忠臣蔵 全部見るぞ
2016 NOV 24 4:04:50 am by 西 牟呂雄
国立劇場は十月から月替わりで年末までに仮名手本忠臣蔵をやってます。私は一念発起して三か月かけてこれを全部見ることにしました。国立劇場ですから一日に一興業しかしません。十月は四段目の 扇ヶ谷塩冶館花献上の場・判官切腹の場・表門城明渡しの場まで。そして何とあの悪役・高師直をご贔屓の高島屋市川左團次さんがやりました。どんなに憎たらしいかワクワクもんです。
10月の大星由良之助を大名跡高麗屋松本幸四郎さん、11月は吉右衛門さん。月替わりで七段目までやって師走に討ち入りです。
三ケ月に渡って全段を通しでやるのは久しぶりとのことで、中には何年もやっていないモノが復活していると聞きました。
さて、早速いそいそと塩冶判官が高師直にいじめ抜かれて刃傷に及び切腹になるところまで見ると、
ありましたね、掘り出し物が。塩冶判官の家老加古川本蔵の娘役をやる播磨屋の中村米吉さん。ご覧の通りの美貌です。この人の娘役は殺気のような色気と純情な部分が一体化されて何ともいえない妖しさが出てます。玉三郎クラスの実力者になっていくでしょう。
一方高島屋の左團次さんは松の間の刃傷の場面で『こいつまだ怒らないか。じゃこれではどうだ。ありゃ、まだか』とイジりにイジって上手い!
ところで四段目の『判官切腹』は別名『通さん場』と言って途中席を立つことは控えなければならないのですが、いいおばさんが出て行ったのは頂けませんな。
もう一つ、切腹の際に駆け込んで来た大星に向かって判官が「遅かりし由良之助ー」と言って息絶えると人口に膾炙されているが、歌舞伎にその台詞はありません。切腹に当たって何度か「由良之助は・・・まだか」とか細く聞くと大星力也が「未だ参上仕りませぬ」と答えるだけなのです。長く親しまれている演目なので観客の思いが架空のシーンに託された都市伝説ですね。同じく時世を読む所もありません、現代劇中の創作です。
さてさて11月には私の大好きな 祇園一力茶屋の場 まで。何度も演じている播磨屋中村吉右衛門が酔っ払うシーンですね。「手の鳴る方へ、手の鳴る方へ」と芸子たちに囃し立てられて「とらまよ、とらまよ」と目隠しをした由良之助がヨロヨロと・・・。こういうのやってみたいなぁ。
前から不思議でしたが「手の↑鳴る方へ」と関西風に言うのです。他の京の都の廓話でも江戸弁の啖呵を切ってますがねぇ。
ここではいつも『見立て』の遊びで時節の話題を取り入れてウケを取りますが、今回は渋谷のハロウィンの話でした。さすが歌舞伎!
そして遊女おかるになって出て来るのが先日襲名したばかりの雀右衛門さんでした。この人『情けない』顔が似合うんですけど。
坂東亀三郎が面白かった。
さて、来月は討ち入りに。
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堪えられない 市川海老蔵
2016 NOV 10 21:21:48 pm by 西 牟呂雄
テレビはファイターズとCSの映画、動物ドキュメンタリーばかり見ています。後は大河ドラマですね。
反町隆史のファンですが『相棒』が面白くなくてドラマはトンとご無沙汰でしたが、先般ネットで気になる番組を見つけたので録画したところこれが。
チープな脚本に下手な殺陣、不必要な見得と大袈裟なワキ。もとより歌舞伎は画面で見るもんじゃありませんし、ましてや歌舞伎役者が演ずる時代劇はどれもこれも『遠山の金さん』とか『水戸黄門』に毛が生えた程度と高を括っていたところ・・。
ハマったんですな、市川海老蔵の『石川五右衛門』。金曜八時テレビ東京の番組です。いや成田屋が上手いのは知ってますが、下手に現代の芝居をしないで歌舞伎のノリが出てるのがいい、今はCGも自由自在に使えます。
加えて豊臣秀吉=善玉、石川五右衛門=悪玉、という構図を一味変えて秀吉=独裁者、側近の石田三成=悪玉、五右衛門=善玉という設定です。
