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どうしたんだ広島カープ!

2024 MAY 29 22:22:42 pm by 東 賢太郎

5月6日だった。アメリカから筒香がDeNAに帰って来ていきなりホームランを打った。他人の弁当はうまく見えるというが、それだけとも限らない。なんたって、我がカープ打線はホームランがないどころかDeNAの東投手、大貫投手にひねられて2試合も零封され、外野に球も飛ばないじゃないか。怒り心頭に発し、

こんなみっともない打線がプロを名乗るのはやめろ!

クリーンアップは森下投手と床田投手にしろ!

と強烈にぼろかすに書いたのである。

帰ってきたDeNA筒香、なんてうらやましい

そして、唯一の希望として、

「期待は末包の復帰ぐらいだ」

と書いたわけだ。

そうしたら驚いた。なんとその翌日だ。二軍にいた末包が一軍に昇格した。そして阪神戦に5番スタメンで登場し、タイムリーを打って勝った。

そうか!新井監督、我がブログを読んでこのやろーと怒ったんだな。

そこから12勝4敗の快進撃である!とうとう今日はこうなった。

かねてより交流戦は駄目だ。特にオリックスとソフトバンクには赤子の手をひねるようにやられている。昨年のパの覇者に14-0?いったい何が起きたんだ?

この日も先発の森下投手は圧巻の3打数2安打。3塁打を打ってお立ち台にあがったショートの矢野は「森下さんに打率負けてますし」と笑った。よしよし、クリーンアップは森下投手と床田投手にしろ!のファンの声、きいてくれよな。

ありがとう。今日は酒がうまかった。

楽しかった2年の東京サラリーマン生活

2024 MAY 28 13:13:41 pm by 東 賢太郎

思えば若いころに東京で働いたのはわずかだ。ロンドンから8年ぶりに帰ってきて、日本橋1丁目1番地、再開発中の当地で今も有形文化財として残る通称軍艦ビルの7階にあった国際金融部というところに配属になった。35歳。浦島太郎だったから皆で居酒屋で飲んでカラオケで歌って騒いでなんかが実に新鮮だった。東京生まれ東京育ちなのに東京でサラリーマン生活をした思い出というとこの2年間しかないのだからとても現場に長かったことになる。

国際金融部は高度な専門知識を要する引受部門であり、後にも先にもそうした部署で働いたのもその2年だけだ。それまで営業しかしてないからはじめは仕事がぜんぜんわからない。そもそもデスクワークという経験すらなく、シーンとした中でじっとしてると落ち着かない。そんなのがいきなり課長でやってきたのだから部下の皆さんの方が大変だった。4課ある大きな部で精鋭ぞろいである。巨大な野村證券という会社の中でも知性、語学、教養において最右翼であり、当時始まった女性の大卒総合職採用のHさんは業務の合い間に試しに受けた京都大学に合格してしまい一時騒然となった。さらには皆さん芸達者でもありショパン弾きのS君、和田アキ子が絶品のH君、テレサ・テンのつぐないが味わい深いFさんなど多士済々で、Xmasパーティーでは僕もピンキーとキラーズを踊った。F君はフランクフルトの我が家でピアノを披露し、僕がチェロを取り出して即興でサンサーンスの白鳥をやった。

きのうたまたまその頃の方々にお会いする機会があった。34年ぶりだったが話し始めると一気に時が戻り2時間があっという間だ。僕が再び東京勤務で戻ってきたのは国際金融部から2度目の海外勤務に出て、ドイツ、スイス、香港の社長をやってのことだが、もう45歳でありサラリーマン生活という感じではなかった。そこからなんで野村を辞めてしまったかはご存じなく、実はね・・・と話すとえ~!の連続である。部長がライバル(みずほ証券。実質は興銀)に移籍した事情はそれほど誰にも話せなかった。

今こうして振り返ると海外勤務の狭間だったあの2年間は輝いて見える。そんなあれこれは関係なく、苦楽を共にした皆さんのことは忘れてないし、そこで引受業務をやったからその後があって今に至る。「東さんいくつですか?」「69だよ」がまたえ~!で、もうそんなにたったんだねということでお開きになった。

日本の根幹がここまで腐敗したかと絶句

2024 MAY 26 2:02:05 am by 東 賢太郎

去年のプロ野球オールスターのファン投票は唖然とした。阪神タイガースの選手がセリーグの全ポジションで1位だったからだ。阪神は強かったしファンが熱狂したのはよくわかるが、それを見て僕は選挙の「組織票」というものを連想し、あほらしくなって試合を見る気が失せた。昔はセ・パ名選手のプライドをかけたガチンコ勝負が国民的人気で、最下位球団からでも実力者は選ばれた。実力など一顧だにせずリスペクトもなくブルドーザーでなぎ倒したかに見えるあの投票を見て、他球団のファンの野球少年たちはどう思っただろう。オールスターがエンタメの芸能野球に堕落していくばかりか、プロ野球全体の未来まで心配になる。

同じようなことが政治で起きてないだろうかというのが本稿の趣旨だ。4月にあった衆院選挙の東京15区は自民党、小池都知事の趨勢を占う選挙として全国的に注目の的であり、目に余る選挙妨害が社会問題にもなり、江東区民も大いに熱くなっているものと思っていた。ところが、ふたをあけると投票率は15区の過去最低を更新する4割である。GW前の補選だったにせよ、大山鳴動して鼠一匹の感を禁じ得ない。その「低投票率の必然の結末」として、立憲・共産の組織票を獲得し、有権者のたった12%が名前を書いただけの酒井菜摘氏が当選した。凄いもんだ、1割ちょっとの得票で衆議院議員になれてしまう国会って何なんだろう。これが民主主義ですからで済んでしまってこの国はいいんだろうか。

