行く春や 昭和は遠く なりにけり Ⅱ
2015 APR 25 0:00:44 am by 西 牟呂雄
山嗤う まだら模様の 甲州路
散り残りたる 花吹雪舞う
中央高速を飛ばしていると、冬枯れの山に新芽が噴きだして、雑木林なぞは樹木によって色合いが違っていてみどりのまだらが目に美しい。そしてそんな山の中に誰かが植えたのかそれとも自生したのか、綿帽子のように山桜がポンポンと咲き残っていた。恐らくソメイヨシノじゃないだろうが、標高が高いので今頃散っていて(4月18日)ハンドルを握るフロント・ガラスにサァーッと舞っていった。
喜寿庵ではこの時期、芝生に小さな穴をポコポコ開けてエア・レーションをするのだがこれが一苦労。ゴルフ場ではトラクターのようなヤツでやってしまうが喜寿庵では手(足?)でやる。そして目土をセッセと入れる。本来芝面を平らにして養生するためなのだが、不思議なことにいつまでたってもデコボコが直らない。
風強く せせらぎの音 なお騒ぐ
山猛々しく あおくなる前
若葉は柔らかいが、ガーッと緑が濃くなるとむしろ猛々しいというか生臭いというか(嫌じゃないけど)チカラが漲ってくる感じがして、僕としては『海』の青さが恋しくなる時期だ。ただこの時期は相模湾は風が悪くてヨットはきつい。
最近突然思い付いた、かの親鸞上人の歎異抄にある『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。』 について。
この『悪人』は無慈悲で自分勝手で我儘で人を騙したり盗んだり苛めたり殺すような『悪人』ではないのだ。そういうワルではなく、一般人が色々苦しんでどうにもならなくなったギリギリの時にフッと手を染める悪事を指すのではないだろうか。そしてそのことを生涯悔やむような人。
苦しまずに易々と犯罪に手を染めて涼しい顔をしているような輩は、いくら親鸞上人といえども救うことはできまい。年寄りの病的な万引きなんかどうしようない。
僕はこの思いつきを誰かに言いたくてたまらなくなり、当ブログに書く前に友人に話した。すると、
「お前も、うといな。あの時代仏教なんかを有り難がっていたのは貴族だけで農民クラスは地元のカミサマを拝むのがせいぜいのところだ。だから親鸞クラスから見りゃ無教養且つ信仰心のカケラもない悪人って意味なんだよ。悪いことすりゃいい、なんて誰が諭すんだ。」
だってさ。信仰心のない馬の骨は現代もいくらでもいるだろうに。
ところで最近『反知性主義』なる言葉を目にする。ワン・フレーズ・ポロティクスの小泉元首相や橋下大阪市長のように学者・文化人を『自称インテリ』と一括りにして、他人の意見を聞かずにウケを狙う原理主義者風の流れを指すようだ。本来はアメリカの福音原理主義者のように進化論も受け付けないような、要するに生真面目な人々とでも言おうか。だがこの気質は過激になりやすい。要するにイスラムだろうが共産主義だろうが右翼だろうが自分以外の意見は聞くのもイヤっといった具合だ。
政治討論番組が視聴に耐えないのも、常に是々非々の話にはならず初めに賛成・反対ありきで主張を繰り返すだけでは面白みも発見もなし。見ることもないが朝生なんかで結論が出たのを知らない。
そしてそういった過激発言に入れ込んでしまうのが橋下市長のいう「フワッとした民意」で、小泉劇場・民主党政権・大阪都構想と流れができる。
大阪の人、本当の所を教えてくれ。
それで恐ろしいことにそういう凝り固まっている人々の目というのは、どうも親鸞上人の言うところの悪人に見えて来る。本人一生懸命だから余計にマズい、というオチでした。
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国境を考える Ⅶ
2015 APR 22 19:19:20 pm by 西 牟呂雄
今日ではあまり声高に十字軍とは言いづらい。キリスト教VSイスラム教の構図があまりにも頂けないからだ。その十字軍時代にルーツを持つ聖ヨハネ騎士団がある。塩野七生氏がローマ物でも取り上げたマルタ騎士団のことである。
