Sonar Members Club No.1

since September 2012

ブリテン 青少年のための管弦楽入門 作品34

2018 JAN 14 16:16:47 pm by 東 賢太郎

今は知らないが、僕のころ子供向けとされたのがこれと「ピーターと狼」、「動物の謝肉祭」である。近い世代の皆さんはきっと音楽の授業で聴かされたはずだ。英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンがBBCの音楽教育映画 “Instruments of the Orchestra” (オーケストラの楽器)のために1945年に作曲したもので、The Young Person’s Guide to the Orchestra – Variations and Fugue on a Theme by Purcell(青少年のための管弦楽入門 – パーセルの主題による変奏曲とフーガ)が作品名である。

クラシックを鑑賞するにはオーケストラの楽器を知ることが必須だ。この曲は子供に覚えさせるには良く書けていて、ほぼ全部の楽器の異なる音域の音色、典型的なフレージングをシステマティックに暗記できるだろう。しかし僕はこの曲のお世話にはならなかった。中学の音楽の授業。曲は出だしがえらい格好良く(ヘンリー・パーセルの主題)これはいいぞと思わせるが、そこからが高級?すぎてよく理解できなかった。曲想を覚えられず、ティンパニでド・ミ・ソが出るのはわかったが、だからどうしたのだった。

これが原曲のヘンリー・パーセルの劇付随音楽『アブデラザール』の「ロンド」の主題による変奏曲とフーガである。

「パーセル(Henry Purcell、1659 – 95)は英国を代表する作曲家だ」

「へえー」

「この主題、どうだ、いいだろう?ドイツ人じゃないぞ英国人の作品だよ、それも J.S.バッハ、ヘンデルより26才も年上の人なんだぞ」

「そうなんだ、でもそれなのにどうして英国にはモーツァルト、ベートーベンが出なかったの?」

「いい質問だね、いいかい歴史はね、最後に勝てばいいんだよ」

「どうして?」

「勝った者が歴史を書くからさ」

 

この音楽を言葉で書くとそういうことになる。

 

パーセルの主題で始まる

ブリテンのオリジナルな主題が提示される

パーセルの主題とブリテンの主題の二重フーガに移行する

パーセルの主題が回帰して堂々たる終結となる

 

歴史は書かれた。自国の子供たちに知識だけでなく誇りも希望も与える。これが本物の智者である。

 

読響定期・ブルックナー6番

2018 JAN 14 9:09:29 am by 東 賢太郎

指揮=シルヴァン・カンブルラン
クラリネット=イェルク・ヴィトマン

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」から”4つの海の間奏曲”
ヴィトマン:クラリネット協奏曲「エコー=フラグメンテ」*日本初演
ブルックナー:交響曲 第6番 イ長調 作品106

ヴィトマンが良かった。クラリネット奏法の極致を見る。443Hz、430Hzとピッチの異なる弦楽器群の対照がありすべての楽器のソノリティに微細なピッチへの神経が通う。ギター、バンジョー、アコーデオン、リコーダー、ナチュラルホルンが入り、シンバルを弦の弓で弾くなど特殊奏法の嵐でもあり、微視的な音彩をちりばめているが静けさを感じる部分が印象的だった。ヘンツェの影響も感じる。素晴らしいものを聴いた。

ブリテンもピッチが良く透明、この曲はそれが命だ。これはバーンスタインが得意としていた曲だったのを思い出す。第1曲の「夜明け」はラヴェルのダフニスとまた違った印象派風の雰囲気で完全な和声音楽だが調性は浮遊した感がある。嵐のティンパニは好演。管弦楽法はカラフルだがカンブルランの色の出し方は節度がありターナーの絵の如く淡い。気品あり。

ブルックナーの6番。これは散漫になりがちな曲であまり名演と思うものに接していない。録音ではヨッフム/バイエルン放送響とカイルベルト/ベルリン・フィルを聴いているがスコアの響きが地味なだけに味を出すのが難しいと思う。今日は弦がいつもより木質感があり管とのブレンドも良く、筋肉質でシンフォニックな造りにふくらみを与えた名演だった。カンブルランにブルックナーのイメージはなかったが、ドイツ保守本流とは違う硬派路線で聴かせるものがある。1-3番あたり面白そうだ。

 

布田天神で御祈祷をうける

2018 JAN 13 15:15:11 pm by 東 賢太郎

きのうは調布の布田天神で御祈祷をうける。以前実家がその裏にあり昔からそうしてきたので、ネクサス(株)はここで年賀のお参りをする。お昼をして社員にお年玉をわたす。香港は旧正月に社員にかたっぱしから恭喜發財(こんへいふぁっちょい)と言って、赤い袋に入れたお年玉をあげる習慣があって、あれはなかなかいいと思った。うれしくない人はいないし、それもお金だけでなく「福」をわたすのだ。

