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ドヴォルザーク 弦楽セレナード ホ長調 Op.22

2026 AUG 19 6:06:30 am by 東 賢太郎

専門性を持った人が同時代の同業をどう評価するかはなかなか難しい。モーツァルトはほとんど褒めない。ベンダやプレイエルを持ち上げているが、それを後世の耳は共有していないのだから音楽の技量だけでない評価もあったかもしれない。注目すべきは不遇のパリ旅行からの帰路で寄ったストラスブール大聖堂の楽長、フランツ・クサヴァー・リヒターの宗教曲を「悪くない」とした父への手紙だ。僕は同意できるが皆様はいかがだろうか。

ブラームスはというと、是々非々の人だ。ワーグナー、ブルックナーと対立したことになっているがそれは取り巻きの政治が混在した話であって、彼自身はマイスタージンガーを高評価しており、Sym7、8、テ・デウムのスコアを持っていたし、ヨハン・シュトラウス2世も買っていた。中でもドヴォルザークは格別で、遺産の相続人にしようと考えたほどの推し活ぶりであった。その背景はここに詳しいが、ブラームス 「ドイツ・レクイエム」作品45 (その5)、「民族、宗教の厚い障壁を越え、両人が根源的共感に至ったことと切り離して考えられないことは、ヨハネスと芸術観を共有する中産階級出身のクララ・シューマン、ヨーゼフ・ヨアヒムが、ヨハネスの激賞にさっぱり反応しなかったことに見て取れる」という点に彼の是々非々ぶりを見る。

Antonín Leopold Dvořák

2人の馴れ初めは「1874年、ウィーンに出てきてオーストリア政府の国家奨学金に応募した33歳のスラブ人を、ウイーン楽友協会の音楽監督で審査員だったブラームスは楽界に紹介し激賞する」ことで始まったが、今回注目したいのは申請作品の一つ「弦楽セレナード ホ長調 Op.22(B.52)」の扱いだ。ドヴォルザーク本人も自信満々なうえ、審査員ブラームスはドヴォルザーク推しであり、作品としても客観的に優れている証拠に、現代でこれを知らないクラシック好きはいない。ところが、非常に不思議なことに、ブラームスはOp.22につき一言もコメントを発しても残してもいないのだ。同じく応募作の「モラヴィア二重唱曲B.60・B.62」を激賞してジムロック社に出版を推薦する手紙が残っている事実から、審査員としての立場上控えたわけではない。謎としか言いようがないではないか。

僕は謎は解きたくなる習性がある。そこで長年、暇を見ては英語の文献を読みあさってみたが、コメントはない。チェコ語ではあるのかと思っていたが、昨今はAIがそれも解決してくれる。やはりないのである。「言わなかった」という不作為に故意はなく偶然だという謎解きが「悪魔の証明」という理屈で正当化され得る。誰もそれは崩せないので論文にはならない。モーツァルトのジュピターとハイドン98番の問題を論じた時も、ハイドンはそれにつき何も語っていないので「偶然の相似だろう」という反論を論破できない。だから僕はプレトークの舞台で「素人だからできるんです」と申しあげた。素人だから論考が浅いとは思わないが、状況証拠で容疑者を死刑にすることもできないのだ。

Op.22の謎を解きたい動機は、僕はこの曲が大好きだからだ。はち切れるような春の喜びと希望に満ち、生きる力を与えてくれる曲である。大管弦楽の爆発やファンファーレで鼓舞するのではなく、ストリングスだけでふんわりと柔らかく、内側から徐々に温めてくれるので幸せの持ちがいい。どうしてOp.22がそういうオーラをまとったかというと、作曲家自身がそういう心持ちにあったからだろう。1873年に結婚し、1875年に第1回奨学金400グルデン(200万円ぐらい)を受けた直後の作品である。貧しかった彼に天恵だったことは5月3~14日のわずか12日間で Op.22を完成したことで分かる。結局彼は5年連続で総額2,300グルデン(1,200万円ほど)を得て人生が変わったが、その転機になった曲なのだから格別の気に満ちていても不思議ではないだろう。

一方のブラームスは1876年に難産だった交響曲第1番をついに完成、初演する。ウィーンには10年住みすでに地位を確立していた。ドヴォルザークを発見したことで自分の楽界デビューにおけるシューマンの役を演じたのではないか。シューマンにはクララという理解者はいたが、作曲家としての真の後継者の出現に歓喜し激賞した。同じ思いを抱ける若者がついに現れた喜びはいかばかりだったろう。ジムロック社に出版推薦をした作品は「モラヴィア二重唱曲B.60・B.62」である(1877年12月12日)。出版譜(写真が表紙)は好評であり、同社は後に更なる成功作「スラヴ舞曲」Op.46も出版しており、新進作曲家のオリジナリティーを生かすチェコ路線であること、家庭で演奏もでき実用性があること、という商業性を重んじたブラームスの推薦は筋の通ったもので、これがOp.22でなかったことに不合理はない。

《モラヴィア二重唱曲B.60・B.62》

では弦楽セレナードはどう扱われたのか。 1875年(第1回目)の受給後に作曲されたのだから楽譜が提出されたのは第2~4回であり、第2回は証拠資料がなく、第3に含まれていないことは確証があり、以下の行政記録から第4回であったことがわかる。

① ドヴォルザーク本人の申請(1877年7月26日)
→ ② 添付作品にOp. 22
→ ③ ウィーンの音楽部門による審査(1877年11月30日)
→ ④ 600グルデン支給決定

ここで重要な事実がある。ドヴォルザークは1875年の時点でOp. 22をウィーン楽友協会へ提出していることだ。奨学金申請ではなく友人のヴィオラ奏者アロイス・ブフタを介して楽譜を送り、ハンス・リヒターも好意的に評価したがウィーン初演は実現しなかったという経緯があったのだ。シューベルトもハ長調交響曲(ザ・グレート)を楽友協会に献呈・受理されており、自身の中ではそれに匹敵する、コンクールを回避するほどの自信作であったゆえの行動だ。そこで、「ドヴォルザークはこのセレナードを非常に高く評価していた(筆者注・が楽友協会に受理されなかったので)1877年、4回目の国家奨学金申請にそれを “添付” した」(Anton Dvorak National Musium)という顛末になったのである。つまり、Op. 22は1877年の奨学金のために作曲されたものではない。ブラームスがコメントを残していない事情はここにあるという主張は一理あるだろう。

パーヴォ・ヤルヴィ/ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団

なぜ提出時期にこだわるかというと、ブラームスがOp. 22を見たことと、自身の交響曲第2番ニ長調Op.73の作曲とに関連があるのではないかと考えているからだ。Op.73は1877年6月から10月ごろまでの約4か月間で成立したと考えられている。個人的な感想を述べさせて頂けば、Op. 22はブラームスを驚嘆させてしかるべき作品である。以下、そう考える理由を、楽譜に基づき実証的に述べてみたい。すぐれて是々非々の人であるブラームスの思考と判断を推察するにはそれが最も説得力を持つと考えるからである。

Op. 22を作曲した1975年時点でドヴォルザークは交響曲4番まで書いていた。そのどれもがブラームス作品と比較するに及ばないことは衆目の一致するところだろう。そこで彼は賢明な判断としてセレナードを選ぶ。ブラームス自身の管弦楽での出世作がそれであったことも意識にあったかもしれないが、頑強なソナタ形式による楽章のロジカルな構築、主題の彫琢と展開というブラームスのお家芸は避け、溢れ出る魅力的な楽想をおおよそA-B-Aのシンプルな形式で5つの楽章として提示し、トータルな充足感において弦5部だけでシンフォニーに勝るとも劣らぬ傑作を産み出したのである。 19世紀からドヴォルザークの作品に対しては深みに欠ける、哲学的論理的思考が欠如するとの批判が繰り返しなされてきた。僕もどちらかといえばそちら側の人間であった時間が長い。しかし何度鑑賞しても飽きることのないOp. 22を知るにつけ、余人を寄せつけぬ楽想の泉はベートーベンもブラームスも、これができぬゆえにあの道を行くしかなかったと思わされる異能であることに気づいた。いみじくもブラームスはアイロニーを込めて語った、あいつが屑籠に捨てた楽譜から交響曲が書ける。

第1楽章 ホ長調

ドレミファの4音だけで心が和むVn2とVaの主題(もうここから天才だ)。僕はこれからシューベルト弦楽五重奏Mov1第2主題(変ホ長調)を思い出さす。Vn1がオクターブ高く乗ると(下の譜面の2小節目)やおら和声の迷宮に入り込む。

迷宮をコードで記述するとこうなる。

E-C#m-B-G#m-Em-Gdim-G#m-C#7-F#m-B7-E7-A7-F#-E-Em-F#-F#7-|B7-G#dim-B7-G#dim-|A/b-G#m-A/b-G#m-|B7—–

この驚くべきプログレッションをブラームスが無感情で見逃したなどという意見があればそれこそ屑籠に捨てるべきだ。耳が慣れぬ人にとっては一瞬の陽の翳りからまた陽光が戻る感じがするかもしれない。迷宮が最後B7に落ち着いてから2小節がEに回帰するブリッジになるところ、もうため息が出るほど美しい。ドレミファだけでできているジュピター主題。そして異形であるのはドン、ドンと大砲2弾に発する主役の主題があれよあれよとしぼんで暗雲たちこめるエロイカだ。序奏ならいざ知らず、明快に確保されたアレグロ・コン・ブリオの長調主題が直ちに減和音に陥る例は古典派には極めて異例で、音の表面づらは全く違うがドヴォルザークも第1楽章第1主題で同じことをしている。すなわちモーツァルトもベートーベンもここにいる。ラファエル・クーベリックだけがB7-E7-A7のバスをmfで弾かせるのは奥義を心得ている。途中でエグモントov.が聞こえるのもベートーベンを印象づける。

第2楽章 嬰ハ短調

自身のSym8 Mov3を予見する楽章だ。中間部は変ニ長調(嬰ハ長調の異名同音音階)。主題が長調で10度でハモって進行するところはブラームス風である。ふっとホ長調の木漏れ日がさす転調も魔法のような強烈な個性。

第3楽章 ヘ長調

冒頭のタンタラタンタンはハイドンSym104 Mov1から(それはジュピターMov4結尾から)。Bar5のミーレドーシラーソファーミはブラームスSym1 Mov3(注)。Bar120からはJ.Sバッハ3声のインヴェンションNo.5変ホ長調(わかる方は上級者。ブラームスは当然わかった)。

(注)ブラームスSym1初演はカールスルーエで1876年に行われドヴォルザークがそれを聴いていない事は確実だ。従って4回目申請の1877年7月26日までにSym1のスコアを閲覧し、1975年原典版にはなかったBar5を付加した可能性を指摘したい。

第4楽章 イ長調

モーツァルトのクラリネット五重奏Mov1の和声を思わせる(Ⅵで体言止め)。ラフマニノフPC3番Mov2の開始部が酷似。中間部BからAに回帰するブリッジはMov1冒頭のそれ(B7)である。

第5楽章 嬰ヘ短調

弱起の開始はトリッチ・トラッチ・ポルカなど。そのタターが導くBar87からは明らかに「ウィーンの森の物語」の第1ワルツ(タターはMov3のA部分の背景に印象的に登場している)。全楽章に対位法によるコントラスト、リズム分割が駆使され技法的にエロイカMov1を意識か。この曲をウィーン楽友協会へ提出し、気に入ってもらうべく意趣が凝らされている。終盤で第4楽章が回想され、さらに第1楽章冒頭が回想され、幸福感が円環形に保持される。ソナタ形式でない形式論理のインテリジェントな試行である(ブラームスのクラリネット五重奏での採用のモデルか)。

結論

以上の第1~5楽章での指摘事項は、チェコ人ドヴォルザークの「ドイツ音楽への造詣、敬意、そして伝統の継承者としての資格の顕示」である(バッハまで引いた意味がある)。それを破壊しかねなかった巨人ワーグナーへ傾斜していた自分を反駁者として古典路線に戻すメッセージであり、必然的に審査員ブラームスの琴線にも触れる。しかし歌劇場を運営するウィーン行政府は必ずしも反ワーグナーではなく、両派閥のバランスを取るためウィーン讃美の終楽章を置いたとするのが政治的観点からの私見である。ドヴォルザークの楽譜は、その程度の知性は優にある人物像を物語る。それを見抜いたブラームスは擁護に回った。