マルタ騎士団の国旗
パレスチナからスタートしてロードス島を領有。オスマン帝国にそこを追い出されるとマルタ島に移る。どうやらここで普段はイスラム船に対する海賊行為をしていたようだ。
僕は一度マルタ島を訪ねているが、バレッタの町はいかにも要塞風だった。
そしてナポレオンによってマルタも失うが、驚いたことに今日でも存続しているのだ。ローマに事務所を持っており、そこは大使館扱いの治外法権(イタリア等カトリック国は国家として承認)であるとか。国連にもオブザーバー加盟済み。現在約一万人の国民がいて、コインも切手も発行している。
尚、実体は国旗のデザインの赤字に白十字といった逆バージョンの救急車を走らせるNGOの医療法人らしい。なんだか公開の秘密結社というか、陰謀のないフリーメイソンというか。いっそマルタ騎士団の国籍でも取って見ようか。
ダライ・ラマ率いるチベット亡命政府も領土が無いと言えばそういうことになる。左の写真はダラムサラの光景で、ちゃんと行政機関も立ち並んでいる。憲法草案も持っている。
この地域はインド共和国より『与えられた』ことになっているが、厳密に言えばインドの治安機関によって守られているのか。
インドといえば、財閥で有名なタタはパールシー族すなわちペルシャ系の民族で、混乱を逃れて遠くインドの東側までやってきた。従って地元のヒンドゥ・ドラビダ系の(100種類以上あるとされる)言葉は使わず、結果として固有のマザー・タングを失い完全な英語部族となる。インド経済を支えているが、その宗教はゾロアスター教で、男系にしか伝わらない。皇族みたいなもんで、一向に人口が増えないのだそうだ。一説にはやって来た際に部族の増加を気にした当時のマハラジャに、そうすることによって人口を増やさない、と約束したからと言われている。日経の私の履歴書を書いたラタン・タタ氏もタタ姓を名乗る最期の一人だ。
こういうのは税金は払うものの、国境なき民族とでもいうのか。在外のユダヤ・チャイニーズ・ロマ・クルドといった連中も皆そうか。
そう言えば昔『五族協和 王道楽土』なんていうのもあった。この五族とは日・満・蒙・鮮・漢だった。
国境なき国家。それにしてもⅠSには困る。
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小倉記 再会編
2015 APR 20 20:20:33 pm by 西 牟呂雄
門司の北端、すなわち九州の北端に和布刈(めかり)神事で名高い『和布刈神社』があり、その一角は割に由緒ある料亭になっています。和布刈神事は厳冬の旧暦元旦の深夜に神職が関門の海に入って、松明に手鎌でワカメを刈り取る儀式のことで、和銅時代には朝廷に献上もした由緒ある行事です。
この料亭でメシを食っていて気付きました。関門海峡は西にむかって一度蛇行して小倉の方へ曲がりS字のように玄界灘に通じます。夕陽を眺めながら飲んでいますと、何と九州から見る夕日が本州に落ちていくのです。正確には彦島ですね。馬関戦争でやられた後、危うく香港のように外国領土になりかけたのを、高杉晋作がツベコベ言って何とか繋ぎとめました。高杉晋作はあの写真の顔があまり好きになれないのですが(ファンの方ごめんなさい)大したものです。
私の知り合いに元小倉藩士の子孫がいて、大変変わった苗字です。小倉城主は礼法宗家の小笠原氏ですが、信濃から国替えでやって来た時に藩主に付いて来た一族です。その彼、幕末の長州戦争・小倉口の戦いで高杉晋作の部隊に軽く負けたことを今でも恥じていて『博多の黒田が助けに来るはずが裏切られて負けた。』と黒田藩を逆恨みしています。恨むなら奇兵隊を率いた高杉を恨みなさいよ、といったところなのに。
ところで小倉に行きまして。インド人とドイツ人が一緒に来るという奇怪な日程にあわてて足を延ばし再会しました。連中とは10ヶ月ぶりですかね。両人とも実は偉い人で大金持ちです。そしてなかなかのタフ・ネゴシエーター、尚且つユーモリストでもあります。