その日に限らず、投票率はおおよそいつでもどこでも低い。地縁が希薄な東京は区議会だと候補者の顔も名前も知らない。選挙の時だけ駅に立ってる知らない人に握手してもらったぐらいで都民はその候補に投票しないし、投票所に行こうという気にもならないだろう。国会議員や都知事になれば顔、名前は知っている。しかし、どうせメディアが祭り上げた著名人が当選するんだろうとなるからやっぱり投票所に行かない。このことは、どうせオールスターは阪神ばっかりだろとなって、僕がそうだったように、野球をよく知ってる玄人のファンほどあほらしくて試合を見なくなるのと非常によく似ているのである。

選挙においては「よく知ってる玄人のファン」とは、保守であれリベラルであれまじめに働きまじめに納税し国と家族を愛するまともな有権者を意味する。この人たちがあほらしくて投票所に行かなくなる。見るからにパッとしない経歴の、愚鈍にしか見えない候補者のポスターが並んでいるからだ。こんなのしか選択肢がないのか。まともに勉強してきた高学歴の意欲をそぐための、これは極めて有効な一撃である。貴重な週末になんでわざわざこんな奴らの名前を書きに行くんだろう。ますます投票所に行かなくなる。そこで投票率3~4割となり、組織票というブルドーザーで押し切って1割ちょっとをむしり取った自公が圧勝する。これぞ権力者の思うつぼなのだ。

この作戦で国会を利権団体や大企業やいろんな名前の神様の組織票をもつ候補だらけにしてしまう。あほらしさの演出だ。馬鹿のカーテンで見えなくした向こう側で、過半数を得た自公が立法権と予算配分権を握る。これで無敵だ。ザルの政治資金規正法を制定して裏金・脱税やりたい放題。税金を原資とする政党交付金から領収書のいらない「政策活動費」を50億ももらって地元の地方議員を買収し放題。バレても「適法です」で処理。こんな醜態が目に余るようになり、あげくの果てに国民の関与なくその議員たちの都合で選ばれた総理大臣がせっせと国まで売り始めてしまった。これがいま起きている国家的危機の内実だ。すべての元凶は、まともな有権者が投票にいかないことなのである。

そうやって御簾の向こうで選ばれた岸田総理が安倍氏の暗殺があってからアメリカ民主党の傀儡になっていることは去年に何度も書いた。それがだんだんバレてきて、いまや国民の常識である。我々の税金をアメリカに勝手に10兆円も貢がれて喜ぶ国民などいない。ましてそれが自分の延命目的だ。読売の「次の総理にふさわしい人」で岸田氏は4%。酒井菜摘氏の12%当選などかわいいもん、支持率が四捨五入で0%の人が総理大臣をやってるという日本憲政史上まれに見る事態だ。背景の勢力は同じなのだから上川陽子氏に首をすげ替えたところで同じことがおき、何の意味もないだろう。

つまりこういうことだ。それなりにもっともらしく見える「表看板」を立てておけば日本人は「これが民主主義だ」とあきらめ、投票所に行かなくなり、看板の裏で真の権力者が甘い汁を吸える。日本はおいしい国なのだ。看板はどんな馬鹿でも支持率0%でも構わない。そこで理念も政策もなく売り物は操(みさお)だけの政治家が総理にしてもらおうとアメリカ詣でをする。メディアは広報担当であり、その政治家をもてはやして看板に祭り上げ、お駄賃をもらう売国奴の構図が確立している。昨年、多くの人が名前も知らなかった上川陽子氏を僕がいきなり次の総理だと書いたのはその背景の “原理” からだ(彼女のことはなんにも知らない。だから「物理学による」と書いた)。上川氏は連中に “女性初” がアンタの売りだよと言われ、地元静岡で知事選の応援に立った。総理は選挙の顔である。よし「女性」で攻めよう、強いところを見せなくちゃと柄にもなくおーおーとやっちまってあげ足を取られた。めちゃくちゃ相場観悪いわ、この人。民意へのリスク感覚の欠如はエッフェル姉さんとかわらないようだ。

本稿の読者である多くのまともな有権者はすでに目覚めているだろう。しかし、日本人は政策への理解と関心があまりに希薄だ。住んでいた諸外国と比べて痛感する。それは表看板がそろって政策を自分で策定できない馬鹿であることと裏腹の現象であり、だからこそ「七つのゼロ」を高々とマニフェストに掲げ、結果としてゼロだったのはその達成率だけだったというとんでもない都知事が出てくる。この人は自分に都合の悪いことは「なかったことに」で渡世をしのいできた。マニフェストの無視など朝の化粧より朝飯前だろう。政策は政治生命をかけたコミットメントではなく、票を集めるための化粧品ぐらいの感覚なのだ。

ところが、彼女がいくら頑張ってもなかったことにできない難物が出現してしまった。学歴がウソである疑惑だ。これまた国民の常識となっているわけだが、事実であれば公職選挙法違反で即刻逮捕だ。しかし、重要なのはそこではない。「カイロ大首席卒業はウソじゃないの?」と巷の家庭や職場や居酒屋で公然とウワサされてしまい、その火元である「女帝 小池百合子」の著者を名誉棄損で訴えて反撃もしない(できない)。だから疑惑の火種はどこまでもくすぶり続ける。やがてこのことは歴史に残り、「ねえパパ、ウソはいけないことでしょ?ならどうしてそんな悪い人が都知事やってたの?」と娘にきかれたお父さんは答えに窮する。公人としては、すでに完璧に失格なのだ。

