歯を抜かれた爺いのたわごと
2026 SEP 27 12:12:50 pm by 東 賢太郎
このところ歯が時折痛むようになっていた。 2、3年前にかけた左上のブリッジの裏で、虫歯かどうかはわからないが、歯茎が痛いのだから異変があるには違いない。そうした中で韓国旅行となり、 4日分ということで、常用しているリステリンを携帯用の小瓶から少し大きめの容器に入れて携帯した。これがまずかった。羽田の手荷物検査で引っかかり、問答無用で没収されてしまったのだ。
帰国した9月7日から痛みはさほどでもなくなりなんとか持ちこたえていたが、今度は噛むと痛くなってきた。これはまずい。でも歯医者は嫌いだ。子どもの頃からロクな記憶がない。トドのつまりがロンドンだ。藪医者で親知らずを抜いて血が止まらなくなり、数日間も左の頬が腫れ上がってひどい目にあった。
そうこうしているうちに9月24日になった。朝方のこと、ふと、そういえば母が「歯が痛いの、噛めないのよ」と深刻な顔で頬を押さえており、何日かたって歯医者に行ってきたんだろう、「こうしてもらったのよ」と笑うとその歯が半分くらい金ピカになっていて何だか複雑な気持ちがしたのを思い出した。
9時になった。株価をチェックする。「どの辺で売るかな」と仲間に電話をすると、「別件ですが」と提案をもらった。いいねと即決し、あれこれ算段を練る。電話を置き、「そうだなこういう前向きなことを考えている時に歯が痛いなんて戦意喪失だわな」とふんぎり、ついに思い切って歯医者に電話したのである。
看護師に感じを伝えると「それはいけませんね、午後3時半に来てください」だ。もうジタバタしても仕方ない。ただでも嫌なのに、床屋すら危険であるパ二ックも出かねない、この恐怖たるや文字でお伝えするのは難しい。するとまた母が出てきた。「行きなさい」。叱られた気分になって渋々歯医者に足を向けた。
「こりゃ抜くしかないですな」。即座に死刑宣告だ。「先生、べつに痛みが収まりゃいいんですけど」「また痛くなります」。問答無用。完全降伏だ。彼の顔が舌を抜く閻魔大王に見えてきた。「わかりました。やりましょう。痛くないようにお願いします」。看護師さんの失笑を買い、刑はつつがなく執行された。
この話は、翌25日金曜日のディナーでいい酒のつまみになった。みんな同世代だ。「俺なんか5本インプラントだぜ」。こういうのは女性のほうが強かったりもする。「なによそんなの」。もうボコボコである。 吉祥寺の南欧料理の名店だ、奥歯が一本なくても意外に食える。ワインも旨い。やっぱ抜いてよかったんだ。
会社からは四ツ谷で中央線だった。 18時前だ。ギュウ詰めの快速を一本やり過ごす。次のは乗れたが身動きできぬ押しくら饅頭だ。そうそう、中高とこれに乗って通学が往復3時間。しかも野球部。「俺の人生何が偉いってこれに耐えたことさ。毎日が護摩行みたいなもんよ、もう何にも怖いもんなくなっちゃった」。
超満員のまま電車は吉祥寺に着いた。早めだ。東京にこんな人がいたのか。雑踏をかき分けて「猫でもわかるわよ」と言われた東急デパートを探すのにうろうろして15分。「左が北口、右が公園口?なんで南口じゃねえんだよ?わけわかんねえ」と電話すると「その辺の人に聞きなさい」だ、いい加減なやつだ、人後に落ちぬ方向音痴ってわかってるのに。
いい店だった。「南欧料理ってのがまたいいな」。そういや先日までセビリアのブログ書いてたし。奥方、ここ高校時代からお気に入りだったのよという。カネ持ちっていうかそれ不良じゃねえかなんてチャチャが入る。マスターが最近なくなって息子が継いでる。彼女の横に写真が置かれた。「ああこういう雰囲気の人だ、いい感じだねえお会いしたかったなあ、俺、南欧大好き人間なんだよ」。
「1学年上だね」「この歳になると明日生きてるかどうかも分からんよ」「終わったことなんて関係ねえな」「いまの1分1秒が楽しいかどうかだけだ」「でもいい時代に生まれたよな」「そう、なんでも俺らしかわかんない感性あるらしい。他の世代からは謎らしいぞ」「 一流国じゃなかったしモノなかったし脱脂粉乳出てたしな」「でも夢あったもんな」「だから何か残してやらなくちゃいけないな」
「そうそう、 お土産があるのよ」。マレーシアのポロシャツだ。キャプテンバティック。「いいね。俺自分で買わない色だ」「だからいいのよ、あのウグイスのパンツに合わせて」「そんなの持ってねえぞ」「持ってるの」そもそもウグイス見たことないしそんな色わからん。でもはいてるの見たって言うんだから持ってるらしい。
完全に酔っ払って帰り道は犬好きの女性陣、他人の高そうな犬をわあ珍しいなんて褒めてしばし飼い主と盛り上がってしまう。野良猫専門の僕は為すすべなしだ。旦那に向かって「君たちね、その腹はいかんよ、俺も人のこと言えんけどね、きゅうりダイエットで79キロが74まですぐ落ちたの。すごいよ、塩もマヨネーズもつけちゃだめだよ丸かじりで、騙されたと思ってやってみな」
帰りもまた中央線かと諦めてたら「井の頭線で渋谷に行っちゃいな」だった。「次は何だっけ」「やだね鬼怒川でしょ」でお別れ。「今度いい株くるからこれ買っとけよ」。「その次は不動産王のマレーシアかな」。「そろそろ野球ロスの季節だありがてえな」。電車は前に住んでた下北沢、そして青春時代の駒場東大前を通った。半世紀前か。世紀で数えられる。ジュラ紀みたいに。
帰ってみると、なんと広島カープが3対1で巨人を下していた。いい日だった。もう歯のことなんか忘れちまった。部屋で机に向かって、どんなに酔っぱらってもつける日記帳を開いた。あれれ?昨日が空欄だぞ。歯医者のドタバタで忘れてたんだ。でも抜いといてよかった、じゃなきゃ今日も痛くて食えなかったさ。ええと昨日は・・9月24日。あっ、母の誕生日じゃないか。
今でも残る43年前にセビリアで考えたこと
2026 SEP 22 13:13:53 pm by 東 賢太郎
先々週にスペインの夕焼けのブログを書きながらセビリアを思い出してました。もともとの支配者はゲルマン系の西ゴート王国でカトリック。それがウマイヤ朝に征服されイスラム支配が5世紀続き、それがまたカスティーリア王国に征服されてカトリックに。世界史であっさりとそう習って覚えたわけですが、それで大学には入れても実は何にもわかってませんよ。なぜなら僕がそういう教訓を得られたのは43年前、28歳にもなってそのセビリアにはじめて行った時のことだからです。その場にたたずんで、感ずるものをじっくり味わった記憶が血となり肉となる。本当だから若者はやってごらんなさい、その場でわからなくてもいずれわかります。わかったら財産です。旅行は投資です。金をケチってはいけません。
前の文明は上書きされ消えるのが世界史の常識です。どこへ行ってもそう。つわものどもは夢のあと。例外はありませんでした。ところが、セビリアでは人間も文化もが異教徒間であるにもかかわらず適度に混合し、滅んだはずの文明が遺伝子となって生きているのです。征服者が貧しかったわけでもないのにイスラム寺院の遺構がカトリック教会の一部になり、アラビア語で記されたギリシャ文明を組織的に翻訳し、エンタメは昔ながらの闘牛があると思えばロマも入ってきて土着していてフラメンコの聖地にもなった。実に異例中の異例の場所なのです。
残っている著名な一例としてグラナダのアルハンブラ宮殿があります。当時スペインは全く無知で、アランフェス協奏曲はここで書かれたと勘違いしていたくらい知識がなかったのですが、ひとつだけ、イスラムの城・宮殿なのにこれもレコンキスタで破壊しなかった。なぜだろうと思ったことだけ覚えてます。行ってみてその理由がどことなくわかる気がしたのです。
ここに立ってみた方は納得いただけると思うのですが、この水鏡、言ってみればただのプールです。それが巧みに配置された幾何学的な造作物の一部となると、頭がクラクラするほど、言葉を失うほど美しい。衝撃でした。
カスティーリャ王ペドロ1世もここに立ってみてきっとそう思ったんでしょう、セビリアに建てたスペイン王室の宮殿アルカサルもこうなった。
まあ僕の趣味ではごちゃごちゃした分、美しさは相当グレードダウンしてますが、異教の美意識を分け隔てなく認め、宮殿に取り入れてしまったスペイン人の本能に忠実なこだわりのなさ、フレキシビリティというものはユダヤ教徒にもイスラム教徒にもまずないです。スペイン人はその後に仕事でたくさん会いましたが個人的にはほとんど知りません。そういう気質なんでしょうか。万が一にもパレスチナ問題が片付いてどっちかの天下になってもアルカサルみたいなことは絶対に起きないでしょうね。
セビリアという都市ですが、コロンブス艦隊はここから出港して新大陸を発見し、しこたま金を儲けた。地球が丸いと証明されてない時代です。本能に忠実なこだわりのなさは蛮勇のもとにもなりますが、運さえ良ければ大発見や大成功のもとにもなるのです。後にマゼラン艦隊の出港地ともなり、大航海時代の拠点としてスペインが獲得した新大陸の富はまずセビリアに持ち込まれました。だからでしょう、アルカサルは血の匂いとともにカネの匂いも濃厚でした。
調べてみるとイスラム支配を殲滅し、新大陸で殺戮と強奪を繰り返して築き上げた富はやがて美意識につぎ込まれています。画家ではティツィアーノ、ルーベンス、ベラスケス、ゴヤ、音楽家ではドメニコ・スカルラッティ、ルイージ・ボッケリーニがこの宮廷の世話になってます。アートというものは性善説だけでは語れないのです。人間の愚かさ、残虐さ、強欲な性(さが)というおぞましき泥沼に咲いた蓮の花のようなものかもしれません。アートをする人は美意識だけ持てばいいですが、それを社会の中で健全に保持しようとする人は清濁併せ飲まなくてはなりません。
コロンブスという男はイタリアのジェノヴァ出身で、港に立派な像(写真)があります。前に立ってみて、こんな偉い奴だっけと複雑な思いがいたしました。1492年に最初に到達したイスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国)だけで「虐殺・戦闘」「処刑」「奴隷化・強制労働」「飢餓」「病気」で50万人ぐらい殺された。キリスト教化の名目で罪の意識もなくです。もし日本人がしてたら慰安婦像みたいのが100万個も建ったでしょう。奴隷化・強制労働がカネになる味をしめるとアフリカ人が対象になりました。1549年に日本にやってきたフランシスコ・ザビエルはバスク人ですが(モーリス・ラヴェルの母親も)、信長のままで秀吉、家康がいなければ日本も危なかったかもしれません。
1853年。コロンブスが見つけてキリスト教徒に乗っ取られたアメリカ合衆国からマシュー・カルブレイス・ペリーという男が浦賀にやってきました。名目は日本を捕鯨船の寄港地とするためでしたが、一皮むけば牙をむくコロンブスと同じような荒くれた奴らです。僕はキリスト教には何の反感もありませんし、むしろそれが生んだクラシック音楽と共に育った人間ですが、教義が骨の髄まで染み込むと脳が誤作動してとんでもないことをしでかす「人間という動物」が危険だという論点は全く別です。この時、貿易・開国を強く迫ったハリスに返答するという重い外交判断を迫られた大老・井伊直弼の危機対応はやむを得ぬと思います。開国猛反対で即時攘夷派の水戸斉昭も、越前藩主松平春嶽あてに、「本当は開国しかないが私は攘夷派の頭目と攘夷派の人々に思われているため、開国と言えないので貴君らが開国を計らって欲しい」と手紙を書いている(wikipedia)。まあ僕には本音の吐露というより小ずるい逃げに見えますがね、政治の当事者たちにとってそれほどの難局だったということで最高権力者で逃げ場がなかった井伊直弼が一番大変だった。僕の頃の教科書には「戊午の密勅」の記載はなく知りませんでした。安政の大獄は孝明天皇が幕府より先に斉昭に詔勅を送り、朝廷の代理人としての幕府の立場が危うくなったからやむなく起きたと理解します。僕の先祖はこのとき起きた水戸天狗党の乱でばりばりの尊攘派、一橋慶喜押し派で薩長と通じ、幕府にひっ捕らえられて小伝馬町に投獄されてますから本当は井伊直弼をほめちゃいけないんですがね、会社のオフィスがホテルニューオータニで井伊家屋敷跡にあるもんで微妙な気持なんです。水戸斉昭が「キリスト教は危険」と看破していたことだけは特筆したいですがね。
コロンブスは航海日誌にこう書いています。
「彼らと友好を結ぶため、それにまた、彼らは力ではなく愛を持って接すれば、より速やかに解放され、我らの聖なる侵攻に帰依するとわかったので、彼らの何人かに赤いボンネット帽や首にかけるガラス玉の数珠といった安価な品をいくつか与えたところ、彼らはとても喜び、我々も驚くほど和やかな間柄になった。(中略)彼らは良き下僕になるに違いない。なぜなら私が見るに、彼らは私が話すことすべて、すぐに後について口にするからである。また、私は彼らは速やかにキリスト教徒になると信じる。なぜならいかなる宗派も持っていないように思われたからである」