話していると、ドイツ人のここ一番の集中力とインド人の譲らなさにはしばしば『もう分かった。』と妥協しかけたものの、黙り込むのも技の内。
その後食事にディナーに誘うとにこやかに応じてくれました。ただインドの方はビーフはだめです。『ヒンドゥーか?』と聞くと『私はブラマンだからね。』とウィンク。初めは何のことかわからなかったのですが、これ日本ではバラモンと教えられた最上位カーストのことでした。彼は上級バラモンで先祖以来ビジネスに手を染めたのは父親の代からだそうです。さすがに肌は黒いのですがジョニー・デップに似た男前。
彼の地元に行った時にまるで国会議事堂のような建物がありましたが、なんとあのサイババが建てた病院でした。もう亡くなった有名なサイババは初代サイババの生まれ変わりと称していて、ただ彼の説明では初代は元々イスラムの異端で、あんなものニセに決まっているといっていましたね。どうでもいいけど。
ドイツ人はデカくてゴツくて、昔のサッカー・ナショナル・チームにいた名キーパー、オリバー・カーンにそっくりで強そう。アジア中にビジネス・ユニットがある連中だから日本食もお箸も慣れたものでした。最後の桜に喜んで携帯でたくさん写していました。
それで食事した後にカラオケに連れていくと、奴等面白がっていましたねぇ。
カラオケは英語縛りでやりましたが、彼らはビートルズ、私はプレスリーばかり。インド人はパフォーマンスはよかったがリズム音痴というやつで歌が合いません。ドイツ人は真面目にやり過ぎてビートルズというより男性バロック音楽のコーラスみたいになってしまいました。
このドイツ人はお母さんが先日 国境を考える Ⅱ で書いたカリーニングラード(旧ケーニヒス・ベルグ)の出身でした。ここの出身者の話になってイマニュエル・カントやオイラーの名前を出したら『よく知ってるな』と受けました。
二日の話し合いでおぼろげながら着地点が見えてくるのですが、その後のスケジュール感が微妙に違う。ドイツ人はここから加速するように次々と目標を前倒しにしようとします。インド人は『これからのインドは凄いことになる。中国なんか問題にならない。』と張り切ります。日本側のハラが試されることでしょう。
ところで、帰る時に以前九州で研修していたロシア人とバッタリ羽田で会ってビックリ。別のプラント・メーカーと商談していたそうで(私の件とは別に)旧交を温めたのですが、始めに『ヴィー・ゲート・イーネン(数少ない使えるドイツ語)』とやってしまい怪訝な顔をされました。ここはロシア語で『カクダィラ』と聞くべきでした。
別れ際にはカンが戻って『ダスヴィダーニャ』がスッと出ましたが付け焼刃ではこんなもの、まだまだですな。
世界は狭い!
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一般不均衡理論
2015 APR 17 21:21:32 pm by 西 牟呂雄
最近考えているが、経済学で言う『新古典派』の均衡理論は長期的に(100~200年)そうかも知れないが、実体経済というものは社会的な環境の視点を通してみると違っているのではないか。私の仮説だが、必ずしも経済合理性で行動しないゾーンが(先進国でさえも)一定の比率で存在して攪乱要因となり、更に確率論として試算し得るモデルを凌駕してしまう時に雪崩を打って逆バネにする「オーガニゼーション」が発動されてしまうのではないか。
これは・・、となった時にカラ売りを組織的にやる、或は見切りを付けて資金を引き揚げるプログラムは常に内在しているのではないか、とも思っている。
僕は『アジア通貨危機』を末端管理職の時代に目の前で見た。比較的順調だった東南アジアの通貨がガンガン売られ、韓国はIMFの管理下に入った。
ITバブルも味わった。あれ以来「バブルというのは終わってから気づくもの」といった定義がなされたと記憶するが。
