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カテゴリー: 若者に教えたいこと

ひとりがいいんです(お一人様万歳のすすめ)

2026 AUG 24 11:11:48 am by 東 賢太郎

夕暮れまで知らない小道を自転車で探訪するとき。小田急線の車輪を観察するとき。星を見る時。推理小説に浸るとき。レコードを聞くとき。猫と遊ぶ時。ふと気がつくと、僕は圧倒的にひとりだったんです。寂しいと思ったこととはない、誰かがいると楽しみは手のひらの雪の結晶のように消えてしまうのです。

授業じゃなくお一人様の独習が好きでした。自分の弱点が如実にわかる。それを知ってから学習した方が効率がいいのです。群れるのは、パーティーも飲み会もカラオケも時間がもったいない。それやって得た意義ある教訓は、付和雷同は人格の喪失、群衆心理は人生を誤つ最大の汚染の2つだけです。

野球はみんなといっしょ?いえいえ、ピッチャーはめちゃくちゃ一人なんです。ピンチに内野がマウンドに励ましにくる。みんなでできるならあんたやってよ。打たれていいぞ打ってやるからなら嬉しいが、そうすると本当に打たれるでしょう。というわけで他人の介入でうまくいった記憶ありません。

中学の時、カーブが曲がらないので、勉強机のゴムマットの上でピンポン玉を人差し指で押して回転させる練習を何千回もやりました。投球練習よりお一人様の訓練の方がマニアックに高精度にできるのです。 3種類のスピード、曲がりも3種類の強力な武器が完成し、頼れるのは自分だけが鉄則となりました。

仕事も同様です。そもそも相場は自分で考えるもの。アナリストの意見は聞くが、間違って責任取るのは自分です。ほかの職種だったらそうはいかないので向いた仕事を選んだものです。ところがドイツの社長になると、そうはいかなくなりました。部下を見てあげることが仕事という管理職になっていたのです。

管理、監督は自分でプレイすることに比べたら格段につまらないんです。監督やりたくて野球始める少年なんかいませんからね。ところが仕事の世界では監督だけやりたいって奴がウヨウヨいるんです。プレーヤーとして何にもやったことないのに趣味は人事ですってのが。そう公言した総理大臣もいましたっけね。

そんな石潰しが位の上の方に巣食うようになると業種を問わず会社は腐ります。国も同じです。僕が赴任した3現法は僕がプレイヤーみたいなもんでしたから収益は上がりました。すると人事だけが仕事の奴らが、あいつは会話しない、社長室にこもってる、経営は失格だと様々な悪口を言いふらすのです。

社長が会話なんかできるわけないじゃないですか。役員だって僕が考えていることを理解できるのは数人だけです。そうでないのは首にするかもしれない相手なんです。それで経営失格というなら代わってやるからお前がやれよ。馬鹿で経験もないのがぐちゃぐちゃ言うな。何度机をひっくり返そうと思ったことか。

僕が営業場をうろつくと営業マンはビビって仕事できません。人事屋にそんなことわからんし、営業は教えられないから転勤してもらったほうが本人のためですが本人は飛ばされたと思う。そういう部分に民主主義や弱者救済の思想が入ったら事業会社は終わりですが、現法社長では本社のザコを飛ばす力はないんです。

現法の中だけは経営上の全権を持ちます。赴任すると新しい国だから役員、担当部長のレクチャーをみっちりと受けます。しかし、文化は違えどやること一緒なんでルールだけマスターすればあとはマイウェイでした。何国人だろうが何百人いようが僕を好きだろうが嫌いだろうがどうにでもなります。

今の政治を見ていて、新しい省の大臣になるとこういう感じかなと想像ぐらいはつきます。香港は部下500人でした。返還後で既にチャイナでしたし欧州とは別物の経営風土でした。だからこそやりたいことやるために理解する者は使い、しない者は切る。そうしないと万事うまくいきません。政治もそうでしょう。

僕は本社に50億円予算をもらって香港にCLSAの欧米人チーム50人をぶちこみ、川口の移民問題みたいに騒然となりました。ブーイングなんか気にしていたら香港は大赤字のままです。 2年でトントンぐらいまでしか戻りませんでしたが、野村証券は僕がみずほに移籍した後、リーマンを買って全社で同じ事をしたのです。

その大手術は初めて来たアジアで孤立無援のお一人様状態でやりましたから、知らず知らず甚大なストレスになっていたようです。それを知ったのは、ある夜、突然にパニック障害に襲われた時です。初めてのことでショックを受け、飛行機に乗るのが恐ろしくなり、数日後の東京出張は船で行こうと本気で調べました。

日が暮れるといつパニックが出るかびくびくする日々が半年ぐらい。秘書にも言えず医者にも行けず会社では無理して明るく気丈に振る舞い、それがまたストレスを溜めたでしょう。組織再編なんかせず大人しく社長業やってればよかったのにできませんでした。経営に向いてないと悟りましたが後の祭りでした。

思えば香港ではまだ軽症で、部下と酒場に行って夜中まで思いっきり騒げばなんとか時間をやり過ごせたのです。ところが会社を変わってシンガポール出張から帰るとき、機中でさらにひどいのが始まってしまい、 7時間地獄をさまよいました。飛行機が落ちてくれたらと願ったぐらい重症だったのです。

結局、数年前のコロナ入院と歯医者でいちど危なかったのを除くと、神山先生の特効薬「安神」で悪魔はそれっきり押さえ込まれています。もう出てこないことを願うのみです。香港の頃と移籍後にプレッシャーを抱えていた頃がストレスのピークであり、良くも悪くも僕の仕事はランディングに近づいたのです。

どうして最悪期にブレークダウンしなかったかというと、「お一人様万歳」の気質があったからです。 ひとりがいいんです。そのおかげで耐えられました。医者はむしろ原因と見るかもしれませんが、みんなとワイワイが楽しかったら間違いなくこういう人になってませんから、よかったねと納得の今日この頃です。

共和政末期のローマの政治家、弁論家、哲学者であったマルクス=トゥリウス=キケロがいい言葉を残してます。

人と一緒にいる時が、最も孤独な時だ。

履正社高校の敗戦に見た失敗の本質

2026 AUG 16 17:17:45 pm by 東 賢太郎

甲子園の大阪代表というとPL学園時代が長らくあり、廃部になってからは大阪桐蔭一強だった。履正社が出てきたのは2000年代、プロでT-岡田、山田哲人が活躍したぐらいから二強時代になった。特に大阪を応援しているわけではないが、 2年住んだ街だからひとかどの愛着はある。チーム数は多いが甲子園では今ひとつの東京勢にカツを入れる意味でも、強くあってほしいと思っている。

今年は春に大阪桐蔭が全国制覇した。ところが夏の予選で初めて名を聞く大阪立命館に3対2で負け4回戦で消え、時代は変わったもんだとショックを受けた。大阪立命館は5回戦で箕面学園に2対1で負けた。箕面学園は決勝戦で履正社に16対2で負けた。結局は二強の1つが勝って帳尻を合わせたのだった。

豊中に住んだので箕面(みのお)は隣町だ。箕面学園はカープの床田投手の出身校として知っていた。準々決勝で大商大に 3対2、準決勝で東海大阪暁星に 7対6で勝った。 4回戦から準決勝まで4試合を1点差で勝ち抜いてきたこのチームが甲子園に出ると面白いと思ったが履正社の壁は厚かった。なにせ決勝までの7試合中4試合が10得点以上、失点は準決勝まで0か1で、はじめて2点取られたのが決勝の箕面学園だったのだから。

さて甲子園に出てきたその履正社だ。初戦の享栄には 6対2で勝った。 10得点は行かなかったが2点で押えたのは地区予選の延長戦上だ。ところが、今日の三重に5対2であっさり負けた。これもまたひとかどのショックである。序盤に先制され、打線は2点返すのがやっと。第1戦で投げたエースを温存し11番、20番が出てきたが、守備のほつれから制球が甘くなりいきなり5失点してしまったのが敗因だ。

履正社の守備は、本来は、優勝候補として不足ないほど鍛え上げられている。小飛球になったバントを瞬時の判断で捕手がワンバウンドさせてゲッツーなんてのが当たり前のようにでき百戦錬磨感いっぱいだ。ところが初回にエラー、野選が出て三重にかき回され、14人の打者に6安打され1、2回であっという間の5失点だった。僕の感想としては、履正社にエラー以上の失敗があったというよりは、敵の混乱に乗じて一気呵成に攻め込んだ三重高校こそあっぱれであった。

野球の常識と言ってもいいが、投・攻・守で最も読めるもの、日によって良かったり悪かったりしない安定したものは圧倒的に「守」なのだ。だから新チームができるとまず鍛えるのは守備であり、それに穴があれば何をしてもむなしい。したがって「守備が弱くて強いチームはない」は野球の鉄則ということになるのである。だから強豪である履正社の守備にああいう破綻は想定できなかった。

破綻は初見の相手が想像以上に強かったときに起こりえる。今回の原因があるとするとそれぐらいだ。初回、サイレンが鳴り終わる前にセンター前ヒットが出てイケイケだった履正社に点が入らず、その裏にキャッチャーの悪送球、ファーストの野選が出ていきなり3点取られた。予選の最高失点が2点だから未体験のことが起きた。

桑田・清原のPL学園や松坂の横浜でこういう破綻は想像できない。投手力が図抜けていたわけだが、それもバックの守備力あってのことだ。先発した履正社の11番は予選では安定した二番手投手で、15回無失点の好投手であり、それも守備力に支えられていたはずだ。しかし、常にボロ勝ちしてきたから破綻の経験がない。そこで焦って球が浮き、打たれてしまったと見た。 スイスイと人生を勝ち抜いてきた者がドツボにハマると脱出法を知らないから深みに落ち込むことがある。11番はまだ2年だからそうならないことを祈る。

これは野球に限らないことだが、誰でも失敗はする。大事なのは、そこで何が起きようが平静を失わないことだ。履正社はそれができなかった。かつてより書いてきたように、僕は野球も受験もサラリーマン人生も数々の失敗を重ねてきた人間だ。個々の失敗について語ろうものなら、どれひとつであれ、あれは悪夢だ、なければ良かったと吐き捨てるに決まっている。ところが、それだけ重ねると失敗の練習量は半端でないということにも気づくのだ。そうなりたいと願ったわけではないが、もう少々のことではびくともしなくなった自分がここにいる。

