「ニーチェ」と「トランピズム」の結婚
2026 JAN 16 18:18:57 pm by 東 賢太郎
年末に箱根へ行って、外食をすませた帰りのことだ。冷たく澄み渡った大気の中に煌々と輝くオリオン座に呆然と見とれてしまった。子供のころ、暗くなると毎晩外へ出て白い息を吐きながら、あそこに行くとどんな景色だろうと空想した。冬休みに家族で行った天城高原ロッジから目撃した、まるで宝石をぶちまけたようにぎらぎら輝く星空は豪勢でまばゆく、半世紀以上前のその感動までもが蘇ってしまったのだ。春夏秋冬、北半球、南半球、夜空のどこを見渡してもベテルギウス、シリウス、プロキオンの作る「冬空の大三角形」界隈ほど華やいだ眺めはない。僕はこれを「天空の銀座」と呼びたい。それにしてもだ、写真をご覧になって、12個の明るめの星々が三ツ星、小三ツ星までお見事に、まるで誰かに造形されたかのように並んだこの天空の “絵柄” は、「自然の産物」にしては出来すぎと思われないだろうか?
仮に3個のビー玉を同時に無作為に頭上に放り投げてみたとしよう。地面に落ちたその3個が正三角形を描くまでに、あなたは何回それをくりかえす必要があるだろう?では今度は三ツ星みたいにまっすぐ等しい距離に整列するには?では6個を投げて大小三ツ星になってきれいに並ぶには?それではいよいよ、12個いっしょに投げて「天空の銀座」になるには??
ペルーにある「ナスカの地上絵」は紀元前500年から紀元500年の間にできたことがわかっているが、空から見ないとわからない巨大なサイズなので飛行場が近くにできる1920年頃まで見つからなかった。どう見ても動物や幾何学紋様にしか見えない絵柄が、それも1つ2つではなく、なんと723個
も描かれていて、古代の住人がやったとすれば関わった人数も時間も膨大なものだ。ひとりではできないから指揮した者がいるはずだ。彼(彼女)は何と言って人々に命じ、飯を食わせたのだろう?これだけの大工事をやらせるには目的を示す必要があってそれは伊達や酔狂とは思えない。そこでドイツのマリア・ライヘという数学者はこの地に住んで一生を捧げ、それが何か、誰が何の目的で描いたかを研究したがいまだ解明されていない。空想をたくましくしてみよう。オリオン座と冬空の大三角形は何者かが人類に見せるために描いた「天空絵画」であって、AIによると紀元前500年も形はほぼ同じだった。地球上どこにいても1年間のトータルの半分は夜ということを我々は忘れてるが、電燈がない古代人の夜は長かった。当時のナスカ人は毎夜に現れるそれを神様のメッセージと畏敬し、地上にいる動物を模写して生贄にささげたのかもしれない。あるいは現代人がSETI計画で強力な電波を宇宙に向けて発信しているのと同じ発想だったかもしれない。
広い世界にはもっと想像力のたくましい人たちがいて、古代には地球外生命体が頻繁に地球を訪れており、ナスカ人は彼らと交流しており目印として地上絵を描いたと主張する。僕はそれをエーリヒ・フォン・デニケンの著書『未来の記憶』で知り、中学時代に夢中になって読みふけった。それとトロイの遺跡を予言して発掘したハインリッヒ・シュリーマンの『古代への情熱』は興奮した二大書物だ。ドーンと謎が提示されて解き明かしていくタイプの読み物といえばエラリー・クイーンにもはまっていたが、 60年前の「宇宙人」のミステリー度合はNo1だった。
膨大な人数と時間を投入して古代人が造ったものの、何と人々に命じ、飯を食わせたのか未だ不明な物がもう1つある。エジプトはギザのピラミッド群だ。クフ王らの墓とされるが構造上の謎が残る。 3つの配置がオリオンの座の三ツ星を模したという説は真偽不明だが、目印説を取ればナスカと同じ目的ということにはなろう。私見では地球外生命体Xが我々の知らない何らかの目的のため2つ建てて去った。のちにクフ王、カフラー王の墓に転用され、3つ目は再訪の目印にと三ツ星に比定する位置に人間だけで建造したが完成できずメンカウラー王の墓になった。1つ目にXは宇宙普遍の数理を埋め込み、後世の人類が自分の来訪を知るきっかけを刻印した。
これは映画「コンタクト」でこと座α星ヴェガから自然のノイズではあり得ない人工的な信号である二進数で記述された素数列を送ってきて知的生命体であることが示されたのと同じことだ。
両著者とも若い頃は秀才のようでもなく、デニケンは逮捕歴までありメインストリームの知識人には受け入れられ難いハンディはあるものの、常人離れした想像力と行動力を発揮して僕のようなタイプの少年に血沸き肉踊る知的刺激をもたらす人生を送ったことは何人も否定できない。そうである以上、学会の保守本流から受けた「世を惑わす似非科学だ」、「素人発掘で遺跡を損壊した」等の批判は、後述するようにニーチェが「ルサンチマン」と定義した物(要は嫉妬)を含んでいる可能性も否定できないのであり、大哲学者によって「良い人生を送るためにはやめた方がいいよ」とばっさり切り捨てられているものの類であると僕は弁護したい。仮にメインストリームの批判が客観的に正しいものであるならばご両人はSF作家だったと理解すればよいのであって、そうであっても彼らに対する僕の尊敬はいささかも揺らぐものではない。先ほど、懐かしいデニケンさんがどうされているか、ウィキペディアで検索してみたらこの1月10日に亡くなっていた。本稿を書きたくなったのはこれまた虫の知らせだったのか・・。そういえばその日、歯が痛くなって注射を打たれたらもっと痛くなってうんうん唸っていたのだが・・。
デニケンの指摘通りナスカの地上絵は地球外生命体との交信の証だったとしよう。しかし、それでも、偶然にできるには気が遠くなるほど確率の低い天空絵画の謎は残る。誰もそんな主張をしないのは、恒星が巨大な質量を持って遥か遠くにある物体だと知っているからだ。しかしそれは本当だろうか?もっと言うなら、宇宙の果てまで137億光年というが、それも仮説から計算した紙の上の数字に過ぎない。物差しになっている光速はおよそ秒速30万kmだということが実験によって証明されているが、それより速く進む物体は存在しないという仮説の方は証明できない。シミュレーション仮説信奉者の僕としてはその数字はこの宇宙を創造した者(神としておこう)が使用したコンピュータの処理速度の上限値に過ぎないから実は任意の値であり、137億光年という宇宙のサイズも同様だ。
宇宙そのものがシミュレートされた幻影に過ぎないから大きさも重さもなく、我々が見てるのはまさにプラネタリウムみたいなもので、オリオン座だろうがアンドロメダ大星雲だろうが「天空の銀座」だろうが、絵柄は子供でも好きに描けるのだ。やはり同説の信奉者であるイーロン・マスクはビデオゲームの進化を例に挙げてそれを説明し、我々が見ている宇宙が現実である確率は10億分の1だと言っているが、この考え方の原型はちょうどナスカの地上絵が描かれたころに活躍したギリシャの哲学者プラトンの「洞窟の比喩」にすでに見られる。
似たような驚きを別のところで覚えたデジャヴがある。人間ドックの内視鏡検査で目撃した、僕の目には艶やかなオレンジ色のように見えた肉塊、すなわち自分の胃袋の中を初めて見た時だ。
「これが食道です、ここから胃ですね・・はいここから十二指腸になります」
女性の医師が手慣れたバスガイドみたいに説明し、ほーっと観光客みたいに眺めていた。これって、渋谷のプラネタリウムで聞いていた「この明るい星がシリウスです、何光年先で大きさは太陽の何倍で、その右がベテルギウスです、赤いのは温度が低いからです」なんてのとおんなじだなと思いながら、そこはかとない違和感を感じていたものだ。何だか自宅の部屋の中を他人が詳しく知っていて解説されてるみたいじゃないか。胃袋の所有者は俺だよ、なんで彼女のほうが俺より知ってるんだ?
それは、僕が作ったものではなく、両親とて設計図を見て作ったわけでなく、母のお腹で自然の摂理に従ってできたからだ。摂理というのは宇宙の仕組みと同じく創造者である神が創ったものだ。 1つの受精卵からいろんな臓器が分化してできて、その1つが僕の胃袋になっているわけだが、医師だって医学書の著者の博士だってなぜそうなって、どんなプログラムがどうやって作動したのかは誰も知らない。医学というものの創世記からの経験的学習によって誰の胃袋もそうなっていることを学んでいるだけで、彼女はぼくの胃袋がかつて観察された天文学的な数の胃袋のone of themであり、そうでない確率は海岸の砂浜から砂粒ひとつを選び出す確率より低いという仮説に基づいて解説を述べているのである。それはプラネタリウムの解説者がベテルギウスのあれこれを観測による経験的学習によって知っているのとなんら変わらない。つまり僕も医師も、脳みそからほんの 40cmの距離にある胃袋のことを「550光年先の星のことぐらい知らない」のである。そんな人類が世の中をわかった気になって支配しているのだから、史上初めて核兵器が用いられた80年前以降の我々はいつ全滅してもおかしくないという危うい均衡の中で生きていると言って全く過言ではない。「人間は考える葦である」とパスカルはパンセに書いた。それから350年もの年月が経っても、考えたところで大したことはないと思うのは僕だけだろうか。
考える葦が何をしてきたか、いかに浅はかな考えの連続であったかは歴史が教えてくれる。自由平等博愛の精神があれば神がいなくても人間は立派な社会が作れる。そう考えてカソリックを否定したフランス革命は約50万の人を殺した。それを肯定したマルクスの共産主義革命は人類が資本主義者に搾取されない理想の世界が作れると考え約9,500万の人を殺した。前稿で、僕は自分自身がフランス革命と啓蒙思想にルーツのある「自由」を心から愛する根っからのリベラリストだと説いた。人殺しの理念にかぶれていると誤解されたくないので述べておくが、僕がマルキシストでないことは「神はいる」と信じていることから証明される(その神は創造主であって名前は無いが)。そこに信心が至る契機は宗教でなく数学で唯物論的思考をたどっているが、結論は論理で導かれたのではなく天から降ってきたものだ。
それでは、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844 – 1900)が「神は死んだ」(Gott ist tot)と言ったことに対し僕は批判的であるか。答えはYes and Noだ。ニーチェの言葉は、ルネサンスによる科学技術の発展で「神が世界を創った」「神が善悪を決めている」といった従来の考え方が説得力を失い、長らく西洋社会の基盤となってきたキリスト教的な道徳や価値観がその力を喪失したことへの暗喩だ。神、魂、徳、罪、彼岸、真理、永遠の命、理性、価値、権力、自我などの概念は、弱い人間たちが自己を正当化して言い訳をするための「嘘」であり、キリスト教が目標とする偽りの彼岸的な世界の象徴なのだと説く。それを背景で支えている心理が前述の「ルサンチマン」(Ressetiment、無力ゆえの「憎悪」「嫉妬」に基づく、弱者からの「復讐」の感情)であり、「強者は悪だ」として自分を納得させ、「能力の高さより善人であるべき」、「迫害に耐える事で天国に行ける」と救済しようとする。彼はこれを否定して強者(超人)になれと説き、だから神は死んだと警鐘を鳴らしたわけである。また、解釈とは価値、意味を創り出す行為で多様だから世界はどのようにも解釈される可能性がある無限に二義的なものであって、唯一の真実などというものはなく、どこまで追い求めても「人間の解釈」というファジーで恣意的なものがあるだけで意味がないと考えた。以上の2点につき、僕は強い共感を覚える人間である。ルサンチマンから逃げまくり、ウソを並べた煙幕に救いを求める人達にとっての神は死んでいるが、しかし、宇宙を創造した神は存在し、人類を見守ってくれていると僕は信じているのである。
ニーチェはそこで興味深い概念を提唱している。永劫回帰(えいごうかいき、Ewige Wiederholung)だ。彼はスイスの著名なスキーリゾートでもあるサンモリッツの少し南にあるシルヴァプラナ湖の森(写真)を歩いていて、その啓示が突然に降ってきたという。

永劫回帰とは?この世界は、全てのもの(崇高なものも卑小なものも)が、まったく同じように永遠にくり返されるとする考え方である。キリスト教は始まりである天地創造があり、終わりである神の国の到来があって、歴史はこの終点を目的として不可逆的に進行するが、ニーチェは永劫回帰する世界はループ状で始まりもなく終わりもなく、それ1個しか世界はないとする。
イメージとして、箱根駅伝の最初の走者が1区を走りきり、さあ2区だと襷を渡そうとしたらまた1区のスタート地点だったという感じだろうか。少年サンデーの「伊賀の影丸」(横山光輝)で、敵を追いかけて豪雨の中を走れども走れども着いた先は「三島の宿」だったという、童心にも背筋がゾゾッっとしたシーンが目に焼きついてる(左がそれ)。余談だが僕はこの絵で三島という地名を覚え、この作品全巻を何度も熟読することで日本語すらも覚えた、いわば元祖アニメオタクである。影丸たちは敵の妖術にたぶらかされていたわけだが、実は70年生きてみると世の中というものは丸ごとそんな感じであって、目的地到着が無いのだから何度走っても途中にあった険しい坂道や危険な峡谷が戻ってきて消え去ることはない。だからそれらは自分で乗り越えるすべを開拓しなければ回避できる道は永遠にないのだ。ニーチェはこれを「ニヒリズムの極限形式」と呼んだ。キリスト教のように今まで最高価値だと信じていたものが実はそうではないと悟った時、人間が持つに至る世界観がニヒリズム(虚無主義)である。そこで人間は人生を諦めてしまう消極派か、自分で切り開こうと思う積極派か、そのどっちかを考える価値もないとする悟り派に分かれるが、ニーチェは究極の選択として積極派を推奨した。つまりここで彼はヘーゲルの弁証法をも否定したことになり、後世に大きな衝撃と影響を残したのである。
積極派こそが究極であるのは、人間は消極的に虚構に逃げこんで傷をなめあっても現実世界では何の救済も得られないからだ。したがって、これが重要なことだが、強い者への憎悪、嫉妬、復讐心をかきたてて人間をそこに追い込んでしまう「ルサンチマン」というものは苦悩、無限地獄の元凶とみなすべきなのである。嘘を垂れ流して「強者を憎め、妬め、復讐せよ」とする、耳障だけは良い「絶対的原理」を吹聴する者を拒絶せよ。そして、次々と生まれ出る真理の中で戯れ遊ぶ超人になれというのが彼の主張だ。この点においても僕はまったくもって同感だ。人間は、いくら頑張っても強い者を否定しても合理的な基礎を持つ普遍的な価値など手に入れることはできず、流転する価値、生存の前提となる価値を承認し続けなければならない、いわば自転車操業を続ける悲劇的な(かつ喜劇的な)存在である。もう笑うしかないぐらい今の自分を言い当てられた気がする。それでもくじけてしまわないのは、健康で生きることの喜びを肯定し続けられているからだと思う。
