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アガサ・クリスティ 「葬儀を終えて」

2014 FEB 23 13:13:53 pm by 東 賢太郎

葬儀を終えて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)を読んだ。

51BKPKS004L._SS500_クリスティの作品は全部読んだわけではなく、まだ評判の高いのが残っていてありがたい。本作は今回初めて読んだ。本作をクリスティのベストにあげている人も多くいる。日本クリスティ・ファンクラブ員の投票では9位だそうだ。

犯人は当たらなかった。これだと思って読んでいた人間が犯人であることも可能だが、動機が意外なところにあり、それが分からないと犯人の目星はつかないし、もし分かれば確実に当たるという性質のものだ。だからこの小説はフーダニットでもありホワイダニットでもあるだろう。

ネタバレにしないように注意して書こう。推理小説は叙述者、つまり物語の「語り手」が誰なのかという問題が常にある。読者は語り手から情報を得て、語り手と同時にそれを共有していくのが一般である。クリスティの場合、語り手が読者にとってパートナーとは限らず対決する相手であるのが特徴だろう。

つまりワトソンというパートナーである語り手がいたり著者と同名の探偵エラリー・クイーンの犯罪記録という体裁にして叙述に仕掛けはない仕立てにする小説とクリスティのそれは根本的に宗派が違う。読者は最初の文章からして、叙述者ではなくて、クリスティ本人が仕掛けた落とし穴に注意して旅することを要求されるのだ。つまりマジックショーを見ている状態に近い。

本作の落とし穴は大変に巧妙に掘られている。その時点で気がつく人は100%いない(これが最大のヒント)。後でそれを見破る手がかりは叙述者がちゃんと提示していて、フェアはフェアであるが、どれがウソかわからないマジックショーの中でそれだけを事実としてとらえてもっと大きなウソを見破るのは相当難しいだろう。

だから犯人は充分に意外であり、動機もそう明かされれば納得でき、なるほど面白い!と誰もが思うだろう。上質のエンターテインメントであることは間違いないし、こういう小説こそ大好きだという人はきっと多いと考える。

最後に、ここからはエラリー・クイーン派の僕としての感想だから無視していただいて結構だが、それはそうであってもいいがそうでなくてもいいというもので、ポアロが確定的にその結論に至った研ぎ澄まされた論理性を感じない。そういう真相であったなら探偵小説として満足感が高いというところに真相を配置することにかけて極めて巧妙だなということだ。やはり女性の書いたものという感じがする。

 

(こちらへどうぞ)

高木彬光「呪縛の家」を読む

 

 

 

Categories:______ミステリー, 読書録

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