僕の甲子園
2012 SEP 12 14:14:35 pm by 西 牟呂雄
先日、たまたま帰りに南武線で通りかかった矢野口駅でふらっと下車しました。日曜日の夕方5時ぐらいでした。ここには尽性園といって、多摩川べりに我が都立九段高校の硬式野球グラウンドがあるのです。
踏切があった駅は高架になっていて、当時の面影すらありません。もう40年近く歩いていない道もかなり様子が違います。それでもなんとなく記憶をたどって、そこへ着きました。
僕は硬式野球部員でした。この尽性園での泥まみれの練習、怖かった先輩たちの顔や声、対外試合の真剣勝負、灼熱地獄だった夏の合宿・・・。なぜそんなに長いこと来ていなかったのかなと不思議に思いながら、その思い出の地を一目見て帰ろうと思ったのです。
ところがなんと、グラウンドへ眼をやると、その硬式野球部員が練習を終え、マウンドで円陣を組んでいるではありませんか。日曜日のこんな時間、構内には立ちいれないものとあきらめていた僕は目を疑い、吸い寄せられるようにバックネット裏までいきました。
円陣は長くつづき、まん中で監督さんが檄を飛ばしているようでした。やっと円陣が解けると、部員たちは散り散りになってグラウンド整備を始めました。こちらに歩いてきた監督さんは僕を見て、帽子を取りました。僕は「40年前のOBです」とだけ名乗りました。
「すみません。今日、秋の大会、1回戦で負けたんです」「ああそうなんだ。それでこうなったんですね。それはお邪魔しました。次、頑張ってください。」・・・・
そんな会話をしてさあ帰ろうと思ったところ、足がふと止まり、僕はついきいてしまいました。
「マウンドに登らせてもらえますか?」
監督さんは、まるでそれを待っていたかのような、誰にも有無を言わせぬような力強い声で、ぽんと僕に言葉を返してくれました。
「もちろんです」
しばらくマウンドのてっぺんでぼう然とホームベースを見ていた僕のとなりで監督さんがききました。
「変わってませんか?」
実は涙でホームがよく見えなかったのですが、
「変わってません」
としっかり答えました。
足元の白いプレートにそっと右手を置いてみると、1年生の時、夏の合宿で初先発した僕は、このプレートの踏み方をよく知らなくて、ベンチからすっとんできた3年生にここでそれを教わったことを思い出しました。
「ここは九段生の甲子園なんですね」
監督さんから最後にいただいたこの言葉を、僕は一生忘れることはありません。
トンボをかけ終わった部員たちはいったいなんだろうと遠まきに僕らを見ていました。もう薄暗くなった中、マウンドを降りた僕がグラウンドに深く一礼すると、誰からともなく「ありがとうございました!」と若い元気で大声の唱和が響きました。