入試の現代国語と音楽評論の関係
2026 JUL 29 19:19:39 pm by 東 賢太郎
ダイナミックオーディオのSさんは立派なクラシック愛好家です。話のなりゆきで「ブログ読んでますよ」となり、それはそれはということで「ご感想は」と尋ねると、「他の人のと決定的に違うのはですね」と前置きの上で、「知らない曲なのに読み終わると知った気になってるんです。そこでCDを買って聴くと不思議と曲を覚えてしまいます。それは、東さんのは文章がぜんぜん違うからだと思います」「文章?」「はい、文章です」とおっしゃった。
これは大変なことでした。かつて作文をほめられたことがないからです。「こんなの問題作った奴しかわかんねえ」と答案用紙やぶって捨てたのが現国。漢文にいたっては猿が鳴いてどうのとかいう授業で「猿は鳴かねえだろ」と集中力がきれて以来記憶なし。つまり国語で絶対の自信があったのは「1000回模試受けても偏差値は55だ」という法則性だったのです。Sさんがぜんぜん違うとされるのは文章がうまいでなく妙だ、変わってるだろうと解釈するのが穏当なところです。
ちなみに一度だけ法則が破れ70が出た。次からまた戻った。それがこれです。
母校の受験において、中高一貫校の秀才たちに比べれば野球で遊んでた都立高の僕などドンキホーテみたいなもん。そこで「檸檬」の教訓から国語の全軍撤退を決意し、ひよどり越えで勝利した冷や冷やの戦争でした。法則が破れたことを重視した。これは思いつきでなく科学的態度です。そして本稿はまた法則を破って下さったSさんの言葉に発しています。
僕の音楽ブログの “思想的モデル” はレナード・バーンスタイルのヤングピープルズ・コンサートです。
中身も英語もご覧のように子供向けで平易。学生さんは夏休みに全部見ることを強くおすすめします。わからなければ繰り返し聴いてください。わかるようになれば英語は楽勝。クラシックは優に中級者。宝物のビデオなんです。客席はほぼ全員が白人の富裕な家の子ですね。小学生からこんな話が聞けるなら大差つきますよね、で、この子たちもまた金持ちになる。教育の差はいかんともし難いですが、そのむかし小遣い何万円もはたいて買った52枚がユーチューブでタダ!やる気になれば克服できる時代にもなってることに皆さん気づきましょう。
会ったことがある人で尊敬する人物は、ダントツぶっちぎりの1位でレナード・バーンスタインです。頭の冴え冴えした良さと歩く音楽みたいな稀有のコンビネーション、泉のように湧き出て先が予想もつかぬインスピレーション、老若男女のハートにインフルエンスする強烈なパワー。真の天才です。ビデオ1のチャイコフスキーはここに引用させてもらってます。
この部分だけは何しても先生のピアノにかなわない。それ以外は誠に僭越ながらわたくし流儀で楽譜と文字でやらせていただいてます。
日本の多くのクラシック好きはこのやり方はあんまり好きじゃないと思う。マグロとハマチのおいしさを寿司屋の親父が食品成分表で比較して語るみたいなもんですからね、うざってえな、寿司はうまきゃいいんだ早いとこ握ってくれってなもんでしょう。そもそも日本人は神を感じるものの裏側をのぞくみたいなことはしないんです。神社の神殿にはお姿も経典もありませんしね。
でも西洋の源流であるギリシャ、ローマは全部丸裸にして法則を見つけて、サイエンスと呼ぶその原理で巨大なものを構築する。それを言葉でやって哲学にする。その世界でうざってえは通用しないんです。僕は子供の時から分解ぐせがあって何でもバラしてました。西洋音楽のスコアがバラしがいのある美味しそうな対象だったことがのめり込む原因の1つになったことは間違いありません。
バラしてから組み立て直して設計の原理を探ることをリバースエンジニアリングといいます。高校時代に春の祭典のスコアでそれをやった。ヤングピープルズ見てなかったら発想なかったです。謎の音の正体が次々と明らかになる。まるで推理小説の謎解きみたいな快感。このゾクゾクで僕はクラシック音楽の世界に入ったんです。食品成分表の寿司屋みたいに変でしょ。つまり人間がそっち系だから理屈っぽい。これが数学に向いてたんですけどね。
受験生に重要なヒントを差しあげます。数学の文章題が解ける解けないの差は何だかわかりますか?計算力ではなく文章力です。手を動かす前にゴールへの道筋を言葉で正確に言えるなら確実に解けます。だめなら確実に解けません。その言葉がコマンドで計算はエグゼキューションです。計算はしもべなのでソロバンの名人になっても数学の偏差値はあがりません。
つまり僕のブログの文章はきっと数学の文章題を解くコマンドみたいなものなんです。音楽評論家の先生方は音楽の通信簿は当然みんな5でしょ。僕は2なんです。教科書の恐ろしくダサい歌や教室中が半音の1/ 4ぐらいずれたおぞましい音響に満ちる拷問のような笛は鳥肌が立つばかりで文科省指導要領に則った授業に絶対に収まらない。そういうスタンスの先生は尊敬できないから向こうもそんな生徒は嫌いますよね。
ただ九段高校の坂本先生は3年の最後の最後で作曲の自由課題で提出した僕の曲をピアノで弾いてコンクールに出したいぐらいだとほめてくださり授業で合唱指揮もさせてくれた。これは嬉しかったですね、通信簿がどうなったかは忘れましたが。Sさんがふだん読まれている評論は通信簿5の人のです。文芸的なセンスに優れた方のものです。リバースエンジニアリングが面白くて書いてる僕は人間が異性人ぐらい違うので文章がぜんぜん違う。ロジックは終点まで持っていきますから読み終わるとわかった気になってる、ということじゃないでしょうか。
特にそう思うのを3つあげます。これです。
教育者でもあるバーンスタインの選曲は子供に論旨をわからせるのが目的です。僕のは教育はおそれ多いので単に面白いと自分が夢中になれる曲です。このヴィオラの音、あそこの突然の三度上の転調、すごいですね、ユルめのバスドラ、裏打ちリズムの切れ上がり、いいですよねえ、ここはあの曲から引っ張ってますね云々なんてのがいちいち気になってちょっと聞き方も変なのかもしれません。
それが僕の面白いなんです。それでいいと思ってます。教科書の名曲解説みたいな毒にも薬にもならないのブログにしたって面白くもなんともないでしょ。面白いという感情はポジティブです。言葉しらない幼児の頃から人間は遊びます。やがて友達ができ、面白そうだねとみんなが寄ってくる。書いてる僕は幼児と一緒で全身で面白いと思っていますから多分それが皆様に伝わるんだと思います。
バーンスタインさんピアノでシンフォニーからジャズからポップスまでスイスイって弾けてますよね、あれはリサイタル用に練習したんじゃなくて普段着で好きで面白いんでやってると思いますよ。そういう感じの人でしたよ。音楽はポジティブな感情からしか出てこないです、悲しい曲だってそうです。悲しくて自殺しようって人は曲なんか書きませんからね。
僕は仕事はアップダウンがあっていろいろ落ち込むこともあるから音楽してる時だけは面白いなとポジティブでありたいんです。そこから出てくる気をブログに封じ込めて、読んで下さる方もポジティブになっていただきたい。僕がそうするんじゃなくて書いている曲が面白いからそうなれるんです。Sさんのようにそれがひとつ増えましたと言って下さると心の底からうれしいです。
歓喜のリンデマン再臨
2026 JUL 24 15:15:32 pm by 東 賢太郎
ダイナミック・オーディオのSさんからメールがありました。「お預かりしてるリンデマン820ですが、SACDは残念なから部品がありませんがCDのみの再生は可能です」。リンデマンはドイツのCDプレーヤーです。もう20年も前のこと、自宅であれこれ聴き比べさせてもらい、一目惚れで決めた愛着ある品です。半年ぐらい前に電源が入らなくなってしまい、「メーカーがもう倒産してしまっていてどこへ頼んでも断られました」と言う返事をもらった時はお先真っ暗。仕方なしに買い替えようと、とりあえず代用品でまかなっていたのですが音質の差は歴然だったのです。もう弔いの気持ちになっていたのが復活!