日本はメード・イン・ジャパンに値打ちがつくほど偽物がない国である。ニセ証明書を平気で発行、黙認するような品性の劣る国ではない。だから「妙な卒業証書を提出してきたな」と人事部が不審に思うような人物が日本を代表する一流企業に採用されることは絶対にない。まして社長などなるはずがない。ところが、驚くべきことに、都知事にはなれるのである。公職選挙法に虚偽事項公表罪の規定があるのは、公職に就く者の方が経歴のディスクロージャーの真正性の縛りにおいて民間人よりも厳しく審査されなくてはいけないという法益があるからだが、いまそれと真逆なことが堂々とおこなわれているのであり、この不可解な事実を外国人に論理的に説明するのは何人たりとも不可能である。つまり日本の赤恥なのであり、こんなことを都民のみならず日本社会が認容していいはずがない。

学歴というのはその人が学生時代に何をしたかを “事実” で示す「人物証明」のひとつだ。社会において、初見の人を客観的に評価する手がかりとして広く使われる。ウソをついて〇〇大卒を名のれるなら、まじめに勉強して〇〇大を卒業した人にとって不当な利得となり、〇〇大の信用も棄損して社会に損害を与える。この社会悪の甚大さは「人間」でなく「お札」の偽造、つまり「ニセ札作り」に法律がどれほどの罰を用意したかを見ればわかる。通貨偽造(ニセ札作り)はまじめに働いてお金を得た人にとって不当な利得となり、通貨の信用を棄損して社会に損害を与える。その罪は刑法第148条によって「無期又は三年以上懲役」とされる。殺人罪ですら、死刑でなければ「無期又は五年以上の懲役」(刑法第199条)である。社会犯罪としての公人の学歴詐称の罪の重さが類推できよう。

政治に学歴は無用だという人がいる。そうかもしれないが、ここで言っているのは学歴が立派かどうかというコンテンツの話ではぜんぜんない。記録を平気で「改竄」してしまい、ウソの人生を平然と送れる人のメンタリティー、精神構造、性癖のことを言っているのである。2014年にSTAP細胞の論文でデータ・図表を改竄した事件があったことを多くの方はご記憶だろう。大手新聞、NHKがこぞってけしからんと報道した。人も亡くなった。しかし、それ自体は犯罪ではなく、そういう性癖の人が科学者を名のっても、人をそれでだまして詐欺罪にならなければ刑事罰はない。しかし、それでも、彼女の学者人生は問答無用で終わりだったのである。まして、本件は刑事罰が用意されている公人の学歴詐称問題だ。ウソでない証拠が出ない限り噂は永遠に残る。そういう性癖の人かもしれない疑念も残る。そういう人をわざわざ選んで権力を握らせる理由はどこにあるのかということだ。しかもそれを糾弾するどころか堂々と持ち上げる大手メディアがある。何のざまなんだそれは? STAP細胞事件から10年の時を経て、日本の根幹がここまで腐敗したかと絶句するしかない。

読響定期 ヴァルチュハのマーラー3番を聴く

2024 MAY 22 2:02:00 am by 東 賢太郎

指揮=ユライ・ヴァルチュハ
メゾ・ソプラノ=エリザベス・デション
女声合唱=国立音楽大学
児童合唱=東京少年少女合唱隊

マーラー:交響曲第3番 ニ短調

(サントリーホール)

 

自分からマーラーを買うことはない。定期のコースメニューだから好き嫌い言えないのはメリットと考えよう。3番はライブで多分2回しか聴いてないが、82年にフィラデルフィア管、86年にロンドン・フィル、どちらも故クラウス・テンシュテットの指揮だった。

ロンドンが凄い演奏でここに書いた。2015年、9年前のブログだ。

僕が聴いた名演奏家たち(クラウス・テンシュテット)

人生で聴いたベスト10に入ると書いているのだから3番という曲にも思い入れが出ていそうなものだが、そこから38年聴いてない。我ながら不思議なことで、マーラーとの相性を象徴する。

今日はチェコの新鋭ユライ・ヴァルチュハである。48歳。テンシュテットと比べてもいけないが、ああこういう曲だったのだなと思った次第だ。音のロジックとして構造的(structural)な楽曲でないから次々にあれこれと繰り出される場面と考え得る全ての意匠を尽くした音彩に圧倒され、読響はそれを見事にゴージャスに展開して見せた。第1楽章、各々が舞台空間において距離をおいて定位するVn群、Trb群、木管、打楽器群の音響が移り行くさまは20世紀音楽を予言する。オーケストレーションにベルリオーズやR・コルサコフとは異なる趣向の感性でマニアックだったマーラーは舞台、合唱隊、舞台裏の3次元パースペクティブを3番で実験している。そこにメゾ・ソプラノが現れると、これまた異界の音響となるのだ。

ブーレーズがブルックナーをやってもカソリックだから理解しなかったことはないが、マーラーを全部やったのは非常に驚いた。残念ながら彼の指揮でも面白いとは思わないが、こうした音響的側面への関心で耳を澄ますと別なものが見える。彼がバイロイトに出たのもそれだったのだ。そのようなことは言うまでもなくオペラに活きるだろう。一曲だけで即断はできないがヴァルチュハはそちらの才があるのではないかと感じた。プログラムによるとフェニーチェ劇場でピーター・グライムスを振ったらしいが、とても聴いてみたいと思わせるものがあった。

 

 

慌ただしかったこの一週間の雑感

2024 MAY 21 0:00:27 am by 東 賢太郎

次女がブログ1,000万PVのお祝いをフレンチレストランでしてくれた。こうやって何が起きるかわからないから人生は面白いだろ。山も谷もあるけど一喜一憂はいけないよ。感情が同期して山と谷が倍になる。谷が深いと気持ちが折れたりするからね。これは良くないんだ、サステナブルじゃないから。

わからないことを恐れちゃいけない。たとえばコロンブスは地球は丸いと信じ、東回り航路はポルトガルが制圧してたから西回り航路でインドに向かった。これがいかに凄いことかって、ガリレオの天動説が出てくる100年も前だよ。地球は平らで崖から落ちると信じられていた時代だ。想像できるかな?