香港で社長になって、まず最初の仕事は風水を良くすることだった。ボスの運はみんなの運である。政治も「まつりごと」だし頭領とは祭祀の長でもあって、薄幸の人じゃあ誰もついてこない。一方で、僕のように人生運だけで来た者は逆にそれを広く分け与えないと罰が当たる。よって恭喜發財は良い事なのだ。

社員に言っているのは、周囲を気にするな、ストレートに言えだ。テレビじゃないんだから。炎上します?そんなのありがたい声援だろ。安倍首相みてごらん。好きと嫌いは裏腹だ、同じだけ出る、いかんのは無関心の素通りだ。早送りのクッキング動画がはやってる。なんでかわかるか?主婦はね、愛してないダンナの飯なんかさっさっとお手軽にして楽したいの。毎日のことだからね、そういう巨大な需要があったということだよ。そういうこと堂々と言っていいよ。

ニュースは天気予報を延々とやる。ネタがないんだね、お茶の間の余興だ。世界にはもっと大事なニュースあるのにね。思わないか?気象予報士かなんか知らんがね、当らんと意味ないだろ。北極の低気圧が張りだしてどうのこうのと、そんなことどうでもいいからあした傘がいるかどうかだけ言えよって。寒い朝になりそうですって冬はそりゃ寒いよ。くだらない井戸端会議、公共の電波でやるな。昨日は傘いりました、ごめんなさいなんてのは一人もいない。可愛げすらない。それなら予報士個人の的中率を出して7割以下はクビとかしたら人気出るね、彼はきょうカド番です、お聞きください!とかね。

茶の間の友もコロコロだ。小池百合子が消えたら日馬富士で、いつの間にか被害者の貴乃花がヒールにすり替わって、そのうちわけわからん変なオバサンが出てきて「ロケットマンはいい人ざます」なんていいだしそうだ。参ったのはパンダだ。熊と何が違うんだ。あれの人間版がレンホーだった。早よ終われと願うが延々とやる。アザラシのタマちゃん、あれがどこ行っちゃったかいま心配してるのいるか?カワイイは瞬間蒸発現象なんだ。カワイクないなんて言う人はヒトじゃありません。「カワイイ!ファシズム」にひるんで何も言えないオジサンはたくさんいるぜ。

うんこドリルはガキが勉強するなら我慢するが、戦場から帰ってさあ食事だの時間帯に便器に顔突っ込んできれいですなんてCM、そのノリで流すなよ。不快極まりない。運動靴が臭くないとか、うるせえなそんなの先に水で洗えよと思ってたら切れ痔だ生理用品だときて最近は腟カンジダまで出てきた。次は何が出てくるのか恐怖ですらある。BSに至っては素人や出がらしの芸人が「私も使ってます」、よく見るとはしっこに小さく「個人の感想です」。堂々とヤラセを流して「合法です」。ああやってだませば勝ちと思ったガキがオレオレ詐欺やるのよ。日本人の品性が腐ってるという問題。だからストレートにネットが言わなくちゃね、テレビは加害者だからね、永遠に言わないね。

そこまで天神様にご祈祷したわけじゃないが、今年もスタッフが頑張ってくれるだろう。

 

 

 

 

僕はホームランだけ狙いたい

2018 JAN 13 1:01:41 am by 東 賢太郎

ご迷惑だといけないので某先輩と書いておこう。アークヒルズクラブで久々に夕食となった。昨年読響定期でサントリーホールでばったりお会いしたのがきっかけだ。氏はもと上司で、大学学部先輩の上司は人生ひとりしかいないからわかる人はわかってしまうが、とても仕事がうまくいった。僕はネコ型で基本的に放任でないとだめなタイプなので上司との相性はあんまり関係ないが、大変なリスクを負った時期だっただけにどうしてだろうという思いはずっとあった。

当時は激務でそんな話をする間もなかったが、氏は父上が音楽家で3才からピアノを始めコンサートは4つの在京オケの会員で年間130も聴く強者だ、クラシックのご造詣は半端でない。金融は個人的には余り達成感のない性質の仕事で、仕事よりも人生常に音楽が中心にあったという点では見事に共通している。しかし氏が熱愛するマーラーを僕が大嫌いだと言ったところから、あれヘンだぞとなった。僕は私小説も嫌いだし、芸能人や政治家やら誰と誰がくっついたとか浮気したとか、そういうのはからっきし関心なく、それとマーラーは妙に親和性を感じてしまう。

音楽の話をしているうちに、我々は正反対だから良かったんだということがわかった。氏の音楽のパーセプションは「AIに心がない以上良い音楽は書けず、心で書いたものだけが聴き手の心に響く」というもの。僕は音楽は化学か錬金術に近いと思っていて、「心は化学反応のどこにも存在しないが、化学反応を素材にして思うものを表現したい心の作用であるという意味で心に響く」と思っていて、結論は同じだ。仕事でも予算を達成するという結論は同じだが考え方がちがっていたわけで、それが補完的だったからうまくいったのだろうということになった。

