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孫文の亡命航路に見たもの

2026 MAR 2 17:17:03 pm by 東 賢太郎

仕事ができて関西に行った。若いころ大阪で2年半過ごしたから知らないわけではないのだけれど、久しぶりに来てみるとやっぱり新鮮だ。その昔、警察署の看板がひらがなで書いてあるのに度肝を抜かれたのがなつかしいが、何ごとも漢字でいかめしい東京流の裃(かみしも)を脱ぎ捨ててしまうと身も心も軽やかだ。

大坂は笑いをとってなんぼだ。そのカルチャーにはほど遠い自分が商売できたのは今となると不思議である。関西の人は総じてフレキシブルでストレートであり、こちらは何事も最短で目的を達成したい性格だから結果論的に波長が合ったのかもしれない。後に知ったがアメリカ人もビジネスではそうであり、大阪の洗礼はけっこう宝物だった。

関西というと大阪、京都、神戸、奈良に和歌山、滋賀ぐらいが入るのだろうか。東京人はどこも「関西弁」と思っているが、どの県の人にそう言っても「**と一緒にせんといて」と言われかねない。つまり大阪弁や京ことばはあっても関西弁なる言葉はない。そりゃ、それを言うなら天皇も関西人だし、日本史のテストに出る中身のたぶん半分以上はロケーション的には関西だから我々はえらそうなことはいえない。

今回は淡路島にも行った。恥ずかしながら人生初めてである。美しい明石海峡大橋を渡った対岸で会議をしながら、もっとお恥ずかしい話とあいなった。「渦潮の鳴門はどこですか?」と尋ねたのだ。一瞬間があり、「はあ、徳島やからずっと南やなあ・・」と気まずい沈黙が流れる。おかしいな、ここから東のはずなんだけど・・。僕は相当な方向音痴だ。だから見た目でなく、頭にある地図で判断してる。皆さん淡路淡路というので、いつしか「島」が抜け落ち、 四国のつもりでいたのである。「いやあ絶景ですな。まるで地中海だ」。瀬戸内海を眺めながら冷や汗をかいていた。

対岸の舞子公園に孫文記念館があるというので案内された。名称は「移情閣」で、大正4年に神戸の貿易商・呉錦堂が建てた八角堂がシンボルの別荘だ。神戸の華僑や豪商がここで孫文を囲んで昼食会をしたらしい。彼は孫子、孫権の末裔と伝わるが若い頃の写真を見るに、なかなかの面構えである。中華民国の初代国民党総理で、日清戦争の終結後に広州での武装蜂起を企てたが失敗し、日本に亡命したのを助けたのが頭山満と犬養毅で、孫文は「明治維新は中国革命の第一歩であり、中国革命は明治維新の第二歩である」との言葉を犬養毅へ送っている。ご一新をそういう性格のものととらえていたのは興味深い。

孫文は清朝打倒活動の必要上「1870年11月、ハワイのマウイ島生まれ」扱いでアメリカ国籍を取得し、革命資金を集める為に世界中を巡った。1905年にスエズ運河を通った際に、現地の多くのエジプト人が喜びながら「お前は日本人か」と聞かれ、日露戦争での日本の勝利がアラブ人ら有色人種の意識向上になっていくのを目の当たりにしている。孫文の思想の根源に日露戦争における日本の勝利があるといわれ、それが「大アジア主義」につらなるのだろう。中華思想でないならば、僕は東洋の王道、西洋の覇道を区分するこの考えに賛同する。

孫文はソ連をバックに第一次国共合作を仕掛けて失敗し、中国は国民党と共産党による長い内戦状態に突入した。昨今の日本でもはるかにマイナーな合作が試みられたが、水と油を混ぜてもドレッシングにはならない。後継の蒋介石が建てた中華民国が台湾であり、毛沢東を継ぎたい習近平が合作完成を目論む。孫文が存命ならどうするだろうと考えながら歩いていたら、彼の亡命航路の地図の前に来た。香港、上海、長崎、神戸、横浜、東京。どこも僕にとって深い地縁がある。ここへ来たのも何かあるのかなと思ってスマホを見ると、たったいま起きたイスラエルと米国のイラン攻撃のニュースが目に飛び込んできた。

高市総理の施政方針演説で思い出したこと

2026 FEB 22 8:08:12 am by 東 賢太郎

野村証券、みずほ銀行、みずほ証券と大手金融3社の部店長会議のひな壇で業務に関わるスピーチをさせていただいた人間は日本広しといえどもたぶん僕だけでしょう。部店長会議は年に2度ほど社長、役員、部長、国内外支店長の全員が東京で一堂に会する大経営会議であり、各部門の長、担当役員、そして最後に社長がその年度なり半期なりの経営指針や数値目標を部長職以上の全員に徹底する重要な場です。なぜそんなものを思い出したかというと、高市総理の施政方針演説をきいていて「なんか話が似とるなあ」という気がしたからです。

野村ではスイスの社長として話しましたが、みずほに移籍して銀行でやった時のことはとても印象に残っています。企画室の方から銀行員はエクイティ・ファイナンスは慣れてないので具体的に話してくれと大まかな指示があり、会場に行くと客席の方はぎっしりで、高輪の研修センターで広々したスペースであった野村とは明らかに空気が違いどこか殺気立ってます。 3~40分ぐらいでしたか証券業務とはなんぞやを皮切りに投資銀行業務について思い切り元気が出るような話をぶちあげたわけですが、びっくりしたのは皆さん学生みたいにノートを取っておられる。こっちは人生一度も原稿を読んだことない人間だから即興であり、わあこれが銀行か、大変な所に来ちゃったと思いました。銀行と証券はそれほどカルチャーが違うということでもありますが、 2005年当時、メガバンクグループが証券会社を通じて株式業務のシェアを大手証券から奪取せんと壮大な機運が盛り上がってもいたのです。みずほグループはもともと興銀、富士銀、第一勧銀で、法人業務のコーポレート銀行が引受やM&Aというホールセール業務(インベストメントバンキング)を行い、頭取の号令一下で「利益率の高い株式に全力傾注せよ」という銀行員にとっては耳慣れぬ別種目の戦場がトップダウンで設定され、僕でなくてもよかったんでしょうがそれを率いる部門の統括部長として野村のエクイティ系の人間に白羽の矢がたったようです。僕は本社のポスト部長でしたし辞める必要もなく給料も大差なく、野村は今だって大好きな会社なのですから、どうしても必要だと言われエアポケットにでも落ちたかのようなあの一瞬でなければ移籍はありませんでした。行ってみるとはからずも古巣の最強の軍勢に立ち向かう新興国の将軍のような立場であり、おおいに複雑な気持ちはありましたが、銀行から証券にグループ内で移籍してきている新しい大勢の仲間が頼りにしてくれているという「7人の侍」になったような義侠心が勝り、何よりみんなで力を合わせて高いところを目指そうという夢と希望にあふれた環境はそれがどこであれ生まれつき大好きな性分なので、結果としてそれなりの戦果をあげました。即興スピーチが銀行サイドの皆様にどう響いたかはわかりませんがなんとなくの反響はあり、翌年のことですが、株式引受実績ゼロだったみずほ証券が野村、ゴールドマン・サックス相手に業界を揺るがすジャイアントキリングを演じて日本航空の1,500億円の株式資金調達のグローバルコーディネーターになったことで少しはお役に立てたかと思います。ちょっと専門的でお分かりにならない方が多いと思うので例えますと、国体のメダルもなかった選手がオリンピックに出て金メダルを取った感じです。