ところが作品が秀逸すぎた。特に第1楽章の迷宮はブラームスを驚嘆させた。同時にOp. 22のウィーン楽友協会への抜け駆け的な献呈はオーストリア政府の国家奨学金制度の権威と意義を損ないかねず、体制側の重鎮であるブラームスにとって心外であった。田舎出の貧しい青年に体制側のコンプライアンス意識はなく、自信と経済的焦燥感ゆえの勇み足であった。自身も同様の出自であるブラームスは、そのことをもって青年のエントリーを却下することはできず、むしろ譜面を調べることによりその才能に惹かれることになり、詭弁として「Op. 22は献呈を目的としたもので申請作品とは認めない」スタンスを取った。エントリーされていない添付作品だから、コメントは必然としてないのである。

ただ、仮にそうした事情がないとしても、彼がコメントを避けた(Op. 22を無視して見せた)可能性を僕は否定しない。というより、むしろこちらの可能性の方が高いかもしれないと思っている。彼はシューマンのようにストレートに良いものを良いと言わない性格の人だ(ある意味、ひねくれ者)。好きな女性を父親と裁判で戦って奪い取るような勇気、根性はなく、むしろ本当に好きな女性に言い寄って拒絶されて傷つくのを恐れるため、あえて冷たい態度をとって突き放してみせるような人だ(だからアガーテにばっさりとふられたのである)。はっきり言ってしまうと彼女に女々しい男と思われたのである。その性格であるから、調べれば調べるほど気になってしまったOp. 22にあえて冷たい態度をとって興味がないように装ったのではないかという仮説には一定の信憑性を感じてしまう。あくまで直感であり、Op. 22のスコアを調べた実証的アプローチの結論ではある。

彼はドヴォルザークの才能に惚れたに違いない。なぜならドイツにおいて彼の後継者たりうる才能の持ち主には出会わなかったからだ。ドヴォルザークは元来はワーグナー信奉者だった。それがブラームスに感化されたことによりシンフォニストの道を目指すようになった。ただ彼はブラームスと違いオペラも書ける人だ。旋律の才があるからどんな音楽でも書ける。ブラームスのドイツ保守本流の流儀で、おそらく彼の書いた交響曲の中でベストである7番を書くと、彼はスラブ魂を失わぬまま、自分流儀でインターナショナルなセンスの音楽を作るようになった。やっぱりブラームスは孤独だった。

最後にOp. 22の推薦盤だ。ハンス・シュミット・イッセルシュテット / NDR交響楽団の演奏。室内オケでなく常設で気心知れた管弦楽団の弦セクション。ドイツ色丸出しだが指揮が緩急強弱の勘所をとらえていて懐が深い。

万人にお勧めできるのがこれ。ネヴィル・マリナー / アカデミー室内管弦楽団にとってこれは十八番であり間然する所無し。素晴らしくうまいことはユーチューブに数多あるほかの演奏と聞き比べれば誰もが納得だろう。指揮は余計なことをせずスコアのあるべき姿を過不足なく淡々と描き出す。英国の良心。それだけで幸せになれるこの説得力。いかに良く書けているかとスコアを拝みたくなる。最高の演奏とは曲が何であれそういうものだ。

なんと大作曲家ペンデレツキ先生も同好の士だったとは!熱い演奏です。伝わってきますね、いかにこの曲を愛してるか。なにやらブラームスが指揮してるみたいに見えてきました。

僕が聴いた名演奏家たち(クシシュトフ・ペンデレツキ)

履正社高校の敗戦に見た失敗の本質

2026 AUG 16 17:17:45 pm by 東 賢太郎

甲子園の大阪代表というとPL学園時代が長らくあり、廃部になってからは大阪桐蔭一強だった。履正社が出てきたのは2000年代、プロでT-岡田、山田哲人が活躍したぐらいから二強時代になった。特に大阪を応援しているわけではないが、 2年住んだ街だからひとかどの愛着はある。チーム数は多いが甲子園では今ひとつの東京勢にカツを入れる意味でも、強くあってほしいと思っている。

今年は春に大阪桐蔭が全国制覇した。ところが夏の予選で初めて名を聞く大阪立命館に3対2で負け4回戦で消え、時代は変わったもんだとショックを受けた。大阪立命館は5回戦で箕面学園に2対1で負けた。箕面学園は決勝戦で履正社に16対2で負けた。結局は二強の1つが勝って帳尻を合わせたのだった。

豊中に住んだので箕面(みのお)は隣町だ。箕面学園はカープの床田投手の出身校として知っていた。準々決勝で大商大に 3対2、準決勝で東海大阪暁星に 7対6で勝った。 4回戦から準決勝まで4試合を1点差で勝ち抜いてきたこのチームが甲子園に出ると面白いと思ったが履正社の壁は厚かった。なにせ決勝までの7試合中4試合が10得点以上、失点は準決勝まで0か1で、はじめて2点取られたのが決勝の箕面学園だったのだから。

さて甲子園に出てきたその履正社だ。初戦の享栄には 6対2で勝った。 10得点は行かなかったが2点で押えたのは地区予選の延長戦上だ。ところが、今日の三重に5対2であっさり負けた。これもまたひとかどのショックである。序盤に先制され、打線は2点返すのがやっと。第1戦で投げたエースを温存し11番、20番が出てきたが、守備のほつれから制球が甘くなりいきなり5失点してしまったのが敗因だ。

履正社の守備は、本来は、優勝候補として不足ないほど鍛え上げられている。小飛球になったバントを瞬時の判断で捕手がワンバウンドさせてゲッツーなんてのが当たり前のようにでき百戦錬磨感いっぱいだ。ところが初回にエラー、野選が出て三重にかき回され、14人の打者に6安打され1、2回であっという間の5失点だった。僕の感想としては、履正社にエラー以上の失敗があったというよりは、敵の混乱に乗じて一気呵成に攻め込んだ三重高校こそあっぱれであった。

野球の常識と言ってもいいが、投・攻・守で最も読めるもの、日によって良かったり悪かったりしない安定したものは圧倒的に「守」なのだ。だから新チームができるとまず鍛えるのは守備であり、それに穴があれば何をしてもむなしい。したがって「守備が弱くて強いチームはない」は野球の鉄則ということになるのである。だから強豪である履正社の守備にああいう破綻は想定できなかった。

破綻は初見の相手が想像以上に強かったときに起こりえる。今回の原因があるとするとそれぐらいだ。初回、サイレンが鳴り終わる前にセンター前ヒットが出てイケイケだった履正社に点が入らず、その裏にキャッチャーの悪送球、ファーストの野選が出ていきなり3点取られた。予選の最高失点が2点だから未体験のことが起きた。

桑田・清原のPL学園や松坂の横浜でこういう破綻は想像できない。投手力が図抜けていたわけだが、それもバックの守備力あってのことだ。先発した履正社の11番は予選では安定した二番手投手で、15回無失点の好投手であり、それも守備力に支えられていたはずだ。しかし、常にボロ勝ちしてきたから破綻の経験がない。そこで焦って球が浮き、打たれてしまったと見た。 スイスイと人生を勝ち抜いてきた者がドツボにハマると脱出法を知らないから深みに落ち込むことがある。11番はまだ2年だからそうならないことを祈る。

これは野球に限らないことだが、誰でも失敗はする。大事なのは、そこで何が起きようが平静を失わないことだ。履正社はそれができなかった。かつてより書いてきたように、僕は野球も受験もサラリーマン人生も数々の失敗を重ねてきた人間だ。個々の失敗について語ろうものなら、どれひとつであれ、あれは悪夢だ、なければ良かったと吐き捨てるに決まっている。ところが、それだけ重ねると失敗の練習量は半端でないということにも気づくのだ。そうなりたいと願ったわけではないが、もう少々のことではびくともしなくなった自分がここにいる。

練習と書いたが、実は、失敗は練習できない。成功しようと願ってやって成功しないことが失敗だからであり、暴投しようと思ってする暴投は暴投でないから、わざとそう投げて横っ飛び捕球のシミュレーションをすることはできても、予想外にそれが起きてしまったときの心持ちまでは練習できないのである。しかし実際の試合で暴投をなくすことはできない。だから、起きてしまった時に冷静に対処することこそが最善の策であり、「平静を失わないこと」が最善の対処法なのだ。履正社の選手諸君はこの敗戦を、そういうプラス思考で人生の糧にしていただきたいと切に願う。

ではどうしたらそうできるか?頭の中で妄想したり、先人の教えを受けたりハウツー本みたいなもので耳年増になってもだめだ。万人が回復できるうまい方法なんてないので、上手くいった他人の経験が自分にワークする保証もないのである。自分が実際に窮地に陥って、悩み抜いて、誰にも助けてもらえず、眠れぬ夜を過ごし、もがいていたら、別に殺されるわけではないということぐらいは頷(うなず)けるようになってくるだろう。死刑になる恐れのある罪を犯したのでなければ、世の中の大概の事は実はそんなものだ。誰もそんな思いをしたいと思わないが、それに遭遇することを恐れてはいけない。なぜならその経験の1つや2つは子供の麻疹(はしか)と一緒で、あった方が長い人生にとって保険になるかもしれないからだ。そう思う安楽な心持こそが平静への第一歩だ。

これもかつて書いているが、僕は高2で肩を壊して投球不能になり、だましだまし続けるより退部することに決め学業にシフトした。心の底から世をはかなんだが、別に野球ができなくても殺されはしないし実は何も失わないということを後になって学習した。50歳手前にしてサラリーマンとして思うところがあった時、その経験が心によみがえり、そこからほんの数日で、自分の力がより発揮できる会社に移籍する決断に至った。野球を断念するのはそれよりずっと重かった。「仕方ないことをうじうじ考えても何も産まれない」。以来これは僕の鉄則となり、万事において決めたら委細構わず即決する人間になった。

それがいいか悪いかは別だ。失敗だったこともある。でもそれで人生が楽で軽やかになったことだけは間違いない。会社の移籍は失敗した場合を考えはしたが、やらないで後悔するよりやって後悔する方がましだ。どっちであれ別に殺されはしない実感がたくさんの失敗経験によってガッチリと出来ていた。であればやらない手はない。プロとしての勘から成功する自信があった。「やって得」と思えることはやった方が現実に得であることが確率的に多い確信があった。であれば、チャレンジ数を増やせば増やすほど「大数の法則」によってその高めの勝率はより確かに固定されてゆくのである。

サイコロを振って1が出る確率は1/ 6だ。 6回振っておおよそ1回は出る。出ないかもしれないので「おおよそ」だ。それを不確実性という。 60回振ればおおよそ10回出るが「おおよそ」は減る。60億回振れば10億回出るが「おおよそ」はほぼゼロになる。つまり、振れば振るほど1が出ない不確実性は減る。これが「大数の法則」だ(保険会社の本業収益はこれによって出ている)。ということは、プロとしての勘がある人は、それがプラスと確信できるチャンスがあるなら転職は出来る限りやった方が良いということを示している。それに伴うコストを差し引いても得かどうかは判断しなくてはいけないが、常識とかけ離れていることは何の問題もない。数学は常に正しいからだ。

これに従ってより良い人生を生きるために必要なことが2つある。 1つ目は、どんな職業であれプロにならなくてはいけないこと。 2つ目は、実現可能な選択肢をたくさん持つことである。それにはまず大前提として就社でなく就職していることが大事だ。僕は学卒で野村證券という会社に「就社」したが、 10年ほどでプロの証券マンとなることで初めて「就職」資格を得た。この差は決定的に大きい。就社に留まる人は市場で買い手がつかないサラリーマンであり、給料と退職金をもらって社会人終わりである。ところが就職になると買い手がつく。野村でいくらもらっていたかに関係なく市場の値段がつく。これのプロ野球版が「フリーエージェント」である。大谷選手は日本ハムで数億円はもらえたが、市場の評価としてドジャースから1000億円のビッドが入ったわけだ。

僕はみずほ証券の執行役員を最後に市場でビッドが入らなくなったのでソナー・アドバイザーズ株式会社という雇用主を自分で作り、そこに雇われて16年になる。この行為を別のアングルから「起業」と呼ぶ。これをするためには市場で値段のつく人間になっていることが最低条件であることは以上の論旨から自明であろう。僕の市場価格はソナーなど僕の作った会社から頂く金額であることも理解されるだろう。お金で表せないものはあるが、表せる部分は表した方がいい。自分は何のために生まれてきたのか、社会にとって何の役に立っているかなんてことを悩まないですむからだ。

