バーンスタイン 「キャンディード」
2026 OCT 10 2:02:55 am by 東 賢太郎
食事できませんかというメールを頂いた。 2、3年前にお会いしたきりになっていたT君だ。 40代半ば、活動の本拠はニューヨーク、 社員は全員アメリカ人という気鋭の経営者である。いいよということで六本木に赴いた。そんなつもりはなかったが、前回は冷たい金融マンのイメージがあったらしく、このたびは酒も入って野球だの音楽だの東大の内輪話だので大いに盛り上がり、「全然そんな人じゃなかったんですね」とあいなった。
話が合ったのはバーンスタインだ。会って話したよと言っても信じてもらえないぐらい昔のことだ、いきさつをざっとご説明しこれをお送りすることにした。クラシック徒然草-カッコよかったレナード・バーンスタイン-。T君、話したのはこの演奏会終了後の打ち上げパーティーでのことだ。
調べてみて驚いた。この時の僕は34歳で、ずいぶんお爺ちゃんだなと思ったバーンスタインは71歳だ。なんと僕は今そのトシじゃないか!なんと何もやっていないことだろう。
キャンディードはウエスト・サイド・ストーリー作曲中の1956年、バーンスタイン38歳の作だ。同じ頃にニューヨーク・フィルハーモニーの音楽監督に就任もしている。ものすごいアウトプットだ。父はウクライナのユダヤ系移民で、渡米して魚市場で、母は毛織物工場で働いた。才能はどこから芽吹くかわからない。
キャンディードはライプニッツの最善世界説(人生はいろいろ不幸なことがあっても神の差配でそれなりにうまいところに収まると言う楽観主義) をおちょくった寓話だ。作者ヴォルテールは1694年にフランスのブルジョア家庭で生れ、親の意に反して詩人になる。政府を批判してバスティーユ牢獄にぶちこまれ、出獄すると劇作家として名をあげ、今度は英国に渡り哲学に没頭する。当然の帰結として危険なイギリスかぶれ野郎だとパリでさらに2度逮捕状が出された。ところが学があったので貴族でリケジョの祖である数学者シャトレ侯爵夫人の愛人になって難局を逃れる。そればかりか夫人に数学・物理を習いフランス学士院会員となり百科全書派の一員となり、革命後は啓蒙時代を代表する思想家の一人となった。彼は否定するに違いないが、ラッキーと言わずしてなんだという彼の波乱万丈の人生はライプニッツを認めたことになるのではないだろうか。モーツァルトはヴォルテールが亡くなったときパリにいた。「あの無神論者でペテン師のヴォルテールが犬のようにくたばりました」と父への手紙で口汚くののしったのはカトリック信者なのだから理解できる。しかし彼は間違っていた。ヴォルテールは無神論を否定し、科学の発展によって神の存在はより否定しがたいものになると考えていたからだ。この立ち位置はアインシュタインも同じである。
しかし神の摂理を認めるか否かはどうあれ、徹底した反ローマ・カトリックで権力と闘ってよくぞ危険な革命前夜を生き延びたものだ。結果論として見るなら英国でジョン・ロック、フランシス・ベーコンの経験論的哲学に没頭し、ニュートン主義の普及者となったことが大きいからそこは努力の賜物で神の差配でないかもしれない。さもなくば数学者女史のヒモになれなかったかもしれないし、啓蒙主義の時流にさえ乗れなかったかもしれないからだ。ちなみに、現代のフランスのバカロレア(高校卒業資格)で哲学は必修、数学はほぼ必修という日本では考えられない制度にこの2科目重視の姿勢が伺える。ちなみに必須でないのは法学、政治学、文学、語学、哲学、芸術である(東大だと文科1類である法学、政治学は数学いらない。発見だ)。私見では哲学・数学の2つこそが今後の不透明な世の中を生き抜く知恵の軸であり、どちらもやらずに卒業できる学校を僕は大学と呼ぶ気はない。
ヴォルテール自身のそれまでの人生をカリカチュア化したドタバタ劇ともいえる哲学寓話キャンディードは思想史の観点から読むと興味深い。上掲のキャンディードのビデオで聞くバーンスタインのスピーチでは(世評でも)、彼はれっきとした共産主義者であり、ならば神はどうなったと問いたくなるクラシック徒然草-ホモと共産主義-。いなくてもよかったかもしれない神よりも彼はウエストサイドストーリーとキャンディードを大切な2人の子供と思っており、一方だけ人気が出た事態を悲しんでおり、それがこの演奏会になったのだろう。おそらくもう最後と悟って。
新総長さん、東大の女性2割は国際的な非常識
2026 OCT 1 21:21:40 pm by 東 賢太郎
東大の総長に女性が選ばれた。女性は学生の21%しかいない。これは能力的におかしい。だから女性総長誕生は支持したい。清華大学11位、北京大学13位、圧倒的に負けてる。我がペンシルベニア大学も抜かれた。人口のせいではない、なぜならシンガポール大学は15位だ。英語のせいでもない。シングリッシュだからね。14位を卒業した経験から物申す。27位の東大生が劣るとは思わない。ではなんでこうなっちゃうの?国際標準で決めてるからだ。いわばいきなりニューヨークで社会に出て第一線で通用するか?それが指標だと思えば理のない順位ではない。
いや日本も大国だ。そこで通用すればいいではないか。結構だ。何を幸せとするか人によるが、授業料の高い大学へ行って稼ぎがプアじゃ意味ない。これ国際標準というか人類標準に近い。日本国内でベストの就職をしても初任給600万ぐらいだろう。ハーバード学部卒の初任給の中央値は約88,700ドル(約1,300万円)だ。金融なら数年後に2000万は充分ありえる。欧州は日本と変わらず安いができる者は障壁なくアメリカに行く選択肢がある。商社に入っても海外赴任したくない今の東大生にその選択肢が同じほどあるかね?ないね。その差だ。
野球界ではソフトバンクのドラフト1位佐々木麟太郎君がスタンフォード大学に入った。息子はロケット工学を学ぶため高校を出てテキサス大学に入った。先日もコロンビア大学に学ぶ前途洋々の21歳に会った。行けばできるのである。なんでだめか?行かないからだ。東大は元来役人を作る学校だ。授業料も安い。稼ぎがプアじゃ意味ないという思想はないからのっけから国際標準と相容れない。海外で知名度高くないし所詮27位だしあまりご利益なし。日本に居てこその内弁慶バリューなのだ。損だから行かない。才能の鎖国。これじゃ国は栄えない。
「甲子園出ました」「おおすごいね」。それ通用するの日本だけだ。コーシエンなんてアメリカ人は知らない。トーダイも同じだ。GDP5位の国で大企業に就職できますよ。いえ、結構です。そういうスーパーな子、学業・ビジネスのオータニ、ムラカミはアメリカ行くだろうね。清華大学、北京大学落ちた中国の子は東大に来るだろうね。それで未来の日本の屋台骨は持つのかね。しかし、唯一の救いがある。女子だ。学力に男女差はない。だから東大の男女比8対2はおかしい。圧倒的におかしい。世界はほぼ5対5だ。北京大学、清華大学、シンガポール大学にハンディ戦で負けてるなんてアホらしいではないか。
東大入試で女子が頑張って男の3を落とせばいい。競争が増す。全体のレベルは上がる。英国社は女子が強い。数学理科は敬遠してるだけだ。だから理系の女子に奨学金を出すのは大賛成。これぞ国力への投資だ。日本版DOGEで意味不明なことやってる省庁なんか削ってどんどん出す。ジェンダーだの女性活躍社会だの念仏唱えても何も起きない。バンバン東大卒出せば経営者も増えて企業社会も変わる。高市総理が範を垂れてる。国際社会で男しか通用しないなんてことは全くない。株主は業績さえ上がれば社長が男だろうが女だろうがニューハーフだろうがオッケー。国際標準はこの道でクリアできる。新総長さんのお手並み拝見。
今でも残る43年前にセビリアで考えたこと
2026 SEP 22 13:13:53 pm by 東 賢太郎
先々週にスペインの夕焼けのブログを書きながらセビリアを思い出してました。もともとの支配者はゲルマン系の西ゴート王国でカトリック。それがウマイヤ朝に征服されイスラム支配が5世紀続き、それがまたカスティーリア王国に征服されてカトリックに。世界史であっさりとそう習って覚えたわけですが、それで大学には入れても実は何にもわかってませんよ。なぜなら僕がそういう教訓を得られたのは43年前、28歳にもなってそのセビリアにはじめて行った時のことだからです。その場にたたずんで、感ずるものをじっくり味わった記憶が血となり肉となる。本当だから若者はやってごらんなさい、その場でわからなくてもいずれわかります。わかったら財産です。旅行は投資です。金をケチってはいけません。
前の文明は上書きされ消えるのが世界史の常識です。どこへ行ってもそう。つわものどもは夢のあと。例外はありませんでした。ところが、セビリアでは人間も文化もが異教徒間であるにもかかわらず適度に混合し、滅んだはずの文明が遺伝子となって生きているのです。征服者が貧しかったわけでもないのにイスラム寺院の遺構がカトリック教会の一部になり、アラビア語で記されたギリシャ文明を組織的に翻訳し、エンタメは昔ながらの闘牛があると思えばロマも入ってきて土着していてフラメンコの聖地にもなった。実に異例中の異例の場所なのです。
残っている著名な一例としてグラナダのアルハンブラ宮殿があります。当時スペインは全く無知で、アランフェス協奏曲はここで書かれたと勘違いしていたくらい知識がなかったのですが、ひとつだけ、イスラムの城・宮殿なのにこれもレコンキスタで破壊しなかった。なぜだろうと思ったことだけ覚えてます。行ってみてその理由がどことなくわかる気がしたのです。
ここに立ってみた方は納得いただけると思うのですが、この水鏡、言ってみればただのプールです。それが巧みに配置された幾何学的な造作物の一部となると、頭がクラクラするほど、言葉を失うほど美しい。衝撃でした。
カスティーリャ王ペドロ1世もここに立ってみてきっとそう思ったんでしょう、セビリアに建てたスペイン王室の宮殿アルカサルもこうなった。
まあ僕の趣味ではごちゃごちゃした分、美しさは相当グレードダウンしてますが、異教の美意識を分け隔てなく認め、宮殿に取り入れてしまったスペイン人の本能に忠実なこだわりのなさ、フレキシビリティというものはユダヤ教徒にもイスラム教徒にもまずないです。スペイン人はその後に仕事でたくさん会いましたが個人的にはほとんど知りません。そういう気質なんでしょうか。万が一にもパレスチナ問題が片付いてどっちかの天下になってもアルカサルみたいなことは絶対に起きないでしょうね。
セビリアという都市ですが、コロンブス艦隊はここから出港して新大陸を発見し、しこたま金を儲けた。地球が丸いと証明されてない時代です。本能に忠実なこだわりのなさは蛮勇のもとにもなりますが、運さえ良ければ大発見や大成功のもとにもなるのです。後にマゼラン艦隊の出港地ともなり、大航海時代の拠点としてスペインが獲得した新大陸の富はまずセビリアに持ち込まれました。だからでしょう、アルカサルは血の匂いとともにカネの匂いも濃厚でした。
