるじゃないか!』
桜堂は青ざめた。相川部長は作り笑いを浮かべとりなそうとしたものの、座は凍りつきビールは無駄になった。
半年後に衝撃的な事態となる。取り調べに当たったカナトクの主任が鎌倉山中にて割腹自殺を遂げた。遺書には自分の退職金を、拷問を受けた女子医専の学生に渡すようしたためられていた。白い羽織に黒袴、教団が逮捕されたときの装束である。新聞各紙は拷問の責任を執ったものと報じた。実はこの主任はひそかに教団を訪ね、自身が上司からテロリストであるという報告を書かされ梯子を外された、おまけに責任を執って退職を勧告されている、と自白していた。
その頃から示談金は千円から二千円に上がったものの交渉は進まない。相川部長は内務省保安課長に栄転する。そして横浜地検は特高課員の不起訴を決める。桜堂はツテを辿って政友会の久山知之を頼り、帝国議会で特高の拷問につき質問させるに至った。
今度は警察サイドが態度を硬化させ、残ったわずかな信者を徹底した行動監視下に置く。背後に重大事件である2・26の暴発があったためである。治安当局は本気になったともいえる。このような草の根の運動が大きな力を持ってしまえばどうなるのか、計りかねるとともにともすれば血気に同情的な世論を気にしたためであろう。逼塞状況を打破するという大きなうねりが世相を暗くし、その後冷静な判断を失うのは後世の我々だから知りうるのであり、この時点では上も下も右も左も不安にかられたヒステリーだったのである。
ついに警視庁は全信者の動向を監視しはじめ、各自宅にガサ入れを行い会館には警官が常駐するようにエスカレートした。、
教団は壊滅寸前で桜堂の体調も悪化する中、「餓死殉教の行」に突入する。会館に一歩でも外部者が入れば即刻集団自決する、と籠城した。食料もなくわずかな飴玉と塩のみでひたすら『死のう、死のう、死のう』を唱え、万が一に備え8千人の致死量の青酸カリまで調達した異常さである。発案はまたしても丈太郎だった。
結局「餓死殉教の行」は遺体引き取り予定者の死亡により中断せざるを得なかった。
昭和12年2月某日。宮城前広場・国会議事堂正面・外務次官邸玄関脇・警視庁正面玄関ホール・内務省3階にてほぼ同時に『死のう、死のう、死のう』と叫びながらビラをまいた男が短刀で腹を掻き切り血まみれになった。
ただし、短刀には丈太郎が考案した鋏木の細工がしてあったため、全員絶命することはなかった。桜堂が死に至るのを禁じたからである。ところが最側近の丈太郎は日蓮会館には姿を見せなくなって、この割腹騒ぎには加わっていなかった。
その一月後には桜堂が結核をこじらせて死亡するともはや教団は体をなさなくなって消滅する。最後まで残った信者は後追い自殺を始めた。女性信者は一人が青酸カリを飲み、別の二人は猫いらずを飲んで自殺。警視庁で腹を切った男も青酸カリで死に、宮城前広場で切腹した男は東京湾横断の船から「死のう」と叫びながら海に飛び込んだ。
内務省特高課長の手島龍蔵は料亭の一室で一組の男女と対していた。
『原部(ばらべ)君、お疲れであった。首尾よくやってくれた』
『課長、恐れ入ります。ただ奴ら本当に何も企ててはいませんでした。後味は悪いですな』
『ウム。だがああいうのは一旦弾みがつくとどう転ぶかわからん。血盟団の連中だってまじめな帝大生だったし5・15の海軍や2・26の連中だって初めから要人暗殺を考えていた訳ではなかった』
『軍人さん達がやったのはそれを煽ったお偉いさんがいたんでしょう。奴らは民間もいいところでしたよ』
『原部君。だが君の煽りに乗りかかったことも事実だろう』
『それは・・・。私らこれからどうしたらいいのですか』
『心配するな。君には大陸で働いてもらう。満鉄調査部のポストを用意した』
