ブラームス 「6つの小品」から間奏曲イ長調 Op.118-2
2026 MAR 19 21:21:36 pm by 東 賢太郎
時は1893年。チャイコフスキーの悲愴、ドヴォルザークの新世界が初演された年だ。次々と知人が世を去って気落ちしていた61歳のブラームスは「6つの小品」というそっけない名称の曲集を編み、クララに献呈した。そして「小さな作品の中に驚くほど豊かな感情が詰まっている」と賞賛の手紙をもらうのである。そしてクララは3年後に世を去り、次の年に彼も後を追った。写真のブラームスより8歳も年上であることにいささかのショックを受けている今日この頃だが、年の功と言うありがたい言葉もあって、クララが褒めた作品に見逃していた多くのことに気づき、ついにこれから述べるある確信に至ったのである。
それが「6つの小品」の間奏曲イ長調Op.118-2だ。Andante teneramente(歩くような速さで、愛情を持って優しく)と曲頭に記され、僕も愛情を抱いた。というより、どうしてこの曲が心に染み渡って感動を残すのだろうということが長年気になっていた。AIはまだこの手の疑問は解決してくれない。それなら自分で弾いてみるしかないということになり、終結の1つ前の小節で現れる、低いミに乗った D の和音がその一因ということをつきとめた。そしてそれがシューマンの「トロイメライ」の最後の小節にある、ドに乗った Gm に似ていることも気づいた。両者は並行調という違いこそあれ、ドミナントを経てトニックに解決する機能と効果は同じだ。何の得にもならないこういうことをするのは僕の抜き差しならない習性だ。幼稚園のとき、お絵かきで茶碗か何かを茶色に塗ったらきれいな緑色ねと先生に言われ、以来、何事も自分の手で実証しないと信じられなくなった。最近になってそういうのを実証主義ということを知ったが、そんな大層なものではなくひねくれ者になっただけだ。
トロイメライ(夢)なら「愛情を持って」という標語になじむだろう。5,6分の小品にdolceが6個、espress.が4個もあるのも尋常でないが許されるだろう。胸に秘めたクララとの大切な思い出を老境の眼で俯瞰した回顧録のようなもので、しかし、それはセピア色の写真ではなく穏やかな原色を留めており、間奏曲(Intermezzo)という曖昧なジャンル、他作品と混ぜた曲集としてカムフラージュしたが、実は渾身の作品であって、世間に公にし歴史に残すことになる初めての(そして最後になるであろう)「赤裸々なラブレター」であったと解釈しても大きく外れてはいないのではないかと考えるに至ったのである。
この曲がクララへの愛を込めたプレゼントだと考える人は数多おられるが、 61歳の還暦の爺さんが74歳の婦人に満を持してそんなものを贈る意味がどこにあろう。誕生日は毎年あるし、何かのお祝いやお礼ならここまで感情が込められるのも不自然だ。可能性があるとすると、1890年、57歳になり意欲の衰えを感じ作曲を断念しようと決心して遺書を書き、手稿を整理し始めたことだ。その過程でクララを思い出し、ふたりだけが知る「共に過ごした時間」の回顧録として書いたのではないかと思うのだ。それにしてもなぜその時にという疑問は残るがそれはわかっていない。何か大きな動機があったが、「愛を込めたプレゼント」ぐらいでぼかしてもらわなくてはいけないものだったのだろう。ラブレターと書いたが、それは虚飾も含めて相手に好いてもらう目的の書簡であり、もう虚飾はいらないふたりである。ほら、あの時こういうことがあったよねで充分なのだ。語っているうちに熱くなるのが押さえられなくなるとリタルダンドして鎮める。そのいじらしいほどの起伏のいちいちを譜面から感じ取ってクララは「驚くほど豊かな感情が」と精一杯に控えめな賛辞を返したのである。なんという素敵な大人たちだろう。
