Sonar Members Club No.36

月別: 2014年5月

風任せゴールデンウイーク航海記

2014 MAY 7 9:09:11 am by 西 牟呂雄

 桜も終わる季節に、身内の不幸がありドタバタしていて5月の初めまで身動きが取れなかった。連休前半に諸事片付いたので、もう半年以上足を向けなかったヨットに乗りに行った。しかしこの時期はまだ風は冷たく、またすぐに向きが変わるので航海計画を立てるのが難しいタイミングでもある。
 3日朝に集合して伊豆の大島を目指そうかとなったのだが、災害の起こった元町には入れない。波浮の港もいいのだが、北側の岡田港を目指すことにして、ハーバーの僚船にそのことを告げると、オレも行くというのがいてランデブーで午前9時に出港。
 大島は天気の良い日に全貌が見えると他の島より遥かに大きく、飛行場もあるし、源為朝の伝説も残り中々面白い。9ホールのゴルフ場まである。尤もセルフだしグリーンも芝をうんと短く刈っただけ、フェアウェイが普通のラフぐらいのコースなのだが。何年も前にワン・セット持っていくのは大変なので、一人クラブ3本縛りで回ったことがある。各人バラバラの選択だったが、パターは皆持っていた。結果はドライバーを選択した者はダメでアイアンのみを揃え、サンドウェッジをもってきたものが勝った。これは我々レベルがいかにドライバーでOBを出し、バンカーに打ち込んでいるかを表しているのではないだろうか。
 航海は大島岡田まで大体6時間くらいだが、この日は午後から南風が強くなるとの予報が出ていた。航路から言って南風は上りできつい。その風の吹く前に後1時間の所まで行ければと思っていたがアラ不思議、2時間も経たない内にその風に変わってしまった。しかも21~23ノットの強風で、波の頭が吹きしぶく白波が立ち船はバンバン叩かれ出した。僕達はズブ濡れになってすぐにやる気を失くした。
 問題は僚船で、見捨てて反転するのも気が引ける。それが今日では携帯がかなりの沖まで通じるので掛けてみると話せた。案の定(有難いことに)向こうも挫けていて、それじゃあと反転した。
 ヤレヤレとホッとはしたが、このままホームに帰港するのはいかがなものか。風にビビッて帰ってくるのはヨット乗りとして恥ずかしいのではないか、という意見が出てまたもや携帯会談。苦肉の策ではあるが、油壷の目と鼻の先にある三浦港に入って大島に行っているフリをすることになった。
 三浦港は鮪料理で有名で、近場の観光地として以前より人出が多い。観光案内を手にして食べ物屋を訪ね歩くカップルがたくさんいた。その中で一際みすぼらしいオジサンが僕達だ。何しろ寝泊りは船だから人目を気にすることも無く、髭も剃らなきゃカッコも汚い。おまけに散々波に叩かれた後である。仲睦まじそうなカップルや親子連れに交じってビールをガバガバ飲んで騒いでいるオッサンは顰蹙を買っていたに違いない。その勢いで三浦の街を飲み歩き早く寝た。
 翌日も、まさか一日中停泊している訳にもいかず、近場でいいや、と千葉の保田に向けて出港する。城ケ島の大橋をくぐり、東京湾に出てみれば、今度は昨日とは打って変わった東風。保田は三浦からは90度の真東にあるのだ。僚船はこの時点でまたも反転、僕たちは破れかぶれになって進むこと2時間半。タックすることもなく直進して保田に入港した。空は良く晴れていたのだ。
 保田はヨットやパワー・ボートのようなプレジャー組が漁船とトラブルにならないように、浮桟橋を整備していて入りやすいから、東京湾の船や三浦の船がよく集まってくる。入港の時に、『熱海か伊東に行く。』と言って別れたホーム・ポートの船とすれ違い、お互い昨日の風にやられて方向転換したことがバレてしまった。笑ってごまかした。
 昼過ぎに着いてしまってやることもなく、まずお風呂に入る。人工炭酸泉の銭湯にじゃぶじゃぶ漬かってその後は昼寝だ。あしたは帰るだけだし『こういうのが休日ってもんだ。』等と言い合い、昼夜積んでいたワイン・ビール・焼酎・日本酒をズーッと飲んだ。贅沢な無駄と言うかどうかは諸説ある。維持費は別にすると数人で航海するのは割に低コストなのだが、一方丘で飲んでも出来上がる酔っ払いは同じ、という説もあるからだ。
 5日の早朝の大島沖の地震には警報も出なかったので誰も気付かず、全員二日酔いで目覚めると天気は悪い。それも目の前の三浦半島の上空から太平洋に掛けて、前線が展開しているのがはっきり分かる雲の配置にあせった。
 朝の7時には舫を解いて一目散に逃げ帰った。が天は不義を見逃さず、城ヶ島沖で土砂降りに見舞われる。セールを降ろしほうほうの体で帰港すると、何故か大島には挫けて行かなかったことをみんなが知っていて『二日もどこに浮かんでいたんだ。』とバカにされた。
 連休は後二日もある。

