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『黒猫フクの人生観』 (第一話)

2025 NOV 19 15:15:00 pm by 東 賢太郎

もしもあなたが、どうして猫がブログを書けるんだろうと不思議に思ったとすると、それってどんな猫かな、ひょっとして超能力でもあって両親もそんな芸当ができたのかねなんて話になるのかもしれないな。でも、実のところそうじゃないんだ。僕は男前だけどいたってふつうの黒猫だしね、父親はぜんぜん知らないし母親もやがて離ればなれになっちゃってね、たぶん親は元は飼い猫で、引っ越しか何かで捨てられたってとこかもしれないな。だから僕は物心ついたら野良猫でしたって寸法さ。生まれたあたりはいい住宅地でね、ブドウ園なんかあったりして東京にしちゃあ緑が多いっていう人もいるんだけど、だからノラが住みやすいってわけじゃないんだ。ボス猫も狂暴な奴でね、ケンカして不覚にもけがしちゃったんだ。普段からかわいがってもらってた奥さんがそれ心配してくれて知り合いに引き取られるはこびになった。そこが主人の家だったって話さ。名前はフクになったよ。

そうそう、どうして猫がブログを書けるかってこれは秘密だけどね、それを説明するにゃーつい先だって、僕がこの世にお別れを告げたことから始めなきゃいけない。なんだ、主人公がいきなり死んじゃうのかって、そんなのは普通じゃないんだけど現実なんだから仕方ないね。僕は腎臓が悪かったみたいで、何回も大嫌いな病院に連れていかれて注射されて血を取られてね、もうあれは御免だ、なんとか終わりにしてくれって天に祈ったんだ。それが効いたと思うほど信心深いってわけじゃないけどね、何日かするとだんだん体がおかしなことになってきて、食欲がなくなって水も飲みにくくなってきちゃってさ。それで観念したんだよ。なんたって運動にはちょっとした自信があったもんでね、野っ原を駆けまわって鳥やねずみを自由自在に捕ってた身としてはね、もはやこれまでと思ったんだ。 家族の皆さま5年間お世話になりました、じゃあ僕はお先に天国に行くからねってことで、あーあーと声をふりしぼって2回ないてお別れしたんだ。そうしたら主人の家族たち5人が大騒ぎになって、そしてシーンとなって、みんな僕を抱きしめてわーわーと泣きだしちまったの。僕も行きたくなんてなかった、悲しかったさ。とくに主人は僕の病気がそんなに悪いとは思ってなかったんだね、晴天の霹靂だったんで落ちこんだなんてもんじゃない。もうブログなんて書けねえって言い出してね、あなたやめないでね、だって楽しみにしている人がたくさんいるんだからって奥さんにたしなめられて少し休もうということに落ち着いたんだ。

僕だって初めてだからちょっと怖かったしね、何がどうなったかはわからない。とにかく魂が空にふわふわと昇って行くんだよ、そうすると雲のまた上の雲のもっと上の方に3階建てぐらいの大きな建物があるんだ。死んじゃうとみんなここに来るのかな、いやそうじゃないか、サンタクロースみたいなあごひげのおっかない大王が玄関にいたからね、前世で悪いことをすると入れてくれないのかもしれないね、だって中にいる連中は人間も猫もおかしなのはいなかったからさ。とすると、きっといま僕がいるここが天国ってやつなんだよ。居心地は悪くないよ、みんなと話せるから退屈もしないしね。見まわすと、入った左の奥のほうにけっこう長い行列ができて何やら話し声がするんだよ。耳をすますと、「君は次は何に生まれ変わりたいんだ」なんて言ってる。見るとその人はあの阿弥陀如来さんだ、面白いったらありゃしない。ははあ、じゃあ僕は次は人間でお願いしますって言ってやろうと思ったよ。

