音楽家と完全主義
2026 JUL 22 0:00:50 am by 東 賢太郎
初めて聴いた演奏家に夢中になることは稀ですが、もうだいぶ前のそのひとり、ヴァイオリニストのユリア・フィッシャーは終焉後に楽屋までおしかけてツーショットしてもらったぐらい気に入ったものです。前稿のチェリスト、ダニエル・ミュラー=ショット(以下ダニエル)も感銘はそのクラスだったと思います。
チェリストといえば、昨年10月21日の読響定期でハチャトリアンを弾いた北村陽(左)も良かった。ブログで「圧巻!リサイタルを聴いてみたいと思った初のチェリスト、いや、いつまでも聴いていたいと思った稀有の人と書くべきだ」と最大級の賛辞を送っています。ではダニエルと比べてどうだったか?感銘という点で甲乙付けがたいですね。同じ曲ではなかったし音楽を聴く側の印象というものは振幅がありますし、そもそも22歳の北村を円熟期50歳のダニエルと比較してもフェアでないのですが、同じチェリストとしてそう思わせたということは書いておく意味が大いにあった。期待あるのみです。
ダニエルについて特筆すべきは、演奏のありようもさることながら、曲は違うのにロストロポーヴィチの40年も前の記憶を呼び覚ましたことです。もっと正確に
記すなら、演奏中に「あれ?これどこかで知ってるぞ」とひらめき、しばし考えてその結論が浮かんだのです。ロストロで覚えていて言葉にできるのは、チェロをとても寝かせる構え、それだからできるのだろうヴァイオリンのように緻密なハイポジション、会場の奥まで届くピアニッシモ、シューマンの歌の朗々たる艶やかな伸び、フォルテの凄まじい集中力でしょう。しかしそのどれかが似ていたのか総体的なものかははっきりしません。
音楽は “生もの” です。なま音はマイクに入りきらないといいますが、もっと入らないものがあります。聴衆です。劇場には聴衆の「気」が満ちています。いや、もっと科学的に記述しましょう、満ちていると仮定するのです。空気からは計測できませんが、人体からはできる。なぜなら、音楽の起伏につれて聴衆の心は動いています。興奮すればアドレナリンが出ます。フィナーレで高潮すると心拍数、体温、血圧が上がり、消えるように終わる音楽なら平静になるでしょう。興奮や沈静は脳波という電磁波になり、それが同期し伝播して巨大になると何物か劇場に満ちている感じになる。それが「気」と呼ぶものの正体であり、どなたか数値を計測していただければ仮定は証明されたことになるでしょう。
気は人間に影響を及ぼしており、それを言語で表現する需要が多いから日本語に「気」のつく単語が山ほどあるのです。劇場とは、大勢の観客の前で何かを演じ、「気」をひとつにした相乗効果で爆発的な効果を生むことを目的とした装置です。ルネッサンス期にフィレンツェでギリシャ悲劇を再演しました。やるうちにセリフを歌とし、楽器で伴奏することで相乗効果の爆発が増幅されることに気づきました。これがオペラの起源です。リブレットは同じですから、観客の「気」を増幅するものは音楽であることが発見され、やがて音楽だけが独立しコンサートとなったのです。すなわち、劇場の成果とはどれだけ観客の気を高めたかということであり、演奏家の評価もチケットの売上もそれにつれます。
気は画像にも録音にも入りません。2千人の劇場なら、歌手、オーケストラが百人として気の95%は聴衆が発していますから、CDやストリーミングで再生して耳に入ってくる情報は5%でしかないのです。これは「光や電波で観測している物質は宇宙の4%しかない」というダークマターの存在に似ています。神は無駄なものを造らない(イザヤ書 45章18節)なら96%も無駄でしたという結論はないのです。劇場の場合、我々はリアルな現実として録音の何倍もの感動を味わえることを体感しています。気合といいますが、気は合一してパワーになる。嵐ファンの娘はライブのため北海道まで行きましたが、その歓びの 95%は気かもしれないよということです。もちろん5%が優れていないと感動は生まれませんから、観客の「気」はレバレッジ(てこ)にほかなりません。僕もロストロをはじめパバロッティやクライバーの凄まじいスタンディングオベーションはそうだったと思わないでもないのです。
であるとすれば、音楽を愛する我々は天から重要な示唆を受け取ったことになります。音楽は聴衆が作っているということです。第九のベーレンライター版は好奇心を満たしますしサイモン・ラトルのウィーンフィル盤は見事な演奏なのですが、最後の最後、ゴッタフンケン(Götterfunken)に至ってとうとう僕はズッコける。これがベートーベンの意図なら、死後のどこかで誰かのミスで我々の慣れ親しんだテンポになって誰も異議を唱えなかった。だから150年も誤りが続いてそれが記憶されてきたことになります。なぜなら、聴衆が支持したからです。フルトヴェングラーの凄まじいアップテンポも多分ベートーべンの意図ではないでしょうが 20世紀の聴衆に圧倒的に支持されて定番になってしまいました。同様に、北村陽の弾いたハチャトリアンやダニエルのショスタコ1番も、演奏が説得力に富んでいたため解釈上の定番を作っていくかもしれません。僕は古楽器演奏を好みませんが、同じ理由で原典版もケースバイケースだなと思います。理由は明白です。僕もそうした聴衆のひとりだからです。
ということで本稿ではダニエル・ミュラー=ショットのグリーグとラヴェルを取り上げます。グリーグではヴァイオリン・ソナタを弾く試みも聞け、それがまるで元からチェロ・ソナタであるかのような見事な演奏になっています。彼はドイ
ツ人ですから母国語でない音楽を自分の世界に引き込んで新たなワールドを作っている。グリーグがこれを喜んだかどうかはともかく、保守的なクラシック界においては斬新な試みといえます。だってショパンはショパンの流儀があって、代々伝わる創業家の秘伝みたいな方法を先生に習ってコンクールに出る。ポゴレリッチのように自己流が入ると不合格で審査員のアルゲリッチ先生は怒って退場してしまいました。ショパンコンクールも少しは変わってきたとされますが、クラシックというのは基本的に古典芸能だからそういう世界です。動画の再生回数やファン投票で決まるなんてことは絶対にありませんからダニエルの試みは革命的と言えます。そして僕はそれを支持します。
古楽器は否定するのになぜか?演奏家の真実の声が聞こえるからです。古楽器だってそういう演奏家はいるでしょうが、古楽器だから意味があるでしょという演奏家もいます。バッハの時代はこういう音だったんだねふうんというだけなら博物館の展示品のお披露目会みたいなところでやればいいのです。僕らはバッハの時代の聴衆ではありませんからそれを聴いて良いと思う自然な道理はありません。歴史学的に正しいからと無理矢理感動するいわれなどまるでありません。思いおこせば、僕が中学まで学校で受けた音楽教育はまさにそういう姿勢のもので、死ぬほど退屈であり通信簿はいつも2でした。演奏家はまず作曲家が作品に封じ込めたパッションを共有し、それが強いから演奏したい、それをぜひ聴いてほしいと熱望し、そういうものこそ聞きたいと熱望する聴衆が集まる。すると劇場で両者の気が合体し、大きなパワーとなり、聴衆に一生忘れぬ思い出を刻印するのです。長く生きてきたおかげで僕はそういう場に何度も立ち会いました。たくさんあるので何年たっても熱が冷めやらず、文章ではありますがそれを共有していただいて、皆さんなりにこれからの感動のよすがにしていただきたいと願って14年前にブログを始めることになったのです。
しかし忘れてはならないのは、以上のすべては作品が良いからいえることです。そうでない作品にいくら有能な演奏家が気合を込めても無から有は生まれません。だから演奏する側も聞く側も、感動したということはまず第一にそれが作品の中に存在していたという証左ですから、作曲してくれた人への深い感謝があるべきなのです。それを一律に形で表すために印税を払うという義務があるのですが、 法律の効力は50年も経つと切れてしまいます。それを無料で使って1億枚もレコードを売ってカラヤンは富豪になりましたが、彼は自分の力で曲の魅力を大衆に折伏(しゃくぶく)した有能な伝道師だったということです。これは彼の才能と努力の成果です。問題は、ではベートーベンは何を得たのかという甚だバランスの悪い気持ちを押さえられないことなのです。天国に行った人だから墓前に何かそなえるしかなく、記念館に寄付という手段は多くの人がやっています。自分なりのやり方。それはブログで感動の証を書き残し、ひとりでも多くの方にその作品で感動していただくこと。楽器のできない僕にはそれしかありません。
きのう時間ができたので彼のユーチューブを検索していたら、これを見つけました。ダニエルがアンコールでユリア・フィッシャーとデュオを弾いてる。この組み合わせというとブラームスのドッペルをやったのではないでしょうか。
お話した印象ですが、彼女は知性とプライドとリーダーシップのある妥協のない人とお見受けしました。プロとして当然ではありますがなかなか彼女のレベルの方はいないのではないでしょうか。たとえばピッチです。他人に教わるまでもなく自分の中で当たり前のようにコンプリートされている感じがします。アンサンブルでも完璧を目指す人のように思います。それを完全主義と言ってしまっていいのかどうか迷いますが、一定のジャンルにおいて僕はまさにそれでありますし、こと音楽に限って言えば彼女はそれに近いのではないかと思います。
この曲、ハルヴォルセンの『ヘンデルの主題によるパッサカリアとサラバンド』はヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲であり、ダニエルはそれをチェロで弾いています。いわばアルト歌手がソプラノのレパートリーを歌うようなもので、高い技術がなければできることではないでしょう。この試みも、先生に習ったからやりましたというものではなく、彼の中にある欲求がつくり上げたものでしょう。ルーティーンで妥協しない。自ら高いところを目指す。それはまさしく完全主義です。ですからフィッシャーとは馬が合い、お互いに認め合って、高いレベルで理解しあえるものがあったのではないでしょうか。だとすれば、それは大変なことなのです。
フィッシャーの知性とは勉強ができる程度の意味ではありません。父は数学者、母はピアニストであり、ドイツ最年少の 23歳でフランクフルト音楽大学の教授に就任したレベルの話です。曲を書いたり演奏したりは疑う余地もなく高度にイ
ンテリジェントな作業なわけです。それを持ちあわせない人が歴史に残る作品を書くなど微分積分を解く猿が現れる以上に有り得ませんから大作曲家と呼ばれる人たちは例外なくそういう人なのであり、必ずしもそうではない学者や伝記作家が自分の目線で彼らの性格や日常生活をどう描写しようが、彼らは音楽においては例外なく完全主義者なのです。演奏家は譜面を通じてそうした超人である作曲家と対峙する作業から入るわけですが、それが音符を音にするメカニックな作業と同次元のことであるはずがありません。演奏以前の膨大な形而上学的部分、すなわち、音楽をつむぎ出した作曲家の知性という言葉でしか表わせない「土台」を理解せずに演奏するという行為はその演奏家ご自身の評価のためにもミスリーディングです。超絶技巧でベートーベンの熱情ソナタをバリバリ弾いて大向こうをうならせる。そういうものが好きな聴衆もいるでしょうし、クラシックが敬遠され衰退するよりはマシという考え方もあるのでしょうが、僕にとっては大道芸です。
