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カテゴリー: 食べ物

紀尾井町ランチ事情

2018 OCT 14 9:09:26 am by 東 賢太郎

東京で働いたうち大手町では10年を過ごしている。日本橋も2年いたが、どちらかというと総合的には大手町が良かった。ただ困ったのは手軽にいける圏内のランチのクオリティが大変低かったことで、あんなのは食えたもんじゃない。「たいめいけん」や「紙やき」なんてのがある日本橋には数段劣るのである。いけると思ったのはみずほに移籍してよく使った旧興銀本店の鯛茶漬けと大手町ビルB2にある鰻屋の「ての字」ぐらいだ。ガード下のおばちゃんがやってる焼き魚定食屋も気に入っていたがもうなくなっていた。先日行ったら興銀本店ビルも消えていたし、隔世の感ありだ。

かたやそろそろ紀尾井町で8年になろうとするが、この界隈の食は昼夜ともレベルもコスパも高く大手町の比ではない。ランチがどうのというだけではない。それが象徴するわけだがここは永田町お歴々(自民党)御用達の高級お座敷街だ、グレード第一の界隈であってサービスを供する側のコスパはあんまり思慮されてない観がある(もちろんそれは別のところで大きく帳尻があっているのだが)。万事商人がそろばん勘定で地代を決めて住人がしっかり徴収される大手町、丸の内とちがって、紀尾井町では我々居住民までセンセイがたのご相伴にあずかってごっつぁん感があるのが8年の偽らざる実感だ。まあ遠回りの減税かな。

そういう事情もあるとはいえ、なんでかんで大手町、丸の内というのはちょっとみっともない。東京育ちでないお金持ちがやたらと田園調布や成城に住みたがるのとどこか似ていているのであって、僕など紀尾井町の次はそっちなどという気はさらさらないし、この仕事で銀座や築地や品川というのはもっとない。というか、あり得ないのだ。これは東京の人でもわかりにくいし、お袋に仕込まれた感覚のようなものなのだろうと思うがうまく言葉で説明するのは難しいことだ。

日本画家の千住博さんによると、土地、風景というのは行きたい所、遊びたい所、住みたい所、死んでもいい所の4つあるそうだ。僕にとって大手町はそれ以前のカネを稼ぐ所、紀尾井町は住みたい所であるぐらいかけ離れている。そもそも低地が嫌いで、皇居の高地である半蔵門側(FM東京あたり)より元は江戸前の海で低地だった大手町、丸の内が格上だなどという意味がまったくわからない。いま棲みついて10年目になる国分寺崖線ももちろん高地だ。昨日も多摩川の花火を遠目に眺めながら思ったが、死んでもいい所がここかどうかまではまだ知らないが、それが低地になることは金輪際ない。

先週ニューオータニの担当の方に「何かご不満はございませんか」ときかれたが、あいにく全然ないものだから、「とても心地良く過ごさせてもらっています」と答えた。なにせこのホテルは井伊家の屋敷跡で敷地が巨大であり、庭園はもとより建物を散歩しても飽きることがない。おまけに食事の質も不満がない。例えばガーデンコート6階にある「KATO’S DINING & BAR」は奥の料亭「千羽鶴」とキッチンを共有しているから当然うまい。ここのカツ丼は東京で一番である。自民党総裁選で安倍陣営がふるまった「食い逃げ事件」のカツカレー、あれはメインにある「SATSUKI」の3500円のに違いないが、それだけ払うならこっちのカツ丼だと僕は思う。

遅いランチとなると最近はザ・メイン アーケードまで遠出して「ペシャワール」か「トムCAT」にお世話になっている。アーケードという区画はオークラも帝国もそうなのだが今どきはなんともいえぬ異界の風情なのであって、昭和の濃厚な残り香がたまらなくて時々ぶらっと歩きたくなってしまう。そうなると、そこで期待する食もレトロにならざるを得ない。うまくできたもので、そこにそういう軽食がある。ペシャワールのカレーはインド風でもなく店名由来のパキスタン風でもなく、見た目はいたって日本のカレーライスなのだが、香辛料なのだろうか黒みがかった色調の異国的な味がする不思議な食べ物だ。

トムCATは一見ありきたりの洋食屋だが、ここのスパゲッティ・ナポリタンはあなどれない。必須レシピの玉葱、ピーマンにシーフードが適度に加わって風味を添えており、麺の茹で具合も抜き差しならぬ絶妙さでケチャップ味もバランスがとれている。供される熱々具合も文句なしだ。先日は初めてナポリタン以外のカキフライを頼んだが、大ぶりのが4つとライス。あとはポテトサラダとキャベツだけでソースとマヨネーズが同量入った小皿が来る。実に簡素だが、いちいちが心憎い。「これが食たいんだろ?だったらこれだけ食いねえ」と挑まれてる感じがする。中の牡蠣の熱さが見事ですべて計算されている。ただ者でない。白人のきれいなお姉さんが流暢な日本語でサーブしてくれるのも一興。いつもこの人何かなとわけがわからないが、話しかけてみようかなと思うと英語は無粋だなやめとこうという気になるこの空間はやっぱり異界なのである。

たかが昼飯でこれだけ喜ばせてくれる。住んでもいい所なのはまちがいない。

 

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クラシック音楽と広東料理

2018 OCT 8 3:03:13 am by 東 賢太郎

あらゆる芸術において、万人に等しく感動を与える作品というのは存在しないでしょう。あるという誤解は、学校において美術や音楽の授業でそう思い込まされるから拡散しているだけであって、セザンヌやロートレックを観て何の感興も覚えない人はいるだろうし、僕自身がヴェルディやマーラーをもう一生聴けないがいいかと問われてもそうためらいもなくYesといえそうなこともあります。芸術作品は作者と鑑賞者の相性において存在価値が相対的に決まっているものだと思われ、教科書に載っていて幾百万人が名作とほめたたえていようと、自分が最大公約数の一部になる必要など何らない、そういう自由な感性の持ち主のためだけに実は存在していると言っていいほどだと考えます。

料理というものも、他人に食べさせようと誰かが食材を加工して作った場合はすべてがそうですが、一膳の茶漬けであっても調理する人の作品であります。だからそれをいただく側にとって、芸術においてと同じぐらい作者と感性が合うことが大切になるというのが私見であります。万人にとって美味しい料理というのは、極度の空腹状態で食欲を満たすことのみに目的がある場面を除けば存在せず、料理する側の舌の本能やセンスや美意識に共感し、塩っぱい、酸っぱいのような非常にベーシックな部分のいちいちが納得のいかない場合は美味しいと感じることは難しく、作者の美味の定義に賛同できるか否かを自問することがそれをいただくということの実体です。

