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カテゴリー: クラシック音楽

ジャン・フランセ「花時計 l’horloge de flore (1959) 」

2017 NOV 24 0:00:01 am by 東 賢太郎

この曲をFM放送でたまたま聴いたのはいつだったか、覚えはないが高校生だったのはまちがいない。すぐに趣味にあうと思った。オーボエが好きだったし、どこか妙薬のようにしみこむ和声のくすぐりで心が動くのを感じたからだ。「花時計」という曲名に興味をいだかなかったのは僕らしいが、フランスの作曲家ジャン・フランセ(左、Jean Françaix、1912-1997) も知らなかったのに一目ぼれして急に特別の曲になった。ほかにそんな経験はない。

曲名は、咲く時刻の異なる花を配置した「リンネの花時計」なるものだと知ったのはずっと後だ。こういうものだ。

午前3時:Galaant-de-Tour    毒イチゴ
午前5時:Cupidone bleau      青いカタナンチュ
午前10時:Cierge a grandes fleurs    大輪のアザミ
正午:Nyctantthe du Malabar   マラバーのジャスミン
午後5時:Belle-de-Nuit        ハシリドコロ
午後7時:Geranium triste      嘆きのゼラニウム
午後9時:Tilene noctiflore     夜咲く虫トリナデシコ

しかし花オンチでどれひとつ知らないし、分類学の父カール・フォン・リンネ(1707~1778)には敬意を表するがそんなめんどくさい時計を誰が使ったのかと思う。要はこの曲は7楽章から成るオーボエのためのお洒落なディヴェルティスマンで、4つ目がプーランクのP協に似とるなあなんてことの方が僕には余ほど大事だ。どこが毒イチゴか、この曲の和声も怪しくていいなあ。

FMで聴いたのがアンドレ・プレヴィンのだったことだけは覚えている。オーボイストは記憶がない。ところが後で知ったが、それは米国人のジョン・デ・ランシーだった。それどころか、フランセに曲を委嘱したのも彼じゃないか。デ・ランシーは終戦直後の1945年の夏、ドイツに米兵として駐留した折に、すでに大作曲家だったリヒャルト・シュトラウスに会い、あのオーボエ協奏曲を書かせた伝説の人だ。そのことはwikipediaに以下のようにある。

 

第二次世界大戦終戦直後の1945年に、スイスチューリッヒ近郊で作曲された協奏曲である。この頃シュトラウスはバイエルンガルミッシュ=パルテンキルヒェンの山荘に滞在していたが、そこへアメリカ軍に従軍していたオーボエ奏者のジョン・デ・ランシー[1]が慰問に訪れた。デ・ランシーは「あなたの作品にはオーボエの素晴らしいソロが多く出てきますが、そのオーボエのための協奏曲を書くつもりはないのですか?」と問いかけたが、シュトラウスは「特にありません」と返答した。デ・ランシーが引き上げてしばらくした後、シュトラウスは気が変わり、同年の秋から移住したスイスでオーボエ協奏曲の作曲を始めた。ただシュトラウスはデ・ランシーの名前を正しく憶えておらず、「ピッツバーグ」も「シカゴ」と誤記している。

初演は翌年の1946年2月26日にチューリヒで、マルセル・サイエのオーボエ独奏、フォルクマール・アンドレーエの指揮、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団によって行われた。シュトラウスが独奏者に希望したデ・ランシーは曲の完成すら知らないまま既に除隊・帰国しており、後に行われたアメリカ初演でも、在籍していた楽団の都合で結局吹くことができなかった。その頃ピッツバーグ交響楽団の1番奏者からフィラデルフィア管弦楽団の2番奏者(1番は師であるマルセル・タビュトー)に移籍したばかりで、当時の演奏家ユニオンの規定では、2番奏者は所属する楽団と協奏曲を演奏する事は出来なかったのである。後にタビュトー引退後1番奏者になってから1度だけ演奏(指揮はユージン・オーマンディ)しており、更に晩年には指揮者なしの臨時編成オーケストラと録音している。

 

彼はその後、フィラデルフィア管弦楽団の主席オーボエ奏者となりオーマンディの名盤の多くは彼が吹いている。まさかそのフィラデルフィアで2年の留学生活をしようなど、高校時代は地味で成績もぱっとしない男であった僕は知る由もなかった。

「花時計」をフランセに委嘱して1961年に初演したのがデ・ランシーだったと知ったのはいっぱしの衝撃だった。というのはブログにした通り僕は留学中の1983年にチェリビダッケとバーンスタインのリハーサルをカーチス音楽院で聴いた。いまや大家であるヴァイオリニストの古澤巌さんが音楽院生で、校長に部外者の入館許可がもらえないかと面会を取りはからってくれたのだが、その校長こそがデ・ランシー先生だったからだ。

ビデオがあった。なつかしい、まさにこの人だ。John de Lancie(1921年7月26日 – 2002年5月17日)。シュトラウスのこともここで語っている。

もうセピア色の思い出だ。面会時間になって先生の部屋におそるおそる入る。背が高い方で威厳があって、紹介されて握手はしたがにこりともせず気難しそうである。いぶかしげにじっと黙って僕の目を見ておられ、あんまり得意な雰囲気じゃない。27才のガキだった僕はすっかり圧倒されてしまい、こりゃ入館は断られるぞとひるんでしまった。いくら紹介があるとはいえ、こっちは只の音楽好きだ。天下のカーチス音楽院に足を踏み入れる理由なんかあるわけがない。

しかしそんなチャンスはもうないから引き下がるわけにもいかない。しどろもどろでウォートンにいるんだけどと自己紹介し、えい、とにかく当たって砕けろだと「指揮を勉強したいんです」と言った。そうしたら気合が伝わったのかひとことオーケーが返ってきた。じゃあ入試受けてねで終わったかもしれなかったが、やさしい方だったのだ。

いまだったらあなたのチャイコフスキー4番のソロ素敵ですねぐらいから話を切り出す礼儀もあろうが、そういうのはむしろNOをくらいそうな感じもあった。余計なことは考えず、若者は体当たりしかない。思えば24才だった彼も大作曲家リヒャルト・シュトラウスにそれをやったし、その時は何と言ったんだろうと想像してみると楽しい。これがきっかけで僕も元気のよい若者にチャンスをあげる人になりたいと思うようになった。デ・ランシー先生は僕の中で生きている。

クラシック徒然草-チェリビダッケと古澤巌-

これがそのデ・ランシー / プレヴィン / ロンドン響の「花時計」だ。なつかしい。何てチャーミングな音楽、演奏だろう。それにしても、高校のころFM放送で聴くのは知らない曲ばかりだったのに、どうしてこれだけ覚えたんだろう。