指揮者で圧倒的に知性が高いと感じた人がピエール・ブーレーズ、セルジュ・チェリビダッケです。彼らはオペラハウスたたき上げの親方キャリアでなく大学で数学、哲学も学んだ人です。音楽は理屈じゃない。感性だよハートだよという方も多いだろうし否定する気はないのですが、感性も十人十色です。ひとくくりにそれが音楽のエッセンスだと言うには広すぎるというだけでもそれがエッセンスでないことはお分かりいただけると思います。ちなみにおふたりはレパートリーからして別々の感性の人たちです。でも、ひとつだけ共通点があるのです。知性の高さが音に現れていることです。おふたりは音楽に投入した知性の総量でも、音でそれを具象化する技術においても優れたパフォーマーでした。
それは料理に例えられるかもしれません。料理は化学でもあるから感性だけでするのでなく確立したメソッドがあります。それを生み出したインテリジェンスは知性以外の何ものでもありません。ブーレーズもチェリビダッケも知性によるメソッドを音にする “名シェフ” でしたが、それではカラヤンはどうでしょう。僕の世代には保守的な評論家たちをはじめアンチが沢山おられ、彼を否定することが上級者の証しみたいな空気すらありました。大衆迎合の故の人気だというのです。だとすれば僕にとっても大道芸のたぐいです。当初はそう思っていましたが、誤りと気づいたのは1983年にザルツブルグ音楽祭で聴いた「ばらの騎士」でのことです。総合芸術としてリッチでゴージャスに楽しませるための知性のオンパレードは大衆迎合などとはほど遠く、ああこれを否定することはリヒャルト・シュトラウスでもできないだろうと感服したのです。カラヤンがブーレーズと違う唯一の点は、知性をマーケティングにも使ったことです。
話を戻せば、ダニエルの演奏は豊かな感性の賜物ではありますが、そのベースにはフィッシャーと対等な知性の裏打ちがあるわけです。それが技術と高い次元で結びついていると感じました。前稿の通り彼の楽器はハー
ヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)という名器で、サントリーホールで類い稀なる音色を楽しませてくれたのですが、演奏は体全体から発散するオーラに満ちている。それはサフィールが与えたものかもしれないし、楽器はオーラを受けてますます良い音でこたえるという幸福な関係にあったのかもしれません。2006年、最晩年のシャピロがラジオで若き日のダニエルの演奏を聴き、サフィールの引き継ぎを持ち掛けたことは重要でしょう。長年ジュリアード音楽院のチェロ教授をつとめロストロポーヴィチが「世界で最も偉大なチェロ教師」と敬意を表し、アルトゥーロ・トスカニーニがNBC交響楽団の主席に据えた人の耳だけの判断だからです。
ダニエルのユーチューブをひと通り聴きましたが、とても印象に残ったのはグリーグのソナタです。ヴァイオリン・ソナタに比べて知名度が低いのは自身の兄を想定して書かれており、演奏者に恵まれてなかったのだろうと感じます。
このピアニスト、ヘルベルト・シュフは初めてですが、やはりユリア・フィッシャーとツアーをした仲間のようです。 つまり3人とも同じ次元で知性、感性がぴったり合ってる。それが触発しあって相乗効果で良い演奏が生まれる。とてもわかりやすいですね。さらに言えば、聴衆である僕もそれを心地よく感じるタイプの人間だからこうして皆様にご紹介することになる。真剣に読んで下さってる方が日本だけでなくたくさんおられることを存じ上げていますから、生半可な好き嫌いだけで書いてはいけないと常に戒めてますが、この3人については手放しでほめても問題ないように思います。
余談ですがレストランのミシュランやワインのパーカーもこうやって星や点数をつけていると思われ、判断の最後に感性の混入は避けられませんから結局は評者それぞれなわけで、万人に絶対的に旨い食事やワインが存在するわけではありません。商業的な底流として、旨いと思わない人は一流の大人でないというアンコンシャス・バイアス(unconscious bias、無意識の思い込み)がちらつき、なんで寿司屋の良しあしをフランスの本に決められなきゃいけないのという感じがします。西洋の音楽についてああだこうだ書いてる日本人の僕にも同じことが言えるわけですが、僕は自分の趣味が正しいという思いこみは意識的に消しています。煮物が苦手な僕が日本人だからと言ってその良し悪しを論じてもナンセンスであることも自覚しています。良識あられる読者の皆さんはそういう読み方をしていただいていると信じております。唯一真理があるとすれば、僕と同じ系統の好みの方にとっては結構いい線いってるかもしれないということです。
最後に、フィッシャーもダニエルもドイツ人ですが、古き良きのタイプではなくインターナショナルでフレキシブルでレパートリーが広い。彼らのラヴェルをぜひお聴きください。パリ音楽院流儀ではないかもしれませんが、ラヴェルの書き記した音の抽象的な部分を咀嚼してお見事なフレンチ・ディッシュに仕上がっていますす。 30年ぐらい前からドイツのオケのフランス物は進化していて、ベルリン・フィル、シュトゥットガルト放送交響楽団が素晴らしかった。 1994年にベルリンのフィルハーモニーでブーレーズが前者を振った神々しいばかりの「ダフニスとクロエ」はこれまで人生で聴いたライブの筆頭格ですし、後者がジェルメッティとやったCapriccioのラヴェル集はユーチューブにアップ
しましたが、永遠の愛聴盤の1つです。その昔、レコード芸術誌はフランス物といえばクリュタンス、ミュンシュのパリ音楽院管、パリ管でなくてはというまさしくアンコンシャス・バイアスに満ちており、馬鹿正直にそれを珍重して聴きこんでましたが、ブーレーズやチェリビダッケの洗礼を受けてしまうとどう考えてもオーケストラがうまくないんです。いやいやそのアバウトな所がフランスなんだよ、あの頼りないホルンじゃないと感じが出ないんだよなんて識者のもっともらしいご説が飛びかい、確かに色気はある木管の音色にそんなもんかと思ってましたが、それは「おフランス」に憧れ高級と信じこんだジャパンワールドの片想いの幻想であって、エッフェル塔で恥ずかしいポーズで悦にいる女性議員がいまだにいる国の顛末だったなあと思うのです。
ヨーロッパに住んでみるとフランスの位置づけは全然そんなことはないわけです。隣国のドイツで、極東の日本人が崇拝した如くクリュタンス、ミュンシュのフランス物が神格化されるれるなどありえない。なぜならライン川を挟んで2千年も隣にいても、ドイツ人は日常的にフランス料理を食べさえしないのです。EMIのマーケティング戦略を見ればわかります。ミュンシュは血統は両国が混合したアルザス系ドイツ人ですし、クリュタンスはというと独仏文化が交叉するベルギー人であった彼をEMIはベルリン・フィルに押し込んで交響曲全曲録音をさせました。ドイツグラモフォンの牙城であるドイツマーケット進出を目論んだのです。なぜならオペラ作品が数えるほどしかないフランス音楽が、中規模都市にもオペラハウスがあるドイツのローカルな音楽文化に自然な形で浸潤するはずもないのはフランス料理と同じなのです。だからカラヤンのオーケストラであるBPOのシェフに、レコード録音だけとはいえフランス語話者の指揮者を送り込んだ。そこにはナチスにパリを占領され強姦略奪でめちゃくちゃにされた遺恨もあったかもしれないし敗戦で経済力が弱ったドイツを征服したい意欲すらあったかもしれません。
その策略は完全に失敗に終わりました。クリュタンスの起用はパリ音学院管弦楽団とのフランス物が日本でアイコン化したことで元は取れたでしょうが、彼もミュンシュも血統は辺境で「おフランスな人」などでないわけであって、こちらの成功は仏EMIと日本のレコード業界、評論家の見事なマーケティング戦略だったと感嘆するのみです。ラヴェルはジュネーヴのスイス人とマドリッド育ちのバスク系スペイン人の混血で、生後3ヶ月してパリに移住した移民の子です。そんなことはトリビアになってしまうぐらい彼はフランス音楽の代表格になっていますが、伝統を守るパリ音楽院の教授連は彼にローマ賞を与えていません。代表格になったのは一にも二にも彼が世界に認められたからで、同じ現象はサッカーWCフランス代表チームの血統豊かなメンバー選考にも見てとれ、フランスという国家のお家芸ともいえましょう。音楽の優位性が彼ほど「完全主義」に起因した人はいないでしょう。ダフニスやボレロのオーケストラスコアをご覧になったことのある方は、それ自体が精巧な美術工芸品であるという僕の主張も肯定してくださるでしょう。しかしそれがフランス文化に起因したと考えるのは大きな誤りで、何度フランスへ行ったか数えきれませんが、趣味においても精密度においても何を見聞きしてもラヴェル的なものはみつからず、とてもがっかりした自分がいたのです。納得したのは、その後にスイスに2年半いて、工芸品として精巧きわまりないスイス時計を見て回った時です。ラヴェル的なものは、工学を学び土木技師で発明家で、紙袋を縫う機械、機関銃のモデル、アセチレン動力の2ストロークエンジン、ガソリン車用の蒸気発生器を発明し自動車産業の先駆者とされるエンジニアであった父親ピエール・ジョセフ・ラヴェル由来だったのです。アバウトな演奏など作曲家本人のコンセプトからしてのっけから論外であり、緻密に精密に演奏すればするほど香気が漂うふうに書かれています。けだし、若い俊英のドイツ人演奏家たちにとってラヴェルはそういうもので、リアリズムの観点からしてそれは正しいことを確信させてくれる卓越した演奏です。
読響定期 ダニエル・ミュラー=ショット讃
2026 JUL 17 16:16:53 pm by 東 賢太郎
指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ=ダニエル・ミュラー=ショット
ジークフリート・マトゥス:怒り狂う女(Furien-Furioso)(日本初演)
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107
ルディ・シュテファン:交響的楽章(1910年)(日本初演)
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」 作品24
毎度何の先入観もなく聴いている読響定期。この日も直前に入場しプログラムは一瞥だけ。時間の制約ということもあるが、あえてこのスタイルで楽しんでいるのは、30分前までの喧騒から音楽の世界に切り替わるのが非日常、心の滋養になるからだ。クラシック音楽はどれも作曲家、演奏家の強烈なパトスが封じ込められており、俗世間を瞬時に断ち切れ、別世界に遊べる。それは同時に誰も立ち入れない自分だけの空間である。そして入ってしまえば30分も1時間も出てこれない。パトスを浴びた後、自分がどうなっているかは予想もつかないのだ。
日本初演が2つもありまさに一期一会。このシリーズの贅沢な点である。 60年も聴いているわけで、何を今更という曲よりありがたい。「怒り狂う女」(1999)は、「外見上の愛想の良さや親切心の陰に潜む不誠実で狡猾な存在を音楽の魔力でお祓いしよう」という含意の作品だ。ラチェット、フォレクサトーンいう打楽器は通常は隠し味で使うものだが後者は曲の終結で主役級の扱いだ。Vn群の音がとても良かった。コンマスのソロを含め最高レベルの音だ。マトゥスは東独の国宝的存在の作曲家で基本的にオペラの人のようだ。静寂の後、金管の咆哮から全管弦打楽器が錯綜する部分は呪術的で春の祭典のイメージになる。
