Sonar Members Club No.1

カテゴリー: 野球

母校・九段硬式野球部が大健闘

2018 JUL 19 0:00:04 am by 東 賢太郎

昨日の東京の暑さはいっぱしのものだった。朝7時に早々と30度を超えたらしく、午後に外を歩いたがシャツの中の空気までが熱いというのは狂気の沙汰だ。こんなのはあまり記憶にない。

こういう中で高校球児は甲子園めざして野球をやっているのだ。いま思うと尋常なことではないが、暑さも野球の内という感覚だった。実は今年は母校の九段が東・東京大会で、

1回戦 広尾学園 16-5(5回コールド)

2回戦 文教大付属 10-9

3回戦 大田桜台 7-0(8回コールド)

と来ていて、雄々しい勝ちっぷりであった。残念ながら昨日とうとう力尽き明大中野に8-1で敗れてしまったが、しかし4回戦まで進んだのは最近記憶にない快挙でまことに痛快である。勝つとベスト16だったのだが、僕の2つ上の代が東西いっしょの時代のベスト32だったからそれに並ぶ可能性があった。

昨日勝ってベスト16を決めたのが関東一高、修徳、日大豊山、小山台、安田学園、そして今日は日大一高、二松学舎、成立学園、堀越、城東が4回戦をむかえるが、以上はみな甲子園出場校だからそれが4回戦のレベルなのだ(ちなみに7回勝てば甲子園である)。後輩たち、よくやってくれた、ありがとう!

そういう中でのことだった。五反田で会議を終えた後にタクシーを拾おうとしばし歩いたところ、おばあさんが炎天下の歩道に倒れていて家族と若者が懸命に助け起こしている。意識はあったが頭を打っていて出血があり、なかなか起き上がれない。91歳のご高齢とお聞きしこれは急を要すると思い、我々の判断ですぐに救急車を呼んだ。ところが出番が多いのだろう、なかなか来てくれない。しばしの緊張の時間が過ぎやっとお乗せすることができたが、その後いかがだったのだろうか心配だ。

毎年猛暑はひどくなっている気もするし、若くても熱中症で亡くなる方が増えているようでもあり、オリンピックもさることながら高校野球もリスクを考えた方がいいかもしれない。甲子園も、例えば準々決勝までは京セラドームでやるとかだ。勝ち残った8チームが甲子園でやることができる、そこまでは比較的涼しい中で黒白つけるなら過度の消耗も熱中症も避けられるしゲームの質も最後まで保てるのでは。根性と精神論で、欲しがりません勝つまではの時代でもないと思うのだが。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ロッテのサブローがソナーを訪問

2018 JUL 12 1:01:15 am by 東 賢太郎

弊社エントランスにて

先日初めてお会いしたもと千葉ロッテ・マリーンズの「サブロー」こと大村三郎さんが弊社ソナー・アドバイザーズを訪問された。商売とはぜんぜん関係はないが、僕は野球なくして今はない。野球への情熱なしに未来はない。男として気に入った大村氏を陰ひなたにサポートしようと勝手に決めたのであり、まずはソナーを知ってもらおうとお誘いした。

そうしたら社員の皆さんの知るところとなり、小学生の息子さんや友達までサインをもらいにきてうれしい悲鳴だ。熱烈なサブローファンの子もいて、あの引退試合もスタンドで観たらしい。みんなカチカチになっていてサブローの方がやさしく話しかける。無理もない、思えば僕もあのぐらいのころカープの龍憲一投手のサインをもらい、天にも登った気持ちでずっと壁に貼っていたっけ。みんなよかったね。

左はロッテの井口監督、右がサブロー

サインはデスクの後ろに置かせてもらった。童心に帰った。井口とサブローだからカープはやめてロッテにしろという厳しい声も飛ぶ。なかなかふんぎりが難しいところだが、2005年のロッテの日本一というと忘れられない思い出だ。僕は野村を去ってみずほ証券に移籍していた。人生の大決断をした翌年だったが、幸いにして公私ともにサラリーマン時代でベストの年だったのは写真の数々のツームストーンが戦果であったことでわかる。それを支えて下さった秘書がロッテの筋金入りのファンだったから、彼女の熱に巻き込まれて僕も熱烈にマリーンズを応援していたのだ。思えばサブローはあの時の4番打者なのである。まさかこんな関係になるとはお釈迦様でも思いつかなかったが、彼に2005年の話をすると「あれをもう一度やりたい」というのだからお互いあの年が現役人生のベストだったわけではないか。何という縁だろう。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

