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ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調 Op.26

2018 OCT 20 2:02:49 am by 東 賢太郎


もうあれから四半世紀。この季節になると、フランクフルトの休日に家族で歩いて森のレストランへ昼食に出かけていって、低く弱くなってきた陽の光が庭先に広がる草原を金色に照らしていた光景を思い出します。そしてときどきこれが聴きたくなる。マックス・ブルッフのヴァイオリン協奏曲ト短調です。

くせになる曲です。本稿のために聴きかえしましたが、冒頭のヴァイオリン独奏が頭にこびりついてしまって離れません。ブルッフは根っからのメロデイストでピアノでは書けないと自ら語っていますが、それにしてもこの曲のヴァイオリンは強力に粘着質であります。好悪でいうなら僕はこのコンチェルトの大ファンであり、メンデルスゾーンに劣らぬほど愛好しています。これに影響されてブラームスがあのヴァイオリン協奏曲を書いたというのも全く正鵠を得た逸話であって、第1楽章のソロ・ヴァイオリンの重奏や終楽章の出だしなどそれそのもの。何度聴いても心奪われる、僕にとって人生になくてはならない音楽であります。

これほどインパクトのある作品を書きながら彼が音楽史では等閑視され、リスト、ワーグナー、Rシュトラウスをこきおろしたごりごりの保守派ゆえ時代遅れになった一発屋と見られてしまうようですが、マーラーより9年も長く生き、ストラヴィンスキーが春の祭典を書いてから7年も生きていたにもかかわらず写真すらあまり残っていないとなると不思議なことです。

コル・ニドライのようなユダヤの題材による作品で成功を収めたためにユダヤ人の血を引くのではないかとされ、没後の1935年にナチス政府によって作品の上演禁止の憂き目にあいました。メンデルスゾーンはその作品の質に比して音楽史のページ数を割かれていませんが、同じ理由が等閑視の背景にあったという考えを否定するのは困難ではないでしょうか。

彼がユダヤ人であったかどうかにエモーショナルな関心を向ける人種に僕は属しておりませんが、コル・ニドライを書いたのは事実ですし、協奏曲ト短調のメロディの人懐っこさがひょっとしてユダヤ調から来ているかもしれないという感覚は否定しづらいものがあります。その調べはヴァイオリンの特性とあまりに見事に合体しており、まずこの楽器をこのように重音で強奏する、

これはブラームスの協奏曲でこうなります。

こういう表現がそれまでにあったかどうかは知りませんが、19世紀のヴァイオリン作品は前半はパガニーニ、シュポーアの、後半はヨーゼフ・ヨアヒムの奏法を範としたといわれ、この譜例は後者だったのではないでしょうか。ヨアヒムはユダヤ人であり、ヴァイオリンのユダヤ奏法をクラシックに定着させた人物とされます。ブルッフ、ブラームス両者の協奏曲のソロ・パートを校訂したのはそのヨアヒムでした。

ブルッフの最初の音楽教師はユダヤ人のフェルディナント・ヒラーでした。ヒラーはメンデルスゾーンの幼なじみでフンメルの弟子でありベートーベンの死に立ち合っています。1843-44年にゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者をし、翌年にロベルト・シューマンにピアノ協奏曲をに献呈されたドイツ音楽界保守本流の実力者で、後にケルンの音楽監督に就任しますが、この時の筆頭格の弟子がブルッフでした。

このヒラーが頑強な保守派であり、その伝統を引き継がせようとケルンの後任者に推薦したのがブルッフとブラームスでした(思惑ははずれ、革新派のフランツ・ヴュルナーがポストに就いた)。その両者の協奏曲に深く関与したのがこれまたユダヤ人のヨアヒムだった。しかしメンデルスゾーンの協奏曲もユダヤ人のフェルディナント・ダーフィトが校訂しており、ユダヤ奏法は楽器を熟知した効果的なものだったこと、ブルッフは師の推薦を得ようとして協奏曲もユダヤ調にしたかもしれないこと(師の影響でコル・ニドライを書いている)から、ナチスの制裁は(そもそもそんなものは不当ですが)見当はずれの根拠によっていた可能性もあります。

つまりこの協奏曲はそれで歴史の狭間に落ちる様な軽い作品ではありません。それなのにLP時代はメンデルスゾーンの「B面」である上にチャイコフスキーより売れなかったのか頻度において下の扱いである。協奏曲としての骨格が弱い?それは仕方ない。ブルッフは作曲時に26,7才であって、三大、四大、五大とほめたたえられるヴァイオリン協奏曲を書いた人で作曲時に35才以下だった人は彼以外にひとりもいません。むしろ最年少で拮抗していることがポジティブに語られるべきです。