履正社の選手諸君はこの敗戦で、強い組織にいても世の中一寸先は闇であることを身をもって学んだ。優勝してしまっていたら一生わからなかったかもしれない教訓だ。優勝のトロフィーや記念写真やメダルやたくさんの記事やファンの祝辞を頂いても、どうだ俺達は強いだろで終わり、10年も経てば世間はそんなこともあったねで終わりである。勝利は美酒ではあるが、学ぶことは実はあんまりない。負けは失敗であり、失敗はたくさんの教訓を残してくれ、しかも悔しかったので肌身に染みて忘れない。お偉いさんの訓示や、誰かさんの体験談や本をいくら紐解いても、涙を流すほど悔しい思いをした者にはかなわないのである。

カープ森下に見たエースのたたずまい

2026 AUG 15 0:00:27 am by 東 賢太郎

なすすべなしの12対0で6連敗。悲しくなるほど凄惨な負けだった。昨日ヤクルトの第3戦が台風で流れてよかった。しかし、ホームに帰って迎え撃つは巨人を3タテした阪神である。 20対0で負けたらカープはどうなるんだろう。こういうときにマウンドで仁王のように立ちはだかるのがエースというものである。

エースはチームの数だけいるが、背番号1や開幕戦の先発になればいいというわけではない。首位を快走する阪神は村上、高橋、才木と勝てる先発が3人いるが、はてどれがエースかなというと僕的には難しい。なぜならエースには、数字の裏付けだけではない、チームを鼓舞する「たたずまい」が必要なのだ。

たたずまい(佇んでいる様子)という言葉のニュアンスは英語にも中国語にもない。何かする前にどう在るかを静かに伝える気配や空気感、とでもいうもので美意識にもなるし威圧感にもなる。たとえば「木鶏」は中国の故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じることのない最強の状態にある闘鶏をさす。横綱双葉山が70連勝を逃したとき「われ未だ木鶏たりえず」と言ったが、横綱は木鶏のたたずまいあるべしという含意であろう。

今日、最強の阪神タイガースを8回1失点で抑え込み勝利した森下投手を見て、そのたたずまいにおいて、広島カープのエースだと僕は感じたのである。

奇しくも6年前の今日、森下は京セラドームで阪神を2安打完封した。

その時に書いたブログがこれだ。  カープ森下、惜しかった準完全試合

1ヶ月ほど二軍落ちに甘んじた今年を彼は勝利インタビューで「思い出したくない」と語った。当然だ。森下君の辞書に「二軍」の文字は無いだろう。今日のピッチング、力感なく淡々と投げたように見えたが、森下・サトテル・大山のセリーグ最強クリーンアップを2安打に封じ込んだ。 三振はカーブが効いたが、ストレートに伸びがないと三振は取れない。

今時150キロは当たり前で、エイヤと160キロ出すピッチャーが讃えられる傾向があるが森下は平均146だ。そんなことには目もくれていない。腕づくで球速で押し込むのは有力な戦法だが慣れれば打たれるし、エネルギーを使う。 140の腕の振りで120を投げればマイナス20の分、打者は前のめりになって強いスイングができず、しかもエネルギーの消費は少なくて済む。森下の速球は伸びがある分、落差は20以上、しかも伸びはランダムだから落差も変動してバットの芯を外す。その変数を駆使して打者のバランスを崩す。エイヤと160キロより知的であり、馬鹿力でなくインテリジェンスで打者の優位に立つ。今日も彼は当然完封しようと思っていたはずだ。理由はない。そういうたたずまいがあったのである。

投手が分業制になった昨今、 6回を3点に押さえればクオリティスタートだか何だか知らないが、僕はそんなものに何の関心もない。あっさりそう言ってはセットアッパーやクローザーという地位と名誉が確立している今は失礼に当たるが、関心ないものはない。つまり僕の美学は、ピッチャーは完投して当たり前、できれば完封を狙うである。だから8回の1アウト二三塁でサードゴロを取って一塁に投げた佐々木君、 6対0のスコアで安全策をとるのはわかるし青学ではそう教えるかもしれないけど、あれはホーム全然間に合ってただろ、ホームで殺してやれよ森下さんのために。解説の野村謙二郎氏はあれでいいと言っていたが、チームはそうでも防御率にも関わる。1点入ったからあっさり9回は交代したけどまだ113球だったからね、0点のままだったら9回も行ったと思う。野手の君たちにはわからんと思うけど、ピッチャーってのはそういう生き物だ。

あと2回の先取点ね。無死一二塁で佐々木・左飛、石原・三振だよ。ここで打席に入った森下は、高めのボール球を引っ張ってレフト前。芯くったいい当たり。あれでがぜんカープの打者の空気が変わった。ファビアンは激走して3塁打にしたし、モンテロは初球を鬼の形相でレフト前に火の出るようなヒットを放った。ヤクルト戦の12対0の屈辱的な負け。ドミニカ人の2人は、おかしなムードになっているベンチにいてどう思ってたのか。男としてやられっぱなしはありえねえと思っていたはずだよ、 2人とも強烈な一撃を放ってチームに火をつけてくれたと思うよ。その2人がベンチで森下のナイスピッチをたたえてる笑顔、本当に頼もしい。ピッチャーとしてあれほど嬉しいことはない。

結果論ではあるが、石原より森下の方が打者として芯でとらえる能力は全然上だ。石原君もっとトスバッティングを地道にやった方がいいね。もう1つは6回だ。一死三塁で打席に森下。たたずまいからして打つと思った。完璧なセンター返しがピッチャー門別を直撃。本来センターに抜けるべく狙って打った感じだった。マエケンもそうだったが森下は2刀流で通用する。打者に専念したら3割近く打つんじゃないか。ちなみに大分商業時代は、ソフトバンクに入った同期の川瀬晃とピッチャー、ショートでライバルだったから打撃力あるのは当然だ。僕は川瀬の守備の反射神経はプロでも一流と思っていてショートでもそれと競ったのだ。スポーツは何をやらしてもうまいのだろう。

たたずまいが全てを変える。それができるのがエースである。カープはこの一勝で何が変わるわけでもない大変な渦中にあるが、グラウンドにおいては、マウンドにこういう男が立ちはだかれば空気は変わる。全員が本気を出せば難敵・才木をKOし、首位を独走する阪神タイガースにこんな勝ち方ができる。ファンが望むのはこれに尽きる。

 

僕が広島カープファンになった意外な真相

2026 AUG 9 3:03:47 am by 東 賢太郎

8月6日の朝8時、東京タワー近くのカフェで初対面の皆様とミーティングが始まりました。これが建ったのは昭和33年、高さ333メートルは当時の日本一。その年に生まれた妹が物心ついたころに父に連れてられて展望台にいちど昇ったきりで、今回このあたりに来たのもそれ以来という塩梅なのだから東京が広いのか行動範囲が狭いのか。スカイツリーだって近寄ってもおりませんから、高いところが苦手で下から見上げるのもちょっと弱いというのがあるかもしれません。今回はタワーに用事があって来たのですが、たまたまとはいえ8月6日という日付も気になっており、広島に原爆投下された8時15分に心の中で黙祷をいたしました。

原爆をいつどこでどのように知ったかは覚えてません。調べてみると、社会科で習うのは小学校6年のようです。そうではない。なぜなら、小学校2年から広島カープファンになっていたからで、それから4年も経って原爆投下を知ったとするとその脈絡で覚えているはずですから100%それはない。つまり原爆を知ったのはカープファンになるのと同時の8歳か、それ以前であります。自分の中では、「王貞治と大羽進の甲子園予選東京大会決勝戦での対決」で1-0で敗れた大羽を応援しているうちに判官びいきでカープが好きになったというストーリーになっており、ブログにそう書いてもいますが、本当にそうだろうかとふと思い、先ほど調べてみたのです。少々ショックでした。おふたりの対決のとき僕は4歳であり、どう考えても誤りということが発覚したのです。

おそらく、大羽投手が「王キラー」として名を成した10歳のころにふたりの高校時代の因縁が世間で話題になり、僕の中でそのストーリーが後付けでくっつき、今に至るカープ愛が完成したものと思われます。ところがです。そうだとすると、きっかけなしに、自発的に、8歳の東京の子が万年5位、6位だった地縁も何もない広島カープの熱烈なファンになったことになります。広島県がどこにあるかも知らない子がカープファンになった納得できる理由が消えてしまうのです。当時は巨人戦しかテレビ放映がありません。ときおりしか見ない相手チームは情報も少なく東京の子はみな巨人ファンの時代ですから、何か強い理由がないと起こりえないことでしょう。ではそれは何か?ここで「原爆を知ったのはカープファンになるのと同時の8歳か、それ以前であります」という条件が活きてくる。つまり、原爆投下を知ってから(あるいはほぼ同時に)カープファンになったのであれば納得できるのです。すなわち、球団の好き嫌いとは関係なく、誰かがまず広島への原爆投下の悲劇を8歳ごろの僕に教えこみ、感化を受けて湧き起こった同情と義憤から僕はカープという球団を強く意識するようになったのです。

では教えたその人物は誰だったのでしょう?

母は野球、政治に興味はなく、精神的ショックを与えかねない話を他人の子供にするような親戚もおりません。それは父以外にあり得ません。おそらくはテレビでいっしょに巨人・広島戦でも見ながら、少し日本語が理解できるようになった息子に、広島というところはねと原子爆弾の話をしてみたのでしょう。16歳で開戦となり、学徒動員され陸軍の高射砲部隊で片耳の聴力を失い、家は空襲で焼失して大学も断念せざるを得なかった父は戦争と、原爆投下を行ったアメリカ合衆国をという国を心底憎んでおりました。しかし同時に、入隊して体験した理由もない体罰から日本軍への憎悪を語っており、矛盾のようですがGHQにはそれほど批判的ではなかったのです。三井銀行に入行し、三井物産の幹部で資産家だった祖父が末娘の婿に選んだことで体制批判ご無用の立場になったのですが、母方の親族が東京裁判で無罪になったこともGHQと新政府に親和的だった背景かもしれません。そんな父が、母の庇護下でのんびり、のほほんと育っていた息子を見て、戦争について教育しておかなくてはと考えた可能性は大いにあります。そのコンテクストでプロ野球を見れば、帝国主義、軍国主義の犠牲となった広島という都市に強い同情が芽生え、樽募金で資金をまかなって誕生したカープを応援しようと8歳の少年がなっても不思議でなかったと思えるのです。父はあまり野球を知らず月並みな巨人ファンでもあり、その後の言動からしてカープ応援に誘導した形跡はありません。あくまで僕の心の中でおきた化学反応だったのです。

もし父の語ったアンチ原子爆弾、アンチ・アメリカ合衆国がそれほど影響があったなら、ことは野球に限らず、僕の中に何か別の痕跡もないだろうか?あるのです。アメリカ文化への徹底した蔑視です。武力で負けても文化では勝っているという精神的レジスタンスです。それが僕のクラシック音楽の受容に影を落としました。日本の西洋音楽評論界では親・独伊、反・英米の立ち位置がありえました。軍事同盟と文化は本来無縁なのですが、ルーズベルトのオレンジ計画など吹っ飛んで痛快である。僕はそれに染まり、後々に留学先で2年間定期会員にしてもらいオーマンディーやムーティの指揮で何度も深い感動にいざなってもらった名門フィラデルフィア管弦楽団を芸術性においては完全に見下しておりました。父のスタンスの影響から、アメリカの音楽文化について都鄙感覚からくる頑強にネガティブな心理バリアができてしまっていて、刹那は感動しても敬意には至らなかったのです。レナード・バーンスタインという天才を知って中和はされ、彼の方法論の薫陶でこうしてブログを書いているわけですからアメリカの美質は認めてはいます。しかし、その音楽文化が欧州に匹敵するなどとは申し訳ないが今もって微塵も思わず、言葉は汚いが蔑視は消えていないのです。抗いがたいcomplexityであり、ニューヨークに教師として滞在したドヴォルザークが、土地や文化や人々を愛したにもかかわらず米国音楽に抱いていたとされる気持ちに似たものかもしれません。