1945年。今度はダグラス・マッカーサーというアメリカ人が日本に上陸しました。若いころ女にモテなかったことと、野球に熱中して成績が落ち野球をやめたことだけは親近感を持ちましたがあんまり好きになれない奴という印象です。コロンブスの日誌を読んでいたのかどうか、安価な品を与えれば日本人はとても喜び、驚くほど和やかな間柄になることを発見したが、キリスト教徒化はうまくいかなかったんです。だって現在にいたって、韓国人は31%も信者にしたのに日本人はたった1%ですからね、無理なんです。うまくいかない根源は天皇の存在だと気づき皇室にもそれを仕掛けたし、新憲法で地位を骨抜きの象徴天皇としたわけです。しかしながら、それでも天皇の神性を日本人の心から消せなかった。我々国民もなぜかと言われると厳密には分かりませんが、それが「歴史というものだ」とでも説明するしかなく、何ら合理性の見えないこの説明だけは歴史のないアメリカ人にはわからなかったのです。お分かりと存じますが、だから日本国が日本国であり続けるためには男系男子という2千年の歴史は変えてはいかんのです。それをああだこうだ言って変えろという人たちは、日本国が日本国であり続けて欲しくない人たちだと本性を見抜くリトマス試験紙のようなものです。いいですか、アメリカはこの度のイランとの戦争でまっさきにハメネイ師を殺しました。この人はイラン国民にとって当時の日本の天皇のような存在だからです。宗教だからアメリカはわかりやすかった、天皇は宗教の教祖でない訳のわからない存在なので、マッカーサーの意見もあって同じ扱いをしなかったんですね。ところが殺したのにイランは腰砕けにならなかった。これがトランプ最大の誤算だったのです。いまだにわかってないんですねアメリカは、自分たちがいかに歴史の重みを学んでないかということを。
ヨーロッパからの移民が作ったアメリカが覇権国家になったのは、ルネサンスと産業革命を起こし科学技術による圧倒的な殺傷力を持つ兵器を手にした優位性からです。次の優位性は生成AIがもたらし、それを手にした者が宇宙という新たな新大陸を支配することにもはや議論をさしはさむ余地はありません。宇宙からは容易に地球上のどこでもピンポイントに核攻撃できるので軍事力競争もそこで終了です。その地位がアメリカに保障されてはいないことをアメリカは知っており、ベセント財務長官が何立峰副首相に対し「米中AI対話」の設立を持ちかけたというニュースが昨日飛び込んできたのです。僕は2017年5月23日にこのブログで日本の教育に警鐘を鳴らしました。
優生学を信じているに違いないベセントらアメリカのエリート連中が真剣に中国を恐れている。日本に言ってきたのは「円が安い。金利上げろ」だけ(トランプに詰められたんだろ、ああくだらねえ)。中国への対話要請は科学技術競争のためでもキリスト教のためでもなく、種の保存の危機感のためです。 中国共産党の幹部がずらりと理系であり、日本はそれ自体が国家戦略上まったく無価値でしかない「文系思考」というものの産物であるところの「文系重視」という末期的トートロジーにはまりこんだまま身じろぎもせず(というよりそれを否定してしまうと自分の権威も権力もなくなる文系権力者がドミナントであるから)、ブログを書いてから9年たってツケがいよいよ来てしまいました(唯一の反応と思われたのは2021年度から早稲田大学政治経済学部が入試で数学I・Aを必修科目としたこと。志願者数が減るならそのこと自体が合格者の質は上がることを示唆します。僕のころ東大2次試験の倍率は2、3倍です。敬意を表します)。80年前にアメリカが恐れたのは日本でしたが、理にかなった戦略で中国がその座にとって代わりました。AIは受け身でしかない日本はこのままならもうお呼びでない。
こうなった原因はもうひとつあります。国民全体が「一億総中流の平等を良しとする共産主義的思想」の塊ですから、高学歴になっても金持ちに自動的になることは許さない。だから若年の役人は可愛そうなぐらい薄給です。若い頃クラス会で酒が入ると「なんでソープのオヤジが年収1億円で!」と怨嗟の声が結構まじめに上がった。なるほどそれが本音ならデフレ政策とったほうが気分いいわなあとも思いました。誰しも人間だし家族の幸せもあるし収入が大事なのは当然のことと思います。政治家、役人は外国に比べ地位、能力に見合う収入を得ていないと不満を抱えているのは口外しないだけで事実です。だから、身を滅ぼさない安全な手口でマネトラ、ハニトラ、お好みのメニューさえ用意されれば簡単に買収できてしまうのです。帝国海軍の幹部が英国にイギリス人名義の口座を作って賄賂をもらっていたシーメンス事件が良い例です。権力者の買収は低開発国の代名詞で国の恥ですから明治の昔から報道機関もグルになって秘匿し、日本を手籠めにしたい外国勢力はその低開発国性に容易につけ込めたのです(現在だってね)。ものすごく勉強しないと進めない道に進み、高級官僚になっても熾烈な出世競争があるわけですからマクロ的には国家トップの秀才たちを低賃金で雇えてる国が儲かっているということで納税者も帳尻はあっているのではないかと僕は思っています。ただしお気楽な世襲政治家にその温情は当てはまりませんが。
中国の理系重視は軍事力重視であり、米露と同様日本人をトラップする側です。スパイにだって仕立てます。だからスパイ防止法が必要なんです。それと人民元の基軸通貨化の両輪でアメリカを凌駕してヘゲモニーを奪うことが明確な目的になっているのです。そして、それは極めて正しいです。だからベセントは警戒しています。地方の金融機関にある天文学的な不動産貸し倒れ損失の隠蔽を続けおおせるうちに人民元を暴落させないだけの財政収支の取り繕いがうまくいけば中国人民は安心安全かつ世界平均以上は幸せに暮らせる可能性を手にします。アメリカのマネしてお札を刷りまくればいいんですから簡単です。文系ばっかりの日本の保守派は習近平はそのうち失脚するだろうなんて思ってる。とんでもないですよ。万一そうなっても次の主席が同じこと続けるだけです。理系は文系と違って答えは一つで属人的な遊びなどないんです。「AIで人類絶滅論」の現実味が出てきてオープンAI、アンソロピックなどが開発の自主規制を言い出しましたが、規制される奴が規制するなんて善人づらして嘘つき放題ということ。泥棒が市販する鍵のスペックを決めるようなもん。市場を安心させる嘘です。ましてや中国が本気で加わるなんて、あるわけないでしょそんなの。ディープシークは 7割ぐらいは追いついたと言われますが未上場だから情報開示義務がない。もう追いついてる可能性もある。アメリカがブレーキ踏んで自分がアクセル吹かせば勝てるなら千載一遇のチャンスでしょ。
日本に有能な理系人材が多くいることはノーベル賞の数で証明されています。問題は理系のいない政府がそれを国策に有効に使えず多くが企業まかせなことです。企業は政府ではなく株主のためにそれを使う。国のためを強要すれば株価が下がって技術力を失います。それもこれも、裏金キックバックやハニトラで釣られ、富と欲望への渇望を満たせば受験勉強に時間を費やした人生のバランスシートが均衡すると考える文系エリートが国を支配しているからです。そんな個人的なもんこれから国力の生命線を握る生成AI開発、宇宙進出技術開発にとって100%どうでもいいんです。それにつけこんでアメとムチで日本の支配層をいいようにくわえこんできたアメリカは、日本は中国の路線で中国と対抗できる能力を完全に失ってしまった国であることを知ってます。ならば日本人はどう扱おうか。簡単です。奴隷働きさせ、バブルのころ三公七民だった租税負担率を財務省を締めあげて五公五民で絞り取らせ、小さな幸せで満足させ、貯蓄はすべて米国債の購入に当てさせてドル紙幣を刷りまくってもドルの価値を支えるブタの貯金箱とする。邪心を催させぬようイラン同様核保有させない。そういうことです。今回訪米でトランプは高市の名前を覚えておらず、石破とおんなじ日本の総理大臣と呼びました。冷酷なもんです。トランプがどうなろうが変わりません。敵は中国だけじゃないんです。
欧米と金融商売を16年もやってるとかように人が悪くなるんですね。市場で戦って継続して利益を出すためにはウルトラ現実主義者、究極のリアリストでなくてはいけません。子どものときからその傾向はあるのですが、この期に及んではもう筋金入りです。もっと悪い人にもたくさん会いますし、そんなのに騙されてたら商売にならないから騙す側に回るしかないんです。43年前にセビリアの酒場みたいなレストランでディナーしながら楽しんだフラメンコショーは、予想とはだいぶ違うものでした。日本人が踊るのを見た記憶があって、あんなふうにスポーティで可愛らしいイメージかなと思ってましたがとんでもなかった。踊り子の女性たちが凄まじくたくましいのです。手を打ちながらオレオレ!なんて発する掛け声は野性味たけだけしくまるで男。まあ百歩譲ってカルメンのカスタネットの歌がこんなだったら様になるのかなと思った次第。ああこりゃいかん。 10万年ぐらい前に分化したのだろうか、チンパンジーほどは遠くはないのだろうが全くもって異人種であるのだなあと悟ることに相なったのです。とっても無礼に聞こえましょうが、向こうもおそらく東洋のチンケな我々を猿と思っているのでお互い様でありましょう。そうでもないと小さな島で50万人も殺したり原爆を落としたりはできないでしょうからね。
そうそうベートーべンが「君のあれね、楽譜見たよ、ブッファに才能あるね、これからもその道を行きなさい」とロッシーニをほめたあれが「セビリアの理髪師」だったんです。もっともそれはだいぶ後になってロッシーニが回想した話であって、本当に両人が会ったかどうかはわからないことになってます。ロッシーニは会ったといい、ベートーベンの秘書シンドラーはそれを否定してます。僕はシンドラーを嫉妬深い小物の詐欺師と思ってるのでロッシーニを信じてます。「セビリアの理髪師」はボーマルシェの戯曲でこれが前編、そして後編こそがあの「フィガロの結婚」。モーツァルトに繋がるんです。ベートーべンは「イタリアでモーツァルトは上演されているか」とロッシーニに質問してます。こいつがウィーンに住み着いたらヤバイと思ったかもしれませんね。
軽快でノリが良くたくさん笑える愉快なオペラです。彼はこれ3週間でさくっと作曲したんです。音楽には早熟で数々の女性歌手と浮名を流し39本のオペラを書いて今のカネで100億円ぐらい稼いで全欧州に名のとどろく巨匠になった。にもかかわらず37歳でオペラ界をさくっと自主引退し、後半生は趣味であるグルメに情熱をささげ「**アッラ・ロッシーニ」と命名された20~30はあるとされるフランス料理がいま世界中で食されているという真の傑物です。こういう名誉、カネ、女に満ち足りた男はね、小物の詐欺師とちがって「ベートーベンと会いました」なんて嘘をつく必要なんかないんです。これ人間の鉄則ですよ、だから僕は信用するんです。クラシックが堅苦しいと思っている人はイメージが変わると思いますよ。連休ですからお時間があればアバド、プライ、ベルガンツァの最高のキャストでどうぞ(日本語の字幕設定可)。
3泊4日で韓国行ってたもんで・・・
2026 SEP 12 0:00:10 am by 東 賢太郎
飛行機は7年乗ってない。元から嫌いなうえパニック障害ありで、よくそれで海外部門がつとまりましたねと不思議がられる。思えば証券界でそんな人間は見たことないし、むしろ好きな連中が多い。昔のパスポートを全部引っ張り出してみると、乗ってる乗ってる、全部のページに所狭しとイミグレーションのスタンプが押してあって気が遠くなり、数える気も失せた。最後はオーストラリアのケアンズだ。 10時間ぐらいかかるが、娘が一緒だったのと、ナイトフライトだから酔っ払って寝ちまえばいいと思い切ったのだった。
この度乗ったのは、野村証券のロンドン仲間との韓国旅行だった。ソウル、済州島だからフライト時間は短いものの3度も離着陸があり心やすくはない。仕事は立て込んでいるがこの仲間はことさらの戦友だ、楽しくないはずがない。よし飛行機は我慢して行こうと決意した。こういう場合、僕には問題が2つある。ひとつ目が荷造りだ。たった3泊なのにあれもこれも必要となって収拾がつかず、最後は必ず家内にお任せになるのだが、ロックした後もあれ忘れてないかこれあるかなと心配でならない。綺麗に整ったスーツケースは行った先で開くとめちゃくちゃになり、翌日戻そうとするが、何も増えていないにもかかわらず、入らないのである。
