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マルセル・ティーベルグ(Marcel Tyberg)交響曲第2番

2016 MAY 28 20:20:33 pm by 東 賢太郎

ここに男のレガシーについて書きました。

オバマの広島訪問

出世が早いとか遅れたとかどこまで登りつめたとか男の悲喜こもごもがあって、それは半沢直樹ものや古くは白い巨塔などでなまなましく描かれています。もちろん僕も得意ではないながらやってたわけです。

そういうときもありましたと別な世界の人に言ったところで「あっそう」でおわり。他業界だとヒット商品とか橋だとか、あれを作ったのは俺だみたいなのがあってうらやましいが、証券業界は難しい。だからアート系の人はいいなあと思います。成功すれば生きてることがレガシーになります。

広島・長崎とアウシュヴィッツ。やった者も立場も理由もちがうが、罪もない民間人を殺戮し人間の尊厳もレガシーも踏みにじった大罪であることになんの変りもないでしょう。

TybergMarcel1

 

マルセル・ティーベルグ(Marcel Tyberg、1893-1944)はポーランド系のウィーンの作曲家です。3曲の交響曲、室内楽、宗教曲、ピアノソナタ、歌曲などを残し、シューベルトの未完成交響曲の4楽章完成版もつくりました。彼はナチスに捕らえられてアウシュヴィッツで命を落とした悲劇の作曲家の一人ですが、それによって事跡が最も忘れ去られてしまった一人であり、そして、最もそうなるべきない一人でもあることを僕は知りました。

 

 

彼は北イタリアのアバツィアに母と住んでいました。母親はシュナーベルと同門の名ピアニストでした。彼は作曲をしながらピアノ教師などで生計を立て、交響曲第2番は友人であったラファエル・クーベリックがチェコ・フィルと初演するほどでしたが、名声には関心を示さない性格でした。

1943年、ムッソリーニが失脚した年、アパツィアはイタリア社会共和国としてナチス・ドイツの傘下になります。官憲に呼び出された母親は世事には疎かったようで「ユダヤ人は名乗り出よ」という査問にひっかかって「曽祖父がそうだ」と答えてしまうのです。彼女はそれからすぐ亡くなり(これは自然死とされる)、失意のなかで息子は捕らえられアウシュヴィッツに送られます。

カソリックであり16分の1の血であったのですが(別にそういう問題ですらないが)、彼は捕らえられてしまったのです。ナチスのおぞましい執念というしかない。彼は自殺したという噂がたちますがナチス側の記録では収容所にて44年12月31日に亡くなったとされています。幸いなことに、彼は拿捕を予知して全作品の楽譜を友人に託していました。

この友人の息子がのちに米国に渡り、ニューヨーク州バッファローで医師となった。そして近年になって楽譜の蘇演を思い立ち、バッファロー・フィルハーモニーの指揮者ジョアン・ファレッタらがNAXOSレーベルに見事な演奏で曲の真価を再現したものがこれです。

ある日、この交響曲第2番を聴いて僕は唖然としたのです。ぜひ、通してお聴きください。

第1、3楽章はまるでブルックナーであり、アダージョにはマーラーの響きもあって濃厚な弦のテクスチュアと和声は忘れ難い。終楽章の導入部の感動的なこと。どこから見ても立派で上質の音楽ではないですか。あまりに素晴らしく、僕はもうこの交響曲をすっかり覚えてしまいました。これから折にふれ、とりだして聴く曲の一つになるでしょう。

皆さまほとんどがご存じでない作曲家と思いますから、名前をどう読むかは大事です。ネットでは違う表記がされていますが、上記の指揮者ジョアン・ファレッタはこのビデオで「ティーベルク」と発音しています。

それは米語だろうと言われそうでですが、別の資料も「ti:」(ティー)と書いており、彼は米国人の手で同地で蘇ったのだから、僕はそう記します。

絶筆となった交響曲第3番がかなりマーラー寄りの音楽になっているのはどういうわけだろう。これが拿捕される直前の作品です。そのことが耳に焼き付いて離れません。

そのこととは別に、1943年にもなってこういうシンフォニーを書けたというのは如何なることでしょう?言いたいのは調性音楽だということでも後期ロマン派風ということでもありません。このクオリティの交響曲が書けたということです。オリジナリティーがないという指摘は受けるだろうが、では流儀は何でもいいからこれだけの音楽が書けますかといわれてイエスと答えられる作曲家がいま何人いるだろう。

この2曲はブルックナー、マーラーなみに評価されるべき作品であり、やがて広く知られ、今世紀中にはコンサートレパートリーとして定着すると信じます。

ティーベルクが生きていたら?音楽史にもうひとりの偉大なシンフォニストの名が間違いなく刻まれていたでしょう。男のレガシーとは、こういうものですね。

 
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