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僕が聴いた名演奏家たち(ジャンルイジ・ジェルメッティ)

2023 FEB 2 1:01:07 am by 東 賢太郎

我が家が引っ越したフランクフルト➡チューリヒは南北に約300kmで東京~名古屋ほどの移動だった。かたや、モーツァルトのパリ就活旅行(ザルツブルグ➡パリ)は東西に約900km、東京~広島ぐらいのデコボコ道を馬車で進んだ大移動であり、さらにそれを往復となると気が遠くなる。この地図はその4都市の位置を示している。

この地図の中で我が家は5年暮らした(息子は生まれた)。モーツァルトもコンスタンツェも代々この地図中の家系だったわけで、同じ空間にいたと思うと感慨深い。アロイジア、コンスタンツェのウェーバー家はバーゼル近郊の黒い森の町が故郷だから彼女たちはほぼスイス人といってよく、そこはチューリヒから車であっという間だ。

出張は別として、フランクフルトから旅行をしたのは、ローテンブルグからミュンヘンに下るロマンティック街道、ストラスブールとその近郊のバーデン=バーデンは2度滞在し、ハイデルベルグは数回、バンベルグ、ニュルンベルグはX’masに、ザルツブルグは音楽祭など。ところが北は家族で行ったのはベルリンだけで今となると意外だ。どうしても南に足が向いてしまったが、プロイセンよりバイエルンが好きなのだということがこうしてふり返ってみると分かる。

そのひとつにシュベツィンゲンがある。マンハイムの近郊でハイデルベルグの南西10kmにある街で、プファルツ選帝侯の夏の宮殿と桜のある庭園が有名だ。「選帝侯」は神聖ローマ帝国の君主(ローマ王)に対する選挙権を有した諸侯でドイツに7人しかいない。他の帝国諸侯とは一線を画した数々の特権を有し、当然ながらリッチであった。マンハイムが音楽の都であったのは権力者がここにいたからで、シュベツィンゲンは王の別荘地だったのである。

7才のモーツァルトは1763年7月18日、父レオポルトと姉と共にシュヴェッツィゲンを訪れ、選帝侯が宮殿で開催した演奏会に登場して喝采を受けた。毎年その城内劇場(「ロココ劇場」)で行われる「シュベツィンゲン音楽祭」はクラシック音楽ファンには著名だ。ちなみにドイツ最大の美味のひとつシュパーゲル(白アスパラ)の栽培を始めたのはここであり、開催はドイツ中がアスパラに舌鼓を打つ4~6月である。

ドイツ圏の音楽祭は会場が分散する所がある。近場でやっていたラインガウ音楽祭がそうだし、ザルツブルグ音楽祭もしかりだ。ここもそうで主会場はロココ劇場だが宗教音楽はシュパイアー大聖堂で行われる。1994年はリヒテルが来ていたがそれは聞けず、5月6日に大聖堂のジャンルイジ・ジェルメッティ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団によるロッシーニ「小荘厳ミサ曲(Petite messe solennelle)」を聴いた。僕は教会の音響が好きでリスニングルームは石壁にしている。典礼は何度か聴いたことがあったが演奏会は恐らくこれが初めてだったと思う。印象に強く残っている。「小」ではなく70分の大作。ロッシーニ最晩年の傑作で、同曲はジュリーニでロンドンでも聴いた。

シュパイアー大聖堂の内部

ジェルメッティ(Gianluigi Gelmetti, 1945年9月11日 – 2021年8月11日)は知らない方も多いだろう。僕もこの時に聴かなければそうだったと思うが、セルジュ・チェリビダッケ、フランコ・フェラーラ、ハンス・スワロフスキーの弟子で、指揮姿は無駄がなく美しい。歌、リズム、ニュアンスとも最高。当代イタリアを代表するロッシーニ指揮者としてアバド、サンティを継げる人だったと思う。ラテン系のレパートリーは水を得た魚だがドイツ物もシューベルトのグレート、ブルックナー6番がyoutubeにあり、ヘンツェの交響曲第7番を初演するなど現代の音楽にも適性が非常にある素晴らしい指揮者だった。シドニー交響楽団のシェフを最後に76才での訃報を最近になって知った。惜しい。1度しか聞けなかったことが痛恨の極みだ。

きかなくても彼のボエームがいいのはわかる。ああ劇場で体験したかった。

ローマ歌劇場の「ヴォツェック」をUPしていただいたのは嬉しい。ここではジョコンダを聴いたことがあるがこれは貴重だ。非常にいい。ジェルメッティの半端でない守備範囲をお分かりいただけるだろう。

春の祭典。見事な演奏。指揮が運動神経抜群なので手のうちに入ったオケが確信をもって弾けている。サントリーホールでこれを体験した方がうらやましい。

最後にラヴェルを。これまた極上、本当に素晴らしい。このCDは僕の宝物だ。買うかどうか迷ったが、ドイツのオケというのが気になったからだ。まったくの杞憂であった。冒頭の地図をもう一度見ていただけばシュトゥットガルトがほぼフランス文化圏でもあることがわかる。ラテン的なクラルテで硬質な響き、たっぷりと夢見るように歌う暖色の弦、涼やかに青白いフルート、きれいなアクセントで明滅する木管、流れるようにからまる油質の横糸、決然と刻むリズムで赤く熱していくアタッカ。これだけ多彩な絵の具を弄して描いたラヴェルはそうはない、まさしくセクシーだ。

5年前に同CDから「クープランの墓」だけ切り出していた。

これを墓碑としてお見送りすることになった。素晴らしい音楽を有難うございます。ご冥福をお祈りします。

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