伊賀の忍びだった設定が効いていて配下に怪しげな奇術師紛いのケッタイな人物を従え、痛快無比の大活躍に一発でのめり込みましたね。
元々この人の家系は声が若干低めで舞台では少し不満が残るのですが、テレビではドンピシャのツボにはいってます。
『金銀財宝盗んでも、悪党外道は許さねぇ。天下御免の大泥棒、石川の五右衛門一家の見参でぇ』イヨッ成田屋!(いくらなんでもこんな江戸言葉を京・大阪で喋っている訳はないが)
この10月からの半年クールで放送は撮り終えているそうですが、第二回からは魅力的な敵役が出演しています。石田三成の配下として五右衛門をつけ突け狙う榊基次。塚原卜伝の『新當流』一の太刀を操る凄腕浪人。
一度絡んだシーンで諸肌脱いだ時にその肉体の充実ぶりに目を見張りました。あまりのムキムキにこんな役者いたのかいな、もしや・・・。と番組終わりのテロップを見たら、なんとプロレスの棚橋弘至の名が。
そう、新日本出身IWGPヘビー級チャンピォンの棚橋だったのです。
両手を広げて『愛してまーす』と叫ぶナルシスト・キャラ、必殺のハイ・フライ・フローやドラゴン・スクリューの使い手タ・ナ・ハ・シが、試合の合間を縫って出演していました。
この人は立命館大学法学部に一般入試で合格し卒業もしてます。学生プロレスをやる傍ら新日本の入門テストを受け続け、三度目に合格したツワモノ。ですが現場監督の長州力が学生プロレス嫌いだったのでズッと隠していたそうです。
その昔女性に背中を刺され1リットル以上出血して意識不明に陥ったことも。
アメリカのWWEは完全ショーマン・スタイルで、試合前のマイク・パフォーマンスなんかで客を沸かせるのがスターの条件の一つですから『テメー、コノヤロー、ブッコロシテヤル』だけではダメ。高い演技性が求められるため映画で主演を張る人もいます。ザ・ロックやジョン・シナ、最近ではスティーヴ・オースチンといったアクション・スターです。
棚橋も人気が出てそういうオファーが増えたら面白い。
そうそう、友情出演でしょうか片岡愛之助がチョイ役で出てイイアジ出してました。すると他にも獅童とか七之助とか出ては来ないでしょうか。
とにもかくにも一度、御覧そうらえ~
(これで視聴率が3.7%ってのはどうなんでしょう?)
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六十而耳順
2016 OCT 25 10:10:46 am by 西 牟呂雄
今新幹線の中でこのブログを書いている。先日の我が友のあまりに早い訃報にぼんやりしてペースが狂った。彼はまだ62才だった。
それで提題なのだが、孔子の言葉として有名な『論語・為政第二』にある一節である。例の「吾十有五にして学に志す・・」で始まるアレだ。
「六十にして耳したがう」と読み下し、還暦を過ぎたら人の意見に素直に耳を傾けられるようになった、と解釈されている。ふぅ~ん。
孔子様は古典に通じ深く思索し人々を啓蒙し、その間節目節目で三十の時に「立」ったり五十で天命を「知」ったりした大変なお方。
それはそうなんだが、結局政治家は言う事を聞いてくれずにあちこちで冷遇されて失意の内に諸国巡遊する。
思うにエラソーな人だったんじゃなかろうか。2m近い大男だったせいもあり、上から目線でああしろこうしろと言われると「そんなこと言ったって現実には」と反発を招いたと思われる。
よく憤激したりしてるし結構頑固なゴリゴリ親父だったに相違ない。
それまでの原始的な『言い伝え』めいた慣行を体系化し、道徳といった概念を作り上げて書物に残した。無論その遺徳は私なんかが論ずるにはあまりに偉大でしょう。
それにしてもどこでもケンカ別れしたり相手にされなかったりなのはこのあたりが問題だったのじゃないだろうか。
不思議なもので儒学の大家は多かれ少なかれそうなってしまうようで、孟子もそうだったし王陽明もそのケがたっぷりある。
孟子はやたらとプライドが高く、巡遊にあたっては車列を連ね従者を従えて行く。
