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断捨離道 指南

2018 OCT 31 20:20:56 pm by 西室 建

 もうこの年になると大抵のことは知り合いの中だけで事が済むのではなかろうか。人間が普通につきあっていける人数の上限は大体150人と言われる。英国の人類学者が割り出した数字らしい。
 先日、惜しくも亡くなった友人をご家族も含めて6人で偲んだ。既に、とっておきの、と言った類の昔話も出尽くしていて、何度か話題に上げた思い出などをして供養した。
 そしてその後、上記150人の数字について考えた。故人とはもうつきあえないから、現時点では1人減って149人とつきあっているとしよう。こういう場合にそれではもう一人空きができたから友人なりパートナーなりを増やす、ということになるだろうか。僕自身はどうもそうならないように思える。仮に、言い方は悪いがその空きを埋めるような密度の付き合いが加えられると、偲んだり供養したりしている故人の影が薄くなっていくようで淋しい。
 別にオジサンは前向きに生きてはいけない、とか人と付き合うな、じゃない。そうではなくてもう充分に背負い込んでいるものを丁寧に見直すべきではないか、と。今更名詞を交換したぐらいでどうってことはないし、何かの拍子に面倒見の悪い奴だと思われる方が残り少ない人生ではマイナスに働くだろう。
 これが『断』なのだな。

 実は我が山荘の喜寿庵で引越まがいの整理をしている。おばあちゃんの絹の嫁入り布団だの、誰が履いたか分からない(恐らく二代前)乗馬ブーツだの、絶対に使えないモノを大量に捨てている。それから重いのが大量の本。古本屋に写真を送っても値段がつかなかった。
 こういう物をセッセと捨てるのは実にせつない。約百年の埃が付いていると思うと何やら悪いことでもしているような、自分がひどくバチあたりな(多少当たっていなくもない)人間のような気がして胸騒ぎを感じる。これは一種の修業なのだ。
 特に本の場合「~全集」等の背表紙を見ると、そもそも購入した時の心情がいかなるものだったのか思いを馳せさせられるのだ。というのもどうやらその全集をとうてい読破したとは思えない量だからだ。きっと結構な金額を使ってそろえた本を眺めてニヤニヤしていたに違いない。
 『捨』とはやはりかなり精神的なエネルギーがいるのだ。

 僕は財布を持たない。通常カバンの類も持たない。手に持つのは文庫本を一冊、上着の内ポケットに手帳、左ポケットに携帯、現金をズボンの右に、鍵を左。女性のようにハンド・バックが無いから、余計な物は持てない、持たない。何故か。何かを持っていると酔っ払って忘れてしまうからだ。財布ごと免許証とかクレジット・カードを失くせば大変なことになってしまう。鞄なぞ以ての外。
 地下鉄の終着駅で(自宅とは反対方向の)目が覚めた時にポケットの現金が一銭も(コイン一つも)無かったことがある。あれなんかは酔っ払い専門のスリに合ったのかもしれない。コインの一枚までスルのは恐らく名人芸の域に達した達人に違いない。
 つまらないこと前置きをを書き綴ったが、忘れる、失くす、奪われる、スられる、これら全て天が『別れの時が来た』と知らせたのではないか。
 『離』である。そして困った事に殆んどの場合それは突然やってくる。離れてから気が付いたってたいがいもう遅い。
 そういえば子供の頃は『さよなら』と言ってもちっとも淋しくなかった。どうせすぐ会えると思っていたのだろう。還暦過ぎの『さよなら』は違う。根性をいれなければならない。
 
 とツラツラ書き綴っていたら、ある老人が徘徊した挙句に行方不明になって、遥か遠い所で介護施設に保護されたというニュースを見た。発見された人は初めから自分が何だかわからなくなっているのだからどうでもいいが、突然の発見が伝えられた家族の方はびっくりしただろうと思う。無論良かったことだが。
 身に着ける物を減らして見すぼらしい恰好をし、知り合いのいない所で完全にボケてしまったら僕の家族は絶対に捜索願なんか出さないだろう。先行き危ないな。

ごくろうさま、おつかれさま


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