 

読響定期・メシアン 歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」を聴く

2017 NOV 20 10:10:17 am by 東 賢太郎

帰りは冷えこんだ。いよいよ冬の到来を感じる日、午後2時に始まって終了は7時半、メシアン唯一のオペラはワーグナー並みの重量級だった。5時間半に休憩が35分ずつ2度あってそれは結構なことだが、集中していると空腹を覚える。ところが日曜のせいかサントリーホール周辺は店が休みであって軽食に温かいコーヒーというわけにいかない。コンビニのパンと缶コーヒーとなって現実に戻るのが残念だった。

2017年11月19日〈日〉 サントリーホール
指揮=シルヴァン・カンブルラン
天使=エメーケ・バラート(ソプラノ)
聖フランチェスコ=ヴァンサン・ル・テクシエ(バリトン)
重い皮膚病を患う人=ペーター・ブロンダー(テノール)
兄弟レオーネ=フィリップ・アディス(バリトン)
兄弟マッセオ=エド・ライオン(テノール)
兄弟エリア=ジャン=ノエル・ブリアン(テノール)
兄弟ベルナルド=妻屋秀和(バス)
兄弟シルヴェストロ=ジョン・ハオ(バス)
兄弟ルフィーノ=畠山茂(バス)
合唱=新国立劇場合唱団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
(合唱指揮=冨平恭平)

メシアン:歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」(演奏会形式/全曲日本初演)

今年の読響定期はこれに惹かれて買ったようなものだ。初演は1983年11月28日にパリのオペラ座で小澤征爾がしたと知って驚いた。このオペラの総譜となると大型の電話帳数冊という感じだろう。

というのは当時ちょうど僕は米国にいて小澤さんはまだボストン交響楽団で定期を振っていた。FM放送でブラームスの交響曲などをカセットに録音してあるので間違いない。それだけでも多忙だろうにメシアンにご指名を受けて歴史的大役までこなしていたとなると、責任の重さもさることながら物理的な作業量に気が遠くなる。日本村で「ハヤシライス」をやっているのとはけた違いの才能で、実際にこの難曲を初めて耳にしてみてあらためて彼は国宝級の人物と再確認した。

しかし彼は日本では第3,7,8曲のバージョンでしか演奏しておらず、ハヤシライスにはならない音楽と判断されたのだと思われる。それを全曲日本初演してくれたカンブルランには感謝しかないし、読響定期のサブスクライバーもそれを熱狂的に讃えた歴史的なイベントとなった。世界でもそうお目にはかかれず一生聴けないかもしれないものを逃すわけにはいかないし、4時間半どっぷりとメシアンの色彩に浸れるのは快楽、耳のご馳走以外の何物でもなかった。

合唱こみで240人の大オーケストラは珍しい楽器、特殊奏法、ハミングで耳慣れぬ音響の嵐だ。コントラバスが駒の下を弾いたり(何という奏法だろう?)、客席左右上方に設置されたオンド・マルトノの低音がコントラファゴットと交奏するなどは実に斬新な音であり、徹頭徹尾、終始にわたって極彩色の管弦楽法であり、春の祭典を初めて聴いた時の楽しさを味わったのは人生2度目といえる。

あたかもワーグナーのように人物ごとにライトモティーフがあり、数多現れる鳥は鳴き声の描写がそれである。人と自然が対等に調和しているのはフランチェスコの信心だから平仄が合っている。メシアンの最後の大作であって彼の語法の集大成の様相を呈し、他の曲もそうであるが非対位法的で明確な旋律と和声で成り立つ。初めて聴いても人のモティーフと主要な鳥の声は個性があって自然に覚えられてしまうという音楽だ。

唯一の女性である天使の歌だけは際立って三和音的であり、ゆっくりのテンポで長く歌うミの音にオケがA⇒F7の和音で伴奏するのが耳にまつわりついて離れない。天使の別な箇所で何度も聞こえるラ・シ・レ#・ソ#の和音は「キリストの昇天(L’Ascension )」の第1曲の出だしの音そのままで、あの曲のシチュエーションが逆にこれによって明確になる。重い皮膚病患者への接吻の終結部では、男の病が治癒した奇跡の歓喜がまさにトゥーランガリラ交響曲そのものだ。実に面白い。

歌はみな素晴らしかったが、フランチェスコ役のバリトン、ヴァンサン・ル・テクシエは圧巻であった。合唱団も不思議な音程のハミングはビロードのように滑らかな質感で見事。また、特筆すべきはカンブルランで、快速の部分の指揮棒を見ているだけで酔えた。変拍子のリズムの振り分けが驚くほど俊敏かつ明晰。まるでフェンシングを見るような動作は運動能力としても超一流である。指揮のプロフェッショナルが何たるかという極致を見た。

それに応えた読響も、これまたトップレベルのプロであると認識だ。ゴルフでもそうだが、片手シングルよりうまいとはわかっていてもどこがどうということまでは素人には気づきにくい。こうして「コース」が難しいとそれが大差になるということが現実にあって、それを思い起こしていた。団員の皆さんの意気込みも半端でなく、大変な技術の集団ということを見せてもらった。これは一生忘れない希少な体験であり、歴史的な場面に立ち会った感動でいっぱいである。

 

 

 

ヤノフスキ・N響 定期公演を聴く

2017 NOV 12 21:21:42 pm by 東 賢太郎

ヒンデミット/ウェーバーの主題による交響的変容

ヒンデミット/木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲

ベートーヴェン/交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」

指揮:マレク・ヤノフスキ  独奏:N響奏者(フルート:甲斐雅之 オーボエ:茂木大輔 クラリネット:松本健司  ファゴット:宇賀神広宣 ハープ:早川りさこ) (NHKホール)

ヤノフスキは懐かしい。ラインの黄金を1985年ごろロンドンで買った。当時リングを聴く暇はなかったがごらんの通りカット盤で安く、まあいいかの衝動買いだった。オケがシュターツカペレ・ドレスデンというのがたまらなく、スイトナーの魔笛の素晴らしいEurodiscのLPでそれほどこのオケに惚れこんでいた。

CDという新メディアが出てLPが安売りされた時期だった。しかし結果論としてそんなものは不要だった。これはルカ教会の音響を見事に再現する名録音であり、LP最後期の技術の粋を味わわせてくれる逸品だ。歌もDSKの音響も音場感も最高、盤質も最高。Eurodiscのマークが目に焼きついていて、これを見ただけでそそられるものがある。

