Sonar Members Club No.36

カテゴリー: 考えないヒント

断捨離道 指南

2018 OCT 31 20:20:56 pm by 西室 建

 もうこの年になると大抵のことは知り合いの中だけで事が済むのではなかろうか。人間が普通につきあっていける人数の上限は大体150人と言われる。英国の人類学者が割り出した数字らしい。
 先日、惜しくも亡くなった友人をご家族も含めて6人で偲んだ。既に、とっておきの、と言った類の昔話も出尽くしていて、何度か話題に上げた思い出などをして供養した。
 そしてその後、上記150人の数字について考えた。故人とはもうつきあえないから、現時点では1人減って149人とつきあっているとしよう。こういう場合にそれではもう一人空きができたから友人なりパートナーなりを増やす、ということになるだろうか。僕自身はどうもそうならないように思える。仮に、言い方は悪いがその空きを埋めるような密度の付き合いが加えられると、偲んだり供養したりしている故人の影が薄くなっていくようで淋しい。
 別にオジサンは前向きに生きてはいけない、とか人と付き合うな、じゃない。そうではなくてもう充分に背負い込んでいるものを丁寧に見直すべきではないか、と。今更名詞を交換したぐらいでどうってことはないし、何かの拍子に面倒見の悪い奴だと思われる方が残り少ない人生ではマイナスに働くだろう。
 これが『断』なのだな。

 実は我が山荘の喜寿庵で引越まがいの整理をしている。おばあちゃんの絹の嫁入り布団だの、誰が履いたか分からない(恐らく二代前)乗馬ブーツだの、絶対に使えないモノを大量に捨てている。それから重いのが大量の本。古本屋に写真を送っても値段がつかなかった。
 こういう物をセッセと捨てるのは実にせつない。約百年の埃が付いていると思うと何やら悪いことでもしているような、自分がひどくバチあたりな(多少当たっていなくもない)人間のような気がして胸騒ぎを感じる。これは一種の修業なのだ。
 特に本の場合「~全集」等の背表紙を見ると、そもそも購入した時の心情がいかなるものだったのか思いを馳せさせられるのだ。というのもどうやらその全集をとうてい読破したとは思えない量だからだ。きっと結構な金額を使ってそろえた本を眺めてニヤニヤしていたに違いない。
 『捨』とはやはりかなり精神的なエネルギーがいるのだ。

 僕は財布を持たない。通常カバンの類も持たない。手に持つのは文庫本を一冊、上着の内ポケットに手帳、左ポケットに携帯、現金をズボンの右に、鍵を左。女性のようにハンド・バックが無いから、余計な物は持てない、持たない。何故か。何かを持っていると酔っ払って忘れてしまうからだ。財布ごと免許証とかクレジット・カードを失くせば大変なことになってしまう。鞄なぞ以ての外。
 地下鉄の終着駅で(自宅とは反対方向の)目が覚めた時にポケットの現金が一銭も(コイン一つも)無かったことがある。あれなんかは酔っ払い専門のスリに合ったのかもしれない。コインの一枚までスルのは恐らく名人芸の域に達した達人に違いない。
 つまらないこと前置きをを書き綴ったが、忘れる、失くす、奪われる、スられる、これら全て天が『別れの時が来た』と知らせたのではないか。
 『離』である。そして困った事に殆んどの場合それは突然やってくる。離れてから気が付いたってたいがいもう遅い。
 そういえば子供の頃は『さよなら』と言ってもちっとも淋しくなかった。どうせすぐ会えると思っていたのだろう。還暦過ぎの『さよなら』は違う。根性をいれなければならない。
 
 とツラツラ書き綴っていたら、ある老人が徘徊した挙句に行方不明になって、遥か遠い所で介護施設に保護されたというニュースを見た。発見された人は初めから自分が何だかわからなくなっているのだからどうでもいいが、突然の発見が伝えられた家族の方はびっくりしただろうと思う。無論良かったことだが。
 身に着ける物を減らして見すぼらしい恰好をし、知り合いのいない所で完全にボケてしまったら僕の家族は絶対に捜索願なんか出さないだろう。先行き危ないな。

ごくろうさま、おつかれさま


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贖罪から求道へ 

2017 MAR 5 12:12:55 pm by 西室 建

 何から話せばいいのか。
 何かマズいこと、それは自分で転んで怪我を負ったり失敗してあるチャンスを台無しにしたりして途方に暮れるようなことをしでかしたりする。別に人のせいじゃなく自分が悪い。迷惑も誰にもかけていない。しかしそのしでかしたことが現実にヤバい、と気が付くのは例えば家族に迷惑がかかるとかみっともないところを見られたとか、必ず他人の目が気になりだしてからなのか。
 そうではあるまい。自分の良心に従って恥ずるところがあれば、悔いるところがあれば人は悩むのだと思う。
 ところが中には極端に感性の鈍い人がいて、全く回りが見えていない=自己満足の塊みたいな振る舞いをし、悪いのは全部人のせいにする。こういう手合いは常に自分は見えておらずその生涯にわたってある種の恥をかき続けることになるのだが、その人生と慎ましやかな人の人生で重みが違うかと言えばそれはない。

 例えば特殊な能力を持った人間が生涯誰にもそのことを言わずに死んだら、その宝石のような力は誰にも認められずに失われてしまうのか。しかし自分が存在する限りその能力を秘かに自由に確かめてみたいとは自然に思う。人間は記録するものだ。日本史上、いや世界史上に残らない才能がどのくらい埋もれていったのか。
 そういった人も世に出た天才も生きた密度は同じと言ったら怒る人はいるのだろう。
 動物園の野生の動物は幸せなのか不幸なのか、意見の分かれるところだ。彼らの「狩り」をするという本能は封じ込められて退屈極まりないかも知れない。それでも外敵に襲われ飢えずには暮らせる。

