ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(15)
2026 AUG 31 7:07:31 am by 東 賢太郎
アダム・フィッシャー / デンマーク室内管弦楽団
たまたまyoutubeで見つけたこのコンビのモーツァルト39番が面白かった。全部がオーセンティック楽器でもなさそうで、何の根拠があるのか知らないがテンポもダイナミックスもやりたい放題だ。モーツァルトの一部の曲はそれを許し、39番はその1つと思っているので楽しめたのだが、Mov4の最後のフレーズでほんの少し速くなるのは意味不明だった。こういうことをやるのは気質の合わない指揮者かなと不安になる。検索してみると同じコンビでブラームスがあるので2番を聴いてみたが、これも室内管弦楽団サイズのオケと思われる。古楽器ブームの頃続々とそういう妙なのが出てきたが、それでブラームスをやって何の意味があるのだろう?Mov2に薫る後期ロマン派のしびれる芳香は皆無。弦が痩せているのは致命的でMov1、Mov4の第2主題などグラマラスな美女がまるで栄養失調だ。アレグロは速めできびきび進むのは結構だが、そうでなくてはいけない主張というより、そうでないと音楽が持たないときこえる。そこに新味として乾いたティンパニが打ち込まれ所々で聞きなれぬ一抹の面白みはあるのだが、そんなものをブラームスが望んでいたとは到底思えない。Mov4コーダはインテンポで行くかと思いきや、最後の最後だけアップテンポで絶句した。この人は39番と同じ趣味があるのだ。全くもってわけがわからない。これを客席で聞いたら僕はブーを飛ばして席を立つ。そういうリスクがあるから2番のライブは二度と聴かない。
小澤征爾 / サイトウ・キネン・オーケストラ
これぞ日本の誇りである。アメリカにいたころだから1983、4年になるが、小澤さんは手兵ボストン響とブラームスのシンフォニーをよくやっていた。FM放送をカセット録音もしたが、正直のところどれも今ひとつであり、ブラームスは難しい、やはり彼のおはこはフランス物なのかなと思っていたものだ。そこからこの2009年の斎藤記念の熟成した演奏まで道のりは長かった。Mov1のコーダの弦の静謐な高揚など胸が熱くなる。これぞ恋にシャイだったブラームスだ。Mov2のFlから第2主題にさりげなく移り、薄味ではあるが絶妙な強弱で聴く者の心を揺さぶり、ドイツ系指揮者によくあるくどさを感じない。お茶漬けだと言う人もいたがこの楽章はこれがブラームスにふさわしいと僕は思う。Mov3は幾分速めでさらにそれを感じるがAllegrettoだからそれでよい。Mov4のテンポはまさにこれという盤石のもの。出だしから快速で軽くて元気の良い演奏が散見されるが、小澤は遅めで腰が重く、第1主題に至っても無用の品を作らず音楽に訥々と語らせ、徐々に音楽が暖まるのをじっと待つのである。再現部前までこんなに沈静してエネルギーを溜めた演奏はそうない。主題の繰り返しは単なる反復でなく音楽の底から加熱しつつあって、いよいよコーダに至りトランペット信号の部分からぐんぐん追い立てる。何度も書くが、この感動的なプロセスの中では全く無用であり、スコアに書いてもいないテンポの加速という軽薄な演技など存在しないのである。申し訳ないが前者とは役者が違うとしか書きようがない。
カルロス・クライバー/ ウィーン・フィルハーモニー
この人はブラームスに向いた指揮者だった。記号論理的に主題が変転進化していくベートーベンよりも、同じ硬派の作曲技法を指向しながらもその隙間に心の襞、エモーションがひっそりと忍び込むブラームスは、殊にこの2番は、まさしく彼しか表現できない音楽になっている。Mov1コーダ前のホルンソロを導くエロティックな手の動き、こんなことをする指揮者がどこに存在しただろうか。映像がこんなに見ごたえある指揮者も珍しい。自身が音楽の権化になりきって、時にダンスにすら見えるすべての所作、感情のこもった思わせ気な目線、魔法のような微笑みまで、あらゆるシグナルが奏者の心の奥まで届いている。各人がそのオーラを感じ、皆がそうだろうと感じるものだから伝播してゆき、クライバーの意図するがままにアンサンブルがフレージングが抑揚がまとまってしまう。すると団員個々からもオーラが出て、それがおのずと同期して燃え上がり、一期一会の劇的な演奏になってしまう。うまく言葉にならないが、そういう感じである。暗譜で振る人は少ないが、スコアをめくりながらビートを刻む指揮者とは遺伝子から種族が異なるのである。知る人ぞ知る出自も彼の魔力には影響があったのかもしれないが(カラヤンはそれをやっかんでいた節がある)、やはり彼が発しているオーラ、電磁波のようなものだと思う。指揮者に限らずそういう人はいる。曲全体がひとつの有機体としてあっという間に流れ、ブラ2を聴いたというより、我々も彼のオーラにあたった稀有の体験だったという気分が残る。ちなみに、Mov4コーダはとても練習したと見える。それだけに弦合奏の切り上げがズレてはっとする。ちなみに加速はトランペット信号までにほんの少々を済ませ、以後はない。音楽の熱で微小にかかりそうになるのをむしろ抑えこむエネルギーが最後の爆発になる。
サイヒロコさんとのご縁
2026 AUG 26 8:08:53 am by 東 賢太郎
先日、東京タワーの会合にて環境アーティストのサイヒロコさんを紹介されました。サイというペンネームの由来はScience、Art、Imaginationという自身のアートの3本柱の頭文字SAIだそうです。僕は美術は門外漢ですから、ご経歴を伺い、国連やらEUやら大変なものなんだろうと想像はしましたが理解が及びません。印象的だったのは二十歳ぐらいで志を立てて単身パリを訪れたいきさつです。入国ビザが不備でオルリー空港で足止めをくってしまい、何時間も別室で待たされます。これは仕方ありません。しかしそこでへこたれることなく「私は悪い人間ではありません、アーティストです。フランスのアートを見たいと願ってやって来たのです」と懸命にアピールを続けたところ、とうとう入国審査長がお出ましになって、「わかりました。私もあなたのような方にこそフランスのアートを見ていただきたい。さあどうぞお通りください。存分にご覧になっていってください」と入国書類に署名してくれたそうです。
「いや、すばらしい。ブザンソン・コンクールにスクーターで乗りこんだ若き日の小澤征爾さんみたいです」と申し上げ、こうもつけ加えました。「僕も12年ぐらいヨーロッパにいましたけど、イギリスやドイツの空港では考えられないことです」。当然です。入国要件を満たしてない者を通すという法律違反を役人の彼は犯したわけです。部下に敵がいて密告でもされれば即刻クビでしょう。でもそれが起きない。そうなんです。フランスはアートを国の看板として大事にする。法律にはできないが国是みたいなものであって、末端の人や移民は知りませんが、市民階級である国民は誇りを持って共有している感じが会話の端々でいたします。彼らは母国語に対しても同様で、公言こそしませんが、英語は方言でドイツ語は馬の言葉だとのたまわった人すらいましたから、方言しか話せない僕も田舎者扱いされていたのです。1977年にポンピドゥ大統領が国家の威信をかけて首都パリの4区というど真ん中に創設した「ポンピドゥ・センター」は文化のプライドが国威でもある良い例です。
総工費は今の3000億円ぐらいで、年間訪問者300万人以上。立派に国の看板の役割を務めています(現在改装中)。音楽部門はあのピエール・ブーレーズが創設し所長を務めたIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)と聞けば、クラシックに詳しい方は気合の入り具合と水準の高さをリアルにご体感いただけるでしょう。文化庁の予算は財務省に削りに削られ、都響は都政に不要と言い出す下賤な都知事が現れる我が国において、複合型アートCOMPLEXの建造に3000億円予算をつけると政治家が主張すれば真っ先に落選でしょう。かようなまでにアートに対して貧困な発想の国で生まれ育っている我々が、サイヒロコさんに与えられたフランス国家の敬意と恩賞にシンパシーを覚えるのは難しいかもしれませんが、このままでは日本が世界の一等国と誇るのは難しいでしょう。
余談になりますが、そうであるからこそ皇室の存在は絶対かつ不可侵の日本固有の本源的価値であり、王室を自ら廃絶し変革を選択したフランスを批判する者はいませんし、自ら伝統を選択しているわが国を他国にどうこう言われる筋合いもありません。どちらが正しいかという設問は存在せず、我々は2000年前からこうしており2000年後もこうしているだろうで5秒で終わりです。この盤石の主張に竿をさせる者は地球上どこにもおりません。つまり皇位継承問題への対応策は原理原則を変えないことに尽きます。なぜ男系男子なのかはなぜイタリア半島にカトリック教会の最高指導者がいるのかと同様2000年前からそうだというだけで論点にすらになりません。これで日本国、日本人の尊厳とプライドと国威は永遠に守れます。日本国籍を持ちながらそれこそが困るのだという人たちが必死に抵抗していますが、皇室はそんな方々のためにあるのではなく、日本人であるなら皇室こそ大切にしていただかなくてはなりません。防衛力の問題は本件とは別ですが、皇室の位置づけが変わり国民が日本人であることに尊厳、プライド、国威の感情を抱けなくなることは防衛装備品の拡充では補えぬ国力の甚大な棄損となります。日本が軍国主義化していると騒ぐ輩もおりますが、戦争のリスクはそうなったときに高まるのであって、論旨矛盾、本末転倒です。
あの日帰宅して、彼女の作品がフランスで驚くほどの評価を受けてきた証拠、すなわち仏芸術院賞(アカデミー・デ・ボザール賞)、国際文化芸術賞などの受賞、および、ご自身もフランス科学芸術創造協会代表、EU文化交流センター議長等に就任されている事実を知りました。もちろん人の実力、真の評価というのは肩書だけでは判断がつきません。コネやカネで買える場合もあるからです。だからこそ、「誰が書面でほめているか」は信頼できるのです。なぜなら認めた方も自分の信用をかけている。ほめるに足らぬ人を公にほめてしまえば自分の信用も公になくなるからです。初入国のエピソードの後、彼女がアーティストとしてどのレベルまで階段を登られたかは、そのポンピドゥ・センター創設者ブレーズ・ゴチエ氏のこの言葉が雄弁に語っています。
