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人生を左右したかもしれない祖父のひとこと

2024 JUN 10 0:00:40 am by 東 賢太郎

父方の祖父は口数が少なかった。名は憲次郎という。2歳まで一緒に暮らし、9歳の時に亡くなった。声まではっきり耳にあるのは、孫の手相をじっと観て「この子はタイキバンセイだよ」と父に言ったことだ。幼稚園児ぐらいだったから意味は分からない。父が喜んでおり、そうした様子からなにやら大変な宣告があったみたいで、人生の黎明期にぽっかり浮かぶ小島みたいな記憶だ。これは後年に「人生重大事件」に加えたほどの出来事となる。僕の「人生重大事件」リスト

去年書いた稿にこうある。

三つ子の魂のエビオスは今も

祖父はどうだったか。記憶は朧げだが、寡黙で頑固一徹。気丈、気骨の明治人という印象が強い。和服で冬はいつも火鉢にあたり、江戸っ子言葉で短髪でさっぱりこぎれいな風貌で、英語どころかカタカナ言葉も出てくるイメージがない。僕は生まれてから2才まで祖父の家の離れに住んでいたが、引っ越してからもよく連れられて遊びに行き、将棋を教わったり手相を見てもらったり、近くの板橋駅まで歩いて肩車で蒸気機関車を見せてもらったりもした。食後に必ず消化薬のエビオスを1錠くれる。この味が無性に好きになり、誰もいないときビンをあけて盗み食いしていた。浅田飴は止まらなくなり、大人が外出中にひと缶ぜんぶ食ったのを見つかった。3才ぐらいだったと思う。死んだらどうしようと家中の大騒ぎになり大目玉を食らったが、祖父だけは僕の顔をじっと見て大丈夫だよと泰然自若、叱りも何もしなかった。祖父が大好きだった。

小学校4年のことだ。なぜか精霊流しの夢を見た。真っ暗な川面にたくさんの灯篭(とうろう)が静かに浮かんでいて、薄明るい蝋燭(ろうそく)が黄色く照らしている。すると、灯篭のひとつにいつもの和服を着た祖父が立ったまま乗っており、ゆっくりと右の方向に川を進みながら天に昇っていくのがズームアップしたように見えた。こちらを見なかったが、蝋燭の光が下方から照らしている横顔がはっきり見え、今でもこうして光景をくっきりと描写できるでほどで仰天した。大変だと焦りまくり、大声でお爺ちゃん!と叫ぶと目が覚めた。祖父が胃癌で亡くなった知らせがあったのはその翌日だ。板橋の家に駆けつけると、祖母が玄関まで泣きながら出迎えて、ケンちゃん、おじいちゃんこんなになっちゃったよ、と布団に横たわる祖父の前まで手を引いていった。

賢太郎と命名したのは祖父だ。父によると元東京都知事の東龍太郎にあやかったというがその辺は不明だ。子供時分、賢太郎ちゃんとフルネームで呼ばれるとどうも大仰でくすぐったい。ともに次男だった祖父と父は「太郎」に想いをこめたようだが、問題は賢のほうだ。長じて大いに名前負けになり、挽回に一苦労した。気にならないようになったら会社の同学の先輩におまえは不遜で生意気だ、そんなんじゃ社会不適格だと独身寮の部屋の壁に墨で大書した貼紙をされた。後年になって、従っておけばよかったと後悔した。賢より上があると悟り、息子には大書された文字、謙をつけた。

祖父も父も僕の晩成を見ずに逝った。父は幼時のアルバムに「賢太郎 健康と幸運を祈る  穏やかな老後をすごしなさい」と書き残しており万感胸に迫った。そうしようと思うが、それには祖父が占った「晩成」があるはずだ、まだ成ってないぞと思いながらあっという間に70手前まで来てしまった。60手前では何かしなくてはと一人屋久島へ飛んで千年杉を拝んだが、あの急こう配の登山はもうできないからやってよかった。同じように、いま何かして、5年後にもうあれはできないというものがあるはずだ。それをやり遂げての晩成であり、祖父は60年まえにそれを見たのだ。神山漢方のおかげで身体は信じられないぐらい元気だ。気力も充実だ。しかも偶然とはいえ不足のない仕事が現れている。

人間は偶然おぎゃあと生まれるのではなく、なにか役目を負ってこの世にいると僕は考えている。非科学的な運命論かもしれないが、これまでの人生は ”そこ” へ向けての長い行程であって、数多あった失敗も絶望もすべてはそれのためにあり、 ”そこ” まで行けば役目を果たして穏やかな老後となる。そうとでも考えないと説明がつかない偶然のようなものが今まさに僕の周囲で一気に蜂起しており、これはどんな宗教も確率論も歯が立たないだろうと考えるのが最も合理的と思える。僕だけが強運ということでなく、おそらく誰にも起きていて確率論はそれを恐らく証明はするだろう。もし僕に何かあるならば、祖父の言葉でそれの到来を確信し希求して60余年も生きてきた、だから超唯物論的な存在が見えている。そういうことではないだろうか。

 

Categories:______自分とは, 若者に教えたいこと

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