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カテゴリー: クラシック音楽

僕が聴いた名演奏家たち(ルチアーノ・パヴァロッティ)

2019 OCT 12 15:15:56 pm by 東 賢太郎

精神科医のK先生と食事していたら歌手の指導でボイストレーニングをしておられるという。なぜかというと患者さんに言う事をきいてもらうのが精神科では肝要であり、そのためにはまず「良い声」が大事なのだそうだ。

ビジネスでも良い声は得だ。説得(プレゼンテーション)の成功率はポスチャー(posture、ポーズ、立ち居振る舞い)への依存度が高いとビジネススクールでは教えるが、声もその一部と考えていいだろう。女性を口説く天才(でなくてはならない)ドン・ジョバンニの役をモーツァルトはテノールでもバスでもなく、「バリトン」で書いた。このことの重みは書いても文字にならない。良いドン・ジョバンニの歌い手がその低域で口を丸めて伸びやかな、しかしやや凄みをこめて歌う場面に接するだびに、僕はなるほど!と説得され、モーツァルトのプレゼンテーションの天才ぶりに圧倒されるのだ。

それを受け継いだのがカルメンを夢中にさせる設定の闘牛士エスカミーリョである。ビゼーは全曲のピアノ・バージョン(左)を作ったほどドン・ジョバンニに傾倒しているわけだが、色男=バリトンの図式に気づいたのはさすがだ。しかも彼は生々しい殺人現場で幕を閉じるという点で革命的だったこのオペラのヒロインを異例のメゾソプラノで書いた。モーツァルトもズボン役ケルビーノをメゾで書いたが、ズボン役とは中世的な非現実、仮想の容認である。20世紀になってまだそれを書いていたR・シュトラウスに対し、ビゼーは中世を全否定する地点で1875年にカルメンを書いている。ドイツ、フランスを隔てるライン川近郊に住んだことのある僕はこのことをゲルマン、ラテンの対比に見立てたくなる衝動に駆られるが、その適否はともかくとして、それがカルメンを「元祖ヴェリズモ・オペラ」として音楽史に位置付けた一因だと書いてもそれほどはずれてはいないだろう。役柄によって何が「良い声」かは決まるのだが、それがはまった時のインパクトは強いということだ。

Italian opera singer Luciano Pavarotti as the character Nemorino in ‘L’Elisir d’Amore’, 1981.

K先生とは「声のインパクトという事ならパヴァロッティがすごかったですね」と会話が進んだ。この不世出のテノールを聴いたのは一度だけ、1990年、ロンドンのコヴェント・ガーデンでの「愛の妙薬」のネモリーノ役であった。しかし驚いたのは強くて輝かしいフォルテではない。席は後ろの方だったが、pp (ピアニッシモ)にもかかわらず彼のささやくように軽やかな高音がとろけるクリームのような滑らかさを伴ってくっきりと耳元に届いてきたのに仰天したのである。僕の中で、パヴァロッティはレコードで聴くロドルフォの「キング・オブ・ハイC」ではなく、あのリリコ・レッジェーロの唯一無二の質感で痛烈に記憶されている。あれに匹敵する pp の体験というと、やはりロンドンできいたこの世のものと思えないロストロポーヴィチのチェロの高音しかない。どちらも文字では説明し難いが「リッチなピアニッシモ」「音の栄養価が高い」とでも無理やり書くか、やった人しかわからないから比喩の意味が薄いが「野球の投手の軽く投げて速くもないのに手元で伸びて打たれない球」が近いとでも申し上げるしか手がない。

パン職人の倅であったパヴァロッティはイタリア、モンテカルロ、ニューヨークに約500億円の不動産、そして各所に約16億円の負債を残して2007年にすい臓がんで亡くなった。すぐに前妻と3人の娘、そして新妻とその娘という6人の女性による相続で血みどろの裁判になったのは彼が2通の矛盾した遺言状を書いたからだ。巨大なバランスシートの持ち主であったが、それに見劣りしない威風堂々たる巨躯の持ち主でもあった。K先生曰く声はボディに共鳴して倍音を伴って響くそうで、あの、他の誰からも聴いたことの無い pp はその恩恵によるものかもしれない。ただ、体躯が立派であることはプラスだが、共鳴体としては楽器と同じ原理で筋肉質で固めが良く、脂肪太りのでぶは逆にだめだそうだ。パヴァロッティは晩年は体重と戦っていた。

そういえばその昔、マリア・カラスがサナダムシを飲んで40キロ痩せたとニュースになった。真偽のほどは疑わしいという説もありそこは何とも言えないが、我々が見知っている天下の歌姫カラスといえばダイエット後なのだから、その決断はビジュアルには大きなプラスとなったが声にはマイナスではなかったと思われる。女性だから筋肉太りだったはずはないのであって、むしろ脂肪が落ちて声も良くなったという理屈になろう。写真の二人の女性が同一人物とは頭で知っていてもやっぱりウソでしょと疑ってしまう、ライザップもびっくりの使用前・使用後である。「サナダムシは宿主のヒトに悪さはしません、ただ腸に流れる栄養をかすめ取るだけです。なんと結節のヒダヒダまで人間の腸とそっくりの姿、形に進化してるんですよ」(K先生)とは不気味な話だが、女性も魔物だと思わないでもないのである。

 

ショスタコーヴィチ 交響曲第13番 変ロ短調「バビ・ヤール」

2019 OCT 10 13:13:12 pm by 東 賢太郎

屋久島で助けた若いイスラエル人にもらったペンダントを自室の壁に掛けている。あれはもう5年前になるのか。羊に見えるが、ヘブライ語の “H” をかたどったユダヤのお守りだそうで、どうして H なのかは思い出せないが、「これはあなたを幸福にします」と真剣なまなざしでいった彼女の顔と言葉は忘れない。

キエフを占領したナチス・ドイツ親衛隊が、2日間で33,771人の女子供を問わないユダヤ人と、ウクライナ人・共産党員・ジプシー・ロマらを虐殺したのが、ウクライナ(キエフ)にあるバビ・ヤール峡谷であった。どういうきっかけだったか、だいぶ前にこの写真を見たときの衝撃は失せようがない。人間が犯したあらゆる罪でも最も悪魔に近い、鬼畜でも済まない、鬼だって畜生だってこんな卑劣、残酷なことはしない、呪って地獄に落とすべき所業だ。

