Sonar Members Club No.36

カテゴリー: 春夏秋冬不思議譚 四季編

春夏秋冬不思議譚(春の桜に愕然とした日)

2013 OCT 6 13:13:47 pm by 西 牟呂雄

 初めて桜を見たのはいつだったろう。私は下町の人間で、あのあたりの者が行くのは上野(ノガミと言っていた)か靖国神社だが、ウチは専ら靖国の方だった。朧気な記憶の中に夜桜を見に行ったのを覚えている。ただその時の印象は、今ほどライトアップされておらず、薄暗い闇の中でゴザをしいてウジャウジャと酒を飲む花見客が百鬼夜行的に見えた気味の悪さだけが残った。あれが最初の記憶とは桜に失礼な気もするが。

 ところで、あの一斉に咲くソメイヨシノは江戸期に品種改良されて以来、全て接ぎ木で増えたもので、即ち全部クローンだそうだ。だから一斉に咲いて散るのだが、あれが桜でよかった。人間だったら見られたもんじゃない、同じ顔がずらりと並んでいるのだから。私としては一人でポツンと立っているような枝垂れ桜の方が好きで、あの地面に触れるくらいに伸びた枝の先まで可憐な花がついているのはいくら見ても飽きることがない。我が家の菩提寺はY県Y町にある西願寺というが、そこに見事な枝垂れ桜があり、毎年楽しみにしている。Y町には我が山荘『喜寿庵』があり、こっちには富士桜が一本、儚げな花をつける。花びらが小さくて、芝生の上にまき散らしたように落ちたところがきれいだ。これも桜に申し訳ないか。

 それがある時、愕然とするのである。人が見て感動している桜と僕が愛でる桜は、どうも色が違うらしいことが解った。赤緑色弱!それも強度の部類だったのだ。どうも僕が愛でる桜とは、他の人の目には僕が見ている桃の花のような色に見えているらしいのだ。自分の色感が違うことは知っていた。例えて言えば信号機の青、私には白色の街路灯と区別がつかない。夜など突然黄色に変られるとあわてること暫し。しかし長年の習慣で、危険ということにはならない。街路灯と信号機の高さが違うことを目が覚えているので、アリャッとはなるがそれだけだ。それで良く免許が取れるな、と思われるだろうが、色神テストというのはそうパターンがあるわけでは無く、覚えられるのだ。コツは引っかけ問題と同じで、僕には『さ』と読めるのは『き』が正解で、『は』に見えるのは『ほ』だと丸暗記してしまうのだ。実は子供の時に絵を描いていて、大抵の子供が赤く塗る太陽を黄色く塗っていてひどく母親を驚かせた。母はそれから異常を感じたらしく、色神テストを買い込んで私に特訓をしたのだ。どうもその頃児童心理学で、太陽を赤く塗らない子供は親の愛情が足りない、というもっともらしい説があったようで、ここが母親の浅はかな所だが、そんなみっともないことはあり得ないから矯正するという挙に出た。どうもそういう所のある人らしく、妹は左利きを矯正された。我等兄妹の人格に悪影響を及ぼしたことは論を待たない、見れば解る。そのせいばかりではないが、自分はこう思うのに違うことを答えなけりゃならない、という刷り込みのせいで勉強という勉強が大嫌いになってしまった。まぁ人のせいにするな、の声が聞こえるが他にも色々あるのである。

 その後普段は何も不自由なく暮らしていて、気にとめることもなかった。例えば小学校の時に私のノートを見て「おい、真っ赤じゃないか。」と言われる。赤いボールペンで書いていて、自分では黒だと思っていて不都合を感じない。二色を並べると分かるのだが、赤を強く感じないようだ。だが桜の場合はチト困った。「桜が真っ白だな。」と言ったときの友人の顔が忘れられない。まるで変態でも見るような目つきで顔をしかめていた。しかし考えて見ると、今見ている世界は桜にせよ、海にせよ、山にせよ僕だけの世界で、誰とも共有できないとも言える。孤独といえばそうなんだろうが、いずれにせよ僕がくたばったらこの世界も消えてしまう。いつか沖縄から札幌まで満開の桜を追いかけて日本中の桜の色を見ておきたい。

春夏秋冬不思議譚 (秋の日に慌てた少年)

春夏秋冬不思議譚(熱すぎる夏に干からびる恐怖)

春夏秋冬不思議譚(ゲレンデに砕けたスキー靴)


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春夏秋冬不思議譚(ゲレンデに砕けたスキー靴)