音楽はミレファーの凹型音型で、憧れを湛えつつひっそりと開始する。本稿はこれが「クララ」であろうという仮説に立つ。一方、シューマンが「クララ」に比定したとされるピアノ協奏曲イ短調の冒頭主題ミーレードドー(C-H-A-A)においては、シューマンのお遊びによって彼女はダヴィッド同盟員キアリーナ(Chiarina)なのだ。そんな稚気に付き合ってくれる懐の深い、しかも美人で天才ピアニストである女性に2人の男が夢中になったのを僕はとてもよく分かる気がする。ブラームスは3/4拍子の3拍目に「クラ」がくる「弱起」で入り、シューマンは1拍目の「強起」で入る。そして二度目の「クララ」(ミレドー)はバスから4オクターブ離れたドに、万感をこめ高々と7度飛翔する(2-3小節目)。これはアナグラムの類ではなく彼女への「呼びかけ」であって8回繰り返す。歌ってみれば深い愛情がこもっている。ちなみに僕は昔の猫たちの名前で歌っている。
第4小節からは少し登っては元に引き戻される凸型(山型)の音型を延々と続ける。むなしく、力なく、満ち足りず、それでもまた登る。哀感と心の痛みが仄かに色調を変えていく様はこの曲の醍醐味であり人気の所以だろう。たくさんの表情を伝える標語が小節間の「その箇所」に挿入され気分の移ろいを象徴するが、ブラームスはテンポ変化ひとつとってもその指示に「エコノミー」な性格の人物で、大概の作品はそれをせずとも音楽で語るのが通例だ。Op.118-2はそれを必要としていること自体が異質な作品であることを物語っている。
顕著なのがハ長調に転じてからだ。ソプラノにシューマンPC冒頭の付点音符付きリズム(クララ)が現れると弱起が強起に転じ、legatoになり、後期ロマン派風の和声を伴って再びクララ、クララ・・の「呼びかけ」の凹型音型で熱を帯びて3回駆け登ってゆき、4回目のシューマンPC再現とともにフォルテで強拍の頂点で爆発するが、急にしぼんで下降音型のespress.(感情をこめて)となり、ミレファー(クララ)の呼びかけは隠れるように低音部に移行し(ニ長調)、次いでdim.で音量を落としつつ薄暗いニ短調に転じ、calando(遅く弱く沈んで)で静まるのである。ここまで、低音部のクララは4回繰り返して蠢く。お気づきになる方はいらっしゃるだろうかこの部分は、非常に意味深長である(トリスタン前奏曲を想起)。すると、不意に、ソプラノにシドラーの凸型音型が天使の声のような dolce(甘く)で現れ、教会の天窓に陽光が差しこんだような救済がやってくる(これはクララへの呼びかけの “鏡像” だ)。そしてそれをF#m-D-Bmと予定調和的コード進行が伴奏してうたかたの心の安楽に向かうが、cresc.um poco animato(より強く、やや活気を持って)のこの音型は弱起に戻っており、二度現れるシューマンPC(クララ)リズムで強起に戻り、テンポは止まるようなlentoに落ち、A-B-A形式の最初のAをイ長調で静かに終える。
嬰ハ音を引っ張って続くBは三層構造となっており、クララは一度も現れない。平行調(嬰へ短調)でメランコリックな凸型音型の旋律が喪失の悲しみを切々と歌い、旋律の1拍2分割と伴奏の3分割が交差(ラフマニノフPC2番Mov2の書法を想起)して葛藤に苛まれ、やがて減速して沈静するとpiù lento(今までより遅く、弱音ペダル)で嬰ヘ長調の夢見るようなlegatoとなる。あたりまえの強起3拍子で一時の安らぎを見せるが長くは続かず、減速して pp になると葛藤の音型が影のようによぎり、さらに減速してフェルマータで嬰ハの7の和音にて夢は休止する。すると元のテンポで3声部対位法によるメランコリー旋律が中声部、上声部の順で現れ嵐のような激情となり、メンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」を思わせる葛藤が狂おし気に熱を帯び、やがて諦観に似た dolce の和音に鎮まる。そして曲頭に戻り、最初の部分に少々の変奏を加えたAが繰り返され、深い感動とともに静かに消える。
ジュリアス・カッチェン(pf)