ドイツにシュピーゲル(Der Spiegel)というニュース誌があるが、シュピーゲルは「鏡」の意味である。我が国にも大鏡、吾妻鏡(東鑑)があり世相を映す役割を喩えているが、その夜はマーラーが鏡になってくれたのだから面白い。そして、補完的こそうまくいく秘訣だと確認できたのも良かった。だから氏は当時僕のやることにブレーキを踏みたくなることも多々あったろうと拝察するが、しかしそうせずに全面的に任せてくださった。部下に任すというのは言うは易しだが結果責任は取るということで、器が大きかったということに違いない。

氏は人は理屈でなく好きなら信用するというが、理屈で入る僕と補完的だ。しかし好きな人だけと付き合いたいというのは一緒だ。僕はしゃべった言葉を正確に真摯にキャッチボールできない人は弱い。相手がしゃべってる最中に先が読めて話し出したりして間が悪くなり、そこでごちゃごちゃになるともうやる気が失せてしまう。こっちは精度高くしゃべる傾向があるので、精度高く瞬時に返ってくると良いテンポで高速ラリーになるから心地良い。

部下はそういう人を使う傾向がありできれば30年前の自分が欲しい。しかしそれでも全面的に任すかどうかは自信ない。大事な部分には尋常でなく細かくて用心深いし、しつこい。だから神経が周到に行き届いた仕事をしてもらわないと絶対にOKはしない。僕はそれを徹底してやってここまで来てるから、誰が何といおうとそれを曲げる気は皆無である。だから指示を出すときは他人を信用しない嫌な奴であるマーラーに似た自分を見てしまい、それで嫌いなのかもしれない。

今はオーナーで上司はない。だから補完関係は部下と作るしかない。難しいのは誰がビジネスのドライバー(推力)になるかだ。推力のないベンチャー企業なんて沈没だ。これが僕より強い人はいないから任せても意味ない。しかし推力はストレスと比例するのであって、ストレスが限界になれば推力も頭打ちになる。だからストレスを増やさない環境にするか、別な推力をもった人にターボエンジンになってもらう必要がある。その両方を補強するのが望ましいというのが現状の考えだ。

会社にとって理想なのは僕がいなくても利益は出て、僕はホームランを狙うという推力の在り方だ。僕がこれまでのようにバントや盗塁まで神経を使うのでなく4番として好きに振る。好機とあらば1年ぐらいシリコンバレーに住む。バントはバントの、盗塁は盗塁の上手い人に任す。それがかみ合ってチーム(会社)の得点(利益)が出れば皆に分配する。これがパイを最も大きくする方法で、部下も潤うし、株主配当も増えるのだ。そのためには幹部にはストックオプションを持ってもらうことだ。伊賀の影丸型フォーメーションで自然にそう回転する組織になれば面白い。

先輩のディナーで多くのことを学んだ。

 

 

 

 

オネゲル 交響曲第3番「典礼風」H.186

2018 JAN 10 7:07:28 am by 東 賢太郎

ニューイヤー・コンサートはヒットラーが始め、ワーグナーも宣伝に使われました。国歌がコンサート・プログラムにならないように、政治と音楽は水と油と思います。音楽は幸福や歓喜だけを描くものではなく、苦悩、怒り、悲嘆、安寧、諦め、恐怖、憧憬、奮起、嘲笑、夢想、欲望、神性などあらゆる人間の心の有り様を想起させる力があります。表面的には戦争を描いたようにきこえるショスタコーヴィチですが、吐露したのは怒り、恐怖、嘲笑でしょう。

昨年の漢字は「北」でしたが、困ったちゃんとトランプの駆引きにやるせない殺伐とした気配を感じる年でした。それに反応して僕の脳裏にいつも浮かんでいた音楽が、アルテュール・オネゲルの交響曲第3番「典礼風です。知らない方もおられるかもしれませんが、ぜひこの名曲中の名曲になじんでいただきたい。素晴らしい交響曲というのにとどまらず、オネゲルがこれを作曲した当時と現状と、人間というのはなんと変わらないものか、歴史は繰り返すのかということを悟っていただけると思うからです。

この作品の初演は1946年8月17日にチューリヒでシャルル・ミュンシュが指揮していますが、ということは作曲は第2次大戦末期です。平和をニューイヤー・コンサートにラップして偽装したヒットラーの末期はこの曲の第1楽章「怒りの日」に現れています。スイスは永世中立国だから軍隊とは無縁と思われるかもしれませんが、独仏伊の3強国に囲まれたこの国はそれを宣言すれば安全と思うほどボケていません。スイスはれっきとした武装国で徴兵があり、ボーデン湖に潜水艦まで保有しています。平和憲法があれば安全などとまじめに思っている人は壮絶な殺し合いの世界史に無知蒙昧というしかありません。