Sさんが届けてくれ、まずはレファレンスとしてKenny Barronのアルバム「Night & The City」を。いや、良かった、戻ってる・・・劇的な差です。ライブ録音のピアノがたまりません。楽器の “物体感” がスピーカーから現れ、触れればほんの少しざらっとした触感がわかりそうな音像が骨太で大きくなり、絹ごし豆腐のようにアナログ的なのに芯がある。単体でもそういう傾向なんでしょうが、僕は世界最高のプリと評価してるブルメスターを通しているのでそれが倍加された印象です。いや、ドイツのメカのこだわりはすごい。次いでかけたクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のエロイカ。いやいやこれぞドイツの音ですよ。本物のベートーベンにちょっと疲れてた僕も生き返りました。
このメーカーが倒産。まずSACDにコストかけて勝負に出たのが失敗。ストリーミングが隆盛になって同じフォーマット内の進化は霞んで価格倒れになった。オーディオ業界は腕の良い技術者もAIに流れてると聞くし、かつてのLPとCDの関係にあるのかもしれません。マクロ的にはリアルとオンラインの戦いで、オールドメディアと同様にリアルは分が悪い。でも僕はモノを所有しないのはだめですね。テレビがオンディマンドになるのは結構、元から番組は所有してませんからね。でもオーディオの音源がそれってのはいけません、所有してるって満足感は重い。だからそれに深い愛着がわくという因果関係も重大です。引っ越すと飼えなくなるからペットもそうなるかもと聞いてますが、レンタル猫なんてそんなのはありえません。まあいずれ彼氏も彼女も旦那も奥さんもそうなるのかもしれないがもうその時はいないでしょう。
そういえば、これも溺愛品のパワーアンプStratosのメーカー、米国のホヴランドも倒産。なんでだ?不条理としか思えません。発売時にオーディオ評論家の菅野氏が手放しで誉
めながらも「でもこれは日本であまり売れないのかな」とステレオ誌の記事で半ばあきらめのタッチで独白してたっけ。この発言だけでも、心から氏はプロだと思います。そう。日本のオーディオマニアには「HiFiっぽい音」こそ大事で、こういうナチュラル本格派は500万も払ったのに普通の音じゃないかとなっちまうらしいのです。これは野球に例えるなら、回転のいい伸びるストレートなんです。150キロ出るとか出ないとか数字じゃなく、130代でもゾーンで空振りが取れる。自分もそれにこだわってたし、フォークだシンカーだナックルだってにぎやかなのね、ああいうピッチャーは好みじゃないんでいくら防御率良くても全然興味なし。そっちが日本のオーディオマニアの世界です。これ、美学なんで理由も理屈もないです。
これも書きましたが、日本で最初の客だったのですぐにホヴランドのCEOからお礼の手紙が届きました。でも問題は中身でね、どうして僕が “オーディオマニア” じゃないと分かったのかは知らないし、感想を伝えたわけでもないんですが、買ってくれてありがとうだけじゃない、わかってほしいところをわかってくれてありがとう、どうしても伝えたいの趣旨だったんです。同好の士と認め合ったということでね、こういうのが一番うれしいんです。子供の時、みんなおもちゃは飛行機、船、車で電車は少なく、いても安っぽいプラレールみたいなどうでもいいやつで、鉄製の電車一本槍ってのは自分しかおらず寂しい思いをしたのを思い出しました。CEOは一度お会いしてみたいものです。
まだ2日だからあまりきいてませんが、とりあえずマルク・スーストロ指揮ボン・ベートーヴェン・ホール管弦楽団のドビッシー/ラヴェル、シノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレのシューマン3番、アラウのベートーベン月光・田園ソナタ、モーツァルト生家のピアノフォルテによるアンドラーシュ・シフのモーツァルト集を。シノーポリのライン、あんまり印象なかったけど見直しました、これいいですよ。週末は時間があるのでオペラをいきます。本来はサバリッシュかレヴァインでリングが魅力ありますが、ワーグナーはいま気分的にちょっと重い。モーツァルトもいいけど、ここはヤナーチェクかな。
音楽家と完全主義
2026 JUL 22 0:00:50 am by 東 賢太郎
初めて聴いた演奏家に夢中になることは稀ですが、もうだいぶ前のそのひとり、ヴァイオリニストのユリア・フィッシャーは終焉後に楽屋までおしかけてツーショットしてもらったぐらい気に入ったものです。前稿のチェリスト、ダニエル・ミュラー=ショット(以下ダニエル)も感銘はそのクラスだったと思います。
チェリストといえば、昨年10月21日の読響定期でハチャトリアンを弾いた北村陽(左)も良かった。ブログで「圧巻!リサイタルを聴いてみたいと思った初のチェリスト、いや、いつまでも聴いていたいと思った稀有の人と書くべきだ」と最大級の賛辞を送っています。ではダニエルと比べてどうだったか?感銘という点で甲乙付けがたいですね。同じ曲ではなかったし音楽を聴く側の印象というものは振幅がありますし、そもそも22歳の北村を円熟期50歳のダニエルと比較してもフェアでないのですが、同じチェリストとしてそう思わせたということは書いておく意味が大いにあった。期待あるのみです。
ダニエルについて特筆すべきは、演奏のありようもさることながら、曲は違うのにロストロポーヴィチの40年も前の記憶を呼び覚ましたことです。もっと正確に
記すなら、演奏中に「あれ?これどこかで知ってるぞ」とひらめき、しばし考えてその結論が浮かんだのです。ロストロで覚えていて言葉にできるのは、チェロをとても寝かせる構え、それだからできるのだろうヴァイオリンのように緻密なハイポジション、会場の奥まで届くピアニッシモ、シューマンの歌の朗々たる艶やかな伸び、フォルテの凄まじい集中力でしょう。しかしそのどれかが似ていたのか総体的なものかははっきりしません。
音楽は “生もの” です。なま音はマイクに入りきらないといいますが、もっと入らないものがあります。聴衆です。劇場には聴衆の「気」が満ちています。いや、もっと科学的に記述しましょう、満ちていると仮定するのです。空気からは計測できませんが、人体からはできる。なぜなら、音楽の起伏につれて聴衆の心は動いています。興奮すればアドレナリンが出ます。フィナーレで高潮すると心拍数、体温、血圧が上がり、消えるように終わる音楽なら平静になるでしょう。興奮や沈静は脳波という電磁波になり、それが同期し伝播して巨大になると何物か劇場に満ちている感じになる。それが「気」と呼ぶものの正体であり、どなたか数値を計測していただければ仮定は証明されたことになるでしょう。
気は人間に影響を及ぼしており、それを言語で表現する需要が多いから日本語に「気」のつく単語が山ほどあるのです。劇場とは、大勢の観客の前で何かを演じ、「気」をひとつにした相乗効果で爆発的な効果を生むことを目的とした装置です。ルネッサンス期にフィレンツェでギリシャ悲劇を再演しました。やるうちにセリフを歌とし、楽器で伴奏することで相乗効果の爆発が増幅されることに気づきました。これがオペラの起源です。リブレットは同じですから、観客の「気」を増幅するものは音楽であることが発見され、やがて音楽だけが独立しコンサートとなったのです。すなわち、劇場の成果とはどれだけ観客の気を高めたかということであり、演奏家の評価もチケットの売上もそれにつれます。
気は画像にも録音にも入りません。2千人の劇場なら、歌手、オーケストラが百人として気の95%は聴衆が発していますから、CDやストリーミングで再生して耳に入ってくる情報は5%でしかないのです。これは「光や電波で観測している物質は宇宙の4%しかない」というダークマターの存在に似ています。神は無駄なものを造らない(イザヤ書 45章18節)なら96%も無駄でしたという結論はないのです。劇場の場合、我々はリアルな現実として録音の何倍もの感動を味わえることを体感しています。気合といいますが、気は合一してパワーになる。嵐ファンの娘はライブのため北海道まで行きましたが、その歓びの 95%は気かもしれないよということです。もちろん5%が優れていないと感動は生まれませんから、観客の「気」はレバレッジ(てこ)にほかなりません。僕もロストロをはじめパバロッティやクライバーの凄まじいスタンディングオベーションはそうだったと思わないでもないのです。
であるとすれば、音楽を愛する我々は天から重要な示唆を受け取ったことになります。音楽は聴衆が作っているということです。第九のベーレンライター版は好奇心を満たしますしサイモン・ラトルのウィーンフィル盤は見事な演奏なのですが、最後の最後、ゴッタフンケン(Götterfunken)に至ってとうとう僕はズッコける。これがベートーベンの意図なら、死後のどこかで誰かのミスで我々の慣れ親しんだテンポになって誰も異議を唱えなかった。だから150年も誤りが続いてそれが記憶されてきたことになります。なぜなら、聴衆が支持したからです。フルトヴェングラーの凄まじいアップテンポも多分ベートーべンの意図ではないでしょうが 20世紀の聴衆に圧倒的に支持されて定番になってしまいました。同様に、北村陽の弾いたハチャトリアンやダニエルのショスタコ1番も、演奏が説得力に富んでいたため解釈上の定番を作っていくかもしれません。僕は古楽器演奏を好みませんが、同じ理由で原典版もケースバイケースだなと思います。理由は明白です。僕もそうした聴衆のひとりだからです。
