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カテゴリー: クラシック音楽

ビートルズ「When I’m Sixty-Four」(僕が64才になっても)

2018 JUL 8 13:13:28 pm by 東 賢太郎

平成が終わる来年になると、僕ら昭和生まれはそれが人生で3つ目の元号となる。つまり、来年に生まれる人から見るならば、僕らがおじいちゃん、おばあちゃんと思っていた「明治生まれ」と同じ位置づけになるわけだが、昭和は明治より20年も長い。いま20代の人もそうなるのであって、昭和30年生まれは明治30年生まれよりずっとおじいちゃんなのである。

来年というともうひとつショックな事があって、ついに、ビートルズの「When I’m Sixty-Four」(僕が64才になっても)のトシになってしまう。これが入っている『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は1967年のアルバムだから僕はまだ中学生の小僧であって歌詞がさっぱり不案内だった。Will you still need me? (まだ僕を必要としてくれるかい?)はまだしも、Will you still feed me?  がね、これはガキにはわからない。

この切ない feed me がわかるのがきっと64才ぐらいだってことで、これを書いた10代のポールもそう想像したんだ。だからDo youじゃなくってWill you、意思の確認なのだ。そんなジジイをキミはまだ必要としてくれるかい?いや必要でも料理を作ってくれるとは限らないね、そこはどうなの?とくる。僕はヒューズを直せるしセーターを編めるし草むしりもするよって。なんと図星な。

そもそも feed とはエサをやるという意味だ。ネコは芸も愛想もないがそこだけは妥協しており、エサが出る人を適確に見極めていて(もちろん、昔は母でいまは家内だ)腹が減ると台所でニャオ~ンと僕には絶対にないソプラノで鳴く。あれだけ遊んでやってるのに悔しいが、feed する人は絶対権力者なのである。ということはヒューズもセーターも草むしりもニャオ~ンも無い僕は飯も出なくなるんかということをこの歌は意味している。

ではジジイの価値はカネなんだろうか。とするならば紀州のドン・ファンの道しかないじゃないか。あのかたはいいか悪いかともかく、男として実に明快でわかりやすいという美点はあって、一度哲学を伺いにお会いしたいものだった。女は手当たり次第に口説いていたと思われるモーツァルトだが、ドン・ジョヴァンニ(ドン・ファンのイタリア語だ)はしかし地獄に落としている。この道は難が多そうだ。

アルバム「サージェント・ペパーズ」の冒頭、ト長調のところはバンドの紹介の前口上だ。さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃいみたいなもんだが、これが僕的には格好いいのである。昨年、ライヴ・イマジン祝祭管弦楽団演奏会に先立って舞台でしゃべらせていただいたが、当日はあの前口上の気分でさせていただいていた。アルバムには「She’s Leaving Home」もある、娘は手紙を置いて出ていっちまう、車のセールスマンとね。ビートルズは僕にとって論語より人生を説いているのだ。

先週、ブログにしたマフィアの末裔マリオ・ルチアーノ氏のレストランにぶらっと行ってみた。そうしたらゴッドファザーに出てきそうなオーラの50がらみの男が立っている。「マリオさんでしょ」と声をかけ、本にあったエピソードを2,3かましたらサイン目当てのおっさんじゃないことはわかってくれたんだろう、「財務大臣の麻生さんもふらっと来られました」「そう、でも俺はやくざじゃないよ、株屋だ」と自己紹介した。僕の頭髪を眺めながら「肌が63に見えませんね」とイタリア人らしいほめ方をする。想像どおりの、修羅場をくぐった好漢であった。

63に見えるかどうかは知らないが自覚がない。体は老いたけれど、自分とはあくまで体ではなくハートのことなのだ。二十歳の頃のハートがどうだったか覚えてないが、あんまり進化も退化もしてなさそうだし、僕は元来そういうことに鈍感で甲子園の選手は今も年上に見えている。「僕が64才になっても」は、キミ、それってちょっと変でねえかい?なんてトシなりのおじいちゃんに諭されている感じの曲になってしまった。

 

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読響定期・小林研一郎のマンフレッド交響曲

2018 JUL 7 2:02:31 am by 東 賢太郎

指揮=小林 研一郎
ピアノ=エリソ・ヴィルサラーゼ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 作品58

(7月5日、サントリーホール)

今や日本を代表する指揮者である小林さんには思い出がある。1996年だったと思うが、共通の知人の紹介でアムステルダムでゴルフをご一緒して、夕刻にコンセルトヘボウでコンサートがありご招待いただいた。オーケストラはオランダ放送交響楽団で前半がリストのピアノ協奏曲第1番、後半がチャイコフスキーのマンフレッド交響曲だった。残念ながらゴルフの負けの悔しさで頭がいっぱいであり、リストは興味ないし交響曲もいまひとつ馴染めておらずあんまり覚えていない。しかし正面に観ていた小林さんのオケの掌握ぶりは目覚ましく、その姿はしっかりと記憶に焼きついている。