この推薦文は強力です。氏は彼女が将来にわたって発揮する能力が社会を変革するだろうと予知している。しかし、それだけです。歴史に5人しかいない1人とはゴチエ氏の社会的地位からすれば勇気ある発言ですが、氏は「人」ではなく「力」を見ており、サイヒロコさんのその点におけるマグニチュードを評価しているのであり、国籍や性別や宗教などの属性、知名度や実績がいかなるものかは一顧だにしておりません。これを見て僕は、何と清々しく正々堂々とした人だろうと感じるのです。世界中を歩いてたくさんの優れた人とお会いしてきましたが、真のインテリとはこういうものです。そして、非常に重要なことは、これだけの人物がそこまで評価しているサイヒロコとは何者だろうとなる。これこそがこの推薦文のパワーの核心なのです。
残念なことに日本でこのような人物はあまり見かけません。 99%の人は、名前きいたことあるか?地元の評判は?学歴は?先生は?交友関係は?受賞歴は?代表作は?役職は?なんてことを丹念に調べあげ、人品骨柄まで調査することを、そのアーティストの作品を虚心坦懐に鑑賞することより10倍も優先し、熟慮に熟慮を重ねた結果として満を持して「推薦します」なんてやる。そしてそのアーティストの作品を好きですか嫌いですかのアンケートを取ると 50%以上の人が「わからない」と回答する。これがおおむね日本のアート界の悲しい姿でしょう。そこに「彼女は歴史上5人しかいない天才のひとりだ」なんて評論家が現れるとにわかに怪しいぞという空気になって、そのステートメントが真実か虚偽か検証しようなどという真っ当な精神も雲散霧消し、安全策として誰も見向きもしなくなる。仮に日本でアートを国策にしようとでも思えばこの風土は甚大な障害なのですが、 50%以上いるであろうアートのわからない人にとってはスーパーの野菜の値引きの方が大事なのです。国民経済の不調が続きそれが仕方ないのであれば、わかる50%の人に対し正しい情報とまっとうな評論を提供するのは日本が文化国家として成熟していく前提条件でしょう。
サイヒロコさんの主要作品はこちらで見ることができます。
http://サイヒロコ 国連環境アーティスト 経歴・作品集
ここにひとつ貼ってみます。
後日談があり、「作品をお見せするので横浜においでください」と連絡をいただき、ビジネスパートナーのN氏と連れだってこの週末に行ってきました。みなとみらいのランドマーク・タワーに描かれている2フロアにまたがる壁画は市民にはおなじみで、彼女の代表作のひとつです。
作品はかように日本人離れしたスケールである。制作にかかると「どこからか音楽が聞こえてきて、500メートルの巨大な壁画も歌いながら3日で完成します」とのこと、この人は発想も創造も実行力も、日本人を根底から変える大きなパワーに恵まれています。実物を見ないとわからないものでしょうが、その作品は規格外のサイズであって絵画というよりアーティスティックな常設の構造物と呼ぶべきものでしょう。
例えばこの作品は国連ユネスコ本部50周年記念作品で、永久保存となった全長なんと500mのメッセージアートです。こんな壮大な作品を作った日本人はまずいないだろうし、そもそも作ろうと思うこと自体が日本人のちまちました思考のフレームワークをぶち壊しています。社会を変革する力を持つとはそういうことです。大志を抱くべき多くの日本の若者たちに、彼女のアートをぜひライブで体感していただきたいものです。
僕は入国ビザも持たずにやってきた彼女の出現は、パリにとって第2のストラヴィスキーだったのではないかと想像しています。ポンピドゥ・センターは構成する数々のビルディング自体がアート作品になっており、まさに彼女同様に、建造物がアーティスティックな常設の構造物と呼ぶべき存在であります。完成当初は「醜悪」と酷評されたが次第にそれが個性として定着して行った姿は、音楽なら、20世紀初頭に突如として出現したストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演がシャンゼリゼ劇場でブーイングの大嵐を引き起こしたが、今は学生オケでも達者に演奏できるほどポップ化しているのと似ているではないですか。
ちなみにポンピドゥ・センターのすぐ横に「イゴール・ストラヴィンスキー広場(Place Igor-Stravinsky)」があります。中央にストラヴィンスキー噴水があり、その地下にIRCAMがあるという構造になっている。
この背景には、
ストラヴィンスキー=20世紀音楽の革新者
ポンピドゥ・センター=20世紀芸術の革新拠点
という思想的な対応関係が指摘されており、前述のようにピエール・ブーレーズがIRCAM創立者で初代所長(退任後は名誉総裁)であり、1969年にCBSに録音したクリーブランド管弦楽団との「春の祭典」は、こと音楽に限らず、僕の思考体系全体に甚大な影響を刻印したわけです。これぞまさに、「社会と深く結びついてこれを変革する力を持ったものでなければアーティストとは呼ばない」というゴチエ氏の言葉の正統性が僕の中で証明されたと強く感じるのです。
週末に横浜での待ち合わせ場所となった馬車道の BankPark YOKOHAMAは圧巻でした。来年3月から9月にグリーン・エキスポ(横浜花博2027)が開催されますが、この歴史的建造物は主要プラットフォームのひとつとなりサイヒロコさんがアートディレクターとしてオリジナル作品を制作されるそうです。オーナーともお会いでき、エキスポに関する横浜の思い入れなど興味深い話を聞かせていただきました。BankParkはもともと渋沢栄一がつくった国立第一銀行横浜支店であり、内部は今はカフェになっていますが天井は吹き抜けでとても高く、どんなアート空間が展開されるのか楽しみでしかありません。奥の方に目をやると、頂いたパンフレットで見覚えのある巨大な絵画が壁にかかっています。
春の祭典のイメージが浮かんできます。そしてこれはポンピドゥ・センターと関係ある作品です。どこか繋がる。横浜は先祖の地縁が深い場所であり、オーナーさんは「今日は呼ばれましたね」と静かに微笑まれました。
ドヴォルザーク 弦楽セレナード ホ長調 Op.22
2026 AUG 19 6:06:30 am by 東 賢太郎
専門性を持った人が同時代の同業をどう評価するかはなかなか難しい。モーツァルトはほとんど褒めない。ベンダやプレイエルを持ち上げているが、それを後世の耳は共有していないのだから音楽の技量だけでない評価もあったかもしれない。注目すべきは不遇のパリ旅行からの帰路で寄ったストラスブール大聖堂の楽長、フランツ・クサヴァー・リヒターの宗教曲を「悪くない」とした父への手紙だ。僕は同意できるが皆様はいかがだろうか。
ブラームスはというと、是々非々の人だ。ワーグナー、ブルックナーと対立したことになっているがそれは取り巻きの政治が混在した話であって、彼自身はマイスタージンガーを高評価しており、Sym7、8、テ・デウムのスコアを持っていたし、ヨハン・シュトラウス2世も買っていた。中でもドヴォルザークは格別で、遺産の相続人にしようと考えたほどの推し活ぶりであった。その背景はここに詳しいが、ブラームス 「ドイツ・レクイエム」作品45 (その5)、「民族、宗教の厚い障壁を越え、両人が根源的共感に至ったことと切り離して考えられないことは、ヨハネスと芸術観を共有する中産階級出身のクララ・シューマン、ヨーゼフ・ヨアヒムが、ヨハネスの激賞にさっぱり反応しなかったことに見て取れる」という点に彼の是々非々ぶりを見る。
2人の馴れ初めは「1874年、ウィーンに出てきてオーストリア政府の国家奨学金に応募した33歳のスラブ人を、ウイーン楽友協会の音楽監督で審査員だったブラームスは楽界に紹介し激賞する」ことで始まったが、今回注目したいのは申請作品の一つ「弦楽セレナード ホ長調 Op.22(B.52)」の扱いだ。ドヴォルザーク本人も自信満々なうえ、審査員ブラームスはドヴォルザーク推しであり、作品としても客観的に優れている証拠に現代でこれを知らないクラシック好きはいない。ところが不思議なことに、ブラームスはOp.22につき一言もコメントを発しても残してもいない。同じく応募作の「モラヴィア二重唱曲B.60・B.62」を激賞してジムロック社に出版を推薦する手紙が残っている事実から、審査員としての立場上控えたわけではない。謎としか言いようがない。
謎は解きたくなる習性がある。そこで長年、暇を見ては英語の文献を読みあさってみたがコメントはない。チェコ語はあるのかと思っていたが、昨今はAIがそれも解決してくれる。やはりない。「言わなかった」という不作為に故意はなく偶然だという謎解きが「悪魔の証明」という理屈で正当化され得る。誰もそれは崩せないので論文にはならない。モーツァルトのジュピターとハイドン98番の問題を論じた時も、ハイドンはそれにつき何も語っていないので「偶然の相似だろう」という反論を論破できない。だから僕はプレトークの舞台で、「素人だからできるんで」と聴衆の皆様に申しあげた。素人だから論考が浅いとは思わないが、状況証拠で容疑者を有罪にすることもできないのだ。
Op.22の謎を解きたい動機は、僕はこの曲が大好きだからだ。はち切れるような春の喜びと希望に満ち、生きる力を与えてくれる曲である。大管弦楽の爆発やファンファーレで鼓舞するのではなく、ストリングスだけでふんわりと柔らかく、内側から徐々に温めてくれるので幸せの持ちがいい。どうしてOp.22がそういうオーラをまとったかというと、作曲家自身がそういう心持ちにあったからだろう。1873年に結婚し、1875年に第1回奨学金400グルデン(200万円ぐらい)を受けた直後の作品である。貧しかった彼に天恵だったことは5月3~14日のわずか12日間で Op.22を完成したことで分かる。結局彼は5年連続で総額2,300グルデン(1,200万円ほど)を得て人生が変わったが、その転機になった曲なのだから格別の気に満ちていても不思議ではないだろう。