斉の宣王はその現実的には不可能な激しい理想主義的な政策に辟易する。それでも追っ払うのもナンだと色々ごきげんを取るのだが、仮病を使って呼び出しにも応じない。終いには出て行くが、途中で呼び戻しがあるだろうと三日も待ってみせたりとタチが悪い振る舞いをする。
儒学の大家がそうなら老荘学徒はどうかと言えば、これは以前 無駄の勧め で触れたが地位が高くなるとどうもいけない。
皆さん秀才でエラい人達なんですがねぇ。
話を戻して『六十而耳順』だが、額面通りに受け取れない。
何しろ紀元前500年代の人物だ。現代とは医学も食べ物も違う。肉体年齢は20年分は違っているはずで、六十ともなれば八十翁をとっくに過ぎたくらいだろう。案外耳が遠くなってしまって耳の近くで大声を出してもらわないと聞こえなかったのではないのか。孔子大先生にそんな事をできる人物は弟子ばかりだからオベンチャラばかり聞かされていたと思う。
そう考えると次の
「七十而從心所欲。不踰矩(しちじゅうにして心の欲するところに従いて矩をこえず」
も、もう肉体年齢も百歳越えになって衰えて、欲望も何もなくなった、というのが実態だったりして。真面目な漢学者のかた、冗談ですよ、冗談。
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團菊祭五月大歌舞伎
2016 MAY 22 21:21:48 pm by 西 牟呂雄
いやはや物凄い顔ぶれです。居ても立っても居られずに行ってきました。夜の部です。
勢獅子音羽花籠。なんてったって音羽屋(菊五郎)さんと播磨屋(吉右衛門)さんの孫、和史ちゃんのお目見えですから華やかです。初日に転んで泣いちゃったとの噂を聞いてましたが、今日は抱っこされながら泣かずに頑張りました。
菊五郎さん、胃潰瘍で大喀血をしたそうですが元気に勤めておられました。この人のお酒の量ハンパないですからね、気をつけてくださいよ。
場所は我が産土神の神田明神。成田屋(海老蔵)さんも鳶の頭で出てます。
このお芝居の楽しみはズバリ獅子舞、面白いんですよ。
それに私の贔屓、高島屋左團次が世話役で出て来たのがうれしかった。この人が子役だった頃は新橋演舞場の裏手の築地川で釣りができたそうですから超ベテラン。
團菊祭は何と明治の市川團十郎(九世)と尾上菊五郎(五世】を顕彰するために昭和11年から今年で八十年という催しであります。二人は能狂言や黙阿弥狂言を素材として古典歌舞伎を磨き上げ、今日にまで至る現代歌舞伎の礎を築き上げた名優なんですな。
河竹黙阿弥の得意の白波者(盗賊話)で『三人吉三』が次の演目でした。女装の盗賊お嬢吉三(菊之助)・御家人崩れのお坊吉三(海老蔵、ピッタリ)・悪徳坊主上がりの和尚吉三(ギョロ目の松緑)が百両を巡って七五調のセリフで沸かせます。上手いなぁ、海老蔵。この人が出て来るだけで万座が固唾を飲んでいるのが分かります。
最後が安珍・清姫の悲恋物語『男女(めおと)道成寺』にまたまた菊之助・海老蔵コンビが舞います。
これは最後に蛇身に変身することになるのですが、どう代わるかは見てのお楽しみ。しかしその艶やかなことといったら!そもそもこれは踊りがウリでズラリと並んだ小坊主が入れ代わり立ち代わり。
昼の部では楼門五三桐(さんもんごさんのきり)で『絶景哉、絶景哉』の石川五右衛門を吉右衛門さんがやっていますよ。
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萌え出づる春になりにけるかも
2016 APR 1 0:00:58 am by 西 牟呂雄
石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも
なんという若々しさでしょう。
万葉集にある、天智天皇第七皇子の志貴皇子(しきのみこ)の歌です。万葉人というご先祖様は当時の人口の少なさを考えても極めて均質な社会だったのでしょう。
石走る 垂水の水の はしきやし 君に恋ふらく 我が心から