高市演説の何がそんな太古の記憶を呼び覚ましたんだろう?もういちど聞き直してみると「投資」という、かつての総理の口からあまり出た記憶のない言葉が高らかに登場しているのです。これだと思いました。成長戦略と危機管理という重要分野においての話なのですが、何より経済成長と国内投資の因果関係にまで政権がふみこんで語ったのは前代未聞ではないでしょうか。それがなぜ画期的かというと、日本ではこれだけ株が上がっても投資というものは一般の方々には縁遠く、昨年の東大のクラス会で「株を持ってる人は」と挙手を求めるとなんと5、6人しかいない。中国なら同世代でも多分半分以上が手を挙げます。予想はしていましたがどっちが共産国かと目を疑います。ですから、その風土の中で「投資しないと成長もなくてあなたの給料も増えません」て言われてもねと国民にそっぽを向かれる懸念もおおいにあったと思うからです。さらに、「食料品の消費税2年間ゼロの財源は経済成長による税収増です」しかも「単年度会計ではなく複数年で」となる”責任ある積極財政” が旗頭となると、財務省は仏教からキリスト教に宗旨替えを迫られるほどの大騒ぎでしょう。そこを突いたのか忖度したのか、「高市さん失敗したらどう責任取るんですか?」と芸人に詰め寄らせるTBSなる民放テレビ局が登場してくる。緊急事態宣言の岡田議員と酷似した手法とも思えます。もし総理の口がすべれば言質を取ったことになり、財務省が減税を断念させる裏シナリオでもあれば、できなかったから約束守って退任してくださいと左翼系メディアを動員して盛大に足を引っ張れるわけです。

仮にそうであったとすれば陰湿です。我が国の伝統的な美意識である「正々堂々」の真逆であって、まともな日本人の神経を逆なでする悪意に満ちた毒がテレビを通じて国中にまき散らされ、世の中が暗くなります。かような、他人を引きずりおろさんとする誰も得しないルサンチマン(総理は「縮み志向」と呼ぶ)が我が国を覆いつくすことになる震源がいつどこにあったかというと、 1997年前後にバブルの後始末の責任問題が大蔵省(当時)に飛び火して霞が関、国会を巻き込んだ大騒動に発展し、複数の金融機関が倒産ではなく江戸時代もかくやのお取り潰しになり、合従連衡が有無を言わさず進み始めたころの東京でしょう。聞こえはいいが、潰せない銀行の存続をかけた公的資金注入とセットですから経営に足かせもつき、前向きな気運など出ようもなかったのはよく理解できます。1997年11月に「財政構造改革法」が成立してプライマリーバランス黒字化が法的な目標として明確化され名前を変えた財務省が緊縮財政主義を採ったことは、バブル崩壊後の景気対策で国債発行が急増した財政のアンバランスを健全化するという理由があったのですが、以後もそれがなぜか金科玉条となって堅持され、財政拡大を阻み景気回復と成長の芽をつんできたという批判にさらされていることは周知のとおりです。法律がある以上役人はどうしようもありません。それを改正しない国会議員がだらしなかった。だから高市総理が立ち向かおうとしてる、そういう図式です。

当時、僕は香港にいて当事者ではありませんでしたが、役所にメスが入った非常事態の中、東京から日々はいっていた情報によれば銀行も証券も激震などという生やさしいものではなく、人が亡くなったり大勢が職を失ったり、その陰でおそらく政官財界のいたるところで影日向に行われていた生き残りへの阿鼻叫喚が国も人心も蝕んでいたのです。結果として、その刹那は誰も気がついていませんが、この大騒動は後世に「失われた30年」と呼ばれることになる妖怪の卵を密かに産んでいたのです。国にお金という血液を供給する財政と金融の本丸にそれが生まれ、人の心の中にまで寄生して蠢きだした影響は各所に甚大でした。国はデフレの病に冒され、需給ギャップが広がり、マイナス金利でも投資は枯渇し、経済の活力は削がれ、GDPも成長率も先進国で劣後し始め、賃金上昇は滞り、若者の未来は閉ざされ、日本人の人口は減って移民問題の遠因となってきたのです。ひょっとして縮み志向の病原菌を垂れ流すこのエイリアンを退治することが総理がど真ん中におきたい目的だったのではないか、だから投資と成長という言葉に魂をこめ、その起爆剤なくして起こりえない真の資本主義的マインドの回帰をめざし「日本列島を、強く豊かに」という言葉で明るい未来を有権者に訴えたのではないか。そう感じたのが本稿執筆の動機であります。

日本国の金融の総本山であるメガバンク3行の合従連衡で生まれた「みずほフィナンシャルグループ」とはいえ、誇り高い野村証券の人間であった僕が移籍する確率は2000年に帰国するまではゼロです。そこから3年あまりでその決断に至ったわけです。何が起きたのかを書きます。東京に帰って見た野村證券は経営陣のみならず社員も末端に至るまで士気をそがれていたと思います。著名な大企業が潰され、全員が職を失うのを目の当たりにしたのですから無理もなく、金融界は上から下まで無意識のうつ病状態にあったと言って過言ではありません。そんな中、僕はエクイティ企画室長を拝命し「チャイナ・オポチュニティ・シンポジウム」なるものを企画・開催しました。これからWTO加盟で貿易開国して急成長する前夜にあった中国への直接・間接投資は日本企業、投資家への強力なカンフル剤になると同時に、おりしも2001年に発足した親米の小泉内閣の下で日本市場でプレゼンスを急拡大していた外資系証券に対して野村が放てるカウンターパンチになると考えたのです。僕が現地でヘッドごとスカウトした約50名の元クレディリヨネのアジア株チームは丸ごとそのまま世界のどこにでも通用して利益を上げる能力を持っており、これを最強である日本株チームと融合すれば外資系に負けるはずありませんでした。このシンポジウムは中国への進出の戦略的重要性と具体策を3日間のダボス会議スタイルの多角的なセッションを通じてご説明するもので、京セラの稲盛会長が趣旨に賛同して基調講演を引き受けて下さり、各業界のトップ企業を含む約千社が参加され盛況となりました。ここで開示したコンテンツが1997年から2年半香港社長をつとめさせていただいて僕が得た知見の集大成であり、この戦略は世界の同業他社より先見性があり時宜を得ていた事はその後の中国経済の急成長をご存知であれば書くまでもないでしょう。株式投資という一側面だけ見ても、その時点で買っておけば何十倍にもなった銘柄が続出しています。

しかし、その後に実際に中国進出して著名になった企業を輩出はしましたが、このシンポジウムの反響は収益という観点からすれば想定以下でした。企業社会への強烈なメッセージになると確信していた僕としては完全な期待はずれだったのです。原因は、いち部長に過ぎない僕の指揮では全社は呼応しなかったことです。つまり僕の力不足は明白だったわけです。しかし、言い出しっぺが誰であろうが、これほど確度の高い儲かる情報がありながら動かない証券会社というものに存在価値があるのだろうか?目の前をネズミが通ってもピクリともしない老猫のようなものではないか?と思ったのも事実です。僕が役員であればやっただろうというのも答えになりません。そんなものはもはやサラリーマン原理で動く感度の低い二流の証券会社であり、高給を支払って頭脳も感度もイニシアチブも一流の人間を集めている米系のトップクラスとは太刀打ちもできないでしょう。結論として、残念ながら「この会社は昔の野村證券ではない。従って僕の存在を必要としていない」となりました。これはまったくもって仕方ありません、年月を経れば会社は変わりますし僕も変わるのです。もしもいま新卒であれば野村を選ばないし、選んでも落とされただろうと考えたのです。その頃、おりしも2001年に発足した小泉内閣の下でゴールドマン、モルガンスタンレー、メリルリンチなど米系証券会社は日本市場でプレゼンスを急拡大し、証券界の勢力図は塗り替わりつつあったのです。僕は金を積まれても外人の手下になる気はありません。かたや興銀には東大・ウォートン同窓の気心の知れた友がおり、酒をくみかわす度に銀行系証券の戦略面、人材面でのポテンシャルは感じており、ドイツ、スイスの社長時代に来訪された田淵義久元社長から大蔵省がユニバーサルバンキング構想(ひとつの金融機関で銀行機能に加えて証券取引、保険の契約などが行える欧州型金融形態)を指向しつつある情報を聞かされてもおりました。 2004年の、僕にとっては人生最大事件のひとつであったみずほ証券への移籍に際しては慰留や叱責はなくむしろ多くの方々の賛意を頂きました。何をもってしても野村証券という素晴らしい会社に感謝すべきであることは論を待ちません。どこで働こうが、外資系の誘いを断ってきた僕として常に心の中心にあったのはまさしく「日本列島を、強く豊かに」でした。それを信じて欧米の投資家に日本株を買ってもらう仕事を誇りを持って早朝から深夜まで営々とやってきましたし、その中で多くのお客様や知人友人から教えを受けてもきました。「中国が他国の書いた契約書に署名するのは開闢以来2度目だ。 1度目は下関条約、 2度目がWTO加盟だ。それほどのことだと心得なさい」と教えてくれたのは香港財界の重鎮であり、そのおかげで確信を持ってシンポジウムが開けたのです。

