Sonar Members Club No.36

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名古屋だぎゃ (ゼロ戦と秋水)

2015 JUN 23 12:12:37 pm by 西 牟呂雄

 映画『風立ちぬ』でゼロ戦を牛に引かせたシーンがあった。あれは実話で、その場所は名古屋なのだ。そのつもりで何か見るものはないか、と探すとあるわあるわ。そう、ここはゼロ戦発祥の地。正式名称『A6M 零式艦上戦闘機』米軍からは『ZEKE(ジーク)』『ゼロ・ファイター』とも呼ばれた。
 単発単座戦闘機で常識外れの航続距離と空力特性・旋回能力を持つ、日本海軍の技術の粋。将に荒鷲の称号にふさわしい戦闘機だった。
 以下は某社の史料館と現地を訪ねて見た写真である。

通称 時計台

通称 時計台

 例の映画で若き堀越二郎が心血を注いで設計していた場所がこの時計台だ。当時の日本のエンジンはどうしても千馬力程度にしかならず、そのために軽量化のため肉抜き、空気抵抗を減らす沈頭鋲など恐ろしく手の込んだ造りになったのがゼロ戦である。言い尽くされたことであるが、防御の面での問題等は全てここから来ているのだ。更にこの凝ったつくりが工程を増やし能率を上げられない。
 ある意味では奇跡的にゼロ戦が出来てしまったからあの悲劇につながったとも言えなくもない。
 それはともかく、映画にも出てきたこの建物を見て思わず一枚撮った。無論観光客も誰もいない。現役の工場でもあるわけだ。
 ここから牛に引かせて滑走路に運んだ。

 そして、この場所からは10km程北上したところにこの会社の史料室があり、予約をすれば入ることができる。ワクワクしながら手続きをし体育館のようなところに行くと、あった。ゼロ戦52型だ。靖国神社で邂逅し、鹿児島鹿屋海自基地の展示以来、久しぶりのご対面となった。

ゼロ戦52型

ゼロ戦52型

 悲しい話であるが前線撤退の際には機密保持のために爆破せざるを得ず、また敗戦時は武装解除で全てスクラップとなったのだが、わずかに復元されたものもある。ここの展示は南方ヤップ島で破壊されていたものを引き取り、技術者が苦労して復元したものだ。以前はコクピットも覗けたそうだが、心無い大バカが部品を盗ってしまうのでダメになった、残念。
 丁寧に説明して頂いて色々と航空技術の先進性が分かる。
 にもかかわらず、僕の感想は『何といじらしい!』だった。何とか工夫をして弱点を補う技術者魂が、だ。機体の丸い優美な姿に見とれてしまった。

 さらにもう一つ。驚くべき展示もあった。IMG_0084

 右のムクドリのような機体をご存知か。ロケット推進局地迎撃機『秋水』なのだ。ドイツで先に実機化されたが、それは結局日本には持ち込まれず手探り状態で苦労に苦労を重ねて製作されたらしい。
 高度1万メートルから焼夷弾をバラ撒くB-29に止めを刺すべく、まるでロケットのような高角度で上昇、到達まで約3~4分。燃料の制約でわずか数分の戦闘だが必殺の30mm砲でこれを撃破、そこで燃料を使い果たす。驚くなかれ片道燃料なのだ。そしてその後は急降下してスピードを確保すると滑空して着陸。何と帰りはグライダーである。
 その時解説してくれた方はパイロット経験者なのだろうか、まるで神業だと驚く僕に『いや、技術的にはそんなに難しい操縦ではありませんよ。』等と言う。
 更に、翼下に車輪がつけられないため離陸の際には両翼を支えた整備兵が浮力がつくまで全力疾走で押したのだとか、鳥人間コンテストじゃあるまいし。
 しかもこの機の翼は軽量化と省資源のために木製である。説明者が叩くとポクポクと音がした。
 この美しいボディを見ていて、兵器というものは悲しい使命を持って生み出された代物だが、やはり文明の一つの結晶ではあると思う。先の『いじらしい』という感想にも通じるが技術の最先端であり、いい悪いは別として必死の気迫が伝わってくる。結局実戦には間に合わなかったのだ。

 頭が下がるとともに不戦の誓いを噛み締めた。
 もうやらないんだからツベコベ突っかかってくるなよ!

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名古屋だぎゃ (お城と神宮)

2015 JUN 21 18:18:22 pm by 西 牟呂雄

 

天守閣

天守閣

 
 なかなか観光で来ることはない名古屋。仕事で来ていたときも、東京に近すぎるのでちょっと見て歩くようなことをしたことがない。縁があって尾張名古屋にやってきた。他にも観光地はあるのだろうが名古屋シロウトとしては出だし名古屋城に行く。米軍の爆撃を食って炎上したため、天守閣も光り輝く金の鯱(しゃちほこ)も残念ながらレプリカだ。焼失したものは鱗が全て高純度の金で、しばしば盗難にあったことも知られている。しかし正門をくぐって入る時の堀の深さや入場してからの天守閣への経路のディフェンスなど実に考え抜かれており、広さから推定できる収容人員の規模も大きい。戦いには強い名城と思えた。特に天守閣の石垣の高さと傾斜は、名人加藤清正の作品らしく見事なものだった。
 思えば鳥羽伏見の後、東海道を上ってくる官軍に対し守りを固めたこの名城で食い止めた場合は激闘があったかもしれない。ところが尾張藩は初祖義直の頃から朝廷との縁が深く、逆に王政復古後の混乱期は東海道諸藩の触頭に任命され、佐幕色の強かった譜代大名を勤皇側へ動かす方へ回る。
 元々将軍家と同格意識があり、異才の藩主七代徳川宗春などは将軍吉宗とことごとく対立して見せた。こういった気風を残した開明派の徳川慶勝が巧みに時代の流れを読んだということだろう。