僕はゴルフでコテンパンに負けた記憶はあまりない。だから小林さんは大変に、特別な方なのだ。とても気さくでよく語られ話題も豊富であり昼食は大盛り上がりで楽しかったが、たしか54才で始めたとおっしゃられたゴルフはとても強かった。初心者とナメていたらスタートの前に「僕は肘から出る『気』で人を動かす商売なんで、エイっとやって、みなさんここぞのパットは外させますよ」、なんて指揮者らしい手振りで笑わせた。もちろん冗談と思っていたら本当にパットが入らなくて調子がおかしくなり、ニギリでコテンパンに負けてしまったのだ。エイっをやられたのだろうか。

驚いたのは記憶力で、初めてのコースでホールアウトしてからなのに各人のホールごとのスコアはもちろん、何番ホールで誰が2打目を何番アイアンで打ったなんてことを覚えておられる。自分のことを自分より覚えている人に初めて会った。そんなに見られていたのかと唖然だ。こういう人が指揮台にいたらオケの楽員は気を抜けないだろうということがわかった。百人を同時に見ていて、各人が何をしているか楽譜を記憶しているのだから。暗譜で振るとはピアニストの暗譜と違う、支配するためなのだ。指揮者とはこういう超人なのだと思い知った。思えば僕は人生で数多の超人にお会いしてきたが、ゴルフという人間が透かし彫りになるゲームでの小林さんの超越ぶりは疑う余地もない。

そういえば芸大に入る前は「陸上をやってました」とおっしゃってたっけ、きっと足も速かっただろうし全身がアスリートなのだ。この文武両道ぶりは鮮烈であり、指揮者という職業は僕にとって神のようなものだから、その人に運動まで負けてしまうと男として完敗感は救い難い。だからコンセルトヘボウで音楽などそっちのけだったのだろう。済んだことは忘れる性格だから他人のクラブどころか自分のだって覚えてなかったが、これ以来悔しさのあまり僕は知らず知らず影響を受けていたと思われ、相手の成すことを細かく観察するようになってマッチプレーが強くなったとさえ思う。

だから、小林さんというと僕にとっては音楽以前にまずゴルフのニギリが強い人という印象が強烈なのだ。やわな芸術家などという感じはぜんぜんない、これは否定的な意味ではなく僕にとっては最大の賛辞である。音楽はそりゃあ子供の時から女の子と一緒にピアノやってたんでしょでおしまいだが、始めて日が浅いのにあれほど勝負が強いというのは、まったく捨て置けない、ただ者ではないのである。あれがゴルフであり、野球でなかったのが唯一の救いだ。

この日の読響の掌握ぶりはまずあの時のエイっそのもので、懐かしくさえある。あれならオーケストラは動かせるだろうと納得至極だ。近くで拝見していたが、肘の『気』は健在で棒の動きのイメージ通りに弦が深みある音を発する。マンフレッドはN響でもアシュケナージとペトレンコで2回聞いて、それでもつまらない曲だと思っていたが、ついに初めて楽しめた。4番と5番の狭間の曲だがロ短調でもあり悲愴に通じる音もする(プロットもマンフレッドの死で終るから似る)と思えば、白鳥の湖であったりロメオとジュリエットであったりもする。

前半のベートーベンP協1番。はっきり言って、良かった。エリソ・ヴィルサラーゼは初めてい聴いたが、1番の実演では僕のきいたベストの一つ。打鍵は強くフレーズは明瞭に弾き、歌うべきは歌う。終楽章の強靭な推進力、骨太な輪郭、愉悦感はなかなか出るものではなく、あのように弾かないと曲に埋没して負けてしまうから意外とこれは難しいのだろう。タイプこそ違うがギレリスがマズアとやった演奏を思い出した。これが存外に良かったものだから後半も集中力が切れなかったと思う。オケもティンパニを強打してメリハリと色彩感にあふれ、小林さんこの1番は素晴らしい、ヨーロッパのオケを思わせるあの彫りの深さは日本のオケからあまり聞いたことがない

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読響定期・コルネリウス・マイスター指揮 R.シュトラウスを聴く

2018 JUN 20 1:01:58 am by 東 賢太郎

サントリーホールに入るとこんなものが目に入り、よく見るとロジェストヴェンスキーの写真が。あれまた来るのか?いや聞いてないぞ・・・嫌な予感が。すぐスマホを開いて知った。知らなかった。脳天を殴られたような衝撃を覚えた。去年の5月、母が旅立つ10日前に芸劇でやったブルックナー5番シャルク版があまりに素晴らしく、「何でもいい、もう一度聞きたい」とブログに書き留めた。こんなに早くそれが叶わぬこととなってしまうとは・・・。数々の忘れ得ぬ思い出があるロジェストヴェンスキーさんについては別稿にしたい。ご冥福をお祈りします。