ということで本稿ではダニエル・ミュラー=ショットのグリーグとラヴェルを取り上げます。グリーグではヴァイオリン・ソナタを弾く試みも聞け、それがまるで元からチェロ・ソナタであるかのような見事な演奏になっています。彼はドイ
ツ人ですから母国語でない音楽を自分の世界に引き込んで新たなワールドを作っている。グリーグがこれを喜んだかどうかはともかく、保守的なクラシック界においては斬新な試みといえます。だってショパンはショパンの流儀があって、代々伝わる創業家の秘伝みたいな方法を先生に習ってコンクールに出る。ポゴレリッチのように自己流が入ると不合格で審査員のアルゲリッチ先生は怒って退場してしまいました。ショパンコンクールも少しは変わってきたとされますが、クラシックというのは基本的に古典芸能だからそういう世界です。動画の再生回数やファン投票で決まるなんてことは絶対にありませんからダニエルの試みは革命的と言えます。そして僕はそれを支持します。
古楽器は否定するのになぜか?演奏家の真実の声が聞こえるからです。古楽器だってそういう演奏家はいるでしょうが、古楽器だから意味があるでしょという演奏家もいます。バッハの時代はこういう音だったんだねふうんというだけなら博物館の展示品のお披露目会みたいなところでやればいいのです。僕らはバッハの時代の聴衆ではありませんからそれを聴いて良いと思う自然な道理はありません。歴史学的に正しいからと無理矢理感動するいわれなどまるでありません。思いおこせば、僕が中学まで学校で受けた音楽教育はまさにそういう姿勢のもので、死ぬほど退屈であり通信簿はいつも2でした。演奏家はまず作曲家が作品に封じ込めたパッションを共有し、それが強いから演奏したい、それをぜひ聴いてほしいと熱望し、そういうものこそ聞きたいと熱望する聴衆が集まる。すると劇場で両者の気が合体し、大きなパワーとなり、聴衆に一生忘れぬ思い出を刻印するのです。長く生きてきたおかげで僕はそういう場に何度も立ち会いました。たくさんあるので何年たっても熱が冷めやらず、文章ではありますがそれを共有していただいて、皆さんなりにこれからの感動のよすがにしていただきたいと願って14年前にブログを始めることになったのです。
しかし忘れてはならないのは、以上のすべては作品が良いからいえることです。そうでない作品にいくら有能な演奏家が気合を込めても無から有は生まれません。だから演奏する側も聞く側も、感動したということはまず第一にそれが作品の中に存在していたという証左ですから、作曲してくれた人への深い感謝があるべきなのです。それを一律に形で表すために印税を払うという義務があるのですが、 法律の効力は50年も経つと切れてしまいます。それを無料で使って1億枚もレコードを売ってカラヤンは富豪になりましたが、彼は自分の力で曲の魅力を大衆に折伏(しゃくぶく)した有能な伝道師だったということです。これは彼の才能と努力の成果です。問題は、ではベートーベンは何を得たのかという甚だバランスの悪い気持ちを押さえられないことなのです。天国に行った人だから墓前に何かそなえるしかなく、記念館に寄付という手段は多くの人がやっています。自分なりのやり方。それはブログで感動の証を書き残し、ひとりでも多くの方にその作品で感動していただくこと。楽器のできない僕にはそれしかありません。
きのう時間ができたので彼のユーチューブを検索していたら、これを見つけました。ダニエルがアンコールでユリア・フィッシャーとデュオを弾いてる。この組み合わせというとブラームスのドッペルをやったのではないでしょうか。
お話した印象ですが、彼女は知性とプライドとリーダーシップのある妥協のない人とお見受けしました。プロとして当然ではありますがなかなか彼女のレベルの方はいないのではないでしょうか。たとえばピッチです。他人に教わるまでもなく自分の中で当たり前のようにコンプリートされている感じがします。アンサンブルでも完璧を目指す人のように思います。それを完全主義と言ってしまっていいのかどうか迷いますが、一定のジャンルにおいて僕はまさにそれでありますし、こと音楽に限って言えば彼女はそれに近いのではないかと思います。
この曲、ハルヴォルセンの『ヘンデルの主題によるパッサカリアとサラバンド』はヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲であり、ダニエルはそれをチェロで弾いています。いわばアルト歌手がソプラノのレパートリーを歌うようなもので、高い技術がなければできることではないでしょう。この試みも、先生に習ったからやりましたというものではなく、彼の中にある欲求がつくり上げたものでしょう。ルーティーンで妥協しない。自ら高いところを目指す。それはまさしく完全主義です。ですからフィッシャーとは馬が合い、お互いに認め合って、高いレベルで理解しあえるものがあったのではないでしょうか。だとすれば、それは大変なことなのです。
フィッシャーの知性とは勉強ができる程度の意味ではありません。父は数学者、母はピアニストであり、ドイツ最年少の 23歳でフランクフルト音楽大学の教授に就任したレベルの話です。曲を書いたり演奏したりは疑う余地もなく高度にイ
ンテリジェントな作業なわけです。それを持ちあわせない人が歴史に残る作品を書くなど微分積分を解く猿が現れる以上に有り得ませんから大作曲家と呼ばれる人たちは例外なくそういう人なのであり、必ずしもそうではない学者や伝記作家が自分の目線で彼らの性格や日常生活をどう描写しようが、彼らは音楽においては例外なく完全主義者なのです。演奏家は譜面を通じてそうした超人である作曲家と対峙する作業から入るわけですが、それが音符を音にするメカニックな作業と同次元のことであるはずがありません。演奏以前の膨大な形而上学的部分、すなわち、音楽をつむぎ出した作曲家の知性という言葉でしか表わせない「土台」を理解せずに演奏するという行為はその演奏家ご自身の評価のためにもミスリーディングです。超絶技巧でベートーベンの熱情ソナタをバリバリ弾いて大向こうをうならせる。そういうものが好きな聴衆もいるでしょうし、クラシックが敬遠され衰退するよりはマシという考え方もあるのでしょうが、僕にとっては大道芸です。
指揮者で圧倒的に知性が高いと感じた人がピエール・ブーレーズ、セルジュ・チェリビダッケです。彼らはオペラハウスたたき上げの親方キャリアでなく大学で数学、哲学も学んだ人です。音楽は理屈じゃない。感性だよハートだよという方も多いだろうし否定する気はないのですが、感性も十人十色です。ひとくくりにそれが音楽のエッセンスだと言うには広すぎるというだけでもそれがエッセンスでないことはお分かりいただけると思います。ちなみにおふたりはレパートリーからして別々の感性の人たちです。でも、ひとつだけ共通点があるのです。知性の高さが音に現れていることです。おふたりは音楽に投入した知性の総量でも、音でそれを具象化する技術においても優れたパフォーマーでした。
それは料理に例えられるかもしれません。料理は化学でもあるから感性だけでするのでなく確立したメソッドがあります。それを生み出したインテリジェンスは知性以外の何ものでもありません。ブーレーズもチェリビダッケも知性によるメソッドを音にする “名シェフ” でしたが、それではカラヤンはどうでしょう。僕の世代には保守的な評論家たちをはじめアンチが沢山おられ、彼を否定することが上級者の証しみたいな空気すらありました。大衆迎合の故の人気だというのです。だとすれば僕にとっても大道芸のたぐいです。当初はそう思っていましたが、誤りと気づいたのは1983年にザルツブルグ音楽祭で聴いた「ばらの騎士」でのことです。総合芸術としてリッチでゴージャスに楽しませるための知性のオンパレードは大衆迎合などとはほど遠く、ああこれを否定することはリヒャルト・シュトラウスでもできないだろうと感服したのです。カラヤンがブーレーズと違う唯一の点は、知性をマーケティングにも使ったことです。
話を戻せば、ダニエルの演奏は豊かな感性の賜物ではありますが、そのベースにはフィッシャーと対等な知性の裏打ちがあるわけです。それが技術と高い次元で結びついていると感じました。前稿の通り彼の楽器はハー
ヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)という名器で、サントリーホールで類い稀なる音色を楽しませてくれたのですが、演奏は体全体から発散するオーラに満ちている。それはサフィールが与えたものかもしれないし、楽器はオーラを受けてますます良い音でこたえるという幸福な関係にあったのかもしれません。2006年、最晩年のシャピロがラジオで若き日のダニエルの演奏を聴き、サフィールの引き継ぎを持ち掛けたことは重要でしょう。長年ジュリアード音楽院のチェロ教授をつとめロストロポーヴィチが「世界で最も偉大なチェロ教師」と敬意を表し、アルトゥーロ・トスカニーニがNBC交響楽団の主席に据えた人の耳だけの判断だからです。
ダニエルのユーチューブをひと通り聴きましたが、とても印象に残ったのはグリーグのソナタです。ヴァイオリン・ソナタに比べて知名度が低いのは自身の兄を想定して書かれており、演奏者に恵まれてなかったのだろうと感じます。