『ほう。いよいよ満州工作ですか』
『狭い日本は飽きたろう。向こうでは甘粕さんの指示を仰げ』
『特高さんの次は憲兵さんですか。まあいいや。今後とも宜しく』
顔を上げると男は丈太郎。女は立花須磨子であった。
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異説『死のう団事件』Ⅰ
2023 NOV 30 23:23:05 pm by 西 牟呂雄
大正末期、蒲田・川崎といった京浜工業地帯の駅頭に一人の青年僧が辻立ちの説法をしていた。
『皆さんが信じているものは何ですか。困った時にはいうでしょう、神様仏様と。ではその神様とは何でしょう』
慌ただしく行きかうのは汚れた服装に身を包んで疲れきった、或いはこれからの夜勤労働に行く、暗い表情のいわゆる職工達で、そんな説法には目もくれずに足早に帰宅、または出勤の歩みを進めるのみだ。
人々の流れが引いた後、夕暮れの中を青年は『不惜身命、不惜身命』と合掌して唱えると長時間の辻立ちにも拘らず満足気にスタスタとどこかへと帰って行った。
青年はまだ20代らしく、どうもこの辻立ちを修行の一環と捉えているようで、飽きもせず来る日も来る日もどこかの駅頭に立ち、感心を示さない労働者の前で説法するのである。
青年の名は江川桜堂。熱心な日蓮宗の信者であった。都下蒲田村の地主の次男坊で極真面目でおとなしい男だ。ただ、少し変わっている、妄想癖があり幾つになっても子供っぽかった。
日蓮宗は時に過激な信仰を促すため、常に内部に分裂の遠心力が働く傾向がある。それは今日でも同じで、いくつもの団体が緊張感を孕んでいる。明治・大正を通じても深刻な対立はあり、教義の研究と宗門統合の布教道場としてその名も『統一閣』という施設を浅草の地に建設した。桜堂はそこで本多日生上人の元で益々研鑽に没頭し、遂には日蓮の経典全てを読破する。
その後、冒頭の辻説法となるのだがしばらくして関東大震災で被災する。幸い生き残ったものの、あまりの惨状を見聞きしているうちに何かが弾けた。
瓦礫の山、夥しい死体、途方に暮れる人々。京浜地区は東京下町のような火災による被害は少なかったものの、桜堂もしばらくは茫然自失に陥り、法華経をひたすら唱えてしのいだ。
ようやく、復興の兆しが見えた頃の蒲田の駅頭に立った時点では、説法は様変わりしていた。
『かの惨状が、ただ自然現象だけだとお思いか。さすれば日頃先祖参りをしていた寺、願をかけて祈った神社、こういったところに祀られていた仏や神は何をしてくれましたか。荒れ狂う大地をいさめることもなく惨状を招き、その後何も手を差し伸べてくれません。それは誠の仏の教えを守らなかったからに他なりません』
こうして説き起こし、日蓮上人はこれを見通していて国難来たると警鐘を鳴らしていたのだ、と訴えた。既成宗派を呪い攻撃し、次第に醸成しつつある国家神道を否定した。
すると、次第に桜堂の辻説法に聞き入り、中にはこの強烈な主張に感化され従うものが出始めた。説法の最後に桜堂が合掌し『不惜身命、不惜身命、不惜しーんーみょーおーー』と唱えると一斉に唱和するのである。そしてそれを珍しそうに遠巻きにする群衆も増えていくのだった。
百人を超える信者が彼を取り巻き『盟主』と慕うようになると、道場のようなところが必要になり、蒲田の糀谷に簡素な家屋をしつらえて、そこを日蓮会館とし自分達は「日蓮会殉教衆青年党」を名乗った。ちなみにその建設費用は桜堂の父親にねだったもので、要するに世間知らずのお坊ちゃんである。
会館でのささやかな勉強会のような集まりに、一人の男が顔を出すようになった。やせ型で色は白く、キリッとした目つきが印象的な若い男で、底辺の労働者ばかりの他の連中とは身なりからして違い小ぎれいである。 教義にさほど熱心にも見えないのだが、呑み込みが早く桜堂も傍に置くようになっていった。男は丈太郎といったが、苗字を知る者はなく、住んでいる所も誰も知らなかった
