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愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶー翻訳の味ー

2015 DEC 25 8:08:04 am by 西 牟呂雄

 鉄血宰相ビスマルクの言葉として有名だ。原文の直訳は『愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。』となっているそうだ。因みに通常使われているのは英語版『Fools say they learn from experience; I prefer to learn from the experience of others.』の訳なのだが、別段”ヒストリー”の単語が入っていない。こういうのは誤訳というより『超』訳とでもいうべきか。
 翻って提題の名言も『他人の経験』とやってしまうと味も素っ気もなくなる。『歴史』とすれば何やら地政学を彷彿させて暗示的だ。
 例えば昨今の中東の奇怪さは、宗教・民族が複雑に絡み合いおまけに大国の思惑が露骨に出る。偉大な宗教を輩出させたエリアでもあり、しばしば大帝国を創り上げる。ゾロアスター教を信仰していたペルシャはアケメネス朝からササン朝までマケドニアには負けたもののその後ローマと対峙する。イスラム化してからはサラセン帝国として唐とも戦争する。その後十字軍と戦うセルジュク朝になってオスマン・トルコで今世紀に至る。帝国主義の戦争を経て、ヨーロッパの大国がメチャクチャな国境を引いたのが今日の混乱の基であることが良く分かる、『歴史に学ぶ』べし。

『余の辞書に不可能の文字はない』有名なナポレオンの言葉だが、原文は『Impossible, n’est pas français.』である。インポッシブルはフランス語でも同じ綴りなのでややこしいが、直訳してしまうと「不可能、それはフランス(語)(的)ではない」となってしまってつまらない。これにも『余の辞書』といった言葉などはない。
 しかし、自信過剰気味のナポレオンは普段から盛んにこういった事を喋った形跡があって「不可能と言う文字は愚か者の辞書にのみ存在する」と言ったとも。あれこれ似たようなセリフをまとめてこの訳になったらしい。要するに部下から『できません!』と報告を受けるのが大嫌いだったものと思われる。
 ピラミッドの前で『兵士諸君、四千年の時が諸君を見下ろしている』とも言った。ただ、四千年は原文では四十世紀となっている、どうでもいいか。

『このまま行こうか、返ろうか』何のことだか分かるまい。しかしこれ、皆さんご存知の有名なハムレットの台詞と言ったら気が付くだろうか。無論、原文は例の『To be, or not to be? That is the question.』。昨年ブログ仲間の早野さんが出た斬新な演出(ロシア人の演出家)の時の訳だ。実際にはセリフは長い独白の一部で、普通はここの部分はたっぷり”間”を取る。しかしその舞台ではサラッとやっていて新鮮だった。
『国民政権、それも国民による国民のための』これはどうか。ハイ、ゲティスバーク演説。  
『ダイスを転がせ』『君さえも』これらはもっと造ったがネタバレだから止めた。シェークスピアのジュリアス・シーザーの・・・。

 11月29日の日経文化欄(最後のページ)に翻訳家の柴田元幸氏が『行司差し違い』と題して誤訳とも何ともつかないコトバの妙について書いている。翻訳者の解釈・個性が出ていいそうだ。
 先日、この人が字幕を担当した『ソウル・ライター』という写真家のドキュメンタリー映画を見た。『魂の書き手』ではなく人の名前だ。イギリス人が監督した作品。ここだけの話面白かった。
 ユダヤ系アメリカ人なのだが、凄い名前だ。ライターは『Liter』だったけど。本人はジイ様で既に故人だが撮影時は80歳位らしい。2年程かけたドキュメンタリーで、いつも同じようなシャツを着て部屋の中でもマフラーをしている。写真家としてのこの人を知らないが、ものすごく散らかったニューヨークの部屋でゆっくりと暮らしていた。時々怒ったり笑ったり。字幕を書くのは字数制限があって難しそうなのは見ていて分かったが、抑制の利いた翻訳だと思った。

 訳語も書き手の状況、読み手の感性にもっともフィットしたものが残っていくのだろう。

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ノー・ウーマン  ノー・クライ (No Woman, No Cry)

雨ニモマケズ

Categories:言葉

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