1992年にドイツに赴任した。正直のところあまりうれしくなかった。フランクフルトの街のそこかしこでドイツ語を聞いた時に、まず心に浮かんだのは、これがモーツァルトのしゃべっていた言葉かということでもあったが、ナチスもそうかという暗澹たる気持ちのほうが多めだったのを思い出す。家を借りることに決めたケーニヒシュタインは、たまたまユダヤ人の街だった。ドイツ人には申し訳ないが、その文化、音楽は言うに及ばず哲学、思想、自然科学、法学において最も尊敬に値する国ではあるのだけれど、2年半住んで良い思い出をたくさんいただいたのだけれども、それでもどうしても「それ」だけは意識から消せないまま現在に至っていることを告白しなくてはならない。これだけドイツ音楽を愛し、それなしには人生成り立たないほどなのに、このアンビヴァレント(ambivalent)な相克は僕を内面で引き裂いている。

ナチスのホロコースト犠牲者は600万人とされるが、スターリン時代のソビエト共産党による国民、党員の粛清者は少なく見積もっても2000万人といわれる。ユートピアは死体の上に築かれるものらしい。その体制下に作曲家として生きたショスタコーヴィチがそのひとりにならなかったのは作品を見る限り奇跡としか思えないが、彼には音楽を書くと同等以上のインテリジェンスがあった。交響曲でいえば5番から本音を巧妙に封じ込める作法に転じ、時に大衆にもわかるほど明快に共産党への社会主義礼賛を装って、しかしアイロニーとシニシズムの煙幕の裏で鋭い批判と反逆の目を光らせる。表向きの迎合はスターリン死後の11,12番で犬にもわかる域まで振れ、その反動がいよいよまごうことなき “言葉” を伴った音楽で、本音の暴露と思われて仕方ない体裁で世に問われたのが第13番である。

13番は1962年、僕が小2の時の作品だ。まさにコンテンポラリーだが、最も舞台にかかることの少ないひとつだ。当然のこととして政府が監視、干渉し、Mov1の歌詞書き直しを命じ、初演を委嘱されたムラヴィンスキーが理由は定かではないが逃げ、コンドラシンが振った。劇場の聴衆は熱狂をもって支持した。海外初演はオーマンディーが振った(歌詞はオリジナルで)。フィラデルフィアの楽屋で「日本が大好き」と言ってくれた彼もユダヤ系米国人だ。まず彼の録音を聴いたが、よくわからなかった。僕はまだ若かった。今になって悟ったことだが、「バビ・ヤールに記念碑はない」と始まるこの曲は、世界の聴衆の脳裏にそれを建立して刻み付ける試みであり、エフゲニー・エフトゥシェンコの詩に託して語った作曲家自身の墓碑銘であると思う。

バス独唱とバス合唱は暗く重い。Mov1の曲想も沈鬱である。Mov2は一転、悪魔のブルレスケだ。Mov3「商店で」女たちは耐える、Mov4「恐怖」恐怖は死んでも偽善や虚偽がはびこる新たな恐怖がやってくる、Mov5「出世」私は出世しないのを、自分の出世とするのだ!音楽は旋律があり無調ではないが、鼻歌になるものでもない。4番でモダニズムに向かおうとしていたショスタコーヴィチがもし違う国で活躍できたなら13番目の交響曲はどうなったか、誰も知る由はないが、彼がどんなに不本意であったとしてもこれはあるべきひとつの帰結であり、彼の生きる意志と精神の戦いのドラマとして聴き手の心を痛烈に揺さぶる。Mov4まで、聴衆は尋常でない重みの暗黒と悲痛と諧謔と嘲笑を潜り抜け、Mov5に至って初めて運命の重力から解放される。Vn、Vaソロの天国の花園と鳥のさえずりがなんと救いに聞こえることか。チェレスタとベルが黄泉の国の扉を開け、全曲は静かに幕を閉じる。くどいほどの隠喩に満ちた怒りのメッセージと、田園交響曲から連綿と続く救済のメッセージの交差は現代の眼で見れば何ら新奇ではないが、彼ほどの人間がこんな手法に閉じ込めねばならなかった「なにものか」の重さは痛切だということが、それをもってわかる。ぜひ、上掲の写真をもういちど御覧いただければと思う。

昨日は初めてライブを聴いて、この交響曲は「理解」しようと思っても難しいのだと気づいた。エフトゥシェンコの詩は平明で、そこで起こっていたことを推察させるには充分だ。それをショスタコーヴィチが題材としてなぜ選び取ったかもである。「なにものか」を「時代の空気」と書くのはあまりに軽薄で情けないが、それを彼はこういう音楽に託したという意味での空気(アトモスフィア)ではあリ、彼の境遇ではそれを呼吸せずに生きることは能わなかった。アートは芸術家の心の奥底にある何らかの五感、感覚を通した衝動が生むものだとすれば、ここでの衝動は特異だ。しかし、それは、モーツァルトが危険を冒して書いた「フィガロの結婚」に比定できないでもなく、聴くものに「何かを読み取ってくれ!」という強いメッセージを包含しているように思う。ただ、ショスタコーヴィチのほうは、読み取るも何もあまりにあっけらかんとあからさまであって、彼ほどの頭脳を持った男にして何がそんなことをさせたのかの方を読み取りたくなってしまうという点で、13番は特異な音楽であると思う。

娑婆に戻ろう。きのうはCSファイナル初戦の巨人・阪神と迷った自分がいた。クラシック音楽と野球とどっちが大事なんだという問いに答えるのが僕ほど難儀だという人はほとんど存在しないのではないかというのが長年日本国に暮らして経験的に得た結論だ。犬好きと猫好きは違うが、両立することもある。しかし、こっちは、平明な水準ならともかく、そういう人は見たことがない。所詮は道楽の話だ、どうでもいいとも思うが、僕はそういうことを仔細に観察する手の人間であって、もはやリトマス試験紙になるかと思うほどに両者の人種までが違うと結論するしかないし、酸性でもアルカリ性でもある自分というものがわからなくなる。

これが5番や7番だったら確実に東京ドームに現れていたからけっこう微妙な裁定になるが、13番はなかなか機会がなく抗し難かった。まずハイドンを前菜にしたのは正解で、結果として、13番の重さを中和してくれたように思う。94番、何度聴いても良い曲だなあ、最近はますますハイドンに惹かれている。Mov1の提示部でVaに現れる、まさにハイドン様にひれ伏す瞬間である対旋律をテミルカーノフは2度とも指示して浮きだたせた。もうこれだけで先生わかってるね、さすがだねだ。