 凄まじかった「3.11」の大地震や先日の熊本、そしてまだ我々世代には記憶されている神戸の震災、今もその影響と戦い続けている福島第一の惨禍を見るにつけ、こみ上げてくるのは贖罪意識。そしてこれは宗教観の薄い日本人だけが感じるものと思う。西欧クリスチャンの場合はGODに対してのみ贖罪を感じる。
 東洋人でも「もののあわれ」と感じるのは日本人のみと思われる。
 僕自身、3回死にかけている。一回目はバイクで(転落事故)、二度目は病気(急性膵炎)最後がヨットだ。事故は一瞬で気絶していて恐怖感が無く、病気は激痛に気が遠くなりかけたがまさか死に直結するとは思わなかったし、濃霧の中での漂流は後で気が付いて真っ青になったが、まさか死ぬとは思わなかった。

 また、小惑星の地球衝突の衝突の可能性は人類滅亡規模のレヴェルでみても、天文学的な数字の中では常にスレスレの状態にある。この場合の時間軸は100万年単位だが、原爆クラスの惑星衝突ならば数1000年単位と言われている(らしい)。

 何が言いたいかと言うとどの人も同じようにスレスレだということだ。そして誰もそこから逃れられない。
 上述のように、我々日本人である限り一部の熱心な宗教信者以外は信仰に救いを求める事はない。我々は誰一人自分の色感、味覚、感受性、音楽の好みといったものを持つこの肉体とその肉体の記憶するDNAから逃れられない。様々な戦乱・災害に打ちのめされ、立ち向かい復興してきた民族の刷り込みから。
 先程の『贖罪』意識(仮に私が「もののあわれ」と言ってみたが)から次のステップへ進むとすれば、それはクリスチャンやムスリムのような『浄化』意識(天国に召されるような)へはいかないだろう。仏教も天国だ地獄だといいはするが、そんなものはない。
 翻って我々の文化は「もののあわれ」をいつくしみ意識を高めるために、ひたすら”道”を歩む。お茶を嗜むのに『茶道』を修行し、活花をかざるのに『華道』に精進する。チャンバラは『剣道』になり格闘は『柔道』『相撲道』になった。
 ひたすら『道』を極める。これが日本人の自然体ではないだろうか。

 ところで『道を極める』とは極道になるのだが、この有難い言葉がヤクザもんを指す事になったのは何故だろう。誰か教えて欲しい。

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国民良く分からない賞(国会議員編)

2015 OCT 22 2:02:24 am by 西室 建

 前回ブログでは戦後に活躍した故人ばかりを挙げたが、やってみると現役の政治家の顔が浮かんできて困っていた。そこで現役(もしくは存命の)センセイ方を選んでやってみたら凄いことになって、順番をつけるのにも悩むくらいだった。

一位 小沢一郎
 司法試験準備中(2回くらい落ちてる)に父親が亡くなって議員になる。自民党総裁のメが何回かあったが、どうやら幹事長の方が好きだったらしく自民党を飛び出して細川を担ぐ。その後は敵の弱みに付け込んで『一兵卒になって』と囁き取り込む手で保守・革新を問わずに次々に食い潰した。手元には政党助成金がガッポリ、でも人には分けてやらない。
 実は昔はファンだったがウィングを拡げ過ぎるのについていけなくなった。靖国分祠論者だったころは歯切れがよかったのだ。おまけにカミさんと息子達に捨てられてオジャン。惜しい!
 毛色は違うが同じように終わった議員に亀井静香がいる。

二位 鳩山由紀夫
 大金持ちで何もしなくていくらでも贅沢ができる。周りに金目当ての議員が群がったので勘違いがひどくなり、総理大臣にまでなってしまった。その後立候補断念に至っても直らず、チヤホヤしてくれる所ならどこへでも行ってどんなことでもする。北〇鮮に行って『拉致などありません』と言いそうで絶対に行かせないで欲しい。
 トラスト・ミーの意味を変えた総理として後世に名を残す事に。弟とも喧嘩別れして現在孤立、というか誰も相手にしない。
 カミさんがイカレポンチなのは本人のせいじゃないが、せめて引っ込んでろと言えないもんか。
 そもそも女癖が悪いことは遺伝的に証明されている。息子はロシアでハニトラに取り込まれている。

三位 菅直人
 典型的な『団塊の世代・全共闘世代』。かなりのナルシストでアタマに血が上るとウットリする。大震災に当たってしまいある意味ツイてなかったが、その瞬間は外国人の政治献金問題でヤバい瞬間だった。本当はツイていた。
 東電で怒鳴りまくって人気が上がると思っていたフシがあった。
 財務官僚にいいように使われたことを本人が気が付いていなかった。
 オマケに外人コンプレックスかどうか知らないが、外交が分かっていたとは言い難い。アメリカの圧力にカラキシ弱かった。
 今でも三鷹や吉祥寺で自己弁護に余念がないが誰も足を止める人はいない。

四位 橋下徹
 弁護士出身でサシの論争には滅法強い。揚げ足取りが上手いということだが。
 カッとしやすくてそういう時は口が滑る。大阪限定で全国展開しないのなら標準語で演説するのをやめてコテコテ大阪弁でやってはどうですか。
 でもって本当に若い人に支持されているんかいな。大阪都構想も目の付け所だったが内容が陳腐過ぎて負け。イザとなると選挙のやり直しが得意技だったが賞味期限は切れている。そして良いブレーンがいないことが致命的。このままでは本当にまた出て来そうで恐い。ヤメテクレ。

五位 麻生太郎
 面白いオッサンなんだが例え話が危険すぎる。「ナチス」はマズかった。勉強嫌いだったのは漢字読みでバレ倒したし、じっくり人の話を聞くことはできるのだろうか。前回の安部内閣で最後は裏切っていたのはミエミエ。
 こういうタイプを転がすのは財務省の得意中の得意。先生、先生とおだてられて意のままにされている。
 しかし総理時代にやった経済対策は良かった。すぐ政権が変わって見えなくなったが。
 オタクに担がれていたのも今や昔、ゴルゴ13もねぇ。外務大臣としては良かったんです。