第1曲しか買わなかったのは曲を知らなかったからで痛恨だ。後にしかたなくCDでそろえる。こういうものが出てきたわけだが、つくづく思うが、LPのほうがいい。正確に言うなら、CDに情報は欠けていないしこれは音源がデジタル録音だからアナログの方が良いからというわけでもない。複雑な問題をはらむので別稿にしたい。

今年はリングでも聴きたいなとライプツィヒでウルフ・シルマーがやるので計画したがやっぱり無理だった。ヤノフスキーの東京でのリング・ツィクルスも日にちが合わず断念してしまった。ヤノフスキーは1988年にロンドンのバービカン・センターでフランス放送響でサン・サーンスの第3交響曲を聴いて、曲はつまらないがインパクトがある指揮で印象に残っている。ゲルト・アルブレヒト亡き後ドイツ物の本格派が誰かと心もとなくなってしまったが、ヘンツェの交響曲集もあり、チェコ生まれだがドイツ保守本流でしかも硬派路線であるヤノフスキは期待したい指揮者である。

ヒンデミットの木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲は初めて聴いたが、N響の首席はさすがにうまい。フルートは特に。残響が少ないので木管とハープの音のタペストリーがこまやかに伝わり、弦とのアンサンブルも絶妙である。大変な聴きものだった。NHKホールでかえってよかったと思えた希少なものであった。こういうのをやってくれると嬉しい。

一方、エロイカは最初の一音でこのホールでは辛いなとお先が暗くなる。N響のせいではない。中央9列目にいるのに音が来ない。オケのフォルティッシモで隣の人と会話しても聞き取れるだろう。倍音がのってないから個々の単音がドライであり、バスも来ないからピラミッド型の豊饒な音響にならない。つまりドイツ物はそもそも論外なのである。

ちなみにサントリーホールも改修して少しはましかと思ったが何も変わってない。チェコ・フィルをS席で聴いたが、ドヴォルザーク8番の弦など、そっちだって欧州に比べたらたいしたことないJ.F.ケネディセンターで聴いた音に比べてもぜんぜん魅力がない。チェコ・フィルでそれだ、他は言うに及ばずである。香港赴任から帰国してがっくりきた日本の中華料理みたいだ。おれは昔こんなの食べてたのかという。

だからここはハンディ付きだ、紅白歌合戦専用劇場なのだと割り切って耳のほうを修正して演奏にのぞむしかない。第1楽章はまだ困難でたいして面白くきこえない提示部をくり返されるのは歓迎でなかった。オケは力演で弦のエッジは立つのだが、なにせ音の粘度もボリューム感もないからトータルとして華奢で軽く箱庭的だ。ヤノフスキの堅固な音造りのコンセプトは現地のホールでやれば大いに映えただろうが、これならそういう録音を家で聴いた方がいい。これも不幸だが僕はエロイカというとウルフ・シルマーのバンベルク響やショルティ最晩年のチューリヒ・トーンハレ管など一生に一度クラスの超弩級のを経験してしまった。どうしても比べてしまうから内容については書かないことにする。

だんだん耳が我慢してなじんできて、すると曲の偉大さが圧倒してくる。自殺願望を克服し乗り越えたベートーベンが、生きる意志をこめて並べ、組み立てた音には強靭な音魂がこもっているとしか思えない。それが心に乗り移ってきて、終わってみると元気をくれている。何という音楽だろう。

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ルロイ・アンダーソン「忘れられし夢」

2017 NOV 11 0:00:06 am by 東 賢太郎

ルロイ・アンダーソンはアメリカのヨハン・シュトラウスと言われるが、僕はちがうと思う。父子共に宮廷舞踏会音楽監督だったシュトラウスはまだハプスブルグ家に取り入って名を成した、貴族社会に目線のある音楽家だった。アンダーソンは貴族の無い国で、ポピュリズムに徹しながら大衆にわかる音楽を書いて(ここだけは結果としてはシュトラウスと似るが)、しかし、そうなれば容易に消え去ってしまう音楽の本来持つ高貴さを断固失わせなかった人だ。

アメリカという国に希望の党は不要である。希望は政府がくれるものではなく人民が持っているからだ。移民だけの国。祖国より何かの光明があると信じてきた人たちの国である。今日より明日のほうが良くなるさ、と疑うことなく信じる。僕が1か月放浪し、1か月遊学し、そして2年学んで、骨の髄までしみ込んだのはその「信心の炎」であったと思う。

留学してすぐだったか、家内とフロリダに旅行してディズニーワールドに遊びに行った。ついでにマイアミからキー・ウエストまでいくぞと32本もある長い長い橋をわたって車をぶっ飛ばしたのだが、あるところで道がゆるやかな勾配をのぼっていってピークまで道路しか見えなくなった。道の先端にはブルーの空だ。てっぺんになって、すると、行く末の地球のかなたまで、広大で紺碧に光るサンゴ礁の海と一筋の白い橋が視界にどかんと開けた。

あの空にむかっていく、まるで飛行機になったみたいな、てっぺんのむこうに新婚の俺たちの素晴らしい未来が待ってるぞという無上の輝かしい気分こそ僕の人生のファンファーレだった。そして、あの空に映った目もくらむほど眩しい希望こそ、まぎれもない僕にとってのアメリカであった。

どうしてアンダーソンの曲を知ったのか好きになったのか、皆目記憶がないが、レコードではないからラジオだったのだろうか、昭和30年代初頭、そのぐらい幼いころである。家族で過ごした居間の陽だまりのあたたかさに親密にシンクロナイズしてくるのが心地よく、そういう家庭で愛情をそそいで育ててくれた両親に感謝の念がわきおこる、そんな音楽だ。

このビデオ、知らない人たちの思い出の写真なのだが、ただただ、Forgotten Dreams(忘れられし夢)という音楽にあまりにそぐわしくて感動する。

親族一同か親しい友人たちか、とにかくみな素晴らしい笑顔で楽しげで晴れやかで、心が和む。アメリカでホームステイしたこともあるが、こういう優しくて良い人たちだった。彼らと戦争をしたということなど考えたくない。

音楽って、ほんとうの役割はこういうことなんじゃないか。人のこころの善良で美しい部分をひき出してあげること、きれいな自分を本人にも見せてあげることだ。これを見て、聞いて、戦争をしたり人を殺したいと思うだろうか。自殺したいなんて思うだろうか。うちの親がくれたようなごく普通の愛情をもらえなかった子たちがきっと多くいるのだろう。いかにも不憫でならず、しかしそれでも、音楽はそういう子たちをきっと救ってあげることができる、人間に必ず備わっているはずの良心と希望というものを見せてあげられると僕は強く信じている。

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ブラームス交響曲第3番の聴き比べ(3)