彼は13番初稿を作曲家の前で振っているが、コンテンポラリーをオリジナルな形で聴いておくのは大事だ。こうして何度も上演を重ねて、解釈は固まっていくから、千年の単位で物を見るなら我々はそのきわめて初期の過程をwitnessしたことになる。音楽が表すものが美ではなく、怒りである。音楽はそういうものをも伝えることができるという稀なる体験だった。

 

指揮=ユーリ・テミルカーノフ
バス=ピョートル・ミグノフ
男声合唱=新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)

ハイドン:交響曲第94番 ト長調「驚愕」
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 変ロ短調「バビ・ヤール」

(サントリーホール)

LPレコード回帰宣言(その3)-ショーペンハウエル-

2019 SEP 29 16:16:51 pm by 東 賢太郎

Sさんに部屋の音響特性をわかってもらうためピアノの生音を聴いてもらった。機材はスペックの数字で決まるのではなくて、部屋との相性が問われる。前回は名器とされるアンプを3つ不合格にした。しかし2004年に念頭にあったのは「CDをうまく鳴らす」ことだ。それもモノラル、ステレオ初期の、「僕にとって宝物である特定の音源」をCDフォーマットで聴くことがバージョンアップの動機だった。その時点で「僕にとって宝物である特定の楽曲」はほぼ限定的に決まっており、それを聴くべき極めて少数の音源もほぼ限定的に決まっていたようだ。「ようだ」と書くのは15年経過した今も変わっていないからだ。

そうして決定した現在のセットアップを変えるのはリスクのある投資だが幸い僕にはクルマの趣味がない。社用車をテスラXにした程度で、しかもそれはプログラムのバージョンアップを通じてメーカーとつながっているというB to Cモデルの革命を投資家として体験するビジネス上の動機だ。1985年前後から始めたCDへの転換と投資は音楽産業の最前線とつながっている意味は多少はあったもののテスラのようにメーカーとオンラインの関係にない、消費者であり続けること(すなわち永遠にしゃぶられる古典的B to C)を前提にした関係であった。有用性が永遠にあるなら結構だが、実はないことを体験を通じて知った。それがこれだ(CDはだめになるので要注意)。

LPよりCDが保存がきくというdurabilityのセールストークはウソであった。この稿は「スポンジ」に起因するものだが、スポンジがなくてもだめになったもの(例・Eurodisc、ヨッフムのベートーベン序曲集等)が複数存在する。観察するに文字面のインクの透過によると思料する。1964年に買ったLPが美音を奏で、その後集めた千枚以上のLPに1枚たりとも経年劣化が生じていない事実と照合するなら、durabilityという観点からの1985年からのCDへの投資は間違いであったと結論せざるを得ない。

「このCDルームにある1万枚、実は9割はもう聴きません。僕は是々非々なんでつまらないのは1回でおしまいです。なぜ捨てないかというと、店で買った時のわくわく感を覚えてるから。記念写真ですが捨てられないんです」。Sさんにそう言ったが、バレンボイム / シカゴ響のシューマン交響曲第2番も記念写真の一部だったのは厳然たる事実だ。LPで聴いてみて、何度も聴きたいと思う演奏だったことを「発見」したわけだ。とすると第2、第3のそれが出てくるかもしれず、CDで初めて知った音源を今度はLPで買いなおす必要があるかもしれない。

僕は海外16年で40か国訪問し、旅行でも出張でもどこへ行ってもレコード(CD)ショップがあればビジネスを少々押しのけてでも何か買ってきた。だから業界の人より詳しい部分もあろうし、そうして購入したものは記念写真であり自分史でもある。それは同時に『「僕にとって宝物である特定の」楽曲と音源』という、まったくプライベートな精神的帝国でもあって、それを現実の音にする場がリスニングルームという石壁に囲われた城である。そこに置かれたピアノという工具で「宝物」の分解、研究をする人生は楽しく、天文学者が星の観測、研究をするのと変わらない。

「プライベートな精神的帝国」を作ることがショーペンハウエルが「意志と表象としての世界」に論じた幸福であるならば(僕はそう理解しているが)、還暦にしてとうとうそこに到達できたような気がしていることを有難いと思う。帝国を何処に構築しようが勝手であり、それが何に依拠していようと自由であるが、僕の場合はポップスやAKBではなくクラシック音楽と呼ばれるものになった。理由はそれが僕にとって「音楽」であり、それが表象(フォアシュテルングだからだ(「世界は私の表象である」ショーペンハウエル)。

 

 

 

LPレコード回帰宣言(その2)-イコライザーカーブ-

2019 SEP 29 2:02:53 am by 東 賢太郎

CDが決定的にダメだと確信したのはバレンボイム/シカゴ響のシューマン交響曲第2番(DG)だ。最初この演奏をロンドンでCDで買って、一度だけ聴いてあっさりお蔵入りとなって忘れてしまった。その後帰国してたまたまドイツプレスのミント(美品)の中古LPを見つけたので購入して聴いてみた。これが素晴らしいのだ。同じ演奏と思えない別物である。

LPは音溝幅の物理的事情から高音過大のカッティングなことは周知だが、デフォルトのイコライザーカーブをEQで修正して聴くわけだ。カーブは全米レコード協会の周波数基準があるにもかかわらず各レーベル個性があるというのが定説だ。同感である。いずれにせよLPとCDはマスターテープと異なるカーブになるがDGのエンジニアがCDトランスファーでそれをいじったかどうかは不明だ。しかしシューマン2番におけるCSOの弦のボディ感、木管のブレンド、金管のバランスなどは明らかに違う。

ホールでも部屋でも同じく、オーケストラの場合でいうと、低域の音圧と締まりがないとその倍音と溶け合う中粋の色香がうまく出ない。弦の高域はきつくざらつき気味になる。パイプオルガンを野外で聴いたらと想像すればいい。教会のたっぷりした空気と反響による残響が倍音を共鳴させ混合するから、あの荘厳で色彩的な演奏が可能となるのだ。総合するならこのCDは高域が薄っぺらくチープで中粋の色彩に欠け、低域はブーミーで締まりがない。だからお蔵入りしたのであり、そのまま僕の中のバレンボイムの評価も下がってしまっていた。

それが本CDエンジニアによるイコライザーカーブ調整の固有の問題なのかCDというフォーマットの可聴域外カットのユニバーサルな問題なのかは結論できないが、私見では後者も少なくとも原因の一部であると考える。音として出てないものは機材で調整しようがないから、LP回帰するしかないのである。ひとつ課題があって、僕はリスニングルームを地下室として設計するにあたってアムステルダム・コンセルトヘボウの音を念頭に置いたから部屋に残響がある。スピーカーの生音にイコライジングしたカーブを自室の固有のアコースティックに合わせて再調整なくてはならない。ここは自分の耳だけが頼りだ。

