クラシック徒然草―クレンペラーのブラームス3番―
2016 SEP 29 12:12:53 pm by 東 賢太郎
3番はヴィースバーデンで書かれた。1883年だからブラームス50歳の年だ。ここで26歳のアルト歌手、ヘルミーネ・シュピース(右)に惚れてしまい結婚まで噂される。女性には複雑なものがある人だったようだ。
ヴィースバーデンは我が家が初めてドイツに住んだ街、ケーニッヒシュタインから車で40分ぐらいマイン川、ライン川を下る。活版印刷のグーテンベルクが生まれたマインツの対岸にある温泉町で、見事なクアハウス、カジノ、オペラハウス、コンサートホールがある。フルトヴェングラーやシューリヒトが滞在して名演を残した街でもあり、こことバーデン=バーデンはドイツの奥座敷というにふさわしい。春と秋は食事もワインも最高であり、音楽好きにはたまらないこと請け合いである。
僕はここが大好きで毎週のように週末は家族を連れて楽しんだ。いつも夜は中華やタイ料理(住んでいるとどうしても飢える)でおかしな取り合わせだったが。リングを初めて通して聴いたのもここだったし (ワーグナー 舞台祝典劇 「ニーベルングの指輪」)、マイスタージンガーゆかりの家もライン川沿いのすぐそこだし( クラシックは「する」ものである(8)-「ニュルンベルグの名歌手」前奏曲ー)、ここを歩くと脳裏にシューマンのライン交響曲が響いてくる。
この場所で、ブラームスは3番を生んだ。
4曲の交響曲で唯一、この曲は4楽章全部が消え入るように終わる。満ち足りたように。第3楽章poco allegrettoはシンフォニーらしからぬ感傷に満ち、老いらくのロマンスによって意味深にもへルミネと同じ年頃に書いた弦楽六重奏曲第1番の彼に戻っている。フランクフルトのアルテ・オーパーでミヒャエル・ギーレンがこのシンフォニーを振った。名演で拍手が鳴りやまず、そうしたらアンコールに第3楽章をやった。えっと思ったが終楽章のエンディングの気分からすっとそこに入れ、3番は特別の曲なのだとあらためて知った。
オットー・クレンペラー(1885-1973)はフランクフルトの音楽院で学び、ヴィースバーデン歌劇場の音楽監督をやり、ケーニッヒシュタインで休日を過ごしたりしたりサナトリウムで持病の治療をしたりした(僕の住んだ家の裏だ)。そしてロンドンで名声を得てチューリヒで亡くなりそこに眠っている。偶然とはいえ我が家の欧州での足跡にこんなに重なる指揮者はなく、ストラヴィンスキー、シェーンベルクら同時代音楽の旗手でもあったことも共感がある。
僕はクレンペラーのモーツァルトに並々ならぬ関心と畏敬があるし( クラシック徒然草-クレンペラーとモーツァルトのオペラ-)、彼の指揮したシューマンのライン交響曲やブラームスの第3交響曲には強いインパクトを感じる。欧州に12年近くも暮らしてのことだからそれに共感をいざなうつもりはないが、音楽は料理と似て生まれた土地に深く根差したものであるという実感ぐらいはご披露しておくべきだろう。ちなみにマーラーの2番でいいと思ったのは彼のだけだ。
これが彼のブラームス3番である(フィルハーモニア管弦楽団、57年3月録音)。このオーケストラの女性奏者は「神様のもとで演奏できて給料までいただけるなんて申し訳ない」と言った。サナトリウムにいたのは躁うつ病のせいで、数々のスキャンダル、奇矯な行動、言動、性癖まで有名になっているが、それと紡ぎ出された音楽は別だ。僕はこの奏者と同感。ネットで只で聴けて申し訳ないと思うし、こういう程度の浅い音で聞いた気になって欲しくないとも思う。
この正規録音、レコード芸術には冷淡だった彼が、それでも結果としては解釈が子細に聞き取れるそれを残してくれたのは天啓と思う。そしてこれに加えて僕が好んでよく取り出すのは右のフィラデルフィア管弦楽団との62年ライブだ。ステレオだが音に多くは期待できず初心者にはおすすめしないが良い装置で低音を補えば演奏の懐の深さがわかる。こういう巨魁な音楽が聞けなくなって久しいが、クレンペラーは僕にとって唯一渇望を満たしてくれる。なされていることは上掲のモーツァルトのオペラと同じで、読みの深さとはこういうものだ。あのフィガロを聴いてモーツァルトじゃないという意見が出てきてもむしろそれが普通だろうが、そこで終わってしまうのはもったいない。シューマンの4番がこれまた名演で、一聴ではテンポは遅くごつごつと骨っぽいが、意味深いリズムとフレージングに聴き進むとう~んなるほどと納得している。当時77歳のクレンペラー。トスカニーニとの録音もそうだしテンシュテットとのリハーサルもそうだったが、巨匠の棒に敏感に反応するオーケストラだ。おじいちゃんの昔話に喜々として耳を傾けるようで、聴いているこちらもそうなる。
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