これも万葉集ですが、こちらは読み人知らずです。”石走る”は枕詞なんですね。
雪消えて 水若し
花萌えて 人笑う
雲流れ 山霞む
桜散り 春至る
これは私が考えた双五音四行詩。流行りそうもないけど楽しんでいます(ナイショ)。
ところで私は、つい最近まで冒頭の作者は式子内親王だと思い込んでいました。改めて万葉集だった事に気が付いた次第で500年もズレてました。しかも記憶にあるところで、この歌をネタに式子内親王のことを天才だと言い触らしたことも幾星霜、オー恥ずかしい。この万葉振りと「玉の緒よ 絶えなば絶えね」の新古今では作風がまるで違うのにどうしたことでしょうか。
山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水
これも新古今和歌集にある式子内親王の作品ですが、いちいち”シンコキン”の音が聞こえそうです。これをシンコペーションと言い・・・ません。
山寒く 風寒し
空青く 雪光る
緑無く 音淋し
融雪の 滴落つ
ところでこの内親王は実は色々と大変な人です。
御所にいるころは藤原定家が足繁く伺候していて、その頃に鮮やかな本歌取りの腕を磨いたのでしょう。色恋の歌が多いのも二人は恋人同士だったのではないかな。一説には定家が好意を寄せるも、歌はうまいがブサイクだったので振られたとも。
その後なぜか誰かを呪詛をしたとの疑いをかけられ、退去し出家してしまいます。この出家の際に浄土宗開祖の法然が関わったとも言われる何やら謎めいた女性なのです。法然が高貴な尼さんに手紙を送ったことは事実で、実は内親王は法然上人を慕っていたのではないかという珍説も出されています。
法然上人は大変な秀才の上に気迫のこもった人。自然、身の回りに個性的な人物が集っているという趣で、これはまた別の機会に紹介したくなります。
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五代目中村雀右衛門襲名披露 口上
2016 MAR 25 0:00:26 am by 西 牟呂雄
京屋の芝雀さんが雀右衛門を襲名されたので見に行った。
「幾久しく、宜しくお願い申上げたてまする~~~」
ズラリと裃をつけた大名跡が、それぞれ申し立てる口上はさすがに圧巻。口火を切るのは坂田藤十郎、控えが片岡仁左衛門に高麗屋幸四郎、両脇右奥が音羽屋菊五郎と左奥が播磨屋吉右衛門とは見応え十分だった。
演目の一幕目は『双蝶々曲輪日記角力場(ふたつちょうちょうくるわにっきすもうば)』という大阪の勧進相撲が舞台だ。これちゃんと関西の言葉でやるのがいいですな。『若旦那』と言うのが『わ』から段々低くしていき『わかだな』という独特の呼びかけになる。実は初めて見た。
そしてこの芝居は鷹揚なアホボンのと素人角力取りの二役を成駒屋・中村橋之助が早変わりで演ずるところが見所。![yjimage[1]](https://sonarmc.com/wordpress/site36/files/2016/03/yjimage1.jpg)
次がいよいよ雀右衛門がやる『金閣寺』の雪姫、時代は大阪の陣の頃の話だ。時姫・雪姫・八重垣姫の「三姫」は歌舞伎の姫役のうち至難とされる。
このあでやかさはぜひ実際に舞台で見なければ伝わらない。
色気・凄味という意味では玉三郎に方が妖艶だが、この気品はこの人の味だろう。
女形は肉体的にも結構大変で、膝頭を合わせるように内股にして少し折ってチョコチョコと歩く。やってみると分かるが厳しい修行が必要なのだ。
この芝居、他にも太刀をかざすと滝に(本水ではない)龍の姿が現れたり、雪姫が散り乱れる桜の花びらを爪先で鼠の絵に書くと本当の鼠が出て来て(雪舟の孫娘という設定)縛られている縄を食いちぎるとか、歌舞伎っぽいネタが満載。
今回は西ー16という花道の出の直ぐ横の席だった。一番後ろの所だから座席と同じ高さに花道があって、横を役者が通っていく。いやもう衣装の華やかな事。
まだ見られますよ。是非御覧有れ!
