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円レートは年末に上がるのか下がるのか?

2022 SEP 28 23:23:02 pm by 東 賢太郎

円ドル相場にご関心ある方は多いと思うので、僕の視点をもう少し書いておきましょう。なぜ米国FRBは動いたのか、なぜ日銀だけ動かないのか。これを知らないとこの円安の行方は理解できません。

FRBは9月のFOMCで3会合連続でFFレートを0.75ポイント引き上げ、誘導目標3-3.25%としました。異常値(通常の3倍)を3回、即ち、読み違いを認めてます。何を?コア・インフレ率(今回会合で4.5%と、前回の4.3%から修正)です。ここは注意が必要です。なぜなら実質GDPは下方修正している。それでも金利は上方修正するのです。つまり、前稿で僕が「わからない」と書いた供給サイドの「コロナ・ウクライナ・ファクター」(以下、CUF)が問題と思われます。コア・インフレ率は食品・エネルギーを除外しているのでCUFの影響度はデータ集積が足りない。結果論ですがFRBはそれを軽度な方に見積もっていたと想像します。これは仕方ないです。

それを修正すべく3回目の急ブレーキを踏んでタカ派姿勢を見せたのが今回と解釈しています。FOMCはメンバー18人の意見(ドット)を公開してます(下図)が、来年FFレートを5%近くまで上げておかしくない趨勢です。

一方で日銀の事情は前稿で書きました。ということは金利差は開くと思われるのでさらに円安になって不思議でないですね。FFレート5%でいくらまで行くかということです。介入は財務省の判断ですが、米国の承諾が必要で刺激したくはなく、トレジャリーを売らないと効果を得るほどの原資もないでしょう。

だから円、日本国債ショートを目論むヘッジファンドと日銀の闘いになってきます。タカ派に転じれば巻き戻しで円は恐らく急騰して連中は大損しますがそれをする利もあまりないでしょう。政府は4つの柱を掲げますが本音は円安特需期待でしょう。空港規制を解いて外人を入れ爆買いしてもらう。外国に出た工場を国内に戻しなさいとサプライチェーンの安全保障も説くでしょう。目玉は半導体です。なぜTSMC熊本誘致コストの半分(4千億円)も出すかということ(米国も死活問題だ)。円安は結構な面もあるからです。

しかし、事の根源は米国(FOMC)である。これを忘れると危険です。パウエル議長は景気を犠牲にしてもインフレ率を抑え、失業率を4.4%以下(事実上の完全雇用)で抑えるまでFFレートを上げると発言してますが、景気が想定以上に失速すればインフレを抑えても失業は増えます。彼が今回示した「新型コロナウイルス禍による混乱を受けてニューノーマル(新常態)に入りつつある可能性がある」との見解は、FRBが想定するフィリップス曲線の形状が変わったという意味なのかどうか、これは重要な観察事項です。

というのは、見かけ上のインフレ率(=コア・インフレ率+CUF)が低所得者の名目賃金上昇率を上回っているため、中間選挙で劣勢を伝えられるバイデン政権へのリップサービスがないとは言い切れないからです。コロナ前まで「フラット化」を議論されたフィリップス曲線ですが、イールド曲線がフラット化、需給ギャップがマイナスかというデフレを示唆する異例の環境でコロナが発生し、量的緩和というこれまた異例の手を打った。そしてウクライナ戦争が追い打ちをかけたのです。食、住、移動という生活の基本に関わる部分でCUFの増分の影響を甘く見てたFRBが、どうフィリップス曲線の形状の前提を変えるかという数学的な問題です。これは現状のデータからは解けません(FOMCメンバーも恐らくそれがコンセンサス)。あと2回(11、12月)の会合の決定を見てわかるというのがぎりぎりの感じでしょう。

一方で、日本のフィリップス曲線です(数字は暦年)。この論文からお借りしたものです。本文をダウンロード [PDF:1.0MB] (英語)

色は赤が1980年代、緑が1990年代、青が2000年代、黄が2010年代で、2000年以降は「フラット化」しています。これは非正規雇用の割合が増え始めた時期と重なります。

論文は以下の4つをフラット化の原因としています。

  1. 非正規労働者の正規労働者に対する相対的な生産性の向上
  2. 労働組合の弱体化
  3. 非正規労働者の供給の増加
  4. 非正規労働者の供給の賃金弾性率の増加

 

フラット化は「失業率が減っても賃金を上げなくて良い」という意味で、しかも非正規の方が生産性は高く雇用側に都合がよいわけです。その結果、「ロスジェネ世代未満の得べかりし収入」が「企業の内部留保」に転嫁しました。現在40~52才で国を牽引するその世代が夢と活力を若くして削がれたわけです。そしてその上である53才以上の世代が「働かないおじさん」化して大企業の競争力を劣化させ、さらにその上の「昭和爺い世代」が組織の影響力あるポストに恋々と居座って忖度させている。これが日本国を亡ぼすというのが僕が10年かけて書いてきたブログを貫く主張です。

冒頭に帰りましょう。

なぜ米国FRBは動いたのか、なぜ日銀だけ動かないのか?

CUFは米国では金融政策に劇薬のように効いたが、日本では「糠(ぬか)に釘」であり「暖簾(のれん)に腕押し」なんです。ゼロ金利でも大企業が借金しない、設備投資しない。日銀はFRBのようにインフレファイティングするわけにいかず、量的緩和を続ける。それしか手がないからです。なぜ?国を牽引する世代が夢と活力を削がれたからなのです。90年代にデフレの病に侵されなかった米国経済も、瀬戸際まで追い込まれていましたが、まだ劇薬が効くだけの健康体を保っている。日本経済は、80年代まであれほど強かったのに、90年代の失政が末代まで祟ってデフレが慢性化してしまったのです。この病は一度かかると癌のように勝手に進行します。それがアベノミクスという制癌剤を打ってもまだ治っていない、キッシーの「新しい資本主義」ではお話にもならないという恐るべきことを本稿は示しています。

ロスジェネ世代が就活した1992~2004年(グラフの緑色)は氷河期と言われましたが、まだフィリップス曲線は右肩下がりで企業側に打つ手はあった。しかし、経営者も政治家もそれを怠り、米国の日本金融機関潰しに屈し、米国の撒いたエサである「イノベーションより合理化」路線に走り、馬鹿正直に固定費を下げて労働生産性を保ち若者を犠牲にする愚策に邁進しました。カルロス・ゴーンはこの流れでやってきたのです。価値創造は能力を要するがコストカット、リスク回避は馬鹿でも出来ます。大企業幹部はその系統の人種が優勢になり、創造派は概ねパージされました。そしてそのリスクを取らない人種が、撒き散らす痛みへの「鎮痛薬」として提示された「非正規雇用の増員」という安易な道に逃げてしまった。これが実は麻薬だったんですね。夢と活力を削がれたらいくら若者でもリスクをとりません。借金も投資もしませんし、そっちについた方が出世できるのだからこぞって安易な道を選ぶようになります。そして彼らが主役の年齢になって、日本は国ごとそうなったのです。

しかし、これがロスジェネ世代の責任だと思ったらとんでもない。誤った方向に進む道をセットした「働かないおじさん世代」「昭和の爺い世代」は責任を取って早く第一線から身を引き、やがてその結実をよかれあしかれ背負っていかなくてはならない彼らに全権を委ねるのが筋であり、親の道というものでしょう。昭和の爺いである僕自身、彼らには頼らず迷惑もかけず、自分のやりたいことは自分で投資して稼いでやっていくつもりです。彼らにしてあげられるのは出資してあげることとアドヴァイスだけです(その為にソナーもSMCも作ったのです)。ところが世に目を向けると、爺いどもが跋扈して、辞めるどころか税金タカリ屋になって中ヌキに精を出し、裏技を磨いて私腹を肥やしているわけです。醜怪というしかない。正義の味方である検察は、秋霜烈日の誇りをもって徹底的に世の中の浄化を決行していただきたい。

結論です。以上がFRBと日銀の置かれた立場の違いなのです。米国が理想的な国家とは決して思いませんが、若者の夢と活力を食い物にジジイが生き残ろうというみっともないことだけはしない。現下の円安は、90年代の経営者と政治家の失敗のツケが20余年たって回ってきているのであり、「腰の入った日本売り」なのであり、まさしく国難なのです。この事態を引き起こした責任政党でありながら、分析して腰の入った手を打とうという議員がひとりとして出ないばかりか、統一教会関係ありませんとケツをまくって逃げることに懸命な自民党という政党は何なんだということです。これですから日本側は禁治産者状態で、見ても意味ありません。その大政翼賛会的なかわら版にすぎない新聞やテレビを見ても真実は報道されず、そんな情報で株や為替に手を出せば大損するだけです。米国側は書いたように、あと2回のFOMCではっきりスタンスが見えると思います。

 

 

Invest in Kishida(岸田に投資を)で円安に

2022 SEP 27 9:09:11 am by 東 賢太郎

ぜんぶをドルにしたので、資産は円ベースで35%ぐらい増えてます。これは半分が読み通り、半分が偶然というところでしょうか。相場っていうのはスポーツと同じで勝てば官軍なんですね、だから儲かった奴は何でも言える、そこで「読み通りなんて嘘つけ、どうせ後講釈だろう」なんて言われるんです。でも、その程度のことでさすがに全資産は行きませんよ、いくら僕でもね。べつに構わないんですが、読みってのは練習しないと当たらないんです。これもスポーツとおんなじなんですね。

円ドル相場は「米国の長期債利回りに対して政策金利(FFレート)をFRBがいつ、どこまで上げる?」で決まる。それは事実です。だから全員がそれを凝視して、日々一喜一憂しているわけですね。ご苦労様なことです。

僕はたくさん練習してるんで、「全員の一員になっても儲からない」「儲かっても100%偶然だ」ということを知ってます。つまりわからないわけで、わからないことに賭けるのはアホである。これがインテリジェンスなんですね。

では、どうするか?この問いを解くカギは「パウエルFRB議長も全員のひとりだ」ということです。これが大事。彼もわからないんです。彼を含め、全員がアホなことをやっている。だから、そこに勝機がある、こう考えるわけです。

ちなみに、株式投資は違うんですよ。買うのは生きている会社ですからね、株価は業績と金利で決まるんで、データを取ってきて、ラボラトリーで「分析」できるんです。その方法を知っている人がもし1%なら、勝率は高いですよね。

FFが3%で金利差から円ドル135円、ここまでは自信あり。だから読み通りが半分です。コロナとウクライナは未知の変数です。だから145円となると変数が効いたはずです。でもそれは説明できない。だから偶然が半分なんです。

変数が動いた理由。もしあるとすると、政治なんですね。円ドルだけ見てもわからないです。これ、ドルの独歩高だから。誰でも考える中間選挙。はい、それは間違いないでしょう。でも、それだけで10円は変動が大きすぎて気持ち悪い。

FFレートを上げればドル高で輸出停滞、よって景気後退、よってFF下げ、よって株高。これは国益に特にプラスでもマイナスでもない。資源も食料もある国だからです。ウクライナが長引けば武器輸出でマイナスは減殺されますしね。

ではチャイナはどうか。資源も食料も輸入だのみ。公共投資の失敗で地方財政はボロボロで内需は低下。ゼロコロナで人心は荒廃。米国債を売るか人民元建て決済するしかない。元安は輸出には結構だが世界経済減速予想で相殺される。

元ドルは介入限界点の7.2に接近中。10にでもなればパニックでしょう。元の基軸通貨化を阻止でき国益にもかなう。台湾有事は米も歓迎しないのでチャイナが弱って戦意が高揚しないことは万事において有難いのです。

とはいえコロナ・ウクライナ・ファクターは未知の変数であることに変わりはありません。まったくわかりません。150円ぐらいはあるかもしれない。落ち着きが良いのは僕のモデルでは135円、というのは変わってないのですが。

では日銀はどうか。今年3月末に526兆円の国債を保有する日銀の当座預金残高はほぼ同額(563兆円)です。それを減らすべく国債を売れば国の財政を圧迫、政策金利を上げれば当座預金の金利負担が増えて日銀の収支が悪化します。

つまり前者は国債の格付けを下げ、後者は日銀の格付けを下げ、両者とも国債価格を下げます。これはショートポジションを積んでいるヘッジファンドをもうけさせ、さらに日銀に敵対的なポジションが膨れ、このプロセスが増幅します。

