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幕末甲州奇談 博徒編

2017 AUG 23 8:08:05 am by 西牟呂 憲

「入ります」
 カラカラとサイコロを入れると盆の上に伏せる。
「丁」「半」「丁」「丁」「丁」
「半方(はんかた)ないか、半方ないか」
「半」
「揃いました。勝負!」
 そこに突然踏み込まれた。大勢が提灯を掲げてなだれ込んできたのだ。
「御用だ」「御用だ」「神妙にしろ!」「手向かいするな!」「勝蔵はどこだ」
「手入れだー」「逃げろ!」
 賭場に踏み込んできたのは石和代官配下の者で、狙いは一帯の大親分である黒駒の勝蔵率いる通称黒駒党である。
 所は甲斐の国鳴沢。勝蔵の本拠地である黒駒から御坂(みさか)峠を越えて下ったところの魔王天神社の境内である。この不気味な名前の神社は昭和初期に”徴兵逃れ”に効き目があるといわれて賑わったこともあるが、当時は全くの寒村の鄙びた神社に過ぎなかった。
 捕り手が踏み込んだ途端、天井が破れドサーッと灰神楽が降った。もうもうと立ち込める灰煙にその場の全員が鼻を押さえて咳き込んだ。誰が誰だか分からない喧騒の中に突如火の手が上がる。人が次々飛び出して捕縛の指揮を執る納戸組頭の前に転がった。
「ええい!しっかりせい。勝蔵はどうした」
 すると参道の石段を登りきったあたりから凛とした声が響いた。
「勝蔵親分はもうここにいない」
 目をこらすと、一条の光を浴びたような白い影が見えた。
「おまっちは誰ズラ」
「オレか。黒駒一家、勝蔵四天王のうち”般若の丈太郎”だ。捕らえられるなら捕らえてみやがれ」
 ヒラリと身を交わすと石段を駆け下って闇に消えた。同心が咳き込みつつも後を追うと、脱ぎ捨てられた白い羽織が落ちている。拾い上ると一同息を飲んだ。背中に見事な般若の刺繍が縫い付けてあったのだ。

 甲斐の国は甲府の国中で15万石、甲斐一国で25万石と米の石高こそ大したものではないが養蚕と絹織物が盛んで、その物流の集積やら織物・染色が発達し、金山まであったため、幕府は直轄領として代官を派遣していた。
 甲府には城もありそれなりの統制が効いたがその他地域ではそれぞれの地域のボスとも言うべき庄屋・豪商に牛耳られた一種の自治区である。例えば都留郡の谷村陣屋に武士はたったの六人で、生涯に一度も侍を見たこともない百姓は多かった。
 従って無宿人の博徒と言われる者は比較的密度高く存在し、その抗争も激しい。
 特に富士川の水運に係る利権を巡って駿河のヤクザとは対立が根深く、それが慶応年間の清水の次郎長と黒駒の勝蔵の大出入りになっていく。
 既に富士川で揉み合い、その後勝蔵は次郎長の放った刺客に襲撃もされるなど何かと血なまぐさいことがしょっちゅうなのだ。

 黒駒党はあらかじめ決めてあった集合場所で明け方に落ち合っていた。十里以上離れた甲州谷村の村はずれにあった八幡神社である。清流桂川のほとりにあった。
「丈太郎。まったくおみゃーの逃げ足にゃ驚くズラ。神出鬼没っちゃーおみゃーのこんだ」
「親分。あの与力・同心には普段からたんまり掴ませてますからね。知らぬは代官ばかりなり、でさぁ」
 綺麗な江戸弁を使う般若の丈太郎はあまり生い立ちを語らないが、江戸の食い詰め旗本の三男あたりが出奔して悪事に手を染めたらしい。髷は結わずにゾロりと伸ばして普段は束ねもしていない。背中にはその名の通りおどろおどろしい般若の彫り物を背負っている。
 勝蔵四天王とは他に相撲取りのような肥大漢である”犬目の(犬目は地名で旧甲州街道の宿場町)権蔵”、小兵であるがやたらとすばしっこく喧嘩には滅法強い”鳥沢(同じく甲州の地名)の源蔵”、そして坊主崩れのヤクザ”猿橋の地蔵”の三人。皆、蔵が付くことから『黒駒の三蔵』と呼ばれていた。
「このまんまじゃいかにもマジーら(まずいよ)。おれっちはずらかるから丈太郎後を頼む」
「へぇ」
 実は勝蔵は不思議な教養を身に着けていて熱烈な尊王攘夷主義者で有名。
 又、義侠心に富んだ人物でもあり、百姓達には好かれている。山籠もりをしていると近隣の者どもが食べ物くらいはいくらでも持ってくるのだった。天領であることもあって『どうせお上に搾り上げられるくらいなら』という理屈らしい。

般若の丈太郎

 丈太郎は変装の名人で、特に女装は見事なもの。手筈としては女に化けた丈太郎が甲府に潜入し『勝蔵が浪士を糾合して甲府城を奪取する』という噂をバラ蒔き、勝蔵達はその風聞が流れているうちに行方をくらますという段取りである。
 代官側は見事に引っ掛かかった。