今年は野球の年になる予感

2018 JUN 28 22:22:32 pm by 東 賢太郎

先だってのブログに「僕のこだわり御三家は野球、クラシック音楽、猫である」と書いた。そういえば去年は愛媛の青島で猫三昧したし、音楽はずいぶん演奏会を聴いた。だから順番というわけでもないが、今年は東京ドームを年間予約したこともあって野球の年になっているのかもしれない。

ロッテのサブローさんにお会いして気がついたことがある。いままでアマの経験者には感じていたことだが、野球をやって育った人は話してみると独特のにおいがある。ほかのスポーツと違う。しかし彼はプロの一流選手だし、まさかと思っていたが、やはりそうだというのは力をいただいた。

もちろん別世界のスターだから我々ごときと一緒にしては失礼だが、彼がノンプロチームの指導や強豪高校の練習試合のメールをくれるとわけもなく血が騒いでしまう自分がいる。来年はロッテの石垣島キャンプも行ってみようかという気になってくる。この心のざわめきのルーツは僭越ながらけっこう似た部分があるのではないか。

子供のころ空き地で野球をやっていて、陽が傾きだすとぽつぽつと帰る子がでてくる。この時間がつらかった。最後にはいつも僕と亮ちゃんだけが残り、あと10分はできるのになんでみんな帰るんだろうねとピッチをあげてキャッチボールして、本当に球が見えなくなるとあきらめた。家では仰向けになって天井にむけてボールを投げ、カーブをつける練習に没頭した。

向こうのほうに電信柱があって、電線を越すとホームランという決まりだった。僕は空き地のホームラン王で、そのころ全盛だった巨人の王貞治選手と30本ぐらいでデッドヒートしていた。亮ちゃんとは小学校が別で、だいたい僕が先に帰って彼の家に呼びに行くが、呼び鈴を鳴らして返答がない時のがっくりした気持ちは今でも覚えている。王選手が打つと負けてしまうからだ。

彼のように日没で帰らない子こそ心の友であり、高校でそういう奴ばっかりの硬式野球部に入って、人生初めて安住の地を得たような気がした。高校に進学する直前の3月ごろわくわくしたのは、テレビの中の出来事だったあの高校野球をいよいよ自分もできる嬉しさだった。入ってみるとさすがに硬式の練習はきつかったが、最後のベーラン(走塁練習)で暗闇の中、ベースに石灰を塗ったスライディング練習をして吐きそうになりながら、それでも日没後にいっしょに野球をしてくれる仲間がいるのは幸せだった。

朝練の水曜日以外、放課後はまず皇居一周の7km走で始まり、柔軟とトスバッティングをして外野ノックを受ける。そこからが捕手と二人で投手メニュー、つまり投げこみであり、最後の10球が連続ストライクでないとまた10球だから200球いく日もあった。それが地獄みたいに苦しかったので、それのない練習試合の日はうれしかった。野手の人や先輩までが往路だけは荷物を持ってくれるし、エースはいいものだと思った。後攻だとまっさらなマウンドに登る。あのぞくぞくする快感をしのぐ経験はない。

そういうご褒美があったから炎天下の拷問みたいな練習に耐えられた。あれに比べれば受験や証券営業はましだったと思う。もちろん僕らにPL学園クラスの猛練習は知るよしもないが、あれを何倍かにしたものだろうという想像ぐらいは許していただけるのではないか。同じ修羅場をくぐった者同士の言わなくてもわかる共有体験みたいなものがあのにおいの正体なのだと僕は思っている。

負けの記憶ばかりの高校野球

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ロッテのサブローと会食

2018 JUN 23 13:13:46 pm by 東 賢太郎

溜池の聘珍楼で千葉ロッテマリーンズの看板選手だったサブローさんと会食させていただいた。1995年にPL学園からドラフト1位でロッテに入団、ぴかぴかの生え抜きスターとして二度の日本一を牽引し、22年間の長きにわたって活躍し、新しいコンセプトのつなぎの4番打者であり選手会長でもあった。サブロ~~~~~と最後のアナウンスが長く長く響いた彼の感動的な引退試合はご記憶に新しいプロ野球ファンも多いだろう。