オーディオには疎いので機材選択とセッティングはプロのSさんのご指南に頼ることになる。15年前にバイアンプにするためパワーを2台買ったときは自室で4機種を聴き比べさせてもらった。ドイツで買ったブルメスターを低音に、4度目にもってきてもらったホヴランドのストラトス2台を中高音に割り振って、うまく鳴らすのが意外に難しいB&W801Dが完璧に駆動した時の喜びは忘れがたい。これにブルメスターのプリ(500万したが)をつないだ音はもう他のものは聴く気しない天上の音色で、ヨッフムのブルックナー、ハイティンクのシューマンはコンセルトヘボウS席の気分となれて目的を達した。

ただ、一つだけ寂しいのはプレーヤー、カートリッジの選択がCDだと存在しないことだった。プレーヤー操作は面倒だがそれが楽しいということはあって、カートリッジで音が変わる(さらにはケーブルで)という泥沼にはまりだすと抜けられない。スピーカーケーブルはついに直径5cmのアナコンダみたいなのに落ち着いたが、たしかに音が変わるのは魔力で、オーディオファイルの方の気持ちはわからないでもない。

 

 

 

 

 

 

 

LPレコード回帰宣言(その1)-光と音-

2019 SEP 26 23:23:00 pm by 東 賢太郎

ブルメスターのプリアンプの修理でオーディオショップに電話したら担当のKさんがはずれていてSさんが来てくれた。初対面だ。「この業界、ユーザーが高齢化で大変なんです」。若者に売れないのもあるが、若い者では耳の肥えた客のニーズにお応えできないから担当者も40代ぐらいのベテランになる。「音にこだわる文化がなくなるんでしょうかねえ」と42才のSさん、ちょっと寂し気だ。

機材についてはKさんから引き継いで知っているSさんが、配置や配線を調べて歩き回り、スピーカの間の壁の前に来て立ち止まった。「ええっ、このレコードお持ちなんですか!」「なんで?」「探してたんです、初めて見ました、実物」「この音源、CBSのアメリカ盤LPも持ってるし、CDフォーマットでもアメリカ、日本、ドイツの3種のプレスがあっちの棚にあるけどね、ぜんぶダメですね。いいのはこの初盤だけです。」

こういう客がいる限り、オーディオ業界は生きのこる。僕は生まれたらそこいら中に親父のSPレコードがあり、それを縁側で割ってやばいと思ったのが初めての記憶というレコード是人生の人間である。「つまりね、プレス重ねると劣化する、LPもね。CDは論外だ。可聴域だけでね、まがいもんだね」。そう感じだしたのは可視光線と色の波長の関係を中村修二教授に教わってからだ。

簡単に書くと、青、赤、緑の光を混ぜると白色光ができるが、それは本当の白ではない。何が「本当」かというと太陽光のもとでの白色だ。太陽光には紫や暗赤色があるが、今のLEDはそれが出ない。だから我々が見ているスマホやテレビのバックライトの白は、白っぽい色を白と思い込まされているに過ぎないのである。教授のデモを見て、スマホの白がまがい物であることを確認した。

人間の可聴域外の周波数をカットしたCDの音も同じくまがい物であるといえないことはない。可聴域外の音域の倍音の共鳴音は聞こえないが、だからといって現実には響いているものがいらないと誰が証明できるだろう。私見では音色、楽器の色香に大いに影響があると感じる。LP、CDの音の差異は、アナログ、デジタルの信号読み取り原理に起因する部分はCDに軍配が上がる効果もあると認めるが、倍音共鳴の遮断デメリットの方が大きい。それを消しては音楽の喜びは半減と感じる今日この頃だ。

「Sさん、僕はLPレコード回帰するからいいプレーヤーとカートリッジ教えてください。それでここでご執心のブーレーズの春の祭典を聴きましょう、あなたの知ってるCDの音がいかに倍音がない干物みたいなものかわかりますよ」。問題の僕の初盤LPの音はDAコンバータでCDRに焼いたのをyoutubeにアップしてあるのでどなたも聴けるし、CDとの差異もaudible(聴いてわかる)なレベルと思う。ただし、ヘッドホンで聴かないとわからないでしょう。

 

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クラシックの「メロディー派」と「メカ派」

2019 SEP 10 21:21:00 pm by 東 賢太郎

ミステリー好きのクラシック好きはけっこう多いらしい。横溝正史のような作家もいる。何か理由があるのかもしれないが、根っこはただの洋物好きかもしれないとも思う。というのは、我々の爺さんあたりの世代はデカンショ節を高吟して哲学を気取り、ミステリーは洋書でクラシックは輸入SPレコードでなじみ、それが文化人でハイカラだという気風があったからだ。

東京の神保町に古本屋街、洋書屋、洋物文房具屋、画材屋があり、隣の秋葉原に電器部材屋が密集しオーディオ屋、輸入レコード屋ができたが、洋物とセカンダリーマーケット(中古卸し・小売り)という共通項が底流にあったように感じる。自分は中学生から大学卒業までこの界隈を日々徘徊し、そこにムンムンするほど充満してた雑多だけど西洋への憧れを刺激するB級アカデミズムの空気を吸って育ったからこうなった気がする。

非文学的だから洋書に関心はない。クラシックはバリバリの洋物で、ミステリーも洋物なのだが、それが共通項ではなく「メカニック好き」だからはまった。クイーンの謎解きはゾクゾクするほど僕にはメカであり、バッハやベートーベンのスコアもストラスブール大聖堂の精巧な天文時計みたいにメカニックだ。メカニックという共通項で僕はミステリー好きのクラシック好きなのである。両者の「代表作」を20代までに知ってしまったのは、たぶん遺伝子的に、「メカ派」の嗜好が強かったからだ。

洋物ミステリーの名作は子供だったからもう犯人も忘れている。どこか孤島で片っ端から読み返したい。とにかく初読のパンチの強烈さは比類がなかった。それに比べて日本人作家は印象が薄い。メカが弱くて、旅情ロマン小説か逆にメカ・オタク過ぎてマニア向けのエロ本の風情になってる。後者は本格モノというらしいが英語は素直に “puzzler” で、その他は本格にもとる風の偉そうなニュアンスはない。驚愕の結末やらなにやらその快感に焦点を絞っていてもうSMの世界だ。