ふたつ目に集合時間というのがある。出発は羽田9:20だが万一の場合にそなえ7:30に来いとラインが来た。過去の習性からこれは僕を念頭に置いてると思われる。現地においても、ホテルの部屋で各自が休憩して昼食は何時、バスの出発は何時なんてのがガイドさんから伝達されるが、覚えてもすぐ忘れる。そこは長年のことだから心得ていて、手元にある適当な紙片に場所と時刻を書き留めるのが習慣化しているのだが、休憩中にいざそろそろとなって部屋でそれを探すと、紙片が見つからないのである。せっかく整えた荷物をまたひっくり返し、やがて思いもよらぬ所で発見して記された時間を見ると、たいがいが今でしょなのだ。
3泊4日のスケジュールで一番心配だったのは体重である。 79キロだったのがダイエットで74キロになってる。現地で出されたものは残すと失礼だし、それ以外のものは口にすまいと肝に銘じたがいきなりチョンボをしてしまった。朝7時半なんて早朝に出てくることは年に何回もなく頭がボーッとしており、ラウンジで「JAL名物です」と勧められたカレーをうっかり食べてしまった。機内に入ると大韓航空のビジネスは2-2-2でセミファーストのスペース感がなかなかよろしい。これで2時間、パニックは大丈夫そうだと安心すると、そういえばKALのビビンバは旨かったなとランチに注文し、完食してしまった。
もう10年近く行ってないインチョン空港にランディングした。何度ここに来たことか。色々あった。目の前に走馬灯とはこのことだ。ソウル市内で調印した契約書の不備を見つけ、作った韓国の弁護士の目の前でビリビリ破り、ビビった彼はここまで見送りに来たっけ。なんて野蛮な人間だったんだ、悪いことしたなぁ元気かなあいつと考えていた。空港のレイアウトはずいぶん変わっていて中国からの便も着いたり大混雑だ。やっとイミグレにたどり着いたと思ったら、「やばい入国カード書いてないぞ!」と前の仲間が騒ぎ出す。僕が書いてるはずない。おい参ったな、いらなくなったのかと思ってたよ、あるのも忘れてたよ、ペンねえか、まあいろいろ声はあったがまるで施設の爺さんの慰安旅行である。
到着口で何人かが出迎えてくれ、ミニバスに乗るとスハドンなるソルロンタンの店に着いた。何とランチだという。まいった。カレーにビビンバときて昼時にして3食目だ。ところが名店の威力はおそろしいもので食べられてしまうのである。蚕室(チャムシル)のロッテワールドタワーまでは半端でない渋滞で1時間半かかった。窓から眺めるソウルの街並み、人の群れ。ああ、一人当たりGDPで抜かれたんだなあと見えてしまう気持ちがうら寂しい。日本語ペラペラのガイドさんに「ロッテワールドタワーは123階建てになっております。ホテルはその中にあるシグニエル ソウルでございます。90階のお部屋をご用意しております」と言われ何も考えずにはいと言ったが、エレベーターに乗ってもなかなか到着しない。そうか池袋のサンシャインのてっぺんから30階も上なんだ。
部屋から外を見るとこんな感じで、こいつはその昔、マンハッタンでエンパイアステートビルから見てぞっとふるえあがった景色だ。高所恐怖症なんで。そうでない方にとって、このスケールのパノラマを体験できるホテルとなると、世界広しといえどそうはない。
お子ちゃま連れのファミリーにとっては、すぐ隣にディズニー風の遊園地であるロッテワールドがあるから最高だ。僕らも連れて行かれ、 7月にオープンしたアトラクション「ゴジラ x コング: THE RIDE」をご体験くださいということにあいなった。(帰国して探してみたがオフィシャルトレーラーはこういうもので、撮影厳禁らしく我々が体験したものとは違う)。
こいつはおすすめだ。アメリカで流行のイマーシブというやつで日本語では没入型エンタメなんて呼んでる。大人だって爺いだって「没入」できるが低学年の子にはちょっと怖いかなぐらいのところだ。学生時代にアナハイムで初めてスペースマウンテンに乗った時の怖さに似てる。ロッテワールドは入場料6700円とのこと。これも含めて乗り放題はリーズナブルだろう。
6時頃になって、いよいよこの日の4食目!である。国賓
をお連れするという三元ガーデンなる老舗は予約が取れないので有名らしい。高級な韓国料理は小皿の数がすごい。自分で注文しないので何が出たのかよくわからないが、野菜が多いので満腹にならない。僕は韓国料理は食べたことないものはほとんどないが、ここは食材も調理法も味付けも普通じゃない、とにかく何を食べても美味である。アックジョンにある。ソウルに行ってここで食べないのは意味がない。
この旅行に特別の理由も秘密もない。なんで招集がかかったかも知らない。幹事のKから「来れますか」と2か月前にラインが入っただけだ。入社年次の幅が8年ある8人。ロンドン会と名はついてるが利権があったりいやらしいサラリーマンの寄り合いみたいなものは微塵もない。全員がお互いを深く深く知っている。それも昨今がどうのではない、僕が30代の前半だったロンドンの1984年から90年あたり、同じ職場で日々ピリピリしながら早朝から夜中まで毎日100億円のノルマをこなしていた全盛期の野村證券トップの営業軍団だ。ということは証券界のトップであり、この8人こそマーヴェリックだと書いて反論できる者は1人もいない。たとえは古いが、V9巨人軍のレギュラーメンバーだけのOB会みたいなもの。ちなみに5人はその後上場企業役員、 2人は企業グループオーナーになっている。
翌日になった。済州島に移動する。日本はずっと雨の予報でたぶん台風の余波は韓国にも来るだろうからゴルフはだめだなと諦めていた。ところが、ソウルから1時間15分の大韓航空機で到着すると、何のことない快晴だ。プレイは明日の予定だったが天気が読めないから晴れてる今日やっちまおうと予定を変えてもらった。スカイヒルCCは米国のゴルフコーストップ100のうち
13のコースを設計したロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニア設計の名門コースである。いきなり「今日やらせろ」なんて馬鹿野郎ものだが、それが難なくできてしまう。「世の中って不公平にできてるよな」、辛口ジョークのIさんが笑わせてくれる。それはよかったのだがここで僕は異変を察知する。パットが入らない。グリーンがどうの芝がどうのではない。18ホール中ワンパットはなんと1度きり、あとはほとんどスリーパットの111。こんなの人生初で、ははあ俺はガチャ目なんだと気がついた。右目はなんとなく曇っていて距離がおかしい。眼医者行けといわれるが行ってる。まあショットもめちゃくちゃだったから下手になってるだけかもしれないが、去り際にコースに「申し訳ありません」と頭を下げた。こういう時いつもそうする。高校球児だからグラウンドに入る時と出る時は礼をする。僕にはゴルフの神様と野球の神様がいるのだ。コースは何もしない。悪いのはいつもお前だよって言われる。
クラブハウスでもらったロッカーのナンバーが226だった。神様の啓示かな、気になるな。そう、これを書いてる今日は911だ。あの日、赤坂のチャイナクラブにいて、日本語カタコトの女の子がすっとんできて「飛行機がペンタゴンに落ちました」なんて言う。はっ?お前なに言ってんの?大丈夫か?でも周りの席もザワザワしだしたのですぐタクシー呼んで代沢の家に戻ると家内も大変よだ。226ってのはそんな感じか。そうか、これか、パット入んなかったの。ホールアウトして、ホテルは近いからシャワーはそっちでとなった。ロッカーめがけてつっ走った。なぜかというと、とにかく僕は幼稚園の頃から着替えや荷造りが遅いので有名だったのだ。人の2倍はかかる。手が不器用。どんくさい。ビリでなかったことはない。ロッカーの番号を忘れて騒ぎになるぐらいのことは日常茶飯事だが、それだけは助かった。226のおかげだ。
翌日も済州島はあっけらかんと晴れだった。日本は集中豪雨らしい。まあ俺は晴れ男だからねというと、俺も俺もである。これだけ傲慢な人が集まると雨も逃げるのだろう。「今日もやるか」。長老の超アクティブな提案は多数決で却下された。みんな足腰が疲れて観光の方がよかった。それではと準備してくれ、小学生の遠足みたいにミニバスに乗り込んだ。「済州島はあんまり台風来ないんですよ」とガイドさん。「そうか、じゃあ9月はまた来るべきだね」「カジノで勝てば旅費も出るからね」。証券マンは常にオプティミスティックだ。僕は海岸のテラスでワイン飲みながらぼーっとしてミステリーでも読んでたいな、一週間ぐらいと思ったが口にはしなかった。
バスは島の南側を東へ1時間ぐらい走る。お昼は地元のおばあちゃんがやってるカルチワンというローカルな郷土料理店だ。島の名物である太刀魚料理が売りだ。こいつは房総半島の方で釣ったことがある。「夜明け直前の15分ぐらいしか食いませんから」と言われ多少の釣果はあったが、確かに日の出とともにパッタリあたりが消えた。持って帰ったがさばけないのでもったいなかった。本場の塩焼きとご飯で食うと、ちょっと骨っぽいがうまい。あてのキムチが4種類も出てきて味が違うから飽きが来ない。赤くないやつが酸っぱくて格別においしい。乳酸菌発酵はまちがいなくお腹にもいいだろう。こういうのは都会でなく田舎の知恵であり、そこに来てリアルに味わえるなんて貴重な体験だ。ソウルの洗練に対する素朴。どっちがいいかなあ。
「済州民俗村」は昔の漁村を再現したものだ。そういや小学校のとき修学旅行で明治村ってのに行って、なんにも覚えてないが結構いいなと思った記憶だけある。そんな感じか。海が近いので海女さんがもぐって魚貝を取ってきて、人間のこやしを豚が食ってその豚をまた人間が食った。海のエネルギーを人と豚でリサイクルしたってわけだ。なんのてらいもない素朴さがいいなあと大好きになった。女性が強いんだろうけど、やさしそうだ。泥棒もいないらしい。島だからすぐ捕まるってのもあるが、そんな悪人いないんじゃないか。だって昔にここに生まれて育ったら悪だくみして人の富をかすめとろうなんて思わないよ。
日本もこうだったんだろうなとほのぼのした。韓国語は全然わかんないけど、語感やイントネーションはそっくり。ちらっと聞こえてきて、あれ日本人かな、と思うほかの外国語を僕は韓国語以外にひとつも知らない。写真の女性はお人形さんだろうけど、ぜったいにやさしいな。
島の最大の観光地はこれらしい。城山だ。韓国本土にも火山由来の地形はあるらしいがここは顕著だ。 5000年前に噴火でできて180m。登れるらしい。

ちょっと疲れてる。ガイドさんたちが気を利かしてくれて近くの広々したモダンな喫茶店にしけこんだ。 若者ばっかりで爺いの遠足が入ってくのは気が引けたが、お付きの皆さん、スケジュール外のことも交渉してくれたのか奥まった席にゆったりと陣取れたのである。コーヒーで30分ぐらいリラックスしただろうか、これからホテルの方に戻ってクルージングですという。
といっても大きめの幅でマストのついたヨットみたいので少しだけ沖に出る感じのようだ。風が強いのか、揺れが半端じゃない。波でせわしなく1m以上ギッコンバッタンあがったり下がったり。立っていたほうがマシ。膝を使ってスキーのスラロームでこぶをなめてる感じで揺れを吸収していると酔わない。座ったまんまで船と一緒に揺れてちゃダメです、そうした方がいいですよと声をかけるがみんないうことを聞かない。やがて船酔い組が出てきた。それ見たことか。やがて船は沖に出たんだろう、釣り竿が 5、6本出てきてみんなで糸を垂らす。おんなじようなことをミクロネシアのチューク島でやってオケラだったよな、餌もついてねーしここもそれだろ。
2、30分トライしたものの案の定である。すると我々が飽き飽きしてきた雰囲気を察したのだろう、船員のお兄ちゃんたちがやおら動き出し、まな板に包丁で何やら魚をさばき出した。あれ、彼らが釣ってくれたのかな?「どうぞ食べてください」。船室の中に入ると大皿に白身の刺身と醤油が用意されてるではないか。「これなに?」「ひらめです」長老がちょっと苦々しげに口を開いた。「東、スーパーで買ってきたやつだよ」
ひらめは美味だった。「あいつら手あらってねえからワサビたっぷりつけろよ」。先輩方は引いてしまったもんだから僕が半分ぐらい食った。乗り物酔いはしないし、少々のものを食べても平気。胃が強いんだろうな。
いよいよ最後の晩餐だ。済州島のもうひとつの名物、黒豚のサムギョプサルである。あまりにあれこれ我が儘で予定を変えたものだから、お店の予約はしてなかったらしい。この辺いちの人気店と聞くトンサドン西帰浦店に着いたが満員みたいだ。どうなるんだろう。しばらくして女主人にどうぞと招かれ中へ入ると、 奥まった部分のテーブルががら空きだ。「貸切ってくれたみたいですよ」とYがささやく。さすがにすごい政治力だ。着席するとすぐ、一辺が 20cm以上ある立方体の肉塊が運ばれてきて、これをお料理しますと見せられる。それを網の上に置き、サイコロに切り分けてくれる。同じ網の上にアワビとニンニクをつけたオイルも乗って熱々になり、それにひたして肉を食べる。至福の時とはこのことだ。