 

さてこの日のプログラムは以下の通り。

指揮=コルネリウス・マイスター
チェロ=石坂 団十郎
ヴィオラ=柳瀬 省太(読響ソロ・ヴィオラ)

R.シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」 作品35
R.シュトラウス:歌劇「カプリッチョ」 から前奏曲と月光の音楽
R.シュトラウス:歌劇「影のない女」 による交響的幻想曲

コンサートはロジェストヴェンスキー追悼のチャイコフスキー「くるみ割り人形から」で始まりR.シュトラウスが続いた。結論として、今年最高の演奏会と呼ぶに足る満足と感動をいただいた。まずコンサートマスター小森谷巧氏だ。独りよがりのソリスティックなふるまいがなく音型の造形が端正に決まり、敏捷であるが音程は常に良い。「カプリッチョ」の六重奏など絶妙である。コンマスはソリストではない、この人だと僕は第1Vnに安心して音楽に入ることができる。石坂 団十郎のストラディも最高の美音であった。5列目で聴いていたが陶然とするしかない。

「影のない女」オケ版は初めてだが、R.シュトラウスのオーケストレーションを真近で味わうのは血の滴るステーキを500gを頬張るに匹敵するこの世の贅沢である。この場合はサントリーホールのばらばらな位相がプラスになって、楽器の錯綜した絡みが眼前で展開される様はゴージャスとしか書きようがない。音楽にぐいぐい引きこまれ、引きずり回されて、終わってみると心の底から熱い感動が沸き立ってきた。こんなことはそうない。指揮者コルネリウス・マイスターの力だろう。最高のプログラム、最高にプロフェッショナルな演奏。深謝。

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独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その5)

2018 JUN 18 0:00:34 am by 東 賢太郎

イヴァン・モラヴェッツ/ ヴァーツラフ・ノイマン / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

冒頭のオケ主題が異様に弱い。ピアノは徹底したロマン派耽美主義路線でテンポが振れて遅い所はぐっと遅くなり、そのせいかテュッティになってもCPOにしてはアンサンブルに締まりがない。第2楽章はそのポリシーが生きているがどうしてもこれがいいというほどでもない。終楽章のオケは雑然としたまま。スタジオ録音の完成度に欠ける(評点・1)。

 

マリア・グリンベルク / カール・エリアスベルク / ソビエト国立交響楽団

グリンベルク(1908-78)は好きなピアニストで彼女のベートーベンは評価している。ショスタコーヴィチの2歳下だがユダヤ人排斥でスターリン政権に徹底的にいじめられた悲運のピアニストである。このシューマンのライブ、剛毅さは男勝りでまるで怒りをぶつけるベートーベンだ。音の美しさもミスタッチも顧みず、第2楽章すら感興に応じて炎のように燃え上がる様は何か熱いものを感じ取っていたのだろうか。終楽章はさすがにミスが多すぎ。演奏がどうのよりひとりのアーティストの時代の記録だ(評点・対象外)。

 

クララ・ハスキル / エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

ハスキル(1895-1960)の愛奏曲でありどのフレーズも手の内に入っているのがびしびし伝わってくる。56年ジュネーヴでのライブで音は良くないが例の楽譜部分のデリカシーに満ちたレガートの見事なこと!アンセルメも意外に良く、第1楽章再現部へのつなぎ箇所がこれほど空疎にならないのはなかなかだ。ハスキルはタッチが一切重くならず!速めのテンポですいすい行くが栄養価は高く、モーツァルトが生きていてこれを弾いたらこんなかとさえ想像してしまう(評点・4.5)。

 

クララ・ハスキル / ウィレム・ヴァン・オッテルロー / ハーグ・フィルハーモニー管弦楽団

音はモノラルだが悪くなくピアノはこちらがクリア。51年正規録音でコンセルトヘボウの音響がプラスしている。オッテルローは上掲アンセルメよりメリハリがあり、ハスキルもそれに呼応してタッチに起伏をつけ細部まで克明に弾くが、正装のこれかアンセルメの着流し風かは好みだ。しかし例の楽譜部分の軽みある喜びはここでも誠に素晴らしく、ハスキルを腕達者とは誰も言わないが実はそういうことなのだと納得するしかない。一家に一枚ならこっちだろうが僕はアンセルメ盤の気品が捨てがたい(評点・5)。

 

マルコム・フレイジャー / ヤッシャ・ホーレンシュタイン / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