そんなの噓だっていわれるだろうね。だってまだ生きてればね、死ぬと魂がどうなるか、シャバの肉体を離れてどんなに自由に飛び回れて、軽々とどこにでも瞬間に行けちまうか知らないもんな。もちろん僕だって知らなかったさ、でも実際ここに来てみるとすごいんだよ。移動だけじゃないよ、しゃべったことはもちろんだけど、頭に浮かべたこと、考えただけのことでも全部文字に記録できちゃうんだ。こりゃ驚いたね。何語かって?天国だもんなんだってありだよ、日本語だってロシア語だってアフリカ語だってね、もちろんおんなじ流れで猫語や犬語だってある。だから僕のしゃべった猫語が日本語に翻訳されてこうやって発信されてるってわけなんだ。シャバにはまだないと思うけど、いずれ出てくるね、これ量子翻訳機とかいうらしいから覚えといたほうがいいかもしれないな。ドラえもんが動物と話せたのはたぶんこれだよね。まあ難しいことはよくわかんないけどさ、とにかくそれを念じて地球に送ればいいんだよ、そうするとAIがサーバーに取り込んでパソコンに文字が出てくるって仕組みだ。それがこの文章で、あなたはそれをいま読んでるわけだ。

まあずっとノラのまんまだったらこういう芸当は出来なかったんじゃないかと思うね。主人の家でも人の出入りの多いリビングルームにずっといたんでね、5年間ほんとにいろんなことを見聞きしたんだ。大雨で地下室が水浸しになって大騒ぎになって住宅会社やオーディオ会社や保険会社やいろんな人が出入りしてすったもんだになったり、ややこしい商談が大声で議論されたりもしてたなあ。正月は必ずここでお決まりの大阪の料亭のおせちをみんなで食べるんだ。いい雰囲気でね、亡くなった主人のお父さんも毎年来てたよ。 そうそう、いっとき主人は毎日のように夜中に2時間ぐらい借りてきたサスペンスドラマのビデオ見ててね、人間界のあれこれを見聞きしたし夜食のおすそ分けにもあずかったからこれはなかなかいい習性だったと評価してるよ。どう考えてもくだらない内容なんだけどこれがストレス解消だったんだろう、そんなこんなをじっくり観察させてもらったから、人間界がどんな道理でどういう風に動いているか、いい奴も悪い奴もまともな奴もクズみたいなのもいるってことがよくわかっちまったわけだ。

とにかく主人の夜型は筋金入りなんだ。きくところによるとちょっと低血圧気味で、物心ついた頃から朝は弱かったらしい。だけど夜型だけって単純な話じゃないな、これは。だって行動様式から性格から考え方まで、彼は人間というよりまるで大きな猫なんだな。それは奥さんも認めてるんだ。ちなみに彼にとって僕は9匹目でさ、初めてのは小さい時にいたチコっていう名の、やっぱりオスの黒猫だったようだ。そりゃ5、6歳の頃から猫と一緒に育ってりゃあそうなるよね。だから僕が何を考えてるか完璧にわかってる。結構手ごわいよ。チュールで気を引こうなんて素人っぽいことはしないんだ、とにかくいっしょに遊ぶ。遊ぶだけさ、それだけで猫と付き合えるって自信あるんだよね、なかなかハードボイルドさ。ヒモの先にトンボとか鳥がついてるおもちゃなんかをシュシュってね、それが憎たらしいほどうまくて絶対に捕まらない。そうなるとこっちだってプライドあるよ、よーしって燃えるじゃないか。ある日のこと、お手合わせして軽々とトンボをつかまえてやったさ、そうしたら、忘れもしない、そこで彼が叫んだんだ。「すごい!フクは俺が今までやった中で一番手ごわい」ってね。彼は猫が120匹いて人は10人ぐらいしかいない有名な猫島に行ってる。愛媛県の青島っていったっけ、とにかくそこで片っ端から猫と勝負してるその道の達人なんだ。でもさ、人間界でそんなものに価値を認める人なんていないから笑っちゃうよね。彼はそういう価値観で生きてる人じゃないんだ。猫はわかるさ。間違いなくおぬしやるなって一目置くさ。だからその彼が認めてくれたってのは僕にとって勲章でね、これはうれしかったね。