一方のブラームスは1876年に難産だった交響曲第1番をついに完成、初演する。ウィーンには10年住みすでに地位を確立していた。ドヴォルザークを発見したことで自分の楽界デビューにおけるシューマンの役を演じたのではないか。シューマンにはクララという理解者はいたが、作曲家としての真の後継者の出現に歓喜し激賞した。同じ思いを抱ける若者がついに現れた喜びはいかばかりだったろう。ジムロック社に出版推薦をした作品は「モラヴィア二重唱曲B.60・B.62」である(1877年12月12日)。出版譜(写真が表紙)は好評であり、同社は後に更なる成功作「スラヴ舞曲」Op.46も出版しており、新進作曲家のオリジナリティーを生かすチェコ路線であること、家庭で演奏もでき実用性があること、という商業性を重んじたブラームスの推薦は筋の通ったもので、これがOp.22でなかったことに不合理はない。
《モラヴィア二重唱曲B.60・B.62》
では弦楽セレナードはどう扱われたのか。 1875年(第1回目)の受給後に作曲されたのだから楽譜が提出されたのは第2~4回であり、第2回は証拠資料がなく、第3に含まれていないことは確証があり、以下の行政記録から第4回であったことがわかる。
① ドヴォルザーク本人の申請(1877年7月26日)
→ ② 添付作品にOp. 22
→ ③ ウィーンの音楽部門による審査(1877年11月30日)
→ ④ 600グルデン支給決定
ここで重要な事実がある。ドヴォルザークは1875年の時点でOp. 22をウィーン楽友協会へ提出していることだ。奨学金申請ではなく友人のヴィオラ奏者アロイス・ブフタを介して楽譜を送り、ハンス・リヒターも好意的に評価したがウィーン初演は実現しなかったという経緯があったのだ。シューベルトもハ長調交響曲(ザ・グレート)を楽友協会に献呈・受理されており、自身の中ではそれに匹敵する、コンクールを回避するほどの自信作であったゆえの行動だ。そこで、「ドヴォルザークはこのセレナードを非常に高く評価していた(筆者注・が楽友協会に受理されなかったので)1877年、4回目の国家奨学金申請にそれを “添付” した」(Anton Dvorak National Musium)という顛末になったのである。つまり、Op. 22は1877年の奨学金のために作曲されたものではない。ブラームスがコメントを残していない事情はここにあるという主張は一理あるだろう。
パーヴォ・ヤルヴィ/ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
なぜ提出時期にこだわるかというと、ブラームスがOp. 22を見たことと、自身の交響曲第2番ニ長調Op.73の作曲とに関連があるのではないかと考えているからだ。Op.73は1877年6月から10月ごろまでの約4か月間で成立したと考えられている。個人的な感想を述べさせて頂けば、Op. 22はブラームスを驚嘆させてしかるべき作品である。以下、そう考える理由を、楽譜に基づき実証的に述べてみたい。すぐれて是々非々の人であるブラームスの思考と判断を推察するにはそれが最も説得力を持つと考えるからである。
Op. 22を作曲した1975年時点でドヴォルザークは交響曲4番まで書いていた。そのどれもがブラームス作品と比較するに及ばないことは衆目の一致するところだろう。そこで彼は賢明な判断としてセレナードを選ぶ。ブラームス自身の管弦楽での出世作がそれであったことも意識にあったかもしれないが、頑強なソナタ形式による楽章のロジカルな構築、主題の彫琢と展開というブラームスのお家芸は避け、溢れ出る魅力的な楽想をおおよそA-B-Aのシンプルな形式で5つの楽章として提示し、トータルな充足感において弦5部だけでシンフォニーに勝るとも劣らぬ傑作を産み出したのである。 19世紀からドヴォルザークの作品に対しては深みに欠ける、哲学的論理的思考が欠如するとの批判が繰り返しなされてきた。僕もどちらかといえばそちら側の人間であった時間が長い。しかし何度鑑賞しても飽きることのないOp. 22を知るにつけ、余人を寄せつけぬ楽想の泉はベートーベンもブラームスも、これができぬゆえにあの道を行くしかなかったと思わされる異能であることに気づいた。いみじくもブラームスはアイロニーを込めて語った、あいつが屑籠に捨てた楽譜から交響曲が書ける。
第1楽章 ホ長調
ドレミファの4音だけで心が和むVn2とVaの主題(もうここから天才だ)。僕はこれからシューベルト弦楽五重奏Mov1第2主題(変ホ長調)を思い出す。Vn1がオクターブ高く乗ると(下の譜面の2小節目)やおら和声の迷宮に入り込む。
迷宮をコードで記述するとこうなる。
E-C#m-B-G#m-Em-Gdim-G#m-C#7-F#m-B7-E7-A7-F#-E-Em-F#-F#7-|B7-G#dim-B7-G#dim-|A/b-G#m-A/b-G#m-|B7—–
この驚くべきプログレッションをブラームスが無感情で見逃したなどという意見があればそれこそ屑籠に捨てるべきだ。耳が慣れぬ人にとっては一瞬の陽の翳りからまた陽光が戻る感じがするかもしれない。迷宮が最後B7に落ち着いてから2小節がEに回帰するブリッジになるところ、もうため息が出るほど美しい。ドレミファだけでできているジュピター主題。そして異形であるのはドン、ドンと大砲2弾に発する主役の主題があれよあれよとしぼんで暗雲たちこめるエロイカだ。序奏ならいざ知らず、明快に確保されたアレグロ・コン・ブリオの長調主題が直ちに減和音に陥る例は古典派には極めて異例で、音の表面づらは全く違うがドヴォルザークも第1楽章第1主題で同じことをしている。すなわちモーツァルトもベートーベンもここにいる。ラファエル・クーベリックだけがB7-E7-A7のバスをmfで弾かせるのは奥義を心得ている。途中でエグモントov.が聞こえるのもベートーベンを印象づける。
第2楽章 嬰ハ短調
自身のSym8 Mov3を予見する楽章だ。中間部は変ニ長調(嬰ハ長調の異名同音音階)。主題が長調で10度でハモって進行するところはブラームス風である。ふっとホ長調の木漏れ日がさす転調も魔法のような強烈な個性。
第3楽章 ヘ長調
冒頭のタンタラタンタンはハイドンSym104 Mov1から(それはジュピターMov4結尾から)。Bar5のミーレドーシラーソファーミはブラームスSym1 Mov3(注)。Bar120からはJ.Sバッハ3声のインヴェンションNo.5変ホ長調(わかる方は上級者。ブラームスは当然わかった)。
(注)ブラームスSym1初演はカールスルーエで1876年に行われドヴォルザークがそれを聴いていない事は確実だ。従って4回目申請の1877年7月26日までにSym1のスコアを閲覧し、1975年原典版にはなかったBar5を付加した可能性を指摘したい。
第4楽章 イ長調
モーツァルトのクラリネット五重奏Mov1の和声を思わせる(Ⅵで体言止め)。ラフマニノフPC3番Mov2の開始部が酷似。中間部BからAに回帰するブリッジはMov1冒頭のそれ(B7)である。
第5楽章 嬰ヘ短調
弱起の開始はトリッチ・トラッチ・ポルカなど。そのタターが導くBar87からは明らかに「ウィーンの森の物語」(1868年初演)の第1ワルツ(タターはMov3のA部分の背景に印象的に登場している)。全楽章に対位法によるコントラスト、リズム分割が駆使され技法的にエロイカMov1を意識か。この曲をウィーン楽友協会へ提出し、気に入ってもらうべく意趣が凝らされている。終盤で第4楽章が回想され、さらに第1楽章冒頭が回想され、幸福感が円環形に保持される。ソナタ形式でない形式論理のインテリジェントな試行である(ブラームスのクラリネット五重奏での採用のモデルか)。
結論
以上の第1~5楽章での指摘事項は、チェコ人ドヴォルザークの「ドイツ音楽への造詣、敬意、そして伝統の継承者としての資格の顕示」である(バッハまで引いた意味がある)。それを破壊しかねなかった巨人ワーグナーへ傾斜していた自分を反駁者として古典路線に戻すメッセージであり、必然的に審査員ブラームスの琴線にも触れる。しかし歌劇場を運営するウィーン行政府は必ずしも反ワーグナーではなく、両派閥のバランスを取るためウィーン讃美の終楽章を置いたとするのが政治的観点からの私見である。ドヴォルザークの楽譜は、その程度の知性は優にある人物像を物語る。それを見抜いたブラームスは擁護に回った。
ところが作品が秀逸すぎた。特に第1楽章の迷宮はブラームスを驚嘆させた。同時にOp. 22のウィーン楽友協会への抜け駆け的な献呈はオーストリア政府の国家奨学金制度の権威と意義を損ないかねず、体制側の重鎮であるブラームスにとって心外であった。田舎出の貧しい青年に体制側のコンプライアンス意識はなく、自信と経済的焦燥感ゆえの勇み足であった。自身も同様の出自であるブラームスは、そのことをもって青年のエントリーを却下することはできず、むしろ譜面を調べることによりその才能に惹かれることになり、詭弁として「Op. 22は献呈を目的としたもので申請作品とは認めない」スタンスを取った。エントリーされていない添付作品だから、コメントは必然としてないのである。
ただ、仮にそうした事情がないとしても、彼がコメントを避けた(Op. 22を無視して見せた)可能性を僕は否定しない。というより、むしろこちらの可能性の方が高いかもしれないと思っている。彼はシューマンのようにストレートに良いものを良いと言わない性格の人だ(ある意味、ひねくれ者)。好きな女性を父親と裁判で戦って奪い取るような勇気、根性はなく、むしろ本当に好きな女性に言い寄って拒絶されて傷つくのを恐れるため、あえて冷たい態度をとって突き放してみせるような人だ(だからアガーテにばっさりとふられたのである)。はっきり言ってしまうと彼女に女々しい男と思われたのである。その性格であるから、調べれば調べるほど気になってしまったOp. 22にあえて冷たい態度をとって興味がないように装ったのではないかという仮説には一定の信憑性を感じてしまう。あくまで直感であり、Op. 22のスコアを調べた実証的アプローチの結論ではある。
