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マタイ受難曲におけるバッハ雑感

2026 MAR 8 8:08:18 am by 東 賢太郎

まずは本稿のきっかけとなった読響第656回定期演奏会への所感を述べる。

2026 3. 5〈木〉 19:00  サントリーホール

指揮=鈴木優人
福音史家(テノール)=ザッカリー・ワイルダー
イエス(バス)=ドミニク・ヴェルナー
ソプラノ=森麻季
カウンターテナー=クリント・ファン・デア・リンデ
合唱=バッハ・コレギウム・ジャパン
児童合唱=東京少年少女合唱隊

鈴木優人によるこれがききたくて定期を買ったといって過言ではない。結果はその甲斐があった。メンデルスゾーン版は初めて。通奏低音はなんとチェロとコントラバスのソロが和弦で奏し、オルガンは音色を加えバスの効果も良かった。木管群の音色がまったく目新しい。左右に分離した合唱と管弦楽の位相も効果的であり、解説によるとバッハはSt.トーマス教会の左翼バルコニーにそれを配し、右翼にコラール用の小合唱を乗せ3チャンネル・サウンドにしたようだがその意図が明確に出たかもしれない。この配置、音色ならではの人数で引き締まった合唱が活き、緊密なアンサンブルによる新鮮なマタイを聴かせていただき感謝しかない。今回が今期最終回になったが、全て聴きごたえがあった。来季も継続させていただく。

さてここからはマタイ受難曲への雑感である。まず断言するが、これが人類史上指折りの大名曲であることは疑いもない。僕はカール・リヒター指揮ミュンヘンバッハ合唱団の1958年のアルヒーフ録音が入門だがこれは当時のスタンダードであったからそうなっただけで、贅沢は承知だが、男性陣は文句なしに素晴らしいのものの女性の方がバッハとしては今ひとつ趣味に合わない。リヒター恐るべしと思ったのはこれでなくロ短調ミサだ。冒頭の一撃でのけぞった。その印象のままマタイに入ったものだから、性格の異なるこの曲の真価にたどり着くのに時間を要した。ミサと違い、ここには福音史家の語る人間の汚さおぞましさを浮き彫りにしたストーリーがあるが聖書世界の知識が欠けていた。なじみのない方はまずそれを理解しておくのが入門の第一歩であり、要点を簡略に記しておこう。

この曲のストーリーをひとことで言えば、「事実上の冤罪事件」である。イエス・キリストの刑死はA.D.30年ごろで実話だ。ローマ皇帝は初代元首アウグストゥスの養子ティベリウスで、カエサル暗殺から74年後でしかなく史実として残っていて不思議はないが、皇帝と違いイエスはまだ表舞台の要衝にある人物でなかったから子細な部分の確証は無い。死刑執行したポンティウス・ピラトゥス(ピラトとも)はローマ帝国のユダヤ属州の総督で、現代日本なら県知事というところである。ユダヤ王を称した咎でキリストの死刑を欲したのはしかしユダヤの民であり、弟子のユダが裏切り、ユダヤ法では死刑にできないためローマ法でピラトゥスが裁けとなったのである。ピラトゥスは有罪を確信してはおらずその葛藤の場面を見ると、メディアがたきつけて誘導した世論が軍部を無謀な対米英戦へと突き進ませた昭和16年を思い出さずにはいられない。

ちなみに、そこでイエスが12人の使徒と共にしたのが「最後の晩餐」である。これも人類史上指折りの名画であるレオナルド・ダ・ヴィンチの絵はミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁に描かれており、そこからまた奥に壁があるこの風景はそこに立ってみるといささかトリッキーであり、科学者でもあったダ・ヴィンチらしいなと合点が行くのだ。

欧米の大都市をうろついて、美術の教科書に載っているような世界中の名画というものはほとんど観てきたが悲しかなたいていは忘れてる。建築はもとより絵画や彫刻というものはただ知ってる程度でそこに立ってみてもだめなのだ。これがモナリザか、ゲルニカか、ヴィーナスの誕生かで済んできてしまった。ところが幸いこれは昨日のようによく覚えているのだ。なぜなら延々長蛇の列を散々並ばされこの場所に行き着いたら、解説のイヤホンは来ないし15分で追い出されるしで係員の女性が不手際であり、ユダの裏切りを知っていたイエスも穏やかじゃなかったろうなと妙にシンクロした気分で眺めたことで格別に記憶に残っているのである。今となるとありがたかったと思っているのだからこれも世の中の不条理であろう。