練習と書いたが、実は、失敗は練習できない。成功しようと願ってやって成功しないことが失敗だからであり、暴投しようと思ってする暴投は暴投でないから、わざとそう投げて横っ飛び捕球のシミュレーションをすることはできても、予想外にそれが起きてしまったときの心持ちまでは練習できないのである。しかし実際の試合で暴投をなくすことはできない。だから、起きてしまった時に冷静に対処することこそが最善の策であり、「平静を失わないこと」が最善の対処法なのだ。履正社の選手諸君はこの敗戦を、そういうプラス思考で人生の糧にしていただきたいと切に願う。

ではどうしたらそうできるか?頭の中で妄想したり、先人の教えを受けたりハウツー本みたいなもので耳年増になってもだめだ。万人が回復できるうまい方法なんてないので、上手くいった他人の経験が自分にワークする保証もないのである。自分が実際に窮地に陥って、悩み抜いて、誰にも助けてもらえず、眠れぬ夜を過ごし、もがいていたら、別に殺されるわけではないということぐらいは頷(うなず)けるようになってくるだろう。死刑になる恐れのある罪を犯したのでなければ、世の中の大概の事は実はそんなものだ。誰もそんな思いをしたいと思わないが、それに遭遇することを恐れてはいけない。なぜならその経験の1つや2つは子供の麻疹(はしか)と一緒で、あった方が長い人生にとって保険になるかもしれないからだ。そう思う安楽な心持こそが平静への第一歩だ。

これもかつて書いているが、僕は高2で肩を壊して投球不能になり、だましだまし続けるより退部することに決め学業にシフトした。心の底から世をはかなんだが、別に野球ができなくても殺されはしないし実は何も失わないということを後になって学習した。50歳手前にしてサラリーマンとして思うところがあった時、その経験が心によみがえり、そこからほんの数日で、自分の力がより発揮できる会社に移籍する決断に至った。野球を断念するのはそれよりずっと重かった。「仕方ないことをうじうじ考えても何も産まれない」。以来これは僕の鉄則となり、万事において決めたら委細構わず即決する人間になった。

それがいいか悪いかは別だ。失敗だったこともある。でもそれで人生が楽で軽やかになったことだけは間違いない。会社の移籍は失敗した場合を考えはしたが、やらないで後悔するよりやって後悔する方がましだ。どっちであれ別に殺されはしない実感がたくさんの失敗経験によってガッチリと出来ていた。であればやらない手はない。プロとしての勘から成功する自信があった。「やって得」と思えることはやった方が現実に得であることが確率的に多い確信があった。であれば、チャレンジ数を増やせば増やすほど「大数の法則」によってその高めの勝率はより確かに固定されてゆくのである。

サイコロを振って1が出る確率は1/ 6だ。 6回振っておおよそ1回は出る。出ないかもしれないので「おおよそ」だ。それを不確実性という。 60回振ればおおよそ10回出るが「おおよそ」は減る。60億回振れば10億回出るが「おおよそ」はほぼゼロになる。つまり、振れば振るほど1が出ない不確実性は減る。これが「大数の法則」だ(保険会社の本業収益はこれによって出ている)。ということは、プロとしての勘がある人は、それがプラスと確信できるチャンスがあるなら転職は出来る限りやった方が良いということを示している。それに伴うコストを差し引いても得かどうかは判断しなくてはいけないが、常識とかけ離れていることは何の問題もない。数学は常に正しいからだ。

これに従ってより良い人生を生きるために必要なことが2つある。 1つ目は、どんな職業であれプロにならなくてはいけないこと。 2つ目は、実現可能な選択肢をたくさん持つことである。それにはまず大前提として就社でなく就職していることが大事だ。僕は学卒で野村證券という会社に「就社」したが、 10年ほどでプロの証券マンとなることで初めて「就職」資格を得た。この差は決定的に大きい。就社に留まる人は市場で買い手がつかないサラリーマンであり、給料と退職金をもらって社会人終わりである。ところが就職になると買い手がつく。野村でいくらもらっていたかに関係なく市場の値段がつく。これのプロ野球版が「フリーエージェント」である。大谷選手は日本ハムで数億円はもらえたが、市場の評価としてドジャースから1000億円のビッドが入ったわけだ。

僕はみずほ証券の執行役員を最後に市場でビッドが入らなくなったのでソナー・アドバイザーズ株式会社という雇用主を自分で作り、そこに雇われて16年になる。この行為を別のアングルから「起業」と呼ぶ。これをするためには市場で値段のつく人間になっていることが最低条件であることは以上の論旨から自明であろう。僕の市場価格はソナーなど僕の作った会社から頂く金額であることも理解されるだろう。お金で表せないものはあるが、表せる部分は表した方がいい。自分は何のために生まれてきたのか、社会にとって何の役に立っているかなんてことを悩まないですむからだ。

履正社の選手諸君はこの敗戦で、強い組織にいても世の中一寸先は闇であることを身をもって学んだ。優勝してしまっていたら一生わからなかったかもしれない教訓だ。優勝のトロフィーや記念写真やメダルやたくさんの記事やファンの祝辞を頂いても、どうだ俺達は強いだろで終わり、10年も経てば世間はそんなこともあったねで終わりである。勝利は美酒ではあるが、学ぶことは実はあんまりない。負けは失敗であり、失敗はたくさんの教訓を残してくれ、しかも悔しかったので肌身に染みて忘れない。お偉いさんの訓示や、誰かさんの体験談や本をいくら紐解いても、涙を流すほど悔しい思いをした者にはかなわないのである。

僕が広島カープファンになった意外な真相

2026 AUG 9 3:03:47 am by 東 賢太郎

8月6日の朝8時、東京タワー近くのカフェで初対面の皆様とミーティングが始まりました。これが建ったのは昭和33年、高さ333メートルは当時の日本一。その年に生まれた妹が物心ついたころに父に連れてられて展望台にいちど昇ったきりで、今回このあたりに来たのもそれ以来という塩梅なのだから東京が広いのか行動範囲が狭いのか。スカイツリーだって近寄ってもおりませんから、高いところが苦手で下から見上げるのもちょっと弱いというのがあるかもしれません。今回はタワーに用事があって来たのですが、たまたまとはいえ8月6日という日付も気になっており、広島に原爆投下された8時15分に心の中で黙祷をいたしました。

原爆をいつどこでどのように知ったかは覚えてません。調べてみると、社会科で習うのは小学校6年のようです。そうではない。なぜなら、小学校2年から広島カープファンになっていたからで、それから4年も経って原爆投下を知ったとするとその脈絡で覚えているはずですから100%それはない。つまり原爆を知ったのはカープファンになるのと同時の8歳か、それ以前であります。自分の中では、「王貞治と大羽進の甲子園予選東京大会決勝戦での対決」で1-0で敗れた大羽を応援しているうちに判官びいきでカープが好きになったというストーリーになっており、ブログにそう書いてもいますが、本当にそうだろうかとふと思い、先ほど調べてみたのです。少々ショックでした。おふたりの対決のとき僕は4歳であり、どう考えても誤りということが発覚したのです。

おそらく、大羽投手が「王キラー」として名を成した10歳のころにふたりの高校時代の因縁が世間で話題になり、僕の中でそのストーリーが後付けでくっつき、今に至るカープ愛が完成したものと思われます。ところがです。そうだとすると、きっかけなしに、自発的に、8歳の東京の子が万年5位、6位だった地縁も何もない広島カープの熱烈なファンになったことになります。広島県がどこにあるかも知らない子がカープファンになった納得できる理由が消えてしまうのです。当時は巨人戦しかテレビ放映がありません。ときおりしか見ない相手チームは情報も少なく東京の子はみな巨人ファンの時代ですから、何か強い理由がないと起こりえないことでしょう。ではそれは何か?ここで「原爆を知ったのはカープファンになるのと同時の8歳か、それ以前であります」という条件が活きてくる。つまり、原爆投下を知ってから(あるいはほぼ同時に)カープファンになったのであれば納得できるのです。すなわち、球団の好き嫌いとは関係なく、誰かがまず広島への原爆投下の悲劇を8歳ごろの僕に教えこみ、感化を受けて湧き起こった同情と義憤から僕はカープという球団を強く意識するようになったのです。

では教えたその人物は誰だったのでしょう?

母は野球、政治に興味はなく、精神的ショックを与えかねない話を他人の子供にするような親戚もおりません。それは父以外にあり得ません。おそらくはテレビでいっしょに巨人・広島戦でも見ながら、少し日本語が理解できるようになった息子に、広島というところはねと原子爆弾の話をしてみたのでしょう。16歳で開戦となり、学徒動員され陸軍の高射砲部隊で片耳の聴力を失い、家は空襲で焼失して大学も断念せざるを得なかった父は戦争と、原爆投下を行ったアメリカ合衆国をという国を心底憎んでおりました。しかし同時に、入隊して体験した理由もない体罰から日本軍への憎悪を語っており、矛盾のようですがGHQにはそれほど批判的ではなかったのです。三井銀行に入行し、三井物産の幹部で資産家だった祖父が末娘の婿に選んだことで体制批判ご無用の立場になったのですが、母方の親族が東京裁判で無罪になったこともGHQと新政府に親和的だった背景かもしれません。そんな父が、母の庇護下でのんびり、のほほんと育っていた息子を見て、戦争について教育しておかなくてはと考えた可能性は大いにあります。そのコンテクストでプロ野球を見れば、帝国主義、軍国主義の犠牲となった広島という都市に強い同情が芽生え、樽募金で資金をまかなって誕生したカープを応援しようと8歳の少年がなっても不思議でなかったと思えるのです。父はあまり野球を知らず月並みな巨人ファンでもあり、その後の言動からしてカープ応援に誘導した形跡はありません。あくまで僕の心の中でおきた化学反応だったのです。