シュテファンは処女オペラがフランクフルト歌劇場で初演された俊英だったが、第1次大戦で28歳で戦死した。出身地のヴォルムスはマインツの南、マンハイムの近くでありバーデンバーデンの行程で通った馴染みの地だ。ヴァイグレは元フランクフルト歌劇場指揮者であるから思い入れがあるのは自然だろう。彼はプフィッツナーのカンタータ「ドイツ精神について」 作品28の日本初演(2026年1月20日)も行ったが、この作曲家もフランクフルト出身であり、僕にとっても思い入れがある。交響的楽章はオルガン付きの大管弦楽の音楽で後期ロマン派のタッチをとどめつつシェーンベルクに向かっていく和声音楽という点でシュレーカーの先駆を思わせる。 23歳でこれを書いた人が生きていればと誰をも嘆かせる内容の濃い音楽だった。
最後の「死と変容」。R・シュトラウス25歳の作品であるこれを交響的楽章の後に置く。23歳のルディ・シュテファンの後に。もし彼が生きていれば!無言のメッセージはすべての聴衆の心の奥底に届いたのではないか。前半2曲を共産主義政権下の作品でまとめ後半はそれだ。なんという周到なプログラムだろう。「死と変容」はクレンペラー、ケンペ、チェリビダッケなどが耳にあるのでなかなか評価は難しい。「私が作曲したことは全て正確だったと、今こそ言うことができる。私は今しがたそれを文字通り体験してきたのだよ」という作曲者の死の間際の言葉があるのでもっと幽玄な音を求めてしまうところが好みの問題だ。
あえてショスタコーヴィチを最後に書くのは、ダニエル・ミュラー=ショットのチェロがあまりに素晴らしかったからだ。僕は1984年にロンドンでロストロポーヴィチを聴いたが(シューマンとボッケリーニ2番)、もうあんな豊潤でエネルギーのある音には二度と出会えないと思っていた。それ以来あまたのチェリストを聴いてきたが、確かにそうだった。ところがこの日、これこれ、これがロストロの音だった!というのに出会ったのだ。
僕が聴いた名演奏家たち(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ)
調べてみたところ、ミュラー=ショットの楽器はNBC交響楽団の出席チェリストだったハーヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)だ(ちなみにお値段は200万ドル、今のレートで3億円)。GPTによるとロストロが1984年にロンドン公演で演奏していたチェロはストラディの「Davidov」だったと出てくるがGPTはあんまり当てにならない(それ以前に並行して使った楽器にゴフリラーもある)。ロストロはシャピロを「世界で最も偉大なチェロ教師」と呼び、ミュラー=ショットはロストロを「恩師」と呼んでいるので同じ流派と考えていいのかもしれない。このへんは西村さんのご意見を伺いたいところだ。
この日のショスタコーヴィチ。音の美感と動感のバランスがとれ、Sym5番の第3楽章を思わせる緩徐楽章のハーモニクスの神秘感も良かった。ロストロの特徴でもあったエネルギーポテンシャルの高いハイポジションの音が今も耳に残る。終了後に、大学オケでトランペットだった友人と「ヴィオラコンチェルトを聴いた感じだったね」とうなずきあった。暖色系で太目でまろやか、それでいて雄弁な音質はホルンと融和する。モーツァルトは好きなヴァイオリンの音色を「バターのよう」と形容したがミュラー=ショットの音にも当てはまるだろう。C弦の低音もハイポジと連続性ある柔らかみがあり隆々と伸びる。アンコールのJ.S.バッハ無伴奏第3番ジーグも全曲を所望したい魅力があった。美音の嵐でお腹はいっぱい。至福の夕べだった。
「ニーチェ」と「トランピズム」の結婚
2026 JAN 16 18:18:57 pm by 東 賢太郎
年末に箱根へ行って、外食をすませた帰りのことだ。冷たく澄み渡った大気の中に煌々と輝くオリオン座に呆然と見とれてしまった。子供のころ、暗くなると毎晩外へ出て白い息を吐きながら、あそこに行くとどんな景色だろうと空想した。冬休みに家族で行った天城高原ロッジから目撃した、まるで宝石をぶちまけたようにぎらぎら輝く星空は豪勢でまばゆく、半世紀以上前のその感動までもが蘇ってしまったのだ。春夏秋冬、北半球、南半球、夜空のどこを見渡してもベテルギウス、シリウス、プロキオンの作る「冬空の大三角形」界隈ほど華やいだ眺めはない。僕はこれを「天空の銀座」と呼びたい。それにしてもだ、写真をご覧になって、12個の明るめの星々が三ツ星、小三ツ星までお見事に、まるで誰かに造形されたかのように並んだこの天空の “絵柄” は、「自然の産物」にしては出来すぎと思われないだろうか?
仮に3個のビー玉を同時に無作為に頭上に放り投げてみたとしよう。地面に落ちたその3個が正三角形を描くまでに、あなたは何回それをくりかえす必要があるだろう?では今度は三ツ星みたいにまっすぐ等しい距離に整列するには?では6個を投げて大小三ツ星になってきれいに並ぶには?それではいよいよ、12個いっしょに投げて「天空の銀座」になるには??
ペルーにある「ナスカの地上絵」は紀元前500年から紀元500年の間にできたことがわかっているが、空から見ないとわからない巨大なサイズなので飛行場が近くにできる1920年頃まで見つからなかった。どう見ても動物や幾何学紋様にしか見えない絵柄が、それも1つ2つではなく、なんと723個
も描かれていて、古代の住人がやったとすれば関わった人数も時間も膨大なものだ。ひとりではできないから指揮した者がいるはずだ。彼(彼女)は何と言って人々に命じ、飯を食わせたのだろう?これだけの大工事をやらせるには目的を示す必要があってそれは伊達や酔狂とは思えない。そこでドイツのマリア・ライヘという数学者はこの地に住んで一生を捧げ、それが何か、誰が何の目的で描いたかを研究したがいまだ解明されていない。空想をたくましくしてみよう。オリオン座と冬空の大三角形は何者かが人類に見せるために描いた「天空絵画」であって、AIによると紀元前500年も形はほぼ同じだった。地球上どこにいても1年間のトータルの半分は夜ということを我々は忘れてるが、電燈がない古代人の夜は長かった。当時のナスカ人は毎夜に現れるそれを神様のメッセージと畏敬し、地上にいる動物を模写して生贄にささげたのかもしれない。あるいは現代人がSETI計画で強力な電波を宇宙に向けて発信しているのと同じ発想だったかもしれない。
広い世界にはもっと想像力のたくましい人たちがいて、古代には地球外生命体が頻繁に地球を訪れており、ナスカ人は彼らと交流しており目印として地上絵を描いたと主張する。僕はそれをエーリヒ・フォン・デニケンの著書『未来の記憶』で知り、中学時代に夢中になって読みふけった。それとトロイの遺跡を予言して発掘したハインリッヒ・シュリーマンの『古代への情熱』は興奮した二大書物だ。ドーンと謎が提示されて解き明かしていくタイプの読み物といえばエラリー・クイーンにもはまっていたが、 60年前の「宇宙人」のミステリー度合はNo1だった。
膨大な人数と時間を投入して古代人が造ったものの、何と人々に命じ、飯を食わせたのか未だ不明な物がもう1つある。エジプトはギザのピラミッド群だ。クフ王らの墓とされるが構造上の謎が残る。 3つの配置がオリオンの座の三ツ星を模したという説は真偽不明だが、目印説を取ればナスカと同じ目的ということにはなろう。私見では地球外生命体Xが我々の知らない何らかの目的のため2つ建てて去った。のちにクフ王、カフラー王の墓に転用され、3つ目は再訪の目印にと三ツ星に比定する位置に人間だけで建造したが完成できずメンカウラー王の墓になった。1つ目にXは宇宙普遍の数理を埋め込み、後世の人類が自分の来訪を知るきっかけを刻印した。
これは映画「コンタクト」でこと座α星ヴェガから自然のノイズではあり得ない人工的な信号である二進数で記述された素数列を送ってきて知的生命体であることが示されたのと同じことだ。
両著者とも若い頃は秀才のようでもなく、デニケンは逮捕歴までありメインストリームの知識人には受け入れられ難いハンディはあるものの、常人離れした想像力と行動力を発揮して僕のようなタイプの少年に血沸き肉踊る知的刺激をもたらす人生を送ったことは何人も否定できない。そうである以上、学会の保守本流から受けた「世を惑わす似非科学だ」、「素人発掘で遺跡を損壊した」等の批判は、後述するようにニーチェが「ルサンチマン」と定義した物(要は嫉妬)を含んでいる可能性も否定できないのであり、大哲学者によって「良い人生を送るためにはやめた方がいいよ」とばっさり切り捨てられているものの類であると僕は弁護したい。仮にメインストリームの批判が客観的に正しいものであるならばご両人はSF作家だったと理解すればよいのであって、そうであっても彼らに対する僕の尊敬はいささかも揺らぐものではない。先ほど、懐かしいデニケンさんがどうされているか、ウィキペディアで検索してみたらこの1月10日に亡くなっていた。本稿を書きたくなったのはこれまた虫の知らせだったのか・・。そういえばその日、歯が痛くなって注射を打たれたらもっと痛くなってうんうん唸っていたのだが・・。
デニケンの指摘通りナスカの地上絵は地球外生命体との交信の証だったとしよう。しかし、それでも、偶然にできるには気が遠くなるほど確率の低い天空絵画の謎は残る。誰もそんな主張をしないのは、恒星が巨大な質量を持って遥か遠くにある物体だと知っているからだ。しかしそれは本当だろうか?もっと言うなら、宇宙の果てまで137億光年というが、それも仮説から計算した紙の上の数字に過ぎない。物差しになっている光速はおよそ秒速30万kmだということが実験によって証明されているが、それより速く進む物体は存在しないという仮説の方は証明できない。シミュレーション仮説信奉者の僕としてはその数字はこの宇宙を創造した者(神としておこう)が使用したコンピュータの処理速度の上限値に過ぎないから実は任意の値であり、137億光年という宇宙のサイズも同様だ。
宇宙そのものがシミュレートされた幻影に過ぎないから大きさも重さもなく、我々が見てるのはまさにプラネタリウムみたいなもので、オリオン座だろうがアンドロメダ大星雲だろうが「天空の銀座」だろうが、絵柄は子供でも好きに描けるのだ。やはり同説の信奉者であるイーロン・マスクはビデオゲームの進化を例に挙げてそれを説明し、我々が見ている宇宙が現実である確率は10億分の1だと言っているが、この考え方の原型はちょうどナスカの地上絵が描かれたころに活躍したギリシャの哲学者プラトンの「洞窟の比喩」にすでに見られる。
似たような驚きを別のところで覚えたデジャヴがある。人間ドックの内視鏡検査で目撃した、僕の目には艶やかなオレンジ色のように見えた肉塊、すなわち自分の胃袋の中を初めて見た時だ。
「これが食道です、ここから胃ですね・・はいここから十二指腸になります」
女性の医師が手慣れたバスガイドみたいに説明し、ほーっと観光客みたいに眺めていた。これって、渋谷のプラネタリウムで聞いていた「この明るい星がシリウスです、何光年先で大きさは太陽の何倍で、その右がベテルギウスです、赤いのは温度が低いからです」なんてのとおんなじだなと思いながら、そこはかとない違和感を感じていたものだ。何だか自宅の部屋の中を他人が詳しく知っていて解説されてるみたいじゃないか。胃袋の所有者は俺だよ、なんで彼女のほうが俺より知ってるんだ?
