シャルル・ルルー『陸軍分列行進曲』
2026 JUL 7 11:11:00 am by 東 賢太郎
M不動産の方が来社され、ブラジル戦残念でしたとこれを頂きました。ゴルフボールです。今の腕前だとワンラウンドで全部なくなる。使うのやめとこう。Tグループ長さん、初対面だったのですが、「もしかしてやっておられます?」と聞くと図星である。「僕はサッカーの人は結構当たるんです。ちなみに業種でもね、銀行と証券、外れなしです」。スポーツ人類学、職業人類学です。
「僕なんかほかの業種はあり得ません。証券マン以外の何者でもありませんよ。パワハラなにそれ?っていう全盛期の野村証券で毎日もまれてこうなりましたから努力しましたなんて綺麗ごとじゃないんです、強烈に仕事のできる先輩に数字でつめまくられて、そこから逃れようともがいてたらこうなったんです。野球界ではPL学園、亜大、駒大がすごかったと聞きますがサラリーマンでそのレベルときたら当時の野村しかないです。もちろん他の会社は知りませんよ、でもあれ以上やったら死人が出ますから業種不問で断言できます。ライバル会社に負けるわけねえだろって、心の底からですね」。
そうはいったものの、プラモデルはもっぱら軍艦と戦闘機だったし、今になってみるとひょっとして自衛隊に入る道もあったかなと思えているのです。文官でなく武官としてです。軍服姿の祖父の乗馬写真に憧れて育ったし、問題なかった気がします。東郷平八郎、乃木希典将軍は軍神と思ってますし米国海軍兵学校のメダルも宝物でして、ナポレオンも曹操も好き。あっぱれな大将は国籍問わず男の本能で好きなんです。ちなみに野球も戦場と思ってやってまして、ぶつけちまったり危険球でやばいこともありました。
米国海兵隊といえば楽団の第17代リーダーだったのがジョン・フィリップ・スーザでした。「星条旗よ永遠なれ」は1896年作曲。日本は日清戦争を終えた翌年でしたね。
各国に行進曲は数多ありますが、明治政府がフランスから呼んだシャルル・ルルー作曲の『陸軍分列行進曲』(1886年)こそ僕は世界最高峰と思っております。軍歌『抜刀隊』と『扶桑歌』を元に編曲したもので、前者は西南戦争で西郷軍と戦う官軍を鼓舞したもの。初演は鹿鳴館というから「君が代」と並んで日本における西洋音楽のルーツの1つです。異なる曲を接合する無理があるのですが、あえて転調しておいて絶妙な和声で縫合し、何度も聴くと慣れてしまうパリ音楽院卒のプロの技を見ます。現在では、防衛省陸上自衛隊が行進曲の一つとして使用しているほか、警察庁でも警視庁機動隊をはじめ、戦後に創設された警視庁音楽隊および各都道府県警察音楽隊により演奏されている。誠に誇らしいことです。
ベートーベン/ピアノ協奏曲第3番の悦楽
2026 JUL 6 0:00:26 am by 東 賢太郎
最近3番をよく聴きます。ひょっとすると5曲のうちこれがいちばん好きなのかもしれない。作曲はハイリゲンシュタットの遺書を書いた時期に重なりますが、唯一の短調作品であることとそれがオーバーラップしているかどうかは軽々に論じられない。なぜなら同じ境遇下で作曲され同じ日に初演された交響曲第2番がニ長調、続く3番、4番も長調だからで、主調の長短で作品を類型化するのはあんまりインテリジェンスを感じません。また、誰が言い出したのかモーツァルト24番との類似が必ずといっていいほど指摘されますが、ベートーベンがそれを演奏したという記録は存在せず、両者に同名調である以外は構造的にもハーモニックにもポリフォニックにも特筆するほどの関連性、共通点はないように思います。
1つあるとすれば、どちらもいきなり主題が出てくる点で、24番冒頭の第1主題に、旋律をなしてはいませんが十二音が出てきます。
これとの類似性というなら、第1楽章提示部に楽器は分散するがやはり十二音が織り込まれているハイドン交響曲第95番ハ短調を挙げるべきで、3番におけるベートーベンに同等の先進性への関心や執着を見出すことは困難であります。作曲順は24番(1786)、95番(1791)、3番(1803)であり、人生の命運をかけたフィガロ作曲に没頭しながらおよそ性格の異なる24番を着想していたという凡人には想像もつかぬ構造の頭脳に17年たってもベートーベンが到達できていないというコンテクストでモーツァルトの先進性が語られるなら一理ありましょう。
和声的には24番は最初の3音c、e♭、a♭が変イ長調を成しますから出だしはハ短調に聞こえない。3番のc、e♭、g、f、e♭、d、cのくっきりとハ短調である音列に近いのはむしろ変ロ長調のこれ、ピアノ協奏曲第27番第一楽章第一主題(楽譜)を短調(変ロ短調)に転調したものです。第184小節でこの主題はピアノによって短調で出てきます。
モーツァルトにおける特徴的な長調短調の変転がビジュアルにも分かりやすいのはパパゲーノの自殺の場面です。ベートーベンはこのオペラを愛好し「魔笛の主題による変奏曲」を作曲しています。
逆に3番主題は何度もハ長調に変容して登場しますが、その音列は運命交響曲第4楽章主題c、e、g、f、e、d、c、d、cになります。そして、3番第1楽章コーダ(カデンツァ直後)でピアノと低弦が運命動機のリズムを交差させます。
この音列c、a♭、f、gは僕が名づけた「アマデウス・コード」の短調版(Cm、A♭、Fm、G7)のバスに他なりません。
モーツァルト「魔笛」断章(アマデウスお気に入りコード進行の解題)
以上の意味するところは、3番は初期作品から運命交響曲に至るブリッジに位置する大作エロイカの手前の、しかし同等の危機的土壌から絞り出された作品であり、生んだ触媒はというと3番は憧れの星モーツァルトであり、エロイカは期待の星ナポレオンであった。だから3番の主題はモーツァルト主題とアマデウス・コードの悦楽から成り、運命交響曲終楽章の凱旋の主題に連なる。その勝利を脳裏に浮かべることで彼は精神崩壊の危機を乗り越えたのだと思います。内面におけるその第1歩の踏み出しはモーツァルトにこそあったのであり、外面に向けては、魔笛を思わせる長短調の交替とアマデウス・コード(これも露骨にそのままでなく短調バージョンにして)高らかに歌いあげて自分が後継者だと宣言し、ウィーンの聴衆はそのメッセージを理解したのだと思われます。
吉田秀和氏だったか(間違っていたらごめんなさい)、 3番と24番の冒頭を比べて両者の才能の差だとしている評論を読んだことがあります。ベートーベンが24番を意識して3番を書いたことを大前提としていますが、既述の通りその保証はありません。ベートーベンにとって主題は素材ですからそこにプライマリーな芸術性を求めているわけではなく、むしろアイコン性、可塑性、分解可能性が重要であることはエロイカや運命を挙げるまでもなく一生の作品を通して一貫しています。だから仮に24番を研究し模範としていたと仮定しても、目指していない点で比べて才能を論じるのは実証性に欠けます。 3番の主題は21世紀の感性からすれば洗練とは程遠いものですが、この作品で意図している独自の和声語法、たとえばトニックc、ドミナントgの半音上下へバスの拡張と転調などには十全の適性を発揮しています。結果として得られている迷宮のような和声の効果はそれまでのいかなる作品でも見られない魅惑的なもので、その着想はフランスのエラール社から贈られた新しい構造により重厚な⾳が出るピアノによる重量感を与える筆致が生んだものでしょう。緩徐楽章のホ長調は主調ハ短調と一音(b)しか重ならない遠隔調で、第2楽章が始まった冒頭の印象はそれだけでもロマン派への息吹を感じ、これぞハイドン、モーツァルトには無いものです。
というわけで3番は好きなものですからレコードとCDを36種類持ってます。このCDのPilzというレーベルは1991年に創業者が野村證券に出資の売り込みにやってきて僕が応対しました。お断りした顛末はここに書いてあります。 ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83
結局彼は放送局などから安く買った録音を偽名で売ったことで有名になり、コピーライトは所有して法的に問題はなくてもアートにおいて購入者を欺く行為は道義的には問題でした。このPC3番に何の思い入れもなく買った場所も覚えてないのは間違いなく二束三文の値段だったからです。ところが、くっきりと覚えていることが1つだけあります。「このピアノうまいな」と思ったことです。そのギャップがずっと喉に刺さった小骨のように気にかかっていたのです。なにげなくCD棚でこれを見つけ、いよいよ聴いてみて感服した。それが先日のアントン・ナヌートの稿につながったのです。