もし父の語ったアンチ原子爆弾、アンチ・アメリカ合衆国がそれほど影響があったなら、ことは野球に限らず、僕の中に何か別の痕跡もないだろうか?あるのです。アメリカ文化への徹底した蔑視です。武力で負けても文化では勝っているという精神的レジスタンスです。それが僕のクラシック音楽の受容に影を落としました。日本の西洋音楽評論界では親・独伊、反・英米の立ち位置がありえました。軍事同盟と文化は本来無縁なのですが、ルーズベルトのオレンジ計画など吹っ飛んで痛快である。僕はそれに染まり、後々に留学先で2年間定期会員にしてもらいオーマンディーやムーティの指揮で何度も深い感動にいざなってもらった名門フィラデルフィア管弦楽団を芸術性においては完全に見下しておりました。父のスタンスの影響から、アメリカの音楽文化について都鄙感覚からくる頑強にネガティブな心理バリアができてしまっていて、刹那は感動しても敬意には至らなかったのです。レナード・バーンスタインという天才を知って中和はされ、彼の方法論の薫陶でこうしてブログを書いているわけですからアメリカの美質は認めてはいます。しかし、その音楽文化が欧州に匹敵するなどとは申し訳ないが今もって微塵も思わず、言葉は汚いが蔑視は消えていないのです。抗いがたいcomplexityであり、ニューヨークに教師として滞在したドヴォルザークが、土地や文化や人々を愛したにもかかわらず米国音楽に抱いていたとされる気持ちに似たものかもしれません。

後述するように父自身はアンチ・アメリカ合衆国のバリアを乗り越えましたが、好きになったわけではなく、敵の強さを素直に認めて良いものは良いとして学んでしまおうというプラグマティックなものでした。敵は無傷で捕獲したゼロ戦を分解して空中戦で負けない手法を編み出しましたが、父もそういうエンジニア的性向のある人で、神風と大和魂だのみの日本軍より実用主義的な米軍を評価したのです。対して、敵を鬼畜と罵るだけで研究せず、無線は傍受され放題で大勢の若者を無為に犠牲にした日本の軍神たちをシンプルに馬鹿だと考えていたと思われます。その証拠に、性向が丸々遺伝した息子がそう確信しているわけです。戦争というものは女性や子供も苦しむのですが、なんといっても亡くなった310万人の8割近くは男だったという厳然たる事実は重い。東家の墓にもガタルカナルで戦死と刻まれた親類が眠っているし、男だ女だという話は忌避される平和な世の中になってはおりますが、数字が示す通り男にとって戦争とは逃げ隠れできないものだったのです。犠牲者である父が息子にした広島原爆投下の話は、当たり前のこととしてそうした “強度” を伴っていたはずであり、だからカープが好きになりましたなどという安易で拙速なものではなかったのだろうと思います。

小学校2年生が理解できたことは、自分もそのめちゃくちゃにされた日本人である、父がかわいそうだ、であればこれから自分が鉄腕アトムみたいにやり返せばいいではないかの程度だったでしょう。そして、それが今も僕の性格の根幹にある「判官びいき」のルーツになった理解は容易です。今もって、何らの理由もなく、「でかくて強いもの」はいつも僕の中では好悪の悪であり敵なのです。でかくて強い。アメリカそのものじゃないですか。そして野球少年になりつつあった当時、あこがれとともに毎日毎日テレビにかじりついて見ていたプロ野球の世界では、9連覇した常勝巨人軍こそが悪の権化みたいなものであり、僕が応援すべき弱者はといえば、故なき原爆被害に遭ったにもかかわらず、それをはね返して強くなりたいという不断の願望をもち、他チームをしのぐ激烈な努力を重ねていた広島の球団だった。ここで王と大羽のストーリーが、これまた判官びいきのフォーマットに綺麗に収まる話として縫合され、王の5打席連続、6試合連続などの本塁打記録を3度も阻止し、通算48勝中19勝が巨人戦という感動的で正義の味方としか表現の言葉もない大羽進投手の快投を聞き知って、カープファンという魂が形成されていった。これが時系列から見ても文脈としても、僕が広島カープファンになった矛盾のない結論、すなわち、真相であります。

王貞治vs大羽進

自我の成り立ちはかように複雑なものです。皆さんどなたも、ご自身なりの物事に対する善悪の感情をお持ちと思います。戦中派を親に持つ世代のそれは大なり小なり終戦と無縁ではないでしょう。自分たちは絶対に戦争はしない。この教訓は合致していましょうが、ではどのような国になれば我々日本人が戦争ぬきで幸せに生存していけるのか。喧嘩はこちらがふっかけなくても逆はあるわけです。それへの対処も放棄してどこかの国の核の傘の下で生きながらえる。これをまじめに信じられる人はよほどの性善説か、何も考えてないか、どこかの国の奴隷でも戦争で死ぬよりましだと考えるか、仮にそうなっても自分の一族は上級奴隷として良いポジションで生きられると積極的に思っている方々です。ちなみに世襲政治家は代々が上級国民であり、奴隷になってもその支配を一任される上級奴隷のはずと考えており、傘を持つ可能性のある米国・中国どちらであれ媚を売る可能性がとても高いわけです。米国・中国もその連中をスパイにしておく絶大なメリットがあり、カネ、女、秘密医療、秘密口座などを総動員して手なずけ、逆らえばそれをネタに脅します。ODAの3割が秘密口座にキックバックされるなど、実弾は日本の税金だから出す方も腹は痛みません。ストレートに書くなら、その連中は表の顔は議員や官僚ですが、実態は堂々たる売国奴であるということを言っております。国策絡みの収賄はシーメンス事件が著名で、日本海軍はロンドンの銀行に英国人名義で秘密口座を持っていました。大東亜戦争が太平洋戦争になる過程でもそうした動きがあったことは多くの方面で指摘されております。その行動を国民がじっくり観察し注視していれば、そういう者どもの本性はおのずとあぶり出されてきますし、日本を愛する国民が高市官邸に大きな期待をよせる一端はそこにもあろうと思料いたします。

我がカープ愛の由来はそのように意外なものでした。判官びいきはそれが弱くて負け続けても愛するし、必死に戦った結果が最下位でもいいのです。だからこそ、今回のゾンビタバコ事件は逆鱗に触れた、なぜなら弱くても愛するのはその者が勝ちたくて死ぬほど努力しているからです。 10連敗したっていいよ、そこから何かを学んでいずれ強くなるさ。そう思えるから応援する。現に弱小のカープが昭和50年に初優勝したときの喜びは、奇しくも大学合格の年でもあったゆえ人生最大の歓喜の年だったといって過言ではありません。判官びいきは、応援する対象自身の強い願望、努力と裏腹の推し活なのです。だから怒りは半端でない。違法かどうかなど僕のコンテクストにおいては些末なことで、コンプラで騒いでる世間とはぜんぜん別次元の怒りなのです。願望、努力とは程遠い薄汚れたおぞましい自堕落はアスリートであるなしにかかわらず人間として終わってる。日夜必死に練習して当たり前の二軍の分際で、田村というガキがネエちゃんとイチャついてる。適当に楽しくやって何年か経てば上がいなくなって一軍に上がれるだろうと甘く見ているとしか思えない。ネエちゃんと遊んでいかんという気はない、それがストレス解消で努力のうちなら大人の判断だが、それで世間に通るのは一軍で3割打ってから。こいつのしてることは、ただのその辺のサラリーマンと同じです。僕はこういう勘違い野郎が問答無用で大嫌いで、顔を見るのも不愉快。こいつが出るなら試合は見ない。

王貞治は荒川コーチの自宅で日本刀を毎日振って集中力を研ぎ澄ました。高校からの宿敵である大羽進は王を三振に打ち取ることに命を懸け技を研ぎ澄ました。なんのため?勝ちたいからです。その一挙手一投足にファンは酔い、少年だった僕は男と男の真剣勝負の潔さと残酷さを学んだ。今どき巨人の星かと思われる方も多いでしょうが、その今どきの世界のトッププレーヤー、イチローやダルビッシュや大谷だって厳しく自分を律して磨き上げて頂点へ登りつめた点で王や大羽と同じです。だから僕は昨今の日本のなあなあでお遊びでしかないオールスターは見ません。こんなくだらないものなら、とんねるずの「リアル野球BAN」のほうがよっぽど面白い。ゾンビ吸ったりネエちゃんとキスしてるところを間抜けにも撮影されてるカープのこいつらは球界全体のユルさが生んだかもしれず、サッカーの方がずっと真剣勝負であるとだんだん思えてきました。青少年に何を教えてくれるんだろうという視点はプロのアスリートには必須です、僕もそれを見て育てていただきました。カープのキミたち、自分は大谷さんとはレベルが違うんでと思ってるなら、そもそもプロ野球選手じゃないんで歌舞伎町のホストにでもなれ。

父がどこでどうしてアメリカを許したのかは聞けませんでしたが、GHQが決して鬼畜米英ではなく、入隊するなりスリッパでビンタを食らわせた畜生のごとき陸軍の上等兵どもに比べればずっと人間としてマシであり、頭から押し付けられた自由主義、民主主義ではあったが、天皇総帝論のもとでの八紘一宇よりまともな治世ではないかとどこかで確信に至ったものと思われます。一転して英語を学ぶようになり、息子には米国留学を奨励し、銀行定年後もインドネシア国立銀行、トーマス・クックの顧問に就任しておりました。 「97歳でも勉強されてたんですよ」と入居していた施設の皆さんからうかがい、まさかとは思いましたが、遺品に漱石の坊っちゃんの英語訳があったのはいささか驚きました。父が所有していたLPレコード、ビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに」をきくと、あのなつかしい居間の午後の陽だまりが目の前にぱあっと広がります。

 

世界のうまいもの(19)「鴻元食坊」のレバニラ炒め

2026 JUL 11 0:00:28 am by 東 賢太郎

レバーという食材が大の苦手でした。あのぐにゃっとした内臓の舌触りと生臭さがたまらずに泣いて嫌がったのですが、それでも食べなさいと母がめげずに何度も出してくる。半ばトラウマになってしまい、これだけは一生食べなくても悔いがないと目をつぶってむりやり水で胃に流し込んだものです。男子厨房に入らずの家で問答無用。出されたものを粛々といただく。母のルールに背向く選択肢はありませんでした。しかし無理もなかったのです。女の子と腕相撲やって負けるぐらいガリガリで虚弱な子だったのですから。

解放されたのは大学3年になって本郷西片に下宿をさせてもらってからです。台所なし。昼は生協か森川町食堂。夜も外食。最高でした。すぐ近くにあった大鵬という超庶民的なカウンターの町中華に通い詰め、ナベ振ってる職人肌のお兄ちゃんと仲良くなります。毎日好きなものを食える!フランス革命が勝ち取った自由というものの価値を知りました。そしてある日、ふと気づいたのです。選んでるつもりが実は同じものばっかり食べてることに。成長期にそのアンバランスがまずいからお袋はああしたのか。そのぐらいの物心はつく年齢でした。そうこうして半年ぐらい経ったでしょうか、今になっても覚えてるあの日が来ます。大事件だったのです。

