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バルトーク ピアノ協奏曲第1番 Sz.83

2017 AUG 2 12:12:50 pm by 東 賢太郎

バルトークの音楽はきれいなメロディーが出てこない。だから「難しい」ということになりがちだ。しかし雅楽にだってそれはない。信長や秀吉が自ら舞っていた能楽を難解と思っていただろうか?みなさん歌舞伎座へ行って、ずらっと居並ぶ笛、三味線、太鼓の「地方(じかた)さん」からきれいなメロディーを期待するだろうか?それがなかったといって難しかったと思って帰るだろうか?

クラシックの演奏会に行くと何か楽しみを与えてくれる。そう期待するのはもちろんだ。それがきれいなメロディーであることはとても多い。それを持った曲がクラシックのレパートリーの中心になっているからだが、演奏する方もお客に楽しみを提供したいから演目はそれ中心になってしまう。しかし、では、それ以外の曲はつまらないか、喜びをくれないかと言えば、それは全くのお門違いだ。

きれいなメロディーというのは、クラシックであれ歌謡曲であれ三和音をベースにした音楽だ。100%。しかし三和音音楽は作曲側には規制が多く、車の運転なら一方通行の30キロしか出せない道のようなもの。ところが車であるピアノやオーケストラは300キロだって出せるポルシェだ。アウトバーンを飛ばしたい、作曲、演奏側はそうなる。そして、ここが大事だが、ポルシェで300キロは、助手席に乗ってる聞く側にだって、経験すれば病みつきになる快感なのだ。

話を戻そう。きれいなメロディーのない、三和音音楽でないのが速度制限なしのアウトバーンだ。標識を取っ払ったのはドビッシーだから、それ以降、つまり20世紀のいわゆる「近現代音楽」がそれということになる。そしてそれを聞いてはみたが理解できなかった、退屈だったという人は多いと思う。ではそこに快感を覚えるにはどうすればよいのだろうか?

人には経験値というものがある。それが一定のところに達すると考え方や理解度や好みまで変わる。そこに達するまでは、自分でもその先は分からないのだ。例えば子供のころには食べられなかったトマトやマグロのトロがいまは好物だという人がいる。人間生きていればものを食べるから食の経験値は嫌が応にも上がるが音楽はそうはいかない。無理してでも聞こうという気持ちだけは必要だが、そこから先は同じことが起きるから、得られる人生の喜びは計り知れない。

前に数学は暗記科目だと書いたが、受験数学のできる人というのは別に才能があるわけじゃなくて単に練習問題をたくさん解いて解き方をたくさん暗記してる普通の人にすぎない。練習しないと解けるわけないのでたくさん解く気があったかどうか、それだけだ。実は近現代曲にもまったく同じことが言えるのである。僕の独断といわれればそれまでだが、数学偏差値42から80になった経験に免じてぜひやってみていただきたいし、その価値があると確信もしている。

秘訣は、たくさん聞いて、聞くそばから曲を暗記してしまうこと。それに限る。きれいなメロディーがないから難しいかというとそんなことはない。パターン認識で構わない。まるごとイメージとして食ってしまえばいいのであって、みなさんピカソやシャガールの絵を見てピカソだシャガールだとわかるのは知らずにそうしているのだ。メロディーというのは絵なら人物であって、モナリザみたいな美人かピカソみたいな妙ちくりんかは絵の本質とは何ら関係がない。

本題に入ろう。バルトークのピアノ協奏曲第1番はきっと難解に聞こえるが、「弦チェレ」や「2台のpfと打楽器のソナタ」を覚えてる人はイディオムごと丸食いしやすい要素はいくつもある。ピカソをパターン認識するにはピカソをたくさん鑑賞するしか手はないように、バルトークもたくさん聞けば一発でバルトークとわかるようになる。各曲の部分部分の記憶が符合して記憶はますます強くなる(パターン認識が記憶に高まる)から、たくさん聞いて、聞くそばから曲を暗記してしまうことは「王道」なのである(数学もそうだったから「まったく同じことが言える」と書かせていただいている)。

第1楽章冒頭にピアノの低音とティンパニでゴジラが登場するみたいなリズム動機が出るがこれが全曲に展開する同音反復テーマの萌芽だ。だからpfが打楽器的に扱われるのは勿論で、pf、打楽器、管楽器のグルーピングと対立の構図も特徴だ。第2楽章Andanteまでリズム動機(3音反復)が支配するのであって、支配原理を知ってしまえばますます覚えやすい。簡単になる。たくさん聞いてまる食いすればみなさんなりに攻略法も思いついてくるしそれは何でもいい。

僕は94年これをフランクフルトのアルテ・オーパーでポリーニ / ブーレーズ / ロンドン響で聴き強烈なインパクトを受けた。1番は俗化した2番、平明路線の3番より格段に面白いと思った。とんがったバルトーク全開。ピアノソナタ、戸外にての26年の作品で、翌27年に弦楽四重奏曲第3番、28年に同4番が書かれる全盛期の入り口の傑作だ。マンダリン、舞踏組曲、弦チェレ、ミクロコスモスが聞こえてくるし管弦楽のための協奏曲のこだまもある(エンディングなど)。

なお、初演は27年にフランクフルトでバルトーク自身のピアノで行われたが、指揮者はフルトヴェングラーだった。このオーケストラパートは難しく彼の手には余ったのかもしれない、オケに稽古を付けたのはヤッシャ・ホーレンシュタインだそうだ。

まずはレファレンスとしてこれを3回は聴いてほしい。ゼルキンとセル。ピアノの技巧で上回る人がいるが、楽想の把握と詩情まで感じさせる解釈は完璧に近い、オケはこれを凌ぐのは至難というまったくもって素晴らしい演奏である。

こちらがポリーニとブーレーズのコンビだ(パリ、シャトレ座)。94年のブーレーズの指揮姿が懐かしい。ポリーニのキレ味はこれ(2001年)の数段うえだった。

フランス人、ジャン=エフラム・バヴゼのピアノ。これは彼の乾いた情感がぴったりでなかなか良く、ユロフスキのオケ(LPO)のリズム感が見事だ。

さてバルトークのコンチェルトというと、1,2番は手が大きくないと弾けないそうで女性は3番というのが定番化している(3番は渡米後にピアニストであった妻ディッタのレパートリーとすべく書いたとされている)。男勝りのアルゲリッチもアニー・フィッシャーもバルトークは3番オンリーだ。2番はたまにいないことはないが、1番だけは女性が弾いた記憶は皆無。やはりそういわれてきたブラームスの2番はいまや女性進出が進んだが、バルトークの1番は最後に残された男の牙城だったのだ。

そこに彗星のように現れた女性がユジャ・ワンである。僕はこのビデオで彼女を評価するようになった。前回のプロコフィエフ3番もそうだが、運動神経の良さが抜群でリズムの発音と指回りは高レベル。打鍵の強さだけはもうひとつだが充分合格の熱演である(ドレスも普通で安心。暗譜はしてほしかったが)。彼女は2番も弾いていてそれも評価するが、なんといっても1番をやろうというチャレンジングな精神は心より称賛したい。バルトークに心底から理解と関心がないとこれは到底弾けないだろう、コンクールに出ている日本人はどうなのか。こういうものを楽しく味わうためにも、楽曲のまるごと暗記は強力な味方になる。

 

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26

 

 

 

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