それは、僕が作ったものではなく、両親とて設計図を見て作ったわけでなく、母のお腹で自然の摂理に従ってできたからだ。摂理というのは宇宙の仕組みと同じく創造者である神が創ったものだ。 1つの受精卵からいろんな臓器が分化してできて、その1つが僕の胃袋になっているわけだが、医師だって医学書の著者の博士だってなぜそうなって、どんなプログラムがどうやって作動したのかは誰も知らない。医学というものの創世記からの経験的学習によって誰の胃袋もそうなっていることを学んでいるだけで、彼女はぼくの胃袋がかつて観察された天文学的な数の胃袋のone of themであり、そうでない確率は海岸の砂浜から砂粒ひとつを選び出す確率より低いという仮説に基づいて解説を述べているのである。それはプラネタリウムの解説者がベテルギウスのあれこれを観測による経験的学習によって知っているのとなんら変わらない。つまり僕も医師も、脳みそからほんの 40cmの距離にある胃袋のことを「550光年先の星のことぐらい知らない」のである。そんな人類が世の中をわかった気になって支配しているのだから、史上初めて核兵器が用いられた80年前以降の我々はいつ全滅してもおかしくないという危うい均衡の中で生きていると言って全く過言ではない。「人間は考える葦である」とパスカルはパンセに書いた。それから350年もの年月が経っても、考えたところで大したことはないと思うのは僕だけだろうか。
考える葦が何をしてきたか、いかに浅はかな考えの連続であったかは歴史が教えてくれる。自由平等博愛の精神があれば神がいなくても人間は立派な社会が作れる。そう考えてカソリックを否定したフランス革命は約50万の人を殺した。それを肯定したマルクスの共産主義革命は人類が資本主義者に搾取されない理想の世界が作れると考え約9,500万の人を殺した。前稿で、僕は自分自身がフランス革命と啓蒙思想にルーツのある「自由」を心から愛する根っからのリベラリストだと説いた。人殺しの理念にかぶれていると誤解されたくないので述べておくが、僕がマルキシストでないことは「神はいる」と信じていることから証明される(その神は創造主であって名前は無いが)。そこに信心が至る契機は宗教でなく数学で唯物論的思考をたどっているが、結論は論理で導かれたのではなく天から降ってきたものだ。
それでは、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844 – 1900)が「神は死んだ」(Gott ist tot)と言ったことに対し僕は批判的であるか。答えはYes and Noだ。ニーチェの言葉は、ルネサンスによる科学技術の発展で「神が世界を創った」「神が善悪を決めている」といった従来の考え方が説得力を失い、長らく西洋社会の基盤となってきたキリスト教的な道徳や価値観がその力を喪失したことへの暗喩だ。神、魂、徳、罪、彼岸、真理、永遠の命、理性、価値、権力、自我などの概念は、弱い人間たちが自己を正当化して言い訳をするための「嘘」であり、キリスト教が目標とする偽りの彼岸的な世界の象徴なのだと説く。それを背景で支えている心理が前述の「ルサンチマン」(Ressetiment、無力ゆえの「憎悪」「嫉妬」に基づく、弱者からの「復讐」の感情)であり、「強者は悪だ」として自分を納得させ、「能力の高さより善人であるべき」、「迫害に耐える事で天国に行ける」と救済しようとする。彼はこれを否定して強者(超人)になれと説き、だから神は死んだと警鐘を鳴らしたわけである。また、解釈とは価値、意味を創り出す行為で多様だから世界はどのようにも解釈される可能性がある無限に二義的なものであって、唯一の真実などというものはなく、どこまで追い求めても「人間の解釈」というファジーで恣意的なものがあるだけで意味がないと考えた。以上の2点につき、僕は強い共感を覚える人間である。ルサンチマンから逃げまくり、ウソを並べた煙幕に救いを求める人達にとっての神は死んでいるが、しかし、宇宙を創造した神は存在し、人類を見守ってくれていると僕は信じているのである。
ニーチェはそこで興味深い概念を提唱している。永劫回帰(えいごうかいき、Ewige Wiederholung)だ。彼はスイスの著名なスキーリゾートでもあるサンモリッツの少し南にあるシルヴァプラナ湖の森(写真)を歩いていて、その啓示が突然に降ってきたという。

永劫回帰とは?この世界は、全てのもの(崇高なものも卑小なものも)が、まったく同じように永遠にくり返されるとする考え方である。キリスト教は始まりである天地創造があり、終わりである神の国の到来があって、歴史はこの終点を目的として不可逆的に進行するが、ニーチェは永劫回帰する世界はループ状で始まりもなく終わりもなく、それ1個しか世界はないとする。
イメージとして、箱根駅伝の最初の走者が1区を走りきり、さあ2区だと襷を渡そうとしたらまた1区のスタート地点だったという感じだろうか。少年サンデーの「伊賀の影丸」(横山光輝)で、敵を追いかけて豪雨の中を走れども走れども着いた先は「三島の宿」だったという、童心にも背筋がゾゾッっとしたシーンが目に焼きついてる(左がそれ)。余談だが僕はこの絵で三島という地名を覚え、この作品全巻を何度も熟読することで日本語すらも覚えた、いわば元祖アニメオタクである。影丸たちは敵の妖術にたぶらかされていたわけだが、実は70年生きてみると世の中というものは丸ごとそんな感じであって、目的地到着が無いのだから何度走っても途中にあった険しい坂道や危険な峡谷が戻ってきて消え去ることはない。だからそれらは自分で乗り越えるすべを開拓しなければ回避できる道は永遠にないのだ。ニーチェはこれを「ニヒリズムの極限形式」と呼んだ。キリスト教のように今まで最高価値だと信じていたものが実はそうではないと悟った時、人間が持つに至る世界観がニヒリズム(虚無主義)である。そこで人間は人生を諦めてしまう消極派か、自分で切り開こうと思う積極派か、そのどっちかを考える価値もないとする悟り派に分かれるが、ニーチェは究極の選択として積極派を推奨した。つまりここで彼はヘーゲルの弁証法をも否定したことになり、後世に大きな衝撃と影響を残したのである。
積極派こそが究極であるのは、人間は消極的に虚構に逃げこんで傷をなめあっても現実世界では何の救済も得られないからだ。したがって、これが重要なことだが、強い者への憎悪、嫉妬、復讐心をかきたてて人間をそこに追い込んでしまう「ルサンチマン」というものは苦悩、無限地獄の元凶とみなすべきなのである。嘘を垂れ流して「強者を憎め、妬め、復讐せよ」とする、耳障だけは良い「絶対的原理」を吹聴する者を拒絶せよ。そして、次々と生まれ出る真理の中で戯れ遊ぶ超人になれというのが彼の主張だ。この点においても僕はまったくもって同感だ。人間は、いくら頑張っても強い者を否定しても合理的な基礎を持つ普遍的な価値など手に入れることはできず、流転する価値、生存の前提となる価値を承認し続けなければならない、いわば自転車操業を続ける悲劇的な(かつ喜劇的な)存在である。もう笑うしかないぐらい今の自分を言い当てられた気がする。それでもくじけてしまわないのは、健康で生きることの喜びを肯定し続けられているからだと思う。
現状の日本国を俯瞰するに、そうした生き様を貫いている人の数は減ってきているような気がする。失われた30年なる失政を遠因とする慢性的デフレなのか、コロナ禍が社会の活力を蝕んで劣化させた結末なのか、戦争に端を発した輸入インフレの延焼による物価高なのか、その原因は一概に判断できないが、おそらくはそのどれもが相まった複合的現象として日本中に蔓延し、世の中を沈滞させてきたのだ。そしてその空気が俄かにより一層重くなり、日本国の天空に半透明のドームでもかぶせて暗くされたかと危機感を覚えるほどの変調を覚えるようになったのは3年半前に安倍元首相が暗殺されたその日からである。あの極めて不可解なのだが不可解でなかったかのように整然と始末されていった不可解な事件以来、それを本当にそう思っていないのだろうと見えるのに十分なほど無能である総理大臣たちの下で、無言の衝撃をうけた日本国は国としての生体反応が停滞し、国民は生活の先行きが見えない不安の中で五里霧中となり、近隣諸国の軍備拡張に無力のまま怯える日々という暗い洞穴にに落とし込まれてしまった。そして、あたかも次へ進む希望の道への一里塚であるかのようなもっともらしい体裁を伴って、オールドメディアは次から次へと以下のような「空虚言語」をばらまいていったのである。
夫婦別姓、LGBT、女系天皇、多文化共生、多様性、環境、SDGS、国際、平和、交流、生活、貧困、教育、福祉、慈善
いったいなにが起きていたんだろう?? ニーチェならこう答えるだろう。
『ルサンチマン』という毒薬がばらまかれたんだよ
「空虚言語」(Empty Word)というものがある。フランスの哲学者で精神科医のジャック・ラカンの用語で、安定した意味を持たない記号のことを指す。言葉に見えるが実は記号である。そのため意味は常に変化し文脈に依存し、対話型AIのハルシネーション(幻覚)の原因にもなる。人間は自己都合や邪悪な動機によっていくらでもハルシネーションを喚起できるので、「空虚言語」を並べてルサンチマンを巻き散し、解毒できる絶対的原理ですよとプロパガンダを吹聴することは一定の政治的効果を期待できよう。だから無能な政治家ほどそれに頼るのである。「これからは**の時代です!」など「空虚言語」を連呼するだけの政治家は自分の頭も空虚であることを開陳しており、政権奪取しようとは実は1ミリも考えていない万年野党は、年収4000万円で政治漫談を演じる芸人一座である。
ニーチェが「嘘」だとばっさり切り捨てた次のような言葉はラカン派精神分析においては「空虚言語」である。
神、魂、徳、罪、彼岸、真理、永遠の命、理性、価値、権力、自我
当時これらをルサンチマン解消の特効薬としてばらまいたキリスト教会こそが絶対的原理の吹聴者であり、永劫回帰するこの世に唯一の真実などというものは無いのだからそれはすベて嘘である。世界はどのようにも解釈される可能性がある無限に二義的なものであって、どこまで追い求めても「人間の解釈」というファジーで恣意的なものがあるだけという意味において、目的が自己利益の追求オンリー(今だけ金だけ自分だけ)の政治家にとって「空虚言語」は便利で親和性が高い。例えばどこから見ても堂々たる左翼でしかない政党が、一つだけもっと左翼の政党があることを盾にとって「我々は中道だ」といえば、「中道」というまるで絵にかいたような「空虚言語」が記号としての本来の役割を発揮してもっともらしく聞こえ、無知の国民を騙し、場合によっては対話型AIのハルシネーションまで誘発して害悪を増幅しかねない。そうした税金の無駄である政治家を駆逐するには「充満した言葉」(Full Word)のみで自己の定義を述べよと徹底して追い込み、悪手を封じればよいのである。