このピアニスト、ヘルベルト・シュフは初めてですが、やはりユリア・フィッシャーとツアーをした仲間のようです。 つまり3人とも同じ次元で知性、感性がぴったり合ってる。それが触発しあって相乗効果で良い演奏が生まれる。とてもわかりやすいですね。さらに言えば、聴衆である僕もそれを心地よく感じるタイプの人間だからこうして皆様にご紹介することになる。真剣に読んで下さってる方が日本だけでなくたくさんおられることを存じ上げていますから、生半可な好き嫌いだけで書いてはいけないと常に戒めてますが、この3人については手放しでほめても問題ないように思います。
余談ですがレストランのミシュランやワインのパーカーもこうやって星や点数をつけていると思われ、判断の最後に感性の混入は避けられませんから結局は評者それぞれなわけで、万人に絶対的に旨い食事やワインが存在するわけではありません。商業的な底流として、旨いと思わない人は一流の大人でないというアンコンシャス・バイアス(unconscious bias、無意識の思い込み)がちらつき、なんで寿司屋の良しあしをフランスの本に決められなきゃいけないのという感じがします。西洋の音楽についてああだこうだ書いてる日本人の僕にも同じことが言えるわけですが、僕は自分の趣味が正しいという思いこみは意識的に消しています。煮物が苦手な僕が日本人だからと言ってその良し悪しを論じてもナンセンスであることも自覚しています。良識あられる読者の皆さんはそういう読み方をしていただいていると信じております。唯一真理があるとすれば、僕と同じ系統の好みの方にとっては結構いい線いってるかもしれないということです。
最後に、フィッシャーもダニエルもドイツ人ですが、古き良きのタイプではなくインターナショナルでフレキシブルでレパートリーが広い。彼らのラヴェルをぜひお聴きください。パリ音楽院流儀ではないかもしれませんが、ラヴェルの書き記した音の抽象的な部分を咀嚼してお見事なフレンチ・ディッシュに仕上がっていますす。 30年ぐらい前からドイツのオケのフランス物は進化していて、ベルリン・フィル、シュトゥットガルト放送交響楽団が素晴らしかった。 1994年にベルリンのフィルハーモニーでブーレーズが前者を振った神々しいばかりの「ダフニスとクロエ」はこれまで人生で聴いたライブの筆頭格ですし、後者がジェルメッティとやったCapriccioのラヴェル集はユーチューブにアップ
しましたが、永遠の愛聴盤の1つです。その昔、レコード芸術誌はフランス物といえばクリュタンス、ミュンシュのパリ音楽院管、パリ管でなくてはというまさしくアンコンシャス・バイアスに満ちており、馬鹿正直にそれを珍重して聴きこんでましたが、ブーレーズやチェリビダッケの洗礼を受けてしまうとどう考えてもオーケストラがうまくないんです。いやいやそのアバウトな所がフランスなんだよ、あの頼りないホルンじゃないと感じが出ないんだよなんて識者のもっともらしいご説が飛びかい、確かに色気はある木管の音色にそんなもんかと思ってましたが、それは「おフランス」に憧れ高級と信じこんだジャパンワールドの片想いの幻想であって、エッフェル塔で恥ずかしいポーズで悦にいる女性議員がいまだにいる国の顛末だったなあと思うのです。
ヨーロッパに住んでみるとフランスの位置づけは全然そんなことはないわけです。隣国のドイツで、極東の日本人が崇拝した如くクリュタンス、ミュンシュのフランス物が神格化されるれるなどありえない。なぜならライン川を挟んで2千年も隣にいても、ドイツ人は日常的にフランス料理を食べさえしないのです。EMIのマーケティング戦略を見ればわかります。ミュンシュは血統は両国が混合したアルザス系ドイツ人ですし、クリュタンスはというと独仏文化が交叉するベルギー人であった彼をEMIはベルリン・フィルに押し込んで交響曲全曲録音をさせました。ドイツグラモフォンの牙城であるドイツマーケット進出を目論んだのです。なぜならオペラ作品が数えるほどしかないフランス音楽が、中規模都市にもオペラハウスがあるドイツのローカルな音楽文化に自然な形で浸潤するはずもないのはフランス料理と同じなのです。だからカラヤンのオーケストラであるBPOのシェフに、レコード録音だけとはいえフランス語話者の指揮者を送り込んだ。そこにはナチスにパリを占領され強姦略奪でめちゃくちゃにされた遺恨もあったかもしれないし敗戦で経済力が弱ったドイツを征服したい意欲すらあったかもしれません。
その策略は完全に失敗に終わりました。クリュタンスの起用はパリ音学院管弦楽団とのフランス物が日本でアイコン化したことで元は取れたでしょうが、彼もミュンシュも血統は辺境で「おフランスな人」などでないわけであって、こちらの成功は仏EMIと日本のレコード業界、評論家の見事なマーケティング戦略だったと感嘆するのみです。ラヴェルはジュネーヴのスイス人とマドリッド育ちのバスク系スペイン人の混血で、生後3ヶ月してパリに移住した移民の子です。そんなことはトリビアになってしまうぐらい彼はフランス音楽の代表格になっていますが、伝統を守るパリ音楽院の教授連は彼にローマ賞を与えていません。代表格になったのは一にも二にも彼が世界に認められたからで、同じ現象はサッカーWCフランス代表チームの血統豊かなメンバー選考にも見てとれ、フランスという国家のお家芸ともいえましょう。音楽の優位性が彼ほど「完全主義」に起因した人はいないでしょう。ダフニスやボレロのオーケストラスコアをご覧になったことのある方は、それ自体が精巧な美術工芸品であるという僕の主張も肯定してくださるでしょう。しかしそれがフランス文化に起因したと考えるのは大きな誤りで、何度フランスへ行ったか数えきれませんが、趣味においても精密度においても何を見聞きしてもラヴェル的なものはみつからず、とてもがっかりした自分がいたのです。納得したのは、その後にスイスに2年半いて、工芸品として精巧きわまりないスイス時計を見て回った時です。ラヴェル的なものは、工学を学び土木技師で発明家で、紙袋を縫う機械、機関銃のモデル、アセチレン動力の2ストロークエンジン、ガソリン車用の蒸気発生器を発明し自動車産業の先駆者とされるエンジニアであった父親ピエール・ジョセフ・ラヴェル由来だったのです。アバウトな演奏など作曲家本人のコンセプトからしてのっけから論外であり、緻密に精密に演奏すればするほど香気が漂うふうに書かれています。けだし、若い俊英のドイツ人演奏家たちにとってラヴェルはそういうもので、リアリズムの観点からしてそれは正しいことを確信させてくれる卓越した演奏です。
読響定期 ダニエル・ミュラー=ショット讃
2026 JUL 17 16:16:53 pm by 東 賢太郎
指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ=ダニエル・ミュラー=ショット
ジークフリート・マトゥス:怒り狂う女(Furien-Furioso)(日本初演)
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107
ルディ・シュテファン:交響的楽章(1910年)(日本初演)
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」 作品24
毎度何の先入観もなく聴いている読響定期。この日も直前に入場しプログラムは一瞥だけ。時間の制約ということもあるが、あえてこのスタイルで楽しんでいるのは、30分前までの喧騒から音楽の世界に切り替わるのが非日常、心の滋養になるからだ。クラシック音楽はどれも作曲家、演奏家の強烈なパトスが封じ込められており、俗世間を瞬時に断ち切れ、別世界に遊べる。それは同時に誰も立ち入れない自分だけの空間である。そして入ってしまえば30分も1時間も出てこれない。パトスを浴びた後、自分がどうなっているかは予想もつかないのだ。
日本初演が2つもありまさに一期一会。このシリーズの贅沢な点である。 60年も聴いているわけで、何を今更という曲よりありがたい。「怒り狂う女」(1999)は、「外見上の愛想の良さや親切心の陰に潜む不誠実で狡猾な存在を音楽の魔力でお祓いしよう」という含意の作品だ。ラチェット、フォレクサトーンいう打楽器は通常は隠し味で使うものだが後者は曲の終結で主役級の扱いだ。Vn群の音がとても良かった。コンマスのソロを含め最高レベルの音だ。マトゥスは東独の国宝的存在の作曲家で基本的にオペラの人のようだ。静寂の後、金管の咆哮から全管弦打楽器が錯綜する部分は呪術的で春の祭典のイメージになる。
シュテファンは処女オペラがフランクフルト歌劇場で初演された俊英だったが、第1次大戦で28歳で戦死した。出身地のヴォルムスはマインツの南、マンハイムの近くでありバーデンバーデンの行程で通った馴染みの地だ。ヴァイグレは元フランクフルト歌劇場指揮者であるから思い入れがあるのは自然だろう。彼はプフィッツナーのカンタータ「ドイツ精神について」 作品28の日本初演(2026年1月20日)も行ったが、この作曲家もフランクフルト出身であり、僕にとっても思い入れがある。交響的楽章はオルガン付きの大管弦楽の音楽で後期ロマン派のタッチをとどめつつシェーンベルクに向かっていく和声音楽という点でシュレーカーの先駆を思わせる。 23歳でこれを書いた人が生きていればと誰をも嘆かせる内容の濃い音楽だった。
最後の「死と変容」。R・シュトラウス25歳の作品であるこれを交響的楽章の後に置く。23歳のルディ・シュテファンの後に。もし彼が生きていれば!無言のメッセージはすべての聴衆の心の奥底に届いたのではないか。前半2曲を共産主義政権下の作品でまとめ後半はそれだ。なんという周到なプログラムだろう。「死と変容」はクレンペラー、ケンペ、チェリビダッケなどが耳にあるのでなかなか評価は難しい。「私が作曲したことは全て正確だったと、今こそ言うことができる。私は今しがたそれを文字通り体験してきたのだよ」という作曲者の死の間際の言葉があるのでもっと幽玄な音を求めてしまうところが好みの問題だ。