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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編 Ⅱ)

2014 MAY 5 20:20:29 pm by 西 牟呂雄

椎野ミチルが声をかけたのは、ナンパで知られるK大生だった。おりしも秋の野球リーグの最終試合の対抗戦を皆で観戦する、という筋書きだった。
 ミチルは当日集合した時点で、もう少し打ち合わせをしておけば、と後悔した。英 元子は制服であるセーラー服を着ており、出井 聡子はGパンにトレーナー、自分はこの頃謂うところのハマトラだった。そしてB・Bがやって来ると、皆息を飲んだ。髪をセットした上に、薄化粧を施し、真っ赤なスーツにハイ・ヒールである。
 「ちょっとB・B、何、その恰好。」
 「うーん、お母さんがちゃんとして行きなさいって買ってくれたのー。」
 「・・・・・・・・・」「・・・・」「・・・・」
 案の定、合流したK大の4人も目が点になった。
 「ごきげんよー。」「ごきげんよう。」「こんにちは。」
 挨拶の後、椎野 ミチルの彼氏である、市川がソッと聞いた。
 「オイ。あのミズっぽいのは何だ。」

 野球そのものは、伝統にのっとった応援合戦あり、アトラクションあり、試合も逆転ホームランが出る、といった具合で大いに盛り上がった。
 男女交互にすわったのだがこの際、B・Bが真ん中。左右を、青いジャケットに縁無し眼鏡とサーファー風にはさまれて、体を硬くしていた。二人がしきりに気を使って話しかけるのだが、反応は鈍い。ときおり聞こえてくる会話では、何と彼女は野球を知らないのだった。
 「あの人は何で走れるのですか?」
 「あれは盗塁。モーションを盗んで走るんだよ。」
 「それは、反則をしてるのですか?」
 「はああ?・・・・あのー。」
 一番隅にいた出井聡子は、時折聞こえてくる会話から、B・Bの極度の緊張感がビリビリ伝わって来るので、気になって野球どころでなくなってしまった。
試合の結果はK大がサヨナラで勝利し、スタンドは興奮のルツボと化した。そして全員総立ちとなって校歌の合唱となるため、応援部の指導のもとに肩を組んだ時、異変が起こった。左右から肩に手を回されたB・Bが貧血を起こしたのだ。
  
 「マジ失敗もいいところね。」
 「あれからこっちも大変よ。市川君が『オレの面子をどうしてくれる。』とか逆ギレするし、アタシも頭にきて大喧嘩よ。」
 「ウソ。何その面子って。」
 「あの後皆で中華でも食べることにしてたらしいのよ。だからって怒り出されてもねえ。おまけにB・Bのこと散々悪く言うし。もう願い下げだな。もともと軽い奴だったし。そう言えば、聡子の電話番号(この頃携帯はまだない)知りたがってるのがいたらしいよ。」
 「趣味じゃない。アッB・B来た。」
 「ごきげんよー。昨日は楽しかったねー。」
 「・・・・。」「・・・・。」「・・・・。」
 「男の人ってやさしいねー。だけどあの人達ってちょっと軽くない?やっぱり真面目な高校生がいいなー。」
 「チョット玲!そん時はあのカッコはやめてよ。」
 椎野ミチルが堪らず言った。
 