調べてみるとイスラム支配を殲滅し、新大陸で殺戮と強奪を繰り返して築き上げた富はやがて美意識につぎ込まれています。画家ではティツィアーノ、ルーベンス、ベラスケス、ゴヤ、音楽家ではドメニコ・スカルラッティ、ルイージ・ボッケリーニがこの宮廷の世話になってます。アートというものは性善説だけでは語れないのです。人間の愚かさ、残虐さ、強欲な性(さが)というおぞましき泥沼に咲いた蓮の花のようなものかもしれません。アートをする人は美意識だけ持てばいいですが、それを社会の中で健全に保持しようとする人は清濁併せ飲まなくてはなりません。
コロンブスという男はイタリアのジェノヴァ出身で、港に立派な像(写真)があります。前に立ってみて、こんな偉い奴だっけと複雑な思いがいたしました。1492年に最初に到達したイスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国)だけで「虐殺・戦闘」「処刑」「奴隷化・強制労働」「飢餓」「病気」で50万人ぐらい殺された。キリスト教化の名目で罪の意識もなくです。もし日本人がしてたら慰安婦像みたいのが100万個も建ったでしょう。奴隷化・強制労働がカネになる味をしめるとアフリカ人が対象になりました。1549年に日本にやってきたフランシスコ・ザビエルはバスク人ですが(モーリス・ラヴェルの母親も)、信長のままで秀吉、家康がいなければ日本も危なかったかもしれません。
1853年。コロンブスが見つけてキリスト教徒に乗っ取られたアメリカ合衆国からマシュー・カルブレイス・ペリーという男が浦賀にやってきました。名目は日本を捕鯨船の寄港地とするためでしたが、一皮むけば牙をむくコロンブスと同じような荒くれた奴らです。僕はキリスト教には何の反感もありませんし、むしろそれが生んだクラシック音楽と共に育った人間ですが、教義が骨の髄まで染み込むと脳が誤作動してとんでもないことをしでかす「人間という動物」が危険だという論点は全く別です。この時、貿易・開国を強く迫ったハリスに返答するという重い外交判断を迫られた大老・井伊直弼の危機対応はやむを得ぬと思います。開国猛反対で即時攘夷派の水戸斉昭も、越前藩主松平春嶽あてに、「本当は開国しかないが私は攘夷派の頭目と攘夷派の人々に思われているため、開国と言えないので貴君らが開国を計らって欲しい」と手紙を書いている(wikipedia)。まあ僕には本音の吐露というより小ずるい逃げに見えますがね、政治の当事者たちにとってそれほどの難局だったということで最高権力者で逃げ場がなかった井伊直弼が一番大変だった。僕の頃の教科書には「戊午の密勅」の記載はなく知りませんでした。安政の大獄は孝明天皇が幕府より先に斉昭に詔勅を送り、朝廷の代理人としての幕府の立場が危うくなったからやむなく起きたと理解します。僕の先祖はこのとき起きた水戸天狗党の乱でばりばりの尊攘派、一橋慶喜押し派で薩長と通じ、幕府にひっ捕らえられて小伝馬町に投獄されてますから本当は井伊直弼をほめちゃいけないんですがね、会社のオフィスがホテルニューオータニで井伊家屋敷跡にあるもんで微妙な気持なんです。水戸斉昭が「キリスト教は危険」と看破していたことだけは特筆したいですがね。
コロンブスは航海日誌にこう書いています。
「彼らと友好を結ぶため、それにまた、彼らは力ではなく愛を持って接すれば、より速やかに解放され、我らの聖なる侵攻に帰依するとわかったので、彼らの何人かに赤いボンネット帽や首にかけるガラス玉の数珠といった安価な品をいくつか与えたところ、彼らはとても喜び、我々も驚くほど和やかな間柄になった。(中略)彼らは良き下僕になるに違いない。なぜなら私が見るに、彼らは私が話すことすべて、すぐに後について口にするからである。また、私は彼らは速やかにキリスト教徒になると信じる。なぜならいかなる宗派も持っていないように思われたからである」
1945年。今度はダグラス・マッカーサーというアメリカ人が日本に上陸しました。若いころ女にモテなかったことと、野球に熱中して成績が落ち野球をやめたことだけは親近感を持ちましたがあんまり好きになれない奴という印象です。コロンブスの日誌を読んでいたのかどうか、安価な品を与えれば日本人はとても喜び、驚くほど和やかな間柄になることを発見したが、キリスト教徒化はうまくいかなかったんです。だって現在にいたって、韓国人は31%も信者にしたのに日本人はたった1%ですからね、無理なんです。うまくいかない根源は天皇の存在だと気づき皇室にもそれを仕掛けたし、新憲法で地位を骨抜きの象徴天皇としたわけです。しかしながら、それでも天皇の神性を日本人の心から消せなかった。我々国民もなぜかと言われると厳密には分かりませんが、それが「歴史というものだ」とでも説明するしかなく、何ら合理性の見えないこの説明だけは歴史のないアメリカ人にはわからなかったのです。お分かりと存じますが、だから日本国が日本国であり続けるためには男系男子という2千年の歴史は変えてはいかんのです。それをああだこうだ言って変えろという人たちは、日本国が日本国であり続けて欲しくない人たちだと本性を見抜くリトマス試験紙のようなものです。いいですか、アメリカはこの度のイランとの戦争でまっさきにハメネイ師を殺しました。この人はイラン国民にとって当時の日本の天皇のような存在だからです。宗教だからアメリカはわかりやすかった、天皇は宗教の教祖でない訳のわからない存在なので、マッカーサーの意見もあって同じ扱いをしなかったんですね。ところが殺したのにイランは腰砕けにならなかった。これがトランプ最大の誤算だったのです。いまだにわかってないんですねアメリカは、自分たちがいかに歴史の重みを学んでないかということを。
ヨーロッパからの移民が作ったアメリカが覇権国家になったのは、ルネサンスと産業革命を起こし科学技術による圧倒的な殺傷力を持つ兵器を手にした優位性からです。次の優位性は生成AIがもたらし、それを手にした者が宇宙という新たな新大陸を支配することにもはや議論をさしはさむ余地はありません。宇宙からは容易に地球上のどこでもピンポイントに核攻撃できるので軍事力競争もそこで終了です。その地位がアメリカに保障されてはいないことをアメリカは知っており、ベセント財務長官が何立峰副首相に対し「米中AI対話」の設立を持ちかけたというニュースが昨日飛び込んできたのです。僕は2017年5月23日にこのブログで日本の教育に警鐘を鳴らしました。
優生学を信じているに違いないベセントらアメリカのエリート連中が真剣に中国を恐れている。日本に言ってきたのは「円が安い。金利上げろ」だけ(トランプに詰められたんだろ、ああくだらねえ)。中国への対話要請は科学技術競争のためでもキリスト教のためでもなく、種の保存の危機感のためです。 中国共産党の幹部がずらりと理系であり、日本はそれ自体が国家戦略上まったく無価値でしかない「文系思考」というものの産物であるところの「文系重視」という末期的トートロジーにはまりこんだまま身じろぎもせず(というよりそれを否定してしまうと自分の権威も権力もなくなる文系権力者がドミナントであるから)、ブログを書いてから9年たってツケがいよいよ来てしまいました(唯一の反応と思われたのは2021年度から早稲田大学政治経済学部が入試で数学I・Aを必修科目としたこと。志願者数が減るならそのこと自体が合格者の質は上がることを示唆します。僕のころ東大2次試験の倍率は2、3倍です。敬意を表します)。80年前にアメリカが恐れたのは日本でしたが、理にかなった戦略で中国がその座にとって代わりました。AIは受け身でしかない日本はこのままならもうお呼びでない。
こうなった原因はもうひとつあります。国民全体が「一億総中流の平等を良しとする共産主義的思想」の塊ですから、高学歴になっても金持ちに自動的になることは許さない。だから若年の役人は可愛そうなぐらい薄給です。若い頃クラス会で酒が入ると「なんでソープのオヤジが年収1億円で!」と怨嗟の声が結構まじめに上がった。なるほどそれが本音ならデフレ政策とったほうが気分いいわなあとも思いました。誰しも人間だし家族の幸せもあるし収入が大事なのは当然のことと思います。政治家、役人は外国に比べ地位、能力に見合う収入を得ていないと不満を抱えているのは口外しないだけで事実です。だから、身を滅ぼさない安全な手口でマネトラ、ハニトラ、お好みのメニューさえ用意されれば簡単に買収できてしまうのです。帝国海軍の幹部が英国にイギリス人名義の口座を作って賄賂をもらっていたシーメンス事件が良い例です。権力者の買収は低開発国の代名詞で国の恥ですから明治の昔から報道機関もグルになって秘匿し、日本を手籠めにしたい外国勢力はその低開発国性に容易につけ込めたのです(現在だってね)。ものすごく勉強しないと進めない道に進み、高級官僚になっても熾烈な出世競争があるわけですからマクロ的には国家トップの秀才たちを低賃金で雇えてる国が儲かっているということで納税者も帳尻はあっているのではないかと僕は思っています。ただしお気楽な世襲政治家にその温情は当てはまりませんが。
中国の理系重視は軍事力重視であり、米露と同様日本人をトラップする側です。スパイにだって仕立てます。だからスパイ防止法が必要なんです。それと人民元の基軸通貨化の両輪でアメリカを凌駕してヘゲモニーを奪うことが明確な目的になっているのです。そして、それは極めて正しいです。だからベセントは警戒しています。地方の金融機関にある天文学的な不動産貸し倒れ損失の隠蔽を続けおおせるうちに人民元を暴落させないだけの財政収支の取り繕いがうまくいけば中国人民は安心安全かつ世界平均以上は幸せに暮らせる可能性を手にします。アメリカのマネしてお札を刷りまくればいいんですから簡単です。文系ばっかりの日本の保守派は習近平はそのうち失脚するだろうなんて思ってる。とんでもないですよ。万一そうなっても次の主席が同じこと続けるだけです。理系は文系と違って答えは一つで属人的な遊びなどないんです。「AIで人類絶滅論」の現実味が出てきてオープンAI、アンソロピックなどが開発の自主規制を言い出しましたが、規制される奴が規制するなんて善人づらして嘘つき放題ということ。泥棒が市販する鍵のスペックを決めるようなもん。市場を安心させる嘘です。ましてや中国が本気で加わるなんて、あるわけないでしょそんなの。ディープシークは 7割ぐらいは追いついたと言われますが未上場だから情報開示義務がない。もう追いついてる可能性もある。アメリカがブレーキ踏んで自分がアクセル吹かせば勝てるなら千載一遇のチャンスでしょ。