オネゲル(1892年3月10日 – 1955年11月27日)はフランス六人組の一人とされますがスイス人です。第1次大戦に従軍しています。僕が野村スイスの拠点長をしていた1996年に発行された忘れもしない第8次のスイス・フラン紙幣の20フラン札(下)を見て、彼にそそがれる誇りの眼差しを感じました。とても懇意で母、家族まで自宅に招いてくださったスイス連銀総裁のツヴァーレンさんに、素晴らしいお札ですとオネゲルの音楽への賛辞をこめて申し上げると嬉しそうにされていました。

凄惨な第2次大戦が唯一人類史に貢献したのはこの交響曲の第2楽章「深き淵より」(De profundis clamavi )が迫真の「平和への希求」をもって生まれたことでしょう。この驚くべき楽章はショスタコーヴィチの第5番の第3楽章と並ぶ20世紀最高の緩徐楽章でしょう。この2曲のピアノ譜が手元にないのがいけませんね。ショスタコーヴィチは生涯に3曲だけ他人の作品のピアノ連弾譜を残していて、ストラヴィンスキーの詩篇交響曲、マーラー交響曲第10番、そしてオネゲルの3番なのですが、プラハでこれを聴いて「思想の重要性と情緒の深さをめざしている点で光っていた」と評しています。どうしても手に入れたい。

まずは全曲をその編曲版で。スコアの骨格を知るにピアノ版ほど便利なものはありません。2台のピアノの為のソナタとしても一級品であります。

 第3楽章は、あえてそう書いた「馬鹿げた主題の行進曲」で開始しますどっかの国の恥ずかしいほど歩調が合った行軍を連想しながら聴いてはどうでしょう。ここは似たことを5番で試みたショスタコーヴィチが共感したでしょう。オネゲルはこう語っています。

「私がこの曲に表そうとしたのは、もう何年も私たちを取り囲んでいる蛮行、愚行、苦悩、機械化、官僚主義の潮流を前にした現代人の反応なのです。周囲の盲目的な力にさらされる人間の孤独と彼を訪れる幸福感、平和への愛、宗教的な安堵感との間の戦いを、音楽によって表そうとしたのです。私の交響曲は言わば、3人の登場人物を持つ1篇の劇なのです。その3人とは、「不幸」、「幸福」、そして「人間」です。これは永遠の命題で、私はそれをもう一度繰り返したに過ぎません…」(ベルナール・ガヴォティのインタビューに答えて)

何と直截的に現代の世相を言い当てていることか、何と我々は1945年と同じ状況に生きていることか、ぞっとしませんか?愚者が刃物を持っています。あれと同じことはひとつ間違えればいつでも起きる。行進曲は文明が生んだのです。愚者を眺めるオネゲルの嘲りと侮蔑はショスタコーヴィチほど辛辣でも激烈でもないけれど、スイス人の彼には馬鹿に応援ソングを書いてやる必要はありませんでした。から騒ぎで終わらせざるを得なかった5番と違い、彼の3番は典礼風にホ長調で静まり、鳥が天国の至福を囁きながら虚空に消えて行くのです。

 

エヴゲ二・ムラヴィンスキー / レニングラード管弦楽団 

この刃物のように鋭利で氷のように冷ややかなタッチの名演なくしてこの曲の真価を知ることはありませんでした。ピッチ、アゴーギクへの微視的執着。ブラスの原色効果。木管の細かな経過句にまで宿る命。打楽器の強烈なアジテートから静謐な霧の彼方に消えてゆく衝撃さえ感じる後光のような終末の和音!ライブでこれだけ徹底管理下での緊張感でとんがった演奏はもはや世界のどこでも聴けない。どうしてだろう。気骨のある若手が突っ張ってオケを締め上げてみれば面白いのにと思うが、パワハラだブラックだって言われちゃうんでしょうね。女性には目つきがセクハラだなんて。和気あいあいの指揮者からこういう音は出ません、絶対に。ひとつの文化の死滅ですね。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ナチス党員だった指揮者がこれを振る。それってヘイト・スピーチしてたやつがハンセーンって叫ぶみたいなものか。しかしこのライブは3番がこれでいいんだっけというほど美しい。御託を並べる気力も失せるほどうまい。1969年のスタジオ録音もありますがこれは最晩年となった84年12月12日ベルリン・フィルハーモニーでの演奏会(後半にブラームス1番をやった)。一発勝負の気迫でそれでもスタジオと変わらぬほどビシッと合ってしまう。録音も見事にあのホールの感じをとらえています。ムラヴィンスキーのぴりぴりは薬にしたくてもないが、カラヤン・BPOが編集の作り物でなくこんな本物感のある壮麗な響きだったことが実証されています。