後述するように父自身はアンチ・アメリカ合衆国のバリアを乗り越えましたが、好きになったわけではなく、敵の強さを素直に認めて良いものは良いとして学んでしまおうというプラグマティックなものでした。敵は無傷で捕獲したゼロ戦を分解して空中戦で負けない手法を編み出しましたが、父もそういうエンジニア的性向のある人で、神風と大和魂だのみの日本軍より実用主義的な米軍を評価したのです。対して、敵を鬼畜と罵るだけで研究せず、無線は傍受され放題で大勢の若者を無為に犠牲にした日本の軍神たちをシンプルに馬鹿だと考えていたと思われます。その証拠に、性向が丸々遺伝した息子がそう確信しているわけです。戦争というものは女性や子供も苦しむのですが、なんといっても亡くなった310万人の8割近くは男だったという厳然たる事実は重い。東家の墓にもガタルカナルで戦死と刻まれた親類が眠っているし、男だ女だという話は忌避される平和な世の中になってはおりますが、数字が示す通り男にとって戦争とは逃げ隠れできないものだったのです。犠牲者である父が息子にした広島原爆投下の話は、当たり前のこととしてそうした “強度” を伴っていたはずであり、だからカープが好きになりましたなどという安易で拙速なものではなかったのだろうと思います。

小学校2年生が理解できたことは、自分もそのめちゃくちゃにされた日本人である、父がかわいそうだ、であればこれから自分が鉄腕アトムみたいにやり返せばいいではないかの程度だったでしょう。そして、それが今も僕の性格の根幹にある「判官びいき」のルーツになった理解は容易です。今もって、何らの理由もなく、「でかくて強いもの」はいつも僕の中では好悪の悪であり敵なのです。でかくて強い。アメリカそのものじゃないですか。そして野球少年になりつつあった当時、あこがれとともに毎日毎日テレビにかじりついて見ていたプロ野球の世界では、9連覇した常勝巨人軍こそが悪の権化みたいなものであり、僕が応援すべき弱者はといえば、故なき原爆被害に遭ったにもかかわらず、それをはね返して強くなりたいという不断の願望をもち、他チームをしのぐ激烈な努力を重ねていた広島の球団だった。ここで王と大羽のストーリーが、これまた判官びいきのフォーマットに綺麗に収まる話として縫合され、王の5打席連続、6試合連続などの本塁打記録を3度も阻止し、通算48勝中19勝が巨人戦という感動的で正義の味方としか表現の言葉もない大羽進投手の快投を聞き知って、カープファンという魂が形成されていった。これが時系列から見ても文脈としても、僕が広島カープファンになった矛盾のない結論、すなわち、真相であります。

王貞治vs大羽進

自我の成り立ちはかように複雑なものです。皆さんどなたも、ご自身なりの物事に対する善悪の感情をお持ちと思います。戦中派を親に持つ世代のそれは大なり小なり終戦と無縁ではないでしょう。自分たちは絶対に戦争はしない。この教訓は合致していましょうが、ではどのような国になれば我々日本人が戦争ぬきで幸せに生存していけるのか。喧嘩はこちらがふっかけなくても逆はあるわけです。それへの対処も放棄してどこかの国の核の傘の下で生きながらえる。これをまじめに信じられる人はよほどの性善説か、何も考えてないか、どこかの国の奴隷でも戦争で死ぬよりましだと考えるか、仮にそうなっても自分の一族は上級奴隷として良いポジションで生きられると積極的に思っている方々です。ちなみに世襲政治家は代々が上級国民であり、奴隷になってもその支配を一任される上級奴隷のはずと考えており、傘を持つ可能性のある米国・中国どちらであれ媚を売る可能性がとても高いわけです。米国・中国もその連中をスパイにしておく絶大なメリットがあり、カネ、女、秘密医療、秘密口座などを総動員して手なずけ、逆らえばそれをネタに脅します。ODAの3割が秘密口座にキックバックされるなど、実弾は日本の税金だから出す方も腹は痛みません。ストレートに書くなら、その連中は表の顔は議員や官僚ですが、実態は堂々たる売国奴であるということを言っております。国策絡みの収賄はシーメンス事件が著名で、日本海軍はロンドンの銀行に英国人名義で秘密口座を持っていました。大東亜戦争が太平洋戦争になる過程でもそうした動きがあったことは多くの方面で指摘されております。その行動を国民がじっくり観察し注視していれば、そういう者どもの本性はおのずとあぶり出されてきますし、日本を愛する国民が高市官邸に大きな期待をよせる一端はそこにもあろうと思料いたします。

我がカープ愛の由来はそのように意外なものでした。判官びいきはそれが弱くて負け続けても愛するし、必死に戦った結果が最下位でもいいのです。だからこそ、今回のゾンビタバコ事件は逆鱗に触れた、なぜなら弱くても愛するのはその者が勝ちたくて死ぬほど努力しているからです。 10連敗したっていいよ、そこから何かを学んでいずれ強くなるさ。そう思えるから応援する。現に弱小のカープが昭和50年に初優勝したときの喜びは、奇しくも大学合格の年でもあったゆえ人生最大の歓喜の年だったといって過言ではありません。判官びいきは、応援する対象自身の強い願望、努力と裏腹の推し活なのです。だから怒りは半端でない。違法かどうかなど僕のコンテクストにおいては些末なことで、コンプラで騒いでる世間とはぜんぜん別次元の怒りなのです。願望、努力とは程遠い薄汚れたおぞましい自堕落はアスリートであるなしにかかわらず人間として終わってる。日夜必死に練習して当たり前の二軍の分際で、田村というガキがネエちゃんとイチャついてる。適当に楽しくやって何年か経てば上がいなくなって一軍に上がれるだろうと甘く見ているとしか思えない。ネエちゃんと遊んでいかんという気はない、それがストレス解消で努力のうちなら大人の判断だが、それで世間に通るのは一軍で3割打ってから。こいつのしてることは、ただのその辺のサラリーマンと同じです。僕はこういう勘違い野郎が問答無用で大嫌いで、顔を見るのも不愉快。こいつが出るなら試合は見ない。

王貞治は荒川コーチの自宅で日本刀を毎日振って集中力を研ぎ澄ました。高校からの宿敵である大羽進は王を三振に打ち取ることに命を懸け技を研ぎ澄ました。なんのため?勝ちたいからです。その一挙手一投足にファンは酔い、少年だった僕は男と男の真剣勝負の潔さと残酷さを学んだ。今どき巨人の星かと思われる方も多いでしょうが、その今どきの世界のトッププレーヤー、イチローやダルビッシュや大谷だって厳しく自分を律して磨き上げて頂点へ登りつめた点で王や大羽と同じです。だから僕は昨今の日本のなあなあでお遊びでしかないオールスターは見ません。こんなくだらないものなら、とんねるずの「リアル野球BAN」のほうがよっぽど面白い。ゾンビ吸ったりネエちゃんとキスしてるところを間抜けにも撮影されてるカープのこいつらは球界全体のユルさが生んだかもしれず、サッカーの方がずっと真剣勝負であるとだんだん思えてきました。青少年に何を教えてくれるんだろうという視点はプロのアスリートには必須です、僕もそれを見て育てていただきました。カープのキミたち、自分は大谷さんとはレベルが違うんでと思ってるなら、そもそもプロ野球選手じゃないんで歌舞伎町のホストにでもなれ。

父がどこでどうしてアメリカを許したのかは聞けませんでしたが、GHQが決して鬼畜米英ではなく、入隊するなりスリッパでビンタを食らわせた畜生のごとき陸軍の上等兵どもに比べればずっと人間としてマシであり、頭から押し付けられた自由主義、民主主義ではあったが、天皇総帝論のもとでの八紘一宇よりまともな治世ではないかとどこかで確信に至ったものと思われます。一転して英語を学ぶようになり、息子には米国留学を奨励し、銀行定年後もインドネシア国立銀行、トーマス・クックの顧問に就任しておりました。 「97歳でも勉強されてたんですよ」と入居していた施設の皆さんからうかがい、まさかとは思いましたが、遺品に漱石の坊っちゃんの英語訳があったのはいささか驚きました。父が所有していたLPレコード、ビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに」をきくと、あのなつかしい居間の午後の陽だまりが目の前にぱあっと広がります。

 

『黒猫フクの人生観』 (第十七話)

2026 AUG 3 22:22:47 pm by 東 賢太郎

人間の政治はまだ勉強中だよ。けどさ、半年前に高市さんが330議席も取って歴史的な勝利した時の公約の目玉が食料品の消費税ゼロだったぐらいは知ってるよ。ところがそのおかげで当選した自民党の奴らが手のひら返して減税反対って騒いでるっていうじゃない。野党だってチーム未来以外はみんな消費税ゼロに賛成だったよね。なんなのこいつら?反対した全員の名前を三条河原に張り出ししてくれよ、次の選挙で打ち首の準備にね。特に稲田朋美ってハイヒールで潜水艦乗った馬鹿女がさ、「総理が言ったから減税ではダメ」なんてえらそうに言っちゃってるわけよ。何様なんだこいつ?「消費税ゼロ。約束します!」って福井で思いっきり選挙カーから演説してる姿ネットで出てるよ、それで当選したのおめえだろ。福井県民の皆さん、愚弄されてるのは皆さんですよ。こいつの頭のなかじゃ約束とウソは同じ意味です、こんな女が政治家なんておぞましすぎてニャーも出ない。こいつに票を入れるなら福井県だけ消費税10%にしてくれ。「議論なくば自民らしくない」?知るかそんなもん、高市じゃなきゃ自民なんか投票しないって人いっぱいいるよ、主人は石破の時は自民なんかいれてないよ。議論すれば約束破っていいの?こんなウソつき女を放置したら青少年にオレオレ詐欺を奨励するようなもんだ。それが自民党らしい?ならいっそ解党しろよ、こういう頭おかしい奴らは追放して神社でお清めしてさ、まじめに国家と国民を守ってくれる議員だけの党にしてくれよ。

こっちも驚いたね、野心満々でこいつとおんなじようなニオイのオバサンばっか4、5人集まって女子会?あのねえ、残念だけど高市さんは女性だから総理になれたわけじゃ全然ないんだよね、それも分かってねえバカが集まって何の話するのかね。そのひとり、小渕優子って凄まじくアタマ弱くて有名なのが宣言した。「インナーやめます」。隣のガキどもが笑ってたよ。「パンツぬぎますってよ」「食料品消費減税、”あれは公約だったのか?” も言ってるぜ」「こいつが言うと  ”あれは幻だったのよ” にしか聞こえねえんだよなあ」「まあまあアタマ弱いんで気の毒だねって声が多いらしいよ、主人のまわりで」「ならしかたないから群馬県だけ消費税10%にしてあげてくれ」。

高市さんみたいな政治家はいまだかつて日本にいない。勉強家で頭が実に良く、法律を書けるほど言葉の重みを知っており、普通はそういう人は実行力がないんだけど、彼女は言ったことに使命感があって万策尽くして必ずやる。それを国民は待望してたし心から信頼してるんだ。悪いんだけどさ、そもそもこの女子会オバサンたちのオツムと学力じゃのっけから無理。人品骨柄からしても無理。猫の僕でさえ腹わたが煮えくり返ってるさ。ネットなめちゃいけねえよ、国民はあんたらの本性をぜ~んぶ見抜いて共有知にしちまってるよ。本性っていうのはね、月日が経ったら変わりました、反省したら良くなりましたなんてことは絶対ないんだ。裏切る奴は千年たっても裏切る。天国来てる仏様たちには常識さ。公約裏切った奴らの名前はデジタルタトゥーで誰でも閲覧できる。賭けてもいいさ、次の選挙でこいつら全員が国民の怒涛の鉄槌食らって掃滅される。高市さん、 2年後の参院選は衆参同時選挙だよ、こいつらの公認剥奪して刺客たててブチ切って爆勝ちだ。国民の支持は微動だにしてないからね、民主主義国家の主権は政治家でも官僚でもない、国民にある。それで長期政権は間違いないよ。

こいつらそれ分かってる。次の選挙の怖さをね。だから焦った馬鹿どもがにわかに馬脚をあらわしたってことさ。食料品消費税の2年間ゼロの阻止が真の目的じゃないんだよ。円安の震源や財源問題なんてわかってるはずないんだよこいつらのアタマじゃ。「高市が公約を達成できなかった事実を作る」、目的はそれ。それだけなわけ。できなっかたできなかったってキャンキャン騒ぎ立てて支持率を下げ、退陣に追い込む!これが目的なんだ。これなら馬鹿でもできる。私も女だし次のメがでてくるわ、難しい理屈は財務省の秀才クンたちがこっそり教えてくれるしね。「減税は総理が言えば決まるってもんじゃない!!」。おめえも言ってたんだよこのバカ。