ことの危なさはアメリカ合衆国でも同じである。ドナルド・トランプは福音派のキリスト教徒だ。ニヒリストではないのだから彼がニーチェ哲学の信奉者である可能性は高くないかもしれない。しかしビジネス界における強者である彼がルサンチマンを抱く人間である可能性はほぼゼロであり、愛国者として国をもう一度強く豊かにしたいとMAGAをスローガンに掲げる意思の根源が福音派の教義にあったとしても、それはニーチェが否定した弱者救済のためのものではない。彼がDOGEを立ち上げ、「言葉遊びより常識が大事」「人間には男と女しかいない」と子供にも伝わる地に足の着いた言葉(Full Word)をもって絶滅に追いこもうとしている敵はアメリカ合衆国の内部に深く寄生してしまった、空虚言語を振りまわして世を惑わすグローバリストだ。暗殺者の銃弾が耳をかすめても何らひるむことない姿は、来世での救済など望まず命を捨ててでも現世で為すべきことを為すという強烈なコミットメントにおいて、意図しようがしまいが、彼はすでにニヒリズムに至っており、 ニーチェが生きておればその姿勢を肯定したのではないかと思うのである。まことに痛快な限りであり、我が国でも高市政権が斯様な政治改革をしてくれるだろう。
両人ともがまさしく超人 (Übermensch)なのである。トランプにおいては国連や国際法の存在というものは、彼に対する福音派ではなく、ニーチェに対するキリスト教教会の総本山の位置づけに既になっていると思われる。ということは、ベネズエラ襲撃において、彼は「神は死んだ」と宣言したのである。その是非をここで論じても仕方がない。絶対に避けねばならぬ事はただひとつ、キリスト教もニーチェも想定していない、人類が全滅する殺し合い(第3次世界大戦)の勃発である。彼がそれを理解し、神もその回避を望んでいると解釈していることを信じたいし、世界各地の小競り合いがそれに発展することを止められるのは彼が功罪合わせ飲んででも行使する軍事力しかないということもわかっているだろう。今我々がこうして生存しているということは、現在のループにおいて絶滅危機は起きていないことを示している。しかし前のループでそれはなかったのだろうか?人類はかつて二度三度滅亡していることが古代遺跡から分かると唱える論者もおり、ノアの箱舟がなければ実は一度滅亡していたのではなかったかと考える者もいる。トランプが人類の救世主なのか破滅の大魔王なのかは現時点においては誰にもわからない。おそらくトランプ自身もわからない。だから彼のここまでの行為の是非はニーチェの言う無限に二義的なものだと考えるのがフェアである。それを、何がしか頭を使った痕跡は一切無く一義的に「いかがなものか」とパブロフの犬のごとく騒ぎ立てている連中は何のルサンチマンに掻き立てられているのか知らないが、超人への途上にないことだけは間違いない。高市総理の
解散権行使によって絶滅の危機に追い込まれる事が確定した政党の上層部が、政策の説明など一言も無いまま自己保身のため絵にかいたような野合を唱え、その唐突さを緩和しようとオールドメディアが子供でも嘘とわかる応援記事を書く。人生終わった爺いどもの気色悪い抱擁一色で高市・メローニの期待に満ちたハグはスルーで「なかったことに」で葬る。しかし、この偏向報道があまりに露骨だったことでかえって国民は気づいてしまった、軒下に潜んで蠢いている奇怪な害虫がまだ駆除できていないことを。このありさまが、あの2022年7月8日の、宇宙の常識を一掃する異様さであったシンクロ報道の既視感を鮮やかに呼び覚ますからだ。こういう連中に無垢の国民が騙されつづけ、政府が一刻も早く駆除の手を打たぬならば、実質的にニーチェ主義化したトランプは自助努力せぬ日本をいずれ見捨てるだろう。高市総理は切った舵のとおり冷徹果断にやり抜くことを日本国存続のために強く期待する。
ニーチェがラ・ロシュフコーとショーペンハウエルに影響を受けている事は興味深い。両人の書物は我が愛読書だからであり、何かが底流で通じているかもしれない。彼がワーグナーに一時傾倒したことはクラシックファンには周知だろう。その点に関しては、僕はニーチェ自身が作曲をたしなんで作品を残していることと同じぐらいは意味を感じる程度である。むしろ、ニーチェ思想が明治後期か
ら大正にわたる日本の名だたる知識人に衝撃を与え、高山樗牛、夏目漱石、新渡戸稲造、和辻哲郎、阿部次郎、萩原朔太郎、芥川龍之介らに大ニーチェ論争を巻き起こさせ、何より僕がファンである夏目漱石が明治38年ごろ、『吾輩は猫である』執筆中に『ツァラトゥストラ』の英訳本と格闘していたことのほうがずっと重大である(左)。高山、和辻、阿部以外は哲学者でなく文人であるがニーチェに没頭して大論陣を張っている。知識人とはこういうものだ。現代の我々から見れば西洋の哲学や芸術や文学に関わる情報も造詣も未だ十分ではない時代にも関わらず、先人たちがそれほどのインテリジェンスを確立していたことを誇りに思う。東洋にそんな国は日本しかなかった。ちなみに芥川龍之介はストラヴィンスキーのレコードを持っていて、それを聴いて育った次男の也寸志は作曲家になった。漱石がツァラトゥストラを選んだ理由といえば 「神の死」「超人」「永劫回帰」が語られているからだろうか、「猫」の後半にその影響があるとされているが僕はまだよく理解できていない。
締めくくりにリヒャルト・シュトラウス作曲の『ツァラトゥストラかく語りき』を聴いてみよう。ウィキペディアのタイトルは「こう語った」になっているが僕はどうも文語調の「かく語りき」でないと収まりが悪い。演奏スタイルも1970年代にアナログのステレオのHiFi録音技術がピークを迎えることに合わせた豪華絢爛型、そして80年代になるとデジタル録音とCDという新メディアによって静謐な細部まで分解能の高い透明感を謳った演奏も出てきた。そのどちらもがメリットとなるように巧みに書かれているリヒャルト・シュトラウスのスコアの質の高さが時代を追って浮き彫りになってきたように思う。この曲及び英雄の生涯はフランクフルト歌劇場管弦楽団によって初演された。僕が同地に駐在していた頃の同歌劇場の音楽監督は読響でメシアンの秀逸な演奏を何度も聴かせてくれた現在世界最高クラスの指揮者シルヴァン・カンブルランで、現在の読響音楽監督セバスティアン・ヴァイグレも2003年まで同じポストにあったということで縁を感じる。
スタンリー・キューブリック監督が「2001年宇宙の旅」に使用したため冒頭部分2分ほどばかりが有名になってしまったが、全曲に渡って隙のない見事な音楽である。シュトラウス自身が1944年6月13日にウィーン・フィルハーモニーを振った録音は宝物だ。 80歳の誕生日を記念して1週間の放送スタジオコンサートが行われ、正規録音はないが家族がプライベートに録音した音源ではないかとされているのがこのビデオだ。何度かの復刻により音も鑑賞に耐え、作曲家の解釈が最も反映された演奏がVPOにより再現されている価値は何ものにも代えがたい。これを知れば豪華絢爛型の演奏スタイル、ましてやディズニーの伴奏音楽みたいな路線は本質をおよそついてないことがお分かりになろう。なおコメントにあるが、この演奏の3日後にスタジオから数マイルしか離れていない石油精製所が連合国の激しい空爆で殲滅されたという。そんな空気の中でこれだけの演奏ができてしまう音楽家たちには畏敬の念を覚えるしかない。
ステレオ録音でもう少し良い音でという方。ヘルベルト・フォン・カラヤンは記憶ちがいでなければこの曲を3回録音している。ベルリン・フィルハーモニーとの2つは品格を伴っている純度の高いゴージャスな演奏である。そちらを好む方に何の異論もない。しかし、これは多分に趣味の問題ではあるが、僕はやは
りリヒャルト・シュトラウスにおいてはウィーン・フィルハーモニーが本能的に持っている音楽の変転する流れやメリハリへのアジリティー(敏捷性)、および感度の高さと艶やかな音色がなければ物足りない。そこで、同じ趣味の方にはカラヤンのデッカ初録音である第1回目の演奏をおすすめしたい。これは日本では1973年の9月ごろに、カラヤン初の廉価盤として千円で発売されあっという間に売り切れになった一群の懐かしいLPの内の一枚でもある。ツァラトゥストラはこのレコードが2001年宇宙の旅に使われたものであるというふれ込みでシリーズの目玉扱いであり、買うかどうか最後まで迷ったが高校3年生で金が無く、ブラームスの交響曲第1番、ホルストの惑星、くるみ割り人形とペールギュントという当時に関心のあった曲の選択になってしまった。 1959年の録音であるがデッカ肝入りの素晴らしい音で、演奏は作為的な見栄や贅肉のないギュッと引き締まった魅力があり、今より音色に色気があった頃のウィーンフィルが香り高い音でシュトラウス直伝のニュアンスまで余すところなく伝えて文句なしだ。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
僕が聴いた名演奏家たち(ジェシー・ノーマン)
2021 JUN 5 14:14:52 pm by 東 賢太郎
かつて聞いたソプラノで忘れられないのが、ジェシー・ノーマンとゲーナ・ディミトローヴァである。後で何を見ても全て霞んでしまう人智を超越したものがごく稀に世の中には存在するが、その “人間版” というとあらゆるジャンルでもそうそうめぐりあえるものでははない。故人になってしまったお二人は、僕の中では野球ならシカゴのリグリーフィールドで目撃したサミー・ソーサの場外ホームランだけが匹敵するという異次元の歌い手だった。
時は1984年2月24日(写真は同年)、フィラデルフィア管弦楽団定期であった。リッカルド・ムーティ―を従えて下手から悠然と現れたノーマンは千両役者の風格で、たしか足元までたっぷりのロングドレスを着ていた。39才とキャリア絶頂期のお姿であり、この大歌手を人生一度だけ聴けた幸運を天に感謝する。ベルリオーズの「クレオパトラの死」は知らない曲で音楽については覚えていないが、その金曜のマチネがこのオーケストラによる初演とプログラムにある。その声は大音声というものではなく、ひと言で喩えるなら排気量6000のベンツでアウトバーンを200キロで飛ばす余裕ある感覚に近い。身体全部が無尽蔵のエネルギーを満々と湛えた楽器というイメージのものである点、他の誰とも違う。音質はバターかビロードの如く滑らかで、ピアニシモにもかかわらず耳の奥まで響く。声量を徐々に増すと鼓膜にびりびりと振動を感じ、オーケストラの全奏の音が薄く感じられた。