僕は香港に2年半住んで、仕事がら中国主要都市をくまなく訪問しいろいろな中華料理を食してみました。この経験から僕の「食」に対する考え方は根底から覆えり、医食同源に加えて民食同源(食は土地の人柄をあらわす)という確信に至ることとなりました。例えば我々日本人は四季おりおりの食材に非常に恵まれた国に住むため「旬」にこだわれば美味は足りるという食の世界に古来より住んでおります。この感覚は世界的には少数派であり、精神構造にこの旬感覚が深く根差しているという日本人の感性は欧米人とも中国人とも異なるものです。

和食というと美味の源泉である「うまみ」の塩梅に料理人の繊細な舌が深く関与はするのですが、旬という自然の恵みは人為の及ばぬ生食でこそ生きるという審美性が共有されているため、和食ほどに生ものや生鮮食品が宮廷の膳にまでなる料理は文明国では珍しいと言えます。どこの誰だか知らぬ人が素手で握った生魚を素手でつまんで食うという、それだけ聞けば野蛮でしかない風習を持った民族がネクタイを締め、白人国ロシアを戦争で倒し、世界有数の高度経済成長国となってしまう不可思議の様を僕は白人国から十余年も俯瞰してきたわけですが、和食とは常時ある豊富な山海の幸、上等な水、清潔さを旨とする精神的風土の産物であって、そのものが文化というべきです。

ということは、我々以外の人類の食べる食事は加工(火が通り)され、洗練度が増すほどソース(調味料)に技巧が凝らされるという共通原理に則って進化してきたと考えて大きくは間違っていないというのが16年にわたる海外生活での発見であります。日本にも醤油という立派なソースがあるではないかと思われましょうが、料亭で繊細に味付けされた料理にそれをかけることはありません。多種多様な調味料が料理の多様性を生むという文化におけるソースと、むしろ多種多様な食材をモノクロに染める醤油とはベクトルが逆なのです。

加工法とソースの発展の行く末に君臨するのがフランス料理と中華料理であることはほぼ衆目の一致するところですが、先日のトゥール・ダルジャンのフル・コースの洗練は100%アプリエートしながらも、私見では中華料理に僅差での軍配をあげるのです。もちろん上述のごとく料理人(シェフ)との相性次第であることは論を待ちませんが。我が家にほど近かった上野毛の吉華が閉店してしまい、ここは親父さんと相性が良かったので残念なのです。フレンチが「誰にとっても美味」な絶対性、ユニバーサルなものを目指す料理であるなら、中華はマンツーマンの美味なる相対性が入り込むユルさがあるのが魅力です。

フレンチと我々が認識しているものはレストランなるパリ起源の特殊環境で味わう食味であって、ああいう著しく手の込んだものを一般家庭のフランス人が日々食べているわけではないのは我々にとっての料亭の懐石料理と同じです。だからC級のフレンチ食堂みたいなものは存在しない。フレンチはフランス革命によって料理ギルドが解体され市民階級に模倣され流布した宮廷料理が起源だからB、C級というものは定義矛盾なのです。その点は貴族の専有物だったがやはり市民革命によって民間の娯楽になっていった音楽が、パブやキャバレーのBGMにはならずクラシック音楽と呼ばれるジャンルになったのと似ています。

しかし中華はそうではなく、宮廷料理から農民食のB、C級まであったものが長い年月をかけて混合し選別、洗練されていったものです。地方ごとに言語、文化が異なるように食も各様でありますが、やはりそこには都鄙があって、私見では本流は「食在広州(食は広州にあり)」の広東料理(南菜)です。広州の街中の市場ではまさに四つ足は椅子以外は何でも食材で売られており猫までいたのはショックでした。だからC級の食堂では何を食っているのか知れぬ不気味さに満ち、宮廷のある北京でなく帝都に程遠かった地で食欲を満たすにとどまらず際限ない美味の探求が行われたという民衆のエネルギーの凄まじさが底流にある。その頂点にある広東料理なるものの奥深さは探求に足ると知れてくるのです。

僕にとってホンモノの広東料理を東京で味わうのは諦めに似たところがあります。食べたければ香港に行くしかなく、飲茶でもそのクラスの腸粉、襦米鶏、鼓汁蒸排骨がない、海鮮定番の白灼蝦(ゆでエビ)がないなどの渇望は仕方ありませんが、値段を気にしなければ「横浜聘珍樓」、都心ならウエスティン恵比寿の「龍天門」というところが気に入ってます。昨日は家族で龍天門でしたが「きぬがさ茸 干し貝柱 えのき茸入りスープ 」が絶品、「スジアラの強火蒸し 特製醬油」(香港でガルーパ)も本家のクオリティでした。

素晴らしかったのは「皮付き豚皮付きバラ煮込み」です。肉の美味と食感がまず絶妙であるのは良しとして、甘いソースのわきにひっそりとマッシュト・ポテト(と思われる)が添えてある(写真は違う)。これが口に広がる、それ自体はどうというものでもない風味のコンビネーションが予想外であって、うまい言葉が見つかりませんが、豚肉・ソースとは全く異質異次元の素材が完璧に一体化したアンサンブルとでも書くしかありません。

これを口にした瞬間に脳裏に浮かんだのがドビッシーのオーケストレーションです(即座にそう妻子に言ったが誰もわかってない)。「ペレアスとメリザンド」にも「管弦楽のための《映像》」にもある、真に独創的でマジカルな音色というもの、楽器の合成でいうなら例えば、交響詩「海」の第1楽章のコーダに入る直前の旋律を奏でるチェロ独奏とイングリッシュホルンのユニゾン(!)という恐るべき着想。あれですねこれは。このシェフはいいと感じる瞬間なのです。こういうことは中華と呼ばれるジャンルにおいては広東料理のみで起こると言って過言ではない。だから「奥深さは探求に足る」と書くものであります。

ただ、だからといって広東料理が中華を代表するわけでもなくそこは好き好きで、僕は四川も貴州も上海も大好きなのだからややこしい。唯一比肩するのがフランス(宮廷)料理になる点においてその他中華とは別物となるのが広東だということです。広東と音楽はそういう次元で明確に通じているように思いますし、ではどうして広東がそうなったのかというとそこは料理家にうかがってみたいことでよくわかりません。

そんな面倒なことを考えて飯を食ってるなんて変な奴だと思われてしまいそうですが、一膳の茶漬けのほうが美味と思うこともあるし広東、フレンチを無性に欲することもある。すべては好奇心です。中華、フレンチはもちろんカレー、コーヒー、塩、砂糖、香辛料の歴史本を読み、知るとまた食べたくなって、どうしてこんなに美味しいのかとまた歴史を読む。項羽、劉邦、ナポレオンがこれを食っていたかもしれないと思うとまた食べたくなる。際限なく入ってしまい、そういえばクラシック音楽もそうやって深みにはまったのだと思い出すのです。

