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脳内アルゴリズムを盗め

2013 OCT 17 13:13:55 pm by 東 賢太郎

ビッグデータについて書いた。データは個々には数値だ。何も意味しない。集合になって意味を持つ(かもしれない)。「経験」と我々が名づけているものは、個々の体験ではない。そこから拾い出した知恵のことをいう。体験のビッグデータから脳のアルゴリズムが抽出した法則が経験である。抽出は意志の力がするとは限らないし、僕の場合はそうでないことの方が圧倒的に多い。むしろ脳内現象に近い。だからアルゴリズムとあえていう。

僕は暇なとき任意のテーマでWikiサーフィンをする。あえて興味のないテーマを選ぶ。書かれていることが真実とすればだが、少し賢くなった気はする。しかしそこには書いていないことがある。経験だ。ゴッホの絵について画像でもうんちくでもいくらでも知識を得ることはできるが、本物を見た感動という経験はそこからは絶対に得られない。経験は個性ある判断の源である。Wikiを何百万も諳(そら)んじればクイズ王にはなれるだろうが、クイズ王が大発明家や大作曲家になるわけではない。

モーツァルトは異常な記憶力があった。クイズがあれば王者だったに違いない。彼の脳には聴いた音符がすべて集積したと信じるしか説明のつかない逸話がいくつもある。印刷術が未成熟で著作権もない時代、注文に応じてその断片を即時に書きとって売ることだってできた。しかし彼の書いた626の音楽はどれもそれではなく彼の音楽だ。10歳のものから36歳のものまで、そうであることが一貫している。しかもそのクオリティも、おおよそだが、一貫している。

その事実から導かれる結論はこうだ。彼の脳の音楽メモリー容量は人類史上図抜けていたが、ビルトインされたビッグデータ解析アルゴリズムは10歳のころからもっと図抜けていたということだ。後世が「天才」と呼ぶのは後者のほうだ。それをコンピューターがする時代がやがてやってくるのが次世代産業革命だと前回書いた。それが革命でないなら、革命という言葉は牛丼屋の値下げにしか使われない死語と化すだろう。将棋やチェスはプレーヤーの知恵比べではなく、プレーするコンピューターのプログラマーの知恵比べになる予兆はもう既にある。「2001年宇宙の旅」が描いた恐怖の到来が少なくとも12年は遅れたことをエンジニアの卵たちは幸いと思っているだろうか。

僕はWikiサーフィンより本屋にいるのが好きだ。行くと2-3時間は平気でいる。4-5冊は買うがその10倍は立ち読み速読もする。これが脳内のデータ集積物を一気にアップデートする簡易な方法である。図書館ではない。売れない本も置いてあるからだ。何が売れているかもデータだ。どういう装丁かもそうだ。商品製作者の思考が入っているからだ。本屋になりたいわけではない。個々には役に立たないかもしれないが、僕の脳内アルゴリズムが明日それらをどう活かすかは僕自身にもわからないからだ。

本を読むということは思考停止するに等しいとショーペンハウエルは看破した。他人に感じてもらったり考えてもらうということだから、読書はWikiと一緒で我々を賢くも経験豊かにもしない。子どもの頃、本を読まないと馬鹿になるぞと脅かされたが、たくさん読んだだけで利口になるとも限らない。読書の最大の美点は、そうではなくて、他人のすぐれたアルゴリズムを盗むことができることにあると僕は思っている。

たとえば専門家でない者にとって数学とは数学者の脳内アルゴリズムを複製するトレーニングだと思う。たかだか受験数学の話だし、文系の分際で理系の方には僭越をお許しいただきたいが、微分積分にはあれ以来二度と出会っていないのに微積で問題を解いた回路だけは頭に残っている。水が枯れた水路だ。その水路のおかげで、数学とは無縁な問題の水もそこにきれいに流れて解決できたことが僕には何度もある。読書はそれと同じで著者の思考回路のコピーを自分の脳内に複製するという意味においては非常に強力な効能がある。賢くなるとしたらそういう意味においてだ。

本を読むということが思考停止なら、ノウハウ本をショーペンハウエルは何と呼んだだろうと考えると微笑ましい。「これ1冊で・・・」「ネコでもわかる・・・」のたぐいだ。あなたの知能はネコなみですがとまず著者に指摘されて、それに金を払おうという気になる人は日本にしかいないだろう。そもそもネコでもわかるノウハウを知って何の役に立つんだろう。それが売れるならネコだって「ヒトでもできるネズミの捕り方」でも売るだろう。ネコでもだまされない本というのが彼の答えかもしれない。

(こちらへどうぞ)

ショーペンハウエルの人生論

男の脳と女の脳

 

 

Categories:______サイエンス, ______科学書, 徒然に, 若者に教えたいこと

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