『黒猫フクの人生観』 (第七話)
2026 JAN 24 15:15:46 pm by 東 賢太郎
このところヒグマの横暴が目に余るようになってきたんだ、困ったもんだよ。僕ら猫族の餌場の山を狙ってることは前に書いたけど、もう完全に傍若無人で真っ昼間から平気で侵入してきてるよ。あいつら体がでっかいし数もどんどん増えちゃったから反撃できなくてさ、悔しいけどボスのゴンベエが「遺憾である」をオウムみたいに繰り返すだけなんだ。みっともないね。もう一大勢力だ、あんまり猛獣がいるってイメージのない日本にこんな奴がいたのかって他の動物たちも驚いてるよ。だから神様の号令で動物が全員集合する時にざわざわするんだ。今まで真ん中に座ってたのはシロクマなんだけど、だんだんヒグマが真ん中あたりに陣取るようになってきたんだ。天国じゃまだ新参者だしね、いつもドーンと真ん中にすわって周囲を睨みまわし「どっからでもかかってこい」とマウントを取りたがってるんだろってウワサだよ。
「与作が悪巧みしてるから気をつけろ」ってシロクマのトラゾーにうそぶいて戦争させるのが僕の作戦だったことは覚えてるかな。「そうなったら後方からちゃんとシロクマ軍を支援するからね」って言いながら大事な猫の山を守るのさ。チャンスじゃないか。与作の傍若無人に磨きをかけてやろう、そうすればもっとトラゾーに圧がかかって何かが起きるさ。なんだってかまわないよ、「フクが警告したのはこれだったのか」と思わせてヒグマに逆襲させれば作戦成功なんだからね。そこでまず、与作にこう言っておだて上げることにした。「こんど天国野球トーナメントがあるよね。君がセンターを守って真ん中で睨みをきかしてくれたら勝てると思うんだけどなあ」「おう、あったりめえよ。俺様はいつだってどこだって居場所はど真ん中って決まってるんだ。それがボス熊だったオヤジに骨の髄まで叩き込まれた家訓でな、『真ん中道』っていうんだ、お前も覚えとけよ。だから野球だったら守るところはセンター以外にあるはずねえだろ」「そう思ってたよ。じゃあ監督の阿弥陀様にそう伝えておくよ」。しめしめ単純なやつだ。センターってポジションはトラゾーが不動のレギュラーなのをまだ知らないんだな。見ててごらん、メンバー表を見た瞬間に男のプライドをかけた血みどろの戦いが始まるよ。そうそう、なんで僕が監督にそんな影響力があるかって言ってなかったね。僕だって来たのは去年の11月で新参者だし体も小さいんだけど、猫パンチで鍛えたスナップが強かったんだね、いきなりピッチャーに抜擢されちゃってチームではちょっとした発言力があるってわけなんだよ。
ところが先日のことだ、予想もしない事件が勃発しちまったんだ。試合の当日、先発メンバー表を見てひっくり返ったよ。与作のポジションが「レフト」だったんだ。それもカタカナじゃなくて漢字で「左翼」ってでっかく書いてある。「おい、フク、てめー、なんのザマだこれは!」、与作がガオーって大爆発してダッグアウトで暴れまくり、冷蔵庫をぶっ倒したあげくベンチを叩き割ったからあたりが凍りついたんだ。びっくりして監督室にとんで行くとトラゾーが座って笑ってるじゃないか。「トラゾーさん大変だ!与作がなんでセンターじゃないんだって怒りまくってるよ、僕ね、監督にお願いするって約束しちゃったんだ、どうしよう」「フク、あわてることはねえ。与作の野郎が俺たちを襲撃する秘密作戦を練ってるぞってお前が教えてくれたんでな、俺はすぐに手を打ったんだ。子分のマル子とノビ夫をスパイに仕立ててヒグマ村に送り込んでね、バレねえように墨を塗ったくって毛を真っ黒にしてな、わっはっは。そうしたらな、とんでもない情報が飛び込んできたんだ」。ここで監督の阿弥陀様が静かに口を開いた。神様だからいつでもどこでもいたって冷静だ。「そうだ。 スパイの2人が怪しいって言うんでね、公安委員会に調べさせた。そうしたら奴らが悪だくみをして政権を転覆する革命を起こそうとしてる証拠が出てきたんだよ」。うひゃあ、なんだか007みたいになってきちゃったぞ。トラゾーがドスのきいた低い声でつぶやいた。「わかったかフク?与作が騒いだのはセンターはずされたからなんかじゃない、『左翼』って書いてあったからなんだ。わかるか?あの野郎、それ見て、何で計画がバレたんだ!って勘違いして正体あらわしちまったんだよ」。