 

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フォーレ「マスクとベルガマスク」作品112

2018 FEB 3 13:13:01 pm by 東 賢太郎

僕は料理と音楽は本来がローカルなものと思っている。ブイヤベースはマルセイユで、チョリソはマドリッドで、ボッタルガはサルジニア島で、麻婆豆腐は重慶で、天九翅・腸粉は廣州で、ビャンビャン麵は陝西省で、カルボナーラはローマで、グラーシュはブダペストで、鮒鮨は湖東で、真正に美味なものをいただいてしまうともういけない。腸粉とはワンタンの春巻きみたいな飲茶の一品で下世話な食だから東京の広東料理店で出てこないが非常にうまい。

チャイニーズは地球上最上級の美味の一部と確信するが、中華料理などというものはない。地球儀の目線で大まかに括ればユーラシア大陸の北東部の料理という程度のもので、同じ目線でヨーロッパ料理と括っても何の意味も持たない。少し狭めて北京料理はどうかというと、内陸だから良好な食材はない。ダックは南京からサソリは砂漠からくる。貴族がいるから美味が集まった宮廷料理であって、我が国の京料理と称されるものの類似品だ。

中華といわれるのは八大菜系(八大中華料理)の総称で、八大をたぐっていけば各地のローカル料理に行きつく。それを一次加工品とするなら京料理や北京料理は二次加工品であって、大雑把に言うならヨーロッパ料理のなかでルイ王朝の宮廷料理として確立したフランス料理はイタリア料理を一次加工品とする二次加工品だ。少なくとも僕の知るイタリア人はそう思っているし歴史的にはそれが真相だが、パリジャンは麺をフォークに巻いて食うなど未開人と思っている。畢竟、始祖と文明とどっちが偉いかという不毛の戦いになるが、イタリア料理と僕らが呼ぶものが実は中華料理と同様のものだとなった時点でその議論も枝葉末節だねの一声をあげた人に軍配が上がってしまうのだ。

インドカレー伝(リジー・コリンガム著、河出文庫)を読むと、インドにカレーなどという料理はなく、それは英国(正確にはロンドン)のインド風(起源)料理(二次加工品)の総称であり「400年にわたる異文化の衝突が生んだ(同書)」ものとわかる。食文化というものはローカルな味の集大成であって、その進化は富と権力の集まる都市でおこるとは言えるのだろう。しかし、世界有数の都市である東京に洗練された食文化はきっとあるのだろうがそこで育った僕が山形の酒田で漁師料理を食ってみて、長年にわたって刺身だと思ってきたあれはなんだったんだと軽い衝撃を覚えるわけだ。

海外で16年暮らしていろんなものを食べ歩き、食を通じて経験的に思うことは、文化というものはなんであれローカルな根っこがあってそこまで因数分解して微視的に見たほうが面白いということだ。美しいとまでいうべきかどうかは自信がないが、素数が美しい、つまり同じ数字だけど「100,000」より「3」が好きだと感じる人はそれもわかってくださるかもしれない。素数が 1 と自分自身でしか割れないように、刺身は割れない。一次加工されていても大きな素数、23、109、587の感じがする鰹昆布ダシ、魚醤のようなものがある。割れないものは犯しがたい美と威厳を感じる。

咸臨丸で来たちょんまげに刀の侍一行の隊列を初めて目にした当時のサンフランシスコの新聞がparade with dignityと賞賛しているのはそれ、割れない美と威厳だったろう。いつの間にかそれがカメラと眼鏡がトレードマークのあの姿に貶められてしまうのは相手のせいばかりではない、敗戦を経て我々日本人が信託統治の屈辱の中、割れてしまった。アメリカに尻尾を振ってちゃらちゃらした米語を振り回して仲間に入れてもらって格上の日本人になったと思っている、そういうのは米国人でなくても猿の一種としか見ないのであって、dignityなる語感とは最遠に位置するものでしかない。

音文化である音楽というものにもそれがある。ガムランにドビッシーが見たものは「割れない美と威厳」だと僕は思っている。ワーグナーがトリスタンでしたことは「富と権力の集まる都市でのローカルな味の集大成と進化」であって、ドビッシーはそこで起きた和声の化学変化に強く反応し、やがて否定した。彼は素数でない領域で肥大した巨大数を汚いと感じたに違いない。だからガムランに影響されたのだ。音彩を真似たのではない、本質的影響を受けた。ワーグナーやブラームスやシェーンベルクにあり得ないことで、この議論は食文化の話と深く通じている。

先週行ったサンフランシスコのサウサリート ( Sausalito、写真 )がどこかコート・ダ・ジュールを思わせた。モナコ、カンヌ、ニースの都会の華やぎはなくずっと素朴で質素なものだけれど、なにせ暫くああいう洒落た海辺の街にご無沙汰している。

どこからかこの音楽がおりてきた。ガブリエル・フォーレの『マスクとベルガマスク』(Masques et Bergamasques)作品11274才と晩年のフォーレは旧作を大部分に用いたが、後に作品番号を持つ旧作を除いた「序曲」「メヌエット」「ガヴォット」および「パストラール」の4曲を抜き出して管弦楽組曲に編曲している。

第3曲「ガヴォット」および第4曲「パストラール」はその昔、学生時分に、何だったかは忘れたがFM放送番組のオープニングかエンディングに使われていて、僕の世代ならああ聞いたことあると懐かしい方も多いのでは。当時、憧れていたのはどういうわけかローマであり地中海だった。クラシック音楽を西欧の窓口として聴いていたのだから、そういう回路で番組テーマ曲が思慕するコート・ダ・ジュールに結びついて、記憶の番地がそこになってしまったのだと思うが、しかし、ずっとあとで知ったことだが、この作品はモナコ大公アルベール1世の依頼で1919年に作曲され、モンテカルロで初演された生粋のコート・ダ・ジュール産なのだ。

地中海、コート・ダ・ジュールにはマルセイユ、ニース、モンテカルロにオーケストラがあるが、カンヌのクロード・ドビッシー劇場を本拠地とするL’Orchestre régional de Cannes-Provence-Alpes-Côte d’Azur(レジョン・ド・カンヌ・プロヴァンス・アルプ・コートダジュール管弦楽団 )のCD(右)をロンドンで見つけた時、僕の脳内では音文化は食文化と合体してガチャンという音を発してごしゃごしゃになり、微視的かつマニアックな喜びに満ちあふれた。