現状の日本国を俯瞰するに、そうした生き様を貫いている人の数は減ってきているような気がする。失われた30年なる失政を遠因とする慢性的デフレなのか、コロナ禍が社会の活力を蝕んで劣化させた結末なのか、戦争に端を発した輸入インフレの延焼による物価高なのか、その原因は一概に判断できないが、おそらくはそのどれもが相まった複合的現象として日本中に蔓延し、世の中を沈滞させてきたのだ。そしてその空気が俄かにより一層重くなり、日本国の天空に半透明のドームでもかぶせて暗くされたかと危機感を覚えるほどの変調を覚えるようになったのは3年半前に安倍元首相が暗殺されたその日からである。あの極めて不可解なのだが不可解でなかったかのように整然と始末されていった不可解な事件以来、それを本当にそう思っていないのだろうと見えるのに十分なほど無能である総理大臣たちの下で、無言の衝撃をうけた日本国は国としての生体反応が停滞し、国民は生活の先行きが見えない不安の中で五里霧中となり、近隣諸国の軍備拡張に無力のまま怯える日々という暗い洞穴にに落とし込まれてしまった。そして、あたかも次へ進む希望の道への一里塚であるかのようなもっともらしい体裁を伴って、オールドメディアは次から次へと以下のような「空虚言語」をばらまいていったのである。
夫婦別姓、LGBT、女系天皇、多文化共生、多様性、環境、SDGS、国際、平和、交流、生活、貧困、教育、福祉、慈善
いったいなにが起きていたんだろう?? ニーチェならこう答えるだろう。
『ルサンチマン』という毒薬がばらまかれたんだよ
「空虚言語」(Empty Word)というものがある。フランスの哲学者で精神科医のジャック・ラカンの用語で、安定した意味を持たない記号のことを指す。言葉に見えるが実は記号である。そのため意味は常に変化し文脈に依存し、対話型AIのハルシネーション(幻覚)の原因にもなる。人間は自己都合や邪悪な動機によっていくらでもハルシネーションを喚起できるので、「空虚言語」を並べてルサンチマンを巻き散し、解毒できる絶対的原理ですよとプロパガンダを吹聴することは一定の政治的効果を期待できよう。だから無能な政治家ほどそれに頼るのである。「これからは**の時代です!」など「空虚言語」を連呼するだけの政治家は自分の頭も空虚であることを開陳しており、政権奪取しようとは実は1ミリも考えていない万年野党は、年収4000万円で政治漫談を演じる芸人一座である。
ニーチェが「嘘」だとばっさり切り捨てた次のような言葉はラカン派精神分析においては「空虚言語」である。
神、魂、徳、罪、彼岸、真理、永遠の命、理性、価値、権力、自我
当時これらをルサンチマン解消の特効薬としてばらまいたキリスト教会こそが絶対的原理の吹聴者であり、永劫回帰するこの世に唯一の真実などというものは無いのだからそれはすベて嘘である。世界はどのようにも解釈される可能性がある無限に二義的なものであって、どこまで追い求めても「人間の解釈」というファジーで恣意的なものがあるだけという意味において、目的が自己利益の追求オンリー(今だけ金だけ自分だけ)の政治家にとって「空虚言語」は便利で親和性が高い。例えばどこから見ても堂々たる左翼でしかない政党が、一つだけもっと左翼の政党があることを盾にとって「我々は中道だ」といえば、「中道」というまるで絵にかいたような「空虚言語」が記号としての本来の役割を発揮してもっともらしく聞こえ、無知の国民を騙し、場合によっては対話型AIのハルシネーションまで誘発して害悪を増幅しかねない。そうした税金の無駄である政治家を駆逐するには「充満した言葉」(Full Word)のみで自己の定義を述べよと徹底して追い込み、悪手を封じればよいのである。
ことの危なさはアメリカ合衆国でも同じである。ドナルド・トランプは福音派のキリスト教徒だ。ニヒリストではないのだから彼がニーチェ哲学の信奉者である可能性は高くないかもしれない。しかしビジネス界における強者である彼がルサンチマンを抱く人間である可能性はほぼゼロであり、愛国者として国をもう一度強く豊かにしたいとMAGAをスローガンに掲げる意思の根源が福音派の教義にあったとしても、それはニーチェが否定した弱者救済のためのものではない。彼がDOGEを立ち上げ、「言葉遊びより常識が大事」「人間には男と女しかいない」と子供にも伝わる地に足の着いた言葉(Full Word)をもって絶滅に追いこもうとしている敵はアメリカ合衆国の内部に深く寄生してしまった、空虚言語を振りまわして世を惑わすグローバリストだ。暗殺者の銃弾が耳をかすめても何らひるむことない姿は、来世での救済など望まず命を捨ててでも現世で為すべきことを為すという強烈なコミットメントにおいて、意図しようがしまいが、彼はすでにニヒリズムに至っており、 ニーチェが生きておればその姿勢を肯定したのではないかと思うのである。まことに痛快な限りであり、我が国でも高市政権が斯様な政治改革をしてくれるだろう。
両人ともがまさしく超人 (Übermensch)なのである。トランプにおいては国連や国際法の存在というものは、彼に対する福音派ではなく、ニーチェに対するキリスト教教会の総本山の位置づけに既になっていると思われる。ということは、ベネズエラ襲撃において、彼は「神は死んだ」と宣言したのである。その是非をここで論じても仕方がない。絶対に避けねばならぬ事はただひとつ、キリスト教もニーチェも想定していない、人類が全滅する殺し合い(第3次世界大戦)の勃発である。彼がそれを理解し、神もその回避を望んでいると解釈していることを信じたいし、世界各地の小競り合いがそれに発展することを止められるのは彼が功罪合わせ飲んででも行使する軍事力しかないということもわかっているだろう。今我々がこうして生存しているということは、現在のループにおいて絶滅危機は起きていないことを示している。しかし前のループでそれはなかったのだろうか?人類はかつて二度三度滅亡していることが古代遺跡から分かると唱える論者もおり、ノアの箱舟がなければ実は一度滅亡していたのではなかったかと考える者もいる。トランプが人類の救世主なのか破滅の大魔王なのかは現時点においては誰にもわからない。おそらくトランプ自身もわからない。だから彼のここまでの行為の是非はニーチェの言う無限に二義的なものだと考えるのがフェアである。それを、何がしか頭を使った痕跡は一切無く一義的に「いかがなものか」とパブロフの犬のごとく騒ぎ立てている連中は何のルサンチマンに掻き立てられているのか知らないが、超人への途上にないことだけは間違いない。高市総理の
解散権行使によって絶滅の危機に追い込まれる事が確定した政党の上層部が、政策の説明など一言も無いまま自己保身のため絵にかいたような野合を唱え、その唐突さを緩和しようとオールドメディアが子供でも嘘とわかる応援記事を書く。人生終わった爺いどもの気色悪い抱擁一色で高市・メローニの期待に満ちたハグはスルーで「なかったことに」で葬る。しかし、この偏向報道があまりに露骨だったことでかえって国民は気づいてしまった、軒下に潜んで蠢いている奇怪な害虫がまだ駆除できていないことを。このありさまが、あの2022年7月8日の、宇宙の常識を一掃する異様さであったシンクロ報道の既視感を鮮やかに呼び覚ますからだ。こういう連中に無垢の国民が騙されつづけ、政府が一刻も早く駆除の手を打たぬならば、実質的にニーチェ主義化したトランプは自助努力せぬ日本をいずれ見捨てるだろう。高市総理は切った舵のとおり冷徹果断にやり抜くことを日本国存続のために強く期待する。
ニーチェがラ・ロシュフコーとショーペンハウエルに影響を受けている事は興味深い。両人の書物は我が愛読書だからであり、何かが底流で通じているかもしれない。彼がワーグナーに一時傾倒したことはクラシックファンには周知だろう。その点に関しては、僕はニーチェ自身が作曲をたしなんで作品を残していることと同じぐらいは意味を感じる程度である。むしろ、ニーチェ思想が明治後期か
ら大正にわたる日本の名だたる知識人に衝撃を与え、高山樗牛、夏目漱石、新渡戸稲造、和辻哲郎、阿部次郎、萩原朔太郎、芥川龍之介らに大ニーチェ論争を巻き起こさせ、何より僕がファンである夏目漱石が明治38年ごろ、『吾輩は猫である』執筆中に『ツァラトゥストラ』の英訳本と格闘していたことのほうがずっと重大である(左)。高山、和辻、阿部以外は哲学者でなく文人であるがニーチェに没頭して大論陣を張っている。知識人とはこういうものだ。現代の我々から見れば西洋の哲学や芸術や文学に関わる情報も造詣も未だ十分ではない時代にも関わらず、先人たちがそれほどのインテリジェンスを確立していたことを誇りに思う。東洋にそんな国は日本しかなかった。ちなみに芥川龍之介はストラヴィンスキーのレコードを持っていて、それを聴いて育った次男の也寸志は作曲家になった。漱石がツァラトゥストラを選んだ理由といえば 「神の死」「超人」「永劫回帰」が語られているからだろうか、「猫」の後半にその影響があるとされているが僕はまだよく理解できていない。
締めくくりにリヒャルト・シュトラウス作曲の『ツァラトゥストラかく語りき』を聴いてみよう。ウィキペディアのタイトルは「こう語った」になっているが僕はどうも文語調の「かく語りき」でないと収まりが悪い。演奏スタイルも1970年代にアナログのステレオのHiFi録音技術がピークを迎えることに合わせた豪華絢爛型、そして80年代になるとデジタル録音とCDという新メディアによって静謐な細部まで分解能の高い透明感を謳った演奏も出てきた。そのどちらもがメリットとなるように巧みに書かれているリヒャルト・シュトラウスのスコアの質の高さが時代を追って浮き彫りになってきたように思う。この曲及び英雄の生涯はフランクフルト歌劇場管弦楽団によって初演された。僕が同地に駐在していた頃の同歌劇場の音楽監督は読響でメシアンの秀逸な演奏を何度も聴かせてくれた現在世界最高クラスの指揮者シルヴァン・カンブルランで、現在の読響音楽監督セバスティアン・ヴァイグレも2003年まで同じポストにあったということで縁を感じる。
スタンリー・キューブリック監督が「2001年宇宙の旅」に使用したため冒頭部分2分ほどばかりが有名になってしまったが、全曲に渡って隙のない見事な音楽である。シュトラウス自身が1944年6月13日にウィーン・フィルハーモニーを振った録音は宝物だ。 80歳の誕生日を記念して1週間の放送スタジオコンサートが行われ、正規録音はないが家族がプライベートに録音した音源ではないかとされているのがこのビデオだ。何度かの復刻により音も鑑賞に耐え、作曲家の解釈が最も反映された演奏がVPOにより再現されている価値は何ものにも代えがたい。これを知れば豪華絢爛型の演奏スタイル、ましてやディズニーの伴奏音楽みたいな路線は本質をおよそついてないことがお分かりになろう。なおコメントにあるが、この演奏の3日後にスタジオから数マイルしか離れていない石油精製所が連合国の激しい空爆で殲滅されたという。そんな空気の中でこれだけの演奏ができてしまう音楽家たちには畏敬の念を覚えるしかない。
ステレオ録音でもう少し良い音でという方。ヘルベルト・フォン・カラヤンは記憶ちがいでなければこの曲を3回録音している。ベルリン・フィルハーモニーとの2つは品格を伴っている純度の高いゴージャスな演奏である。そちらを好む方に何の異論もない。しかし、これは多分に趣味の問題ではあるが、僕はやは
りリヒャルト・シュトラウスにおいてはウィーン・フィルハーモニーが本能的に持っている音楽の変転する流れやメリハリへのアジリティー(敏捷性)、および感度の高さと艶やかな音色がなければ物足りない。そこで、同じ趣味の方にはカラヤンのデッカ初録音である第1回目の演奏をおすすめしたい。これは日本では1973年の9月ごろに、カラヤン初の廉価盤として千円で発売されあっという間に売り切れになった一群の懐かしいLPの内の一枚でもある。ツァラトゥストラはこのレコードが2001年宇宙の旅に使われたものであるというふれ込みでシリーズの目玉扱いであり、買うかどうか最後まで迷ったが高校3年生で金が無く、ブラームスの交響曲第1番、ホルストの惑星、くるみ割り人形とペールギュントという当時に関心のあった曲の選択になってしまった。 1959年の録音であるがデッカ肝入りの素晴らしい音で、演奏は作為的な見栄や贅肉のないギュッと引き締まった魅力があり、今より音色に色気があった頃のウィーンフィルが香り高い音でシュトラウス直伝のニュアンスまで余すところなく伝えて文句なしだ。
権力者であるために権力者でいたい政府
2025 AUG 17 10:10:05 am by 東 賢太郎
(1)国家の目的解釈は量子力学に似ている
国家の目的は何かという議論をひもといていくと、だんだんわからなくなってくる。ドイツの政治学者マックス・ウェーバー(1864 – 1920)は「過去に国家がしてきたことを並べてみて、そこから国家の目的は何々だと結論することはできない」という趣旨のことを書いた(「職業としての政治」)。普通、人間であれば、その行状を調べればどういう人かは凡そわかる。しかし国はそうでないというのだ。「これが国の仕事だ、だから国の目的はこうだ」が成り立たない。有名なパラドックスに「私の言うことはウソだ」がある。こう言われた瞬間にこの人が正直者なのか嘘つきなのかは言葉から判定できなくなるがそれに似ているし、光があたると(つまり、見る前と後で)電子が動くので、見る前の物体が何という物質であったか不明だという量子力学を想起させる存在でもある。
世界の歴史を振り返ると国家は「野獣」であり「夜警」であり「福祉提供者」であったりする(それが「見る前」)。ではどれが正しかったのか(「見た後」)という問いに「どれでもない」と答え、「国家は暴力行使のできる権利を持つ唯一の存在で、その独占を要求する人間共同体であり何でもできるからだ」とするのがウェーバーである。それに対しては諸説反論あることは承知だが、自然科学ではない以上正解はない。本稿では国家の目的に対する概ねの結論をウェーバーの論考の前提に添って「国民に強制力のある規則を制定して維持すること」と理解し、以下これを『国家定義』と呼び、それに従って考えてみたい。
まず、凡その歴史を俯瞰すると、すべての国とは、その地域において「俺はジャイアンだ」と主張する者(元首、酋長etc.)をひとりだけ認めたことにする仕組みということだ。中世まではジャイアンが腕っぷしでやりたい放題(野獣)だが、別の野獣よりましで守ってくれるジャイアンなら何をどうやってもいいという妥協的均衡が生まれた。それが近世になると、やりすぎはいかん、やるなら暴力行使も含めて規則に則ってやってくれ(立憲政治)というバランスになった。やがてジャイアンは個人でなくポスト(称号)と機能(軍)になり、腕っぷしとは関係がなくなり(文民統治)、上に立つ国家はマシーン(政治装置)のような存在となる。そしていま、核の抑止力によるつかの間の平和ができると、そもそもなぜ暴力行使により何でもできる権限を認めたかが明らかでなくなってきた。
「なぜジャイアンが必要なのか?」
「ジャイアンはジャイアンであり続けるためにジャイアンだからである」
という、まるで小泉構文の如く意味不明のトートロジー(同語反復)に陥っているのが21世紀の政治の現況だ。巨大な米国市場を自国に持つトランプ大統領が関税で他国を混乱させサプライチェーンを分断して経済成長や企業収益を阻害し
ても、力の支配だという非難も損害賠償請求裁判もない。関税主権の前にはそれを裁く法律も強制力もなく無駄だからである。抑止力という美名に糊塗される核保有による殺人、恫喝、ゆすりも同様だ。米国は自国民には強制力のある規則を制定・維持して国家定義を満たすことで国家の目的保持を達成しているが、他国に対してはそれがないことは、「広島や長崎をみれば、あれが戦争を終わらせたことがわかる」とのトランプ発言から分かる。国と国が約束(日ソ中立条約)を交わしても、ヤルタ会談(写真)であっさり破棄して満洲国に侵入し、千島列島と樺太を占領したソビエト連邦という熊なみの国家もあった。ジャイアンは必要でないが、歴然と存在するのである。
(2)真珠湾攻撃は誰が決めたのか?