そしてこの男、なかなかのアイデア・マンで色んなことを桜堂に提案しだした。説法の際にのぼり旗を立てて『不惜身命』と大書する、説法に合わせて笛や太鼓で拍子をとる、
更には『不惜身命』は仏語で難しいのでわかりやすくする、といったことを次々にやり始めた。その分かりやすくしたものが波紋を呼ぶ代物だった。
我が祖国の為めに、死なう
我が主義の為めに、死なう
我が宗教の為めに、死なう
我が盟主の為めに、死なう
我が同志の為めに、死なう
これでは自らカルト教団だと言って歩いているようなものである。
川崎駅頭で桜堂が激を飛ばすと、数百人の信者がのぼり旗をもって囲い、説法が終ると笛や太鼓で伴奏が始まり、独特の民謡調の節をつけて『わがーそこくーのたーめーに』と盟主が謡うと一斉に『しの~~う~』と唱和する様は異様でしかない。
この頃から桜堂の行動もおかしくなってくる。 池上本門寺で『クソ坊主ども』と喚いて暴れた姿が目撃された。
ある日、丈太郎が妙な木細工を持ち込んだ。短刀の鞘のような挟木で、これを使うと担当の刃先が5mm程度しか出ないから腹に突き立てても致命傷にならない。
さすがに桜堂は『死ぬことが目的ではない』とたしなめたが、神妙に手に取ってみる若い信者はいた。そしてある日、丈太郎がやってしまった。
某日、桜堂の説法には信者が20人程、聴衆は10人いるかいないか。説法が熱を帯び信者が興奮して「~~死のう,~~死のう、~~死のう」とやっていると、突如酔漢が前に進んで喚いた。
「じゃ、やって見せろ!そんなに死にたきゃサッサと死ねー」
桜堂は意に介さず『しかるに日蓮上人はこう申された』と続けたが、信者達は蒼白になってその酔っ払いを見つめた。
すると僧衣を纏っていた丈太郎がその男の前に立ちはだかり、スルスルと前を解いて短刀の鞘を払った。桜堂も説教を止めざるを得ない。静まり返ってしまったその刹那。『エーイ!』裂帛の気合とともに一直線に腹を裁いた。『ヒィー』と声を上げたのは絡んできた酔っ払いである。腰を抜かしていた。信者も聴衆の叫び声をあげた。丈太郎の腹から数珠玉のような血が噴き出し、やがて下帯を赤く染めていく。腰を抜かした酔っぱらいはバタバタと駆け寄り、大丈夫ですか大丈夫ですか、と助け起こした後に、次第に増えていく野次馬に向かって叫んだ。
『おーい、みんな。この人たちの話を聞いてくれ。オレが悪かった。この人達は本気だー。頼むから足を止めて話を聞けぇ』
丈太郎は信者に抱えられて行くのだが、勢いでやってしまった驚きと激痛に無様に喚きっぱなしであり、実にみっともなかった。『イテー!イテテテテ』と暴れるが、実のところ深さ数ミリの切り傷であった。例の鋏木の細工のお陰だ。簡単な手当てで傷は落ち着いたが、跡はミミズ腫れになって醜く残った。
ところがこの騒ぎで辻説法の聴衆は膨れ上がり、信者も千人ほどにハネ上がった。日蓮会館には様々な人間が出入りするようになった。
奇妙な女が頻繁にやってくるようになった。美形である。つつましやかな和装であるが、仕草や振る舞いに色気があり自然と信者の目を引いた。名前は立花須磨子といった。ところがこの女、初めのうちは会館の研修会に出てきたが、どうも教義にはあまり興味は無いようだがやたらと盟主である桜堂に近づきたがる。女性信者は数は多くはなかったが、学生・女工・家事見習いの者が年齢に関係なくいた。その中で須磨子はあか抜けた風貌で飛び切り目立った。男達は好奇の目でみたが、女たちはあからさまに白眼視したのだ。それを尻目に辻立ちに現れては帰りに桜堂に寄り添う、会館から外に連れ出そうと声をかける。一部は警戒するようになった。