じゃあ現代はどうか。みんな地動説を信じてるね。でも宇宙はそう見えるように高度に計算された幻影で天動説が正解かもしれない。太陽と思ってるアレも人の数、80億個あってどれもホンモノの影にすぎないかも。2,400年も前にプラトンがそういう類のことを言ってる。現代はシミュレーション仮説っていうんだね。

ぶっ飛んだ話をしても次女はついてくる。こういうのは想像力の問題なのだ。だから肉を食ってるときはライオンの気持ちになれってよく言ったもんだ。なんでそう言うか考えさせる。脳梁が鍛えられ右脳、左脳の交信が太くなり想像力に富む面白い人間になる。ガリ勉は退屈だし優秀でもない。

娘はフランスへ行って修士号を取ってきた。コロナ最盛期でのチャレンジは評価する。MBAは半端な勉強量でない。知らないからハーバードMBAですなんて軽いタッチでウソついて瞬殺でバレた芸能人がいた。学歴詐称はバレないと思ってるからできるのよ、それ自体が強烈な無学の証明。バレたら問答無用で終わり。

自民党。75日で国民は忘れると思ってる。そこで権力のブルドーザーで押し切る。知性のかけらも感じねえ、無学だねえ、伝統芸はもう見飽きた。裏金事件の本質は脱税資金を自分の選挙と権力維持に使ってるどす黒い疑惑である。今日の衆院予算委員会、立憲/野田・落合、維新/青柳・藤田の質疑は良かったと思う。

自民の政治資金規正法改正案は抜け穴を埋め込もうという魂胆が丸見え。政治はカネがかかる?ならかけない人にやってもらおう。党内で議論を尽くしてますって、そんなの何千時間やろうが国民はだから何だってこと。抜け穴作りに必死になればなるほど「そんなに甘い汁なのか」と怒りが増幅するだけだ。

二世だか三世だか知らないがドリルの人とかパンツ盗んだ人とか50億もらった人とか、実にこの国は発狂してる。そんなのでも権力のブルドーザーで押し切れば当然の顔をして済んでしまう。それを全メディアが偏向報道。赤旗、聖教新聞の方がまだウソはないことに多くの国民が気づき始めている。これは大革命だ。

権力に媚びて正論を封殺するメディアが作るテレビ、新聞の「定食」だけ食べさせられる時代は終わる。玉石混交のネットから情報を選ぶ力のある人とない人の差がつく。国民にその意識が高まれば想像力をもって自分で考える人が増え、おのずと選挙の投票率も上がる。右だ左だじゃない、真にまっとうなことだ。

 

御礼  総閲覧数が1,000万になりました

2024 MAY 16 22:22:08 pm by 東 賢太郎

2012年9月12日の午後。紀尾井ビルの5階にあったソナー・アドバイザーズ株式会社の小さな事務所で何を書こうか思案していました。たどたどしい指でパソコンに打ちこんでみる。何度も書きなおしては消し、打ち間違え、ついに「よし、これでいい、いくぞ」と身構えました。「ブログ」なるものの発信です。ミサイルの発射ボタンでも押すみたいに恐る恐る「公開」ボタンをクリック。14時14分35秒のことでした。

それがこれ。我がブログ第1号であります。

僕の甲子園

発信といっても、大海原に筏(いかだ)を浮かべただけ。大会社はやめてどこの馬の骨かわからん人間になってたし、きっと誰も気がつかないだろう。100人ぐらい見てくれなければやめよう。そう思ってました。

あれから11年8か月。きょう総閲覧数が1,000万になりました。なにも言うことがありません、読者の皆様、本当にありがとうございます。相当な時間をかけて書いてきましたがそれだけのものを作ることができました。100人しか読まれなければ存在しなかったものですから、これは読者の皆様の作品でもあるのです。

2016年、熱心な読者の柏崎さんが前の事務所に来てくれました。西表島の猫の話をきき年末に娘たちと行きました。そういう縁ができたのも、彼がブログの中身をよく覚えていたからです。僕は書いたらもう読まないので彼の方がよく知ってます。先日箱根に行った従妹も昔のあれこれをよく覚えてくれているのですが、ブログでそれがあるとなると、手を離れたものはもう独り歩きしているということです。百年、千年たったらどうなってるか。クラシック音楽が残ることは確実だろうからおまけで残っているかもしれない。そうすると、それ以外のジャンルのも20~21世紀人の戯言として読まれないかなと思うのです。

それこそがSMCをクラブとして立ち上げた動機です。万葉集をイメージしたのですが、先日、2013年のミクロネシアからのお付き合いである公認会計士のAさんが「枕草子になるかもしれませんね」と言ってくれました。男優先の家で育って家内や娘に注意されてる身ですから女性の評価は最高にうれしかったですね。僕には女卑思想はありません。清少納言さんやユリア・フィッシャーさんのファンであり、そもそも身の回りは何もできないから女性に頼らないと生きられません。ブログ読者の男女比は6:4のようで、ありがたいと思っております。

読者の4割は年齢が35以下です。シニア向けのつもりで始めたのにそうなってないのです。若者のころはがむしゃらに突っ走るのみでしたが、齢50を超えると見える景色が変わりました。身体能力が衰えて限界を悟ったのですが、人間はよくできてるんですね、壁に当たる人もいますが僕のように父親目線になる人もいるんです。若者の上に乗っかって威張って金もらってという形で壁を乗り越える輩も多いですが、僕はそういうのがぜんぜんなく、若者をがんばってと応援したくなるんです。だから野球は二軍戦が好きで、この子は伸びるなんてメモを取るのが楽しい。大谷さんみたいな立派な人はあんまり興味ないです。