あえてショスタコーヴィチを最後に書くのは、ダニエル・ミュラー=ショットのチェロがあまりに素晴らしかったからだ。僕は1984年にロンドンでロストロポーヴィチを聴いたが(シューマンとボッケリーニ2番)、もうあんな豊潤でエネルギーのある音には二度と出会えないと思っていた。それ以来あまたのチェリストを聴いてきたが、確かにそうだった。ところがこの日、これこれ、これがロストロの音だった!というのに出会ったのだ。
僕が聴いた名演奏家たち(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ)
調べてみたところ、ミュラー=ショットの楽器はNBC交響楽団の出席チェリストだったハーヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)だ(ちなみにお値段は200万ドル、今のレートで3億円)。GPTによるとロストロが1984年にロンドン公演で演奏していたチェロはストラディの「Davidov」だったと出てくるがGPTはあんまり当てにならない(それ以前に並行して使った楽器にゴフリラーもある)。ロストロはシャピロを「世界で最も偉大なチェロ教師」と呼び、ミュラー=ショットはロストロを「恩師」と呼んでいるので同じ流派と考えていいのかもしれない。このへんは西村さんのご意見を伺いたいところだ。
この日のショスタコーヴィチ。音の美感と動感のバランスがとれ、Sym5番の第3楽章を思わせる緩徐楽章のハーモニクスの神秘感も良かった。ロストロの特徴でもあったエネルギーポテンシャルの高いハイポジションの音が今も耳に残る。終了後に、大学オケでトランペットだった友人と「ヴィオラコンチェルトを聴いた感じだったね」とうなずきあった。暖色系で太目でまろやか、それでいて雄弁な音質はホルンと融和する。モーツァルトは好きなヴァイオリンの音色を「バターのよう」と形容したがミュラー=ショットの音にも当てはまるだろう。C弦の低音もハイポジと連続性ある柔らかみがあり隆々と伸びる。アンコールのJ.S.バッハ無伴奏第3番ジーグも全曲を所望したい魅力があった。美音の嵐でお腹はいっぱい。至福の夕べだった。
シャルル・ルルー『陸軍分列行進曲』
2026 JUL 7 11:11:00 am by 東 賢太郎
M不動産の方が来社され、ブラジル戦残念でしたとこれを頂きました。ゴルフボールです。今の腕前だとワンラウンドで全部なくなる。使うのやめとこう。Tグループ長さん、初対面だったのですが、「もしかしてやっておられます?」と聞くと図星である。「僕はサッカーの人は結構当たるんです。ちなみに業種でもね、銀行と証券、外れなしです」。スポーツ人類学、職業人類学です。
「僕なんかほかの業種はあり得ません。証券マン以外の何者でもありませんよ。パワハラなにそれ?っていう全盛期の野村証券で毎日もまれてこうなりましたから努力しましたなんて綺麗ごとじゃないんです、強烈に仕事のできる先輩に数字でつめまくられて、そこから逃れようともがいてたらこうなったんです。野球界ではPL学園、亜大、駒大がすごかったと聞きますがサラリーマンでそのレベルときたら当時の野村しかないです。もちろん他の会社は知りませんよ、でもあれ以上やったら死人が出ますから業種不問で断言できます。ライバル会社に負けるわけねえだろって、心の底からですね」。
そうはいったものの、プラモデルはもっぱら軍艦と戦闘機だったし、今になってみるとひょっとして自衛隊に入る道もあったかなと思えているのです。文官でなく武官としてです。軍服姿の祖父の乗馬写真に憧れて育ったし、問題なかった気がします。東郷平八郎、乃木希典将軍は軍神と思ってますし米国海軍兵学校のメダルも宝物でして、ナポレオンも曹操も好き。あっぱれな大将は国籍問わず男の本能で好きなんです。ちなみに野球も戦場と思ってやってまして、ぶつけちまったり危険球でやばいこともありました。
米国海兵隊といえば楽団の第17代リーダーだったのがジョン・フィリップ・スーザでした。「星条旗よ永遠なれ」は1896年作曲。日本は日清戦争を終えた翌年でしたね。
各国に行進曲は数多ありますが、明治政府がフランスから呼んだシャルル・ルルー作曲の『陸軍分列行進曲』(1886年)こそ僕は世界最高峰と思っております。軍歌『抜刀隊』と『扶桑歌』を元に編曲したもので、前者は西南戦争で西郷軍と戦う官軍を鼓舞したもの。初演は鹿鳴館というから「君が代」と並んで日本における西洋音楽のルーツの1つです。異なる曲を接合する無理があるのですが、あえて転調しておいて絶妙な和声で縫合し、何度も聴くと慣れてしまうパリ音楽院卒のプロの技を見ます。現在では、防衛省陸上自衛隊が行進曲の一つとして使用しているほか、警察庁でも警視庁機動隊をはじめ、戦後に創設された警視庁音楽隊および各都道府県警察音楽隊により演奏されている。誠に誇らしいことです。
ベートーベン/ピアノ協奏曲第3番の悦楽
2026 JUL 6 0:00:26 am by 東 賢太郎
最近3番をよく聴きます。ひょっとすると5曲のうちこれがいちばん好きなのかもしれない。作曲はハイリゲンシュタットの遺書を書いた時期に重なりますが、唯一の短調作品であることとそれがオーバーラップしているかどうかは軽々に論じられない。なぜなら同じ境遇下で作曲され同じ日に初演された交響曲第2番がニ長調、続く3番、4番も長調だからで、主調の長短で作品を類型化するのはあんまりインテリジェンスを感じません。また、誰が言い出したのかモーツァルト24番との類似が必ずといっていいほど指摘されますが、ベートーベンがそれを演奏したという記録は存在せず、両者に同名調である以外は構造的にもハーモニックにもポリフォニックにも特筆するほどの関連性、共通点はないように思います。
1つあるとすれば、どちらもいきなり主題が出てくる点で、24番冒頭の第1主題に、旋律をなしてはいませんが十二音が出てきます。
これとの類似性というなら、第1楽章提示部に楽器は分散するがやはり十二音が織り込まれているハイドン交響曲第95番ハ短調を挙げるべきで、3番におけるベートーベンに同等の先進性への関心や執着を見出すことは困難であります。作曲順は24番(1786)、95番(1791)、3番(1803)であり、人生の命運をかけたフィガロ作曲に没頭しながらおよそ性格の異なる24番を着想していたという凡人には想像もつかぬ構造の頭脳に17年たってもベートーベンが到達できていないというコンテクストでモーツァルトの先進性が語られるなら一理ありましょう。
和声的には24番は最初の3音c、e♭、a♭が変イ長調を成しますから出だしはハ短調に聞こえない。3番のc、e♭、g、f、e♭、d、cのくっきりとハ短調である音列に近いのはむしろ変ロ長調のこれ、ピアノ協奏曲第27番第一楽章第一主題(楽譜)を短調(変ロ短調)に転調したものです。第184小節でこの主題はピアノによって短調で出てきます。
モーツァルトにおける特徴的な長調短調の変転がビジュアルにも分かりやすいのはパパゲーノの自殺の場面です。ベートーベンはこのオペラを愛好し「魔笛の主題による変奏曲」を作曲しています。
逆に3番主題は何度もハ長調に変容して登場しますが、その音列は運命交響曲第4楽章主題c、e、g、f、e、d、c、d、cになります。そして、3番第1楽章コーダ(カデンツァ直後)でピアノと低弦が運命動機のリズムを交差させます。
この音列c、a♭、f、gは僕が名づけた「アマデウス・コード」の短調版(Cm、A♭、Fm、G7)のバスに他なりません。
モーツァルト「魔笛」断章(アマデウスお気に入りコード進行の解題)
以上の意味するところは、3番は初期作品から運命交響曲に至るブリッジに位置する大作エロイカの手前の、しかし同等の危機的土壌から絞り出された作品であり、生んだ触媒はというと3番は憧れの星モーツァルトであり、エロイカは期待の星ナポレオンであった。だから3番の主題はモーツァルト主題とアマデウス・コードの悦楽から成り、運命交響曲終楽章の凱旋の主題に連なる。その勝利を脳裏に浮かべることで彼は精神崩壊の危機を乗り越えたのだと思います。内面におけるその第1歩の踏み出しはモーツァルトにこそあったのであり、外面に向けては、魔笛を思わせる長短調の交替とアマデウス・コード(これも露骨にそのままでなく短調バージョンにして)高らかに歌いあげて自分が後継者だと宣言し、ウィーンの聴衆はそのメッセージを理解したのだと思われます。
吉田秀和氏だったか(間違っていたらごめんなさい)、 3番と24番の冒頭を比べて両者の才能の差だとしている評論を読んだことがあります。ベートーベンが24番を意識して3番を書いたことを大前提としていますが、既述の通りその保証はありません。ベートーベンにとって主題は素材ですからそこにプライマリーな芸術性を求めているわけではなく、むしろアイコン性、可塑性、分解可能性が重要であることはエロイカや運命を挙げるまでもなく一生の作品を通して一貫しています。だから仮に24番を研究し模範としていたと仮定しても、目指していない点で比べて才能を論じるのは実証性に欠けます。 3番の主題は21世紀の感性からすれば洗練とは程遠いものですが、この作品で意図している独自の和声語法、たとえばトニックc、ドミナントgの半音上下へバスの拡張と転調などには十全の適性を発揮しています。結果として得られている迷宮のような和声の効果はそれまでのいかなる作品でも見られない魅惑的なもので、その着想はフランスのエラール社から贈られた新しい構造により重厚な⾳が出るピアノによる重量感を与える筆致が生んだものでしょう。緩徐楽章のホ長調は主調ハ短調と一音(b)しか重ならない遠隔調で、第2楽章が始まった冒頭の印象はそれだけでもロマン派への息吹を感じ、これぞハイドン、モーツァルトには無いものです。