日本に有能な理系人材が多くいることはノーベル賞の数で証明されています。問題は理系のいない政府がそれを国策に有効に使えず多くが企業まかせなことです。企業は政府ではなく株主のためにそれを使う。国のためを強要すれば株価が下がって技術力を失います。それもこれも、裏金キックバックやハニトラで釣られ、富と欲望への渇望を満たせば受験勉強に時間を費やした人生のバランスシートが均衡すると考える文系エリートが国を支配しているからです。そんな個人的なもんこれから国力の生命線を握る生成AI開発、宇宙進出技術開発にとって100%どうでもいいんです。それにつけこんでアメとムチで日本の支配層をいいようにくわえこんできたアメリカは、日本は中国の路線で中国と対抗できる能力を完全に失ってしまった国であることを知ってます。ならば日本人はどう扱おうか。簡単です。奴隷働きさせ、バブルのころ三公七民だった租税負担率を財務省を締めあげて五公五民で絞り取らせ、小さな幸せで満足させ、貯蓄はすべて米国債の購入に当てさせてドル紙幣を刷りまくってもドルの価値を支えるブタの貯金箱とする。邪心を催させぬようイラン同様核保有させない。そういうことです。今回訪米でトランプは高市の名前を覚えておらず、石破とおんなじ日本の総理大臣と呼びました。冷酷なもんです。トランプがどうなろうが変わりません。敵は中国だけじゃないんです。
欧米と金融商売を16年もやってるとかように人が悪くなるんですね。市場で戦って継続して利益を出すためにはウルトラ現実主義者、究極のリアリストでなくてはいけません。子どものときからその傾向はあるのですが、この期に及んではもう筋金入りです。もっと悪い人にもたくさん会いますし、そんなのに騙されてたら商売にならないから騙す側に回るしかないんです。43年前にセビリアの酒場みたいなレストランでディナーしながら楽しんだフラメンコショーは、予想とはだいぶ違うものでした。日本人が踊るのを見た記憶があって、あんなふうにスポーティで可愛らしいイメージかなと思ってましたがとんでもなかった。踊り子の女性たちが凄まじくたくましいのです。手を打ちながらオレオレ!なんて発する掛け声は野性味たけだけしくまるで男。まあ百歩譲ってカルメンのカスタネットの歌がこんなだったら様になるのかなと思った次第。ああこりゃいかん。 10万年ぐらい前に分化したのだろうか、チンパンジーほどは遠くはないのだろうが全くもって異人種であるのだなあと悟ることに相なったのです。とっても無礼に聞こえましょうが、向こうもおそらく東洋のチンケな我々を猿と思っているのでお互い様でありましょう。そうでもないと小さな島で50万人も殺したり原爆を落としたりはできないでしょうからね。
そうそうベートーべンが「君のあれね、楽譜見たよ、ブッファに才能あるね、これからもその道を行きなさい」とロッシーニをほめたあれが「セビリアの理髪師」だったんです。もっともそれはだいぶ後になってロッシーニが回想した話であって、本当に両人が会ったかどうかはわからないことになってます。ロッシーニは会ったといい、ベートーベンの秘書シンドラーはそれを否定してます。僕はシンドラーを嫉妬深い小物の詐欺師と思ってるのでロッシーニを信じてます。「セビリアの理髪師」はボーマルシェの戯曲でこれが前編、そして後編こそがあの「フィガロの結婚」。モーツァルトに繋がるんです。ベートーべンは「イタリアでモーツァルトは上演されているか」とロッシーニに質問してます。こいつがウィーンに住み着いたらヤバイと思ったかもしれませんね。
軽快でノリが良くたくさん笑える愉快なオペラです。彼はこれ3週間でさくっと作曲したんです。音楽には早熟で数々の女性歌手と浮名を流し39本のオペラを書いて今のカネで100億円ぐらい稼いで全欧州に名のとどろく巨匠になった。にもかかわらず37歳でオペラ界をさくっと自主引退し、後半生は趣味であるグルメに情熱をささげ「**アッラ・ロッシーニ」と命名された20~30はあるとされるフランス料理がいま世界中で食されているという真の傑物です。こういう名誉、カネ、女に満ち足りた男はね、小物の詐欺師とちがって「ベートーベンと会いました」なんて嘘をつく必要なんかないんです。これ人間の鉄則ですよ、だから僕は信用するんです。クラシックが堅苦しいと思っている人はイメージが変わると思いますよ。連休ですからお時間があればアバド、プライ、ベルガンツァの最高のキャストでどうぞ(日本語の字幕設定可)。
『黒猫フクの人生観』 (第十八話)
2026 SEP 16 18:18:42 pm by 東 賢太郎
高市さん頑張ってるね。天国で話題だよ。沖縄は自民候補が大勝。組閣もやりたいようにやった。参院幹事長も切った。民意を無視してたことが発覚した福岡県議会。お遊びのパリ旅行でひとり20万円の夕食会。こりゃバブル時代の野村証券もびっくりだ、ましてそれが公費だなんて犯罪以外の何物でもないよ。高市さん怒りまくって来年4月の地方選で福岡は全員公認しない。当然だ。読者の皆さんの自治体だって怪しいかもしれないよ、この際に全部洗いだしてほしいよね。でもね、僕は冷静なんだ。だって高市さんならこのぐらいのことはやってくれるんじゃないかという期待で国民は2月の衆院選で自民党に投票したんだ。だから自民党は330議席で歴史的大勝したんだよ。つまりそれが国民の7割の意思なんだ、当たり前のことが当たり前に起きてるだけさ。だから主人はあの選挙を見て「日本初の市民革命」ってブログに書いたんだ。
ところが、それを野党は「高市の独断だって」批判するんだ。真正のバカだよね、だって日本国憲法でね、国民の多数決で議員が決まって、その議員が法律作って内閣を組織して政策を実行する、民主主義の基本は多数決なんだね。それを独断と言い換えるのは印象操作っていう「詐欺師の論法」なんだ。昭和ならそれで国民だませたけどね、いまはSNSが思いっきり「こいつらが詐欺師だ」ってバラしちゃうから野党は騒げば騒ぐほど支持率下がる。それを一緒にはやして高市下げに全力投球なのがバレたオールドメディアも、そのしもべの評論家や学者や文化人なんて奴らも、国民にウソがばれて新聞購読者数もテレビ視聴率もつるべ落としで暴落中なんだ。もう数字で確たる証拠が出てるんだよ。でも、こいつら文系で昭和のアタマのまんまだから気がつかない、っていうか、気がついても伝統のお家芸を捨てるわけいかない。だって仕事なくなっちゃうからね、売れなくなった芸人とおんなじで。
足を引っ張るだけで議員バッジつけて年収4千万円でぬくぬくやってる野党を国民の大多数はもう許さない。食料品消費税1%だって、選挙で選ばれてない役人が民意の邪魔すりゃバッサリ首切られて左遷だ。それをやるのも総理の仕事、それが議会制民主主義、議員内閣制。あまりに原理原則であたりまえ。彼女は8年やった安倍総理でもできなかった仕事を半年でしてるんだ。霞が関はパニックだけどそんなもの全然構わない。彼女のしてることは力技じゃないよ、7割の国民が付託、それを忠実に実行、それを7割の国民が承認という地道な作業だからさ。「政局」でいい加減な政治してた奴らはそれが怖いんだ。細かい政策のいちいちにまで総理大臣が自分で目を通してその3つのプロセスを地道にキープするからつけ入るスキがない、それが憲法に書いてあることだから凄みがあるんだよ。だから内閣支持率は下がんないの。下がっても国民は信頼してるから戻るの。これを主人は「高市の法則」と呼んでるんだ。彼女の属人的な能力じゃなく方法論だから野党だってやれば支持率上がるんだよ。猿にはできないけどね。
高市さん、主人の東大法学部のクラスメートが高市総務大臣時代の総務省事務次官でさ、見込んだ通りの人みたいだね。そういや「飲み会を断らない女」ってのが総務省にいてNo2にまでのし上がって有名になったけどね、彼女はこう言い放ってた。「断る人は二度と誘われません。幸運にめぐり合う機会も減っていきます。多くのものに出会うチャンスを、愚直に広げていってほしい」。この女性はTBSだったかどこだったか昭和のエレベーターに狙い通りに乗っかって愚直に天下ったけど、幸運、チャンスってのはその程度のもんだったね。「飲み会に行かない女」は二度と誘われないけど総理大臣になったわけだよ。昭和のしきたりに従う演歌の世界の女は女としては可愛いけどさ、それを無視して昭和のしがらみをぶっ壊す女を時代は求めてたってことさ。主人も圧倒的にぶっ壊し側で3回も上場企業の役員けった男だからね、僕は5年も毎晩いっしょにいたからよくわかるさ、だから高市さん好きなんだね。
高市さん、これも主人が何か月か前に思いっきりブログに書いたことだよ。次は反高市の自民党33人をやれ、こいつらも次の選挙で全員を非公認にして追い出すことだ。癌細胞の切除だね。堂々たる体制反逆者だからね、世界史上そんなのを手下に飼っておいて成功した君主はいない。ウイングの広い自民党なんてそんなもんどうでもいい。絶対に切らないといけないよ。支持率が内閣6割なのに自民党3割なのはこいつらが癌なことを国民が見抜いてるせいなんだよ。見抜いてないのは昭和のしきたりで出世できると勘違いして糞くだらない「政局」やってる二世三世の阿呆な自民党議員なんだ。こいつらが33人につるんで癌がでかくなれば支持率下がるよ。これがリスクだから党支持率が3割食われてるわけ。SNSで情報は完全に有権者に共有される時代だ。沖縄で半分以上が左翼に入れたのは年齢60代70代だけだ。 50代以下は半分以上が古謝だったよ。 5年後はもっとそうなるよ、だって新聞・テレビ・雑誌だけでSNS見ない爺婆はいなくなるからね。
そういえば僕がボロカスに書いた例の超いい加減な「中道」って政党さ、潰れるって聞いて天国はびっくりだよ。潰れることがかって?ちがうちがう、まだあったのかってさ。野田と石破は似た者同士だ、お似合いだよ、そのドンガラ残して新党「やっぱり民主党」さ。これに33人を収容するのも一計だね、 2大政党制を目指そうとか何とか騙してでもね、こういうことに善人になっちゃいけないよ、民意にたてついて予算遅らせた奴らはね、どんな大嘘つこうが何だろうが一切の情なくばっさりやっても国民が許すよ。「減税より野党との協調だ。俺は参院のドンだ」「それがなにか?」で石井をばっさり。聖域なし。袈裟懸けに斬り捨てたね。すばらしい!天国じゃブラボーが飛んでるよ。参院はそもそもいらんと言ってる主人も快哉だ。297対33だ、ゴミみたいなもんで絶対に負けないよ。国民もその方がすっきりと応援しやすいよ。33人ひとり残らずブチ切ればこれから衆参とも自民圧勝で高市長期政権は盤石だ。いよいよサッチャーだよ。
3泊4日で韓国行ってたもんで・・・
2026 SEP 12 0:00:10 am by 東 賢太郎