ウィンナワルツこそクラシック音楽

2018 JAN 9 0:00:37 am by 東 賢太郎

ウィーンは5,6回は行っていて、敬愛する作曲家たちが生活した空間に感動してきた。パリやミラノでも音楽家の足跡は多くあるが、それは大都市には探せばそういう場所もあるさという存在だ。街のほうが音楽家の足跡のなかに形成されたかのようなウィーンとはちがう。その抜き差しならない関係は、もしも京都から寺社仏閣がすべて消え去ったとしたらそこは京都に見えるだろうかというのとほぼ近いだろう。

ニューイヤー・コンサートを始めたのはナチスであるのは有名だ。併合したオーストリアの市民にお楽しみを供して気をそらすためだが、ヒットラーがユダヤ人のJ・シュトラウスを使ったのは彼もそのワルツが好きだったからだ。しかし政治利用が生んだという生い立ちの是非はともかく、僕は二ューイヤー・コンサートの存在そのものに何がしかの違和感を覚えてしまう。それがウィーンらしさの象徴ならばその点においてウィーンがあまり好きではないことになる。

ワルツは舞踊のBGMだ。僕の通った小学校には「舞踊」という教科があってダンスの真似事みたいなものを習った(嫌いだったが)。欧州ではあれは一人前の男のたしなみでウィーンでは市民も踊れて当たり前のようだが、元々は貴族のものでモーツァルトも1791年に宮廷舞踏会用の「12のドイツ舞曲」を書いている。最後の大事な年に何もこんなつまらないBGMを書くことないだろうと思うが、彼はグルックの後任の「宮廷音楽家」でそれがお仕事だったのだ。

J・シュトラウス父子の時代になると踊りは貴族だけでなく富裕な市民階級のものにもなった。舞踊のBGMだったのだと実感するのはあのウィンナワルツ独特の三拍子のゆらぎだ。踊ってみればわかる。ズンチャッチャの1拍目が強くて2拍目が長いのは、まず男は右足を踏みこんで(ズン)、次に左足を前に出して左に直角に移動しなくてはならない。移動距離は2倍になるのだから2拍目を長くしてチャ~ッチャにしてあげないとワルツは踊りにくいのである

この制約条件を逆手にとり、むしろ売りにしてブランド化してしまい美しく青きドナウのような傑作を生んだシュトラウス2世の才能はブラームスやシェーンベルクもうらやんだ。魅力ある旋律で易々と大ヒットを飛ばしてしまうのだから、難しいことを苦労してる俺たちは何なのだとなって不思議ではない。しかし、あのニューイヤー・コンサートはそのシュトラウスも人間で限界があったことを教えてくれる。

僕にとってあれは、その後は何年もお蔵入り確実の最後から3番目までの曲を耐え忍ぶがまん大会である。会場の人達は楽しいのかもしれないがTVではバレエや馬なんかが出てくるともうだめだ。誰も知らない曲なんだけどけっこういいでしょみたいな押し売り感が不快であり、事実いいと思ったのはひとつもない。著名指揮者を呼んでくるが、誰が選ぼうがどう振ろうが、二級の曲に救いの道は存在しないのである。

ウィーンというのはモーツァルトやマーラーをいじめといて流行ってくると俺のもんだというドラえもんのジャイアンみたいなところがある。パリと京都も似たもん同志だが、パリはさすがにショパンをフランス人とは言わないしフレンチカンカンを世界に放映して新年に乾杯みたいな恥ずかしいことはしない。そういうのをやってしまうのがウィーンだ。

ついでだが食についても、あくまで好みの問題だが僕はウィーン子が誇るシュニッツェルをうまいと思ったためしがない。共産主義時代のチェコで肉団子ばかり食わされて辟易したが、「赤いハリネズミ」でブラームスやブルックナーのお気に入りだった名物の団子もあんなものだろう。そんなのを食ってた人がどうしてあんな曲をというのは世界の七不思議としかいいようがない。

ウィンナワルツは今となると何となく踊ってみたいという気こそすれ、ウィーンで2時間も席にしばりつけられてどう美点凝視してもくだらない曲に偽善の拍手するあの光景なんざ、音楽を知らない田舎もんの鹿鳴館さながらだ。シュニッツェルも団子も、まずいんだから仕方ない。クラシック音楽鑑賞というのは馬が踊るニューイヤー・コンサートを愛でることであって、そういうのが不快だから僕は小学校の音楽の授業中に窓から逃げた。

その一方で48年たっても嗜好が微塵も変化してないものがある。youtubeにアップしたLPおこしのブーレーズの春の祭典に、

Thank you so much, 東賢太郎, for posting this. Great sound! It ranks, along with Stravinsky’s conducting the NYP in 1940 and the Columbia Symphony in 1960, as a reference recording.

というコメントをいただいた。

Thank you, Franklin, for comment. I’m very pleased to know you enjoyed the sound by which I was deeply impressed as a high school boy. This was a trigger for my 50 years’ devotion to classical music.