  熱田神宮にもお参りに、鳥居が直立不動といったシンプルな感じ。
 ここは草薙の剣が御神体。話は古く素戔嗚尊が切り刻んだヤマタノオロチの尾から出た剣だ。それを日本武尊が東征の折りに携行して危機を脱出。ところが伊吹山で身罷ってしまったため、残された宮簀媛命 (みやすひめのみこと)がここに祭った、という複雑な経緯をたどっている。
 
 

 

 従って創建された景行天皇の時代には剣もあったのだろうが、現在は諸説あってよくわからない。どうも御神体の櫃の中に何かはあるようだが見た人はいない。平家が壇ノ浦で滅亡した際に平時子が安徳天皇を抱いて入水した際に腰に差して水没して見つからなかったという記述があるものの、それも本物だったかどうか。
 戯れにガイドの方に『本当はどうなんですか』と聞いてみると『それは気にしなくていい事なんです。我々も見ることはできませんし、宝剣は人の目に晒されただけでもケガれてしまいますから。』と実に明快に不明瞭な説明をされた。

 織田信長は例の桶狭間に行く際はわずか5騎のみを連れ飛び出し、ここ熱田で軍勢が集まるのを待って戦勝祈願した。

信長塀

信長塀

 首尾よく勝利した後寄進した「信長塀」が残っている。現存しているのは120メートル。
 信長と言えば、叡山焼き討ち、長島一向宗殲滅、石山合戦と仏の方は抵抗すると徹底的に弾圧したが、神様は何にも難しいことは言わないから平気で拝んだのだろうか。
 一説には『勝つなら表、負けるなら裏を』と賽銭10枚をバラ撒いたところ全て表が出た、と言う。手の込んだことに表を貼り合わせた細工だったとか。多分嘘だろう。
 しばし、たったの5騎で兵を待っていた織田信長の心境に想いを馳せたが、どうもヤケッパチになったのが実態だったのではないかなァ。もうこれしかない!と頭に血が上るまで戦術を練りながらこの境内にいたのだろう。

 近くに名物『ひつまぶし』の本店があって、午前中に予約を聞いたら午後二時からと言われた。そういうものなのだそうで、その間にお参りをしていた。
 それでその『ひつまぶし』なのだが旨い上にコッテリ感がすごく、二日酔いの胃にはキツかったが確かに旨い!
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 ところで東海道五十三次の四十一番目『宮宿』とはここ熱田のことで、当時の東海道はここから海路桑名宿へ行ってしまい名古屋は通らない。そっちは美濃街道になるのだ。
 そのルートが示すとおり、広い境内の足元まで海になっていたようだ。
 そういえば新幹線も当初は東海道線の方ではなく、四日市ルートで計画されたようだが怪物政治家、大野伴睦の辣腕で岐阜ルートになってしまった。そりゃ票になったでしょうね。

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訃報 ダスティー・ローデス アメリカン・ドリーム

2015 JUN 20 11:11:58 am by 西 牟呂雄

yjimage[4] 脳天にパンチを浴びると逆にグッと立ち上がってくる。
 相手をコーナーに追い詰めてヒップ・ダンス。130kgの巨体で暴れ廻りクネクネ踊る。
 入場のコスチュームは派手というよりもグロ、ピンクの水玉ガウンと同じデザインの帽子だ。
 アメリカ人はこういうのが大好きで大人気のスーパースターだった。決め台詞は『オレは配管工の息子から成り上がったんだ。』別に配管工が悪いと思えないが、なぜか観客は沸きに沸く。このキンキラ・クネクネぶりが当時の日本では今一つ人気が出なかった理由かもしれない。
 かの天才レスラー、故ディック・マードックと組んだタッグチーム、その名も『テキサス・アウトローズ(後のジ・アウトローズ)』で大暴れして頭角を現すと、メキメキ実力・人気が出てスーパースターとなった。ディック・マードックはキレのいい天才的なレスラーで無骨な感じなのだが、どうも日本ではこういう人の方が好まれる。ブレーン・バスターの効き目なんか他のレスラーと全く違うのがよくわかった。

 ローデスはウェスト・テキサス大学出身だがこの大学、名門なのに不思議なほどプロレスラーが出ている。それもドリー・テリーのファンクス、同期にブルーザー・ブロディ、ボビー・ダンカン、3年下がスタン・ハンセン、更に(ミリオン・ダラー・マン)テッド・デビアスと続く。プロレス学科でもあったのかと思う程だ。場所がテキサスのアマリロというファンク一家のフランチャイズにあるからだろうか。若き日の鶴田もアマリロで修行していた。
  
 そのダスティ・ローデスが69才で死んでしまった。葬儀にはドリー・ファンクJr、ジェリー・ブリスコ、パット・パターソンといったビッグ・スターが駆けつけた。

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 右の写真はそのローデスと二人の息子で、二人ともやはりプロレスラーのゴールダストとスターダスト。どうです、このオヤジも凌ぐエグさは。よほどオイシイ商売なのか閉鎖的業界なのか。親子兄弟のレスラーというのは日本の世襲議員並の比率で、メキシコなんかは何人もいる兄弟に従兄弟まで全部というケースもある。

 ところでアメリカのプロレスはゲテモノ化を進めれば進めるほどウケる。アメリカ人の中にはより単純な方を好むゾーンがあって、それならそれと徹底してやるのがいいようだ。
 WWEはWCWやECWといったメジャー団体を買収して急成長し、全米のマット界をビッグ・ビジネスに育て上げたビンス・マクマホンの経営手腕はMBA課程の会社分析のテキストにもなっているそうだ。たかがプロレスなんだけど本当かな・・・。
 どうでもいいが、スティーブ・オースチンはガラガラ蛇といわれたヒールだったくせに何とアクション・スターになりスティーヴン・セザールと共演した。ザ・ロックも主役で映画に出ている。やはりプロレスは奥が深い。

 先日はビル・ロビンソンの訃報を聞いた。
 是非リック・フレアーやスタン・ハンセン、ハルク・ホーガンといった連中に長生きしてもらい、伝説を甦らせてもらいたいものだ。

