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モーツァルト「6つのドイツ舞曲」K.600

2021 JAN 30 21:21:20 pm by 東 賢太郎

昨夜はヘッドホンでダフニスとクロエを聴いて寝ました。どっぷり仕事モードで来ていて音楽に集中するのは久しぶりです、ひょっとして今年初めてかな。youtubeでエサ・ペッカ・サラステがケルンWDR交響楽団を振ったライブを見つけ、第2組曲と思ったら全曲で全部付き合うことになったのです。

今朝、目覚めると、音楽が頭の中でくっきりと鳴っています。ダフニスではない。あれ、これなんだっけ?

しばし、じっと耳を澄まします。でも名前が出てこない、でも、たぶんモーツァルトだ・・・。

トリオの所まで何度かリプレイして、やっとわかりました。たぶん。youtubeで “それ” を探します。K.600、K.600、え~と・・・・。

プレイ。まちがいない、これだ。この1曲目、しずしず、そろりそろりと半音階で宙に舞ってゆく、なにやら実体のない不思議なメロディーがそれでした。

こういうことは、そうはないのですがたまにある。それで驚いて、5年半前にこのブログを書いたのです。

朝きこえてる音楽の謎

しかし、今回はちがう。ダフニスのどこにも、このメロディーに似たものは出てきません。あの長いフルートのソロかなあ、半音階だらけだしとも思うのですがちょっと飛躍がある。

結果として、今回の犯人捜しはギブアップでした。

K.600は「6つのドイツ舞曲」です。ドイツ舞曲とは何かというと、宮廷舞踏会で2人1組で踊る3拍子の舞曲のことです。1814~15年のウィーン会議がなかなか決着せず「会議は踊る(Der Kongreß tanzt)されど進まず」とフランスの代表タレーランが皮肉を込めて語った言葉はどなたも世界史で習いますね。ナポレオン戦争後の領土ぶんどり会議でなぜ踊ってばかりいたのか理解できていなかったのですが。

現代のダンス・レッスン書

ヨーロッパに住んでわかりました。tanzen(踊る)というのは実に大事なんです(ゲルマン語のそれが訛って英語のdance、つまりダンスになる)。フンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」で留守番の二人が ”Tanzen! Tanzen!” と喜々として踊りだしますが、この場面、曲想がにわかに活気づいて頭に焼きついてます。グリム童話が描く農民や木こりの子供たちもダンスは日常の娯楽だったということですね。もちろん現代だって、場違いの僕ですらミュンヘンのオクトーバー・フェストでしこたま飲んで民族衣装のお姉さんたちや見ず知らずのドイツ人酔客とワイワイ騒いで踊ったりはぜんぜん日常の風景です。そして、こういう庶民の娯楽は貴族だってやりたいわけで、宮廷ではそれがどんどん洗練されて作法が確立し、楽曲ができ楽隊が伴奏する舞踏会(Ball)になるのです。

グルックが亡くなって後任の宮廷作曲家になったモーツァルトはその「楽曲」を作らされます。天才にダンス音楽なんて!とモーツァルティアンは怒りをこめて語りますが、彼は踊り好きだったしグルックより安いとはいえ宮廷作曲家は名誉はあるし、しかもそこそこ高給でした。彼が住んだ贅沢なフィガロハウスの家賃が年450グルデンですよ、ちょいちょいと書いて年俸800グルデンもくれるんだから僕ならうれしいですね。彼なら1日で書ける、そのひとつがK.600なのです。さあて、そういう仕事をモーツァルト君はどう仕上げたのかな?どれどれ?僕はいつも彼の書いた音符を音楽家や学者様とは違う目で見ているのです。邪道?でも彼は発注がないと書かないプロ・ミュージシャンですよ。金銭感覚はカネにマニアックに厳しかった父親譲りでバリバリに鋭いことは手紙で明白なのです。この目線だと、発注なしのハイドン・セットと三大交響曲は即座に「異質」だとピンとくるのです。

高校時代にわからなかったウィーン会議に戻ります。この会議はフランス革命とナポレオンが滅茶苦茶にした中世以来の欧州ガバナンス秩序を元に戻そうぜという、いわば王政復古会議だったことを忘れてはなりません。シェーンブルン宮殿で日夜くりひろげられた舞踏会は王政の象徴だったのです。本当に決着がつかなかったのはもちろんですが、そこでじたばたしない。貴族の余裕と風格を見せよう。そこには勝手にぶんどりあいした会議結果を民衆に理解させ、もう革命をさせないぞというメッテルニヒの渾身の策謀があったと思います。ラインラントの貴族で代々外交官の家に生まれたプレイボーイです。手練れの策士ならではの手腕でしたが「ナポレオンが島を出てきたぞ」の知らせで一同びびりまくって、そのムードはあえなく吹っ飛びます。やっぱり貴族制の落日を垣間見せてしまう。そして1848年に、そのウィーン体制は崩壊するのです。

モーツァルト君がお仕事で書いた楽曲はウィーンのホーフブルク王宮内にあるレドゥーテンザールで流れました。これがその1812年の風景です。

Redoutensaal(レドゥーテンザール)

K.600、K.602、K.605を合わせて「12のドイツ舞曲」としてアルタリア社から出版もされたので人気もあったのでしょう。モーツァルト君は受注があればプロの職人として顧客ニーズ次第でどうにでも、まるで仕立て屋が客の体にぴったりの服を作るみたいにTPOにあわせて書けたのです。「カナリア」「ライエル弾き」「そりすべり」なんてニックネーム付きもあって、これらがレントラーやワルツになってヨハン・シュトラウスが出てくるわけです。そしてさらに後世にアメリカのヨハン・シュトラウスであるルロイ・アンダーソンが「そりすべり」を書くわけですね。

踊り手は貴族です。ウィーンに出たて、26才のベートーベンも「6つのドイツ舞曲」を書いていますが、彼もモーツァルトも貴族社会におもねって人気を得ようと思えば避けて通れないジャンルでした。しかしモーツァルト君、いい加減な仕事はできない性分です。しかも、つい1月ほど前に天国的な神品、弦楽五重奏曲 第5番ニ長調 K.593を書いています。だからではないでしょうか、第1曲はこんな風に半音だらけになってしまう(K.593の終楽章ロンド参照)。これぞ、今朝、僕の頭にしつこく鳴ったメロディーだったのです。

たった8小節に g# 以外の12音がぜんぶ出てくる、こんなシェーンベルクみたいなメロディーを書いてしまうのです(ト短調交響曲K.550参照)。モーツァルトの曲は難しくてわからんと敬遠気味だったミーハーの貴族たちにはあんまりなメロディーですがそんなことは意に介さないのです。ちなみに、g# は主音 c の長三度下で、この三度関係は後にベートーベンが偏愛します。欠落したg#は第2トリオのバスに初めて出てきますが、K.600では第2曲(ヘ長調)の主部後半でやはり主音 f の長三度下の c# が非常に印象的なバスとして初めて出てきますし、第3曲でも主部後半に f# が初めて出ます。曲想にインパクトを与えたい場面で、調は違うが主音から同じ周波数比の意外性ある音を初登場させる。モーツァルト君は意識下に調性の均衡感覚があったのだなあと感じ入ります。

このK.600の第2曲、トリオで僕はある発見をしています。まあ、第2の「さよならモーツァルト君」かと。これは次回にします。

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