国民の玉木ってのも主人の後輩だからだまってたけどさ、間違えたねこいつ。要するに誰も腰いれて減税反対してるわけじゃない。あまりに小物で自分で決める腹もない。スポンサーご所望である高市おろしのグランドシナリオ。尻馬に乗って劇を演じて、ちょい役でいいから映画のエンドロールに名前のせときたいって浅ましい連中さ。こんな奴らが政治家でいいの?公費の無駄だよ。野党の議席なんか2年後の参院選でゴミみたいなもんになるの確実だ。両議院ですべてが多数決で吹っ飛んじゃう。自民の党内野党だって最後は党則で高市総裁に一任さ。要するに反旗ひるがえしても何のパワーもないんだよ。それでもやる。目的はひとつしかない。くりかえすよ、「印象操作で高市のイメージを悪くして支持率を下げる」。これ以外に打てる手はないんだ。こいつら、いま、断崖絶壁に追い詰められ、最後の命綱、印象操作に死力を尽くしてる。

ツル

まあ雑魚のアタマの中なんかどうでもいいんだけどね、僕はやりかたにびっくりしたんだ。だってこれ、天国の動物界じゃ『ウンチ作戦』って下劣で有名な手法なんだよ。まさかこんなの人間がやるなんて思わないよね、恥ずかしくてさ。天国で始めたのは節操のない鳥たちさ。白鳥とツルの激烈な選挙バトルがあってね、劣勢のツルが有権者の庭にウンチしまくって「白鳥がやってるのを見た!」ってウソ言いふらしたの。庭が臭くなっちゃって有権者の怒りを買った白鳥は落選さ。そこで白鳥は次の選挙でそれやって、「ツルがやってるのを見た!」ってウソをたれ流したら今度はツルが落選さ。ところが、ウンチまいてた犯人をつかまえると、そいつはサギだったんだ。「どういうことだ?」「なんで選挙に出てないサギが?」。実は姿が似てるこいつが実行役、シベリアに帰っちゃってる白鳥が指示役って今風のトクリュウだったんだ。白鳥はうまく逃げて、小物のサギが詐欺じゃなくて公職選挙法違反で捕まったってオチさ。

サギ

人間はもうちょっとは知恵があるからそれをうまくやる。法律にひっからないよう選挙じゃない時にね。言論のふりして寄ってたかって高市さんの周りでわーわー大騒ぎすんの。ネタはガセのメールでもウソでも何でもいいの。それをテレビが「ほんとだ、臭い臭い」って囃したてるの、ここが『ウンチ作戦』そっくりなんだよね。これで有権者には「高市さんヤバいことあるのかな」って疑問が既成事実化しちゃうんだね。そこで満を持した新聞(消費税8%に優遇してもらってる)が「高市政権に批判の声も出ているようですが・・」と前置きして爺ちゃん婆ちゃんにアンケートお願いすると、けっこう「高市は支持できない」になるらしい。そこで鬼の首取ったみたいに、あたかもフェアにその数字が出たみたいに装いながら「支持率暴落!」ってやる。それが今おきてることの真相さ。

つまり、こいつらのやることなすこと全部が印象操作なんだ。ウンチに当たるネタなんかなんでもいいわけ。とにかく「大騒ぎになったってイメージ」だけ国民に与えれば成功。官邸が「週刊誌のガセネタだ」なんて正論を返してもね、もともと臭いニオイを残すことだけが目的だから屁の河童さ。あほらしいから忙しい高市さんは相手にしないよね、すると今度は「審議拒否だ」「国会を軽視してる」「これが民主主義か」ってまた別なウンチがびしびし飛んでくる。こいつら政権担当能力なんてまるでない、それ民主党政権で実証されてるからね、だから単なるウンチ芸がオハコの劇団なんだ。スポンサーの意を受けて総理の人気を下げて体力を消耗させる、それだけのために国会にいるみたいなもんなんだ。それで国民の税金から年収3000万円も貰ってるとんでもない奴らなんだよ。だから維新の会と頑張って早く定数削減しないといけないね、比例はおろか参議院もいらねえって主人は言ってるよ。

でもウンチ劇団には弱点があってね、知性も品もないお馬鹿さんじゃないと似合わないってことさ。リアルに言うなら、馬鹿と引き換えに3000万円もらってるお笑い政治芸人ってとこだね。さすがに政党交付金もらわない共産党はそこはできたもんだ、「こんな奴らと一緒にされたらかなわん」って危機感いだいたんだろう、「誹謗中傷動画のネタ元の男は詐欺師だ」って真相バラして劇からさっさと降りちまった。これが危機管理ってもんさ。こっからはもうお笑い劇場だよ、舞台に残されてポーズが固まったまんまの奴らの恥ずかしい姿がくっきりと国民の記憶に焼き付いたからね、次の選挙は大変なことになるね。それの提灯持ちのマスコミも一緒さ。まあ猛暑も厳しいし、我々は次の「高市下げ」のお笑いネタは何かなって楽しむのも一興だよね。

チンドン屋

役人でも論戦したらかなわない高市総理に勝てる議員なんて野党にいるわけないでしょ、頭悪いし勉強してねんだからウンチ芸が生きる道さ。ところが衆院選であまりにボロ負けしたもんだから団員が激減しちまってね、 自民の議席をおすそ分けしてもらったうえに2つ合併させても場末で潰れかけのなんたら一座みたいになっちゃった。 15分も鹿の話すると思えば減税の財源はどこにあるんだ、子孫に禍根を残したくないなんて、てめえの議席守ることしか考えてませんって顔に書いてあるオヤジが言っちゃったりしてさ、そんな漫才がネットで国民の津々浦々に知れ渡っちまった。お前らチンドン屋かって怒ったのはスポンサーさ。こうなるとがぜん元気出ちゃっうのが石破前総理だ。今こそ俺の出番だって腕がなるんだろうね、おい見ろ見ろ、こいつもう一度総理できるんじゃないかなんて勘違いしてるぜって天国寄席のネタになってるよ。この御仁、盟友の野田よしひことスクラム組んだらまさしくお似合いなんだね、中道に移籍すれば水を得た魚だ、強くお勧めしたいね。こいつの内閣でつるんでた奴らも次の選挙じゃ野党とおんなじ運命が待ってるからさ、一緒に中道に行けば幸せな余生送れると思うよ。ちなみに僕は本物のチンドン屋って見たことないんだけど主人は子供のとき大ファンでね、こんな糞みたいな奴らに例えたなんて聞いたら怒られるから言えないけどさ。だって来るといつもチョコチョコ後をついてまわって、ボクいい子だねなんて紙芝居のおじさんに飴もらったって熱く語ってね。だから大きくなったらあそこで太鼓たたくのが夢だったんだってさ。それでストラヴィンスキーの「春の祭典」が病みつきになったんだね。

広島カープ、社会なめちゃいけねえよ

2026 AUG 1 0:00:02 am by 東 賢太郎

広島カープを64年応援してきた東京のいちファンとして、 7月13日に出てきた雑誌のおぞましい写真、昨日報道された家宅捜索は寝耳に水だ。許し難い。球団のコンプラ対応がどうのとかそんなこと以前に、 二軍選手ごときがチャラチャラこんなくだらん奴らと夜遊びしてるって何なんだよ。そんなの野放しにしてる球団がプロ名乗ってお客から金取ってんのかよ。社会なめちゃいけねえよ。 一般企業でもね、一人前でもねえ奴がこんなことしてたら一発でクズの評価だよ。しかもそれが法に触れてました?シャレにも何にもなんねえんだよ。

新井さん、家族野球も結構だけどね、あんたが親父なんだろ?なら自分の息子がこんなことやってたら即刻呼びつけてどやしあげろよ。何が家族なんだよ、叱ってやるのが仕事だろ。息子が万引きしてました、気がつきませんでした、大変遺憾に思います、それとおんなじじゃねえか、それで終わりかよあんたの家族は。一発張り倒しておけば社会なんかわかってねえ小僧どもは人生間違えずに済んだんだよ。青少年の模範にされる業界だよ、えんがちょ付いちゃったら終わりだ、誰もそんなやつ気持ちよく応援できないぜ。こういうのイメージはもうゴキブリと一緒でね、一匹出たらってなる。野球界ってひと皮むけばこうかってことになってファンも野球人口も減るよ。これはカープのコンプラ問題なんてチンケな話じゃない、すべての野球を愛する人たちに土下座して謝るべき事件だ。

入試の現代国語と音楽評論の関係

2026 JUL 29 19:19:39 pm by 東 賢太郎

ダイナミックオーディオのSさんは立派なクラシック愛好家です。話のなりゆきで「ブログ読んでますよ」となり、それはそれはということで「ご感想は」と尋ねると、「他の人のと決定的に違うのはですね」と前置きの上で、「知らない曲なのに読み終わると知った気になってるんです。そこでCDを買って聴くと不思議と曲を覚えてしまいます。それは、東さんのは文章がぜんぜん違うからだと思います」「文章?」「はい、文章です」とおっしゃった。

これは大変なことでした。かつて作文をほめられたことがないからです。「こんなの問題作った奴しかわかんねえ」と答案用紙やぶって捨てたのが現国。漢文にいたっては猿が鳴いてどうのとかいう授業で「猿は鳴かねえだろ」と集中力がきれて以来記憶なし。つまり国語で絶対の自信があったのは「1000回模試受けても偏差値は55だ」という法則性だったのです。Sさんがぜんぜん違うとされるのは文章がうまいでなく妙だ、変わってるだろうと解釈するのが穏当なところです。

ちなみに一度だけ法則が破れ70が出た。次からまた戻った。それがこれです。

国語、数学の論述式について

母校の受験において、中高一貫校の秀才たちに比べれば野球で遊んでた都立高の僕などドンキホーテみたいなもん。そこで「檸檬」の教訓から国語の全軍撤退を決意し、ひよどり越えで勝利した冷や冷やの戦争でした。法則が破れたことを重視した。これは思いつきでなく科学的態度です。そして本稿はまた法則を破って下さったSさんの言葉に発しています。

僕の音楽ブログの “思想的モデル” はレナード・バーンスタイルのヤングピープルズ・コンサートです。

中身も英語もご覧のように子供向けで平易。学生さんは夏休みに全部見ることを強くおすすめします。わからなければ繰り返し聴いてください。わかるようになれば英語は楽勝。クラシックは優に中級者。宝物のビデオなんです。客席はほぼ全員が白人の富裕な家の子ですね。小学生からこんな話が聞けるなら大差つきますよね、で、この子たちもまた金持ちになる。教育の差はいかんともし難いですが、そのむかし小遣い何万円もはたいて買った52枚がユーチューブでタダ!やる気になれば克服できる時代にもなってることに皆さん気づきましょう。

会ったことがある人で尊敬する人物は、ダントツぶっちぎりの1位でレナード・バーンスタインです。頭の冴え冴えした良さと歩く音楽みたいな稀有のコンビネーション、泉のように湧き出て先が予想もつかぬインスピレーション、老若男女のハートにインフルエンスする強烈なパワー。真の天才です。ビデオ1のチャイコフスキーはここに引用させてもらってます。

チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調 作品36

この部分だけは何しても先生のピアノにかなわない。それ以外は誠に僭越ながらわたくし流儀で楽譜と文字でやらせていただいてます。

日本の多くのクラシック好きはこのやり方はあんまり好きじゃないと思う。マグロとハマチのおいしさを寿司屋の親父が食品成分表で比較して語るみたいなもんですからね、うざってえな、寿司はうまきゃいいんだ早いとこ握ってくれってなもんでしょう。そもそも日本人は神を感じるものの裏側をのぞくみたいなことはしないんです。神社の神殿にはお姿も経典もありませんしね。

でも西洋の源流であるギリシャ、ローマは全部丸裸にして法則を見つけて、サイエンスと呼ぶその原理で巨大なものを構築する。それを言葉でやって哲学にする。その世界でうざってえは通用しないんです。僕は子供の時から分解ぐせがあって何でもバラしてました。西洋音楽のスコアがバラしがいのある美味しそうな対象だったことがのめり込む原因の1つになったことは間違いありません。