その後更に情報技術が進みスピードも上がったにも関わらず、リーマン・ショックは起こった。前年にサブプライム・ローンが飛んで、年が明けるとベア・スターンやファニーメイと大型の破綻が続いた。これらが奇数月に起こったので出まかせに『次は9月だ。』と言いふらしたら、本当に9月の末にリーマン・ブラザーズがやらかしたので慌てた。しかしその際にも、実は猛烈なカラ売りで荒稼ぎした者はいた。ただこの『稼ぎ』の部分はすぐには現金化されないので全体の信用が縮小する。しかもすぐには返済できない不良債権への評価が算出不能なレベルだったため、国による救済がどの程度の効き目か分からずに混乱を極めた。
実はヒラ時代に商品先物相場に入れ込んだ時があって一か月くらい夢中になっていた。供託金を積んでその10倍位の金額で売り買いをする。業者はしきりに将来の値上がりを説くのだが、胡散臭かったので逆を張った(業者はヤメロと言ったが)。この時カラ売りを覚えて専らウリの側に回っていた。最初の3日で負けて、供託金を倍にして買いに走る。するとすぐに損を取り戻したのでもう一度手仕舞いしてウリを掛ける、マンマと当たって一週目は大勝。翌週も同じことをすると勝ちが火曜日には消えた。この時に手仕舞いしないで供託金を更に積む、丸損で2週目が終わる。翌週は毎日朝ウリを掛けて、昼休みに結果を聞いては逆張りを掛けることを繰り返して一週間やってチャラにした。このあたりで頭がいっぱいになり仕事に支障をきたしてきて怖くなった。途端に大負けしたので追証が追いつかなくなって止めた。結果は始めた時の供託金の10倍の金を蒸発させてしまった。白状するとこの経験があって、言うところの『均衡』は理論的にない!と確信した。いったい幾らか?言えるわけないでしょ。ワタクシ事で恐縮だがこのせいで結婚が大幅に遅れた、とだけ言っておこう。
最近『格差論』が盛んに議論される。数字上ではそうなのかも知れない。しかしr>gの仮説を全面的に支持する気になれない・・・。日本においては低金利と上がらない土地のため、個別格差の広がりはそう大幅でもない(シングル・マザーや引きこもりといった各論は別)。例えば大資産を形成していたはずだった企業グループも、銀行護送船団方式にイチャモンつけられた後にはメーカーも銀行も数を減らし、従業員も減らした。
結局バブルというものは均衡状態が大きく乖離しており、多くの人が先々の信用が拡大しているつもりになって発生する。その均衡を嫌う市場の一部がスタビライズされて行き、いわゆる負のチカラが溜まって来る。そしていらないもの(製品・サービス・建築物・その他等)が目に余るようになると一気に崩壊してしまう。ましてやグローバル金融がこれだけコントロールできなくなってしまうと、崩壊は常に突然なのだ。昔だったら戦争に違いない。
冒頭の仮説に戻ると、少し極端だがグローバル金融は均衡を嫌うのではないだろうか。まして『レバレッジ』が効いており、高速売買が常態化し、人工知能が判断することとなればビッグ・ストリームは緩やかな調整にはならずにある種の崩壊を招く危険を内在せざるを得ない。
念のため断っておくが、証券・金融を否定しているのでは全く無い。それらへの経験もないため、そこはSMCのエキスパート達におまかせしたい。
今日の黒田日銀の緩和政策も異常と言えば異常事態に違いなく、出口戦略が言われだして久しい。イェレンの緩和中止が聞こえてきたら即座に対応すべきなのではないか。
120¥/$の居心地の良さにも慣れてきた。株価は2万円。
カラ売り組の息遣いが聞こえてくる。
随分手にしていなかったが、久しぶりにシュンペーターを読み直してみようか。昔読んで例の『創造的破壊』について、妙に腑に落ちたことを思い出した。
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ファイターズ快進撃
2015 APR 16 20:20:27 pm by 西 牟呂雄
わがファイターズの雄姿を見よ!