結局、イエスは抗わず「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉を残して十字架にかかり、天変地異が起きて皆がイエスが神の子だったことを知り、その死をもって民衆が救われるというのが受難の筋立てである。イエスは予言通り3日後に実は復活するのであり、それが新約聖書に基づくキリスト教の最大のイベントなのだが、マタイ受難曲の終了の時点では(聴衆を含めて)誰もそれを知らない事になっている建て付けなのである。しかるに、割り切って考えれば、この裏切りと怒りと冤罪による不条理に満ちた法廷ドラマをもって、この時点で、聴く者の胸を締め付けて涙を流させ悲しみの底に叩き落とすことこそが復活への最大のお膳立てとなる。それがマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの受難曲なるものの位置づけである。

問題は、シュッツやテレマンなど多くの作曲家が受難曲を書いているが、泣かせるという点においてバッハのマタイは出色であることだ。とにかくキリスト教徒でない僕が終わるといつも涙を抑えきれないのだから、ルター派(ルーテル)プロテスタント教会の布教活動においてこの楽曲が甚大なインパクトを有する事は間違いない。ところが現実は、バッハの死後、約1世紀にわたって演奏されることなく世間から忘れ去られていたのである。 弱冠20歳のメンデルスゾーンがこれを「発掘」した時の気持ちを推察する。彼はユダヤ人だがイエスも死刑を求めた群衆もそうであり、そして、作曲当時の世間は愚衆の集まりだったということなのである。しかし1829年のベルリンでの蘇演はドイツにバッハ熱を呼び覚まし4年間で6ヶ所で上演された。そこでメンデルスゾーンはあらためて改訂を加えたバージョンで、初演の地トーマス教会で演奏を試みたのである。1941年のことだった。

この日もサントリーホールからの帰り道、どうしてこんなに悲しんだろうと考えていた。2時間に及ぶ大曲ではあるが、技法的には簡素なバロック音楽である。感情の抑揚を和声や大オーケストラの表現力によって自在に喚起できるワーグナーの如きロマン派楽曲ではないのだからという部分に人類史上指折りの大名曲である秘密があるのだ。しかしそれは技法や計略という次元のものではない。キリストの受難物語のことを英語でパッション(passion)というが、この語は情熱、恋情、色情という意味もある。何かを希求する強烈な想いというものである。なぜ同じストーリーを語る福音史家が違うだけのヨハネとマタイがその点において違うのかは、読響の解説によるなら、マタイにおいてはイエスの神性を明確にするため周囲の「人間模様」が色濃く描かれたことにあろう。

すなわち、愚衆、裏切り者、悪代官なる神性なき者どもが神の子を殺し、普通はそこで勧善懲悪の原理が働いて悪がこらしめられてめでたしめでたしで終わるのである。ところが、この物語においては、悪までもが救われてしまうという驚くべき強靭な逆転のロジックが展開され、神の御心の情け深さが強烈に印象づけられる。後世の神学者はユダの裏切りをイエスは知っていながらあえて自分を殺させ、諸人を救済させたのだという説まで唱える。この他利性こそ拝まれる見返りであり、常人にはない文字通りの「有難さ」であり、宗教の本質である。メンデルスゾーンが解説風のチェンバロ伴奏によるレチタティーヴォを排し管弦楽の一様の伴奏でストーリーに流れと一貫性を持たせたのは、オーケストラの流れに「人間模様」を載せてパッションをよりくっきりと浮き彫りにする事だったのではないかと思われる。

メンデルスゾーンの才能については何度も書いており、彼自身も聖書に影響を受けて作曲した2つの大規模なオラトリオ「パウロ」「エリア」があるがこれはバッハを知ったゆえのものというべきであろう。いかなるものであれ作品というものは創造した者の仮の姿である。その人物の精神肉体のありようがそうであるから、そうした作品が生み出されるのである。トートロジーに聞こえようが、モーツァルトはきっと彼の作品のような人であり、ブルックナーもバルトークもポール・マッカートニーも、ワーグナーもバッハも、またそうなのだ。

