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ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 作品108

2016 OCT 30 15:15:27 pm by 東 賢太郎

3番は晩秋を思わせる音楽である。今頃の季節になると聴きたくなる。先日にオペラ・シティでユリア・フィッシャーがリサイタルで弾いたのがとても良くてそれが耳に残ってもいる。

1887-88年にかけてスイスのトゥーン湖畔で書かれた。トゥーン湖はユングフラウヨッホへの登り口にあるインターラーケンから西にアーレ川を下ったところにある。地図の右下がそれだ。

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西でなく南に行くと、「女王陛下の007」ロケ地で有名なシルトホルン(地図、右上)に至るが、ケーブルの乗り場であるミューレン(下の写真)は目を見張るほど美しい村で2年半のスイス時代に何度か行った。僕が最も好きな所の一つだ。後で知ったが、ブラームスは1886年9月(第1回滞在)と翌年7月(第2回滞在)に2度もそこまで登っている(徒歩で!海抜1,650 mであり、スイスで山歩きをやった人はわかるが、これは50代の肥満体にはけっこう難儀だ)。この写真のような深い谷沿いの高原である。

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第1回滞在は好天に恵まれ友人と共に夏の自然を満喫したため第2回滞在となり、ブラームスが密かに思いを寄せて交響曲第3番を書いたアルト歌手、ヘルミーネ・シュピースも参加した。さぞ楽しかったろうが、そこで二人の友人の訃報に接したのである。トゥーンには翌年、第3回滞在をもって終わる。それが彼のスイス夏季滞在の最後となったが、ヴァイオリン・ソナタ第3番はその3年にわたって書き続けられた唯一の曲だ。

トゥーン(下)は96年の夏休みに家族でツェルマット、マッターホルンへ車で旅した折に訪れとても印象に残った。

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美しい景色というのはスイスに住んでいると至る所にあって、湖もアルプスも自宅から見えたし贅沢な話だがどうということがなくなってしまう。その中でも記憶に焼きついているトゥーンとミューレンがヴァイオリン・ソナタ第3番にまつわるというのは、僕にとって感じるものがある。

このソナタについて。第1楽章ニ短調は交響曲第3番、第4番、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲との関連が見いだされる。まず第4番だが、短調の枯淡の境地を感じさせる第1主題でいきなり始まる点、ピアノの伴奏の3度下降音型、コーダに至るaのオスティナート・バスに乗ったヴァイオリンの書法も4番終楽章にある。激情を伴う第1主題展開のヴァイオリン、ピアノのかけ合いは交響曲第3番の終楽章の、第2主題提示に至る部分は第2回滞在で書いた二重協奏曲の同じ部分の雰囲気を色濃く感じさせる。最後はクラリネット五重奏曲を思わせる諦観の中に静かに沈み込む。

第2楽章Adagioニ長調はピアノ協奏曲第2番の第3楽章だ。リートのように歌に満ち、ブラームスの緩徐楽章で最も美しいものの一つだろう。第3楽章嬰へ短調は両楽器が切れ切れに主題をきざみ、実質的なスケルツォであるが気分は陰鬱である。ヴァイオリンソナタのうち第4楽章があるのは3番だけだ。Presto agitatoニ短調でピアノが雄弁になりすぎる演奏が多い。私見だが第1,4楽章はピアノトリオの方がバランスする楽想のように思う(第4楽章はさらに管弦楽として交響曲にもできるだろう)。二短調で終わる。これもまた4番を思い起こさせるのである。本当に素晴らしい。

ブラームスの3つのソナタはヴァイオリニストにとって聖典のようなものだろう。ピアノソナタの伴奏にヴァイオリンが付くというバランスからスタートしたモーツァルトからベートーベンを経てロマン派に至るが、その過程でピアノは進化し強靭で豊かな音量を得た。その強いピアノで発想した作品で世に出たブラームスがピアノ伴奏で二重奏を書いた楽器は他には中音域で豊かな音量を発するチェロとクラリネットだけである。高音域だけのか細いヴァイオリンを拮抗させるのは時間を要し、3曲しか残されていないが1番の完成以前に多く手がけた痕跡がありすべて破棄されている。