大変な名演である。フレージャーのピアノ、冒頭のデリカシーから凄い。オケも感じ切ったぎりぎりの音で答える。この木管の音程の良さ、ホーレンシュタインの耳だ、ほかがかすんで聞こえるほどである。例の部分のピアノ、文句なしだ。これは何事がおきてるのかと思って調べると、フレイジャーはカール・フリードベルクを聴いて彼が亡くなるまで弟子入りした人だ。ということはクララ・シューマンの孫弟子ということになる。素晴らしい録音が残っているものだ。これは数多ある録音のベスト3に入る。画像が現れないので以下を開いてぜひ耳にしていただきたい(評点・5+)。

https://youtu.be/GDv29JqxyrA

 

シューマン ピアノ協奏曲イ短調 作品54

 

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N響定期、アシュケナージのドビッシーを聴く

2018 JUN 10 0:00:50 am by 東 賢太郎

指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
ピアノ:ジャン・エフラム・バヴゼ

イベール/祝典序曲
ドビッシー/ピアノと管弦楽のための幻想曲
ドビッシー/牧神の午後への前奏曲
ドビッシー/交響詩「海」

イベールは西村さんがブログに書かれた昭和15年に委嘱された曲。一聴して面白い曲でもないが聴けたのはありがたい。ジャン・エフラム・バヴゼのピアノは高音域のきらめきがとてもきれいで、めったに実演を聴けない幻想曲は楽しめた。アンコールの「花火」はすばらしい、見事なタッチと音彩の使い手でありこれなら前奏曲第2巻全曲を所望したい。後半はいつでも何処でも聴きたい曲目。特に「海」は最も好きなクラシックのひとつで、スコアにあるすべての音が絶対の価値を持って聞こえる。

最近疲れで居眠りすることが多いが、牧神と海だけはアドレナリンが出て開始前から興奮している。どちらもオーケストレーションが!!!何度観ても唖然とする独創。僕は僕なりの色を見ている。海の第1楽章の最後、チェロのソロとイングリッシュホルンのユニゾン!ここはW・ピストン著「管弦楽法」に取り上げられている箇所だがまるで一つの別な楽器のように完璧に調和するのは驚くばかり。シンセで第1楽章を録音したが、この部分からコーダの陽光に煌めく波しぶきまで、作りながら恍惚状態だった。第2楽章は色彩の嵐、第3楽章は再度その恍惚の和声で締めくくられる。一音符たりとも無駄がなく、今日はコルネットを復活した版だったがどちらであれ終結の充足感はゆるぎない。

海のオケを観ながら、これがなければペトルーシュカも春の祭典もなかったなと、弦楽器の書法、シンバル・銅鑼の用法、ティンパニとバスドラの使い分け(打楽器の音色美まで追求!)に感じ入る。とにかくオーケストレーションが図抜けていて凄すぎる。演奏?とてもよかった。アシュケナージは楽器をバランスよく鳴らし、ブレンドさせるのが大変に上手だ。眠くなるどころか、アドレナリンがさらに脳内をめぐっていつになく覚醒して終了。すばらしい「海」をありがとう!

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クリーヴランド管弦楽団を聴く

2018 JUN 8 19:19:19 pm by 東 賢太郎

プロメテウス・プロジェクトと銘打たれたクリーヴランド管弦楽団(以下CLO)ベートーベン(以下LvB)交響曲全曲演奏会(フランツ・ウェルザー=メスト指揮)のうち1,3,5,8,9番を聴いた。関心はジョージ・セルおよびクリストフ・フォン・ドホナーニによる全曲のクオリティの高さ、ブーレーズの春の祭典のオケであることによる。このオケは89年にロンドンでドホナーニによるマーラー5番を聴いただけだからほぼ初めてといえる。3番は天覧演奏会であったことは既述した。

まずは、何度も申し訳ないが、サントリーホール(以下SH)の悲しいアコースティックにつき書かざるを得ない。席は常にSのどこかであり、何十回もここで聞いただろうが、ピアノリサイタルは別としてオケに関して音がいいと思ったことは一度もない。ご異論はあろうが僕は欧、米、香港に16年住み世界の代表的ホールはほぼ全部聴いた。逆にウィーン・フィル(VPO)、チェコ・フィル(CPO)など本拠地での音を知っている世界の代表的オケをSHにおいて聴きもした。その結論をCLOが塗り替えなかったというのが今回の3回の演奏会の結論だからどうしようもない。

SHは音が上方に拡散し楽器の位置が明確にわかる(形状はどことなく似るベルリン・フィルハーモニーは一見そうなりそうだがならない)。残響はあるがブレンドが不十分で低音も拡散してよく鳴らない。僕はフィラデルフィアのアカデミー・オブ・ミュージックの弦の鳴りとブレンドが悪く低音が「来ない」アコースティックに辟易して2年間も我慢を強いられたが、多くの指揮者があそこで鳴らすのに苦心した文献がある。SHはそれをそのまま体育館に持ち込んで残響をつけたようなものである。今回ウェルザー=メストはコントラバス9本で臨んだがまだ足りない、というより、ブレンドという音響特性上複雑な問題だから12本にしたところで浮いてうるさいだけで解決はしなかったろう。