六位 石破茂
 若い頃はモッサリして頭の悪そうな感じだったが、今ではかえって貫禄になっているかもしれない。慶応高校ゴルフ部新入部員だったこのセンセイに蹴りを入れた奴を知っている。
 多少酒乱の気が確認されているが今は気を付けているようだ。「オレの酒が飲めないのか!」とやっていた、ご愛嬌か。飲んだ後カツ丼を食べる癖が知られていて、健康の為に止められてはいかがか。
 それでこの人子分がいない。ブレーンはいるのだろうか。

七位 石原慎太郎
 一言で言ってテッペン野郎。いつも大将でないといられない。
 都知事としては大した物なのだが国会に行くと途端に端っこの小ボスになってしまい総理は狙えない。トウキョウMXテレビが中継していた定例都知事会見は面白かった。「えー、私の方からは」で始まって皮肉ありジョークありの密度の濃いやりとりで始まり、トンマな質問には「じゃ〇〇は分かる?知らない。次までに〇〇勉強して来たらもう一度」等と独壇場だった。しかし国会質問はそうはならない、記者会見ほど甘くない。
 裕次郎とはタメ口の長男・次男で絶妙の掛け合いだった。ヨットの腕もプロ級だがクルーをイジメることでも有名。『スパルタ教育』と言う著作まであるが、子供に甘過ぎる。長男はここ止まりだよ。

八位 江田憲司
 キレ味抜群だが自民党から一向にお呼びが掛からないので、先にコケた 渡辺喜美と組み『みんなの党』までこぎつける、ここまではそれなりに存在感はあった。ところが維新の分裂騒ぎには遊び人松野頼久を前面に立てて潜ってしまった。こういうのは敵前逃亡ではないか。
 保守派なんでしょうね。だったら民主党に色気見せてないで次世代の党くらいと話したら。それとも新壊し屋になって怨霊となるのか。

九位 河野太郎
 お情け大臣、無能に決まっている。自民党一の嫌われ者で、後ろから平気で弾を撃つことがあっても自覚がない。
 若手のウチはそれでも済んだがもういけない。
 お調子者でテレビに出たがる。テキトーに上の悪口を言ってりゃいい歳はとっくに過ぎた。
 このテは他に山本一太、野党では蓮舫。
 
十位 岡田克也
 面白くも何ともない。野党になってからは何を言うのか言う前から分かる程つまらなくなった。与党時代(外務大臣もやった)の発言を全て忘れたかの物言いは脳を置いて来たとしか思えない。場所は恐らく官邸のどこかと推察されている。今更何だ。
 昔、手塚治虫が書いた『ビッグX』というマンガに出てくる巨大サイボーグ『V3号』に顔がそっくり。
 スタートは鳩山兄弟と同じ田中派。飛び出した時は小沢の差し金か知らないが、今残っている民主党は枝野幸男にしろ引退したズルシャモこと仙谷由人にしろ、隠れナントカ派の匂いがする。
 真面目な人なんでしょうが、この人も子分がいないね。

論外 山本太郎
 いくら何でもひどすぎる。誰かコイツを止めてくれ。
番外 平沢勝栄
 安倍総理の勉強デキなさを言い触らしすぎてペケ。

 しかし18歳から投票させて、選挙行動が変わるものだろうか。

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良く分からない

2015 OCT 19 21:21:48 pm by 西室 建

 何を基準にしているのか良く分からない。思いつくままに受賞者を上げればマザー・テレサやネルソン・マンデラ、ダライ・ラマあたりはまあそうかも知れない。
 しかしセオドア・ルーズベルトは日露戦争の調停・斡旋によって受賞したが、同時に日本を仮想敵国としたオレンジ計画の作成を指示した大統領でもある。
 コーデル・ハルはどうか。悪意満々のハル・ノートを提示し、日米外交交渉断念を仕掛けたのはミエミエ。
 ジョージ・マーシャルに至っては先の大戦の対日戦争計画を推進した陸軍参謀総長で、マッカーサーやニミッツでさえ躊躇した日本本土侵攻を積極的に唱えた。勝ったものにやる賞じゃないんでしょうね。ついでにアメリカ人でオバマ大統領はまだ戦争の最中だ。
 たまには東洋からと思ったのか。佐藤栄作はチョットおいて、金大中は金正日と会って(マッそれはそれで大変なことだが)受賞したがそれには物凄い金がかかっていることは良く知られた話。同じ元韓国大統領金泳三からは『金大中が受賞とは犬も笑う(韓国風の悪口らしい)』と言われた。
 ノーベル平和賞の受賞者達である。平和は無論尊いが簡単ではない。ジョン・レノンは天才で僕もイマジンの歌詞やメロディを愛する者だが、国家が無くなれば戦争が無くなるなずもない。

 以下の人々を私は知らない(無教養なだけだろうが)。高行健(中国)、 V・S・ナイポール(イギリス)、ケルテース・イムレ(ハンガリー)、J・M・クッツェー(南アフリカ)、エルフリーデ・イェリネク(オーストリア)、ハロルド・ピンター(イギリス)、オルハン・パムク(トルコ)、ドリス・レッシング(イギリス)、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ(フランス)、ヘルタ・ミュラー(ドイツ)、マリオ・バルガス・リョサ(ペルー)、トーマス・トランストロンメル(スウェーデン)、莫言(中国)、アリス・マンロー(カナダ)、パトリック・モディアノ(フランス)、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ(ベラルーシ)。
 皆さん何人御存じか。こちらはここ10年のノーベル文学賞受賞者である。私は小説なんか読まないバカではある故一人も知らない。そもそも英語に翻訳されなきゃノミネートもされない賞であることは分かる。
 日本人も受賞者がいるが、川端康成のあの魔性を西洋人が分かるはずもないだろうに。大江健三郎は個人的には好きじゃない(ファンの方ごめんなさい)。村上春樹が取るのはいいけどね。