ピアニストはDubravka Tomšič(ドゥブラフカ・トムシッチ)。初耳です。なのに調べなかった。それどころか、女性名なのに「若い男だろう」と何の根拠もなくつい先日まで思い込んでた。どうせ廉価盤の人だ。いかにも安手で深みはまるで感じさせないCDジャケットのイメージも加担してとんでもない過ちを犯していたのです。
この演奏、何度聴いても良いです。曲頭いきなりスタッカート気味に小股の切れ上がったフレージングにナヌートのリズムとテンポへの厳しい目線を感じ、フォルテで重ねるホルンに身が引き締まります。オーケストラは弦など決して上質ではありませんが、第3楽章のメリハリ、クレッシェンド、楔を打ち込むティンパニの熱量などこれが本物だと説得されてしまうオーセンティシティに満ちています。トムシッチのピアノは、現代の演奏に散見される、音楽の本質には無用である安全運転に徹する完璧さへの執着は微塵もありません。角を取って優雅に傾くこともなく武骨でさえあり、足すものも引くものもなくただただベートーべンの音楽に奉仕。そこに保たれる古木による民芸品のような味わいはこの曲の愛好者として飽くことがありません。来日したワルシャワ国立歌劇場によるドン・ジョバンニを思い出します。こういう商業主義と無縁の芸術家たちはスターダムに登ることも2千人の大ホールでブラボーの嵐を呼び起こすこともないでしょうが、そういうものは真の芸術性とは何の関係もありません。こういう隠れた名品を探し出すことに喜びを覚えます。
この録音と並行したと思われるライブがあります。ミスタッチを意にも介していないトムシッチには圧倒されるばかりで、ベートーベンの弟子カール・ツェルニーの言葉を思い出します。
「パッセージを弾きそこなったり、際立たせたい音符や跳躍をミスタッチしても、ベートーべンはほとんど何もいわなかった。しかしクレッシェンドなどの表現や作品の性格づけに関して足りないところがあると、彼は激怒した。前者はただの事故だが、後者は知識や感性、注意深さを怠っているからこそ起きる––そう彼は言った」(カール・ツェルニー著 岡田暁生訳『ピアノ演奏の基礎』春秋社より)
人生の鉄則「信頼は信頼にしか返ってこない」
2026 JUL 3 7:07:44 am by 東 賢太郎
アメリカから5人が来日。まる一日かけて大企業トップへの紹介外交。かつてはこんなのはお安いルーティーンだったが、朝8時半からずっと英語はさすがに疲れ、ランチはサラダしか喉を通らなかった。
彼らの日本での企業訪問を依頼されたのはアメリカのパートナーからだ。パートナーとは契約関係だ。案件は協力して仕上げて利益の取り分も半分ずつみたいな取り決めが書いてある。厳密に対等にやるにはジョイントベンチャーを作って株式を50%ずつ持つが、パートナーは出資不要で業務委託と違って対等な関係であり、お互いに異なった強みがあるから1+ 1が2以上になってウィンウィン関係になるという両者の認識が大前提である。難しいのは協力といっても努力目標だから、相手に2倍働かされるようなことが続けば簡単に打ち切れる。つまり信頼関係なしではうまくワークしないのだ。
相手として僕は英国人と米国人しか経験がないが、商取引の法体系が整備されている先進国ならまず問題はなく、あるとすれば法律とは関係のない信頼関係の部分だけだ。例えば今回の5人のテイクケアだ。僕は商売の当事者でないからアポ入れして同行して通訳程度のサービスをすれば最低限オーケーなのだが、それなら事務作業ができる人で充分だ。僕を使えば依頼者は儲けの半分をふんだくられるわけだからめちゃくちゃ高い。したがって、利益総額が大きいからそれでもいいよという場合に限って来るのであり、当方も総額が小さい場合は遠慮する。これは億単位が当たり前の金融取引だから成り立つビジネスモデルである。
ソナーが長年かけて国内のお客様と多様な取引実績を積んでいるという信頼で外国からパートナー依頼があり、彼らは商品やサービスを日本に持ってくる。それを日本の大企業に持ち込んだり、日本のお客様が投資したりすると、今度はそれが新たな国内取引実績という信頼となり、さらに海外パートナーの呼び水になるというプラスの循環になる。といっても金融は黒子であって地道な1つ1つの案件の積み重ねである。大元はファウンダーの僕が米英独スイス香港にいた経験から発したものではあるが、創業から16年の信頼はもう僕のものではなくソナー・アドバイザーズという法人のものである。
ビジネスのエッセンスは信頼関係だ。それを築くには時間がかかるが失うのは一瞬だ。信頼はメンテナンスが必要だということも意外に知られていないが、お世辞や贈り物は役に立たない。信頼は信頼にしか返ってこないからである。信じてくれた人には信頼でお返しする。これは自分が信頼するに足るまともな人間であるという雄弁な証明であり、信じてくれた人を裏切るような人間は世界中で誰も信用しない、これはイエスキリストを裏切ったユダに代表される地球上例外のない人間界の公理である。
例えば、
①先日高市総理を裏切ってポストをやめた女性がいたが、信頼して投票してくれた国民までをも裏切っている。理由は何であれこういう人間に対して信頼を返すことはあり得ない。よって、国会議員はありえず政治生命は終わりである。
②自衛隊は貧しい家の子が行くと国会で堂々たる差別発言をした者がいた。隊員は国民の信頼を背負って国を守る仕事についてくれている。災害の時、ミサイルが飛んできた時、信頼に差別を返しているこの女性を隊員が守りきれない事態が発生しても誰も批判しないだろう。
③少数野党。意見が通らないからといって国会に出てこず審議をボイコット。わけわからん理由で総理が悪いとごねる。悪いのは選挙でボロ負けした自分たちでしょ。テストが赤点でむくれて不登校になった「困ったちゃん」だね。君たちはこのまま有権者の信頼を裏切って終業式まで家で寝てたらいいよ。全員退学処分でも学校は困らないから。
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今の子は憧れは憧れで終わり『推し活』する
2026 JUL 2 1:01:25 am by 東 賢太郎
どういうわけか先週あたりに書いたブログが消えてます。仕方ないので記憶に頼って再現します。
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「今の子は憧れは憧れで終わり、そこからは『推し活』するんです。これって新興宗教みたいなものです」
思いつきのビジネスプランをふた回り以上も年下の後輩が軽々とぶち壊してくれました。生半可でやると大失敗するリスクがあるんです。こういうことについては彼は僕よりもずっと知見があります。ありがたいことです。
「アイドルを神格化しちゃうってこと?」
「いえ神様みたいにあがめるんじゃありません。ファンではあるんだけどただのファンじゃないんです。願望や夢をアイドルやスポーツ選手に託して実現すると自分は正しい、意味があるって思えますよね、それが自己の存在確認になるんです。実は自分のためなんです。おひとり様化が進む社会の中で、心から信じられる何ものか、大事な自分というものを投影できる何ものかに所属していたいんですね、けっしてそうではない組織とか会社じゃなく」。
「新しいアイデンティティの出現かな。ファンの法人化というか」
「経済的利益を求めないからNPOですね。でも達成感という心の利益は求めてますから思いの実現には積極的で多大なエネルギーも投入します。だから似た者たちが自然に結びつくんです。誰かが布教してるわけではなく自発的なものだから、宗教には近いんですが既存のどれでもない。だから新興宗教ってわけです」
「なるほど、合点がいきました、ありがとう。俺もビートルズファンだしカープファンだけど、それで知らない人と結びつくってことはなかったな。 SNSの影響は大きそうだね」
「ありますね。それと結びついた新しい現象ですね」
「でもそれがあるから憧れは憧れで終わっちゃうってのは人生ちょっと寂しくないか?俺だって団地っ子だったし両親は普通の人だ。家に金もなかったしコネや引きもなんにもなかったけど」