彼はドヴォルザークの才能に惚れたに違いない。なぜならドイツにおいて彼の後継者たりうる才能の持ち主には出会わなかったからだ。ドヴォルザークは元来はワーグナー信奉者だった。それがブラームスに感化されたことによりシンフォニストの道を目指すようになった。ただ彼はブラームスと違いオペラも書ける人だ。旋律の才があるからどんな音楽でも書ける。ブラームスのドイツ保守本流の流儀で、おそらく彼の書いた交響曲の中でベストである7番を書くと、彼はスラブ魂を失わぬまま、自分流儀でインターナショナルなセンスの音楽を作るようになった。やっぱりブラームスは孤独だった。
最後にOp. 22の推薦盤だ。ハンス・シュミット・イッセルシュテット / NDR交響楽団の演奏。室内オケでなく常設で気心知れた管弦楽団の弦セクション。ドイツ色丸出しだが作曲時点のドヴォルザークの望むところだ。指揮が緩急強弱の勘所をとらえていて懐が深い。
万人にお勧めできるのがこれ。ネヴィル・マリナー / アカデミー室内管弦楽団にとってこれは十八番であり間然する所無し。素晴らしくうまいことはユーチューブに数多あるほかの演奏と聞き比べれば誰もが納得だろう。指揮は余計なことをせずスコアのあるべき姿を過不足なく淡々と描き出す。英国の良心。それだけで幸せになれるこの説得力。いかに良く書けているかとスコアを拝みたくなる。最高の演奏とは曲が何であれそういうものだ。
なんと大作曲家ペンデレツキ先生も同好の士だったとは!熱い演奏です。伝わってきますね、いかにこの曲を愛してるか。なにやらブラームスが指揮してるみたいに見えてきました。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
入試の現代国語と音楽評論の関係
2026 JUL 29 19:19:39 pm by 東 賢太郎
ダイナミックオーディオのSさんは立派なクラシック愛好家です。話のなりゆきで「ブログ読んでますよ」となり、それはそれはということで「ご感想は」と尋ねると、「他の人のと決定的に違うのはですね」と前置きの上で、「知らない曲なのに読み終わると知った気になってるんです。そこでCDを買って聴くと不思議と曲を覚えてしまいます。それは、東さんのは文章がぜんぜん違うからだと思います」「文章?」「はい、文章です」とおっしゃった。
これは大変なことでした。かつて作文をほめられたことがないからです。「こんなの問題作った奴しかわかんねえ」と答案用紙やぶって捨てたのが現国。漢文にいたっては猿が鳴いてどうのとかいう授業で「猿は鳴かねえだろ」と集中力がきれて以来記憶なし。つまり国語で絶対の自信があったのは「1000回模試受けても偏差値は55だ」という法則性だったのです。Sさんがぜんぜん違うとされるのは文章がうまいでなく妙だ、変わってるだろうと解釈するのが穏当なところです。
ちなみに一度だけ法則が破れ70が出た。次からまた戻った。それがこれです。
母校の受験において、中高一貫校の秀才たちに比べれば野球で遊んでた都立高の僕などドンキホーテみたいなもん。そこで「檸檬」の教訓から国語の全軍撤退を決意し、ひよどり越えで勝利した冷や冷やの戦争でした。法則が破れたことを重視した。これは思いつきでなく科学的態度です。そして本稿はまた法則を破って下さったSさんの言葉に発しています。
僕の音楽ブログの “思想的モデル” はレナード・バーンスタイルのヤングピープルズ・コンサートです。
中身も英語もご覧のように子供向けで平易。学生さんは夏休みに全部見ることを強くおすすめします。わからなければ繰り返し聴いてください。わかるようになれば英語は楽勝。クラシックは優に中級者。宝物のビデオなんです。客席はほぼ全員が白人の富裕な家の子ですね。小学生からこんな話が聞けるなら大差つきますよね、で、この子たちもまた金持ちになる。教育の差はいかんともし難いですが、そのむかし小遣い何万円もはたいて買った52枚がユーチューブでタダ!やる気になれば克服できる時代にもなってることに皆さん気づきましょう。
会ったことがある人で尊敬する人物は、ダントツぶっちぎりの1位でレナード・バーンスタインです。頭の冴え冴えした良さと歩く音楽みたいな稀有のコンビネーション、泉のように湧き出て先が予想もつかぬインスピレーション、老若男女のハートにインフルエンスする強烈なパワー。真の天才です。ビデオ1のチャイコフスキーはここに引用させてもらってます。
この部分だけは何しても先生のピアノにかなわない。それ以外は誠に僭越ながらわたくし流儀で楽譜と文字でやらせていただいてます。
日本の多くのクラシック好きはこのやり方はあんまり好きじゃないと思う。マグロとハマチのおいしさを寿司屋の親父が食品成分表で比較して語るみたいなもんですからね、うざってえな、寿司はうまきゃいいんだ早いとこ握ってくれってなもんでしょう。そもそも日本人は神を感じるものの裏側をのぞくみたいなことはしないんです。神社の神殿にはお姿も経典もありませんしね。
でも西洋の源流であるギリシャ、ローマは全部丸裸にして法則を見つけて、サイエンスと呼ぶその原理で巨大なものを構築する。それを言葉でやって哲学にする。その世界でうざってえは通用しないんです。僕は子供の時から分解ぐせがあって何でもバラしてました。西洋音楽のスコアがバラしがいのある美味しそうな対象だったことがのめり込む原因の1つになったことは間違いありません。
バラしてから組み立て直して設計の原理を探ることをリバースエンジニアリングといいます。高校時代に春の祭典のスコアでそれをやった。ヤングピープルズ見てなかったら発想なかったです。謎の音の正体が次々と明らかになる。まるで推理小説の謎解きみたいな快感。このゾクゾクで僕はクラシック音楽の世界に入ったんです。食品成分表の寿司屋みたいに変でしょ。つまり人間がそっち系だから理屈っぽい。これが数学に向いてたんですけどね。
受験生に重要なヒントを差しあげます。数学の文章題が解ける解けないの差は何だかわかりますか?計算力ではなく文章力です。手を動かす前にゴールへの道筋を言葉で正確に言えるなら確実に解けます。だめなら確実に解けません。その言葉がコマンドで計算はエグゼキューションです。計算はしもべなのでソロバンの名人になっても数学の偏差値はあがりません。
つまり僕のブログの文章はきっと数学の文章題を解くコマンドみたいなものなんです。音楽評論家の先生方は音楽の通信簿は当然みんな5でしょ。僕は2なんです。教科書の恐ろしくダサい歌や教室中が半音の1/ 4ぐらいずれたおぞましい音響に満ちる拷問のような笛は鳥肌が立つばかりで文科省指導要領に則った授業に絶対に収まらない。そういうスタンスの先生は尊敬できないから向こうもそんな生徒は嫌いますよね。
ただ九段高校の坂本先生は3年の最後の最後で作曲の自由課題で提出した僕の曲をピアノで弾いてコンクールに出したいぐらいだとほめてくださり授業で合唱指揮もさせてくれた。これは嬉しかったですね、通信簿がどうなったかは忘れましたが。Sさんがふだん読まれている評論は通信簿5の人のです。文芸的なセンスに優れた方のものです。リバースエンジニアリングが面白くて書いてる僕は人間が異性人ぐらい違うので文章がぜんぜん違う。ロジックは終点まで持っていきますから読み終わるとわかった気になってる、ということじゃないでしょうか。
特にそう思うのを3つあげます。これです。
教育者でもあるバーンスタインの選曲は子供に論旨をわからせるのが目的です。僕のは教育はおそれ多いので単に面白いと自分が夢中になれる曲です。このヴィオラの音、あそこの突然の三度上の転調、すごいですね、ユルめのバスドラ、裏打ちリズムの切れ上がり、いいですよねえ、ここはあの曲から引っ張ってますね云々なんてのがいちいち気になってちょっと聞き方も変なのかもしれません。
それが僕の面白いなんです。それでいいと思ってます。教科書の名曲解説みたいな毒にも薬にもならないのブログにしたって面白くもなんともないでしょ。面白いという感情はポジティブです。言葉しらない幼児の頃から人間は遊びます。やがて友達ができ、面白そうだねとみんなが寄ってくる。書いてる僕は幼児と一緒で全身で面白いと思っていますから多分それが皆様に伝わるんだと思います。
バーンスタインさんピアノでシンフォニーからジャズからポップスまでスイスイって弾けてますよね、あれはリサイタル用に練習したんじゃなくて普段着で好きで面白いんでやってると思いますよ。そういう感じの人でしたよ。音楽はポジティブな感情からしか出てこないです、悲しい曲だってそうです。悲しくて自殺しようって人は曲なんか書きませんからね。
僕は仕事はアップダウンがあっていろいろ落ち込むこともあるから音楽してる時だけは面白いなとポジティブでありたいんです。そこから出てくる気をブログに封じ込めて、読んで下さる方もポジティブになっていただきたい。僕がそうするんじゃなくて書いている曲が面白いからそうなれるんです。Sさんのようにそれがひとつ増えましたと言って下さると心の底からうれしいです。
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歓喜のリンデマン再臨
2026 JUL 24 15:15:32 pm by 東 賢太郎
ダイナミック・オーディオのSさんからメールがありました。「お預かりしてるリンデマン820ですが、SACDは残念なから部品がありませんがCDのみの再生は可能です」。リンデマンはドイツのCDプレーヤーです。もう20年も前のこと、自宅であれこれ聴き比べさせてもらい、一目惚れで決めた愛着ある品です。半年ぐらい前に電源が入らなくなってしまい、「メーカーがもう倒産してしまっていてどこへ頼んでも断られました」と言う返事をもらった時はお先真っ暗。仕方なしに買い替えようと、とりあえず代用品でまかなっていたのですが音質の差は歴然だったのです。もう弔いの気持ちになっていたのが復活!