 次の機会はすぐにやって来た。G大付属高校の同じ学年である。今度は秋の文化祭で、場所柄前回の失敗もあったので、E女子高のセーラー服の制服で行くことも決めた。
 椎野 ミチルの彼氏は仁村といった。他の3人も皆真面目そうで、全員眼鏡を掛けていた。彼等は歴史クラブに属していて、今年のテーマは「決戦!関が原」と称して凝ったジオラマを展示していた。早速案内されていくと、嬉々として説明をしてくれた。出井 聡子は改めて、椎野 ミチルのジャンルの広さに舌を巻く思いだった。
 昼食をとりに校外に出て、ピザを食べに行った。4人のポジションも前回の失敗を踏まえ、中心に椎野 ミチルとお相手の仁村君、聞き上手の出井 聡子が脇を固めるシフトを敷いた。
 「4人は何の仲間ですか?クラブ?」
 「全然関係ないのよ。聡子はテニスで元子は軽音楽。ギターが上手いのよ。玲はバスケ。」
 「こんな綺麗な娘が4人仲間って珍しくね?」
 一瞬光が走ったような緊張が生まれ、一同黙った。何というセンスの無い会話か。
 「そんなこと無いです。この前も誰が一番ブスか、でもめました。」
 これもどうかと思われる、B・Bの不規則発言である。
 「へー、それで誰になったの?」
 出井 聡子は目の前に座っている、この無神経男を殺してやりたいと思った。椎野 ミチルは彼氏の手前あせった。
 「やあね、玲。違うのよ、事の発端は『友情論』なんですよ。」
 「オツ、ボナールだね。それはオレも読んだな。」
 「うん、キザなオヤジだよね。」
 「でしょー。男と女のところなんか、なに、あれ。」
 「だーかーらー・・・。ボナールはそれが有るって考えなのよ。」
 「違うわよ。無い、と思ってるから、あっちでもこっちでも、友情はこう、愛情はこう、って書くのよ。」
 一般にこの年頃の男女がこの手の話しを四つに組んで話すには、余程ませた場合を除き、男の方が幼すぎるケースが多い。この時がそうだ。
 更に、男子側に、彼女達の気を引こうとする意思が働いており、論点が絞りきれず、『僕もそう思うなー。』だの『僕はその逆だなー。』といった、ふやけた相槌しか打てなかったため、彼女達は例によって、かってに熱くなりだした。男側である仁村君はこの場を取り繕おうと、頭をフル回転させた。結果が地獄とも知らずに。
 「それで、玲さんはどういう考えをとっているんですか?」
 「あたしは、男女の友情はある。だけどあたしは友情をもって接してあげない、って立場です。」
 「すると今僕達とこうして話してますよね。僕はミチルと付き合ってますけど、僕と玲さんの間はある種の友情めいたものがあってもいいじゃないですか。それも否定されると、もし玲さんが何かを感じるとすると、それは愛情になる、ということですか?」
 「なんですって!」
 本人に何の悪気があろうか。一種の知的会話をしているつもりだった仁村君は思わぬB・Bの剣幕にたじろいだ。椎野ミチルも続く。
 「ちょっと。何それ。何の下心があってB・Bに絡むのよ。」
 「いいいやっ、違う。例えばの話しだよ。カンベンしてよ。B・Bって誰?」
 「玲のことよ。原部(ばらべ)玲。通称B・B。」
 「アッ珍しい苗字ですね。」
 テーブルの反対側の4人は冷静さを取り戻していたが、既に会話に参加する気力を失っていた。
 「こうして見てるだけだったら結構おもしろいね。」
 「あのー、あの玲さんって人、いつもああなんですか?」
 「あんなもんじゃないですよ。まだ泣きが入ってないですし。蹴りも出てませんから。」
 「エッ。」
 「元子。およしよ。」

 翌日、英 元子がボソボソと出井 聡子に言った。
 「ねーえー。いつまでこんなことやってるのー?あたしゃ降りたいよー。」
 「それがねー。ミチルがあれから逆ギレして仁村君振っちゃったらしいよ。」
 「ウソー。何それー。」
 「夕べ連絡が入ったんだけど、夜にあやまりの電話が入ったんだそうよ。で、話してるうちに頭にきたらしくて、怒鳴りつけたんだって。そしたら仁村君も怒っちゃって、もう別れようってなったらしいんだ。」
 「まったくー。愛も友情もないもんね。」
 「ところがそっから大変なのよ。」
 「何が。」
 「っていうかー、こうなったら今度こそB・Bに一泡拭かせてやる、って言うのよ。」
 「ミチルもバカねー。こんなことしてたらいくらあの娘モテてもカレシいなくなるよー。」
 「それも破れかぶれになったらしくて、今度はオヤジだ、だって。」
 「キャー、あたしゃヤダよ。エンコーなんて。」
 「バカ、バカ。元子、何てこと言うの。でも何かあんまりフツーじゃないみたいなんだな、これが。今度の日曜にお鮨おごってくれるって言ってた。」
 「どっちにしてもあたしゃ今度で打ち止めにさせてもらうは。」
 「あたしだってそうよ。」
 「着てくもんどうすんのよー。B・B又あの恰好だよー。」 続く

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編Ⅲ)


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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編)