齢60でますますそうなり、「若者に教えたいこと」というカテゴリーで相当たくさんのことを書きました。習ったものでなく、自分で道を切り開きながら悟ったものだから何かしら価値はあるのではと思います。本来、こういうことは自分の子供だけに教えるんです。読者の4割が若者になったというのはそんな親父はあんまりいないからかなと勝手に思ってます。読んだ子は思いっきりパワーアップして人生勝ち組になってほしい。そういう子たちがたくさん子供を産めば日本は強くなる。これぞまさしく保守の保守、男の本懐、父親目線なんです。youtubeや本やブログでお金を儲けようという人も大事な情報を発信することがあるし、もとより色々なご事情はあるのでしょうが、ビジネスで収入を得る力のある人はそれは考えないです。そういう人に習えばそういう人になります。

来年70ですが、よし、もういい、と完全に満足して引退宣言するまでやるっきゃない。オーナーは首にする人がいないからそうなるんです。体はいたって健康でGW中にフルマラソンの距離を走りました。サーチュイン遺伝子を活性化するNMNの静脈注射を3回打ってるし、神山先生の鍼と丸薬は欠かさず副鼻腔炎とパニック障害がすっかり治ってる。このまま保てば5年はいける気がします。すると、ここで柏崎さんの人脈から新しい事業の構想が出てきました。ソナーを巻き込んでのものだから集大成になるかもしれません。僕は証券会社に長くいてその専門家だし、若者にビジネスを教えて育てたいという情熱もあります。そのうちわかりますが、まさに適役の仕事と思いました。それが最終決定したのが今週の月曜日。そしてPV1,000万到達が今日。ドラマにしても出来すぎです。僕は人生は頂いたもので自分が決めてないと信じてるので流れに任せることにしました。

 

箱根ローストチキン

2024 MAY 15 15:15:58 pm by 東 賢太郎

チビ

妹夫婦、従妹夫婦と墓参りへ。とても和む。高校時代の愛猫チビが実は隣の猫だったという衝撃の過去が発覚。娘たちの激辛好きは長崎のばあちゃん由来だったことも判明。他愛ない話にいくらでも花が咲いてしまう。従妹は集英社出身の芸能・アート通、グルメ社交家だ。生粋の母方性格。学者系の父方とは見事なほど別人。見合い結婚ならではのハイブリッドである僕は三毛猫だなと痛感する。

夕食は千坪の敷地にある仙石原のイタリア風洋館「アルベルゴ バンブー」でとった。オーナー竹内氏が映画ゴッドファーザーの結婚式シーンをイメージしたという造りで「箱根ローストチキン」が名物。2年前に飲んだワインの記録が出てきたのは中々と思う。翌日は以前持っていた芦ノ湖一望の1800坪の土地を視察。まだ更地と確認する。レークサイドの箱根ホテルの庭でしばしビールでぼーっとしたが元箱根はそこらじゅう外人観光客だらけである。こっちはこういう洋風が落ち着くのだから妙なものだ。

うまいものは素材だ。良い素材はそのままでも調理してもうまいが、安物が調理で逸品になることはない(もしそうなら安物でなくなる)。居酒屋でわいわい干物をつつくのもいいが干物がまずくてはいけない。かたや、給仕の靴音が遠くから響くほどシーンとした空間でナイフの音をたてず舌平目を口に運ぶのはコンサートホールでピアニッシモに耳を澄ますのと変わらない。楽器の音もしかりだが、料理の味というのも三次元空間に存在するのである。

箱根翡翠は定宿、これも食事もみな従妹夫婦の手配だ。この手腕は野村スイスの名セクレタリーだったNさんを彷彿とさせ、世話になりっぱなしである。スイスではSF建てで起債する日本企業の接遇が社長の仕事で、社屋と同じほどユングフラウやツェルマットが仕事場だった。箱根は近いしそんな風に使える。白濁温泉に2時間ほどいて雑事をすっかり忘れた。頭のデトックスもたまには大事だ。

 

誰でもできる自力でツキを呼び込む方法

2024 MAY 14 10:10:49 am by 東 賢太郎

僕は人を学歴、職歴だけでは見ない。その人が過去に何だったかという歴史は、その人がどういう類い(たぐい)の人であるかによるひとつの結末ではあるが、試験や競争によって本意でないものになることもある。いや、大谷翔平のような人は別格として、ほとんどが大なり小なりそういう人生を妥協して歩んでいるのが現実だろうし、かく言う僕などそれの積み重ねだった。妥協がうまくいけばいいが壁に当たってしまう方が多いし、そうなると「自分はツキがない」「どうせ自分はこんなもの」と思い込み、自信をなくしてしまうのだ。

妥協というのは愉快なものではない。そこで「フレキシブルに生きるのがベスト」などという人がいる。そう生きていれば気楽ではあるが、得てして自分のスタイルを忘れて根無し草になってしまうものだ。何事も自分のスタイルは大事だ。それがないと根無し草になり川に流されて陸地に漂着しない。すると養分が足りないから成長しない。流れると景色は変わるから何かしている気分になるが、実は何もしてないから何も起きない。同じ仕事、職場にいれば根を張っているわけではない。何十年、微動だにしなくとも、根無し草は根無し草なのだ。