飛行機は7年乗ってない。元から嫌いなうえパニック障害ありで、よくそれで海外部門がつとまりましたねと不思議がられる。思えば証券界でそんな人間は見たことないし、むしろ好きな連中が多い。昔のパスポートを全部引っ張り出してみると、乗ってる乗ってる、全部のページに所狭しとイミグレーションのスタンプが押してあって気が遠くなり、数える気も失せた。最後はオーストラリアのケアンズだ。 10時間ぐらいかかるが、娘が一緒だったのと、ナイトフライトだから酔っ払って寝ちまえばいいと思い切ったのだった。
この度乗ったのは、野村証券のロンドン仲間との韓国旅行だった。ソウル、済州島だからフライト時間は短いものの3度も離着陸があり心やすくはない。仕事は立て込んでいるがこの仲間はことさらの戦友だ、楽しくないはずがない。よし飛行機は我慢して行こうと決意した。こういう場合、僕には問題が2つある。ひとつ目が荷造りだ。たった3泊なのにあれもこれも必要となって収拾がつかず、最後は必ず家内にお任せになるのだが、ロックした後もあれ忘れてないかこれあるかなと心配でならない。綺麗に整ったスーツケースは行った先で開くとめちゃくちゃになり、翌日戻そうとするが、何も増えていないにもかかわらず、入らないのである。
ふたつ目に集合時間というのがある。出発は羽田9:20だが万一の場合にそなえ7:30に来いとラインが来た。過去の習性からこれは僕を念頭に置いてると思われる。現地においても、ホテルの部屋で各自が休憩して昼食は何時、バスの出発は何時なんてのがガイドさんから伝達されるが、覚えてもすぐ忘れる。そこは長年のことだから心得ていて、手元にある適当な紙片に場所と時刻を書き留めるのが習慣化しているのだが、休憩中にいざそろそろとなって部屋でそれを探すと、紙片が見つからないのである。せっかく整えた荷物をまたひっくり返し、やがて思いもよらぬ所で発見して記された時間を見ると、たいがいが今でしょなのだ。
3泊4日のスケジュールで一番心配だったのは体重である。 79キロだったのがダイエットで74キロになってる。現地で出されたものは残すと失礼だし、それ以外のものは口にすまいと肝に銘じたがいきなりチョンボをしてしまった。朝7時半なんて早朝に出てくることは年に何回もなく頭がボーッとしており、ラウンジで「JAL名物です」と勧められたカレーをうっかり食べてしまった。機内に入ると大韓航空のビジネスは2-2-2でセミファーストのスペース感がなかなかよろしい。これで2時間、パニックは大丈夫そうだと安心すると、そういえばKALのビビンバは旨かったなとランチに注文し、完食してしまった。
もう10年近く行ってないインチョン空港にランディングした。何度ここに来たことか。色々あった。目の前に走馬灯とはこのことだ。ソウル市内で調印した契約書の不備を見つけ、作った韓国の弁護士の目の前でビリビリ破り、ビビった彼はここまで見送りに来たっけ。なんて野蛮な人間だったんだ、悪いことしたなぁ元気かなあいつと考えていた。空港のレイアウトはずいぶん変わっていて中国からの便も着いたり大混雑だ。やっとイミグレにたどり着いたと思ったら、「やばい入国カード書いてないぞ!」と前の仲間が騒ぎ出す。僕が書いてるはずない。おい参ったな、いらなくなったのかと思ってたよ、あるのも忘れてたよ、ペンねえか、まあいろいろ声はあったがまるで施設の爺さんの慰安旅行である。
到着口で何人かが出迎えてくれ、ミニバスに乗るとスハドンなるソルロンタンの店に着いた。何とランチだという。まいった。カレーにビビンバときて昼時にして3食目だ。ところが名店の威力はおそろしいもので食べられてしまうのである。蚕室(チャムシル)のロッテワールドタワーまでは半端でない渋滞で1時間半かかった。窓から眺めるソウルの街並み、人の群れ。ああ、一人当たりGDPで抜かれたんだなあと見えてしまう気持ちがうら寂しい。日本語ペラペラのガイドさんに「ロッテワールドタワーは123階建てになっております。ホテルはその中にあるシグニエル ソウルでございます。90階のお部屋をご用意しております」と言われ何も考えずにはいと言ったが、エレベーターに乗ってもなかなか到着しない。そうか池袋のサンシャインのてっぺんから30階も上なんだ。
部屋から外を見るとこんな感じで、こいつはその昔、マンハッタンでエンパイアステートビルから見てぞっとふるえあがった景色だ。高所恐怖症なんで。そうでない方にとって、このスケールのパノラマを体験できるホテルとなると、世界広しといえどそうはない。
お子ちゃま連れのファミリーにとっては、すぐ隣にディズニー風の遊園地であるロッテワールドがあるから最高だ。僕らも連れて行かれ、 7月にオープンしたアトラクション「ゴジラ x コング: THE RIDE」をご体験くださいということにあいなった。(帰国して探してみたがオフィシャルトレーラーはこういうもので、撮影厳禁らしく我々が体験したものとは違う)。
こいつはおすすめだ。アメリカで流行のイマーシブというやつで日本語では没入型エンタメなんて呼んでる。大人だって爺いだって「没入」できるが低学年の子にはちょっと怖いかなぐらいのところだ。学生時代にアナハイムで初めてスペースマウンテンに乗った時の怖さに似てる。ロッテワールドは入場料6700円とのこと。これも含めて乗り放題はリーズナブルだろう。
6時頃になって、いよいよこの日の4食目!である。国賓
をお連れするという三元ガーデンなる老舗は予約が取れないので有名らしい。高級な韓国料理は小皿の数がすごい。自分で注文しないので何が出たのかよくわからないが、野菜が多いので満腹にならない。僕は韓国料理は食べたことないものはほとんどないが、ここは食材も調理法も味付けも普通じゃない、とにかく何を食べても美味である。アックジョンにある。ソウルに行ってここで食べないのは意味がない。
この旅行に特別の理由も秘密もない。なんで招集がかかったかも知らない。幹事のKから「来れますか」と2か月前にラインが入っただけだ。入社年次の幅が8年ある8人。ロンドン会と名はついてるが利権があったりいやらしいサラリーマンの寄り合いみたいなものは微塵もない。全員がお互いを深く深く知っている。それも昨今がどうのではない、僕が30代の前半だったロンドンの1984年から90年あたり、同じ職場で日々ピリピリしながら早朝から夜中まで毎日100億円のノルマをこなしていた全盛期の野村證券トップの営業軍団だ。ということは証券界のトップであり、この8人こそマーヴェリックだと書いて反論できる者は1人もいない。たとえは古いが、V9巨人軍のレギュラーメンバーだけのOB会みたいなもの。ちなみに5人はその後上場企業役員、 2人は企業グループオーナーになっている。
翌日になった。済州島に移動する。日本はずっと雨の予報でたぶん台風の余波は韓国にも来るだろうからゴルフはだめだなと諦めていた。ところが、ソウルから1時間15分の大韓航空機で到着すると、何のことない快晴だ。プレイは明日の予定だったが天気が読めないから晴れてる今日やっちまおうと予定を変えてもらった。スカイヒルCCは米国のゴルフコーストップ100のうち
13のコースを設計したロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニア設計の名門コースである。いきなり「今日やらせろ」なんて馬鹿野郎ものだが、それが難なくできてしまう。「世の中って不公平にできてるよな」、辛口ジョークのIさんが笑わせてくれる。それはよかったのだがここで僕は異変を察知する。パットが入らない。グリーンがどうの芝がどうのではない。18ホール中ワンパットはなんと1度きり、あとはほとんどスリーパットの111。こんなの人生初で、ははあ俺はガチャ目なんだと気がついた。右目はなんとなく曇っていて距離がおかしい。眼医者行けといわれるが行ってる。まあショットもめちゃくちゃだったから下手になってるだけかもしれないが、去り際にコースに「申し訳ありません」と頭を下げた。こういう時いつもそうする。高校球児だからグラウンドに入る時と出る時は礼をする。僕にはゴルフの神様と野球の神様がいるのだ。コースは何もしない。悪いのはいつもお前だよって言われる。
クラブハウスでもらったロッカーのナンバーが226だった。神様の啓示かな、気になるな。そう、これを書いてる今日は911だ。あの日、赤坂のチャイナクラブにいて、日本語カタコトの女の子がすっとんできて「飛行機がペンタゴンに落ちました」なんて言う。はっ?お前なに言ってんの?大丈夫か?でも周りの席もザワザワしだしたのですぐタクシー呼んで代沢の家に戻ると家内も大変よだ。226ってのはそんな感じか。そうか、これか、パット入んなかったの。ホールアウトして、ホテルは近いからシャワーはそっちでとなった。ロッカーめがけてつっ走った。なぜかというと、とにかく僕は幼稚園の頃から着替えや荷造りが遅いので有名だったのだ。人の2倍はかかる。手が不器用。どんくさい。ビリでなかったことはない。ロッカーの番号を忘れて騒ぎになるぐらいのことは日常茶飯事だが、それだけは助かった。226のおかげだ。
翌日も済州島はあっけらかんと晴れだった。日本は集中豪雨らしい。まあ俺は晴れ男だからねというと、俺も俺もである。これだけ傲慢な人が集まると雨も逃げるのだろう。「今日もやるか」。長老の超アクティブな提案は多数決で却下された。みんな足腰が疲れて観光の方がよかった。それではと準備してくれ、小学生の遠足みたいにミニバスに乗り込んだ。「済州島はあんまり台風来ないんですよ」とガイドさん。「そうか、じゃあ9月はまた来るべきだね」「カジノで勝てば旅費も出るからね」。証券マンは常にオプティミスティックだ。僕は海岸のテラスでワイン飲みながらぼーっとしてミステリーでも読んでたいな、一週間ぐらいと思ったが口にはしなかった。
バスは島の南側を東へ1時間ぐらい走る。お昼は地元のおばあちゃんがやってるカルチワンというローカルな郷土料理店だ。島の名物である太刀魚料理が売りだ。こいつは房総半島の方で釣ったことがある。「夜明け直前の15分ぐらいしか食いませんから」と言われ多少の釣果はあったが、確かに日の出とともにパッタリあたりが消えた。持って帰ったがさばけないのでもったいなかった。本場の塩焼きとご飯で食うと、ちょっと骨っぽいがうまい。あてのキムチが4種類も出てきて味が違うから飽きが来ない。赤くないやつが酸っぱくて格別においしい。乳酸菌発酵はまちがいなくお腹にもいいだろう。こういうのは都会でなく田舎の知恵であり、そこに来てリアルに味わえるなんて貴重な体験だ。ソウルの洗練に対する素朴。どっちがいいかなあ。