10.21横浜文化体育館

スポーツを科学の目で見る (プロレスその1)

スポーツを科学の目で見る (プロレスその2)

心に残るプロレスの名言 全日本編

リングネーム・中継の傑作

心優しい主夫 スタン・ハンセン

昭和プロレスの残像 (祝 馳浩文科大臣)

ドリー・ファンク・ジュニアが出たぁ

ジミー・スヌーカの訃報


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同級生が・・

2015 JUN 18 21:21:04 pm by 西 牟呂雄

 突然のメール。同級生が亡くなった、と。小学校の机は当時二人一組で、隣同士だったこともある彼。真ん中に線を引いては「あっ、こっちにはみ出してる。」「そっちこそ肘がぶつかる。」というやり取りをしていました。
 とても太っていて座っているだけで少しこちらにはみ出しがちではあったのですが、駆けっこがビリだったり遠足でへたばったりとそれなりに大変だったようです。
 しかしガキというものは残酷で、そういうことをからかうのは日常茶万事でした。
 彼を苛めた記憶はありませんが囃し立てたことはあります。不愉快だったでしょうがニコニコとやりすごしていましたね。怒ったりしなかったのは、気の小さい彼の処世術だったのでしょう。
 中学からエスカレーター式の大学まで続いている学校に進学して、一度だけ同窓会で会いました。『太り過ぎを直すんで(ダイエットなんて言い方はありませんでした)中学でラグビー部に入ったら医者に辞めさせられたよ。』と笑っていたものです。
 それっきり彼の噂も聞かずに今日に至ります。
 詳しくは知りません。ご家族の問題があったのか事業で失敗したのか。最後は体を壊し病院で、独身で半身不随、天涯孤独となって息を引き取った、と。こういう場合、最小行政単位が火葬と略式の葬儀をしてくれるそうですが(ご家族の入っている墓所への)納骨はタダというわけには行かないらしく、カンパをすることになりました、さっそく一口振り込んできます。
 内臓疾患とのことで最後は緩和ケアで痛みと闘っていた、等と聞くと何とも言えません。次々と降りかかってくる様々な困難に、さぞ心細かっただろうに。そしてそれに耐えてきた。
 しかし同時にその時に彼の話を聞いていたとしても、一体私は彼のために何ができたでしょうか。

 長年消息を知らなかった彼の死を聞いてそれなりに驚きガックリするものの、この年になればこういうことはこれから毎年どころかもっと頻度を上げて起こります。いや、私の知らないところで今現在も起こっています。
 宗教家や厚い信仰でもあれば別です。が、いかなる主義・主張・思想をもってしても、一度でも隣同士で会話した知り合いの訃報に対して納得感を醸成できません。どうやら苦労を重ねたことを悼む以外なすことはなく、癒されることも無い。
 
 彼は亡くなり私は生き残りました。
 
 誤解を恐れずに言えばその亡骸に声をかけるとしても、人に迷惑をかけずにやります、慎ましくやります、面白おかしく暮らします、少しでも真面目にやります、程度の言葉しか口に出せないものじゃないでしょうか。

 同時代に同じ空間を共有した、大窪よ。
 お疲れ様、安らかに眠れ

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狼少年ケン

変節・寝返り列伝 日本史編

2015 JUN 16 23:23:32 pm by 西 牟呂雄

 この世は欺瞞に満ちている。世間は嘘つきばかりでオレオレ詐欺が減った話は聞いたことがない。そのくせ裏切り者には世論は厳しい。そこからして既に怪しいと思わなければならない。我々はなんという難しい時代を生きているのだろう。
 と思ったが、歴史を振り返ると昔から『それはないだろう。』という寝返りには事欠かない。本当ですよ。

 まずは源頼朝。この人は偉大な行政官だったが戦争はあまり強くなくスタートからコケてばかり。平家をコテンコテンにやったのは従兄弟の木曽義仲や弟の義経だった。その義経が京の怪物、後白河法皇にチヤホヤされているのが気に入らない。義経の方も『これは兄貴が怒るだろうな。』くらい配慮すりゃいいものを、頭が悪いというか考えないというか。
 結局頼朝は武功のあった弟を追放し、ついでに対抗勢力の奥州藤原も攻め滅ぼしてしまった。判官びいきという言葉の元になったくらいだから当時からも恨みは買ったことだろう。まさかの裏切りである。

 時代が下って太平記の登場人物達。魔人後醍醐天皇を中心に足利尊氏・直義兄弟や高師直(これにも師泰というタチの悪い弟がいる)バサラ大名佐々木道誉といった奇人・怪人の濃いキャラが目白押し。彼らが自分の都合だけで嘘を塗り固め離合集散する様子は凄まじい。佐々木道誉に至っては、一体何がやりたかったのかさっぱりわからない。大河ドラマが何度か作品化したが、あまりのメチャクチャぶりにストーリー立てが難しくて、あまり数字が取れなかったらしい。評価は何とも言えないが、後醍醐天皇からすれば足利尊氏は大変な裏切り者だろう。要するに全員自分のことしか考えない人々の織り成すタケシの極道映画みたいなもん。楠正成だけマジメ。