舞台で指揮者、奏者にどうきこえるのか不明だが、音が遠くまで行かない不安があるのではないか。だから旋律をゆだねられる第1Vnを高音域で歌わせようとなればホール特性、増強した低弦のふたつに対抗する必要から知らず知らず強く弾く傾向になるのではないか。ところがこれが問題だが、奏者の位置がわかるという特性はVn奏者個々の音が分離して聞こえることであって、ピッチのずれやヴィヴラートの揺れ(物理の言葉を借りるなら「位相」の変化)がクリアに聞こえてしまい、図らずもの強めのボウイングで増幅される。奏者個々人は気づかないだろうし指揮者の耳にどうなのか是非伺ってみたい。僕の想像だがそう考えないと説明がつかないほどここのVnの高音域のffはきたない。弦が売りであり、世界の耳の肥えた人が100年以上もそう証言してきたVPOやCPOの弦でもだめだったのだから僕にこの仮説を放棄する理由がない。CLOも同様だった。

それはもちろん演奏側の責任ではない。米国のメジャーはどこもそうだが個々人の音量が大きく敏捷性も高い。カーチス音楽院の学生の技術は大変に高度だったが、あそこの上澄みレベルの人がメジャーオケにいるのだから当たり前である。木管の木質の、特にクラリネットのベルベットのような美音が大きく響いたが隣りのファゴットは唖然とするほど聞こえないなど、これもホールの音響特性の何らかの欠陥と思われる不満もあったが、時にミスが目立ったホルン以外はメジャーの貫禄を見せた。テンポはアレグロは速く、5番はかつて聴いた最速級だ。LvBの交響曲の新機軸のひとつにコントラバスの書法があるが、9本で一糸乱れずのハイテクで広音域を飛び回る大活躍を見ればビジュアルでも圧倒される。しかしそれがあの快速だと「体育館」の残響でかぶってしまうのも困ったものだ。

また、指揮者がタメを一切作らず、むしろ伝統的には伸ばす音符を短めに切り詰めるものだからいつもフレージングが前に前につんのめる感じになる。これが快速と相まって興奮を生む図式なのだろうが、セルやドホナーニはそういうことがなく、ウェルザー=メストの個性とはいえあんまり大人の演奏様式と思わない。彼はLvBを人類に火を持ち込んだプロメテウスになぞらえた説をプログラムノートで開陳している。確かにLvBは音楽に火を持ち込んだが、仮にそうだとしてもそれは動機があっての結果であって、LvBがそうせざるを得なかった身体的理由(心理的動機)の方に重点を置いている僕にしては、あのテンポは皮相的に思える。それなら難しいこと抜きに音楽的快感に徹したカルロス・クライバーに軍配が上がるし彼は5,7番というそのアプローチがあっけらかんと活きる曲で真骨頂を発揮したが、4、6番では落ち、僕の心理的動機説で重要な2,3番はついに手を付けなかったことは逆に評価する。商業的動機と無縁だったクライバーは音楽に正直な男だったのだ。

CLOの8番はセル、クーベリックの名演が耳に焼き付いておりこれが聴きたくて来たようなものだが、まったく大したことなかった。ウェルザー=メストはプログラムで8番の重要性を力説しており、そこにおいては100%支持する。しかしオケは十分にうまかったが、指揮者の芸格が違うという印象しか残っていないから僕は彼とは主張が異なる、気が合わないということなのだろう。9番はソリストがこれまたボディが米国流超重量級で微笑ましい、あそこに日本人が並ぶとしたら力士しかない。米国人はつき合えばすぐわかるが、何であれ強い人が大好き、万事が強さ礼賛、strong, strong ! というわかりやすさである。第2楽章のティンパニ・ソロの5回目も強め、歓喜の歌のVc、Cbによる導入もあっけなく強めと誠に陰影を欠き、対旋律のFgは楽譜にない2番を重ねるのはセル盤の唯一の欠点で、それが理由であれは聴かないが、ちゃんと踏襲されていた。米国で第九は年の瀬のお清め感、お祭り感などとは皆目無縁なのだ。

いつも思うのだが第九でソリストばかりいい格好をするのはどうも違和感がある。そうなってしまう曲だからということにすぎないのだが、4人が歌っている時間は10分もないだろうに、あそこで当然のごとく一人で喝采を浴びてそりゃそうざんしょという態度をとれない人はきっとオペラ歌手に向いてないんだろう。そう思うと野球のピッチャーもその傾向は否定しがたいが、さすがにこの曲は10対8ぐらいの打撃戦でなんとか勝ってあんたお立ち台に立ちますかみたいなものであって、少なくとも僕はむずかしい。