「済州民俗村」は昔の漁村を再現したものだ。そういや小学校のとき修学旅行で明治村ってのに行って、なんにも覚えてないが結構いいなと思った記憶だけある。そんな感じか。海が近いので海女さんがもぐって魚貝を取ってきて、人間のこやしを豚が食ってその豚をまた人間が食った。海のエネルギーを人と豚でリサイクルしたってわけだ。なんのてらいもない素朴さがいいなあと大好きになった。女性が強いんだろうけど、やさしそうだ。泥棒もいないらしい。島だからすぐ捕まるってのもあるが、そんな悪人いないんじゃないか。だって昔にここに生まれて育ったら悪だくみして人の富をかすめとろうなんて思わないよ。
日本もこうだったんだろうなとほのぼのした。韓国語は全然わかんないけど、語感やイントネーションはそっくり。ちらっと聞こえてきて、あれ日本人かな、と思うほかの外国語を僕は韓国語以外にひとつも知らない。写真の女性はお人形さんだろうけど、ぜったいにやさしいな。
島の最大の観光地はこれらしい。城山だ。韓国本土にも火山由来の地形はあるらしいがここは顕著だ。 5000年前に噴火でできて180m。登れるらしい。

ちょっと疲れてる。ガイドさんたちが気を利かしてくれて近くの広々したモダンな喫茶店にしけこんだ。 若者ばっかりで爺いの遠足が入ってくのは気が引けたが、お付きの皆さん、スケジュール外のことも交渉してくれたのか奥まった席にゆったりと陣取れたのである。コーヒーで30分ぐらいリラックスしただろうか、これからホテルの方に戻ってクルージングですという。
といっても大きめの幅でマストのついたヨットみたいので少しだけ沖に出る感じのようだ。風が強いのか、揺れが半端じゃない。波でせわしなく1m以上ギッコンバッタンあがったり下がったり。立っていたほうがマシ。膝を使ってスキーのスラロームでこぶをなめてる感じで揺れを吸収していると酔わない。座ったまんまで船と一緒に揺れてちゃダメです、そうした方がいいですよと声をかけるがみんないうことを聞かない。やがて船酔い組が出てきた。それ見たことか。やがて船は沖に出たんだろう、釣り竿が 5、6本出てきてみんなで糸を垂らす。おんなじようなことをミクロネシアのチューク島でやってオケラだったよな、餌もついてねーしここもそれだろ。
2、30分トライしたものの案の定である。すると我々が飽き飽きしてきた雰囲気を察したのだろう、船員のお兄ちゃんたちがやおら動き出し、まな板に包丁で何やら魚をさばき出した。あれ、彼らが釣ってくれたのかな?「どうぞ食べてください」。船室の中に入ると大皿に白身の刺身と醤油が用意されてるではないか。「これなに?」「ひらめです」長老がちょっと苦々しげに口を開いた。「東、スーパーで買ってきたやつだよ」
ひらめは美味だった。「あいつら手あらってねえからワサビたっぷりつけろよ」。先輩方は引いてしまったもんだから僕が半分ぐらい食った。乗り物酔いはしないし、少々のものを食べても平気。胃が強いんだろうな。
いよいよ最後の晩餐だ。済州島のもうひとつの名物、黒豚のサムギョプサルである。あまりにあれこれ我が儘で予定を変えたものだから、お店の予約はしてなかったらしい。この辺いちの人気店と聞くトンサドン西帰浦店に着いたが満員みたいだ。どうなるんだろう。しばらくして女主人にどうぞと招かれ中へ入ると、 奥まった部分のテーブルががら空きだ。「貸切ってくれたみたいですよ」とYがささやく。さすがにすごい政治力だ。着席するとすぐ、一辺が 20cm以上ある立方体の肉塊が運ばれてきて、これをお料理しますと見せられる。それを網の上に置き、サイコロに切り分けてくれる。同じ網の上にアワビとニンニクをつけたオイルも乗って熱々になり、それにひたして肉を食べる。至福の時とはこのことだ。
今回は贅沢をさせていただいた。時間をかけたのはゴルフだがそれがメインだったというわけでもなく、とにかく朝昼晩8人が揃ってあーだこーだやる。当時のもっと上の上司ネタなど大人気だ。「Xさんとアムス外交に行くとさ、ホテルの前に直行するのよ、でも部屋がひとつしか空いてなくてさ・・・」なんて具合で、えっ?あの泣く子も黙るXさんがですか!!なんて具合で大爆笑で盛り上がる。
みんな気持ちはあの頃だ。とにかく朝早くに課長が決めた100億円をその日の夕方までに全部売り切らないと家に帰れないのだ。皆様には何のことやらさっぱりわからないだろうが、シティーの並みいる機関投資家連中が血眼で巨大な日本株ポートフォリオを組み始めた時代だ、彼らに100億円の株式を売りさばくなど驚くほどのことでない時代だった。「今日はKのおかげで助かったな、早く帰って久しぶりに女房とメシ食おうぜ!」なんて涙ぐましいことになるわけだが、「全部売り切らないと帰れないんだよ」といくら口酸っぱく説明しても、一般の人である奥様方には誰も理解されてなかった。
各人の売り上げは営業場の奥にあるホワイトボードに都度都度に書き出される。今日誰がどの株をいくら売ったか一目瞭然なのだ。出来が悪いと「馬鹿野郎何やってんだ」と上司に万座で罵倒される。シティは狭いから訪問セールスもする。帰社すると「どうだった?」と注目される。電話セールスがうまくいって決まると、自分でホワイトボードに銘柄と株数を書き込みに行く。お昼までに何も出てない日などほっとする。お客さんは英国人だから18時には帰宅する。それまでにオケラだと針のむしろだ。そういう日が続いてしまう人はだいたい次の定期異動でロンドンからさよならだ。ノイローゼになってしまった人もいるし、半年で別の部署になんてこともある。プロ野球の一軍ベンチさながらであった。
ということで、昼間にワンショット100億級の注文を取れば満塁ホームランだ。夜の10時を過ぎてまだ残っていると全員がお客さんの自宅に電話をして買ってもらう。これはスクイズだ。とにかく何でもいいのでやり切れば全員が解放されて帰れる。だから最後の1点をもぎ取ったのが最年少だろうがなんだろうがヒーロー。サンキューベリーマッチで電話を置くやいなや全員がスタンディングオベーションだ。でも明日はまたゼロからやらなくてはいけない。これを毎日毎日、 5、6年も一丸となってやった。常に新しい情報を仕込まないとオックスブリッジ卒のお客さんに相手にされない。常に勉強だ。辛いこと8割、でもホームランを打ったりヒーローになったりで2割は格別に誇らしい快感も味わえる。
野村証券だからといって全社がこんなだと思ったら大間違いだ。国内の連中にこの話をしても誰もわからない。海外に出たことない奴は海外は遊ぶとこだと思ってる。そんな奴らと同じ土俵で評価されるのは不愉快極まりなかったが鍛えてもらったこっちは70になっても職があり奴らは年金生活者だ。元オーストラリア大使の山上信吾氏の著書を読んでいたらまったく同様のことが熱く語られている。外務省に入りながら大使に一度も出ず、本省キャリアだけで政治家に媚を売って事務次官になる奴が続出してる。これを馬鹿野郎と言ってる。わかるわかる。同じ気持ちで僕も飛び出してみずほ証券へ行った。当時の野村から見れば銀行系証券は野球なら独立リーグみたいなもんだ。でも「海外の奴」は国内に戻ってきたら国内の奴など根こそぎ押し倒せることを見せつけてやった。そのみずほ証券はいまや立派なプロ野球球団だ。実に痛快なことである。
以上が事実だから自慢でも何でもないし、ただのファクトだから自分史を書こうと思ったら書かざるをえない。こんな素晴らしい旅行をさせていただけるのも、ご指導ご鞭撻を頂いた大先輩がたのおかげである。いただいてるご恩の方がお返ししたよりずっと多いからもっともっとやらなくちゃいけない。人と人の関係は人の数だけあるが、僕は人との出会いに恵まれてたと思う。なぜならこんな人生を歩める能力なんか自分にはないからだ。ロンドンにいた頃はこれは実力だ、俺は能力あると疑ってもいなかった。あのまま勘違いしてたら人生終わってた。それに気づいたのは失敗して天狗の鼻をへし折られたからだ。失敗はチャレンジしたからあった。そしてチャレンジは自信があったからやったのである。「禍福はあざなえる縄のごとし」とはよくいったものだが、自信と失敗もまさに縄の如しだ。若者は自信過剰ぐらいでちょうどいい。
ではその逆だとどうなるか?なんにも自信のない人はなんにもチャレンジしないから失敗もしない。失敗しないことを是とする文化からは何も生まれない。「失敗したらどうするんですか?」「やってみないとわかんないだろ?」僕はそれで人生を渡ってきた。我が母校にこういう人物は少ない。当然だ、失敗しないほど勉強したから合格してる。そのかわり遊んでない。女も知らない。役人は金もない。そういうのが人生の損失を取り戻しにいくから裏金に手を染めハニトラに引っかかるのである。先日も、警察庁サイバー警察局サイバー捜査課長が捜査費をくすねて詐欺と背任、偽造有印私文書行使の容疑で東京地検に書類送検され懲戒免職になった。女に貢いだらしい。たった170万円で人生めちゃくちゃ。エリートの何が間違ってた?学生時代に思いっきり遊ばなかったことだよ。
楽しい時間は終わり、いよいよ成田にランディングした。雨だ。あれだこれだメールが入ってる。浦島太郎が帰ってきた。成田エクスプレスのチケットを買おうと列に並んだら、何国人だか知らないがヤンキーっぽい若いカップルが何をクレームしてるんだかいっこうに窓口を立ち去らない。おい、こっちは並んでるんだよ、あと10分で44分発が出ちまうんだ、逃すと1時間も待つんだよ。イライラする。窓口の若い女性がこれまたバカ丁寧に笑顔で対応なんかしちゃってる。ガイジンさんオモテナシのマニュアルでもあるのか上司の指導なのか、それ作ってる役人も外人の扱いなんかなんにも分かってねえんだよ、勘弁してくれよ、こんな奴らおとといおいでで蹴散らせよ。
本当にいい国だ。阿保の外人でもやさしく大目に見てくれる。俺に気があるのかぐらい思いっきり勘違いしてテイクアドバンテージするなんて当然だろ。人が食い殺されてるのに熊がかわいそうだって奴らと同じだ。オモテナシはやめろ。日本人は江戸時代から進化してない。カタナ捨ててチョンマゲ切って似合いもしない背広着てネクタイ締めてるだけだ。美しい日本を守ろうなんて頑張らなくても、100年たっても変わんねえから大丈夫だよ日本は。むしろ、こんなに俺たちが無理難題ふっかけて困らせてるのに、なんでブチ切れねえんだあの窓口の女?ってほうがいいかもしれない。不気味だからね。
昨今の野球を取り巻く不思議な現象
2026 SEP 4 2:02:20 am by 東 賢太郎
還暦になろうかという税理士のN氏が、テニスでどっかの県の中学生チャンピオンにシングルで勝ったという。うまいのは聞いていたが、これは大変なことだ。同時に思ったのは、そういうことが起こり得るテニスはいいなということだ。野球はせいぜい40までだ。還暦じいちゃんズが中学のチャンピオンチームに勝つことは、もとプロのオールスターチームだったとしてもまずないだろう。