日本人の書いたクラシックはもっと影が薄い。申しわけないが人生を変えるほど凄いと思ったものがない。僕が最初にノックアウトを食らったのはストラヴィンスキーだが、春の祭典の、まさにこのブーレーズのレコードの19分40秒から20分21秒までである。

これを聴いて、得体の知れぬ奇っ怪な黄泉の花がぽっかりと宙に浮かんで次々と咲く妖しい幻覚を見た。そして、それこそがこのジャケットの絵だと思った(なんとも素晴らしい絵だ)。こういう桁違いの音楽を日本人が書いていけないことはない。でも、ない。

この部分のスコアはこういうことになっている。

12音のうちラ以外の11音を使った複調である。しかしそういう理屈としての技芸が事の核心ではない。ロシア人の脳みそからは時にこういう破壊的なものが出てくるとしか書きようがないが、3大Bの系列にない、クラシックでは田舎圏であるロシアからこれが出てどうして日本から出ないんだろう。

文化人類学的な興味はあまりない。なぜこんな黄泉の国みたいな妖しい音がするんだろう?というのがメカ派のプライマリー・クェスチョンだ。ピッコロ・クラリネットのC7の駆け上がるアルぺジオが高音域のフルート3本が作るCとコントラバスのフラジオレットの不思議な和声(d-g#-c#)を導く(ように聞こえる)。妖精が魔法の杖を振り上げると金の花粉が天空に舞い散る。そこに第2VnとVcの3連符のB♭7の和音が薬味のように混ざる。しかしこれをピアノで鳴らしてもそれほど目覚ましい音はしない。これは管弦楽の魔法なのだ。

こういう型破りは日本人は不得手なのだろう。どうも世間常識や慎ましさや手堅さや師匠へのソンタクみたいなリミッターがかかってしまう気がする。車がそうだ、トヨタから自動運転やファルコン・ウィングのテスラみたいな発想は出ない。技術に非の打ちどころはないがとんがりきれない。それじゃいかん、なんてとんがると今度は無用にそれが目的化してオタク専科になってしまう。そうじゃない、芸術は爆発でなく計算である。春の祭典は天のギフトをもらった者が緻密に計算して数学の答案みたいに書いたスコアで成り立っている、ストラスブール大聖堂の天文時計なのだ。これを爆発と勘違いして意味なく「ぶっ飛んだ」ナンチャッテが世界各地で作られた。

こういうアートが、エラリー・クイーンの「オランダ靴の謎」のような数学美をたたえたミステリーを彷彿とさせるといって、いったいどれほどの方にご賛同いただけるのだろう。「音楽は美しいメロディーです」という主張を退ける自信はないが、ベートーベンの後期のカルテットにそんなものは出てこない。メロディーはたくさん出てくるがメカがお粗末な一部のオペラがその対極であり、それを無視する僕はオーディオマニアでないのと同じぐらいクラシックファンではないし、メロディー派の洗礼儀式である音楽の授業が大嫌いだった理由がいまになってわかる。音楽は理科の授業で習えば楽しんだと思う。

音楽の通信簿は2だったから授業は不要だったわけで、要は、興味のないものは無視で人生何も困らないという結論に至る。美しいメロディー皆無の春の祭典が僕を震撼させるのはJ.S.バッハのフーガの技法やベートーベンの後期のカルテットと同じことであり、オランダ靴に「衝撃の幕開け」や「驚愕の最後の一行」はないのと僕の中では同義である。宗教が違う。そして残念ながら、その関係の連鎖に日本人制作のクラシックもミステリーも出てこない。別に欧米礼賛ではない、是々非々で、出てこないものはどうしようもないのである。

それがどうしてブラームス礼賛なのか。たしかに彼は美しいメロディーを書いたけれども、メカ派なのだ。そんなことはない、彼はロマンティストだという反対意見はあろうが、それとメカ派は矛盾しない。ベートーベンも彼も、さらにはもっと異論が出そうだがモーツァルトもメカ派である。それを度外視して、さあ美しいメロディーをと「日本流クラシック」を強要するのは僕には拷問であり、かつての同盟国だからドイツ人とは気が合うぞと信じるぐらいお門違いである。

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ブラームスという人生の悦楽

2019 SEP 9 20:20:56 pm by 東 賢太郎

僕にとってヨハネス・ブラームスの4つのシンフォニーが何かと言われれば人生そのものだと答えるしかない。二十歳の頃からこれなしに生きていたことはないし、どれのどこが好きかというものでもない、どの一音までもが血肉になっていて聴くたびに新たに感動し、出会えた喜びに包まれる。

16の楽章のどれもがピアノで弾くのはやさしくない。それでも諦めるわけにはいかない、余生をかけて勉強していくし、いちばん弾きやすい3番の第2楽章はなんとかしたし、弾くたびになんていいんだろう、この楽しみがあれば他の趣味なんていらないと得心するばかりだ。

昨日からヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮の4曲に浸って、心の芯から癒されて究極の満足を頂いている。ウィーン交響楽団との演奏だ。1960年代初頭の録音はオーケストラの魅力を見事にとらえ、倍音とホールトーンが好ましい。あらゆる再現装置でそうとはいえないだろうから音の印象を文章にするのは難儀だが、管の色彩があでやかでよく歌うのは誰もが聞き取れるだろう。

指揮は古典的できりっと引き締まったものだが、フルートをはじめ奏者たちが最高の音楽性をもって自発的な合奏をしている。管楽器の音程が最高でまさにブラームスの醍醐味だ。こういう何も足さず何も引かずを昭和の批評家は評価しなかったがいったいどういう趣味でそういうことになってしまったのだろう?本当に上質な京料理を知るかたなら分かるだろう、昆布、鰹節、椎茸に薄口醤油の絶妙のだしが、これまた素材のままに絶妙の滋味あるブレンドでからんだという風情のものだ。

例えば僕が音程と表現したもの。プロのオーケストラなんだから当たり前だろうと思われようが、とてつもなく違う。サヴァリッシュなのかウィーン交響楽団の奏者なのか、ともかく、聴き始め10秒で心を鷲づかみにされる蠱惑の楽音である。歌心からこぼれおちる華のある音程(ファとシ)の採り方で、それが平板だとロマン的で淡彩色の陰影がある転調の妙味が出ない。こういうものを知ってしまうと、こうでないブラームスは面白くもなんともなくなってしまう。