すると、舞台上でふと目についたのだが、ヴィオラの後ろの方で弾いていた白髪のおじいちゃんであった。立ち上がって楽器をもってこちらを向いて軽く一礼する、そのけっして目立たない地味な笑顔と姿がすばらしく素敵で格好いいのだ。男前であるとかそういう部類のことでは一切なく、権威めいた威圧感などまったくなく、家庭では良きパパであったのだろう、ひょっとしてセルの時代から人生をヴィオラとともに誠実に生きてこられたんだろうなという味がじんわりとダンディであって、タキシードとボウタイが似合う。どんな性格俳優だって及ばない、人生がにじみ出た外見だけで心から敬意をいだいてしまう、ああこりゃあすごい、ああやって年を取りたいもんだ。

 

クーベリックのベートーベン3番、8番を聴く

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ストラヴィンスキー「春の祭典」の聴き比べ(その2)

2018 JUN 8 1:01:48 am by 東 賢太郎

ネコは解毒なのか時々雑草を食べて悪いものを吐き出すが、僕にとって「春の祭典」はそういうものだ。精神の解毒にこれほど手軽な薬はない。高3で野球を辞めてさあ受験だとなったが、運動ロスになりしっくりこない。そこで勉強に向けて気分高揚させてくれた向精神薬がこの曲だった。

後にアメリカへ行ってみてウォール・ストリートは、とくに切った張ったの勝負に明け暮れるトレーダー系の人間は、けっこう薬漬けでヤバいらしいことを知った。頭をシャープに保つためらしいが、幸いそんな危ない橋を渡らずとも僕には春の祭典がある。朝にこれをガンガン聴く。30分ちょっと。じわじわと脳に血流が増す。それで臨戦態勢オッケーである。

ロンドン時代は早朝出勤なので車で通ったが、朝のカセットは祭典とベートーベンの運命だった。大音量でドドーンと鳴らし、同乗者はのけぞったが戦闘準備だからやめるわけにいかない。英国での生活はストラヴィンスキーとベートーベンが支えていたといえる。

高校時代に戻る。何度も書いたが、この曲の初体験はブーレーズだ。あれにあのタイミングで出会わなかったらその後の人生はきっと違っていた。しかし彼のアプローチは怜悧でミクロ視点型で、脳トレにはいいが受験の軍艦マーチ役には不適である。そこでそれを務めたのが小澤征爾とシカゴ交響楽団のいけてるバージョンだった。

小澤盤は購入した4枚目の祭典のレコードだ。マルケヴィッチ、メータの次である。メータはちょっと軽いと思ったがこれは一発で気に入った。まるでロックじゃないか。いけいけどんどんの気分になって受験は全部受かると思ったが東大はあっさり落ちた。

いま聴きなおすと、そんなこんなの甘酸っぱいものがこみあげてくる青春のアルバムだ。青春といったって野球部だ、長髪のフォークの皆さんの仲間入りする柄じゃない。そこで一気にこんな変な曲に行っちゃったら女の子との話題なんか皆無。もてた記憶はぜんぜんなしだ。

その先が駿台だ。女っ気はさらになく、むしろ競争相手としてどうしても勝てなかったある女性(駿台で有名人)を意識していた。唯一のチャンスは公開模試で数学が満点で全国7番の時だったがあちらは2番だった。某省に入られたのでそれが理由で官僚にリスペクトを持つようになったという絶大な方だ

その頃のとりとめもない記憶が小澤盤から蘇る。当時日本人がシカゴ交響楽団を振るなど事件だ。それなのにオケが本気になってるばかりかティンパニが聞きなれぬ版で小澤色全開である。後に留学して思い知ったことだが、駿台の彼女もそうだが、人の凄さは自分が戦った経験を通じてわかる。

当時、ステレオ録音のテクノロジー進化が目覚ましく、大編成の近代音楽やマーラーは高解像かつ高ダイナミックレンジ再生のプレゼンの素材として制作側にも顧客側にも人気が出つつある時期だった。エスニックものである春の祭典はRCAの小澤(東洋人、CSO)で1968年、Deccaのメータ(インド人、LAPO)で69年8月、それに対抗してCBSは69年にクリーヴランド管の首席客演指揮者で本丸のフランス人であるブーレーズを満を持してぶつけることになったのだろう。

それにしてもブーレーズ以前にこの手の内に入った快演は凄い。批判的に見れば変拍子がわかりやすく整理されすぎ、玄人の耳を捉える細部もないが、小澤の意図は一貫してストラヴィンスキーの革命的なリズムとビートを生命力をもって描ききることにある。原始の宗教儀式にリズムの数的秩序があることをブーレーズは論文で明らかにしたが、小澤は彼より早く、より分かりやすい方法でそれを音で体感させた。第1部の終曲、第2部いけにえの踊りがこんな形でハイドンやベートーベンのアレグロみたいに鳴ったケースはないだろう。