バラしてから組み立て直して設計の原理を探ることをリバースエンジニアリングといいます。高校時代に春の祭典のスコアでそれをやった。ヤングピープルズ見てなかったら発想なかったです。謎の音の正体が次々と明らかになる。まるで推理小説の謎解きみたいな快感。このゾクゾクで僕はクラシック音楽の世界に入ったんです。食品成分表の寿司屋みたいに変でしょ。つまり人間がそっち系だから理屈っぽい。これが数学に向いてたんですけどね。

受験生に重要なヒントを差しあげます。数学の文章題が解ける解けないの差は何だかわかりますか?計算力ではなく文章力です。手を動かす前にゴールへの道筋を言葉で正確に言えるなら確実に解けます。だめなら確実に解けません。その言葉がコマンドで計算はエグゼキューションです。計算はしもべなのでソロバンの名人になっても数学の偏差値はあがりません。

つまり僕のブログの文章はきっと数学の文章題を解くコマンドみたいなものなんです。音楽評論家の先生方は音楽の通信簿は当然みんな5でしょ。僕は2なんです。教科書の恐ろしくダサい歌や教室中が半音の1/ 4ぐらいずれたおぞましい音響に満ちる拷問のような笛は鳥肌が立つばかりで文科省指導要領に則った授業に絶対に収まらない。そういうスタンスの先生は尊敬できないから向こうもそんな生徒は嫌いますよね。

ただ九段高校の坂本先生は3年の最後の最後で作曲の自由課題で提出した僕の曲をピアノで弾いてコンクールに出したいぐらいだとほめてくださり授業で合唱指揮もさせてくれた。これは嬉しかったですね、通信簿がどうなったかは忘れましたが。Sさんがふだん読まれている評論は通信簿5の人のです。文芸的なセンスに優れた方のものです。リバースエンジニアリングが面白くて書いてる僕は人間が異性人ぐらい違うので文章がぜんぜん違う。ロジックは終点まで持っていきますから読み終わるとわかった気になってる、ということじゃないでしょうか。

特にそう思うのを3つあげます。これです。

モーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」(K.618)

ブラームス4番とマタイ受難曲

「エロイカを全曲弾く」

教育者でもあるバーンスタインの選曲は子供に論旨をわからせるのが目的です。僕のは教育はおそれ多いので単に面白いと自分が夢中になれる曲です。このヴィオラの音、あそこの突然の三度上の転調、すごいですね、ユルめのバスドラ、裏打ちリズムの切れ上がり、いいですよねえ、ここはあの曲から引っ張ってますね云々なんてのがいちいち気になってちょっと聞き方も変なのかもしれません。

それが僕の面白いなんです。それでいいと思ってます。教科書の名曲解説みたいな毒にも薬にもならないのブログにしたって面白くもなんともないでしょ。面白いという感情はポジティブです。言葉しらない幼児の頃から人間は遊びます。やがて友達ができ、面白そうだねとみんなが寄ってくる。書いてる僕は幼児と一緒で全身で面白いと思っていますから多分それが皆様に伝わるんだと思います。

バーンスタインさんピアノでシンフォニーからジャズからポップスまでスイスイって弾けてますよね、あれはリサイタル用に練習したんじゃなくて普段着で好きで面白いんでやってると思いますよ。そういう感じの人でしたよ。音楽はポジティブな感情からしか出てこないです、悲しい曲だってそうです。悲しくて自殺しようって人は曲なんか書きませんからね。

僕は仕事はアップダウンがあっていろいろ落ち込むこともあるから音楽してる時だけは面白いなとポジティブでありたいんです。そこから出てくる気をブログに封じ込めて、読んで下さる方もポジティブになっていただきたい。僕がそうするんじゃなくて書いている曲が面白いからそうなれるんです。Sさんのようにそれがひとつ増えましたと言って下さると心の底からうれしいです。

『黒猫フクの人生観』 (第十六話)

2026 JUL 26 0:00:21 am by 東 賢太郎

僕はじっと見てるんだ。主人はいま、証券関係じゃないビジネスを進めてるよ。これはね、僕が毎晩主人といっしょに居間でビデオのミステリーを見ていた去年の3月ごろにふってわいたような話でね、業務知識もなければ得意なジャンルの仕事でもないんだ、だからその頃はあんまり真面目に取り合ってない感じもあったんだ。

確かに投資のビジネスは神経使うしものすごいエネルギーがいるんだ。心構えがポジティブじゃなきゃいけないし、うまくいかない時の心のメンテナンスも難しいし、若かったからできたってところがあるんだね。もう子供も面倒見ないしこんな難儀なビジネスやってる必要あるんだっけっていう気持ちになるのもわかるよ。「フク、俺もいい歳だ、あと何年できるかな」なんて柄にもなく弱気を吐いたくらいだから、ちょっとは別な系統の事もやろうっていうふうになって不思議じゃないね。多摩川の崖から落ちたのと、ついには神保町の何でもない歩道でケッつまずいて転んでケガしたのは元高校球児を心の支えに生きてきた主人にはこたえたみたいだね。

天国にはその人の一生のビデオがあるんだ。だから僕は主人のを見てぜんぶ知ってるんだ。その大もとは宇宙のどっかに字で書いてあるらしい、何語か知らないけどね、宇宙は3次元に見えてるけど2次元の字のホログラフィーだって先週にホーキング博士が教えてくれたんだよ。天国に来てよかった、思ってた通りだったって喜んでたよ。主人がブログで書いてたけど、小学校に通ってた駅前の道路を歩いてたらその頃の半ズボンで帽子かぶったちっちゃい自分が見えたような気がしたって、それって気がしただけじゃなくて本当のことなんだけどなあ。時間ってものはなくて過去も現在も未来もみんなその場所に一緒にあるんだ。レコードをかけると音楽が流れて時間がある気がするけど、あるのは2次元の溝で音はそこから3次元世界に立ちのぼってるだけでね、いつだって昔だって未来だってそこにあるでしょ。そういうことだよ。

そんなこんなでね、新しいビジネスには従妹の旦那にひと肌脱いでもらおうって魂胆もあって食事奮発したんだ。「神山先生の日でそっちへ行くんだ、和洋中なんでもおまかせだよ」ってメールしたら、近場の鰻屋とってくれて大喜びさ。「ケンちゃん、だって日曜が土用のウナギでしょ、人気店だし大変だったのよ予約。10時開店だけどお年寄りの店だから早いかなと思って10時40分に電話したのがラッキーだったの。ドンピシャで一席だけ空いてたのよ」。主人も土用のウナギぐらいは知ってるけど、なん日かなんておよそ知らない。そういうのは疎くて正月とクリスマスぐらいしか知らない。よくそれでサラリーマンがつとまったもんだよね。「ありがたい、俺ちょうど食いたかったんだ」。飢えてたみたい。食い物ごときであんなに喜ぶのも珍しいね。

そこは江戸一って雑司ヶ谷の老舗だったよ。従妹はちょっと多すぎって主人にご飯をあげてさ、今どき上うな重にキモ焼きとヒレ焼きと酒でイチナナはお値打ちじゃないかな。「今日ね、神山先生にくぎ刺されちゃったんだよ、オナカ引っ込めないと膵臓が腫れてくるよって」「そりゃまずいな、糖尿コースだ」。医療器具メーカーで親戚も友達も医者だらけの旦那がうなづいた。「うん、この腹なのに体重変わってないから筋肉が落ちてる。努力はしたいんだけどさ、参ったよ、だって明日から朝と晩にキュウリ一本ずつで二日過ごせっていうんだからさ」「絶食ってこと?」「絶食はダメらしい」。従妹は意味が分からない。「じゃマヨネーズたっぷりかけないとね」「それもダメなんだ。塩ふってもダメって。キュウリの皮に成分があってそれが消えちゃうらしい」。僕も良くわからないけど、焼酎片手にこんな話してるんだから平和なもんだ。

「最近俺ね、なんだか歩幅が狭くなってきて速く歩けなくってさ、ズボンはく時ふらついたりもするし」「そりゃ片足立ちはみんな問題だって」。同期の旦那はこともなげにおばちゃんにビールお代わりしてる。そこで主人が新しいビジネスの展開の話題を切り出すと二人とも身を乗り出した。といっても旦那は理系の技術者だからノリはそこそこで、同じ血を引いてる従妹のほうが興味しんしんだ。要件は簡単に伝わった。「ということで頼んだよ」。さすがに猫界でこういうことはないなあ、ウナギ屋で酔っぱらって社長が任命されちゃうなんてさ。

「寄ってってよ」ってことでお宅にお邪魔すると毎度のワンちゃんの熱烈なお出迎えだ。プードル×チワワのメスだ。「知らない人にこんなに行かないのよ、モテすぎじゃない」ってぐらい、飛びつかれるわ顔はナメられるわ大騒ぎだ。コーヒーを入れてもらったのにだんだん話についていけなくなって寝ちまってる。いくら弱いったって中ジョッキと焼酎1杯なのに、こりゃ相当疲れてるぞ。株が上がってるのは結構だけど7月はいろいろ難所もあったからストレスがやばい。それで従妹たちとご飯食べたかったんだね。もろにお金が絡む仕事ってのはね、そういう意味で普通の堅気の仕事じゃない。滑った転んだでものすごく切実な部類のやつは人生に何回かはあって家になんかとても持ち帰れないんだ。心配させるだけだからね。そこでなじみの飲み屋で聞いてもらうんだよ。業界の人しかわかんないだろうけど周りの管理職みんなそうだよ。女性たちはそんな事は見事にどうでもいいからお安い御用でね、口は固くてふんふん大変ねって阿吽の呼吸で聞いてくれるだけで深入りしない。だからいいんだ。そんなのでちょっとは気が軽くなるってもんさ。主人の先祖の田中平八さんにはお倉さんがいた。それでもってたからああいう大それたことができたんだね。

酔いが覚めてなかったけど主人は大丈夫だと強がって10時ぐらいに地下鉄で帰宅したんだ。けれどヘロヘロだ。さすがに途中で降りてタクシー乗り場に行ったらなんと20人ぐらい並んでてね、仕方ねぇってんで歩いたんだけど、ほんと、亀みたいにのろのろなんだ。最後の力を振りしぼって手すりにつかまって家の階段を上るのがやっとだよ。もうそのまんま布団に入ってバタンキュー。若い頃はしょっちゅうだったけど、この歳でそれはやばいよね。

心配なんで翌朝も見てたんだ。そしたら何のことはない、しゃきっと起き上がって顔を洗うと冷蔵庫からやおらキュウリを取り出してペロッと食っちまった。パンやらご飯には見向きもしないでね。人の言うことはとってもきかない困った人だけど、神山先生だけは絶対なんだってよくわかったよ。だってシノホノいわず言われた通りやってたら本当に20年も病気しなかったって事実は絶対だ。その前では理屈もヘチマもないさ。そうやって信用したらとことんする、なくしたらとことんしないって主人は分かりやすくってね、相手がどこの誰だろうとどんなに地位の高い人だろうと例外なしってのは痛快なぐらいさ。僕は最初のうちはシャーシャーしちゃったんでしっくりいってなかったけど、毎日ビデオ見てるうちに男同士ってのもあって気心が知れてきたんだ。そこからはもうベタベタさ。

何のことない、階段昇るのもひょいひょいって、昨日の亀歩きは何だったんだってくらいめちゃくちゃ元気になってる。そうかあれは栄養失調気味でガス欠だったんだ、ウナギが効いて一気に戻ったんだ、めでたしめでたし。

 

歓喜のリンデマン再臨

2026 JUL 24 15:15:32 pm by 東 賢太郎

ダイナミック・オーディオのSさんからメールがありました。「お預かりしてるリンデマン820ですが、SACDは残念なから部品がありませんがCDのみの再生は可能です」。リンデマンはドイツのCDプレーヤーです。もう20年も前のこと、自宅であれこれ聴き比べさせてもらい、一目惚れで決めた愛着ある品です。半年ぐらい前に電源が入らなくなってしまい、「メーカーがもう倒産してしまっていてどこへ頼んでも断られました」と言う返事をもらった時はお先真っ暗。仕方なしに買い替えようと、とりあえず代用品でまかなっていたのですが音質の差は歴然だったのです。もう弔いの気持ちになっていたのが復活!