中華料理といえば香港の 2年半で否応なくどっぷり浸かっており、もはや外国の料理とは思えない体になってます。立場上、仕事ではひと皿何万円なんで品が並びます。高級品は基本的には珍品です。だからといって毎日食べて喜ばしいかというとそういうものでもないわけです。僕は近場の町中華のてんや物であるラーメン、餃子、チャーハンで育ちました。だからB級C級の方が好きなんです。香港でも公務でない時に九龍あたりでカエルから蛇から屋台のC級メシまで何でも食べました。しかしどういうわけか肝心のレバニラは記憶にない。もう食べられるようにはなっていたので忌避したわけではありません。ひょっとしてあれはオリジナルは中国でも日本流の町中華アレンジなのだろうかという疑問は今になっても残っています。

家の近くの大岡山駅前に東京科学大学があります。東工大がこの名前になった時はちょっと気の毒かなという気がしましたが杞憂でした。今の世の中、工業大学ではなく科学大学です。日本を代表するサイエンスの学校ですから。そんなことを考えながら夕刻に一人でぶらぶらして、校門を出入りする学生さんたちを見ていると、だんだん年齢感覚がワープして勉強したいという気持ちに駆られます。ここで宇宙物理なんかやったら楽しいだろうなあ、下宿でもして2、3年どっぷりつかってなんて突拍子もない考えが浮かんで来るのです。このトシで何でと思われましょうが、シリウスやべテルギウスでなにが起きているんだろうという好奇心に10歳も70歳もない。それだけのことです。

勉強はずっと嫌いでしたが、実はそうではなく、興味ないことばかりやってきたというのが真相でした。興味のスイートスポットが何ミクロンぐらい極小の人間がそれ以外のものを専攻しても非常につらいわけです。ど真ん中にある音楽だって関心はエンジニアリング的な和声や対位法に行ってしまい、そこに「特質」がないと退屈な音楽ということになります。ところが極めてまれですが、「それがないのに面白い音楽」というものが存在し、「なぜ面白いのかエンジニアリングできない事実」に夢中にされられてしまうそれはワンダーランドかパラダイス、寝食を忘れちまう。僕にとってモーツァルトがまさにそれであります。学問にもしそれがあるとすれば宇宙物理だったかな・・・わかりにくいかもしれませんがそういう感じであります。

ある日、そんなことをつらつら考えながら大岡山駅から北に向かう商店街を歩いていたら、そうかこの辺にもアレあるかなと探す気になりました。ずっと行ってみるとえらいケバい「鴻元食坊」というのを見つけました。 60席ぐらいの大型店で町中華のイメージとはちょっと違うがまあいいか。

席について迷うことなく頼んだら、片言の日本語で「タッチパネルお願いします」と愛想なし。水もセルフ。最近はコンビニまでレジが無人になってきて、自信ないので有人の店にしか入らない僕として不如意ではありましたが、あれこれやって無事「注文する」にタッチしました。客は学生らしいグループが何組かワイワイやっており、親子連れがひと組、少し後からスーツを着た中年の男性がひとり。夕食時なのにそんなに流行ってるという感じでもありません。奥に目をやると厨房に中国人らしい料理人がふたり鍋を振ってます。日本人の街中華ではないな、こりゃダメかなとぜんぜん期待しませんでした、なにせ香港で食べられなかったという経験がありましたからね。しかも普通の店だと定食で千円はするのにここは880円です。商売柄、何でも数字で判断する癖がついてもいたのです。ところがどっこい、ひと口食べて、これは熱々のうちに全部平らげねばとうならされました。レバーという食材がこんなに旨かったとは。今さらながら母に申し訳なかったと懺悔の気持ちさえ発してきて、こんな料理を作れる人がいるのか、大事にしなきゃいけないと痛感しましたね。

昨今は政府レベルで中国とだんだん距離ができてしまったようです。そこにあれこれ口をはさむ気はありません、政治はあくまで政治であります。一方で、我々庶民には庶民の生活というものがあります。神山先生のような人は別格としても一般の方は住みにくくなってきてるんじゃないか。僕は香港に2年半いて日本人として嫌な思いをしたことは一度もないし、欧米の大衆のほうがよっぽど不愉快なことが多かったという経験があります。ですから愛国者ではありますが一概に外国人は出て行けみたいな運動には反対です。しかもこうして市井で我々の生活に深く溶け込んで貢献してくれてる人たちもたくさんいる。思いおこせばドイツではすでに90年代前半にクルド人移民問題は大きなニュースになっており、それが今の悲惨な事態に至ってます。ひとつボタンを掛け違えると根深い問題になってしまうのです。もともと外国人が多く英語さえ話せば寛容だったあのロンドンだって、生まれた男子の名前で1番多いのがモハメッドになったと、ここまでくると放置した政府に責任転化されるのかもしれません。でも繰り返しますが、あくまで政治は政治なんです。

食べ物の好き嫌いがなくなって僕は健康になりました。体も強くなりました。何が多くても足りなくてもいけません。過ぎたるは及ばざるがごとし。何事もいちばん大事なものはバランスです。

シャルル・ルルー『陸軍分列行進曲』

2026 JUL 7 11:11:00 am by 東 賢太郎

M不動産の方が来社され、ブラジル戦残念でしたとこれを頂きました。ゴルフボールです。今の腕前だとワンラウンドで全部なくなる。使うのやめとこう。Tグループ長さん、初対面だったのですが、「もしかしてやっておられます?」と聞くと図星である。「僕はサッカーの人は結構当たるんです。ちなみに業種でもね、銀行と証券、外れなしです」。スポーツ人類学、職業人類学です。

「僕なんかほかの業種はあり得ません。証券マン以外の何者でもありませんよ。パワハラなにそれ?っていう全盛期の野村証券で毎日もまれてこうなりましたから努力しましたなんて綺麗ごとじゃないんです、強烈に仕事のできる先輩に数字でつめまくられて、そこから逃れようともがいてたらこうなったんです。野球界ではPL学園、亜大、駒大がすごかったと聞きますがサラリーマンでそのレベルときたら当時の野村しかないです。もちろん他の会社は知りませんよ、でもあれ以上やったら死人が出ますから業種不問で断言できます。ライバル会社に負けるわけねえだろって、心の底からですね」。

そうはいったものの、プラモデルはもっぱら軍艦と戦闘機だったし、今になってみるとひょっとして自衛隊に入る道もあったかなと思えているのです。文官でなく武官としてです。軍服姿の祖父の乗馬写真に憧れて育ったし、問題なかった気がします。東郷平八郎、乃木希典将軍は軍神と思ってますし米国海軍兵学校のメダルも宝物でして、ナポレオンも曹操も好き。あっぱれな大将は国籍問わず男の本能で好きなんです。ちなみに野球も戦場と思ってやってまして、ぶつけちまったり危険球でやばいこともありました。

米国海兵隊といえば楽団の第17代リーダーだったのがジョン・フィリップ・スーザでした。「星条旗よ永遠なれ」は1896年作曲。日本は日清戦争を終えた翌年でしたね。

各国に行進曲は数多ありますが、明治政府がフランスから呼んだシャルル・ルルー作曲の『陸軍分列行進曲』(1886年)こそ僕は世界最高峰と思っております。軍歌『抜刀隊』と『扶桑歌』を元に編曲したもので、前者は西南戦争で西郷軍と戦う官軍を鼓舞したもの。初演は鹿鳴館というから「君が代」と並んで日本における西洋音楽のルーツの1つです。異なる曲を接合する無理があるのですが、あえて転調しておいて絶妙な和声で縫合し、何度も聴くと慣れてしまうパリ音楽院卒のプロの技を見ます。現在では、防衛省陸上自衛隊が行進曲の一つとして使用しているほか、警察庁でも警視庁機動隊をはじめ、戦後に創設された警視庁音楽隊および各都道府県警察音楽隊により演奏されている。誠に誇らしいことです。

 

人生の鉄則「信頼は信頼にしか返ってこない」

2026 JUL 3 7:07:44 am by 東 賢太郎

アメリカから5人が来日。まる一日かけて大企業トップへの紹介外交。かつてはこんなのはお安いルーティーンだったが、朝8時半からずっと英語はさすがに疲れ、ランチはサラダしか喉を通らなかった。

彼らの日本での企業訪問を依頼されたのはアメリカのパートナーからだ。パートナーとは契約関係だ。案件は協力して仕上げて利益の取り分も半分ずつみたいな取り決めが書いてある。厳密に対等にやるにはジョイントベンチャーを作って株式を50%ずつ持つが、パートナーは出資不要で業務委託と違って対等な関係であり、お互いに異なった強みがあるから1+ 1が2以上になってウィンウィン関係になるという両者の認識が大前提である。難しいのは協力といっても努力目標だから、相手に2倍働かされるようなことが続けば簡単に打ち切れる。つまり信頼関係なしではうまくワークしないのだ。

相手として僕は英国人と米国人しか経験がないが、商取引の法体系が整備されている先進国ならまず問題はなく、あるとすれば法律とは関係のない信頼関係の部分けだ。例えば今回の5人のテイクケアだ。僕は商売の当事者でないからアポ入れして同行して通訳程度のサービスをすれば最低限オーケーなのだが、それなら事務作業ができる人で充分だ。僕を使えば依頼者は儲けの半分をふんだくられるわけだからめちゃくちゃ高い。したがって、利益総額が大きいからそれでもいいよという場合に限って来るのであり、当方も総額が小さい場合は遠慮する。これは億単位が当たり前の金融取引だから成り立つビジネスモデルである。

ソナーが長年かけて国内のお客様と多様な取引実績を積んでいるという信頼で外国からパートナー依頼があり、彼らは商品やサービスを日本に持ってくる。それを日本の大企業に持ち込んだり、日本のお客様が投資したりすると、今度はそれが新たな国内取引実績という信頼となり、さらに海外パートナーの呼び水になるというプラスの循環になる。といっても金融は黒子であって地道な1つ1つの案件の積み重ねである。大元はファウンダーの僕が米英独スイス香港にいた経験から発したものではあるが、創業から16年の信頼はもう僕のものではなくソナー・アドバイザーズという法人のものである。