ですから僕が支持しているのは高市さん個人というより、彼女の頭から出てきた政策であり、それが長年海外から母国を眺めてきた日本男児としてど真ん中のストライクだということです。野党がそれをボールだと言うならまだ分かりますが、どうせ負けるビデオ判定には持ち込まず彼女がピッチャーであることがいかがなものかという方向に持っていく。これは独裁国家の手法でしかなく、我が国の議会制民主主義を真っ向から否定してるわけです。自民党内にすらそれが189人もおり、その手先となっているのがオールドメディアです。ではメディアというものが本来は何かというと、内外のニュースや世情を迅速、正確に国民に伝え、国政を正しく導く民意形成に資すという公益性を持った存在です。欧州では15世紀に発し、18世紀には市民革命が起きる過程で世論形成に大きな役割を果たし、樹立された新政府においては自由権の一部として法的に言論の自由が認められるようになったのです。タイムズ/ツァイトゥング(時勢)、アルゲマイネ(普遍)、ミラー/シュピーゲル(鏡)という紙名がそれを物語ります。かたや我が国の「新聞」の発祥は江戸時代の「読み売り」(かわら版)であって、当然のこととして独裁政権である幕府の統制下にありました。共産主義革命政権やナチスのごとき独裁的政権においても統制下にあったことは同様で、「国民感情をしっかりコントロールする」(洗脳)目的で駆使するプロパガンダにおいて必須の道具だったのです。我が国は以上のごとく氏素性からして新聞は権力の統制下に置かれやすく、共産主義革命政権や独裁的政権の手法である洗脳目的で使われやすい性向があり、現在は左翼系の統制バイアスが強くなっていることが顕著に観察されます。さらに我が国の新聞社がテレビ局の大株主であるケースが多いことはクロスオーナーシップを禁じる世界から見て異常な状態であり、「権力の監視役」が「洗脳」に使われる国が市民革命にルーツを持つ西欧諸国の目から見てまともな国であるとは言えないでしょう。高市総理はかつて総務大臣でしたから電波法を熟知しておられるはずで、遠からず策を練られることを期待します。

我が国では投資というものは一般には縁遠いと書きましたが、エクイティの世界で人生を送りアメリカで教育を受けてきた僕の目には共産主義国家かと映ることが多々あります。共産国も投資はしますがするのは国だけです。マルクスの理論を否定する気はありませんが「ではGAFAMやエヌビディアが国家機関から出てきましたか?」(アリババやテンセントだって)という質問に答えられなければ正しいと認めることもできません。民間に利益追及の自由があり、それを求めて世界最高の才能・頭脳が集まり、熾烈な競争原理が働いて最高の価値が生まれ、それがまた投資資金を呼んで価値が増えます。これが「成長」と呼ばれるもので、お金という物差しで国全体で表して前の年と比べたものが経済成長率なんです。ちなみにエヌビディア社の価値(株式時価総額)は現在約4. 6兆ドル(710兆円)で、2025年通年の日本国のGDP(662.8兆円)を超えてます。日本人1億2,286万人が1年間汗水たらして生んだ総付加価値とほぼ同じお値段の株式がアメリカのナスダック証券取引所に上場しているのです。なぜ共産主義国がうまくいかないかは諸説ありますが、唯物史観を押しのける何らかの社会学的根拠があるかもしれぬと思わせる雄弁な事例として、1961年に人類初の有人宇宙飛行に成功する世界最高の科学技術を有していたソビエト社会主義共和国連邦という名の共産主義国家が、そのわずか30年後に自ら瓦解してこの世から消えてなくなったことが挙げられましょう。自由主義は貧富の差という好ましからぬ副作用を不可避的かつ予見不能的に伴い理論的な美しさは皆無ですが、共産主義はソビエト社会主義共和国連邦及びその影響下にあった衛星諸国において貧者も富者も平等に貧者にしてみせることで理論の正当性を見事に証明し、その美しさを失っていないのは評価したい。よってそれに共鳴される方は世界に5か国だけ現存する共産主義国家に移住を検討されることも人生を楽しむための一法でありましょうというしかありません。

僕は経済学部卒でないので、日本の学校で教わったことと、後に米国の学校で教わったことのイデオロギー的な落差を頭の中で消化するのにけっこう苦労しました。子供の頃から刷り込まれていた「金もうけは悪だ」という観念が消えてなかったんでしょう、野村に入って3年も経っていたのにそうだったぐらいですから卒業して官僚だけやっている法学部卒の方々の頭の構造というのはそこそこ想像がつくのです。知識量もインテリジェンスもマスとして見れば政治家より官僚がぜんぜん上ですから彼らの頭の構造が日本という国の形をストラクチャリングしてきたと見ていいと思うのです。その神輿に乗って政局だけやってる無能な総理大臣が続けば、僕の言葉で言わせてもらえば、日本がそこかしこの目に見えにくい局面で共産主義国的であることは不思議でありません。その目で高市スピーチを見ますと、これはご自身が書いたものに相違ない。官僚からこれが出てくるとは到底考えられないからです。血肉となった自らの文章で緻密に政策を書け、絶対の自信を持って先陣を切って実行できる。まるで企業の大経営者でありオーケストラの大指揮者です。総理であるなしに関わらずこんな政治家がかつて日本にいたでしょうか。世界が彼女の出現に驚き、多くがアジアにおける日本の方向性に賛同し、欧米の左寄りのメディアですら一部がポジティブに報道していることはまったくもって自然です。なぜなら正々堂々と戦った勝利は、右であれ左であれコモンセンスのある人はフェアに讃える。それが文明国というものなのです。

チャレンジという言葉も素敵ですね。目標のバーが高い場合にだけ使う言葉で、掲げているのは確かに日本を根底から変えるほど高いバーです。やらせていただければ懸命にやります、そうでなければ職を辞しますとして解散したのは、「何事もリスクはありますが」という、失敗も言下に想定したヘッジの類は絶つという武士道精神を思わせる決然とした宣言です。この宣言こそ「チャレンジしない国に未来はありません」というメッセージの頑強な礎石であることは子供でもわかるでしょう。国の為にそこまで腹をくくった人を前に大義があるのないのとクソくだらない茶々を平気で入れられるのは礎石を築いたことのない人です。まして、「そうはいっても何事もリスクはありますよね」と相手の前提を無視した前提に平然と立ち返るような人間と、あらゆる種類の知的な会話を行うことは世界中のあらゆる国で不可能であります。そんな無価値なものを、一国の総理大臣の身を切る血判状よりも芸人の思いつきの方が価値があるかもしれないと判断して放映するようなテレビ局に、国民の財産である電波を割引料金で使用させている理由がどこに存在するのか、国会議員は国民の前で討議すべきである。こういう人たちはまともな教育を受けた日本人じゃないなという感覚を禁じえず、皆様の大切なお子様やお孫様にそうした局の番組は見せないことを心よりお勧め申し上げるしかありません。