今回は贅沢をさせていただいた。時間をかけたのはゴルフだがそれがメインだったというわけでもなく、とにかく朝昼晩8人が揃ってあーだこーだやる。当時のもっと上の上司ネタなど大人気だ。「Xさんとアムス外交に行くとさ、ホテルの前に直行するのよ、でも部屋がひとつしか空いてなくてさ・・・」なんて具合で、えっ?あの泣く子も黙るXさんがですか!!なんて具合で大爆笑で盛り上がる。
みんな気持ちはあの頃だ。とにかく朝早くに課長が決めた100億円をその日の夕方までに全部売り切らないと家に帰れないのだ。皆様には何のことやらさっぱりわからないだろうが、シティーの並みいる機関投資家連中が血眼で巨大な日本株ポートフォリオを組み始めた時代だ、彼らに100億円の株式を売りさばくなど驚くほどのことでない時代だった。「今日はKのおかげで助かったな、早く帰って久しぶりに女房とメシ食おうぜ!」なんて涙ぐましいことになるわけだが、「全部売り切らないと帰れないんだよ」といくら口酸っぱく説明しても、一般の人である奥様方には誰も理解されてなかった。
各人の売り上げは営業場の奥にあるホワイトボードに都度都度に書き出される。今日誰がどの株をいくら売ったか一目瞭然なのだ。出来が悪いと「馬鹿野郎何やってんだ」と上司に万座で罵倒される。シティは狭いから訪問セールスもする。帰社すると「どうだった?」と注目される。電話セールスがうまくいって決まると、自分でホワイトボードに銘柄と株数を書き込みに行く。お昼までに何も出てない日などほっとする。お客さんは英国人だから18時には帰宅する。それまでにオケラだと針のむしろだ。そういう日が続いてしまう人はだいたい次の定期異動でロンドンからさよならだ。ノイローゼになってしまった人もいるし、半年で別の部署になんてこともある。プロ野球の一軍ベンチさながらであった。
ということで、昼間にワンショット100億級の注文を取れば満塁ホームランだ。夜の10時を過ぎてまだ残っていると全員がお客さんの自宅に電話をして買ってもらう。これはスクイズだ。とにかく何でもいいのでやり切れば全員が解放されて帰れる。だから最後の1点をもぎ取ったのが最年少だろうがなんだろうがヒーロー。サンキューベリーマッチで電話を置くやいなや全員がスタンディングオベーションだ。でも明日はまたゼロからやらなくてはいけない。これを毎日毎日、 5、6年も一丸となってやった。常に新しい情報を仕込まないとオックスブリッジ卒のお客さんに相手にされない。常に勉強だ。辛いこと8割、でもホームランを打ったりヒーローになったりで2割は格別に誇らしい快感も味わえる。
野村証券だからといって全社がこんなだと思ったら大間違いだ。国内の連中にこの話をしても誰もわからない。海外に出たことない奴は海外は遊ぶとこだと思ってる。そんな奴らと同じ土俵で評価されるのは不愉快極まりなかったが鍛えてもらったこっちは70になっても職があり奴らは年金生活者だ。元オーストラリア大使の山上信吾氏の著書を読んでいたらまったく同様のことが熱く語られている。外務省に入りながら大使に一度も出ず、本省キャリアだけで政治家に媚を売って事務次官になる奴が続出してる。これを馬鹿野郎と言ってる。わかるわかる。同じ気持ちで僕も飛び出してみずほ証券へ行った。当時の野村から見れば銀行系証券は野球なら独立リーグみたいなもんだ。でも「海外の奴」は国内に戻ってきたら国内の奴など根こそぎ押し倒せることを見せつけてやった。そのみずほ証券はいまや立派なプロ野球球団だ。実に痛快なことである。
以上が事実だから自慢でも何でもないし、ただのファクトだから自分史を書こうと思ったら書かざるをえない。こんな素晴らしい旅行をさせていただけるのも、ご指導ご鞭撻を頂いた大先輩がたのおかげである。いただいてるご恩の方がお返ししたよりずっと多いからもっともっとやらなくちゃいけない。人と人の関係は人の数だけあるが、僕は人との出会いに恵まれてたと思う。なぜならこんな人生を歩める能力なんか自分にはないからだ。ロンドンにいた頃はこれは実力だ、俺は能力あると疑ってもいなかった。あのまま勘違いしてたら人生終わってた。それに気づいたのは失敗して天狗の鼻をへし折られたからだ。失敗はチャレンジしたからあった。そしてチャレンジは自信があったからやったのである。「禍福はあざなえる縄のごとし」とはよくいったものだが、自信と失敗もまさに縄の如しだ。若者は自信過剰ぐらいでちょうどいい。
ではその逆だとどうなるか?なんにも自信のない人はなんにもチャレンジしないから失敗もしない。失敗しないことを是とする文化からは何も生まれない。「失敗したらどうするんですか?」「やってみないとわかんないだろ?」僕はそれで人生を渡ってきた。我が母校にこういう人物は少ない。当然だ、失敗しないほど勉強したから合格してる。そのかわり遊んでない。女も知らない。役人は金もない。そういうのが人生の損失を取り戻しにいくから裏金に手を染めハニトラに引っかかるのである。先日も、警察庁サイバー警察局サイバー捜査課長が捜査費をくすねて詐欺と背任、偽造有印私文書行使の容疑で東京地検に書類送検され懲戒免職になった。女に貢いだらしい。たった170万円で人生めちゃくちゃ。エリートの何が間違ってた?学生時代に思いっきり遊ばなかったことだよ。
楽しい時間は終わり、いよいよ成田にランディングした。雨だ。あれだこれだメールが入ってる。浦島太郎が帰ってきた。成田エクスプレスのチケットを買おうと列に並んだら、何国人だか知らないがヤンキーっぽい若いカップルが何をクレームしてるんだかいっこうに窓口を立ち去らない。おい、こっちは並んでるんだよ、あと10分で44分発が出ちまうんだ、逃すと1時間も待つんだよ。イライラする。窓口の若い女性がこれまたバカ丁寧に笑顔で対応なんかしちゃってる。ガイジンさんオモテナシのマニュアルでもあるのか上司の指導なのか、それ作ってる役人も外人の扱いなんかなんにも分かってねえんだよ、勘弁してくれよ、こんな奴らおとといおいでで蹴散らせよ。
本当にいい国だ。阿保の外人でもやさしく大目に見てくれる。俺に気があるのかぐらい思いっきり勘違いしてテイクアドバンテージするなんて当然だろ。人が食い殺されてるのに熊がかわいそうだって奴らと同じだ。オモテナシはやめろ。日本人は江戸時代から進化してない。カタナ捨ててチョンマゲ切って似合いもしない背広着てネクタイ締めてるだけだ。美しい日本を守ろうなんて頑張らなくても、100年たっても変わんねえから大丈夫だよ日本は。むしろ、こんなに俺たちが無理難題ふっかけて困らせてるのに、なんでブチ切れねえんだあの窓口の女?ってほうがいいかもしれない。不気味だからね。
昨今の野球を取り巻く不思議な現象
2026 SEP 4 2:02:20 am by 東 賢太郎
還暦になろうかという税理士のN氏が、テニスでどっかの県の中学生チャンピオンにシングルで勝ったという。うまいのは聞いていたが、これは大変なことだ。同時に思ったのは、そういうことが起こり得るテニスはいいなということだ。野球はせいぜい40までだ。還暦じいちゃんズが中学のチャンピオンチームに勝つことは、もとプロのオールスターチームだったとしてもまずないだろう。
10年ぐらい前、そのN氏とグアムでゴルフのマッチプレイをやった。ドライバーは20ヤード置いていかれ、白旗状態の9番で5打負け。そのグリーン上で何だったかひとこと言われて火がついて、5mの下りフックラインを気合でねじ込んで俄然優勢になり、後半でひっくり返した。彼はよほど悔しかったとみえ、いまだにその話が出る。それだ。それで彼はいまビジネスで成功しつつあるのだ。
男であれ女であれ、何事かでいっぱしになろうと思ったら、 いちばん大事なのは「負けず嫌い」だ。才能は発射台にすぎない。生まれつきゴルフがシングルの人はいない。同じ「つとめる」でも「務める」「勤める」はパッシブである。努力の努の「努める」はアクティブに「力を尽くしてはげむ」の意味だ。尽くすには燃料が必要で、負けの悔しさほど火力抜群のものはない。
本当を言えばこうやって大人に諭されて出る火力は知れてる。本能的に、悔しい、ちくしょう!と悶絶してこそ最大の火力になる。昨日の阪神ヤクルト戦で、外角きわどい所をストライクコールされて三振した阪神の森下が主審にガンをたれて詰め寄り危うく退場になりかけた。勧められた態度じゃないが、よほど悔しかったんだろう。最近はおとなしくなってこういう選手がいなくなった。
その象徴が、昨今のエンタメ・オールスターだ。江夏の九者連続三振。打者と投手の究極の力勝負は三振で、あれは9人に恥辱を与えて悔しがらせたいサディストのショーだった。仲良し村の今の選手たちにそんな空気はない。紳士になったというか女性化したというか、僕には全く理解できない。サーカスで牙と爪のないライオンのショーを見てる感じ。あれのなにが面白いんだろう。
同じく昨日、信じがたいことだがカープのピッチャーが中日のバッターに4回ぶつけた。さすがに4つ目、中日ベンチがぞろぞろ出てきてカープ側もおうやったろうじゃねーか風情で応じ、乱闘やむなしかと思われた。ところが中日の選手にそんな気配はなく人ごとみたいに整列なんかしちゃってる。すると、井上監督が新井監督に歩みより、肩をポンポンして何やらささやいて終わりであった。
これはちょっと背景がある。鈴木投手の2つは120キロ台で痛くない。ターノックの2つは150キロ超えの危険球だが悪意はないただのノーコン。選手もわかってる。こんな奴マウンドに立たすなよが井上のひと言で、新井もやむなく替えたんじゃなかろうか。井上は入団時はピッチャーだ。中日ファンのためにあえてポーズだけの怒りさえも見せなかったとすれば大人と思う。新人監督だしその道での実力は知らないが、おそらく、企業経営者で偉くなるタイプであろう。
そこで思い出すのが、一昨日の解説者の権藤さんだ。ベンチの井上監督が画面でアップになると「見て下さいよ。勝負してる者の顔じゃないですよ」とボロカスだ。なにせ権藤、権藤、雨、権藤の球界レジェンドだ、言いたい放題である。「ピッチャーもうまく間を取ってますよね」「間じゃないんですよ、テンポが分かんなくなっちゃっただけですよ」とアナウンサーなど眼中にもなし。ピンチになると「あのねえ、水なんか持ってってる場合じゃないんですよ」とやることなすことこの調子だ。
いや権藤さんご立派です。僕もあの水とタオルはやめてほしいな。あれ、駅伝の給水の影響じゃないかな、みんなで支えてるよタスキを繋ごうぜっていうあれは確かにいいシーンだよね、駅伝はそういうものかもしれないが、ピンチのピッチャーがサービスしてもらって立ち直れるって、そんな甘いもんじゃないよどう考えても。持ってく投手コーチは当然わかってるけど、世の中そういうほんわかムードが「いいですね」なんてなっちゃって、これも1つのお仕事だ、こんなんで雇ってもらえるんならと割り切ってやってんじゃないかな。権藤さん、それも気に食わないんだろうね。
ついでだけど甲子園の7イニング制ね、誰が考えたか知らないがジョークは勘弁してほしい。そんなもん野球じゃないよ。暑さ対策ならベスト8決まるぐらいまでは京セラドームでやれよ。高野連に金がない?クラウドファンディングで簡単に集まるよ。株式会社化して資金調達すればもっと集まるよ。可能な道はあるのに、お偉いさんのポストと地位名誉のためにルールを壊す。野球の神様の冒涜だ、やったらバチが当たるよ。
もうひとつ。スポンサー側にうまくまとめるアナウンサーが評価されるんだろう、東京ドームのゲームでの巨人OB解説者とナアナアのビバ・ジャイアンツ節に辟易してテレビから離れた僕にとって、バンテリンドームでダメならダメで中日をボロカス言うなんてこれぞ中立のメディアだと座布団10枚贈りたい。スポンサー側にうまくまとめる姿勢は、よってたかって高市政権の足を引っ張るクズみたいな番組とまったく同じだ。やればやるほどテレビ消す人が増えていくが、テレビ局はそうしないとファンが怒る、スポンサーが逃げる。つまり全てカネである。カネにメディアの操を売っている。死球4つの背景を見定めて乱闘しなかったとすれば、井上は野球人の操を売っておらず立派だ。
すると対極なのが阪神の森下だ。しかし彼はカネのために審判の冒涜をしてない。単に「負けず嫌い」で悔しいと見える。昨今は3割打者が減っているが、投手の球速が増したからが通説だ。しかし腕を強くふるなら制球は甘くなるからノーコンが増えた。速いノーコンは打ちにくく打者は率を落とすということだろう。だから審判にストライクゾーンを厳格にとってもらわないと厳しい。そういうギリギリの心理の中で森下は三冠王を狙っているだろう。サトテルに負けたくない気持ちもあるだろう。それもこれも負けず嫌いのなせるわざ。 26歳として当然といえば当然。カープ戦で打って欲しくないが清々しい若者だ。
意識フィールド宇宙論
2026 JUN 19 16:16:02 pm by 東 賢太郎
目まぐるしく動いた5月。仕事の経緯を整理しようと日記を読み返していると5月8日の欄にこんな殴り書きがありました。