ビジネスのエッセンスは信頼関係だ。それを築くには時間がかかるが失うのは一瞬だ。信頼はメンテナンスが必要だということも意外に知られていないが、お世辞や贈り物は役に立たない。信頼は信頼にしか返ってこないからである。信じてくれた人には信頼でお返しする。これは自分が信頼するに足るまともな人間であるという雄弁な証明であり、信じてくれた人を裏切るような人間は世界中で誰も信用しない、これはイエスキリストを裏切ったユダに代表される地球上例外のない人間界の公理である。

例えば、

①先日高市総理を裏切ってポストをやめた女性がいたが、信頼して投票してくれた国民までをも裏切っている。理由は何であれこういう人間に対して信頼を返すことはあり得ない。よって、国会議員はありえず政治生命は終わりである。

②自衛隊は貧しい家の子が行くと国会で堂々たる差別発言をした者がいた。隊員は国民の信頼を背負って国を守る仕事についてくれている。災害の時、ミサイルが飛んできた時、信頼に差別を返しているこの女性を隊員が守りきれない事態が発生しても誰も批判しないだろう。

③少数野党。意見が通らないからといって国会に出てこず審議をボイコット。わけわからん理由で総理が悪いとごねる。悪いのは選挙でボロ負けした自分たちでしょ。テストが赤点でむくれて不登校になった「困ったちゃん」だね。君たちはこのまま有権者の信頼を裏切って終業式まで家で寝てたらいいよ。全員退学処分でも学校は困らないから。

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今の子は憧れは憧れで終わり『推し活』する

2026 JUL 2 1:01:25 am by 東 賢太郎

どういうわけか先週あたりに書いたブログが消えてます。仕方ないので記憶に頼って再現します。

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「今の子は憧れは憧れで終わり、そこからは『推し活』するんです。これって新興宗教みたいなものです」

思いつきのビジネスプランをふた回り以上も年下の後輩が軽々とぶち壊してくれました。生半可でやると大失敗するリスクがあるんです。こういうことについては彼は僕よりもずっと知見があります。ありがたいことです。

「アイドルを神格化しちゃうってこと?」

「いえ神様みたいにあがめるんじゃありません。ファンではあるんだけどただのファンじゃないんです。願望や夢をアイドルやスポーツ選手に託して実現すると自分は正しい、意味があるって思えますよね、それが自己の存在確認になるんです。実は自分のためなんです。おひとり様化が進む社会の中で、心から信じられる何ものか、大事な自分というものを投影できる何ものかに所属していたいんですね、けっしてそうではない組織とか会社じゃなく」。

「新しいアイデンティティの出現かな。ファンの法人化というか」

「経済的利益を求めないからNPOですね。でも達成感という心の利益は求めてますから思いの実現には積極的で多大なエネルギーも投入します。だから似た者たちが自然に結びつくんです。誰かが布教してるわけではなく自発的なものだから、宗教には近いんですが既存のどれでもない。だから新興宗教ってわけです」

「なるほど、合点がいきました、ありがとう。俺もビートルズファンだしカープファンだけど、それで知らない人と結びつくってことはなかったな。 SNSの影響は大きそうだね」

「ありますね。それと結びついた新しい現象ですね」

「でもそれがあるから憧れは憧れで終わっちゃうってのは人生ちょっと寂しくないか?俺だって団地っ子だったし両親は普通の人だ。家に金もなかったしコネや引きもなんにもなかったけど」

「わかってます。でも、こう言っては何ですが、東さんの頃は時代がそれを許したってのはあるんです。だって一億総中流だったじゃないですか。いまは生まれつきディバイドの世の中です。たくさんの子が夢や憧れを実現しようと頑張ってますが、アッパーじゃないと100m競争でスタートラインの10m後ろから走るみたいなもんなんです」

「確かに俺の頃はスタートラインは一緒だった気はするね」

「でも推し活じゃ社会的な影響力はないですよね」

「あるよ。高市推し活がいい例じゃないか。自民党が330議席取ってぶっちぎり勝利した異例のエネルギーは背後でそれが後押ししたからかもしれないよ。若者は選挙カーで名前を連呼しても動かないよな。インフルエンサーがSNSで発信するとたちまち10人が読む。それをまた10人が読んであっという間に100だ。都会だけの現象じゃない、全国津々浦々でそれが起きたんだろうね」

「SNSの威力ですね」

「まあそうだけど、その言い方は軽い。ネット上の波動と呼んだ方が正しいね。 SNSなら何でも広がるわけじゃない。最初の発信者が波を起こすんだ。倍々ゲームで伝わるけど末端ではだんだん減衰もするから、最初の波が大したことないと掛け算した値は小さい。だから最初の波が高い時だけ、君の言うSNSの威力が出現するんだ。高市推し活の最初の発信者は高いエネルギーを持っていたから波動がでかく減衰もしにくい。だからバズーカ砲ぶっ放したみたいなど迫力の威力があったんだと思うよ」

「そこを政治家はわかってませんね」

「見事なほど全然わかってない。ただSNSに載せればいいって盲信してる。それってね、田舎の田んぼにコンサートホール作ってウィーン・フィルに来てもらえば文化都市だって思ってる箱もの行政みたいなもんでね、もうそれだけで文化の香りのかけらすらない」

「高市秘書が誹謗中傷メールを送ってとんでもない!って国会で騒いでる連中もそうですね。中身はともかく効果があるんだと盲信してるからその手を使ったわけでしょ?」

「効果を信じてないと『とんでもない!』って結論にならんからな。しかもそれが週刊誌の記事ごときであって、おまけにおおウソでしたというんだ。これから逆バズーカ砲炸裂になるぞ。実は頭もバカでしたと永遠に語り継がれるお笑い事件になっちゃうという意味で歴史的なスキャンダルだね」

「なるほど、悪いレッテル貼って敵を貶めるのは伝統的な共産党の手法として世界的に有名ですが、推し活やってもらってる人にそれをやるのは危険なんですね」

「うん、推し活なんてものは歴史的になかったから効果もリスクも検証されてないという意味で危険だな。リスクっていうものがわかってない人たちが国会議員で国のかじ取りをしてるっていうのは国民のリスクだってことを有権者が気づいたろう」

「もっと危ないのは、そのわかってない連中が自分がそうやって痛い目にあったからといってSNSは危険だと規制することですね」

「そういうことだね。推し活にレッテル貼るもう1つのリスクはね、推し活してる人たちは信者だから敵に回すと怖いってことだ。日本人は喉元過ぎれば熱さを忘れる国民性だけど信者は違う。末代まで呪われるよ。次の選挙で落選運動ぐらい平気でやられる」

「それ何となく体感あります、だって偽メールでいじめられたら支持率上がってますからね高市さん(笑)」

「そうだろ。新しい総理大臣ってな、国会であーだこーだやられて会期が終わる頃には支持率が下がってるもんなんだ。高市さんはその前例に逆行してるってこと。ということは前例のないものが支えてるってことだよ、論理的に」

「やっぱりSNSの乗数効果じゃないですか」

「そうね、10×10×10ってべき乗で増えるからな」

「でも偽情報も混ざりますよね」

「関係ないよ。発信者も受信者もノーコストだからね、総数は膨大になるでしょ。だから受信者の目はすぐ肥えてきて真贋を見抜く。受信者には賢い人、インテリジェンスのある人がたくさんいる。すると自然に選別が進んで質の悪い発信者ははじかれ良質のインフルエンサーだけが残る。今のインフルエンサーはね、それで飯を食おうっていう不純な輩や業者まがいも多いんだ。そんなのはオールドメディアの化身に過ぎないからいずれ金で政治に取り込まれて汚れてきたりする。利害関係ぬきで無料奉仕で真実を発信しようという人が増えてくると価値がなくなる」

「それは必然でしょうね、なんたってノーコストはでかいですよ。総数が増えるってことは読者数や視聴率が増えるってことです。すると広告主もそっちに流れます、これ経済原理ですから止めようがありません。プラットフォーマーはノーリスクで儲かるから永遠に発信者、受信者フレンドリーでノーコストにします。したがってこの流れは止まりません。止める法律も作れません。オールドメディアはどうあがいても運営に巨大なコストがかかります。だから広告主が逃げるのが致命傷になってゲームオーバーの日が来ます」

「明快なロジックだね。その通り。いずれ経営破綻で身売りするか不動産屋に鞍替えするよ」

「政治家もそうですよね」

「そういうことだね、有権者に対する不断の発信が求められるね、選挙期間中だけじゃなく。くだらない飲み会やってる暇があるならそれをやれと言うこと。SNSで眼力が鍛えられた国民は当然にそれを求めるよ、3000万円も給料払ってるんだからね。したがって政局だけで食ってる奴はカンブリア紀の原始生物みたいに選挙で全滅するよ。化石が出てきてね、おお昔はこういう変な生物がいたのかみたいに歴史に刻まれるさ。生き残るモデルケースが高市早苗だよ、徹底的に勉強して官僚より政策通で自分で法律まで書けて秀逸な外交力がある。フランシス・ベーコンの『知は力なり』さ。女性総理がどうのこうのなんて誰も言わなくなったでしょ、国内でも海外でも。あたりまえだよ総理大臣に能力以外の何が要るの?」

「東さんのその主張が一貫していることはよく存じております。 20年前から変わりませんね」

「変わろうたって変わりようがないんだよね、だって俺はそれが真実だと思ってるからさ。ひと晩寝たらオリオン座の形が丸くなってましたなんてことないだろ」

「はい、自分も信ずるものはあります」

「まあ灘高で2番だった君の前でおこがましいけどさ、ご存知の通り俺は帰納法で考えるように生まれつき頭ができてるみたいだからさ、正確に云うと反証が見つかるまでは変わりようがないんだよね」

 

ご参考までに、こういう問答の末に、この極めて優秀な後輩は思いつきのわがビジネスプランを粉々にぶち壊してくれたのです。僕にとってのビジネスは共産主義の方と違って資本家が労働者から搾取して利潤を生み出すものではなく、いとも簡易な方程式なのです。それは常に正しい(というか、それが正しくないようなものはそもそもビジネスと呼ばない)から問題点はそこではない。式にくっついている係数が間違ってますよという指摘、それが本稿のタイトルである「今の子は憧れは憧れで終わり『推し活』する」だったのです。

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意識フィールド宇宙論

2026 JUN 19 16:16:02 pm by 東 賢太郎

目まぐるしく動いた5月。仕事の経緯を整理しようと日記を読み返していると5月8日の欄にこんな殴り書きがありました。

「コリント人のようにやかましいだけで・・・」という言葉が心に浮かんで目が覚める。

コリント人?ねぼけてたのか急いでたのか、どんな夢を見ていたのか、なぜこんなのを書いたか不明です。試しにそのまんまChatGPTに打ち込むと、新約聖書の「コリント人への手紙第一13章」の一節が出てきました。