2017 NOV 7 20:20:45 pm by 東 賢太郎

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー / ハレ管弦楽団

Mr.Sが当時の手兵ハレO.と録音した最初のブラームスSym全集。1987-8年にロンドンでCDとして発売された最初期のブラ全で、入手したてのCDプレーヤーで狂喜して何度も聴いた。思い出の盤なのでどうしても主観が入るが、客観的に聞きなおしてみても、なにより弦楽器セクションの絶妙な音色造りと管楽器の音程の良さがこのレベルのオケにして驚異的レベルで、内声部の管が良く聞こえるバランスが室内楽的完成度にある。一言でまとめるなら雄渾さと深いロマンの味わいが絶妙にブレンドし、3番の醍醐味を十全に描き出した名演。第1楽章、第2主題に向けてテンポを落とす、展開部終盤でホルンを強奏、意外な楽器バランス等個性があるが僕はまったく不自然と感じない。第2楽章、ホルンとクラリネットの主題の歌、弦の細やかなフレージング、第3楽章の一切べたつかない高貴な気品。終楽章、トロンボーンがこれだけ聞こえるのも珍しいが過度なヒロイズムにならず深い満足感に至って終結する(総合点:5)。

 

エヴゲニ・スヴェトラノフ / ソヴィエト文化省交響楽団

1981年録音。ロンドンで手当たり次第にブラームスSymを買っていた89年に全集で購入。Melodiyaとあるが当時のレーベルはOlympiaであった。オケに国民性によるカラーがあった時代にこういうのが出るとマニアはたまらなかったのだ。懐かしい。意外に?まっとうで拍子抜けだがホールトーンはやや人工的か。終楽章できつめのVnと金管がロシアらしくなるが、オケ(もうないが)はうまい。ソビエト社会主義共和国連邦の遺産だ(総合点:3)。

 

ジョージ・セル / クリーブランド管弦楽団

オケが鳴りきってバランスも良く理想的な第1楽章。やや速めの開始が第2主題で減速するに至る難しい提示が実にうまい。第2楽章は透明なアンサンブル、第3楽章は節度ある歌でじっくりブラームスのロマンをきかせる。終楽章、クリーブランドO.の威力全開だが、矛盾するようだがこれだけうまいと耳が贅沢になってどこか予定調和的に思えてしまう。上記ハレ管は手造りの完成度で耳目を捉えたが、文句のつけどころのないこちらはなぜか感銘度が落ちる。セルのブラームスはどれも高水準を満たすが、特に3番は彼に向いていたと思う(総合点:4)。

 

セルジュ・チェリビダッケ / ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

当時「幻の」だったこの指揮者が初来日した77年、大統領でも来たような東京文化会館の熱気は忘れない。聴衆は読響からどんな音が出るか戦々恐々だった。エゴイストに思われるが、後年彼のリハーサルで目撃したのはドビッシーの求める音を微細なまでに純化して鳴らす求道者の姿だった。そこでもそうだったが、第2楽章のテンポ(というより)は陶酔感と時間感覚がタイアップした不思議な世界だ。セルのように基本の拍節感から音符、小節単位でルバートするのでなく、大きな単位での脈動に音量、フレージングの呼吸がシンクロして巨大な揺りかごにいるような心地よさだ。酔えずに冷めていると遅いと感じるのは晩年のブルックナーで顕著だったが、彼の音作り哲学はカーチス音楽院で見た83年からなんら変わっていないと思う(総合点:3.5)

 

ジョン・エリオット・ガーディナー / オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック

確かに対抗配置のVnなどでリヴォルーショナリー(革命的)な音の聞こえる部分がある。オーセンティック楽器での音化はチャレンジングな試みだが演奏様式がこうだったかは僕には確信がもてない。ブラームス時代の奏者がここまで現代的な演奏技術があったかどうか。こう鳴らすには指揮もテクニックがいるだろうが、ブラームスがこんな切れ味良い棒を振ったとはどうしても思えないのだ。楽器音のリアライゼーション目的ならよいが、時代シミュレーションがやりたいならオケはアマチュアを使った方がそれらしくなるのではないか。しかし、いずれにしても、それを我々が知り覚えたからといって、3番のスコアからさらに深い感動が得られるようになるとは特に思わないが(総合点:1)。

 

ブラームス交響曲第3番の聴き比べ(1)

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独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その4)

2017 NOV 1 22:22:16 pm by 東 賢太郎

ユリアン・フォン・カーロイ(pf)/ ロベルト・へーガー / バイエルン放送交響楽団

ハンガリーのピアニスト(1914-93)の滋味あふれる名演である。得意のショパンも持っているが、このシューマンはいっそう素晴らしい。自家薬籠中の表現は詩情もコクもあり最初のソロのクララ主題提示から唸らせ、随所のルバートや間は自在に取りながらも何一つ違和感を覚えさせるものがない。これぞこの協奏曲が求めているものだということであって、オケと競奏したりなにか奇矯なことをしようというピアニストとは根本から器の差を感じる。指揮もオケのフレージングもがピアノと呼吸が合い、感情レベルの高い次元で和合している。このクラスの演奏になると録音技術の進化やピアニストのスタイルの流行り廃りで古びてしまうというなどということとは無縁だ(評点・5)。

 

マウリツィオ・ポリーニ / クラウディオ・アバド / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

89年録音。ポリーニは絶頂期にあった。このイタリア人コンビのブラームス2番は聴きごたえがあるが、同じ透明感あるタッチのピアノもここではもうひとつ心に届かない。クリアなゆえにレガートが欲しい所で粒だって聞こえ曲想の転換でfになると低音が耳につくし、アバドの指揮も模範解答の域を出ずちっとも内側から燃えてこない。技術的な水準は大変高いのにあっそうで終わってしまう。美麗な博多人形を見ているよう(評点・2)。

 

リリー・クラウス / ヴィクトル・デザルツェンス / ウィーン国立歌劇場管弦楽団

指揮もオケも誠に二級だがピアノが入ると格調が増す。ゆっくりしたテンポの冒頭はユニークで、クラウスはクララ主題など歌う部分はたっぷりとレガートで弾くが、速いパッセージやカデンツァはスタッカート気味でペダルも控えf部分は男性的でさえあるから好みを分かつだろう。自分の音楽をやっているのだが聞かせてしまうのは曲想に強い共感があるからだ。彼女のソロ録音は名品が多いがコンチェルトとなるとモーツァルトでも伴奏者に恵まれない。このシューマンも何とかならなかったのか(評点・3)。

 

ウィルヘルム・バックハウス / ギュンター・ヴァント / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