ここに聴くフィリップ・ベンダーという指揮者は2013年に引退したそうだがカンヌのコート・ダ・ジュール管弦楽団(なんてローカルだ!)を率いていい味を出している腕の良い職人ではないか。田舎のオケだと馬鹿にするなかれ、僕はこのCDに勝るこの曲の演奏を聴いたことがない。第4曲「パストラール」は74才のフォーレが書いた最高級の傑作でこの曲集で唯一のオリジナル曲だ。パステル画のように淡い色彩、うつろう和声はどきりとするほど遠くに行くが、ふらふらする心のひだに寄り添いながら古雅の域をはみださない。クラシックが精神の漢方薬とするならこれは鎮静剤の最右翼だ。この節度がフォーレの素数美なのであって、ここに踏みとどまることを許されない時代に生まれたドビッシーとラヴェルは違う方向に旅立っていったのである。

こう言っては身もふたもないが、こういう曲をシカゴ響やN響がやって何の意味があろう。ロックは英語じゃなきゃサマにならないがクラシック音楽まで英語世界のリベラリズムで席巻するのは勘弁してほしい。食文化でそれが起きないのは英米の食い物がまずいからだと思っていたが、音楽だって英米産はマイナーなのだから不思議なことだ。これは差別ではないし帝国主義でも卑屈な西洋礼賛とも程遠い、逆に民族主義愛好論であって、文在寅政権が危ないと思っているからといってソウルの土俗村のサムゲタンが嫌いになるわけでもない。なんでもできると過信した薩摩藩主・島津斉彬が昆布の養殖だけはできなかったぐらい自然に根差したことだと僕は思っている。

じゃあN響はどうすればいいんだといわれようが、それは聴衆の嗜好が決めること。僕のそれが変わるとは思えないが多数の人がそれでいいと思うならフランスから名人指揮者を呼んできて振ってもらえばいい。相撲はガチンコでなくていい、場所数が多いのだからそれでは力士の体がもたないだろう。だから少々八百長があっても喜んで観ようじゃないかというファンが多ければ日本相撲協会は現状のままで生きていけるが、オーケストラも相撲と同じ興業なんだとなれば僕は退散するしかない。音楽は民衆のものだが、お高く留まる気はないがクラシックと呼ばれるに至っているもののお味を民衆が楽しめるかどうかとなると否定的だ。相撲が大衆芸能であるなら一線が画されてしまう。「割れない美と威厳」を感じるのは無理だからだ。

余談だがシャルル・デュトワがMee tooでやられてしまったときいて少なからずショックを受けている。訴えが事実なら現代の社会正義上同情の余地はないが、日本で聴いた空前絶後のペレアスを振った人という事実がそれで消えることもない。日本のオケでああいうことのできる現存人類の中で数人もいない人だ、日馬富士が消えるのとマグニチュードが違うといいたいがそう思う人は少数なんだろう。エンガチョ切ったの呼び屋のMee tooが始まればクラシック界を撃沈するムーヴメントになるだろう。いいシェフといい楽士は貴族が囲っていた、やっぱり歴史には一理あるのかもしれない。

上掲のフィリップ・ベンダー指揮レジョン・ド・カンヌ・プロヴァンス・アルプ・コートダジュール管弦楽団のCDからフォーレ「マスクとベルガマスク」作品112を、ご当地カンヌの写真といっしょにお楽しみください。

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世界のうまいもの(その11)-スパゲッティ・ナポリタン-

2017 AUG 14 13:13:11 pm by 東 賢太郎

スパゲッティ・ナポリタンという料理がナポリにないのはよく知られている。ナポリどころか、イタリア料理にはそもそも砂糖入りのスパゲッティは存在しないそうだ。アメちゃんの甘ったるいケチャップをオラが誇りのパスタにかけるなんてハンバーガーと混ぜこぜだぜ、許しがたい暴挙だよとイタリア人がテレビでけっこうマジメ顔でいっているのをききながら、僕はむかし香港で見かけた「ウナギ・ラーメン」を連想していた。もっとも注文する勇気はなかったが。

80年代にマンハッタンの寿司バーで初挑戦したカリフォルニア・ロールなるものに複雑な顔をしていたんだろう、「お若いの、ここはニューヨークなんでね、でもロスのは絶品なんだよ、行ったら食いねえ食いねえ、なんたって本場だからね」と隣の席でマグロのニギリをナイフ・フォークで食ってたカリフォルニアンとおぼしきおっちゃんが教えてくれた。食文化というのは面白い。面白いけど他人のセックスといっしょでジェントルマンは笑っちゃいけない、みんなそれなりにマジメにやってるんだ、奥深いと書いておこう。

スパゲッティ・ナポリタンなる料理は終戦後に米国から横浜に入ったときくが、詳しいことは知らない。アメリカン・パウダーがメリケン粉になった流れだろうか。英語の分際で素直に「ナポリタン・スパゲッティ」でいいのに何を気取ったのかちょっとハイソ感だしたかったのか、形容詞を後にするラテン語風の語順だ。そこまでオスマシしながら日本で思いっきりB級フードに定着していったなんて素晴らしい、ビートたけしがコマネチをお笑いネタにしたようなもので江戸庶民を源流とする我が国のサブカルチャー精神のしたたかさを感じるが、米国東海岸でもスパゲッティなんてのは貧しくて英・独・仏移民にいじめられてたイタリア移民の食い物であって、その昔スペインが支配してたナポリにトマトが上陸した、その流れの末裔と思われるから、遠い東洋の異国でお里に帰ったと思えないでもない。

ご存知かどうか、隣国に「ブテチゲ」(部隊鍋)なるC級フードがあって、朝鮮戦争で米軍と韓国軍の兵士が共同生活の中で手持ちのレシピを一つの鍋にぶちこんだものといわれる。唐辛子スープに肉、野菜、豆腐がはいり、米軍のウィンナーソーセージそして韓国軍のインスタントラーメンが合体するが、それはないだろみたいな無粋なことは誰もいわない。おいしいからだ。いまやB級ぐらいにはランクアップしていて、かく言う僕だってソウルへ行くと必ず一度は食べ、ラーメンは替え玉する。そうか、ナポリタンは伊国、米国のレシピぶっこみの合作みたいなもんだ、そう思えばいい。

そうやって何だかんだいいながら、僕はナポリタンの根強い愛好家である。いや、この下町風情のサブカルフードを愛することに誇りすら覚える。子供のころ「お子様ランチ」が出てくると国旗の立ったライスの横にそれが小さく盛り付けられていて、そのケチャップがライスになじんだ部分が好きだった。家は必ず朝にパンと紅茶で一日が始まる洋食系で、魚が苦手だったせいかナポリタンはお袋の定番のひとつだった。のちに和食を覚えたが、だからといって忘れるはずがない。今日はおごるよ、九兵衛の寿司とどっちでもいいよとなって、迷うことなく駅地下食堂のナポリタンを選択する可能性が三度に一度ぐらいはありそうなハイレベルな所に位置している。