 国民栄誉賞は懐かしいオヤジの方の福田内閣の時から始まり、最初は王選手がホームランの世界記録を達成したことに対し贈られた。その後スポーツ選手と芸能関係者が受賞するが、後者は何故か没後が多い。亡くなった後に弔意を示すためにやるとするとチョット変。何だか政府が人気者に便乗しているような気がしてならない。
 無論受賞者個人の絶え間ない研鑽を腐すつもりでは毛頭ないし、なでしこJapanの受賞の時はよかったナァと喜んだ。
 それが松井選手と長嶋さんが同時に受賞した、何てのは若干の違和感を感じざるを得ない。長嶋さんってそんな程度じゃないでしょう、もっと雲の上のはずだ。イチローは現役を理由に辞退した。

 ところで、初受賞した王選手と対決することに燃えていた江夏投手は自らを『自分では「国民迷惑賞」くらいの価値』と言っているが、大したセンスで好きである。こういったピカレスク的人物も人気があってしばしば『アウトロー列伝』といった特集が組まれる。良く分からないが・・。
 歴史上には人気のあるダーク・ヒーローは多いので戦後日本に関して僕なりのベスト10を考えてみた。モメると大変なのでプロ野球と存命者は除いた。
 名付けて『国民良く分からない賞』

1位 笹川良一 日本船舶振興会会長。後の日本財団を作った右翼の大物。元A級戦犯。川島芳子とデキていた。ロッキード事件で児玉誉士夫がコケてからは日本のドンとなりテレビCMに素顔を出した。表に出た特異なフィクサー。
2位 唐牛健太郎 60年安保闘争時の全学連委員長。その後居酒屋経営、漁船乗組員、工事現場監督もやった怪人。思想がどう変貌していったかは把握不可能である。
3位 田岡一雄 山口組三代目。ほぼ全国制覇した大親分。美空ひばりや高倉健を後援して芸能界にもメチャクチャ顔が利いた。葬儀に上記唐牛健太郎の花輪があったのは下記田中清玄の仲介による。
4位 野坂参三 日本共産党議長。ソ連のスパイ・公安のスパイ説がある。昭和天皇に風貌が似ていたような。モスクワで日本人同志の山本懸蔵をチクって粛清させた。
5位 安岡正篤 漢学者。戦後歴代総理の指南役。血盟団事件の井上日召から『特高に密告した』と証言されるも真偽不明。確かに5・15、2・26の当事者達と人脈はあった。晩年細木数子に入籍された。
6位 瀬島龍三 大本営作戦参謀。伊藤忠商事会長。大物財界人だったが佐々淳行に『ソ連のスリーパー』だったことをバラされる。抑留11年。『不毛地帯』のモデル。
7位 田中清玄 右翼。戦前は共産党委員長。転向してフィクサーとなる。上記田岡親分と親しく、対立する岸ー児玉サイドから銃撃され重傷を負うが不死身。アラブ・インドネシア等に強い。CIA協力者。
8位 万年東一 愚連隊の神様。戦前から暴れ回り、ヤクザの杯を受けなかった。安藤昇(俳優、安藤組組長)・加納貢(新宿愚連隊)・宮崎学(キツネ目の男)等のアニキ筋。
9位 三笠宮寛仁親王殿下 今上陛下の従兄弟。アルコール依存症。深夜放送に出て酔っ払ったことも。ダークではない、明るい。筆者はエスパーだったと考えている。麻生太郎の義兄。
10位 梶原一騎 作家。『あしたのジョー』『巨人の星』等の原作者。極真カラテのナンバー・ツー。アントニオ猪木を脅したとか。酒癖女癖が悪かったそうだ。

 尚、昭和亜空間戦争 及び昭和亜空間戦争 Ⅱ で検証した通り、平将門に憑依された形跡があるため白洲次郎は除いた。

 どうも世の中は僕などの知らないところで回っているらしいな。

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考えないヒント Ⅴ (これは陰謀では)

 

漢字は楽し

2015 APR 3 20:20:14 pm by 西室 建

 日常使う漢字は広く東洋の共通文化として、各国の国情に合わせて使われている。ベトナム語のチェノムには独自の漢字もあったり、日本でも『峠』のように大陸には無い文字に進化させた。ちなみにヴェトナム語のアルファベット表記はクオックグーといってチェノムでは國語と書く。こくご、ですね。

 昔香港に行った時に中国人・韓国人・フィリピン人・インド人・僕、という打ち合わせをした。するとその韓国人が『オレ達は漢字でコミニュケートできるよな。』という意味のことを言い、暗にフィリピン・インド組と区別する素振りが見て取れた。更にそいつは自分の名前を書いてそれぞれの国の読み方をしてみようと提案し、あまり気が進まなかったが仕方なくやることに。たまたま僕も漢字3文字なので横に並べて『西 室建』と書くと中国語では『シー・スゥー・チェン』韓国人は『ソ・ナントカ(忘れた)』と母国語でスラスラ読んだ。ところがですよ、その韓国人の名前に(李さんだったが)金偏に商という字があってそんな漢字を見たことが無かった。鏑(かぶら)という字に良く似ているのだが違う。正直に『読めない。』と言ったところ『日本も中国大陸も台湾も漢字を省略してしまったからだ。我が韓国はハングル教育で私は書けないが、名前につける漢字を省略したことはない。』マッいいんですがそうかも知れない。
 大体の意味がうっすら分かるから、東洋人は発音できなくても読み進むことができる。台湾で『仰げば尊し』が歌われているのを聞いて、初め何の歌か分からなかった。『い~ま~こそ~わ~か~れめ~』のところで何の歌か気が付いた。やっぱり卒業式で歌われているそうだが、後で歌詞を見せてもらうと大体似たような内容なのが読み取れた。
 ヨーロッパだったらラテン語かギリシャ語の言語から推定できるようなものだろうか。