かように、最前列の席で聴いていた僕は彼女の音楽ではなく声の「物理特性」にびっくりしたのである。37年も前のことだが、当時も歌はたくさんきいたがみんな忘れてしまい、これだけが焼き付いている。芸術を味わうのにそれは些末なことだと思われる方もおられよう。僕もそう思って渡米したが、フィラデルフィア管弦楽団を2年聴き、その2年目の最後の方にノーマンを聴いて考えが変わった。西洋のアートという概念は “形而上”(形をもっていないもの)のニュアンスがある訳語の「芸術」よりも、即物的な「技術」に近いのだ。もちろんそれを鑑賞者がどう感じるか、その多様性を容認すれば話は形而上の領域に迷い込まざるを得ないのだが、すべて心の表現力は一義的に技術に依存するというそれこそ即物的な事実に変わりはないと思う。技術を生む土台としての体格や運動神経が問われるのは所与の条件で、そこだけとればアスリートとかわらない。それなくして「術」でハンドルできる領域は狭いから「芸術」という言葉で絵画や音楽を受容するのは無理があるのだと。
アスリートでいうなら広島カープにクロンという巨躯の外人選手がいて、三振ばかりである。僕などストレスになるので彼の打席は他チャンネルに逃げる。ところが昨日、めったにないことだがレフト場外に特大ホームランを放つとムードが変わった。それでもカープは楽天にあえなく大敗したのだが、(冒頭のソーサの一発には比べられないが)それでもあんな当たりはそうは観れんなというカタルシスの解消はバントや犠牲フライの1点では到底及ばないもので、まあ1敗ぐらいはいいかという気分にすらしてくれる。こういう破格の超人性を素直に喜ぶ文化が米国には大いにある。欧州にもあるかというと微妙だが、ないことはないし、米国人の多くは欧州から来たのだ。ノーマンをかような文脈で語るのは失礼を承知だが、持って生まれたものも「技術」のうちという不公平な事実の上にスポーツもアートも存立しているのは誰も否定できないことを言っている。オーケストラというアンサンブルを目的とした組織体は公平に民主主義的に運営でき、労働組合すら組成でき、そこに超人はいらない(いるなら全員が超人の必要がある)が、ソリストというものは、いわば中世的、独裁者的な存在なのだ。オペラはその意味で舞台が独裁者オンパレードのアートであり、庶民の組織体であるオーケストラは「しもべ」だ。いまどき稀有な封建的な世界。それはリブレットがその時代を描いていることと直接の関係はないがとても親和性はある。僕はこういう観点からオペラを楽しんでいるが、その発想のルーツこそ1984年のジェシー・ノーマンだった。
後になって知ったことだが、さらにノーマンの声はアフリカ系の特色があって、高音でも金属的にならず、柔らかく包み込む人間味がある。リリック・ソプラノであるバーバラ・ヘンドリックスやR&Bシンガーのアニタ・ベーカーにも共通するそれを僕は美質と感じる。その味はおのずと素朴な指向性があって知的な役どころに向かないきらいがあるが、どの録音でもノーマンはオペラの役どころに染まってしまって歌が軽薄に陥ることがなく、常に知性と気品がある。それが恵まれた声とパレットの上で融合して易々と聴き手を金縛りにしてしまう。これが彼女を別格、別次元の存在にしているのだ。レパートリーは広範でミシガン大学の修士であり、有名作品のディーヴァともてはやされた人でシェーンベルクを彼女ほど歌いこなした人は他には知らない。ハーバード、ケンブリッジ、オックスフォードを含む30の大学から名誉学位を授与されたのも当然だろうという超人であった。
これが彼女の「クレオパトラの死」、僕がきく2年前の演奏だ。
上述の声の特性、知性、気品、陰影はオペラより歌曲に顕著だ。歌曲はごまかしがきかない。ラヴェルの「マダガスカル島民の歌」をお聴きいただきたい。
とはいえ、彼女の超重量級のワーグナー、R・シュトラウスが悪かろうはずがない。このワルキューレはジェームズ・レヴァイン指揮のメットで、ヒルデガルト・ベーレンスのブリュンヒルデ、そしてジェシー・ノーマンのジークリンデである。これぞワーグナーだ。悔しい、聴きたかったなあ・・・。
R・シュトラウスでの当たり役はアリアドネである。このオペラは大好きだ。ツェルビネッタがシルヴィア・ゲスティ(ケンぺ盤)かエディータ・グルベローヴァかという選択もあろうが、僕はこの役がワーグナー級でないと物足りないからノーマンになるのである。
これだけハイベルの心技体が揃った歌手がそう出るわけではない。録音は永遠に聴き継がれるだろう。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
R・シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
2019 JUN 6 1:01:02 am by 東 賢太郎
僕がリヒャルト・シュトラウス(以下、R・シュトラウス)の音楽を特に愛好しているかというと、なくてはならないものというほどでもないのだからNOということになる。後期ロマン派の音楽には全般にあまり関心がないのは、その肥大したオーケストレーションに必然性を感じないからだ。音楽に哲学を求める気はないが、遊興だけの為の豪勢な音響を100名が鳴らしてバッハの一丁のヴァイオリンが与えてくれる感動にかなわないならそれは壮大な無駄であり、その無駄を愛でる感性の人びとの祭典としての価値がいくらあろうとも彼らの一員になるのは僕には無理だ。
大嫌いなマーラーでひとつだけ評価するのは、8番がサラウンドの音響効果をアチーブした点である。千人の交響曲の演奏家が五百人でもチケットが半額になる必要はないが、背面、側面配置のバンダがなければ半値未満だ。オーケストレーションのエフェクトというものは、ヴァイオリン一丁ではアチーブ不能な空気の振動、それは周波数、波形から音圧に至るまでのあらゆる手段で聞き手の鼓膜から毛穴までを刺激するものであり、サラウンド効果でそれが360度に降り注ぐ様の偉大な感興を音楽の魅力の一部から排除することなど何人たりとも許されない領域のものだろう。
教会のパイプオルガンを模したと言われるオーケストラは、音楽の世俗化とともにオルガンの音響もろとも教会を脱出していった。ワーグナーのどろどろ劇が教会を念頭に作曲されたと思う者はいないだろう。そしてオーケストラ音楽は、四方八方に反響する教会の音の模写のごときサラウンド効果によるマーラーの8番によって先祖の地に帰還してくるのだ。それは単なるマーラーの酔狂ではなく、後に現れる「シアターピース」によって客席や通路を含む劇場ぜんぶが演奏の場であるという確立した概念になる。しかし、帰還先であった教会という場は、それこそが元からサラウンドのシアターピースの場だったのである。教会と管弦楽はメビウスの輪の関係だったのだ。
オーケストレーションという技法が一つの完結した美学であるという考えには賛同する。それがなければ僕はストラヴィンスキーの3大バレエに魅了されることもなかったわけだが、一時期、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(Till Eulenspiegels lustige Streiche)のスコアを深い関心を持って眺めることになった。というのは、そのことをR・シュトラウスの作品を圏外に置いて議論するのはナンセンスだということを知ったからだ。その事を説くために僕は、本稿を、まず音楽史の教科書みたいな無機的な記述から始めなくてはならない。
絵画のことを思い起こしていただきたい。それはまず教会御用達のイコンなどのいわゆる宗教画であって、画材は神や聖人であり、貴族であれ一般の民であれ自然であれ、それ以外が描かれることはなかった。それがやがて外界に出て世俗化していった。しかし当初は貴族の占有物、肖像画どまりであって市民が画題になり民家の壁を飾るのは19世紀だ。それと同様に、音楽も教会に発し、貴族の占有を経由してオペラハウスや演奏会場へとほぼ絵画と平仄を合わせて世俗化していく。
バロック音楽は日本でいえば戦国時代から江戸前期あたりに王侯貴族の食卓のBGMや子女の嗜みとなり、江戸中期に古典派に進展し、後期から明治時代にロマン派が開花するというのが凡その流れだ。ドイツ人が書いたドイツを主流と見る音楽史であれ、モンテヴェルディはじめ初期のオペラが江戸初期から興行として劇場に出ていったイタリアであれ、世俗化というプロセスが市民革命によって加速して貴族の占有物が市民の手に拡散していったのは絵画もそうだし、ルイ王朝の食卓を飾った料理やテーブルマナーが「フランス料理」という名称で全欧州からロシアに至るまで拡散したのも同様のことだ。
では、クラシック音楽が貴族でなく純粋に市民による「マスの消費」を意識して書かれたのはいつごろか。それをコンサートホールを埋めている現実の聴衆の階級の比率というよりも作曲家の意識の中の視点ということで考えるなら、僕はR・シュトラウスこそ音楽に市民、というよりもはや「大衆」をターゲットとした、そしてその延長線上で後世が商業的利用への道筋を切り開くことになったムーヴメントのパイオニアだと思っている。つまり、彼の楽曲を得たことで音楽は完全に教会、宗教、世俗権力から離脱して真の意味で大衆のものとなったのである。
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(以下、「ティル」)を初めて聞いたときに、なんだこれ、ディズニーの音楽じゃないか?と思った。ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』に出てくる音楽はポール・デュカスの「魔法使いの弟子」なのだが、それを聞き分ける能力はまだなかったから「ティル」も僕の中では漫画の主題曲に位置づけられてしまい、R・シュトラウスというとなにやら二流の作曲家というイメージが抜けなくなってしまった。