というわけで3番は好きなものですからレコードとCDを36種類持ってます。このCDのPilzというレーベルは1991年に創業者が野村證券に出資の売り込みにやってきて僕が応対しました。お断りした顛末はここに書いてあります。 ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83
結局彼は放送局などから安く買った録音を偽名で売ったことで有名になり、コピーライトは所有して法的に問題はなくてもアートにおいて購入者を欺く行為は道義的には問題でした。このPC3番に何の思い入れもなく買った場所も覚えてないのは間違いなく二束三文の値段だったからです。ところが、くっきりと覚えていることが1つだけあります。「このピアノうまいな」と思ったことです。そのギャップがずっと喉に刺さった小骨のように気にかかっていたのです。なにげなくCD棚でこれを見つけ、いよいよ聴いてみて感服した。それが先日のアントン・ナヌートの稿につながったのです。
ピアニストはDubravka Tomšič(ドゥブラフカ・トムシッチ)。初耳です。なのに調べなかった。それどころか、女性名なのに「若い男だろう」と何の根拠もなくつい先日まで思い込んでた。どうせ廉価盤の人だ。いかにも安手で深みはまるで感じさせないCDジャケットのイメージも加担してとんでもない過ちを犯していたのです。
この演奏、何度聴いても良いです。曲頭いきなりスタッカート気味に小股の切れ上がったフレージングにナヌートのリズムとテンポへの厳しい目線を感じ、フォルテで重ねるホルンに身が引き締まります。オーケストラは弦など決して上質ではありませんが、第3楽章のメリハリ、クレッシェンド、楔を打ち込むティンパニの熱量などこれが本物だと説得されてしまうオーセンティシティに満ちています。トムシッチのピアノは、現代の演奏に散見される、音楽の本質には無用である安全運転に徹する完璧さへの執着は微塵もありません。角を取って優雅に傾くこともなく武骨でさえあり、足すものも引くものもなくただただベートーべンの音楽に奉仕。そこに保たれる古木による民芸品のような味わいはこの曲の愛好者として飽くことがありません。来日したワルシャワ国立歌劇場によるドン・ジョバンニを思い出します。こういう商業主義と無縁の芸術家たちはスターダムに登ることも2千人の大ホールでブラボーの嵐を呼び起こすこともないでしょうが、そういうものは真の芸術性とは何の関係もありません。こういう隠れた名品を探し出すことに喜びを覚えます。
この録音と並行したと思われるライブがあります。ミスタッチを意にも介していないトムシッチには圧倒されるばかりで、ベートーベンの弟子カール・ツェルニーの言葉を思い出します。
「パッセージを弾きそこなったり、際立たせたい音符や跳躍をミスタッチしても、ベートーべンはほとんど何もいわなかった。しかしクレッシェンドなどの表現や作品の性格づけに関して足りないところがあると、彼は激怒した。前者はただの事故だが、後者は知識や感性、注意深さを怠っているからこそ起きる––そう彼は言った」(カール・ツェルニー著 岡田暁生訳『ピアノ演奏の基礎』春秋社より)
僕が聴いた名演奏家たち(アントン・ナヌート)
2026 JUL 1 0:00:50 am by 東 賢太郎
もう思い出すのも困難なぐらい久しぶりにチャイコフスキーの悲愴交響曲を聴いた。アントン・ナヌート指揮リュブリアナ放送交響楽団のCDである。何故これかというと理由がある。次の稿に書くが、あるCDでこの人の演奏に感服し、他のを聞いてみようと思ったのである。この悲愴はいつ買ったか記憶も記録もないが、CDケースに貼ってあるお店のタグにDM6.95とあるのでドイツだったことがわかる。
ナヌートというと僕はずっと後に、といっても今から13年も前になるが、紀尾井ホールでブラームスの4番を聴いている。東ドイツ消滅のどさくさに紛れた幽霊指揮者かと思っていたらそうでなかったことに、なんだか正直者に出会って心が洗われる気分がしたものだ。僕は普通は散々考えて思い入れを持ってレコードやCDを買う。だから1万枚以上あるそれぞれについて、全部ではないがおおよそのところは出会いのいきさつを覚えている。そうではない方だったのだから、あり得るのは、フランクフルトのオフィスで時々気分転換でお昼に自分でサンドイッチを買いに行った店になぜか置いてあった廉価版のCDで、450円だったから買ったのだろうということだ。
リュブリアナは、ナヌートの母国であるスロベニアの首都だが、おそらくこれが録音された頃はユーゴスラビア社会主義連邦共和国だったろう。演奏はと言うと、現代ならこういうものが商業化されることはあるまいと確信されるレベルで、オーケストラも録音もおおいにいまいちである。僕はこれをあんまり難しくはない統計学の本を読みながら聞いていた。意識はそっちに行っているのだけれど、気がつくとCDに合わせて歌っている自分がいる。木管のところはちゃんと口笛になって芸も細かかったりする。そっちに意識が行くと、ああオーケストラが下手だなぁ、ここは無用に重たいなぁとなる。さっき終わった。さんざん不服がおり重なったのに、ちゃんと感動してじんわりと鳥肌が立っている。名曲というのはリアライゼーションの巧拙に大きくは依存せず心に迫るように書かれているのだということを再認識したものだ。
じゃあもう1枚と、同じ指揮者のシューベルト8番とベートーベンの5番のCDを引っ張り出した。LP時代、運命/未完成の組み合わせは定番であり、うちのレコード棚にもたくさんある。レコード盤の収録時間の関係もあったのだろう、疑問にも思わず連続して鑑賞していたものだが、両曲合計して60分にも満たない収録はCDでは合理性がないばかりか、曲の本質に何の脈絡もないこの2曲をたて続けに聞くこと自体ほとんどナンセンスである。それをやってしまっているこのCDは時代の証言としてむしろ貴重ですらある。
かけてみると、驚くべきことに、演奏が良い。悲愴と同じオーケストラとは思えない。クレジットを見ると、なるほどこっちは「リュブリアナ交響楽団」である。”オブ•ユーゴスラビア” がくっついてるのは録音が1988年だからだ。最初に未完成。予想もしなかったが、これは一級品の演奏である。運命はさらに見事。何も足さず、何も引かず、強靭なリズムと推進力が骨格を成すヨーロッパの真髄の音楽が鳴っている。終わった。なんと素晴らしい!お読みの皆様全員に聞かせてさしあげたい。この人のシンフォニーには疲れ果てた人間の細胞を蘇らせ、精神を心の内側から照らし、満身にエネルギーをみなぎらせる何ものかがこもっている。それを必要としている時もあるのだが、現在のように仕事でクタクタで心身ともにダウンしているときはベートーヴェンは鬱陶しい。そう思って避けてきていたが、どうしてどうして元気にしていただいた。思ってるほど僕は疲れてないのかもしれないなと思った。
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読響第659回定期演奏会
2026 JUN 24 9:09:12 am by 東 賢太郎
第659回定期演奏会
2026 6.23〈火〉 19:00 サントリーホール
指揮=上岡敏之
ピアノ=田部京子
※当初の発表から出演者が一部変更になりました
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 作品65
スケジュールはそこそこ空いているのだが重たい仕事をいくつか背負っており、なかなか音楽を聴く気持ちの余裕がありません。この日も開演ぎりぎりに駆けつけ、ピアニストのホアキン・アチュカロが22日に転んで怪我したため田部京子に変更したことを知りました。メニューを知らずに行くおまかせの聴衆だから問題ありません。とてもたっぷりしたテンポの緩徐楽章はマーラーのアダージョみたい。両端楽章もあまり音楽が走りませんが、美点は終楽章のフルートのような部分が際立って美しいこと。ピアノはオケとの呼吸、ホールの響き等いろいろあったろうが個性を保って特に高音のピアニシモ、時にピアニシシモが活きました。神は細部に宿るということもありこの人はソロで聴きたいですね。後半は、この曲はそもそもあまり得意でなく、こちらもテンポはユニークだったがコメントは控えます。
定期会員である知人と終演後に食事をし近況を聞きました。株式市場は表面的に活況ですがバブルの頃とは全然違います。あんまり気持ち良くない。某外資系証券と組んでスペースXを米国で公開前に株主から147と証券会社で申し込む公募価格の17%引きで買う方法があり、一部お客様と約定寸前にこぎつけましたが直前になって虫の知らせでやっぱりやめときましょうと僕の方からキャンセルしていただきました。証券業務をやった人しかわからないでしょうがこれは異例なことで、予想通りだったかなという感じになってきています。買うならロックアップなしで買った方がお客様は安全に決まってますからね。悪い情報があったわけではなく単なる相場観ですが、それで飯を食ってるプロです、気持ちが安定してないと間違って何億円も結果が違ってくるんです。