国家は法律の制定によってのみ権力行使できる(国家定義)。これは市民革命で王権と闘って「自由」を勝ち取った欧米諸国民は絶対に譲ることができない法治主義という思想である。一部のアメリカ人がコロナでマスクをしなかったのは、国家権力に強制されるなら感染リスクを取ってでも「しない自由」を守るという主張ゆえだ。ドイツはナチス党に無制限の立法権を与える法律(全権委任法)を議会が認めたことでヒトラーが「何でもできる」ようにしてしまったことが後のすべての厄災の原因となったが、国家定義どおりの手続きを踏んだのだから「ドイツ国民に責任がある」といわれて反論できるドイツ人はいない。このことをフランクフルト赴任時に金融界の人たちに述べたところ、「ではきくが、日米開戦は誰が決めたのか」と問い返されたことがある。戦争という国家権力行使の最終責任者は誰だったのかという指摘だ。
「東京裁判で総理(東条英機)とされたが、彼は直前まで作戦を知らなかったようだ」と述べたところ一笑に付された。軍の統帥権は天皇にあり総理に権限はな
く、スターリン、ルーズベルトの共同謀略で支那情勢が窮地となり世論も沸騰し「国家総動員法が全権委任法であるかの如く扱われたのを誰も止められなかった」のが実態と想像するが、国家定義を満たさない決定で戦争を始めたという発言は国際社会ではナンセンスで、大日本帝国は国家でなかったというに等しいと思い知った。ちなみに武力を伴った戦争であるフォークランド “紛争” (実質は戦争である)で英国サッチャー首相は自らを首班とする戦時内閣を設置して意思決定を行った。ドイツは意思決定者を法律で処断した(ナチ礼賛は刑法130条違反になる)ことで国家定義に則って戦争責任を特定し戦後80年をしのいでいる。事の重みをかみしめる。
(3)需要喚起は国家の仕事ではない
国家は何でもできるのだから法律さえ制定すれば国家の目的が経済活動への関与を含むこともあり得るが、それが妥当か否かという点はまったく別問題である。論点は、関与を①すべきかどうか、②する意味があるかどうか、の2つである。①については1970年代に国対国の経済戦争をしていた時代に米国との自動車、半導体の貿易交渉を通産省(当時)が担ったことは国益上の意味があった。がん保険を大蔵省(当時)が開放して自動車交渉を有利にする等の業際バーターは民間では困難だったこともある。しかし、現代においては、グローバル企業は多国籍サプライチェーンによる効率化、タックスマネジメントを重要な競争の要素とする時代になり、徴税者である国家が需要サイドに有意に関与する余地は激減した。第二次安倍政権の当初の戦略に第3の矢(成長戦略)があったが、何ら出なかったし、いつのまにか誰も口にしなくなった。当然だろう。需要なき処に成長はなく、需要は国が作れない。異次元緩和(第1の矢)と財政出動(第2の矢)の延長線上に成長戦略が自然に出てくるわけではなかったのである。
②については内在的な限界がある。意味のある関与は物資やサービスの「供給側」(サプライサイド)では可能かもしれないが、消費する「需要側」へは実態
でも法技術的にも困難である。馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない。例えば少額投資における税制優遇制度であるニーサ(NISA)である。「税金をおまけしますから株式・投資信託等に投資しませんか」という趣旨だが、税金の心配は「お金がもうかってから」でいい。「株や投信のパフォーマンスは大丈夫なの?」「はい、それは自分で考えてください、自己責任で」ということだ。理屈として収入の期待値を上げる意味はあるが、それで川まで行く馬は元から喉が渇いた馬だ。そうでない馬が多いから投資による資産形成が進まないという根本的原因の解決には無力というしかない。
「少子化担当大臣」にいたっては何ができるのか不可思議でしかない。要は、子供をたくさん産んでもらおうというのである。しかし子を持ちたいという「需要」を法律の制定という手法で促すのは、北欧のような公務員が多い高税率、高福祉国家でないと難しい。女性の社会進出を促進しながら産んでもらうの
は矛盾という統計もあるが、保育所が増えたから子供をつくろうという以前に、そもそも30代の男性が収入がなくて結婚できないことが問題なのだ。それは積極財政へ転換すれば解決する。それをせず子育て支援しますからアウトソースでどうぞと言われても、その心配は結婚できてからなのはニーサとまったく同じ、供給サイドの役人による底の浅い発想だ。役所が需要サイドに手を出すと必ず匂ってくる「やってます感」満載であり、こども家庭庁の7.3兆円という驚くべき巨額予算は国民に対する高福祉政策の見栄えと雇用創出の数字づくりには資するだろうが、なんのことはない、出生数は統計を取り始めて初めて70万人を下回った。結果は出ておらず、的外れな施策なので今後も成果は出そうもないから、民間企業ならトップはクビで大量解雇ものだ。しかし、それでいいのである。ここまで人も金も投入してやった、しかし人口減少は止められなかった。「やむを得ない、移民政策しかないではないか」となり、そっちでごっつあんの者がたくさん待ち構えている。
需要喚起が国家の仕事ではないことを日本政府が知らないはずはない。国民皆保険(NHS)などの高福祉政策の失敗として世界史に残る英国労働党の「ゆりかごから墓場まで」政策が終戦後の日本における左翼的政策の参考になったことは、
やはり長年の戦禍による厭戦気分からの解放を求めた英国民がそれをぶちあげた労働党の党首アトリーを熱烈に支持し、なんと第二次大戦をイギリスの勝利に導いた英雄であるはずの首相チャーチルをポツダム会談の最中に辞職に追い込んだことで伺える。敗戦した日本ではもとより、英国でも、彼が好んだローマ帝国とは違って軍人は勝ってすらも讃えられなかった。彼はルーズベルト同様に人種差別主義者であり、日本の運命を地に落とした不倶戴天の敵であったが、僕は彼の伝記を読んでこの男は優秀な戦略家だと思った。そしてアトリーを選んだ英国民は、政策の失敗が膨大な財政赤字を生み「英国病」を招くというしっぺ返しを30年たって食らうのである。国民皆保険の我が国が同様の渦中にあることも、日本の賢明な彼らはよく知っている。
しかし、冒頭に述べたように、政府は何でもできる。戦争でも、売春宿の経営でも、民間人大量殺戮用施設の設営でもできる。政権与党はそれを差配して儲ける蜜の味を知り、票を買えることも知っている。大きい政府は役人を利する。彼らは失敗しても失職せず給料は下がらない。デフレになってGDPが何位に転落しようが民間人の購買力が落ちるだけだ。それは役人の相対的な賃上げだからウエルカムである。よって、往々にして政治家と官僚は共犯関係になる(だから米国大統領は前政権の役人をクビにする)。支配できない需要サイドへの投資は財政法第4条をたてに縛り、消費税なる実質的な値上げによる需要の犠牲を原資に供給サイド(輸出企業)の実質減税を行って景気を保つ。これは「おまじない経済学」と揶揄されたロナルド・レーガンのサプライサイドエコノミーの大幅な劣化版である。レーガン政権は冷戦下で「強いアメリカの復活」を旗印に供給サイドによる「軍事支出の莫大な増額」を行い、それに「減税」を伴わせた効果で消費が副次的に刺激され、失業者は減りGDPは倍増近くなって「アメリカ経済は復活した」と成功を誇った(トランプはそれに習うと明言している)。
かたや軍事支出を米国に貢いで吸い取られ、減税はしない日本の失われた30年は1990年代を起点として始まった。このままだと失われた40年も来るだろう。そして中小企業が倒産しようと自殺者が増えようと政治家と官僚は誰も責任
を取らない。彼らは悪人ではない。GHQが組み込んだ米国による構造的搾取体制のファイナンスが必要な以上、国策、国防上の理由から、税収のキャッシュフローを担保する責務を負っていることは同情すら覚える。2000年代初頭に窮地に陥った日本は、一部を役人が独占的に経営していた電信・電話事業、郵便事業、鉄道・航空事業を米国民主党の求めで「民営化」させられ、その役目を負って総理になったのが小泉だ。米国に思うつぼの利益を誘導し、その見返りにいくらもらったかは闇の中だが少なくとも小泉・竹中は米国によるマスコミの扇動を得て国民的な人気を博したことは間違いない。国民は総選挙で泥棒を賞賛する熱狂を見せ、今に至ってその息子まで意味不明の人気者に祭り上げるという救いようのない民度にまで堕落させられてしまっている。政治を変えないと、日本は落ちるところまで落ちる。
(4)我がロンドン赴任とシンクロした「黄金の1980年代」
郵政で小泉がした民営化を考案したのは米国でも日本でもない。英国の第71代目首相マーガレット・サッチャー(1925 – 2013)である。当時(1980年代)の英国は七つの海を制した大英帝国の斜陽が国民を悲観させ、ロンドンは相次ぐ
犯罪やIRAのテロで殺伐としており、失業で活力をなくした若者が昼間からパブで飲んだくれるというすさんだ空気に覆われていた。第二次大戦後に労働党政権がとった社会福祉重視政策の著名なスローガンが既述の「ゆりかごから墓場まで」だった。政権の人気は得られたものの、やがて主要産業国営化の失敗とオイルショックで致命的な財政逼迫を招く結果となり、社会保障負担の増加による国民の勤労意欲低下、既得権益の発生、労働組合の賃上げラッシュとストライキという悪循環から工業生産や輸出力の減退、慢性的なインフレと国際収支の悪化、それに伴うポンドの下落で英国経済は地盤沈下した。これが「英国病」(British disease)である。
僕が留学を終え1984年にロンドンに着任したのはそうした「真っ暗な英国」の真っ最中である。驚いた。これがあの英国かと目を疑うほど若者の浮浪者と犯罪と退廃ムードに満ち溢れていたからだ。失業率は12%でインフレだからそれも当然だ。地下鉄で通っていたが、待てど暮らせど電車が来ない。事故を疑ったが、きくとストライキだった。1,2度ではない、何度もあった。遅刻は厳罰の社風なので仕方なく車通勤に変えた。お客さんの誰と話しても政治、経済に悲観
的で、英国の未来を半ば嘲笑していた。かたや日本は、 “ハイテク産業” と呼ばれた電機、自動車、半導体、電子部品産業の大躍進で世界の寵児の地位をほしいままにした黄金の10年間の入り口だった。世界の金融市場の本丸、ロンドンのシティで働ける!俺たちが日本のプレゼンスをうなぎ登りにしてやる!という、若気の至りながらも証券マンとして痺れるような高揚感を覚えたことは忘れ難い。そして数年後、そのとおりの日が来たのである。シティのトップエリートたちが「日本を無視して金融取引を行うことはナンセンス」と語るようにさえなった。米国による日本の輸出潰しだったプラザ合意(強制的な円レートの倍増)。この窮地を合気道のごとく「円高メリット」と逆手に取り、泣き所だったエネルギー、資源の輸入コスト減を国益に転嫁したのは見事でしかない。日本経済は本当に強かった。赴任時にロンドンに2,3件しかなかった日本食レストランは10倍になった。明治維新で開国して以来、我が国が世界の一等国と認知されたのは日清日露の戦勝だったが、経済力でそうなったのはこの時であることは疑いがない。
ちなみに、この「黄金の1980年代」の総理大臣は以下の面々である。
鈴木 善幸、中曽根 康弘、竹下 登、宇野 宗佑、海部 俊樹
はっきり書くが、政治のリーダーシップによって達成された黄金期でなかったことはご想像できよう。この世紀の繁栄を「バブルであった」とするのもいかにも自虐的で何の得にもならない卑屈な敗者の歴史観というしかないが、1990年に日経平均株価指数がピークアウトしてからの混乱は、豊饒な果実をなんら国力に転嫁することができなかった、
宮澤 喜一、細川 護煕、羽田 孜、村山 富市
なる上記面々に続く厄災のごとき無能無力の政権が米国の策謀によってあっさりと殲滅された結末以外の何物でもないのである。幾ばくかの抵抗を試みた次の橋本 龍太郎政権は米国のさらなる謀略によって潰されたのは周知のことだろう。現代の日本国民を苦しめる「失われた30年」なる国家的大損失は、政局のドタバタに明け暮れたこの政治家たちの治世において始まったことを心ある若者たちは肝に銘じておくべきだ。経済の最前線で死力を尽くして戦った一員として、あの大勝利は何だったのかという虚無感を禁じ得ない。当時流行った「経済一流、政治三流」なる言葉はまさにこれを指しており、今も生きている。
(5)驚いたマーガレット・サッチャーの覚悟
思えば世界的視野でも1980年代は重たい10年だった。我ながら凄まじい時に米国、英国にいたものだと思う。英国初の女性首相マーガレット・サッチャーが1979~1990年まで在任し、米国はロナルド・レーガンが198
1~1989年に大統領であり、ソ連は崩壊・消滅に至る末期(まつご)と断末魔の10年にあった。サッチャーとレーガンは「小さな政府」を標榜し、強硬な反共主義者で共通していた。サッチャーの民営化構想のドライバーは既述の「英国病」だったが、日本経済の大躍進もあった。政治家としての器量は、その日本を敵視せず、英国復活のドライバーにしようとしたことだ。80年代初頭に米国でもエズラ・ヴォーゲルの著書「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」が警鐘として話題となり、ウォートンの授業で話題になったこともあったが、父ブッシュは10年後に大統領に就任すると日本の金融・証券業潰しの大逆襲を仕掛けてきた。サッチャーはそれをせず1986年にロンドン証券取引所を規制緩和する “ビッグバン” で活力ある外資(頭にあったのは間違いなく日系証券だ)を主導的なプレーヤーとして積極的に取り込み、ユーロドル市場取引を急拡大させシティの歳入を大幅に増加させた。物量で圧する米国、洞察と計略で良いポジショニングを取る英国。各々それらしい姿を見せたわけだが、どっちの政権も「数字」で成果をあげ国を富ませたことにかわりはない。政治は企業経営ではないと左翼は言うだろうが、ソ連邦崩壊の最大の原因は資本主義国と比べると見るも無残だった国民の物質的困窮である。何期も赤字の企業経営者と同様、民が貧乏で飢える国の為政者はいくら血筋が良かろうと高邁な政治理論を語ろうと生き延びることはなく、政権を追われるか殺される。これが人類の歴史である。
サッチャーのドル箱であるシティにおいて採った政策は、テニスコートは伝統あるが優勝者が出ないことになぞらえて「ウィンブルドン現象」と揶揄もされた(命名者は野村ロンドン社長だった外村である)。選手が何国人であれ、ロンドンの税収の半分をシティがあげ
るに至ったのだから文句は出ない。外人選手のうち最大勢力だったのが日本の証券会社で、野村が断トツだったことはいうまでもない。1989年の経常利益はトヨタを上回る5千億円(日本一)で、現地社員はオックスフォード、ケンブリッジ卒が当たり前になり、ロンドンの日本食レストランが激増してアジア人を取り巻く文化まで変えたのはその頃なのだ。野村はサッチャー政権と良好な関係を築き、1990年にシティのチープサイドにある17世紀の郵便事業(郵政省)の古跡である巨大な “オールド・ポスト・オフィス”(写真)に移転して“ノムラ・ハウス” と名乗る栄誉を得た。サッチャーが来賓でオープニング・セレモニーをする予定だったが前日に「代理にジョン・メージャー大蔵大臣を送るのでよろしく」と連絡があった。何事かと思ったら翌日に辞任、メージャーの第72代目イギリス首相就任が発表された。その日、ロンドンから帰国したばかりだった僕は、野村の社内テレビ放送で美人の女子アナといっしょにセレモニーの同時中継のキャスターを務めさせてもらった。
サッチャーの強い決意を象徴するものとして、英国民営化省での会議で聞いたギネス担当官の言葉が忘れ難い。1991年に英国電力株式民営化の日本トランシェ引受主幹事に任命していただいた際のことだった。
「組合運動に明け暮れ能力もやる気もなくした公務員に公的事業を任せておくことは輝かしい大英帝国の没落を意味する」
これを言える日本の政治家、公務員がいま何人いるか。これぞ、労働党の負の遺産を一掃するサッチャー政権のコミットメントの表明であり、こうした国家からいただいた大仕事への栄誉で身が引き締まったことを覚えている。サッチャーにはガス、電力、石油、鉄道、航空、鉄鋼、水道、テレコムなど公共財・サービスの提供に関わる国家の屋台骨の産業において、国営企業のままに放置しておくと効率や技術革新で米国、日本の水準に大きく水をあけられてしまうという強烈な危機感があったと拝察する。のんきなお役所仕事ではだめなのだ、民間企業に伍する高いモチベーションで経営させなくては大赤字が累積して国家財政が破綻し、未来の国富を生む研究開発(R&D)も米国や日本に劣後し、国の屋台骨が朽ち果てて二等国に没落する。それには自由主義的な競争原理を注入するしかない。その結論として、公共財・サービスの提供を行う国営企業を民営企業にして株式公開し、新たな株主の厳しい目に叶う経営をさせようという荒療治が選択されたのである。もちろん、国営の立場に安閑とあぐらをかいていた者は大量に解雇され怨嗟の声があがるが、腹をくくったサッチャーはそんなものは意にも介さなかった。
証券界の人間なら誰もが記憶しているが、90年代前半にこのムーヴメントは同様に公共セクターの非効率を抱えていた世界各国に瞬く間に波及して株式のグローバル・オファリングという引受業務の新領域を開拓することになり、我々野村の海外部門はそこで台頭してきたゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーと真正面から激突し、熾烈なマンデート取得戦争を繰り広げた。英国電力公募の日本主幹事マンデートは我々が奪取した。スコットランド電力は大和証券が取った。メキシコの国営テレコム会社テルメックスも同じ流れで民営化するとなって国際金融部の課長として即座にメキシコシティーに飛んだが、主幹事は既にゴールドマン・サックスの手にあり煮え湯を飲まされた。勝ちも負けもあったが、世界の金融のど真ん中でトップ・プレーヤーとして戦った、我が人生でも最高にエキサイティングな時代だった。世界的に澱んでいた公的セクターに強烈な喝を入れた「鉄の女」サッチャーは、もとより最も資本主義的である証券界にまで電撃的なインパクトを与えたのである。