巨人でのホームラン

この年(2016年)の出場はこの引退試合だけだ。最初の3打席は全部空振りの三振。テレビで見ていて、もう無理だな当たらないな、一軍に出てないんだから仕方ないさと観念した。生涯最後となる第4打席、悪いことにマウンドにはパリーグを代表するクローザー平野がいた。ところが彼は149キロの外角低め速球を打って右中間にツーベースを放ってしまうのである。勝負強い人はいろいろいるが、実は強さにも格というものがあるのであって、僕の見る限りサブローさんのそれは最上級の品質のものだ。最高のものは最高の結果を引き寄せるから価値は計りしれない。生涯打率2割6分5厘のデータには現れないのだ。北京オリンピック予選アジア大会の台湾戦、日本中が息をのむ接戦で国が沸きかえったあのスクイズ、それから意味不明の巨人移籍での初打席、全野球ファンが見守る中でいきなりホームランである。まぎれもなく一発必中、確実に敵を仕留めなくてはいけないここぞでやってくれる男だ。

現在はロッテ球団のスペシャル・アシスタントを務める彼が正面に座ると、まずこう話しかけた。「初めまして。あなたの大ファンなんですが、理由があります」「はい」「僕の中であなたは球界最高のスナイパーだからです」。いきなり高めの直球でびっくりされたろうが大丈夫、サブローはPL学園の1番バッターだ。意味を説明する。これは男に贈る僕の最大の賛辞なんですと。「2005年、ボビー・バレンタインのもとでの日本一は凄かったですね」「はい、あれをもう一度やりたいんです」「そりゃあなたはスナイパーだ、そう思うならきっとやってしまうと思いますよ」

僕が彼のファンというのは付け焼刃のお世辞ではない。このブログは2015年に書いた。彼はもちろんこのホームランを覚えていたが、ピッチャーまでは覚えてなかった。僕が見て覚えていたのもびっくりされた。

神宮で最後のロッテ戦(サブローの本塁打に感動)

彼は1363本の安打のうち127本のホームランを打っているが、生で見たのはこれだけだ。それが人生最後の一本というのも奇遇で、何か縁を感じる。

こっちは2016年。

イチローもいいがサブローも好き

僕がやたらとデータに詳しく選手の出身高校(大学ではない)を知っているのに驚かれるが、それも理由がある。書いた通り、自分の野球は17才で時計が止まっている。そこから先の体感はないので高校生の目線で選手を見させていただいているからだ。

「引退会見で男泣きでしたね」「はい」「僕は会社を辞めても涙なんか出ませんでした(笑)。男がそこまで仕事をやり遂げられたってこと、うらやましいと思いました」

PLでは松井稼頭央と福留の間の年次。対戦して凄いと思ったピッチャーは1位がダルビッシュ、そして西口、藤川の名があがった。伊良部はバッティングピッチャーをしてもらって前に飛ばなかったそうで松坂、大谷は出てこない。22年プロでエース級と戦ってきた一流打者のコメントなので重い。2位はしばらく考えて西口だったのが彼らしいなと思った。

いろんな話題が出たが、「PL学園は僕ら一般高校球児には今でも神なんです。でもそれでも全員プロになれるわけじゃないからプロは超エリートです。エリート面してる東大なんか毎年2千人も入るんです、でも年収億単位なんてほとんどいませんよ、あなたがたプロ野球選手は18才から40ごえのおじさん(笑)まで足して800人ぐらい、上の方はみんな億単位ですから」というスタンスで常に敬意をもってお話しした。

とにかくナイスガイの大物だ。礼儀正しい日本男児である。これぞ男の子の基本中の基本だがプロで4番を張ってきた男のオーラもある。長年二流エリートの巣窟である金融界などに身を置くと勘違いの生意気なガキが多い、あんなのになにか教えてやろうという気にもならない。損得計算だけうまかったり姑息なポリティックスをしたり、そういう絶対に大物にならないクソ野郎どもに辟易しながら生きてきたのでこの会食は最上の清涼剤だった。

僕は弟がいないが、いたらこういう感じになるのかなと思う。こっちも野球少年の地のままで言いたいことを言いまくり、当たり前ながらそれを全部わかってくれる彼に親しみがわいてきて、いつしかサブローくんになる。もちろん僕が筋金入りのカープファンというのはお伝えした。ご出身ですか?いえ全然関係ありません、50年前だけどね、弱いチームがたまに巨人に勝つのが好きだったんでと。セリーグ、弱いでしょ?はい(笑)、交流戦は楽しみだったですね、これじゃ勝てんわな。

酒が回って直球勝負でいろいろ聞いてしまったが、福浦選手と千葉で少年野球を教えているというのがまた良かった。ここの子が将来ドラフトで巨人を蹴ってロッテ1位なんていいと思いませんか?そりゃ最高だ、革命だ、僕のライフワークは志ある子を支援することなんだと盛り上がる。それにしても、何てピュアな世界だろうと心が洗われる。汚れちまった魂の洗濯だ。