まいったよ、僕はそんなつもりじゃなかったんだ。これから試合が始まるっていうのに与作はまだ怒りが収まらず、ぶるぶる体をふるわしてロッカーで吠えまくってる。「俺が左翼でトラゾーが中堅?ふざけんじゃねえ、俺はいっつも世界の真ん中だ、俺以外の奴がそこにいるなんて許せねえ。大王だからな、天がそう決めてるんだ、ここの神様なんかより上なんだぞ。センターは俺しかいねえ。だから俺の左っ側を守るトラゾーはライトだろ。ライトってのは日本語で右翼じゃねえか右翼。あいつの下品なつらにぴったりだぜ。ちがうかフク?」。やばい。とにかく何でもいいから相槌を打って急場しのぎしないと噛みつかれそうだ。「そうだよね、左翼は革命思想で危ないけど右翼だって戦争しちゃうから危ないよね」。「おお、フク、お前いいこと言うな、ちゃんとわかってるじゃねえか」。これではっきりした。ヒグマどもはやっぱり動物界の政権転覆を狙ってたんだ。
阿弥陀様の話には驚いたよ。公安の調査力ってすごいんだね。スパイ防止法ってのが大事だってことがよく分かったよ。天国の動物国会は猫族党と犬族党の二大政党制なんだけど、与作はヒグマ党を作って次の選挙に全員当選させようとハッキング、盗聴、なりすまし、裏金、賄賂、マネトラ、ハニトラ、恐喝、もう何でもアリで地下工作していたっていうんだ。猫と犬はペットで頭数が圧倒的だから仏様の数も多いよね。ここ数年、地球は猫ブームになってその影響がもろに出てきてね、天国でも犬は頭数で差をつけられて焦ってるんだ。しかも僕ら猫族は議会にケンカの強いライオン、トラ、ヒョウ、チーターなんかを送り込んでる。なぜかって言うと議論が紛糾して決まらないときは議長席の周りで乱闘になって相手を噛み殺しちゃったりするのもありなんだ。だから犬族も張り合ってオオカミ、キツネ、タヌキ、ハイエナを送ってるけどさ、まあ誰が見ても力の差は歴然なんだよね。だから最近は予算審議も法案成立も猫族が連戦連勝でさ、追い込まれた犬族にとって次の総選挙は存続をかけた天下分け目の戦いになるんだ。そこで与作は犬族党の幹部にそっと近寄ってね、なんと合併を持ちかけたんだよ。アホづらしてるけど実は抜け目ない奴だったんだね。それにしても犬族の幹部が腑抜けでね、あいつらには恥って言葉というか概念そのものがないんだろうね、ヒグマと組めばライオンとも戦えるぞとコロッとその気になっちまったわけだ。
合併の条件を見た犬族党の若手の怒りも凄まじいよ、だって圧倒的に数が少ないヒグマはなんと比例代表枠だけの立候補なんだ。しかも全員が名簿の1位2位でね、犬たちは今までどおり小選挙区で泥臭くドブ板ふんで戦えっていうんだ。これはひどいね、だってヒグマは全員が投票前から当選確実だよ、入試ならひとり残らず推薦入学もらったみたいなもんだ。つまりこの合併って大量の「犬死に」が前提なんだ。でもヒグマなしじゃもっと負ける、それどころか自分の身も危ないって幹部は誘惑に負けちまったんだ。犬族党の公約は全部変えます、育ててもらった主人の家が神道だろうが浄土真宗大谷派だろうがクリスチャンだろうが、ぜーんぶ今日からヒグマ教に変えます、お経でも何でも唱えます。すごいでしょ?地球では犬と熊は相性が悪いし、訓練した猟犬でもないと犬は食われちまうから敵だよね。でもここは天国だ。地球上では絶対にありえないことが起きちまうんだ。僕たち猫族だって明日は我が身かもしれないし若い犬たちにはけっこう同情してるんだ。こんな状態に追い込まれたのは無能な幹部どもの責任だからね、もし負けたら全員が公開処刑だろうって、天国じゃもっぱらの噂だよ。




