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クラシック徒然草《癒しのピアニスト、ケイト・リウに期待する》

2017 SEP 21 0:00:00 am by 東 賢太郎

癒しというと芸術家に失礼なニュアンスがあろうが、この人のピアノにはそれを感じるから仕方ない。このインタビューで語っているが、子供のころリストやラフマニノフをばりばり弾くのに夢中だったが、音楽が好きになってテクニックじゃないことに気がついた。音楽のソウルを感じ取るのが先だと。まったく同感だ。短調にかわるフレーズで彼女が音楽を止め、感じきっているもの、それだ。それは僕もソウルで感じているもので、そこで彼女と交信できる、それが究極の癒しと感じるのだ。

彼女のppはとても美しい、ちょっと他の人と鮮度のクオリティが違うものだが、技術を磨いて美しく弾こうということではなくソウルが感じたままに音にするとそうなるという性質のものだ。感じとる知性があり耳が良いのだろう。和声変化のような壊れやすくデリケートなものに敏感に反応している、それが伝わるのだ。いや、それなしの演奏って何なのだろうといったほうがいいか?

表情は自分だけの世界に入ってしまっている。それは感じたものがドミナントになって彼女を支配している姿であり、作曲家が音楽にこめたソウルと交信している瞬間だ。その瞬間を聴き手が共有することで聴き手も作曲家と交信できるのだ。そういうのが良い演奏だと僕は思っている。ショパンは苦手だが、この子の演奏なら何時間でも聴いていたいと思う、というより、ショパンと交信させてくれるピアニストがあまりいないから苦手になっているとさえ思う。

知性と書いたがIQのようなものではない、上のインタビューで彼女はリスト、ラフマニノフを「flashy pieces」と言っているがまず第一にそういうもの(「ケバい」という侮蔑的な感じだ)であり、第二にソウルを感じきって楽興の時に浸っている自分を知って、それを客観視して自分なりの言葉でしっかり表現できる力だ。インタビューを見ればわかる。音楽演奏はプレゼンテーションであり、音は言葉にできないがそれをしている自分のことは語れるのである。知性なき人にはできないし、できるならばいくら緊張しても飲まれるということはない。

前回のショパンコンクールのファイナリストの本選演奏は全部きいた。ジャッジ東は、ここに書いたが、彼女が一位である。

ショパン・コンクール勝手流評価

本選の第1協奏曲もその前の第3ソナタも、第1楽章の第2主題が白眉だ。減速するが全くわざとらしさがなく、そのテンポこそ彼女のオハコだから頗る説得力がある。マズルカと同様に悲しさや憧れが滲み出ており、これぞショパンだ。そして速い部分はばりばり弾いてた子供のころの腕前が発揮され、しかしflashyにはならない大人の知性が働いて、僕のようなうるさいオヤジにも納得感を与えてくれる。オケがまったくひどいが、一流の指揮者と凄い名演をいずれやるだろう。

ショパンだけかというとそうではない。僕のうるさいオヤジモードが倍加するモーリス・ラヴェル「夜のガスパール」のオンディーヌだ。

これが16歳となると将棋の藤井4段なみだ。テクニック(これも凄いが)じゃない、ソウルが完全にはいってるのだから。ちょっと指がもつれるがそこの和声(ダフニスってわかってるかな?)も感じてる。こういうのは先生に習う領域のものではない、それは「正しい文法が大事」と習って杓子定規になる三人称単数のSにうるさい日本人の英語とおんなじ。自分の言葉ではないからハートが伝わらない。正しいのがうまい英語とする英語の先生のための英語教育みたいな音楽教育は脱却しないといけない。

中国人、韓国人、ベトナム人が取っているショパンコンクール1位を日本人が取れないというのは何が原因なのだろう?僕の印象だが、これはピアノだけの話ではないと思う。世界大学ランキングをご覧になると、今年はなんと東大が過去最低の46位、京大74位で凋落傾向、かたやシンガポール大が22位、北京大学が27位、北京清華大学が30位、香港大学でも40位とアジア勢が急上昇だ。東大を東京芸大に置き換えればピアノの話になる、つまり同根の現象なのではないだろうか?

大学ランキングは英語圏のコンセプトで作った手前みそ評価だという声もあるが、その英語圏文明をいち早く吸収してアジアで唯一英語圏で優等生だったから日本国の繁栄があったのである。それが誇れることか良いことかが問題ではなく、その地位をアジア諸国にどんどん奪われている相対的地盤沈下こそが問題なのだ。それを直視しないのは敵に囲まれたダチョウが砂に頭を突っ込んで敵を見ないようにするようなものだ。

僕はケイト・リウさんが何国人であろうと、彼女が日本を好きであろうと嫌いであろうと100%何の関係もない(ちなみにシンガポール生まれでエスニックには中国系の米国人だ)。彼女と尖閣問題がクロスすることはないし音楽に国境はないというお仕着せの言葉の信者でもない。彼女の紡ぎだす美しいピアノの音色と、音楽に全身全霊をささげる姿勢が気に入ったまでで、どこに生まれようとどんなジャンルであろうと才能を神に与えられた人には等しく関心がある、それだけだ。

彼女は性格も明るそうだし、何よりもピアノを親にやらされました感がまったくない。ここが僕として最も共感できるところなのだ。この若さで好きなことを好きなだけやれば伸びしろは無限だ、本当に楽しみな人である。手前みそだがフィラデルフィアのカーチス音楽院というのがまたいいね、日本の心ある若手アーティストは海外赴任は嫌だという商社マンみたいにだけはならないでほしい。どんどん海外へ出て勉強し、オペラもシンフォニーもたくさん聴いて、音楽浸りになって本物を身につけてほしいと心から願う。

 

 

シューマン「子供の情景」(カール・フリードベルグの演奏哲学)

 

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