「わかってます。でも、こう言っては何ですが、東さんの頃は時代がそれを許したってのはあるんです。だって一億総中流だったじゃないですか。いまは生まれつきディバイドの世の中です。たくさんの子が夢や憧れを実現しようと頑張ってますが、アッパーじゃないと100m競争でスタートラインの10m後ろから走るみたいなもんなんです」
「確かに俺の頃はスタートラインは一緒だった気はするね」
「でも推し活じゃ社会的な影響力はないですよね」
「あるよ。高市推し活がいい例じゃないか。自民党が330議席取ってぶっちぎり勝利した異例のエネルギーは背後でそれが後押ししたからかもしれないよ。若者は選挙カーで名前を連呼しても動かないよな。インフルエンサーがSNSで発信するとたちまち10人が読む。それをまた10人が読んであっという間に100だ。都会だけの現象じゃない、全国津々浦々でそれが起きたんだろうね」
「SNSの威力ですね」
「まあそうだけど、その言い方は軽い。ネット上の波動と呼んだ方が正しいね。 SNSなら何でも広がるわけじゃない。最初の発信者が波を起こすんだ。倍々ゲームで伝わるけど末端ではだんだん減衰もするから、最初の波が大したことないと掛け算した値は小さい。だから最初の波が高い時だけ、君の言うSNSの威力が出現するんだ。高市推し活の最初の発信者は高いエネルギーを持っていたから波動がでかく減衰もしにくい。だからバズーカ砲ぶっ放したみたいなど迫力の威力があったんだと思うよ」
「そこを政治家はわかってませんね」
「見事なほど全然わかってない。ただSNSに載せればいいって盲信してる。それってね、田舎の田んぼにコンサートホール作ってウィーン・フィルに来てもらえば文化都市だって思ってる箱もの行政みたいなもんでね、もうそれだけで文化の香りのかけらすらない」
「高市秘書が誹謗中傷メールを送ってとんでもない!って国会で騒いでる連中もそうですね。中身はともかく効果があるんだと盲信してるからその手を使ったわけでしょ?」
「効果を信じてないと『とんでもない!』って結論にならんからな。しかもそれが週刊誌の記事ごときであって、おまけにおおウソでしたというんだ。これから逆バズーカ砲炸裂になるぞ。実は頭もバカでしたと永遠に語り継がれるお笑い事件になっちゃうという意味で歴史的なスキャンダルだね」
「なるほど、悪いレッテル貼って敵を貶めるのは伝統的な共産党の手法として世界的に有名ですが、推し活やってもらってる人にそれをやるのは危険なんですね」
「うん、推し活なんてものは歴史的になかったから効果もリスクも検証されてないという意味で危険だな。リスクっていうものがわかってない人たちが国会議員で国のかじ取りをしてるっていうのは国民のリスクだってことを有権者が気づいたろう」
「もっと危ないのは、そのわかってない連中が自分がそうやって痛い目にあったからといってSNSは危険だと規制することですね」
「そういうことだね。推し活にレッテル貼るもう1つのリスクはね、推し活してる人たちは信者だから敵に回すと怖いってことだ。日本人は喉元過ぎれば熱さを忘れる国民性だけど信者は違う。末代まで呪われるよ。次の選挙で落選運動ぐらい平気でやられる」
「それ何となく体感あります、だって偽メールでいじめられたら支持率上がってますからね高市さん(笑)」
「そうだろ。新しい総理大臣ってな、国会であーだこーだやられて会期が終わる頃には支持率が下がってるもんなんだ。高市さんはその前例に逆行してるってこと。ということは前例のないものが支えてるってことだよ、論理的に」
「やっぱりSNSの乗数効果じゃないですか」
「そうね、10×10×10ってべき乗で増えるからな」
「でも偽情報も混ざりますよね」
「関係ないよ。発信者も受信者もノーコストだからね、総数は膨大になるでしょ。だから受信者の目はすぐ肥えてきて真贋を見抜く。受信者には賢い人、インテリジェンスのある人がたくさんいる。すると自然に選別が進んで質の悪い発信者ははじかれ良質のインフルエンサーだけが残る。今のインフルエンサーはね、それで飯を食おうっていう不純な輩や業者まがいも多いんだ。そんなのはオールドメディアの化身に過ぎないからいずれ金で政治に取り込まれて汚れてきたりする。利害関係ぬきで無料奉仕で真実を発信しようという人が増えてくると価値がなくなる」
「それは必然でしょうね、なんたってノーコストはでかいですよ。総数が増えるってことは読者数や視聴率が増えるってことです。すると広告主もそっちに流れます、これ経済原理ですから止めようがありません。プラットフォーマーはノーリスクで儲かるから永遠に発信者、受信者フレンドリーでノーコストにします。したがってこの流れは止まりません。止める法律も作れません。オールドメディアはどうあがいても運営に巨大なコストがかかります。だから広告主が逃げるのが致命傷になってゲームオーバーの日が来ます」
「明快なロジックだね。その通り。いずれ経営破綻で身売りするか不動産屋に鞍替えするよ」
「政治家もそうですよね」
「そういうことだね、有権者に対する不断の発信が求められるね、選挙期間中だけじゃなく。くだらない飲み会やってる暇があるならそれをやれと言うこと。SNSで眼力が鍛えられた国民は当然にそれを求めるよ、3000万円も給料払ってるんだからね。したがって政局だけで食ってる奴はカンブリア紀の原始生物みたいに選挙で全滅するよ。化石が出てきてね、おお昔はこういう変な生物がいたのかみたいに歴史に刻まれるさ。生き残るモデルケースが高市早苗だよ、徹底的に勉強して官僚より政策通で自分で法律まで書けて秀逸な外交力がある。フランシス・ベーコンの『知は力なり』さ。女性総理がどうのこうのなんて誰も言わなくなったでしょ、国内でも海外でも。あたりまえだよ総理大臣に能力以外の何が要るの?」
「東さんのその主張が一貫していることはよく存じております。 20年前から変わりませんね」
「変わろうたって変わりようがないんだよね、だって俺はそれが真実だと思ってるからさ。ひと晩寝たらオリオン座の形が丸くなってましたなんてことないだろ」
「はい、自分も信ずるものはあります」
「まあ灘高で2番だった君の前でおこがましいけどさ、ご存知の通り俺は帰納法で考えるように生まれつき頭ができてるみたいだからさ、正確に云うと反証が見つかるまでは変わりようがないんだよね」
ご参考までに、こういう問答の末に、この極めて優秀な後輩は思いつきのわがビジネスプランを粉々にぶち壊してくれたのです。僕にとってのビジネスは共産主義の方と違って資本家が労働者から搾取して利潤を生み出すものではなく、いとも簡易な方程式なのです。それは常に正しい(というか、それが正しくないようなものはそもそもビジネスと呼ばない)から問題点はそこではない。式にくっついている係数が間違ってますよという指摘、それが本稿のタイトルである「今の子は憧れは憧れで終わり『推し活』する」だったのです。
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僕が聴いた名演奏家たち(アントン・ナヌート)
2026 JUL 1 0:00:50 am by 東 賢太郎
もう思い出すのも困難なぐらい久しぶりにチャイコフスキーの悲愴交響曲を聴いた。アントン・ナヌート指揮リュブリアナ放送交響楽団のCDである。何故これかというと理由がある。次の稿に書くが、あるCDでこの人の演奏に感服し、他のを聞いてみようと思ったのである。この悲愴はいつ買ったか記憶も記録もないが、CDケースに貼ってあるお店のタグにDM6.95とあるのでドイツだったことがわかる。
ナヌートというと僕はずっと後に、といっても今から13年も前になるが、紀尾井ホールでブラームスの4番を聴いている。東ドイツ消滅のどさくさに紛れた幽霊指揮者かと思っていたらそうでなかったことに、なんだか正直者に出会って心が洗われる気分がしたものだ。僕は普通は散々考えて思い入れを持ってレコードやCDを買う。だから1万枚以上あるそれぞれについて、全部ではないがおおよそのところは出会いのいきさつを覚えている。そうではない方だったのだから、あり得るのは、フランクフルトのオフィスで時々気分転換でお昼に自分でサンドイッチを買いに行った店になぜか置いてあった廉価版のCDで、450円だったから買ったのだろうということだ。