 このノリで幾つか自分の漢字を作ったことがある。無の下に口と書いてムクチとか、手偏に下と書いてテシタとか。書いてみると『打』に似ている。
 しかし、わが友人で(仮に出井としておくが)もっと上手がいた。自分の心=息とか、女が喜ぶ=嬉。これなんか可愛いもんだったがその次に絶句した。冷たい妻=凄、何を考えているのか。恐ろしい、ちなみに出井は女性で既婚者である。

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ストゥコ・バクニンスキー 東京滞在記Ⅱ(翻訳)

2015 MAR 19 23:23:04 pm by 西室 建

 さて、あさってにはダラスに戻ることになった。すると日本人チームはフェアウエル・パーティーとして何回も食事会を開いてくれた。それが不思議な事にいつも実験している仲間がやってくれるモノ、そのマネジャーが主催するモノ、ジェネラルマネジャーがしてくれるモノとそれぞれ分けてやる。一度にやればコストも安いのに不思議なことだ。
 印象では一番暖かかったのは、直接接していたボーイズがやってくれたのだ。イザカヤに行った。ジェネラルマネジャーはその人の秘書さんと3人で、ROPPONNGIの高そうな部屋でやってくれた。秘書さんは英語も上手くセクシーなレディ。当人は私の父くらいの年で昔のダラスを良く知っている。面白いジョークを聞いた。二ヶ国語を喋るのはバイ・リンガル、三ヶ国語を喋るのをトレ・リンガル。一つの言語しか喋れないのを何と言うかと聞くので、モノ・リンガルと答えたら違う『アメリカン!』大笑いだ。そして自分は中国語と韓国語ができるからクァルト・リンガルだと。
 最悪だったのはマネジャーがやってくれたもの。元々マネジャーには大して話をしてもいないのに。それどころか私とスタッフが相談してやろうとしたことを(追加実験)セイフティの問題とか自分達の技術開示になるとか予算がないとか、とにかく自分のミスにならないようにどうするかばかりを考えるてネガティヴなことばかり言っていた。私は日本語はサッパリだが、ミーティングから帰って来るスタッフが暗い顔で『ストゥ、悪いんだけどそれはできない。』と告げることが多かった。そのくせ本人から私に直接の説明は決してない。そもそもこの男は自分で理解できないと怒り出すところがあり、皆は苦労していた。しかも何か決断しなければならない時は時間がかかるのを躊躇せずに長い会議をしたり、大勢を引き連れてジェネラル・マネジャーに説明(自分ではやらない、スタッフにさせる)に行っていた。
 こいつは英語が全然できないらしく、食事には通訳代わりに関係ないセクションのマネジャーを二人連れてきた。彼らはアメリカ留学もしたそうで、聞き取れてはいたようだが英語を喋るのは5年振り言っていた。私の方も既に6週間も毎日チームの仲間とやりとりをして彼等の英語には慣れてきたので会話自体は滞りない。それで私のカウンターのマネジャー氏、やたら面白いことを言っているらしく大声で良く笑う。だがその内容は翻訳してもらっても良く分からない。恐らく下品な話をしていたのだろう、顔がバカみたいだった。私の方が良く思っていないせいだろう、普通の会話は問題ないがそう楽しくもない。しかしマネジャー氏はお構いなしに酔っ払い4人でカラオケにまで行き、自分でエンカを何曲も歌った。なかなか上手いのだが私には全てイーグルスのホテル・キャリフォルニアに聞こえてならなかった。他の二人はやたらと騒がしいアップ・テンポのJ-POPと言うのを歌う。面倒なのは『あなたも歌おう』と勧められることだ。いやではないが、私がやりたくなってからでいいではないか。次に、次に、とプッシュされるのはまるで拷問だ。このカラオケ・ボックスというのは会話をするところではなかったのだ。一応ビートルズを2曲歌った。
 しかしカラオケとは面白いものがあるものだ。誰が発明したのか知らないが、最近ではシングル・カラオケといって一人でやるボックスもあるらしく、歌の練習を大声でやるには誰にも迷惑にならなくて結構だ。それはいいのだが、私は地元のテキサスでカラオケがビジネスとして成り立つか考えて見た。
 結果はノーだ。一人で楽しむのだったら自宅のガレージか地下にマシンを置くし、集団で懇親するなら好きなジャンルの者だけが自前のバンドを組むかプロを呼ぶだろう。そう、カラオケがコミニュケートの手段になるのは、聞きたくもない歌でも黙ってしばし受け入れる日本だからではないのか。それにテキサスは移動は車だからあんなに酔っ払ったら家に帰れない。

 色々楽しかった。日本を大好きだ、TOKYOは楽しい。実は私はテキサスに帰ってから事業を起こそうとあるアイデイアを持っている。そのパートナー及びスポンサーは日本人と決めている。
 ただ一般の日本人は口が軽すぎる。私が付き合ったのは合計で14人。彼等は全員口が軽かったが、固い人も大勢いるだろうから心配していない。
 あのマネジャーは口が固そうだが・・・。

ストゥコ・バクニンスキー 東京滞在記(翻訳)


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ストゥコ・バクニンスキー 東京滞在記(翻訳)