Sさんが届けてくれ、まずはレファレンスとしてKenny Barronのアルバム「Night & The City」を。いや、良かった、戻ってる・・・劇的な差です。ライブ録音のピアノがたまりません。楽器の “物体感” がスピーカーから現れ、触れればほんの少しざらっとした触感がわかりそうな音像が骨太で大きくなり、絹ごし豆腐のようにアナログ的なのに芯がある。単体でもそういう傾向なんでしょうが、僕は世界最高のプリと評価してるブルメスターを通しているのでそれが倍加された印象です。いや、ドイツのメカのこだわりはすごい。次いでかけたクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のエロイカ。いやいやこれぞドイツの音ですよ。本物のベートーベンにちょっと疲れてた僕も生き返りました。

このメーカーが倒産。まずSACDにコストかけて勝負に出たのが失敗。ストリーミングが隆盛になって同じフォーマット内の進化は霞んで価格倒れになった。オーディオ業界は腕の良い技術者もAIに流れてると聞くし、かつてのLPとCDの関係にあるのかもしれません。マクロ的にはリアルとオンラインの戦いで、オールドメディアと同様にリアルは分が悪い。でも僕はモノを所有しないのはだめですね。テレビがオンディマンドになるのは結構、元から番組は所有してませんからね。でもオーディオの音源がそれってのはいけません、所有してるって満足感は重い。だからそれに深い愛着がわくという因果関係も重大です。引っ越すと飼えなくなるからペットもそうなるかもと聞いてますが、レンタル猫なんてそんなのはありえません。まあいずれ彼氏も彼女も旦那も奥さんもそうなるのかもしれないがもうその時はいないでしょう。

そういえば、これも溺愛品のパワーアンプStratosのメーカー、米国のホヴランドも倒産。なんでだ?不条理としか思えません。発売時にオーディオ評論家の菅野氏が手放しで誉めながらも「でもこれは日本であまり売れないのかな」とステレオ誌の記事で半ばあきらめのタッチで独白してたっけ。この発言だけでも、心から氏はプロだと思います。そう。日本のオーディオマニアには「HiFiっぽい音」こそ大事で、こういうナチュラル本格派は500万も払ったのに普通の音じゃないかとなっちまうらしいのです。これは野球に例えるなら、回転のいい伸びるストレートなんです。150キロ出るとか出ないとか数字じゃなく、130代でもゾーンで空振りが取れる。自分もそれにこだわってたし、フォークだシンカーだナックルだってにぎやかなのね、ああいうピッチャーは好みじゃないんでいくら防御率良くても全然興味なし。そっちが日本のオーディオマニアの世界です。これ、美学なんで理由も理屈もないです。

これも書きましたが、日本で最初の客だったのですぐにホヴランドのCEOからお礼の手紙が届きました。でも問題は中身でね、どうして僕が “オーディオマニア” じゃないと分かったのかは知らないし、感想を伝えたわけでもないんですが、買ってくれてありがとうだけじゃない、わかってほしいところをわかってくれてありがとう、どうしても伝えたいの趣旨だったんです。同好の士と認め合ったということでね、こういうのが一番うれしいんです。子供の時、みんなおもちゃは飛行機、船、車で電車は少なく、いても安っぽいプラレールみたいなどうでもいいやつで、鉄製の電車一本槍ってのは自分しかおらず寂しい思いをしたのを思い出しました。CEOは一度お会いしてみたいものです。

まだ2日だからあまりきいてませんが、とりあえずマルク・スーストロ指揮ボン・ベートーヴェン・ホール管弦楽団のドビッシー/ラヴェル、シノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレのシューマン3番、アラウのベートーベン月光・田園ソナタ、モーツァルト生家のピアノフォルテによるアンドラーシュ・シフのモーツァルト集を。シノーポリのライン、あんまり印象なかったけど見直しました、これいいですよ。週末は時間があるのでオペラをいきます。本来はサバリッシュかレヴァインでリングが魅力ありますが、ワーグナーはいま気分的にちょっと重い。モーツァルトもいいけど、ここはヤナーチェクかな。

 

音楽家と完全主義

2026 JUL 22 0:00:50 am by 東 賢太郎

初めて聴いた演奏家に夢中になることは稀ですが、もうだいぶ前のそのひとり、ヴァイオリニストのユリア・フィッシャーは終焉後に楽屋までおしかけてツーショットしてもらったぐらい気に入ったものです。前稿のチェリスト、ダニエル・ミュラー=ショット(以下ダニエル)も感銘はそのクラスだったと思います。

チェリストといえば、昨年10月21日の読響定期でハチャトリアンを弾いた北村陽(左)も良かった。ブログで「圧巻!リサイタルを聴いてみたいと思った初のチェリスト、いや、いつまでも聴いていたいと思った稀有の人と書くべきだ」と最大級の賛辞を送っています。ではダニエルと比べてどうだったか?感銘という点で甲乙付けがたいですね。同じ曲ではなかったし音楽を聴く側の印象というものは振幅がありますし、そもそも22歳の北村を円熟期50歳のダニエルと比較してもフェアでないのですが、同じチェリストとしてそう思わせたということは書いておく意味が大いにあった。期待あるのみです。

ダニエルについて特筆すべきは、演奏のありようもさることながら、曲は違うのにロストロポーヴィチの40年も前の記憶を呼び覚ましたことです。もっと正確に記すなら、演奏中に「あれ?これどこかで知ってるぞ」とひらめき、しばし考えてその結論が浮かんだのです。ロストロで覚えていて言葉にできるのは、チェロをとても寝かせる構え、それだからできるのだろうヴァイオリンのように緻密なハイポジション、会場の奥まで届くピアニッシモ、シューマンの歌の朗々たる艶やかな伸び、フォルテの凄まじい集中力でしょう。しかしそのどれかが似ていたのか総体的なものかははっきりしません。

音楽は “生もの” です。なま音はマイクに入りきらないといいますが、もっと入らないものがあります。聴衆です。劇場には聴衆の「気」が満ちています。いや、もっと科学的に記述しましょう、満ちていると仮定するのです。空気からは計測できませんが、人体からはできる。なぜなら、音楽の起伏につれて聴衆の心は動いています。興奮すればアドレナリンが出ます。フィナーレで高潮すると心拍数、体温、血圧が上がり、消えるように終わる音楽なら平静になるでしょう。興奮や沈静は脳波という電磁波になり、それが同期し伝播して巨大になると何物か劇場に満ちている感じになる。それが「気」と呼ぶものの正体であり、どなたか数値を計測していただければ仮定は証明されたことになるでしょう。

気は人間に影響を及ぼしており、それを言語で表現する需要が多いから日本語に「気」のつく単語が山ほどあるのです。劇場とは、大勢の観客の前で何かを演じ、「気」をひとつにした相乗効果で爆発的な効果を生むことを目的とした装置です。ルネッサンス期にフィレンツェでギリシャ悲劇を再演しました。やるうちにセリフを歌とし、楽器で伴奏することで相乗効果の爆発が増幅されることに気づきました。これがオペラの起源です。リブレットは同じですから、観客の「気」を増幅するものは音楽であることが発見され、やがて音楽だけが独立しコンサートとなったのです。すなわち、劇場の成果とはどれだけ観客の気を高めたかということであり、演奏家の評価もチケットの売上もそれにつれます。

気は画像にも録音にも入りません。2千人の劇場なら、歌手、オーケストラが百人として気の95%は聴衆が発していますから、CDやストリーミングで再生して耳に入ってくる情報は5%でしかないのです。これは「光や電波で観測している物質は宇宙の4%しかない」というダークマターの存在に似ています。神は無駄なものを造らない(イザヤ書 45章18節)なら96%も無駄でしたという結論はないのです。劇場の場合、我々はリアルな現実として録音の何倍もの感動を味わえることを体感しています。気合といいますが、気は合一してパワーになる。嵐ファンの娘はライブのため北海道まで行きましたが、その歓びの 95%は気かもしれないよということです。もちろん5%が優れていないと感動は生まれませんから、観客の「気」はレバレッジ(てこ)にほかなりません。僕もロストロをはじめパバロッティやクライバーの凄まじいスタンディングオベーションはそうだったと思わないでもないのです。

であるとすれば、音楽を愛する我々は天から重要な示唆を受け取ったことになります。音楽は聴衆が作っているということです。第九のベーレンライター版は好奇心を満たしますしサイモン・ラトルのウィーンフィル盤は見事な演奏なのですが、最後の最後、ゴッタフンケン(Götterfunken)に至ってとうとう僕はズッコける。これがベートーベンの意図なら、死後のどこかで誰かのミスで我々の慣れ親しんだテンポになって誰も異議を唱えなかった。だから150年も誤りが続いてそれが記憶されてきたことになります。なぜなら、聴衆が支持したからです。フルトヴェングラーの凄まじいアップテンポも多分ベートーべンの意図ではないでしょうが 20世紀の聴衆に圧倒的に支持されて定番になってしまいました。同様に、北村陽の弾いたハチャトリアンやダニエルのショスタコ1番も、演奏が説得力に富んでいたため解釈上の定番を作っていくかもしれません。僕は古楽器演奏を好みませんが、同じ理由で原典版もケースバイケースだなと思います。理由は明白です。僕もそうした聴衆のひとりだからです。

ということで本稿ではダニエル・ミュラー=ショットのグリーグとラヴェルを取り上げます。グリーグではヴァイオリン・ソナタを弾く試みも聞け、それがまるで元からチェロ・ソナタであるかのような見事な演奏になっています。彼はドイツ人ですから母国語でない音楽を自分の世界に引き込んで新たなワールドを作っている。グリーグがこれを喜んだかどうかはともかく、保守的なクラシック界においては斬新な試みといえます。だってショパンはショパンの流儀があって、代々伝わる創業家の秘伝みたいな方法を先生に習ってコンクールに出る。ポゴレリッチのように自己流が入ると不合格で審査員のアルゲリッチ先生は怒って退場してしまいました。ショパンコンクールも少しは変わってきたとされますが、クラシックというのは基本的に古典芸能だからそういう世界です。動画の再生回数やファン投票で決まるなんてことは絶対にありませんからダニエルの試みは革命的と言えます。そして僕はそれを支持します。

古楽器は否定するのになぜか?演奏家の真実の声が聞こえるからです。古楽器だってそういう演奏家はいるでしょうが、古楽器だから意味があるでしょという演奏家もいます。バッハの時代はこういう音だったんだねふうんというだけなら博物館の展示品のお披露目会みたいなところでやればいいのです。僕らはバッハの時代の聴衆ではありませんからそれを聴いて良いと思う自然な道理はありません。歴史学的に正しいからと無理矢理感動するいわれなどまるでありません。思いおこせば、僕が中学まで学校で受けた音楽教育はまさにそういう姿勢のもので、死ぬほど退屈であり通信簿はいつも2でした。演奏家はまず作曲家が作品に封じ込めたパッションを共有し、それが強いから演奏したい、それをぜひ聴いてほしいと熱望し、そういうものこそ聞きたいと熱望する聴衆が集まる。すると劇場で両者の気が合体し、大きなパワーとなり、聴衆に一生忘れぬ思い出を刻印するのです。長く生きてきたおかげで僕はそういう場に何度も立ち会いました。たくさんあるので何年たっても熱が冷めやらず、文章ではありますがそれを共有していただいて、皆さんなりにこれからの感動のよすがにしていただきたいと願って14年前にブログを始めることになったのです。

しかし忘れてはならないのは、以上のすべては作品が良いからいえることです。そうでない作品にいくら有能な演奏家が気合を込めても無から有は生まれません。だから演奏する側も聞く側も、感動したということはまず第一にそれが作品の中に存在していたという証左ですから、作曲してくれた人への深い感謝があるべきなのです。それを一律に形で表すために印税を払うという義務があるのですが、 法律の効力は50年も経つと切れてしまいます。それを無料で使って1億枚もレコードを売ってカラヤンは富豪になりましたが、彼は自分の力で曲の魅力を大衆に折伏(しゃくぶく)した有能な伝道師だったということです。これは彼の才能と努力の成果です。問題は、ではベートーベンは何を得たのかという甚だバランスの悪い気持ちを押さえられないことなのです。天国に行った人だから墓前に何かそなえるしかなく、記念館に寄付という手段は多くの人がやっています。自分なりのやり方。それはブログで感動の証を書き残し、ひとりでも多くの方にその作品で感動していただくこと。楽器のできない僕にはそれしかありません。