リュブリアナは、ナヌートの母国であるスロベニアの首都だが、おそらくこれが録音された頃はユーゴスラビア社会主義連邦共和国だったろう。演奏はと言うと、現代ならこういうものが商業化されることはあるまいと確信されるレベルで、オーケストラも録音もおおいにいまいちである。僕はこれをあんまり難しくはない統計学の本を読みながら聞いていた。意識はそっちに行っているのだけれど、気がつくとCDに合わせて歌っている自分がいる。木管のところはちゃんと口笛になって芸も細かかったりする。そっちに意識が行くと、ああオーケストラが下手だなぁ、ここは無用に重たいなぁとなる。さっき終わった。さんざん不服がおり重なったのに、ちゃんと感動してじんわりと鳥肌が立っている。名曲というのはリアライゼーションの巧拙に大きくは依存せず心に迫るように書かれているのだということを再認識したものだ。
じゃあもう1枚と、同じ指揮者のシューベルト8番とベートーベンの5番のCDを引っ張り出した。LP時代、運命/未完成の組み合わせは定番であり、うちのレコード棚にもたくさんある。レコード盤の収録時間の関係もあったのだろう、疑問にも思わず連続して鑑賞していたものだが、両曲合計して60分にも満たない収録はCDでは合理性がないばかりか、曲の本質に何の脈絡もないこの2曲をたて続けに聞くこと自体ほとんどナンセンスである。それをやってしまっているこのCDは時代の証言としてむしろ貴重ですらある。
かけてみると、驚くべきことに、演奏が良い。悲愴と同じオーケストラとは思えない。クレジットを見ると、なるほどこっちは「リュブリアナ交響楽団」である。”オブ•ユーゴスラビア” がくっついてるのは録音が1988年だからだ。最初に未完成。予想もしなかったが、これは一級品の演奏である。運命はさらに見事。何も足さず、何も引かず、強靭なリズムと推進力が骨格を成すヨーロッパの真髄の音楽が鳴っている。終わった。なんと素晴らしい!お読みの皆様全員に聞かせてさしあげたい。この人のシンフォニーには疲れ果てた人間の細胞を蘇らせ、精神を心の内側から照らし、満身にエネルギーをみなぎらせる何ものかがこもっている。それを必要としている時もあるのだが、現在のように仕事でクタクタで心身ともにダウンしているときはベートーヴェンは鬱陶しい。そう思って避けてきていたが、どうしてどうして元気にしていただいた。思ってるほど僕は疲れてないのかもしれないなと思った。
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『黒猫フクの人生観』 (第十五話)
2026 JUN 29 20:20:15 pm by 東 賢太郎
主人みたいに我(が)の強い人間にとって「推し活」の彼みたいなヤンチャで物を言ってくれる若者は大事なんだ。あの子はさ、子ったってもう四十すぎだけどね、出会ったのは外資系証券で揉まれたころでさ、二十三、四からかわいがってたんだ。主人が自分の勝手で移籍して面倒見れなくなってまずいと思ったんだね、香港まで連れてって懇意だった富豪のお客さんを紹介してさ、ここからはおまえやれよって。苦労はしたけどなんとかやったの大したもんだって認めたんだね。ライオンは可愛い子を谷に落とすっていうじゃない、這い上がってきた子は育てる、こなかったら捨てるって。彼もダメだったらそれで終わってたと思うよ、だから無条件に優しい人ってわけじゃないんだ。なんたって勝負師だからね、根性ない奴は助けても1人になったらどうせダメだからやめといた方がいいよってそれだけの話だよ。もちろん猫はしないよそんな野蛮なことは、でも主人はライオン派だから仕方ないんだ。
面白いもんで、いま、今度はその彼の方がでかいことを仕掛けていて主人を引っ張り込もうとしてる。これを主人は喜んでる。そうこうしていたら、今度はアメリカから別なのが来た。この男のことは、主人が飯食いながら6時間英語は疲れたってブログに書いてたから熱心な読者はわかるんじゃないかな。その相手方になる日本の著名企業の方で十二、三年前からブログに登場してるひと回り年下の別な彼がこれまたビッグな企画を偶然にやってたなんてなんだかドラマみたいだよね。そして、これまた別件だけどその彼が持ってきた健康器具の案件は1年たって初ディールがあった。これは伸びると思うよ。でもそうしたものは主人にとって本業じゃないし、もともと主人は得意でないし自分で思いつくようなことでもない。アガスティアの葉っぱのお告げ通り、ここから2年は運が乗ってるから自然と来ちゃうってことなんだ。そしてもう1つ、これはもう発表されたからいいと思うけど、千葉ロッテマリーンズが本拠地のスタジアムを新しくする話ってのがあって、こっちはファイナンスだし得意の野球にまつわる話だから本業だ。こんなサイズのが5つあるのは珍しい。まだまだ体も頭も健康だけどさ、ビジネスってのは生ものだから毎日毎日情報が変わるんだ。ボケて記憶力が落ちて来たら危険だからさっさとやめた方がいいけどね。
そんな中でテラドローンの次に投資したのがアメリカの電池のスタートアップ企業だ。データセンターで需要は爆発。ガスタンク並みに巨大にしてもリチウムみたいに爆発しない。発見して特許取った帯電物質が石油由来だからレアアースより激安。タンクを持ってる会社に売れば貯蔵コストも不要。こりゃ滅多にない猫でもわかるいい株なんだ。IPOは3年後だけど最初の正式な資金調達が来年だからそこで2倍で売ってもいいさ。読者の皆さん全員にお分けしたいけどこういうのはコネでしか入ってこないからそんな金額はないんだ。投資に百発百中はないってのもあるしね。主人はイーロン・マスクにはコネないからスペースXはそうやって買ってた株主からIPO前に30億円ぐらい買おうとしてたんだ、懇意の外資系証券に頼みこんでね、でもアンソロピックとオープンAIが今年になるって聞いて急遽取りやめたんだよ。びっくりしたけど主人の頭の中のことだからよくわからない。結果は大正解だったよ、スペースXは日本の証券会社でも人気で抽選で買えたけど当たった人は喜んびもつかの間15%も損しちゃったね。それで株は怖いねって話になってる。でも基本的にどうでもいい需給関係の話でね、そんなのばっかり見てる人ほど損するってだけの話だよ。主人は宇宙産業に強気なんだ。だってよく知ってるからさ。
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読響第659回定期演奏会
2026 JUN 24 9:09:12 am by 東 賢太郎
第659回定期演奏会
2026 6.23〈火〉 19:00 サントリーホール
指揮=上岡敏之
ピアノ=田部京子
※当初の発表から出演者が一部変更になりました
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 作品65
スケジュールはそこそこ空いているのだが重たい仕事をいくつか背負っており、なかなか音楽を聴く気持ちの余裕がありません。この日も開演ぎりぎりに駆けつけ、ピアニストのホアキン・アチュカロが22日に転んで怪我したため田部京子に変更したことを知りました。メニューを知らずに行くおまかせの聴衆だから問題ありません。とてもたっぷりしたテンポの緩徐楽章はマーラーのアダージョみたい。両端楽章もあまり音楽が走りませんが、美点は終楽章のフルートのような部分が際立って美しいこと。ピアノはオケとの呼吸、ホールの響き等いろいろあったろうが個性を保って特に高音のピアニシモ、時にピアニシシモが活きました。神は細部に宿るということもありこの人はソロで聴きたいですね。後半は、この曲はそもそもあまり得意でなく、こちらもテンポはユニークだったがコメントは控えます。
定期会員である知人と終演後に食事をし近況を聞きました。株式市場は表面的に活況ですがバブルの頃とは全然違います。あんまり気持ち良くない。某外資系証券と組んでスペースXを米国で公開前に株主から147と証券会社で申し込む公募価格の17%引きで買う方法があり、一部お客様と約定寸前にこぎつけましたが直前になって虫の知らせでやっぱりやめときましょうと僕の方からキャンセルしていただきました。証券業務をやった人しかわからないでしょうがこれは異例なことで、予想通りだったかなという感じになってきています。買うならロックアップなしで買った方がお客様は安全に決まってますからね。悪い情報があったわけではなく単なる相場観ですが、それで飯を食ってるプロです、気持ちが安定してないと間違って何億円も結果が違ってくるんです。
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記憶に焼きついた西武対楽天の激闘
2026 JUN 22 23:23:31 pm by 東 賢太郎
これが交流戦のトップとビリの試合だろうか?