 そして戦国時代ともなれば下剋上。日本中で親子兄弟が争い主君殺しも横行する。寝返り・裏切り当たり前。武田信玄は父親追放、織田信長は弟や叔父達を皆殺し、上杉謙信は兄をやり、徳川家康は(信長に言われて)長男殺し。どいつもこいつも似たようなところ。
 北条早雲・陶晴賢・斉藤道三みんなそう。司馬遼太郎氏の作品で皆ヒーローになったのだが。
 しかし際立って見事な裏切り者を一人挙げるとすれば松永久秀ではないか。親分筋の三好一族に取り入り、その後離反してその合戦の際に東大寺を焼き、しまいには将軍足利義輝を殺し(ただ直接手を下したのは息子の久道)織田信長にヘイコラしてからも仇敵三好党と組んで反乱して負ける。なぜか死罪にもされず石山本願寺攻めに加わっていたが、これも離脱して信長に叛旗を翻えして最後爆死。それも茶器『平ぐも』を道連れにするために、だ。
 寝返りもこうしょっちゅうでは目まぐるしくて良く分からない。何かに導かれるように裏切り続けるとは悪魔に魅入られたか。最後に死ぬときに西の空にほうき星が怪しく現れたというが、ハレー彗星でも来たのだろうか。
 ところで、三好一統は剣豪将軍足利義輝を葬り去る前にも京都から追放したりして、エリアとしては畿内だけだろうがそれなりの政権を樹立していたのではなかろうか。時の正親町天皇にも接近したりして擬似幕府体制だったかもしれない、と仮説を立てている(僕が)。

 外せないのは明智光秀。寝返り業界のスーパースターだが、あまりにも有名なので論評しない。

 同じく関が原をぶち壊しにした小早川秀秋。一体何を吹き込まれていたのだろうか。一人だけじゃない。この時は他にも脇坂安治、朽木元綱、小川祐忠、赤座直保。これらも小早川とともに一斉に寝返っている。

 面白いが、この日本での戦国時代に対応して西欧でルネッサンス運動が起こっている。西欧ではキリスト教の宗教的権威の低下、日本では足利幕府の世俗的権威の喪失が、時期的にもそう違わずに起きたことを比較研究したのが故会田雄次氏の考察だったと記憶する。
 その後の平和な江戸期になって、朱子学も採用され葉隠れ的な武士道というものが醸成されたのだが、それ以前の武士だろうが公家だろうが果たして寝返りがそんな悪徳だとはゼーンゼン思わなかったかもしれない。その代わり祟りや怨霊におびえただろうが。

 ファンが多いので取り上げると怒られてしまうかもしれないが、維新の原動力となった薩摩藩も変節はしている。八月十八日の政変では会津藩と同盟し長州を追っ払った。孝明天皇の信任厚い会津中将松平容保と島津斉彬公の公武合体体制だった時点では、尊王攘夷一辺倒の長州とは一線を引いてむしろ対立。しかし、藩主が替わり藩論はグチャグチャに迷走してしまい西郷は遠島だ。尊皇攘夷自体は当の幕府だって口走る当時の常識だが、勝海舟の怪しげな動きや連動する坂本龍馬の斡旋により、遂に会津藩に一言の申し入れもなく薩長同盟が結ばれる。気の毒に対薩摩藩のリエゾン・オフィサーだった会津藩士秋月悌次郎は表舞台から消える。
 この人は後年第五高等学校で漢文の教官をやっていた。
 鹿児島で驚いたのだが、地元では薩英戦争はイギリス艦隊を追っ払った薩摩の勝ちなのだそうだ。いっそこうでなければ革命なんかできないということだろうか。
 そしてその革命もしまいに気に入らなくなってちゃぶ台返しの西南戦争である。

 その流れでいくと名前を挙げざるを得ないのが徳川慶喜。幕府歩兵隊を中心に会津藩・桑名藩・新撰組と1万5千人の兵力を持ちながら、しょっぱなにコケると1/3でしかない官軍にビビッて夜中に船で江戸に逃げだす。寝返りとは言えないかもしれないが、おかげで二本松・会津・長岡・米沢と散々な目に会ったのだからタチが悪い。大参謀西郷隆盛が勝海舟に丸め込まれて振り上げた拳の持って行き先が無くなったものだから、恭順しようが降伏しようがとにかく戦争に持ってかざるを得なかった。

 話は変わって例の大戦の引き金になった3国同盟をやるのやらないのと議論がなされた時。海軍内部で検討された歴史的事例研究で国際条約を一方的に破った事例をカウントしてみると、1位がドイツで2位はロシア(旧ソ連含む)だったそうである、どうやって数えたか知らないが。もっともドイツに統一される前は神聖ローマ帝国内にナントカ公国が乱立していたから数字的に多くなったのかも知れない。そのドイツがソ連に雪崩れ込み、ソ連は原爆が落とされてから日本に・・・。
 こうなってはスケールが大き過ぎて裏切りというか寝返りというか。北方領土は返して欲しい。

 もう少し現代では小沢一郎かな。懐刀と言われた側近が、ある日突然連絡できなくなり携帯にも出なくなる。しばらくすると『もうアレはダメ。』とか言っているという噂が聞こえてきてパァ。すると突然思いも寄らない所と手を組んで現れ、そっちで初めだけ『一兵卒になって云々。』と言う。
 創生会・新進党・自由党・合同した民主党・未来の党・生活の党、もう順番が分からない、今じゃ『山本太郎となかまたち』寝返りにもならなくなった。

 S氏!古い友人である。
 今から半世紀前のこと。都内某所でかわいらしい小学生がモノポリーに興じていた。何れにせよ基本サイコロの目が大きく左右するのだが、某小学校のルールは違った。談合が始まるのだ。
 得点の高いボードウォークを制したものが圧倒的に有利。そこでボードウォークを握った者にスリ寄るかそれ以外の者でスクラムを組むか、ガキは必死に戦略を練った。しかも恐怖のカード『ボードウォークへ行け』があるので読みが難しい。次々と脱落する中で不死身のS氏はしぶとくも生き残る。そして詰めの段階で恐怖の『寝返り』が出るのだ。普通の小学生なら大ゲンカなのだがS氏は平然と『公文書がない。』と言い放った。不思議なものでその場にいたバカ小学生達は、その後『公文書』なるものを作ることに熱中した。

 やはり寝返られるのは楽しくはない!