何と大谷は開幕3連勝、既にホームラン1本。目下ダントツの安定感である。
実力を測る意味でもホークス戦の南九州で互角の戦い。一昨日は不覚を取ったが、昨日は3番 陽 岱鋼を引っ込めても指名打者大谷が打つ!中田がホームラン2本打つ!一人で一試合5打点ですぞ。これでどうやって負けろと言うのか。
しかも、ヒョコヒョコ出てきた斉藤祐樹があれだけボカスカ打たれても負けない。
だが、ピッチャーは大谷のローテーションを守ると武田・(ニコニコ)メンドゥーサ、押さえの増井が今後ともフル回転になりいかにも層が薄い。実力日本1のホークスがモタモタして、オリックスの主力が息を吹き返す前に勝つだけ勝っておかないと。
と言いつついつまでこんなこと言っていられるのやら。栗山監督、頼みますよ。
しかし大谷という天才アスリートは、あれだけの能力を持っていながらどうしてあんなにいい性格なんだろう。大昔のプロ野球選手はまるでヤクザみたいなの(特にファイターズは)ばかりだった。ファンだった江夏豊投手の悪党面なんか実際にヤクザ映画にも出るくらいだったではないか。むしろそういったアクの強い方がプロ向きという風潮もあったかと思う。
インタヴューでも礼儀正しくにこやかに受け答えする大谷は本当にいい子。願わくば『女』にはくれぐれも気を付けて欲しい。ミエミエで寄って来る美人スポーツキャスターやタレントなんぞ以ての外。それぐらいならススキ野の繁華街あたりで免疫を付けてしまった方がまだ選手寿命が延びるだろう。アッ私は女性は神様という考えですからね、念のため。
ズバリ交流戦を何とか5割で切り抜ければ優勝も夢ではない。北海道の皆さん、お江戸の片隅にもフライヤーズ以来のファンがいます(少数だが)。
こうなったら優勝した後、CSを引き伸ばすだけ引き伸ばしてガッポリ稼ぎ、ついでに日本シリーズで札幌ドームを満員にしまくって、その金で来年はダルビッシュを呼び戻してくれ。そのころは肘も直っているだろう。ダルビッシュよ、黒田を見習え、松坂みたいになってからじゃ遅いぞ。
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ごくろうさま、おつかれさま
2015 APR 15 21:21:55 pm by 西 牟呂雄
電車に乗るじゃないですか。人が座っています。JRでも私鉄・地下鉄でも6~7人位は座れますが、昼間なんか老若男女と色々な方々です。すると大体3人から4人はスマホ(ガラケーでもいいですが)の画面を除きこみ、忙しそうにメール、ライン、ゲーム、又は音楽をイヤホンで聴く。最近はタブレットで新聞・漫画も読んでいます。この前なんか全部のオジさんがズラーッと携帯の画面を見入っていて、怖いものがありましたね。
通勤時間帯には多少新聞を読む人はいるでしょうが、昼時、帰宅時には本を読む人も稀。
これでは出版不況も頷けます。何もしないでボーッと景色を眺めたり文庫本を読むのはほとんど私だけ、残りは居眠りの人です。
識者の中には、通信手段がいくら発達しても読書文化は無くならない、といった意見を発表されている方もいらっしゃいます。どうでしょう。出版不況なる見方、基準点が違うだけで元々読書層の厚みは大して変わらないのではないか、というのが私の意見です。
というのも声高に出版不況を唱える人は、バブル期の夢を未だに忘れられない団塊組と推察しています。あのころはファッションやら音楽やらしょうもないマンガ雑誌がワンサカあったでしょう?その後1990年代末までにはバブル雑誌の類は淘汰され、今の若い人達は最初からケータイ文化に染まっていますから、その類の本は読まなくてすみます。我が家も新聞を取らなくなって随分経ちますからね。独身時代に月曜から金曜まで毎日マンガを買って某折り返しの始発に座って通勤していたのですが、ある業界紙のコラムに『サラリーマンらしいが、毎朝毎朝娯楽漫画に読み耽っている若者がいる』という文章が載ってギョッとしました。勿論ロクなモンじゃないという叱責の内容でした。確かに夢中になっていたのは『美味しんぼ』の原作者、雁屋哲の書いた『野望の王国』というアナーキーなバイオレンス劇画、梶原一騎の『人間凶器』といったもので、まさかとは思いますが偶然隣に座って覗き込んであまりの内容にあきれ返ったのかと心配になったのです(私の乗る駅の実名があった故)。それに比べればケータイ画面を見ている人の方がまだマシのような・・・。