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あやしうこそ物狂ほしけれ
2016 FEB 8 22:22:19 pm by 西 牟呂雄
春節。太陰暦の正月一日は今年は二月八日です。新暦正月はいつも通り喜寿庵にいました。毎年当たり前のようにスノボで初滑りをしたのですが、果たして何のために滑るのか一瞬迷った。上達する可能性はもうない、上達したところで”それがどうした”ですね。運動のためと言えなくもないが、疲れるとすぐやめてしまうから体力がつくまで行きませんね。爽快感はあるといえばありますが、スキーの直滑降ほどのスピードは出せません。第一この年でムチャをして骨折でもしたらバカ扱いされます。
いっそ朝から酒でも飲んでしまおうかとも考えましたが、お腹が空いたのでラーメンを食べるという安直な理由をひねり出しゲレンデに行ってつくづく年齢を感じたことは既にブログに書きました。することがないので余計なことをして、気が付きたくもないことを実感させられて、と。
2日・3日は箱根駅伝を肴にチビチビと酒を飲みウトウトしていました。それにしても彼らの体力と根性は素晴らしい。無論選手達も名誉に思い達成感を抱いたことでしょう。この20チーム200人は今この時点でスーパースター、優勝した10人はその名を刻まれます。しかし、更にオリンピックの長距離に出るような人は稀であり、殆どの選手を私達は1年後には忘れてしまいます(神野君は別)。実は某大学の駅伝部で(強豪校です)箱根の山下り(6区)を走ったことのある若い人を知っていました。その子は何かのケチがついて退学してしまい、会った時は陸上など見るのもいや状態で、色々あったのでしょう。自由になって最も好きだったものを失ったとも言えます。
以上のことはどうでもいい話ですが。
何もすることがなくなるとそれは不幸なのでしょうか。多くの人はそう思うかもしれません。しかし何かをやってさえいればそれで満足するものなのか。
何もしない暮らしこそ最高だとは思えないですか。喜寿庵ではいつも一人だから自由と言えば自由。即ち何もすることがありません。去年はヒマにまかせて野菜造りに挑戦してほとんど失敗しました。時間も労力も全くの無駄。せいぜい失敗作を造る自由を満喫した、くらいかなぁ。
ゴルフをやったりスノボに行くのも勝手に一人で行きます。それでいて深刻な孤独感に浸るとか、ひとりぼっちを実感するようなことはない、いや、何かに困ったときはあるな。生活はしていますから。
毎日毎日一人でやりたいことだけをやって暮らすというのは現実的ではないですね。恐らく時間が限られないと何でもかんでも後回しにして、後で大変な事になり七転八倒することになりそうです。
『つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ』という書き出しであまりにも有名な徒然草です。兼好法師は何もしないで「日ぐらし硯に向かいて」いたのでしょうか。勿論全部読んだ訳ではありませんが、知る限りではアチコチ出かけてはアレはダメとかコレは面白いとか言っています。また人の噂も大好きで、ネットも電話もない鎌倉時代にドコソコの誰は立派だとか、ナントカは大したことないと聞く、などと実名を書きつけています。比較的偉い人の悪口は書いていない。
十月を神無月(かみなづき)と言うけれど記したもと文(ふみ)はない、といったヒネた意見も載せています。信濃の元国司行長という人が平家物語の作者だとありますが、これには諸説あるようです。
それで思うに兼好法師、何もすることが無かったんじゃないですかねぇ、要するにヒマ。
どうも鎌倉時代は京都周辺には将軍の直接の圧力は感じられず、山城・摂津・河内の国は半独立圏の趣があって気楽そうです。