日銀のB/S、P/Lがおかしくなって信用を失えば国債はおろか円が売られます。1992年に英国がショージ・ソロスに空売りを仕掛けられた「ポンド危機」みたいなことがあり得ます。あれは危機どころか元基軸通貨国・英国の国辱でした。

ソロスは英国がERM脱退(変動相場制への移行)した間隙を縫って攻撃したのです。日本にそんな隙はない。そう思われる人が大半でしょう。そんなことない。台湾有事があれば、あり得ますね。狙う奴は世界にいくらでもいます。

黒田日銀総裁がこのリスクをとることは、賭けてもいい、ありません。黒田はアベノミクスまだやってる、世界の中銀が利上げに転換した趨勢に逆行してる、円安放置の国賊だと批判するアホがたくさんいますが、こいつらわかってない。

国債の格付けは徴税力が担保で、税法、税率が変わらなければ景気の関数です。景気浮揚は日銀の仕事ではないんです。国益を守るために国債と円の価値を毀損させない。だから異次元緩和政策は当面は続ける。これは完璧な正論です。

景気浮揚こそは岸田総理の仕事、責任なんです。それが「新しい資本主義」として①人への投資②科学技術・イノベーションへの投資③スタートアップ投資④グリーン、デジタルへの投資、の4本柱と説明されました。たいへん結構ですね。

みんな投資なんだけど、誰がするんですかね。国かな?結構です。すると原資は?100兆円も国債出してるんですよ、増やせば国債価格はもっとヤバいですよね。えっ増税?一時はいいが経済停滞で税収は減ってカニバリになりますね。

そうか、投資は民間がするんだったっけ。なるほど、で、対象は?人、科学技術、グリーン、デジタル?で、予想投資収益率は?えっ、それはスタートアップする人が考える?イノベーションがあるから高い?ぜんぜんわかりませんね。

投資収益率が高いなら国が出てこなくても事業家が勝手にやります。それが出てこないから銀行の日銀当座預金に500兆もカネがブタ積みになってるんです。なぜか?儲かるアイデアがないからか、あっても成功しそうにないからです。

それでも国がやるぞっていうなら、このプランは堂々たる社会主義です。共産党がやってもいい。権力中枢にいる全能のエリートが国家計画経済を推進するわけですね。いいですね、でもそれで出てきたのがアベノマスクでしょ。

人、イノベーション、起業、GX、DXに投資ってね、ぜんぶ日本が世界に10周回遅れてるだけでしょ。なんとか人並みにするぞって、出来の悪い子の補習授業みたいなもんで、そんなの世界のどこでも投資っていわないんです。

投資ってのはリスクがあるんです。国家が税金を投じてやったから必ず成功できるなんてことはないんです。必ずできるのはタカリ屋の中抜きだけです。「資産所得倍増プラン」って、素人が株買って資産半減プランになったらどうするの?

総理、そんなんで「Invest in Kishida(岸田に投資を!)」言われてもですね、僕は1円も投資しませんわ。「Buy my Abenomics」はね、安倍総理だから株買ったし、もうかりましたよ。外人投資家もです、日本の評価を上げましたね。

皆さん、覚えてますか?経済音痴の民主党が政権取ったら日経平均は歴史的安値の7千円!ですよ。あのまんまの株価だったら、経済安全保障はおろか経団連企業も外資やハゲタカに買収されまくって国民生活が脅かされていたでしょう。

株が上がるというのは日本の値段が上がるということです。つまり国力増強したってことです。資源ない、食料ない、軍隊ない、覇気ない、自信ない、円も安くて金もない。近隣諸国からなめられまくります。侵略できそうってなりますね。

Abenomicsはインチキだ、失敗だって叩くけど、インチキで上がるほど株式市場は馬鹿じゃないんですよ。インチキだと思ってるビジネスのビの字も知らない左翼の学者が買ってもね、それだから儲からないって意味でとても賢いんです。

「Invest in Kishida!」は「I ♡ New York」のTシャツなみのセンスですね。広島カープの「ガツガツGUTS!」のがマシですね。べつに英語の必要ないでしょ、ソフトバンクホークスの「今年はやらんといかんばい」なんかどうですかね。

役人の言うがままの総理なんてのはそんなもんです。言ったことでいいねってのはカープファンだってだけでね、できもしない御託を4つも並べれば、ホントにこの人、中身は何もないんだなって思われるだけです。外人も見抜きます。

ご存じないようだが、市場ってのはゴルゴ13みたいに非情で冷酷なんですよ。スナイパーが一発です。言うだけ唇寒しで、InvestじゃなくSell Kishida!になるんで気をつけてください、第3の読めない円安要因になるんでね。

 

 

騙されてはいけない「パンとサーカスと嘘」

2022 SEP 25 10:10:42 am by 東 賢太郎

《「徒然草」 第七十三段》

世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆虚言(そらごと)なり。

(現代語訳)

世間で語り伝えていることは、真実はそんなにつまらないのであろうか、多くはみんな嘘である。

(評)

兼好法師の時代、嘘は娯楽であったようだ。現代においては、嘘は真実がつまらないからたれ流されるのではない。世界のメディアはグルであり、積極的な嘘(だまし)と消極的な嘘(隠蔽)を織り交ぜて、世界最高権力者に都合の良い世論形成(洗脳)を目論むからである。

 

〈新編「吾妻鏡」〉

かつあらはるるをもかへりみず、口にまかせて言ひ散らす。もれぬるものならばそらしらずしてまぎらはす。ものども、前(さき)の世の報いか、いと卑し。

(現代語訳)

すぐにばれる嘘をつきまくっておいて、ばれると素知らぬ顔で言い訳して紛らわす。こういう連中は、先祖の報いでもあるのか、まことに卑しい者どもである。

(評)

人の世は変わらぬものだ。現代においては、嘘の紛らわし方には「秘書にまかせていた」「事務所の引っ越しで資料を捨ててしまった」「卑しい心で50年経営していない」「それって犯罪ですよ、一緒にしないで」など各人各様の趣向が凝らされるのが一興ではある。なぜ「つきまくる」かというと、「嘘も百回言えば真実となる」からであろう。

 

《ユウェナリス「風刺詩集」 第10篇》

…iam pridem, ex quo suffragia nulli uendimus, effudit curas; nam qui dabat olim imperium, fasces, legiones, omnia, nunc se continet atque duas tantum res anxius optat,

(日本語訳)

…民衆は、(投票権を失って)票の売買ができなくなって以来、 国政に対する関心を失って久しい。 指揮権、懲罰権、ローマ軍団、 かつては全てを与えていたが、今や自らそれを止め、 ただ二つのものを不安げに求めているー すなわちパンとサーカスを…

(評)

パン(食料)とサーカス(見世物)は古来より国政に関心のない愚衆をつくり、喜ばせて反乱を起こさせない目的があったが、やがて世界に広がって五輪と呼ばれるようになる。21世紀の東京は折からの大規模な流行り病で、おののいた民衆が喜ばない五輪が開催された。すると、その無理が祟ったのであろうか、喜びと熱狂に紛れて隠蔽できるはずだった本来の目的が露見してしまい、贈収賄で逮捕者が続出する結果となった。これを令和の五輪疑獄と呼ぶ。

 

 

広島終戦(酷すぎる大瀬良と中崎の起用)

2022 SEP 23 23:23:17 pm by 東 賢太郎

首の皮一枚、絶体絶命の阪神戦。こいつらほんとにそう思ってたのかというばかりの酷い試合であった。

先発の大瀬良。

何だこのざまは。絶対に負けられない試合の初回に4点もとられるピッチャーをエースと呼ぶ国は世界のどこにもない。見るからに球が遅い。こんなの打たれるに決まってるだろ。でもエースと呼ばれてる?関係ねえそんなもの。全部ぶち壊した責任は重い。なんで遠藤で行かなかったの?わけわかんねえ。

6回の中崎。

佐藤テルに看板直撃の強烈なツーランを被弾。球場全員が唖然でアタマ真っ白。バッターは戦意喪失の衝撃。ただの2点じゃないよ。素人目にもそりゃそうだろの球威しかない。なんで2点差に追い上げてこの大事な所でこんなの出すの?引退試合だったのか?聞いてねえぞそんなの。なんで頭から松本いかないの?わけわかんねえ。

佐々岡。

外人なしの迫力ない戦力で同情もしとったけど、この起用はあまりに酷い。

「ザキが打たれると思って出してないので、期待してたので、それが結果的に打たれたのは出した僕が責任がある」

当たり前だろ、そんなもん。キミ正気か?打たれると思って出す監督がどこの国にいるんだ?いちいちどうでもいいこと言わなくっていいんだよ、結果だけが監督の責任なんだよ。キミに責任とってもらってもファンは浮かばれないんだよ。

 

阪神タイガース・糸井の引退試合に感動

2022 SEP 22 18:18:43 pm by 東 賢太郎

昨日の阪神・広島の最終戦は4-4の重苦しい同点で延長11回まで進んだ。双方が4位で並び、Aクラスに首の皮一枚。こういう追い込まれた事態で見る1点もやれないプレーは実に手に汗握る。

阪神の中継ぎ投手、ケラーと湯浅の速球。わかってても空振り。ああいうのはこういう場面でないと出ない。特に湯浅が坂倉をインローで見逃し三振にしたあれ。あのストレートをプロだ!と思わないなら金を払って見る価値はない。

その湯浅の低め速球をセンター前に快心のヒットを打った小園。第1打席のセンターへの本塁打よりこのヒットを評価する。8番だが一番打ちそうな雰囲気があったのは小園である。守備も含め、本当に素晴らしい選手を採ってくれた!

一打サヨナラの一死一二塁で佐藤、梅野をストレートで連続三振に取った松本の度胸!新人でこれは驚異。制球が乱れず145キロしか出ないのに高めで空振りが取れる!カープの中継ぎで最も成長したのは松本と矢崎である。

素人の試合で後半にこんな球の速いピッチャーが出てくることはない。ストライクゾーンで速くて打てないピッチャーは打ちようがない。シーズン中はこんな球はめったに見れないからもうけものだ。

ひとりだけ、あんまり制球が良くなかった岩貞。今年は彼も球速が増しているが、11回、小園のうまいバントで暴投、四球で満塁。打てる気配なかった上本に三遊間。するとつるべ打ちの3連打であっという間に6点。

嬉しいというより「野球は怖い」と鳥肌が立った。

カープは残り4試合全部勝って巨人が3つ負けてくれれば3位となった。

もうひとつある。

5回の先頭で代打で登場した糸井だ。これが引退試合。森下は3-2とし、外角高め速球は見逃せばボールだったが、これを見事とらえて三遊間を抜いた。変化球がありえたろうが、特に手を抜いた球とは見えなかった。

よく打った。これは絶頂期だったオリックス・平野が本気で投げた低めを右中間ツーベースにしたロッテ・サブローの引退打席に匹敵する。鍛えぬいたプロは凄い。こんな打者でも辞めなきゃならないプロも凄い。

糸井はピッチャーで近大から日ハムに入る。2年で打者転向といわれるが、引退スピーチから投手クビだったことがわかる。悔しくてバットを振りまくってここまで来たと。それでこのいい性格、素晴らしくスケールのデカい男だ。

糸井に驚いたのは打撃ではない。守備と肩だ。足も速いと思ったらなんと300盗塁もしているとは。野球選手はやっぱり攻走守だ。全部できてナンボ。大谷もそうだが日本で最高位は間違いなく糸井である。

宇宙人扱いされておりスピーチは心配したが、これがまた立派である。うまいというより地が出ていて心が見える。作り物でない。作り物のこれまたフェイクみたいな、巷に満ち溢れる政治家どものくそスピーチに汚染された耳が洗われた。

糸井選手、プレーヤーとしても男としても超一流だ。最高の野球をありがとう!