一般にケータイの普及と実際に起こる様々な事象・事件を結びつける言説はあまりアテにならないと思っています。出版物に関しても『永遠のゼロ』とか難解な『21世紀の資本』が売れているそうじゃないですか。村上春樹の作品が評価が落ちたという話も聞いたことありません。好きな人は繰り返し読んでいるはずです。東兄は好きな名作を聞く回数は軽く1000回を越えているでしょう。本なんか読まない奴は最初から読んでいませんから読書人口のコアなゾーンはそんなに変わらないと考えていいと思います。
一方で様々な犯罪とケータイ・LINEの普及も何の関係もないでしょう。それらを自在に使いこなして犯罪を犯さない人の方が圧倒的に多いのです。
更に極論ですが、通信機器の発達と人的生産性はもっと関係無いと考えています。人間が100年間でそんなにバカになったり利口になるはずがありません。もっとも二度と戦争はしない程度に少なくとも日本人はなったのですが(アメリカの核と一国平和主義のお陰で、は付け加えます)。
サラリーマン生活を通じて、色々な耳障りのいい言葉が私を通り過ぎて行きました。グローバル展開とかリストラクチャリングとかですね。社内カンパニーなんかもありました。最近では選択と集中でしょうか。
そういった経営工学は流行るのですが、様々な業界地図がひっくり返りました。護送船団方式とか株式持合いなんか死語ですよね。アレなんかアメリカの意向でパァになったような気がしないでもありません。
そんな中、通信革命が果たして本当に経営効率向上や組織の意思決定スピード・アップに貢献したかどうか、私は疑わざるを得ませんね。
それであのズーッと電車でメール・ラインをいじっている人、一体誰とあんなにしょっちゅう連絡しなければならないのでしょう。若い人であれば友達・恋人と繋がっていたいのは分からんでもありませんが、冒頭に記した『おじさんがズラーッ』と並んでやっているのはやっぱり仕事をしているのでしょうか。私はたまーに家族にメールするくらいですので、アレはやっぱり相当忙しい人達としか思えません。本当に心からお疲れ様と申し上げたい。私はこのまま怠け者道を極めますのでお許しください。
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行く春や 昭和は遠くに なりにけり
2015 APR 13 21:21:39 pm by 西 牟呂雄
また一つ『春』が過ぎた。初夏になり梅雨になる。
僕はガサツな人間であることを自覚はしているが、たまにシンミリ・シミジミしたくなることもね。
散る桜 花の下にて 悪酔えば
水面に歪む 上弦の月
この湖面は井の頭公園のことで、先年池の水を抜いて底ざらいをしたから透明度が上がっている。心なしか映るお月様もきれいになったような。ブルー・シートの場所取り、今年も又たくさんやっていた。新入社員がスーツで大勢正座しているグループもあって、大変そうというか可哀想に。
桜咲き 梅を愛しむ 人もなし
わずかな新芽 かすかにあおし
実は個人的今年のテーマの一つに『かわいげ』を掲げている。これ将に今更であるが、シンミリ・シミジミを傍から見ていると『かわいげ』に繋がるような気がしている。或いはできもしないことをセッセとやっている姿は(僕はともかく)いいもんじゃないか。思わずニッコリするような・・・。ダメか。
ところで芝生や土の上に散ったり、池に漂っている桜の花びらというのはそれなりの風情なのだが、アスファルト・コンクリートに埃のように吹き溜まっている場合は気の毒なほどきたならしい。あれじゃゴミだ。桜に怒るわけにもいかず、舗装するなとも言えず、ただ悲しくなるばかり。
身をすくめ 歩み進める 待ち合わせ
寒風に押され イルミネーションかすむ
歩いても~歩いても~、という石田あゆみの歌があったが『寒い!』という感覚はハラハラ・ドキドキ感に近い。一種の緊張感と言うのか。
この情景は夜だが、時間に遅れそうになって小走りになった時に詠んだ。だが今から考えると『かすむ』は単に年を取って目が悪くなっただけだったりして。華やかなイルミネーションがボウッとしか見えなくなったのは去年からだ。なんだか今年の冬は寒かったような。
一周忌 遺影は我を 見据えつつ
こんなはずじゃぁ なかったという
そりゃそうでしょう。僕だってこんなになるつもりもなかったんだけど。
ただ自分自身で考えると流れにまかせて来るところまで来てしまった。結果はマズかったとは思うがそのくせ面白おかしく暮らしているのは喜劇か悲劇か。
さてどうしたものか。
『取り敢えず』という言葉が嫌いで、なぜかというとものすごく嫌いだった奴の口癖だったからだ。タレントですけどね。仕事でもこの言葉を使うやつは本気でやるつもりはないのだな、と思って聞いていた。だから僕は今更ながらできることを一つずつ丁寧にやろうとしている。
どうですか『かわいげ』が感じられますか?