10年ぐらい前、そのN氏とグアムでゴルフのマッチプレイをやった。ドライバーは20ヤード置いていかれ、白旗状態の9番で5打負け。そのグリーン上で何だったかひとこと言われて火がついて、5mの下りフックラインを気合でねじ込んで俄然優勢になり、後半でひっくり返した。彼はよほど悔しかったとみえ、いまだにその話が出る。それだ。それで彼はいまビジネスで成功しつつあるのだ。
男であれ女であれ、何事かでいっぱしになろうと思ったら、 いちばん大事なのは「負けず嫌い」だ。才能は発射台にすぎない。生まれつきゴルフがシングルの人はいない。同じ「つとめる」でも「務める」「勤める」はパッシブである。努力の努の「努める」はアクティブに「力を尽くしてはげむ」の意味だ。尽くすには燃料が必要で、負けの悔しさほど火力抜群のものはない。
本当を言えばこうやって大人に諭されて出る火力は知れてる。本能的に、悔しい、ちくしょう!と悶絶してこそ最大の火力になる。昨日の阪神ヤクルト戦で、外角きわどい所をストライクコールされて三振した阪神の森下が主審にガンをたれて詰め寄り危うく退場になりかけた。勧められた態度じゃないが、よほど悔しかったんだろう。最近はおとなしくなってこういう選手がいなくなった。
その象徴が、昨今のエンタメ・オールスターだ。江夏の九者連続三振。打者と投手の究極の力勝負は三振で、あれは9人に恥辱を与えて悔しがらせたいサディストのショーだった。仲良し村の今の選手たちにそんな空気はない。紳士になったというか女性化したというか、僕には全く理解できない。サーカスで牙と爪のないライオンのショーを見てる感じ。あれのなにが面白いんだろう。
同じく昨日、信じがたいことだがカープのピッチャーが中日のバッターに4回ぶつけた。さすがに4つ目、中日ベンチがぞろぞろ出てきてカープ側もおうやったろうじゃねーか風情で応じ、乱闘やむなしかと思われた。ところが中日の選手にそんな気配はなく人ごとみたいに整列なんかしちゃってる。すると、井上監督が新井監督に歩みより、肩をポンポンして何やらささやいて終わりであった。
これはちょっと背景がある。鈴木投手の2つは120キロ台で痛くない。ターノックの2つは150キロ超えの危険球だが悪意はないただのノーコン。選手もわかってる。こんな奴マウンドに立たすなよが井上のひと言で、新井もやむなく替えたんじゃなかろうか。井上は入団時はピッチャーだ。中日ファンのためにあえてポーズだけの怒りさえも見せなかったとすれば大人と思う。新人監督だしその道での実力は知らないが、おそらく、企業経営者で偉くなるタイプであろう。
そこで思い出すのが、一昨日の解説者の権藤さんだ。ベンチの井上監督が画面でアップになると「見て下さいよ。勝負してる者の顔じゃないですよ」とボロカスだ。なにせ権藤、権藤、雨、権藤の球界レジェンドだ、言いたい放題である。「ピッチャーもうまく間を取ってますよね」「間じゃないんですよ、テンポが分かんなくなっちゃっただけですよ」とアナウンサーなど眼中にもなし。ピンチになると「あのねえ、水なんか持ってってる場合じゃないんですよ」とやることなすことこの調子だ。
いや権藤さんご立派です。僕もあの水とタオルはやめてほしいな。あれ、駅伝の給水の影響じゃないかな、みんなで支えてるよタスキを繋ごうぜっていうあれは確かにいいシーンだよね、駅伝はそういうものかもしれないが、ピンチのピッチャーがサービスしてもらって立ち直れるって、そんな甘いもんじゃないよどう考えても。持ってく投手コーチは当然わかってるけど、世の中そういうほんわかムードが「いいですね」なんてなっちゃって、これも1つのお仕事だ、こんなんで雇ってもらえるんならと割り切ってやってんじゃないかな。権藤さん、それも気に食わないんだろうね。
ついでだけど甲子園の7イニング制ね、誰が考えたか知らないがジョークは勘弁してほしい。そんなもん野球じゃないよ。暑さ対策ならベスト8決まるぐらいまでは京セラドームでやれよ。高野連に金がない?クラウドファンディングで簡単に集まるよ。株式会社化して資金調達すればもっと集まるよ。可能な道はあるのに、お偉いさんのポストと地位名誉のためにルールを壊す。野球の神様の冒涜だ、やったらバチが当たるよ。
もうひとつ。スポンサー側にうまくまとめるアナウンサーが評価されるんだろう、東京ドームのゲームでの巨人OB解説者とナアナアのビバ・ジャイアンツ節に辟易してテレビから離れた僕にとって、バンテリンドームでダメならダメで中日をボロカス言うなんてこれぞ中立のメディアだと座布団10枚贈りたい。スポンサー側にうまくまとめる姿勢は、よってたかって高市政権の足を引っ張るクズみたいな番組とまったく同じだ。やればやるほどテレビ消す人が増えていくが、テレビ局はそうしないとファンが怒る、スポンサーが逃げる。つまり全てカネである。カネにメディアの操を売っている。死球4つの背景を見定めて乱闘しなかったとすれば、井上は野球人の操を売っておらず立派だ。
すると対極なのが阪神の森下だ。しかし彼はカネのために審判の冒涜をしてない。単に「負けず嫌い」で悔しいと見える。昨今は3割打者が減っているが、投手の球速が増したからが通説だ。しかし腕を強くふるなら制球は甘くなるからノーコンが増えた。速いノーコンは打ちにくく打者は率を落とすということだろう。だから審判にストライクゾーンを厳格にとってもらわないと厳しい。そういうギリギリの心理の中で森下は三冠王を狙っているだろう。サトテルに負けたくない気持ちもあるだろう。それもこれも負けず嫌いのなせるわざ。 26歳として当然といえば当然。カープ戦で打って欲しくないが清々しい若者だ。
天は自ら助くる者を助く
2026 SEP 2 2:02:24 am by 東 賢太郎
どうしても食事したいというので付き合った。F君だ。中国の富裕な家の38歳。もう20年ほど東京に住んでおり、 一橋大学院卒で頭脳明晰なインテリであり、日本語も日本文化への理解も万全である。問題なく帰化できた。ただ堅調だった日中関係のビジネスは昨今の情勢で冷え込んでおり、強みを活かせないのがもどかしい。先行きの相談に乗ってほしいとのことだった。
まず言ったのは「君は日本人だろ」である。中国語と英語が堪能な日本人なんて絶大なアドバンテージじゃないか。日本のパスポートで北朝鮮とキューバ以外はどこでも行けるんだ、日中関係がどうのなんて関係ねえだろ。視点を変えなさい。どこの国の株だろうが上がるのがいい株なんだよ。政治なんてものはビジネスにとってはお天気と一緒でね、今日は雨だからって悩まないだろ、雨は全員に降ってるからね、どんなボケが総理になっても株下がんないだろ。
銀座7丁目にある「四季陸氏厨房」の上海料理は一級品である。赤ワインと合わせてくれ益々よかった。舌鼓を打ちながらこうも言った。この中華料理がひとつ、もうひとつは同レベルのフランス料理でね、どっちも作った民族がただ者でないと思わせるものがある。そこに上質の和食を加えてベスト3だと思ってる。文化の深みもね、俺たちは受験勉強で漢文やってるからね、中国の古文だよ、やらないと大学入れないんだ。英語だって古文まではやらないよ。だから中国の歴史と文化は決して他人ごとじゃなく、少なくとも知識人はそれなりの敬意を持っていると思うよ。
でも愛憎は裏腹って言うだろ、人間はね、愛情や敬意が裏目に出ると憎悪になっちゃう困った生き物なんだ。中国は紙や火薬や羅針盤の発明という物質文明で西洋に先行してた本当に偉大な国で東洋の誇りだ、それが料理の発明にも発揮されてるってわけさ。ところがルネサンスで西洋に逆転されて大航海時代から収奪の対象になった。西洋人は血に飢えたハイエナみたいなもんでね、日本はやばいと気がついて瞬く間に自衛したんだ。それが明治維新というものさ。そこでアジア諸国は一丸となって自衛すべきだったと俺は思ってる。無理してキリスト教徒の仲間になるよりも、民族的、宗教的にそれが自然だったと思うからさ。
ところが愚かにも日中(清)が戦争しちまった。その結末の下関条約で台湾は日本へ割譲され、今も残る因縁の種になった。あの時、アジア人として日中が組んで白人国のロシアを蹴散していたらどうなったと思う?絵空事じゃないよ、だって日本単独でそれに成功したんだから日本人はその仮定を語る権利がある。政治は国の命運を左右するよ、両国のトップが小物だったからダメだったと俺は思ってるよ。その因果で満州事変が起き、日中戦争となり第2次大戦で日本は敗戦国となり、毛沢東の共産党が中国の支配者となって今の日中関係の座組になった。そのあげくで君がビジネスで苦労してるってわけさ。
君の親友のお父さんは俺が尊敬してる大人(たいじん)だ。習近平さんに言ってもらってくれよ。日本のインテリは論語、史記、三国志、孫氏ぐらい読んでるよ。読めば偉大さはわかるよ。にもかかわらず、申し訳ないが現状の対日政策は俺たちが是としてる中国の歴史にふさわしい大人の風格に欠ける気がする。みんな心の中でそう思ってる。それに対する日本人の行動は様々だが、潜在意識の中でとても残念に響く部分がある。誰だって孫氏が想定した敵国みたいに扱われれば穏やかな気持ちではいられなくなる。これが変わらないならやがて潜在意識も消えて元に戻らなくなる。すると日本は自衛のための武装を加速させる。それを中国は軍国主義の復活とする。そのせめぎ合いを何百年続けても、隣人関係がお互いの子孫にとって幸福なものになるとは思えないとね。
考えつくままに自論を話した僕に、F君は頭を下げた。なんということだ。気の毒でならない。彼のように一時の金儲けでなく新天地を求めて来日し、日本で勉強し、日本人として日本のためになろうと真剣に働いている中国人の青年が何人もいるのだ。僕自身外国に住み、街を歩いている市井の人の目にはどこやらのアジア移民と変わらなかったわけだが、それで16年不愉快な思いをすることなく過ごすことができた。真面目な仕事を真面目にしていれば市民待遇で扱ってくれる、それが文明国の証なのである。中国に注文をつけるばかりではいけない、入ってくる外国人に対して日本人も文明国の民として関わっていかなくてはいけない。欧州が失敗して大変なことになっているというが、あちらは植民地というものがあったツケが回ってきている部分が大いにある。日本にそれはない。他山の石として学習し、入り口の審査を目的をもって優秀な人材が管理し、日本の国力増強に資する人材を入れることは健全な競争を喚起し、経済の活性化にもなり、ひいては税収を増やして国民生活を豊かにする糧になるだろう。
天は自ら助くる者を助く。F君をサポートすることに決めた。
テラドローン案件の論功行賞
2026 AUG 29 3:03:22 am by 東 賢太郎