2013 OCT 1 15:15:42 pm by 西 牟呂雄

 僕は20年程前にスキーからボードに転向した。やってみると分かるがこの両者は体重の移動の仕方が全く別で、初めは大変な苦労をした。フアッションも違う。今の若いボーダーは全体的に渋めの色を好み、嘗ての(我々の若かった頃の)蛍光色まで取り入れるようなギラギラはいない。ところが僕は黒のオーバーオールというスキーフアッションのままだから場違いなことおびただしく、しょうがないから米軍払い下げのジャンク・ショップで買った(確か横田基地のPXだった)グリーンの戦場レインコートを羽織る、という異様な格好をしている。滑るのはもはや苗場だ志賀だと行く根性は無く、富士鳴沢村のフジテン・スノー・リゾートという人工スキー場にばかり行く。ここだと喜寿庵(ウチの山荘)から30分位で着くから道具も置きっぱなしにしているし、余程の時でなければ通常タイヤで行ける。

 さて今年も滑り収めだ、という時期に物置からボードを出そうとした時にその奥に打ち捨てられている昔のスキー板に、ちょうど日が当たりそこだけ浮かび上がるような不思議な光景が目に入った。すると例の天の声のようなささやきを感じた。

「ボクタチモスベリタイ。」

 今流行の短めで前部が広がりスキー後部が流れやすいカーヴィング・スキーではない。180cm位ではるかに硬い高速スキーだ。その側には同じく何年も使っていないこれまた頑丈な靴とストックも一斉にこっちを見ていた。流行遅れではあるがこいつらだって今でも十分滑る。よし一丁こいつらで久しぶりのオジサン・スキーと行くか。積み込んでゲレンデに向かった。

 やはりブーツのバックルなんかは相当硬くなっていて苦労したが何とかリフトに乗った。どれ、腕は錆付いちゃいないだろう、と降りてからワン・ストローク踏み出したところで、あれっと手応え、いやこの場合足応えが無くなった。何だ。なんと驚いたことにブーツの底の一部が欠けてしまったではないか!これでは下りられない。

 一本も滑ってないのにどうしようもない。スキーを担ぐのはきびしいので下りリフトに乗ろうとすると、安全員のアンチャンが言うではないか、

「アーっあのー、一応規則でダーメなんですよ。」

 ウソをつけそんな規則が有るわけない、と思ってよく見ると高速のクワッド・リフトの降りるところに斜面をつけているため、本気で乗ろうとしても下からぶら下がるくらいしかできない。途方に暮れているとさっきのアンチャンが薄ら笑いを浮かべながら、

「板とストックはあとからレスキューが持って下りますから-、歩いて降りて下さい。」

などとほざく。ウーム仕方ない、ということで、多くのスキーヤーやボーダーが「何だあのバカは」といった好奇の視線を投げる中ポクポク歩き出した。歩き出してすぐに気がついたのだが、ゲレンデというのは元々人が歩く所じゃない。だからいくら圧雪してあってもボクボクと靴がめり込む。おまけに滑っているときより傾斜がきつく感じられて歩きにくいのなんの。特に急斜面になると板も履いていないのに転んでしまいそうだ。更に困ったのは、やはり底が欠けるくらいだから、すでに耐用年数を過ぎて劣化が著しいので、靴がペリッとかパリッという音をさせるのだ。このまま底が抜けたら凍傷になる。

 しかし、普段は一瞬にして過ぎてしまうゲレンデの光景もはじっこを歩いて見ていると、いつもは気付かないウサギの足跡を見つけたり、雪の吹きだまりが人間に見えたりしておもしろい。それはいいのだが、初心者が溜まっているのは実に迷惑だ。こっちは汗だくで歩いているのを珍しそうにみてクスクス笑っている女なんかには悪意を感じる。そっちだってゲレンデのお荷物だろーが。まあお互いしょうがないか。そしてリフト乗り場が近くなってくる頃にはもうくたびれ果てて羞恥心もなくなり、早く降り尽きたい一心になったとき、靴は無残に砕けた。足首のバックル部分を残してつま先から踵までの部分はインナーブーツが剥きだしになる、というマヌケな姿になってしまった。幸い裸足で雪面を踏むことにはならずにすんだが。

 レスキューに出向くとスキーはもう着いていたが、僕の恰好がいかにも異様だったせいかねぎらいの言葉もなかった。着替えて靴の残骸を見ながら(足首部分になってしまったが)しみじみと考えた。魚が水の中で生まれて死んで行くように、僕らが地球で生まれて死んでいくように、雪山で滑るためにあの形になったのだから雪山で力尽きて本望だったんじゃなかろうか。そう思うと、もう履くこともないこのスキーとストックで鳥居を組んでその下に埋めてやり『私設スキー靴大明神』として祀ってやったらどうか、と考えたのだが、アホらしくなって燃えないゴミに捨てた。今年のシーズンが終わった。

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春夏秋冬不思議譚 (秋の日に慌てた少年)