このセットには2つの序曲、運命の歌、アルトラプソディ、ドイツレクイエムも入っている。全てが見事な音楽であり、運命の歌は知るうちで最高の上質な演奏だ。テンポは総じて速めでサヴァリッシュ晩年の深みはないが、これからも何度も耳を傾けることになるだろう。

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ベートーべン 歌劇「フィデリオ」

2019 SEP 8 21:21:35 pm by 東 賢太郎

ベートーベン/オペラ 『フィデリオ』 (演奏会形式)

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
レオノーレ(フィデリオ):アドリアンヌ・ピエチョンカ
フロレスタン:ミヒャエル・シャーデ
ロッコ:フランツ=ヨーゼフ・ゼーリッヒ
ドン・ピツァロ:ヴォルフガング・コッホ
マルツェリーネ:モイツァ・エルトマン
ジャキーノ:鈴木 准
ドン・フェルナンド:大西宇宙
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
管弦楽:NHK交響楽団

9月1日・オーチャードホール

幕開けが「フィデリオ序曲」で第2幕の頭に「レオノーレ3番」であった。これを聴くのはクルト・マズアのやはり演奏会形式を聴いて以来。LvBはドン・ジョヴァンニ、コシ・ファン・トゥッテの台本を不道徳だと嫌ったが、モーツァルトにそんな倫理観はなかったし、オペラを書くにあたって筋への主義主張としてのこだわりはフィガロへの政治的関心を除くとそんなになかっただろう。

モーツァルトの主要オペラの舞台はこうだ。

イドメネオ(クレタ島)、後宮からの誘拐(地中海の国)、フィガロの結婚(スペイン)、ドン・ジョヴァンニ(スペイン)、コシ・ファン・トゥッテ(ナポリ)、皇帝ティートの慈悲(ローマ)、魔笛(エジプト)

かように彼のオペラの舞台が地中海世界であるのは、ハプスブルグが地位を継いだ神聖ローマ帝国の歴代の皇帝がその名の通りイタリアへの憧れと関心を強く持ち、イタリア政策と称して介入を続けた歴史と無縁ではない。ウィーンにおいてオペラはそのイタリアの輸入品、舶来品であった。

これは敗戦国日本でロックが憧れの英米の輸入品であるのと似る。モーツァルトがイタリア語でオペラを書き、楽譜にアレグロやアンダンテとイタリア語を書き込んだのは、僕ら世代の日本人がビートルズを英語で歌いたがったのと同じことだ。その文化の中でモーツァルトが後宮と魔笛をドイツ語で書いた。当時ドイツという国はないがドイツ語を話すハプスブルク帝国のプライドはヨゼフ2世にはあったろう。

しかし幼時から旅に次ぐ旅で育ったコスモポリタンのモーツァルトは何語だろうと自在に音楽をつけられる。彼のドイツ語オペラは民族意識というより皇帝に忖度してサリエリらイタリア人を追い出してポストを得ようという方便だったし、魔笛はシカネーダーの芝居小屋で庶民にわかる言葉で売ろうという方便でもあった。動機はともかくそれがウェーバー、ワーグナーに連なる大河の源流になったという意味でモーツァルトは日本語ロックのサザンオールスターズの役割を果たした。

では、やはりドイツ語オペラであるフィディオはどうだろう。1804年、レオノーレの台本を見い出したLvBはエロイカを書き運命を構想中という中期傑作の森にある。彼がモーツァルトの後継者のみならず凌駕した存在になるにはオペラが必要だった。意識したのはやはり救出劇であり、やはりドイツ語(ジングシュピール)である魔笛だった。しかも時代はまさにナポレオン軍がウィーンを占拠し、1806年に神聖ローマ帝国が消滅する前夜だ。

ローマが消えてオーストリア帝国に。LvBが演奏記号までドイツ語に代えていく意識はそのことと無縁ではない。フィデリオの初演の客席はフランス兵が占め、独語が理解できず不評だったとは皮肉なことだが、政治犯の投獄という設定は作曲当時にウィーンが砲撃の轟音と火薬のにおいに満ちていた空気を反映している。大臣到着を告げるラッパも進軍のトランペットとして聞こえていただろう。

LvBが4回も改定した自信作であり、彼は哲学、天文学まで習得したインテリ、教養人だ。国際政治についても先人モーツァルトよりは客観的、汎欧州的な視座があった。そして、二人とも、イタリア人より良い音楽が書ける自信に満ちていた。オペラが意識の中で先進国の舶来品でなくなったという意味で、LvBにおいてドイツ音楽は今に続く地位を初めて得たのである。

ひとつだけ付記しておくとすれば、モデルにした曲が魔笛というのが限界だった。皆さま魔笛をどう評価しておられるか存じないが、この曲は永遠に誰にも凌駕されない。フィデリオが到底その域に達していないことをもってLvBのオペラでの才能やチャレンジ精神を貶めてはならないし、第九やミサ・ソレムニスと違う領域での声楽が聴けることに感謝の気持ちが絶えない。

左様なことをつらつら考えながら聴いたが、歌手陣が重量級で久々にヨーロッパの日々を思い出した。レオノーレのアドリアンヌ・ピエチョンカはややヴィヴラートが大きいが適役だ。マルツェリーネのモイツァ・エルトマンはこの公演でぞっこん気に入っており、ここでも変わらぬ美声を堪能した。

モイツァ・エルトマンさん、まいった

 

オーチャードホールの音響については繰り返さない。席は1回中央で申し分ないが、それなりのもので音が来ない。

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ベートーベン ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 作品101

2019 AUG 27 1:01:07 am by 東 賢太郎

ベートーベン(以下、LvBと書く)のピアノ・ソナタ第28番は後期の入り口の作品とされている。29番の前にひっそりと立つ28番の不思議なたたずまいは長らく気にかかるものがあったが、第1楽章(以下、Mov1)が自分でなんとか弾けることを発見したのはつい最近だ。不思議に思った。最新式のピアノ(ハンマークラヴィール)を前に創作意欲をたぎらせた大作が29番なのは納得だが、最初に作ったのは28番だ。どうしてこんなに穏やかに始まるのだろうと。

この楽章はしばらくホ長調であるかのようなそぶりを見せる。そのために「属調で始まり云々」と解説される。しかし旋律が延々と続いているのは和声が解決しないからであって、属調で始まることより調性は不安定であることの方が大事に思える。むしろ第1,3小節の美しい長7度の不協和音が新しいとも感じる。ワーグナーは28番を好んだと伝わるが、トリスタンの無限旋律の原型をここに見たかもしれない。