(5)金融市場から目撃した首相の重み
サッチャーは中間階級下層の出である。英国議会にはピューリタン革命で市民(クロムウェル)が絶対王政維持を主張する王族派と闘いチャールズ1世を処刑した血なまぐさい歴史が投影されている。王室、貴族は貴族院(参議院に相当)に封じ込め、庶民院(衆議院に相当)が実質的に国政を切り盛りするが、それでも雑貨商の娘が大英帝国の首相とは大いに新鮮だった。その政治的ハンディからだろう、自助努力をモットーとしてオックスフォードでは化学専攻ながら弁護士の資格を取り財政、税制も学び、エスタブリッシュメント(既得権益勢力)への徹底反抗が「小さな政府」への動機となっていたともいわれる。「天は自ら助くるものを助く」(God helps those who help themselves)。努力する者は報われるべきだし、しない者はそれなりにだ。資本主義に功罪はあるが、経済も社会もモチベーションが駆動力となって前進する。こういう人が現れれば男か女かなど矮小な議論である。
規制緩和、民営化へのもうひとつの伏線が、82年に英国領であるフォークランド諸島をアルゼンチン軍が武力で奪取した戦争だ。同諸島はグレートブリテン島からはるか離れた、異国人にはどう見てもアルゼンチンの領土に見える海域に位置している。それもあって英国病で萎えた世論の一部は奪回に否定的であり、米国や国連が仲裁を申し出もしたが、サッチャーは「侵略者が得をすることはあってはならない」と断固として英国陸海軍による武力奪還を曲げず、アンドリュー王子ら王室、貴族も兵士として出征した。本件は当面のところ第2次大戦後の唯一の本格的武力衝突である(注)が、現在の我が国が尖閣諸島で直面しかねない事態への対応として示唆に富む。これに勝利して奪還成功したことで国民は沸き、それまで不人気だった政権支持率は保守層のみならず急上昇したのである。「義を見てせざるは勇なきなり」とはこのことだ。
(注)執筆当時(2020年)はそうであった
私事で恐縮だが、サッチャー政権はたまたま僕が社会人になった1979年に始まり、米国留学した82年にフォークランド紛争があり、ロンドンに着任した84年に中国に97年の香港返還を約束し、ロンドンから帰国した90年に終焉した。そして僕はその香港返還の年に野村香港社長に就任したのである。これだけ節目の年が一致しているのは不思議なほどだ。11年の政権期間中にこちらは社会人としての基礎ができ、そのうちの6年は彼女の治世下のロンドンにおいて激動の洗礼を受けていたのであり、自由化と金融ビッグバンで英国が徐々に誇りと活気を取り戻すのをリアルタイムで日々まのあたりにした経験はどんな映画よりも迫力があった。格別の自覚はないが、サッチャリズムの思想的影響を受けていて不思議ではないし、尊敬する政治家を一人だけあげるなら彼女をおいてない。
(6)サッチャリズムとハイエク
サッチャリズムは成功の代償に失業率を上げた。万事がうまくいったわけではないが最悪の国難を果断な決意で実行した手腕は政敵も評価した。彼女はまず壊滅的だった国家財政の改革に着手し、身を切る緊縮財政(社会保障費、教育費の削減)を断行して国民の大不評を買った。必要なことをしたまでだが、人気などかなぐり捨てて断行した胆力はアイアン・レディの真骨頂であり、「もしもフォークランド戦争がなければ短命政権に終わっただろう」といわれたほどだ。すなわち、そこで踏み切った開戦は巨大かつ不測の歳出を伴い、緊縮財政と真逆の方向に舵を切ってまた批判されたわけだが、ここでの腹の座り方も凄い。その一手が結果的には大当たりであり、もし彼女がケインジアン政策的な当たり前の手を打ってしまっていたら、財政問題が是々非々の判断の大きな足かせになって舵が切れなかった可能性がある。運もあった。
サッチャーは「共産主義、社会主義が本質的にファシズムやナチズムと同根であり、更に悪いものであり、むしろスーパーファシズム・全体主義である」と説く経済学者フリードリヒ・ハイエク(1899 – 1992)に傾倒しており、反ケインズ的政策を採ったのは当然だ。既述のように、民営化とは政府部門経済を削ぎ落して「小さな政府」とする政策であり、国民はみな勤勉に倹約して自分で健康に生きて行けということであり、規制緩和して外国人も入れて自由に競わせ、役人の役割はそれを監督することだから「大きな政府」は無駄であると説く。「ゆりかごから墓場まで」を巻き戻して高福祉国家のカードは捨てたその効果は僕が着任した84年に日常茶飯事たったロンドン地下鉄のストが翌年あたりにはなくなったことでも体感された。
僕はハイエクの、
「自由主義」と「保守主義」が混同されるのは両者が反共産主義だからであるが、共通点はただそれだけである。保守主義は現状維持の立場であり、進歩的思想に対する「代案」を持たず、たかだか「進歩」を遅らせることが望みである
という思想に賛同しており、以前に書いたように、
人間は現存の秩序をすべて破壊してまったく新しい秩序を建設できるほど賢明ではなく、「自然発生的秩序」が重要で、理性の傲慢さは人類に危険をもたらす
というイギリス経験論者である。どんな選良であれ「市場の参加者の情報や知識をすべて知ることは不可能」であり「参加者達が自らの利益とリスクで判断を下す市場こそが最も効率のよい経済運営の担い手である」と ”経験的に” 考えるからだ。彼が共産主義とファシズムは同じだというのは、どちらも「理性」に至上の地位を与える合理主義だからだ。彼らは理性を敬愛し、市場は馬鹿と思っている。しかし、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、イーロン・マスクのような人材は市場に育つのであって、国が総力をあげてもGAFAやテスラのような企業は人類史上できたためしがない。NVIDIAにいたっては株式時価総額600兆円と日本国のGDPほどで日本人ぜんぶが稼ぐ金額を一社で稼いでいる。仮にそんな会社をもうひとつ作ろうと思った場合に、世界の政治家と高級官僚をぜんぶ集めて経営してもらおうと思う資本家は、賭けてもいいが絶対にいない。
選良とは選ぶ者がさらに上手の選良である必要があり、企業経営をしたこともない経営学の教授が「優」をつけた「選良」が経営者になってうまくいく保証などまったくない。東大法学部卒から図抜けた企業家や経営人材が出てくる体感を僕は経験的にまったく持っていないし、陸軍士官学校、海軍兵学校で主席の連中が決めて指揮した戦争がああいう惨事にもなってしまう。「市場」、「自由主義」とてベストな方法ではないが、選良の指導で理念から入る共産主義がうまくいかないことは世界史が証明済であり、「構成員がまったく同じような思想を持つ強力で人数の多いグループは、社会の最善の人々からではなく、最悪の人々からつくられる傾向がある」(ハイエク)ことの結末としてはびこっている集団が主張する「保守主義」(現状維持の鎖国のたぐい)なるものも、努力と進歩を阻害する害悪であることにおいては共産主義と五十歩百歩だ。
(7)大きな政府という誤謬
くりかえしになるが、政府は民意さえ得れば何をしてもいい。その民意を代表する国会議員がラブホテルから赤ベンツで議事堂に出勤しようと「それがなにか?仕事は回っているので」といわれれば国民は引きさがるしかない。国家、官僚というものは組織防衛本能か
らそうしたスラック(たるみ、遊び)を排除せず、もっともらしい居場所(スラック組織)を作って批判をかわして生き延びようとする性向がある。それがぶよぶよした贅肉として堆積することで「大きい政府」が完成し、放っておけば贅肉にまた贅肉がついて自己増殖していくのである。できもしない需要サイドへの関与は良い例で、高福祉政策の美名をまとって無用の税金を投入するスラック延命策に利用され、格好の票田と天下り先と利権を生む。これはまさしく戦後の英国労働党が目論んだ「ゆりかごから墓場まで」政策の大失敗の原因であり、サッチャーが身を賭して戦った物の正体である。
今の日本を覆い尽くしている政治への閉塞感。これは何だろう?GDPは毎年のように他国に抜かれ、防衛力はおろか経済力までも他国になめられ、低賃金と重い税負担で働き盛りの若者が希望をなくし、自殺者が増え子供は生まれず、財務省解体デモが頻出し、闇バイトやら猟奇的殺人やら教師のおぞましい猥褻行為やら、健全な日本人の常識からは思いもよらぬ犯罪が頻出しだした昨今の我が国。僕はあの「英国病」に冒されたころの英国と似た空気を感じる。この事態を変えられるのは政治しかない。英国は幸運にもマーガレット・サッチャーの出現と些かの幸運によって窮地を脱し、今日に至るのである。
本稿の標題を『権力者であるために権力者でいたい政府』としたのは、そのように腐敗した政府が自らこの事態を変えることはないことをマックス・ウェーバーにまで立ち還ってお示しするためである。それは我々国民の頭上に巣食っている庇護者のふりをしたハゲタカであり、巣の中に子を産んで増殖し、無為無能のまま国を蚕食して滅ぼすか、あるいは、民主主義の体裁を装いながら国家権力という全能による奸計と権力の爪をもって国ごと共産主義にでももっていくことが可能である。この事態を変えられるのは政治しかないが、幸いなことに、日本国憲法がある限り、政治は我々有権者の投票によって変えられるのである。
権力者は権力者であり続けるために権力者でありさえすれば永遠に権力者であるならば、権力を握らせてしまった者はそこに座っているために政策も成果もいらない。「俺は絶対にやめない」という不断の意志だけ表明していればよいのである。「国家の目的は国民に強制力のある規則を制定して維持すること」という『国家定義』に基づけば、その者は存在自体が憲法違反であり、国家が国家であることを望む国民の総意によって排除されねばならない。その装置が「リコール制度」だが自民党にはそれがない致命的欠陥が判明した。世田谷区民の半分ぐらいである人口53万人の鳥取県民ではない99.5%の日本国民は、自分で選んでもおらず、3度も不信任を叩きつけても引きずりおろせない者が民意でない首相談話を発出して子孫の安寧を脅かされて制止もできない。いかなる動機でそれを狙うか不気味でしかないこの男はいったい民主主義に巣食う何者なのであろうか?
猫を宿主とする寄生虫トキソプラズマは、猫にかまれたネズミに感染すると脳を操作して猫を恐れなくさせ、別な猫に自ら食われるように仕向けて繁殖する。誠に面妖としか形容する言葉がない。「選挙で大敗すれば普通は辞める」という昭和の常識に縛られ、「政局」という国民不在のわけのわからないものを弄し、表紙だけすげ替えれば政権維持できるとこの期に及んで考えているなら、自民党は民主主義を無視した政党として消える運命にあるし、猫にかまれて感染したネズミであるならむしろ死んでもらった方が日本国のためだ。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ベルク 歌劇「ヴォツェック」op.7
2025 MAR 18 1:01:13 am by 東 賢太郎
サントリーホールのオペラのあと、ビールを飲みながらMさんに上野の文化会館音楽資料室で現代曲を片っ端からきいた話をしました(このジャンルは廉価盤にならないので買えないなんてさもしい理由も)。ヴォツェックを初めて聴いたのは間違いなくそこですが、誰のだったか覚えてないのはあんまり興味をひかなかったからと思われます。Mさんがミトロプーロスのがありますよというのでyoutubeを探してみました。アイリーン・ファレルのマリー!ミトロプーロスとNYPO!核心をえぐってますね、音も最高だ(改修前のカーネギーホールは世界ベスト5に入る)。こいつは凄いですね、51年録音か・・ひょっとしてこれだったのかなあ・・やっぱり書いておかないといけませんね。
ミトロプーロス盤です
すでにブーレーズ派だった僕は音楽に人間くさい熱量は好まず(だからイタオペはボエーム以外は何を聴いても退屈だった)、ひたすら透明でクールで繊細な音響を求め、正確なピッチで微細な和声変化や対位法に耳を澄ます方向に傾いていました。だからヴォツェックの開眼はブーレーズ盤を待つことになりました。
ブーレーズ盤です
トロンボーンのppのハーモニー、チューバが入って低音になっても濁らない。2幕2場のオーケストラの音彩をこんなに捉えた録音はないでしょう。タイトルロール(ワルター・ベリー)、マリー(イザベラ・シュトラウス)はそれに乗る楽器でこれまた美しい(3幕1場のマリー!)。僕はこれをBGMに快適に仕事ができてます。でもこれがベルクの意図した世界だったのでしょうか?本稿ではその点について私見を述べてみましょう。
人殺しはオペラにつきものです。嫉妬、宿命、復讐など人間のおどろおどろしい感情がひきおこす殺人や不遇の死が物語の主題であって、それがクライマックスを形成して多くはそれで終幕となるのです。悲劇はギリシャ時代からオペラのメインテーマだよといえばそれまでですが、器楽のジャンルには短調で終る楽曲さえ多くない。ところがオペラだと帰路につく観客は殺人罪だ不道徳だという気持ちにはならず、またそうならないように音楽も同じベクトルで構成されてカタルシスがもたらされる仕組みになっている。「カルメン」「トスカ」「運命の力」などを思いおこされればお分かりと思います。しかしヴォツェックはどうか。マリーは貧しい生まれの多情で尻軽な女ではありますが、彼との子供を育て、浮気の後悔から聖書を読む人間です。この殺人はもろ手を挙げて支持されるものでは全然ないのです。ちなみにこれは実話であり、現実のヴォツェック(本名はヴォイツェク、Woyzeck、1780 – 1824)は精神異常の疑いが持たれましたが2年にわたる拘留の間に当時としては異例なほど詳細な精神鑑定書が作成され、責任能力が認められて死刑になりました。
それを戯曲にしたのがドイツの医学者、劇作家で革命家のゲオルク・ビューヒナー(1813-37)だった。これがベルクのオペラを生むことになり、刑死した者の名を歴史に留めることになります。そこには2つの偶然が関与していました。第一に、頭の中に響く奇妙な声に促されて犯行に及んだ様子を描いた20ほどの断片が医学雑誌『Henkes Zeitschrift für Staatsarzneikunde』に掲載され、ビューヒナーは医学者として精神鑑定書に興味をもったことです。後世の心理学者、精神科医であるジークムント・フロイト(1856 – 1939)、カール・グスタフ・ユング(1875 – 1961)を連想させますね。
第二の偶然は、彼が革命家でもあり、搾取されている下層労働者を扇動せんとフランス革命史を研究したことです。そこで「歴史の宿命の怖ろしさに打ちのめされました。ひとりひとりの人間は波間に浮かぶあぶくにすぎず、大立者もほんの偶然の産物だし、天才が統治するも操り人形で、鉄の法則に対してこっけい千万な悪あがきをしているだけだ。これを認識はできても、支配することは不可能だ」と「宿命論の手紙(Fatalismus-Briefs)」に綴った。かような虚無的な歴史観からビューヒナーは戯曲の原稿を書き、それが死後40年ほどして公にされ、1914年5月5日にウィーンのレジデンツェビューネで劇として上演された。それを観たベルクがオペラ化を思い立ったというわけです。
ベルクは何に惹かれたのか?この問いが興味深いのは、事件から90年の時がたつ間に西欧の産業・社会構造は大きく変転して階級は市民の間でさらに分化し、多発する戦争は兵器の近代化を促して殺傷力を増大させ「死の無機化」がおきていたことです。19世紀末のロンドンで売春婦らを猟奇的に惨殺した切り裂きジャックなる者が現われます。犯人も動機も不明で無気味なまま。無機化とはこうしたものです。そしていよいよ西欧はロシア革命~第一次大戦(1905~18)という無慈悲、虚無的で何らの人間的な痛みも感情も伴わない、宗教的な罪悪感すら皆無である大量殺戮が暗黙に正当化される時代に突入していった(現代のウクライナ、ガザもまさにそれであります)。生も死も不条理そのものである空気を吸って生きていたのがベルクであり、ベートーベンの同時代人としては急進的ですらあったビューヒナーの虚無的な歴史観に驚いて共感し、むしろ宿命の哀れな犠牲者であった下級軍人Mr.ヴォイツェクに何らかの同情を覚えたのではないかと僕は考えるのです。ちなみにベルクはフロイト、ユングの同時代人です。
ヴォツェックの殺人の動機は浮気への嫉妬です。それが正当化されるなら19世紀に何千人もの貴族が殺されたことでしょう。そういう現実はない。だからレオンカヴァッロはオペラ「道化師」(1892)で座長カニオに女房と間男を刺殺させた。あってはいけないことだが気持ちはわかる。これがオペラです。だからカニオは悲劇の主人公になり大ヒットしたのです。いっぽう、ヴォツェックは誤って池にはまり死にますが、現実と違って偶然の贖罪で刑死ではありません。だからオペラではマリーは浮かばれない死を遂げたことになっています。これが「不条理の死」というもので、ヴォツェック前後の20世紀作品では頻出しています。ペトルーシュカ(1911)、月に憑かれたピエロ(1912)、青ひげ公の城(1918)、ヴォツェック(1922)、中国の不思議な役人(1926)、ルル(1937)がそれです。しかし現実のマリーは不条理でなく、嫉妬という古典的に手垢のついた条理によって死んだ。そんなものを無調音楽で描いてなんになる?劇を観た奇しくもその年、1914年に第一次世界大戦が勃発して兵役に服する運命になったベルクはそう考えたのではないか。自分の運命も鉄の法則のごとく過酷なものだが、鼓手長、大尉、医者ら上層社会に蹂躙され精神を病んだMr.ヴォイツェクの運命もだ。そこでオペラのマリーは狂人の手による不条理の死を遂げることになったと僕は解釈しております。