僕が順風満帆な道を来なかったことを読者はご存じだが、壁に当たったり墓穴を掘ったりしてもめげないでいるとやがて追い風が吹いてきた。これを「ツキがあった」と考えていたが、実は、風向きはランダムに変わるのであって誰にも平等だ。辛抱していればそのうち追い風に変わる、それだけのことだったと思うようになってきた。つまり、うまくいったのは長いこと辛抱してめげずにやったからなのだ。この「長いこと」「辛抱」「めげずに」というところに神様がほほ笑んだ、それがツキの正体だと思えば、不運だと思ってる人でも自力でツキを呼び込むことができる。

小さいころ、風呂で父に「ゆっくり30数えなさい、そしたら出ていいよ」といわれた。子供にとって湯は熱い。なかなか30にいかない。息絶え絶えになってやっと湯舟から脱出する。体が火のようにほてるが、やがて芯まで爽快になる。これが「長いこと」であり「辛抱」なのだ。やがて父がいなくても、あの爽快感が恋しくなって自分ですすんで30数えるようになった。これが「めげずに」だ。我慢だけじゃだめなのだ、目標を見つけ、すねたり横を向いたりせず黙々とそこへ向けて進む。これにお駄賃が出る。

ツキがないと思ってる人は、多くの場合、辛抱ができてない。仮にできても長く続かない。やってみたがいいことなんか何もないじゃないか、と横を向いてめげてしまう。こんなところだ。だから簡単なことでいいのでお駄賃がもらえたと感じるまでやってみることだ。自分の経験ほど説得力のあるものはない。私事で恐縮だが、僕はそれで野球や勉強が上達した。結果を確認しながらうまくいくまでやる。やがてそれが自分のスタイルになる。教わってもいいが自分のものにしなければ意味がない。僕は「確認」「納得」にこだわるので自習が良かった。だからほとんどの物事は「独学」なのだ。

スタイルはスポーツならフォームという。一度できあがれば再現性があるし微調整で応用もきく。すると、もう一段上のレベルに登れる。上達はこれの繰り返しだ。だから野球はキャッチボールとトスバッティングをやる。それが下手で投球、打撃がうまい人はいない。勉強も同じだ。何がそれにあたるかを見つける。それを何度やっても失敗しないようになるまで延々と練習する。すると難しいことができるようになる。野球と勉強は同じだと気がつく。ならば仕事もだろう。そうやって僕はできるようになった。他人はあいつツキがあるという。そうではない、それがツキというものの正体なのだ。

以上、すべて風呂でわかったことだ。何があってもめげない。できるまでやる。なかなかできないから長い辛抱がいる。やがてできると、すべてが報われる。爽快感で一杯になり、またやろうと思うようになる。こればかりは独学でなく、父にやらされているうちに経験が快感になったものだ。だから「努力」はしない。しろと言われても何をしていいかわからない。「努力は才能だ」という人もいるが、さらにわけがわからない。そんなかっこいいものではない、ベルが鳴ると唾液が出る条件反射、パブロフの犬だ。学歴、職歴はその時点までの結果にすぎず、そこからどうなるかの方が大事だ。

7球連続カーブのサインが決めた我が人生

2024 MAY 8 12:12:44 pm by 東 賢太郎

エルダー・ネボルシンというウズベキスタン生まれのピアニストが弾いたショパンの第一協奏曲を僕は熱愛している。20歳あたりの録音。書いたショパンも20歳。オーケストラは自身もショパン弾きのアシュケナージが率いる。最愛の彼女をワルシャワに残してパリに旅だったショパンは祖国に二度と戻ることはなかった。この協奏曲は彼女を想って書き、お別れの曲になった何度聴いても本当にいい音楽である。ネボルシンくんのピアノはもぎたてのレモンみたいに瑞々しい。アルゲリッチもツィマーマンもいいが、やっぱりハタチの男の子に心をこめて清楚で端正に弾いてほしい。アシュケナージ自身がショパンコンクールで2位になったのは18歳だ。なるほど、この指揮、わかってるなあ。

エルダー・ネボルシン(pf)/ アシュケナージ / ベルリン・ドイツ交響楽団

そう、かくいう僕だって20歳のころはいろいろあった。大学受験で浪人し、思い出したくないぐらいぼろぼろな身の上から解放されたバラ色の時だった。この演奏を久々に聴いて脳裏に蘇ったことのあれこれ、いろいろな所に書いてはきたが、せっかく音で思い出したことを忘れる前にまとめて書いておく。

中学の草野球からずっとエースで、硬式に転じても高1の秋から即エースだった。有頂天が暗転するのは高2の夏だ。ヒジ、次いで肩を故障した。ヒジは治ったが肩は致命傷で球が投げられなくなり、高3初めに野球を泣く泣く断念したところから物語は始まる。長年時間をかけて修練してきた能力をケガでいきなり奪われるのは交通事故で一生歩けなくなるに等しい。筋肉痛みたいなものと思ってる人が多いが虫歯と一緒で治るということはなく、今もマッサージでそこを押されると痛い。プロ野球をご覧になる人はヒジのトミー・ジョン手術はご存じだろうが靭帯を移植しないと治らないのだ。テニス・エルボーもあるが、それを割り引いてもこんなことが頻繁に起こりえるスポーツは野球だけで、しかも野手では稀でピッチャーしかない。青春の挫折なんて甘ったるいものではなく、一生残る心の傷でもある。