2020年12月にテラドローン案件をソナーに持ちこんだのは14年のつきあいになっている公認会計士のY君だ。同社は彼のお客さんのひとつであり、たしか、将来の上場を見すえて資金調達の必要があるので社長に会ってほしいというリクエストだったと記憶する。スタートアップ企業が資金不足に陥るのはよくある話で、銀行融資はつかないが見込みがある会社の場合はベンチャーキャピタルが投資する。そうならない企業の場合、何社も頼まれたがごめんなさいで終わる。社名も知らずドローン業界は中国が8割独占ぐらいの知識しかなかった僕は、その程度のもんだろうぐらいの気持ちで渋谷に出向いた。
徳重社長は今や有名人になられたが、当時からそのままの方だった。話はインパクトがあった。世界1、2位の巨大投資家であるサウジアラビアのアラムコが「ドローン企業に投資する」と公表すると世界中から50社が押しかけた。彼も単身乗りこみプレゼンを始めると、途中で審査官に遮られ、「どうせ日本企業は意思決定に半年かかるんだろう」とけんもほろろの対応を受けたそうだ。憤慨し、こういい返したという。「21世紀のトヨタ、松下を作る気概でやっている私をなめてもらっちゃ困る」。相手はびっくりし、真剣に聞き入り、見事1社だけ投資を勝ち取った。日本人をなめんなよ。野村証券の海外部門で最前線を渡ってきた僕もまったくおなじ気概をシェアしているから、このいきさつに感銘を受けた。「わかりました、投資しましょう」。その場でお答えした理由はそれだけだ。これがドラマの始まりだった。
ところがだ。調査してみると業績見通しはおよそ不透明である。ということは投資家向けレポートもお粗末である。Y君に「これじゃ金なんか集まらん」と何度も修正させたがだめだ。そのあげくに、これでいかがでしょうと満を持して出張先に送ってきた “最終版” なるものを見てついに堪忍袋の緒が切れた。なんだこれは。おまえ俺が言ったことなんにもわかってねえじゃねえか。「電話で2時間怒られましたよ」と笑ってふりかえるY君に何かが通じたんだろう、やっと眼鏡にかなう “完成版” ができあがり、OKを出した。それを読んで納得したソナーのお客様方が同社株を対象とする投資事業有限責任組合に出資してくださった。事態は概ね僕の予想通りに進展し、同社は2024年11月29日に東京証券取引所グロース市場に上場を果たし、つい先日、防衛省の防衛装備品のドローン納入業者に1社だけ選ばれるという大金星のニュースが市場を駆けめぐった。3千円ほどで投資した株価は急騰して2万円を超えた。売買代金が2千億円。もはや相場つきが変わった。お客様に喜んでいただいたのがまず何よりだが、Y君にとって人生を変えるほどの成功体験になったのも我が事のようにうれしい。
テラドローン社の株価推移
2時間も怒ったかどうか覚えはないが、もしそうなら、僕が野村証券で20年かけて学んだことを彼は2時間で習得したわけである。 公認会計士には未知の証券業、なかでも収益性の高いインベストメントバンキング業務のエッセンスを40歳かそこらの若いみそらで身につけたのだ。しかもケーススタディでなくリアル体験だ。僕が言った通りの金額をお客様から集めることに成功し、我々は第3位のアラムコの次の次、第5位の大株主となってディールをクローズし、徳重さんには感謝され、関係者全員に喜んでいただき「三方よし」。この経験はY君には甚大だ。美酒に酔いしれ、よしまたやろうと努力する絶え間ないサイクルの中で技術を習得できるだろう。
彼を50/50のパートナーとした。「優良投資案件を見つけてくる仕事」(ソーシング)こそ業務の柱だからだ。GAFAM、スペースXだって未公開株段階で投資させてもらえた幸運な者はいた。創業者や取り巻きとのコネ次第であり、その規模の会社はベンチャーキャピタル、大手証券会社とのバトルになる。だから僕は米国のキャンター証券と関係も築いた。投資したい者はいくらもいる。優良案件を手に入れた者が勝者というわかりやすいゲームであり、Y君の成長はストレートにソナーの利益にもなる。ちなみに彼は間髪入れず米国のバッテリー案件もソーシングし大活躍の兆しを見せる。同社は業績もある程度メドがたっており、上場は3年先だが来年が初回の公募だからほぼ創業時点株価で投資する案件である。上昇余地は大きいと判断して出資を即決した。
サイヒロコさんとのご縁
2026 AUG 26 8:08:53 am by 東 賢太郎
先日、東京タワーの会合にて環境アーティストのサイヒロコさんを紹介されました。サイというペンネームの由来はScience、Art、Imaginationという自身のアートの3本柱の頭文字SAIだそうです。僕は美術は門外漢ですから、ご経歴を伺い、国連やらEUやら大変なものなんだろうと想像はしましたが理解が及びません。印象的だったのは二十歳ぐらいで志を立てて単身パリを訪れたいきさつです。入国ビザが不備でオルリー空港で足止めをくってしまい、何時間も別室で待たされます。これは仕方ありません。しかしそこでへこたれることなく「私は悪い人間ではありません、アーティストです。フランスのアートを見たいと願ってやって来たのです」と懸命にアピールを続けたところ、とうとう入国審査長がお出ましになって、「わかりました。私もあなたのような方にこそフランスのアートを見ていただきたい。さあどうぞお通りください。存分にご覧になっていってください」と入国書類に署名してくれたそうです。
「いや、すばらしい。ブザンソン・コンクールにスクーターで乗りこんだ若き日の小澤征爾さんみたいです」と申し上げ、こうもつけ加えました。「僕も12年ぐらいヨーロッパにいましたけど、イギリスやドイツの空港では考えられないことです」。当然です。入国要件を満たしてない者を通すという法律違反を役人の彼は犯したわけです。部下に敵がいて密告でもされれば即刻クビでしょう。でもそれが起きない。そうなんです。フランスはアートを国の看板として大事にする。法律にはできないが国是みたいなものであって、末端の人や移民は知りませんが、市民階級である国民は誇りを持って共有している感じが会話の端々でいたします。彼らは母国語に対しても同様で、公言こそしませんが、英語は方言でドイツ語は馬の言葉だとのたまわった人すらいましたから、方言しか話せない僕も田舎者扱いされていたのです。1977年にポンピドゥ大統領が国家の威信をかけて首都パリの4区というど真ん中に創設した「ポンピドゥ・センター」は文化のプライドが国威でもある良い例です。
総工費は今の3000億円ぐらいで、年間訪問者300万人以上。立派に国の看板の役割を務めています(現在改装中)。音楽部門はあのピエール・ブーレーズが創設し所長を務めたIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)と聞けば、クラシックに詳しい方は気合の入り具合と水準の高さをリアルにご体感いただけるでしょう。文化庁の予算は財務省に削りに削られ、都響は都政に不要と言い出す下賤な都知事が現れる我が国において、複合型アートCOMPLEXの建造に3000億円予算をつけると政治家が主張すれば真っ先に落選でしょう。かようなまでにアートに対して貧困な発想の国で生まれ育っている我々が、サイヒロコさんに与えられたフランス国家の敬意と恩賞にシンパシーを覚えるのは難しいかもしれませんが、このままでは日本が世界の一等国と誇るのは難しいでしょう。
余談になりますが、そうであるからこそ皇室の存在は絶対かつ不可侵の日本固有の本源的価値であり、王室を自ら廃絶し変革を選択したフランスを批判する者はいませんし、自ら伝統を選択しているわが国を他国にどうこう言われる筋合いもありません。どちらが正しいかという設問は存在せず、我々は2000年前からこうしており2000年後もこうしているだろうで5秒で終わりです。この盤石の主張に竿をさせる者は地球上どこにもおりません。つまり皇位継承問題への対応策は原理原則を変えないことに尽きます。なぜ男系男子なのかはなぜイタリア半島にカトリック教会の最高指導者がいるのかと同様2000年前からそうだというだけで論点にすらになりません。これで日本国、日本人の尊厳とプライドと国威は永遠に守れます。日本国籍を持ちながらそれこそが困るのだという人たちが必死に抵抗していますが、皇室はそんな方々のためにあるのではなく、日本人であるなら皇室こそ大切にしていただかなくてはなりません。防衛力の問題は本件とは別ですが、皇室の位置づけが変わり国民が日本人であることに尊厳、プライド、国威の感情を抱けなくなることは防衛装備品の拡充では補えぬ国力の甚大な棄損となります。日本が軍国主義化していると騒ぐ輩もおりますが、戦争のリスクはそうなったときに高まるのであって、論旨矛盾、本末転倒です。
あの日帰宅して、彼女の作品がフランスで驚くほどの評価を受けてきた証拠、すなわち仏芸術院賞(アカデミー・デ・ボザール賞)、国際文化芸術賞などの受賞、および、ご自身もフランス科学芸術創造協会代表、EU文化交流センター議長等に就任されている事実を知りました。もちろん人の実力、真の評価というのは肩書だけでは判断がつきません。コネやカネで買える場合もあるからです。だからこそ、「誰が書面でほめているか」は信頼できるのです。なぜなら認めた方も自分の信用をかけている。ほめるに足らぬ人を公にほめてしまえば自分の信用も公になくなるからです。初入国のエピソードの後、彼女がアーティストとしてどのレベルまで階段を登られたかは、そのポンピドゥ・センター創設者ブレーズ・ゴチエ氏のこの言葉が雄弁に語っています。
この推薦文は強力です。氏は彼女が将来にわたって発揮する能力が社会を変革するだろうと予知している。しかし、それだけです。歴史に5人しかいない1人とはゴチエ氏の社会的地位からすれば勇気ある発言ですが、氏は「人」ではなく「力」を見ており、サイヒロコさんのその点におけるマグニチュードを評価しているのであり、国籍や性別や宗教などの属性、知名度や実績がいかなるものかは一顧だにしておりません。これを見て僕は、何と清々しく正々堂々とした人だろうと感じるのです。世界中を歩いてたくさんの優れた人とお会いしてきましたが、真のインテリとはこういうものです。そして、非常に重要なことは、これだけの人物がそこまで評価しているサイヒロコとは何者だろうとなる。これこそがこの推薦文のパワーの核心なのです。