そこまで惚れこむには根強い刷り込みのルーツというものもあって、学生の頃、衝撃を受けたこれ(右)だ。宙に浮くスプーン!持ち上がったアツアツの麺から湯気が立ちのぼっているようで、味はもちろんケチャップの甘い芳香、ハフハフいいながら口に放り込んだ食感までがよみがえって、そそり方が半端でない。このリアリティーへのこだわりたるや、英国の名器で原音再生への高忠実度を売りとするB&Wのダイヤモンド・ツィーター付きスピーカーの精神を彷彿とさせるものである。大阪では喫茶店にまでこれがドドーンとあって、朝から外交に出ても昼が待てずにモーニングセットに釣られてふらふらと足が向いてしまう罪な奴であった。

さて、きのうは従妹がビジネスの相談にのってよと旦那様と家にやって来て、ワインとつまみだけで中途半端な時間に帰ったものだから夕食はどうしようかとなってしまった。そこで天啓のようにひらめいた(というより急に食べたくなっただけだが)のがナポリタンであり、どうせなら自分で作ってみようという意欲がむくむくとわいた。きっとそれがどうしたのというほどのものなのだろうが、恥ずかしながら僕はインスタントラーメン以外は自作したことがない、いまどきレアな男である。

娘の指導で玉ねぎ1/2個、ウインナーソーセージ2本、ピーマン1個を切り、フライパンでオリーブ油で炒めた。これが感動ものだった。この炒(チャオ)という強い火力で水分を中に残しつつささっといためる行為は中華料理の基本ときいたことがあって、そこに秘儀の如き奥深いものさえ感じており、人生で初めてやった手ごたえはひとしおである。ハムは使わない。ウインナーのブテチゲを思わせるB級感が望ましいからだ。あとはスパゲッティ130gを5分ゆでて水を切ってそこに入れ、ケチャップをかけてまぶして10分ほどでおしまい。


結論として、我ながら満足な出来であり(左)、これなら駅地下で出てきても文句は言わんと最大級の自画自賛を娘に送りつつ、10分で皿は空になったのである。ナポリタンは偉大だ。米国に敬意を表しつつこれからはスパゲッティ・アメリカーナと呼ぼう。

 

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世界のうまいもの(その10)-兄夫食堂のソルロンタン-

2017 APR 29 13:13:47 pm by 東 賢太郎

昨日たまたま昼前に赤坂でひとりになって、普段は必要ないスーツを2日も着ることになって肩がこってしまった。僕の業界はカジュアルなんでネクタイなんか年に何回かなというほどです。サカスの近くに兄夫食堂という知る人ぞ知るコリアンのB級名店があるんですが、これしかないなということでふらっと足が向きます。疲れをとるには最高なんです。

ここ、ランチは安くて7~800円でいけますが食べたことないのでお味は知りません。何度も行ってるのにどうしてってことですが、ソルロンタンしか頼んだことないのです。昼でも1650円だから店員さんが申しわけなさそうにしますが、いいから作って、それと生ビールねってことになるんです毎度毎度。

香港時代に全アジア担当だったので証券市場のあった国はくまなく行きました。食事もそれなりのをいただいたわけですが、広東、上海、コリアンが結論として僕のランキングで3大美食でありました。これは日本だと「中華」「焼肉」ってウルトラ・アバウトなことになってしまうのですが、それってフレンチもイタリアンもハンバーガーも「洋食」ってのといっしょです。

中華は中国がそうくくるんで料理だってそう思い込んでしまいがちですが、明らかな多民族国家ですからその数だけ味覚があります。上海育ちの神山先生が貴州料理は初めてだったなんて具合で、そんなのは驚かないわけで、では上海料理って何ですかというと、僕は会社特権で香港の江蘇省・浙江省同郷會に特別入れてもらってそこで覚えた味こそがそれとしか書けないのであって、しかもその両者も互いに微妙に違うのです。

そういうものを舌の奥底で実感してしまうと、モンゴル人や女真族がやった時代も中国なんだから台湾はもちろん琉球も朝鮮半島も日本列島も中国でしょというノリの源泉はわかってくるんで恐ろしい。『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』 (ケント・ギルバート著)は面白い本でそれを儒教の悪しき側面と明快に書いていてなるほどと思わせますが、宗教だ教育だ以前に食という本能に根差した部分にすでにそれは歴然とあります。

焼肉がコリアンフードというのも決して間違いではないが、ひと昔まえの田舎のアメリカ人が、日本人は家で毎日鉄板焼きやって奥さんはエビのしっぽ飛ばしがうまいと思ってた、ロッキー青木は日本人だよねといわれて違うともいえないんでうなづく程度のもんです。ソウルで饗応されると焼肉は出てこないし我々がバーベキューと呼んでるものの感じにむしろ近い。食べたいと言わないと食べられないし、日本式をイメージすると違う。僕の分類基準だともう別の食膳です。

雪濃湯(ソルロンタン)は辛くない乳白色の牛骨スープで骨や各部位の肉、舌、内臓を大きな鍋に入れて水で10時間以上煮立てるので家庭では調理が難しいようです。日本人の感覚だとそういうものは値が高いのですがまったくの大衆食であり、香港の食文化を観察して思ったのと同じことですが韓国も外食の方が安くて早くてうまいということがある。日本でのマックやファミレスという固有の市場は日本にはなかった隙間にできたことがよくわかります。

ソウルは何十回出張したか見当もつかないですが、ソルロンタンに関する限り兄夫食堂は僕が経験した限りソウルのどこよりうまいというのは、そこまでご説明すれば実は大変なことだというのがご理解いただけるでしょうか。

赤坂っていうとコリアタウンのイメージになって久しいですが、クオリティにおいて横浜の中華街といい勝負でしょう。寂しいなんて人もいるが僕は利便性を評価しますね、住むわけもでないし、まずい日本飯屋ばっかり並ぶよりずっと有難いでしょう。モンゴルだらけの大相撲もそうですが競争こそ成功の母ですね。並みいる競合店をさしおいて評判をとってる店のレベルは非常に高いのです。

かたや和食ですが、バブル時代の証券会社の使いっぷりは半端じゃなくて赤坂、紀尾井町界隈の高級料亭は接待の名所でした。競争なし。おばあちゃんの芸者が出てきて料理もたいしたことなくて、そんなので百万も取るんだから世も末だと思ってたら軒並みつぶれちゃった。皇居の地価がカリフォルニア州より高いなんていってた時代です。そういう勘違いの値段をバブルというのですね。

兄夫食堂は儲かってるんだろうけど値上げはなく、店もお世辞にもきれいじゃなくてB、C級のまま。地に足がついてますね、それで競争に勝てるっていう自信といい意味でのこだわりを感じる。商売はそれが王道と思います。投資をするんであればこういう会社を選ぶことです。殿様の見栄みたいな米国進出でアメリカ人に騙されてボロ会社を高値掴みするのとは対極的、プロの経営です。