フランクフルトに赴任して会社のドイツ人たちに「ティル」とは何か尋ねた。みんな知ってる。おばあちゃんが教えてくれたわという類で、わが国ならばさしずめ日本昔話、桃太郎や一寸法師みたいなものだ。民話の主人公の名前であり愛すべきキャラで、悪戯が過ぎて処刑されてしまったことはわかったけれどもStreich(悪戯)と彼らが言うものがピンとこなかった。ましてそれが愉快(lustige)と言われても大して可笑しくない。教会や権力者をからかうとんち話で民衆が溜飲を下げられるので流行ったらしいが、それなら落語に近い。しかし八つぁん熊さんが最後に死んじまうのはどうも日本人の感性とは遠いではないか。グリムやアンデルセンの童話もエンディングが残忍であったり、こういう教訓やユーモアの側面にあって我々と西洋人は別(different)という気持ちは今も払拭できていないのが本当のところだ。
ピエロか道化か、誠に勝手解釈で恐縮だが、それを聞いて僕がイメージしたのは昭和3-40年代に流行ったハナ肇とクレージーキャッツのコントだ。「無責任男」の植木等が突拍子もなくお門違いな格好で、迷惑でお騒がせな場面でさっそうと登場してしまい、しばらくしてそれに気がついて辺りを見回して「あっ、お呼びでない?こりゃまた失礼しました!」ってやつ。あれでみんな腹抱えて笑って憂さを晴らしたのが昭和だ。笑いは人種、人生、文化、時代で異なるがあっちには毒があってこっちにはない。まあ変なオヤジが出てきて世間をかき回して笑わせるならそういうもんだと理解しておいていいんじゃないかとドイツ人の前で思ったが、説明するドイツ語力はなく断念した(お呼びでない?こりゃまた失礼しました!)。
「ティル」の曲想はまさしく写実的だ。そのまんまアニメになる。歌なしのオペラみたいに情景が浮かんでくる。シュトラウスはソナタ形式の音楽はあまり手掛けていない。リストの標題音楽の系譜にあって即物的な描写性は前例がなく、それがこれまた際立ってリッチな管弦楽法によって極彩色で生き生きと躍動する。ティルはその好例であり僕がディズニーと思ったのも故なきことではなかったかもしれない。1895年に作曲されたこれは2年後に作曲された「魔法使いの弟子」に影響し、『ファンタジア』ばかりでなく映画産業の伴奏音響の時代的ニーズにぴったりとはまり、ハリウッドの映画音楽のひな型となり『2001年宇宙の旅』にツァラトゥストラの冒頭が使われ、ジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ 』にDNAがつなっがていく。ということで、クラシック音楽は完全に教会、宗教、世俗権力から離脱して真の意味で大衆のものとなる。ムーヴメントにとどめがさされたのである。
だからといってなにやら二流の作曲家というイメージが払拭されることもないが、自作の演奏会を早く終えてカードがしたくなり、指揮しながら懐中時計を眺めたR・シュトラウスという人はベートーベンの様にしかめっ面でシリアスな人生を送ることには関心がなかったのだろう。麻雀がしたくて教室を抜け出した僕としてはどうも憎めない輩であり、いくつかのオペラは実演で聴くとゴブラン織りみたいに壮麗で劇的であり、管弦楽曲は何の思想性も哲学もないけれども極上厚切りのフィレステーキみたいにやわらかくてゴージャスだ。それが細密に機能的に書かれたスコアから出てくるのは意外であり、効果は彼の楽器への深い知識に基づいている。ウォルター・ピストン著「管弦楽法」では演奏時間たかだか15分のティルから5か所の引用、解説が加えられており、僕はそれを見てその道での重要性を理解した。アメリカの作曲家がどれほどR・シュトラウスのスコアを血眼になって研究したかという一つの証だ。
こんな音を書いた人はいないのだからオンリーワンであることは疑いなく、それを一流二流と評しても言葉の遊びになってしまう。音楽は楽しいもの、それを楽しむ者に如くはなしである。
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
カラヤンの作る音はR・シュトラウスのスコアを豪勢に鳴らすのに欠けるものが皆無だ。あらゆる種目で満点、偏差値80。これを中身が薄いなどと貶しても意味がない、もともとシュトラウスに意味や哲学などないのだ。83年のザルツブルグ音楽祭でウィーンPOとの「ばらの騎士」を聴いたがあれは僕が人生で知る限り極上の音の御馳走だった。あれ以来ああいうクオリティのものに接したことはなく、たぶん今後もないだろう。このCDを最上のオーディオで再生するしか手はない。
オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団
ティルに格調を求めるならこれしかない。作曲家がこういうものをイメージしたかと言われればNOの気が大いにするが、ともあれクレンペラー様のお手にかかると鉄も純金に変わるのだ。彼が振るとあの幻想交響曲もなにやら貴族的気品と高級ブランド感がにじみ出てしまうのだが似たことだ。カラヤンのBPOも只者でない上手さだが、音程の清楚感ではクレンペラーのPOの方が一枚上である。ということだけでもこの演奏の質の高さは恐るべし。アンサンブルのコク、トゥッティのボディある重みも最高。このおいしさ、何度味わっても飽きることなし。
(ご参考に)
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読響定期・コルネリウス・マイスター指揮 R.シュトラウスを聴く
2018 JUN 20 1:01:58 am by 東 賢太郎
サントリーホールに入るとこんなものが目に入り、よく見るとロジェストヴェンスキーの写真が。あれまた来るのか?いや聞いてないぞ・・・嫌な予感が。すぐスマホを開いて知った。知らなかった。脳天を殴られたような衝撃を覚えた。去年の5月、母が旅立つ10日前に芸劇でやったブルックナー5番シャルク版があまりに素晴らしく、「何でもいい、もう一度聞きたい」とブログに書き留めた。こんなに早くそれが叶わぬこととなってしまうとは・・・。数々の忘れ得ぬ思い出があるロジェストヴェンスキーさんについては別稿にしたい。ご冥福をお祈りします。
さてこの日のプログラムは以下の通り。
指揮=コルネリウス・マイスター
チェロ=石坂 団十郎
ヴィオラ=柳瀬 省太(読響ソロ・ヴィオラ)
R.シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」 作品35
R.シュトラウス:歌劇「カプリッチョ」 から前奏曲と月光の音楽
R.シュトラウス:歌劇「影のない女」 による交響的幻想曲
コンサートはロジェストヴェンスキー追悼のチャイコフスキー「くるみ割り人形から」で始まりR.シュトラウスが続いた。結論として、今年最高の演奏会と呼ぶに足る満足と感動をいただいた。まずコンサートマスター小森谷巧氏だ。独りよがりのソリスティックなふるまいがなく音型の造形が端正に決まり、敏捷であるが音程は常に良い。「カプリッチョ」の六重奏など絶妙である。コンマスはソリストではない、この人だと僕は第1Vnに安心して音楽に入ることができる。石坂 団十郎のストラディも最高の美音であった。5列目で聴いていたが陶然とするしかない。
「影のない女」オケ版は初めてだが、R.シュトラウスのオーケストレーションを真近で味わうのは血の滴るステーキを500gを頬張るに匹敵するこの世の贅沢である。この場合はサントリーホールのばらばらな位相がプラスになって、楽器の錯綜した絡みが眼前で展開される様はゴージャスとしか書きようがない。音楽にぐいぐい引きこまれ、引きずり回されて、終わってみると心の底から熱い感動が沸き立ってきた。こんなことはそうない。指揮者コルネリウス・マイスターの力だろう。最高のプログラム、最高にプロフェッショナルな演奏。深謝。
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スクロヴァチェフスキーの訃報
2017 FEB 23 22:22:28 pm by 東 賢太郎
ショックを受けております。1月に読響からお知らせのハガキが来て、「スクロヴァチェフスキー氏の来日中止」とありました。脳梗塞の治療のためとありこれは・・・と嘆息するのみでした。
あれは1983年10月28日、アカデミー・オブ・ミュージックにおけるフィラデルフィア管弦楽団のマチネ演奏会のことです。初めて実演を聴いたブルックナーの第8交響曲に圧倒的な感動を覚えてしまい、いてもたってもられずそれを伝えようと家内をつれて楽屋にむかいました。するとせまい廊下をひとり歩いてきたスクロヴァチェフスキー(以下Sさん)とばったり会ったのです。
お断りすると僕はサインをねだるミーハーではありません。フィラデルフィアで人気絶頂だったムーティーは一度も訪ねておらず、会いに行ったのは深く感動したオーマンディーとSさんだけです。そのぐらい爆発的で稀に見るものだった、それに突き動かされてどうしてもひとこと「お礼」をしたかったのです。ムーティーとは全く違う音で、僕の長い音楽体験のうちでも白眉、一生忘れることのない演奏。この日以来8番は僕にとって特別な音楽となって今に至っています。
当時彼のレコードは持っていましたがお国ものショパンPCの伴奏指揮者のイメージでした(ルービンシュタイン、フランソワ、ワイセンベルク)。一方でブルックナーの8番という音楽だってカラヤンのレコードで聞いていたぐらいですが、たしか4番(ワルター)、5番(クナ)、7番(コンヴィチュニー)、9番(マタチッチ)あたりを持っていてもあまりピンと来ておらず、アダージョがきれいなので8番だけが記憶にある程度でした。
飛び込みで話しかけてきた見知らぬ東洋人の男女にほんとうに誠実、真摯な姿勢で接してくださり、汗だくではありましたが、つい今しがたあれだけの演奏をし終えた人と思えぬほど冷静に、僕の愚問ごときに真剣に言葉を選んで答えてくださったのは驚きであり深く心に残りました。音楽に人柄が出るとするとそれは彼においてこそで、あの姿勢でスコアを読みこまれた結果があの音なんだろうとつくづく思います。
オーマンディーやバーンスタインはひと仕事終えた好々爺という感じでもありましたがSさんはブルックナーとフィラデルフィア管弦楽団の弦の相性につき滔々と語ってくれるなど、ああこの人も音楽が好きなんだと当たり前のことを強く感じました。仕事師の職業指揮者ではない、書かれた音符に真摯に意味を見出す、それもポエムとしてよりは化学として神様の調合・配剤の賜物としてで、作曲家なんだなと直感したのを覚えています。
たまたま家内がお友達が映ってるというので去年の1月21日の読響の8番をビデオに撮っていて、これが大変な名演奏です、よくぞとっておいてくれました。ニュースによると、93才になられて11月にミネソタ管を振った最後の演奏会がやはり8番だったそうです。