28番は1816年夏に作曲されたが、直前の4月に完成した連作歌曲集「遥かなる恋人に」(An die ferne Geliebte)Op. 98の情緒の中にあったというのが私見だ。「恋人」は手の届かない遠くにいる。満たされない気持が6つの詩に託される(彼は連作歌曲集なるものを初めて書いた大作曲家である)。

そのままの心象風景が28番Mov1に投影されて無限旋律となり和声が解決しない。この曲はドロテア・エルトマン男爵夫人(右)に「さあ、どうぞ受け取って下さい、あなたのために長い時間をかけて作ったこの作品を、あなたの芸術の才能とあなた自身に対する私からの賞賛の証しとして、どうかお手元に留め置かれんことを!」との手紙を添えて献呈された。ピアノの弟子であり当代きっての自作の理解者であったこの女性との関係は、末子を亡くした彼女の悲しみを即興演奏で癒したとの伝承で知られる。

28番のMov3の序奏部で、上掲楽譜にお示ししたMov1冒頭主題が回帰する。非常に印象的で誰しもがはっとさせられるこの瞬間、僕はベルリオーズ「幻想交響曲(1830)」のイデー・フィックス(固定楽想)を想起せずにはいられない。この回帰には仕掛けがあって、序奏部でずっと踏んでいた弱音ペダルを直前の小節で「1弦ずつ開放せよ」と指示がある(現代ピアノではできない)。オーケストラのクレッシェンド効果であり、「Mov1冒頭主題の回帰」にスポットライトをあてようという工夫に他ならない。しかも回帰した主題はフェルマータを付した休符で「思わせぶりに」動きを止める。僕は直観的に、これは霧の中から現れた女性の姿なのだと感じる。それが “Geliebte” であって何の不思議があろう。「遥かなる恋人に」(An die ferne Geliebte)をお聴きいただきたい。

この歌曲集の終曲(第6曲、12分43秒から)にも、第1曲の主題が回帰することは特筆してよいだろう。楽譜が読めないテノール歌手はいても、本来が記号論理学的な側面を持つ楽譜を書くことを生業とする作曲家においては、音符、形式を言語とするなら単語、文法に鋭敏な感覚とこだわりがない方がおかしい。LvBは作品の論理構造に対して建築学に類する確固とした美学があり、バッハの技法をミクロ構造として独自のマクロ構造をフラクタルのように構築した人だ。アカデミズムに満ちた「強い頭脳」の持ち主でなくしてそういう作業は成し得ない。楽器やメトロノームに対するあくなき関心と探究心は科学者のようであり、主題労作は高度な職人芸を思わせる。その彼が主題回帰を情緒で考案、試行するとは僕には到底信じられない。それは彼独自の音楽言語においてひとつの文法であり、Op. 98とOp. 101の近親関係が偶然とは思えないのである。

それでいて彼の楽曲がひからびたアカデミズムに陥らず、人の心を打つのは終生女性に関心を失わぬ恋多き激情の人であったのが幸いしたと思うが、しかし、知性がリミッターとなってあからさまにはそれを吐露しない。後期の楽曲はバッハ研究でのフーガへの嗜好の鎧を纏い、容易に心情の奥底をうかがわせない不屈の気構えすら感じる。彼の最後の弦楽四重奏曲や大フーガを気休めや癒しに鑑賞することは難しいが、僕はそれどころか知の領域での挑戦に聴こえることすらある。彼は人生の終盤に至って、何かを残したかったが隠したくもあり、“Muss es sein?(かくあらねばならぬか?)”のごとき思考の痕跡を楽譜に書き残した。ショスタコーヴィチが最後に至った境地はそこにヒントがある。彼は明白に隠したかったものがあり、7番や12番の交響曲ではあからさまにしたが人生の結尾を悟った15番ではそうしなかった。

28番に戻る。Mov2(生き生きと行進曲風に)は誠に驚くべき音楽であり、この特徴的な律動はシューマンの幻想曲ハ長調、交響的練習曲、交響曲第4番に明白にエコーしており、チャイコフスキーの悲愴のMov3行進曲主題もそうかもしれない。センプレ・レガートと書かれた部分はサステインペダルを踏んだままの指示があり、魂が天国に飛翔するごとき顕著な効果を生んでいる。非常にマニアックなことになるが、この部分はソナタ29番のMov3の開始から間もないこの楽譜の2小節目からの高音の旋律を想起させる。

全くの僕の主観であるが、そう思わせてくれたのがドイツ・グラモフォンのエミール・ギレリスの魂の籠った音色、その青白く虚空に浮いた狐火のような、妖しくも儚い浮世離れした「なにか」である。

記述の弱音ペダル解放と並んでピアノに装備された新機能を使おうという実験精神に満ちた部分であり、28番をハンマークラヴィール・ソナタと呼んでもいいほどだ。変ロ長調の中間部では新たな律動パターンが刻まれるが、冒頭に戻る直前、右手が2分音符になり左手がその律動をppの低音で奏でる部分は不気味だ。地底で悪魔の鼓動のごとく脈動していたものが高音部が消えてリズム・スケルトンが露出する、これに酷似した異様な光景はシューマンの交響曲第3番Mov1にも現れる。

Mov1主題回帰が先導するMov3は、同じイ長調の第2番作品2-2と同じ下降する2つの強音で始まる。”Geliebte” の姿が再現して胸に希望が満ち溢れ、「速く、しかし速すぎないように、そして断固として」の標語どおり決然としたソナタ形式の主部となる。やがてその主題は4声のフーガとなり、次のソナタの世界を予見するのである。28番につきスビャトスラフ・リヒテルは「おそろしく難しい。作品111(第32番)以上で、危険さにかけてはハンマークラヴィール・ソナタをしのぐ」と語っている。29番より難しいピアノ作品があろうとは想像もしなかったが。

 

スビャトスラフ・リヒテル(1986年5月18日、プラハでのライブ)

Mov1をこう弾ける人はいない。彼がシューベルトの後期ソナタで展開した思索的な佇まいがここにもあり、ロンドンで聴いた暗闇の中で蝋燭の明かりだけのコンサート風景を思い出す。Mov2のリズムの切れ、中間部の神秘、29番に通じる終楽章フーガの彫の深さは自身の言葉に反して困難を感じさせないが緊張感とオーラが伝わる。

 

ブルーノ・レオナルド・ゲルバー

この人は1997年のルツェルン音楽祭でショパンの協奏曲第1番を聴いたがこういう音だった。ひたすら天国的に美しくしかも驚くほど易々と弾けており、これだけの技術の裏打ちがあってこその余裕の高みから作品が俯瞰できることは稀有の楽しみと思う。ベートーベンの後期が輝かしい美を発散することを証明してくれる。