 

パターソン氏とスヴィーテン男爵

2022 SEP 19 18:18:01 pm by 東 賢太郎

バロック・オペラを教えてくれたのは前稿で書いたD.P.さんでした。彼は現在はニュートン・インベストメントとなっているリード・ステンハウスという運用会社の主任ファンド・マネージャーでした。この業界、オックスブリッジ卒は普通ですが、氏はなにせケンブリッジ大学でアイザック・ニュートン以来という二学部首席卒業でただならぬ雰囲気の方。強豪並みいる我が先輩方も対応に難儀していたアカウントで、ちょうど担当替えの時にロンドン赴任して2年目でまだ未知数の僕に「やってみろ」と担当が回ってきたのです。ここに通用すればお前を一軍ベンチに入れてやろうという部内の雰囲気でありました。

チャンスと思い、勇んで訪問しましたがけんもほろろ。話がつまらなかったんでしょう、30分のアポは5分で打ち切られてバイバイ。相手にもされませんでした。これがプロの世界というものなんです。それでも毎朝電話して懸命に食らいついたので、あるとき、ソニー、TDK株の小口の買い注文をいただきました。お試しですね。ところが何ということか、その執行で大チョンボをしてしまうのです。すぐに先輩同伴で頭を下げに行きますが、「あんなに西洋人が怒ったのは見たことないよ」と先輩が匙を投げるぐらい激怒されており、即刻、出入り禁止が通告されます。部内では「お前なあ」となり、こっちも即刻二軍落ち(大事なアカウントの担当をもらえない)となったのです。

それでもそこの担当は外されなかったので、毎朝の電話は何があろうとやるぞと決心しました。半年ほどして、毎朝その電話をとってくれる秘書の女性が同情して何か言ってくれたんでしょう、10分だけ会ってくれるようになり、懸命に投資情報サービスをしていると、半年ぐらいしてやっとKenと呼んでくれるようになります(英国人は会って5秒でKenになる米国人とは違うのです)。よく覚えてませんが、そのあたりでクラシックが好きだという話をしたのだと思います。そこから何があったわけでもないのですが、ある日、夫婦で食事をしようと誘われ、一気にうちとけ、ついに大きな商売をいただけるようになったのです。

日本の企業経営は文化が反映していると話していると、訪日経験がないのでピンと来ないといわれました。日本株責任者がそれはいかんでしょうと、すぐに本社に頼んでトリップをアレンジし、東京、大阪、京都の企業訪問に随行したのです。こんな方と1週間も2人だけで旅行できたというのはいま思えば財産です。投資とは何か、リスクリターンとは何か、企業の何を見るのか、何を質問するのか、どう分析するのか、大英帝国保守本流の、そのまた本丸である “ザ・シティ” の目線で東インド会社の歴史からじっくり説き起こして教えていただきました。目から鱗でした。それで僕は考え方だけは少なくとも投資のプロフェッショナルとなったはずであり、これで食っていけると盤石の自信もできたのです。

彼は投資哲学のベースとして政治、歴史、哲学、美術、文学、科学に博識なレオナルド・ダ・ヴィンチのような方であり、日本文化も事前に勉強されていて京都を堪能されました。そこで「松下とフィリップがどう違うかわかったよ」とぽつりと言われたのが非常に印象的です。これをまさしくインテリジェンスというのですね。何を見てそう思われたかは聞くのも野暮なので遠慮しました。寺社仏閣や日本史の知識だけ覚えて帰っても単なる雑学で何も役には立たないんですね。D.P.さん、すなわちデビッド・パターソン氏とはこんな深いつきあいがあったからとても影響を受けており、彼もそう共感していたと思います。僕が後にフランクフルトで「社長になったよ」とロンドンに電話すると、他人事と思えなかったのでしょう、それでここに書いた事件が起きたわけです。

我が家の引っ越しヒストリー(2)

 

これがフランクフルト空港まで抱えてきてくださったGroveのオペラ辞典です。重かったでしょう。

氏の音楽の造詣は底なしでしたが、それは単なる音楽だけではないんです。科学も美学も歴史も哲学も複合したリベラルアーツですね、ギリシャ・ローマ時代の「自由7科」(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)に起源のある文化人の教養、それも干からびた知識でなく、人間を啓蒙し、良い意味で宗教や絶対権力の束縛から解放するための「自由人にふさわしい学芸」、「より良く生きるための力」ですね、ここにちゃんと音楽が入っている。そういう感じでの「音楽」なんです。当時は浅学でそれに気づきませんでしたが、あとで年齢を重ねるとだんだんわかってきて、氏から教わったものこそ僕が人生をかけて追及するものだと悟りました。

バロック・オペラというと英国ではまずヘンデルなんです。もちろんJ.S.バッハも敬意は払われてますが、息子でロンドンに住み着いて、モーツァルト坊やの才能を見抜いて可愛がったヨハン・クリスティアン・バッハも人気なんです。彼はハイドンより3才年下で、ロンドンで「ヘンデルの後継者」の地位にありました。もしJ.C.バッハが47才で急逝しなければ、モーツァルトがロンドン行きを父に打診した1786年にまだ51才の彼は、年上のハイドンでなく坊やを呼んだでしょうね。そして英語版の「フィガロ」が大流行し3代目のドイツ人マエストロになった。彼自身もそう望んでいたと思います(英語を勉強し、ヘンデルの伝記まで蔵書にありましたからね)。僕の「さよならモーツァルト君」はそういう事実があって思いついたものです。

ヘンデルは国民的人気ですが、ハレルヤで国王まで起立する。ノリントン指揮のメサイアで僕もしました。氏が教えてくれた『リナルド』(Rinaldo)は好きなオペラの一つで、筋書きは「後宮からの誘拐」と「魔笛」を足して二で割ったようなものです。ヘンデルを研究したモーツァルトが知らなかったはずはなく、リブレットに影響があったかもしれません。最晩年のベートーベンはヘンデルに傾倒して楽譜を取り寄せましたが、ロンドンから委嘱された第九の終楽章をオラトリオ形式にしたのも関係あると考えるのは自然でしょう。日本ではヘンデルの真価が100%知られてはいないように思います。音楽の父はJ.S.バッハで、ヘンデルは対比して音楽の母なんてどこかに書いてありました。あまりに稚拙で日本の恥なので氏には言えなかったですね、やめたほうがいいですね。

ここで特筆したいのは第二幕のアルミレーナのアリア「私を泣かせてください」(Lascia ch’io pianga)です。クラシック好きで知らない人はない超有名曲ですが、この美しさ、気高さったら只者ではない。教科書によくある「このソプラノの旋律に和声をつけよ」なら、ヘンデルと同じものをつけるのはそう難しくないと思ってしまいます。というのは、響きの良い部屋で歌えばわかると思いますが、メロディーの倍音から美しい和声がいとも自然に紡ぎだされて耳に聞こえてくる感じなんです。まったく作為なく独創的で、素晴らしいメロディー。和声も含めてこれ全体をゼロから発想すること自体、ヘンデルの才能、凄すぎますね。

この歌を楽器でなぞることは何ら難しくないでしょう。ところが、歌となると、どうもそうではない。意地悪になる気はないのですが、youtubeに数ある歌で気に入るのはごくごく少数なのです。ほとんどはどこがだめかというと5小節目の so (ミーファソ)の「ソ」。そして9小節目のe cheの「ファ」です。ほとんどがこの2音のクオリティが悪く、僕はそこから先はもう聴く気がしません。ヴィヴラートをかけすぎ、「ソ」が微妙に音程ハズレ、バロックらしい軽さでポンと決まらない、決まってはいるが決めようと頑張って余分な力が入っている、そして、「ファ」の6度跳躍がずり上げになる、ロマン派風に歌い上げる、等々。なぜだめか。コンサートピースとして歌っている人が多いせいもありましょうが、僕の趣味ですとバロックの様式にあわないから白けてしまうのもありますし、何より、「倍音」と書きましたが、ピッチが悪いとこっちのピュアな和声感覚の根本が揺らいでしまうので気持ち悪くて話にならないんです。

だからかどうか、ヘ長調をホ長調、変ホ長調、ニ長調に下げる人が多いですね。このジャンルで評価しているサンドリーヌ・ピオーでもホ長調なのに「ソ」がいまいちだ(難しいんですね)。チェチーリア・バルトリもホ長調、悪くないですが個人的に声質がこの曲にはどうも。中には堂々たる4度下げのバーバラ・ストレイザンドのハ長調もあります。サウンド・オブ・ミュージックは大好きなのですが、こうなるともう別な曲ですね。ただ上記の2音は、ここまで下げれば、うまくクリアできてます。要はヘ長調でこう歌えるかということです。

モンセラート・カバリェはヘ長調で2音をクリアしておりさすがです。「ソ」はピアノと完璧に溶け込み、もはや見事というしかありませんし、原調を守りピッチを汚さないためのこのテンポなら技術と見識の高さに敬意を表すばかりです。ただ、これは僕の趣味ですが、このテンポで音をレガートで繋げるとバロックの様式感がどうか。これは大歌手カバリェの芸風ですからあれこれ言う問題ではありませんが、ここでは僕は採りません。

スェーデンのトゥヴァ・セミングセンはうまいですね。ホ長調ですが80点はつけられます。

フランスの第一人者、パトリシア・プティボンはかなり良い(ホ長調)。評判なりの実力ですね、90点。

ということで、僕のベストは次のものになります。ほぼ満点。ハンガリーのイングリット・ケルテシです。NAXOSを廉価盤と言ってはもはや申しわけないですが、この手のアルバムはyoutubeでもないと僕はまず聴く機会がありません。というわけでケルテシの名は初めてききました。しかしNAXOSでもこの歌手がアルバムの表に名前がクレジットもされないことを見るにつけ、愕然というか、背筋が寒くなるばかりです。世界のクラシック界は危機的状況に陥りつつあると危惧せざるをえません。本物を売り出さない限り聴衆も育ちません。歌唱について素人の僕が言うべきことはありませんが、いつまでも聴いていたい声とはこのことです。ヘ長調でありながら声質、2音の音程、音楽性ともyoutubeにある中で最高。唯一、5小節目の so (ミーファソ)が3連符になってますが(オケ部分も)、何かを譲歩しないと難しいならテンポよりこれでしょう。それを割り引いても1位。皆さん是非、ご自分の耳でお確かめください。

このアリア、アルミレーナが魔法使いに誘拐されて過酷な運命を悲嘆する場面ですが長調です。ここをあれっと思うことがバロックオペラの第一歩でしょう。ちなみにモーツァルトは魔笛で悲嘆したパミーナに Ach, ich fühl’s をト短調で歌わせてますね。短調なんです。どっちも同じほどの悲嘆の歌なんです。モーツァルトはよくわかってない人たちにロココの作曲家と言われますが、そのレッテルはヘンデルの音楽の母なみです。

彼はこのアリアで、フィガロにもドン・ジョヴァンニにもコシ・ファン・トゥッテにもない、息を押し殺すような繊細な心のひだをロマン派を予言する和声にのせ、バロック世界にはない驚くべき緻密な感情表現を描写するに至っているわけですが、そのきっかけはウィーンに移住してから公私にわたり面倒を見てくれたゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵の私的スクールにどっぷりとつかったことです。外交官として教養ある偉大なアマチュア音楽家でありキュレーターでもあった男爵の膨大なプライベート・ライブラリーでモーツァルトはバッハ、ヘンデルの楽譜を見て驚愕し、ギャラント様式だけで書いていた自分を根源から見直すのです。ウィーン時代の名作の山はそこから生まれたアマルガム(合金)であります。

僕にとって、かつてそういう人があったかというと、デビッド・パターソン氏をおいてありません。だから、神様が引きあわせてくれたスヴィーテンだったと思っております。今もって感謝するしかありません。

Lascia ch’io piangaを聴くと、いつもドン・ジョヴァンニの「薬屋の歌」を思い出すんですがいかがでしょうか。悲嘆の歌がエッチなほうに行ってしまったのなら、それもモーツァルトらしいのですがね。

音楽の良い聴き手になるのに学習はいらない

2022 SEP 16 18:18:24 pm by 東 賢太郎

先だってkinoko様に「東さんは独学でどのように音楽や楽譜を学ばれたのですか」と質問をいただきました。ありがたいご質問と思いました。思えば同じことを学生時代に友人にきかれ、米国で家に来た学友たちにきかれ、ロンドンでお招きした英国人ご夫妻にきかれ、豊洲シビックセンターでもきかれましたが、僕は誰に頼まれたわけでもなく、一文のお金にもならないことを時間をかけてやってる物好きな好事家にすぎません。

音楽も楽譜も、学んだことも重視したこともないのです。独学という言葉には「学」の文字があるのでお勉強っぽいのですが、英語だと self-taught で自分で自分に教えるということです。先生が自分という素人だから素人以上にはなりません。僕は野球もゴルフも勉強も、プロである仕事以外はぜんぶそれですというお答えにどうしてもなってしまいます。

そこで、いつもそうしてますが、「とにかく曲をたくさん聴いて耳コピしてしまっただけです」と返信させていただきました。その努力はしましたし、それ以外にここまでのめり込んだ理由も見当たらないからです。誰でもその気になればできますので、もう少し丁寧にご説明しておこうと思います。音楽を「聴く」とは何か、「耳コピ」とは何かということをです。

