Sonar Members Club No.36

月別: 2013年10月

ワタシのルーツ

2013 OCT 3 13:13:09 pm by 西 牟呂雄

 モンゴロイドは下戸だそうで、ネイティヴ・アメリカンも全くダメ。モンゴル系がベーリング海峡を渡ったことの証明とか。先祖が科学的にたどれるのも誠に想像量をかきたてられます。ワタシの家系は例外なく呑み助なんですがね。

 『小倉記 秋古代編』に書きましたが、宗像大社での写真、祭りの時に信者が地べたに這いつくばって神様が降臨したとされる石(磐)に向かっているのを見たときに「ああ、オレの先祖もこうやっていたんだろうな」と思ったのが遺伝子の記憶かなと実感しました。デ・ジャ・ヴ。

 ところで、私の姓は山梨県の入り口、猿橋という駅の近くの下和田(シマーダと発音する)近辺にのみ存在しています。小倉時代に歯医者に行ったら歯科技工士の女性が西室という人で、向こうから「やっぱり山梨の関係ですか?」と聞かれてビックリしました。大月市の市長が西室という人だったこともあります。ウチは本家筋ではないのですが、口伝では氏は藤原の流れと言うことになっていて、奈良のあたりから600年くらい前に落ちてきた、と言う説があるそうです。ところが同じように奈良から流れて羽後にながれた源氏の一派にも同じ姓があってどこかでこんがらがったようです。
 このエリア、なかなかレアものの地域伝説があって、桃太郎伝説もパクッています。近隣の百蔵山で桃が流れてきてから始まり、周りの地名の犬目(いぬめ)鳥沢(とりさわ)猿橋がお供という仕立てなのですが、あまりにマイナーなので、岡山、犬山、奈良といった各地の催す桃太郎サミットにも声はかかりません。私は以前この桃太郎の直系の子孫だ、と言いふらしてみましたが誰からも相手にされませんでした。もう一つは下和田から山奥に進むと上和田という山村があって、平家の落人集落と言われています。こちらの方はその後を継ぐ子孫の家が残っていて信憑性が高いのですが、平家は平家でも壇ノ浦ではなく、その又前の平将門の方です。将門が戦場で散華した後に、一子常門が落ち延びた所となっています。

 ところでこの父方は「一代跳び」の法則があって、デキのいい代と遊んでばかりいる代がかわるがわる出るというのですが、まずいことに私の代は後者の順番に当たります。まあ頷けなくもない。又、前の代は全員が例外なく禿頭(ハゲ)なのに、我が代は75%の確立で髪の毛を守りました。上の者からすれば「だからお前等はデキが悪いのだ」となるのですが、このあたりの話になるとあまりに楽屋話になるので控えましょう。

 母方は、これが面倒なのですがルーツは源氏です。武家の頭領八幡太郎義家に弟がいて、新羅(しんら、と読む)三郎義光という武将の子孫です。この兄弟は元服した神社の名前を名乗り、三郎は新羅神社(現在の大津三井寺)で元服をしてこの名乗りですが、この頃 東 仮説に影響を受けましたので何やら怪しい想像が掻立てられます。わざわざ新羅を「しんら」等と読み慣わすのが怪しい。こちらの家系はその後色々と分かれて、先祖は平賀と言いました。面白いことに甲斐武田は同族ですが、大河ドラマでも、長編時代劇でも武田信玄シリーズの第一回目に、信玄公の初陣でコテンパンにやられる平賀玄信入道という悪役がいますが、その平賀です。やられたのは正月だったらしく、余程懲りたのか平賀では餅を食べる習慣がなかったそうです。
 その後親族を頼って山陽道まで落ち延び、備前池田にご奉公となりました。広島と岡山の二系統あるのですが、広島の家系から出たのが戦前の平賀粛学(東大内で天皇機関説のケンカが起こったので両方辞めさせた)に名を残す、海軍造船中将・東大総長の平賀讓です。作家の阿川弘之の卒業時の総長ですな。東北に逃げたのもいて、白石姓を名乗ったのですが、伊達様の分家が宇和島に行くときについていったらしく、その子孫に江戸の変人、平賀源内が出ます。
 で、こちらの一族にも困った法則があって、一代に一人はヘンなのが出る、ということになっています。戦前には馬賊になると言って大陸に行ってしまった者とか、その又前にはお狂いあそばしたのがいた、とか。前述の源内もこのテかと思われます、ヘンですからね。そしてこの法則の話になると、一族は皆わたしの方を何故か見るのです。

 私には父方・母方合わせて14人の従兄弟が居ますが、両家の法則が合致するのは私と妹だけですからこれはヤバイ。東 理論の言うところの反応特性「スペック」ならば何とか人格までは矯正が利きそうですが(私と私の息子はもう不可能)遺伝子の記憶のマーカーなどというものが発見されてしまっては、我が子孫の遠い将来に絶望せざるを得ませんですな。発見されませんように。

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春夏秋冬不思議譚(ゲレンデに砕けたスキー靴)