2014 MAY 2 22:22:11 pm by 西 牟呂雄

「ごきげんよう。」「ごきげんよう。」E女子高特有の挨拶をしながら、校門から桜並木を抜けて教室に生徒が登校してくる。明るい笑い声が飛び交うその中に四人、目を真っ赤にした暗い表情の美少女たちがいた。四人は夕べから一睡もせずに話し続けたのだが、しまいには何を言い争っていたのか分からなくなっても終わらず、朝時点では全員が泣き出してしまったのでそこまでにして、登校してきたところなのだ。仲良しの四人はそれぞれの教室に別れて行った。
「B・Bごきげんよう。」
「うん。ごきげんよー。」
「ちょっと玲、すごい顔になってるよ。どうしたの。」
「うーん、、寝てないの~。」
原部(ばらべ)玲(れい)、通称B・Bは切れ長の目と化粧もしないのにやけに唇が赤く華やかで、その名前からも真紅の薔薇を思わせた。ただムラ気な性格が災いして、しばしば髪型や服装がとんでもなく乱れていることがあり、そんな時はまるで別人のようにむさ苦しい表情にみえた。今日がそうである。更にそのムラ気が言動に出ると、時に人を傷付け自分も取り乱すスパイラルに落ち、周りを巻き込むことがあった。薔薇には棘があったのだ。
「原部さん。原部玲さん。起きなさい。」
「・・・・。」
「玲さん今の先生が読んだところを音読して和訳なさい。」
「・・・・。」                                              「玲さん気が入っていませんね。集中しなさい。放課後にフランス語教員室にいらっしゃい。お話があります。」
「あの。今日はだめです。」
教室にピンと張り詰めた空気が流れた。
 E女子高は1学年4クラス。2年北組で起きたささやかな事件は10分の休み時間に瞬く間に全クラスに伝わり、隣りの南組では『B・Bがフランス語のマダム・ヤマトに啖呵を切って教室を放り出された』だったが、その向こうの西組では『B・Bがキレてマダム・ヤマトを突き飛ばして出て行った』になっていた。
 英(はなぶさ)元子と出井聡子は東組のクラスメイトだった。
「あの娘はもう。どうしてるの。」
「北組確か体育だよ。」
英(はなぶさ)元子は小柄だが細面の美少女で、ひきしまった顔立ちが意志の強さを感じさせるものの、どことなく儚げな趣が桜の花を思わせた。出井聡子はスレンダーな長身に長めのボブ・カットが彫の深い表情に良く似合っていた。黒目がちの瞳が何故か可憐なコスモスのようだった。
「どれが本当の話なのよ。」
椎野ミチルが西組から出てきて聞いた。椎野ミチルは浅黒い肌にボーイッシュな短髪、高校生離れしたプロポーションが華やかさを醸し出し、真夏のひまわりに見えた。
「B・Bがやっちゃったみたい。」
「朝方ひどかったもんね。」
「今日はどうするの。」
「どうするって?」
「このままじゃ収まらないでしょ。決着つけなきゃ。」

 6時間目が終わるチャイムを合図に3人は北組を目指す。帰り支度で騒がしい教室に入って行くと人垣が割れB・Bの所まで開けた。この四人は仲良しなことは皆知っており、どうも今日のフランス語のモメ事の遠因ではないかと疑っていた。それでなくても個性的美少女が連れ立っていることで、見る側と見られる側の間に思慕・羨望・嫉妬といった様々な感情が一瞬の内に交錯した。
「B・Bあなたどうしたの。」
「うーん、ねむーい。」
「玲、マダム・ヤマトをカンカンにさせたってホント?」
「うーん、もうヤダー。」
「じゃあ、きょうは無理?聡子はテニス部休むって言ってるけど。」
B・Bはバネ仕掛けのように立ち上がった。
「ジョーダンじゃないわ!アタシャ引き下がらんよ。」
クラスが一斉に振り向いて、いったい何事かと固唾を飲んでいるのが分かった。出井聡子が引き取って、穏やかな微笑とともに囁いた。
「サッ行くわよ。B・B。」
 事の発端は出井聡子が持ち込んだ、アベル・ボナールの『友情論』だった。回し読みをしてはその難解な言い回しや小洒落たセリフに相槌を打ったり文句をつけたりしてして楽しんでいた。
『真の友は共に孤独な人である。』『恋愛に於いて、我々は世間を捨て、友情に於いては世間を見下ろす。』『恋愛には、人が絶えず口にする向上の欲求と、それ程口にされないが、劣らず強い堕落の欲求がある。』
 これらの台詞は、まだ人生経験が少ないが故に、より美しく啓示的に彼女達の心を打った。そこまでは良かったのだ。
 第5章『男と女の友情』で激しくモメた。彼女達が未経験であるため、未知の感情を語ることは、時に過激で出口の無い議論になってしまった。
「こんな奴(作中のボナールの対話者)がいるから、それでそいつが言うような女が本当にいるから女がなめられる。こんな男なんかに誰が友情を持って接してやるものか!」
 普段から男嫌いの言動が極端なB・Bの発言である。恋愛経験が全く無いがゆえの憤りだろう。
 「向こうがそう来るなら、逆手にとって、のぼせ男の頭を冷やしてやんなさいよ。」
真夏のひまわり、椎野ミチルの意見だった。彼女は複数のボーイフレンドがいたが、天性の捌きで、自由を満喫していた。
 「だけど玲、居もしない男のことアーダコーダ言ってもしょうがないじゃない。」
これは男嫌いというより、無関心と言ったほうが正しい、英元子である。この発言が引き金を引い
た。『いもしない男』という言い方に、B・Bはカチンときたらしい。そして出井聡子が追い討ちをかけた恰好になる。
 「だから玲、『ワタシを男だと思って付き合って下さい』って言えばいいじゃない。」
 これは本気の一言だった。彼女なりに、自分だったらそう言おうと思ったのだ。
 そしてB・Bが爆発した。
 「アナタ達!バカにしてるんでしょう!」