Sさんが届けてくれ、まずはレファレンスとしてKenny Barronのアルバム「Night & The City」を。いや、良かった、戻ってる・・・劇的な差です。ライブ録音のピアノがたまりません。楽器の “物体感” がスピーカーから現れ、触れればほんの少しざらっとした触感がわかりそうな音像が骨太で大きくなり、絹ごし豆腐のようにアナログ的なのに芯がある。単体でもそういう傾向なんでしょうが、僕は世界最高のプリと評価してるブルメスターを通しているのでそれが倍加された印象です。いや、ドイツのメカのこだわりはすごい。次いでかけたクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のエロイカ。いやいやこれぞドイツの音ですよ。本物のベートーベンにちょっと疲れてた僕も生き返りました。
このメーカーが倒産。まずSACDにコストかけて勝負に出たのが失敗。ストリーミングが隆盛になって同じフォーマット内の進化は霞んで価格倒れになった。オーディオ業界は腕の良い技術者もAIに流れてると聞くし、かつてのLPとCDの関係にあるのかもしれません。マクロ的にはリアルとオンラインの戦いで、オールドメディアと同様にリアルは分が悪い。でも僕はモノを所有しないのはだめですね。テレビがオンディマンドになるのは結構、元から番組は所有してませんからね。でもオーディオの音源がそれってのはいけません、所有してるって満足感は重い。だからそれに深い愛着がわくという因果関係も重大です。引っ越すと飼えなくなるからペットもそうなるかもと聞いてますが、レンタル猫なんてそんなのはありえません。まあいずれ彼氏も彼女も旦那も奥さんもそうなるのかもしれないがもうその時はいないでしょう。
そういえば、これも溺愛品のパワーアンプStratosのメーカー、米国のホヴランドも倒産。なんでだ?不条理としか思えません。発売時にオーディオ評論家の菅野氏が手放しで誉
めながらも「でもこれは日本であまり売れないのかな」とステレオ誌の記事で半ばあきらめのタッチで独白してたっけ。この発言だけでも、心から氏はプロだと思います。そう。日本のオーディオマニアには「HiFiっぽい音」こそ大事で、こういうナチュラル本格派は500万も払ったのに普通の音じゃないかとなっちまうらしいのです。これは野球に例えるなら、回転のいい伸びるストレートなんです。150キロ出るとか出ないとか数字じゃなく、130代でもゾーンで空振りが取れる。自分もそれにこだわってたし、フォークだシンカーだナックルだってにぎやかなのね、ああいうピッチャーは好みじゃないんでいくら防御率良くても全然興味なし。そっちが日本のオーディオマニアの世界です。これ、美学なんで理由も理屈もないです。
これも書きましたが、日本で最初の客だったのですぐにホヴランドのCEOからお礼の手紙が届きました。でも問題は中身でね、どうして僕が “オーディオマニア” じゃないと分かったのかは知らないし、感想を伝えたわけでもないんですが、買ってくれてありがとうだけじゃない、わかってほしいところをわかってくれてありがとう、どうしても伝えたいの趣旨だったんです。同好の士と認め合ったということでね、こういうのが一番うれしいんです。子供の時、みんなおもちゃは飛行機、船、車で電車は少なく、いても安っぽいプラレールみたいなどうでもいいやつで、鉄製の電車一本槍ってのは自分しかおらず寂しい思いをしたのを思い出しました。CEOは一度お会いしてみたいものです。
まだ2日だからあまりきいてませんが、とりあえずマルク・スーストロ指揮ボン・ベートーヴェン・ホール管弦楽団のドビッシー/ラヴェル、シノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレのシューマン3番、アラウのベートーベン月光・田園ソナタ、モーツァルト生家のピアノフォルテによるアンドラーシュ・シフのモーツァルト集を。シノーポリのライン、あんまり印象なかったけど見直しました、これいいですよ。週末は時間があるのでオペラをいきます。本来はサバリッシュかレヴァインでリングが魅力ありますが、ワーグナーはいま気分的にちょっと重い。モーツァルトもいいけど、ここはヤナーチェクかな。
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音楽家と完全主義
2026 JUL 22 0:00:50 am by 東 賢太郎
初めて聴いた演奏家に夢中になることは稀ですが、もうだいぶ前のそのひとり、ヴァイオリニストのユリア・フィッシャーは終焉後に楽屋までおしかけてツーショットしてもらったぐらい気に入ったものです。前稿のチェリスト、ダニエル・ミュラー=ショット(以下ダニエル)も感銘はそのクラスだったと思います。
チェリストといえば、昨年10月21日の読響定期でハチャトリアンを弾いた北村陽(左)も良かった。ブログで「圧巻!リサイタルを聴いてみたいと思った初のチェリスト、いや、いつまでも聴いていたいと思った稀有の人と書くべきだ」と最大級の賛辞を送っています。ではダニエルと比べてどうだったか?感銘という点で甲乙付けがたいですね。同じ曲ではなかったし音楽を聴く側の印象というものは振幅がありますし、そもそも22歳の北村を円熟期50歳のダニエルと比較してもフェアでないのですが、同じチェリストとしてそう思わせたということは書いておく意味が大いにあった。期待あるのみです。
ダニエルについて特筆すべきは、演奏のありようもさることながら、曲は違うのにロストロポーヴィチの40年も前の記憶を呼び覚ましたことです。もっと正確に
記すなら、演奏中に「あれ?これどこかで知ってるぞ」とひらめき、しばし考えてその結論が浮かんだのです。ロストロで覚えていて言葉にできるのは、チェロをとても寝かせる構え、それだからできるのだろうヴァイオリンのように緻密なハイポジション、会場の奥まで届くピアニッシモ、シューマンの歌の朗々たる艶やかな伸び、フォルテの凄まじい集中力でしょう。しかしそのどれかが似ていたのか総体的なものかははっきりしません。
音楽は “生もの” です。なま音はマイクに入りきらないといいますが、もっと入らないものがあります。聴衆です。劇場には聴衆の「気」が満ちています。いや、もっと科学的に記述しましょう、満ちていると仮定するのです。空気からは計測できませんが、人体からはできる。なぜなら、音楽の起伏につれて聴衆の心は動いています。興奮すればアドレナリンが出ます。フィナーレで高潮すると心拍数、体温、血圧が上がり、消えるように終わる音楽なら平静になるでしょう。興奮や沈静は脳波という電磁波になり、それが同期し伝播して巨大になると何物か劇場に満ちている感じになる。それが「気」と呼ぶものの正体であり、どなたか数値を計測していただければ仮定は証明されたことになるでしょう。
気は人間に影響を及ぼしており、それを言語で表現する需要が多いから日本語に「気」のつく単語が山ほどあるのです。劇場とは、大勢の観客の前で何かを演じ、「気」をひとつにした相乗効果で爆発的な効果を生むことを目的とした装置です。ルネッサンス期にフィレンツェでギリシャ悲劇を再演しました。やるうちにセリフを歌とし、楽器で伴奏することで相乗効果の爆発が増幅されることに気づきました。これがオペラの起源です。リブレットは同じですから、観客の「気」を増幅するものは音楽であることが発見され、やがて音楽だけが独立しコンサートとなったのです。すなわち、劇場の成果とはどれだけ観客の気を高めたかということであり、演奏家の評価もチケットの売上もそれにつれます。
気は画像にも録音にも入りません。2千人の劇場なら、歌手、オーケストラが百人として気の95%は聴衆が発していますから、CDやストリーミングで再生して耳に入ってくる情報は5%でしかないのです。これは「光や電波で観測している物質は宇宙の4%しかない」というダークマターの存在に似ています。神は無駄なものを造らない(イザヤ書 45章18節)なら96%も無駄でしたという結論はないのです。劇場の場合、我々はリアルな現実として録音の何倍もの感動を味わえることを体感しています。気合といいますが、気は合一してパワーになる。嵐ファンの娘はライブのため北海道まで行きましたが、その歓びの 95%は気かもしれないよということです。もちろん5%が優れていないと感動は生まれませんから、観客の「気」はレバレッジ(てこ)にほかなりません。僕もロストロをはじめパバロッティやクライバーの凄まじいスタンディングオベーションはそうだったと思わないでもないのです。
であるとすれば、音楽を愛する我々は天から重要な示唆を受け取ったことになります。音楽は聴衆が作っているということです。第九のベーレンライター版は好奇心を満たしますしサイモン・ラトルのウィーンフィル盤は見事な演奏なのですが、最後の最後、ゴッタフンケン(Götterfunken)に至ってとうとう僕はズッコける。これがベートーベンの意図なら、死後のどこかで誰かのミスで我々の慣れ親しんだテンポになって誰も異議を唱えなかった。だから150年も誤りが続いてそれが記憶されてきたことになります。なぜなら、聴衆が支持したからです。フルトヴェングラーの凄まじいアップテンポも多分ベートーべンの意図ではないでしょうが 20世紀の聴衆に圧倒的に支持されて定番になってしまいました。同様に、北村陽の弾いたハチャトリアンやダニエルのショスタコ1番も、演奏が説得力に富んでいたため解釈上の定番を作っていくかもしれません。僕は古楽器演奏を好みませんが、同じ理由で原典版もケースバイケースだなと思います。理由は明白です。僕もそうした聴衆のひとりだからです。
ということで本稿ではダニエル・ミュラー=ショットのグリーグとラヴェルを取り上げます。グリーグではヴァイオリン・ソナタを弾く試みも聞け、それがまるで元からチェロ・ソナタであるかのような見事な演奏になっています。彼はドイ
ツ人ですから母国語でない音楽を自分の世界に引き込んで新たなワールドを作っている。グリーグがこれを喜んだかどうかはともかく、保守的なクラシック界においては斬新な試みといえます。だってショパンはショパンの流儀があって、代々伝わる創業家の秘伝みたいな方法を先生に習ってコンクールに出る。ポゴレリッチのように自己流が入ると不合格で審査員のアルゲリッチ先生は怒って退場してしまいました。ショパンコンクールも少しは変わってきたとされますが、クラシックというのは基本的に古典芸能だからそういう世界です。動画の再生回数やファン投票で決まるなんてことは絶対にありませんからダニエルの試みは革命的と言えます。そして僕はそれを支持します。
古楽器は否定するのになぜか?演奏家の真実の声が聞こえるからです。古楽器だってそういう演奏家はいるでしょうが、古楽器だから意味があるでしょという演奏家もいます。バッハの時代はこういう音だったんだねふうんというだけなら博物館の展示品のお披露目会みたいなところでやればいいのです。僕らはバッハの時代の聴衆ではありませんからそれを聴いて良いと思う自然な道理はありません。歴史学的に正しいからと無理矢理感動するいわれなどまるでありません。思いおこせば、僕が中学まで学校で受けた音楽教育はまさにそういう姿勢のもので、死ぬほど退屈であり通信簿はいつも2でした。演奏家はまず作曲家が作品に封じ込めたパッションを共有し、それが強いから演奏したい、それをぜひ聴いてほしいと熱望し、そういうものこそ聞きたいと熱望する聴衆が集まる。すると劇場で両者の気が合体し、大きなパワーとなり、聴衆に一生忘れぬ思い出を刻印するのです。長く生きてきたおかげで僕はそういう場に何度も立ち会いました。たくさんあるので何年たっても熱が冷めやらず、文章ではありますがそれを共有していただいて、皆さんなりにこれからの感動のよすがにしていただきたいと願って14年前にブログを始めることになったのです。
