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ドビッシー フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ (1915)

2016 MAY 3 12:12:27 pm by 東 賢太郎

春の雨の日に聴きたい曲がこれである。ドビッシーが書いたソナタとして僕はこれが最高傑作と思うし、耳にするたびにフランスで見たいろんな情景やら、それを前にしたときの気分のようなものが次々と、どこかぼんやりした輪郭をもって浮かんでは消える。

フルート、ヴイオラ、ハープ。なんという独創的な組み合わせだろう。ヴァイオリンでなく、ピアノでもなく!たった3つの楽器の中音域の絡みからオーケストラのような多様な音色の綾とグラデーションが生まれるのであって、どうしてそれまで誰もやらなかったのかというぐらいあまりに自然な混合だ。

ドビッシーは最晩年に「様々な楽器のための6つのソナタ」 (six sonates pour divers instruments)を計画した。この6つ(half dozen)という数はネオ・クラシカルの合奏協奏曲を思わせる。たとえばJ.S.バッハの死後に「ブランデンブルグ協奏曲」という通名で記憶されることになった曲集も数が6曲であり、しかもバッハがつけたオリジナルの曲名は「様々な楽器のための協奏曲集」(Concerts avec plusieurs instruments)だった。 

ドビッシーがバッハを意識したかどうかは不明だが作品には前奏曲集第1巻、2巻、練習曲の各12、忘れられたアリエッタ、子供の領分、古代墓碑銘の6など構成する曲数に6の倍数が多い。表題曲を書いた1915年に同じく完成した12の練習曲には「ショパンの追憶に À la mémoire de Chopin 」と書かれているのであり、こちらはバッハが念頭にあってもおかしくはない。

だが僕が音からストレートに感知し、憶測する彼の意図はそうした形式や数へのこだわりよりも自由な楽器の組合せが生む新しい色彩だ。

彼は6曲を完成せずに世を去りこの曲と各々ヴァイオリン、チェロとピアノのソナタの3曲だけが生み落とされたが、生まれなかった子供がまことに興味深い。「オーボエ、ホルン、クラヴサンのソナタ」、「トランペット、クラリネット、バスーンとピアノのソナタ」、「コントラバスと各種楽器のためのコンセール形式のソナタ」の3つだ。

バッハの弦楽伴奏を鍵盤楽器にかえ、それも独奏パートとして音色の一要素にしている(ホルン、トランペットの選択が合奏協奏曲を想起させる、この2曲は聴いてみたかった!)とも考えられるが、オーケストラを凝縮した音色の小宇宙の創造を意図したようにも思う。「海」の情景変化をリズム細胞の変容が暗示する時間で微分したドビッシーがここでは音色の移ろいでそれを試みたと僕は考えている。

彼は「映像」を書くときに和声の発明を「化学」と比喩したが、リズムと和声と演奏技巧という要素の終結点を12の練習曲に集大成し、最後に残った音色合成という新たな化学の実験に入ろうとしていたのだ。その精神の深奥には興味が尽きない。畢竟、作曲家という人種はリアリストであり、音を素材とするサイエンティストである。例外はない。

この表題曲の創造の精神は、バッハよりもむしろモーツァルトが「ピアノ、クラリネットとヴィオラのための三重奏曲」変ホ長調K.498を書いたのに近いかもしれない。ベルリオーズやR・コルサコフやラヴェルが「管弦楽法の大家」と讃えられるが、僕はそんな表面的なものよりも、クラリネットを入れたかったモーツァルトがヴァイオリンでなくヴィオラを選び取ったそのセンスの方に管弦楽という合成音色へのホンモノの洞察力を感じる。

そしてその洞察力はドビッシーにおいて「牧神」「ペレアス」「海」、そして本稿表題作という傑作群において証明されるのだ。生まれなかった3つの子どもに思いを巡らしつつ、我々は幸運にもこの音楽という至宝を手にしたのだから、作曲者へのいっそうの感謝をこめて味わうこととしたい。

fuvahpハープの幽玄不可思議な和声(左)で始まるパストラーレと名づけられた第1楽章、ここに続く提示部の、とても機能和声的に響くが調性がつかみづらい模糊とした音楽。混合された音色が時々刻々と移ろうのは交響詩「海」の第2楽章さながらに蠱惑的である。ドビッシーの音色の化学実験の末には、メシアン、ブーレーズ、そして武満徹までつらなる系譜の芽が見える。

この音楽はアナリティカルに聴こうという耳の試みを断念させ、しまいには麻痺させてしまう。色とりどりの花が咲きほこる春雨のモネの庭。ほんわり霞がたちこめて、太鼓橋がうっすらとかすむ。心地よい湿った春風がはこぶ若草の匂い・・・。

若いころ、そんな日にパリ郊外のバルビゾンを歩いてすっかり虜になった。今どこに住んでもいいよとなったら、あそこに小さなメゾンでも買ってなどということを考えてしまいそうだ。居間に流す音楽は、迷うことなくこのソナタになる。

僕の愛聴盤は世評の高いランパル、ラスキーヌ盤ではなくこれだ。

フィリップ・ベルナール(fl)/ブルーノ・パスキエ(va)/フレデリック・カンブルラン(hp)

11512f9f-efc2-469f-b265-cd42fffaff15これをかけるとフランスの香りがたちこめる。なんという素敵な音楽だろう。僕はフランスに住んだことはないので語る資格はないが、イギリスやドイツからドーバーやラインを超えてこの国に入ると必ず感じた「光」というものが在る。それは物理的な光線ということではなく、どこかふんわりと明るくエーテルのように麦畑を豊穣に見せ、生命が育まれている肥沃な地に来たという安寧の気持ちを喚起する。英独軍がここを攻めたくなったのはこのせいかとすら思ってしまった。これを聴きながらあの光がみえてくる。このADDAというレーベルはもう見当たらず、i-tunesに別な装いで出ているようだ。ヴァイオリン、チェロと最晩年の3つのソナタが入っており演奏の水準は高く録音も非常に音楽性が感じられるというのだから申し分がない。スタジオで丹念に作られた録音はそれ自身にアートとしての価値があると前回書いたがそれを地で行くようなディスクであり、異国の人間でもフランスの息吹を愛でられるこういうものが廃盤になってしまうという寂しい事態はフランス文化省も恥と銘ずべきだろう。

(こちらへどうぞ)

クラシック徒然草 ―ドビッシーとインドネシア―

 

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