丈太郎はある日、桜堂と二人になった折に切り出した。
『盟主。あの女マズいですよ。あんまり盟主の話も聞いてないみたいだし、やたらと色目を使いやがる。叩き出しましょうか』
『むっ、それはいかがなものか。確かに目に余る部分もあるのだが、いきなり叩き出すとはなんとも慈悲のない。よし、私から言って聞かせよう』
後日、桜堂は丈太郎を伴って須磨子の家を訪ねた。家は蒲田の近くのしもた屋のたたずまいで、須磨子は一人暮らしだった。
『おや、これは盟主様。わざわざお越しですか。今、お茶を入れます』
と言いながら、傍らの丈太郎を認めると露骨にイヤな顔をした。相対する形で桜堂が須磨子に語り掛けた。
『あなたは何故会館に来ているのですか』
『はぁ、まっ、盟主様の説法をもっと間近にきいてみたり、どなたかにお話を聞いていただくとか』
『私の説法が聞きたいと言うにしてはあまり熱心さがないように思う』
須磨子の目に見る見るうちに涙が浮かんだ。
『盟主様・・・、わたくしは』
と言うと、身の上を語りだした。
話し始めると止まらなかった。
北関東の小作農家の生まれ、子だくさんゆえ小学校卒業後東京に奉公に出たところ、それなりの器量良しを妬まれて壮絶な苛めにあう、一方で家の主人からは強姦まがいに体を奪われ、自分のせいでもないのにおかみさんから半殺しにされて放り出される。
流れ流れてどん底に落ちた遊郭で人入れ稼業の親方に見初められて愛人となる。いかに淋しい身の上なのかを涙ながらに訴えた。刮目して聞き入っていた桜堂は膝頭に何かが当たるのを感じて目を開くと、須磨子が顔を埋めてきたのだ。慌てて振り向くと丈太郎はいない。いつのまにか姿を消していた。
『これ、よく分かった。よーくわかった。これからも会館にきて心静かに南無妙法蓮華経を唱えるがよい』
と諭し、這う這うの体で辞した。
ところがこのことが人知れず噂となりとんでもない事件を引き起こす。
『インチキ坊主出てこい!』
『色狂いの生臭野郎!』
日蓮会館前に屈強の男達がスコップ・ツルハシを担いで大声を上げている。信者達は怯えて雨戸まで締め切ってしまった。一段と人相の悪い小柄だがガッシリした男が会館の引き戸の前に立って声を上げる。
『江川桜堂!人の女に手を出してただですむと思ってんのか!こらァ!』
会館内は物音ひとつ聞こえなかったが、ガラガラと引き戸が開いて青年が出てきた、丈太郎だった。
『何だテメーは』
『大声で話さないでください』
『桜堂を出しやがれ。この落とし前はどうつけてくれるんだ』
『盟主はあなたのかんぐりは見当違いだと申しています』
『だったら顔出しやがれ。この変態坊主共』
『我々はそのような者ではない。ただひたすらに法華経に殉ずる。不惜身命ー!我が祖国の為めに、死なう。我が主義の為めに、死なう、我が宗教の為めに、死なう』
そう言いながら法衣を脱ぎだし、不気味に醜くミミズ腫れの跡が残った腹を曝け出した。対峙していた男は血相を変えて後ずさりする。『我が盟主の為めに、死なう。我が同志の為めに、死なう』と唱えながら例の短刀を持ち出すとサッと腹を一文字に滑らせた。たちまち鮮血が流れ出す。
対峙していた男は『ウwッ』と怯むと後ずさりし、不逞の輩達をうながして『気味の悪いやつらだ』と引いて行った。丈太郎はというと不気味な笑みを浮かべながら会館に戻る。どうやら浅く捌くコツのようなものがあるようで、前回ほど見苦しく暴れなかった。
その場はそれで納まったものの、騒動に嫌気のさした者や盟主の乱淫を信じた女達は教団から離れて行ってしまった。
つづく
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