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ラヴェル 歌曲集「シェへラザード」

2018 OCT 10 1:01:27 am by 東 賢太郎

料理と音楽ということでいえば、上質のフレンチをいただきながら何を聴けばいいだろう?皆さんそれぞれのお好みがありましょうが、僕の場合、譲れないのはフランス歌曲であってけっしてモーツァルトではありません。

前回書いたように、「食は文化や歴史を味わっている」と思っているのでフランスもの以外あり得ません。それも料理なりに洗練されたものが欲しい、となると畢竟ドビッシー、ラヴェル、フォーレ、プーランク、ダンディ、サティあたりに落ち着きます。

ラヴェルの「シェへラザード」は2つあります。「おとぎ話への序曲《シェヘラザード》(Shéhérazade : Ouverture de Féérie)」(1898)と管弦楽伴奏歌曲集(1904)です。両者は全く別の作品です。前者はラヴェルが同名のオペラを企画してその序曲として書かれましたが成功せず1975年まで出版されませんでした。

ロシア好きのラヴェルはR・コルサコフの同名曲を評価していたそうです。それを弾くのが僕にとっては格好のフラスト解消で、ラヴェルもこのピアノ譜に快感を覚えていたに違いないと思うだけでも仕事の憂さが晴れます。その末裔である歌曲集も等しく愛するに至っているのは必然の理で、音楽は何ら似ておりませんがフランス人の「アジア」のコンセプトは中東、西アジアであり、リムスキーの精神において彼なりに思いっきりエキゾティックな音を書いているのがこれまた快感です。

曲は3部からなります。

第1曲「アジア」 Asie(変ホ短調)

第2曲「魔法の笛」 La Flûte enchantée (ロ短調)

第3曲「つれない人」 L’Indifférent  (ホ長調)

僕はこの曲の歌手にはこだわりがあります。英国人のマギー・テイト(Maggie Teyte、April 1888 – 1976)が絶品であり、ここから抜け出せません。この人はドビッシーが2番目のメリザンドに起用したソプラノで、「ドビッシーは180センチもあって、現れるや言葉もなくピアノに向かって弾き始めました。演奏については学者みたいに妥協のない堅物の完全主義者でしたが、人間としては官能的な感じでしたわ」なんて証言を残してる。このオペラに心酔している僕としては女神様に匹敵し、彼女の録音はすべて傾聴しています。

ドビッシーが演奏について完全主義者だったというのは、そりゃそうでしょということです。そうでなくしてあんな和声と管弦楽が書けるはずがない。ほわっとした印象派のイメージを持たれていますが、それはそういう風に聞こえる和声と旋法のシステムの発明によるのであって、自身語っているように化学者のごとき距離を置いた眼を強く感じます。そこにマギーが見抜いた官能性が纏わりつきますが、これはまったくもって男性の官能ですね、女性的なものはかけらもありません。

メリザンドが残っていないのは惜しいとしか言いようがありません。しかしドビッシーが欲していたのがマギーだったのはうれしい。完全主義者が音程の悪いソプラノ使うことは絶対にあり得ませんからこれもよくわかる。それでいてかわいいけど色っぽい。僕は昔から彼女の声にぞっこんで、それはエキゾティズムが命であるシェへラザードにまことにはまっているのです。第1曲「アジア」です。

これがもう少し良い録音だったらというのはないものねだりですが、その渇望を満たしてくれる一人だけ気に入っているソプラノがいます。米国生まれのアーリーン・オジェー(Arleen Auger、1939 – 1993)であります。もし僕がペレアスの指揮者かプロデューサーをできるならメリザンドはオジェーで決まりですね、さぞ素敵な歌になったろうなあと想像します。

これが彼女のシェヘラザードです。マギー・テイトの雰囲気をたたえているのをお聴きのがしなく。

もしもこれが好きになれないとすると、むんむんする人いきれや熱気がなく清楚にすぎると聞く場合でしょう。たしかにオジェーにそれはあまり感じませんが、伴奏のエルネスト・ブール指揮南西ドイツ放送交響楽団ともども徹底して静的なアプローチなのです。これはオペラではなく、歌はフランス語のディクションと一体化して楽器のひとつとして造形されています。つまり、オペラではあるがそう書かれていて過度に劇的ではないペレアスの延長にあって、醸し出す雰囲気に至るまでが完全主義的に計算されたという点でピエロ・リュネールに繋がる系譜の作品だというのが僕の解釈です。だから雰囲気さえ出ていればよしと細かいフレーズを弾き飛ばたり、高潮し過ぎてフォルテで声を張り上げたりすべきではないと思うのです(そういう演奏が散見されますが)。

ご参考までに、第2曲「魔法の笛」の冒頭のピアノ譜をお示しします。

ここの胸を絞めつけるように悲しげな和声とギリシャを連想させる古雅な節を吹く笛の音を聴かれて何か思い出しませんか?

これです、ダフニスとクロエの「夜明け」(第26小節)でピッコロが吹くこの非常に印象的な節。両者はBm⇒Amの和声連結が全く同じ。古代ギリシャ・フリギア旋法(全音階フリギア)の音列そのものである点も全く同じです。

どうしてここが「ギリシャっぽく」聴こえるのか長年にわたって不思議でしたが、答えは「全音階フリギアだから」でした。しかしそれが古代ギリシャ旋法のひとつであることは後に書物で知ったことなのです。ギリシャの音楽を聞いた記憶はないし、さらにわからなくなりました・・・。

ラヴェルがギリシャっぽいと感じたかどうかはともかく異国風情を計算の上で「魔法の笛」にあてがった。眠りについた王の傍らでシェヘラザードは窓の外で恋人が吹くフルートを聴いています。楽の音はときに悲しげに、ときに楽しげに舞ってきて、彼女の頬に魔法のようにキスするのです。

この部分に限らず、シェヘラザード(1903)はダフニスとクロエ(1909-12)の下絵の性格を持っていると考えられ、後者がア・カペラ付きの管弦楽に落ち着いたことに照らして考えるならオペラ風に解釈するのは賛同できません。まだいくつか好きな演奏がありますが、逐次追加いたします。

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Categories:______ラヴェル

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