アルバン・ベルクの生い立ちを見てみましょう。ウィーンで1885年に富裕な商家に生まれていますから師のシェーンベルクとはうってかわってお坊ちゃんですね。左の写真は2005年に撮影した生家で、路地の奥に見えるのがハイドンが勤めたペーター教会で、モーツァルトが下宿したウェーバー家もすぐ近くです。ベルクは幼い時から音楽や文学に興味を抱き、早熟で、17才のときにベルク家の別荘で働いていた女中との間に女の私生児をもうけ、翌年にはギムナジウムの卒業試験に失敗して自殺を図るなど波乱万丈の若年期を送っています。1911年、声楽を学んでいたヘレーネ・ナホフスキーと26才で結婚しますが、ヘレーネの母アンナはオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の公然の愛人として知れ渡っていた人でした。皇帝の庶子であるとも言
われたヘレーネは気位の高さで知られていましたからベルクは社会や階級について特別の意識の持ち主だったろうし、その眼で見たMr.ヴォイツェクの殺人は我々日本人の常識や道徳観ではまったくとらえきれないものを秘めているようにも思うのです。欧州にいた時にC.クライバーはベルクの庶子だよときいて、未だ真偽は不明ですがその方は欧州の楽界では周知ともおっしゃっており、もしそうなら二人目ということでもありますから、我々にはとらえきれないものの一例かもとは思いましたね。
ヴォツェックの成功はベルクの用いた音楽語法に多くを負っています。この悲劇には無調音楽こそが好適でした。それができる時代に生まれたということはドラマトゥルギーの概念で説明できるかもしれません。人は同じ人間であっても10代は10代らしく、50代は50代らしくふるまう。同じリブレットでも作曲家は19世紀には19世紀らしく、20世紀には20世紀らしく書くのです。ベルクがシェーンベルクほど厳密に12音技法に依拠せず、師にとっては過渡期だった無調音楽で、時に調性へのグラデーションを許容しつつヴォツェックを書いたことは反抗でも後退でもなく、リブレットから掴み取ったエッセンスを表現するに最適とドラマトゥルギーからの判断があったものと考えています(同じことがヴァイオリン協奏曲にも)。それを文学、絵画、建築と同等と考えてよいかどうか、これはハイドンの稿でシュトルム・ウント・ドラングを論じたのと同様の議論になるでしょう。Impressionismが印象主義、その対極としてExpressionismが表現主義と訳されますが、日本語になるとさっぱりわからない。前者では光の当たり方で外面は変わるので別なものと描く。対して後者では内面の発露だから見え方では変わらない(それがどんなに奇矯なものであれ)と理解したほうが近いですね。
例えばカフカの「変身」です。外面は毒虫に変わってしまっても内面はそのままという男の悲劇です。これがExpressionism。ヴォツェックが表現主義を代表するオペラだというのも同様です、つまり、登場人物は言動からして我々の目には全員が狂人なんです。しかし、ドラマトゥルギーとしてはそれが正常であるかの如く作曲家は扱っている。なぜなら登場人物はロシア革命~第一次大戦(1905~18)の無慈悲な大量殺戮の投影の中で生きてる人物群の象徴、カリカチュアだからです。その年代ならその年代らしくふるまう、それがドラマトゥルギー。まるで全員が毒虫の姿に見えるのですが、作曲家はあたかもそう感じてないかのように平然の顔をして書いている、これは二重のドラマトゥルギーなのです。では、そこで用いる音楽語法は?それが調性へのグラデーションを許容した無調音楽だった。彼らの狂いっぷりは、田園交響曲の調子っぱずれなモチーフの「狂い具合」をバロメーターとして象徴的に暗示されます(Mr.ヴォイツェックはベートーベンの10才年下の同時代人。それも暗示)。その意味で、「ヴォツェックは表現主義を代表するオペラだ」なるセンテンスは、ほとんどの場合に言ってる本人もわかってないのですが、大いに正しいのです。
そう解釈すればミトロプーロス盤とブーレーズ盤の違いは明白です。冒頭に聴感上の比較を書きました。しかし、そうした表層的、感覚的なものは評論ではなく趣味(taste)にすぎません。例えばピアノである楽曲を弾く。そのテンポや表現というものが自分のその曲の解釈ですが、それは楽譜の解釈からしか生まれようがありません。他人の演奏をたくさん聴けば音楽についてもっともらしく語れはするのですが、その行為は問題集の解答だけ覚えて学問修得を試みるようなものです。ヴォツェックの場合、オーケストラより歌手の比重、インパクトが大きく、これがまさに表現主義音楽であるゆえんで、どこまで狂って見せるかという声のみならず演技の領域、さらにいうならその歌手の持って生まれた個性の領域まで関わることに言及せざるを得ません(ということはキャスティングの是非になりますが)。
先日、ヴァイグレ / 読響の演奏を聴いて、同作品の歌の重要性を確信しました。特に女性が二人だけで男声の比重が高い、つまり狂った男たちが狂った社会や階級に従いながら従いきれず、戦争という発狂の暴発に至る愚劣のカリカチュアを演じる。それの暗示が衝動で女房を殺すヴォツェックであり、殺されるマリーの方はこの時代だけに現れた突出して狂った女とも思えない。戦争は男がおこし、男が責めを負うことをヴォツェックの悲劇という形に仮託したストーリーであり、その印象を最後に登場する無辜の少年合唱がいやが応にも高めるという計算が精緻になされたオペラです。
その観点からすると、タイトルロールが決定的に重要という結論になります。ブーレーズ盤のワルター・ベリーは美声ですが声質にいまひとつ毒がなく普通にいい人の感じがあり、ブーレーズは殺人に至る落差を埋めるためオーケストラ・ドライブの高揚で圧倒します。それ自体が狂気を孕む見事なものなのですが現実感が薄い。ペレアスのようなお伽の国にも思える設定ならいざ知らず、ここでは人格にリアリティを持たせてこそ狂気の恐ろしさが増幅されます。つまり、普通の人が追い込まれて殺人を犯すのではなく、いつやってもおかしくない連中が普通な顔を装って街を歩いてる。それが第一次大戦前後の空気だったわけです。ミトロプーロス盤のマック・ハレル(チェリストのリン・ハレルの父)はやや線が細いが崩れやすい亭主をうまく演じてます。ただ、あくまで同盤の白眉はアイリーン・ファレルのマリーであり、この人はワーグナーからポップスまで何でも歌え、深みはないが爆発的なダイナミクスを誇ることで役にぴったりの “いい具合に空っぽな女房” になっています。一方、ブーレーズ盤のイザベラ・シュトラウスもワーグナー歌手ですが、彼の好みなんでしょう、その割にデリケートで知的な感じがしてしまい、マリーのキャラとしてはどうか。個人的には好きですがこの作品ではドラマトゥルギーが非常に重要だということですね。ちなみに、調べてみるとダブル不倫になった指揮者と心中し45才で亡くなっています。
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日本民族の宗教観はスピノザ的である
2025 FEB 21 21:21:42 pm by 東 賢太郎
金星が明るいです。西空に高いです。2月15日に1等星の100倍の明るさになりました。なんたって目立つし、夜明けに出たと思えば宵にまわったり、位置も明るさもコロコロ変わる金星は子供心に気を引かれる存在でした。天文図鑑によるとどうやら地球の兄弟らしい。位置が微動だにしない北極星やオリオン座はというと、こっちは遥か遥か遠くの存在で、太陽はその仲間のひとつであって地球はその周りを回っている。そういう遠近感というかスケール感というか、気絶するほど巨大な空間が頭上に開けているというぴんと張った感覚。これが頭の中にプラネタリウムみたいに設定され、空間は英語でスペースですからそれがいわゆるひとつの “宇宙” であって、僕にとってそれは宇宙人とか宇宙戦艦ヤマトとかそういう類いのものではなく、すぐれて「静的な物質的存在」であり、いまでもそうあり続けてます。
そうすると、たまたま生まれた地球と呼ばれる物体の、その上に立って、いま空を眺めている自分は誰なんだろうという謎かけのような漠たる疑問が自然と泉のように湧き出てきたのです。それが何歳ぐらいのことだったかは覚えてませんが、ここに書いた学園祭の出来事が7才なのでそれよりは前でしょう(99.9%の人には言わないこと | Sonar Members Club No.1)。とても大事な理解は、その疑問は天文学や物理学では解けないということです。星を素粒子まで分解して解明しても、どうしてそれが「在る」のか、どうしてそれを在ると判断している自分(の意識)が「在る」のかは説明できないからです。それを解くにはどうしても哲学に踏みこむ必要があるということを、13年後に、その学園の講義で知ったのです(ハイドンと『パルメニデスの有』 | Sonar Members Club No.1)。さらに後になってショーペンハウエルやデカルトの本を読みましたが答えは書いてない。ところが、やっぱり同じことを悩んだんじゃないかと思える男の本に出会って勇気づけられたのです。それがオランダの哲学者スピノザ(1632 – 1677)のエチカです。
デカルト(1596 – 1650)については私見を述べました(学校で学んだことでなお残っているもの (3) | Sonar Members …)。スピノザはその方法論の偉大な後継者です。アムステルダムの富裕なユダヤ人貿易商の子に生まれますが、聖書、ユダヤ教と異なる宗教観を唱えたためにコミュニティで異端者扱いされ、シナゴーグから石もて追われます。父のビジネスも負債だらけで立ちいかなくなってしまい、やむなくレンズ研磨で生計をたてますが、怯むことなく自己の哲学を「エチカ」-幾何学的秩序によって論証された-に総括して2年後に45才で世を去りました(ちなみにレンズ研磨者としても欧州最高の1人で、顕微鏡を作った “微生物学の父” レーウェンフックのレンズは彼のもの)。そうしたエンジニアに通じる知性はエチカの副題に明白で、ユークリッド幾何学的な体系をとった演繹法でロジックを積み上げる様は壮観であります。まず尋常でないのは高等教育を受けず独学でエチカを書いたこと(音楽ならモーツァルトに匹敵する天才と思料)。次に、自ら宇宙の謎を解き確信に至った信念をもって聖書の「神」という既成概念をぶち壊したこと。ユダヤ教であれキリスト教であれ神は当時の万人の精神的基盤であり、王侯貴族の権力のフェークのレゾンデトルであり、さらに世俗的には膨大かつ強大な宗教シンジケート構成員の飯の種であった、それのアンチテーゼを唱えるのはガリレオ・ガリレイの例を引くまでもなく身の危険があり、現にスピノザも殺されかけました。緻密なロジックを積み上げたのは信念の正しさへの自省であると同時に、既成勢力の攻撃に対し反論するなら来いと身を守る屈強の鎧(よろい)でもあったと考えます。
第一部「神について」の根幹「すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物もありえずまた考えられない」(定理15)という非人格的な神概念の設定は斬新です。ゆえに無神論と攻撃されましたがデカルトの前例があり誰も有効な反論はできなかった。神がすべての結果の原因で、しかも自らは何の原因も要しない万物の内在的原因であり(神即自然)、万物は神がそうあるべく決定した通りにあってそれ以外のあり方はない。自然に偶然はなく原因のみがあって目的というものはない。つまり人間が自由な意思で目的を持って行動することで世の中は成り立っているという目的論的世界観を全否定したのが画期的です(人間があると思っている自由は実はない)。つまり思惟(観念)の世界と延長(物質)の世界に因果関係はないが、ほぼ同時に起きているのは両方とも神が造ったから(心身平行論)とします。北極星やオリオン座が在る理由はなく、神がそう決定した通りに在り、空を眺めて自分は誰なんだろうと漠たる疑問に困惑している自分も神がそう決定した通りに在る。この宇宙観は一見すると人為的ですが、そう仮定することで解はここにあったと腑に落ちる(包括的整合性がある)ことから信奉するに至りました。
何が腑に落ちるかというと、観念も物質も、意思も行動も、物質も精神も時間も因果も感情もすべて神が決めた(”プログラム” した)とするならシミュレーション仮説とも、量子力学とも、ゼロポイントフィールド仮説とも、ヒンズー教由来のアカシックレコードとも根本的なところで矛盾しないからです。我々が観測できる宇宙は質量の4%しかなく96%は正体不明のダークマター、ダークエネルギーであることがわかっていますが、量子論の二重スリット実験のごとく観測によって見えなく(ダークに)なる物質かもしれず、在るのかないのか、在るならば物理的に何か、何のために在るかを考えても意味はなく、何の因果関係もない我々の思惟(観念)が正体を見出すことはない、何故なら神がそのようにプログラムを書いたものだからというものかもしれません。その前提で僕がイメージするのはスタニスワフ・レムがSF『ソラリスの陽のもとに』で描いた「海」の汎宇宙版で、小説ではそれは意志をもって人間をトリックするのです。そのトリックは異常に(非現実的に)リアルであって、まるで生身の人間(死んだ彼の妻)という記憶や触感を伴った三次元ビジョンが人間に観測できる、つまり思惟(観測)させることができる、だから、そのことにおいて自分も存在する(我は思惟しつつ存在する)。この小説は映画化され、それを観て漠たる恐怖を覚えたのですが、1度目は何が怖かったのかわかりません。もう1度見返して、根源はそこにある、つまり、トリックして最後は自分を殺す犯人は実は自分だという所にあったことに気づきます。これは量子論のマルチバース(多宇宙)の置換のようでもあり、量子論と対立したアインシュタインも「信じるのは人間の運命と行動に関心を持つ神ではなく、スピノザの非人格的な神である」と述べているのだから包括的な哲学というしかありません。僕も長年星を眺めてきた直感から唯一絶対の神の存在を確信しており、複数ある宗教はその表現の多様性であって同じ富士山を四方八方から眺めていると考え、決して無縁ではいられず怖ろしさを体感し、しかしそれを考えるのは無為なことと観念しているのです。我が家は浄土真宗ですがそれは先祖がそうだったということで、個人的には何教徒でもなくスピノザ的な非人格的な唯一の神を信じ、神社でも寺でも教会でもいかなる宗教施設においても、その絶対的な存在(being)に祈っています。
以上のようにスピノザの哲学は神即自然(汎神論)といえるものであり、徹底した西洋の合理主義の産物ではあるのですが、一方で、我が国の「八百万の神」(自然界のあらゆるものに神が宿る)という神道にも通じるように解せるのは大変興味深い。神道はすべてのものに魂があると主張するアニミズムとされますが、それは生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは精霊が宿っているという考え方です。八百万(やおよろず)という言い方が象徴しているように“神”は民衆の周囲にあまねく存在するもので、姿かたちがないがないため「祭礼の度ごとに神を招き降ろし、榊・岩石や人などの依代(よりしろ)に憑依(ひょうい)させることが不可欠」でした(憑き物になるという考えは能、狂言にも現れます)。何にでも憑くゆえに「八百万」であるのです。明治政府によって国家神道となって神社ができてもご神体がないのは、姿を特定できない以前にそもそもが汎神論的であったことが理由ではないでしょうか。
だから神道は偶像を拝む仏教とは水と油であって、便宜的、慣習的シンクレティズムである神仏習合は本来不可能なのです。当初は理解が浅薄で、神仏をも丸呑みしてしまうほど日本人の宗教観はおおらかで “多神教的” なのだと考えておりました。恐らく、現代の多くの日本人はそう考えているのではないでしょうか。しかし、「鰯(いわし)の頭にも信心」は鰯を拝んでいるのではなく、対象となる神様(精霊)に鰯という魚の精神的な性質を見出して拝んでいるのでもありません。そこに精霊である神様が宿っており、何に宿っていようが「精神的本質が統一されている」と感じるから拝んでいるのです。ということは、古来の神道は「すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物もありえずまた考えられない」(エチカの定理15)に該当する汎神論(すべてのものは、それぞれの精神や魂を持つのではなく同じ本質を共有している)であったと考えられないでしょうか。多神教とは神の類似品が多くあるという意味です。多が大きくなれば無限であり、無限とゼロは数学的に等価ですから無限の多神教は一神教だからご神体がないと考えられないでしょうか。
神道の存在は江戸時代に本居宣長らの国学者が古道として再構成し、明治政府が国家という新統治概念の思想的背景として統一するまで歴史の表舞台にはあまり現れませんが、脈々と日本人の精神構造の中で生き続けていました。僕は香港に2年半住んでいる間に東南アジア主要国はほぼ訪問したのですが、寡聞にして、日本人はアジア人であるからどの国民ともある程度は同質的だろうと思っていました。しかし、知れば知るほどそうではないのです。皆さんご自身でお考えになってみてください。古来より「清めの文化」が日本だけにあるのはなぜでしょう?中国、韓国、シンガポールのトップスクール(最難関大学)の男女比はほぼ50/50ですが日本だけ80/20なのはなぜでしょう?そして、なぜどれだけ武士の天下になっても万世一系の天皇が脈々と続いてきたのでしょう?