このままじゃ日本は腐る。7割の有権者が危機感と怒りをもってそう考えていた証明がこの度の衆議院選挙の結果だったのです。これを「一過性の高市旋風だ」と丸めるのがこれまた共産主義的「レッテル貼り」であることを後学のためにご記憶されたい。真実は何だったか?この遠因は、積極的な自民党支持者ではないがあまりに野党がひどいので消去法的に自民に投票していた有権者が、これも積極的に支持したわけではないが多少はましに見える新興政党に逃げたことにあります。自民の誰かに立ち上がってもらわなくちゃいけないと願いつつ、そこで189人の自民党議員が総裁選の決選投票で選んだのが「あの人」だったから逃げたのです。誰あろう僕自身が人生初めてそうした。これは重い事実です。その判断にはこれまた序章があって、自民党の内なる脅威としか言葉もない現象は安倍総理暗殺事件後の「その前の人」の行動から始まっており、総理になってやりたいことは何ですかと高校生に質問されて人事ですと、あまりにずれて唐突な回答に驚き、これはウイットをきかせた彼なりのジョークに違いないと信じていたら本気だったというブラックジョークでした。次の人はグジャグジャねばねば言うだけで何もやらない上に選挙3連敗で自民党を完膚なきまでにボロボロにしました。膿(ウミ)がいっぱいある政党ですからそれも結構。綺麗にして功労者になるのかなと思ってたら残ったのは膿のほうでした。

つまりこの衆院選の大勝は「このままじゃ日本は腐る。自民の誰かに立ち上がってもらわなくちゃいけない」と願っていた、僕のような、「積極的な自民党支持者ではないがあまりに野党がひどいので消去法的に自民に投票していた有権者」が、高市早苗という適格性の高い「誰か」を得たと確信して自民に復帰した、すなわち高市早苗をカタリストとした「自民党の異常事態からの復元現象」であったのです。よって、あるべきところに戻っただけだから持続しますし、高市早苗が前任者と同じぐらい愚鈍だったと積極的に証明されない限り支持率を前任者レベルに落とすエネルギーは宇宙のどこにもありません。よって、高い確率で彼女は、いや日本国は、成功します。誰がやっても全部成功するものをチャレンジと呼ばないことぐらい国民は理解してます。目標が達成できなくてもそこに至る過程の中からこの人は何かを学び取って国民が納得できる次善策を履行するだろう。政治はそういうものであることぐらい国民は理解してます。だから彼女の支持率は7割あるのです。

長期政権のベースを固めるためにも高市政権は可及的速やかにイボコロリか何かで排膿処置した方がいいです。189人対策です。しかし昨今の冷徹さに満ちた主要閣僚たちの対外的言説から拝察するに、閣内はほぼそれができている。高市さん、頭脳明晰な上に不動の胆力と実行力があり、微細なことまでつき詰めて自分の頭で考えて結論を出すインテリジェンスの持ち主は、僕の知る限り世界のアッパークラスにもあんまりいないのです。東大生に多い世間知らずのひ弱なガリ勉でないことは、ガリ勉とは程遠かった小生は存分に拝察できております。それなくしてトランプのような男の懐にうまく飛び込んだりメローニのような女性の心をわしづかみにするようなことは出来ようがないのであって、批判してる人間はそういう能力も経験もなく想像すらつかないのです。ケンカが強そうなんで党内もばっさりいかれるでしょうね、楽しみにしております。そして片山さつき財務大臣も、ダボス会議のビデオ拝見しました。いいですねえ、豪速球が外角低めにビシビシ決まってる感じします。英語うまい人なんていくらもいますが頭悪いと意味ないんでね。彼女は教育大附属、東大法学部トップで留学はフランスのENAときている、財務省の皆さん大変だろうけど国の為に頑張ってください。

というわけでスピーチは施政方針という名のToDoリストです。やることは決まってるんだから速いでしょう。憲法や軍備や皇室典範やスパイ防止法のことはいろいろ思うこともあるので今回は書きませんが、高市さん2/3を取ったのはでかいですね。まずはトランプとの会談を期待しましょう。

『黒猫フクの人生観』 (第十一話)

2026 FEB 20 23:23:27 pm by 東 賢太郎

地球じゃあ第2次高市内閣が始まったね。支持率6ポイントも上がって73%って、政治の金メダルもんだ。そうそう、ミラノじゃ日本のメダルが過去最高の24個になったってね。国会とオリンピックで “ニッポン” がアゲアゲだって天国の猫界じゃ評判だよ。そういえば日の丸に✖するのも人権だみたいな大分のおっちゃん、誰だっけ名前も忘れちゃったけど残念でした、今ごろきっと悔しがってるだろうね。「私が新党を立ち上げるなんて言われてますが、そんなことはありません!」ってさ、誰も知らねえってのそんなもん。

主人といえばこのまえ仲間で食事してね、「高市推しなんですね」「うん、自民推しじゃないけどね」ってあっさりしたもんさ。だってブログであんなに自民ボロカスだったんだからちょっと意外感はあったみたいだね。でも僕は知ってるんだ。こっそり教えちゃうけどね、高市さんが普通の家の子だから応援してるのさ。主人は自分も奥さんもそうだし球界の盟主巨人みたいなのはへどが出るくらい嫌いでクソくらえだし、家の猫までぜんぶノラ出身っていう徹底ぶりなんだ。だから世襲の安倍も麻生も岸田も石破もぜんぶのっけからボロカスでね、高市さんは自民党っていうドブ臭い泥沼に咲いた蓮の花みたいに見えてるんだ。まあ気持ちわからんでもないけどさ、猫より単細胞だよね。

でもビジネスマンだからね、それだけじゃないよ。株さ。「別に野党が政権取ったって構わないけど、あいつら誰ひとり株のカの字もわかってねえ」ってね、野田が総理なんかなったら大暴落、 一気に2万円も下がるから俺は株は全部売るってあちこちで言ってたんだ。民主党政権だったとき日経平均は歴史的低空飛行の8000円だからね。そうそう中道の小川新代表さんね、驚いちゃうね、日本国の理想はスウェーデンだってよ。移民入れたら強姦が世界第2位になっちゃって、 500万円あげますからクニにお帰りくださいってお願いしてる程度の国だよ。何が悲しくて日本がそんな国にならなきゃいけないの?頭大丈夫かね。わかるでしょこの世界常識との天文学的なズレ。だから解散来てビビって公明に頭から食われちゃってさ、準備不足どころか真面目に政権取ろうなんて思ってないからね、「大義がないぞ作戦」でオールドメディアに大騒ぎさせてるうちに自滅して「SNSにデマが」って負け犬の遠吠えだ。じゃあ君たちもSNSにお家芸のデマ流せばよかったじゃないか。なぜできないかって?ほんとにデマだからさ。オールドメディアはいまだに高市内閣のピンボケ映像を流して下げ下げ運動やってるけどさ、やればやるほど支持率上がるって帽子から鳩が出るマジックショーより楽しめるよね。まあそのうち「トーストを落とすとバターを塗った面が下になる」ってマーフィーの法則の事例集に採用されて末永くバカにされるだろうね。

 

僕が聴いた名演奏家たち(エミール・ギレリス)