出だしの「滝」からよいしょよいしょという感じでミスタッチもあり、オーボエの音程も低い。なんだこれは、これがVPOか。しかしだんだん調子が出るとさすがバックハウスという黒光りのタッチになってきてうなる。クラリネットの第2主題あたりからはオケも悪くはないが、残念ながら拍節感を守るヴァントの指揮が何とも杓子定規だ。第2楽章もロマンに酔わせてくれない。カデンツァはあまり弾き込んだ感じはなく、もつれている。バックハウスの貴重な記録だが、どうも僕の耳にはやっつけ感を否定できない(評点・2)。

 

サンソン・フランソワ / パウル・クレツキ / フランス国立放送管弦楽団

フランソワの右脳型のピアノについていける人には面白く、オーボエもクラリネットも思いっきり「おフランス」でどこか違うでしょの空気が漂う。ピアノは第2主題で没入したと思えば一気に展開部で激してみたり。この人のテンペラメントを僕はあまり得意としないが、例の楽譜の部分の弾き方など実にユニークであって、そうでなくてはいけない必然は何ら感じないがまあそれもいいねと言わせてしまうものがある不思議なピアニストである。第2楽章のオケとのずれまくりはすごい、クレツキは大変だったろう。しかし終楽章のオケは健闘しており指揮者の力量を見せつけて満足感をくれる。それにしてもだ、バックハウスはあまり練習してないのが正直に欠点となっているがフランソワはそれって味があるねという風に薬味にしてしまう。得な人だ(評点・2.5)。

 

独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その1)

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ショパン好きはクラシックの巨人ファンである

2017 OCT 30 12:12:34 pm by 東 賢太郎

マーラーが嫌いだショパンが嫌いだヴェルディが嫌いだと、これだけお好きな方を逆なでする我儘を書いてきたのに毎日2千を超えるブログ閲覧を頂いているのは不思議だ。同感の方がそんなにおられるのかクラシックは度外視なのか、それとも趣味は趣味と併せ飲んでくださる本物の大人の方が多いのか。ともあれ本稿はまずそこから述べておく必要がある。

若いころ散々聴いたショパンから遠ざかることになったのは飽きたからでも敬意が失せたからでもない。当世のショパン演奏、鑑賞を取り巻く空気が苦手なせいだ。僕はちなみに野球でいうとアンチ巨人ではないし選手の実力は評価しているがジャイアンツは好きでなく、東京ドームは行かない。なぜかというと、「巨人ファン」が苦手なのだ。近年は困ったことに、カープ女子にまでそのきらいがあるが。

ファンの方には申し訳ないが、とにかく理屈はなくてオロナミンCのCMと同じぐらい苦手である。そして、重ね重ね大変申し訳ないが、世間一般の意味におけるショパン好きというのは、どうもそれと似たにおいを感じるのだ。その一員になるのが無理でコンサート、リサイタルは腰が引けてしまい、結果として曲まで敬遠することになったのだからマーラー、ヴェルディのケースとは異なっているように思う。

ハンガリーのピアニスト、ユリアン・フォン・カーロイ(1914-93)のショパンをyoutubeで楽しんだ。upするのはやってみるとけっこう面倒くさい、された方に深謝だ。カーロイはバルトークの薫陶を受けドホナーニに師事、パリではコルトーに師事した人でショパン、リストが有名だ。ショパン嫌いに戻ると、カーロイのピアノでこの第2ピアノ協奏曲を聴くなりそれは間違いだと、わかっていることなのだが、改悛を強いられるほど思い知ってしまった。

このベルリン・フィルとの録音は1956年だから61年前、指揮者のヴィルヘルム・シュヒター(1911-74)は1959~62年のN響の常任指揮者として有名だが筋肉質に引き締まったオケの緊張感がただごとでない空気を漂わす。そしてそれに包まれたカーロイ、何という純度の高い高貴なピアノだろう。そして、その前に、何という良い曲なのだろう。

僕が巨人の菅野は日本球界一の投手と信じ、カープが完封されたってその投球に賛辞を贈るのは、どこのチームのファンかという以前に野球ファンだからだが、それと同じ思いをクラシック音楽ファンとしてまったく自然にこのカーロイの2番には重ねることができる。ショパンの音楽は、あたりまえだが、天才による一級の芸術品なのだ。

少し話題を変える。音楽の感動というものはけっして音の側からやってくるのではなく、聞き手の心の作用から生まれるものだ。高音質のSACDはおろか実演の生の音でさえも感動がそれだけで保証されたり増幅されたりなどということは些かもないのであって、こういう古い録音が音質ゆえに忘れられるとしたらおかしな話だ。

クラシック音楽というのは作品が価値ある文化財だというニュアンスの用語だが、エジソンの蓄音機発明より百余年をかけて蓄積された演奏録音も文化財として価値があるという認識はyoutubeの登場で後退しているように思う。作品と違って録音は商品だ。その宿命は20世紀までは新しい演奏家が音質の進化によって先輩演奏家を凌駕する幇助になってきたが、今や1世紀分も蓄積した大家の録音ストックがネットで無料でばらまかれ、現代の演奏家はそれを広く知っている聴衆を感動させるという難題に立ち向かわざるを得なくなっている。

演奏家の良心がそれで曲がるとは思わないが録音の供給者である音楽産業は資本の論理で動き、ミーハーなビジュアルや解釈の派手なデフォルメを施す演奏家が売れるならそれでいい。しかし聴衆の心が真に良いものに開かれず、その方向に行ってしまうと音楽文化は徐々に衰退するだろう。僕が赴任した1992年のドイツ(フランクフルト)のイタリアンレストランは実に不味かったが、だんだん進化して今は遜色がない。ドイツの金融界が国際化して各国の舌の肥えた金融マンが流入してきたせいだが、客は料理屋を退化も進化もさせる。音楽界も同じで、聴衆が退化すれば供給側である演奏の質もそれに忠実に落ちていくだろう。

僕はコンクールにも懐疑的で、権威者がお墨をつけなくとも聴衆が良い耳と教養を持っていれば演奏家は自然と淘汰されていくはずだ。権威を信じるということは自分の心を閉ざすことで、心が開かれなければ感動もないから聴衆は遠ざかるし退化もする。それを防ぐためにyoutubeは役立つし、市場にない古い録音が聴けるのは有難いことなのだ。古いということは曲が生まれた時代に近いということであって、それによって伝統的解釈を知ることができるのはむしろメリットである。多くの聴衆がコンクール審査員に頼らずとも自分の耳で良品を聴き分けられる素地ができつつあるからだ。