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国境を考える Ⅵ
2015 APR 11 4:04:32 am by 西 牟呂雄
飛び地で調べていたら、カリーニングラードやジブラルタルだけじゃなく世界中に奇怪な飛び地があることが分かった。

この入り組み方
びっくりしたのはこのバールレ・ナッサウというオランダの街だ。隣りのベルギーから5km程国境を越えた所にある。黄色い部分がベルギーの飛び地だが、モザイクのようにギザギザ。家や店の中にも国境線があって、玄関が面している方の国籍なのだ。更に良く見るとそのベルギー領の中にまたオランダがある複雑な状態である。ベルギー領はバールレ・ヘルトフという地名になる。どうやら公爵領を残したままオランダ国になり、その後ベルギーが独立したのでこのような国境まみれになったらしい。
カフェにも国境線
他人事ながら、税金や就学・就職などで困ることはないのだろうか。何よりも万が一戦争にでもなったらどうする。まぁ言葉は同じフラマン語で、何代も住んでそれなりに暮らしているうちに奇跡のように融合してしまったのだろう。近所同士で結婚したら国際結婚になるのか。
択捉島に国境線が引かれる『夢』を見たことはこの国境シリーズで書いたが、無粋な線も引かずにグチャグチャ溶け合ってしまうようなことは出来ないものか。そのうちエトロフ語ができたりして。
『すっぱしね』・・ありがとう (ロシア語スパスィーヴァから)
『だすびっちゃ』・さようなら (ロシア語ダスビダーニャから)
『はらしい』・・・すばらしい (ロシア語ハラショーから)
『オモーテヌシ』・面倒見る (日本語オモテナシから)
『アズマーシ』・・質素な (北海道弁のアズマシイから)
なんてね。
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入り江にて(ドック・オブ・ザ・ベイ Dock of the Bay 和訳)
2015 APR 9 21:21:43 pm by 西 牟呂雄
オーティス・レディングの古い古いヒット曲『ドック・オブ・ザ・ベイ』これを『入り江にて』と読んでみると、オォいけるではないか。僕はすぐに油壷湾の入り口を思い出した。
古い話で恐縮だが、英人スチュワーデスの方が殺された惨劇のあったところで、反対側に東大の海洋研究所がある。うまくすれば富士山がガーンと見えるので、半日ヨットを繋いで揺られて過ごすこともできる。季節は真夏は熱くてしょうがないから初夏か初秋がいい。
しかしながら歌詞そのものは厳しく寂しい、冬の工業地帯の港湾風景が似合う。
ッと考えていた途端、あのベース・ランニングが聞こえてくる。
Sittin’ in the mornin’ sun
日の出の 時から
I’ll be sittin’ when the evenin’ come
夕日が 落ちるまで
Watchin’ the ships roll in
入り江に たたずむと
And I’ll watch ‘em roll away again, yeah
船が 行き交ってる
I’m sittin’ on the dock of the bay
入り江に 腰掛けて
Watchin’ the tide roll away, ooh
潮 の流れ 見てる
I’m just sittin’ on the dock of the bay
意味なく 入り江で
Wastin’ time
時を過ごす
I left my home in Georgia
田舎の 家を出て
Headed for the Frisco bay
都会に 向かった(Frisco はサンフランシスコの俗称)
I have nothing to live for
生きがいも 失い
Look like nothings gonna come my way
先も見え なくて
So I’m just go sit on the dock of the bay
だから入り江に たたずんで
Watchin’ the tide roll away
海ばかり 見てる
I’m sittin’ on the dock of the bay
入り江に 腰掛けて
Wastin’ time
ぼんやりと
Look like nothings gonna change
何にも 変わりゃ しない
Everythin’ still remain the same
全て 今のまま
I can’t do what ten people tell me to do