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カーペンターズ 「青春の輝き」
2026 JUN 13 21:21:55 pm by 東 賢太郎
カーペンターズが魂に刻み込まれているのは、はっきりとしたことではないが、おそらく高校あたりで深夜放送で覚え、大学のころにはそこそこ熱中して聴いていたからだと思われる。昨今は、なんとなく疲れた時に楽譜を引っ張りだして片っ端から弾く。そのたびに唸る、なんていい曲なんだろう・・・
カレンが一番好きだった作品は、米国では地味な曲と評価されヒットチャートの25位あたりにとどまった “I need to be in love” だったと兄のリチャードが語っている。そしてこの僕も、これぞカーペンターズをクラシック音楽の域に押し上げ、歴史に名を刻む大名曲だと確信している。タイトルは「私って恋をしてないとだめね」ぐらいの意味だが、失恋した少女のひとりごとではないのはI’d like to beでないことでわかる。それではじまるビートルズのオクトパス・ガーデン。リンゴ・スターの稚気あふれる歌を思い出せばおのずと知れる。後悔と自嘲で朝4時に目が覚めている。ひとちぼっちで心はふらついてるのに、また次があるわ、だって私は大丈夫だもんと強がる。自分をいったんつきはなして、クールに俯瞰して、未熟でないふりをするのだが、はなはだ危ない。need to beは他律的なのだ。世の中なんてこんなもんよ。それに従うことよね。まるで、あんまり信用してない友達に諭されたようで、ほんとうは深く傷ついていて、迷いながら、自分をはげましながらオトナになっていく気丈さを語ってみせるリリックは、32歳で世を去っていくこの人そのものだったのではないか。
この邦題が「青春の輝き」?なんで? “I need to be in love” にぴったりくる邦訳がない苦労はわかる。もっと以前に、ベンチャーズの ”Walk, don’t run” が恥ずかしい「急がば回れ」とEP盤のレコードジャケットにバーンと書かれちまった。かっこわるいからウォークドントランでいいじゃねえかって成城学園初等科ではガキどもの失笑を買っていた。そういえばそのむかし、「私馬鹿よね、 おバカさんよね」とはじまる失恋した女の演歌があった。1975年に物心ついていた日本人なら誰もが知るヒット曲、細川たかしの「心のこり」だ。
「一度離れた心は二度と戻らないのよ」。やっぱり他律的だ。さもないとおさまりがつかない。そして泣きながら明日の朝早く旅に出るこの女性は、半年もすれば、いや、早い人なら一週間ぐらいで涙が枯れて元気になる気がしてくる。和辻哲郎の「風土」だったか何だったか、違っていたら申し訳ないが、モンスーン気候帯に属する日本は太古の昔から毎年毎年かならず襲って来る台風で決まってひどい目にあってきたが、何日か家にこもって去るまでじっと耐えていれば、大雨、大嵐というものはごみも汚れも不浄もしがらみもきれいさっぱり水に流してくれるという利点がある。その顛末の記憶が遺伝子に刻まれ、日本人の気質を形成してきたという説があった。なるほど、そんな我々の琴線に触れていた「心のこり」は、暗さも陰りもないあっけらかんのメジャーコードで明るく力強い。
そういうものだから演歌は日本人の大切な一大音楽ジャンルとして君臨した、いわば社会的鬱屈感情へのカタルシス促進装置だったといえよう。 昨今あまり流行らなくなったのはなぜだろう。日本人が強くなった?恨み節が不要になった?そうではないだろう。カタルシス促進装置は必要ではあるものの、社会性を喪失し、ばらばらになって、プライベートな存在になったのだ。安泰なもの、寄らば大樹の陰と信じていたものが次々と消え、実はこんなあっけないものだったのかと皆が茫然となり、鬱蒼とした未来への不安が蓄積し、人生の選択も日々の生活も、ついにはどんな家に生まれたかだって誰と恋愛するかだって、みんな自己責任でしょという社会になったのだ。わたし馬鹿よねとカラオケで傷をなめあっても何の救いにもならないというコンセンサスが、コスパ(効率)という氷のように冷たい言葉に象徴され若者を覆っている。
奇遇なことだが、調べてみると「青春の輝き」が世に出たのは「心のこり」のヒットの翌年、1976年のことだった。僕の世代の日本人に熱い支持を得ていたカーペンターズの第4回来日公演がその1976年のことで、下のビデオは大阪でのひと幕だ。当地のエージェントに「これがウケるから暗記して」と仕込まれたのだろう、カレンは「ミナサン、ゴシンパイオカケシマシタガ、ワタシハゲンキデス、オオキニ」と明るく挨拶してドラムを披露している。外人のにわか覚えの日本語としては群を抜いてうまい。概してかようなことに関して男性は女性にかなわないもので、この耳コピ能力が彼女の歌に生きていることは疑いもないだろう。ドレスになると明らかに腕が細い。wikipediaによるとそのころすでに拒食症の兆候が出ていたため体重は41キロしかなく、1975年に予定されていた日本公演が中止となって翌年にずれこんだのであり、もう日本に来ることはなかった。
どちらも恋に破れた女の歌なのだが、「青春の輝き」の女性は狂って不完全な世界で完全を求めるどこまでも晴れない心の翳りから逃避できず、「心のこり」の女性は旅に出ればそんなものはいずれ去るわというふっきりがある。16年外国で暮らしてつくづく思った。日本人は弱くない、実は体は大きい西洋人よりずっと強靭ではないかと。じゃあ今の現実はどうだ?欧米化したということか?そうではない。一神教のあちらは2千年前からそうなのであって、まったくもって根底から違う。この違いは地球人と火星人ぐらいあると書けば信じてもらえるだろうか。need to beには世のおきて以前に神のおきてであるというニュアンスが隠れている。それは台風一過によって都合の良い別世界になったりは絶対にしないし、泣きながら朝早く旅に出たぐらいで解決するはずもないものなのだ。すなわち、「水に流す」「のどもと過ぎれば」のカタルシスは、“I need to be in love” の人たちには訪れないのである。loveが必要だと神が言ってる。だから現実にカレンはそれをいちずに求め、わけのわからんバツイチの実業家と結婚したのではないか。彼女ほどの女性だ、世界中にいくらだっていい男なんかいただろう。日本人は何が悲しくてと思う。僕も思った。そいつはパイプカットを隠していてカレンを激怒させ、挙句の果てに金までせびるとんでもないヒモだったことが知れたが後の祭りだ。1983年2月4日、よりによって僕の誕生日にフィラデルフィアで訃報をきいて、その日は一日悲しかった。
この歌のリリックが幾分なりとも彼女のカタルシスになったのならよかった。そして、兄がつけた空前絶後の音楽とオーケストレーションがあまりに心の襞にそってパーフェクトであったのではなかろうかと書くのが天才である彼への僕の最大の敬意となろう。そのピアノ演奏の能力はクラシックで食うには足りなかったろうが、彼にはその趣味はなく、ダリウス・ミヨーに師事したバート・バカラック同様に根っからの上質なポップス向きのタレントである。だから大いに本格派クラシック好きの耳を楽しませたのであり、僕がまさにその一人であり、大阪公演の客席の反応はロックのそれとはほど遠くまるでクラシックコンサートだ。
そうして生まれた正規録音でのカレンの歌!楽曲の魅力ある完璧な和声ワールドを絶対音感のある者にまで完璧に組成して届けてくれる完璧なピッチ、心にひっそりと染みとおってきて、やがてわしづかみにされてしまう圧倒的な情感、中音域のやさしさと生命感と音楽性にあふれるソリッドな伸び、アルトにして尋常でない誰からも聴いたことのない魔力のある低域の深み、そしてアメリカン・イングリッシュがこんなに美しい言語だったかと再認識まで迫られる際立ったディクション(発音)。どれもが厳格に訓練されたオペラ歌手の歌唱のようではいささかもないが、とはいえ素人だからできたことでもなかろうし、これからもできる人は現れないのではないかとしか言及できない特別な才能であろう。人類史上彼女のみに与えられたギフトであるこれを神品と言わずしてなんだろう。
あんまり細かい詮索は控えたいが、弾きながらくらくらするほど大好きな部分のことだけ書いておこう。写真のF#m, A/B, B7, Bm7のソプラノ声部半音下降(f#, e#, e, d#, d)だ。初回は強調せず二度目はオーボエでくっきり出すところにリチャードの才能を見る。バスをa のままD, A, Gを交差させる調性の設計は目覚ましく、何度弾いても快感の嵐である。シューベルトにもシューマンにもブラームスにもマーラーにもない、もしかしてバーンスタインだけに通じるものがある米国ロマン派とでもいうべき歌曲なのかもしれない。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
フランス・バロックの精華ラモー讃(1)
2026 MAY 22 13:13:22 pm by 東 賢太郎