カーロイのショパンに戻ろう。24の前奏曲(下)の3番ト長調、ここから立ちのぼる春の大地のエーテルのような香気、それを呼吸し生きている喜びはまさにショパンが封じ込めたものが解き放たれたようにすら感じる。明るい曲でこんなにこちらの精神がうきうきと沸き立つ演奏は他に知らない。そういうものは作曲家といえど楽譜という記号に書きとれるものではないし、限られたピアニストが読み取って真にすぐれた演奏技術をもって再現してくれないとそこに在ることすら知らないで終わってしまう。

カーロイの手にかかると技術的な難度は聞き手の視界に入ってもこず、ちょっとしたルバートや強弱がすべて自然に流れ、ショパンが描きとろうとした音だけではなく詩心がすっと心に入ってくる。これはピアノが上手い、超絶技巧である云々の即物的なこととして語られるべきではない。天衣が無縫であるがごとく、我々は美しい天女の衣しか目に入らない至福の時を約束されるのだから。

若いピアニストがこういう至芸を耳にせずショパンを弾いているならショパンの音楽にもショパン好きにも不幸なことだ。僕はこれを知ってしまっており、このブログで初めて聴かれた方も知ってしまっている。これを前にして当たり前の24の前奏曲を聴かされて、ナイヤガラ瀑布を見てきた者がその辺の田舎の滝を見た以上の何のことがあろう。クラシックを知る喜びはその差が自分の心で見分けられるようになって、音楽というもののすばらしさに心が開いた状態になることなのだ。審査員や識者の意見に頼ってではなく自分の経験として。

簡単なことだ。百余年をかけて蓄積された演奏録音も文化財として価値があるという認識に立って、カーロイのような「ナイアガラ瀑布」を自分の耳で探すことである。僕らの世代は食費を削って小遣いをため、2千円のレコードを買ってそれをしていた。貧乏学生にとって千円札は今なら優に1万円札以上の重みだ。youtubeでタダで楽しみながらそれができてしまうなんて羨ましい限りで、いい時代になったものだが、高価な物だから奉るように大事にして何度も真剣に耳を澄ませ、音楽に心が開いていったのも事実だ。タダでそれがおきるかどうかは保証の限りではないが。

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クラシック徒然草《ラテン感覚フルコース》

2017 OCT 29 11:11:30 am by 東 賢太郎

自分の洋モノ好きがゲルマンなのかラテンなのかは難しい所だ。地中海の文化、風物を愛するのは何度も書いた通りだ。食はラテンだしベートーベンやワーグナーもトスカニーニのラテン気質で解釈したものが良い。しかしゲルマン世界に5年も住みついて食も慣れたし人の気質にもなじんだし、ソナタ形式の音楽は言うまでもなくそっちだ。結局、どちらともつかずその時々の気分によるということだ。

お袋がいなくなってからもあまりに親しい方々が亡くなったり病気だとの知らせを伝え聞いたりするものでかなり神経が参っている。だんだん自分の過去が切り取られてなくなっていく。辛いから心が忘れようとするが、すると故人とともに子供のころの記憶にぽっかりと穴があいてしまう気がしてくる。こういう時にあまり気難しい音楽は欲しくない。何も考えずに、一切の言葉を消して頭を空っぽにして聞くにはラテンもの、フランスに限る。

洗練された美食の文化と同様、万事感覚的に美しいことに徹底して潔い。ラヴェル、ドビッシーはもちろんメシアンやブーレーズもそうだ。この感覚美とでもいうものが心の澱を流し去ってくれる。フランス人演奏家のゲルマンものでもそれは当てはまるが、最近の人はユニバーサルなアプローチとなってきてそうでもなくなった。パリ管の木管がパリ音楽院管弦楽団の音を失っていったのと軌を一にする。だから僕は昔のレコードをひっぱり出すことが多い。

フランス・ピアノ界の至宝、ロベール・カサドシュ(1899-1972)のドビッシー「映像Ⅰ&Ⅱ」は僕にとってその効果が絶大である。言葉がないほど見事だ。

カサドシュの古典、ハイドンやモーツァルトは神品であり、明晰なラテン精神と素晴らしく透明でハープシコードのように軽やかなタッチで愉悦感が立ちのぼる気品は貴族的と讃えるしかない。

やはりフランスのピアニスト、マルセル・メイエ(1897 – 1958)女史によるファリャの交響的印象「スペインの庭の夜」はうれしい。ローマでのライブでラテンの香りがむんむんする。ああスペイン料理行こうかな。

レジーヌ・クレスパン(1927-2007)はフランスの名ソプラノ。2010年にパリに行った折、オペラ座で追悼の写真展をやっていたのを思い出す。アンセルメ・スイスロマンド管とのラヴェル「シェラザード」は世界遺産ものだ。

締めくくりはポール・デュカスの舞踊詩「ラ・ペリ」でいこう。ベンツィ指揮のボルドー・アキテーヌ管弦楽団。オケのローカルっぽい味がたまらない。

満腹にて終了。

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ブーレーズ 「主のない槌」(ル・マルトー・サン・メートル)

2017 OCT 23 1:01:27 am by 東 賢太郎

ブーレーズの代表作である当曲についてとなるとやや話がこみいってしまうがお許しいただきたい。これを初めて聴いたのは大学の時に借りたレコードだった。いきなりなんじゃこりゃで最後まで聴いたかは記憶がない。

ル・マルトー・サン・メートル(Le marteau sans maître)の邦訳は当時「主のない槌」だったと思う。槌とはなんだろう?見たことない。打ち出の小槌を連想し、そんなものを置き忘れてくる奴がいるのかと思った。というのは僕は生来の忘れ魔で、考え事をしていて電車に野球のネット用の鉄柱を忘れ過激派と間違われた前科があるから槌ぐらい忘れるのはなんでもないと思えていた。

この題はルネ・シャールなるシュルレアリスム作家の詩か何からしいが知らない。現代詩というのは読んだことぐらいはあるが、僕にはネコにイタコの呪文をきかせる未満のものであって、大変失敬とは思うがああいうものを愛でる方々とは人種はおろか生物種すら異なるのではないかと感じいるしかない。人間の作ったものに関心がないこっちの方がきっと異種なんだろうが。

音楽だって人間の作ったものじゃないかといわれそうだが、音階や和音の心に与える効果はそうではない。ドミソは明るい、ラドミは暗いと誰かが決めたわけじゃない。聞こえるのは純然たる自然現象の音波であり神様が人間の心の方をそう作ったのだ。だから僕は音楽は物理学、生理学、心理学のどれでもないが、ちょっとずつそれらと「かすっている」サイエンスだと思っている。