2013 SEP 28 12:12:38 pm by 西 牟呂雄

 学校から帰ってくる道を歩いていたら、夏の頃はもっと高かった夕日がちょうど商店街の道のズーッと向こうに落ちていくところが見えた。きょうはウチには帰りたくない。

 僕は小学五年生だが本当に憂鬱(最近覚えた、書けないけど)というのはこういう気持ちなんだろう、勉強になった。実はあしたは秋の遠足ということで高尾山に登ることになっていて、今日『父兄同意書』という紙にハンコをもらって出さなきゃならなかったのだけれど、すっかり忘れてしまった。担任の山田先生(通称ヤマダン)は怒った。まずいことにクラスで持ってこなかったのは僕だけだった。ヤマダンは大声で言った。

「お前はもう来なくていいー!」

 遠足に行けないのは仕方が無い。来週みんなが遠足の時の話で盛り上がってたりしたら寂しいけど、それはしょうがない。ヤマダンが怒るのも当然だ。問題はウチに帰ってからだ。かあさんに何と言ったらいいのだろう。こういう時に怒り狂ったかあさんは決まって「みんながみんなできることが、アンタだけなんでできないの!」だ。僕だけ忘れ物をするのは自分でも困ってるんだから、なんで一人だけそうなるのか教えて欲しいのはこっちだ。そして「まったくお前だけだなんて、恥ずかしいったらありゃしない。」あー、うるさいな、皆の前で立たされてかあさんの何倍も恥ずかしい思いをしてきたのは僕なんだよ、僕!それで黙ーっているとまるで死ぬまで怒り続けるんじゃないかってくらい、寝て次の日に行くまで怒るだろう。いや、まてよ、僕はあした連れて行ってもらえないんだ。遠足に行く振りをしてウチを出るのはどうだろう。だけど教室に行ったって5年生は誰もいないから目立ってしまうだろうし、六年生や四年生に混じり込むのもなー。いっそ一日公園かどっかでお弁当を食べてごまかしちゃおうか。ダメだ。普通の日に小学生が一人で一日公園にいる、なんてことはお巡りさんに見つかる。こまったな~。ますます家が近づいて来る。公園のベンチに座って考えてみよう。だけど夕焼けって言うのもこうして見ているときれいなもんだ。いっそこのまま明日の夕方になってくれれば助かるんだがなぁ。

「キミキミ、ほら、ボク。」

ワッと思った。見上げると知らないおじさんが立って僕を覗き込んでいる。あービックリした。ちゃんとスーツを着てネクタイをしている優しそうな顔をして、ニコニコしていた。

「キミ、ウチに帰りたくないんだろ?」

何で分ったんだ、ボクは目を丸くしたらしい。

「はっっはっは、おじさんもそうだったことがあるんだ。よくわかるよ。あのねえ、ついておいで。お腹が空いたろ。」 

そう言えばペコペコだった。何も考えずにおじさんの後についていった。どこかで見た顔なんだが思い出せない。今来た道をおじさんについてトボトボと歩いた。すると通いなれた道なのだが、あまり気が付かなかった角をフイッと曲がった。どこだここは。路地を通ると見たことも無い空き地があって、そこにはテントが張ってある。商店街から一歩裏に入るとこんなところがあったのか。テントはウチのとうさんが使っている奴と同じ物だが覗いてみると絨毯が敷いてあって、結構広い。おじさんは着替えていた。それから、ご飯を食べに行こう、となって駅の方に歩き出した。町並みは見慣れているはずなのだけれど、どうもいつも良く見ていないようなところを歩き、駅を越えてどこか人の家のような所に勝手に入っていく。中に入るとなぜかファミレスだった。そして一緒にスパゲティを食べた。はっきりいってまずい。

 僕はそれから家に帰ることもできず、おじさんと一緒に暮らすことになった。おじさんは何故かスーツを何着も持っていて、毎日違う色を着ている。それで会社にも行かずに全然働かない。そしてどこからか拾ってくるのか良く本を読んでいた。そしてお酒も毎日飲んでいる。パソコンで映画を見ていたりもする。しかしどこかで見たような感じなのだが思い出せない。

 僕はますます帰れないどころか学校にも行けず同級生やとうさん、かあさん、妹にみつかりゃしないかビクビクしながら暮らさなければならなくなってしまった。コンビニのお弁当もずいぶん食べたんだが、ちっとも満腹にならない。なんだか寒い。おじさんがこっちを見ている。 

「もうそろそろ帰りたいんじゃないかい。」

なんでわかったんだろう。 

「こんな暮らしをしているとおじさんみたいになっちゃうよ。」 

それもなんだかいやだな。

「うちまで連れて行ってあげようか。」

「こんな公園で寝てないで早く帰りなさい!山田先生から電話があったわよ!あした遠足だそうじゃない!何で言わなかったの!全く恥ずかしい!」 

「アッかあさん、いやぼっぼっ僕はそのう・・・・。」 
もしかしたらおじさんは未来の僕じゃないだろうな。

ウッ目が覚めた。いやな夢を見たがあれはオレの子供時代のことみたいだな・・・。 

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