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ラジャと僕と

2023 JUL 8 15:15:27 pm by 西 牟呂雄

 一週間インド人(以前訪日した金持ち一家とは別のオッサン一人)を連れて九州の工場に行った。技術指導の一環である。
 インドは目下大変な好景気で、設備投資意欲も強い。もうすぐ粗鋼生産量は日本を抜いて2億トンに迫る勢いである。日系企業も積極的な姿勢を打ち出していて今後益々交流は盛んになることだろう。
 原爆を保有し、原子力空母を運用し、IT先進国であり、世界一の人口がある。多少の理解が進んだところで、それはインドの一面にしかすぎないとてつもない国である。
 さて、そのオッサン、僕たちはコード・ネームの『ラジャ』と呼ぶことにした。ヒンドゥー語で王様という意味である。頭髪は薄くほぼスキンヘッドで背は高い(175位)。ヒンドゥー教徒でベジタリアンだが、彼の流派は卵はダメだがチーズはいいらしい。毎日ベジタリアン・レストランを探すのも大変なのでコンビニ飯で済ませたのだが、ご飯にヨーグルトをかけて持参のソースをトッピング、グチャグチャにかき混ぜて食べていた。僕はカップ・ラーメンを買ったが、見ていて食欲が失せた。酒は全く飲まない。
 そして朝起きたとき、額の真ん中(仏様のほくろがあるあたり)に白粉のようなモノでチョンとマークを付けて来る。他のヒンドゥーがやっているのは見たことがないので、これも彼の流派のしきたりなんだろう。
 彼の英語がまた恐ろしく分かりにくい。カタカナで表すとRは『ル』Lは『ウ』に聞こえる感じ。おまけにコクニィもまじっていてエイトが『アイト』。それを早口で喋られるとサッパリとは言わないが40%くらいだろうか、分かるのは。
 知識を身に着けようとする姿勢は強く、製造現場に行きたがる。そして安全に対する感覚がまるで違う。勿論、最初に安全教育をしているのだが、夢中になると動画を撮りにスタスタ近づいてしまい作業者の手前困った。
 そもそもインドの現場を見る限り全体がそんな感じで、事故が起きると日本では警察が入るだの労働基準局に報告だのと大騒ぎになるが、インドではたとえ死亡事故でも大したことにはなっていない。ヒンドゥー教徒は生まれ変わると信じているからなのか。

 ある日の午後、毎日座学と現場ばかりなのでサイト・シーイングに行こうと誘ったら嬉しそうに乗って来た。明後日には帰国してしまうのにお土産くらいは買いたかったのだろう。娘さんが二人いるそうだ。
 ここは小倉である。実は大して観光名所はない。繁華街といってもラジャは酒も飲まないし、食事もご案内の通り。それで小倉城に行った。
 小倉城は関ケ原以後、細川忠興が来てから本格的な城郭になり、江戸期は礼法宗家小笠原家の居城だった。ところが幕末のドン詰まりで長州征伐の際に高杉晋作の部隊に負けてケチがついた。九州では肥後熊本とともに佐幕派とされ、ややないがしろにされた感が残る。
 天守閣は天保年間に焼失しているのを再建している。見栄えはそれなりの構えで、維新の歴史を知る者としては、その後の陸軍の駐屯地にされた経緯も含めしみじみと眺めるに値する。
 ところが、天守閣内の展示はいささか残念な感がぬぐえない。最期に焼けたせいなのか小笠原家の展示物はあまりなく、ややコスプレめいたコーナーやマネキンには興ざめする。

説明版の前のラジャと僕

 それが初訪日どころか生まれて初めて海外に出たラジャには大受けした。
 テンションは上がり、大はしゃぎで写真を撮りまくり、しきりに質問を浴びせる。
 僕は大名のことを『ビッグ・ネーム・マハラジャ』維新戦争のことを『シビル・ウォー・エンペラー・ヴァーサス・タイクーン』と訳した。まぁ、たいして違わないだろうし通じたようだ。
 天守を降りて、八坂神社の方に歩いていくと馬頭観音があり、そこでまたひと騒ぎ。お地蔵さんのような石像が並んでいたのを見て『これは何か』と尋ねてきた。『ホース・ヘッド・ブッダ』だとテキトーに訳すと、多神教のヒンウゥーに通じるらしく写真を撮った。確かにインドにはこんな感じで辻々に像の頭をした神様が祭ってあったのを思い出して『ジャパニーズ・ガネーシャ』だと言うと、『オーウッ』と感動していた。実際には象頭の神様は日本では聖天様(しょうてんさま)として信仰されており馬頭観音とは何の関係もない。こうしてインチキな翻訳で文化的誤解が生じたらマズいかな。
 そのテンションのままお土産屋に入って、小さいカラフルな達磨のお守りを手に取ってみる。『それはチャイナで有名になったインディアン・ブディストでダルマーという人だ』と説明したら大喜びで色の数だけ買った。こんなチャチなモンが嬉しいのかねぇ。
 ところが、そのお土産屋でも天守閣でも、写真のような作業服姿の前期高齢者とインド人がはしゃいでいるのは明らかに浮いていた。案内の人の方が、この珍しいコンビを見て笑っているではないか・・・。
 ラジャは週末ニコニコしながら帰って行った。その後インドからは毎日質問のメールが来ている。

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Categories:インド

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