「コリント人のようにやかましいだけで・・・」という言葉が心に浮かんで目が覚める。
コリント人?ねぼけてたのか急いでたのか、どんな夢を見ていたのか、なぜこんなのを書いたか不明です。試しにそのまんまChatGPTに打ち込むと、新約聖書の「コリント人への手紙第一13章」の一節が出てきました。
たとえ私が人の異言や御使いの異言で話しても、愛がなければ、騒がしいどらや、やかましいシンバルと同じです
パウロがコリント人に書いた手紙。不思議ですね。なぜなら僕は読んだことがなく、知見もなく、今もってコリント人が何者かよく知りません。
じゃあいったい何だったんだろう?? ミステリーです。
大学時代にヘッドホンで音楽をループで流しながら布団に入って朝までぐっすりだったことが数えきれないほどありました。ベートーベンの交響曲や春の祭典などが耳元でガンガン鳴ってる。目覚めてみてそれに気づき、はじめのうちはあまりのことに耳を心配して少々焦りました。しかし大丈夫どころか熟睡感があって頭がカーンと冴えているのです。そんなものだから今でもyoutubeをつけっぱなしでよく寝ており、家族に心配されてます。延々と言葉が流れてますがお構いなしで熟睡し、頭には何も残ってませんがやっぱり良く寝た感があります。特技かもしれません。
検索すると「睡眠中ずっと音楽を流していると様々なリスクや悪影響が生じる可能性があります」とあり、夜間に脳内で「イヤーワーム(頭の中で音楽が繰り返し流れる現象)」が発生しやすく、入眠に時間がかかったり夜中に何度も覚醒する傾向がある、なんてのが出てきます。しかし僕においては入眠の苦労も睡眠中の覚醒も無縁で、音楽は昼間でも常に頭の中で鳴ってるのでイヤーワームは自然体です(ブログを書いたからでしょう、現在は間断なくカーペンターズのメドレーが流れてます)。
モーツァルトもこうだったと想像するし、鼓膜で聞こえる必要ないのでベートーベンは音楽が書けたのでしょう。彼らとの決定的な違いは、僕のは誰かの音楽のリフレーンにすぎませんが彼らのはオリジナルだということです。散歩しながらベートーベンがそれを「拾う」ために手帳を常備していたことは有名です。僕にそんな天啓はありませんが、「コリント人」だけは読んだり聞いたりした誰かのリフレーンの可能性はゼロなので天から降ってきたとしか考えられません。
夢は意識の産物とする理論はカール・グスタフ・ユングとジークムント・フロイトが提唱しました(無意識の反映とも)。しかし意識というものが脳のどこにあるかはいまだ解明されておらず、 それは脳内にあるのでなく宇宙空間に広がっていて、脳は「受信機」としてそれと交信しているという説も紹介されてきました。そこに昨年、物理学専門誌『AIP Advances』に「意識フィールド宇宙論」という革新的な論文が掲載され話題になったそうです。これで知ったのでお借りします。
https://www.yuki-clinic.jp/diary/diary-2237/
意識とは、「人間は考える葦である」(パスカル)、「我思う故に我あり」(デカルト)を挙げるまでもなく人間の存在そのものであります。「ある」「あり」という命題そのものも紀元前500年の「パルメ二デスの有」にさかのぼります。その起源がビッグバン以前に “存在” した意識フィールドだったと仮定すると(意識が先、宇宙は後という驚天動地の逆転)、物質世界を探求する物理学に先立つ意識場という未解明の世界でフィールドは海、意識は波の関係である。これは場の量子論において、電子や光子など粒子が宇宙に満ちる場の「励起状態」として記述されるのと全く同じ考え方で数理モデル化できる。この展開は実にスリリングで魅力的です。
波は海そのものだから、ベートーベンは田園交響曲のテーマを海から受け取って何ら不思議ではありません。天から降ってきたのではなく、波である彼の脳にある量子の励起状態が海のそれと同期した時にそれが起きたことが数学で証明できれば、同じことが他の作曲家で起きなかった証明は不可能でしょう。海との同期の比率が高ければ聴衆(ほかの波)への同期性も高いわけですから世間で名曲と称えられると思われます。モーツァルトの魔笛、シューベルトの即興曲集、ベルリオーズの幻想、シューマンの詩人の恋、ワーグナーのトリスタンとイゾルデ、ブルックナーの8番、シベリウスの4番、ビゼーのカルメン、ドビッシーの牧神、プッチーニのラ・ボエーム、ブリテンのピーター・グライムズ、メシアンのキリストの昇天のような曲の “ある部分” に僕が感じる「霊感」とでも呼ぶしかないものの正体はそれではないかと思うのです。その部分の楽譜をお示しすることはできますが、音符のどこにそれがあるのかわからないことは、意識が脳のどの部位にあるのかわからないことと相似形です。
去年の7月に「アガスティアの葉」を体験し、これは「アカシックレコード」にちがいないと信じるようになったことは書きました。ブラックホールに星が吸い込まれると、星という物の3次元情報は球面の膜に2次元情報として記録されることがスティーブン・ホーキング博士の研究によって数学的に証明されています。
その2つは等価、つまりある空間領域の情報量は領域の体積ではなく表面積によって決まっています。これが「ホログラフィック原理」です。敷衍して、宇宙の出来事はすべて「アカシックレコード」に2次元情報として書かれており、それをインドの僧侶がアカシアの葉っぱに書き取っており、我々は脳が同じものを受信して3次元に変換して認識したものを「人生」と思って生きているという思考実験は不可能ではないでしょう。僧侶のお告げが当たっているのにびっくりしたのですが、元が同じなら必然です。
球面を内側から見ると直線は曲がっています。 2次元である正方形の辺がブラックホールの重力で同じ率で同方向に曲がっていれば3次元の球になることをイメージするのは容易です。我々が見たり触ったりして立体と思っているものはすべてオリジナルの平面に書いてある情報をもとに脳が作った3次元イルージョン(幻影)であるとイメージすることは容易でありませんが、ここまで数学の証明でつながってきているので否定するすべはありません。さらに、 アインシュタインが踏み込めなかった量子力学は、我々が「観測」しなければ何物も存在が確定しないことを「シュレディンガーの猫」の思考実験と、観測が現実に結果を左右した「二重スリット実験」で示しています。
そういえば子供のとき、天城山の夜空にくっきりと浮かんだオリオン座を見て、あの綺麗な形はなんとなく作り物っぽいな、あれって本当にあるんだろうか?と疑ったことがありました。ひょっとして夜空の星全部が、太陽も月も、実は地球人に見せるためのプラネタリウムなんじゃないか?そう思ったのです。今になって、最新の学説を聞きかじることでますますそう思っています。オリオン座はあります。でもそれは我々が見て観測した場合だけで、すべての人において観測すればどの人にもあのように見える「何物か」としてアカシックレコードに情報として記載されている。我々は地球上で2次元情報を3次元と解釈してきてますから天空に輝く星も3次元だと思っています。望遠鏡で観測し距離を測定するとバラバラである。だから3次元だ。しかし観測されればそういうデータを与えるよう情報が書き込まれているだけで、全部が同じ球面に張り付いている可能性はゼロでしょうか。我々のお隣の恒星、ケンタウルス座プロキシマまでスペースXの最新高速ロケット「スターシップ」で飛ぶと4万年かかります。現在の科学の進化度合いにとどまる限り人類は太陽系を脱出できません。金魚鉢で生まれ育った金魚のようにそれに気づいてもいません。どんなインチキの仕掛けでも、人類がそこに近づいてばれる心配はありません。星空は別室で誰かが操作しているプラネタリウムかもしれないのです。
頭に入ってない「コリント人」が夢に出てくる。海から波に励起が伝わったというわけですが、もしかするとこれが前世の記憶なるものではないでしょうか。僕の魂(波)が前世ではそれを良く知っており、意識フィールド(海)と5月8日に量子の励起状態が同期し、夢に現れたのではないか。なぜそう思うかというと、僕は2才のときに「自分ではない意識」が作動したとしか思えない記憶を持っているからです。このエピソードは以前のブログに書きましたが、それは我が最古の記憶になります。2才まで住んでいた家の縁側で、父親のSPレコードを縁石の上に落として割ってしまったことです。ずっしりと重たいレコードがパリンと割れる経過をスローモーションみたいにくっきりと覚えているのです。小さい破片を拾って表面の真っ黒なコーティングをはがすと、驚いたことに中央部から紙が出てきました。それを見て「新聞紙だ」と即座に思ったのです。以上です。母が近くにいましたが何を言ったのか、当時32歳だった父が帰ってきて叱られたのかどうか、全く覚えてません。しかしよく考えるとおかしいんですね、2才の赤子は新聞を読みません。なぜ新聞紙と思ったと記憶されているんだろう?どうにも説明がつきません。
「前世の記憶」は調査事例はありますが、転生を前提とするため数学の出番はなく、根拠は見つかっていません。しかし、繰り返しになりますが、「意識が脳のどの部位にあるのか」という問いにも数学の出番はなかったのです。説明がつかないことに、説明しようと努力もせずスピリチュアルだオカルトだとレッテルを貼るのは愚かなことです。数学で説明がつかないという事実に次の地平への扉が開かれていると思考することこそ科学的な態度だと僕は考えています。アインシュタインは「量子もつれ」を「不気味な遠隔作用」と呼び、いわばオカルト扱いしましたが、その存在を実験的に検証することに成功したアスペ、クラウザー、ツァイリンガーの3人に2022年のノーベル物理学賞が授与されています。
最古の記憶の次に覚えているのは次の家での3才の七五三で1年後です。「新聞紙」と確認できる意識がありながら、それから1年間なにひとつ覚えていないなんてことがありえるのでしょうか。どうしてもここからは不本意ながらスピリチュアル、オカルトな話にしかなりえませんが、僕には「前の人物」がいて、レコードに関心があり、だから乳児の体を使って破片を微細に観察したと考えると納得がいくのです。その関心は物心ついた僕に残って、何年か経つと、音楽よりもレコードに対する物としての執着のほうが強く、どうして細い溝から音が出てくるんだろう?きっと溝の中に小さな演奏者が入ってるに違いないとまじめに信じていた時期がありました。溝を顕微鏡で観察してそれはないことが発覚してからは、溝のぐにゃぐにゃに理由があるに違いない。ではレコードに自分で溝をつけてみようと内周部の真っさらで光っているところに針でそれらしいのを掘り、実験で針を走らせたらバリバリとすごい音がして観念しました。愚かです。
https://sonarmc.com/wordpress/site01/2025/10/21/%e6%9d%b1%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%af%e3%81%8d%e3%81%a3%e3%81%a8%e5%ae%87%e5%ae%99%e4%ba%ba%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%a7%e5%a4%a7%e4%b8%88%e5%a4%ab/
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ある祝賀パーティーで考えたこと
2026 MAY 27 14:14:43 pm by 東 賢太郎
一昨日オークラであるパーティーがありました。高円宮承子女王、菅総理はじめ政財界お歴々に混ってお招きいただき、ほんとうに楽しい時間を過ごさせていただきました。たまたま同じテーブルだった自民党の塩崎彰久衆議院議員が大学、学部、MBAとぜんぶ後輩ということがわかりました。まあそうでなくても僕は遠慮も忖度もないから「俺は高市さんの大ファンだからね」とぶっちゃけ、後で調べたら彼も総裁選の決戦投票は高市さんらしいからまあよかった。「彼女、大活躍で疲れてるだろうね」「いえそれが意外に元気なんですよ」なんて言う塩崎議員も元気だ。油がのりきった49歳。僕から見れば若者であり、素晴らしいナイスガイであります。今度ウォートンの会合に呼んでもらうことになりました。