 木曽の兄弟分の所に転がり込んで暫く潜伏しておとなしくしていたが、伊勢の縄張り争いに清水の次郎長が大政・小政を引き連れて乗り込むという話を耳にすると、勝蔵はもうじっとしていられなくなった。後から合流した丈太郎はあきれかえってたしなめた。
「親分。せっかくうまく逃げて来たのに面を晒すのはどうなんですかね」
「馬鹿野郎!あの次郎長を潰す。兄弟分の吉良の仁吉に頼まれたんだろうが、あいつがデカい面するのは我慢できねーズラ。権蔵も源蔵も地蔵もやる気だ」
「オウッ。次郎長を叩っ切るでごいす」「決着つけるズラ。般若の兄貴」
「何も伊勢くんだりまで喧嘩に行くこともねえでしょうが。親分の好きな尊王攘夷もできなくなりますぜ」
「やかましい!丈太郎!」
 結局、後に講談で有名になる”荒神山の大出入”となったのだ。
 ところが結果は倍以上の人数を集めたにもかかわらず統制を欠き、次郎長に名を成さしめてしまった。勝蔵は負けてすっかりしょげかえった。
「丈太郎。おみゃーの言う通りだった。おれっちはもう堅気になる」
「はぁ、今更戻れっこないでしょう。博打打たずにどうやって食ってくんですか」
「岐阜の水野の兄弟が口を利いてくれる。尊王攘夷の諸隊が隊員を募集してるそうだからそこに入れてもらう」
「親分。いくら尊王攘夷の志士を気取っても博打打ちですよ、冗談じゃねえ」
「ケッ、尊王攘夷のおかげでオラッチを追い回してる与力・同心を蹴散らせるんだ。おもしれーズラ」
 そして子分どもを引き連れて、相楽総三の赤報隊に本当に入隊してしまった、一人丈太郎を除いて。

 時代は激しく動いた。
 尊王攘夷の『攘夷』はいつのまにかどこかに行ってしまい、大政奉還によって『討幕』も大義名分を失う。
 水戸天狗党の流れを組む赤報隊は東山道鎮撫の先駆けとして東進したが、結局薩長にいいように使われた挙句、新政府に認められず下諏訪で隊長の相楽総三が捕縛され壊滅する。
 訳が分からなくなった勝蔵一派は京都で新たに組織された公家である四条隆謌の徴兵七番隊に参加し、戊辰戦争を東北地方で転戦することとなった。
 無論本格的な洋式訓練など受けていないため、正面切っての突撃には使い物にならないが、裏へ回っての白兵ゲリラ戦では”出入り”の要領の切り込みで結構重宝されていた。官軍として二本松を抜き、仙台まで進出した。
 ところが、その時の官軍総指揮官は、後年長州のダニと言われた世良修三である。おかげで最悪の結果を招く。
 世良は人面獣心がピッタリ当てはまる下品な酒乱で、行く先々において略奪はする娘を狩り出すの狼藉振りだった。維新の官軍といっても底の方はこんなもので真っ当な革命と言えるような代物ではない。単純な尊皇攘夷主義者の勝蔵は、初めのうちは尻馬に乗って暴れたが次第に嫌になりとうとう脱走する。このことが後に命取りになった。戊辰戦争後の兵制改革で徴兵七番隊は解散になるが、脱走後甲府にいた勝蔵は脱退容疑で捕縛され、あっけなく処刑されてしまったのだった。
 尚、世良修三は仙台でのあまりの非道ぶりに怒った伊達藩士に惨殺されている。

「般若の兄貴!」
「バカッ、その名前で呼ぶんじゃねぇ」
 声を掛けたのは犬目の権蔵。赤報隊から遊撃隊まで付き合ったものの、勝蔵と一緒に脱走したのだが、その勝蔵が捕縛・処刑されてしまったので、彷徨った挙句に甲府城下をウロついていたのだ。
「親分はとっ捕まってやられたそうだな。鳥沢や猿橋はどうしたんだ」
「源蔵は二本松あたりで弾にあたってウッチンダ(死んだ、の意味)。地蔵はオレッチについて来て。兄貴は何してるズラ」
「オレか。ちょっと来い」
 しばらく歩いて川原に降りて行くとあたりを見計らって懐から何かを取り出した。そして川に向けた。
 バン!という音がこだまして権蔵は「うわっ」と大声を上げて尻もちをついた。
「兄貴、何ですか!びっくりしたズラ」
「わはは、たまげたか。これからは切った張ったじゃねぇ。こいつの時代だよ」
「何ズラ。その花火の化け物は」
「”ぴすとる”だ。これからはこれと生糸だぜ。よしヒマならついて来い。若尾の大将に会わせてやる」
 若尾逸平。雨宮敬次郎・根須嘉一郎と共に甲州財閥の一角をなす風雲児である。

つづく

七条油小路


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