言っておくけど普通の猫はその手のことで感動なんかしないよ、でも僕も普通の猫とは価値観が違うってことさ。変わり者同士で同類だねって、これってすごく絆を強めるんだよね、だから嬉しくなっちゃってさ、主人が飯を食ってる椅子の脇でもう恥も外聞もなく思いっきり腹を出してコロンコロンしちまったよ。いい雄猫がみっともないって思う保守派の人もいるだろうけど、とんでもないよ、ちゃんと伏線があるんだ。主人が座ってる椅子の下を気付かれないようにそーっと歩いてさ、太ももの裏をしっぽをぴんと立てて軽くポンポンってやっていくんだ。僕だよ、ここにいるよってね。喜び全開で見境いもなく飼い主の体によじのぼっちまう犬どもとはそこが違うってもんだ。この奥ゆかしさは自分も猫である主人にはちゃんと通じるんだね、すごいことじゃないかな。わかってくれてるって事を僕もわかる。感動するじゃないか。猫も人もないよ、心が通じる瞬間ってこういうもんなんだよな。

そういやあ主人にとってオスは最初の黒猫と僕だけだ。来たばっかりの時、先住のブチのメスが魅力的なもんでちょっかい出しちまって騒ぎになってね、そうしたらさっそくね、あっさりとさ、まるでディズニーランド来たらミッキーの帽子かぶりましょぐらいの軽いタッチと自然さでもってね、奥さんと娘に病院に連れ込まれて去勢されちまったのよ。まいったね。ところがそれを知った主人ときたら、大いに落胆し、まるで我がことのように同情してるんだ。あれは忘れないね、言い放ってくれたよ、これは男しかわかんねえんだ、何が楽しくて生きてったらいいんだ、かわいそうに!ってね。でも去勢はメス猫もみんなやってるしな、そこらへんは時節柄ジェンダーってのを考えて発言しなきゃいけなかったかもしれないね。でも、男しかわかんねえんだって、あの言いっぷりは重みがあった、うれしかったよ。主人はね、たぶん自分がそうやって自然児で育ったんだ。男はちんまり育つのが嫌いなんだ。ちょっとぐらいのことはいいからどんどん外に出てって思いっきりやって来いってタイプなんだよ。だからいちど僕をベランダに出して、べつに逃げる気はなかったんだけど、そこから冒険して1階に降りてみたら道に迷っちまってね、フクがいない!行方不明になった!って家中が蜂の巣をつついたみたいな大騒ぎになった。もともとノラだったんだからね、僕みたいな男盛りが部屋の中にネコカフェみたいに閉じ込められて一生を過ごすって、そんなのが本当に幸せなのかどうかってことを主人は考えていたに相違ない。それでもエサが出りゃいいって主義の猫は帰ってくるよ、でも、そこは本人の選択だ。主人はあくまで自然児なんだ。去勢のこともそうだけどね、親からもらったまんま、生まれたまんまの姿で自分のやりたいように生きていったらいいっていうね。

結局、僕は数日してチラシを見た人に通報されて家に戻ったよ。 2件ぐらい先のお宅の裏庭にいたんだ。みんな涙流して喜んでたけど、主人だけは犯人扱いで家の中で四面楚歌さ。非難ごうごうの目にあったんだ。でも、もしあそこで僕がノラの道を選んでたら、たぶんもっと早く死んじまったんじゃないかとは思うよ。それを主人が望んだはずはないからね、やっぱり帰って良かったことになるんじゃないか。人生哲学って人間はいうけど、猫にだって哲学はあるからね。僕の臨終の時に、たぶん主人は、ネコカフェの人生を送らせてしまった、フクごめんな何もできなくて悪かったなと、悔やしくて悔しくて泣いてたと思うんだ。でも僕が選ばなかったんだからそんなことはないさ。四匹のメス猫に対してもそういう葛藤があるのかなって考えたことはあるけどね、これは主人に聞いてみないと何とも言えないが、たぶんないと僕は思ってるんだ。だって彼女たちはノラじゃ生きていけないからね、主人は彼女たちも大好きなんだ、僕と同じぐらいね。じゃあ何で僕にだけって、そりゃあ言うまでもないさ、男しかわかんねえんだって、それだろうね。

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Categories:(=‘x‘=) ねこ。, 黒猫フクの人生観

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