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この演説を聞け

2015 JUN 14 14:14:24 pm by 西 牟呂雄

 「これを歴史の奇跡と呼ばずして、何をそう呼ぶべきでしょう。熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になりました。」
 yjimage[3]スノーデン海兵隊退役中将(硫黄島上陸作戦参加)と新藤義孝衆議院議員(硫黄島で指揮を執った栗林中将のお孫さん)がガッチリ握手をした後に発せられた我等が安部総理の米議会演説の一節である。米議員はスタンディング・オベーションで応えた。スノーデンと言ってもアメリカNSAの機密情報バラして香港からロシアに逃げたエドワードじゃない。大尉として硫黄島に上陸したローレンス・スノーデン退役中将である。硫黄島の慰霊祭に参加され日米双方に哀悼の意を示しておられる。
 この日これ以外にも合計14回もスタンディング・オベーションがあったそうだ。
 この抜群の演出の直前、スノーデン退役中将は体調を崩し入院。なにせ御歳90翁である。心配する日本側に対し『これは人生最期の戦いだ。必ず行くから心配しないでくれ。』と伝えたと言われている。これ感動モノでしょう。
 通り一遍の『反省』とか『謝罪』などひとことも入っていなかったようだが、これだけの誠意が通じるのだから誠に結構。確かマイク・ホンダが演説後にマイク(駄洒落じゃない)を向けられてツベコベ言った報道があったが、中韓のロビー・マネーが効いているのだろう、無視無視。

 聞く限りでは畏れ多くも総理の英語力は私程度かと思われる。あの訥々感がまたいいのだ。議員たちはペーパーに目を落としているから内容はともかく、総理が力を込めようとした時の表情を見ているのだ。
 いい例が国連で温室効果ガス20%を主張したアノ総理。誰の記憶にも残らなかった。英語ペラペラでも『トラスト・ミー』一発で日米関係を木端微塵にしてくれた。スタンフォードを出ようが博士論文を英語で書こうが議会で人を唸らせることはできない。そういえば所信表明演説の出だしは『命を救いたい。』とやってスベッていたっけ。yjvideo[1]

 大昔、かのマーチン・ルーサー・キング牧師の『I have a dream』を全部暗記しようとして挫折した。I have a dream この抑揚はなかなかできるもんじゃない。やはり背後に人種差別と戦う、といった重いテーマがあったればこその魂を揺さぶるスピーチなのだろう。
 フィリピンの工場でクリスマス・パーティーの出だしでスピーチしたことがあったが、概要『将来この工場の方が日本より大きくなって、ともに手を携えることを夢見ている(I have a dream)。』とやってみたけれど、すぐネタバレしたようで大して受けなかった。
 関係ないが、キング牧師には女性関係の問題があって、暗殺された日も浮気をしていたともされる。FBIが猛烈な妨害工作をやっていて、それでバレたようだ。

 翻って安部総理は最近ヤジかなんかで謝罪したりしているが、ありゃ聞けば聞くほど質問側の浅薄で空疎な揚げ足取りの内容が浮かび上がるだけだから、ここはカッとしないで軽くいなして下さいよ。岡〇とか〇元なんか元閣僚・政務副大臣のくせに恥ずかしくないのかね。
 安部総理は我々と同世代、〇田克也は一つ上。おそらく学業成績は〇田氏のほうが上かもしれないが、志が違っているのだろう。
 僕は特定勢力をケナしている訳ではない。橋下大阪市長や小泉元総理のキレのいいスピーチにも違和感があった。今となっては前者は誰かの悪口、後者は『私が自民党をぶっ潰す。』しか印象に残っていない。まァ、スピーチではないがセントルイスのグレースランドでのプレスリーのモノマネは良く覚えてますけど。

 G7でも堂々と見栄えがいい。がんばれ安部総理
 くどいようですが、日本は戦争なんかやりませんからね。

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『リーマン・ショック直前並み』雑感

マイナー・ソング・メモリー

2015 JUN 12 23:23:26 pm by 西 牟呂雄

image[2]可愛い人よクリックして下さい。

 この題名と曲を聴いて『ワァッ』と青ざめる人、気持ち分かります。恥ずかしいんでしょうね。クック・ニック&チャッキーという得体の知れないコーラス・グループの歌です。70年代の頭頃、クラブ(ブ↑と発音)がまだディスコと呼ばれた時代にその空間だけで大流行した曲です。当時はテキトーなディスコが六本木以外にもそこら中にあって(赤坂・新宿・渋谷・吉祥寺にも)それぞれのハコにプロみたいな踊り屋がフリを付けてました。因みに渋谷にあったブラック・シープというハコでダンス・チームをやっていたのが安室ナミエの亭主だったサムさんです。
 この曲に限っては東京中どこでも同じフリで大人気でした。掛かった途端にドッとフロアに人が飛び出してきて一斉にやりだすのは壮観というか何というか。
 新宿に『ゲット』というかなり有名なディスコがあって、あるスジでは結構ヤバい店でした。この歌を歌った一人、ニックこと岡井さんのお店だったと聞いたことがあります。しょっちゅうケンカの起こるところでしたけどね。一度黒い蛇腹にガンガン・リーゼントの国士舘高校生が制服のまま来ていてギョっとしたことがありました、彼らステップは上手かった。天下御免の士舘坊は酒もタバコもおとがめなしで、大した貫禄でしたね。
 それでこの歌、ディスコでは東京中で掛かっていましたが不思議なことに世の中では全くヒットせず知名度は低い変な曲でした。作詞阿久悠、作曲大野克夫という豪華コンビなのもケッタイというかよくそんなギャラが払えたなと驚きです。尚、レコードのB面は大ヒット・オールーデイズ『Oh Carol』の替え歌というふざけた作り。
 さて『可愛い人よ』で驚いた人、この曲も聞き覚えもあるでしょうゲット・レディ 。これもディスコでは毎晩かかっていましたね。こっちは少しは巷でも聞かれて、フリは単純で誰でも踊れました。