Vorspiel、Adagio、Finaleというスコアにかかれたタイトルに伺えますが、これは当初は幻想曲として構想されたのであって、形式の熟達はないものねだりでしょう。むしろ、滔々と流れるドイツロマン派ど真ん中の和声シークエンスに支えられた歌、歌、歌は天与の才で、主題そのものにドイツロマン派の精華ともいうべき魅力があってヴァイオリンという楽器の特性にピッタリである点においてこんな見事な作品は思い当たりません。

第1楽章はティンパニのトレモロにはじまります。ほぼ同時に書かれていたグリーグのピアノ協奏曲と同様に20代半ばの作曲家に発想されたのも面白いものです。独奏が冒頭で提示する主題はト短調の音階をなぞって上昇しf#が強調されます。

ところが、トゥッティになるとf♮になるのです。これを聴くと僕はドヴォルザーク「新世界」の終楽章第1主題を思い出します。このメロディーが土くさく人懐っこい印象を与えるのは短調音階のシを半音下げた効果であります。

展開部のおしまいのところ、ここが大好きで何度聴いても手に汗にぎるのですが、ヴァイオリンが興奮をそそる和声の変転を速いスケールをアップダウンしてなぞり、ぐんぐんと音楽のテンションを高めていき、オーケストラのヴァイオリンが受けとって加熱してsfzで爆発するここ(下の楽譜)に至る流れのことです。協奏曲であろうがなかろうが、あらゆる音楽のうちでも一番カッコいいもののひとつと断言いたします。

第2楽章(Adagio、変ホ長調)にアタッカではいる、ここぞ幻想曲としてのメインステージであって、同じ入り方のメンデルスゾーンの緩徐楽章に匹敵するひょっとして唯一の音楽ではないでしょうか。旋律美はふるいつきたくなるばかりで、移ろう和声の深みはドイツ音楽の深奥のロマンである。ヴァイオリンソロが歌い始める主題はそのままオペラにしてテナーが切々と愛をうったえるとろけるようなアリアになります。思わずテンポが弛緩して時が止まり法悦の境地に導かれる。こういう旋律はベートーベンやブラームスには書けないのです。

オーケストラの絶美の ppでひっそり変ホ短調に心が翳って、ちょっと予期をはぐらした変ハ長調になる。再び気分が持ち直して、そこでそっと入るソロにフルートが晩秋の陽の光のように寄り添う恍惚のシーンあたりで、昨日、ふと何かが頭をよぎってびっくりしました。あれはなんだ?いくら考えてもわからない。でもどこかで聞いたことがある。一晩眠って、あっと思ったのは、それはドヴォルザークのチェロ協奏曲のある部分だったのです。またドヴォルザーク・・・。

ドヴォルザークがこれにインスパイアされたがどうか証拠はありませんが、ブラームスの友人で楽譜出版業者のジムロックはブラームスに推された新人ドヴォルザークの出版も(不承不承だが)しています。ジムロックはヨーゼフ・ヨアヒムとも親交があり、妻がジムロックと不貞をはたらいたと疑ったヨアヒムは、妻を擁護したブラームスと不仲になって、その仲直りのしるしに書いたのがドッペルだったのは有名です。ブルッフのV協の出版もそのジムロック社でした。ドヴォルザークがジムロックつながりで同曲のスコアをよく知った可能性は高いと思って不自然ではないでしょう。

ドイツロマン派の脈絡のあらゆる音楽美がこのAdagioにぎっしり詰まっているように思えてくるというのは驚くべきことです。終結はシューマンの交響曲「春」の第1楽章コーダ直前がきこえます。変ト長調からコーダに向かうあたりの秘儀はまさにメンデルスゾーンの再来ですが、おそらくここから霊感を得たブラームスも彼なりの薬がきいた極上のやり方で、緩徐楽章を痺れるような和声の迷宮で閉じています。我々はそれを知っているから、ブルッフを聴くとデジャヴが響く。しかしそれは実は逆であって、ブルッフがデジャヴになった人々が書いた曲を、我々は名曲と記憶しているのです。五大Vn協の最後のひとりに迷う程度の存在ではないという僕の思いはそういうことから発しています。