しかし時は流れ鎌倉末期から室町時代に移行する大混乱時代を迎えます。
兼好法師も晩年にかの悪名高い足利尊氏の右腕、高師直に接近したという説もあります。人妻に宛てる恋文を吉田兼好に書かせたことが太平記に出ていて、これが後に江戸歌舞伎の忠臣蔵のネタにされています。二人でどんな会話をしたのでしょう、何しろ希代のワルと隠遁者。噛み合ったのかお互いに利用したのか興味の尽きないところです。
『あやしうこそ物狂ほしけれ』は今の言葉で言えば『一日中ヒマすぎて、マジ頭にくるぜィ』くらいかもしれませんな。
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平成二十七年 吉例顔見世大歌舞伎
2015 NOV 30 19:19:42 pm by 西 牟呂雄
見ましたよ、見て来ました。東 兄は昼の部に行ったそうですが、あたしゃ夜の部です。
これだけ盛り沢山だといちいち感想を述べるまでも無い。演目は海老蔵さんのところのチビちゃん堀越勧玄ちゃんのお披露目、忠臣蔵の仙石屋敷、歌舞伎十八番の勧進帳に海老蔵さんの河内山宗俊といやもう大変なモンでした。普通の2日分とでもいいましょうか。
お披露目はですな、さすがに市川宗家だけあって華やかでいいですね。鳶の親方の染吉は高麗屋の染五郎さん、松吉は音羽屋の松緑さん、仕切りが松島屋仁左衛門さんで町年寄は音羽屋菊五郎さん。芸者のお藤は藤十郎さん、いやもう一同がズラリと並ぶと目眩がしそうな迫力ですな。勧玄ちゃんは三歳前かな、訳も分からずトコトコ花道から出て来て『ほーりーこーしーかーんーげーんーとーもーおーしーまーすー』と挨拶しました。
花道をゾロッと出てくる一門を従えて出て来るところ、あんな子供なのにキョロキョロしません。ああやって舞台度胸と腰の据え方を身に付けていくんでしょう。これ、いい年になってからでは玉三郎並の才能がないとこうは行きませんよ。
勧進帳は富樫が幸四郎さんで弁慶は染五郎さんの高麗屋親子競演。問い詰められて弁慶が何も書いていない巻物を”勧進帳”として読み上げるのですが、途中富樫が覗き込むのを慌てる表情が見物です。しかしここだけの話、染五郎さん語尾の滑舌が悪かったですよ、念のため。
それでも、酒を勧められそれに応じながらしまいにもっとよこせと徳利を取り上げる仕草、表情は歌舞伎の醍醐味で見ごたえがあります。この間セリフは無し。その後舞を舞いながら花道を飛び六方で下がっていくところはさすがですね。飛び六法はスキップの踏み方ですね。![yjimage[1]](https://sonarmc.com/wordpress/site36/files/2015/11/yjimage1.jpg)
そしていよいよ海老蔵さんの河内山。
「悪に強きは善にもと、世のたとえにもいうとおり、親の嘆きが不憫さに、娘の命を助けるため、腹に企みの魂胆を、練塀小路に隠れのねえ、御数寄屋坊主の宗俊が、頭の丸いを幸いに・・・(中略)、二つに一つの返答を、聞かねえうちは宗俊も、ただ此の侭じゃ帰られねえ」強請りのお数寄屋坊主です。
見所は『山吹のお茶を所望』と露骨にたかりをかけ、出て来た包みを一瞥すると人目を見計らってニンマリする、是非ご覧あれ。
脇を固めるのはご贔屓の芸達者、高島屋左團次さん。相変わらずセリフがうまい。
最後は散々悪態をついた挙句に花道で『ばーーかーーめーー』成田屋!。ここの”成田屋”は、ンナリタヤ、と聞こえるように声掛けするとキマりますよ。
しかしこの人、荒事の芸風なのに必ず観客を湧かせる”笑い”を取るんですねぇ。音羽屋も大御所になっちゃって、近い将来看板だけでお客さんを呼べるのはこの人くらいじゃないですか。
又そろそろ大暴れ一丁どうですか?