やがて宴もたけなわになり、司会者のご指名で林芳正総務大臣がピアノ弾き語りでレット・イット・ビーと南こうせつをご披露。とても楽しませてもらいました。思えばピアノが弾ける政治家というと安倍晋三氏もだし、志位和夫氏のショパンのワルツ変イ長調 作品69‑1も立派なもの。海外だと英国のヒース首相はモーツァルトの3台のピアノのための協奏曲をバレンボイム、アシュケナージと第三奏者で商業録音したし、米国のニクソン、フランスのマクロン、ロシアのプーチンもたしなみ、米国のコンドリーザ・ライス国務長官はブラームスのピアノ協奏曲第2番をステージで弾いたようです。もちろんそういう家に生まれ教育も受けてるのですが、国務長官の激務にありながらそれをやってしまうのは想像を絶する超人ですね。政界も財界も官界も世の中にはすごい人がいるものです。
政治家の方々と話して思うのは、ある意味人気商売である、大変な職業だなということです。そこでこう思うのです。ピアノで選挙に当選するわけではない。単なる余技です。にもかかわらず訓練に時間をかけてピアノを弾く。好きでないとできませんね。すなわち、世渡りだけの人ではないという証明なのです。これは人物を知るのに重要な情報と思っています。ピアノでなくてはというわけでもない。高市さんのドラムというのは仕事姿からは想像できない面をお持ちということで、歌いながら叩くドラムは天才的なセンスがあり、歌は僕にとって人類史上最高の女性歌手であったカレン・カーペンターを思い出します。こういう方は政局だけの飲み会なんか出ない。僕に言わせれば当たり前以外の何物でもない。本業に影響ないわけではないですよ。余技で著名な人というと中日の山本昌投手のラジコン好きは有名ですが、僕は投球のことが少しはわかるので、なるほどそれで40代でノーノーやったあのピッチングかと思うので、やっぱり人物を表しているといえるのです。それ一本の仕事師もそれはそれで素敵ですが、僕は多面的な輝きを持つ人に大いに惹かれます。
ただ、芸能人もそうでしょうがいつも人に見られ好感度を保つという人生は楽しい面もあるでしょうがストレスフルでしょう。このパーティーの後、耳にとどいたのは巨人の阿部監督の件です。彼は昭和スタイルで批判されてましたが、昭和であれ令和であれ一流になれるならそんなことは関係ないでしょう。やって実証した男なんだからそうなりたい人はついてけばいいし、そうでない人は自己責任でそれなりの人生を好きに歩めばいいじゃないですか。彼が息子とキャッチボールしてニコリともしないとこれまた批判している人がいますが、だったらお母さんとやって草野球でもしてろ、世の中そんな甘くねえんだってことです。僕も息子とのキャッチボールは笑顔も手抜きもなしでした。うまくしてやりたいと思うからそれが親父の愛情なんで、昭和だなんだなんて馬鹿らしいもほどがある。
普通の人ならニュースにならないかもしれないことが事件になってしまう。阪神に3連敗して明日から交流戦というストレスは我々には計り知れないものがあったでしょうが娘さんにも娘さんの世界があったわけでどうにもならない。プライバシーの領域ですから他人があれこれ言う話ではなく、静かにしてさし上げるのが一番ではないでしょうか。SNSだチャッピーだという時代で有名税がにわかに高くなってきてます。これはもう元に戻ることはありません。政治家の皆様も他人事ではないかも知れず本当にご苦労様です。職業という言葉を感じさせない高市さんが総理をやってるのは、そうした意味でも時宜にかなった登板だったかもしれません。
パーティーの主人公が誰かは調べれば分かることですのであえて書きません。若かりし頃の激動期に長らく苦楽を共にした方であり、今回の栄誉は感無量であります。
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我がふるさと神保町風物詩
2026 MAY 14 14:14:04 pm by 東 賢太郎
5月9日、土曜日の事。久しぶりに古本屋街を歩きたくなった。半蔵門線を降りて、神保町交差点に出ると、GW明けにしては心なしか日差しが強い。そういえば去年の事、やっぱりふらっとここへ来て、さあ帰ろうと地下鉄の入り口に向かっていると、階段でも何でもない平らな歩道で急につまずいて転び、ぶざまにひっくり返った。とっさについた右手の親指が逆向きに、爪の半分のところで折れ曲がってしまい、今でも自在に曲がりにくくなってしまった。あれ何月何日だったかなと日記をめくると、なんと本日、5月13日だった。
足が向いた理由は、久しぶりにレコード屋を覗きたくなったことと、駿台予備校時代にずいぶん通った洋食屋とかカレー屋が懐かしくなったからだ。靖国通りにあったディスクユニオンは消えていた。じゃあ御茶ノ水店に行こうとそこから裏路地に入り錦華公園にさしかかったとき、ふと気がかわって猿楽町方面に足が向いた。そこに東家の聖地があるからだ。明治17年に我が曾祖父・東由松(1952~1917)が能登の寒村から上京し現在の猿楽町2丁目に銭湯を作った。ボイラーの機械釜を初めて風呂釜に利用し「キカイ湯」と呼ばれ、絵師に壁に描かせた富士山の絵は、その後全国の銭湯のスタンダードになった。いまはビルなっている。
キカイ湯の目と鼻の先に、東京音楽大学発祥の地の石碑が建っている。わが国最古の私立音大で明治40年の創立だから曾祖父は存命中だ。錦華公園の隣にあったのが夏目漱石が通った錦華小学校で、「吾輩は猫である」の冒頭を刻んだ石碑がある。だからといってそれで僕がクラシック音楽好きになったり漱石ファンになったりしたわけではなく最近になって知った。ただ、こうしたものは神のみぞ知る人生の符牒と解釈している僕は運命論者なのだろう。
毎朝ぎゅーづめの総武線を水道橋駅で降り、東京ドームの反対側になる東京歯科大の前から白山通りを歩いて千代田区立一橋中学校に通っていた。当時、クラスに容姿の気になる女の子がおり、密かなマドンナとなっていた。彼女は地元の子であり、毎朝道の反対側の日大経済学部のちょっと先あたりから白山通りに現れた。ということは猿楽町あたりに家があったのであり、昭和46年まで営業していたキカイ湯を知らないはずがない。まだ猿楽町が自分の祖地とは知らず、女子に声をかける勇気も持ち合わせない子供であったから、お近づきにすらなれず誠に情けない思い出であるが、この方のお名前に曾祖父と同じ文字があるのだからこれも何かの符牒だったのかもしれない。
ハイティーンで陸軍新兵として徴兵され散々な目にあった父だが、男子の徳育には軍隊調も辞さずの厳しさだった。かたや母はそれを嫌い、欧米調のリベラルな気風である成城学園が好みで小学校まではその気風で染まっていた。一転して一橋中に入れられた事は完全に父親路線に鞍替えさせられたことを意味した。キカイ湯は由松の長男が継ぎ、次男の我が祖父・憲次郎は人力車を企業化した秋葉大輔2代目と事業を起こしたが自動車の台頭と関東大震災で途絶えた。震災の翌年に本郷4丁目で生まれたのが父・由之助である(「由」は由松に由来)。父は男3女1の4人兄弟の次男で、服部精工舎に勤めた長男をのぞく一家は板橋の清水町に住んでいた。母屋と離れがあり、庭には池があるそこそこの木造家屋で、僕は昭和30年にその離れで生まれたのだ(賢太郎は祖父に由来)。写真のプレートを掲げた長男系の東堯氏と子息の実氏はそれぞれ東芝の副社長、常務取締役で日本色彩学会会長および東京理科大教授であり、次男系の父の兄弟もみな理系だ。だから僕も本来は東大なら理科一類に行くのが筋で文系にはおよそ縁遠く、色弱という理由でそっちになってしまった悔いは今でも残る。
ディスクユニオンに来たのは転んだ時以来だ。その折は何も買っていない。さすがに10,000枚も持っているともう隙間がなくなっているし、持っているものだって聴く時間があるかどうかわからないのだ。今回はしかし目当てがあった。フランスのピアニスト、マルセル・メイエの全集が欲しく、娘に買ってくれと頼んだのだがまだ買ってない。だから入店すると真っ先にピアニストのCDコーナーに行ったものだ。これがまた奇跡としか思えない。なんと17枚組のそれが棚に鎮座しているではないか!
それがこれだ。彼女の全スタジオ録音アルバムで、シャブリエ、ドビュッシー、ラヴェルはもちろん、クープラン、JSバッハ、スカルラッティ、モーツァルトがクラヴサンの如き軽妙なタッチで弾かれた絶品の嵐である。これほど欲しかったものがドンピシャで中古で手に入った経験は無い。しかし、去年もそうだったが、今回もそれしか触手が伸びるものはなく、唯一興味を引いたフランツ・クサヴァー・リヒターのレクイエム変ホ長調も購入した。彼の作品はもう1枚あったが、他を見ているうちに消えていた。この店の客層はなかなかだ。
駿河台へ下るとやたら外人が多い。中国人でなく白人である。聞くところによると、ガイドブックだかYouTubeだかで神保町が話題になってる。海外にも古書店はあるが、ここ靖国通りみたいにずらっと軒を連ねてとなると見たためしがない。早速、新装なった三省堂に入ってみた。この本屋は創業が明治11年でキカイ湯より3年早い。1階を通り抜けただけの印象に過ぎないことをお断りするが、今風、若向けにこだわったのかどこかダダっ広いだけの印象で味気ない。本屋の魅惑であるあの智の凝集感がなく、前のほうがまだよかった。
腹がへったので、反対側の天ぷら屋に入った。ここの天丼は昔から贔屓だ。この通りは「神田すずらん通り」といい何百回歩いたか知れない。一橋中学はこの通りを九段方面に突き抜けた交番の左手奥、集英社ビルの向こう側にある。スパルタ教育で名が通っていて校則がやたらときつかった。もちろん制服は詰め襟で、布製の肩掛けカバンは往路と復路で右左が決まっていた。所定の通学路以外を歩くことは厳禁で、復路での立寄りや買食いなど論外。見つかると生徒手帳を没収され体罰を喰らう。校則は無きに等しく自由放任主義の成城学園から来た僕は目が点であり、あらゆるお店がキラキラして見えたすずらん通りの魅惑には勝てず、教師の目を盗んで毎日のように立ち寄っていたのだ。勉強がゆるい学校からきつい学校に転校したのだからひとかどの向学心は出ていたが、それは教科書よりも文房具に向かっていた。万年筆が欲しかったのだが、アメリカ帰りの友達のお父さんにパーカーをいただいており、買ってもらえなかった。だから、三省堂の前にあるひときわ古風な出立ちの画材店「文房堂」にはぞっこんで、目がクラクラするほど眩い万年筆のショーケースの前にたたずんで、早く大人になりたいと願ったものだ。この店、外観は当時のままだ。創業明治20年。キカイ湯ができて3年後である。開国してまもなくに西洋画の立派な画材屋ができ音楽大学ができ文豪が学んだ。日本人の進取の気性と好奇心は凄まじい。神保町はそのスピリットの横溢した、わくわくする街だったことがよくわかる。今、百花繚乱の様相を呈する洋食屋、カレー屋はその文化の末裔であり、輸入書籍店やレコード屋もまた然りである。中学生の僕はその空気を毎日吸って感化され、やがて関心は西洋画ではなく西洋音楽に芽生えていったと思われる。
東京堂書店にぶらっと入った。三省堂と書店グランデとこれが御三家だった。東京堂はキカイ湯より6年遅く明治23年の創業である。僕はここが好きでずいぶん買っている。大きすぎず、小さすぎずでコンセプトがくっきりした感じがするからである。入店すると、すぐのところに大きめの台があり、新刊本が平積みになる。重厚感のある知的な書籍が多く、チャラいものは一切置いてない。このこだわりこそ書店というものである。店内が明るすぎないのも落ち着きがあって良い。売れ筋ばかり平積みにして、軽薄な音楽で売り上げを促進しようなんて姿勢の書店は潰れて当たり前である。書店はデパートではない。そのコンセプトでロングテールを武器とするネットに勝てるはずがない。概ね思想は左がかっているが、それは大学と表裏一体だ。僕は読書において左右なんて事は気にしない。旗幟不鮮明、無思想、商業主義なんてものよりよほどマシだからである。
古書店が生き残ってるのは各店のカラーがとても濃いからに相違ない。そこで「当たり」に出会えれば値段が少々張っても構わない人が多いということだ。ちなみに、マルセル・メイエのCDに出会った僕はそれと同じ感覚であり、まして、それが2000円位で買えたなんてお得感は格別のものがある。そういう商売は、どんなに生成AIが人間の職業を侵食しようと必ず生き残る。いや、その議論の対象は、商売のみならず、人間がそうなのだ。どんな職業が淘汰されるかという考え方も一理あるが、僕はそれ以前に、淘汰される人間とされない人間があると思っている。されるタイプの人間がこぞって選択する職業から消えていくという順番なのである。要するに、旗幟不鮮明、無思想、商業主義の人間は真っ先に淘汰されるのである。元より、僕自身、中学の頃まではそっちになる運命の人間だったと思う。おそらくは、田園風景に囲まれた世田谷の学校へ行っていたら、そのままだった。往復3時間もかかる通学はとても大変だったが、毎日、延々と書店街を練り歩き、古書店の紙の匂いに馴染み、智の殿堂の空気を吸っていなければ今のようにはなっていなかった。