セリーグと18試合戦って14勝3敗の西武ライオンズと4勝14敗の楽天イーグルス。決定的な差でした。交流戦の西武はメジャーのチームと戦っても勝てるかなと思うぐらい圧倒的に強かった。かたや、同じくボロボロだった広島カープと最後まで最下位を争い、それを決する最後の3連戦でカープに屈辱の2連続完封負けでビリが決まった楽天が、こんな底力を見せて西武を劇的なサヨナラで倒すなんて誰が想像したでしょう。アマチュアならまずこういうことは起きません、プロだから起きるんです。実力にそう差があるわけではなく、何らかの理由でモチベーションが下がった方がボコボコにやられてしまう。どんな業界であれ、それで飯を食ってるプロってそういう残酷なものです。
東京ドームが超満員です。首都圏在住の東北の方が多いんでしょうか、吉井新監督を迎えてまだ勝てていない楽天球団の意気込みを感じますね。これがパリーグで、空席のほうが目立つマツダスタジアムがセリーグというと僕の世代には隔世の感がありますが、観客は面白い試合が見たいのです。地元だから巨人戦だからで客が入る時代ではなくなったのです。いみじくもその球団を持っているオールドメディアの売り上げ部数の大凋落と平仄が合っているのですね。
先発は西武が平良、楽天が早川でした。剛球の平良は次のメジャー候補ですね。早川はキレがいい、好きなタイプの左腕です。 1回表裏の「両投手とも3者連続三振」は見たことないですね、いや~気合入ってるぞ。
異変は7回から。西武の渡部聖弥が早川から2本目のホームランで4対1とします。するとその裏に楽天は佐藤がヒットで1点、4番マッカスカーのヒットなどで4対5と逆転します。
ところが8回、西武は長谷川の2ランホームランで6対5と逆転。そして、そのまま迎えた9回裏、予定通りに守護神の甲斐野がマウンドに立ったのです。球速157キロ、回転数2500はとても打てそうに見えません。
万事休すと思いました。ところが浅村の投ゴロをはじいて6対6の延長戦になだれこみます。
楽天は勢いに乗ってさらに10回裏に一死一三塁と、外野フライでもサヨナラの大チャンスを作ります。流れは完全に楽天で、これで終わったと思いました。ところが内野ゴロから本塁封殺で無得点。スタンドの楽天ファンはがっくりです。
そして続く11回表、ピンチの後にチャンスあり。流れは西武に行ってしまい、楽天は新人ながら好投手の藤原を当板させるもファースト黒田のエラーで7対6と逆転を許します。またまた楽天に王手がかかりました。
その裏、楽天ファン期待の辰巳が倒れてワンアウト。いやなムードが漂います。ここで打席は3番浅村。当たれば大きいけどいまひとつなんだよなあ。打った!センターバックスクリーンへ目の覚めるようなホームラン。7対7。凄い、ここで打つか・・球場はもはやエクスタシー、絶頂であります。
そしていよいよ泣いても笑っても最終回の12回、楽天は2年目の中込が西武を3者凡退に打ち取り最後の攻撃を迎えます。しかしあっさりツーアウト。打席はキャッチャーの石原です。
ここで笑っちまった。ホークスに行った山川に体形が似てるではないか!!やばい、ホームランだとサヨナラだ。もしろん石原は狙ってる。ピッチャーもそう思ったのかストライクが入らずファーボール。そしてもちろん代走。あれれ、それがなんと小深田だ!なんと、まだこんな人が残ってたのか!
西武はプレッシャーになったのか、あっさり二盗を決められました。いよいよか?そしてバッターはさっきエラーしてる黒川。汚名挽回か恥の上塗りか。前進守備のレフトの頭を超えるヒットでサヨナラ!!
いやあものすごい試合でした。最後まで残っていた満員のお客さん、もう11時になるけどいやいやこのゲームで帰る人はいないですよ、全員が一生忘れないと思う。久々にプロとプロの真剣勝負の激突を見せていただきました。
吉井監督初勝利おめでとう。中込投手初勝利おめでとう。
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WCチュニジア戦を見ながらの独り言
2026 JUN 22 0:00:16 am by 東 賢太郎
ライブ中継見ながら、チュニジアという国は行ったことがあるし後でブログを書きたいなあと思いました。でもサッカーのことはよくわからない。見るだけだと忘れてしまい何も書けないだろうということに気がつきました。そこで見ながら1人で喋って音声入力をしておこうということになったのです。試合の途中からです。やってみると、とても長いです。これをブログにするのは気が遠くなります。そこで録音されたままをアップさていただくことにしました。文字で読まれるよりも「ナレーター」にして読みあげてもらう方がよろしいかと思います。
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(ここまで録音できておらず)
自分が何に属しているかということです。まず学校がありました。そして社会に出て3つの会社を名乗る自分がいました。そしてフリーランスになって属しているのは東家というファミリーと国なんです。ワールドカップを見ていると日本という国に自分が所属している意識が強く覚醒してきます。個人やファミリーを考える時、まず第一に生存しなくちゃいけないので利益を考えます。自分や家族が有利になるかということです。これは自然なことです。しかし国に対してはそれは必要ありません。何が大事かというとアイデンティティです。海外に16年も住みましたから特にそうです。
サッカーを見ながらこれを吹き込んでいますが、試合の成り行きでぱっとひらめいたことを言葉にする。吹き込みすると何か違うんですね。頭に浮かんだふわっとしたアイデアが言葉にすると幻みたいに消えちまう。これが認識したってことなんでしょうね。量子力学で量子は観測されると振る舞いが変わるってことに似たものです。頭の中は量子が動き回ってるんだなって感じがしてます。
チュニジア戦は夜だと思っていたら13時だというので予約していたマッサージに電話をして夕方に変えていただきました。いつも勝手いって申し訳ありません。でも録画で見るのとライブで見るのと全然違いますからね。いまタイムは後半8分48秒ですが、ゲーム前に僕はなんとなく3対0で日本が勝つと思っていて、さてそうなるかなってところがちょっと気になりますよ別に誰かとあてっこしてるわけじゃないんですけど。前半は日本が7対3ぐらいで押しまくってましたが、それはチュニジアが疲れさせる作戦だったかもしれず、後半は結構押してきてますね。サッカーは全くの素人ですが、前半はかつての日本対ブラジル見てるぐらい日本に余裕を感じました。ここまでグレードアップしてきてることに喝采したいですね。野球はスポーツの中では異例なんで、だって打つ方はベンチで座って眺めてるわけです。サッカーは90分走り通しで気を抜く暇は一瞬もありません。スポーツはこういうもんじゃないでしょうか。野球は息を切らして倒れ込むような局面もほとんどないです。常にボールに意識があって、全員がいや観客もそれを中心に動いてる。宇宙の原理ってこういうもんで全部が流動的でしょう。だから攻めと守りと別れて半分休んでるのはかなり人為的ですね。1番長くボールを持ってるのはピッチャーで、その人間が昨日の巨人のウィットリー投手みたいにパワーがあって調子いいと相手は何もできません。つまりピッチャーが試合の7、8割を支配している感じなんです。これも他にはないことじゃないでしょうか、常にボールがあちこち動いており、その周りに人がおりちょっとした流れちょっとしたミスで1秒後に何が起こるかわからない。これ宇宙の原理ですよね。