しかし忘れてはならないのは、以上のすべては作品が良いからいえることです。そうでない作品にいくら有能な演奏家が気合を込めても無から有は生まれません。だから演奏する側も聞く側も、感動したということはまず第一にそれが作品の中に存在していたという証左ですから、作曲してくれた人への深い感謝があるべきなのです。それを一律に形で表すために印税を払うという義務があるのですが、 法律の効力は50年も経つと切れてしまいます。それを無料で使って1億枚もレコードを売ってカラヤンは富豪になりましたが、彼は自分の力で曲の魅力を大衆に折伏(しゃくぶく)した有能な伝道師だったということです。これは彼の才能と努力の成果です。問題は、ではベートーベンは何を得たのかという甚だバランスの悪い気持ちを押さえられないことなのです。天国に行った人だから墓前に何かそなえるしかなく、記念館に寄付という手段は多くの人がやっています。自分なりのやり方。それはブログで感動の証を書き残し、ひとりでも多くの方にその作品で感動していただくこと。楽器のできない僕にはそれしかありません。
きのう時間ができたので彼のユーチューブを検索していたら、これを見つけました。ダニエルがアンコールでユリア・フィッシャーとデュオを弾いてる。この組み合わせというとブラームスのドッペルをやったのではないでしょうか。
お話した印象ですが、彼女は知性とプライドとリーダーシップのある妥協のない人とお見受けしました。プロとして当然ではありますがなかなか彼女のレベルの方はいないのではないでしょうか。たとえばピッチです。他人に教わるまでもなく自分の中で当たり前のようにコンプリートされている感じがします。アンサンブルでも完璧を目指す人のように思います。それを完全主義と言ってしまっていいのかどうか迷いますが、一定のジャンルにおいて僕はまさにそれでありますし、こと音楽に限って言えば彼女はそれに近いのではないかと思います。
この曲、ハルヴォルセンの『ヘンデルの主題によるパッサカリアとサラバンド』はヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲であり、ダニエルはそれをチェロで弾いています。いわばアルト歌手がソプラノのレパートリーを歌うようなもので、高い技術がなければできることではないでしょう。この試みも、先生に習ったからやりましたというものではなく、彼の中にある欲求がつくり上げたものでしょう。ルーティーンで妥協しない。自ら高いところを目指す。それはまさしく完全主義です。ですからフィッシャーとは馬が合い、お互いに認め合って、高いレベルで理解しあえるものがあったのではないでしょうか。だとすれば、それは大変なことなのです。
フィッシャーの知性とは勉強ができる程度の意味ではありません。父は数学者、母はピアニストであり、ドイツ最年少の 23歳でフランクフルト音楽大学の教授に就任したレベルの話です。曲を書いたり演奏したりは疑う余地もなく高度にイ
ンテリジェントな作業なわけです。それを持ちあわせない人が歴史に残る作品を書くなど微分積分を解く猿が現れる以上に有り得ませんから大作曲家と呼ばれる人たちは例外なくそういう人なのであり、必ずしもそうではない学者や伝記作家が自分の目線で彼らの性格や日常生活をどう描写しようが、彼らは音楽においては例外なく完全主義者なのです。演奏家は譜面を通じてそうした超人である作曲家と対峙する作業から入るわけですが、それが音符を音にするメカニックな作業と同次元のことであるはずがありません。演奏以前の膨大な形而上学的部分、すなわち、音楽をつむぎ出した作曲家の知性という言葉でしか表わせない「土台」を理解せずに演奏するという行為はその演奏家ご自身の評価のためにもミスリーディングです。超絶技巧でベートーベンの熱情ソナタをバリバリ弾いて大向こうをうならせる。そういうものが好きな聴衆もいるでしょうし、クラシックが敬遠され衰退するよりはマシという考え方もあるのでしょうが、僕にとっては大道芸です。
指揮者で圧倒的に知性が高いと感じた人がピエール・ブーレーズ、セルジュ・チェリビダッケです。彼らはオペラハウスたたき上げの親方キャリアでなく大学で数学、哲学も学んだ人です。音楽は理屈じゃない。感性だよハートだよという方も多いだろうし否定する気はないのですが、感性も十人十色です。ひとくくりにそれが音楽のエッセンスだと言うには広すぎるというだけでもそれがエッセンスでないことはお分かりいただけると思います。ちなみにおふたりはレパートリーからして別々の感性の人たちです。でも、ひとつだけ共通点があるのです。知性の高さが音に現れていることです。おふたりは音楽に投入した知性の総量でも、音でそれを具象化する技術においても優れたパフォーマーでした。
それは料理に例えられるかもしれません。料理は化学でもあるから感性だけでするのでなく確立したメソッドがあります。それを生み出したインテリジェンスは知性以外の何ものでもありません。ブーレーズもチェリビダッケも知性によるメソッドを音にする “名シェフ” でしたが、それではカラヤンはどうでしょう。僕の世代には保守的な評論家たちをはじめアンチが沢山おられ、彼を否定することが上級者の証しみたいな空気すらありました。大衆迎合の故の人気だというのです。だとすれば僕にとっても大道芸のたぐいです。当初はそう思っていましたが、誤りと気づいたのは1983年にザルツブルグ音楽祭で聴いた「ばらの騎士」でのことです。総合芸術としてリッチでゴージャスに楽しませるための知性のオンパレードは大衆迎合などとはほど遠く、ああこれを否定することはリヒャルト・シュトラウスでもできないだろうと感服したのです。カラヤンがブーレーズと違う唯一の点は、知性をマーケティングにも使ったことです。
話を戻せば、ダニエルの演奏は豊かな感性の賜物ではありますが、そのベースにはフィッシャーと対等な知性の裏打ちがあるわけです。それが技術と高い次元で結びついていると感じました。前稿の通り彼の楽器はハー
ヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)という名器で、サントリーホールで類い稀なる音色を楽しませてくれたのですが、演奏は体全体から発散するオーラに満ちている。それはサフィールが与えたものかもしれないし、楽器はオーラを受けてますます良い音でこたえるという幸福な関係にあったのかもしれません。2006年、最晩年のシャピロがラジオで若き日のダニエルの演奏を聴き、サフィールの引き継ぎを持ち掛けたことは重要でしょう。長年ジュリアード音楽院のチェロ教授をつとめロストロポーヴィチが「世界で最も偉大なチェロ教師」と敬意を表し、アルトゥーロ・トスカニーニがNBC交響楽団の主席に据えた人の耳だけの判断だからです。
ダニエルのユーチューブをひと通り聴きましたが、とても印象に残ったのはグリーグのソナタです。ヴァイオリン・ソナタに比べて知名度が低いのは自身の兄を想定して書かれており、演奏者に恵まれてなかったのだろうと感じます。
このピアニスト、ヘルベルト・シュフは初めてですが、やはりユリア・フィッシャーとツアーをした仲間のようです。 つまり3人とも同じ次元で知性、感性がぴったり合ってる。それが触発しあって相乗効果で良い演奏が生まれる。とてもわかりやすいですね。さらに言えば、聴衆である僕もそれを心地よく感じるタイプの人間だからこうして皆様にご紹介することになる。真剣に読んで下さってる方が日本だけでなくたくさんおられることを存じ上げていますから、生半可な好き嫌いだけで書いてはいけないと常に戒めてますが、この3人については手放しでほめても問題ないように思います。
余談ですがレストランのミシュランやワインのパーカーもこうやって星や点数をつけていると思われ、判断の最後に感性の混入は避けられませんから結局は評者それぞれなわけで、万人に絶対的に旨い食事やワインが存在するわけではありません。商業的な底流として、旨いと思わない人は一流の大人でないというアンコンシャス・バイアス(unconscious bias、無意識の思い込み)がちらつき、なんで寿司屋の良しあしをフランスの本に決められなきゃいけないのという感じがします。西洋の音楽についてああだこうだ書いてる日本人の僕にも同じことが言えるわけですが、僕は自分の趣味が正しいという思いこみは意識的に消しています。煮物が苦手な僕が日本人だからと言ってその良し悪しを論じてもナンセンスであることも自覚しています。良識あられる読者の皆さんはそういう読み方をしていただいていると信じております。唯一真理があるとすれば、僕と同じ系統の好みの方にとっては結構いい線いってるかもしれないということです。
最後に、フィッシャーもダニエルもドイツ人ですが、古き良きのタイプではなくインターナショナルでフレキシブルでレパートリーが広い。彼らのラヴェルをぜひお聴きください。パリ音楽院流儀ではないかもしれませんが、ラヴェルの書き記した音の抽象的な部分を咀嚼してお見事なフレンチ・ディッシュに仕上がっていますす。 30年ぐらい前からドイツのオケのフランス物は進化していて、ベルリン・フィル、シュトゥットガルト放送交響楽団が素晴らしかった。 1994年にベルリンのフィルハーモニーでブーレーズが前者を振った神々しいばかりの「ダフニスとクロエ」はこれまで人生で聴いたライブの筆頭格ですし、後者がジェルメッティとやったCapriccioのラヴェル集はユーチューブにアップ
しましたが、永遠の愛聴盤の1つです。その昔、レコード芸術誌はフランス物といえばクリュタンス、ミュンシュのパリ音楽院管、パリ管でなくてはというまさしくアンコンシャス・バイアスに満ちており、馬鹿正直にそれを珍重して聴きこんでましたが、ブーレーズやチェリビダッケの洗礼を受けてしまうとどう考えてもオーケストラがうまくないんです。いやいやそのアバウトな所がフランスなんだよ、あの頼りないホルンじゃないと感じが出ないんだよなんて識者のもっともらしいご説が飛びかい、確かに色気はある木管の音色にそんなもんかと思ってましたが、それは「おフランス」に憧れ高級と信じこんだジャパンワールドの片想いの幻想であって、エッフェル塔で恥ずかしいポーズで悦にいる女性議員がいまだにいる国の顛末だったなあと思うのです。
ヨーロッパに住んでみるとフランスの位置づけは全然そんなことはないわけです。隣国のドイツで、極東の日本人が崇拝した如くクリュタンス、ミュンシュのフランス物が神格化されるれるなどありえない。なぜならライン川を挟んで2千年も隣にいても、ドイツ人は日常的にフランス料理を食べさえしないのです。EMIのマーケティング戦略を見ればわかります。ミュンシュは血統は両国が混合したアルザス系ドイツ人ですし、クリュタンスはというと独仏文化が交叉するベルギー人であった彼をEMIはベルリン・フィルに押し込んで交響曲全曲録音をさせました。ドイツグラモフォンの牙城であるドイツマーケット進出を目論んだのです。なぜならオペラ作品が数えるほどしかないフランス音楽が、中規模都市にもオペラハウスがあるドイツのローカルな音楽文化に自然な形で浸潤するはずもないのはフランス料理と同じなのです。だからカラヤンのオーケストラであるBPOのシェフに、レコード録音だけとはいえフランス語話者の指揮者を送り込んだ。そこにはナチスにパリを占領され強姦略奪でめちゃくちゃにされた遺恨もあったかもしれないし敗戦で経済力が弱ったドイツを征服したい意欲すらあったかもしれません。