言葉 空しい
So I guess I’ll remain the same, yes
だから このまま イェ
Sittin’ here restin’ my bones
たたずみ 骨休め
And this loneliness won’t leave me alone, yes
いつも 一人きり
Two thousand miles, I roam
遥かに さまよって
Just to make this dock my home
入り江に 住み着いて

(ここは最後英語で)
Now I’m just go sit at the dock of the bay
Watchin’ the tide roll away, ooh
Sittin’ on the dock of the bay
Wastin’ time
なんか結構ヤバい歌詞になってしまった・・・。
尚、この歌を歌わせて日本で一番いいのは柳ジョージ版でしょう。
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えらいこっちゃ Ⅳ
2015 APR 7 19:19:20 pm by 西 牟呂雄
すったもんだで1年が経ち、亡母の一周忌を迎えた。何はともあれ1年という時間が経過してオレは還暦を迎えてしまった。菩提寺の桜が今年も散った。
洋服やら膨大な本、レコードを捨てまくったり売り払ったりしても、まだ山ほど物があってため息が出る。これはそろそろ本腰を入れないと将来に禍根を残すかもしれない。今オレがやらないと必ず捨て残ってしまうからだ。それでなくとも先々代の誰も読まない本が捨てきれずに残っているし、この間は何代前が着たのか良く分からない羽織袴が発見された。
故人を冒涜するつもりは全く無いが、その人の持ち物というのは本当に困る。当人を偲ぶ以外に何の役にも立たないからだ。オレはあまり過去を懐かしがる気風は薄く(記憶力が悪いという説もあるが)昔の物を残さないしおまけにしょっちゅう物を無くす。写真とかもあまりない。根本は『見なけりゃ思い出さない記憶は必要ないや』と考えるからだ。
今でも亡母の若かった頃の姿なんかは残しておくべきだったとは、全然思はない。
命日の前に一周忌を、との話になりカレンダーからお彼岸の3月21日にやることにし、それではお経はその前にとドンドン早まって3月14日に墓参し住職に頼み込んだ。3月とも思えない寒い日で、おまけに墓前でお線香を焚いているときには雨が降った。
『いくらせっかちにして命日の前を選んだにしてもこんな寒い日とは何事か!』
と怒り狂っている顔が浮かんできてゾッとした。更にまずいことに翌日は晴れ上がったポカポカ陽気。今度は
『それ見たことか!』
の声が聞こえて来るようだった。
日本は四季の表情が豊かだから、それぞれの季節に想いを託せる花も風もあるだろう。だがよりにもよって桜の便りの時期とはお袋様らしいといえば、らしい。いやでも思い出す。
来年もその次も桜を咲かせては一度は雨を降らせることだろう。桜、こんな寒いうちにまだ咲くな!こっちだって後10回くらいしか見ることが出来ないんだぞ!
還暦を期に余り人前に出なくなったが、その分たまの飲み会では大乱れになってしまう(それは昔からの声有り)。N=constantということなのか、はたまた酒が弱くなったのか。視力・気力ともにめっきり落ちたが、オレはまだ死にそうもない。オヤジが米寿、オレが還暦、息子が25という構成にもなると時代が変わっていくことを実感させられる。
一周忌の席上(墓参とは別にした)何人かがスピーチしてくれた。
従兄弟が何人もいるのだが、彼等は『おしゃれで配慮が行き届いて、やさしいおばさまだった。』と口を揃えて言うのだ。一体誰の話だ、と呆気にとられた。どうも子供の目から見るのと多少印象がズレている。
敗戦後早にく結婚したおやじ・おふくろには、叔父・叔母達の方が『世話になった。』と感じているようだった(二人は長男と長女)。オレとしては、死んだ母親の思い出を一族で共有していくうちに供養になり、次の世代に気質が伝わってくれればと思った。
オレがこれからどうなっていくのかは知らない。だからどう終わるのかはもっと分からない。
暫く音沙汰ないなあ、と周りが気が付いたときにはこっそりオサラバしていて『あのオッチョコチョイ、声も掛けずに逝っちまいやがった。アイツらしい。ワハハハハ。』くらいがお似合いとは思うが。
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