2026 FEB 19 14:14:48 pm by 東 賢太郎

この人を「僕が聴いた名演奏家たち」に入れなかったのは、ギレリスがロイヤル・フェスティバル・ホールでの最後のコンサートで、満場を制してアンコールを弾いた、その気持ちと同じものが僕の中に根強く残っていたからです。スカルラッティを聴いて、やっといま、入れる時が来ました。まず彼のバイオグラフィーをご覧ください。

生誕:1916年10月19日 – ウクライナ、オデッサ
死去:1985年10月14日 – ロシア、モスクワ

エミール・グリゴリエヴィチ・ギレリスはソビエト連邦のピアニスト。オデッサで両親ともに音楽家というユダヤ系音楽家の家庭にサムイル・ヒレリスとして生まれた。6歳でヤコフ・トカチに師事し、ピアノを学び始めた。トカチは厳格な規律を重んじ、音階と練習曲を重んじる教師であり、ギレリスは後に、この厳格な訓練が自身の技術の基礎を築いたと述べている。1929年6月、ギレリスは12歳で初の公開演奏を行い、ベートーベン、スカルラッティ、ショパン、シューマンを演奏した。1930年、オデッサ音楽院に入学し、自身の人格形成に影響したと高く評価するベルタ・ラインバルトに師事した。1931年には、音楽院を訪れたアルトゥール・ルービンシュタインに認められ、その勧めで17歳で第1回全ソ連ピアノコンクールに参加し優勝した。

1935年に卒業後、モスクワに移り、1937年まで著名なピアノ教師ゲンリフ・ネイガウスに師事し、1936年にウィーン国際コンクールで第2位となり、翌年、21歳でイザイ国際音楽祭で優勝し、ミケランジェリやリンパニーらを破った。ギレリスは、西側諸国への渡航を許可された最初のソビエト音楽家だった。1944年12月30日、モスクワ音楽院大ホールで、プロコフィエフのピアノソナタ第8番を初演し、1947年からコンサートピアニストとしてヨーロッパツアーを行い、1955年にはフィラデルフィアでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏してアメリカデビューを果たした。1952年以降はモスクワ音楽院の教授を務め、晩年は祖国ロシアに留まって海外にはほとんど足を踏み入れず、1946年にはスターリン賞、1961年と1966年にはレーニン勲章、1962年にはレーニン賞を受賞した。

ギレリスは20世紀を代表するピアニストの一人として広く認められており、卓越した技術と洗練された音色で広く称賛されている。ドイツ=オーストリア音楽の中心的な古典派の解釈は彼のレパートリーの中核を成し、とりわけベートーベン、ブラームス、シューマンの作品がそうであったが、スカルラッティ、J.S.バッハ、さらにはドビッシー、バルトーク、プロコフィエフといった20世紀の音楽についても同様に啓発的であった。リストの作品も第一級であり、ハンガリー狂詩曲第6番やピアノソナタ ロ短調の録音は一部で古典的地位を獲得している。ドイツ・グラモフォンのためにベートーベンのピアノソナタの全集を完成させている最中の1985年にモスクワで健康診断を受けた後に亡くなった。ギレリスをよく知るリヒテルによると、検査を担当したロシア人医師によって彼は事故死したという。

以上、”Bach Cantatas Website” より筆者訳(一部加筆)

 

ギレリスの演奏の描写につきものなのが「鋼鉄のタッチ」です。彼のベートーベンやブラームスを聞けばそうかなとも思いますが、万事そうなのですが、こういうレッテルというのはそれについて学ぼうと思う人にとっては無用の先入観になってしまうことが多いです。ロシアピアニズムという言葉もあって、僕は比較的ロシア人ピアニストが好きなものですから調べたことはありますが、今もって意味がよく分かりません。ピアノ学習者でないからかもしれませんが、例えば、野球経験者ではありますからカープ野球という言葉を聞けばこんな感じかなぐらいはわかります。でもそれを文章でといわれてもできません。素人の戯れ事ではございますがピアニストをそういう角度から紋蹴り型で理解することは真面目な鑑賞者としては避けたほうがいいかなと考えています。ここはピアニストの方に教えていただきたいところであります。

ギレリスのファンは世界中にいくらでもおられますが、僕もそのはしくれとして録音はたくさん鑑賞している方だと思います。特にベートーベンの協奏曲はバックハウスと共に曲を知る教祖的存在でしたから、個人的なクラシック音楽受容史の中では重要なピアニストだったと言えます。 ちなみに1955年生まれの僕は1900年代初頭あたりに生まれた演奏家によってクラシック音楽を覚え、その方々はどんどん鬼籍に入られている。だからどんどん長くなっているそのリストがこれなんです。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ということは僕を含めてこの人たちを聴いたことのある人間もやがていなくなります。音楽評論家の吉田秀和さんがベルリンやパリで体験されたフルトヴェングラーの演奏のことを熱く語っている。あれを読んで僕はとてもうらやましいと思ったのです。なぜならあの指揮者は棒の動きだけでなくオーラで指揮していたと思うからです。人間の発するオーラというものは現実にあって、僕はスポーツやビジネスの場で何度もそれを体感しています。そしてそれはレコードやビデオ映像には入らないのです。クラシックばかりではありません、デビューしたての頃のビートルズが初めてアメリカへ行って、確かワシントンでやったコンサートのユーチューブがありますが、映像で見たってすごいものです。でもあそこで声の限りのキャー!!をとばし、涙まで流して失神しそうな女の子たちが受けたと思われる、人生にまで響くほどの衝撃は伝わってきません。演奏家のオーラとはそういうものです。

音楽鑑賞が文化なのかどうかは知りませんが、「趣味は?」と尋ねられるとそう答える人は多いです。クラシックかどうかはさておき、音楽が世界中の多くの人に楽しみや生きる喜びを与えているという意味で文化ではあり、クラシックと呼ばれているジャンルがすべての音楽の根っこにあることだけは間違いありません。ヨーロッパの、それも貴族やアッパークラスだけの楽しみであったクラシックがあまねく我々庶民のものとなったのは20世紀のレコードやラジオの発明に負う所が大きいでしょう。特に日本においてはレコードやCDの売り上げを見ても世界で特筆すべき関心の高まりを見せたのは事実です。ドイツに住んでいて驚いたのは、フルトヴェングラーやクラッパーツブッシュの名前はコンサートゴーアーでもあまり知らないんです。それも30年前の話だから今ではほとんどの人が知らないんじゃないですか。でも僕の世代の日本のクラシックファンでフルトヴェングラーを知らないなんて言おうもんならモグリだねってわけです。これってすごいことですよ、双葉山や尾上菊五郎よりドイツ人をよく知ってるんですからね僕なんか。

30年前から演奏会場に老人ばっかりでその兆候が現れていましたが、ドイツにおけるクラシック音楽鑑賞文化の退潮ぶりは顕著のようです。ドイツ語をしゃべっていたバッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーべンの国ですらそうなんです。当のドイツ人たちがそれでいいと思ってるのかどうか今の僕にはわかりませんが、日本語をしゃべっている人達がやっていた能や狂言や歌舞伎が現代の日本人が誰でも知ってるものかと言われればさもありなんかもしれません。日本では生き残っていると信じたいですが、クラシックの名旋律が耳障りの良いポップスになったり、ウィーン・フィルが来日すると演奏会のチケットが47, 000円もするという形でというなら心配もあります。先ほど「庶民」と書きましたが、オペラじゃないコンサートですよ、いくら円安とはいえ庶民の手の届くものではなくなってきているのかもしれません。