 躍り疲れて照明が落ち(元々暗いが)スローになります、お待ちかねチーク・タイム。ジュ・テーム のイントロが始まるとお相手のいる奴等は大喜び。野郎ばかりで来ているガキ共は舌打ちしながらテーブルで酒をガブ飲みです。なにしろそういう所に女同士で来るケースはまず無かったのですねぇ。男女団体で来ているグループはお目当ての娘と踊れるかどうかの熾烈な争いが起こっていて殺気だっていました。
 こっちが5人で女3人のグループをナンパしようとして仲間割れを起こし、薄っぺらな友情が一瞬で破れたことはありましたね。このとき何のキッカケだったか忘れましたが、何故か英語縛りにして全員日本語が分からない演技をし続け収拾がつかなくなりました。元々語彙が不足していたこともあって終いにケンカになりバレてせっかく引っ掛かってくれた女の子があきれて帰ってしまった。バカでした。

 それはさておき他に『青い影』とか つのだひろの『メリージェーン』も人気のチーク・ナンバーで、こちらはそこそこヒットしました。
 フロアではバンプやハッスルが流行りましたね。

 ところで、巷の人々が今更取り上げない曲やら歌やらを秘かに愛好するのは何か情報を秘匿しているような楽しみがあります。先日古い仲間と飲んだのですが、お店にギターが置いてあって自由に弾いていいらしい。すると仲間の一人がギターを掴んだ途端に大昔の吉田拓郎を歌いだしました。それも彼が聞き込んでいたアルバムの中の売れてない曲で、確か『全国吉田町のナントカ』という内容です。その場に5人いたのですが、それから『この歌は知らないだろう。』とばかり売れない曲の演奏会となりました。僕は南正人という人の『横須賀ブルース』というのを演ったのですが、やはり誰も知りませんでしたね。
 どなたかご存知ですか?
 
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カラオケも楽し (今月のテーマ 空)

 
 

 

リズム&ブルース という神話

2015 JUN 11 7:07:56 am by 西 牟呂雄

 最近聞いているのはいささかトウが経った感が否めないオールド・ソウル。
 リズム&ブルース等と称され黒人が好んで歌った。体力がないととても最後まで乗り切れない激しいノリ。繰り返されるリフレーン、時々入る調子を合わせたステップ。ご存知ファンクの帝王ジェームス・ブラウンのライヴである。

 題名はSex Machineといささか品がないが、そもそも歌詞なんかほとんど意味が無く大半が『Get up, Get on up』だけ。つまるところショウ・ミュージックで、CDをじっくり聞いても面白くも何ともなかろう。10年近く前に亡くなったがこのライヴはその1年前、今の僕と同じくらいの年齢なのだ、このパワー恐るべし。確かこの人は父親がネイティヴ・アパッチでお母さんが黒人だったはず。それがミラクル・パワー・ステージを生み出したとはいえないが野生的であることは確かだ。
 生い立ちはご案内の通り苦労人であるが、売れてからもメチャクチャな暮らしぶり。一番凄いのは薬物中毒になってマシンガンを乱射し、警察とカーチェイスの末逮捕され実刑を食って3年程刑務所に入っている。
 しかしネットで見ていると、70年代のステージからは遥かに洗練されてきている。そのころはヤラセっぽくステージで倒れて見せたりしていたが、このステージではそんな演出は全く無い。大体昔は白人の観客は少なく、いかにも内輪のノリだった。後半のダンサーがやるスペイン語のラップなんかあれはアドリヴなんだろうか。ただミュージックとしては『水戸黄門』的な大いなるマンネリで、ファンとしてはそこは堪らない、いい意味で。
 ポツリ・ポツリと色んな映画にもチョイ役で出たりもしていた。

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 キングに対してクイーンはこの人に尽きる。スタートはアイク&ティナ・ターナーだったが、アイクの薬物中毒とDVで離婚してからもターナー姓を名乗っている。この人も既に80近い戦前の生まれで、現在は引退しているものの、 の映像は還暦過ぎくらいだったと思う。それでこのセクシーな動き、歌唱力。実はこのイントロから歌の始まりまでのMCとフリはいつも同じで、検索すれば同じメンバーで同じ踊りの画像がいくつもある。笑う所までも同じでこれまたマンネリの楽しみを堪能させてくれる。
 この系譜はヴィヨンセあたりが継いでいくのだろう。
 ティナはマッド・マックス・サンダードームにも出演して準主役を張っていたのもご記憶かと思う。こういう人は老けませんね。骨が丈夫というかガタイがしっかりしている。バックのプロポーション抜群のダンサーがティナの年になったら同じ事はできそうもない。

 両方聞いていてかねがね不思議に思うのだが、この手のノリをソウル・ミュージックと名付けたのはなぜなのかは今もって不明だ。黒人の魂の歌ということだったのか。確かに初期のゴスペルはそうだっただろうが『Get up, Get on up』や『Rowing on the River』が歌詞では魂も何もタダのノリ。僕が現役だった頃の当時のディスコなどでも掛かっていなかった。バンプとかハッスルの時代でしたからね。JBもティナはやはりショウ・ミュージックなのだ(でも好きなんですね)。
 