この話を誰にしても、なぜその負のエネルギーが受験勉強に向かったかはわかってもらえないだろう。当時も僕がなぜ高校球児にとって大事な3年生になって野球部をやめたか誰もわからなかったし、何人か女の子にきかれたが語りたくもないので説明しなかった。立ち直ってプライドを奪回する方法は勉強で目にもの見せるしかなかったわけだが、中学時代に野球で登った山が高かった分だけ転落した谷も深く、もっと高い山に登らないと気持ちの収まり所がなかったのだ。勉強でなくても良かったがそんな才はなく、いずれにせよ回避できない大学受験になっただけだ。負けず嫌いがモチベーションなのだから東大に入れば何でもいいではなく、最高峰の文Ⅰ(法学部に進学)しか選択肢はなかった。失敗したら翌年は安全策で文Ⅱか文Ⅲに切り替えというのもあり得なかった。戦線後退は雪辱戦での負けを意味してなんのこっちゃになり、そういうものは僕の辞書にはない。この選択は学問や職業の選択とはぜんぜん関係なく「山の標高」だけで決まった。通学に要する往復3時間の満員電車の中は何もできない。使える時間は野球をしてきたから試験はみな一夜漬けで、高3で受けた人生初の公開模試の偏差値は42だった。それでいてすぐ70になるさと壮大な野望を平気で懐けたのは、チビで小心でけんかも弱い小学生が中学でエースという大出世の体験があったからだ。

翌年、現役で2つ受けた私学(C大法、W大法)は手ごたえでは危ないと思ったが受かった。喜んだ父がどちらも入学金を払ってくれたが両校には失礼ながら場慣れするためのリハーサルであり行く気は全くなかった。いよいよ本番の東大に挑む。1次はすんなり合格。2次は国数英社の順だが初日の国語の論述に慣れておらず大失敗してしまった。次の数学はそれで気が動転したわけでもないが手も足も出ずほぼ零点だったろう。当然の不合格を掲示板で確認してすぐに毎年400人東大合格の駿台予備校の入試を受けた。1年で偏差値は順調に伸びて文Ⅰぎりぎりの65あたりまで行ったが凸凹があった。英国社は頑張ったがあまり伸びず、総合順位の凸凹は数学の凸凹と連動していることがわかった。つまり素質としてはあんまり文系には向いてなかったということだ。私学は受かることを確認したが自分の意志で1年棒に振ってそこに行く選択はもうありえないから父に受験料を払わせるのは無駄である。2度目の出願は東大文Ⅰオンリーに決めた。

その日、小田急線が事故か何かで乗っていた電車が延々とノロノロ運転になり、ついに経堂で30分ぐらい停止してしまった。パニックになり本郷3丁目駅からダッシュして開始寸前に試験場に駆けこんだ。それはいい。しょっぱなの国語でまたまたつまづいた。現国にどうしても頭がついていかず小論文みたいな設問で書くには書いたがきわめて不出来。書き直そうと思ったら時間切れ終了。これはやばいとまたまた気が動転し、前年と同じく数学がうまくいかない。翌日は持ち直し、英社の手ごたえはあって望みをかけたが、3月20日の掲示板に受験番号はなかった。この時に見た正門の方角の景色は今もありありと覚えてる。幻視だろう、そこには広大な砂漠が横たわっている感じがして、赤い太陽が荒涼とした丘の向こうにあった。もう1年かけてあの砂丘を越えるのか・・・その時間が悠久の時みたいに、それが砂漠の彼方にどこまでも続くみたいにずっしり重く感じ、そこでぷっつりと記憶は途絶える。1週間ぐらいどこで何をしていたか記録も記憶もない。ところがだいぶ後にレコードの整理をしていたら、落ちたその日(1974/3/20)にかけたと記録のある盤を見つけた。これだ。全く覚えがないが、ラフマニノフの第2交響曲に魂の救いを求めていたのだ。

文Ⅰの一本勝負が博打というほど無謀でもなかったのは駿台の入試で順位が24番だったことでわかった。隣の席になった23番のN君、25番のM君とは「なんで落ちたの?」が出会いの挨拶だった。翌年、両君とも文Ⅰに見事合格され、非常に確率の低いことだが、20いくつある駒場のクラス分けで3人ともドイツ語の同じ9bという組になったのは奇縁である。

2年目は生死を握る数学の凸凹をなくすためトス・バッティングの感覚で毎日簡単な問題をたくさん解き、Z会の3日考えないと解けない難問とも格闘した。すると6月の第2回公開模試でついに数学満点を達成し、総合点で全国7位になって賞状と盾をもらった。数学が偏差値42から2年で全国1位になった変化率は日本記録ではないだろうか。ここからだ、数学満点ねらいが遊びになったのは。ピッチャーは完全試合を狙って試合に入るのは普通だ。イチローみたいにどこのコースに来ても打てるように練習し、飽きたので棋士が詰め将棋を作る要領で自分で問題を作って友人に解かせていた。ここでどっぷり浸かっていたのがバルトークであり、エラリー・クイーンだ。夏休みは丸遊びし、1か月没頭して推理小説を一本書いた。山の頂上が見えてきてわくわくだったこの半年は人間形成というか性格にまで影響するほど数字とロジックに囲まれる快感に浸っており、いま思い起こしても人生を変える知的豊穣の時で、これなくしてその後の僕は絶対になかった。皮肉なもので1年目に失敗しなければこれはなかった。

最後の東大入試は狙い通り完璧に進んだ。国語は採点者が期待しそうなつまらないことをサクッと書いて平均点を下回らない戦略をとった。肝心の数学は設問2で驚いたことに作題ミスを発見してしまい、まさかと思って検算して確かめたが間違いない。そこで答案に「作題ミスである」と指摘し「欠けている条件 ℓ ≠ 0 を付加する」と断って解いた。自分で作題していたから自信があり、ここまでくるともう数学上級者というか職人の世界である。しかし東大がまさか?と不安になったので帰りに駿台に寄って壁に張り出された模範答案を恐る恐るのぞいてみたが、たぶん根岸先生だろう「作題ミス」と思いっきり書かれていて、明日の英社を待たずして早々に合格を確信した。僕は先生の思考回路をそのままいただいた真正の弟子だったようだ。見比べると4問中3問は完璧で、余計な作業をしたので時間切れで設問3が数点マイナスの傷を残してパーフェクトは逃したが、まあノーノーぐらいの出来ばえではあり留飲を下げた。東大は理系6問で、うち数Ⅲ以外の4問は文理共通だから理系レベルであって一般に文系には難解である。だから満点なら他科目がよほどひどくなければ確実に受かる。