 
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心斎橋「鶴林 よしだ」のお節

2017 JAN 4 0:00:02 am by 東 賢太郎

海外で証券会社の拠点長というと接待が仕事のようなもので、それを3つもやってますから洋物と中華はとにかくうまいとされるものは食いつくしています。おかげで腹が出ましたが、僕の星は「食神」でその職は大いに向いていたといえるでしょう。

しかし好みというのは仕方ないもので、「うまいとされるもの」がうまいかどうかはものによるんですね。高きゃいいってもんでもないのです。ワインがそうですが、怖くて書けないようなのをたくさん飲んでますが「うまいとされるもの」はこういう味だと知っていれば世間で恥はかかないということですね、個人的にはもっと安くてうまいものを探すのが休日の楽しみでした。

海外16年ですから、その間は和食のいいのは望めません。飢えてる分だけ舌が敏感だったんでしょうか、お客さんと日本の企業訪問トリップや一時帰国などで和食の奥深さを知ったところがあります。とくに魚の味をです。こんな贅沢なものはないと思ったし、いまでもそれは変わってません。

和の食文化というと東西あって、もちろん細かく言えば各地方や県でまたあるのですが、こと正月のお節料理でいうと関西の方がうまいと思うのです。出汁のとりかたなのか醤油のちがいなのか塩分の具合なのか、そういう塩梅を総合した繊細な旨みや食感のセンスという点で一日の長がある気がいたします。

それは大阪に2年半いた若いころから感じていて、もちろん当時の安月給でいいものなどほとんど食してないのですが、味のセンスというのはどんなものでも光るものがあって、食い倒れですからね、そうでないと生きられないという職人魂を見てました。京都もいいが大阪もいい。

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そういうことで、心斎橋の割烹・小料理「鶴林 よしだ」さんのお節は今年で4年目でしょうか、いままでのどれよりも満足度が高くリピーターとなっておる次第です。

 

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31品とも個性と主張があるのに味が出しゃばらない。写真右下、一乃重の「筋子海鮮漬柚子釜盛」などどうしてこうなるのかというほど絶品で、味のハーモニーは芸術品と評したいものです。全品そのレベルですが。

 

ただ、唯一関西の弱みは小肌がないことなのですね。これは僕には甚だ遺憾である。ないことはないが、弱いのです。そこで親父も来るし今年は銀座の新太郎さんにお願いして寿司ネタを頂いて、蛸、鮑、車海老、玉子も適度にあえてもらって、これまたけっこうなもので、まさにありがたい正月でございました。両店とも機会あれば足を運ばれることをおすすめいたします。

 
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美食と体重の関係について

2015 JUL 25 23:23:16 pm by 東 賢太郎

ミクロネシアの出張中は一日一食主義は忘れ、食事は皆さんとご一緒に三食楽しくいただきました。

グアムのヒルトンのシーフード・レストランです。

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巨大なエビのしっぽかと思ったら、シャコでした。

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ミクロネシア(チューク島)ではやっぱりこれですね。渇いたのどに最高です。

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おまけに帰国してすぐ、金曜は中村兄とSMCメンバー店の「まめ多」さんで舌鼓を打ったのです。いつもおまかせ。女将さんの心のこもった料理にほっとなごみます。和食の美味に美酒。疲れを癒していただきました。

中村とは博多ツアーの打ち合わせでしたが当方の仕事の話もすこし。たまたまですが非常に面白い案件があり、そんなに難しい話でもなくてメンバーで共有できれば皆さんのメリットもあろうかということです。

さて、そうこうして今朝ですが体重計に乗ったところ、出張まえ73kgだった体重が75kgになってました。恐れていたことです。

そこで今日は二子玉川まで往復10km走りましたが、午後でしたがまだまだ陽射しは強く最高気温は33度の猛暑だったようです。多摩川べりは走る人影もなく、グラウンドもあいているしいつもの猫までが疎開してかおらず。

これをなんということもなく走れてしまう自分には結構おどろきました。走りながらやばかったら即やめようと思って気をつけてた循環器も呼吸器も足腰もぜんぜん問題なく、むしろ汗かいて爽快感すらあり、やや遅めペースですが完走しました。天と両親に感謝。

日射病とか熱射病には縁はなしです。野球部の人間からすればこんなの屁の河童なんですが、なんせ還暦の身ですからね、ちょっと自信つきました。頭は疲れてますがまだまだ体はぜんぜん若い、いけるぞと。

滝のような汗をかき、風呂を浴びて、さて体重計に再度乗ります。71.5kg。

水分と塩分が出てこれ。夕食は普通にとって、のどがすごく渇いて水をたくさん飲んでまた74kgになってしまいました。実質1kg減です。ボラティリティ―が高い。こりゃまだ本物じゃないですね。しかし、だんだん塩分がポイントだということが分かってきました。塩を減らして何十キロか走破すれば、夢の60kg代が見えてきそうです。

 
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綱町三井倶楽部にて

2015 JUN 28 0:00:34 am by 東 賢太郎

本日はL社の株主総会にて新年度の最高顧問を拝命いたしました。スピーチさせていただいた骨子は以下の通りです。

日本株の今後について

量的金融緩和のサポートは来年まで。影響のある要素は3つある。①IOT②エネルギー価格③訪日旅行者増加。経営に需要なのは①にヒト・モノ・カネが集まること、②原油価格反転③インバウンド消費よりむしろ文化輸出の契機として

インプリケーション

①はすべてのモノ(ハード)をソフトとサービスに分解する効果がある。モノは減るか簡素化する、②はCPIを通じて各国金融政策に反映、③は和のホンモノのグローバル認知により日本の輸出のコンセプトを変える契機となる

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会場は「綱町三井倶楽部」にて。ここは立ち入ったのは初めてでしたが大正2年、鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドル博士の設計で立派な迎賓館でした。これは庭園よりの外観です。

 

 

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2階ホールのステンドは華やかですが派手ではなく、階段の節度ある赤じゅうたんとマッチしています。以前は能舞台があり昭和天皇が来られたそうです。この内装は大変に気にいりました。

 

 

 

 

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圧巻は地下のワインセラーでした。14度に保たれ冷んやりしています。質、量ともに国内ではトップクラスだそうです。

 

 

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ここでIOC総会を開いた時にまさかないだろうと会長が注文したシャトー・イケムの47年が在庫に有って、たいそう驚かれたそうです。それで勝ったかも?と冗談も出ていました。

 

 

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ロマネ・コンティが当たり前のように。古いところで シャトー・カロン・セギュール1906年物までありました。ブランデーになると1830年のルイ・フィリップナポレオンも貯蔵され、これは僕が見た最古です。ベートーベンが亡くなった2年後ですからね。飲んでみたいものです。