たとえ私が人の異言や御使いの異言で話しても、愛がなければ、騒がしいどらや、やかましいシンバルと同じです

パウロがコリント人に書いた手紙。不思議ですね。なぜなら僕は読んだことがなく、知見もなく、今もってコリント人が何者かよく知りません。

じゃあいったい何だったんだろう?? ミステリーです。

大学時代にヘッドホンで音楽をループで流しながら布団に入って朝までぐっすりだったことが数えきれないほどありました。ベートーベンの交響曲や春の祭典などが耳元でガンガン鳴ってる。目覚めてみてそれに気づき、はじめのうちはあまりのことに耳を心配して少々焦りました。しかし大丈夫どころか熟睡感があって頭がカーンと冴えているのです。そんなものだから今でもyoutubeをつけっぱなしでよく寝ており、家族に心配されてます。延々と言葉が流れてますがお構いなしで熟睡し、頭には何も残ってませんがやっぱり良く寝た感があります。特技かもしれません。

検索すると「睡眠中ずっと音楽を流していると様々なリスクや悪影響が生じる可能性があります」とあり、夜間に脳内で「イヤーワーム(頭の中で音楽が繰り返し流れる現象)」が発生しやすく、入眠に時間がかかったり夜中に何度も覚醒する傾向がある、なんてのが出てきます。しかし僕においては入眠の苦労も睡眠中の覚醒も無縁で、音楽は昼間でも常に頭の中で鳴ってるのでイヤーワームは自然体です(ブログを書いたからでしょう、現在は間断なくカーペンターズのメドレーが流れてます)。

モーツァルトもこうだったと想像するし、鼓膜で聞こえる必要ないのでベートーベンは音楽が書けたのでしょう。彼らとの決定的な違いは、僕のは誰かの音楽のリフレーンにすぎませんが彼らのはオリジナルだということです。散歩しながらベートーベンがそれを「拾う」ために手帳を常備していたことは有名です。僕にそんな天啓はありませんが、「コリント人」だけは読んだり聞いたりした誰かのリフレーンの可能性はゼロなので天から降ってきたとしか考えられません。

夢は意識の産物とする理論はカール・グスタフ・ユングとジークムント・フロイトが提唱しました(無意識の反映とも)。しかし意識というものが脳のどこにあるかはいまだ解明されておらず、 それは脳内にあるのでなく宇宙空間に広がっていて、脳は「受信機」としてそれと交信しているという説も紹介されてきました。そこに昨年、物理学専門誌『AIP Advances』に「意識フィールド宇宙論」という革新的な論文が掲載され話題になったそうです。これで知ったのでお借りします。

https://www.yuki-clinic.jp/diary/diary-2237/

意識とは、「人間は考える葦である」(パスカル)、「我思う故に我あり」(デカルト)を挙げるまでもなく人間の存在そのものであります。「ある」「あり」という命題そのものも紀元前500年の「パルメ二デスの有」にさかのぼります。その起源がビッグバン以前に “存在” した意識フィールドだったと仮定すると(意識が先、宇宙は後という驚天動地の逆転)、物質世界を探求する物理学に先立つ意識場という未解明の世界でフィールドは海、意識は波の関係である。これは場の量子論において、電子や光子など粒子が宇宙に満ちる場の「励起状態」として記述されるのと全く同じ考え方で数理モデル化できる。この展開は実にスリリングで魅力的です。

波は海そのものだから、ベートーベンは田園交響曲のテーマを海から受け取って何ら不思議ではありません。天から降ってきたのではなく、波である彼の脳にある量子の励起状態が海のそれと同期した時にそれが起きたことが数学で証明できれば、同じことが他の作曲家で起きなかった証明は不可能でしょう。海との同期の比率が高ければ聴衆(ほかの波)への同期性も高いわけですから世間で名曲と称えられると思われます。モーツァルトの魔笛、シューベルトの即興曲集、ベルリオーズの幻想、シューマンの詩人の恋、ワーグナーのトリスタンとイゾルデ、ブルックナーの8番、シベリウスの4番、ビゼーのカルメン、ドビッシーの牧神、プッチーニのラ・ボエーム、ブリテンのピーター・グライムズ、メシアンのキリストの昇天のような曲の “ある部分” に僕が感じる「霊感」とでも呼ぶしかないものの正体はそれではないかと思うのです。その部分の楽譜をお示しすることはできますが、音符のどこにそれがあるのかわからないことは、意識が脳のどの部位にあるのかわからないことと相似形です。

去年の7月に「アガスティアの葉」を体験し、これは「アカシックレコード」にちがいないと信じるようになったことは書きました。ブラックホールに星が吸い込まれると、星という物の3次元情報は球面の膜に2次元情報として記録されることがスティーブン・ホーキング博士の研究によって数学的に証明されています。

その2つは等価、つまりある空間領域の情報量は領域の体積ではなく表面積によって決まっています。これが「ホログラフィック原理」です。敷衍して、宇宙の出来事はすべて「アカシックレコード」に2次元情報として書かれており、それをインドの僧侶がアカシアの葉っぱに書き取っており、我々は脳が同じものを受信して3次元に変換して認識したものを「人生」と思って生きているという思考実験は不可能ではないでしょう。僧侶のお告げが当たっているのにびっくりしたのですが、元が同じなら必然です。

球面を内側から見ると直線は曲がっています。 2次元である正方形の辺がブラックホールの重力で同じ率で同方向に曲がっていれば3次元の球になることをイメージするのは容易です。我々が見たり触ったりして立体と思っているものはすべてオリジナルの平面に書いてある情報をもとに脳が作った3次元イルージョン(幻影)であるとイメージすることは容易でありませんが、ここまで数学の証明でつながってきているので否定するすべはありません。さらに、 アインシュタインが踏み込めなかった量子力学は、我々が「観測」しなければ何物も存在が確定しないことを「シュレディンガーの猫」の思考実験と、観測が現実に結果を左右した「二重スリット実験」で示しています。

そういえば子供のとき、天城山の夜空にくっきりと浮かんだオリオン座を見て、あの綺麗な形はなんとなく作り物っぽいな、あれって本当にあるんだろうか?と疑ったことがありました。ひょっとして夜空の星全部が、太陽も月も、実は地球人に見せるためのプラネタリウムなんじゃないか?そう思ったのです。今になって、最新の学説を聞きかじることでますますそう思っています。オリオン座はあります。でもそれは我々が見て観測した場合だけで、すべての人において観測すればどの人にもあのように見える「何物か」としてアカシックレコードに情報として記載されている。我々は地球上で2次元情報を3次元と解釈してきてますから天空に輝く星も3次元だと思っています。望遠鏡で観測し距離を測定するとバラバラである。だから3次元だ。しかし観測されればそういうデータを与えるよう情報が書き込まれているだけで、全部が同じ球面に張り付いている可能性はゼロでしょうか。我々のお隣の恒星、ケンタウルス座プロキシマまでスペースXの最新高速ロケット「スターシップ」で飛ぶと4万年かかります。現在の科学の進化度合いにとどまる限り人類は太陽系を脱出できません。金魚鉢で生まれ育った金魚のようにそれに気づいてもいません。どんなインチキの仕掛けでも、人類がそこに近づいてばれる心配はありません。星空は別室で誰かが操作しているプラネタリウムかもしれないのです。

SPレコードは割れる

頭に入ってない「コリント人」が夢に出てくる。海から波に励起が伝わったというわけですが、もしかするとこれが前世の記憶なるものではないでしょうか。僕の魂(波)が前世ではそれを良く知っており、意識フィールド(海)と5月8日に量子の励起状態が同期し、夢に現れたのではないか。なぜそう思うかというと、僕は2才のときに「自分ではない意識」が作動したとしか思えない記憶を持っているからです。このエピソードは以前のブログに書きましたが、それは我が最古の記憶になります。2才まで住んでいた家の縁側で、父親のSPレコードを縁石の上に落として割ってしまったことです。ずっしりと重たいレコードがパリンと割れる経過をスローモーションみたいにくっきりと覚えているのです。小さい破片を拾って表面の真っ黒なコーティングをはがすと、驚いたことに中央部から紙が出てきました。それを見て「新聞紙だ」と即座に思ったのです。以上です。母が近くにいましたが何を言ったのか、当時32歳だった父が帰ってきて叱られたのかどうか、全く覚えてません。しかしよく考えるとおかしいんですね、2才の赤子は新聞を読みません。なぜ新聞紙と思ったと記憶されているんだろう?どうにも説明がつきません。

「前世の記憶」は調査事例はありますが、転生を前提とするため数学の出番はなく、根拠は見つかっていません。しかし、繰り返しになりますが、「意識が脳のどの部位にあるのか」という問いにも数学の出番はなかったのです。説明がつかないことに、説明しようと努力もせずスピリチュアルだオカルトだとレッテルを貼るのは愚かなことです。数学で説明がつかないという事実に次の地平への扉が開かれていると思考することこそ科学的な態度だと僕は考えています。アインシュタインは「量子もつれ」を「不気味な遠隔作用」と呼び、いわばオカルト扱いしましたが、その存在を実験的に検証することに成功したアスペ、クラウザー、ツァイリンガーの3人に2022年のノーベル物理学賞が授与されています。

最古の記憶の次に覚えているのは次の家での3才の七五三で1年後です。「新聞紙」と確認できる意識がありながら、それから1年間なにひとつ覚えていないなんてことがありえるのでしょうか。どうしてもここからは不本意ながらスピリチュアル、オカルトな話にしかなりえませんが、僕には「前の人物」がいて、レコードに関心があり、だから乳児の体を使って破片を微細に観察したと考えると納得がいくのです。その関心は物心ついた僕に残って、何年か経つと、音楽よりもレコードに対する物としての執着のほうが強く、どうして細い溝から音が出てくるんだろう?きっと溝の中に小さな演奏者が入ってるに違いないとまじめに信じていた時期がありました。溝を顕微鏡で観察してそれはないことが発覚してからは、溝のぐにゃぐにゃに理由があるに違いない。ではレコードに自分で溝をつけてみようと内周部の真っさらで光っているところに針でそれらしいのを掘り、実験で針を走らせたらバリバリとすごい音がして観念しました。愚かです。

