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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編)

2014 MAY 2 22:22:11 pm by 西 牟呂雄

「ごきげんよう。」「ごきげんよう。」E女子高特有の挨拶をしながら、校門から桜並木を抜けて教室に生徒が登校してくる。明るい笑い声が飛び交うその中に四人、目を真っ赤にした暗い表情の美少女たちがいた。四人は夕べから一睡もせずに話し続けたのだが、しまいには何を言い争っていたのか分からなくなっても終わらず、朝時点では全員が泣き出してしまったのでそこまでにして、登校してきたところなのだ。仲良しの四人はそれぞれの教室に別れて行った。
「B・Bごきげんよう。」
「うん。ごきげんよー。」
「ちょっと玲、すごい顔になってるよ。どうしたの。」
「うーん、、寝てないの~。」
原部(ばらべ)玲(れい)、通称B・Bは切れ長の目と化粧もしないのにやけに唇が赤く華やかで、その名前からも真紅の薔薇を思わせた。ただムラ気な性格が災いして、しばしば髪型や服装がとんでもなく乱れていることがあり、そんな時はまるで別人のようにむさ苦しい表情にみえた。今日がそうである。更にそのムラ気が言動に出ると、時に人を傷付け自分も取り乱すスパイラルに落ち、周りを巻き込むことがあった。薔薇には棘があったのだ。
「原部さん。原部玲さん。起きなさい。」
「・・・・。」
「玲さん今の先生が読んだところを音読して和訳なさい。」
「・・・・。」                                              「玲さん気が入っていませんね。集中しなさい。放課後にフランス語教員室にいらっしゃい。お話があります。」
「あの。今日はだめです。」
教室にピンと張り詰めた空気が流れた。
 E女子高は1学年4クラス。2年北組で起きたささやかな事件は10分の休み時間に瞬く間に全クラスに伝わり、隣りの南組では『B・Bがフランス語のマダム・ヤマトに啖呵を切って教室を放り出された』だったが、その向こうの西組では『B・Bがキレてマダム・ヤマトを突き飛ばして出て行った』になっていた。
 英(はなぶさ)元子と出井聡子は東組のクラスメイトだった。
「あの娘はもう。どうしてるの。」
「北組確か体育だよ。」
英(はなぶさ)元子は小柄だが細面の美少女で、ひきしまった顔立ちが意志の強さを感じさせるものの、どことなく儚げな趣が桜の花を思わせた。出井聡子はスレンダーな長身に長めのボブ・カットが彫の深い表情に良く似合っていた。黒目がちの瞳が何故か可憐なコスモスのようだった。
「どれが本当の話なのよ。」
椎野ミチルが西組から出てきて聞いた。椎野ミチルは浅黒い肌にボーイッシュな短髪、高校生離れしたプロポーションが華やかさを醸し出し、真夏のひまわりに見えた。
「B・Bがやっちゃったみたい。」
「朝方ひどかったもんね。」
「今日はどうするの。」
「どうするって?」
「このままじゃ収まらないでしょ。決着つけなきゃ。」

 6時間目が終わるチャイムを合図に3人は北組を目指す。帰り支度で騒がしい教室に入って行くと人垣が割れB・Bの所まで開けた。この四人は仲良しなことは皆知っており、どうも今日のフランス語のモメ事の遠因ではないかと疑っていた。それでなくても個性的美少女が連れ立っていることで、見る側と見られる側の間に思慕・羨望・嫉妬といった様々な感情が一瞬の内に交錯した。
「B・Bあなたどうしたの。」
「うーん、ねむーい。」
「玲、マダム・ヤマトをカンカンにさせたってホント?」
「うーん、もうヤダー。」
「じゃあ、きょうは無理?聡子はテニス部休むって言ってるけど。」
B・Bはバネ仕掛けのように立ち上がった。
「ジョーダンじゃないわ!アタシャ引き下がらんよ。」
クラスが一斉に振り向いて、いったい何事かと固唾を飲んでいるのが分かった。出井聡子が引き取って、穏やかな微笑とともに囁いた。
「サッ行くわよ。B・B。」
 事の発端は出井聡子が持ち込んだ、アベル・ボナールの『友情論』だった。回し読みをしてはその難解な言い回しや小洒落たセリフに相槌を打ったり文句をつけたりしてして楽しんでいた。
『真の友は共に孤独な人である。』『恋愛に於いて、我々は世間を捨て、友情に於いては世間を見下ろす。』『恋愛には、人が絶えず口にする向上の欲求と、それ程口にされないが、劣らず強い堕落の欲求がある。』
 これらの台詞は、まだ人生経験が少ないが故に、より美しく啓示的に彼女達の心を打った。そこまでは良かったのだ。
 第5章『男と女の友情』で激しくモメた。彼女達が未経験であるため、未知の感情を語ることは、時に過激で出口の無い議論になってしまった。
「こんな奴(作中のボナールの対話者)がいるから、それでそいつが言うような女が本当にいるから女がなめられる。こんな男なんかに誰が友情を持って接してやるものか!」
 普段から男嫌いの言動が極端なB・Bの発言である。恋愛経験が全く無いがゆえの憤りだろう。
 「向こうがそう来るなら、逆手にとって、のぼせ男の頭を冷やしてやんなさいよ。」
真夏のひまわり、椎野ミチルの意見だった。彼女は複数のボーイフレンドがいたが、天性の捌きで、自由を満喫していた。
 「だけど玲、居もしない男のことアーダコーダ言ってもしょうがないじゃない。」
これは男嫌いというより、無関心と言ったほうが正しい、英元子である。この発言が引き金を引い
た。『いもしない男』という言い方に、B・Bはカチンときたらしい。そして出井聡子が追い討ちをかけた恰好になる。
 「だから玲、『ワタシを男だと思って付き合って下さい』って言えばいいじゃない。」
 これは本気の一言だった。彼女なりに、自分だったらそう言おうと思ったのだ。
 そしてB・Bが爆発した。
 「アナタ達!バカにしてるんでしょう!」