その策略は完全に失敗に終わりました。クリュタンスの起用はパリ音学院管弦楽団とのフランス物が日本でアイコン化したことで元は取れたでしょうが、彼もミュンシュも血統は辺境で「おフランスな人」などでないわけであって、こちらの成功は仏EMIと日本のレコード業界、評論家の見事なマーケティング戦略だったと感嘆するのみです。ラヴェルはジュネーヴのスイス人とマドリッド育ちのバスク系スペイン人の混血で、生後3ヶ月してパリに移住した移民の子です。そんなことはトリビアになってしまうぐらい彼はフランス音楽の代表格になっていますが、伝統を守るパリ音楽院の教授連は彼にローマ賞を与えていません。代表格になったのは一にも二にも彼が世界に認められたからで、同じ現象はサッカーWCフランス代表チームの血統豊かなメンバー選考にも見てとれ、フランスという国家のお家芸ともいえましょう。音楽の優位性が彼ほど「完全主義」に起因した人はいないでしょう。ダフニスやボレロのオーケストラスコアをご覧になったことのある方は、それ自体が精巧な美術工芸品であるという僕の主張も肯定してくださるでしょう。しかしそれがフランス文化に起因したと考えるのは大きな誤りで、何度フランスへ行ったか数えきれませんが、趣味においても精密度においても何を見聞きしてもラヴェル的なものはみつからず、とてもがっかりした自分がいたのです。納得したのは、その後にスイスに2年半いて、工芸品として精巧きわまりないスイス時計を見て回った時です。ラヴェル的なものは、工学を学び土木技師で発明家で、紙袋を縫う機械、機関銃のモデル、アセチレン動力の2ストロークエンジン、ガソリン車用の蒸気発生器を発明し自動車産業の先駆者とされるエンジニアであった父親ピエール・ジョセフ・ラヴェル由来だったのです。アバウトな演奏など作曲家本人のコンセプトからしてのっけから論外であり、緻密に精密に演奏すればするほど香気が漂うふうに書かれています。けだし、若い俊英のドイツ人演奏家たちにとってラヴェルはそういうもので、リアリズムの観点からしてそれは正しいことを確信させてくれる卓越した演奏です。
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読響定期 ダニエル・ミュラー=ショット讃
2026 JUL 17 16:16:53 pm by 東 賢太郎
指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ=ダニエル・ミュラー=ショット
ジークフリート・マトゥス:怒り狂う女(Furien-Furioso)(日本初演)
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107
ルディ・シュテファン:交響的楽章(1910年)(日本初演)
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」 作品24
毎度何の先入観もなく聴いている読響定期。この日も直前に入場しプログラムは一瞥だけ。時間の制約ということもあるが、あえてこのスタイルで楽しんでいるのは、30分前までの喧騒から音楽の世界に切り替わるのが非日常、心の滋養になるからだ。クラシック音楽はどれも作曲家、演奏家の強烈なパトスが封じ込められており、俗世間を瞬時に断ち切れ、別世界に遊べる。それは同時に誰も立ち入れない自分だけの空間である。そして入ってしまえば30分も1時間も出てこれない。パトスを浴びた後、自分がどうなっているかは予想もつかないのだ。
日本初演が2つもありまさに一期一会。このシリーズの贅沢な点である。 60年も聴いているわけで、何を今更という曲よりありがたい。「怒り狂う女」(1999)は、「外見上の愛想の良さや親切心の陰に潜む不誠実で狡猾な存在を音楽の魔力でお祓いしよう」という含意の作品だ。ラチェット、フォレクサトーンいう打楽器は通常は隠し味で使うものだが後者は曲の終結で主役級の扱いだ。Vn群の音がとても良かった。コンマスのソロを含め最高レベルの音だ。マトゥスは東独の国宝的存在の作曲家で基本的にオペラの人のようだ。静寂の後、金管の咆哮から全管弦打楽器が錯綜する部分は呪術的で春の祭典のイメージになる。
シュテファンは処女オペラがフランクフルト歌劇場で初演された俊英だったが、第1次大戦で28歳で戦死した。出身地のヴォルムスはマインツの南、マンハイムの近くでありバーデンバーデンの行程で通った馴染みの地だ。ヴァイグレは元フランクフルト歌劇場指揮者であるから思い入れがあるのは自然だろう。彼はプフィッツナーのカンタータ「ドイツ精神について」 作品28の日本初演(2026年1月20日)も行ったが、この作曲家もフランクフルト出身であり、僕にとっても思い入れがある。交響的楽章はオルガン付きの大管弦楽の音楽で後期ロマン派のタッチをとどめつつシェーンベルクに向かっていく和声音楽という点でシュレーカーの先駆を思わせる。 23歳でこれを書いた人が生きていればと誰をも嘆かせる内容の濃い音楽だった。
最後の「死と変容」。R・シュトラウス25歳の作品であるこれを交響的楽章の後に置く。23歳のルディ・シュテファンの後に。もし彼が生きていれば!無言のメッセージはすべての聴衆の心の奥底に届いたのではないか。前半2曲を共産主義政権下の作品でまとめ後半はそれだ。なんという周到なプログラムだろう。「死と変容」はクレンペラー、ケンペ、チェリビダッケなどが耳にあるのでなかなか評価は難しい。「私が作曲したことは全て正確だったと、今こそ言うことができる。私は今しがたそれを文字通り体験してきたのだよ」という作曲者の死の間際の言葉があるのでもっと幽玄な音を求めてしまうところが好みの問題だ。
あえてショスタコーヴィチを最後に書くのは、ダニエル・ミュラー=ショットのチェロがあまりに素晴らしかったからだ。僕は1984年にロンドンでロストロポーヴィチを聴いたが(シューマンとボッケリーニ2番)、もうあんな豊潤でエネルギーのある音には二度と出会えないと思っていた。それ以来あまたのチェリストを聴いてきたが、確かにそうだった。ところがこの日、これこれ、これがロストロの音だった!というのに出会ったのだ。
僕が聴いた名演奏家たち(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ)
調べてみたところ、ミュラー=ショットの楽器はNBC交響楽団の出席チェリストだったハーヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)だ(ちなみにお値段は200万ドル、今のレートで3億円)。GPTによるとロストロが1984年にロンドン公演で演奏していたチェロはストラディの「Davidov」だったと出てくるがGPTはあんまり当てにならない(それ以前に並行して使った楽器にゴフリラーもある)。ロストロはシャピロを「世界で最も偉大なチェロ教師」と呼び、ミュラー=ショットはロストロを「恩師」と呼んでいるので同じ流派と考えていいのかもしれない。このへんは西村さんのご意見を伺いたいところだ。
この日のショスタコーヴィチ。音の美感と動感のバランスがとれ、Sym5番の第3楽章を思わせる緩徐楽章のハーモニクスの神秘感も良かった。ロストロの特徴でもあったエネルギーポテンシャルの高いハイポジションの音が今も耳に残る。終了後に、大学オケでトランペットだった友人と「ヴィオラコンチェルトを聴いた感じだったね」とうなずきあった。暖色系で太目でまろやか、それでいて雄弁な音質はホルンと融和する。モーツァルトは好きなヴァイオリンの音色を「バターのよう」と形容したがミュラー=ショットの音にも当てはまるだろう。C弦の低音もハイポジと連続性ある柔らかみがあり隆々と伸びる。アンコールのJ.S.バッハ無伴奏第3番ジーグも全曲を所望したい魅力があった。美音の嵐でお腹はいっぱい。至福の夕べだった。
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シャルル・ルルー『陸軍分列行進曲』
2026 JUL 7 11:11:00 am by 東 賢太郎
M不動産の方が来社され、ブラジル戦残念でしたとこれを頂きました。ゴルフボールです。今の腕前だとワンラウンドで全部なくなる。使うのやめとこう。Tグループ長さん、初対面だったのですが、「もしかしてやっておられます?」と聞くと図星である。「僕はサッカーの人は結構当たるんです。ちなみに業種でもね、銀行と証券、外れなしです」。スポーツ人類学、職業人類学です。
「僕なんかほかの業種はあり得ません。証券マン以外の何者でもありませんよ。パワハラなにそれ?っていう全盛期の野村証券で毎日もまれてこうなりましたから努力しましたなんて綺麗ごとじゃないんです、強烈に仕事のできる先輩に数字でつめまくられて、そこから逃れようともがいてたらこうなったんです。野球界ではPL学園、亜大、駒大がすごかったと聞きますがサラリーマンでそのレベルときたら当時の野村しかないです。もちろん他の会社は知りませんよ、でもあれ以上やったら死人が出ますから業種不問で断言できます。ライバル会社に負けるわけねえだろって、心の底からですね」。
そうはいったものの、プラモデルはもっぱら軍艦と戦闘機だったし、今になってみるとひょっとして自衛隊に入る道もあったかなと思えているのです。文官でなく武官としてです。軍服姿の祖父の乗馬写真に憧れて育ったし、問題なかった気がします。東郷平八郎、乃木希典将軍は軍神と思ってますし米国海軍兵学校のメダルも宝物でして、ナポレオンも曹操も好き。あっぱれな大将は国籍問わず男の本能で好きなんです。ちなみに野球も戦場と思ってやってまして、ぶつけちまったり危険球でやばいこともありました。
米国海兵隊といえば楽団の第17代リーダーだったのがジョン・フィリップ・スーザでした。「星条旗よ永遠なれ」は1896年作曲。日本は日清戦争を終えた翌年でしたね。
各国に行進曲は数多ありますが、明治政府がフランスから呼んだシャルル・ルルー作曲の『陸軍分列行進曲』(1886年)こそ僕は世界最高峰と思っております。軍歌『抜刀隊』と『扶桑歌』を元に編曲したもので、前者は西南戦争で西郷軍と戦う官軍を鼓舞したもの。初演は鹿鳴館というから「君が代」と並んで日本における西洋音楽のルーツの1つです。異なる曲を接合する無理があるのですが、あえて転調しておいて絶妙な和声で縫合し、何度も聴くと慣れてしまうパリ音楽院卒のプロの技を見ます。現在では、防衛省陸上自衛隊が行進曲の一つとして使用しているほか、警察庁でも警視庁機動隊をはじめ、戦後に創設された警視庁音楽隊および各都道府県警察音楽隊により演奏されている。誠に誇らしいことです。
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ベートーベン/ピアノ協奏曲第3番の悦楽
2026 JUL 6 0:00:26 am by 東 賢太郎