音楽をきいて楽しむのに学習はいりません。なぜなら楽しめるように音楽は書かれているからです。退屈して寝てしまった人は決して自分が悪いとは言いませんね。「退屈な曲だ」というんです。皆がそういえば評判が悪くなって作曲家は仕事が来ません。だからあの手この手で仕掛けをします。演奏会で第九の第三楽章で居眠りしてる人は結構いますが、家路につくほとんどの人は「感動」してます。だから第九は人気なんです。ベートーベンがうまかったということですね。

ハイドンは「驚愕」の第二楽章でどかんとやります。寝てる人をおこすため。あそこで寝るならば、第九の第三楽章までおきてるのは奇跡ですね。ハイドンの技を学んでいるベートーベンは、普通はゆっくりの第二楽章でいきなりばーんとやり、次のアダージョでまた寝られても終楽章の出鼻で今度は強烈な不協和音をばーんとやる。さすがに会場の全員がびっくりして目が覚めます。そこから歌が入って、気がつくと壮麗な神殿にいるようで、何やらわからないまんま、あれよあれよで「ブラボー!!」が飛ぶのです。

初めて第九に連れていかれた人はそんな感じでしょう(僕もそうでした)。感動したのでレコードを買いましたが、でも、やっぱり第三楽章まではつまらないんですね。終楽章だけ聞くのも変だし、しかも当時はLPですから第三楽章の途中で面がかわるんです。レコードをひっくり返さなくちゃいけない。幻想交響曲もそうでしたが、それでだんだん疎遠になってしまいました。

モーツァルトはもっとだめなんです。だってどかんもばーんもありません、最初の楽章から寝てました。ロックから移住してきたからでしょう、僕にとっていちばん退屈な作曲家はモーツァルトだったんです。レコード棚に初めて加わったのは大学に入ってからでフリッチャイ指揮の交響曲でしたね、それも廉価版で安く、生協で割引になるからという理由でした。

その頃、僕がクラシック初心者だったかというと、そうではないんです。もう5、6年は真剣に聴いていて、ストヴィンスキー、バルトークの主要曲は何度も聴いて覚えてました。春の祭典のことは何度も書きましたが、火の鳥もアンセルメ盤が頭に擦りこまれていて、寝ても覚めても全曲演奏が鳴ってました。プログレッシブ・ロックみたいで違和感がなかったのです。

そんな僕が豊洲シビックセンターで300人のクラシック愛好家のかたにモーツァルトの素晴らしさを語るなんて天変地異なんです。だから「あれから学習してモーツァルトに目覚めたんです」と言えれば楽で格好もいいわけです。しかし困ったことにそうではないんですね。知らないうちに魔笛もフィガロもレクイエムも覚えていて、知らないうちに口笛で出るようになっていた、それだけなんです。

曲を覚えている方はたくさんおられます。ただそれは聞けば曲名がわかることなのか「耳コピ」なのかは違います。ここで「耳でコピーする」それのご説明が必要になるでしょう。譜面なしに歌や楽器で再現できることを言いますが、僕は中学生の時にギターを買ってもらい、ベンチャーズやビートルズをまねた時期があります。楽譜はないですからまねするには「耳をかっぽじって」きくわけです。すると3分ぐらいの曲が耳に焼きついて、頭の中で「リプレー」(再現)できるようになります。

だんだんそれが習慣になって、クラシックでも耳がそういう風に勝手に動くようになりました。そこで大きな経験がやってきます。後に留学して、カーチス音楽院の大ホールで、セルジュ・チェリビダッケのオケ・リハーサルを、ガランとした客席に一人だけの状態で見せてもらったことです。これを説明するにはその時のムードを書かなくてはなりません。ピンと張りつめた空気の中をマエストロは舞台左手から悠然と歩いてきて、客席の前の方にひとりポツンといた僕に気がつきました。指揮台からにらまれ、何か言われそうになり凍りつきましたが、ほどなく彼は無言のままオケの方を向きました。

オケの第1Vnには畏友の古沢巌さんがいて(彼の手引きで、学校に懇願して、そこに立ち入らせてもらったのです)安堵の目を合わせようとしましたが彼の方がそれどころではありません。舞台ではみな顔がこわばっていて、細心に細心を重ねた注意を払ってドビッシーの音を要求されてゆく。それがまた凄くいい音なんです。こうやって作った音楽は、受け取る側もそうやって聴かないといけないものなのだと感じ入りました。耳コピ当たり前ぐらいの集中力とテンションで聴いて初めてあの美はわかるんです。これからもそうしようとなって今に至っております。

「そんな疲れることはしたくない、音楽はリラックスして楽しむものだ」という方はもちろんそれでいいと思います。どなたにとってもそれが音楽をきく目的というものでしょう。ただ、「耳コピ」すると別な演奏に接して比較する楽しみが出てくるという効用はあります。聴き方が critical(批評的)になるので、違いを「言語化」できるようになるんですね。演奏会が終わって「感動しました」で結構なんですが、人間の感覚的な記憶は定着しにくいそうでその感動がどういうものだったかはやがて忘れてしまうでしょう。

ところが言語化できていると(日記にでも書き残せば特にですが)それを何年たっても覚えていて、そのメモリーが蓄積し、増幅していくのです。やればすぐわかります。これはソムリエが「ワインの味の覚え方」でいってることと同じです、彼らは飲んだワインの味、ブケ、アロマという感覚的なものを干し草の香りとか、猫のおしっことか「言語」で覚えているのです。その蓄積がないと知らないワインを評価する基準ができず、ソムリエ試験に合格できないそうです。音楽でもそれは有効だと思います。

「耳コピ」ができるようになる方法は「耳をかっぽじって聴くこと」に尽きます。それでどなたでも出来ます。1音たりとも聴き逃さない気持ちをもって、心の録音(REC)ボタンを押してから聴くのです。これを何回かやれば、覚えます。皆さん受験勉強をしたわけですから間違いありません。音質は良いに越したことはありません。さっき、娘にマ・メール・ロワをRECモードで聴きなさいと僕のヘッドホンを与えました。「人類最高の精巧な美を味わうんだよ、安物じゃダメでしょ」と言って。これで彼女は宝石を一つ得るはずです。

では楽譜は我々にどう関わるのか、はたして聞くだけの人に必要なのだろうか。クラシックのような複雑な音楽になると耳だけでは見当もつかない部分がたくさんあります。ここで、楽譜が登場するのは僕の性格からかもしれないのですが、未知の病原体を顕微鏡でのぞく科学者の気分になってくるのです。ですからこれは趣味の世界であって必要とは思いません。曲が頭に入っておれば、どなたでも十分にソムリエになれますし、外国へ出ても、ご自分の意見を堂々と語ってリスペクトされますから何の不足もないと思います。

英国時代のお客様で演奏会、オペラをよくご一緒した方にD.P.さんがおられます。僕が最も尊敬する英国人です。ケンブリッジ大の首席で、博覧強記のインテリですが彼の音楽の聴き方はとても趣味が合いました。年上なのでクレンペラーをリアルタイムで聴いていて高く買っておられましたが、理由は「楽譜の奥に隠された secret のありかを知っているただ一人の指揮者」というのです。それは何かときくとcommon senseだと。常識ではなく、彼の意味は文字通り「作曲家と同じ(共通の)センスがある」ということでした。

クラシック音楽は欧州生まれです。それを欧州人の感覚(センス)でないとと言われると日本人は困りますが、彼は「ミツコ・ウチダのモーツァルトは西洋人の誰よりいい」ともいうのです(内田さんは英国人ですが彼には日本人なんです)。英語は忘れましたが、たしか、「昨今は技術がパーフェクトな演奏家は多くいるが、Perfectionism sounds vacant. (センスに欠ける完全主義は空疎である)」ともおっしゃいました。common sense が大事なことは同感です。だから演奏家は何国人でも構いませんがそれを探求する意欲が大事で、こればかりは現地に行かないとどうにもなりません。そういう日本語のツアーがあればお薦めですし、どなたか識者と一緒に回られるのでもいいのではないでしょうか。

僕の場合、12年も住みましたからD.P.さんの意図が何となくわかって有難いのですが、住んだといってもモーツァルトの時代ではないわけですからそれだけでは意味はありません。東京に12年住んでも江戸時代がわかるわけではないのです。そのためには、江戸時代はどんな光景だったのだろう、江戸の町人はどんなふるまいをしていたのだろうと好奇心をたぎらせ、良いサンプルである浮世絵とそれが描かれた現在地を比べて回ってみようぐらいの探求心は必要です。そうやって北斎や広重の絵の流儀を知り、時代背景を知り、観るものの心を鷲摑みにしてきたsecret のありかを悟ることができると思います。

楽譜の話に戻りますと、僕にとってハイドンやモーツァルトの楽譜は、ウィーンを知るための浮世絵のようなものでありました。その音を頭でリプレーしながらウィーンの音楽史跡をくたくたになるまで探索し、そこで時間を過ごし、すでに僕は僕なりの「ウィーンの原像」を心に持っています。確信をこめていいますが、モーツァルトを演奏する人はラウエンシュタインガッセ8番地ぐらいは行ってもらわないと困るんですね。墓地やフィガロハウスじゃないんです、あそこで彼は旅立った、そのずっしりとした悲しい重みをどう自分の中で消化したか、そういうものが演奏に出てしまうのがモーツァルトの音楽なんです。球を転がすような真珠のタッチで弾いたモーツァルトはきれいですが vacant です。

国立歌劇場でパルシファルやこうもり、アン・デア・ウィーン劇場でメリー・ウイドウを聴いたり、ムジークフェラインでニューイヤーコンサートを聴いたり、ウィーンではいろんな機会に恵まれてオペラ、演奏会をたくさん堪能させてもらいましたが、それとこれとは別個のものです。所詮は現代のシチュエーションでの鑑賞ですからね、それを何百聞いてもハイドン、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ブルックナー、ブラームス、マーラーの時代とは関係ありません。極論すれば、ウィーンで一度も音楽をきいたことがなくとも、好奇心、探求心さえあれば「ウィーンの原像」を心に持つことは可能と思います。

パリでも真夏に丸一日歩き回ったことがあります。メシアンのトリニティ教会、ロッシーニのカフェ、モーツァルト(22才)とショパンの住んだホテル、リストのエラール屋敷、旧オペラ座跡、オッフェンバックが「ホフマン物語」を書いて亡くなった家、リュリの館、大クープランの終の家、モーツァルトがパリ交響曲を初演してアイスクリームを食べたパレ・ロワイヤル、そして彼のお母さんの葬儀をしたサン=トゥスタッシュ教会。現在のオペラ座の近く(1区)ですが、こんなに重たいものが至近距離にごった返してるんですね。漂うのはいまのパリの空気ではない。こういう足で歩いたものは劇場でホフマンを1度聴くよりパリの原像を理解する助けになっています。

楽譜は江戸なら浮世絵と書きましたが、絵描きでない我々が技法のことをあれこれ知る必要はぜんぜんないでしょう。僕は純然たる好奇心から対位法、和声法、管弦楽法の教科書を買って読みましたが、それでグレードの高い聴き手になったという感じはまったくしません。聴き手としては単なるアカデミズムで、耳コピできる方が10倍もご利益がありますからそちらに傾注された方が見返りはずっと大です。ただ、ピアノが弾ける方は二手リダクション版で新世界や未完成を弾いてみるのは一興です。ブルックナーとなると難しいですが好きな方ならしびれることはお墨付きです(petrucciで検索すれば無料で手に入りますよ)。これができるようになったのはビートルズの耳コピの副産物です。ギターが弾けたからです。なんでも結構なので楽器をやることは良い聴き手になる一助だと思います。

 

 

ヘンデル『主は言われた』を亡き女王陛下に

2022 SEP 12 13:13:04 pm by 東 賢太郎

エリザベス女王というと、僕にとっては物心ついた時から女王であり、英国に赴任した時には58才だった。charming だと親しまれ、ビートルズが揶揄してもジョークで返したりのウィットが素敵だった。近くで拝見したことはないが、しかし公式行事での存在感は圧倒的で、英国民の多くは女王が国家の代表であることに納得どころか、誇りを持っていると感じたものだ。