子供のころ、高島屋や三越に行くのは西洋の高級な文物を見に行く楽しみみたいなものがあって胸が躍ったものです。いまどき、デパートにそういう目的で行く人がいますか?デパートの総売上高は10兆円ぐらいありましたが昨今は半分の5兆円です。これを見ると、西洋の高級な文物としてチケットが売れている日本のクラシック界も明るくない気がしてならないのです。僕は証券マンであって音楽評論家でもレコード会社の手先でもありません。物を書いてお金を得なくてはいけない人間でもありません。人生に多大な喜びを与えてくれたクラシック音楽に限りない愛情を持ち、それを産んでくれた作曲家たちに限りない敬意と感謝の念を抱き、数えきれない感動体験を経て今僕の頭の中にあるものがボケて消える前に恩返しに残しておきたい、それだけのためにブログを書いています。だから公開する必要はないのですが、書き物である以上誰かに読んでもらうことを前提としています。それは1000年後の自分の子孫だろうという動機で14年前に始めましたが現在世界で5000人以上の方が毎日訪問して下さっているようであり、全員が音楽好きではないにしても何らかのご関心を抱いていただけるならそれはそれでいいことではないかと思います。

ギレリスの話に戻ります。 1つ年上のリヒテルと比べられますが、違う資質のピアニストですね。僕はリヒテルもロンドンで聴いてますが、暗がりにろうそくだけの舞台はなにやらフェルメールの絵みたいで強烈なオーラを発しており、プロコフィエフのソナタが信じ難いほどのレガートでプレストでひかれる。あれは忘れようがありません。でも二人はモスクワ音楽院卒業生でネイガウス門下だ。ロシアはクラシック音楽の受容では後進国ですからね、しかも共産主義だったからオリンピック選手と同様に幼少期から選別して特訓する独特のシステムがあったようです。作曲家は物書きもそうでしたが作品を厳しく検閲されました。しかしパフォーマーである演奏家は、まさに五輪選手と同じで国威発揚になりますからギレリスのように西洋に出してもらえる人がいたんです。リヒテルがそうはいかなかったのは父親がドイツのスパイだという容疑をかけられてスターリンに銃殺されてるからで、長らく西側では「幻のピアニスト」扱いでした。こういう経歴はレコードを売ろうとする資本家にとっては目玉商品になるんです。当初の録音はソ連のメロディアというレーベルで音が悪く、あまり好きでないイメージがついてしまいました。のちにドイツグラモフォンがラフマニノフの2番を出しましたが、ピアノのスタイルが好きでなくますます遠のきました。だからリヒテルの評価は実演で目から鱗の大転換をとげたのです。逆にEMIやCBSで割合良い音だったギレリスは馴染んでおり、それがロンドンのチャイコフスキーで静止してしまった。こうした巨人達と同じ時代を生きていたからこその “あるある” です。ギレリスは、演奏後に最大の賛辞を贈ろうとしたユージン・オーマンディを「リヒテルを聴くまで待ってください」と制したエピソードがリヒテルのウィキペディアに載ってますが、楽屋に押しかけてそのオーマンディと楽しく話した自分のことも、だんだん他人のことだったような感じがしてきている今日この頃であります。

僕が何十回も聴き込んで血肉となっているものをいくつか挙げておきましょう。こうしてブログにたくさんの演奏を紹介してまいりましたが、僕は1万枚ぐらい持っているレコードやCDやユーチューブで出会ったものの中で単に自分と趣味のあったもの、あるいは全く個人的な事情で僕の人生において大事な演奏だったねということになったものをご紹介しているに過ぎません。自分の経験として申し上げますが、世の中に絶対的な名盤なんてものはあったためしはないしこれからもないです。そんなことをうたっている本は全部嘘です。どうしても好きなあそこのつけ麺屋とか、できれば会ってみたい好きなタイプの女優さんとか、ご縁があって飼うことになって大好きになってるうちの4匹の猫とか、そんなものであります。

 

ベートーベン ピアノ協奏曲全集(ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団)

最も好きな全集はと聞かれればいまでもこれかも。レオン・フライシャーとの全集も甲乙つけ難く、その時の気分でということになる。

 

ベートーベン ピアノ協奏曲第1番(クルト・ザンデルリンク指揮レニングラード・フィルハーモニー)

こちらの全集も価値あり。1番は勢いあふれるこれが我が定番。

 

ベートーベン ピアノ・ソナタ「熱情」

全32曲の録音中に前述の事故死。しかし27曲ある。あらゆる音源の中で最高の建築美と優美の調和。この熱情も凄い。全曲を聴かずしてギレリスは語れない。

 

ブラームス ピアノ協奏曲第2番(オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィル)

ヨッフムとあいまって堅牢で重厚な2番。アラウ・ハイテンク盤が好みだがこれも時々聴く。

 

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 (ズビン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニー)

ライブ録音。チャイコフスキーは、リヒテルと違って西側諸国に出ることをスターリンに許された彼の看板レパートリーだった。だから最後のロンドンで取り上げたと想像する。

 

モーツァルト ピアノ・ソナタ第15番ヘ長調  K 533/494(プラハの春音楽祭、 24 May 1973)

鋼鉄でなくクリスタルのタッチでしょ。深遠で思索に富んだ幽玄なモーツァルト。こういうものにギレリスの本質がのぞく。

 

ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第3番(アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団)

54年スタジオ録音。ラヴェルのコンビの伴奏とはそそる。これは鋼鉄。ギレリスは最高のピアニストはという質問にラフマニノフと答えている。

 

グリーグ 抒情小曲集」

全78曲から20曲。万華鏡の色彩。硬質なタッチ。心の襞に触れる哀感。淡い薄暮と黎明。最高級の芸術品。1974年、ベルリンイエス・キリスト教会。

ギレリスのスカルラッティに出会えた至福

2026 FEB 15 7:07:24 am by 東 賢太郎

ユーチューブがある時代に間にあって本当に良かった。だって、こんな凄い物に出会えてしまうのだから。せっせと秋葉原に通ってレコードやCDを買いあさっていた頃にこれを見つけていたら?何千円払ってでも手に入れていただろう。それがパソコンで無料なうえに、どういう因果か(たぶん生成AIが僕の好みをせっせと学習しているのだろう)、頼んでもいないのにこういうものを画面に並べてくれる。音楽だけじゃない、政治、経済、科学、証券市場、スポーツ、なんでも同様だ。ストライクゾーンの提案が向こうからポンと出てくるのはある意味でそら恐ろしくもあるのだが、趣味に合うヒット率がどんどん向上し、それをクリックしてやることでAIはさらに学習し、インテリジェンスの広がる速度も効率も増加関数的に増える。しかもタダだ。テレビや新聞に頼ってる人は情報収集で世の中の平均に加速度的に遅れてしまう上に金まで取られる。よって、オールドメディアとニューメディアの戦いは経済合理的に100%帰趨が見えているのである。それに乗り遅れる不利益をあえて甘受しようという人はいないが、情報弱者はそもそもそれに気がつかないし増加関数性も実感できないから、インテリジェンスのあるなしにおける世の中の断層はさらに広がる。必然的に収入格差も広がる。決して好ましいことではないが、それを国が税金で埋めてくれるわけではない。埋めるのは教育と勉強しかない。AIは職業も盗んでいくのだから、意図的に質の良い勉強をしないと高収入は得られない時代にどんどんなっていくことは心しておいたほうがよい。

今や伝説の人になってしまったロシアの大ピアニスト、エミール・ギレリス(1916 – 1985)がドメニコ・スカルラッティのソナタを弾いたリサイタルのライブ録音のことをいっている。こういうものは聴かないともったいない、是非どうぞ。

このリサイタルはロンドンで行われ、時は1984年10月15日のようだ。このビデオにコメントしている方がおられる。

「私はセント・ジョンズ・スミス・スクエアでこのランチタイム・コンサートを聴きました。土砂降りと雷雨(録音では気がつきませんが)とともに始まり、やがて濡れた窓から輝く陽光が差し込みました。地下聖堂で友人たちと一杯飲んだ後、ギレリスと同時に教会を出て、皆で立ち止まり、笑顔でとてもフレンドリーな彼と話しました。強いアクセントの「さあ、栄光の一日を!」という言葉が今でも思い出されます。スタイルに関する批判はさておき、このコンサートは強烈さ、詩情、そして豊かな響きで私の記憶に強く残っています。続いてドビッシーの「ピアノのために」が演奏されましたが、なんと素晴らしいプログラムだったのでしょう!ポストしてくれてありがとう」。(筆者訳)