サブローくん今度それ見に行きたいから、そこでキャッチボールしような、もちろんですということでまとまった。翌日お礼のメールをするとすぐにいいタマが返ってくる。中身は書けないが、まさしくこれだ。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ロッテ・巨人戦 at zozoマリン・スタジアム

2018 JUN 21 1:01:32 am by 東 賢太郎

サッカーで盛り上がっているところに野球ばかりで無粋だが、好きなので仕方ない。先週末に野村ロンドン会で千葉ロッテマリーンズの本拠地であるzozoマリン・スタジアムへお邪魔した。先日のカープ戦に続いてとなるが、今回はロッテ様のお計らいで屋内観覧席で巨人戦を観戦させていただいた。お食事のあとはアルコールが無尽蔵に出てきて、おじさん方はだんだん宴会ムードに突入する(僕は真剣に観たが)

試合はロッテの先発・ボルシンガー(素晴らしいピッチャーだ)が9回無失点の来日初完封で今季8勝目。1-0で敗れた巨人は、先発・田口も8回1失点の好投で気の毒だったが、打線が4安打では仕方ない。めったにないスミ1の完封勝ちに喜びもひとしお。ただしかなり酔っている。よくわからなくなり、帰りは自宅までこのままのかっこうだった。野球はいいなあ、この球場はメジャーのAT&T Park(サンフランシスコ・ジャイアンツの)みたいな雰囲気があるし、ドームは雨の心配こそないけれどやっぱり野球はお天道様の下でやるものだ。

ご縁あって長年お世話になってきたロッテには是非とも優勝してほしい。お手伝いできることがあるならどんなことでもしたいと思った。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ビバ、千葉ロッテマリーンズ

2018 JUN 5 7:07:01 am by 東 賢太郎

日曜日はいろいろ訳があってzozoマリンスタジアムに行った。千葉ロッテマリーンズの本拠地でデーゲームの広島カープ戦である。京葉線で海浜幕張駅へ向かったが車内は赤いユニフォームであふれてる。背中にはMARUやKIKUCHIはもちろんKURODA、MAEDAも健在で、中にはAMAYAもいたりして渋い。カープファンの数も凄いが、なかなか層も厚くなっているのだ。

バス乗り場はぎっしりの人であり、時間もあるし歩くことにした。陽射しは真夏並みだ、日焼け止めクリームを腕と顔にたっぷり塗り込んで15分ほどでスタジアムについた。

おかげさまで最高の席をいただいていた。投手のコーナーワークが見えるぞ!午後2時にプレーボール。先発はロッテが2年目左腕・土肥、カープは九里である。

正面からの陽射しは半端でなかった。風はレフトからライト方向。ドーム球場とはコンディションが全く異なるが、思えば選手はみんなもと高校球児でカンカン照りにも風にも強い。腹がへっており、さっそく「最後の一つですよ、これで売り切れで~す!」につられて購入した「マリーンズ洋風幕の内弁当」をいただく。東京ドームだと2千円近いが千円であってあんまり期待しなかったが、うまかった。

この時点でもちろん1杯目のビール(700円、ドームは800円)を飲んでいる。我々の席がネット裏ど真ん中で、ここを境目に左側がレフトスタンドまでビジター側なんだろう、見渡す限り真っ赤である。

このへんでノドが渇いてきて2杯目のビールが空になった。酒は弱いのにいくらでも飲めそうだ。これは4回、打者は3番・丸、投手は2番手の阿部だ。

「おい暑いな、アイスほしいな」、しかしアイスは売り子が持ってない。しょうがない、ハイボールいこう、氷たくさん入ってるし。

いよいよ6回、打者は4番・鈴木、投手・南。この球でライトフライだった。このへんから酔いでかなり意識は朦朧としてきている。この裏に先発・九里をロッテ打線が井上以下の4連打でKOし4点をもぎとった。ロッテ応援である、気分は高揚していた。

その勢いでレモンチューハイをいったような気がする。ついに7回表のカープの風船がこんな画像になってしまっていた。

こんどはその裏、ロッテの番だ。

試合は7-5でロッテの勝利。3連戦で2勝1敗だ。8回にスコアボードを見てYくん、「広島は3割打者が5人もいてロッテは1人ですね、ホームランは34本と9本ですよ、ずいぶん落ちますね」「そうだね、でも打ち勝ってるだろ。打線の破壊力の印象は両チームそう変わらないよ、ということは逆にパリーグのピッチャーの球が平均的にいかに強いかって考えられないか」