ドラマで言うなら大河ドラマばかりのワーグナーはどういう人物だったろう。台本から音楽から劇場まで俺様の物を創ってしまうあの唯我独尊で無尽蔵であるエネルギーはどこから出てきたのだろう。作曲家に男として多情系、多産系の人は少なく生涯妻子なしの人すら散見されるが、彼は難しい自作を演奏して世の中に広めてくれたハンス・フォン・ビューローという恩人であり自身の信奉者でもある男の女房を寝取って3人も子供を作っている。ニーベルングの指輪という巨大で魁偉な作品はそういう男からしか出てこないと思わせるに十分である。そしてバッハである。2人の夫人に20人子供をもうけたパワーにはこうべを垂れるしかないが、指摘したいのはそのアウトプット力ではない。理詰めで頑固で冷たい男ではなく妻を熱く愛する男であったことだ。彼の作品が数学的だのと理屈を説く人があるが、そういう事も出来る熱い男はいるのであり、バッハもまたそうだという証拠なのである。マタイ受難曲が人類史上指折りの大名曲になったのは、何らかの理由で彼が作曲に全身全霊を投じた人間くさくて止めどもない情動に重たい理由があり、彼の心の強靭な振動が、歌う者、弾く者、聴く者の心を強く打ち震わせるからなのだ。

最後にいくつかの録音の事を少し書いてみる。リヒターが世の中のイチ押しだったころ並び称されていたのがメンゲルベルク盤だ。このようなアプローチの演奏が出てくるのはバッハの作曲における情動がバロックを突き抜けてロマン派とでも言うべき領域に達しているからである。好きな人が多いのは理解するが、ここまでやられると僕はついていけない。ちなみに彼のチャイコフスキーの悲愴も往年のファンには人気だったが、僕はベタベタのポルタメントなど体質的にまったく不適格で第2楽章でドロップアウトしてしまった。

クレンペラーは筆頭におすすめできる。フィッシャー・ディスカウ、ピーター・ピアーズ、エリザベート・シュワルツコップ、クリスタ・ルートヴィヒ、ニコライ・ゲッタ、ワルター・ベリーとくれば、現在WBCで戦っている侍ジャパンの先発ラインアップみたいなものである。スタイルとしては最も重厚でシリアスなマタイであり、宗教音楽としては正統派ではないが、バッハが封じ込めた情動そのものが尋常でないのだから僕はこれに些かも違和感を感じない。その理由はクレンペラーのモーツァルトのオペラの稿に書いたことと重なるのでご興味のある方はそちらをお読みいただきたい。

カラヤンはこちらも負けじと当時の彼の歌劇録音のオールスターキャストによるが、徹頭徹尾カラヤン流であることが好悪を分かつ。音楽としての美しさならトップかもしれないが良くも悪くもオペラティックであり、その割にドラマを感じず、どす黒い物が無い。終曲も慟哭ではなくオペラのエンディング風で芝居がかっておりこれではフルートの短2度の軋みが意味を持って聞こえない。申し訳ないがこれは僕は泣けない演奏である。僕は決してアンチカラヤンではなく、ザルツブルグ音楽祭で1983年に聴いた絶美の「ばらの騎士」などもう一生出会えるものでないことを確信する。要はそれとマタイは違う音楽だということに尽きる。

よく取り出すのはヘルマン・シェルヘン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団のCDだ。 1958年録音のリヒター盤より5年早い1953年のモノラルでスター歌手は皆無。シェルヘンはハンス・ロスバウトと並んで19世紀生まれの現代音楽の泰斗でありピエロ・リュネールをシェーンベルグと共に演奏して回っていた人でありバッハのイメージは薄いかもしれないが、僕は1つのコンサートで両者作品をカップリングしても違和感がない(娘さんによるとシェルヘンはマタイはマーラー7番と組ませるのがふさわしい作品だと述べていた)。バッハは精神的にバロックの縛りを脱しロマン派にワープできた人だったが、シェルヘンはロマン派の縛りを脱し新ウィーン学派の作曲家らと共に道を歩んだ人で、一切の虚飾なく物語の核心を抉った素晴らしい演奏は昨今の形とテクニックだけのピリオド演奏などより数段モダンである。本物の音楽家とはこういうものだ。マタイを愛する方に一聴をお勧めしたい。

(ご参考)

ブラームス4番とマタイ受難曲

Categories:______J.S.バッハ, ______演奏会の感想

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