訃報が出ると虹がかかってしまうなんて、どっかの国なら真っ先にヤラセを疑う出来すぎだが、どうやら本物のようだ。天がかけてくれてもむべなるかなというだけの神々しい方だった。その治世下で6年間を過ごさせていただいた者として、深い悲しみを覚える。

我々は皇室があるおかげでそうした風景を見ても自然と思うが、米国や露西亜や中国の国民は必ずしもそうではないだろう。日英では行政官の長に過ぎない大統領や首相が国家元首であるという国々においては、各国の事情の違いはあろうが、選挙で彼らに投票はしても誇りまで感じる人は多数派でないと思う。しかも現状の米国のように僅差で敗れた候補のシンパが半数近いという国で元首に誇りを持てといっても不可能であろう。

当時はロンドン市内で北アイルランド(IRA)の爆弾テロ事件が何度かあったが、国論が真っ二つに割れてのテロや暴動に至ることはなかった。我々駐在員は移民ではないが外国人ではある。政権与党がどうあれその扱いが extreme には振れないだろうという信頼が英国にあったのは、女王のような振れない方が頂点におられ、その人格まで国民に知れて敬愛され、与野党がいくら政争に明け暮れようと、どちらの議員も女王陛下は慕っているという絶妙なバランスがあったことによる。

君臨すれども統治せずとはこのことかと身をもって知った。それこそが安定感のある市民生活を保障してくれるのであり、政権が変われば何がおきるか知れない他の外国ではそこまでのものは感じられなかったように記憶している。おかげで家族が安全に楽しく暮らすことができ、個人的にも音楽会やオペラに通い、週末はゴルフに興じ、英国の政治哲学に関心を持つだけの心の余裕ができたことを感謝したい。そして皆様に知っていただきたいのは、そうした揺るぎなさは我が国にもしっかりとあるということだ。皇室の存在とは言葉にはならない不思議なものである。

女王は我が父より1才半ほどお若い96才だったが、ともに今年逝去ということになると個人的には何か大きなものが過ぎ去っていった観を禁じ得ない。短期間だが徴兵されて耳が片方聞こえなくなった父は息子の米国留学には複雑だろうと思ったが、意外にもそれはなく、英国赴任を知らせると背中を押してくれた。いったん帰国して2年後に辞令の出た独逸赴任は寂しそうではあったが、同盟軍としてということだったのだろう、近くの神社の拝殿でご祈祷をあげて赴任を祝ってくれた。そのお陰あってか独国でのビジネスは順調であり、英国とは別な意味で思い出深く、こちらは3年であったがずっしりと重みのある滞在となった。

英独というと、両大戦のみならず長きにわたる不倶戴天の敵同士である。だからというわけではないが、日本企業でその両国に辞令が出た者というと、当時グローバル展開の最先端を行った野村證券ですら僕が2人目だ。理由は言葉である。英米に留学して独語堪能の者はまずなく、独逸留学でないと管理職での赴任に必要な国家試験を通るのが困難だった(僕がこれで苦労したことは書いた)。だから留学の時点でその先の進路は英独のコースに別れてしまい、興銀にはドイッチェ・シューレがあった。独逸のトップは独逸留学者とならざるを得ない。ポリシーの問題というより人の問題だから、他社、他業界でも同じことで、ほとんどいないはずだ。まして両国で生まれた子供がいる日本人となると我が家を除くとゼロに近いのではないか。

だから僕は欧州の近代史を二分する国家である英国、独国どちらもインサイドに入って9年も観察できたという意味で、極めて稀なチャンスを頂いたことになる。哲学も思想も芸術も、両国民性に照らしてこそ腑に落ちたことがたくさんあり、あれほどの哲学者、科学者を生みながら独国で起きなかった市民革命の内在的エネルギーはどこに向かったのかなど、論文にしてみたいテーマは僕の中に幾つかある。独逸という国家がnation-state(民族国家)かというと、プロイセンとバイエルンからしてのっけから否である。ベートーベンをモーツァルトや R・シュトラウスと同じ独逸音楽と括ることは、一般の音楽愛好家ならともかく、物事を体系的に論じようという人にはナンセンスなのである。ただし独逸語話者として括るなら意味はあり、その言語で思考する人特有の精神風土とでも呼ぶべき共通項は認める。

こう書くことに価値感は一切持っていないことをお断りするが、エリザべス女王が独逸語話者であるというイメージは湧きにくい。もちろんお人柄を知るわけではないから印象に過ぎないし達者であられたろうとは思うが、どうも似合わない。露西亜、土耳古(トルコ)、埃及(エジプト)まで制圧を試みた仏語の破壊者ナポレオンに対抗し、ハプスブルグ復古のウィーン体制ができ、ビスマルクが現れ、ヒトラーが現れた強大かつ異形な独逸語話者圏。これを仏語圏と組んで潰しにかかったのが女王陛下の英語圏(英米)であったと見るのは、歴史解釈としてはやや乱暴ではあるが、我が体感としてはあまり違和感がない。単に微笑んでお手振りするだけではない、知性の高い強い国母であったということだ。

我が国においては日英同盟というものはあったが、露西亜との関係で何度も煮え湯を飲まされる。先の戦争に米国を引き入れて結果として日本に多大な厄災をもたらしたのは英国宰相チャーチルでもある。米国に対して僕は優等な教育を与えてくれた多大な感謝があるが、大戦でされたことの特定の意思決定者たちへの反感は消えず、米国国家への感情はというとやや複雑なものがある。しかし、英国に対してもそうであるべきなのに、自分の胸に聞けばそうなってはいない。これがなぜなのかは前述した6年住んでの体感からなのだろう。ということは、君臨すれども統治せずの王室の存在が大きかったことになるのだ。

日本に帰って22年、皇室について思うことはある。天皇が象徴(symbol)であるという文言は、王室を知らない米国人が書いたものであり、その者たちが King reigns, but does not govern. の reign(君臨)を非キリスト教徒の神道国で天皇制を温存するにあたり、認めるのをためらった気持ちは大いにわかる。それほど日本軍は強く、復活を恐れられる存在だったからだ。そんな杞憂は露と消えたいまになって、日本人やまして皇室がキリスト教に改宗するはずもない条件の下におけるsymbolの解釈はどうあれば国益にかなうのか、 酸鼻な史実を知っている僕を英国ファンにしてしまったエリザベス女王の君臨のありかたというものは学ぶものがあると愚考する次第である。

ささやかではあるが英独に関わった個人史の中で、女王様をお見送りする手は僕には音楽しかない。独逸音楽というわけにはいかないが、英国音楽での追悼はいくらもされるだろう。となると答えはひとつしかない。英独を股にかけた人物、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel)である。独逸人でありハノーファー選帝侯の宮廷楽長であった彼は英国に渡る。ハノーファーに帰る約束があったにもかかわらずそのままイギリスに住み着いてしまい、ジョージ・ハンデルになって大活躍するのである。ハノーファー選帝侯は後に英国王ジョージ1世として迎えられたが、君臨すれども統治せずは英語を話せず慣習も理解せず、政務を大臣に委ねた彼を英国流に半ば揶揄した言葉で、それが「議院内閣制」の始まりになってしまうのだから面白い。

ヘンデルはウェストミンスター寺院に眠っている。エリザベス女王の国葬は9月19日にここで行われる。

女王様には英国で娘二人を授かった御礼として、僕が愛聴するヘンデルの教会音楽『主は言われた』(Dixit Dominus)を捧げたい。後に作曲するオラトリオ「メサイア」の原型を思わせる名作で、歌詞はラテン語の詩篇、演奏は貴国のサー・ジョン・エリオット・ガーディナー指揮によるモンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツである。22才で書いたとは信じられない驚異的に素晴らしい音楽で、こんな俊英の独逸人を終世魅了した英国の偉大さを僕もまた愛してやまない。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

清少納言へのラブレター

2022 SEP 10 18:18:21 pm by 東 賢太郎

前の稿に書いたが、最近、「枕草子」を通読した。なぜそういう気になったかというと、安倍元総理の暗殺事件で、彼の「戦後七十年談話」を思い出したからだ。僕は愛する両親の生まれた国を当たり前に愛する日本人である。談話は至極共感したし、これを総理として公言するに相応の覚悟を決めたはずだと、彼の器の大きさを評価した。したことに是としないものもあるが、万能の人間はいない。そのような部分があることを針小棒大に批判し、自国を当たり前に愛する者を「右翼」と呼び、それはおかしいだろうとする発議を「陰謀論」と切り捨てることがまかり通るようになった情けない世相を僕は大いに危惧する。

この危惧は、しかし、2020年の米国大統領選の時にすでに発していたことは、この稿を先ほど読み返して確信した次第だ。

バイデンが隠しトランプが暴き出す秘密

僕は今もこの選挙は八百長と思っている。「ウソ」をついておいて、「これをウソだと言う奴はウソつきだ」にすり替える手法がある。➀証拠はない ➁隠滅の証拠もない ③よってウソつきは君である、という攻めの三段論法である。次いで、そのウソを「百回言えば真実となる」とすべくメディアがたれ流し、大衆に擦りこむ。バレそうになると「そういうことが行われた証拠はない」を➀として、再度論法を作動させ、洗脳済みの大衆に「君が言っているのは陰謀論である」と言わせるのである。これは商売ならマーケティング、政治ならプロパガンダと呼ばれる。

こうやって1年、2年と世界はだんだん目が慣れ、あのおじいちゃんを大統領と思うようになった。そして、いよいよ化けの皮が剥がれかかって替えもないままに中間選挙の11月が迫り来た。日増しにトランプが脅威に映り始め、だからFBIがフロリダの別荘にガサ入れしたりしているのだろう。以下はまったくの憶測だが、トランプは➀➁をつかんでいたが、裁判所までグルでトラップしようと狙っているのを知り手を引いたと思う。すると代わりに議会襲撃事件をでっちあげられ、作戦どおり「無法者」にされる。オズワルドが現れやすくなる。SNS封鎖などかわいいもの、この脅しは強烈だ。その半年後に安倍氏もなんやかんやで悪人仕立ての動きがあったが、辞任理由は身の安全だったんじゃないか。

内閣総理大臣経験者の襲撃による死亡は二・二六事件の高橋是清、斎藤実以来という重大事件であるのに、本件はwikipediaに早々に「安倍晋三銃撃事件」と「評価の固定化」がなされ(海外はすべてassassination、即ち「暗殺」である)いつの間にか統一教会問題にすり替わっている。「銃撃事件」は平成からこれまでに4件発生しているが、被害者が死亡した例はひとつもなく、軽微に見せる印象操作だろう。銃創、弾道、弾数の物理的矛盾の説明を奈良県警はしないが、そうではなくできないのだろう。まるで国を挙げて「早くなかったことにしたい」だ。これはいったい何なんだろう?裏で物凄いものが蠢いている思いに背筋が寒くなるばかりなのだが皆さんはいかがだろう。

経験しないとお分かりになりにくいかもしれないが、海外で10年以上も生活すると「美しい国、日本」が身に染みる。だから、僕は益々自由人にはなったけれども、同時にナショナリストにもなって帰ってきた。移民で国がない、自国を愛せない人をたくさん見て、日本人に生まれた幸せをかみしめたからだ。もう何年ぶりになるのかも忘れるほど以前に読んだ「枕草子」を読み返すことになったことは前稿に書いた。なぜそうしたかというと、古典の中でかつて最もストレートに心に刺さり、現代の日本人も変わらぬ千年前の美意識に感動した本であり、日本民族であることの誇りを感じさせてもらったからだ。それを守ってくれる政治家が日本国には絶対に必要だし、それを選ぶ有権者の我々が日本国の誇りを忘れてしまう体たらくでは国家の存続すら危ういと思った。それを僕自身が読んでもいないのでは、お話にもならないからである。

18世紀ごろの人口はロンドン80万、パリ50万に対して100万いた江戸は世界一の都市であったとされる。海外で僕はこれをアピールして日本の宣伝に努めたが、文化度は人口だけで決まるわけではないという気持も同時にあった。手前味噌の感じが払拭できなかったのである。しかし、江戸時代の800年も前から日本文化が世界に冠たるものであったことは、実にシンプルであって、「枕草子」と「源氏物語」を示せば Q.E.D.(証明終わり)なのだ。相手がインテリであるほど反論がない。 同時代の西洋や中国がどんな悲惨な状況であったか皆が知っているので、見事に納得されるからお試しになればいい。