和音というのは美しい(少なくとも僕には)がその各音は倍音による音階から生まれたもので、ということは美しさの根源は自然倍音(上)に存在していることになるだろう。右の図は平均律と自然倍音の差異を示すが、ここでは64個目の倍音までのうちで各音の出現回数にご注目いただきたい。Ⅰ(基音)は6個、Ⅴ(完全5度)は5個である。ド(6)、ミ(4)、ソ(5)は出現回数で第1位~3位であり「ドミソが美しい」のは神様が決めた理に適っていると思えないだろうか。第4位のシ♭(4)を加え、各々の5度上(完全調和する)のシ、レ、ファ、その5度上のラを得ると、オクターヴ(2倍の周波数)を12分割する「音階」が得られる。出現回数ランキング上位の倍音を並べて、それが「美しい」となるように人間は神様によって作られていると考えるしかない。

言いたいのは出現回数は物理的に決まっており、誰か人が決めたものではないということである。だから12分割も宇宙の理であり10でも11でもいけない。それが「調和」の根源だ。縦(和音)であれ横(旋律)であれ、それが無調だろうが12音音楽だろうが不協和音であろうがである。協和音、不協和音とはミスリーディングな誤った用語である。ピッチの悪い音は他の音と一切調和しない。だから神の原理にはずれていて、そもそも音楽の素材として美しくない。「音程の悪いドミソ」(協和音)は不ぞろいの真珠をつないだネックレスであり、「音程の良い不協和音」はばらばらに配置した粒のそろった真珠である。

お母さんが近未来的には子守唄を12音で歌うようになるとは思わないが、そういう美というのはまだ動物に近い赤ちゃんに訴えかける力はない(千年後の赤ちゃんはわからないが)。数学が美しいとは僕ごときが言うのはおこがましいが、数ⅡBでもある日突然そう思えたのは厳然たる事実であり、しかしそれは赤ちゃんにとっては今のところやっぱりネコに呪文未満ということになるだろう。

僕がさわる楽器はピアノであるのはそれが理由だ。平均律なる近似値とはいえ耳に不調和と聞こえないぎりぎりで踏みとどまった不調和で、ピッチの心配がなくどのキーをたたいても許せる調和があるからだ。即興でアトランダムのキーを弾いて(たたいて)楽しむが、それが曲といえようがいえまいが楽しい。アッ今のはいいなと思う瞬間があるが、それを譜面に書きとるのはめんどうくさい。即興してればまた来るさで済ますし、無限の可能性がありそうでわくわくもする。

以下、2016年1月16日に書いたブログから「ル・マルトー・サン・メートル」について書いた部分の要旨を引用する。

 

9曲のセットである同曲は曲順を1-9とすると{1,3,7}{2,4,6,8}{5,9}に三分類され、個々のグループに12音技法から派生した固有の作曲原理が適用されていることがレフ・コブリャコフの精密な分析で明らかになっている。総体として厳格な12音原理のもとに細部では自由、無秩序から固有の美を練り上げるというこの時点のブーレーズの美学はドビッシー、ウエーベルン、メシアンの美学と共鳴するのであり、それを断ちきったシュトックハウゼン、ベリオ、ノーノとは一線を画するとコブリャコフは著書「A World of Harmony 」で述べている。興味深いことに、例えばグループⅠの作曲原理は(3 5 2 1 10 11 9 0 8 4 7 6)の12音(セリー)を細分した(2 1 10 11) 、(9 0)の要素を定義し、それらの加数、乗数で2次的音列を複合し、

(2 1 10 11) + (9 0) = ((2+9) (1+9) (10+9) (11+9) (2+0) (1+0) (10+0) (11+0)) = (11 10 7 8 2 1 10 11)

のように新たな音列を組成する。その原理がピッチだけに適用されるのではなく音価、音量、音色という次元にまで適用が拡張されて異なるディメンションに至るというのがこの曲の個性でメカニックな方法であることに変わりはなく、その結果として立ち現れる音楽において、それまでの12音音楽にないaesthetic(美学)を確立したことこそがこの曲の真価だった。聴き手が感知する無秩序はあたかもフィボナッチ数がシンプルな秩序で一見無秩序の数列を生むがごとしである。これの審美性は数学を美しいと感知することに似ると思う。

「主のない槌」の自筆譜

ブーレーズは自ら自作の作曲原理を明かすことはせず、むしろ聴き手がそれを知ることを拒絶したかったかのようである。しかし原理の解明はともかく聴き手の感性がそこに至らないこと、この美の構築原理がより高次の原理を生む(到達する)ことがなかったことから12音技法(ドデカフォニー)は壁に当たり、創始者シェーンベルグの弟子だったジョン・ケージがぶち壊してしまう。僕自身、12音は絶対音感(に近いもの)がないと美の感知は困難と思うし全人類がそうなることはあり得ないので和声音楽を凌駕することは宇宙人の侵略でもない限りないと思う。

しかし、そうではあっても、ル・マルトー・サン・メートルは美しい音楽と思う。その方法論でブーレーズが読み解き音像化した春の祭典があれだけの美を発散する。ある数学的原理(数学は神の言語であるという意味において)がaestheticを醸成して人を感動させる、それは必ずモーツァルトの魔笛にもベートーベンのエロイカにもあるはずの宇宙の真理であり、それは人間の知能には解明されていないだけで「在る(sein)」。僕はそれを真理と固く信じる者だ。

 

固く信じるとどうなるか?僕は「主のない槌」に、特にアルトが入る章に美を感じるのであって、それは魔笛やエロイカに感じるものと何ら変わりがない。ライブを聴いて帰宅する時の充足感の質は同じだ。とすると、それを生み出した何物かが3つの音楽のスコアに共通して隠れているはずなのである。これが「音楽をサイエンスと考える」ということだ。

例えば太陽(The Sun)をどう考えるか?まったく相いれない2つの道がある。ひとつはスペクトル型はG2V、表面温度約6000度、推測年齢は約46億年で中心部に存在する水素の50%程度を熱核融合で使用し主系列星として存在できる期間の半分を経過している銀河系の恒星の一つと考える。もうひとつは、「おてんとうさま」「おひさま」「朝日」「夕日」であり、信仰の対象となり、女性を「君は僕の太陽」などとたたえたり詩の題材ともなるがスペクトル型は気にしない。僕はその前者ということになる。

「主のない槌」はピッチの美しさ、曼陀羅、ガムランのイメージを混合したタペストリーのような音色美を根源とした音楽である。その質感はドビッシー、メシアンの、セリー合成はシェーンベルクの遺伝子を継ぎ、必要とするアルト・フルート、ヴィオラ、ギター、ヴィブラフォン、シロリンバ、打楽器でピッチが可変的なのはヴィオラだけ(フルートもある程度)であり、ピッチは基本的に固定的環境で成立する。そこに声(アルト)という可変的な音が加わるため、そのピッチが厳密に問われ、それが達成されてシンクロナイズした時の美しさは誠に格別だ。

こういう質の美の世界の住人であるブーレーズがマーラー全曲を振ったというのは僕には青天の霹靂だった。今もって謎だが、本当に彼は共感したのだろうか?それとも僕の方がマーラーを誤解してるのか?