こう書いてきて思う。以上の諸々のすべては僕のその後の人生に決定的に重たい出来事だったわけだが、実は高2の夏にヒジをこわしたアクシデントひとつから発している。あれはカーブの投げすぎだったと思う。相手はどこだったか、練習試合の勝負所で4番の左打者に回り、2ストライクから7球連続でカーブのサインが出てファールが続いた。あれがまずかったかなと先輩捕手のHさんが言ったのを覚えているから痛くなったのはそのあとだ。それは1、2か月で治ったが、かばって投球練習していて次は肩に来てしまい野球人生が終わった。もしヒジをやってなければどうだったろう。間違いなく甲子園予選を目指して野球人生をまっとうしていた。そっちのほうに命を懸けていたからだ。とすると東大に入らねばなんていうマグマは溜まることもなく現役で違う大学に入って楽しくやってたろう。すると就職先も違った可能性があり、家内とは出会ってないから子供たちはこの世にいない。つまり野球断念は不幸な事件だったがそれで今がある。結構ではないか。7球連続ということはHさんが僕のカーブを信用してくれたということだ。自分の球は自分で見られない。短い野球人生だったがとてもうれしい。

 

果てのないオマージュ(東家の歴史)

野村證券・外村副社長からの電話

帰ってきたDeNA筒香、なんてうらやましい

2024 MAY 7 0:00:12 am by 東 賢太郎

帰ってきた筒香。復帰初戦で逆転3ラン。鳥肌が立った。前稿にこう書いた。

人間、何事も才能というものがある。何かの技能がうまいなあと思う群れの中でも図抜けている者がほんの少しだけいて、その者はそれで飯が食えるようになるのだが、今度はその連中の群れの中でさらに図抜けた「すぐれ者」がいるという塩梅だ。

凄い一撃だった。今年はボールが飛ばないなんて言ってるが彼には関係ないそんなもの。5年アメリカにいて不本意ながら帰国し、いきなりこれだ。軽く3,40本は打ちそうなこの男がなぜメジャーで駄目だったんだろう?今日もドジャース大谷は9号を放っていたが何がそんなに違うんだろう?「すぐれ者」の世界は凡人には想像もつかない。

セリーグのクリーンアップを見よう。DeNAは佐野88・牧97・宮崎85・筒香97。阪神は森下89・大山94・佐藤96・ノイジー100。ヤクルトはオスナ106・村上97・サンタナ104。中日は石川100・細川98・中田107。巨人は吉川78・岡本100・坂本86。そして広島は野間85・秋山86・堂林96・小園91・坂倉89。

数字は体重だ。なぜかというと全員が鍛えぬいて体脂肪率が少ないので筋肉量であり、最高位の選手だから技量はあり、これがほぼ長打力と思うからだ。中日の躍進はこれ、巨人は丸94が落ちて入ったのが門脇76、佐々木80で90台は岡本だけと軽量化して低迷。阪神、ヤクルトは文句なしの重量級だ。それが目下の得点数の阪神102、DeNA100、巨人82、中日91、広島76、ヤクルト130に現れる。ヤクルトは投手が悪すぎで本来Aクラスとすると順位はほぼ得点順になる。

広島の一軍は代打要員の松山96、会沢95を除くと上本76、田中85、宇草84、菊池71、矢野71、羽月73とベンチはちびっ子ギャングみたいで、レギュラーの90越えは堂林と小園だけだが二人とも目下ホームランはゼロ。投手が失点を最小に抑えてなんとか5位という惨状だ。だからこそ田村97の覚醒が必須だがまだ青くさく、期待は末包112の復帰ぐらいだ。60年カープを応援してきた悲哀はとにかく長打がないことで、ヘビー級の巨人に吹っ飛ばされるフライ級ボクサーみたいな惨めな思いを何十年も耐えてきたのである。

この球団がちびっ子ギャングのコレクターなのは伝統だが、それは菊池、田中レベルならいい。そこを外人で補うのも伝統でホプキンス、ライトルなど当たり籤を引き強力な投手陣で守り勝って優勝した。2016~8の3連覇も打ちまくってOPS8割越えをキープしたバティスタ107がいて丸94、鈴木誠也106、エルドレッド126と並んだ超重量級の破壊力が大きく、東京ドームで巨人をホームラン攻勢で粉みじんに粉砕した試合は積年のうっ憤を一夜で吹き飛ばしてくれた。

ところがバティスタがドーピングで消えてから外人が超不作であり、何が起きたんだという異変すら感じる。去年はデビッドソンが19ホーマー打ったが、それを解雇して取った名前も忘れた二人がオープン戦からぼろぼろでおまけに肩まで故障と聞く。キズモノつかまされたのか、いい加減にせい。

先日のDeNA戦、森下が7回まで無安打で、打線は10安打だがそのうち森下が3打数3安打のていたらく。勝つには勝ったがこっぱずかしい試合を見せられた。初戦は東に苦もなくひねられて完封負け、もうひとつも大貫の変化球に翻弄されて完封負け。全員が崩されてるし、振ってないし、左は東出直伝のちょこんと流す「当て逃げ」ばっかりで、それをしくじってケツを引いて弱弱しい空振りと、こんなみっともない打線がプロを名乗るのはやめろ。

客観的に見てカープのクリーンアップ候補は森下投手と床田投手であるのは、カープファンの方ならご賛同いただけるだろう。

 

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