それはそうなのだが、しかし、日本人の誇りというのはそんなに肩ひじ張ったものじゃない、もっと身近で、誰でもわかりやすいものなんじゃないかという気がしてきたのだ。それを教えてくれたのが「枕草子」だったというのだから話がちょっとややこしい。「これが千年前に書かれたんだ、どうだ凄い文明国だろう」も正しいことは正しいのだが、それは進化論という西洋の鋳型に当てはめた理屈である。「別に俺たちそんなの自慢する気もないよ、鋳型自体がどうでもいいからね、それよりね、悪いけどこれ、英語にならないんだ、日本語じゃないとね、千年前から俺たち同じ言葉を喋っていてね、そのまんま『いいね』ってわかり合えるんだ」。ナショナリストになったというのは、こういうことじゃないのか。

こういうものは「日本人の心の共有財産」だ。例えば食事を「いただきます」といって始め、「ごちそうさま」で終える。お辞儀をする。軽い会釈が無言の挨拶になる。家で靴を脱ぐ。元旦の「あけましておめでとう」で清新な気分になる。神社で手水舎で手と口を清め、拝殿で手を合わせると心が洗われた気分がする。こうした行為は作法として外国人にも英語で伝えることはできるが、気分までご指導はできない。ところが日本人なら子供でも当たり前のようにわかるのだ。そのどれもしない外国に住んで初めて、僕はそれが素晴らしいことだと気がついた。いつどうやって身についたんだろう?父祖が千年も大事にしてきたことだからといわれれば確かにそうなのだが、親にそうやって教わったわけでもない。思うに、それは「日本語」だろう。日本語を母国語として育てば「軽い会釈」のように自然と身についてしまうようなものではないか。

三保の松原が世界遺産の認定で、富士山を入れるが三保は除外するとなってひともめあった話があった。抗議するとドイツの代表団が絶賛してくれて通ったそうだ。あれで行きつけの鮨屋を思い出した。「ウチのことはお客さんが知ってるんで」で、ミシュランお断りである。この一言をきかせてあげたいと思ったからだ。なんでわけもわかってない西洋人の判定なんかを気にするんだろう。こうやって浮世絵は欧米に買い漁られてしまったのだ、馬鹿じゃないのと思う。それから三保の松原に行く機会があったが、別に広重を知らなくたって、あの美しさは日本人なら誰でもわかる。世界なんたら遺産に認定してもらわないと観光客が来ないという地元の発想はこれも日本的なるものの代表選手なのだが、清少納言さんなら「卑しきもの」に入れるだろう。金で買えるモンドセレクションとおんなじ感覚ならば鮨屋みたいに突っぱねたほうがよっぽど評価されるよっていうことで。

日本語を母国語として育ったからわかるものは、日本語のわからない外国人には理解できない。だから評価してもらう必要などさらさらない。

春は曙

この3文字で、さっき書いたすべての「父祖が千年も大事にしてきたこと」と同じものがぱっと閃かないだろうか?

西洋にギリシャ、ローマ、イスラムの文献というものはあるが、中世暗黒時代で文化は断絶しており、まして現代の基準でも秀逸なアートといえる次元で、感情の機微や息づかいまで肌に触れるが如く伝わる繊細な言語で「心」を伝えてくれる形式の文学というものがそもそもない。それが日本にあるというのは世界の奇跡のようなもので、これが世界無形文化財の筆頭でないならユネスコなんてものは存在価値すら疑うべきである。後述するが、それは天皇、朝廷の存在に依っている。皇室がいかにありがたいものかを思い知る。他国にそれはないのだから自明といえば自明で、この格差を書くこと自体が差別というかお気の毒であって、「卑しきもの」にされそうだからもうやめておこう。

僕に文学を論じる資格がないことはわかっている。恥ずかしながら、通して読んだのは今回が初めてで、しかも読んだのは現代語訳であるから読破したとはいえない。ただ、あたかも初めてドイツで「ニーベルングの指輪」を4晩かけて聴き通した際に感じたずっしりとした重みのようなものが今回の読後感にあり、僭越ではあるが、自分の座標軸の中で、自分の言語で位置づけてみたくなった。それには同書の訳者・校訂者である島内裕子氏からお知恵を拝借できたことが大きかった。さほどに氏が解説で主張されていることは新鮮だ。「枕草子」の時代は随筆という概念がないのだから《三大古典随筆》のひとつとするのではなく、「枕草子」と「徒然草」は『散文集』とした方が適切ではないか(「方丈記」は両者と異質なので)というものだ。広くアートとして俯瞰するなら、そうした括りは一般に技法、作法に準拠したもので(括る有意性があるかどうかは兎も角)、「古典」は言葉の定義自体が曖昧であるし、「三大」に主意があるなら音楽のドイツ三大Bと変わらず、そういうものと十二音技法を同じ知的空間で扱おうという者はいない。我が国の教育は、「枕草子」の名前は子供に暗記させて試験で点は取れるようにしても、価値を正当に評価して「読んでみたい」と思わせる本来の教育になってはいないのではないかと懸念するのだ。これをしていたら国はなくなってしまう。

では、氏のいう「散文集」とは何か。以下、同書解説から引用しておこう。

三十一文字の定型詩の集合である「和歌集」に対して、散文は書かれた内容によって、日記・紀行・物語・説話・軍記・評論など様々なジャンルがあり、一般に、ある作品はある一つのジャンルに分類されることによって、書棚であれ、心の中であれ、居場所を確保できる。それに対して「散文集」と聞いただけでは、輪郭さえも朧げで、内容のイメージが湧かないかもしれない。しかし、そのような文学常識から一旦離れ(中略)、「散文集」を「ひとりの人物が書き綴った、長短さまざまで、内容も多彩な、散文小品の集合体」と定義することによって、「散文集」こそが「和歌集」に対置可能な文学概念であり、文学全般を二分する、きわめて重要なスタイルであることが見えてくる。

素晴らしいと思うのは、氏の二分法が学会のセクト主義、すなわち業界人の伝統・しきたり・忖度・諂い・前例主義のごとき狭隘な視野から出た、読み手には一文の功徳もないポジショントークではなく、「枕草子」を楽しもうというユーザー側の立場から発露したものだと思われる点であり、それが文学全般を二分する学術的な意味あいまで持つならこんなに良いことはない。ここで氏は「連続読み」によって通読してこそ、「枕草子」が生成してゆく時間を、作者である清少納言と共有できる。その体験が、「枕草子」を読むことにほかならない、としているので、実際のそれをして、体験してみることが必須だと考えた次第だ。それは以下のくだりで明らかになっていた。

「散文集」は、物語のように明確な筋立てがないので、頁をめくって、面白そうな所をあちこち気ままに読んでも、差し支えはなさそうだが、やはり書物としてひとまとまりのものとなって伝来してきた以上、最初から最後まですべての部分に目を通すことが重要で、「連続読み」してこそ、その作品の魅力も深みも実感できる。「枕草子」を読むということは、散文を書く行為がもたらす自由の実体を、しかとこの目で見届けることであって、そこにこの作品を読む楽しみもある。ページを繰るごとに眼前に広がる景色は、新鮮な空気に満ち、花の香りや草の匂い、雨の湿り気。風の強弱までも、さまざまに描き分けている。清少納言は自分が書きたいことを、自分の言葉で、散文として書き綴った。このことが何より大切である。

読書にいちいち方法論があるとは思わなかったが、僕はこのたびのトライでその重みを味わわせていただき、心からの同感に立ち至った。同書解説の「『枕草子』の諸本と内容分類」によると写本は複数あり、章段の数や配列が異なるらしい。詳しいことは措くしかないが、以下に書くことは「島内現代語版」を通読した僕の感想ということになる。とはいえ、これを読むことは利点があって、原文に注釈を付すスタイルの本ではとぎれとぎれになる通読のテンポが、あたかも執筆当時の宮廷の読者になったかのような軽やかさで得られる。時間もかからないから僕のようなビジネスマンでも気軽に入れる。枕草子には、純文学的というだけに留まらず、「時間のアート」とでもいうべき、まるで音楽のような楽しみが見え隠れしていることを僕は発見してしまった。予期せぬ新鮮な題材、切り替わり、短文の小気味よいリズム、めくるめく変転する場面や登場人物、決然とした帰結。まるでハイドンのアレグロのようなのである。そう、清少納言が『パリピ孔明』みたいに令和の世に来ちまったら、まっさきにコンサートに連れて行ってハイドンをきかせてあげたい。

清少納言の存命中、想像するに、この書はいわば、天皇の后(中宮)である藤原定子のサロンの空気のライブ中継であったろう。父である藤原道隆の死という不幸によって運命は下り坂となり、父の弟で新権力者となった藤原道長から定子はいじめにあった。周囲の雰囲気は暗くて当然である。しかし、彼女は定子の弱みを悟られるような不遇の気配を一切外に気取らせず、あたかも日々は明るく、権力や余裕があるかのような強気、自由闊達を雄弁に発信するニュース・キャスター役を務めた。そう考えれば、第182段「中宮に、初めて参りたる頃」の出現の意味が分かる。枕草子の巻頭に来ても良い初出仕の思い出がなぜ終盤にさしかかるここにあるのかは不可解とされてきたようだが、清少納言は日々の仕事をしながら、まるでブログを書くように「枕草子」を制作しているのだ。サロンを取り巻く政治の雲行きの影響下で、無意識に書きたいタイトルが左右されることは、仕事をしながらブログを書く僕にとって日常茶飯事、「あるある」のひとつだ。文字数の多い同段は(定子の段はいつもその傾向があるが)、戦っている自分がただの女房ではなく、いかに中宮様ご一家の寵愛を受ける格別の身であるかを、我が身を滅ぼさんと企図する対抗勢力に示威する意図をもってここにあえて置かれたものに思えてならない。これに「ドヤ顔が不愉快」(第183段)、「地位ほど結構なものはない」(第184段)が続くのだからこの推理には結構自信がある(注:この2つは筆者の意訳)。

更に言うなら、僕自身も、そういうことを31年にわたるサラリーマン宮仕えを生き抜く過程で経験しており、「おらおら、私が誰かわかってんの?」が真意である第182段を読ませてしまうとこちらの窮状を察するわけだから、実は敵を利するだけになるということまで心配してしまう。全体の4分の3の道のりの時点で、もう彼女は実は盤石でないように見える。それを悟って、千々に乱れた心をおさめようと、「風」に投影したのが第185段「風は」(第185段)、「秋の台風が過ぎた翌朝は」(第186段)である。この2段を原文で読めば、乱れていたからこそ研ぎ澄まされた感覚の凄みが文字をはみだして横溢しているかのようで、読むこちらの心までざわつかせる。なんと人間くさい。島内裕子氏はこの2段を「枕草子」の中でも屈指の名場面とされている。その通りと思うし、さらに僕流にいわせていただくなら、この心象風景は、ドビッシーの「西風の見たもの」(Préludes 1 “Ce qu’a vu le vent d’ouest” )でなくて何だろうと思う。

そして、何より衝撃的なのは、最後の最後、第325段に至って、様相が一変することだ。われわれは唐突な「終結宣言」を突きつけられるのである。前段「見苦しき物」で平素と変わらずの舌鋒で鋭く人物批判を展開していた人がなぜ、というやりきれない残念さと心の不協和音を残して、枕草子はひっそりと幕を閉じる。この寂寥感は意図されたものか、後日の編纂過程において偶発したものか、正確な所はわからないのかもしれないが、いずれにせよ来るものが不意にやって来たという居心地の悪さは払拭できない。この終末の微かにシニカルでほろ苦い味をどこかで僕は知っているが、それが何だったを何時間も記憶から引き出せず、ついさっきにやっと思いあたって留飲を下げた。交響曲の開始とは誰も思わないグロッケンシュピールの「ミ」の音で始まり、打楽器だけが無機質なリズムを刻んで交響曲の終わりとは誰も思わないやり方で虚空に消えていくショスタコーヴィチの交響曲第15番だ。

著作物というものは、いかなる時代・形態・ジャンルのものであれ、書き手のモチベーションと読み手の需要があって初めて成立し、両者の多寡に応じて書物ならば「発行部数」が、ネット上の作品ならば「ページビュー(PV)」という数値が確定する。このメカニズムは経済学における需要曲線・供給曲線の交点で、市場における商品の価格と数量が決まるのと同じと考えてよいと思う。また、ネットの特性を加味し「PVは新作の投入数、頻度が高いほど需要が喚起されて増える」とどこかで聞いたことがあるが真偽は知らない(経験からは、そうかもしれないと思う)。清少納言は最終段で「他人に読まれたくなかった」と本音を隠して見せるが、定子を守ることで活躍の場を開拓し、自らの居場所も安泰にしようとするモチベーションがあったことは人間のありさまとして至極当然なことだと僕は思う。その動機は彼女の筆のすさびの端々に見え隠れするのだが、僕は「人としてなんと健全なことか」と思うのである。そうして彼女の白紙はどんどん文字で埋まり、その行為が「枕草子」への需要を自ら喚起、増幅していったと考えるのは自然だろう。