チュニジアって国はカルタゴがあったところ、あのローマを脅かしたカルタゴです。ハンニバルがいたカルタゴです。それと小柄な日本人がガチの体力勝負で優勢なんて歴史的事件ですね。しかもこの試合審判がルーマニア人だ。これまた面白いルーマニアはその名の通りローマですからね。本田さんの解説はとてもわかりやすい。とても勉強になる。何せ流動的なゲームだから瞬時に形勢が動くし、そこでポイントポイントでタイムリーな言葉が出てくるのはすごくいいですね。だってピッチにいた人がピッチにいる気持ちで言葉を発してくれるんだから貴重じゃないですか。野球はこうは行かないですよ、だってバット振って一瞬でホームラン。解説のしようもありません。3点目が今入りました。いよいよ来た。これで僕のお告げの通り3ー0で勝つのかな、いいぞいいぞ、だったらすげえことだ。よくやった。伊藤純也177センチ33歳ですよ。でかくないです。これはサッカーはいいなぁ、野球はね2メートル近いピッチャーが出てきたらそんじょそこらの奴は打てませんよ。ジャイアンツ、巨人軍なんてでかいのが良いという基本的なアイディアがあるのがアメリカなんですね。アメリカはストロングが好きなんです。スーパーマンが好きなんです。サッカーはヨーロッパを感じるなぁ。だから野球はWBCやってもしょせんアメリカの文化圏の国だけだから世界的に見れば田舎の大会になっちゃう。もちろんそこで大谷や山本が活躍してくれて大いに愛国心をかり立ててくれてます。でもそれは地球上の話じゃないんだよなぁ。サッカーはどこでできたか知らんけど、多分イギリスでしょうね、それでヨーロッパで広まったからどこかの国セントリックじゃないんです。アメリカみたいな大黒柱、総元締めがない。そこに南米が入ってきてアフリカが入ってきてアジアは後進国だけど伸びてきて、野球に比べればまさにインターナショナル、ワールドワイドなんです。僕は野球で育っちゃったからアメリカが中心。これがスポーツに限らず自分の思考回路に深く組み込まれちゃってる気がします。サッカーを見てると世の中はそうじゃないことが気がつきます。こういう若い時から染みついた考え方、先入観、思考回路っていうのは自分では気がつかないけど、日々の生活や仕事やすべてのことに大きな影響持ってると思います。サッカーを見てるとそれが修正される気がしますね。あっ鎌田と堂安をさげましたね。もう次の試合を見据えてるのかな。選手については全然知りませんが、さっき出てきた選手の名前を見るとこのレベルでサッカーができる子がこんなにいるんだってことがほんとにすごいですね。今解説で日本のワールドカップの最高得点は、デンマーク戦の3対1で 4点取ったら新記録だそうです。結構攻め込まれてるけど今30分19秒。0で抑えられるかなぁ。おしい、オフサイドだ。鈴木と瀬戸がワールドカップデビューだそうです。日本の身長が181センチ平均でチュニジアが184か、もうそんなに体格差はないんだね。日本のレベルが上がったというけれど、こういうのも大数の法則みたいのが働いてるんで何人かの天才が出てきたってことではなく、全体のレベルが同時に上がっている相乗効果なはずなんです。その原因はおそらく日本人が海外のクラブにどんどん進出してるからじゃないでしょうか。野球あんまりそういう感じしませんよね。日本で育って日本式の野球をやってるスーパースターがアメリカに出て行ったら通用しちゃったって感じです。でもサッカーはそうじゃなく欧州に出て行った子がそこで鍛えられてどんどんワールドクラスの技術を磨いてきた感じがします。これはビジネスの世界に置き換えるととても考えさせられるとこがありますね。ビジネスは野球以下ですよ。海外の第一線で戦った人が少ないです。駐在したといっても外交官や報道みたいな仕事の人ばっかりで、現地のサッカーのクラブチームでエースストライカーになったみたいな人はほとんどいませんからね、これじゃ全体として強くならない、当然のことです。ちょっと英語ができる位でびっくりしてるような国は全く戦えませんね。ビジネスでそれだから政治家に至ってはもう壊滅的にダメです。今アメリカではではではでは、こういうのをではの神と言うんですが、そんなのが通用するのは超ドメスティックな日本の国会ぐらいのもんですよ。日本のエリートというのは勉強はできるけど、自分で手を出さないで支配するだけ。要は技術者を使う、理系より文系が偉くなるって何の合理性もないですよね。外国語ができる人も技術者なんです。でもそれが通用しないのは科学です。自分で軍艦や飛行機を作ろうと思ったらではの神じゃあ、おお、入った、なんとなんと4点入っちゃった。予想が外れました。すごいなぁすごいほんとに上田さんすごいね、オランダの得点王エースストライカー。佐野さんはマインツか、堂安さんはフランクフルトだし、もう馴染みの地名がたくさん出てくる。オランダ人もドイツ人も同じ種目で戦ってそうそう勝てるような人たちじゃないんです。そこは僕が骨身に染みてわかってます。それをこの若者たちは平然とやってのけてる、もう涙が出るほどうれしいです。涙が出てくる。ここが僕のアイデンティティーなんです。アメリカにもイギリスにもドイツにもスイスにも香港にもとてもお世話になったけれど、やっぱり僕は日本人で骨の髄まで愛国者なんですね。だから日の丸ばってんつけたり君が代歌わなかったり、まぁそういう人も日本にはいるわけだけど、その人たちって今のゴールを見てどう思ってるんだろうか不思議ですね。よくわかりません。将来の国会はここで戦ってるサッカー選手やMLBでアメリカを沸かせた人たちがぜひリードしていただきたいと思います。僕は人種差別をする人間では全くありません。それは海外でまっとうな仕事をしてアメリカ人もヨーロッパ人もまっとうに評価してくれた経験があるからです。僕が日本人かアジア人か、そんなこと関係ありません。やるものは評価される。これがフェアな人間というものでしょう。僕はたまたま日本に生まれたわけですが、それがどこの国であれ、その国のアイデンティティーを誇りに思うのは当然なことだし、その国でない国の人たちが立派な人であれば称えるのは当然なことだと思うのです。日本に帰ってきて思ったのですが、日本人のその点に関する意識と言うのは何年たっても変わってないんですね。明治政府の頑張りでアジアで圧倒的な工業国になり軍事力を持ち、白人にたかられていた他のアジア諸国を凌駕して、挙句の果てに蔑視するようになってしまった。江戸時代まではそんな事はなかったんです。しかしその国威発揚があったから日本は強くなった、これは事実です。今サッカーをこうして応援してる僕だってそういう強い日本万歳という気持ちはありますよ、だから思いっきり拍手してるんです。しかし、それはアイデンティティーとは違いますね。それはファミリーとか自分の生きる糧とか、生命を維持する本能とか、日本国にそういうものを求めていて、それを他の国の人に奪われるのが嫌だと言う気持ちが入ってると思う。それはアイデンティティではないし、祖国愛でもないと思うんですね。一言で言えば打算です。外国に行くまで僕もそれがありました。でも16年も5つもアイデンティティーのない他人の国に住んでみて、それがいかに大事かわかったんです。つまり僕らの子孫も日本人であることを誇りに思える、そういう日本になってくれれば、歪んだ打算のある誇りではなく、本当の意味でのアイデンティティーを日本は持つことができ、日本人はもっと幸せにも強靭にもなれると思います。でも多分そう思ってない、単によそ者は来るなっていう人がたくさんおられるのです。日本に帰ってきて怖い病気だなと思った。日本っていうのは閉じた世界で、名前が売れてないとうまくできないし、小さくてもほんとに良いものを積極的に評価しようと言う考え方が育ってないです。これはいずれ日本のハンディになります。野球は多分日本流と言うものが、例えばルールも日本語になったし、甲子園大会から始まる日本の野球選手の育ち方に独自のものができてしまい、それがアメリカでも通用するってのはほんとに凄いことなんですが、