2013 OCT 1 15:15:42 pm by 西 牟呂雄

 僕は20年程前にスキーからボードに転向した。やってみると分かるがこの両者は体重の移動の仕方が全く別で、初めは大変な苦労をした。フアッションも違う。今の若いボーダーは全体的に渋めの色を好み、嘗ての(我々の若かった頃の)蛍光色まで取り入れるようなギラギラはいない。ところが僕は黒のオーバーオールというスキーフアッションのままだから場違いなことおびただしく、しょうがないから米軍払い下げのジャンク・ショップで買った(確か横田基地のPXだった)グリーンの戦場レインコートを羽織る、という異様な格好をしている。滑るのはもはや苗場だ志賀だと行く根性は無く、富士鳴沢村のフジテン・スノー・リゾートという人工スキー場にばかり行く。ここだと喜寿庵(ウチの山荘)から30分位で着くから道具も置きっぱなしにしているし、余程の時でなければ通常タイヤで行ける。

 さて今年も滑り収めだ、という時期に物置からボードを出そうとした時にその奥に打ち捨てられている昔のスキー板に、ちょうど日が当たりそこだけ浮かび上がるような不思議な光景が目に入った。すると例の天の声のようなささやきを感じた。

「ボクタチモスベリタイ。」

 今流行の短めで前部が広がりスキー後部が流れやすいカーヴィング・スキーではない。180cm位ではるかに硬い高速スキーだ。その側には同じく何年も使っていないこれまた頑丈な靴とストックも一斉にこっちを見ていた。流行遅れではあるがこいつらだって今でも十分滑る。よし一丁こいつらで久しぶりのオジサン・スキーと行くか。積み込んでゲレンデに向かった。

 やはりブーツのバックルなんかは相当硬くなっていて苦労したが何とかリフトに乗った。どれ、腕は錆付いちゃいないだろう、と降りてからワン・ストローク踏み出したところで、あれっと手応え、いやこの場合足応えが無くなった。何だ。なんと驚いたことにブーツの底の一部が欠けてしまったではないか!これでは下りられない。

 一本も滑ってないのにどうしようもない。スキーを担ぐのはきびしいので下りリフトに乗ろうとすると、安全員のアンチャンが言うではないか、

「アーっあのー、一応規則でダーメなんですよ。」

 ウソをつけそんな規則が有るわけない、と思ってよく見ると高速のクワッド・リフトの降りるところに斜面をつけているため、本気で乗ろうとしても下からぶら下がるくらいしかできない。途方に暮れているとさっきのアンチャンが薄ら笑いを浮かべながら、

「板とストックはあとからレスキューが持って下りますから-、歩いて降りて下さい。」

などとほざく。ウーム仕方ない、ということで、多くのスキーヤーやボーダーが「何だあのバカは」といった好奇の視線を投げる中ポクポク歩き出した。歩き出してすぐに気がついたのだが、ゲレンデというのは元々人が歩く所じゃない。だからいくら圧雪してあってもボクボクと靴がめり込む。おまけに滑っているときより傾斜がきつく感じられて歩きにくいのなんの。特に急斜面になると板も履いていないのに転んでしまいそうだ。更に困ったのは、やはり底が欠けるくらいだから、すでに耐用年数を過ぎて劣化が著しいので、靴がペリッとかパリッという音をさせるのだ。このまま底が抜けたら凍傷になる。

 しかし、普段は一瞬にして過ぎてしまうゲレンデの光景もはじっこを歩いて見ていると、いつもは気付かないウサギの足跡を見つけたり、雪の吹きだまりが人間に見えたりしておもしろい。それはいいのだが、初心者が溜まっているのは実に迷惑だ。こっちは汗だくで歩いているのを珍しそうにみてクスクス笑っている女なんかには悪意を感じる。そっちだってゲレンデのお荷物だろーが。まあお互いしょうがないか。そしてリフト乗り場が近くなってくる頃にはもうくたびれ果てて羞恥心もなくなり、早く降り尽きたい一心になったとき、靴は無残に砕けた。足首のバックル部分を残してつま先から踵までの部分はインナーブーツが剥きだしになる、というマヌケな姿になってしまった。幸い裸足で雪面を踏むことにはならずにすんだが。

 レスキューに出向くとスキーはもう着いていたが、僕の恰好がいかにも異様だったせいかねぎらいの言葉もなかった。着替えて靴の残骸を見ながら(足首部分になってしまったが)しみじみと考えた。魚が水の中で生まれて死んで行くように、僕らが地球で生まれて死んでいくように、雪山で滑るためにあの形になったのだから雪山で力尽きて本望だったんじゃなかろうか。そう思うと、もう履くこともないこのスキーとストックで鳥居を組んでその下に埋めてやり『私設スキー靴大明神』として祀ってやったらどうか、と考えたのだが、アホらしくなって燃えないゴミに捨てた。今年のシーズンが終わった。

春夏秋冬不思議譚(春の桜に愕然とした日)

春夏秋冬不思議譚 (秋の日に慌てた少年)

春夏秋冬不思議譚(熱すぎる夏に干からびる恐怖)


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