 学校の帰りに喫茶店に寄った。校則では禁止されているが、何しろ夕べは椎野ミチルの家に泊まりである。いくらなんでも今日もというわけにはいかない。学校の近所はマズイので、わざわざ地下鉄で一駅移動した。
 「ちょっとB・B、何があったの?フランス語は。」
 「うーん、寝てたらマダム・ヤマトが後で来い、とか言うからヤダって言ったノー。」
 「どうするつもり?赤点貰うわよ。」
 「かまやしないわよ。」
 「えーっと、それでどうなったんだっけ。」
 「いっぱい喋って、訳わかんなくなっちゃった。」
 「だーかーらー、男と女の友情よ。」
 「ああ、そうね。それでB・Bがキレたのよ。」
 「違うわよ。ボナールはいいの。相手が気に入らないのよ。」「相方って言ってもあれがボナールの本音でしょう。」「ウソッ、マジで。」「バカね、小説の手法でしょう?」「違うわよ。」「そうだってば。」「どのみち、大昔のフランスオヤジが言ったことよ。」「小説の手法ってなにさ。」「アラ、ほんの5-60年前よ。芥川より新しいはずよ。」「あなた言ったわよね。男と思って付き合ってくれ、て言えって。」「そんな昔なの、ウチの親の生まれる前じゃない。」「言ったわよ。あたしはきっと本気で言うわよ。」「そんなこと言ったら源氏物語なんかどうするのよ。千年前よ。」「聡子、本気なの?じゃ相手がアホで僕はゲイですから一緒にホモになろう、って言われたらどうするのよ。」 「ストーップ!ヤメナサイ!(声を落として)人がこっちを見てるでしょ。一人づつ。ほら、玲。」
 たまりかねて英元子が声を励ました。B・Bを見れば、もう涙目である。

 昨日はそのまま帰り、4人の緊張関係は続いていた。普段は校庭の芝生でお弁当を一緒に食べるのだが、お互いに声もかけない。さすがに周りが気にし出していた。もっとも北組ではフランス語の一件以来、誰もB・Bに話しかけなくなっていて、B・Bはだらしなさが一層ひどくなり、髪にブラシもかけていないようだった。
 英元子と出井聡子は同じクラスなので、帰りには会話が復活していた。
 「どうする?」
 「あれじゃ救われないわな。」
 「みんなも変だと思っているみたいよ。」
 「そうねえ、落しどころは奥の手かなー。」
 「何、それ。チョット、変なことに巻き込まないでよ。」
 「B・Bは異性恐怖症なんじゃない?」
 「アタシもあんまり興味ないけどアレはそれどころじゃない。ありゃタチが悪い。聡子は?」
 「アタシは平気。敵に後ろを見せてなるものか。でも女子高だからなー。」
 「ボナールも空しいね。」
 ズバリ、合コンである。各方面に顔の利く、椎野ミチルに頼んで4対4のセットをする。案の定B・Bは激しく反応したが、聡子はソッと囁いた。
 「だけど玲、手打ちをするにもちょうどいいでしょ。他に事情を知らない人がいた方が自然にやれるわよ。あなた、最近誰とも口も利いてないじゃない。」
 後に、どういってB・Bを説得したのか、不思議そうに聞いてきた元子に、いきさつを説明するとため息まじりにつぶやいた。
 「あのね、あたし前から思っていたけど、あなたほんっとにワルね。」
 「なんのなんの。」

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編 Ⅱ)

 

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(198X年女子高編Ⅲ)

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