 

音楽と量子力学

『アガスティアの葉』が予言したこと

読響定期とドイツ・レクイエム

自力で登りつめた高市総理は時代が求める人

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高市の法則

2026 MAY 6 15:15:59 pm by 東 賢太郎

「70%をキープしてきた高市総理の支持率がまた上がったぞ」

「ほんとだ、74.2%だ」

「見たことないなこんなの。普通は就任して半年もすれば半分ぐらいになってても不思議じゃない」

「そうだな。たしかに落ちてないだけでも異常なんだけどね、もっと特異な現象があるんだぜ」

「時間の問題じゃないってこと?」

「そうだ。敵が足を引っ張れば引っ張るほど支持率が上がるってのが前代未聞なわけよ」

「なるほどそういう感じはするね」

「確かに、オールドメディアは徒党を組んでネガキャンやっても支持率落ちない、文春砲に閣僚を狙い撃たせてもダメ。こんなの前代未聞だ」

「超短命だったイギリスの女性総理トラスの二の舞と印象操作したり、理屈も分かってないトリプル安だとかアホが透けて見える安っちいネガキャンやってたよな」

「それが安っちいって気づいてねえんだ。それだけでバカなのに、全然支持率落ちないから恥の上塗りだ。やればやるほどお里が知れて誰も読まなくなるけどな」

「あまりにびくともしないんで恥も外聞もなく嘘まで垂れ流しだした。自虐行為だ」

「嘘も100回言えば真実って左翼が得意なやつのつもりだろうけど、なにやらジハードみたいに危ない域に入ってきたぞ」

「そうそう。公正中立のメディアのはずが、追い詰められて野党の機関紙みたいになってきたぜ。そんな新聞に金払って誰が読むの?」

「そこまでして下がるどころか74%にアップ。国民の4人に3人が支持してるって凄すぎねえか。こりゃあメディア死刑宣告だな」

「でもなぜなんだ、あのトランプだって支持率激下がりなのになぜ高市だけこんなに強いんだ?」

「分からないか?」

「??」

「逆風を受けると上がる物があるだろ?」

「??」

「これだ」

「凧は逆風で上がる」

「なるほど。ということは野党とオールドメディアは渾身のネガキャンで逆風吹かして高市の応援団やってるようなもんだ」

「その通り」

「でもそんな政治家っていたかな?」

「いなかったよ。そうなっちまうほど異常な事件があったから異常なことになったんだ。あの汚い首を切ってやる事件さ」

「うんあれな、ありゃあ岡田がカマかけて高市に言わせた発言で言わざるを得なかったんだろ、領事も立場として」

「サラリーマンの悲哀みたいなもんかい」

「そうかもしれんとは思ってるよ、でも国民はそう甘くない。言っちまったものは消えねえし日本人は表だって騒がんけどみんな腹わた煮えくり返ってるぜ。うちのカミさんでさえ激怒だ、日本人を怒らせたら怖いんだぜ」

「そりゃどこの国だって普通さ。自分たちが侮辱されたと思う」

「それが平和憲法と敵国条項でOKと思ってる。おめでたいわ」

「国民感情を捨てろって言われてるに等しいからな」

「だな、日の丸燃やして無罪ってのも同類と思ってるぜみんな」

「そうか、だから高市なんだ。言われた本人が一番そう思ってる。それを7割の国民がテレパシーみたいに共感して応援してる。それならしっくりくる気がするよ」

「ああなるほど、もう『推し活』みたいなもんか。でも大事なことは、その感情と公約した政策に全く矛盾がないことだね。だから高市は命をかけても公約を実現してくれる。それは国と自分の為になる。彼女は私利私欲でなく信念としてそれをやってる。自民党は大嫌いだけど彼女は信じて応援したい。 7割の国民がそう思ってる。いささかもおかしな部分が無い」

「だろ。だから高市の足を引っ張る奴は国民感情を捨てる人間というレッテルが自動的に貼られる。これからますますそうなる。はっきり言えば国民を敵に回す。日の丸より表現の自由が大事でしょ、だから燃やしていいでしょってのはLGBT押し付けたのと同様に無理くりの理屈だろってね」

「なるほど。ならば高市支持は軍国主義でも何でもねえよ、どこの国民だって当たり前の正義ってもんだろ。ということは日本国民の3/4が高市は『正義の味方』だと思ってるわけだな」

「そうだ」

「じゃあ残りの1/4は『悪魔の手先』だな」

「おお、君は知ってるんだな鉄人28号」

「知ってますわい、♪ 手~をにぎれ  正義の味方 ♪ たた~きつぶせ  悪魔の手先 ♪ 」

「なるほど、高市支持は若者かと思ってたけど・・」

「いやいや実は鉄人世代にも絶大な人気らしいぞ」

「そうか、高市官邸は鉄人みたいに暴れろってことか」

「そりゃそうさ、悪魔の手先がいっぱいいる自民党にそんなことできるわけねえからな。だって政権支持率は7割なのに自民党の支持率は3割なんだよ」

「俺も自民党は今でもフタを開けると腐臭がすると思ってるぜ」

「だよな、安倍暗殺から急に腐った」

「俺はLGBTで岸田に怒って参政党に入れたクチだよ」

「高市が潰れたら自民党はまた3割の政党に戻る」

「当然だろ。有史以来最高峰の不人気だった石破の置き土産で苦労したのが過半数なしの参議院の予算折衝だった。あーなると自民の腐敗勢力と野党がつるんで抵抗勢力になる」

「党内で足を引っ張ってる奴ら、バカだね、自民党ごと凋落して自分も落選だ。これほど自分が見えてないって信じ難いね」

「てめえらが獅子心中の虫ってことが分かってねえわな」

「そんなきれいなもんじゃねえ、ダニだよダニ」

「だよな、でもこいつらは自分が獅子で高市がダニと思ってるんだ。バカもここまで来ると救いようがねえわ」

「全部まとめて国会から駆除してほしいな」

「いくらなんでもそりゃ官邸にはできねえ。でも間違いなく国民が次の参院選で切るけどな」

「当たり前だ。金曜日は反対だけど月曜日なら賛成なんてわけのわからんこという奴は問答無用で落とすんだ」

「あったあった、ありゃイジメだった、野党とつるんでな。忘れちゃいかんぞ」

「こいつら政策より党利党略が優先するんだろ?国民の事なんか何も考えてねえ証拠だ。これがダニでなくて何だ?」

「いいか、例えばな、会社が金稼げるかどうかは経営者で決まる。その経営者は人間で決まるんだ。人柄でも家柄でも学歴でもねえ、人間だ」

「人間と人柄はどう違うんだ?」

「人柄は作れる。人間は作れねえ。体育会でゴルフのスコアごまかすような奴は他人の見てない裏で何するか分からんてことだろ、だって現にそれやったんだから。味方を後ろから撃つなんてわかってることだ、人間は死ぬまで変わらんから」

「確かにいい人ぶってりゃ人柄いいって言われるもんな。そんなんでまともな人間とは言われねえもんな」

「例えばな、株買うって命の次に大事な金預けるってことだからな、経営者の人間を真剣勝負で見抜くってことなんだ。政治家も同じだ」

「だよな、日本はもう平時じゃないよアメリカの核の傘なんて嘘っぱちだしな。こんな時に口先だけのへっぽこ野郎が総理大臣なんて国ごと自殺行為だ」

「高市は軍国主義者だ、危ない、怖い、なんて青筋立てて騒いでる野党のおばさん、あんたらの顔の方が俺はよっぽど怖いぜ」

「まあ連中はあれが売りの芸人だから大目に見たらどうだ」

「そうだ、俺なんか次の出し物は何かなあなんて楽しみだけど」

「まあお前らは株式投資はやらんことだな」

「だけどさ、いじめればいじめるほど高市は支持率上がるって凄くないか?ありえないことが起きてマジック見てるみたいだ」

「だよな、野党はどうせ芸人だから食ってけるけど事業体であるオールドメディアはそうはいかない。もう袋小路だ。どこかで降参して高市を持ち上げざるを得なくなるんじゃないか?」

「いい質問だね、 NHKやTBSや朝日や毎日がそれやったらどうなるかってな」

「絶対それは無い。だってレゾンデトルなくなるだろ公正中立の真のメディアを捨てたんだから。もはや高市不支持の3割という小さいパイの奪い合いで生きてくしかない、それに見放されたら潰れるしかねえ」

「そうかな、心入れ替えましたってダメかな」

「人間っていうのは変わらないんだよ、そう言っただろ。メディアを捨てた奴はもう戻れねえし戻ってもすでに国民に見透かされてるから二度と信用されない。社説をご都合で変える報道機関など生きる道はない。つまりもう大手飛車取りなんだよ」

「そうかじゃあ野党もオールドメディアもこのまま高市おろし軍団として、支持率上げる貢献をするしかないんだな」

「そのとおり。ということは実は高市政権のエサ、栄養分になるということなんだ。映画『マトリックス』覚えてるか?」

「ああ、進化したAIが人間をカプセルの中に閉じ込めて仮想現実を脳内で見せて飼っておき、エネルギー源として利用するってやつな」

「そうだね。野党もオールドメディアもそういう役割で定着するだろうな。まあそうは言ってもこいつらは政権にとってたいした害はない、あるのは自民党のダニだ」

「よく理解したよ」

「俺もだ。ということは高市さん、早くダニスプレー撒いて駆除せんといかんね」

「でも参議院選挙までまだ時間があるな」

「それは国民の審判という意味だ。でも総理総裁には人事権というものがあるよ、公認しないって脅しも使えるね。国民が支持するからそんなもん躊躇する必要なんか全くない、委細構わずこの剣を抜くんだね、長年ぬるま湯で勘違いしまくったジジイどもを動かすにはそれしかない」

「できるかな」

「できるさ。くだらないジジイの飲み会なんか行かない人だ、何のしがらみも私情もないだろ。文句あるなら消えてくれで終わりだよ。法律を自分で書けるということは役人以上の知識がある上に強い頭と根気の持ち主だ。しかも、外交場面を見てみれば、その手の人間にはとても出来ない「人たらし」がめちゃくちゃうまい。天性のものがある。ビジネスマンとして俺が断言する、ビジネスをやっても超一流だ。政治家にそんな人間はいない。ということはこんな事が出来る総理大臣はいなかったし、今後も出ないから国民としてはやるべきことは全て彼女にやってしまっていただくしかないのだ。身は綺麗でハニトラ、マネトラの隙も一切ない。盤石だ。公約実現という唯一の目的を達成するため人事という冷徹なツールは思いっきり使えばいい。マーガレット・サッチャーは頭脳が理系で鋼のような強い意志を持った人だった。高市総理は匹敵すると確信する。

