ファツィオリ体験記
2017 MAY 15 2:02:54 am by 東 賢太郎
この名器を初めて聴いたのはたしかニコライ・デミジェンコのショパンで、実物を目の前で味わったのはアルド・チッコリーニ(ベートーベン、ファリャ)でしたが、どちらも楽器の個性としてはそう印象的でもなく人気の理由がピンと来ていませんでした。ただ、最近にアンジェラ・ヒューイットの美しいバッハとラヴェルを聴いて少し関心が出ていたのです。
吉田さんから豊洲シビックセンターのファツィオリを予約したので練習に来ませんかとお誘いをいただきました。5月1日のことです。年産台数で数千のスタインウェイに対し130しかない希少品。もちろん喜び勇んで参上し、都内ではここしかない、舞台上に神々しく輝いて見える「コンサートグランド、モデルF278」に謁見したのです。そんな場所で弾いたことはありませんから、初めてマウンドに登ったときより緊張いたしました。
近くで見るとそんなに大きいという感じはなく、タッチは軽めです。座ってみると奏者に威圧感を与えないやさしさがあるなというのが第一印象でした。ホールへの音の抜けなのかピアノの性能なのか、とにかく中空にふわりと舞い上がる音響が気持ち良かったというだけで、何を弾いてるのかわからないままにあっという間に40分が過ぎ去ったのです。
やっぱりいいなと少しだけ腑に落ちたのは5月7日の本番直前、ゲネプロが終わってオケの皆さんが退出するどさくさにまぎれて、思いっきりラヴェルP協mov2とダフニスを鳴らしてみた時です。3千万円のフェラーリなんですが素人がアクセル踏んだって思い通りに反応してくれるイメージですね。「欲しいでしょ」と吉田さん。「うん、ホールごとね」、これ本音です。
田崎先生によると調律が特別であって、普通は高音に行くに従ってピッチを上げるがその上げ度合いが少ないからオケが合いにくいとのこと。それは全然わかりませんでしたが、そのせいなのかどうか、柔らかく響く3度がとろけて美しく、暖色でまろやかではあるがクリアに煌めくタッチも連続的に出ます。低音は太くよく響くが金属的に重たくはなく、上の音と絶妙にブレンドします。
一言でいえばまろやかにカラフル、典雅な落ち着きがあり、ボルドーよりブルゴーニュであり、僕的にはロマネ・コンティを初めて飲んだ時の感じ。音響的には倍音成分がやや多いように聴こえ、それをコントロールする腕があれば汲めども尽きぬ楽しみがありそうです。その分、素人には魅力を引き出すのは訓練を要するかな、ともあれ今の僕に至ってはまったくの猫に小判でありました。
しかし、このたびこの名器に触れさせていただいた体験は大きなものでした。ファツィオリと毛色は異なるものの、家の東独製August Försterも悪くないぞという気がしてきて、アップライトなので壁に斜めに置いて部屋の反響を取り入れて弾くとどこか大ホールで弾いたあの感じになるということを発見し、はまっています。
レクチャーの写真を送っていただいたのでここに貼っておきます。
機会をいただいたライヴ・イマジン西村さん、ピア二ストの吉田さんには感謝あるのみ、そして最後になりますが、指揮の田崎瑞博先生およびオーケストラの皆さま、最高の演奏会をありがとうございました。
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