 

 

 

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この部屋の風情がブリティッシュで実に懐かしいです。欧州時代の仕事場はこの感じでした。

 

 

 

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この広大な庭園を含め1万坪、坪300万円として土地だけで300億円ですね。すぐそういうことが気になる、職業病です。会津松平家の下屋敷の庭園だったとのこと。

 

 

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ランチとディナーをいただきましたがサービスともども第一級でございました。

 

 

 

感想

ニューヨークでJ.Pモルガンの邸宅(ライブラリー)で会食させてもらいましたが、調度品こそ違いますがそれを思い出しました。日本の財閥も大層なものでした。L社様にはこの2年にわたり多様な経験を積ませていただき感謝あるのみです。

 
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シベリウス 「カレリア」組曲 作品11

2015 JUN 11 2:02:43 am by 東 賢太郎

食通というわけではないですが、行った国や地方の郷土料理、田舎料理、酒を味わうのが大好きです。げて物でも何でも、土地の人がすすめるなら食べてみます。食は水と土と気候につうじていて、そこから人も文化も肌でわかるという気がするのです。

クラシック音楽も、食と同じほどに土地のものという性格があります。フランスはフランスの、チェコはチェコの味がしますんで。

たとえば、ワインひとつとっても、ダフニスを聴きながらコルトン・シャルルマーニュにロックフォール、イベールの寄港地を聴きながらきゅっと冷えたあんまり高価でないドライなシシリーの白にオリーヴ、シューマンのライン交響曲でクロスター・エバーバッハのトロッケン・アウスレーゼに酸味の効いたザウワークラウト、ハーリ・ヤーノシュにはトカイ・エッセンシアとフォアグラかな。考えただけで最高ですね。

ただロシアやフィンランドなど行ったことのない国は食も知りませんし、ロシアは渋谷のロゴスキーでピロシキやボルシチを食べてムソルグスキーを連想してみたりしたものの、やっぱりその地に立って空気をすってみてなんぼというものがありますね。だから、半端でないシベリウス好きの僕ではありますが、フィンランド料理は食べたことがないし、まだまだ彼の音楽はよくわかってないんだろうとコンプレックスをいだいて久しいのです。

シベリウスをはじめて知ったのはご多分にもれずフィンランディア、交響曲第2番あたりだったでしょう。それ以外は何をきいても全然いいと思わず、疎遠な時期が長かったのです。幸いだったのはロンドンに6年いて、あの白夜の裏側みたいに暗くて長くて陰鬱な冬を味わったことです。それがフィンランドに似ていることはないのでしょうが、あれで何となくシベリウスがいいなと感じるようになってきた。そんなものです。

ただ、それにいつごろ出会ったか覚えてませんが、「カレリア組曲」作品11というものがあります。そういうじわっとした体感からくるなじみ方とは別なルートで、この曲だけは初めて聴いた瞬間からいきなり好きであり、シベリウスが気になる存在になるきっかけとなっていました。非常にわかりやすい曲であり、どんな初心者でもすぐ覚えられるメロディーばかりです。

これを知ったのは当時フィンランドの若手指揮者だったオッコ・カムが1975年10月に録音したヘルシンキ放送交響楽団を振った演奏です。オッコ・カム。名前がエキゾチックじゃないですか。オケも本場ご当地もの。これぞ地ビールと郷土料理の味でなくてなんでしょう。

しかもこの演奏、問答無用に大変にすばらしく、今でも僕は聴くと夢中になります。このカレリア組曲以外はきく気にならず、あまりにインパクトが強くて自分でシンセサイザーで同曲を全部演奏してMIDI録音までしてしまいました。曲を問わずそこまでさせられた演奏というのはあんまり浮かびません。お聴きください。

第1曲「間奏曲」は鬱蒼とした森のようなホルンが響く序奏から主部に移りますがそこのティンパニの軽やかなリズム!弦のきざみ!なんて心がはずむんだろう。第2曲「バラード」のほの暗い歌。音楽が消え行って弦楽合奏が聖歌風になる場面、いいですね。どこか宗教的な沈静感が支配しながらも深々とロマンティックです。それが第3曲「行進曲風に」へ場面転換した瞬間、ぱっとあたりが明るくなって光がさす。これをきいてうきうきした気分にならない人がいるでしょうか。

べつにオーケストラが特にうまいわけではありません。でもすべてのパートが雄弁に何かを語りかけてくる。それも土地の言葉で!たとえば第3曲のヴァイオリン・パートと裏の木管が何度弾いてもこういうわくわくした感じにならないんです。ニュアンスの問題なんですが、これはやってみないとわかりません。気にいらず何十回も録音しなおしました。浮き出してくる生命力に満ちたチェロの対旋律なんかもそうです。

苦労しましたがなつかしい思い出であり、いい経験にもなりました。指揮者やオケのかたは大変なんだということがわかりましたし、僕はスコアをピアノ譜みたいに思って観ていたのですが、とんでもない間違いなことを知りました。ピアノ譜だってただ弾けばいいというものではないわけですが、弦のはまた表情の出しかたが別物です。

この演奏、あの譜面からこういう弾き方を引き出したというのは才能というしかありません。指揮者は同じ譜面からそういうものを読み取れるかどうかで大差がつくのですが、この演奏の場合、指示されたというよりもオケの老練の奏者たちが28才の指揮者の輝きにあてられて若やいだものが出てしまった、そんな感じすらします。

好き勝手な主観と思われそうですので、僕がそう思う根拠をお見せしましょう。

オッコ・カムは後年、ヘルシンキ・フィルハーモニーとカレリア組曲を再録音しています。これがその第3曲ですが、聴き比べてください(旧盤は11分21秒から)。

同じ指揮者と思えないほど「普通の」演奏になってます。全然面白くもなんともない。この時、オッコ・カム氏は41才になってます。オケは変わっていますがむしろヘルシンキ・フィルの方が格上ですから、カムがフレージングの考えを変えたか、若さのオーラが無くなったか、どっちかです。僕は両方あるかなと思ってます。考えを変えたというより「感じなくなっちゃった」。だからオケが反応しない。若いからできることって、あるんですね。

結局、こういうことをやりながら僕はシベリウスに深くはまっていったのです。今は交響曲では3、4、6、7番が心の中で旬をむかえています。ヴァイオリン協奏曲がいかに好きかは別稿で詳しく書きました。

4988005898661それでもこのオッコ・カムのカレリア組曲の旧盤は大好きなんです。他の指揮者のもありますが、どれもいらない。これだけで。タワーレコードでこれを含む3枚組が出ていて、新しいカッティングということで問答無用で買いました。音はすこし透明感が増していて嬉しいですね。ちなみにベルリン・フィルの2番も入っていてなつかしい。彼がこれを録音したのは1969年にカラヤン指揮者コンクールで優勝した翌1970年で、なんとまだ23才!颯爽としながらもロマンティックで、アンサンブルは雑な部分もありますがベルリン・フィルが充分やる気になっていてすごいことです。