ひょっとしてと思いプログラムを探したらあった。

時はスカルラッティの1日前、日曜日の午後、ロイヤル・フェスティバル・ホールだ。家内と2人で出かけている。パーヴォ・ベルグルンド指揮フィルハーモニア管弦楽団とのチャイコフスキーは忘れようにも忘れられない。第1楽章の第1主題の速いパッセージでギレリスは指が回らず、音が飛んでしまったのだ。やおら会場に無言の緊張がはりつめる。不測の事態にこちらも完全に動揺してしまい、ただただ演奏の無事を祈った。以後はそれも杞憂の堂々たる演奏で終楽章までたどり着き、コーダを渾身の力で弾き切るや拍手がホールを満たしたが、万雷の喝采というよりどこか当惑を秘めていた。すると彼はそれをやおら制してピアノに向かい、何かは忘れてしまったが小品を弾き始めたのだ。会場は不意をつかれたように息をひそめた。1階の中央やや左側からのぞんでいたギレリスの背中が輝いて見えた。そして長い余韻を残して曲を静かに閉じるや、今度は地を揺るがすスタンディングオベーションの嵐だ。過去何十年にもわたってロンドンの聴衆を魅了したであろう老大家への、おそらくそこにいた皆が感じていたであろう、最後になるかもしれない敬意と感謝を込めた万感のこもる拍手の一員となったこの思い出は、もう半世紀を越えようというわが音楽人生の中でも特別な位置を占めている。そののち、僕は同じRFHでヘルベルト・フォン・カラヤンの、バービカン・ホールでレナード・バーンスタインの、アムステルダム・コンセルトヘボウでオイゲン・ヨッフムの、そしてチューリヒ・トーンハレでゲオルグ・ショルティの、アカデミー・オブ・ミュージックでユージン・オーマンディーの、ウィグモア・ホールでヴラド・ペルルミュテールの、まさに同様のシチュエーションでの拍手を送らせてもらった。思えばこれらは、クラシック音楽の歴史にそう刻まれることになるだろう「20世紀の名演奏家の時代」への惜別でもあったのだ。

今調べてみると、ギレリスは奇しくもちょうど1年後の10月14日に亡くなっている。チャンスはもう訪れずこれが最後になった。間にあって本当に良かった。それにしても、なんとあの翌日にこんな素晴らしいスカルラッティをやっていたなんて! それを42年も経ってから発掘できたなんて!ふと思いついて、先ほど老大家と記したあの時のエミール・ギレリスは何歳だったのかなと計算してみると68歳である。そういうことだったのか。安堵も入り混じった、どこか空漠たる気持ちを禁じ得ないのがなにやら不思議だ。

 

『黒猫フクの人生観』 (第十話)

2026 FEB 14 19:19:59 pm by 東 賢太郎

みんな覚えてるかな?僕がこれを書いたのは1月24日だよ

「阿弥陀様の話には驚いたよ。公安の調査力ってすごいんだね。スパイ防止法ってのが大事だってことがよく分かったよ。天国の動物国会は猫党と犬党の二大政党制なんだけど、与作はヒグマ党を作って次の選挙に全員当選させようとハッキング、盗聴、なりすまし、裏金、賄賂、マネトラ、ハニトラ、恐喝、もう何でもアリで地下工作していたっていうんだ。でも力の差は歴然なんだ。そこで与作は犬党の幹部に近寄ってね、なんと合併を持ちかけたんだよ。

合併の条件を見た犬党の若手の怒りも凄まじいよ、だって圧倒的に数が少ないヒグマはなんと比例代表枠だけの立候補なんだ。しかも全員が名簿の1位2位でね、犬たちは今までどおり小選挙区で泥臭くドブ板ふんで戦えっていうんだ。これはひどいね、だってヒグマは全員が投票前から当選確実だよ、入試ならひとり残らず推薦入学もらったみたいなもんだ。つまりこの合併って大量の「犬死に」が前提なんだ。でもヒグマなしじゃもっと負ける、それどころか自分の身も危ないって幹部は誘惑に負けちまったんだ。犬党の公約は全部変えます、育ててもらった主人の家が神道だろうが浄土真宗大谷派だろうがクリスチャンだろうが、ぜーんぶ今日からヒグマ教に変えます、お経でも何でも唱えます。すごいでしょ?こんな状態に追い込まれたのは無能な幹部どもの責任だからね、もし負けたら全員が公開処刑だろうって、天国じゃもっぱらの噂だよ」。

 

ねっ、いま地球で起きてることは天国で3週間前に起きてたんだ。テレビで共同代表のお爺ちゃん二人がそろってお経唱えてたでしょ。別に僕に予知能力があるわけじゃないよ、見たことを「第七話」に書いただけさ。信じてもらえたかな?

『黒猫フクの人生観』 (第七話)

そうそう、ひとつだけ間違ってたね、犬党の幹部たちは公開処刑にならなかったね。だってその前にみんな落選して処刑されちまったからさ。

ありし日のフク

天国にはいろんな政党があって面白いでしょ?これからいろいろ紹介するからね。スッポン党なんてのもあってね、何でも反対反対ハンタ~イで食ってかかってね、尻尾なんかに噛みついて離れないんだ。政策とか中身はどうでもいいわけ、猫がイテテって顔しかめると、グルのメディアがここぞとばかりに写真撮るんだ。黙ってないのはカミツキガメ党さ。テレビ討論会なんかやるとこいつらがやたら張り切ってプロレスみたいになるわけ。お前らうるさいから合併したらどうだってこの前いったんだけどさ、ありえないとか怒るんだよ、どっちも1人しかいないんだけど。政権取る気なんかサラサラ無いんだからただの芸なんだね。そこでテレビも最近は特番とかいってカミツキ役を芸人にやらせちゃってるんだ。そこでまた何にも分かってない芸人が偉そうに噛み付いてね、ついに天国民に何だこの野郎って殴り返される事件が起きたんだ。だってウチのサナエは支持率7割だよ、そうなるぐらい亀でもわかると思うんだけどね、テレビもそこまで落ちちゃってるんだ。サナエはもうドジャースのオータニさんといっしょでね、誰も叩けない。叩くと非国民ってことになってね、有権者の敵になっちゃうし政権支持率はますます上がっちまうんだ。メディアなのにこれが見抜けてないって、真正のバカだよね。

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ランドフスカのモーツァルトは絶品

2026 FEB 13 7:07:15 am by 東 賢太郎

僕がピアノに触り出したのは高1ぐらいだが、ハノンだけやってツェル二ーはすっ飛ばして初めて弾けるようになった曲がJ.S.バッハのインヴェンション第1番ハ長調だ。いきなりバッハとはなんと高邁な入り方だったかと思うが、硬式野球部にいながらそんなことをやっていたのだから我ながら相当変な奴だった。誰かに習ったわけではなくレコードは持ってなかったし譜面から起こしてやったわけだが、どういう風に鳴ればいいのかを知ったのはポーランド生まれのワンダ・ランドフスカ(1879 – 1959)の演奏だった。後にヤマハのクラビノーバをチェンバロ音にして弾くと感じが出て結構ハマった。