以上から僕は日本民族が根底で共有している宗教観はスピノザ的な側面があると結論しました。同じ聖書を信じながら偶像崇拝を禁じるユダヤ教、イスラム教ではなくそれを許容するキリスト教が欧州世界を制覇し、日本でも偶像のない神道は仏像を許容する仏教と混交することでて徳川幕府の統治の道具となった。即物的に見れば、人間がビジュアルに弱いという盲点を突いた宗教が栄えたといえるかもしれません。しかし、「北極星やオリオン座がなぜあるのだろう」という疑問に答えるためには、統治に使えるか否かは何らの貢献もありません。伊勢神宮、明治神宮、靖国神社の存在に我々は国家という認識を否応なく付加していますが、神道の精神は皇室にとどまらず、国家がなかった時代から民衆のプライベートな空間で仏教や祖霊信仰と混交しながら心の深奥に脈々と根づいて途切れませんでした。それは例えば家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る習慣だった初詣(はつもうで)が、それをしない日本人はほとんどいないほどの国民的行事になっていることからも伺えます。神道という日本人の民族性の根幹は僕の知る限りどの外国人にも一切見られぬ特質、美質であって、国家が国のかじ取りを誤ろうが未来に途切れることがないスピノザ哲学の如きレジリエンス(弾性エネルギー)を有することを確信しています。政治がいくら堕落しようと絶対に触ることのできないサンクチュアリのようなもので、日本よりもっと堕落する可能性のある世界の政治状況の中に置かれても、北極星のごとく不動の位置を占め続けることができるということです。
最後に、今を時めくイーロン・マスク氏です。彼は履歴を見るに資質的に理系的、エンジニア的人間と思われ、ペンシルベニア大学ウォートンスクールで物理学士と経済学士を1995年取得したと主張し、学校は2年後の1997年に授与したとしているようです(wikipedia)。物理と経済のダブルは日本では東大理学部数学科に入って経済学部に転入した日銀の植田総裁しか知りませんが、別に変わり種でも二刀流でもなく、経済学は日本的仕分けなら理系学問でその仕分けの方が変わり種なだけです。そんなことよりマスク氏が専門バカではなく哲学書も読みこんでクロスオーバーな関心をもっていることのほうがよほど重要です。こういう人は日本ではあまり見たことがありませんがGAFAのトップは口を揃えてビジネスには数学と哲学が大事と発言しており、日本人とは最も精神構造が異なると思える点です。縦割り社会のそれぞれでトップになろうという人と、宇宙原理を解読しようという人は人生のモチベーションがまったく違います。クロスオーバーもクロスボーダーもへったくれもないわけです。彼がそういう学習プロセスを経て自分なりの哲学を確立し、それをビジネス化していることに注目です。
https://youtu.be/YRvf00NooN8?si=_vleSRZkwr6Oh-HT
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ハイドンと『パルメニデスの有』
2025 JAN 20 16:16:20 pm by 東 賢太郎
ハイドンが40才で作曲した太陽四重奏曲Op.20を鑑賞したのは、2005年に買ったウルブリヒ弦楽四重奏団のCDで目覚めてからです。シューベルトやモーツァルトが亡くなった年をこえて完成されている作品にそうなってしまったのはなぜか。理由は3つあります。①ジャンルでカウントするので作品番号20が若書きに見えた➁曲名が意味不明(出版時の表紙に太陽の絵があっただけ)③シュトルム・ウント・ドラング期という解説が不勉強で意味不明。
ということで、要は「高級品」に見えず食わず嫌いしていたのです。そんな曲を長時間かけてきく意味を感じませんし、レコード屋でなけなしの金で何を買おうかとなって、並み居る高級品の中でそう思えない2枚組を選ぶことは50才になるまで一度もなかった、そういうことです。僕において高級とは希少性や値段の意味ではありません。英語ではluxury, premium, high-endなどですが、やっぱりどれでもない。高級の「級」は段階、「高」は比較で、それは受け取る人間が判定します。同じワインを飲んでどう思うかは十人十色で、皆さんが「赤い」と思っている色彩もそうであることがわかっています。つまり、判定している対象物は「あるがまま」で一個ですが、している人間が十人十色なのです。
この「ある」(有る)を突き詰めた思想家がパルメニデス(BC515/10〜450/45頃以降)です。大学で最も難解だった授業というと、哲学の井上忠先生による『パルメニデスの有』に関する講義をおいてありません。これが日本語と思えぬほどまったくわからない。ソクラテス以前の思想が理解できないショックは駒場のクラス全員が少なからず共有したのではないでしょうか。なんでこんなわけわからんものをと思いましたが、あれはたぶん思考訓練だったんですね。叙事詩の解釈が哲学になり、完全なものは球体をしているなんて宇宙的な命題が忽然と表明される。そういう講義は寝るんですが、先生の訥々とした話しでシュールな時間が流れ、打算なくそれに浸るのが教養だという贅沢感を噛みしめました。はっきりいって講義内容はほとんど理解しませんでしたが哲学は面白そうだという直感と、ギリシャ行きてえなあという夢が沸き起こりました。10年後に真夏のパルテノン神殿に立った時の心の底から噴き出す歓びは昨日のことのように覚えてます。
無知を悟り、これを端緒に哲学をかじり、「有るは認識」の理解に至ります。アリストテレスの『形而上学』につながること、言語が与える思考の呪縛は現代でも世界を支配しているという理解は生きる上で有益でした。感覚よりも理性(ロゴス)を優先する理性主義もロゴス=言語ですから明快に定義された言語によって進められるべきで、古代ギリシャの政治がそうだったし現代もディベートが基本でない国は西洋にありません。G7国だと自慢するならそれなしに民主主義などあり得ないわけで、言語で政策も語れない総理大臣が選ばれる日本とは何なのか、非常に示唆に富みます。ご興味ある方は先生の学位論文要旨をどうぞ。
http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/gazo.cgi?no=213152
ワインはパーカーの点数が高ければ誰にもおいしいわけではないです。十人十色では収拾がつかないので多数派がいいね!と言うと「おいしい」というタグを貼るのです。それが「級」で、いいね!が六人より七人が上、これが「高」です。両方合わさって「高級」。レコード屋でなけなしの金で買う最低基準より上のクオリティの音楽。これが僕の「高級な音楽」の定義で、太陽四重奏曲は3つの誤解で「不合格」にしたという失敗例をお示ししました。クラシックといってもベートーベンすらまったく感動できない作品はあるし、人間だから性の合わない作曲家もあるし、そういう曲を僕がブログに書く意味がありません。「名曲名盤おすすめ」みたいな本がありますが、本になるほどたくさんのおすすめ曲がある人は「合格点のバーが低い」わけで、クラシックという嗜好品でそれとなると太陽の絵で楽譜を買う人向けということになりましょう。
LP、CDの音源を所有する楽曲のカードは家に約300枚あります。感動できない作品、性の合わない作曲家の作品もあるとはいえpetrucci等で楽譜も調べて耳と目で楽曲をそこそこ記憶しております。ここまで行くと消費した時間もそれなりで、本業には微塵も関係ないのに人生をかけてしまったホビーでした。それでもブログに残したいのは旅行記のようなものだからです。面白いという方がおられればそれはそれですが99%は自己満足です。元気ならば半分の150曲ぐらい、深く書きたいのはもう半分の7~80曲程度でしょうか。僕はプラトンのイデア論の信奉者ですから感動の根源は100%楽曲にあると考える主義で、つまらない曲だって何度も聴けばわかるという経験論は否定します。パルメニデスの説くとおり「無が有ることはない」のです。
演奏なしでは楽曲は認識できませんが、ストヴィンスキーが述べたとおり「鐘は突けば鳴る」で、正確にリアライズすれば感動できるように楽曲はできています。だから演奏はよほど酷くなければ良し。毎日ピアノに向かってシューベルトとラヴェルを弾きますが、そんなレベルでも感動。そうなるように音を組成する作業がコンポジション(「一緒に置く」「組み立てる」が原意)で、どっちも指が感じる「いい所に音を置いてるなあ・・」という匠の技への感動なのです。あらゆる芸術家の中で作曲家と建築家はエンジニアであるというのが僕の持論です。エンジニアは理系です。モーツァルトはひらめき型の天才ではありますが、ベースとなった能力は卓越したエンジニア的学習能力で、3才で精巧な大型プラモデルの設計図を読み解いてあっという間に組み立ててしまう類いの神童であり、それが魔笛やレクイエムを生んだわけではありませんが、それがなければあの高みまでは至らなかったでしょう。「可愛らしいロココのモーツァルト」的な表現は僕からは千年たっても出ません。あっても一時の装いで彼の作曲の本質に些かの関係もありません。
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732 – 1809)が18世紀後半にかけてシュトルム・ウント・ドラング期を生きた人であるのは事実です。絶対王政時代のバロック音楽(厳格なポリフォ二ー音楽)を脱した旋律+伴奏の「ギャラント様式」(ホモフォニー音楽)の装飾や走句を多用する明るく明快な音楽がフランスに現れますが、羽目をはずさない均整の取れた音楽であり、そうではなく、主観的、感情的スパイスを加えて気分の急激な変化や対立を盛り込もうという「多感様式」のホモフォニー音楽が北ドイツに現れます。これが同時期にドイツ文学に出現した概念を援用してシュトルム・ウント・ドラングとも呼ばれるものです。代表格とされる作曲家は大バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788、以下C.P.E.バッハ)です。ウィーン少年合唱団員だったハイドンは音楽理論と作曲の体系的な訓練を受けておらず独学でしたが、名著で知られるフックスの『グラドゥス・アド・パルナッスム』の対位法と、後に重要な影響を受けたと認めるC.P.E.バッハの作品を研究したことが知られています。
独学をベースに古典派を形成して弦楽四重奏、交響曲で「父」の称号が与えられるハイドンのエンジニアリング能力も驚くべきですが、「音楽家は自分自身が感動しなければ、他人を感動させることはできない」と主張したC.P.E.バッハの影響下でソナタに短調楽章やフーガを入れるなど「多感様式」の特徴を取り入れた音楽を書いたのも事実です。問題はそれを1770年代後半の文学運動に対する語に当てはめて呼ぶかどうか、それに何か看過できぬ理由や鑑賞への利益があるかどうかというだけです。C.P.E.バッハの影響はモーツァルトにもあることから、私見は否定的です。明白な痕跡として、1753年作曲の6つのクラヴィーア・ソナタより第6番ヘ短調(Wq.63-6)の第1楽章をお聴きください。
ピアノ協奏曲第20番K.466第2楽章で激しい短調になる中間部に現れる印象的な和声進行が聴きとれます。ソナタに短調楽章やフーガを入れるばかりかC.P.E.バッハを1785年に引用までしてるのですから、外形的には「モーツァルトはシュトルム・ウント・ドラングの作曲家だ」と主張しても誤りではないですが、少なくともそうレッテルを張る人を知りませんから同じ外形のハイドンだけにそう主張する根拠もありません。モーツァルトはハイドンを模したとされますが、K.466の例はハイドン経由でなくC.P.E.バッハの直輸入です。
二人は親子ほどの年齢差があるという反論がありそうですが、彼にはハイドンより13才年上の図抜けて有能な父親というマネージャーがいたため著名作曲家の楽譜へのアクセス環境は劣らず、息子の学習能力はこれまた図抜けていたのです(父子で当たり前のように交わしていた他人の楽譜の品評が書簡集で確認できます)。ハイドンは温和な性格でモーツァルトと友好関係にあったことは、一緒に四重奏を演奏し、その勧めでフリーメ―ソンに入るなどから事実でしょう。しかし弟子にしたイグナス・プレイエルほどのメンターシップを見せるまでではなく(そこはレオポルドへの配慮かもしれませんが)、仲は良くとも能力が拮抗したエンジニア同士ですから、テスラとエジソンではありませんが、二人はC.P.E.バッハの様式の導入においてライバル関係にもあったと考えるのは不自然でないでしょう。
ハイドンは1768年~1773年頃にシュトルム・ウント・ドラング期とされる特徴をそなえた楽曲を多作します(交響曲第26~65番、太陽四重奏曲を含む)。それが12~18才のモーツァルトの研究対象となったことは間違いありませんが、なぜハイドンが舵を切ったかは諸説あります。最も信頼できるのは1776年の自伝にある以下の言葉です。
私は(エステルハージ侯爵の)承認を得て、オーケストラの楽長として、実験を行うことができた。つまり、何が効果を高め、何がそれを弱めるかを観察し、それによって改良し、付け加え、削除し、冒険することができた。
この発言、とりわけ「実験」(Experimenten)という言葉ほど、彼が(作曲家がと言ってもいい)エンジニアで理系の資質の人であるという僕の主張を裏付けるものはありません。こういう人の行動や事跡をあらゆる文系的な要素だけを取り出して解釈するのは、はっきり書きますが間違いです(僕もそういう人間なので)。彼はウィーン合唱団時代からC.P.E.バッハを研究して影響があったことを認めていますが、自分はさらに冒険したのだ、世間から孤立した私には、自分を疑わせたり、困らせたりする人が近くにいなかったので、私はオリジナルになることを余儀なくされた、と断言している孤高の人なのです。その意味で、モーツァルトも同様です。唯一ちがうのは、彼は大バッハ、その息子たち、ヘンデル、ハイドン以外の作曲家は父も含めて歯牙にもかけずオリジナルになったことです。後世の学者を含めた普通の人が想像する世の中の風潮、他愛ない流行、良好とされる人間関係、思慕の念の如きものを僕は一切排除してザッハリヒに物を見ます。才能が才能を知る。「あるもの(有/在、ト・エオン)はあり、あらぬもの(非有/不在、ト・メー・エオン)はあらぬ」(パルメニデス)。
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ADHDだアスペルガー症候群だという病気
2025 JAN 4 19:19:23 pm by 東 賢太郎
机の両脇の盛大な本の山は何年もそのままです。ついに60代最後の大晦日だ、やるか、と一念奮起して大掃除していると底の方から買ったことも忘れてる一冊を発掘。めくってみるとこれがとても面白く、掃除を忘れます。日本マイクロソフト元社長の成毛眞氏の著書で、ご自身がADHD(注意欠如多動症)だという数々の体験を書かれており、さらに読み進むと「大掃除で出てきた本を読みふけって掃除を忘れる」とあって、なるほどと台所におりていき妻に見せると「だから言ってるじゃないの」と5秒でおわり。歯に衣着せぬ従妹にそう話すと「ケンちゃん、あなたはいいけどね、奥さんがいちばん大変なのよ」と説教され、そういえば本人には「私でなければあなた3回は離婚されてるわよ」と諭されてる。成毛氏も奥様は免疫ができていて助かると書いておられる。そう思ってこの本を5年前に買い、持ち帰ると忘れて山に埋もれてしまったものと思われます。
たしかに同書は「あるある」だらけで、例えば「忘れ物やなくし物」の常習犯で、高校で野球のネットの鉄柱を電車に忘れてきて過激派と思われつかまりかけたし、メガネは東京とロンドンと北京で計3つ紛失しており、傘の柄には娘に猫印をつけられてます。「机や部屋が汚い」のに物を置く時の1度の角度のズレには厳格。「興味のないことはすぐ飽きる」はそれ以前にいたしません。好いた惚れたと心の行間を読む純文学は退屈極まりなく学生時代に読みふけったのは推理小説と哲学書。「思い立ったら即行動」は顕著で、成毛氏の「妻も衝動買い」はご同慶のいたりです。「自分の話ばかりしてしまう」のは常。空気読まない。他人の言うこときかず、仕事で怒鳴っても翌日あっけらかん。会社で権力を持ってしまって助長された所もありますが、まあ元から持ってないとそうはなりませんね。しかし、発達障害はしっくりこず妻に「だって俺は言葉や数字は一番の子だったよ、しかも証券業やったんだよ証券業、対人関係で困る人なわけないだろ」といってます。
何が違うのか知りませんがアスペルガー症候群というのもあります。こっちの特徴を見ると「興味や活動の偏り」は大いにあり、「不器用、字が下手、器械運動だめ」もあり、「失敗することを極端に恐れる」は真逆なれど「ゲームに負ける、他人に誤りを指摘される」は嫌いで、だから独学に徹したかもしれません。「言葉を文字通り解釈する」、これはありますねえ、言葉は僕にとってそういうもんで英語の方がピタッときて心地よい場合がママあって京都言葉は異国語。注意深く吟味して発した言葉を相手が分かってなかったことが数秒後にわかるとそれだけでその話は打ち切ります。しかし「ルール化する」、「非言語コミュニケーションが不得意」、「臨機応変な対応が苦手」、「同じような動作を繰り返す」は全然ないですね。
こうしてちゃんと育って70にもなっちまうんだから何でもいいんですが、僕は 人生、特に成功とも失敗とも思ってません。成功者の成毛氏が「武器である」と積極評価されるのはコンプレックスになっている人に力を与えて良いことだと思いますが僕の場合は良かろうが悪かろうが personality なんだからどうしようもないんですね、僕のことが嫌いならそうですかで即おわりで、どう暖かく見守ってもらっても「みんなで仲良く」の日本社会では損です。だから生活に支障が出る方もおられるだろうし場合によっては救済も必要で、医学的に障害としないと行政が保護できないことは理解します。しかし医師でもない人が言いたがるのは、色覚障害もまさにそうで人間の悲しいサガというか、見ているこっちがこの人はそこまで恵まれてないのかと気の毒になる現象でもあります。もし言われて不安になっている方がおられれば一笑に付してくださいね。あなたが世界でオンリーワンの存在なことは神様が「そうだよ」と認めてくれますし、もしお会いすれば僕が自己肯定できるようにしてさしあげます。
その逆に、織田信長、アインシュタイン、モーツァルトも「それ」だったと騒ぐのはこれまた甚だしくインテリジェンスに欠けますね。モーツァルトがそれだったとしても、だからって名曲が書けるわけないでしょ。天才もいる資質なんだと言いたいなら犯罪者もいるかもしれません。つまり世の中のためには一文の価値もない駄説です。ワーグナーの楽劇のスコアを見たことのある方、あの分量は他人の楽譜を機械的に書き写してもそれで一生終わっちゃうぐらいで、つまりあんな質量とも人知を超えたアウトプットができる人たちはそんな些末な議論はブチ越えています。「でも、それADHD、アスペなんです」なんて軽いタッチで言えちゃう人は「あの芸能人、実は “アレ” だった!」みたいな下世話なネタ好きが本性で、悪いけどそっちのほうがよっぽど病気なんです。医者ではありませんが僕はベートーベンはパニック障害という稿を書きました。それは彼の特定の作品についての仮説であって作曲能力のことではなく、なぜそう思うかは帰納法的に経験的論拠を付してます。そう考えることで僕はエロイカやピアノソナタ第28番の凄さをより深く味わえる体験をしたので、そういう人も広い世界にはおられるだろうと信じるからです。
「極端に変わってる人こそ活躍できる時代がやってきた」と本の帯にありますが、日本は万人に同質性が求められるからそれは大多数と同義で、それがぜんぶ活躍してハッピーだったなんてことは人類史上一度もありません。活躍した人は実はみんな異質でしたが歴史が同質的に描いてるだけです。時代にも人種にも関わらず図抜けて活躍する人は0.1%もいないので大多数の普通の人の目には「極端に変わってる人」に見えるだけのことであり、今も昔も、たぶん石器時代でも、そういう人が権力も資産も握って子孫繁栄もするのが人間社会の根源的な姿だから活躍したにきまってます。だから「極端に変わってる人」だからこそ活躍できる根源と程遠い社会などできるわけないし誰も望んでないし、常識的だけど能力は図抜けてる人がいちばん安全で有利であることは今後も変わらないでしょう。実につまらない結論ですが。
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学校で学んだことでなお残っているもの (3)
2024 DEC 29 9:09:30 am by 東 賢太郎
どうして鉄の匂いが好きなんだろう?