 

( 追記)

ちなみに、28才の旧盤のほうですが、ドイッチェ・グラモフォン(DG)です。カムは交響曲の1-3番を振ってますが、4-7番は大御所カラヤンが振っている。つまりDGはカラヤンによる全集を目論んだが、カラヤンが1-3番とカレリア組曲を引き受けなかったのではないでしょうか(想像ですが)。だとすると、カラヤンのお目の高さは相当なものです。オジサンが振ってもだめな曲は若者に回したのかもしれないからです。それが正解であることは、まかされたカム自身が後に証明することになりました。

 

 

 

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断食は万能薬かもしれない

2015 JUN 4 0:00:30 am by 東 賢太郎

noi31断食にトライして今日で1か月になります。ほんとうに食べなかったのは始めの5日間で、その後は炭水化物とアルコールぬきで一日一食ペース。毎週末10km走っております。79kgあったのが今日は73.5kgで、まあまあの成果です。別にげっそりしたわけでもなく体はいたって元気で、今年中に70kgを切るのが目標でしたが意外に早く達成(?)かもしれません。我が家のプリンセス・ノイ(写真)が体重4.5kgとずっしり感いっぱいになってますが、彼女分の脂肪が腹や内臓についていたと思うとぞっとします。

これをやりながら、いくつか学びがありました。まず、あんまり食べる必要がないなという実感があることです。一日三食と思ってましたが一食で足りるという感じになってきます。飢餓感が意外にないからです。ここが最初は心配でしたし個人差があると思いますが、僕は子供のころ小食だったせいか平気でした。

このモードに入ると、体の中が何か変わった感じがします。

こうなったうえで、今日は肉が食べたいと思ったらお昼にしっかり食べる。飽食モードは脱してるので、体が欲しいものは本当に必要だと信用するということです。これで栄養失調にならないかは実験中ですが、いまのところOKそうです(これは万事独学型の僕の体感で、一般には専門家と相談された方がよろしいのでしょうが)。

次に、食べる、飲む以外の欲も断てるのではないか(まだトライしてないが)というそこはかとない自信が出てきています。飲食で「いらん欲」が79kgの肥満ボディをつくっていたように、気持ちの上でも「いらん欲」が悪さをしているかもしれません。たとえば物欲です。あれが欲しいこれが欲しい。でも持ってみるといらなかったりする。それに日々余計なお金と時間と労力を空費しているかもしれません。

若い時の物欲というのは夢やエネルギーをくれますから、あったほうがいいでしょう。しかし還暦の身空でそれはもう見苦しい。カネ、権力、地位、名声、不動産そういうものです。仮にそれを得たとしても、そのために苦労して早死にしたら味わう時間はありません。二子玉川まで川原を10km走って、ああ心臓が動いてるぞ良かったなあと感じる、その良かった~のほうが大事に思えます。

・・・・

さて、次でありますが、ここで本稿は一時ストップです。少しずつ書き溜めしていた下書きではここに次の青字のパラグラフが来る予定でしたが、ある事情によりこれは修正を余儀なくされております。

「次に、過大なエネルギーを要することはしなくなります。これがいい。怒らなくなるんですね。仕事でもスポーツでもよく怒って疲れてました。もう20年前の話ですが、会社でソフトボールのチームを作って監督をやっていたんですが、リーグ戦の試合になって、あるプレーにがまんならずマウンドまで行って大声で選手たちを怒鳴りまくってしまいました。相手チームまで凍りついてしまい、まずいと思いましたが後の祭り。大失態でした。でもいまならベンチに呼んでこっそりと次はこうやってごらんと指導できそうです。」

はい、その事情とは、昨日今日の広島カープ対日本ハムの無様な試合をTV観戦し、ヘボ采配にひとりでめちゃくちゃ怒ってしまったことです。20年前にグラウンドで怒鳴りまくったぐらい。はい、まだまだ断食が足りておりませんようで・・・・

でも緒方監督には怒鳴りまくるぐらい思いっきりやって、勝つ気を見せてやって欲しいもんです。いいわけですが、そのソフトの試合は負けましたが終わってチームでヤケ酒飲みに行って「みんな悪いな」って謝ったら、逆に一番怒られたやつが「東さん、遊びじゃないんですね、ほんとに勝ちたいんですね」って言ってくれて、そこからチームがちょっと強くなったんですよ。

 

閑話休題(以下、本稿の続きです)・・・・

 

一番恐れていたのが精神的に「ガス欠」になって仕事の気力が萎えることです。しかし杞憂でした。仕事も力を入れないドライバーショットの方が飛ぶ、そんな感じです。事業というのは利益を求める「物欲」がベースにありますが、いまは会社の存続のため、ひいては自分以外の人の幸福のためという気持ちです。もちろん家族と社員を食べさせていく自信はある。でも食べるだけでなく、会社が健康に育つために努力する、そういう目線になっています。

それで飛距離が出ているのか、このひと月は大きな案件が2つ3つ出てきて、それもこちらから求めていったというよりチャンスが自然と廻ってきた感じです。頂き物のつもりですからかえって大事にしなきゃと思う、不思議なものです。ほんとうにうまく運べば会社が一皮むけて脱皮できるかもしれず夢がありますが、これもさっきの「怒り」といっしょで疲れるほど期待はしたくない。まあだめならだめでいいやと思ってます。こんなこと、断食前はなかったですね。

この「求めない」というのは新境地です。他人ではなく自分に求め続けてここまで来ましたから。でも求めさせているのは自分というより「我欲」なんです。欲が人格に作用してしまう。だから金や権力を持つと人は変わると言います。欲が倍加するからです。持てば持つほど等比級数になって、結局その人を支配してしまうエイリアンです。一生使えない資産を持っていても、それを稼ぐために費やした時間と労力は戻ってきません。

「足るを知る」といいます。まだ知ったとはお世辞にもいえませんし入門できたかぐらいですが、心も体も何となく何かに踊らされてブロイラー状態になっていたことだけは知りました。そんなことで早死にする人がいるかもしれないとも思いました。親にいただいた人生ですからmake the best useということです。やってみよう(簡単です)と思われる方に、僕が一応参考に読んだ本を書いておきます。

「3日食べなきゃ、7割治る!」(船瀬 俊介・著、三五館

2週間で効果がでる! <白澤式>ケトン食事法」(白澤卓二・著、かんき出版)

「糖化」を防げば、あなたは一生老化しない(久保明・著、永岡書店)

 

 

 

 

 

 

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