2015 MAR 13 22:22:09 pm by 西室 建

 東京に来て3週間経った。物凄くエキサイティングな街だ。
 旅行者にとってこんなに有難い街もない。人のいる至るところにショップがあって、本当に大勢の人が買い物をしている。私のいたダラスの外れでは人の集まる所はボール・パークとかモールに決まっていたのだが、東京は街全体が一つのアミューズメントのようだ。
 特に鉄道網の異常な発達は驚いた。こんなところはアメリカにはまず無い、いや世界中に無いだろう。東京の場合は人口密度が最初から高かった。それでJR・サブウェイ(二種類あるらしいが)にターミナル駅からのシテツ(これも会社が違うらしい)といった数種類のレール・システムが整備されている。更に各大都市を結ぶ有名なシンカンセンがあって日本中どこでも簡単に行ける。ネットワークは完璧に維持・管理されており、ジーザス・クライスト!毎分単位で狂い無く運行する。案内してくれた日本人がアイフォンをいじると何分に着くと言う、そしてピッタリその時間に着く。車で移動して遅れると百種類の言訳を並べるテキサンとは同じシビリアンとは思えない。
 少し電車に乗った辺りーOGIKUBOとKYOUDOUのことだがー駅の廻りはギッシリとショップがあり、バー(IZAKAYAという)があり、レストランが完備している。そして歩いている人の多さ!日本人は働き者と言われ事実忙しそうにしているのに帰りがけにも忙しく食事をし酒を飲む、かどうか知らない。尤もこういったターミナルは独身の若い男女が多いから店が多いのだ、と連れて行ってくれた日本人が言っていたが多分嘘だろう。ダラスにだって独身は大勢いるからだ。ダラスの独身は必死で相手を探す努力をするが、私の見る限りそんな日本人の独身は少ない。一度日本人グループと飲みに行った時に一緒だったある人のことを『アイツは女癖が悪い(crazy for girls)』と言った奴がいたが、その人と話してみると普通のハンサム・ボーイなだけだった。

 東京のバランスは全く絶妙だ。あの込み入った街にJINNJYA(神社)やOTERA(お寺)がある。余程の信仰心があるかというとそんなことはない。日本人とは宗教の話をしても全くかみ合わない。彼らはGodとキリストの関係には興味を持たない。僕の育ったエリアはバイブル・ベルトと言われるくらい教会が一つの社交の場となっているのだが、神社もお寺もそういう場所ではない。普段は大きな神社でも人は少なく、静かな場所だ。年に一度のフェスティバルの時に大騒ぎをするというのでその内連れて行ってもらおう。MIKOSHIという小型の神社のような物をかついで街中を練り歩くカーニバルらしい。

 酒に関してこれ程寛大な人々も珍しいと思う。夜の地下鉄に乗っていると飲み過ぎて座りながら寝てしまった人がたくさんいるが、あれで良く家まで帰れると不思議だ。女性も中にはいて、あんなことをニューヨークでやったらそれは恐ろしいことになるだろう。もっとも私はニューヨークは行ったことがない。ドラッグに関しては非常に厳しい。しかし事件になるのはほとんど『Kakuseizai』といってアメリカでは流行らないスピードの方ばかりでコケインとかヘロインはない。日本人はどうも少し違うようだ。しかし『キャバクラ』というバーの騒がしさは凄い。

 ところで私の名前から多くの日本人はロシア人だと思うらしい。確かにロシア系の名前ではあるがもう六代続いたテキサンでロシア語なんか話せない。不思議な刷り込みだ。確かに日本から一番近い白人国家はロシアだが、そんなに昔からつきあいがあったとは聞いていない。
 
 食事については回転寿司が素晴らしい。あの寿司を握っている(クッキングをニギルという)人は大変なマーケティング感覚の持ち主で、カスタマーの顔を見ただけで何を欲しがっているのか分かるらしい。ハンバーガー・ショップのように名前は色々だが中身は同じというものじゃないのに、私がトロが食べたいと思っているとトロの皿が来る卵が来る。何も言わなくてもいいのがガイジンには便利だと思っていた。
 ところがギンザのオバマが行ったようなハイ・クオリティのスシ・バーはとても高くて凄い所は一人フィフティ・サウザンド!そういうスシを食べるのは余程のお金持ちに決まっている。

 さてガイジンが必ず行くところは有名なアキバだ。従って多くのガイジンがいるので私が一人で行っても問題なく買い物ができる。それはいいのだが、あの天使のようなコスチュームの女の子がいるコーヒー・ショップは奇怪な店だ。バカていねい(らしい)日本語でテーブルに案内され、注文するとそれをリピートしながら『☆☆☆☆MOE、MOE』というアクションをする。他のテーブルでは常連らしい地味な日本人がそれに合わせて『MOE!MOE!』とリピートする。私もやってみたが何のサインか分からない。他の店でみたことはない。
 
 ところで、私は日本には仕事の長期出張でホテル暮らし。仕事は材料の絶縁被覆を塗る技術を買った企業にそのノウハウを教えに来ている。驚いたが日本人の研究ポテンシャルは極めて高く、英語を上手く話さないような連中が図面を見て原理だけを理解するとアッという間に実験に成功してしまう。私が何か新しい特性材料を思いついたら次は日本人と組んでビジネスをするつもりだ。日本人は顔も肌もチャイニーズやコリアンと区別がつかないのだが、まずやってみることから始めて自分で納得するまで質問をしない。これは同じ東洋人とは思えない特質で、私は驚いた。チャイナは初めに『何故だ。』と聞きたがるしコリアンは『自分たちはこうやっている。』と主張するのに、日本人は全く違う。素直でありかつ表情には出さないが貪欲である。時に自分たちの手の内を見せてまで成果を分かち合おうとさえする。チーム・ワークで日本人にかなう国はないだろう。
 逆に善意の日本人が騙されるケースもあるのだろう。『OREORE詐欺』という不思議な犯罪があるそうだが、そんなビジネス・モデルは日本でしか聞いたことが無い。テキサスでそんなことをやれば追跡されて即座に撃たれるからだ。

 あと3週間は日本にいる予定なのだ。

ストゥコ・バクニンスキー 東京滞在記Ⅱ(翻訳)