去年の今日、どうしてここへ来て、けっつまずいて転んだのだろう?思えば、あれから半年というもの、見事なほどに良いことがなかったから明らかな凶兆だったのだ。それが11月になって、僕の大事な「猫」であったフクが天国に旅立ち、仕事は超常現象としか説明がつかないほど一気に形成逆転の威勢を宿してきたのである。そうして怪我から1年経ち、すべての状況は天地がひっくり返った位に好転した。本当に世の中というものはわからない。一寸先は闇だ。
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8千メートル級14座に登頂の渡邊直子さん
2026 APR 15 1:01:55 am by 東 賢太郎
前回に丹沢大山のことを書いたのでその先です。実はなんにもありません。歩いて登って1番きつかったのは屋久島の縄文杉の1300mです。富士山は未踏。軽いタッチで両方登った次女が縄文杉のがキツイよと言ってたのでまあいいかになってます。チリのサンチャゴからアンデスを3000mぐらい、ハワイ島ではすばる望遠鏡のある天文台の4200m。歩いたと言いたい所だが残念ながらどっちも車です。ということで山について語る資格は全くございません。
日本人女性として初めて8000メートル峰14座全てに登頂された渡邊直子さん、名前は知ってましたがユーチューブは知りませんでした。4200mで目の前にチカチカと星が出ましたからね、エベレストはその2倍。想像を絶します。渡邊さん、火星に行って帰ってきたみたいなもんです。そんな方のお話を聞けるなんていい時代になりましたね。
僕はどなたであれ、どんなジャンルであれ、自分ができないことをできる方は例外なく尊敬します。渡邊さんの場合、やったことも破格だけど自然体で語る姿も破格です。高校のバトミントン部で全国大会は立派です。一生もんの思い出です。ところがそうじゃない。彼女の言葉の重みで分かります。そのレベルでは出ない重みを感じるんです。それが「居酒屋に行く感じ」。これ、謙遜でも奇をてらったのでもなく、本当の自分を取り戻したり新たに発見したりできる大事な場だから、個人的に本当にそうだからどうしてもわかってもらいたい、だからそのぐらい嚙み砕かないと伝わらないというギリギリの表現でしょう。もし自分を取り戻したり発見したりできるなら火星だって居酒屋になる方でしょう。実は僕も似たところがあります。人としてとても魅かれるものがあります。
重いだけでなく衝撃なのは、「登頂を目的としてないのであと150mで下山しても平気なんです。それで命を落とさず来られたんでしょう」とあっさりおっしゃること。このくだりは僕の人生観に大転換を迫るメッセージであります。
なぜなら僕は「何事もやり遂げてナンボ」が憲法第1条の人間だからです。伊賀の影丸、ジェームズボンド、ゴルゴ13で育ったスナイパー派。敵前で「すいません、取り逃がしました」なんて頭かいて帰ってくる奴は豆腐の角に頭ぶつけて死ねで終わりです。人生初の「やり遂げ体験」だった丹沢大山登頂に発してますから根深いです。長じて映画は任侠物で高倉健、鶴田浩二。洋物はゴッドファーザーのマーロン・ブランド。小説はハードボイルドのサム・スペード、フィリップ・マーロウあたりがカッコいい男のモデルになりました。野球も喧嘩だったし、同期の8割が脱落した野村証券のノルマなんか屁のカッパだったんです。僕の大学にこういう人間はレアでしょう。
渡邊さんが語られているのは死と隣り合わせの世界です。僕のような人間は最後まで登ってきっとどこかで命を落とすんでしょう。エベレストは誰でも登れますよとおっしゃってるのでアラブの富豪チームにでも加わってシェルパ百人も雇って至れり尽くせり状態ならいけるかなと思わないでもありません。まだいたって足腰元気だしそこまで行っちゃえば高所恐怖症も忘れてもう死んでもいいと思えるかもしれない。でもダメですね、あと150mで引き返す勇気がありません。「すいません、取り逃がしました」を認めちゃう方ではきっとないと思います、だったらそもそも8000mなんか登れませんからね。でも執着はしてない。ある意味の緩さもある。見たことない人です。剣道や合気道の達人の域に思います。
感想。何事も巨大な事を成し遂げた方は偉大です。男も女もありません。そして看護師をされている。優しいのです。自分より強くて優しい、もう仏様のような方と申し上げるしかありません。高校の後輩たちに語っている言葉、これがまた心に響きます。聞いてる生徒達の目の輝きを見てください。これですよ、渡邊さんのような方の存在が日本の若者の未来を思いっきり明るくすると僕は確信しました。この目を持った若者がたくさんいれば日本国は間違いなく繁栄します。優しくて強い日本に世界は敬意を表すると思います。経済も成長するし世界の大国と難なく伍していけます。ぜひ多くの若者に見て欲しいと願います。
「努力は人を裏切らない」という先生の言葉をタオルにしてもらい、 2年生の時パキスタンの登山の企画があってどうしても行きたいと思った。これがスタートですね。いくら強調してもしたりないのですが、この『どうしても』ってのがいいんです。だって自分の心の声でしょ、若者の皆さん、それが聞こえたら絶対に従った方がいいです。どうしてもやりたいもの以上に自分がうまくできるものはありません。他人のアドバイスなんかいりません。そんなものに従ったって自分の声じゃないんだからいずれこんなはずじゃないってなります。そして、そうこう迷っているうちに年取ってくる。すると誰しも世の中のしがらみにがんじがらめにされていきます。生活の為に自由はなくなります。そうやって多くの人は「しがらみ人生」で一生を終えるんです。僕は親にわがまま言って浪人させてもらい2回アメリカ行って合計2か月も遊び回ったり、「どうしても」っていう本能あるがままにティーンエイジャー時代を送らせてもらいました。同じ年頃でそれが出来なかった両親のおかげでです。
その結末が今です。人として大事にするしかないじゃないですか。ここに至るすべての物事、袖振り合ったすべての皆様に感謝の気持ちあるのみです。もしこれをお読みになっておられたら是非ソナーのホームページの番号に連絡ください。大歓迎です。後悔、不愉快、失敗、絶望、たくさんありましたが、それもなかったら今はないんです。渡邊さん、益々のご活躍を楽しみにしております。
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3iアトラスの置き土産(赤は人の数だけある)
2026 APR 8 6:06:49 am by 東 賢太郎
思いおこせば、観測史上3つめである恒星間天体「3iアトラス」につき拙文を上梓したのは去年の11月5日未明だった。それがWOWシグナルの発信源ならば、大学生だった1977年から隠居も近い2026年まで半世紀のご縁があったことになる。 100億年前に生まれた天体にとって50年は0.0000005%と、まさしく天文学的に微細な数字であってなにやら光栄な心持ちすらある。そうした気分から万感の思いを込めて文章を綴ったものだが、その2日後に愛猫フクが天に旅立って全ての気力が失せるほど動転する羽目となり、そして天体は二度と戻ることない虚空の彼方に去っていった。
3iアトラスの正体は誰も知らないことになっている。最も観測情報を持っているアメリカ航空宇宙局(NASA)が公式見解として「普通の彗星でした」で幕引きしたからだ。それはないだろうと情報を追い、特に、ハーバード大学宇宙物理学教授アヴィ・ローブ氏のユーチューブ発信は全部チェックした。そして確信した。
NASAは嘘をついている
証拠はない、直感だ。僕は「3iアトラスは宇宙の果てでも成り立っているはずの物理法則を破って学者に衝撃を与えた」と理解している物理学の素人のひとりである。そのことに対し、「ブラックスワン(黒い白鳥)を見た」とリアクトできるほど物理学の絶対普遍性を信奉している人間は地球全人口の1%もいないのではなかろうかと孤独感を覚える程度には、僕はその一員であると自負している。
アヴィ・ローブ教授はブラックスワン、インターセプト(迎撃)なる異例な言葉を含む論文を発表した(迎撃ドローンをinterceptor droneという)。そして、トランプ大統領が99%の側の米国民に向けて事実上のイラン撤退を宣言するや、1%の側から「アルテミス計画」が発表される。 1972年に休止した月への有人飛行の再開だ。これを報道するとこの様にユルいお花畑チックになってしまう我が国において、1%側が何%いるのかはとてもおぼつかない。
目的はNASA職員の女性が語っている。宇宙の通信管理(その真相は冒頭動画から推察できる)および火星有人飛行への中継基地設営だ(冒頭動画は2026/02/18付で、その時点でアルテミス計画に付言している点で価値がある)。
2025/11/5に書いた稿はこれだ。
そしてアヴィ・ローブ教授も2025年の論考やインタビューで、次のように述べている。
・1977年のWOWシグナルの方向と3iアトラスの位置が近かった可能性がある
・この一致は偶然としては「確率0.6%程度」と計算される
・つまり「3iアトラスがシグナルの発信源だった可能性」を検討すべき
しかしローブの見解は学界で主流でなく、
・「刺激的な仮説の一つ」ではあるが
・検証されておらず、かなり推測的(speculative)
とされる。これには違和感しかない。検証されていないから仮説を立てるのであり、それをスペキュレーションと批判する者は17世紀にフランシス・ベーコンが説いた「正しい知識を獲得する方法としての帰納法」を勉強すべきだ。
この一致は偶然としては「確率0.6%程度」
これは恣意でなく計算で導かれた数字であり、「確率0.6%」とは「167回に1回」であり、自然現象なら「人が1年のうちに雷に打たれる確率」ほどだ。社会通念として低い値ではあるが、といって絶対起きないということはなく、たまたま今回起きたのだと言われれば反論はできない。しかし、コップ半分の水を「まだ」か「もう」か論争してもそこから科学は発生しない。色彩は電磁波である光の周波数で決まる。「赤色」に見えるのは約400〜480テラヘルツと幅があり、 400の人と480の人の赤は異なることを意味する。「そのゾーンが赤である」と決めれば「まだ」か「もう」か問題が発生するのは400、480のしきい値(閾値)の2ケースのみであり、確率0.6%がぴったり閾値でないならば、ローブの「かなり低い」という意図を含んだ例示に対し、他の学者が「0.6もある」と言ったに等しい拒絶を見せることは科学的な態度ではないという批判は許されるだろう。
これに対し、帰納法の利用に自由度の高いローブ教授が「ブラックスワン」に言及した点は興味深い。
出版時に話題となったこの書を読まれた方は多いだろう。人間が予期せぬ出来事を理解しようとする方法を分析し、社会で何が起きるかを説く(①予測不能②インパクト甚大③後付けの既知感の発現)。ローブ教授にとって3iアトラスは①②を満たす黒い白鳥であり、③が「普通の彗星でした」であり、偶然としては低確率で出現した太陽系外天体への対応に防衛上の危機感を覚え、著者ナシーム・ニコラス・タレブの「アンチフラジャイル」の哲学を用いて人類に警鐘を鳴らしたのではないか。レバノン人のタレブはウォートンMBA、数学・統計学者で、ウォールストリートのデリバティブトレーダーでもある。確率、ランダム性、複雑性、不確実性の観点から現象を検証し、ここが多くの日本の学者と決定的に違う点だが、 自身がヘッジファンド運用で億万長者になることで自説の正しさを証明している。ちなみに、これは偶然だが、ソナーも彼と同類の哲学による運用によって16年に渡って定常的な利益を積み上げている。現実世界へのアプリケーションが可能な哲学や理論の場合は、結果を数字で証明することが社会へのインパクトを最も明らかにする方法である。
タレブを気に入ったのはそれを行ったからで、一部に異論もあるが、批判者が何万人現れようが我関せずで数字による証明を果たした勇猛果敢ぶりが誠に清々しいからだ。彼が金を儲けたということは、その分、損したした人がいるわけで、では何が大きく損させたかというと黒い白鳥への対応なのだ。株価は波動であるがスーパーコンピューターで分析しても規則性は見つかっていない。あるのは売買によってそれを動かす人間の脳が産む波動である。ブラックスワンに驚いてパニック売りする人が勝つ可能性は低い。ではその逆張りをすれば儲かるかというと実はそれもないから脳を研究しても答えは出ないだろう。発想を逆転した解決法が2つある。 1つはアルゴリズム取引。もう1つは答えは出ないことを正答とし、あるのは確率、ランダム性、複雑性、不確実性だけであると仮定することだ。僕は後者に属する。それでも絶対的な勝利の方程式は存在しないが、勝敗は確率であり、無防備ゆえに負ける愚を減らして相対的に勝率を上げることはできる。アルゴリズム取引は装置産業で膨大なコストがかかるが、そちらは紙と鉛筆だけでできる。