同じ問題はロマン派の他の作曲家にもあった。ヴァイオリン演奏は名技主義が発展を見せ人気が集まったこともあり、彼らは多くの聴衆を集める協奏曲の作曲に向かうことになる。その結果、ヴァイオリンソナタで現在も秀作として聴かれているのはブラームスの3曲とフランクが思い当たる程度である。この4曲だけが問題を解決し高い次元で類のない音楽を築いている。だから聖典なのだ。とりわけ3番は高度の成果を見せており、ピアノはヴァイオリンを圧迫することなく交響曲に至るブラームスの厚い書法を堂々と何の制約もなく均衡させることに成功している。彼の最高傑作のひとつである。

最後に、その労作を彼が献呈したのがハンス・フォン・ビューローというのが興味深い。クララ・シューマンの父にピアノを習い、フランツ・リストの高弟となって娘をもらい、近代指揮法の開祖となり、ワーグナーに認められトリスタンとマイスタージンガーを初演した傑物だ。従って当初はブラームスの敵方であったわけだが、妻をワーグナーに取られたのが一因となったかブラームスと親交が深まった晩年の友人だ。リストの師はベートーベンの弟子、チェルニーだからビューローは直系であり32のソナタを暗譜で演奏した。ブラームスとは根っこで通じるものがあったということだろう。献呈の5年後、そのビューローも先に亡くなってしまうのだが。

bra-vs3そういう曲だ。人生の行く末にある暗くて重いものが支配している。だからといって若手や女性が弾けないということもないのだが・・・。僕がこれを覚えたのはメロディアのオイストラフ/リヒテル盤(LP、右)だ。巨匠ふたり。ライブの火花散る一期一会の名演の記録である。これがそれだ。

このレコードを買った当時、僕はまだ大学生だった。20代で感動していたこの雄弁な演奏は、しかし、自分が作曲家の年齢になってみて少しずれを感じるようになった。以下、目下のところ良いと思ったものを挙げてみる。10年たったら変わっているかもしれないが。

 

ヘンリック・シェリング / フェルディナンド・ヴァイス(14.9.1961ライブ)

r-7129498-1434378190-9926-jpegブカレストのG. エネスコ音楽祭での録音。シェリングはメンデルスゾーンV協で書いた美点が満載で第1楽章が最高だ。美しい音程の高音の歌の伸び、中音の肉乗りの厚い暖かみはこの曲に実にふさわしい。そして劣らず素晴らしいのはヴァイスのピアノで、厚い和音をずしっと鳴らしながらもいぶし銀の格調を保ちこれぞブラームスという究極の満足感をもたらしてくれる。第4楽章冒頭も節度あるバランスで対峙しながら見事にバスを聴かせる。最高の音楽性だ。これはyoutubeで見つけたが録音が見つからず誠に惜しい。

シェリングはルービンシュタインとのRCA盤があり名演として有名だがやや線が細くピアノは巨匠風だ。手に入るものとしてそれが次善の選択にはなろうが、僕はヴァイス盤を採りたい。

 

ヨゼフ・スーク(vn) /  ヤン・パネンカ(pf)

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ロマン派寄りの演奏に耳がなじむとスークのヴァイオリンは速めの第1楽章がそっけなく聞こえるかもしれないがそれがAllegroであり、この楽章のソナタ形式の均整、風格を示す。ストイックで感情過多に陥らないブラームスは飽きることがない。パネンカのピアノが出すぎず言うべきことを言ってそれを支える。62年と古い録音だがヴァイオリンがややオンになる楽器のバランスが誠に好適だ。

 

レオニダス・カヴァコス / ユジャ・ワン

028947864424故人の演奏ばかりでもいけない。若い世代の演奏も捨てがたいものがいくつかあるが、これは好ましい。ギリシャ人と中国人のデュオ。カヴァコスはスイス駐在時代の97年にチューリヒ・トーンハレでシベリウスのV協を聴いたがこれが記憶に残る素晴らしさでサインまでもらった。燃えるような情熱はあるがけばけばしくもある安手の虚飾がある様を英語でflamboyantというが、秘めた情熱はあるがそうではない彼のヴァイオリンは好みである。ワンはなんでも弾ける、派手にでも地味にでも。ここはブラームスにふさわしいやわらかな美音でカヴァコスに合わせている。この子は2番のコンチェルトも立派に弾けるだろう、すごい才能だ。以下、ライブである。完成度はCDがずっと高いが。

 

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