とすぐに返事をした。これをわかってくれる人が世界にはいるんだという喜びは何物にも代えがたい。

Great sound!

そうか!とまた聴いたが、耳がはりついて3回くりかえした。僕はこのLPをビートルズのサージャント・ペッパーズ、アビイ・ロードと同じノリで聴いていた。クラシック音楽鑑賞とは呼びたくない。

 

 

 

年初から今年は動く

2018 JAN 7 2:02:03 am by 東 賢太郎

1月5日、Sくんと恒例の日枝神社初詣をすませると、うなぎの話がでた。それはいい、食いたいなと、日比谷高校のほうに回ると境内の敷地に「山の茶屋」さんがある。ここは予約がないといけないが、どうですかねと掛けあうとご主人が、では用意するので11時半にという。

うなぎは夏と思っているとそんなことはない。あれは暑い時期に売れ行きが悪いので江戸時代にそういうことにしただけで、夏にうまいサカナなんてない、本当は冬が脂がのってうまいのだ。ここのうなぎはすべてが完璧で比べ様がないが、米の焚き具合から赤だしまで隙がない。お節は何年も大阪からもらってるが、うなぎと鮨は江戸の味に限る。山の茶屋は150年前の建物で部屋も庭も誠によろしく、明治の元勲もこれを食ったろうと思うと正月から気分がいい。

このあたりと紀尾井町は高台である。虎ノ門に至る外堀通りのところは池であり、だから「溜池」と呼ぶ。オフィスを探すとき、不動産屋に見附から溜池あたりどうかといわれたが、悪いがあそこは池だ、俺は高所恐怖症だけども高いところしか住まない、神社や大使館を見てみろみんな高台だろといった。紀尾井町は赤プリが紀伊、上智大が尾張、ニューオータニが井伊だからそう呼ぶが、御三家の二つが井伊より高い。結局、自宅もオフィスもそういう所になった。

この辺は都心のわりに緑が豊かで、元からか植えたのかは知らないが武家屋敷風情が連綿とある。赤プリ旧館横は夏は軽井沢の気分に少しなれるし、ニューオータニのガーデンコートから眺める庭は一幅の絵だ。10年以上も大手町の住人であったが、皇居のあっち側は海で半蔵門の山側の方が高いのであって、靖国神社も英国大使館もちゃんと高い方にあるのだ。見張り番所(見附)であった赤坂から見るとこっちが幕府側で、首相官邸は池の横っちょの肥前鍋島藩邸跡地にある。なぜと思うが、明治の元勲だ薩長土肥だといっても30かそこらの田舎のにいちゃんである。それでいいんだろう。

午後に急に電話が入ってやおら大事な話だ。おい、俺は初詣だけのつもりだ、こちとらやくざな私服だし料亭もいきなり空いてなどおらんぞといったが、なんとかニューオータニの「千羽鶴」さんにて会談は済んだ。年初から今年は動く。

「伊賀の影丸」型組織論

2018 JAN 6 2:02:41 am by 東 賢太郎

子供時代の愛読書(漫画ですが)に横山光輝の「伊賀の影丸」(右)があって、幕府転覆をはかる計略をもった敵方の甲賀や飛騨の忍者軍団を倒す命を将軍から受けた公儀隠密の服部半蔵が配下の伊賀忍者の中から10数名の妖しい忍術を操る者たちを選んでチームアップします。相手もほぼ同数のそういう妖術使いたちで、特殊技能者同士の1対1の手に汗握る決死の戦いがくり広げられ、最後は影丸だけ残って伊賀が勝つ話なのです。連載していた少年サンデーが70円ぐらいでしたか、本屋さんで買うと自転車ですっ飛んで帰り、没頭、没入して読んでおりました。

大羽進投手(背番号29)

男の1対1の勝負への関心はこの作品によって絶対のものとなり、自分も影丸のように強くなりたいとなる。結局それは武道ではなく野球の投手・打者の一騎打ちという関心に行きつきましたが、東京人の僕が小学校2年で広島ファンになったのは、高校時代からライバルだった王貞治(早実⇒巨人)と大羽進(日大一⇒広島、巨人戦通算19勝)の因縁対決にいれあげ、弱い方の大羽が無敵の王を三振に取るシーンに熱狂したからです。だからどうしても自分で一騎打ちがやりたく、どうしても投手をやるぞとなった。でも実はそれは影丸の影響だったのです。

影丸を呼びチームアップにかかる服部半蔵

そして時が経って、いま会社経営という場面で何が自分の理想形かとつらつら考えるに、あの服部半蔵の忍者軍団のチームアップこそしっくりくるなと感じ始めているのだから、まさに三つ子の魂百までです。チームに呼ばれる忍者たちはめっぽう強い。普通の忍者が集団でかかっても「ちょこざいな」と殲滅されてしまう。僕にはこれが焼き付いていて、強い組織には強い者しかいらない、普通の人が何千人いても勝てないと思っています。人海戦術の通用しない僕らの業務においては特殊技能者だけの少数の軍団こそ強いし、経営効率は素晴らしく高いのです。