近年、ロマンティックに傾くあまり甘さに陥ってしまう演奏が増えている。あくまでブラームスの音楽である。アンコールに弾くならそれもいいが、 6つの小品というフレームに納めた意図は一定の節度と慎ましさを示唆しており、そうであるからdolceが6個、espress.が4個も書き込まれる必要があったのだ。カッチェンは日本ではブラームスのスペシャリストの扱いで技巧派のふれ込みであったが、多分にレコードを売らんとする空疎なセールスピッチの影響であって、そういう人はブラームスのスペシャリストにならないし、技巧派だからそうなれるわけでもないという2つの点において的外れな看板である。モスクワとワルシャワの音楽院教授だった祖父母から高度なメカニックを授かった、研ぎ澄まされた感性を持つ哲学者(ハバフォード大学哲学科を3年で首席卒業)と言うべきだろう。ユダヤ系であるとともにそうした資質の持ち主だからブラームスの音楽に引きこまれたと考えるなら何の違和感もない。
ペーター・レーゼル(pf)
終戦の年にドレスデンで生まれ、ドレスデン音楽大学を経てソ連にわたってレフ・オボーリンに師事したレーゼルがドイツ・シャルプラッテン(DS)に1972-1973年に録音したOp.118は第5曲が絶品である。是非全曲をお聴きいただきたい。西側レーベルに登場のなかった旧東独の音楽家はクルト・マズアら少数を除いて欧米で知名度がなく、DSが消えて音源が西側に売られ廉価盤で出たためアーティストまでそのイメージの影響を受けたことは否定できない。まったくのお門違いというしかない。第2曲の鎮静した佇まいは実に素晴らしく、必要最小限の情感を加えて音楽を呼吸させ、ブラームスの意図を格調高く紡ぎ出すさまがドレスデン・ルカ教会の音響に乗って伝わってくる。至福の時だ。
ウイルヘルム・バックハウス(pf)
やや速めに聞こえる。楽譜を見ていると、しかし、ブラームス自身もこのぐらいのテンポだったかと思えてくる。ハ長調、ヘ長調で色調が変わり、クララ、クララ・・の駆け登りに切迫感があらわれ、低音部になったクララの蠢きがニ短調に辿り着く心の道筋にも気づく。Bのテンポも速めで焦燥と哀訴があるが、嬰ヘ長調でぐっと歩みが落ち、大きな段差に気づく。クララと2人で森を歩く桃源郷にやって来たのだ。全曲の重心がここに置かれていることを知る。そして曲尾の p は強めに弾いている。この曲には一貫している特有の語感のようなものがあって、メロディーが高音にポンと放たれると一瞬とどまって間をとって降りてくる。まるで真上に投げたボールが空中でしばし止まるように。バックハウスを聴いているとそれがうまく決まらないと様にならないことが分かるのだから、おそらく作曲者もそう弾いていたのではないかという説得力を感じる。この人にはベートーベンならベートーべンのそれがある。1884年生まれのピアニストの録音が良い音で残っている。何とありがたいことだろう。ブラームスその人からキャンディーをもらった子の演奏に畏敬すべきものがたくさんあるとすれば、これからのピアニストは温故知新という言葉をじっくりとかみしめたらいい。
ピョートル・アンデルシェフスキ(pf)
もう一人、どうしても挙げねばならない。昨年11月27日にサントリーホールの読響定期でアンコールにこれを弾いたポーランドのこの人だ。当日はあまりの素晴らしさに言葉もなく、自分で弾こうというきっかけになったのだから大層なインパクトをいただいた(読響定期 アンデルシェフスキに感動)。いま思い起こしても白昼夢のようで、演奏会でこういう印象が残ったことはかつてないのではないか。「天使の声のような」と本稿にしたためた dolce、嬰ヘ長調のこれしかないだろうというテンポ、Aに戻るしびれるほど絶妙な間、そしてトロイメライのDの根っこのミが pp だが深々ときこえる。バックハウスより1分も長いが、ここにはまさしく新しいブラームスが生まれている。
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