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ヒョッコリ先生 地球を守る

2021 AUG 1 1:01:36 am by 西牟呂 憲

 喜寿庵の裏木戸を箒で履いていたところ、何やら異様な集団が行進してきた。何だあれは。そして近づいてきた時に先頭のオッサンの表情が見て取れた、ヒョッコリ先生だ!
 向こうも僕に気が付くとニコニコしながら歩調をとってこちらに来るではないか。
『全た―い、止まれ!』『ザッ、ザッ』
 子供じゃないか。全部で15~6人の小学生が2列縦隊になっていてきちんと止まった。一番後ろにいる二人は僕が少し勉強を教えていたピッコロ君とマリリンちゃんだ。元気だったんだな。
『いよう、しばらくだね』
『どうも。先日東京でお孫さんを預かりましたよ(迷惑だったけど)』
『うん。息子から聞いた。ごめんね、急な話で』
『(全くだ)いえいえ、またどうぞ。かわいいですね。ところでなにやってんですか』
『ウン?ああ、こいつ等?地球防衛軍コロナ撲滅隊の精鋭メンバーだ』
『(またバカなことを)なんですかそれ』
『何しろ収束の兆しが見えない中、連日オリンピックで熱戦を繰り広げている選手を激励し、いくら緊急事態宣言をしてもだらけて感染者が増えている都会人に喝を入れようと思ってね』
『地球ナントカ軍でもいいですけど、どうして子供なんか集めてるんですか』
『集めたんじゃないよ。この子達が、どうして感染が減らないの、せっかくのオリンピックなのに選手がかわいそうだ、って言いだしたんだ』
『それは殊勝な心掛けですが、何をするんですか』
『チャーリー!』『イエッサー』
 突然先生が大声を張り上げ、一番前のやや大きめの子が返事をしたのでびっくりした。チャーリーと呼ばれたやや年上(小学校5~6年くらいか)の男の子は2列に並んでいる子供達に向って声をかけた。
『戦闘準備!対象、目の前のオジサン』
 すると後ろに並んでいた子供達は一斉にゴーグルを付けてリュックサックから何かを取り出した。
『かかれ!』
 子供達が僕を取り囲み一斉に何かを吹きかけた。驚いて、
『オイオイ、やめてくれよ。なんだいこれは』
『うん、消毒用のアルコールなんだ。これでオリンピックの出場選手を感染から守ってやるんだ』
 先生が答えた。何のマネだこりゃ。
『だってバブル方式で選手には近づけないし、試合は無観客でしょう』
『何も東京のアリーナでやる競技ばかりじゃないだろ。自転車のロードレースはこの辺を通ったんだよ。我が部隊はセーリングのサポートに行くんだ』
『だけど県をまたいでの移動は自粛しないと』
『県境をまたがなけりゃいいんだろ』
 また始まったぞ。このオッサン、宇宙を創ったといって妙な実験をしたり、戦前の記憶があるようなことを言い、マルクスを語り戦争を総括してみせた奇人だ。今更驚かないが。
『イイカイ、セーリングは神奈川の湘南でやる。ここ山梨県と神奈川は隣接していて県境は相模湖の湖面を横切っている。だから我が軍はそこをボートで超える。即ちまたぐわけではない』
『(実にどうでもいい子供だましの理屈だ。まぁ相手は子供だからいいか)はあー。まっ気を付けて行ってきてください』
『うん。それでは出発する。ぜんたーい、進め!』
 先生と子供達はそのまま元気よく行ってしまった。どうなることやら。

 その翌々日、また同じ場所で掃き掃除をしていたら『やあやあ』と声がかかり、見るとヒョッコリ先生だった。
『おや、もう帰って来たんですか』
『コロナ撲滅隊の事かい。あんなの日帰りだよ。子供たちはオリンピックを見た、と大喜びしてた』
『そりゃよかったけど、僕なんかも小学生の時に見た前の東京オリンピックは印象に残ってますからね』
『そうかあ。ワシは戦中でオリンピックが中止になったのを覚えてるからなぁ』
『(ウソつけ。勘定が合わないだろう。まっ何歳かしらないけど)ところで本当に間近で見られたんですか』
『キミも分かってないな。セーリングったって随分沖でやってるからね。海岸から見れば遠くの波間にセールがゴチャゴチャ見えるだけだからどこが先頭か競り合ってるのかなんかわかりゃしないんだよ。でも子供たちは大はしゃぎだし、例の「かかれ」も周りの大人に大人気でね。思い出になったろうな』
『(バカみたいと思われただけだろ)それはよかった。ところで県境は無事超えられたんですか』
『それがね。相模湖渡航作戦まではうまくいったんだが、次の交通手段がバスしかなくてさ、おまけに直接湘南まではいけなかったんだよ。行ける所まで行って厚木についたんで電車に乗れた』
『(何も考えてないあんたらしいよ)そうですか。で、帰りもそうしたんですか』
『それは無理だった。もう相模湖までは辿り着けない』
『(少しは計画くらい立てろよ)どうしたんですか。東京経由ですか』
『キミも甘いな。県境をまたいたらだめじゃないか。特に東京は』
『(珍しく良心的じゃないか)で、どうやったんですか』
『東京都との県境はまたいではいけないが、宣言の出ていない静岡県ならば超えてもいいんだ』
『(また自分勝手なことを)へェー、すると反対側の』
『そう、御殿場に行ったんだ。今はそこから峠越えで富士急富士山駅に行ける』
『ハア。(子供たちは迷惑だったろうな)大変でしたね。で、あの子達のナントカ防衛軍とかいうのはどうなったんですか』
『あのね、それはもう解散した』
『えっ、もう止めたんですか』
『それがさ、オリンピック見たつもりになってすっかりセーリングに憧れちゃってね。ああいうのやりたいって話になって今は山中湖のジュニア・セーリング・スクールに行ってるよ。今度はフィフティーン・ドリフターズになったんだそうだ』
『(バカバカしい、全員集合かよ。要するにオッサンの思い付きに振り回されてるのか)あれは何だったんですか』
『キミ、チョット聞いてくれ。チャーリーってのは自閉症なんだ。キミが少し関わったピッコロやマリリンの親は不法滞在外国人だ。他は生活保護を受けてたり親のDVで一緒に暮らせないような子達だよ。もう登校拒否になってるし。あの子らに少しでもアイデンティティをもたせてやりたくてね。だからこの間の交通費とか今度のジュニア・セーリング・スクールはワシが負担してる』
『(知らなかった。ずいぶんえらい人じゃないか)そうだったんですか』
『おォ、そうだ。キミはクルーザーに乗ってるよな』
『(何で知ってんだ、前に話したかな)はい』
『今度、ドリフターズを連れてどこか島まで行ってくれないか』
『(また面倒なことを)いいですよ。神津島でも行こうかって話してましたから』
『それはいい。是非頼む。あの子らの力で航海できたらいい思い出になって自信もつく』
『わかりました!』
 いつもは半分不信に思う先生の言動だが、今日は少しさわやかな気持ちになって航海計画でも練ってみようかと楽しく酒が進んだ(自宅で)。 そうか、フィフティーン・ドリフターズね。
 ・・・・待てよ、ドリフターズ。漂流者。15少年漂流記・・・。ちょっとでも真に受けたオレがバカだった。ちゃんと断ろう。

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Categories:和の心 喜寿庵

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