ケルンで生まれたブルッフはこれを書いたころコブレンツの音楽監督に就任するのですが、弱冠27才での出世はどんなにうれしかったろう。全くの私事で恐縮ですが、38才で人生初めて社長の名刺を持ったフランクフルトでの歓喜をどうしても重ねてしまいます。モーゼル川がライン川に合流する交通の要衝でワインの名産地。マインツ、ヴィースバーデンの下流域ラインラント=プファルツ州は仕事でボン、デュッセルドルフにアウトバーンを行きすがら往来した地域です。

コブレンツ遠景

そういえばこの曲を生んだラインの土壌、気候風土に触発されてで晩年のシューマンは3番の交響曲を書きましたが、精神を病んでいたシューマンをあそこまで明るくした何物かがここにはあるのです。それが就任の喜びとともにブルッフにも宿っていて、音楽は熱狂的な終楽章のAllegro energicoに入ります。Adagioの耽溺のロマンの深さがあまりに深く、いきなりト長調には行けない。だから終楽章は変ホ長調のまま始まり、やがてト長調にたどり着きます。天衣無縫の完成品で、知らぬ間に精神が充足しているというまことに幸福な音楽であります。

この協奏曲は前述の通りジムロック社に二束三文で売られましたがブルッフは自筆スコアを手元に置いていました。第1次大戦の混乱期に貧困に陥った彼は、親しくしていたデュオピアニストのストロ姉妹にスコアを託し、米国でそれを売ってくれと依頼したのです。ところが姉妹はそれをせず、売ったと偽ってその代金と思しき額を暴落した紙っぺらのドイツマルクでブルッフの家族に送りました。姉妹は結局それをスタンダードオイルの創業家に売り(おそらく高値で)、現在はニューヨークのモルガン・ライブラリー所蔵になっています。姉妹はブルッフに二台のピアノの協奏曲まで書いてもらって不義理な話ですが、ブルッフ自身もジムロックの権利を無視して二重売却したわけで怒るに怒れない立場でした。

この素晴らしい音楽をまだご存じない方は幸せです。よくご存じの方は以下の録音も旧知でしょうが、僕の好きなものはこの3つです。

 

ジノ・フランチェスカッティ / ディミトリ・ミトロプーロス / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

まったくの空想です。ヨアヒムはヴィヴラートは抑え、ポルタメントを多用したようですがこのフランチェスカッティが遠からずにきこえます。Adagioを歌い上げるレガートなどもう肉感的、セクシーだ。中低音のふくよかさ、高音の輝かしさ。ヒステリックになることは一切なく万事が歌に浸りきる、これぞこの曲の神髄であり、個人的にはポルタメントは嫌いなのですが彼のは何ら品格を損なわず神技の域です。こんなヴァイオリンはホールで一度も聞いたことがなくもう絶滅したのでしょうか。人を幸福にするヴァイオリンですね。ミトロプーロスのNYPOの弦がソロに同調して見事でテンションが高く、上掲の楽譜に至る部分(4分57秒より)のテンポも高揚感も快感です。

 

アンネ・ゾフィー・ムター / ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

80年ごろこのLPが発売になってカラヤンというので評判になりましたが、いくら彼が選んだとはいえ17才の女の子の独奏というので無視してました。初めて聴いて恥じ入るしかありません。フランチェスカッティに肉薄するのはこれです。かすれる様なピアニシモを駆使した、なんてデリケートで妖艶なソロだろう。何だこれはというほど心のひだに触れてくる歌い口のうまさはおよそ女子高生の技でなし。アダージョの遅いテンポによる豊穣の時は天国です。クリティカルな耳でいうと第1,2楽章で高音がごく微妙にフラットなところがあるが、天国に酔っているのでそれがどうでもよくなってしまうというところにこの演奏の磁力がうかがえるという妙なほめ方になってしまいます。カラヤンの指揮の立派さは、これか、これが帝王と呼ばせた恰幅かと唸らせる見事さで、BPOの能力全開。最高です。

 

サルヴァトーレ・アッカルド / クルト・マズア / ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

マズアはのちにヴェンゲロフとも録音してますが、どちらを取るかは好みでしょう。アッカルドのソロはやや明るめの音色で闊達。Adagioの淡い陽光も見事なグラデーションで描き、歌は過度の耽溺はせず高雅な品格を保ちます。上記2種がくどいと感じる方はスタンダードに近いこれがおすすめです。永く聴きこんできたことと、渋みのあるオーケストラの素晴らしさでこれを挙げていますが、第1楽章展開部の上掲楽譜の部分のカッコよさで、これは最高級のものです。

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