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荒事 歌舞伎十八番『矢の根』
2015 OCT 28 2:02:22 am by 西 牟呂雄
東 兄のブログを読んでいても立ってもいられなくなり歌舞伎座に行ってきました。と言っても一幕だけの幕見と言う奴で、まさにチョイと芝居を見てくらァってところです。演目はというと、やってましたね。歌舞伎十八番の『矢の根』です。![yjimage[1]](https://sonarmc.com/wordpress/site36/files/2015/10/yjimage1.jpg)
歌舞伎十八番というのは成田屋市川家の芸ですが、今日は分家筋の音羽屋。『二世尾上松緑二十七回忌追善狂言』と打たれていてお孫さんの四世(当代)の松緑さんがやりました。海老蔵さんの”はとこ”に当たりますな。梨園は親戚中役者ですからちょっと経つと何代目かいなと混乱します。
曽我兄弟の五郎がドレッド・ヘアーみたいな出立でバケモノみたいな鏑矢を研いでいます。そして大好きな荒事の掛け声『やっとこと、ちゃっ。うんとこなっ』とやりながら大の字になって倒れて寝てしまいます。
両腕を上げたまま足をハの字にして高く上げる、切られた時の歌舞伎のポーズですが、やってみるとキツいですよ。
藤十郎さんの曽我十郎が夢に出て来ることになっていて、後は省略。
ここで馬が出ます、馬が。見た人もおられるでしょう、人が馬の被り物みたいなものにモノに入って二人一組になり前足と後ろ足をやるんですな。チャンと足を跳ね上げ、首を振り嘶く真似をします。今回の馬は上手だった。あれをやってみたいのですがその後、松緑さんが乗るんです。やはりそれなりの修練が必要なのは明らかでとてもとても・・。
歌舞伎に出てくる動物は一説によると十二支は全部あるというのですが、僕が見たことがあるのは狐かな。天竺徳兵衛韓国(いこく)話ではガマが出るとも聞きました。
次は動物を中心に演目を探してみましょうか。『象引』というやはり歌舞伎十八番の演目があって平成21年に團十郎が演っていますが見ていません。
これはハリボテで造ったのでしょうが、何かかわいいですね。
キリンとか虎があるかな。
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狂言 附子 並びに 能 大般若
2015 OCT 13 21:21:19 pm by 西 牟呂雄
附子、ぶす、と読みます。他愛も無い筋立てですが、太郎冠者=野村万作 次郎冠者=野村萬斎の親子コンビがやるので見に行きました。
主人が『これは毒だから近づくな』といった桶の中の砂糖をこっそり食べてしまいバレて大騒ぎになる、というコミカルな話です。
挙句の果てに、誤って掛け軸を破き天目茶碗を割って、お詫びのために毒を飲んで死のうとしたが一向に死なない、と言い訳するオチ、これ教科書かなんかにありませんでしたっけ。
遠目には海老一染太郎に似ている万作さんとオーラ出まくりの萬斎さん。二人で大げさに『アーン、アーン』と泣いてみせるところ、さすがに華があります。表情が豊かなんですな。
大般若は三蔵法師のお話。西域の大砂漠に流沙河(りゅうさが)という大河があり(実在ではない)そこで深沙大王と出会うくだりです。この流沙河は西遊記にも記述があって三蔵一行はここで沙悟浄と出会うのですが、能には孫悟空や猪八戒はもちろん沙悟浄も出てきません。
その代わり飛天と龍神が二人(二匹?)づつ出てくる後半は風流(ふりゅう)能と言って、いわばスペクタクルですが、能の舞台ですから円を描きつつ静かに舞います。深沙大王と龍神の面はさすがにエグい。
ところでこの大般若、原曲はもうなくなっていて、山形県鶴岡の黒川能に伝えられていたものを500年ぶりに復曲させたもの、東京では滅多に上演されません。現地では伝承する氏子160人、能面230点、能装束400点、演目数は能540番、狂言50番と堂々たる伝統芸能です。鶴岡と言えば 方言のいきのよさ に書いたのですが、戦時中に亡き母が疎開していたところ。古典が大好きだった母も少なかった楽しみにこの舞台を見たに違いない、と思いながら観賞しました。
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