この演奏がブーレーズCBS盤の地位をおびやかすことはないだろう。しかしこれを書いたストラヴィンスキーも30才前後であり、この曲だけは大家が振ればいいというものではない。海千山千のシカゴ響メンバーが33才の若い「気」に当たって、もぎたてのレモンのような感性に戻って成し遂げてしまった一期一会の記録である。

 

 

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クリーヴランド管弦楽団演奏会を聴く(天皇、皇后両陛下ご臨席)

2018 JUN 3 0:00:35 am by 東 賢太郎

ベートーヴェン
「プロメテウスの創造物」作品43 序曲
交響曲第1番 ハ長調 作品21
交響曲第3番 変ホ長調 『英雄』 作品55 (サントリーホール)

フランツ・ウェルザー=メスト(指揮)/クリーヴランド管弦楽団

まったく関係ないが、金曜日は東京ドームで日ハム・巨人戦を観戦し、清宮幸太郎の弟・福太郎くんに会った。早実の中等部で投手だそうだが兄貴にそっくりで体格も立派だ。兄は今は二軍であるが前日に本塁打を2本、この日も1本打ったそうで、兄弟楽しみである。

さて今日はサントリーホールでベートーベン・チクルスが始まった。フランツ・ウェルザー=メストはチューリッヒ勤務時代のオペラハウスの音楽監督であり、ずいぶん聞いた。懐かしい。「ばらの騎士」「ホフマン物語」が特に印象に残っている。

1番が終わって休憩後に席に戻ると右手2階席にずらっとカメラが並ぶ。何かと思ったら天皇、皇后両陛下がご入場になり、我々からわずか7,8メートルの席に座られびっくりした。英雄だけ聴かれたわけだが、ウェルザー=メストとは親交を重ねられてきたらしい。

終演後に両陛下に礼をするフランツ・ウエルザー・メスト

天皇、皇后両陛下

オーケストラもご臨席をわかっており、終演後に舞台袖から両陛下を撮影する楽員もあった。こちらもはからずも人生初の天覧演奏会となったが、これだけお近くということ自体が初めてあり、熱演だったエロイカもさることながら両陛下にお疲れ様の気持ちも込めて懸命に拍手させていただいた。

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読響定期・ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番を聴く

2018 MAY 31 0:00:34 am by 東 賢太郎

指揮=イラン・ヴォルコフ
ピアノ=河村 尚子

プロコフィエフ:アメリカ序曲 変ロ長調 作品42
バーンスタイン:交響曲 第2番「不安の時代」
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品47

あんまり気乗りしなかったこのコンサート、プロコフィエフのまず機会のないOp.42が聴けたのはありがたい。前衛的ではないままに尖ろうとした曲だ。「不安の時代」はバーンスタインの自演、N響定期に次いで3度目のライブだったが河村 尚子のピアノが音色がカラフルで印象に残った。こっちは無用の尖りがない、現代も調性音楽のいいシンフォニーが書ける好例。バーンスタインは1,3番はユダヤ教徒としての信条を見せており、交響曲と言うものはアイデンティティを問う場なのだなと納得だがこの2番はジャズのイディオムが米国民としてのそれを感じる。

ショスタコーヴィチ。席が5列目と近く、第3楽章の弦のオーケストレーションの見事さに改めて目を見張る。あの高度の洗練、知性の極みにしか存在しえない美の世界からアタッカで入る終楽章の野蛮、粗暴、無知。ここに作曲の意図があると考えれば聴ける。あとは調性設計。うまいなあと感服。ドタバタの終楽章もそれについては満点。ショスタコーヴィチの驚異的な天才を今更ながら確認してそれに深い感動を覚えた。演奏はたいそう立派なフルスロットルの力演といえ、これだけオケが鳴れば有無を言わせぬ快感が得られるというもの。最高の非日常体験として久々に5番を楽しめたのがうれしい。ヴォルコフという初めて聞く指揮者の力量は高いと思った。

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調 作品47

 

 

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ベートーベン 交響曲第2番ニ短調 作品36(その1)

2018 MAY 30 2:02:03 am by 東 賢太郎

先日のこと、会議室で電話をしていたら右目に「あいつ」がいるのに気づいた。いつもそうやって不意に現れる、黒っぽいぶよぶよしたものだ。視界の中をふわりふわり泳いで、目線を動かすとその方向に、まるで敏捷な魚がきびすをかえすようについてくる。

蠅ぐらいの大きさなのだが、飛蚊症というつつましい名前がついている。とんでもない、6年前に左目に初めて現れたときは巨大なゾウリムシに見えてぎょっとした。すぐ眼科に行ったが「老化ですね」でにべもなく、こういう会話になった。