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ダリウス・ミヨー 「男とその欲望」(L’homme et son désir)作品48

ドヴォルザーク 交響曲第7番ニ短調 作品70

2017 OCT 17 17:17:19 pm by 東 賢太郎

香港の2年半でおいしい中華料理は食べつくしていて日本でなかなか満足ということがない。中華といって何種類もあるが結論としては広東料理が一番であって、となると恵比寿ウエスティンの「龍天門」がいい線いっていて坦々麺など格別に美味だが値段もそれなりだ。横浜中華街の聘珍楼も高いがここのフカヒレ姿煮は香港であっても一級品だから時々そういう所で食するしかない。

そういう極上な美味を堪能してしばし仕事から開放されたときの心境にぴったりなのがドヴォルザークの7番だというとえっと思われるかたが多いだろう。

7番がブラームスの交響曲第3番初演から霊感を得て作曲されたというのが事実かどうかともかく良く知られる逸話だ。たしかに第1楽章冒頭に現れる暗い趣の第1主題からしてブラームス3番の第4楽章のそれを髣髴とさせる。

僕が大好きなのはそこからしばらくして現れる第2主題である。2本のクラリネットと低い音域のフルートが奏でる変ロ長調のこれだ(in tempoから、上のビデオの2分59秒)。

fpで強調される和音!(E♭Ⅲon C)なんて素晴らしいんだろう。冒頭の漆黒の闇からここへ到る旅は短いが、心に戸惑いを秘めたような経過句をさまよって辿り着いたこの主題の歓喜はこの溜息のような和音で確信にかわるのだ。それを慈しむように繰り返すのは、想像だがドヴォルザークもこの和音に痺れていたんだろう。ブラームスは理性の人で、やりたくてもこういうことはしない。

先日美味しい料理とワインで幸せになって、娘に「いまどんな気分と思う?こんなだよ」とこれを鼻歌できかせる。そうするとfpの和音を出す伴奏の第2クラリネット、ファゴット、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスにどう吹いて、弾いてもらったら僕の欲しい「あの音」が出るんだろう?と考えもする。いろんな演奏を聴いてきたが、ここが満足いくのはあまりない。

この和音がどうしてこんなに好きなんだろう?ピアノを前に考えているとわかった。これはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のここ(赤枠の部分)と同じだったのだ。

好きなわけだ。音楽の好き嫌いはこうして因数分解すると理由が見つかる場合がある。第1楽章展開部はいよいよブラームスっぽくなっていくがfp和音直前のソ・ファ・ソのリズムがベートーベンの運命音型に変容して峻厳さを加える。7番はスメタナ、ヤナーチェクと異なってドイツの形式音楽に道を見出したドヴォルザークの最初のシグナチャー・ピースであり先人を刻印している。

翳りを含んだ第2楽章は曲想も管弦楽法もさらにブラームス的だが終結に至るパッセージはいささかワーグナー風だ。第3楽章はスケルツォでブラームス3番のロマンよりスラヴ舞曲の世界に近接する。第4楽章は第1楽章冒頭の世界に回帰してニ短調の暗色が支配するが、第2主題がここでも抒情を添えることも、トゥッティで楔を打ち込むような跳ねるリズムの印象も非常にブラームス的だ(後者は特に3番の終楽章と近似する)。

ブラームスの影響を聴感上濃く感じる作曲家としてエルガー、作曲法上はシェーンベルクがいるが、ドヴォルザークが作曲家としてそうだと言い切ることは難しいだろう。しかし全編に満ちる情緒でそれを体感させる楽曲として彼の第7交響曲を凌ぐ音楽は存在しない。僕は彼の交響曲の中でこれが一番好きだ。

 

カレル・シェイナ / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

数多あるチェコPO盤でこれが一番いい。モノラルで音はやや古く現代の縦線の揃ったアンサンブルでもないが味わいに満ちるから困ったものだ、オーケストラ演奏が失ってしまったものは根深い。木質の管のなかでもフルート、クラリネットの音程の良さは特筆もので、それが欠けたら7番は成り立たないと確信してしまう。第2楽章の弦の歌いまわし、これが正調と思う。第1楽章、fpは増音はなくすぐ減音するのがまったくユニークだが作曲者の狙った効果はこれでも出ているように思う。シェイナの秘儀だ。展開部の加熱は見事、うまいオケとはメカニックなことではなくこういう演奏ができるかどうかなのだ。速めの終楽章はホルンが割れたりアンサンブルがやや雑然となるが、それでいて堅固な音楽になってしまう。

 

ジョン・バルビローリ / ハレ管弦楽団

はっきり書くとオケの技術、特に弦が劣る。なぜこれを好むかというと、指揮のロマンの息吹がヴァイオリンの歌に切々とこもり、緩急も思い切ってつけるなどライブのような感情の起伏があるからだ。fpのため息も感じ切っていて良い。英国人がエルガーをやる風な愛情を感じるという意味で7番の最もエモーショナルでメリハリのある、ドイツ寄りではない表現だろう。バルビローリはブラームス全集は構え過ぎだがドヴォルザークは自然体である。

 

オトマール・スイトナー / ベルリン国立歌劇場管弦楽団

東欧のいい音だ。このオペラハウスで何度もワーグナーを聴いたがS席で3千円ぐらいなのに感動したのを思い出す。目の前のピットから響いてくるこのオケの古雅な音はふるいつきたい魅力があった。この木質の弦とピッチの良好な木管(うまい)という特性はドヴォルザークにぴったりでありスイトナーの指揮も独欧系の解釈の本道を行くものと思う。モーツァルトが抜群の人だったが音響にポエムを作れる故で、第1楽章はfpの馥郁たる味わいも展開部の高潮も文句なし。

 

カルロス・パイタ / フィルハーモニック・シンフォニー

アルゼンチン人のパイタ(Carlos Païta、1932年または1937年ー2015年)は金持ちのボンでフルトヴェングラーのファンだった。自分のレーベル(Lodia)を作りメジャーなオケを商売抜きで指揮して録音を残した、ある意味カルロス・クライバー並みの謎の男である。好きな曲しか振らないのだからうまい。8,9番だけじゃない、7番に愛情持って振っているのに好感。激した部分に個性があるがfpのバスの鳴らし方、悪くない、金の力かもしれないがオケを乗せていて脱帽。

 

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64

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