そう考えだしたのは小学校のクラスにそういう子はひとりもいなかったからです。みんなと姿かたちが違うというのはありましたが、鉄についてはもう劇的にメガトン級に違うわけで、そういう人たちと何をして遊べばいいのかわからずなかなか仲間にはいれませんでした。
沸点1535°の「鉄の匂い」を知る人はあまりいないでしょう。嗅いだのは小田急線が登戸から和泉多
摩川駅に向けて速度を落とす下り坂でブレーキ(鉄)と車輪(鉄)がキイキイ悲鳴を上げて擦りあい、摩擦熱で溶解した部分が台車から夜陰に向けてオレンジ色の花火のごとく散りばめられた時です。細かなものは鉄粉となり錆びて線路の砂利を赤く染めます(これは火星の色ですね)。何台も通るのをしぶとく待ち受けていると時に大きめのがポトンと踏切の線路わきに落ちます。ここぞとばかりそれを拾って箱に入れた時にのみ匂いは仄かに感知できるのです。楕円形で薄い煎餅ぐらいの大きさで淵は指が切れるぐらい鋭いイガイガがあり、表面は艶やかな銀色です。光があたると虹色に輝くのが美しく、誇らしげに親に見せたらお前何やってんだと大変な騒ぎになりました。この鋳鉄制輪子による踏面ブレーキが廃止されて機会は消滅しましたが、電車の車輪と線路にどうしようもない衝動的関心をもっており、将来の夢は鉄道会社に入って保線の仕事について毎日線路を調べることでした。
鼻血が出たときの血が同じ匂いであることに気づいたのはのちになってです。父から酸素を運ぶヘモグロビンは鉄を含んでおり、血は鉄の赤色素で赤いと教わり
ましたが、さらに中学ぐらいになって、重金属元素Fe=鉄は地球上では生成されないことを知ったのは青天の霹靂でした。ということは、恒星が一生の最後に超新星爆発し、宇宙空間にばらまかれた鉄で我々の身体はできているということを意味するからです。いま振り返ると、その思考方法はいっぱしに論理的です。それは思いついたものではなく間違いなく教わったものでしたが、残念ながら学校ではなく推理小説(特にヴァン・ダインとエラリー・クイーン)からでした。そこから以下のことが推理されてきます。我々は両親から生まれましたが、元素としての母体は宇宙の誕生(137億年前)から地球の誕生(46億年前)までに死んだ恒星の残骸です。鉄は地球の最大の素材でもあって総重量の約30%も占めます。人類が誕生したのはおよそ500万年前のアフリカですが、地球はその時点ですでに45億9500万年も存在しており、鉄を供給した恒星(一般に何億年も生きる)の一生は少なくとも1ラウンド終わってます。地球の時間のおしりのたった0.1%しか生きてない我々の存在は本当に1ラウンド目なのでしょうか?
そんなのはSFネタだと笑う人は少なくともエラリー・クイーンのたてる大胆な推論と論理的な解決に快感を覚えたことのない人でしょう。では、火星の大気にはキセノン129という人工的な核分裂によってのみ発生する同位体が含まれており、自
然に存在するウランの0.72パーセントしかないウラン235の放射線量が多い地域も2か所あるという事実をどう説明するのでしょう?人工的な核分裂というなら何者かが火星で核爆発をおこしていなくてはなりません。宇宙規模では隣の庭のような火星でそれがおき、現人類は誰も知らないのはなぜでしょう?その何者かが核によって絶滅した可能性を否定するにはその痕跡がないことを示す必要がありますが、悪魔の証明は困難です。NASAは沈黙しますが火星移住に実現可能性を示す明確な根拠がなければイーロン・マスクは計画しないでしょう。彼は斯界の最先端の科学者たちからヒアリングした結果としてこの世界が仮想空間でない確率は「数10億分の1」と語り、「シミュレーション仮説」(我々はコンピューター・シミュレーションの中で生きているとする説)の信奉者であることを明らかにしています。僕は科学者に話は聞いてませんが直感的なその信奉者です。なぜなら、未だ謎である「 “物質” と “生命体”との接合点」の問題を解く必要がなくなり、なにより、シンプルにイメージできます。何事も真実はシンプルだと思っているからです。
イーロン・マスクが正しいならば、地球上の生命は昔の理科の教科書にあったオパーリン説のように雷で誕生したのでもどこかの惑星や彗星から飛来したのでもなく、シミュレーション・プログラムを書いた者、すなわち創造主(または神、またはAI)の “作品” なのであり、そうである確率は(数10億-1)/ 数10億だからほぼ100%です。火星を舞台にしていた前のラウンド(ゲームソフト)は飽きられて “核戦争ボタン” によってデリートされ(リアルなゲームなのでちゃんとキセノン129とウラン235が発生)、新しいラウンドが今度は地球を舞台に始まっている。
我々人類はスーパーマリオの登場人物のような80億個のキャラクターであって、ゲーム内の世界(我々が観測できている宇宙)は認識していますが、我々に認識できない場所からスクリーンで見ている者が我々のすべての行為、行動を操作しています。そんな馬鹿なと思われましょうが、その仮説と矛盾しない結果が1983年に米国の脳科学者ベンジャミン・リベットが行った実験により得られています。人間は何らかの行為をする0.5秒前に脳が筋肉に電気信号を送る準備をし、0.35秒前に行為をする意図に気づき、0.15秒前に行為をしようと思い、0.05秒前に行為を指示する電気信号が脳から筋肉に送られ、0時点で行為が起きることが実証されたからです。つまり、我々は自らの自由意志でその行為をしたと思っていますが、実はそうではありません。皆さんがスーパーマリオで遊ぶときマリオを動かそうとリモコンボタンを押しますが、押すのが常に先ですからマリオの意思決定を測定すればリベット実験の結果が得られます。
この実験を自由意志の否定と解釈するなら哲学者には大問題です。「人間は考える葦である」(パスカル)なる思想は自由意志の存在が人間の究極のよりどころと仮定して成り立ちます。人類史上もっとも疑り深かったと僕が考えている人物はフランス人のルネ・デカルト(1596 – 1650)であります。彼は見えているもの全部を積極的に疑いまくって、最後に残ったものだけを真実と認めました。そのひとつが「我思う、ゆえに我あり」です。「我」が誰かに「思わせられている」なら「我あり」は否定されます。すなわち、絶対普遍の論理的帰結として、自分は存在しないことになってしまう。哲学が素晴らしいのはこういうところで、数学だとX=1が解答としてそれそのものは何の意味も持ちませんが「我思う、ゆえに我あり」は誰もがわかることです。僕は哲学書を読み込む訓練をしておらず浅学の誤解があるかもしれませんが、命題はロジカルなのでわかってしまう。問題はそこに至る論拠ですが、デカルトは心(精神)と体(延長)は別物としながら両者は相互作用があると心身合一の次元を認めて矛盾します。数学だとここでアウトですが定義領域が数字より広い言語を素材とするのでそうならないのが違いという理解をしています。
現代人にとって大事なのは彼が導いた解答の正誤ではなく、論理こそ神の真理に至る唯一の道という方法論への絶対的な帰依です。これなくしてその後の科学の発展はなく、彼が考案したx軸、y軸の「デカルト座標」なくして我々が中学で学ぶ数学はなく、演繹法という論理が導く結論に対しては権力者がどんな大声で怒鳴ろうが脅そうが、静かにQ.E.D.(証明終了)である。これは帰依というより思想なのではないかという疑問はとても深いもので僕に語る資格はありませんが、少なくともそれなくして数学の問題は絶対に解けません。解けなくても生きてはいけますが、こと知識人である条件としてはその方法論への絶対的な帰依の有無は人間と猿の境界線のようなものです。
当時の人類でこの重みを知る人はほぼ皆無で、重みは教会で聖書や賛美歌にきく神の言葉だけにありました。そこで語る神官の頭に往々にして宿っている混濁、誤謬、邪念などが混入し真理には程遠い。よって神まで存在証明Q.E.D.の対象としたデカルトの「疑わしいものは排除」する精神は現代流にいうなら「文系的なもの」は真理の追及には無意味として除去であり、超理系的な彼は歴史学・文献学なども哲学界の先人の業績も一顧だにしていません。批判されましたがそれは論理というものが論理的でない人間には妙に見え、それに帰依した人物をまだ見たことがなかったということでしょう。
僕はデカルトの哲学は論理を「美しい」と感じる「美学」の裏返しと想像しています。ここだけは論理でなく、きれいな景色を美しいと感じ、そうでないなら感じないという何らエモーションのない空気のようなもので、いわゆるアプリオリな性質です。僕も受験勉強で論理(数学)が美しいと感じた瞬間があり、そこから思想も音楽の聴き方も変わった気がするので共感します。生きる知恵としては演繹のみを認めるデカルトよりフランシス・ベーコンのイギリス経験論がしっくりきますが(つまり非論理派だらけの人間界を論理だけで泳ぐのは困難と悟った)、それは多分に英国で6年厳しいビジネスをした経験からと思われます。父方は物理学者ふくむ理系寄りであって僕自身文系的なものはさっぱり興味なく、星を眺めた末に見えているものは信用ならないとなった自分はアプリオリにはデカルト派と思われますから、ベーコン派に転じたそのこと自体が「人間はアプリオリには決まらない」とする経験論を身をもって証明しています。
17世紀のヨーロッパを概観してみると、フランスはルイ14世の絶頂期でプロテスタントが弾圧され、イタリアではガリレオが地動説で宗教裁判にかけられたように、王侯、貴族、カソリック教会という “保守利権” の牙城でした。それは科学、数学、論理学なんぞとは程遠い “ド文系世界”であり、そこにルネサンスでエッジを得て進化しつつあった “理系の波” が押し寄せた結果、絶対王政、宗教、科学のバランスに変革が起き、市民革命への萌芽が生じた世紀です。1648年にパスカルの原理、1655年にホイヘンスが土星の衛星タイタンを発見、1684年にライプニッツが微積分学を発表、英国では1687年にニュートンが万有引力の法則を発表するなど科学に大きな楔を打ち込むほどの進展があり、音楽でも神の摂理を数学的な美で解き明かしたJ.S.バッハがドイツに現れます。バッハを単にキリスト教音楽と理解しているとわかりませんが、彼はルター派の教会音楽家で、ビジネス的妥協があったカソリック仕様のロ短調ミサ曲以外はプロテスタントの礼拝のためだけに書いた “理系の波” 派の人です。
こうした「理性」を輝かしいと思わない反知性主義の人と僕は根源的に交わりようがありません。ちなみに猫は猫の世界の理性があります。1億年も前から生存のために磨きぬいてきた畏敬に値するものだから、懸命にビジネス界で生存してきた僕は猫とはぎりぎりのフロントにおいて大いに共感しあえるの
です。面白いのはそれを持ってない猫は見たことがありませんが人間はたくさんいるということですね。銀のスプーンをくわえて生まれただけという王侯、貴族にも知的な人はいましたが、その典型のカテゴリーと認識されました。そういう一族が権力を握り続ければヨイショするだけの三流人材が取り巻きとして栄えてしまい、集団としての人類は頭から腐ります。百年後にフランスで革命が起きて王族は罪もなく殲滅されたのは気の毒でしたが、絶対王政、宗教、科学のバランスが変革した帰結です。シミュレーション仮説からは人類を滅ぼさないためゲームの管理者が制御ボタンを押したのではないかと思います。管理者は人類を超える科学の所有者ですから人類を繫栄させるなら自分に近い資質を重視するでしょう。つまり「理性」を「輝かしい」と感じるルネサンス的人間を選別したのではないか。滅ぼされたブルボン、ハプスブルグ、ロマノフ王朝は文化を残してくれましたが民衆はそれで飯を食えません。全員を幸福にできるのは科学の進歩です。今後もそれしかありませんし火星移住もその内です。
僕は学校で法律と経済学はやりましたが、物理・化学も哲学も音楽も門外漢の独学です。それらをまとめてリベラル・アーツといえばもっともらしいですが下手の横好きともいえ、関心という尺度なら圧倒的に後者であり、無関心な前者で飯を食っています。どうしてこうなったんだろうとアプリオリの自分、コンピューターならディファクトのOSに関心をいだき先祖のルーツを調べましたが、それを考えるのは自分のOSでしかなく、先祖がどうあろうと答えは鉄の匂いが好きだった自分の中だけにありというなんでもない結論に至りました。「我思う、ゆえに我あり」です。この言葉を学校で教わってもわからないのは、わかるはずのないものを知識として教えてしまう学校の勉強でOSがバージョンアップすることはまずないからと思われます。僕のそれがフル稼働したのは明らかに20才あたりです。バージョンアップすることはついぞなく、下降の一途で今に至ってるのに今の方が賢いと思える。うまく書けてるんですね。
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学校で学んだことでなお残っているもの(1)
2024 DEC 26 0:00:15 am by 東 賢太郎
今月の6日、お気づきだった方も多いでしょうが東京でも空の真上(天頂)近くに月がありました。地球が公転面から23度傾いていて月はさらに±5度傾いてるので北緯28度まで、つまり沖縄あたりまで天頂の月が見られますね。これに気がついたのは香港に住んで「太陽が天頂にある」光景を生まれて初めて見て感動してからです。東京は北緯36度だから太陽は夏至でも天頂から13度下方までしか来ませんが、月は8度まで来るのでかなりてっぺんに近い。
月の傍らにはひときわ明るい木星があり、その左下にこれも目立つ火星があったりとその節はとても界隈がにぎやかでした。子供のころは暗くなるとひとり団地の広場に出て、ワクワクしながら寒空を眺めてました。北東の中空にカペラ、レグルス、アルデバラン、カストル、ポルックス、プロキオンなど一等星がめじろおしです。プロキオン、シリウスと冬空の大三角形を形成するところにベテルギウスがあってここが見事にきれいな形をしたオリオン座です。お正月に伊豆の天城高原ロッジで眺めた天空のこの辺りのゴージャスな景色は忘れません。
さように初めはうっとり眺めていただけですが、だんだん想像が逞しくなります。買ってもらった天文の本によると太陽は地球の109倍もでっかい。伊豆まで車で何時間もかかったのに世界地図だと1ミリもない。109倍の意味がわかって仰天します。ベテルギウスはたしか太陽の1000倍ぐらいと書いてありました。じゃあそれを太陽の所に置くとどう見えるか?見えないんですね、火星までのみこまれて。そんなでっかい物体がどうして「点」なのか不思議でした。
いっぽうでオリオン座の右下の一等星リゲルの大きさは昭和30年代の当時はわかっておらず、ブルーのスペクトルから温度は恒星の限界の1万2千度とだけありました。さっき調べると大きさは太陽の50倍、出ている光は8万倍ですから老人星のベテルギウスとは別物の屈強な若者星です。でも同じぐらいの「点」に見えてます。「全天恒星図」と「天文ガイド」で調べると恒星に同じものはないのですが、みんな同じ「点」に見えます。面積がある太陽は、地球の1/4の大きさしかない月と同じぐらいに見えますが、それは月が太陽の400倍近くにあるからです。
それを知ったことは自分の人格形成に大きな影響があったといって過言でありません。見えているものは信用ならないと感じ、とっても疑り深い少年になったからです。それが性格と化してそのまんま「シミュレーション仮説」の信奉に至り、見えているものは全部が仮想現実(=誰かが作ったウソ)であるという確信と共に生きているのだから影響どころではありません。