そう考えるようになった理由は独特だろう。僕は自分の色覚の特性から「赤色」は十人十色であって、絶対的な赤は存在しないという考えを持つに至った。「赤く見える」というのは主観であり議論の余地がある(debatable)。赤かどうかは既述のように絶対普遍である数字(周波数帯約400〜480テラヘルツ)によってのみ定義され、そこに属する証明がなければ科学者が言おうがピカソが言おうが僕は赤とみなさない。自分の感覚の上に築かれているという点において他者に影響されず、前提は「数字のみが絶対」の宇宙観であり、既存の類型に当てはめるならば自分は唯物論者、実証主義者であって、リスクをミニマイズしたい演繹的な人間である。これがまずワタクシの第1の特色だ。
ところが第2に、自分の中には別人がおり、時に真逆の主張をする。数字も論理もない仮説を前ぶれもなく思いつき、証拠を出せと否定する自分を説き伏せてしまう。例えば、直感でこの株が上がると思うようなケースだ。もちろん証明は不可能だ。そこで業績が伸びるという仮説を立てられるかどうか検証する。できなければそのアイデアは捨てる。できるなら業績と株価は演繹的な相関性が証明できるので三段論法が成立し、第1のワタクシは納得するのだ。演繹で株価が予測できる場合を業界用語で「おり込み済み」と呼び、誰でも同じ予測が可能だから利益は出ない。帰納的推論は必ずしも同じ予測を導かない。だから先回りして買う機会がそこそこの確率で期待でき、万人がそれを知って買いに来た時に売れば高い確率で利益が出るのである。
ニコラ・テスラが交流電力を発見した発端は既存の電磁気の知識から得た直感(帰納法的推論)であった。コペルニクスの地動説もニュートンのリンゴもそうであり、ケプラーは火星の逆行運動を円の組み合わせで演繹的に解こうとして行き詰まり、「万物は神の意志で円運動する」という当時絶対であった神学的前提を捨てるという帰納法により楕円運動という真相にたどり着いた。思えばシャーロック・ホームズもエラリー・クイーンもコロンボも古畑任三郎も推理(帰納)と捜査(演繹)の両方を用いている。数学の難問を解くのもまた同様であり、機械的な計算問題で演繹力を鍛えるのは誰でもすることだが、ベクトルを使った方が速いのでは?のごとき直感力(帰納)を訓練すれば有益だ。両方を高度なレベルで用いることができる人は世界人口の1%はおろかほとんどいないと思われる。だからそれをインテリジェンスと称し、戦争で知的な武器として使う有用性が担保されるのだ(CIAのIだ)。
僕がアヴィ・ローブ教授の指摘した可能性(帰納法)に大いなる共感を抱いたことを共感いただけただろうか。とはいえ、地動説も万有引力も交流電力も楕円軌道もそうであったからローブ説も正しいとは言えないのは『「a1はPを満たす」かつ「a2もPを満たす」から「全てのaはPを満たす」という結論の正しさは保証されない』という命題は真だからだ。真なる命題は『データをすべて持っているNASAが「検証したが普通の彗星であった」と反証を提示したのでローブの帰納法は “論理的に” 破綻した』でなくてはいけない。
いまや「科学の進歩や国威発揚のため人類を月に」のような目的はインテリジェンスの進化に貢献するどころか無意味な贅沢でしかなく、AI時代に本社社屋の巨大さや従業員の多さを誇る愚かな経営者のようである。約930億ドル(約14兆円)もそれに予算をつけられるほどアメリカの財政は健全でもない。史上最大のIPOを発表したイーロン・マスクのSpaceX社が共同事業者になったとはいえ、国家予算を議会が承認したアルテミス計画はれっきとした公共事業であることを考えると、 その目的が3iアトラスの素性に対するNASAの平平凡凡たる見解によって論理的に破綻したはずのローブ仮説へのNASAの対応であるなら、それこそが国家運営の論理破綻と痛烈に批判されうるだろう。今のところそれは耳にしていないので、アメリカ国民はまじめに火星へ行きたがっているのか、ことの次第をきちんと理解できるインテリジェンスのある者は人口の1%の、そのまた1%しかいない証左なのかもしれない。
では、アルテミス計画の真の目的とは何だろう?
100億年前に3iアトラスを発射した地球外生命体が実在し、彗星を装って太陽系に宇宙船を送り込み何らかの計略を試みた。これがアヴィ・ローブの仮説の本筋である。科学者としての慎重さを担保するため彼はそうは言わないし、言えば国民を不安に陥れるためNASAは政治的意図を持って否定するだろう。1977年に地球に膨大なエネルギーを要する電波(WOWシグナル)をピンポイントで浴びせたのがローブの主張するように3iアトラスであったなら、冒頭動画が開示しているように人類の宇宙空間通信網にサイバー攻撃を仕掛け、ブラックアウトを起こして人類の脅威になる可能性を100%は否定できない。つまり「地球外からの地球防衛」が月面基地建設の本来の目的なら理が通るのである。
100億年前に作られた物体ということは46億年前に誕生した太陽の2倍以上の年齢で、 138億年前にできた宇宙の創世記にほど近い。金属の無い場所で生まれたのにニッケルで表面ができており、自らの作用で軌道も色も変え、太陽と反対方向に出る尾っぽが太陽に向き、微量の有機化合物を撒き散らし、作為でないならあまりに確率の低いフライバイを木星で行った(太陽系への入射角も低確率)。以上は複数のソースで確認されるので事実と思われ、物理学が覆り、未だ仮説であったことが以上の「反証」で証明された。眠れぬ夜を過ごした物理学者が続出したと想像する。そこまで奇妙な、マンハッタン島とほぼ同じという巨大さの、二度と出会うことのない物体がすぐそこを通っているのに血眼で観測しないような人間が天文学者になるとは思えない。世界中のアマチュア天文家までが夜を徹して望遠鏡を向けあらゆる角度からデータをとり、全てをNASAは入手し、真っ赤なウソをついた。ローブは証明できぬ自説を強弁せず、それを暗に指摘する戦略を選択した。
3iアトラスという物体は明らかに異様であり、僕はそのことを多くの人に語った。そして発見した。自分ほど興味を持つ人は周囲にはいないことを。
僕が異様と反応するのは数学、物理学の普遍性、頑強性を信じる強度(レジリアンス)が高く、だから「数字のみが絶対の宇宙観」に起因する哲学で世の中の諸事情を眺めている証拠なのだ。したがって、僕の中でそれが変わることは1+1が2でなくなるぐらいにない。その宇宙観で生きたと思われる人々の中で最も優秀な人はアインシュタインだろう。だからその人が「不気味な遠隔作用」と疑念を呈し、隠れた変数があるとして否定した「量子もつれ」がベルの不等式によって正しいと証明されたことは、僕は宇宙観の転換を迫られていることを意味する。アインシュタインにとって「量子もつれ」はブラックスワンであり、僕にとってはそのことがブラックスワンであった。
つまり、赤色が人の数だけ存在するように、数学、物理学の普遍性、頑強性を信じる強度(レジリアンス)も十人十色なのだ。ない人は強度がほぼゼロであり、黒い白鳥に出会っても黒猫が出たぐらいの反応しかなく、僕の観察によれば、こと天文現象に関する限りそういう人は日本人の大多数と断言してもいい。これも観察からして、西洋人の方が日本人よりレジリアンスが高いように思われるが、彼らは一神教の神を信じ、聖書に書かれた通りに世の中は動くはずだと教育されるからだろう。神の意志は1つしかなく、万物はそれで動き、それを記述したのが数学・物理学であるという信念にこそレジリアンスの源があるということだ。多神教の日本にはそれが育つ余地がなく、実は一神教の理屈という背景がある西欧型の学校教育はストレスであり、「世の中、理屈じゃないよね」といえば「そうだそうだ」と宴席が盛り上がる。子供に宴席はなかったが、群れると漂う同種の空気がどれほど少年時代の僕を孤独にしたことか。
ブラックスワンの著者はレジリアンスが非常に高い人で、予想を裏切る株価の動きは普通の白鳥にすぎないことをランダム性、複雑性、不確実性の理論をもって俯瞰し、自説を大胆に断言しきっているところに小気味の良い面白みがある。驚くのでなく征服する。戦いに勝ち相場でお金を失わないためには戦略からフラジャイルなもの(脆弱性)を消すこと。全く同感である。アヴィ・ローブも多分そうだろう。
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イリアーヌ・イリアス 『夢そよぐ風』
2026 MAR 31 7:07:27 am by 東 賢太郎
たった一度しか行ってないのに脳髄に衝撃を受けて人格まで変えたかと思われる国があります。ブラジルです。 いちぶ始終はといわれても夢のようで細かいことはあんまり覚えてません(2016年のブログにある程度書いてます)。
リオデジャネイロまでバンクーバー経由で24時間。タクシーで着いた宿はシーザーパレスと書いてますが、AIで調べるとCaesar Park Rio de Janeiroだったようで、あの「イパネマの娘」のイパネマビーチに面してる高層のホテルでした。
ビーチに出るとトップレスの女の子が100人か200人かどわーっといて目が点になります。きいてみるとカー二バルの前の週だったんですね、国中から女の子が集まってたらしく、あんな絶景、人生でそう拝めるもんじゃない。今となるとあれはコパカバーナビーチだったかな、どっちかな、まだ36歳でしたからね、僕も連れの後輩も絶句してしまいましてね、ホワンとした記憶しかないんです。
このホワンは「イパネマの娘」のサビのふわふわ感みたいです。ちょっといかれてるけどセクシーな、心のもやもやを優しく癒してくれるボサノバのあの魅惑的なコードはこういう土地からじゃないと出てこない。なんせ2月でしたからね、前の日までスーツで底冷えのする大手町歩いてたんですから目が覚めたら乙姫様の真夏の極楽にいましたってなもんで、同じ惑星の出来事とは思えません。地球の裏側まで一気に飛んでこういう経験された方はわかって頂けるでしょう。
こっちが接待されたんですね、ディナーの後はナイトクラブに連れていかれて、ブラジルの夜は長いことを知りました。当時インフレは300%と経済はボロボロで、アメリカ人が「ブラジルの経済は夜成長する」とジョークネタにしてましたからね。食事は何だったか覚えてませんからいまいちだったんでしょう。ナイトクラブのブラスとパーカッションがバリバリのラテンバンドは迫力満点で、音楽がどうのというより空気を変えちまう。 音楽は耳じゃなく体で味わう。直撃する心地よさというか、いやあいいな、ずっと浸っていたいなという快感です。
そこがどんな感じだったか、どこかに書いたなと思ってましたが意外なところにありました。
酒が弱いのは損ですね、綺麗な子に囲まれてたのにすっかり酔っぱらっちまってぷっつんです。そうそう、彼女たちはポルトガル語オンリーで英語も通じないんでどうにもなりませんわね。とにかく竜宮城の浦島太郎状態。ブラジルの男を嫉妬しましたね、同じ人生なら金も名誉もいらねえや、こっちの方が断然いいなと確信したものです。まあニューヨークもパリもこういうとこはありますからね、日本の男は残業は減ったかもしれないけどド真面目に生きてますよね、ホント、小学校から塾通って受験受験で遊びを知らず、社会に出たからって生き様はそう変わりませんわね。僕は大いに遊んじゃった部類ですが、それでもブラジルで目が点でしたからね、若い男性の皆さんは30代までに世界の野郎どもを見て回って男を磨いた方がいいですね。
サンパウロはまあまあ、ブラジリアはいまいちでしたね。まあ役所はそっちなんで仕事だから仕方ないんですが普通の真面目な都市でした。カーニバル直前のリオのど迫力は格別に凄まじく、そこで自分のラテン的な気質に目覚めたんです。革命でしたね。この翌年にドイツに赴任することになりましたが、ヨーロッパではフランスも好きだけどイタリア、スペイン、ポルトガルはもっとラテンが濃いんで惹かれてまして、欧州滞在中に何回も行きましたしね、女性もブリュンヒルデよりもカルメンやヴィオレッタみたいなほうがいいですね。
以前にも書きましたがイリアーヌ・イリアスさんが好きなんで、疲れたとき癒しにきいてます。これはボサノバなのかジャズなのか知りませんが、ボサノバテーストはありますね。特に変わったことは起きないんですが、おしゃれで品格があって心のひだに寄り添って心地よい、誠に上質なエンターテインメントですね、浸っていると本当に自分はボサノバが好きなんだなあと思い知ります。脳髄に衝撃を受けてますからね。
アルバム『夢そよぐ風』(Dreamer)です。
この人の声、なんとなく母に似てる気がします。何度きいても素敵です。
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