ヨコハマ・ベイ・ブルース
2016 MAY 19 21:21:56 pm by 西 牟呂雄
相模湾は良く晴れていて、この季節に珍しく富士山のシルエットがうっすら見える。
ところが、だ。毎年この季節は風が悪い。今年は特に前線の通過が頻繁で、物凄い南風が吹いた。
せっかくホーム・ポートまでやって来たのに、湾の最深部でも波が立つのでいやな予感がした。
船の艤装をやっていると、帰港してきたツワモノがグッタリした表情で入ってくる。
『初めに保田に入ったけどドン吹きくらって2日間閉じ込められた』
『うねりがひどくてキャビンにまで海水がドッと入った』
こういうことを聞くと、我等オールド・セイラーはやる気をなくすではないか。
仕方なくデッキにサン・バイザーを掛けて(日差しは強い)とうとうビールをやりだした。
そうなってしまうともうダメで、だんだん強い酒も欲しくなるし昼寝するのも出てくる。
「大体この風で遠出するのはバカだよな。」
「こう吹いちゃスピンなんか上げられんだろ。」
「おまけに明日から雨だって。もしレースがあってもオレがレース委員だったら中止するね。」
「そうそう。皆に恨まれるだけだよ。」
「それで今年どこ行く?」
「大島行って、新島行って、三宅まで行こうか。往復島伝いで一週間。」
「◎◎さんは今年新盆だろ、クルーが足んねー。」
「その前にレース出ようよ。」
他愛もない会話が続いたが、そのうちスキッパーがポツリと言った。
「一体いつまでこうやってられんのかねぇ。」
オーナーたちの平均年齢は軽く還暦を超えている。船は色々と手を加えているから大丈夫なのだが、乗っている人間の方が先にガタが来てしまうかもしれない。現にベテランのオーナーが一人、引退を表明している。
思えば、先代の船も含めて相模湾を中心に伊豆の島や房総半島へと随分行ったものだ。
色々上手くいかなくてどうしようかと思った時、ここに来て船を沖に出して波風を浴びると『まァもう少しやってみようか』などと英気を養った事も少なくない。
長い航海は好天ばかりじゃない。突然の土砂降りに合ったり、寒い北風に煽られたときは『もう二度と来るものか』という気になる。
それでも長年船を操る事に楽しみを見出し、海に癒されてきた。
ハーバーから見る風景も別荘・宅地開発で多少変化したが渚の趣は変わらないし、出港すれば海は少しも年を取らない。
いい加減酔っ払ってから港まで行って鮪漬け丼をイヤと言うほど食べ、無論ドンチャン騒ぎをした。
翌日は曇り空にもっとひどい風になったので船を下りた。雨も降り出しそうだった。
帰路に着いたのだが、途中どうにもこうにも海が又見たくなり横浜で降りた。
実は今回、三浦岬を東京湾に北上してヨコハマ・マリーナで一泊、さらに北上して夢の島マリーナまで行く計画だったのだ。湾内といってもワン・レグ7~8時間はかかる距離なので3泊を予定した。一緒にランデヴーする僚船もいたのだが、やはり全艇取り止めにしていた。風はないとつまらないが、強すぎてもどうにもならぬ、全ては海の思し召し。
海から見るベイ・ブリッジや京浜・京葉工業地帯はどんなに綺麗なのかワクワクしていたので残念。以前東京湾クルーズに(大型クルーザーで)乗ったことがあったが、その風景は素晴らしかった。それをより海面に近いヨットの目線で見れば、巨大さに圧倒されただろう。
港の見える丘公園から海を眺めた。
もう年なので近未来のことを考えた。いつか海に出られなくなってこうして港から見る日が来る事だろう。すると珍しく感傷的になって横浜にまつわる人を思った。
近くに神奈川近代文学館と言うのがあって「百年目に出会う夏目漱石」という展示をやっている。
海よ、お前は年を取らないなァ。
「ソナー・メンバーズ・クラブのHPは ソナー・メンバーズ・クラブ
をクリックして下さい。」
Categories:ヨット