津坂さんの蛙鳴蝉噪(幸福度)を読んで
2013 JUL 2 19:19:17 pm by 東 賢太郎
大変興味深く拝読いたしました。幸福度を示す満足度「Life Satisfaction 」第一位は、スイス。津坂さんと同感で、納得です。ただ、おいしい甘エビはないし、そこそこチーズが好きでないと住みにくいかもしれません。僕の場合あそこに生まれれば、納得、と言い換えた方がいいかもしれません。スイス並みの美しい自然があって温泉、食事、文化、エンタメも・・・もう何でもある日本。ここに生まれた私たちのLife Satisfactionが36カ国中27位というのは何故なんでしょう?
日本人は総じて所得は高く、教育も行き届いているが、非常に長い時間「働かせられ」ており、健康状態も良くない
のだそうです。これを見せれば日本にはまだ奴隷制があるのかとスイス人はびっくりするでしょう。しかしなぜそれで教育が行き届いていて所得が高いんだろうと思考停止するでしょう。さらに健康状態も良くないのに世界一の長寿国民と聞くに至れば、ええかげんにせーやと怒り出すかもしれません。
日本はアリスのワンダーランドなんでしょうか?実は行ってみて僕がワンダーランドだと思った国がひとつだけあります。ブラジルです。1991年、野村證券国際金融部コーポレートファイナンス課長といういかめしい名刺を持っていた頃、突然ブラジル出張を命じられました。そこで国情を調べてみると、これがひどい。国家財政破たん状態でIMF支援を受け、失業率2ケタ、インフレ率は3ケタ(年300%!)という凄まじい数字が並んでいるではないですか。
こういう国は空港でいきなり置き引きや物乞いにあったり暴動があったりするんだ、気をつけろよと上司に送り出されました。ところが着いてみると・・・。どこへ行っても老若男女の皆さん実に明るく楽しくやっていて、貧しくても困っていないから貧困はない。リオのカーニバル前というのもあったのですが、そんなのやってる場合じゃないだろと思うのが日本人。「でもまさか」と思い、財務省の高級官僚に「IMF借款の2年後の完済」について聞くと「Who knows?」と即座に明快なお答えが返ってきて懐の深さに絶句したのを覚えています(これは現在のブラジルではありません。念のため)。
さて、所得は高くて教育もあって長生きである日本人。初めて成田空港におり立った外国人はおそらくポジティブに生きている国民というイメージを持っているのではないでしょうか。ところが実はあんまり活気がなくて自殺も多い。どうもブラジルとはベクトルが正反対のようですね。
総じて所得は低く、教育はあまり行き届いていないが、非常に長い時間「遊んで」おり、健康状態は良い
という当時のブラジルと今の日本。それでも日本がいいと思うのが大方の日本人なのではと思います。長い時間「働かせられ」ており、健康状態も良くないという自己診断ですが、人間嫌なことは長いことはしませんからそれでも仕方ない、嫌というほどではないという許容範囲なのではないでしょうか。いろと言われなくても会社にいた方がどこか安心、健康に人並みの不安があって毎年人間ドックに行くぐらいの方がどこか安心ということでしょうか。
16年も海外にいて日本に帰ってきますと「長いものに巻かれる」国民性を強く感じます。誰も満員電車など乗りたくはないのですが、肉体的苦痛のマイナスよりも乗ってしまった安心感のプラスの方が大きい社会かもしれません。これはブラジル人にもアメリカ人にも理解できないことでしょう。親、学校、会社に「巻かれて」生きてきていざ定年になると、その「長いもの」が初めて忽然と消え去ります。その人生初の喪失感。これは僕自身、似た心境を味わったのでよくわかります。
日本では高齢期の満足度が高くならない
これはその喪失感とうらはらなのではないでしょうか。そしてそれは自分で乗りこえないといけません。家でパートナーになぐさめてもらって解決する性質のものではありませんし(まっ、普通それすら期待できませんが・・・)。生涯学習、趣味、旅行、ペット・・・と方法は人それぞれですが、言われなくても皆さんやっている国民的自助努力の集大成としてなお満足度が高くならないという統計が出てしまうのが現実とすると、やはりLife Satisfactionが36カ国中27位ということなのかなと思ってしまいます。
喪失感を乗りこえる方法として、「いままでやろうと考えたこともないものリスト」を作って、第1位から順番にチャレンジするのがけっこう効果的だそうです。確かにいい方法です。しかし、「やろうと考えたことのないこと」の最上位が「長いものに巻かれないこと」というのが大方の日本人ですから、そうせよと命じてくれる強いリーダーが現れてぐるぐる巻いてくれないとそれもできないという、なんのこっちゃ?ということになりかねません。英会話やら男の料理教室やらに通っても、結局求めてるのは英語でも料理でもなく要するに長いものでしたとなると満足感はあまり高まらないでしょう。非常に長い時間「働かせられて」上司に巻かれ、健康状態が良くないと言って医者に巻かれてきた人生の延長戦だからです。
私事で恐縮ですが僕の場合やったことのなかった会社経営などやり、究極のIT音痴を棚上げしてこうしてブログなど書いているので、別に満足度はさして高くはありませんがまあいいかという感じはします。もともと長いものに巻かれたくない性質なので今こそが自然です。だから「やろうと考えたことのないこと」の最上位は、実は長いものに巻かれることという妙な日本人なのです。最近、どうしたことかちょっとそれに憧れますし、それが楽なんだろうなあ、満員電車に乗ってしまうのもいいかなあなどとときどき思っています。そう思ってしまう日本という国はほんとうにワンダーランドです。
花崎 洋 / 花崎 朋子
7/4/2013 | 7:08 AM Permalink
多忙等で、しばらくご無沙汰してしまい、失礼いたしました。津坂さんのご投稿、そして東さんのこちらのご投稿、大いに考えさせられます。読ませていただき最も強く感じましたのは、「日本人の多くが、幸福を感じ取る感受性が弱いのでは?」ということです。身近な何気ないことに、幸せを感じる感性を持ち続けたいなと思った次第です。花崎洋
中島 龍之
7/4/2013 | 10:09 AM Permalink
確かに「長いものに巻かれろ感」は日本人の、安心、満足感の要素かもしれませんね。それがなくなると不安になり、幸福を感じないのでは、と思います。所得も高く、教育もよく、寿命も長いのに幸福ではない、というのは外国から見れば理解しがたいでしょうね。ブラジル人から見たら、豊かな現状に満足しない日本人は欲の深い人間に見えるのではないでしょうか。