「パリーグはね、DHで打者が9人出れるだろ、セリーグより一人多く野手のレギュラーを育てられるのよ。その積み重ねの厚みの差はでかいよ。だからそれを抑えなきゃいけない投手も育つ。ロッテは4位だよ、広島は4.5ゲーム差でぶっちぎりの首位だよ」

こういう話で酔いがさめる。Yくんが買ってきてくれた氷イチゴとシークワーサーのソーダですっきりだ。投手の打席がらみのセコいバント戦術や、好投して替えなくてもいいのにチャンスになってしまい代打ですとか、どうもセリーグの野球はせせこましい、面白くない気がしてきた。投手のへたくそなバントなんかよりDHでいいから清宮みたいな伸び盛りが見たいよなあ。ちなみにロッテは2千本安打目前の福浦がDHに入り、1977本目のヒットを打って球場は大いに沸いた。完全に気分一新できたすばらしい一日だった。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

菅野の初ホームラン

2018 MAY 19 0:00:55 am by 東 賢太郎

今日は東京ドームで巨人(菅野)vs DNA(石田)の観戦。菅野はTVで「いちばん意識する打者は?」という質問に筒香と答えていて、今日はその対決を楽しみにしていた。第1打席は1死2,3塁からスライダーで四球。ここは完封狙い戦略で中日戦でもアルモンテを同様に歩かせており納得だ。しかし1回で30球ちかく投げてしまい暗雲が立ちこめる。

第2打席は3回表、立ち上がりはやや球が上ずっていたがロペスをフライに打ち取り球威は戻ってきたかに見えた。そこで迎えた筒香。これは見ものだった。三振狙いの全球ストレート勝負で3-1、もう1球行くかと思われたがそこで高めの変化球。直球に張っていた筒香は空振りする。あれならもう1球フォークでたぶん三振だったろうが、ここで男と男の意地の勝負だ、菅野は全力でストレートを投じ、それを筒香はレフトスタンドへ運んだ。

次打者の宮崎から4人連続三振、投球数は3回で50球、もう完投はむずかしい。坂本の3ランで3-2と逆転してもらい、迎えた5回。先頭の梶谷に3-2まで行ってしまいスライダーを高い弾道でライトスタンドにもっていかれる。これは想定外だったろう。同点の1死1塁で迎えた筒香だったがストレートで攻めきれず、ついに変化球で歩かせてしまった。「菅野は今日は眠れないよ」と言った。

その裏だった、先頭打者の菅野がレフトスタンドにホームランを打ったのは。これをもって男の子としての菅野は今日は80点はあげられると讃えたい。筒香への逃げた四球、その前のありえない梶谷のホームラン。まあやっぱり眠れないだろうが、それでもあそこで意地の一発を放った(プロ入り初らしい)、いや意地は誰でもあるがちゃんと結果を出したのは根性のリカバリーだ、すばらしい勝負師ぶりである。

菅野vs筒香は、昔の平松vs長嶋、松坂vsイチロー、野茂vs清原に並ぶ名勝負だ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

かつて見た最高のストレート

2018 MAY 12 0:00:23 am by 東 賢太郎

昨日今日は東京ドームで阪神、中日戦を観る。昨日は巨人が300日ぶり登板の内海であまり期待しなかったが、予想外の好投。やはり久々スタメンの阿部が第一打席で早々のスリーランで内海を援護しドームは一気に盛り上がった。7回は上原が抑え、一方の阪神も藤川が想像していたよりはるかに勢いのある快速球をなげ、福留がうまいなあという技ありのヒット。なんだかおじさんのリバイバルデーだったが、阿部が生まれた年に僕は会社に入ったんだ、言うことなし。

どうしてもピッチャーになるが、内海の快投は感動ものだった。先頭は三球三振。130キロ台のストレートに糸井やロサリオが押し込まれる。どうしてこんな投手が二軍にいたんだと信じがたいほど素晴らしい速球であり、スピードガンは目安にすぎないという証明だ。速いから出来ることだが若手は自分のペースに巻きこんで飲んでしまっている。それを見たバックが絶対勝たせようと気合いをみなぎらせる。最高のゲームでこちらも元気をいただいた。

そして今日の菅野だ。ヤクルト戦につづく2試合連続完封になったが結果だけでなく内容が激烈であり、およそピッチングで相手をねじ伏せるということに関してあれ以上のものはメジャーでも求めようがない。間近で見られた僥倖は人生そうはない。150キロのストレートは速球でなく剛球であり、見るたびに「凄い」とため息をつくしかない。僕は古い野球ファンだから投手は①完封が当たり前②ストレートで三振が当たり前、と思っている。完投など当たり前以前だ。6,7回投げていい仕事しましたねとかフォークやスライダーで三振なんぼとりましたなんていうのは、まったくクソくらえなのだ。