ラモー、リュリ、シャルパンティエ、クープランら17-8世紀のフランス古典音楽の巨匠の名は英国のグラモフォン誌では頻出する。ところが我が国では「古楽」で独伊英とひとくくり。国別のカテゴリー認識もなく、おかげでその代表格でJ.Sバッハの2歳年上であるジャン=フィリップ・ラモー(Jean-Philippe Rameau, 1683 – 1764)の音楽を知ったのは随分あとだ。ちなみに本稿の表題にはフランスにはバロックはないと言う反論がありえよう。その通りであり「バロック期のフランス音楽」とすべきところだが、便宜上のカテゴリーとしてフランス・バロックとさせていただくことにした。
まずはこのラモーの音楽をお聴きいただきたい。叙情悲劇「カストルとポルックス」第1幕第3場:前奏曲 – 伴奏付きアリア「悲しい小品」だ。
陶然とするしかない。バッハのG線上のアリアはバロックの美だがベルリオーズが絶賛したこのアリアはもはやロマン派の領域で、指揮者テオドール・クルレンツィスの鋭い読みがあるとはいえスコアにないものが出る道理はなく、僕はマーラーのアダージョの世界さえイメージしている。記憶の中で、フランスオペラというとベルリオーズ以後ぐらいしか浮かばないのは作品が劣るわけではなく、我々の方がクラシック音楽というものの受容の中で何らかの思い違いを犯している。ウィーンのハプスブルグ王朝と妍を競ったブルボン王朝のパリで、目線の高いモーツァルトが就職を願ったパリで、そんなはずはなかろう。
オペラの起源は16世紀末にギリシャ悲劇の復興を目指したルネッサンスの中心地フィレンツェにある。シンフォニーも出自はオペラの序曲であり、現代のクラシック音楽の父祖地はイタリアだと言って間違いではない(当時イタリアという国はなかったが)。だからプライドの高いフランス人も最優秀作曲者に与えた栄誉は「ローマ賞」となるわけで、オペラは日本で言うところの “舶来品” だった。舶来品というと素朴な人がプレミアム感を抱き、自慢したり敬意を持ったりする。これは都鄙感覚のなせる業だ。ヨーロッパのどこであれ、音楽の都はイタリアであり、あのモーツァルトですらウィーンにおけるポスト争いではイタリア人のサリエリに勝てなかった。ハプスブルグの貴族や役人たちが音楽においては自らを鄙(田舎)だと思っていたからだ。こういう何をもってしても抗い難いほど根深い先入観のことをpreconceptionというが、優位に出た場合は差別となり、劣位に出ればルサンチマンとなる。イタリア人でないヘンデルやグルックはイタリアで修行してルサンチマンを払いのけ、箔をつけてロンドンやパリで成功した。現代の日本人がアメリカでMBAを取って外資系に就職するようなものである。
「カストルとポルックス」の属する叙情悲劇(tragédie lyrique)とは、ルイ14世の宮廷楽長および寵臣ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully, 1632 – 1687)がイタリア様式がフランス語には不似合いなためレチタティーヴォとアリアを融合したものである。この不似合問題はドビッシーのペレアスとメリザンドがシュプレヒシュティンメに近い理由という脈絡で語られることがあるが、 17世紀から認識されていたことだ。必ずしもエンディングは悲劇でないものにまで「悲劇」と銘打ったことに古代ギリシャ・ローマ文化の復元運動であったルネサンスが透けて見え、17世紀中葉にパリに既にその波が押し寄せていた事が政治史とは違った側面から分かる。
リュリが亡くなった頃生まれたラモーはその形式を継いではいるが、ハーモニーを和声と呼び体系化した理論家でもあり(『和声論 Traité de l’harmonie 1722年』)、耳慣れぬ和声進行を伴うオペラ作法は急進的とみなされ、イタリア・オペラを愛好する保守派からは不自然・人為的と批判されたのである。マーラーのアダージョの世界さえイメージしてしまう深い和声進行のアリアは、当時の人が自然に受け入れるどころか奇怪とすら感じたかもしれず、その批判は故なきものとは思わない。芸術に進化論が当てはまるかどうか議論はあるが、春の祭典の初演やピカソのゲルニカのケースをあげるまでもなく、鬼面人を驚かす衝撃が土台となって新しい波が訪れる例はある。
そうである一方で、素朴に “舶来品” を崇拝し自国を卑下する輩はどこにもいる。その品が真の価値を持つならともかく、ウィーンにおけるモーツァルトのように宝がブランドだけの舶来品に負けてしまうような愚を犯すといずれ文化は停滞し、国ごと鄙(田舎)に落ちぶれてしまうものだ。ウィーンは違うと思われるかもしれないが、地元の人はシューベルトぐらいのもので、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、ブルックナー、J・シュトラウス、ブラームス、マーラ-、いずれも別の都市から新しい個性を持ち込んだ人であり、メイド・イン・ウィーンは化学反応の場ではあっても自ら栄えたわけではない。今も舶来品のシュトラウスのワルツを正月の売り物に商売する。ウィーンはそういう都市だ。
ラモー批判は、イタリアの歌劇団によるペルゴレージの「奥様女中」上演で火がつき、大勢のパリ知識人を巻き込んだ文化論争が起きた(ブフォン論争)。シンプルに楽しいこの作品を聴けばペルゴレージを含むナポリ楽派のオペラ様式がモーツァルトの初期オペラに強い影響を与えたことがわかる。
神中心の中世世界観から人間の理性や個性に目をやって重視する思想へ転換し、「ルネサンス以来のあらゆる知」を一つにまとめ近代的な知識体系として再編を企図する「百科全書派」と同じく広い意味で ”啓蒙の文脈” にいたルソー、ヴォルテール、ディドロ、ダランベールらが旧体制批判派の精神的基盤をつくり、あるいは急先鋒となった。この勢力が反王党派を成しフランス革命につながる。「知識を公開し、理性で社会を批判する」という姿勢が、旧体制への不満をもつ人々やブルジョワジーに大きな思想的武器を与えた過程は、かたや、まったく無体系ではあるが、日本においてSNSが政治の内幕を炙り出して変革しつつある現在と相似する点がある。
ちなみに、ブフォン論争が1752 – 54年、フランス革命が1789年であり、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756 – 91)はその間を生きた。彼が母親とパリに滞在した1777 – 79年は革命のわずか10年前だ。国王・王妃が反逆罪で有罪判決を受け公開斬首されるという世界史上重大事件だ。モーツァルトが言及した記録はないが、パリ滞在中に死んだヴォルテールを意識した手紙を父に書き、メーソンに加入し、フィガロの結婚を書いた啓蒙思想側の彼は知っており、91年にメーソンオペラである魔笛を書く誘因になったろう。そちら側であり知名度のある彼を体制側のパリの貴族が雇わなかったのは理にかなう。赤狩りの影響で迫害された経験のあるレナード・バーンスタインは、ヴォルテールの作品「キャンディード」を音楽劇にした。無神論を伺わせるこの作品はモーツァルトがヴォルテールに対し批判的だった原因かもしれないが、書簡での言及は本音を偽装したとも考えられる。僕個人においては、ジョン・ロック、アイザック・ニュートン、フランシス・ベーコンを称賛したヴォルテール(Voltaire、本名フランソワ=マリー・アルエ: François-Marie Arouet 、1694 – 1778)は思想的に近く感じる人間だ。作曲者の指揮でロンドンで聴いた「キャンディード」も大好きである。同時に、それがおちょくった知の巨人ライプニッツには大いなる敬意を覚える者でもあるから複雑ではあるが(理神論)、それは現代社会が複雑に進化した結果である。
大変に紆余曲折を経たが、ヴォルテールが台本を提供したオペラ「栄光の殿堂」の作曲家がジャン=フィリップ・ラモーであったことで話は振出しに戻る。ブフォン論争はフランス伝統オペラとイタリア・オペラブッファの対立だが、実質ラモーとルソーの戦いであり、ヴォルテールはラモーを擁護したということだ。僕はジュネーブの時計職人の息子で放浪生活から成り上がったルソーの人生には驚きと同時に強い共感を覚えるが、彼が寄って立とうとした音楽家としての才能においてはラモーとは比べるべくもなく、にもかかわらずラモーに食ってかかれると信じる社会契約論的な急進的平等論者の、あたかも軽薄な舶来品讃美者のごとき人間の薄さとその思慮の浅いpreconceptionには違和感しかない。しかし革命とはその種の人間が蜂起して起こす現象であって再帰性の保証はないにもかかわらずrevolution(旋回)と呼んで納得してしまうところに人類は思慮の浅い個体が支配的という事実を見る。revolutionは辞書をひけばもっともらしい訳語が並んでおり、日本的事情でひねりだした維新もそのひとつだが、最も近い日本語は「ガラガラポン」である。
ヴォルテールら啓蒙主義者を庇護したのはルイ15世の愛人(公的愛妾)で、政治的に無能であった王にかわる影の宰相、ポンパドール夫人だ。そこそこの教養ある女性だったことが結果論ではあるがあだとなり、サロンや宮廷を通じて貴族・官僚層と啓蒙思想家を結びつける仲介役となり百科全書派を太らせる原因となった。ヴォルテールが構想したオペラ「栄光の殿堂」は影の宰相に牛耳られるルイ15世に対し啓蒙主義的な名君たれと諭す筋置きで矛盾を内包しており、ヴェルサイユ宮殿での初演に宮廷は好意的ではなかった。1745年のことだ。革命への種が芽吹き始めた。
オペラ「栄光の殿堂」より
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