きのう時間ができたので彼のユーチューブを検索していたら、これを見つけました。ダニエルがアンコールでユリア・フィッシャーとデュオを弾いてる。この組み合わせというとブラームスのドッペルをやったのではないでしょうか。

お話した印象ですが、彼女は知性とプライドとリーダーシップのある妥協のない人とお見受けしました。プロとして当然ではありますがなかなか彼女のレベルの方はいないのではないでしょうか。たとえばピッチです。他人に教わるまでもなく自分の中で当たり前のようにコンプリートされている感じがします。アンサンブルでも完璧を目指す人のように思います。それを完全主義と言ってしまっていいのかどうか迷いますが、一定のジャンルにおいて僕はまさにそれでありますし、こと音楽に限って言えば彼女はそれに近いのではないかと思います。

この曲、ハルヴォルセンの『ヘンデルの主題によるパッサカリアとサラバンド』はヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲であり、ダニエルはそれをチェロで弾いています。いわばアルト歌手がソプラノのレパートリーを歌うようなもので、高い技術がなければできることではないでしょう。この試みも、先生に習ったからやりましたというものではなく、彼の中にある欲求がつくり上げたものでしょう。ルーティーンで妥協しない。自ら高いところを目指す。それはまさしく完全主義です。ですからフィッシャーとは馬が合い、お互いに認め合って、高いレベルで理解しあえるものがあったのではないでしょうか。だとすれば、それは大変なことなのです。

フィッシャーの知性とは勉強ができる程度の意味ではありません。父は数学者、母はピアニストであり、ドイツ最年少の 23歳でフランクフルト音楽大学の教授に就任したレベルの話です。曲を書いたり演奏したりは疑う余地もなく高度にインテリジェントな作業なわけです。それを持ちあわせない人が歴史に残る作品を書くなど微分積分を解く猿が現れる以上に有り得ませんから大作曲家と呼ばれる人たちは例外なくそういう人なのであり、必ずしもそうではない学者や伝記作家が自分の目線で彼らの性格や日常生活をどう描写しようが、彼らは音楽においては例外なく完全主義者なのです。演奏家は譜面を通じてそうした超人である作曲家と対峙する作業から入るわけですが、それが音符を音にするメカニックな作業と同次元のことであるはずがありません。演奏以前の膨大な形而上学的部分、すなわち、音楽をつむぎ出した作曲家の知性という言葉でしか表わせない「土台」を理解せずに演奏するという行為はその演奏家ご自身の評価のためにもミスリーディングです。超絶技巧でベートーベンの熱情ソナタをバリバリ弾いて大向こうをうならせる。そういうものが好きな聴衆もいるでしょうし、クラシックが敬遠され衰退するよりはマシという考え方もあるのでしょうが、僕にとっては大道芸です。

指揮者で圧倒的に知性が高いと感じた人がピエール・ブーレーズ、セルジュ・チェリビダッケです。彼らはオペラハウスたたき上げの親方キャリアでなく大学で数学、哲学も学んだ人です。音楽は理屈じゃない。感性だよハートだよという方も多いだろうし否定する気はないのですが、感性も十人十色です。ひとくくりにそれが音楽のエッセンスだと言うには広すぎるというだけでもそれがエッセンスでないことはお分かりいただけると思います。ちなみにおふたりはレパートリーからして別々の感性の人たちです。でも、ひとつだけ共通点があるのです。知性の高さが音に現れていることです。おふたりは音楽に投入した知性の総量でも、音でそれを具象化する技術においても優れたパフォーマーでした。

それは料理に例えられるかもしれません。料理は化学でもあるから感性だけでするのでなく確立したメソッドがあります。それを生み出したインテリジェンスは知性以外の何ものでもありません。ブーレーズもチェリビダッケも知性によるメソッドを音にする “名シェフ” でしたが、それではカラヤンはどうでしょう。僕の世代には保守的な評論家たちをはじめアンチが沢山おられ、彼を否定することが上級者の証しみたいな空気すらありました。大衆迎合の故の人気だというのです。だとすれば僕にとっても大道芸のたぐいです。当初はそう思っていましたが、誤りと気づいたのは1983年にザルツブルグ音楽祭で聴いた「ばらの騎士」でのことです。総合芸術としてリッチでゴージャスに楽しませるための知性のオンパレードは大衆迎合などとはほど遠く、ああこれを否定することはリヒャルト・シュトラウスでもできないだろうと感服したのです。カラヤンがブーレーズと違う唯一の点は、知性をマーケティングにも使ったことです。

話を戻せば、ダニエルの演奏は豊かな感性の賜物ではありますが、そのベースにはフィッシャーと対等な知性の裏打ちがあるわけです。それが技術と高い次元で結びついていると感じました。前稿の通り彼の楽器はハーヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)という名器で、サントリーホールで類い稀なる音色を楽しませてくれたのですが、演奏は体全体から発散するオーラに満ちている。それはサフィールが与えたものかもしれないし、楽器はオーラを受けてますます良い音でこたえるという幸福な関係にあったのかもしれません。2006年、最晩年のシャピロがラジオで若き日のダニエルの演奏を聴き、サフィールの引き継ぎを持ち掛けたことは重要でしょう。長年ジュリアード音楽院のチェロ教授をつとめロストロポーヴィチが「世界で最も偉大なチェロ教師」と敬意を表し、アルトゥーロ・トスカニーニがNBC交響楽団の主席に据えた人の耳だけの判断だからです。

ダニエルのユーチューブをひと通り聴きましたが、とても印象に残ったのはグリーグのソナタです。ヴァイオリン・ソナタに比べて知名度が低いのは自身の兄を想定して書かれており、演奏者に恵まれてなかったのだろうと感じます。

このピアニスト、ヘルベルト・シュフは初めてですが、やはりユリア・フィッシャーとツアーをした仲間のようです。 つまり3人とも同じ次元で知性、感性がぴったり合ってる。それが触発しあって相乗効果で良い演奏が生まれる。とてもわかりやすいですね。さらに言えば、聴衆である僕もそれを心地よく感じるタイプの人間だからこうして皆様にご紹介することになる。真剣に読んで下さってる方が日本だけでなくたくさんおられることを存じ上げていますから、生半可な好き嫌いだけで書いてはいけないと常に戒めてますが、この3人については手放しでほめても問題ないように思います。

余談ですがレストランのミシュランやワインのパーカーもこうやって星や点数をつけていると思われ、判断の最後に感性の混入は避けられませんから結局は評者それぞれなわけで、万人に絶対的に旨い食事やワインが存在するわけではありません。商業的な底流として、旨いと思わない人は一流の大人でないというアンコンシャス・バイアス(unconscious bias、無意識の思い込み)がちらつき、なんで寿司屋の良しあしをフランスの本に決められなきゃいけないのという感じがします。西洋の音楽についてああだこうだ書いてる日本人の僕にも同じことが言えるわけですが、僕は自分の趣味が正しいという思いこみは意識的に消しています。煮物が苦手な僕が日本人だからと言ってその良し悪しを論じてもナンセンスであることも自覚しています。良識あられる読者の皆さんはそういう読み方をしていただいていると信じております。唯一真理があるとすれば、僕と同じ系統の好みの方にとっては結構いい線いってるかもしれないということです。

最後に、フィッシャーもダニエルもドイツ人ですが、古き良きのタイプではなくインターナショナルでフレキシブルでレパートリーが広い。彼らのラヴェルをぜひお聴きください。パリ音楽院流儀ではないかもしれませんが、ラヴェルの書き記した音の抽象的な部分を咀嚼してお見事なフレンチ・ディッシュに仕上がっていますす。 30年ぐらい前からドイツのオケのフランス物は進化していて、ベルリン・フィル、シュトゥットガルト放送交響楽団が素晴らしかった。 1994年にベルリンのフィルハーモニーでブーレーズが前者を振った神々しいばかりの「ダフニスとクロエ」はこれまで人生で聴いたライブの筆頭格ですし、後者がジェルメッティとやったCapriccioのラヴェル集はユーチューブにアップしましたが、永遠の愛聴盤の1つです。その昔、レコード芸術誌はフランス物といえばクリュタンス、ミュンシュのパリ音楽院管、パリ管でなくてはというまさしくアンコンシャス・バイアスに満ちており、馬鹿正直にそれを珍重して聴きこんでましたが、ブーレーズやチェリビダッケの洗礼を受けてしまうとどう考えてもオーケストラがうまくないんです。いやいやそのアバウトな所がフランスなんだよ、あの頼りないホルンじゃないと感じが出ないんだよなんて識者のもっともらしいご説が飛びかい、確かに色気はある木管の音色にそんなもんかと思ってましたが、それは「おフランス」に憧れ高級と信じこんだジャパンワールドの片想いの幻想であって、エッフェル塔で恥ずかしいポーズで悦にいる女性議員がいまだにいる国の顛末だったなあと思うのです。

ヨーロッパに住んでみるとフランスの位置づけは全然そんなことはないわけです。隣国のドイツで、極東の日本人が崇拝した如くクリュタンス、ミュンシュのフランス物が神格化されるれるなどありえない。なぜならライン川を挟んで2千年も隣にいても、ドイツ人は日常的にフランス料理を食べさえしないのです。EMIのマーケティング戦略を見ればわかります。ミュンシュは血統は両国が混合したアルザス系ドイツ人ですし、クリュタンスはというと独仏文化が交叉するベルギー人であった彼をEMIはベルリン・フィルに押し込んで交響曲全曲録音をさせました。ドイツグラモフォンの牙城であるドイツマーケット進出を目論んだのです。なぜならオペラ作品が数えるほどしかないフランス音楽が、中規模都市にもオペラハウスがあるドイツのローカルな音楽文化に自然な形で浸潤するはずもないのはフランス料理と同じなのです。だからカラヤンのオーケストラであるBPOのシェフに、レコード録音だけとはいえフランス語話者の指揮者を送り込んだ。そこにはナチスにパリを占領され強姦略奪でめちゃくちゃにされた遺恨もあったかもしれないし敗戦で経済力が弱ったドイツを征服したい意欲すらあったかもしれません。

その策略は完全に失敗に終わりました。クリュタンスの起用はパリ音学院管弦楽団とのフランス物が日本でアイコン化したことで元は取れたでしょうが、彼もミュンシュも血統は辺境で「おフランスな人」などでないわけであって、こちらの成功は仏EMIと日本のレコード業界、評論家の見事なマーケティング戦略だったと感嘆するのみです。ラヴェルはジュネーヴのスイス人とマドリッド育ちのバスク系スペイン人の混血で、生後3ヶ月してパリに移住した移民の子です。そんなことはトリビアになってしまうぐらい彼はフランス音楽の代表格になっていますが、伝統を守るパリ音楽院の教授連は彼にローマ賞を与えていません。代表格になったのは一にも二にも彼が世界に認められたからで、同じ現象はサッカーWCフランス代表チームの血統豊かなメンバー選考にも見てとれ、フランスという国家のお家芸ともいえましょう。音楽の優位性が彼ほど「完全主義」に起因した人はいないでしょう。ダフニスやボレロのオーケストラスコアをご覧になったことのある方は、それ自体が精巧な美術工芸品であるという僕の主張も肯定してくださるでしょう。しかしそれがフランス文化に起因したと考えるのは大きな誤りで、何度フランスへ行ったか数えきれませんが、趣味においても精密度においても何を見聞きしてもラヴェル的なものはみつからず、とてもがっかりした自分がいたのです。納得したのは、その後にスイスに2年半いて、工芸品として精巧きわまりないスイス時計を見て回った時です。ラヴェル的なものは、工学を学び土木技師で発明家で、紙袋を縫う機械、機関銃のモデル、アセチレン動力の2ストロークエンジン、ガソリン車用の蒸気発生器を発明し自動車産業の先駆者とされるエンジニアであった父親ピエール・ジョセフ・ラヴェル由来だったのです。アバウトな演奏など作曲家本人のコンセプトからしてのっけから論外であり、緻密に精密に演奏すればするほど香気が漂うふうに書かれています。けだし、若い俊英のドイツ人演奏家たちにとってラヴェルはそういうもので、リアリズムの観点からしてそれは正しいことを確信させてくれる卓越した演奏です。

 

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