 

マルタ・アルゲリッチ(1969年2月10日、ヴェニスでのライブ)

youtubeで聴いた。彼女が28番を弾いていたとは初耳だが、これが誰のものであれ驚くべきハイクラスの演奏だ。

 

アルフレート・ブレンデル

ロンドンのころ彼を何度か聴いたが表面的な強い印象は残っていない。大向こうを唸らせる芸風ではなく、展覧会の絵などいまひとつだったがモーツァルトの室内楽は自然と幸福感に浸らせてくれる得難い品格があり、英国での人気の秘密はそこにあったと思う。ここに聴く28番のような内省的な音楽には相性が良く、無理なテンポや技術で押し切ったインターナショナルという名の無国籍ではない、飽きの来ない欧州の伝統と良心を感じる演奏だ。

 

ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィール」 作品106

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独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その7)

2019 AUG 13 22:22:05 pm by 東 賢太郎

アルド・チッコリーニ / ジョン・ネルソン / ボローニャ市立劇場管弦楽団

youtubeで見つけた。これはいい。チッコリーニ(1925 – 2015)の奏でる音楽のコクと陰影に耳が釘づけになり離れられなくなる。このピアニズムそのものが発する芳醇な香気はそんじょそこらでお目に掛かれるものではない。例の楽譜の難しい部分を聴いてほしい。速いアルペジオの粒がそろって水が流れるように滑らかに、しかも低音に至るまで深々した音で鳴りきっており、晩年に至ってこれほど自在にピアノが弾けること自体が驚嘆の域であるが、僕の驚きはそれに向けたものではない。その技術の凄みが表層には一切浮き出ていらぬ自己主張をせず、全て音楽の求めるものだけに深い所で奉仕しているという確信を抱かせるという、極めて稀にしか接することのできない演奏であることに感動しているのである。ピアノが歌うMov1の冒頭の第1主題(楽譜)をお聴きいただきたい。チッコリーニは思いのたけをのせ、赤枠の始めの三点イへの跳躍からテンポがルバートを伴って遅くなる。

ここでエアポケットに入ったように、始まったばかりの演奏に「耳が釘づけに」なるのだ。ただ事でないものを予感させるが、それを3小節で語りつくしておいて、チッコリーニはオーケストラに返す。それが赤枠の最後のド,シ,ラ,ソ#,ラである。ここをテンポを ”速めて” ぽんと渡すのだ。ルバートする人はいくらもいるが普通は遅いままピアノを終え、次の楽節からテンポを戻す。ところがスコアを見てみると、歌う3小節にシューマンは長いスラーをかけ、”速めた” 部分にスタッカートを付けている。このスタッカート(特におしまいのラのほう)を守っているピアニストはほとんどいない。チッコリーニのテンポの戻しはこのスタッカートに続く休符を尊重してのことであり、そうしているのはここまで挙げてきたビデオでもチッコリーニ以外はカーロイだけだ。僕は譜面を見て聴いていたわけではない。それでも感じるものがあったのは、彼の解釈がシューマンがこの主題にこめた思いに呼応していることで成り立っているからと考える。奏者の主観による身勝手な耽溺とは別次元のものだ。クラシック音楽は伝統芸能であり、聴衆は奏者のプライベートな思い入れにおいそれと共感はしてくれない。チッコリーニの解釈は何百回聴いたかわからないこの協奏曲があらためてこういうものだったかと知る喜びに溢れており、シューマンが特別の看板レパートリーというわけではないピアニストがこれだけの音楽を紡ぎ出す所に西洋の音楽文化の長い歴史と奥深さを見る。蓋し彼らはシューマンを空気のように呼吸して育つのであり、音大で先生に教わって知るのではないだろう。楽譜をニュートラルな情報媒体と見てそこに何を読み取ろうと自由という姿勢はリベラルな時流にはそぐわしく感じられるが、トラディショナリズムを捨てた時点でクラシックは音楽ショーに堕落し、本来の価値を失い、やがて聴衆も失う。アンコールの「森の情景」から「別れ」も言葉なしだ。こうべを垂れるしかない。こういうものを本物の音楽というのである(評点・5+)。

 

アリシア・デ・ラローチャ / コリン・デービス / ロンドン交響楽団

ラローチャ(1923 – 2009)はスペインを代表するピアニストでチューリヒと香港で2度リサイタルを聴いた。期待して聴いたが、全曲を通してテンポが遅い。Mov1はそれを大事にしつつ語ろうとしているが、ピアノのフレージングは分節が切れ切れでどうも流れがしっくりこない。オーケストラが合わせにくいのだろうか、遅めのテンポに感じ切っておらずもってまわった安全運転の感じがする。熱量が低く音楽のポエムが伝わらない。Mov2も遅めでチェロの歌が乗りきれない。ラローチャはテクニックの人ではないがMov3のテンポでそれもないとなると魅力は薄い(評点・2)。

 

ウィルヘルム・ケンプ / ラファエル・クーベリック / バイエルン放送交響楽団

ドイツを代表するピアニストのケンプ(1895 – 1991)とチェコを代表する指揮者クーベリック(1914 – 1996)はどちらも欧州で聴けなかった。ケンプはもう活動してなかったがクーベリックは残念だ。ケンプのドイツ物はバックハウスと並んで多くの支持を得ていると思うが、僕はどうしても技術の弱さが気になってしまう。冒頭のソロ、タッチに切れがない上に16分音符が長すぎる。いきなりがっかりだ。カデンツァはテクニックが明らかに弱い。はっきり言ってしまうが、今ならコンクールで予選落ちレベルだ。1973年の録音時点で78才だからかと思ったが53年のクリップスとの旧盤でもどちらも変わらない。Mov1の第2主題など抒情的な部分に良さがあるのは重々承知だが、上掲のチッコリーニは81才であるのに、それでも比べるべくもない。Mov3は老人の徐行運転であり、逆にこのコンチェルトを満足に弾ききるのは技術的に非常に難しいということを知る。音楽は心であってテクニックではないと主張する人がいるが、心が主であるべきことは同感であるにしても音楽演奏は技術がなければ始まらない。ケンプの良さはモーツァルトのソナタで発揮されているが(http://モーツァルト ピアノ・ソナタイ短調の名演)。クーベリックの句読点のはっきりした伴奏は印象に残る(評点・2)。

 

シューマン ピアノ協奏曲イ短調 作品54

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