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贋作は楽し Ⅲ

2015 MAR 11 10:10:44 am by 西室 建

 最近知ったのだが試験管レヴェルで培養した人工肉ができており、現時点ではハンバーガー1個造るのに数千万円のコストだそうだ。それどころか3Dプリンターでタンパク質と何かの繊維や脂肪を積み重ねていくとそれなりの食感の様々な食物も可能らしい。
 アリだろうとは思ったが、直観的に頭に浮かんだのは別のことだ。50年ぐらい経って安くできるようになると、現在たくさんいる牛も豚も必要がなくなる。すると家畜として飼育されている大多数は一気に絶滅させられるかもしれない、という心配だ。おまけに人類の農作物の70%は家畜飼料用だからそれも必要なくなる。いやそれも人工飼料で済むだろう。
 その頃は希少動物になって動物園に飼われて、本物の牛肉や豚肉は貴重な『風味』や『歯ざわり』が売りの高価なレアものになってしまうのだろうか。焼き鳥はどうなる、羊はどうなる。家畜として何代も飼われているともう野生化は無理なのではないか。
 いや『風味』『歯ざわり』すら、あるアルゴリズムで再現され、人類もそれを何代も食べ続ければ本物の肉・野菜・穀物を知らないで生きていくことになってしまう。既に野生の牛肉・豚肉の味は我々も知らないのだ。うーむ、贋作が楽しいどころではないな。

 20年ほど前に住んでいた所の近くの大きな八幡様があって、ニワトリがつがいで放し飼いになっていた。夜なんかにノラ猫から襲われたりしないのか不思議に思っていたが、ある夕方に子供と歩いていた時にそのニワトリがバタバタと羽ばたいた。八幡様には大きなツツジが参道に植えられていて五月頃には大変鮮やかな色を付ける。その綺麗に刈り込まれたツツジの茂みにバタバタしながら2m位の高さまで飛び乗ったのでびっくりした。無論ニワトリらしく不器用そうにではあるが。『コッコガ、ネンネニイッタノ?』息子がふいに聞いたので分かった。このニワトリは夜間の安全のために高いところで寝ているに違いない。この都会のど真ん中で大した順応性で、その次に見た時はもっと高い木にとまっていた。しかし良く考えればその樹上で営巣できるはずもなく、その個体だけが飛んだのかもしれない。つまりニセモノのニワトリだな。

 

故 内田百閒翁

故 内田百閒

作家故内田百聞は猫が好きな人で、庭に迷い込んで来た猫にノラと名付けかわいがった。そのノラがいなくなってしまい顛末を書いた随筆が名作『ノラや』だ。この百聞先生の随筆の実在の舞台は僕の小学校の裏だった。近所の小学校の校門でノラの捜索願いを配る描写がある。ただし子供というのはやれボールが飛び込んだと言って勝手に庭に入り、百聞先生の方も登下校の声がうるさいとクレームをつけたり、学校とは緊張関係にあったらしい。先生は庭に勝手に来る子供を『コラッ!』と怒鳴りつける、ガキの方もまんまと忍び込んでは帰り際に『バカヒャッケーン!』と大声を発して逃げた、という伝説が地元に残っている。
 それはどうでもいいのだが、弟子筋にあたる高橋義孝というドイツ文学者(教授)が酔っ払って『あんなノラ今頃三味線の皮になってらぁ。』とやって絶交された。しかしながらその内なんとかなってやはり猫を飼った。ところが放ったらかしにしているとガンガン子猫を生んでしまうので、高橋教授たまらず避妊手術をせざるを得なかったのだそうだ。ある日百聞く先生から電話があって、子猫はどうしているのかの御下問に事の顛末を伝えると激怒されてしまう。
「そんなもの猫じゃありません!」
猫のニセモノと言うのだが、そんなこと言われても困るよ。

 本物を見抜く『目』を開くのは難しい。

贋作は楽し

贋作は楽し Ⅱ


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贋作は楽し Ⅱ

2015 FEB 14 22:22:23 pm by 西室 建

 ニセモノの話で思い出したことがある。随分前のことだが、薄いブルーの盤面のローレックスを腕に巻いていたことがあった。あるヤクザなダチ公(本物じゃなくただの不良)が『ケンチャンこれやるよ。』とくれたのだった。初めから贋物なのは分かっていて、どうやら京都の時計屋がたくさん作ったのだがすぐに足が付いて倒産したとのこと、東京に10個程流れた代物らしかった。
 しかし見た目がきれいなのと、別に見せびらかす趣味はないので長いこと愛用していたらある日壊れて止まってしまった。当時まだ独身で身の廻りのことなんか何もやらなかった(親元から通勤していた)から、母親に『これ直してくれない、又使うから。』と言ってほったらかし一週間ぐらい忘れた。
 ある日酔っ払ってか帰宅したら、鬼のような形相で怒っていた。
「何て物をしてるの!この恥知らず!」
 ことの経緯はこうだ。母親も世間知らずに毛が生えたようなものだから、どうしていいか良く分からないままに某デパートのローレックス売り場に持ち込んだ。売り場の人は一目で見抜き『奥様(誰にでも言うが)これは大変なニセモノです。ご主人が騙されてます。一体どこでお求めになられたのですか。』と言われ、コトの経緯を知らされていなかったので絶句した。『息子が誰かから貰った様で。』とか何とか誤魔化そうとしたらしいが、相手はローレックスの出店だ。ブランド・イメージを守るために破棄することを強く勧められたそうだ。こういうときに僕の母親は一辺に思考回路が回る人で『恥をかかされた⇒バカにされた⇒犯罪の片棒を担がされた⇒息子が犯罪に手を貸している』まで飛躍するに至っていきなり激怒したのだ。はるか後年にオレオレ詐欺の電話が掛かってきて、勿論引っかかりはしなかったが、一瞬僕の差し金じゃないかと深読みしたこともあったくらいだ。結局この時計は深夜サウナかどこかで失くしてしまった。

 しかし一時期の中国における贋ブランド時計は凄かった。大都市のさるところは堂々とニセモノであることをはっきりさせてバカバカ売っていた。そして買うほうも買う方で、分かった上で更に値引き交渉をしていた。中国人の友人が自慢していたがザッとこうだ。
『ほらお客さんあなたがしている本物と区別つかないでしょ。値段十分の一だよ。』
『何言ってんだ。これはこの前上海でその半値で買ったニセモンだよ。よし、その値段で3個買うから。』
『メイヨゥ!そんなことしてアンタ儲けるつもりだろ。』
で結局そいつはその値段で3個買い、全部日本人に売った。どっちもどっちなのだ、無論消費税なんか誰も払わない。ニセモノだとはっきり謳ってそれが分かっている人が買っている限り、いくら中国でも何かの法には触れるのだろうが当人同士に犯罪意識は全くない。今でも盛大にやっているのだろうか。アノ頃はシンガポールでも香港でも沢山売っていたものだった。