「先生、治りますよね?」「いえ、残念ながらヨード剤を飲んで小さくなるかどうかです。どうしてもというなら眼球の手術が必要です」

そんなのは嫌だ。とすると一生治らない、逃げられませんと宣告されたようなもので、こう書く今もPCのスクリーン上を飛び跳ねてるし、寝ても覚めても消えることはない。ここからはその人の気の持ち方の問題になってくるのであって「一生つき合うしかないね」と笑いとばせる人もいれば、悪くするとうつ病になって自殺を考える人もいるかもしれない。

医者は「病気ではないから心配いりません」というが、悪化して失明することはないということだ。後者の人の問題は眼科的なことではない、邪魔者と終生暮らすことになる精神の鬱屈だ。病でないものを持病と呼ぶのは適当でなく、宿痾(しゅくあ)という、「痾」は治りにくい病のことでそれがべったりと宿ってしまう因縁めいた語感がその束縛には似合うと思う。嫌な奴に取り憑かれたものだが、確かにこれは老化でおよそ誰でも大なり小なりなるようだから気は楽だ。

もうひとつ暗い話で恐縮だが、パニック障害というものがある。これも私事になるが、僕は閉所で鼻づまりになると呼吸できない恐怖がおき、歩き回ったりじっとしていられなくなる。元プロ野球選手の長嶋一茂氏が経験談を出版されたが、僕も香港で危なくなった。それになったらどうしようと飛行機が怖くなり、どうしても乗る勇気がない。東京の会議に真剣に船で行こうと焦った。なんとか自己暗示をかけて飛んだが地獄の思いだった。そこから閉所が怖くなり、今もアイル席でないと乗れず床屋も歯医者も時にコンサートホールも危なくなった。

呼吸できないとなって一度もできなかったことはない。フェイクの恐怖なのだがしかし本当に恐ろしい。周囲も驚かせてしまうからそれも恐怖をそそる。長嶋氏は医師のいう事を聞いたようだが、僕の場合診療中に女医さんの質問にぶち切れて退出してしまったからアウトだった。そこまでおかしかった。以来これにいつ襲われるかわからないというのがまた別の恐怖であって、常時なんとか忘れるしかない。何かに夢中になって、宿痾から気をそらす努力が必要となった。

長嶋氏は「以前から憧れていた極真空手に傾倒した。楽しいことに夢中になって気を紛らわせる。それがパニック障害克服の鍵のひとつだと気づくのは、かなり後だった」と書かれているが、僕の場合はそれにあたるのが2010年の起業だった。楽しいどころかものすごく大変だったが、大変だから忘れられるのだから大変な方がありがたい。苦労を喜ぶという妙なことになってしまい、そんな倒錯した人生を生きてどうするんだと悩んだ。

それを解決してくれたのはずいぶん飲んだ安定剤ではなく、ベートーベンだった。3番と2番の交響曲だ。他のどれも聴く気すらしなかったのにこの2曲だけが、すぐに効いたわけではないがじんわりと心に浸透し、しまいには曲に没入し、とうとう何に悩んでいたのかわからなくなってしまった。3番と2番は作曲家が耳疾の進行におののきハイリゲンシュタットの遺書をしたためた時期の作品だが、そういう意識で触れた訳ではない。たまたま聴いて、何か作品の波長がこちらの心の波動にうまく寄り添ってくれる感じがあったのかもしれない。

ベートーベン(以下、Ludwig van Beethovenを略して ”LvB” と書く)は20代後半あたりから耳疾という宿痾と戦った。音楽家にとって致命的であり、他の事に夢中になって気を紛らわせて済むような生易しいものではなかった。しかし、冷静に考えれば、彼は聴こえなくてもあれだけの音楽を書くことができた。書けないから悩んだ形跡はない。むしろ聞こえないことでどうせみんな俺が変だと思ってるんだろうと、社交ができなくなる悩みを遺書に綴っている。しかし、ここも冷静に資料を読み込むと、周囲は難聴には理解もあり優しかったという印象がある。

LvBは難聴が進む恐怖によって重度のパニック障害に陥っていて、そのためにピアノの周りをぐるぐる歩き回ったり奇矯に見えるパニック行動をして周囲を驚かせてしまった。その周囲のリアクションが彼にショックを与え、聞こえないせいだと思い込み遺書の悩みの告白に至ったのではないかと思う。そういう理由から彼が大家に追い出され、ウィーンで20回以上も引っ越し、奇妙な行動をすると各所に書かれ、好きな女はたくさんいたが結婚はできなかった、そういう事実が仮にあったとしても、僕はそれをいとも自然に受け入れることができる。むしろ、そりゃそうでしょ、と。

難聴は周囲に既知だったがパニック障害という病気は当時は誰も知らない。だから周囲はそれを天才の天才たるゆえんの破天荒な性格として記録した。そしてそのイメージをもとに尾ひれがついてこの音楽の教科書でおなじみのLvBの肖像画が偶像化していったのではないかと想像している。

 

(つづく)

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