あっ、いまゲームセットになりました。4対0ワールドカップ史上最多得点4対0。本当に強かったですね。危ないところはほとんどなかった、昔のブラジルと日本です。日本の子たちそんなに喜んでもいないし、まぁこんなもんでしょと言う顔してるじゃない、すごいなぁ、自分が強豪校とやってやられて相手のベンチがこんな顔してんの見てちくしょうと思ってました、本当にうれしいです。今の少年少女たちはこのシーンを見てこれが当たり前だと思って育っていく。素晴らしいですね。僕の世代は何をやっても白人にかなわない、体もでかいし、技術もあるし頭もいいし、俺たち昭和世代は井の中の蛙で世界に雄飛するなんて言葉があったぐらい雄飛するのは珍しいことだったんです。でももう日本人は完全に抜けてますよ。これはもう日本の20年後30年後、僕は見ることができないでしょうけども、ものすごいポテンシャルですね。ほんとにうれしいです。政治家の皆さん、本当の保守の方もいらっしゃるが、戦後保守だかなんだか知らないが、この勝利を見てそう思わない人は保守を名乗るのやめて欲しいね。皇室典範の話なんてね、どうやって国民はぐらかして女系天皇を合法化しようか頑張ってる人たちもいるけどもね、これを見て国民はどんどん覚醒していくでしょう。天皇陛下にやがて国籍問題が出てくるなんて突拍子もない考えはあまりにぶっ飛んでますからね、国民の理解の範疇にないんです。その間隙をついて徐々に徐々に隙間をこじ開けようとする勢力が信じがたい力を持って国会を動かしてる。330も議席を取った自民党、これ何なんですかね、あんたらほんとに日本人の方々なんですか?だからメディアは絶対にそうは報じませんし、女系天皇なんての認めれば、天皇陛下は外国の人になるかもしれない。日本人だとしたって小室さんの家系が天皇家になるかもしれないんですよ、いいんですかそんなの、それでいいって人たちは今日の上田選手の活躍を見てなんと思ってるんでしょうね。もちろん日本というアイデンティティーは日本の国籍を持っていれば持つ事はできます。誰にだって可能ですしそれは結構なことです。でももう一度言いますが、自分のファミリーや自分の周辺の利益、権力、そういうものが裏にある愛国心みたいなものはフェークであってアイデンティティーとは呼ばないんです。ああ森安監督ほんとにお疲れ様です、今日の勝利は偉大です、ほんとにチームが1つにまとまっている感じがします。前回のワールドカップを僕は聖路加病院のベッドで1人で見てました。コロナはなんでもなかったけどパニック障害のほうが問題になってしまって狭いところが怖くてですね、1人でいるのが耐えられずサッカーの90分間にとっても救われてました。それが今はそんなこともなく、パニックはどっかに吹っ飛んでしまい、こういう気持ちで選手たちに拍手を送れてる。ほんとに純粋に日本国を愛するスッキリした気持ち。うれしいです。堂安選手がインタビューだ、優勝狙ってる、すごいね、フランクフルトで活躍してるんだね、大変申し訳ないけど僕はフランクフルトに3年住んでてサッカー見に行ったことありません、ごめんなさい。板倉さんのインタビュー、オランダのアヤックス。サッカーのディフェンスが何をやってるか全然わかってませんが、188センチってでかいなぁ頼もしいなぁ。鎌田選手。イングランドのクリスタルパレス。平然としてますね。あの1点目後ろ足で蹴ったみたいなゴール、何が起きたかわかりませんでした。ああいうことを瞬時にできるって本当にすごい、2試合連続ゴール全く舞い上がってない平然としてますね。こういう男はほんとにかっこいいね。伊藤選手。ベルギーのヘンゲ、冷静に決めてよかった。勝ててよかった。落ち着いてるね。中村選手。先制をアシストしたフランス2部のスタッドランス。冷静だ。知的な子ですね。25歳。森安監督。日本人であることを国民が誇りに思うような試合をしたい。本当にその通りでした。言うはやすし行うは難し。やった人を称える。それがフェアネスです。これが人間に一番大事なこと。そういう人が日本に増えれば日本は強いけれども世界で尊敬される国になります。ああいよいよ上田さん、オランダフェイエノールト。1試合2ゴールはすごいね。182センチ27歳。すごく冷静で賢そうな子ですね。コメントを聞いてるとちょっと大谷に似てますね。この人は勉強やったら間違いなくできますよ。あの股抜きゴール、技術的な事はわかりませんが、冷静だけじゃなく持ってる感じがします。もういちど鎌田さん、イングランドクリスタルパレス180センチ29歳。1点目のあれ常に練習してたんだ。たまたまみたいに見てましたけど、とんでもない。この人も冷静だわ。腹が座ってる感じがする。こういう人は何やってもできますよ。解説の本田さんは今ビジネスで大活躍で投資ファンドで150億も資金調達してる。素晴らしい才能をお持ちです。何事であれ、あそこまでのぼり詰めた人は何かを持っていますよね。いずれ大谷さんもそういうふうになるかなという気もしますが、これまで野球界でそういう人は見たことがないです。野球やってる子が頭悪いわけでもないだろうし、やっぱり大きいなと思うのは海外に出てって揉まれたってことですよ。これは間違いない。日本の野球界はドメスチックで明治以来そのままのカルチャーで、だいたいが体がでかいお山の大将が成功するんじゃないでしょうか。豪速球160キロでフォークボールでバタバタ三振とってノーヒットノーランできちゃうなんて事はサッカーにはないでしょ、ボールに集中してカオス状態で一瞬先の出来事に即応しながらチャンスを掴むサッカーはビジネスそのものの感じがしますね。今日はマッサージ、時間変えてもらって迷惑かけましたがものすごく勉強になりました。日本おめでとう。森保監督ありがとう。
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意識フィールド宇宙論
2026 JUN 19 16:16:02 pm by 東 賢太郎
目まぐるしく動いた5月。仕事の経緯を整理しようと日記を読み返していると5月8日の欄にこんな殴り書きがありました。
「コリント人のようにやかましいだけで・・・」という言葉が心に浮かんで目が覚める。
コリント人?ねぼけてたのか急いでたのか、どんな夢を見ていたのか、なぜこんなのを書いたか不明です。試しにそのまんまChatGPTに打ち込むと、新約聖書の「コリント人への手紙第一13章」の一節が出てきました。
たとえ私が人の異言や御使いの異言で話しても、愛がなければ、騒がしいどらや、やかましいシンバルと同じです
パウロがコリント人に書いた手紙。不思議ですね。なぜなら僕は読んだことがなく、知見もなく、今もってコリント人が何者かよく知りません。
じゃあいったい何だったんだろう?? ミステリーです。
大学時代にヘッドホンで音楽をループで流しながら布団に入って朝までぐっすりだったことが数えきれないほどありました。ベートーベンの交響曲や春の祭典などが耳元でガンガン鳴ってる。目覚めてみてそれに気づき、はじめのうちはあまりのことに耳を心配して少々焦りました。しかし大丈夫どころか熟睡感があって頭がカーンと冴えているのです。そんなものだから今でもyoutubeをつけっぱなしでよく寝ており、家族に心配されてます。延々と言葉が流れてますがお構いなしで熟睡し、頭には何も残ってませんがやっぱり良く寝た感があります。特技かもしれません。
検索すると「睡眠中ずっと音楽を流していると様々なリスクや悪影響が生じる可能性があります」とあり、夜間に脳内で「イヤーワーム(頭の中で音楽が繰り返し流れる現象)」が発生しやすく、入眠に時間がかかったり夜中に何度も覚醒する傾向がある、なんてのが出てきます。しかし僕においては入眠の苦労も睡眠中の覚醒も無縁で、音楽は昼間でも常に頭の中で鳴ってるのでイヤーワームは自然体です(ブログを書いたからでしょう、現在は間断なくカーペンターズのメドレーが流れてます)。
モーツァルトもこうだったと想像するし、鼓膜で聞こえる必要ないのでベートーベンは音楽が書けたのでしょう。彼らとの決定的な違いは、僕のは誰かの音楽のリフレーンにすぎませんが彼らのはオリジナルだということです。散歩しながらベートーベンがそれを「拾う」ために手帳を常備していたことは有名です。僕にそんな天啓はありませんが、「コリント人」だけは読んだり聞いたりした誰かのリフレーンの可能性はゼロなので天から降ってきたとしか考えられません。
夢は意識の産物とする理論はカール・グスタフ・ユングとジークムント・フロイトが提唱しました(無意識の反映とも)。しかし意識というものが脳のどこにあるかはいまだ解明されておらず、 それは脳内にあるのでなく宇宙空間に広がっていて、脳は「受信機」としてそれと交信しているという説も紹介されてきました。そこに昨年、物理学専門誌『AIP Advances』に「意識フィールド宇宙論」という革新的な論文が掲載され話題になったそうです。これで知ったのでお借りします。
https://www.yuki-clinic.jp/diary/diary-2237/