 一方、浅草なんかで売っている日の丸に神風などと書いた鉢巻なんかもニセと言えばニセですな。良く観光に来た外人が買って行くのだが、今でもあれを日本では売っていて日本人はみんなあの鉢巻で気合を入れている、などと土産話をされてもねぇ。そういう心配なら他にも色々ハリウッド映画に散見される。ワイルド・スピード3とかベスト・キッドに出てくるステレオタイプの日本は実物とはかけ離れているし、キル・ビルに至っては今時いくらヤクザでもあんなに大ぴらに日本刀を持って歩いている訳がない。
 又、僕は途上国の辺境に行くことがあるが、なるべく礼儀正しく振舞うようにしてナショナル・イメージを損なわないように勤めている。しかしそれってニセモノの僕なんだよなぁ。

贋作は楽し

贋作は楽し Ⅲ


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贋作は楽し

2015 FEB 3 22:22:00 pm by 西室 建

 「なんでも鑑定団」を時々楽しんでいる。『先祖伝来のナニナニ』とかいうモノが真っ赤な贋物だったりすると気の毒やらおかしいやら。納屋の奥で埃にまみれていたものならともかく、床の間にかざり300年くらい代々崇めていたりしていたらエラいことだ。その間だれもニセと気付かなかったのだから。
 故会田雄二氏の著作にあったかと記憶するが、江戸の中期になると殿様も小名クラスは貧乏で何かにつけて『これを遣わす。』とお下げ渡しの時にロクな物が無く、仕方なしに『これはかの〇〇のモノで我が家祖の●●様が神君家康公より賜りし逸品である。家宝に致せ。』『ハハーッ。有り難き幸せ。』とやり、その殆どが贋物だったそうだ。鑑定団でガックリくるのはその類が多いのだろう。
 喜寿庵にその手の怪しげなのがガサガサあって、昔泥棒が入って掛け軸を五本くらい盗まれたそうだが、当時健在だった祖母が言い放った言葉が残っている。
「あんなの全部パパ(爺様のこと)がいい顔して掴まされたのに決まってる。骨董屋に持ち込んだところで返って恥をかくに違いないよ。くたびれもうけだね。」
 僕は書画骨董はサッパリだから人の事なんか言えないのだが、そんなもんを並べてニタニタしていた爺様の気持ちが分からんでもない。セッセと何かを愛でる気持ちがカワイイと言うか尊いと言うか。
 
 以前から本人も明らかにしているが東 兄と僕はひどい色弱だからゴッホだろうがセザンヌだろうが健常者とは違った色彩の『絵』を見ていることになる。すなわち人が僕の目を通してみればニセにならないか、ちょっと違うか。
 更に話が飛ぶ。神社の伝承なんかを色々見て歩くと、神話はそりゃ有り得ない話に決まっているが、何代もかけて営々と伝えた人文があったことは後にいろいろと合理的に解釈できる。多少の無理筋も許容して八百万システムにドップリ浸かって柏手を打つたびに神聖な気分になる僕達の気持ちを、例えば二千年の論争によって鍛えられ洗練されてきたキリスト教の牧師さんが『あれはニセだ。』と言いバカにするのもナンでしょう。仏教にしたところでオリジナルな釈迦の教えはほとんど無神論に近い。お釈迦様は解脱しろって言っただけ。
 一神教のカミ様だって神秘体験を体験できた天才が創り上げたニセの概念かも知れない(マジメな宗教家の方、怒らないで下さい、インチキもあるっていう話)。

 モナリザの模写が出てきて真贋論争になったこともある(アイスワールのモナリザ事件)。僕は真実は知らないが、出て来た方が品格やら芸術性でルーブルの物を上回らなかったからアウトになったのだろう。美的レベルがいい線をいっていたら面白い論争が続いていたのではないか。
 それではアートを写した写真媒体は全て贋物か、そうじゃないな。
 佐村河内守(最近サムラカワチノカミと言うそうだが)も嘘っ八を言い触らして稼いだのはサギ犯罪もいいところである。しかし片棒を担いだ新垣さんの作品は結構イケてるらしいから地道にやって多少売れればこれは即ホンモノの仲間入り。良ければね。

 翻訳本によって欧米の文物を楽しむことができるが、原典の語感なんぞはそれが読めるようにならなくちゃ分からないかもしれない。新約聖書なんか印象的な言葉、例えば『山上の垂訓』とかヨハネの福音書の『はじめにロゴスがあった。』なんか覚えているが、実際の語感はヘブライ語とかラテン語で読まなければ伝わらないのか。そういえば『出エジプト記』に出てくる”locust”はバッタと訳してはならず『イナゴ』としなければ正式ではない、とさる翻訳の権威が言っていた。欽定聖書の時からそうしないとダメらしい、そういうもんか。ホンモノも難しい。

 それで何が言いたいかというと、僕は贋物が大好きなのだ(腕時計はホンモノですよ、念のため)。カテゴリー本歌取り をやっていて気が付いたのだが、本物の目を盗んで秘かにろくでもないモノに変えてしまうことに妙に熱中する気質があるようだ。焼き物をやったこともないし絵も描けないが、本歌取りとか或いは当該ブログは実は高名な作家のハルキ・ムラカミが変名を使って書いている、という噂が流れないかな。シェイクスピアが本当は哲学者フランシス・ベーコンだオックスフォード伯爵だ、という説もあるんだから。
 
 どっちにしたって鏡に映ったウィスキィは飲めないもんね。

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