ご冥福をお祈りいたします。
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読響定期 ヴァイグレのR・シュトラウスを聴く
2016 AUG 25 23:23:14 pm by 東 賢太郎
指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
ソプラノ=エルザ・ファン・デン・ヘーヴァー
R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 作品28
R.シュトラウス:4つの最後の歌
R.シュトラウス:家庭交響曲 作品53
(8月23日、サントリー・ホール)
オーケストラを聴く醍醐味はいろいろありますが、リッチな音彩とボリューム感でR・シュトラウスは横綱クラスでしょう。オペラでも例えば「薔薇の騎士」を最前列で聴いたとき味わった、ピットから湧き起るとろけるようにメロウな弦の響きやめくるめく極彩色の管のタペストリーがこれまた美の極致の女声群とからむ陶酔感は他では得られないものと思います。
最晩年の作である「4つの最後の歌」はドイツ歌曲でも好きなものひとつ。期待が高かったですが、エルザ・ファン・デン・ヘーヴァーの歌は堪能しました。また聴きたいですね。深くて広々した声は、思わずドイツの劇場で毎週のように聴いていたオペラや歌曲を思い出してしまいます。「夕映えに包まれて」が木管のトリルで痺れるように闇に消えていく、この「痺れる」感覚がシュトラウスです。素晴らしい。
ティルはまだオケ(弦)がやや硬かったかなと思いますが、ヴァイグレはベルリン国立歌劇場管の首席ホルンだったそうで読響のホルンも大健闘でした。さて後半の「家庭交響曲」、小泉 和裕が都響だったと思いますが10年ぐらい前にここで暗譜で振って、これが大変な名演だった。家で聴くほど好きではないが、この曲のオーケストレーションの見事さは敬服していて、ライブでこそその真価がわかるのです。
結論として、ヴァイグレの演奏はベスト。オケは鳴りきり、有機的に複合し、ピッチも内声のハモリも完璧、音楽の起伏は振幅があってドラマティックであり、完全に打ちのめされました。驚くべきは、オケの音色の質感が非常に「東欧的」になったことで、日本の楽団からこれほどDSKやバンベルグSOを彷彿させる上質の音を聴いたのは初めてだ。
そういえばベルリンの旧東独ウンター・デン・リンデンの国立歌劇場で何度もワーグナーを聴いたのですが、こういう音だった。バレンボイムの棒で、ヴァイグレもそのころホルンを吹いていたはずですが、どういう魔術で読響の音をああしたのか?この指揮者は大変な才能、ひょっとしてカール・ベーム並みになる人じゃないかと本気で思いました。
読響も複雑なスコアを見事に弾き終え、全奏でも音が濁らず、集中力、棒の微妙なタッチでの呼吸の良さ、間の良さ、文句なしの大名演であります。特に管楽器、このまま欧州でやってトップクラスのレヴェルでした。本当に聴けて良かった!こういうのが稀にあるから定期に通ってますが、早くも今年のマイ・ベスト最右翼であることは確実であります。
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R・シュトラウス 歌劇「サロメ」より「7つのヴェールの踊り」
2016 AUG 7 14:14:04 pm by 東 賢太郎
リオ滞在中のことです。当地企業の方々にお連れいただいたナイトクラブは圧巻でした。何が出てくるかと思いきや、何十人のカリオカの美女がずらっと並んで踊る。バレエじゃない、サンバですね。少々の物事は言葉にしてみようと努力もしますが、あの壮観はギブアップせざるを得ません。
ギター、ピアノ、サックス、ペット、ドラムス、ボンゴみたいな手でたたく様々な打楽器などが、はじめはスローなムード音楽のようなのを奏でています。こっちも酔ってて心地よし。ダンサーたちもそれにあわせて体を動かす程度です。徐々にリズムが乗ってきてアップテンポに。すると踊りも激しさを増してセクシーになっていきます。そしていよいよサンバの激しいアレグロに・・・。
妖艶なものをご想像されましょうが、全くの正反対です。照明は終始煌々と明るく、なにせダンサーの子たちがあっけらかんと底抜けの笑顔で、キャーキャーと陽気である。裸体はまさしく堂々たる威容であり、気恥ずかしげな顔をして目のやり場に困っているのは我ら日本人だけ。もはやスポーティとさえ言え、目など合うとみてみてサインが飛んできたりして、これは見ないと失礼にあたるかという空気におされる。
西洋人の裸体への感情はわからないものがあります。ギリシャ彫刻はみなフリチンだし、紀元前8世紀から1200年続いた古代オリンピックの選手は、もちろん全員が男ですが、平民でも貴族でもことごとく全裸で競技をするという決まりだったのです。理由は諸説あるが、神の似姿という意味があったという説が有力なようです。
では女の裸体のほうは必ずエロティックかというとそうともいえない感性があって、パリで行かれた方も多いと思いますがリドやムーラン・ルージュなどカップルで正装して食事しながら、舞台にはトップレスのダンサーが平気でずらっと現れる。全然なんのこともなし。この「あっけらかん」は日本人には新奇ですらあり、郷に入って郷に従い難い部分を残すのです。
オペラにストリップが出てくるというのもそれと同様に新奇であって、そのもっとも有名なものがR・シュトラウス 歌劇「サロメ」でありましょう。
クラシックがお堅いまじめなものだという日本。教科書が「音楽の父」だなんだと教えるそばから女が裸で踊ったりする。「いかがなものか!」なんて声が飛んできそうです。ベートーベンはモーツァルトを評価したが「コシ・ファン・トゥッテ、あれは淫乱でいかん」と嫌った。日本人が彼を好きなのはそのストイックな性分もあるかもしれません。
ヘロデ王の前で妖艶に舞い、何を所望するかと尋ねる王に「ヨハネの首を」と答えるサロメ(ヘロディアの娘)。これはヘロディアと結婚したい王が邪魔になったヨハネを殺す奸計だったことが新約聖書(福音書)にあります。みな実在の人物とされています。事実は小説より奇なりを地で行く話ではありませんか。
盆にのせて差し出されるヨハネの生首にキスするサロメ。なんとも煽情的な場面であり、そんなことに至るなんて、サロメは王にどんなエロティックな舞いを見せたのだろうと想像をたくましくしてしまうのです。このシーンが戯曲になり、音楽をつけたいと思う者が現れるのは自然でしょう。それがリヒャルト・シュトラウスだったのは幸いでした。
彼が管弦楽を描写的、絵画的に色彩的に鳴らす名匠であることは否定しようがありません。ワーグナーの音楽がすぐれて劇場的であり、ピアノではなく分厚い管弦楽を前提に発想されたと同じ意味でR・シュトラウスも劇場型の音楽家であり、彼の管弦楽曲の作法はハリウッドの映画音楽に大きな影響を与えたとされています。
「7つのヴェールの踊り」は歌劇「サロメ」のハイライトシーンであり、ストリップを芸術的に描いたという意味で古今東西、最右翼。これ以上に格調の高いエロスを僕は知りません。
この音楽は凄まじい。リオのサンバぐらいで目が点になってしまう僕らには発想すらできない、人間の欲望、セクシュアリティの根源のようなものをえぐったものです。
僕はR・シュトラウスの音楽に深みや哲学を感じることはまったくありませんが、彼はそういう人ではなく、音で何か人間という浅はかなもののありのままの姿を描き出すことの職人であって、アルプス交響曲で登山風景と心象を見事に活写したように、ここでは女の妖艶さと観る者の心象を活写するのです。
こちらはアルバニアのオペラハウスのもの。バルカン半島のお土地柄なのか、なんとも雰囲気出てますね、いいですね。ギリシャ、マケドニア、モンテネグロのお隣で目の前に真っ青なアドリア海。こんなところで聴くサロメなんて最高です、行ってみたいですね。
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パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響のR・シュトラウスを聴く
2015 OCT 16 0:00:53 am by 東 賢太郎
今日はパーヴォ・ヤルヴィのR・シュトラウスで、コンマスが伊藤亮太郎。
9月のエロイカにこれを書いていますが、N響・ブロムシュテットのエロイカ 席もオケも同じというのが信じられないほどの差でした。指揮者なのかコンマスなのか?
N響は伊藤亮太郎の時はOKです。彼はソロの場面で木管とのアンサンブルでも高音まで浮き出ず、木質の響きで溶け込んでいます。
第1ヴァイオリンの音が汚いオケなど何ら聴く意味がありません。僕には拷問ですらある。伊藤の都度のチューニングは音楽に誠実であると思います。
ヤルヴィは音の透明感、パースペクティブが良いのは何度か書きました。音響の冴えないロイヤル・フェスティバルホールでのロンドン響の牧神の午後で感嘆しました。今日のばらの騎士組曲でそれを追体験しました。
ドン・キホーテは曲があまり好きでないのでコメントは控えますが、オケの音が一新されていたのは驚きました。モルクのチェロは惚れ惚れする音でした。ティルは見事。上記の美点に加えて、音の「間の伸縮」がいいですねえ。単なるリズムではなく。これが絶妙なので音楽に生気が宿ります。ばらの騎士は演奏会形式でいいので全曲聴きたくなりました。
R・シュトラウスを生で聴くのは耳の贅沢です。極上のフレンチのフルコースです。今日のようにシェフがいいと特に。僕は若い頃は苦手で、たとえばドン・キホーテの冒頭の主題がいきなり転調してしまうのについていけませんでした。
それを当時の友人に言うと、何を言う、それがいいんじゃないとくる。こればっかりは生理的なものだから今でも同じですが、それに慣れてしまうとゴージャスな音響の魔力に負けてしまいます。
R・シュトラウスのティル、デュカの魔法使いの弟子、似たイメージのモチーフですが現れた音はあまりに違います。シュトラウスの音彩の描写のほうがアメリカにわたってハリウッドのムービーになったように思います。映画音楽の元祖という側面がありますね。とにかくオーケストラを極彩色で豊穣に鳴らす術にかけてはナンバー1でありましょう。
ヤルヴィが振ればN響は変われるかもしれません。コンマスは伊藤亮太郎に長くお願いしたいものです。
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