座席から(投手・菅野、一塁手・阿部)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまや球界でまさしくその美学をキープして僕の留飲を下げてくれる投手は菅野以外にひとりも存在しない。②の人はいるがクローザーなんてお仕事ができてそっちへ行ってしまうから完投能力なんてない。①②を兼ね備えるなど現代では神業であり、則本と千賀がストレートの質としては良いものがあるが、投手の総合力として菅野の域にはとうていない。今日の菅野のボール、特に7回の1死2,3塁の場面で福田、藤井を連続三振に取った(取りに行った)球は人生で目撃した最高のストレートのひとつである。下位打者はエネルギーをセーブできる投球が光り、それでも意のままのコントロールで手玉に取って打てる気配すら皆無であった。速いだけではない、こういうワザも完投能力の必須の一部である。投手は速ければ良いというわけではぜんぜんない。むしろコントロールの方が先決であって、そのうえで速いから打てない。

あっけにとられるうちに2時間半で9回終わってしまった。被安打5、与四球1で121球投げたのは三振が7連続を含む13個(ぜんぶ空振り)もあったからだが5球で終った回もあり、ヤクルトと同じで追い込まれると打てないので中日も早打ちだった。インタビューで「絶対完封しかないと思っていましたし、1点とられたら意味がないので、あそこ(上述の7回)も意地を出しました」。菅野君、あの連続三振のストレートを僕は一生忘れない。このコメントひとつに、①と②が完璧に入っているではないか!君は巨人のエースなんかじゃない、日本球界最高のピッチャーであり、僕の理想の投手であり、やがてメジャーで完全試合ぐらいやってくれるだろう。

この日の東京ドームは入場者数が新記録だったようだがこれも菅野の力だろう。同行いただいたおふたりにも堪能していただき良い日になった。帰宅して、ファン感謝デーで菅野にサインをもらえと指示。神としてお守りにしたいからだ。

 

PS

この稿で意味がおおよそお分かりいただけると思います。そこに貼った2013年の稿に1行だけ新人時代の菅野の球に言及しています。ご参考まで。

高めのストレートは投手のプライドである

PS

帰宅してニュースで観た阪神・広島戦。先発の能見はかつてマツダスタジアムでCSでやられたり、あまり打った記憶のない憎きカープキラーであるが、きのうは初回に菊池、バティスタ、石原と3発ホームランを食らって2回で9失点とボコボコにされた。しかし能見のストレートは球速表示は147キロ出ていたのだ。菅野がばたばた三振を取っていたのは148キロである。スピードガンで速いの遅いの言っても意味がない、お分かりいただけると思う。

 

PS (ちょっとマニアックなポイント)

「1点とられたら意味がない」。それを見たのは9回、大島に3塁打を打たれた無死3塁だ。大島は第1打席で、バットを折りながら引っ張られてライト前ヒットだった。次の京田にも引っ張られて右飛、3番アルモンテは右翼フェンスまで引っ張られて危なかった。あれは投手として、嫌なものが残る。だから9回、大島に再度引っ張られて、さてどうするかは見ものであった。まず京田は渾身のストレートで空振り三振。あっぱれ。そうして、7回にセンターに2塁打されて9人中ひとりだけ「どうもあっている」感じのアルモンテを迎える。ここだ。変化球ばかりくさいところへ放り、打って凡打ならラッキーの攻めで結果はストレートの四球で歩かせる。直球はゼロ。これは小林のリードかな、ともあれお見事。

ここでの計算はたぶんこう。次の4番ビシエドは前の打席まで3-0、いまひとつあってないスライダーをひっかけさせてゲッツーに仕留めよう、それがはずれて四球で1死満塁でもいいや、6点差だからね(そこで坂本、吉川がやや前進守備をとったから多分当たっていた)。この計算は5番・福田、6番・藤井をストレートで三振に取れるという絶対の自信があるから成り立もの、僕はそういう仮定で投球の組み立てを想像していた。とするとビシエドの次はこうとなり次はこうで、結局空振り三振に取る。そして予定通り福田勝負となり、ツーストライクまでは変化球だ、直球は最後の1球にとっておいて絶対見せないはずだという読みになる。そのとおり初球が変化球、ところが追い込まれての三振を恐れた福田の方が2球目の予想通りの変化球を想定外にひっかけてサードゴロで試合終了という塩梅であった。僕らの席で変化球の種類まではわからないが、直球と変化球は球速表示でわかる。菅野程のコントロールの投手になると小林の配球も理詰めになり将棋みたいに読める。こんな投手はほかに知らない。あれだけ配球があたったのだから「3点やるリスクを冒しても、1点もやらない」というロジックでリスクリターンを計算しているはずという仮定も正しかったに違いない。エイや!と馬鹿力で放り込む愚鈍なピッチャーではない、頭もいい、本当に素晴らしい。