残念なことに日本でこのような人物はあまり見かけません。 99%の人は、名前きいたことあるか?地元の評判は?学歴は?先生は?交友関係は?受賞歴は?代表作は?役職は?なんてことを丹念に調べあげ、人品骨柄まで調査することを、そのアーティストの作品を虚心坦懐に鑑賞することより10倍も優先し、熟慮に熟慮を重ねた結果として満を持して「推薦します」なんてやる。そしてそのアーティストの作品を好きですか嫌いですかのアンケートを取ると 50%以上の人が「わからない」と回答する。これがおおむね日本のアート界の悲しい姿でしょう。そこに「彼女は歴史上5人しかいない天才のひとりだ」なんて評論家が現れるとにわかに怪しいぞという空気になって、そのステートメントが真実か虚偽か検証しようなどという真っ当な精神も雲散霧消し、安全策として誰も見向きもしなくなる。仮に日本でアートを国策にしようとでも思えばこの風土は甚大な障害なのですが、 50%以上いるであろうアートのわからない人にとってはスーパーの野菜の値引きの方が大事なのです。国民経済の不調が続きそれが仕方ないのであれば、わかる50%の人に対し正しい情報とまっとうな評論を提供するのは日本が文化国家として成熟していく前提条件でしょう。
サイヒロコさんの主要作品はこちらで見ることができます。
http://サイヒロコ 国連環境アーティスト 経歴・作品集
ここにひとつ貼ってみます。
後日談があり、「作品をお見せするので横浜においでください」と連絡をいただき、ビジネスパートナーのN氏と連れだってこの週末に行ってきました。みなとみらいのランドマーク・タワーに描かれている2フロアにまたがる壁画は市民にはおなじみで、彼女の代表作のひとつです。
作品はかように日本人離れしたスケールである。制作にかかると「どこからか音楽が聞こえてきて、500メートルの巨大な壁画も歌いながら3日で完成します」とのこと、この人は発想も創造も実行力も、日本人を根底から変える大きなパワーに恵まれています。実物を見ないとわからないものでしょうが、その作品は規格外のサイズであって絵画というよりアーティスティックな常設の構造物と呼ぶべきものでしょう。
例えばこの作品は国連ユネスコ本部50周年記念作品で、永久保存となった全長なんと500mのメッセージアートです。こんな壮大な作品を作った日本人はまずいないだろうし、そもそも作ろうと思うこと自体が日本人のちまちました思考のフレームワークをぶち壊しています。社会を変革する力を持つとはそういうことです。大志を抱くべき多くの日本の若者たちに、彼女のアートをぜひライブで体感していただきたいものです。
僕は入国ビザも持たずにやってきた彼女の出現は、パリにとって第2のストラヴィスキーだったのではないかと想像しています。ポンピドゥ・センターは構成する数々のビルディング自体がアート作品になっており、まさに彼女同様に、建造物がアーティスティックな常設の構造物と呼ぶべき存在であります。完成当初は「醜悪」と酷評されたが次第にそれが個性として定着して行った姿は、音楽なら、20世紀初頭に突如として出現したストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演がシャンゼリゼ劇場でブーイングの大嵐を引き起こしたが、今は学生オケでも達者に演奏できるほどポップ化しているのと似ているではないですか。
ちなみにポンピドゥ・センターのすぐ横に「イゴール・ストラヴィンスキー広場(Place Igor-Stravinsky)」があります。中央にストラヴィンスキー噴水があり、その地下にIRCAMがあるという構造になっている。
この背景には、
ストラヴィンスキー=20世紀音楽の革新者
ポンピドゥ・センター=20世紀芸術の革新拠点
という思想的な対応関係が指摘されており、前述のようにピエール・ブーレーズがIRCAM創立者で初代所長(退任後は名誉総裁)であり、1969年にCBSに録音したクリーブランド管弦楽団との「春の祭典」は、こと音楽に限らず、僕の思考体系全体に甚大な影響を刻印したわけです。これぞまさに、「社会と深く結びついてこれを変革する力を持ったものでなければアーティストとは呼ばない」というゴチエ氏の言葉の正統性が僕の中で証明されたと強く感じるのです。
週末に横浜での待ち合わせ場所となった馬車道の BankPark YOKOHAMAは圧巻でした。来年3月から9月にグリーン・エキスポ(横浜花博2027)が開催されますが、この歴史的建造物は主要プラットフォームのひとつとなりサイヒロコさんがアートディレクターとしてオリジナル作品を制作されるそうです。オーナーともお会いでき、エキスポに関する横浜の思い入れなど興味深い話を聞かせていただきました。BankParkはもともと渋沢栄一がつくった国立第一銀行横浜支店であり、内部は今はカフェになっていますが天井は吹き抜けでとても高く、どんなアート空間が展開されるのか楽しみでしかありません。奥の方に目をやると、頂いたパンフレットで見覚えのある巨大な絵画が壁にかかっています。
春の祭典のイメージが浮かんできます。そしてこれはポンピドゥ・センターと関係ある作品です。どこか繋がる。横浜は先祖の地縁が深い場所であり、オーナーさんは「今日は呼ばれましたね」と静かに微笑まれました。
ひとりがいいんです(お一人様万歳のすすめ)
2026 AUG 24 11:11:48 am by 東 賢太郎
夕暮れまで知らない小道を自転車で探訪するとき。小田急線の車輪を観察するとき。星を見る時。推理小説に浸るとき。レコードを聞くとき。猫と遊ぶ時。ふと気がつくと、僕は圧倒的にひとりだったんです。寂しいと思ったことはない、誰かがいると楽しみは手のひらの雪の結晶のように消えてしまうからです。
授業じゃなくお一人様の独習が好きでした。自分の弱点が如実にわかる。それを知ってから学習した方が効率がいいのです。群れるのは、パーティーも飲み会もカラオケも時間がもったいない。それやって得た意義ある教訓は、付和雷同は人格の喪失、群衆心理は人生を誤つ最大の汚染の2つだけです。
野球はみんなといっしょ?いえいえ、ピッチャーはめちゃくちゃ一人なんです。ピンチに内野がマウンドに集まる。励ましの言葉で球速や制球力がアップするなら練習いらない。打たれていいぞ打ってやるからなという激励は嬉しいが、それに和むと打たれます。というわけで他人の介入でうまくいった記憶ありません。
中学の時、カーブが曲がらないので、勉強机のゴムマットの上でピンポン玉を人差し指で押して回転させる練習を何千回もやりました。投球練習よりお一人様の訓練の方がマニアックに高精度にできるのです。 3種類のスピード、曲がりも3種類の強力な武器が完成し、”頼れるのは自分だけ” が鉄則となりました。
仕事も同様です。そもそも相場は自分で考えるもの。アナリストの意見は聞くが、間違って責任取るのは自分です。ほかの職種だったらそうはいかないので向いた仕事を選んだものです。ところがドイツの社長になると、そうはいかなくなりました。部下を見てあげることが仕事という管理職になっていたのです。
管理、監督は自分でプレイすることに比べたら格段につまらないんです。監督やりたくて野球始める少年なんかいませんからね。ところが仕事の世界では監督だけやりたいって奴がウヨウヨいるんです。プレーヤーとして何にもやったことないのに趣味は人事ですってのが。そう公言した総理大臣もいましたっけね。
そんな石潰しが位の上の方に巣食うようになると業種を問わず会社は腐ります。国も同じです。僕が赴任した3現法は僕がプレイヤーみたいなもんでしたから収益は上がりました。すると人事だけが仕事の奴らが、あいつは会話しない、社長室にこもってる、経営は失格だと様々な悪口を言いふらすのです。
社長が会話なんかできるわけないじゃないですか。役員だって僕が考えていることを理解できるのは数人だけです。そうでないのは首にするかもしれない相手なんです。それで経営失格というなら代わってやるからお前がやれよ。馬鹿で経験もないのがぐちゃぐちゃ言うな。何度机をひっくり返そうと思ったことか。
僕が営業場をうろつくと営業マンはビビって仕事できません。人事屋にそんなことわからんし、営業は教えられないから転勤してもらったほうが本人のためですが本人は飛ばされたと思う。そういう部分に民主主義や弱者救済の思想が入ったら事業会社は終わりですが、現法社長では本社のザコも飛ばす力はないんです。
現法の中だけは経営上の全権を持ちます。赴任すると新しい国だから役員、担当部長のレクチャーをみっちりと受けます。しかし、文化は違えどやること一緒なんでルールだけマスターすればあとはマイウェイでした。何国人だろうが何百人いようが僕を好きだろうが嫌いだろうがどうにでもなります。
今の政治を見ていて、新しい省の大臣になるとこういう感じかなと想像ぐらいはつきます。香港は部下500人でした。返還後で既にチャイナでしたし欧州とは別物の経営風土でした。だからこそやりたいことやるために理解する者は使い、しない者は切る。そうしないと万事うまくいきません。政治もそうでしょう。
本社から50億円予算をもらって香港にCLSAの欧米人チーム50人をぶちこみ、川口の移民問題みたいに騒然となりました。ブーイングなど気にしていたら香港は大赤字のままです。 2年でトントンぐらいまでにしかなりませんでしたが、野村証券は僕がみずほに移籍した後、リーマンを買って全社で同じ事をしたのです。
その大手術は初めて来たアジアで孤立無援のお一人様状態でやりましたから、知らず知らず甚大なストレスになっていたようです。それを知ったのは、ある夜、突然にパニック障害に襲われた時です。初めてのことでショックを受け、飛行機に乗るのが恐ろしくなり、数日後の東京出張は船で行こうと本気で調べました。
日が暮れるといつパニックが出るかびくびくする日々が半年ぐらい。秘書にも言えず医者にも行けず会社では無理して明るく気丈に振る舞い、それがまたストレスを溜めました。可もなく不可もなく社長業やってればよかったんです。ああ俺はこういうポストに向いてないと悟りましたが後の祭りでした。
思えば香港ではまだ軽症で、部下と酒場に行って夜中まで思いっきり騒げばなんとか時間をやり過ごせたのです。ところが会社を変わってシンガポール出張から帰るとき、機中でさらにひどいのが始まってしまい、 7時間地獄をさまよいました。飛行機が落ちてくれたらと願ったぐらい重症だったのです。
結局、数年前のコロナ入院と歯医者でいちど危なかったのを除くと、神山先生の特効薬「安神」で悪魔はそれっきり押さえ込まれています。もう出てこないことを祈るのみです。香港の頃と移籍後にプレッシャーを抱えていた頃がストレスのピークであり、良くも悪くも僕の仕事はランディングに近づいたようです。
どうして最悪期にブレークダウンしなかったかというと、「お一人様万歳」の気質があったからです。 ひとりがいいんです。おかげで耐えられました。医者はそれが原因と見るかもしれませんが、みんなとワイワイが楽しかったら間違いなくこういう人になってません。よかったねと納得の今日この頃です。
共和政末期のローマの政治家、弁論家、哲学者であったマルクス=トゥリウス=キケロがいい言葉を残してます。
人と一緒にいる時が、最も孤独な時だ。




