意識とは、「人間は考える葦である」(パスカル)、「我思う故に我あり」(デカルト)を挙げるまでもなく人間の存在そのものであります。「ある」「あり」という命題そのものも紀元前500年の「パルメ二デスの有」にさかのぼります。その起源がビッグバン以前に “存在” した意識フィールドだったと仮定すると(意識が先、宇宙は後という驚天動地の逆転)、物質世界を探求する物理学に先立つ意識場という未解明の世界でフィールドは海、意識は波の関係である。これは場の量子論において、電子や光子など粒子が宇宙に満ちる場の「励起状態」として記述されるのと全く同じ考え方で数理モデル化できる。この展開は実にスリリングで魅力的です。
波は海そのものだから、ベートーベンは田園交響曲のテーマを海から受け取って何ら不思議ではありません。天から降ってきたのではなく、波である彼の脳にある量子の励起状態が海のそれと同期した時にそれが起きたことが数学で証明できれば、同じことが他の作曲家で起きなかった証明は不可能でしょう。海との同期の比率が高ければ聴衆(ほかの波)への同期性も高いわけですから世間で名曲と称えられると思われます。モーツァルトの魔笛、シューベルトの即興曲集、ベルリオーズの幻想、シューマンの詩人の恋、ワーグナーのトリスタンとイゾルデ、ブルックナーの8番、シベリウスの4番、ビゼーのカルメン、ドビッシーの牧神、プッチーニのラ・ボエーム、ブリテンのピーター・グライムズ、メシアンのキリストの昇天のような曲の “ある部分” に僕が感じる「霊感」とでも呼ぶしかないものの正体はそれではないかと思うのです。その部分の楽譜をお示しすることはできますが、音符のどこにそれがあるのかわからないことは、意識が脳のどの部位にあるのかわからないことと相似形です。
去年の7月に「アガスティアの葉」を体験し、これは「アカシックレコード」にちがいないと信じるようになったことは書きました。ブラックホールに星が吸い込まれると、星という物の3次元情報は球面の膜に2次元情報として記録されることがスティーブン・ホーキング博士の研究によって数学的に証明されています。
その2つは等価、つまりある空間領域の情報量は領域の体積ではなく表面積によって決まっています。これが「ホログラフィック原理」です。敷衍して、宇宙の出来事はすべて「アカシックレコード」に2次元情報として書かれており、それをインドの僧侶がアカシアの葉っぱに書き取っており、我々は脳が同じものを受信して3次元に変換して認識したものを「人生」と思って生きているという思考実験は不可能ではないでしょう。僧侶のお告げが当たっているのにびっくりしたのですが、元が同じなら必然です。
球面を内側から見ると直線は曲がっています。 2次元である正方形の辺がブラックホールの重力で同じ率で同方向に曲がっていれば3次元の球になることをイメージするのは容易です。我々が見たり触ったりして立体と思っているものはすべてオリジナルの平面に書いてある情報をもとに脳が作った3次元イルージョン(幻影)であるとイメージすることは容易でありませんが、ここまで数学の証明でつながってきているので否定するすべはありません。さらに、 アインシュタインが踏み込めなかった量子力学は、我々が「観測」しなければ何物も存在が確定しないことを「シュレディンガーの猫」の思考実験と、観測が現実に結果を左右した「二重スリット実験」で示しています。
そういえば子供のとき、天城山の夜空にくっきりと浮かんだオリオン座を見て、あの綺麗な形はなんとなく作り物っぽいな、あれって本当にあるんだろうか?と疑ったことがありました。ひょっとして夜空の星全部が、太陽も月も、実は地球人に見せるためのプラネタリウムなんじゃないか?そう思ったのです。今になって、最新の学説を聞きかじることでますますそう思っています。オリオン座はあります。でもそれは我々が見て観測した場合だけで、すべての人において観測すればどの人にもあのように見える「何物か」としてアカシックレコードに情報として記載されている。我々は地球上で2次元情報を3次元と解釈してきてますから天空に輝く星も3次元だと思っています。望遠鏡で観測し距離を測定するとバラバラである。だから3次元だ。しかし観測されればそういうデータを与えるよう情報が書き込まれているだけで、全部が同じ球面に張り付いている可能性はゼロでしょうか。我々のお隣の恒星、ケンタウルス座プロキシマまでスペースXの最新高速ロケット「スターシップ」で飛ぶと4万年かかります。現在の科学の進化度合いにとどまる限り人類は太陽系を脱出できません。金魚鉢で生まれ育った金魚のようにそれに気づいてもいません。どんなインチキの仕掛けでも、人類がそこに近づいてばれる心配はありません。星空は別室で誰かが操作しているプラネタリウムかもしれないのです。
頭に入ってない「コリント人」が夢に出てくる。海から波に励起が伝わったというわけですが、もしかするとこれが前世の記憶なるものではないでしょうか。僕の魂(波)が前世ではそれを良く知っており、意識フィールド(海)と5月8日に量子の励起状態が同期し、夢に現れたのではないか。なぜそう思うかというと、僕は2才のときに「自分ではない意識」が作動したとしか思えない記憶を持っているからです。このエピソードは以前のブログに書きましたが、それは我が最古の記憶になります。2才まで住んでいた家の縁側で、父親のSPレコードを縁石の上に落として割ってしまったことです。ずっしりと重たいレコードがパリンと割れる経過をスローモーションみたいにくっきりと覚えているのです。小さい破片を拾って表面の真っ黒なコーティングをはがすと、驚いたことに中央部から紙が出てきました。それを見て「新聞紙だ」と即座に思ったのです。以上です。母が近くにいましたが何を言ったのか、当時32歳だった父が帰ってきて叱られたのかどうか、全く覚えてません。しかしよく考えるとおかしいんですね、2才の赤子は新聞を読みません。なぜ新聞紙と思ったと記憶されているんだろう?どうにも説明がつきません。
「前世の記憶」は調査事例はありますが、転生を前提とするため数学の出番はなく、根拠は見つかっていません。しかし、繰り返しになりますが、「意識が脳のどの部位にあるのか」という問いにも数学の出番はなかったのです。説明がつかないことに、説明しようと努力もせずスピリチュアルだオカルトだとレッテルを貼るのは愚かなことです。数学で説明がつかないという事実に次の地平への扉が開かれていると思考することこそ科学的な態度だと僕は考えています。アインシュタインは「量子もつれ」を「不気味な遠隔作用」と呼び、いわばオカルト扱いしましたが、その存在を実験的に検証することに成功したアスペ、クラウザー、ツァイリンガーの3人に2022年のノーベル物理学賞が授与されています。
最古の記憶の次に覚えているのは次の家での3才の七五三で1年後です。「新聞紙」と確認できる意識がありながら、それから1年間なにひとつ覚えていないなんてことがありえるのでしょうか。どうしてもここからは不本意ながらスピリチュアル、オカルトな話にしかなりえませんが、僕には「前の人物」がいて、レコードに関心があり、だから乳児の体を使って破片を微細に観察したと考えると納得がいくのです。その関心は物心ついた僕に残って、何年か経つと、音楽よりもレコードに対する物としての執着のほうが強く、どうして細い溝から音が出てくるんだろう?きっと溝の中に小さな演奏者が入ってるに違いないとまじめに信じていた時期がありました。溝を顕微鏡で観察してそれはないことが発覚してからは、溝のぐにゃぐにゃに理由があるに違いない。ではレコードに自分で溝をつけてみようと内周部の真っさらで光っているところに針でそれらしいのを掘り、実験で針を走らせたらバリバリとすごい音がして観念しました。愚かです。
https://sonarmc.com/wordpress/site01/2025/10/21/%e6%9d%b1%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%af%e3%81%8d%e3%81%a3%e3%81%a8%e5%ae%87%e5%ae%99%e4%ba%ba%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%a7%e5%a4%a7%e4%b8%88%e5%a4%ab/
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