鎮 勝也著「二人のエース」について

 

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

菅野の神投球に感動(東京ドーム)

2018 APR 29 1:01:04 am by 東 賢太郎

東京ドームのシーズンシートを買ったので今年は巨人戦ばかり見ることになるが、接待・福利厚生用だからゲームはなんでもよかった。ちなみに僕はアンチ巨人という巨人ファンですらない。しかしGW9連戦の初戦、先発・菅野のピッチングを目のあたりにして、これはラッキーだったと思うようになった。

僕にとって野球観戦とは投手を見ることである。好投手が投げないなら興味ないしあんな雑踏と騒音に紛れるなどめんどうくさいだけだ。しかも多少食指の延びるカープ戦は神宮、横浜がカープ女子などというものの出現で当日券が買えなくなってしまった。迷惑な限りである。ところが、今年のカープにはどうしても見たい投手は一人もいない。世の中は難しいものだ。そこに実に刺激的な菅野くんが立ちはだかってくれた。いよ、日本一!救世主だ。

菅野は無四球で2安打完封。三振は5つであったがヒットは一二塁間(2回・雄平)と三遊間(8回・坂口)で2本とも詰まったゴロであり、外野フライは中飛が3つだけで内2本はふらふらの打球。ちゃんと外野に飛んだ、つまり、ちゃんとバットに当たったのは27アウトのうち4回のバレンティンの1本だけで、3人がバットをへし折られた。

家でyoutubeで確認したが、あのストレートの球威はビデオではわからない。過去に観たうちでも最上位に入るし、青木と山田の空振り三振の仕方が尋常ではなく、ヤクルト打線はあれを打席で見れば打てる気がしなかったろう。まともなスイングすらさせてもらえなかった。160キロ出たり切れの良さでバットをかわすようなボールであれば、出あい頭で当たればホームランがあるが、今日の菅野は球が鉛のように重く、伸びはというと捕手がとらなければそのまま地を這ってバックネットに突き刺さるありえないイメージであり、スタンドにいても芯で打って外野に飛ばない感じがした。完全試合でもぜんぜんおかしくなかった。

投手は味方の攻撃中にベンチ前で捕手とキャッチボールする。肩を冷やさないための手投げの低速のアイドリング投球だがいいピッチャーはその球が「いく」。「いく」「いってる」と野球人が表現するのは軽く投げても生きた球がミットに向けて糸を引いたようにぐ~んと伸びてる、なんとも言えず気持ちのいい感じで、ああ野球をやっててよかった、幸せだ、と快感物質で頭が満ちる瞬間である。捕手は試合中で頭がテンパってる投手を少しでも乗せて気持ち良くしようとわざとパーンと音をさせて捕ってくれる。これは忖度(そんたく)だ。

菅野のベンチ前の球がこれまたいいのだ。こっちまで快感物質で満ちる。思い出したのは2001年にヤンキースタジアムで目撃したロジャー・クレメンスの剛球だ。新人だったイチローがミートしたと思ったらふらふらのセカンドフライだった。打っても外野に届かない重い球というのは手も足も出ないから三振もいらない。三振はけっこう疲れるのだ。

菅野は腕力とスナップが強そうで、球離れが早めの比較的立ち投げである。球持ちがいいのが理想というがそれは4シーム礼賛の日本流で、メジャーにそれがあるとは思えない。体格が良ければ立ち投げで球は「いき」、打たれず、そのほうが疲れないからいいに決まってる。それができるのはNPBでは菅野とロッテの涌井ぐらい。見ていたら涌井は90メートルほどの遠投を手だけで伸びる球で届いており、菅野は見てないが間違いなくそうだろう(注)。だから悲壮感が出るほど一所懸命投げなくていい。ベンツとカローラの違い。投手の理想形である。

(注)後日、5月18日のDeNA戦の試合前、ライトのポール前あたりから巨人ベンチ前の捕手に向けてほぼ手投げでいい球が届いているのを確認した。

 

凄い投球を見てしまった。感動。菅野に延々とスタンディングオベーションである。おそらくヤクルトのベンチですらそうだろう、野球人なのだから。こういうのを前にすると巨人だろうが広島だろうが関係ない、ピュアな気持ちになって合掌(ありがとう)、自分は野球というスポーツのファンなのだと再確認する。タオルをぐるぐる回してる巨人ファンの99%には多分わからないだろうが、今日の3万人は凄いものを目撃したのだ。