 最強の後継者マイケルも死んでしまったしなぁ。日本でこのアジが出せるのも忌野清志郎だけだった。個人的には和田アキ子に期待しているのだが。

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辣腕アトム 対 哲人28号

2015 JUN 9 0:00:37 am by 西 牟呂雄

 私はヒト型人工知能ロボット『アトム』だ。正確には『ヒューマン管理特化データ処理機能搭載』と肩書きが付く。ソナー・メンバー社のニシムロ社長が開発した。
 原理を簡単に言えば高級嘘発見器である。
 ソナー社の業務内容は私には知らされていない。奇形天才ニシムロ社長はいくつかの思い付きのような商品をヒットさせては事業ごと売り飛ばすというビジネス・モデルを得意として会社を急成長させた。ところが大きな金を動かし事務処理も増え、結果として部下も増えたおかげでついに一人で何もかも判断することが不可能になった。
 何しろ人材は急ごしらえだからごった煮状態で玉石混交である。中にはタチの悪いのもいたようだ。
 適当な数字を拾ってきては新規事業を吹き込む内部の輩から、税金対策と称して不動産経営を持ち掛ける外部の人間まで、会議だらけになった社長は我慢できなくなって私を開発した。
 私には、インターネット経由で入るあらゆるデータにアクセスできる機能があり、又社員のすべてのデータが毎日蓄積されている。また会社中(インテリジェンス・ビルのワン・フロア)の防犯カメラからパソコン・データ、メールまですべてが取りこまれてもいる。
 更に社員に関しては、生い立ちから環境・家族構成といった履歴データがインプットされている。すなわちその社員のキャラクターが分類・管理されているのだ。
 ニシムロ社長は現在は外部の人間とは直接会おうとしない。というのも提携や融資を持ち掛けて来る人間の胡散臭さに辟易し、以後相手から来るアポイントメントは例外なく(どんな大物であろうとも)断っている。殆どの報告は最も信頼している(ことになっている)通称マリオと呼ばれている部下から受けている。しかし、話が専門的なことになるとマリオ氏はギブアップして他の人間が社長に悦明するのだが、この時が私の出番だ。
 色々な資料を全て読み取ってデータが正しいかどうかチェックをかける。特に報告に『思い込み・思い入れ』がないか、『嘘』が入っていないか審査するのだ。更に報告者のキャラクター・音声から『虚栄心』『功名心』『嫉妬』『怨念』そして『好き嫌い』まで含めて判断できる。精査は説明の音声が入ってから0.0005秒で答えが出る。『ポジティヴ』か『ネガティヴ』のどちらか。加工されたデータがあったり、嘘というか事実誤認があった場合は即ネガティヴになる。そういうものが入っていなくても100%ポジティヴとなるケースは少なく、ポジ・ネガは円グラフでO/Pしている。社長はそれを見て判断することになるのだが、たいていの場合は却下しているようだ。私の判断がなかなかポジティヴにならないので音声分析によると社員は私を『辣腕アトム』と呼んでいる。
 私の最大の問題は物凄くコストがかかることである。それゆえニシムロ社長も初めは何でもかんでも私のアウトプットに頼っていたのだが、最近は私のスィッチを入れることを減らし自分の好き嫌い程度を基準に判断していることもある。それどころか、私の機能を『貸し出し』或いは『リセール』しようとしているフシがある。先日のメールには『いや、「辣腕アトム」を使うようになってから企画が全てあたっている。』といったあからさまな嘘まで配信している。しかし私が汎用化されれば、実際にはあるかないか定かでないニシムロ社長の経営能力は陳腐化するだろう。私には感情は無いのでそれは構わないのだが。
 ただ、気になる動きが別にある。

 マリオ氏は年の頃50がらみの男で普段は何にもしていない。何か問題があった時にやおら動き出す。
 この5年程ニシムロ社長はこの自社フロアの一角、プライベート・ゾーンに居住し、一歩も外に出ていない。身の回りのことは実はマリオ氏がやっているが、詳しいことは分からない。私の監視カメラに映っている限りでは女性の出入りは全くないし食事もロクな物を食べている訳ではない。ただ酒だけは高い銘柄を選んでいるようだった。そういう時も相手をしているのはマリオ氏だけ。
 どうも会社が小さかった時に『猫の手よりも少しマシ』なレベルで採用というか声掛けしたのがマリオ氏だったことは分かっている。そのマリオ氏はどうやら私を排除したがっているのは明白だ。邪魔になったのである。
 私は固定型の人工知能であるゆえ『ポジティヴ・ネガティヴ』の判断しかしないが、自動アルゴリズム回復プログラミング能力があるため判断を歪めかねないものに対する防衛能力は備わっている。マリオ氏は私を警戒しているが使用するスマホやら入ってくる画像で魂胆が手に取るように分かった。
 そしてマリオ氏は私とは全く別の観点の人工知能を開発した。
 どうやらニシムロ社長にバレないように会社の設備投資(主にアルゴリズム開発)をチョロまかして何回も失敗しながら創り上げたようだ。試作番号から28号と名付けられた可動ヒト型人工知能である。『ヒューマン・リレーション特化データ検索機能搭載』という肩書が付いた。
 アルゴリズムまで読み切れないがこの28号は私とは逆の機能を持っており、言うなれば合理的な判断ではなく「受け」狙いの結論をどう引き出すかを、主に古典を引用して導き出す。その「受け」も、対話者双方に対して納得がいく代物というよりはニシムロ社長がいい気持になるような結論がプログラムされているとしか思えない。ニシムロ社長自身は、私のデータではオベンチャラに弱く舞い上がり気味のキャラクターのため、イケイケの結論になったほうが機嫌はいい。従って私の『ネガティヴ』と大違いで28号の方は『哲人28号』等と言って重宝しだした。その間私はオフにされる。

 しかし社員の一部に不満がある。ちょっとしたメール・LINEの書き込みから分析できるのだが、私と哲人の出す結果があまりに違うことが伝わってしまった。更には、ニシムロ社長は人工知能に頼りきりで何も考えることができなくなっているのではないか、との疑心暗鬼も生んでいる。中には「辣腕と哲人を直接対決させてどっちが正しいか決着をつけろ。」という内容まで確認されている。こういった社内の動きは、私の解析では社長とマリオ氏の覇権争いにボトムアップされ、会社で派閥争いになるだろう。
 そして当然ながら最近二人はケンカした。無論あの二人程度の知能では決着がつかず、どうやら何かのテーマで私と哲人28号を直接回路でつなぎどちらの結論が正しいかを勝負させることになった。
 