もうひとつ考えたことは、いくら聡明とはいえ、いち女房の身でこれほど自由闊達に、公達まで登場させて歯に衣着せぬ奔放な書きぶりを披露できたのは一条天皇の寵愛を最後まで受けていた定子あってだろうということだ。定子の人生は激動どころの騒ぎではない。道長と後継争いで激突した兄伊周のスキャンダル、没落して出家、そして復帰はしたが、対抗馬として娘・彰子を同格の中宮とした道長から受けた壮絶ないじめ。早世した定子は今なら死因が疑われたかと思うほどだ。いわば共作のようなものではないか。最終段の結尾で「評価されるはずのない私の書いた本が素晴らしいと評価されてしまった」と本音と卑下を交えてみせているのは、権力の後ろ盾をなくしたことで襲ってくるものを覚悟のことで、「自分の心の中まで覗きこまれ、あれこれ論評されたりするのはひとえにこの本が他人の目に触れたからであり、そのことだけが口惜しい」と綴ってラストの一文を終えている。しかし本音で口惜しいのは、そのことではなく、定子の死と共に「枕草子なるコンセプト」はもはやこの世に存立できなくなったことではなかったのか。白紙が尽きたという体裁をもって「終結宣言」を取り繕うフィクションには彼女のプライドと悔し涙が滲んでいるように思えてならないが、もうそれを書く必要もなくなったのだ。清少納言がどんな動機で書いたにせよ、天皇、そしてその御所である朝廷という空間なくしてそれは成り立たなかっただろう。

一般のこととして、アートの評価に政治的事情は斟酌されにくく、時と共に忌避されるバイアスがあるように思う。何故かは不明だ。人類共通の心の運びだろうか、このことは西洋でも同じで、アドルフ・ヒトラーは政治家兼画家であったがそうはいわれないし、彼がフェルメールとベックリンを愛して収集し、ワーグナーをプロパガンダに用いたことはできれば歴史から消したいようなのが趨勢だ。ショスタコーヴィチに至ってはスターリンなくして交響曲の5番や10番はああはならなかったから、本人は不服だろうが消そうにも消せず、後世はそれもひっくるめて評価することになっていく(真贋論争まであった「ヴォルコフの証言」などを思い起こされたい)。枕草子は明らかに後者に近く、しかも千年もの時を経ているから存分にバイアスが働き、背景にあった藤原氏の壮絶な権力闘争とは無縁の精神世界として解釈が固定しているように思える。しかし、権力とは冷酷なものである。負けた側の筆者が去った後にどうして枕草子が残り、あるいは宮中では消されたが焚書は免れたか。彰子が定子の息子を引き取って育てたことで両人に対立はなかったとされるが、天皇の息子は世継ぎとしてどちらも大事なのだ、中宮(正妻)ひとりとなったあかつきで、それは必然のことだろう。僕はリアリストなのでバイアス・フリーに読み解きたい。

宮仕えを辞めた後の清少納言の悲哀に心を寄せようにも、その後の足取りは不明であり、没落し、耳をそむけたくなるようなくだりが『古事談』に記されている。女の才はかえって不幸を招くという中世的な思想が影響したとの説があるが、現代ですらジェンダーは連綿と社会問題になっている。女性は名前すらない千年前の世にこれだけのことを成し遂げた清少納言に、僕はいち社会人として心からの畏敬の念を懐く。10才ほど若くてまだ女房業では足元にも及ばなかった紫式部が、腹いせだったのか政治的意図があったのか、なくもがなの悪口を2つ日記に書き残して女を下げているが、それほど清少納言は際立っていたわけだろう。最晩年は阿波国で過ごしたと伝承もあるがすべては闇の中であり、没年も墓所も不明だ。

ところがだ。千年の時を経るうちに、その書が国民的人気を得てしまうのである。世の中わからないというが、何事であれ、作者が放置しておいてこれほどプラス方向の想定外がおきることはそうざらにはない。新作投入はもうなかったのだから、その理由はひとつしかない。枕草子には、当時の誰にも見えてない、巨大な「潜在需要」があったのである。

定子の死後、それが朝廷の外に流布して写本が作られていくのが拡散のスタートだ。そのころ、不遇だった定子の身の上は宮中で知らぬものはなかったはずで、権勢を誇る道長の陰でシンパがたくさんいたことは想像に難くない。枕草子を守り、保存し、外部に流布させる動機を持った者は多くいたのではないか。浅野内匠頭のそれがいたようにだ。しかし、それは忠臣蔵という人口に膾炙する「物語」になって膨大な数のシンパを得たのであって、本来可哀想だった赤穂藩に同情が寄せられてのことではない。枕草子はそうした復讐譚の物語付きで流布したわけでもなく、やはり文学としての卓越性があってこその流布だったと思う。庶民の目にまでふれるようになったのは、江戸時代になって木版印刷によって出版されてからだ。注釈書の刊行も盛んになって王朝文学への理解が進み、「春曙抄」は江戸時代に最も尊重され、多くの人々がこれによって「枕草子」を読んだ。「春は曙、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」のインパクトは絶大だったのだ。この点について、国文学者・藤本宗利氏のとても興味深い説を見つけた。

「季節-時刻」の表現(春は曙など)は、当時古今集に見られる「春-花-朝」のような通念的連環に従いつつ、和歌的伝統に慣れ親しんだ読者の美意識の硬直性への挑戦として中間項である風物を省いた斬新なものである。

江戸時代初期に刊行された、古活字版

この説はまさしく「技法」に光をあてており、ワールドワイドなアートの進化論の地平に同作を位置づける試みと思う。斬新な技法に乗って、まさしく「美意識の革命」が行われたのだ。清少納言が意識して成したことではないかもしれないが、彼女の性格に起因するであろう文体の簡潔さ、ストレートな物言い、心地良いテンポのようなものが結果としてそれをもたらしている。単なる「朝」ではなく、「曙」として時刻の概念にスポットライトをあてたのはモネが「ルーアンの大聖堂をモティーフに制作した連作」でしたことであり、ドビッシーが交響詩「海」でしたことだ。かように、「春曙抄」の幕開けは非常に印象派風であり、「枕草子」執筆の冒頭にこれをぶつけて度肝を抜こうというのは、「春の祭典」の甲高いバスーンのハ音にこめたストラヴィンスキーの計略に共振しよう。

「枕草子」が国民的作品になるのは、単に面白いからでも、女性が書いたからでもない、一流のアートだからである。このたびの通読チャレンジでそう確信した。一般の読者にとって、著者がどこの何者かも、王朝の貴人たちの服装の品定めも、宮中の儀礼のあれこれも気苦労も、もっと言ってしまえば、春が曙だろうが夕暮れだろうが、ひとつも重要でない。読者が愛でたのは、独断と偏見であろうが何だろうが、決然と看破して判定を下してびくともしない清少納言の自由な精神のありさま、しなやかさ、潔さであろう。

皆さん、高校生に帰って、もういちど真っ白な気持ちで読んでみよう。

 

 

美しい。なんて美しい日本語なんだろう。西洋も中国も、いろんな所へ行かせてもらい、いろんな素敵な人とお会いして、すばらしい時間を過ごさせていただいた。でもこれを読むと、じーんときてしまうのだ。

そんな気持ちを国文学者・萩谷朴氏が、名文で代弁してくれる。

「次から次へと繰り出される連想の糸筋によって、各個の章段内部においても、類想・随想・回想の区別なく、豊富な素材が、天馬空をゆくが如き自在な表現によって、縦横に綾なされている」

「長い物」や「決めごと」に巻かれて生きる日本人にとってそれは、渇いたのどを潤す冷えたビールのように爽やかであったのだと思う。彼女が旧来の和歌が重んじる春夏秋冬、花鳥風月の価値観(決めごと)から外れたところに見出して、「いとをかし」と称賛して見せてくれた「新しい美」の目くるめく数々に楽しみを見出したのだ。たとえ退屈で鬱屈する時があったとしても、日々の現実世界に倦んでいない言葉を読めばそれを一掃する力が得られたのは、彼女が素のままで鎧を一切まとわず、感じたままを述べられる人間性の持ち主だからだ。人間が人間であるのは誰かを人間らしいと思ったときで、その時、その人も人間らしいのだ。彼女はそういう人間として愛されたのだと僕は思う。千年前のそれが文字を通して、文学として現代人に伝わる。日本人であるのは、なんて素晴らしいことだろう。

 

 

 

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来月でいよいよSMCは10周年

2022 SEP 8 0:00:51 am by 東 賢太郎

新聞で唯一つ読んできた日経新聞の購読をこのたび打ち切ることにした。オンラインにしたわけでもない。もう業務にもプライベートにも不要である。これは僕にとって社会に出て四十余年、毎日やってきたことをやめるという意味ではちょっとした決断だが、心の声がそうしろというのにはいつも従う取り決めがある。もともと新聞は見出しだけで凡そ内容は察しがついてしまって久しいから、株価に影響がありそうなのだけ読んでいた。ところが、それがそもそもなくなったことに気がついたのだ。これは日経のせいではないが、何であれ、無用なものにお金を払わないのはポリシーである。

あれから全面的に報道がおかしい。5・15事件に匹敵する暗殺事件のことである。この国の反応、こんなものでいいのか?殺人事件で何より大事なのは物証である。漏れ聞こえてきているが、銃弾の数があわない。心臓の銃創で奈良県立医大と奈良県警の解剖所見がちがう。同様のことは伊藤博文の遺体でもあったが、安倍氏の遺体は早々に荼毘に付された。国会はシャーロック・ホームズを呼んできたらどうだろう。野党は国葬反対がだめなら経費が高い、マスコミは統一教会のオンパレだ(僕はぜんぜんどうでもいい)。この方たちは日本国にとって、いったい何なのだろう?警察庁は奈良県警の警備に不備がありましたで首をすげ替えて終わり。東京にミサイルぶち込まれてもこんなもんじゃないか心配になってきた。

この異様さの原点は、しかし、我々日本国民にある。大勢が気にすると気にする。しないとしない。だから報道されないと、しない。何がFACTかは気にしない。なぜなら、正しいかどうかより大勢が言ってるかどうの方が日本国では大事だ。だから、気にしてしまったものが後でウソでも誰も怒らない。みんなで騙されたからだ。

僕が去年、コロナを完全に無視した菅総理の東京オリンピック強行にブログで大反対したのをご記憶だろうか。やられてしまった怒りで、アスリートには申し訳ないが、中身のことはこっちも完全無視した。そして「IOCのエセ貴族を筆頭にした税金タカリ屋の祭典だ」と書いた。誰も何も騒がなかったが、いま、本当にそうだったことが検察の手によって次々に明らかになっている。これが本来の司法というものだ。しかし、悲しいことに、こうして報道されてお茶の間の話題にのぼると、初めて国民はけしからんと騒ぐのだ。「行列を見たら並ぶ」のはロシア人といわれるが、どうしてどうして、日本人がいちばん病気だ。行列のわけを知って、なんだこんなのに並んでたのか、ああ損したと思わないからだ。

なぜか?最大の理由と考えられるのは、並ばないと変な人と思われるからだ。美化する者はこれを「協調性」と呼び、しない者は「同調圧力」と呼ぶが、要はおんなじものである。いずれであれ、「自分が損してでも変な人にならない方が得」という方がよっぽど国際的に変な人なのだ。そうなってしまうことを社会心理学では「スパイト行動」(spite behavior)という。スパイトはin spite of~のそれで、「悪意」「いじわる」の意味だ。日本人はその傾向が強いとする様々な研究がある(http://経済実験におけるスパイト行動)。つまり、日本の美徳である「協調性」は実は行列に並ばない人を排除するスパイト行動によって支えられていて、「いじめ」というのは「変な人」を見せしめにする私刑行為で、それを補強していると考えてしまうほどだ。「長い物には巻かれろ」という日本的香り満点の箴言の正体はそれである。