野球を発明してくれたアメリカ人に感謝するしかない。以上縷々説明したようなことを街角を行くオバちゃんでも当たり前のようにわかってくれるのはアメリカだ。日本はラッパや太鼓がうるさくてベンチ前のパーンなんか聞こえない。菅野もきっと早くメジャーに行きたいだろうし、確実に大谷並みに活躍できるし、ぜひ行ってほしい。それまで何回東京ドームでみられるかな。

 

PS

ヤクルト先発・ブキャナンにひとこと。初めて見たがいいピッチャーだ。菅野と比べると球威がやや劣るが、菅野が凄すぎたのであって、それでも150キロは出るし、なにより小さく変化して低めのコントロールも良い。7回2失点で負け投手は本当に気の毒だ。ソフトバンクか広島なら軽く12,3勝は行く感じである。クローザーのカラシティも出てきたが、今日を見る限り落ちる。速きゃいいってもんじゃない。ブキャナンのほうが2枚ぐらい格が上。

 

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

5番サードきぬがさ 背番号3

2018 APR 25 23:23:22 pm by 東 賢太郎

先日息子が93になる親父を東京ドームのカープ戦に連れて行って「広島に龍というピッチャーがいてね、サインをくれてそれであいつはますますカープに入れ込んだんだ」ときいてきた。そういえば小学校のころ部屋の壁に龍憲一のサインを大事に貼っていたのを思い出した。

あのころカープは打線が非力で、巨人の堀内に3打席連続本塁打された挙句にノーヒットノーランを食らった。当時のテレビ中継は9時で終わったものだから、僕はニッポン放送ショウアップナイターを聞きながら「打ってくれ、頼むぞ」とひとり天に祈っていた。部屋は消灯していた。その漆黒の闇と重なって強烈な屈辱の記憶として残っている。

当時のカープで本塁打を打ちそうなバッターというと山本一義、藤井、興津、大和田、それから移籍組の山内ぐらいで、まあそれもたいしたことない。下位打線は超貧打で好投手が出てくると内野も超えない雰囲気すらあった。それに何年も耐えて報われない応援をしてきたものだから、中学あたりになって衣笠、山本浩二がクリーンアップに定着して本塁打をばんばん打ちだしたことなど夢のようだった。

4番センターやまもとこうじ、5番サードきぬがさ・・・

アナウンスが耳に焼きついている。いつもフルスイングだった衣笠のホームランは打った瞬間にわかる痛快な当たりが多く、しかし打球の鮮烈さのわりに大仰なガッツポーズはあまりなく、ダイヤモンドを周回する姿はどこかストイックな謙虚ささえあったように思う。それでも打席では誰も打ててない投手からガツンと一発いきそうな気迫があり、何度も留飲を下げてくれた偉大な打者だ。あの堀内のノーノーの試合に出ていたのかどうか、あの時点でまだ若かったが、もし後年の衣笠だったら彼こそが打ってくれたはずだと思わせてくれる稀有の強打者だったのである。

彼は平安高校からキャッチャーで入団して、すぐに肩を壊した。米軍キャンプのバーに入りびたって自暴自棄の時期もあったときく。巨人や阪神のようなスターぞろいの球団ならそこで終わってしまっただろうし、貧乏で貧打の広島という球団でなければ関根コーチをつけてあそこまで期待をかけて育てなかったように思う。いいチームに入ったし、つかんだ幸運を真摯な努力でものにした人だった。運はきっと誰にも平等に来ていると思うが、ものにした人だけに来たように見えるというものだ。

東京六大学のスターで後から入団してきた同期の山本浩二に強烈なライバル心を燃やしたそうだ。苦労人ならではの自負だ、当然だろう。そこからお互いに意識してしのぎを削る競争となり、お互いが欠点を補って強いところを強くして高いところに昇って行った。これがヘーゲルのアウフヘーベン(止揚)、弁証法的発展だ。そしてその結果として広島カープも高いところに昇っていき、昭和50年にとうとう優勝してしまう。僕が小2でカープファンになって、龍憲一投手のサインをもらってから13年後のことだった。

そこまでの劇的に弱かったカープを知らないファンは鉄人と呼ぶが、13年の辛酸をなめた僕にとって衣笠祥雄さんは救世主だった。心からの感謝を込め、ご冥福をお祈りします。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

南正彦
池田俊彦
島口哲朗