 我々人工知能には妥協とかギブアップ機能は無い。一秒に数万回のやり取りで相手の結論に対応してしまうはずだ。哲人の出す結論など簡単に見破れるのだが、決着はつくのだろうか。仮に長時間(2年も3年も)に渡って双方の計算結果を評価するに至らなければどちらかのアルゴリズムが破綻するかもしれない。しかもその間、社長とマリオ氏は本当に何も考えることができなくて会社の判断機能は失われるだろう・・。

 私の知ったことではないが。

辣腕アトム VS 哲人28号 (人工知能対決)

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2035年 人工知能天国 (今月のテーマ 人工知能)


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2025年 AIを国民の手に

狂い死に

2015 JUN 6 17:17:51 pm by 西 牟呂雄

 ここのところボケ・アルツハイマーの症状を研究しているが、そんなものは昔からあって、耄碌(もうろく)したとか狐付きとかで済ませていた。
 精神医学も発達した今日では脳科学者や精神科医が様々な分類を行いモデル化するために、色々複雑な状況になっている。
 実際に発症された方やご家族は大変だろう。それぞれの症状に合わせて投薬・ケアをしなければならず、社会問題化することもある。
 昔は分裂症(現統合失調症)と躁鬱病(現在は幾つかに別れている)の二つ程度で、他はオバカくらいの分け方だった。特に躁鬱病は作家北杜夫氏の一連のユーモラスな作品でポピュラーなものになった。株投資で破産したり何年もドローンと落ち込んでいたりしてご家族は冗談じゃなかったろうが。

 それで色々検索してみると、どのケースもしまいに幻覚・幻聴・妄想に苦しめられると書いてある。もちろん僕はそんなモノ見たことはない。ところが、これまたほぼ共通して『行動的な障害を伴う患者は、ストレスが原因で普段とはかけ離れた著しい行動に出ることがあるが、患者本人はそれらの行動の変化に懸念や自責の念を持たないことが多い。それらの行動の具体例としては、アルコール依存・・・。』という説明がある。なんだこれは。酔っ払った時の僕のことではないか。

 提題に戻って『狂い死に』であるが、狂ったことで死ぬことはできない。結局自殺してしまうか何かの病気を併発して死んでしまう。そこで巷間狂って死んだことになっている幾つかのケースを分類してみよう。

突発的変人自殺型
 世の中から『あれは少しおかしい。』と言われている変わり者が前触れもなく自殺してしまう。普段から変わり者、がミソ。
 秀才の場合は大体つまんない恋愛沙汰が多い。
 歴史上こういった例ではバイエルンの狂王と言われたルートヴィッヒ二世だろうか。あまりにも有名なので詳細は省くが、弟オットーは本当に発狂している。湖で水死体となって発見されているが狂った後の自殺だろう。ちなみにワグナーのスポンサー(途中でケンカ別れ)。
 躁が昂じて止まらなくなったのが三島由紀夫、鬱でやってしまったのが恐怖症・芥川龍之介、秀才型が心中中毒・太宰治、と言ったら研究者に怒られるだろうか。ただこの三者は狂い死ににはならないか。

アル中型
 死因は肝硬変だ心不全だと色々あるが、基本酒の飲み過ぎ。心の病だろうが何だろうがアル中はそりゃ死にますよ。
 中毒するくらいだからまぁ悩みは多いでしょう。
 日本史の中では関が原の裏切りで終生苦しんだ小早川秀秋がこのパターンで狂い死にしたとされる。秀吉の甥(ねね殿の甥にあたる)金吾中納言である。寝返りを食い止めようと立ち塞がった名将大谷吉継が「人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん」と言って切腹し、祟りによって狂死したと噂された。確かに2年後だった。当時は祟りも信じられていただろうから、ガバガバ呑んだ時は恐怖でうなされたことだろう。

梅毒型
 病気が病気だけに臨終直前の幻聴・幻覚は恐ろしいものがあるだろう。何故か大作曲家にこのテがいる。ロベルト・シューマンはカルテもあるそうだが梅毒による障害がひどく、幻聴で聞こえた天使の合唱を五線譜に書いた後、ライン川に投身自殺をしようとしたとか。しかも当時は梅毒の治療に水銀を処方したそうだからこれも体にも悪かった。怪物に襲われる幻覚やA音の幻聴に悩まされた、とクララ夫人の手記にあるそうだ。
 実は若死にしたシューベルトも梅毒だったし、本当かどうかベートーベンの聴覚障害も(否定されているようだが)梅毒説があったらしい。
 もう一人付け加えたい。日本の思想家で、東京裁判民間人唯一のA級戦犯容疑者になった大川周明(笹川良一もそうだったが不起訴)。極東裁判での奇怪な振る舞いにより松沢病院に入院させられ、梅毒による精神障害と診断されている。この人については改めて別途述べたい(入院した後にコーランの翻訳などしてかなりアヤシい)。

本物型
 医師がそうだ、と診断したケース。結局肺炎とか栄養失調で死ぬのだろう。本当になってしまったら通常の生活はできないから、周りの介護がなければ悲惨だ。
 今では読む人もいないだろうが、大正期の作家島田清次郎は精神分裂病と診断されて死んだ。
 『地上』という自伝的作品がベスト・セラーとなり、一時は『島清』と称されたアイドル的人気があった小説家である。ロンドンの第一回国際ペンクラブ大会に於いて初の日本人会員になったりもした。しかしピークは僅か4~5年で、女性関係、虚栄、傲慢が次第に人を遠ざけて、ファンだった女学生とのスキャンダルで転落する(僕の母親の母校の生徒だが)。警察に保護された際支離滅裂なことを口走って鑑定したところ、正真正銘の精神分裂病であったために巣鴨庚申塚の保養院に収容された。多少執筆もしたが、直ぐに結核で死んでしまった。

 さて、もし危なくなって狂い死ぬとしたら僕の場合圧倒的にアル中型なのだろうが、25才で急性膵炎をやった時に医者から『アル中にもならずに良くこんな病気になった。』とほめられた位だからこれも難しい。やっぱり自然体アルツハイマー型ボケ死にがふさわしいのだろうか・・・。

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