ちなみに「協調性」は英語でcooperativeness、collaborativenessだが、16年英語世界にいて聞いたためしがない。「私は何でも誰とでも協調できます」ということだが、「いい人」は飲み友達にはいいかもしれないがビジネスではあまり役に立たないのと同様、入社面接で強調してもそれで合格するとは思えないから言わない方がいいだろう。英語は「cooperationが必要な時に無用の対立をするほど人間は尖ってません」ぐらいのニュアンスであり、そんなの当たり前だろで、むしろ付和雷同のほうを疑われる。協調が売りの人は、自分に何もないからそれを売るのであって、中国では求める方が異常だ。つまり「彼は協調性があるね」がいつも誉め言葉であるのは日本だけだ。これが「行列に並ぶ人」であり「長い物には巻かれる」人である。並ばない人、巻かれない人であるinventor(発明家)、innovator(革新者)、entrepreneur(起業家)、investor(投資家)には生まれつき向いてない人の方が日本社会では評価が高いのである。

ドイツにはシャーデンフロイデ(Schadenfreude)という言葉がある。意味は「他人の不幸は蜜の味」そのものだ。ところが英語にその単語はなく、ドイツ語をそのまま使ってる。需要がないと言葉はできないから、ドイツ人の方がそのケがあるのである。従って、全体主義化しやすい点では日本人と似ているわけだが、自分が損してでもというほど気合が入ったものではないと思う(ドイツ人はケチだ)。かたや日本では幼稚園から「みんな仲良く」だ。仲良くしない子は先生に叱られるのを見て「並ばなくては」「巻かれなくては」と育ち、長じては自分が風紀委員になって取り締まってもいいという人も出る(コロナの自粛警察が例だ)。かように日本人は特異な国民であって、特攻隊という発想をした大本営の動機は「肉を切らせて骨を断つ」でも「ジハード」でもなく、俺が死ぬんだからお前も死んでくれという「スパイト行動」につけこんだものじゃないかとすら思えてくる。学者の研究が間違いでないならば、日本人はことさらに他人の幸福をねたみ、身銭を切ってでも足を引っ張り、自分が損するなら他人はもっと損して欲しいと願う悲しい民族性があることは、認めたくあろうがなかろうがFACTであり、ここで「不愉快だ」と無視を決め込む人は、典型的に協調性だけで生きてきた人だろう。

民族性に文句をつけても何も起きないのは承知だが、だから「日本国は本質的に成長しにくい国だ」ということは知っておいた方がいい。例えば経済面での話をすれば、起業は「行列に並ばない人」がするものだ。並んでる側に大きな利益があるはずない。もしあるなら並ばせてる人も並んだ方が楽で安全に利益が得られるからだ。したがって、それを得んとする起業家は「並ばせる人」になるしかない。並ばないのだからイジメられる。それを覚悟した、日本における少数民族なのである。しかし、初めは誰しも意気軒昂だが、「変な人だね」のいじめにさらされ、9割が5年以内に力尽きてしまう。「行列に並ぶ人」はそれ見たことか(ざまあみろ)となる。「寄らば大樹の陰」のスローガンのもとでみんな仲良く「安心・安全」と「小さな幸せ」を分け合って我慢するのが日本国民の鉄則なのだ。従わなかった者が失敗するのは天罰であって当然、だから「ざま(様)を見ろ」(See how you look like.)と嘲るわけだ。こんな国で誰がリスクをとってイノベーションなどおこすものか。「日本国は本質的に成長しにくい国だ」はテッパンなのである。

昭和の高度成長は朝鮮戦争の特需であって、成長のエンジンであるイノベーションがもたらしたわけではない。特需はバブルをおこしてやがて去り、平成時代に元の木阿弥になった。そこから景気は「凪」のまま、デフレの病に陥って今に至る。民主党政権下で病膏肓に入り日本は死にかかったが、第2次安倍政権が超金融緩和政策のカンフル剤を打って救った。それを継いだ菅政権がどんな経済政策をしようとしたか僕はさっぱりわからない。さらにそれを継いだ岸田政権は、新自由主義はいかん、あれは失敗だった、だから「新しい資本主義」に転換すると言い出した。だいぶ前にそんな記事を日経新聞で読んで、何度読んでもわけがわからなかったことだけ鮮明に覚えている。

ブログに書きもしなかったのは、イノベーションもおきない日本が新自由主義だって?自民党の内紛と不動産屋の利権でやった郵政民営化をサッチャリズムと呼ぶぐらいお笑いだろで終わったからだ。ミュージカルをオペラだと思ってる類の自称西洋通の人たちの華麗なる世界であって、僕には無縁で異様でさえある。いまここで書くのは、イノベーターも起業家も「変な人」で足を引っ張られて海水のミジンコぐらい生息できない国で、新しかろうが古かろうが資本主義をやっても限界だ、「新しい社会主義」をやろうが本音なんだろうと思ったからだ。そこで、それらしく国家が推進して小学生にまで「株を買いましょう」とやってる。このひとたち、ホントに大丈夫なんだろうか。

株を買って資産倍増を目指すのは大いに結構だが、大樹だったはずの名門企業も外資に身売りするか、その救いもなく倒れて根っこをむき出してしまう異変がおきだした昨今である。すると、政府のお薦めでその株を買った人も、寄らば大樹の陰で勤めていた人達も、資産は倍増どころか半減するかもしれないことはどう論じられたんだろう。誰がその責任をとるんだろう。ところが、実は大丈夫なのだ。もしそうなっても、それでもなお、「こんな大企業が潰れたんだから仕方ないよね」と傷をなめあう同志が大勢なものだから「おお、私は長い物に巻かれている」という新たな安堵感が出てきて、行列に並んで損したとは思わないユートピアのような優しい世界がやがて現出するだろう。これがイルージョン(幻視)に満ち満ちた日本的幸福の典型的な姿である。

いま、日本丸は国ごとタイタニックみたいにそういう船になりつつあり、どうやって国民に快適なイルージョンを与えて衝突の苦痛を癒してあげようかという思いやり深い政治家、官僚が懸命に働いているのである。それ作りのプロフェッショナルである電通という会社もある。世が世なら、東京オリンピックもそのだしになって、税金の中抜きや賄賂で私腹を肥やしてた者たちも、それがバレるどころか国民の賛辞を欲しいままにするはずだったのだ。いいじゃないか、みんなで落ちる所まで落ちれば、貧乏バンザイ、韓国に抜かれたってこっちには富士山も温泉もあるからさ、なんてのがそのうち出てくるだろう。

僕が行列に並ばない人なことはこれまで読んで下さった人はご存じだ。その僕が尊敬する人が世にひとりだけいる。清少納言だ。なぜか?絶対に並ばないからである。いち女房の身でなぜそれができたか?ボスのサロンが守ったからだ。最高権力者である藤原氏が後ろ盾の一条天皇、その奥方である中宮・藤原定子という庇護者の威光で、「変な人だ」の風圧がシャットアウトされ、たった8年間ではあったが言いたい放題の「枕草子」執筆ができたのである。ボスが亡くなってサロンが消えるとその言論空間も露と消えたが、そこで生まれた作品は後の世でも大切に守られた。とりわけ「春は曙・・」は江戸時代の庶民に大人気となり、現代人まですっきり痛快にしてくれる。1000年の歴史にほんの一瞬だけあった「いじめフリー」「スパイトフリー」の特殊空間において彼女の天賦の才が全開になったというレアな化学反応から生まれたこの作品は、冬の天空でひときわ明るいシリウスのような輝きを放っている。

その空間は定子のあとを襲った藤原彰子のサロンにもあったことは、女房を引き継いだ10年後輩の紫式部が「源氏物語」を生んだことで示されている。どっちも日本が誇る大傑作であるが、個人的な趣味で言わせてもらえば、長編不倫小説よりも簡潔な箴言集の方が性に合う。「枕草子」は小説という虚構ではなく、ノンフィクションでもないが、筆者の赤裸々な独断と偏見の開陳ではあり、その言うことのいちいちの是非の無粋な詮索は刎ねつけるほどに筆のタッチが強くて鮮烈である。これを男に書けといわれても無理だと思う。男はそこまで「猫的」に社会から超然と、自由にしなやかにはなれない動物である。吉田兼好や鴨長明がいくら俗名を捨て、出家しようと神官になろうと、社会との「犬的」な関係はゼロにはならない。しかし、女性だからできたことが、彼女の亡き後、どんどん女性だからできないことになってしまった。だから模倣者も後継者も現れようがなかったのである。

彼女は「春夏秋冬」や「**なるもの」への「プライベートな感性のリアクション」を枕草子に刻印することで、隠し立てのない自分自身を写しだし、325枚の見事な「自画像」を残した。ファンである僕は、彼女が何を「徒然なるもの」と断じようと楽しい。もし夏は曙であったとしてもぜんぜん構わない。物事のイデアとしての哲学的存在、性質を論じてるのではないからだ(それは男の仕事だ)。万事が彼女の目に映ったものであり、その限りにおいて「存在(sein)」しているものの活写である。

何事も有無を言わさず「をかし」「愛し」「はしたなし」と一言でばっさり評価してしまう彼女は、人物として、「ちんけな小物」であってはならない。そんな人の言い草に興味を持つ者はないのは、誰かさんがインスタで毎食の写真をアップしても誰も見ないのと同じことだ。自信満々だが自然や子供には細やかで優しい目をそそぎ、きっぷが良くて度量も大きく、しかし時として女性らしいもろさで嫉妬や怨み節も開陳してしまう。僕らはその描写を愛しているようで、実は、彼女の感性、人となりを愛してるのである。日本国の悲しいスパイト空間に閉じ込められて、長い物に巻かれ、自分を押し殺し、へりくだり、空気を読んだりで我慢に我慢を重ね、自分が不幸だから他人にはもっと不幸になってもらいたいと一途に願って居酒屋で「あのバカ部長が」とくだをまく人々のジャンヌ・ダルクになっても不思議ではないだろう。

ちょうこくしつ座銀河(NGC 253)

こちらも負けじと好き勝手を書き綴ってきたが、来月でいよいよそれが10年になる。なぜ時間をかけてそんなことをしたかというと、僕の「自画像」を1000年後の子孫に残してあげたら彼らはきっと楽しいだろう、それだけである。タイムカプセルにして非公開でもよかったが、同じ考えの方がおられれば宇宙船に同乗していただいてもいいなと思ってSMCという乗り物を作った。

ひとりぐらい、西暦3022年になって、まるで僕が清少納言さんを想像したみたいに僕のことをブログにでも書いてくれるかもしれないと思うと、それもまた楽しい。この楽しさというのは、僕が物心ついて最初の関心事であった天文学に発している。写真の銀河(NGC253)(撮影日:2020/10/20)は地球から1040光年の距離にある。つまりこの銀河が西暦980年の時の姿をいま僕らは見ているのだが、この画像の光が出たとき、清少納言さんは14才である。

「同時」って何だと不思議にならないだろうか?アメリカに電話して、1秒遅れて声が聞こえるイメージだ。声の主と本人とは1秒の間に1150万個の細胞が入れ替わってる別人だ。500光年先にあるオリオン座ベテルギウスあたりに鏡を置いて、いま僕が手をふれば、未来の子孫は鏡に映ったそれが見える。細胞入れかわりどころか、僕のお墓は1000年たってる。先日「枕草子」を通読して、清少納言がそこに生きていて語りかけている感じがしたのはそういうことだろう。

人が生きているかどうかは肉体の生存の問題ではない。その人のことを考える人がいれば、そこで生きているということだ。ブログを書いてそれを毎日1000人の人が読んでくれれば、僕はもうこの世にいなくても1000人の僕が毎日アラジンのランプから現れて、あたかも生きてるみたいなことになる。今は生きてるが、何もしなければいつもひとりぼっちだ。だから書いてきてよかったと思うが、しかし、仕事や健康と相談すれば、どこかでやめないといけないだろうとも思う。

書きたいことの8割がたはもう残した。息子は製本しようかといってくれている。日経新聞の購読をやめたことは、というより、やめるような情勢になってきたということは、僕の中では不可避的にいろいろな判断を強いられることになるだろう。あくまでも、僕は死ぬまで事業家でありたいからだ。世の中も変だが株式市場はもっと変であり、為替もしかりで144円をつけて30%もの劇的円安を的中させたのは万々歳だが、ここからは未知数が増えるから五里霧中だ。そんな先でもなく、いずれ想定外のことが起きるだろう。残念ながら仕事のことは開陳できないが、その時はその時だと腹をくくるしかない。

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