半蔵の選ぶ忍者たちに上下関係はありません。半蔵自身も現役の忍者であり、この軍団は半蔵を中心に共通の目的で集まったパートナーシップです。僕はソナーを同様に特殊技能者のパートナーシップのイメージで経営したいと考えています。僕も技能者の一人としてです。全員がパートナーですが、僕だけが無限責任社員として経営責任を負う役目をこなす技能者(CEO)ということです。つまりCEOも秘書も特殊技能者として同じレイヤー(階層)にあり、お互いの技能をリスペクトする関係になります。だから秘書はお茶くみなどではなく、パートナーとして戦線で戦力となり得る特殊技能者です。こういう経営風土の会社はあまりないでしょう。

この組織の利点はアメーバのように可変性があり、案件ごとに適材だけでチームアップをして、不足なら社外人材を、契約で無理なく補完できることです。組織に階層がないので無用な上下関係の負荷がありませんし、専門領域のオーバーラップがありません。チームに呼ばれた人は能力が高いと評価されたわけだからプライドをもって自由に活躍してもらえます。報酬は少人数のプロフィット・シェアリングだから高めで、フリー・ライダー(ただ乗りする余計な人)がいないことは、できる人にはインセンティブになるのです。

最も衝撃を受けた名勝負、左近丸vs五十鈴大作。盲目の伊賀忍者左近丸はコマの術で手ごわい如月文兵衛を倒したが、大作の幻術にかかり谷底に落ちて死ぬ。しかし最期に放ったコマが大作の乗った綱を切って結局相討ちとなる(由比正雪の巻)。

儀隠密に敵対するのが「由比正雪」か「土蜘蛛五人衆」か「闇一族」か、相手の属性によって半蔵は選択すべき人材を変えています。ソナーも取り組む案件ごとにインセンティブの高い適材を僕の人脈からチームアップできるから、少人数の選ばれた社員をコアにして高い執行力を発揮できる。当社のマネジメントとは、ある案件の執行に必要不可欠なスキルセットが何で、どうチームアップすれば穴もなく無駄もないお客様にとって頼りがいある軍団を提供できるかということになります。これまでもソナーはこのパートナーシップ型アメーバ経営をしてきましたが、案件規模が大きくなった今、そのひな型を原型に明確な組織論をもって拡大する時期に来ております。

しかし、自分は若々しい影丸のつもりでいたのに、いつの間にか白髪のジジイである服部半蔵の役になってるぞ。嫌だなあ、誰かに代わってもらって影丸やりたいなあ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

力を抜いて自然体の年に

2018 JAN 3 22:22:56 pm by 東 賢太郎

皆様、明けましておめでとうございます。

仕事がら海外とやりとりしているのであんまりお正月の感覚がなく、今年は年賀状がないのでますますそんな感じです。しかし米国は昨日が仕事始めでもう既にメールが入りだしています。元旦は父と従妹が来て正月らしくにぎやかでしたが、今年もやるぞというキックオフ感はありません。このまま力を抜いてぜひ自然体でのぞみたいものです。

社業は順調で有難く、1月に4つの契約を見込んでいます。日米の名だたる大企業様にご信任を頂くのは身が引き締る思いで、責任をもって役目を務めることはもちろん、ソナー・アドバイザーズ株式会社の実力を飛躍させるべく舵取りしなくてはなりません。その意味で2018年は特別の年になるでしょう。

個人的には昨年は勉強、情報のインプットが不足していました。これはまずくて、「いい話」は単品でキャッチできますが「悪い話」は情報のシャワーを浴びながら肌で感知するものなのです。いい話の方だって、自分で理解できないことはできませんから勉強不足だと逃がしてしまいますし、今年は時間を取って海外にも足を運んで学びたいと思います。

TVで「勝てなかったライバル」の番組を見ていました。僕にも何人かいたのですが、勉強や野球や出世では勝てなかったけど人生ゲームでは絶対に負けない。彼にというよりも、もういいやとなると自分に負けと思うのです。そんな自分は見たくないと思わせてくれました。

ヤクルトの伊藤智仁が故障したのは「酷使した俺のせい」と野村克也監督が謝ると、伊藤が毅然として「そう思ってほしくない」「(肘に異変があった)あそこで降板する方が嫌だった」「マウンドに登ったら最後まで投げるのが当たり前。腕がちぎれてもいいと思って投げた」と言ったのに、ジーンときました。