それもこれも、いじめられればいじめられるほど人気が出てパワーアップする現象が根っこにあるからできる。契機が国民感情を毀損する侮辱行為だから、日本人のプライドの根底に関わっており、何があろうと人気は絶対に消えない。 4人に3人の日本国民はファンであり、自分が推している彼女をいじめたりおとしめたりする相手は即座に敵と認識する。従って戦っても勝ち目は全くなく、やればやるほど疲弊して自分の身を滅ぼすだけである。他のいかなる人間にもこの武器はなく、すなわち彼女に固有の現象であるから競争相手はいない。俺はこれを『高市の法則』と呼んでる」

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

話題のテラドローン株投資のタネあかし

2026 MAY 1 8:08:23 am by 東 賢太郎

これを書いたのは3月17日だ。その日のテラドローンの株価は3,125円だった。

科学技術は戦争で進化する(ドローンの展望)

きのう(4月30日)テラドローンは何度目かのストップ高で9,270円で引けた。僕の長い投資歴でも1ヶ月半で3倍になったのは初めてだ。3月17日にブログを読み、徳重社長を信じて株を買った人は宝くじに当たったようなものだろう。

そこに書いたように、僕は上場前の2020年に社長を見込んで投資して第5位の大株主になった。当時会社側は資金需要があり魚心に水心であった。しかしスタートアップ投資という業務は僕が証券会社時代に本業としてきた仕事ではない。当時は上場企業の業績・財務データを解析して評価をするのが本業で、データがないに等しい新興企業投資にその手法はまったく通用しないのである。そこで自分で事例を研究し、何度か実際の投資にチャレンジしたが見事に失敗した。しかしその程度で撤退するにはこの業務は魅力がありすぎた。なぜなら、突き詰めて考えると、失敗の最大の要因は経営者を見る基準が甘かったことにあったのであり、人物を見ることに関しては年の功で業界の誰よりも自信が持てることに気がついたからだ。

「経営者を見ろ!」なんてご託はそこら中のビジネス雑誌がネタ切れの時にタイトルに使う便利な呪文みたいなものだ。意味があるのは、経営者を見て企業の業績を予測することを人の能力を見抜いてマネタイズする行為と無機的に捉えることであり、それ以外の何物でもないと知ることである。要は人の値踏みであり、こう書いてしまうとあまり良い気持ちのしない読者が多いかとは思うがビジネスに成功するのは良い人であったり他人の気持ちを斟酌したりすることによってではない。「経営者のマネタイズ」という視点に気づいてすらいない人が何千人経営者に会って統計を取ろうが経験を積もうが、そもそも他人の経営能力を数値化する方程式を知らないのだから評価などできるはずがない。普通の人が何千人のプロ野球選手にインタビューしようが野球がうまくなるわけでないのと同じなのである。レポーターやマスコミの仕事はそれはそれで大切であり、そこに一定数のファンがいてビジネスとして成り立っていることを否定するものではないが、ここで議論の俎上に載せている「ビジネス」とは投資であり、数字のみが意味を持つお金を扱う仕事においての話であり、結果を出さなければ一文の価値もないのである。

そもそも論だが、僕は口だけ達者でもっともらしい言葉を吐くが自分でやらない人はどんなに好人物で家柄や学歴があっても無価値と思っている。人としての是非をいう気はないが、その手の人がなれるのは評論家だ。事業家として経営を行うことは無理である。だから僕がお付き合いすることはないし、まして投資することはありえない。シベリウスが言っているように評論家の銅像が建つことはないのである。もういちど書く。「人物、家柄、学歴」を否定したのだから経営にそれはいらないと僕は言っている。あっても結構だがそれで経営力を評価すると失敗するから否定した方がリスクが少ない。否定して問題ないのは、血液型や星占いや犬派猫派で判断する人はいないのと同じほど経営実績、つまり株価に影響がないからだ。もしあるならすべての上場企業の経営者は自他ともに認める人格者で、華麗な閨閥を持ち、その国のトップスクールの卒業生ばかりになっているはずだ。日本だけを見ても、例えばトヨタにしてもソニーにしても、閨閥だけで経営して成功した企業はほとんどなく、そんな実態には全くなっていないのである。株というのは美人投票だから仮に99%の人が「経営者が犬派だから」という理由でペット保険会社の株を買えば市場に大きな歪みが生じる。投資収益を最もリスクのない方法で得るには「歪みはいずれ解消する」という数学で言うなら公式に賭けることだから、その判断が誤りだったと99%が気づけば巻き戻しで株は下がり、ショートした投資家は予定調和的に利益を得ることができる。

上場している株はデータが出そろっているから歪みが生じる可能性は少ない。この状態をビジネススクールでは「市場は効率的(efficient)である」と教える。トヨタの来年の収益が確定的に投資家に知れ渡ってしまえばトヨタ株はある株価に収束し、そこに投資して得られる利益(キャピタルゲイン)の期待値はゼロになる。つまり、その逆を考えれば良く、データを分析してなるべく大きな非効率(inefficiency)を発見することがアナリストの仕事であり、与えられた資金をそれを持つ複数の銘柄に振り分け、株価の動きが無用に同期してポートフォリオ全体の収益の増減の振れ幅を大きくしないことがポートフォリオマネージャーの仕事なのであり、投資家は彼らに手数料を払っている。誰だって自分で勉強すれば出来るが、その負荷を背負うためには相応の時間と労力が必要で、その試みが何も生まなくても生活に問題ないほどの資産が必要だ。しかし資産がある人はそこまでしなくても人生に困らないのである。したがって、ほとんどの人は手数料を払ってその作業を専門家に委託しており、我々ソナー・アドバイザーズもその手数料をいただいてアドバイザリー業務を行っている。一方、株価もデータもないスタートアップ企業に効率的(efficient)なものは何もなく、いわば非効率の固まりであり、99%の人が「経営者が犬派だから」程の誤りだったと後で気がつくありえない理由で評価あるいは無視さえしてしまうことが大いにあり得る。非効率が大きいほど投資で得られるリターンは大きい。数学の公式だ。テラドローンの場合、ドローンは子供のおもちゃである、中国企業が独占して参入余地がない、などの”犬派理論” が市場を席巻しており、それが誤りだったという巻き戻しのインパクトは強大だった。だから株価は1ヶ月半で3倍になったのである。

では経営者の資質として評価すべきものはなにか。これを解説するには1冊の書籍のスペースが必要だろう。仮に僕が『株式投資で儲ける方法』というタイトルの本を書いたとしよう。「その本が売れるかどうか」、「売れるなら1冊いくらで売るべきか」は、僕の「人物、家柄、学歴」ではなく、その本が株で儲けたい人にとって実益があるかどうかで決まるはずだ。とすれば、買おうかなと思う人は僕の実力、すなわち、僕が過去に投資した株のパフォーマンス(戦績)を調べるだろう。それが良ければ売れる。たいしたことなければ売れない。そうして本の値段が決まり、著者は印税を手にする。僕は株で儲けることよりもっとうまいことがあると自分では思っているが、それは本の値段の足しにはならない。「経営者(人)のマネタイズ」とはそういうことを言っている。いっぽう僕の側からすると、本を書いて得られるかもしれない印税のベストシナリオより投資の仕事の方が確実に利益率が高い。よって経済原理に従って本は書かない。印税の方が高いか、本業だけでは満足な収益が得られない方は書く道理があるが、そういうことだから、僕が彼らの本を読もうと思うことはない。例えばマーケティングはアメリカでは学問ということになっているが、「商品がたくさん売れる理論」を伝授する教授がなぜGMやIBMのそのポストに就かず、たいしたことのない給料を学校からもらう生活をしているかはウォートンスクールの学生の間で格好の皮肉ネタになっていた。僕がブログを書くのは、こう言ってはMBAという学位をお持ちの方に失礼にはなるが、ビジネスに理論などはなくやってみないと分からないからだ。だからそんなもので人様からお金を取るべきでなく、理知的な人には参考になると信じるブログをこうして無料でお目にかけ、何かを学んで事業で成功してくれる若者が出れば嬉しい。それだけの理由である。

3月17日のブログでお示ししたように「科学技術は戦争で進化する」は帰納法的に一般化可能なテーゼであり、数学でいうなら公式である。では現代の戦争で進化する科学技術は何か?これは議論を前へ進める思考だ。僕の回答は無人兵器(ドローン)であった。ではその技術は世界のどこにあり、どこに投資資金があり、世界のどこにそれをマネタイズする有能な経営者がいるか?これが、もう一歩議論を前へ進めることによって解くべき設問であり、抽象論を現実のアクションに落とし込む最終プロセスである。そしてその回答こそが「今すぐ行うべき投資というインテリジェンス」なのである。その結果、僕は2020年にテラドローン社への投資を決め、徳重社長が必要な事業資金の一部は僕がファイナンスすることで「公式通りのパフォーマンスが実現」し、ソナー・アドバイザーズおよび僕を信じてついてきてくださるお客様たちが大きな投資収益を獲得する確率を自力で高めた。これがテラドローン株投資のタネあかしである。投資の常として、自力でできたのはそこまでだ。MBAという学位をお持ちの方の名誉のために最後に書いておくと、以上のことはビジネススクールで学んだ人にとっては自明のことだ。そこで習った7つ道具を使えば、ここまでは誰でも来れる。少なくとも、習ってない人よりはずっと速くゴールに辿り着くことができる。では僕の母校ウォートンスクールやハーバードビジネススクールを卒業するのにいくらかかるか?現在だと2年で5000万円ぐらいだろう。ということは、MBAの価値はその投資を何年で回収できるかにかかっている。その名の通り「ビジネス」で回収を目論む人には大いに推奨したい。しかしサラリーマンや評論家や印税収入で回収するのは仮にできるとしても時間を要し、下手すると一生それで終わってしまうのであまりお勧めできない。

金融商品である株式への投資は世界経済や金利の動向や決断のタイミングという外的要因の吉凶で結果の良し悪しが決まる部分は常にある。今回はそれもたまたま吉と出たという僥倖に恵まれ、40年この業界にいていまだかつてない成果をあげられたということである。

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