最近3番をよく聴きます。ひょっとすると5曲のうちこれがいちばん好きなのかもしれない。作曲はハイリゲンシュタットの遺書を書いた時期に重なりますが、唯一の短調作品であることとそれがオーバーラップしているかどうかは軽々に論じられない。なぜなら同じ境遇下で作曲され同じ日に初演された交響曲第2番がニ長調、続く3番、4番も長調だからで、主調の長短で作品を類型化するのはあんまりインテリジェンスを感じません。また、誰が言い出したのかモーツァルト24番との類似が必ずといっていいほど指摘されますが、ベートーベンがそれを演奏したという記録は存在せず、両者に同名調である以外は構造的にもハーモニックにもポリフォニックにも特筆するほどの関連性、共通点はないように思います。
1つあるとすれば、どちらもいきなり主題が出てくる点で、24番冒頭の第1主題に、旋律をなしてはいませんが十二音が出てきます。
これとの類似性というなら、第1楽章提示部に楽器は分散するがやはり十二音が織り込まれているハイドン交響曲第95番ハ短調を挙げるべきで、3番におけるベートーベンに同等の先進性への関心や執着を見出すことは困難であります。作曲順は24番(1786)、95番(1791)、3番(1803)であり、人生の命運をかけたフィガロ作曲に没頭しながらおよそ性格の異なる24番を着想していたという凡人には想像もつかぬ構造の頭脳に17年たってもベートーベンが到達できていないというコンテクストでモーツァルトの先進性が語られるなら一理ありましょう。
和声的には24番は最初の3音c、e♭、a♭が変イ長調を成しますから出だしはハ短調に聞こえない。3番のc、e♭、g、f、e♭、d、cのくっきりとハ短調である音列に近いのはむしろ変ロ長調のこれ、ピアノ協奏曲第27番第一楽章第一主題(楽譜)を短調(変ロ短調)に転調したものです。第184小節でこの主題はピアノによって短調で出てきます。
モーツァルトにおける特徴的な長調短調の変転がビジュアルにも分かりやすいのはパパゲーノの自殺の場面です。ベートーベンはこのオペラを愛好し「魔笛の主題による変奏曲」を作曲しています。
逆に3番主題は何度もハ長調に変容して登場しますが、その音列は運命交響曲第4楽章主題c、e、g、f、e、d、c、d、cになります。そして、3番第1楽章コーダ(カデンツァ直後)でピアノと低弦が運命動機のリズムを交差させます。
この音列c、a♭、f、gは僕が名づけた「アマデウス・コード」の短調版(Cm、A♭、Fm、G7)のバスに他なりません。
モーツァルト「魔笛」断章(アマデウスお気に入りコード進行の解題)
以上の意味するところは、3番は初期作品から運命交響曲に至るブリッジに位置する大作エロイカの手前の、しかし同等の危機的土壌から絞り出された作品であり、生んだ触媒はというと3番は憧れの星モーツァルトであり、エロイカは期待の星ナポレオンであった。だから3番の主題はモーツァルト主題とアマデウス・コードの悦楽から成り、運命交響曲終楽章の凱旋の主題に連なる。その勝利を脳裏に浮かべることで彼は精神崩壊の危機を乗り越えたのだと思います。内面におけるその第1歩の踏み出しはモーツァルトにこそあったのであり、外面に向けては、魔笛を思わせる長短調の交替とアマデウス・コード(これも露骨にそのままでなく短調バージョンにして)高らかに歌いあげて自分が後継者だと宣言し、ウィーンの聴衆はそのメッセージを理解したのだと思われます。
吉田秀和氏だったか(間違っていたらごめんなさい)、 3番と24番の冒頭を比べて両者の才能の差だとしている評論を読んだことがあります。ベートーベンが24番を意識して3番を書いたことを大前提としていますが、既述の通りその保証はありません。ベートーベンにとって主題は素材ですからそこにプライマリーな芸術性を求めているわけではなく、むしろアイコン性、可塑性、分解可能性が重要であることはエロイカや運命を挙げるまでもなく一生の作品を通して一貫しています。だから仮に24番を研究し模範としていたと仮定しても、目指していない点で比べて才能を論じるのは実証性に欠けます。 3番の主題は21世紀の感性からすれば洗練とは程遠いものですが、この作品で意図している独自の和声語法、たとえばトニックc、ドミナントgの半音上下へバスの拡張と転調などには十全の適性を発揮しています。結果として得られている迷宮のような和声の効果はそれまでのいかなる作品でも見られない魅惑的なもので、その着想はフランスのエラール社から贈られた新しい構造により重厚な⾳が出るピアノによる重量感を与える筆致が生んだものでしょう。緩徐楽章のホ長調は主調ハ短調と一音(b)しか重ならない遠隔調で、第2楽章が始まった冒頭の印象はそれだけでもロマン派への息吹を感じ、これぞハイドン、モーツァルトには無いものです。
というわけで3番は好きなものですからレコードとCDを36種類持ってます。このCDのPilzというレーベルは1991年に創業者が野村證券に出資の売り込みにやってきて僕が応対しました。お断りした顛末はここに書いてあります。 ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83
結局彼は放送局などから安く買った録音を偽名で売ったことで有名になり、コピーライトは所有して法的に問題はなくてもアートにおいて購入者を欺く行為は道義的には問題でした。このPC3番に何の思い入れもなく買った場所も覚えてないのは間違いなく二束三文の値段だったからです。ところが、くっきりと覚えていることが1つだけあります。「このピアノうまいな」と思ったことです。そのギャップがずっと喉に刺さった小骨のように気にかかっていたのです。なにげなくCD棚でこれを見つけ、いよいよ聴いてみて感服した。それが先日のアントン・ナヌートの稿につながったのです。
ピアニストはDubravka Tomšič(ドゥブラフカ・トムシッチ)。初耳です。なのに調べなかった。それどころか、女性名なのに「若い男だろう」と何の根拠もなくつい先日まで思い込んでた。どうせ廉価盤の人だ。いかにも安手で深みはまるで感じさせないCDジャケットのイメージも加担してとんでもない過ちを犯していたのです。
この演奏、何度聴いても良いです。曲頭いきなりスタッカート気味に小股の切れ上がったフレージングにナヌートのリズムとテンポへの厳しい目線を感じ、フォルテで重ねるホルンに身が引き締まります。オーケストラは弦など決して上質ではありませんが、第3楽章のメリハリ、クレッシェンド、楔を打ち込むティンパニの熱量などこれが本物だと説得されてしまうオーセンティシティに満ちています。トムシッチのピアノは、現代の演奏に散見される、音楽の本質には無用である安全運転に徹する完璧さへの執着は微塵もありません。角を取って優雅に傾くこともなく武骨でさえあり、足すものも引くものもなくただただベートーべンの音楽に奉仕。そこに保たれる古木による民芸品のような味わいはこの曲の愛好者として飽くことがありません。来日したワルシャワ国立歌劇場によるドン・ジョバンニを思い出します。こういう商業主義と無縁の芸術家たちはスターダムに登ることも2千人の大ホールでブラボーの嵐を呼び起こすこともないでしょうが、そういうものは真の芸術性とは何の関係もありません。こういう隠れた名品を探し出すことに喜びを覚えます。
この録音と並行したと思われるライブがあります。ミスタッチを意にも介していないトムシッチには圧倒されるばかりで、ベートーベンの弟子カール・ツェルニーの言葉を思い出します。
「パッセージを弾きそこなったり、際立たせたい音符や跳躍をミスタッチしても、ベートーべンはほとんど何もいわなかった。しかしクレッシェンドなどの表現や作品の性格づけに関して足りないところがあると、彼は激怒した。前者はただの事故だが、後者は知識や感性、注意深さを怠っているからこそ起きる––そう彼は言った」(カール・ツェルニー著 岡田暁生訳『ピアノ演奏の基礎』春秋社より)
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僕が聴いた名演奏家たち(アントン・ナヌート)
2026 JUL 1 0:00:50 am by 東 賢太郎
もう思い出すのも困難なぐらい久しぶりにチャイコフスキーの悲愴交響曲を聴いた。アントン・ナヌート指揮リュブリアナ放送交響楽団のCDである。何故これかというと理由がある。次の稿に書くが、あるCDでこの人の演奏に感服し、他のを聞いてみようと思ったのである。この悲愴はいつ買ったか記憶も記録もないが、CDケースに貼ってあるお店のタグにDM6.95とあるのでドイツだったことがわかる。
ナヌートというと僕はずっと後に、といっても今から13年も前になるが、紀尾井ホールでブラームスの4番を聴いている。東ドイツ消滅のどさくさに紛れた幽霊指揮者かと思っていたらそうでなかったことに、なんだか正直者に出会って心が洗われる気分がしたものだ。僕は普通は散々考えて思い入れを持ってレコードやCDを買う。だから1万枚以上あるそれぞれについて、全部ではないがおおよそのところは出会いのいきさつを覚えている。そうではない方だったのだから、あり得るのは、フランクフルトのオフィスで時々気分転換でお昼に自分でサンドイッチを買いに行った店になぜか置いてあった廉価版のCDで、450円だったから買ったのだろうということだ。
リュブリアナは、ナヌートの母国であるスロベニアの首都だが、おそらくこれが録音された頃はユーゴスラビア社会主義連邦共和国だったろう。演奏はと言うと、現代ならこういうものが商業化されることはあるまいと確信されるレベルで、オーケストラも録音もおおいにいまいちである。僕はこれをあんまり難しくはない統計学の本を読みながら聞いていた。意識はそっちに行っているのだけれど、気がつくとCDに合わせて歌っている自分がいる。木管のところはちゃんと口笛になって芸も細かかったりする。そっちに意識が行くと、ああオーケストラが下手だなぁ、ここは無用に重たいなぁとなる。さっき終わった。さんざん不服がおり重なったのに、ちゃんと感動してじんわりと鳥肌が立っている。名曲というのはリアライゼーションの巧拙に大きくは依存せず心に迫るように書かれているのだということを再認識したものだ。
じゃあもう1枚と、同じ指揮者のシューベルト8番とベートーベンの5番のCDを引っ張り出した。LP時代、運命/未完成の組み合わせは定番であり、うちのレコード棚にもたくさんある。レコード盤の収録時間の関係もあったのだろう、疑問にも思わず連続して鑑賞していたものだが、両曲合計して60分にも満たない収録はCDでは合理性がないばかりか、曲の本質に何の脈絡もないこの2曲をたて続けに聞くこと自体ほとんどナンセンスである。それをやってしまっているこのCDは時代の証言としてむしろ貴重ですらある。
かけてみると、驚くべきことに、演奏が良い。悲愴と同じオーケストラとは思えない。クレジットを見ると、なるほどこっちは「リュブリアナ交響楽団」である。”オブ•ユーゴスラビア” がくっついてるのは録音が1988年だからだ。最初に未完成。予想もしなかったが、これは一級品の演奏である。運命はさらに見事。何も足さず、何も引かず、強靭なリズムと推進力が骨格を成すヨーロッパの真髄の音楽が鳴っている。終わった。なんと素晴らしい!お読みの皆様全員に聞かせてさしあげたい。この人のシンフォニーには疲れ果てた人間の細胞を蘇らせ、精神を心の内側から照らし、満身にエネルギーをみなぎらせる何ものかがこもっている。それを必要としている時もあるのだが、現在のように仕事でクタクタで心身ともにダウンしているときはベートーヴェンは鬱陶しい。そう思って避けてきていたが、どうしてどうして元気にしていただいた。思ってるほど僕は疲れてないのかもしれないなと思った。
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