そういう子は学校で「協調性がない」と見られます。でも、自分をそう見ているオトナを見て僕は信用ならないと感じてたわけです。そんなある日、当時いた3匹の猫たちにエサをあげると、好物の煮干しなのにしばしクンクン匂いを嗅いでから満を持して食べます。何度やってもそう。僕にもエサにも信用などないよという感じで、その都度その儀式をやってOKしないと拒否です。それを見てウチの猫はどの人間より信用できる、そうあらねばならないと思いました。
学校は太陽や月の大きさは教えてくれます。覚えないと試験に落ちますが、天文学者にならない人にとってそれ以外にその知識が役立つのはくだらないクイズ番組ぐらいのもんです。それを知ってる君は合格!なんて無意味なことをやってる学校のほうがそもそも信用できんのです。アインシュタインはこういってます。
学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているものが教育だ。
もしそうだとすると、一切忘れてしまった僕に残ってるのは「疑り深い少年」になってよかったという安堵感ぐらいですね。疑うためにはまず自分で考える必要があるのでそういう癖がつきましたし。でもそれはアインシュタインでなく猫に習ったわけですね。
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ロマネ・コンティな休日
2024 OCT 17 23:23:56 pm by 東 賢太郎
遅くおきたのか二度寝だったのかは覚えがないが、先だっての休日の昼ごろだ。どっちでもいいのだが僕は日記をつけていてそんなことも気になったりする。台所におりていくと、次女が来ていてカレーあるよという。じゃあ少しもらうかなと淵が広いお気に入りの皿を食器棚からとりだした。ご飯をよそう。ここまではいい。この先が問題なのだ。スープカレーが好みなので鍋からおたまでかけるとき、どうしてもポタっとしずくが垂れてしまう。純白の皿の淵に点々がつく。きたない。食べ物は見た目が大事で、せっかくのカレーがだいなしになるのだ。
これが嫌でいつもやってもらうが、この日は家内がいない。仕方なく、細心の注意を払い、積み木くずしのてっぺんにのっけるみたいにそうっとおたまをもっていったが、くそっ、どういうわけなんだろう、おたまの裏側にあったらしいのが垂れてしまった。
ここで条件反射的に出た負け惜しみは自分でもちょっと意外だった。
「こういうのはね、清少納言さんなら ”すさまじきもの” に入れるんだよ」
「ものづくし」と呼ぶ部分のことである。枕草子にぴったりのシーンがあり、何かをこぼしてあれまあと嘆いたんだろう、「物うちこぼしたる心地、いとあさまし」と思いっきり書いている。しかし僕は驚いたりがっかりしたり嘆かわしいと思ったわけではない(それが「あさまし」の意味」だ)。食卓にふさわしくないきたない点々がついてせっかくのカレーが不味く見えてどっちらけなのだから「あさまし」でなく「すさまじ」だろうととっさに判断したわけだ。
女史のやや斜に構え分類好きな精神を自分も持っているからだろうか、枕草子は大好きで繰り返し読んでおり、けっこう覚えてしまっている。彼女が何を思ったかもあるが、そうくるかと心のはじけ方が面白くてたまらないのだ。「すさまじ」は興ざめだの意味であり、頭のいい彼女はそう感じた物事をたくさんおぼえている。それを矢つぎ早にアレグロのテンポでたたみかけられると音楽的な快感を覚えるのだ。文学として異例であり、僕の嗜好にストレートに効いてくる。
ところが、「すさまじきもの」の段にある 「昼に吠える犬」 と 「贈り物が添えられていない手紙」 のあいだの共通項がどうも読み解けない。もしかしてそれはいまも世間のそこかしこにあるもの、すなわち女性の柔らかな感性のようなもので結ばれているのではないかと思った。そこでネット検索をしていた矢先、清川 妙さん(1921 – 2014)のこれを見つけて目から鱗が落ちた。
第八回 すさまじきもの – うつくしきもの枕草子 : ジャパンナレッジ (japanknowledge.com)
不調和からおこる興ざめな感じ、しらけておもしろくない感じ、それが「すさまじ」である。夜を守ってあやしい人に吠えかかるべき犬が昼に吠える、願望という心の容れものに、成就という中身は入らず、からっぽのままで、心は寒い。「除目に官得ぬ人の家」のくだり全部には、清女の父、清原元輔の姿があると思う。幼い日から、彼女は父の失意の姿をその目でまざまざと見て、周囲の人々のありようも心に刻みこんだのであろう。ここの描写は精緻をきわめ、人々の息づかいも聞こえるほどの臨場感がある。清女は自分の体験をぐっと濃く投影して、ときには涙ぐみながら、この部分を書いたと思う。
そうだったのか。清川さんの解説文が、これまた清女の文のように平明でぐいぐい心に迫る。文書はすべからく漢文体だった平安時代の宮中の男性にこの細やかな描写ができるだろうか。もしも現代に文字がなく、書き言葉は英語だったと空想をたくましくしてほしい。無理だろう。男が繊細でなかったわけではなく、公の場で文(ふみ)にしたためたり他人に読ませたり後世に書き残したりする媒体が異国語である制約は重かったと思うのだ。
ところが平仮名という表音文字が発明され、口語をそのまま音化できるようになった。枕草子と源氏物語の作者が女性であったのは平仮名が女文字だからだが、それが単一の理由ではない。百年も前に紀貫之が土佐日記を書いているからだ。語り手を女性に仮託した誰もが知る「男もすなる日記といふものを」の出だしは、「日記」は男が漢文で書く公的記録だけれど女がまねして仮名で書くんだから容赦してねという形態、フィクションを装って平仮名の利点をフル活用するためだった。
かような筆者と語り手を分離する手法はサスペンスでは常套手段だ。アガサ・クリスティが利用して世間をあっといわせた某著名作品があるが、千年も前にそれをした貫之の優れて知的な創造は日本の誇りであってもっと世界に知られていい。女性への仮託の本音は日記への仮託である。日記は本来広く他人に見せるものではないから冒頭から矛盾しているのだが、和歌の枕詞、掛詞と同様に読者と想定した貴族ならわかってくれる仕掛け、言語遊戯だよという宣言であり、大人の読者はにんまりとしてそう合点して読んだ。20歳ごろから日記を書いてそれがいまブログになっている僕も貫之の気持ちがわからないでもない。
彼は愛娘をなくした慟哭や、帰京をはやる思いなど心の襞まで書きたかったのだ。そのために仮名文字の利用こそが重要だった。「古今和歌集」の選者であるエリートが裃(かみしも)脱いで自由に羽ばたいたそれは、ハイドンに擬すという立て付けでそれをしたプロコフィエフの古典交響曲のように軽やかだ。ただ、男の悲しさを感じてしまうのだが、地位も名誉も家族もある貫之は裃を脱ぐにも格式と品位と教養を漂わせる必要があったのだろう、全部は脱ぎきれないもどかしさがあるようにも感じる。
後世に大ヒットしたのが革命的なレトリックを生んだ土佐日記でなく両女史の作品であったのは男として些か残念ではある。彼女らは初めから裃など着ておらず、藤原氏の権勢のもと、権力者の庇護さえ得ていればあっけらかんと貴族の裏話、スキャンダル、人事、色恋沙汰を開陳できてしまった。いつの世も週刊誌ネタは最強のコンテンツだ。しかし週刊誌が古典になったためしはない。それをエッジの利いた女性の目でえぐり出して時にシニカルに時にやさしく描いて見せた清少納言、ネタに尾ひれをつけるどころかワーグナーばりの壮大なフィクションにしてモデルの人物を想像させた紫式部。稀有な才能あってのことだ。
女性だから書けたということについては別な要素もぬぐい難く存在する。口語の駆使ということになれば圧倒的に女性の独壇場であるという事実が存在するのであって、たとえば家内とけんかになると、あなたはあの時もああだったこうだったと、何十年も前のことであるどころか、あったことも忘れてる大昔のいさかい事までを立て板に水の如くまくしたてられ、勝つみこみというものはまるでないのである。女性は手数も多いが、実は分類だって得意だったのだ。
3時ごろになって従妹夫婦がやってきた。ワインがわかる人たちだ。うちは酒飲みがおらず、そうでもないとあけられないのが3本あってずっと気になっていた。テーブルに並べてさあどれにする?ときくと従妹はロマネ・コンティ ・グラン・エシェゾー1989年を選んだ。そうか、これね、スイスで買って、いや買ってないな、きっともらいもんだよな、そっから香港もってって、そっから日本だからさ、空輸とはいえちょっと心配なんだよね、もうラベルがこんなだし、もし酢だったらシャトーブリオンのほうにしよう。そんなことをぶちぶちいいながらボヘミアングラスのデキャンタにトクトクそそぐ。おお、あの透き通ったルビー色だ、これだ、ひょっとしていけるかもしれない。
液体を口にふくむ。従妹が下した宣告は清女さんみたいに冷徹だった。
「ケンちゃん、残念だけどこれアウトね」
娘が追い打ちをかける。
「お父さん、これ世が世ならネットで66万円よ」
そうかそうか、まあいいんだそんなもん。この日2度目の負け惜しみだ。しかしこっちは「すさまじ」でなく「あさまし」であろう。
それからひとしきり家でわいわいやり、夜になってみんなで近くのイタメシ屋に行って散々酔っぱらった。「あのロマネはね、フルトヴェングラーの第九なんだよな」。この日3度目の負け惜しみは我ながらうまいことを言ったもんだと悦にいったが、宴はたけなわ、誰もきいてない。まあいつもこんなもんだ、清女さんならにんまりしてくれると思うんだが。
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あなたの年代の男がいちばん危ないの
2024 AUG 28 0:00:25 am by 東 賢太郎
最近、夕食後に2~3キロ走っている。9~10時あたりだとそう暑くもなく、なにより暗くて人通りがなく、昼間の俗事を忘れて空っぽになれる。坂道が多いので汗をかく。時に全力疾走も入れてみたりするが心肺ともに問題なく、俺はまだまだいけると自信がわいてくる。
ところが昨日、その自信を粉々にする事件があった。多摩川台公園下まで何事もなく走り、公園脇の坂を登ろうか、それとも川辺の歩道に降りようかと迷った。べつにどっちでもいいのだが、たまたま伊藤貫さんのyoutubeを見ていたら西部邁さんと仲が良かったと語っていた。両氏とも思想的に割合近くて僕は敬意をもっており、西部さんが自裁されたのがそのあたりであったのでなんとなく手を合わせていこうという気持ちになった。
そこで、多摩堤通りの信号を横切って、3,4メートルの高さの堤防から川辺に下る土を削った階段を降りた。足元は暗い。数段を下ると思ったより急勾配であり、足が疲れてるせいかけっこう勢いがついてしまった。まずいと思ったがもう止まらず、前方は草むらでよく見えず、やむなく、この辺で地面だろうとぴょんと飛んだら全然そうでない。つまづいて前のめりになって砂利道に叩きつけられ、ぶざまにひっくり返ってズルズルと体側で路面をこすってやっと静止した。
要するに、半ズボンでヘッドスライディングしたわけで、左足の脛(すね)と左ひじを盛大に擦りむいた。電灯に照らすと血まみれ泥だらけである。電話して車で来てもらい、家内に応急処置をしてもらったが、まだずきずき痛い。おかしいなと田園調布病院に電話しておしかけ、「遅くにすいません、みっともないこって」と頭をかくと、若い医師とふたりの看護師さんがやさしく対応してくれ、ピンセットで線状の傷口にめりこんでいた小石を除去し、消毒ガーゼを貼ってぐるぐる巻きにし、念のためにと破傷風のワクチンまで打ってくれた。コロナのときの聖路加もそうだったが、日本の医療は実に安心だ。
楽しみだった週末の温泉は問答無用で没になった。家族は大騒ぎになり、箱根で一緒の予定だった従妹に電話して謝ると、旦那も何日か前に階段で落ちたらしい。「ね、ケンちゃんわかる?あなたの年代の男がいちばん危ないの、そうやってみんな過信して病院行きになるんだから」と懇々と説教された。
それはそれでありがたかった。僕は何事も前向きにしかとらない。能天気でも楽天家でもないが、とにかく後向きにはとらない。だからこの怪我もきっと良い予兆であるか、あるいは、凶事を避けられた、守られたんだと思えてしまう。医師が「骨は大丈夫ですか」と心配した傷だ、あの勢いで頭を打ってたら死んだかもしれないが、死んでないんだから良かったと思える。そうでない人も、この性格は無理してでも作るべきだ。なぜなら、本当に人生で得をするからだ。僕には思い出したくないたくさんの禍々しい失敗や不遇や凶事があった。しかし、後になってみると、実は、それがなければあのラッキーはなかったじゃないかということが非常に多いのだ。なぜかは知らない。たぶん、そういう風に生きていると勝手にそうなる。それがはた目にはツキがあるね、持ってるねということになる。
多くの国の多くの外国人と働き、どういう人たちかを知っている。断言するが、彼らを基準としてみれば日本人の9割は心配性であり、はっきり書くと、ビジネスの世界においてそれはうつ病や心神耗弱に近い。大きなリスクに対してなら結構だが、ちまちまとくだらないことに気をもんだり批判を気にする空気に負けて「石橋をたたいて渡らない」なんて寂しいことになってる。国中が国民的にそうであり、本来あまり気をもまなくていい国家がプライマリーバランスをたてに金を使わないと民間は委縮して失われた30年などとクソくだらない小言を垂れてる。その間に先端技術や半導体で世界に大きく後れをとってしまっても他人事のようにやばいと思わない民間の「石橋わたらない根性」というものは、棒で突っついても飛ばない死にかけのカラスみたいなもんで、こっちを誰も批判しないことの方も、世界の目線からすると病気である。株や土地を中国人が買い占めて怪しからんと騒ぐのが保守だなんてわけのわからんことを言ってる。経済安保とそれは全然違う。死にかけの獲物は簡単に捕獲できるからジャングルでは食われるのが当たり前であって、それが嫌なら彼らは江戸時代に戻って鎖国しろと主張すべきである。
食われんようにちゃんと経営して株価を上げろが世界の常識だ。実体価値より値段の高い株など犬も食わぬ。ビジネスのビの字も分かってない連中が馬鹿の一つ覚えみたいに財務省、日銀が悪いって、自由主義国家で役所が頑張って経済を成長させるべきだなどと言う議論は、国が女性の少子化担当大臣を任命すれば子供がたくさん生まれるというおバカな議論といい勝負だ。人間は平等にできていて、青い鳥は誰にも同じだけ飛んで来る。心配性の人は確実にぜんぶ取り逃がす。前向きな人は十回来れば九回は逃がしても一回ぐらいはつかまえる。人も国も、成功者になるかどうかはそれで決まると言ってまったく過言ではない。ユニクロの柳井さんが著書「一勝九敗」でおっしゃるのはそういうことだ。少数精鋭で経営しろとも語ってる。その通りだ。多数の馬鹿の空気と合議制でやってればいずれ全部のカラスが外資に食われる。
「あなたの年代の男がいちばん危ないの、みんな過信して病院行きになるんだから」。そうだけどビジネスマンに過信は大事なんだ。だって取れると思わないと鳥は取れない。危険だから取らなくていいと細く長く生きる人生と、取りに行ってすっころんで早死にするかもしれない人生なら、僕は後者を選ぶ。ただ、みんなに迷惑をかけないように、暗い階段を走るのだけはやめよう。
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