 学校の帰りに喫茶店に寄った。校則では禁止されているが、何しろ夕べは椎野ミチルの家に泊まりである。いくらなんでも今日もというわけにはいかない。学校の近所はマズイので、わざわざ地下鉄で一駅移動した。
 「ちょっとB・B、何があったの?フランス語は。」
 「うーん、寝てたらマダム・ヤマトが後で来い、とか言うからヤダって言ったノー。」
 「どうするつもり?赤点貰うわよ。」
 「かまやしないわよ。」
 「えーっと、それでどうなったんだっけ。」
 「いっぱい喋って、訳わかんなくなっちゃった。」
 「だーかーらー、男と女の友情よ。」
 「ああ、そうね。それでB・Bがキレたのよ。」
 「違うわよ。ボナールはいいの。相手が気に入らないのよ。」「相方って言ってもあれがボナールの本音でしょう。」「ウソッ、マジで。」「バカね、小説の手法でしょう?」「違うわよ。」「そうだってば。」「どのみち、大昔のフランスオヤジが言ったことよ。」「小説の手法ってなにさ。」「アラ、ほんの5-60年前よ。芥川より新しいはずよ。」「あなた言ったわよね。男と思って付き合ってくれ、て言えって。」「そんな昔なの、ウチの親の生まれる前じゃない。」「言ったわよ。あたしはきっと本気で言うわよ。」「そんなこと言ったら源氏物語なんかどうするのよ。千年前よ。」「聡子、本気なの?じゃ相手がアホで僕はゲイですから一緒にホモになろう、って言われたらどうするのよ。」 「ストーップ!ヤメナサイ!(声を落として)人がこっちを見てるでしょ。一人づつ。ほら、玲。」
 たまりかねて英元子が声を励ました。B・Bを見れば、もう涙目である。

 昨日はそのまま帰り、4人の緊張関係は続いていた。普段は校庭の芝生でお弁当を一緒に食べるのだが、お互いに声もかけない。さすがに周りが気にし出していた。もっとも北組ではフランス語の一件以来、誰もB・Bに話しかけなくなっていて、B・Bはだらしなさが一層ひどくなり、髪にブラシもかけていないようだった。
 英元子と出井聡子は同じクラスなので、帰りには会話が復活していた。
 「どうする?」
 「あれじゃ救われないわな。」
 「みんなも変だと思っているみたいよ。」
 「そうねえ、落しどころは奥の手かなー。」
 「何、それ。チョット、変なことに巻き込まないでよ。」
 「B・Bは異性恐怖症なんじゃない?」
 「アタシもあんまり興味ないけどアレはそれどころじゃない。ありゃタチが悪い。聡子は?」
 「アタシは平気。敵に後ろを見せてなるものか。でも女子高だからなー。」
 「ボナールも空しいね。」
 ズバリ、合コンである。各方面に顔の利く、椎野ミチルに頼んで4対4のセットをする。案の定B・Bは激しく反応したが、聡子はソッと囁いた。
 「だけど玲、手打ちをするにもちょうどいいでしょ。他に事情を知らない人がいた方が自然にやれるわよ。あなた、最近誰とも口も利いてないじゃない。」
 後に、どういってB・Bを説得したのか、不思議そうに聞いてきた元子に、いきさつを説明するとため息まじりにつぶやいた。
 「あのね、あたし前から思っていたけど、あなたほんっとにワルね。」
 「なんのなんの。」

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編 Ⅱ)

 

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編Ⅲ)

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