今思うと僕の人生で一番大事だったのは男のプライドだった野球で、それ以外の一切のことは価値観としてどうでもよく、やっぱり肘をやって肩をやって2か月で人生が終わった伊藤の気持ちがわかる。大御所・野村の陳謝に伊藤が感極まってというシーンを狙ったTVの思惑とちがう答えが返ってそう思いました。

今どきの若いピッチャーだって「マウンドに登ったら最後まで投げる」はないでしょう。伊藤にその悔いがないはずがない。でも、男がそれを言っちゃあおしまいよなんです。「監督、ありがとうございます」とか「そんなことおっしゃらないで下さい」なんて言えば、彼は自分に負けです。それは嫌だ、当然です。

僕は高2で野球ができない体になって布団で悔し涙が止まらなくなって、でもそれでコノヤローとなって、じゃあ勉強、仕事で勝ってやろうとなってその後がありました。同様に、起業してからも零細企業だから悔しくてコノヤローが何度もありました。やっと、それをバネにできるところに来たように思います。今年は周囲には優しく、静かに自然体で前に進みたいものです。

今年もSMCでお会いできることを楽しみに、皆様のご多幸とご健康を祈念しております。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

辛かった今年の明るい5大ニュース

2017 DEC 31 22:22:26 pm by 東 賢太郎

今年は前半が母の看護、後半は米国の案件で埋まり夏休みはなしだった。身近な知人までが、去年の中村に始まり今年も3人亡くなり落ち込んだ。そんな中で前向きなパワーが出ていたとはとうてい思い難いが、本業は不思議と好調になった。来年は会社を引っ越し人員も増やす。思えば仕事の方だって今年は数々の不運、試練に襲われてもうだめだと思ったが、結果的にはオセロゲームのように全部が僥倖に変わってしまったからおそるべしだ。

人生こうやって8割が運だった。1ミリの謙遜もない。その刹那はあっちにすればよかったな、失敗したなというのは数えきれないが、でもそっちを選ばなかったから今があるのは事実であって、それに満足である以上反論のしようがない。「これで良しとしとこうよ」という現実との妥協、ゴールポストの再設定はあり得ない性格であって、それで得点してるのだから努力という言葉が空しくなってしまい、ついに「人生は運だけだ」という盤石の結論に到達するのである。

あえてポジティブなものだけ選ぶ「今年の5大ニュース」はこうだ。

 

第1位 当社に新卒が入社内定

彼も就職は人生初だがお迎えする方も出来て1年の会社でもちろん初の新卒採用だ。さっき彼の大学の先輩である黒澤明の「七人の侍」をやっていて久々に見た。偶然だがタイミングが良すぎる、なにかあるぞ。世界一の映画監督に育ってくれ。期待をこめて堂々の1位とする。

 

第2位 人生初のネコ島探訪

愛媛県の青島で一日ネコと遊ぶ夢のような時間であり、民家で昼寝させてもらったのでますます夢のようであり、ネコのように丸っこい思い出となっている。朝4時にホテルを出て6時の渡航は疲労した老体には誠に難儀であったが、そこまでして人生未達だった夢を果たしたのは愛猫家として誇りに思う。

 

第3位 球史に残るカープの「七夕の奇跡」を目撃

7月7日、神宮球場。9回表5点差をひっくり返しての大逆転勝ちは、あまりの壮絶さに鳥肌がたち、茫然として息子と言葉もなし。カープ勝利の嬉しさよりも、野球の恐ろしさ、打たれた小川投手のショックに気持ちが吸い取られていた。文句なく人生で観たすべての野球で最も震撼する、驚くべき試合であった。なお、それなのにSMCの方に書かなかったのは母の喪中で憚ったから。だからソナーのブログに書いたが、ソナーの業績好調はいま思えばこの時期からスタートしていた。そして、これが今年球場で観戦した唯一の野球だった。

http://sonaradvisers.co.jp/2017/07/08/1597/

 

第4位 ノーベル物理学賞・中村修二先生の知己を得る

同い年だ。話が合う。物理特性として青色LEDは八合目であり紫色LEDが頂上であるのは自明と納得したが、しかしまだ世界は詳しくは知らない。こういうのは経験から革命の予感がある。

 

第5位 ヨガを始める

といってもまだ1回だけだが。やってみると非常に苦しくてまったく歯が立たない。ということは克服すればいいことがあるはずだ。大勢だとみっともないのでマンツーマンで、女性の先生がやさしいのがいい。

 

(番外)

ブログ訪問件数が100万をこえる

ITの世界の予測数字はなんら当てにならないと悟った。そこから1か月でもう120万になり、確信となった。ということはその世界にプロなど一人もいないということであり、誰でも何でもできる可能性があるコロンブスの西方航路ということだ。5年の実験結果である。

 

ネクサスの1周年お祝い

 

ネコ三昧のいちにち(愛媛県・青島探訪記)

皆さん、良いお年をお迎えください。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

 

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

水野智路
塩入冬湖
木ノ内輝