ランドフスカとトルストイ

チェンバロによるバッハといえばもう1人、チェコ人のズザナ・ルージイチコヴァ(1927- 2017)をあげなくてはいけない。彼女の平均律第1巻は好きだが、愛好曲のイタリア協奏曲はテンポの揺れが今ひとつ性に合わない。これは好みの問題だから是も非もないが、テンポやアゴーギクやフレージングにおいてしっくりくるのはランドフスカなのだ。バッハの譜面にそんなものは書いてないから良いと思うかどうかは演奏家とのフィーリングの相性しかない。ルージイチコヴァは風貌からして学者然とした感じだが、ランドフスカはビデオのインタビューを見ると音楽に夢みる乙女がおばあちゃんになったみたいな感じで話すと面白そうだ、僕はこういう人は好きな方である。

ランドフスカがピアノで弾いたモーツァルトに衝撃を受けたのはいつだったろう?レコード棚を探しても持っていないようだし、曲も忘れてしまったけれど、とにかくどこかで耳にしたのだ。ユーチューブをサーフィンしてみるとピアノソナタ第9番ニ長調K.311に行き当たった。1938年パリでの録音で、おりから第2次大戦が始まりナチスのパリ侵攻でユダヤ系の音楽家の録音は廃棄されたためか、第2、第3楽章が欠損している。幸い第1楽章は生き残ったが、これがため息がでるほど素晴らしいのだ。

ピアニストの方、誰に伺ってもモーツァルトは難しいという。怖いから弾きたくないという人もいるらしい。聴く側からしても、技術的なミスは歓迎しない。ベートーベンはミスタッチがあっても気にならないのになぜなんだろう。もうひとつ、僕の場合は、パッションがないといけない。ありていに言うなら情熱という意味だが、ロマン派ではないのでニュアンスが違う。その作品にとりつかれてしまい、寝ても覚めても耳鳴りみたいにその曲が頭の中で鳴っていますというような状態。ひょっとして僕がロンドンにいた頃にフィリップスに続々とモーツァルトを録音されて高評価を得ていたいた内田光子さんがそんな感じだったかもしれないが、そこまで憑依してモーツァルトに入り込んでしまうような物が僕の言うパッションなのである。とても上手ですね、でもどうしてあなたはこの曲を弾きたかったんですか?というのが響いてこない。完璧な技術で真珠を並べたように美しく弾いているのだが、憑依もなければ頭も冷静で、美しいモーツァルトをミスなくお届けしようという事務作業に腐心しているようにしか聞こえない。だからどうも心に響いてこないという演奏が多いのである。

ランドフスカの第1楽章はドンピシャだ。すぐ後に書くパリ交響曲の出だしみたいにギャランドで人生の期待にわくわく、次々と主題が湧き出してくるのもそっくりだ。軽い打鍵なのにパッションに満ち満ちており、ソプラノ声部の隠し味のように自然なタッチの使い分け、ハープシコードを思わせる見事なレガートとスタッカート、絶妙なフレーズの伸び縮み、こまたの切れ上がったコケティッシュな装飾音符など、極上の愉悦感のオンパレードだ。快適なテンポですいすいと進んで第1テーマから第2テーマに間を開けずテンポもそのまま飛び込み(素晴らしい!)、曲想に合わせて音色とタッチだけで空気を変える瞬間はまるで魔法のよう。展開部でソプラノとアルトの掛け合いはまるでオペラだ。終結はテンポを落としてppでひっそりと消える。生きる喜びにあふれる歌にめくるめく思いの4分半である。

彼女は後にアメリカに移住してコネチカットの住人になり、自宅でK.311を全曲録音しているので愛奏曲だったのだろう。それも貴重な記録ではあるが、熱も技術もピークにはなく残念だ。パリの街にナチスの軍靴が響くなか、ピアノに向かう彼女の胸の中には何かがあったのだ。ハープシコードを弾く彼女のビデオを見ると “くの字” に鋭角に曲がった指使いにぎょっとする。技術的には深い秘密があるのだろうが、それは素人が詮索できることではない。

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この選挙は日本史上初の市民革命である

2026 FEB 11 0:00:27 am by 東 賢太郎

「もしできなかったらどうやって責任を取るんですか?」と芸能人が高市総理に詰め寄っているユーチューブを見ました。総理が日本に蔓延している「縮み思考」と呼んでるものの正体はまさにこれであります。これと戦うのは大変です。政府部門で言えば緊縮財政のスタンスを堅持する財務省がそれです。言うまでもなく財政収支の均衡は大事です、国の台所だし通貨の価値も依存しています。企業であれば経営安定の指標であり株価も依存しています。だから財務官僚や企業の財務部門が緊縮スタンスなのは仕事として当然であり、国なら政治家が、企業ならボードメンバーがそれと喧々諤々の議論をして予算策定・執行や投資を行い、安全を確保したり成長を生み出したりするのです。僕は海外現地法人の社長を3つやらせていただきましたが、最も苦労したのはそれでした。社長(CEO)がアクセルを踏まなければ車は前に進みませんから赤字です。証券会社の厳しい経営風土の中でそんな社長はすぐクビです。賢明にかつ大胆にアクセルを踏むことを期待して僕を送り込んでいる本社の承認は取れたとしても、現地の財務部門が却下すれば現法の取締役会は通らず、無理して押し切って失敗すれば最悪の事態として当事国の銀行免許剥奪だってあり得ます。だからいつでもブレーキを踏む覚悟でアクセルを踏み込まなくてはいけないのです。ひとりの人間の中でこの両方の気持ちを高いテンションでキープするのはとても大変です。好きな女性といつでも別れるつもりで結婚するようなものだからです。そんなことは知るはずもない冒頭の芸能人は、そのシチュエーションにある高市総理の結婚披露宴で「離婚になったら手切れ金はいくら払うんですか?」と質問しているようなもので、こいつアタマ大丈夫かという話なんです。国民の7割が支持してる人にそんなことを聞けば7割の視聴者に嫌われるわけです。人気商売の彼がそれでもしたということは、そこまでして守りたい政治信条があるのか、テレビ局のディレクターに指示されてるのか、アタマが本当に大丈夫でない、のどれかですね。

資本主義のまともな先進国であれば、国の繁栄のために財政均衡に目配りしながら「拡大思考」ができる人はちゃんといて、ちゃんとリーダーになってるんです。企業でもそうです。それが政治家でありCEOの仕事なのです。ブレーキも踏むわけだから彼らは決してイケイケどんどんタイプじゃありません。必須条件はまず第一に人間としてまともであること、そして勉強家であることです。そうでないとどこの国であれ一流企業の社員はついてきません。そうしたリーダーがいることが “鏡” となってその国や企業が一流であると世界に評価されるのです。 16年海外で仕事をしてきた僕として、高市さんが総理であることはどこの国へ行っても誇れることだ、ビジネスにとってとてもプラスだと心の底から感じます。僕が海外でやっていた仕事は、簡単に言えば、日本の株式や債券という金融商品を現地の金融機関やファンドに売りこむことです。毎日毎日、高市さんが訴えてるように日本は強い、もっと強くなるという説得をくり返していたわけです。だから彼女の演説を聞いていても何の違和感もなく、これぞ日本国が世界に思いっきりアピールすべきことだと確信するのです。日本にそういう強いリーダーがいては困るなどという日本人はいません。永遠に戦争を反省し「縮み思考」で永遠に大人しくしてますなんて国であれば、大国は征服しようかなと野心を持つことはあってもリスペクトして対等に付きあおうなんて思わない。海外で戦った人は誰でも分かりますが、世界はそんなお花畑ではないのです。

昭和の日本はものづくりが成長の基盤でしたから企業は資本も人材も集中し、「大きいことはいいことだ~」というCMソングが流行ったんです。人海戦術の企業のトップは切れ者より村長さんタイプが丸く収まります。だからそれを目指す社員は飲み会に明け暮れ、人脈を作り人心掌握し、仕事は「よきにはからえ」のタイプが偉くなり、それに馴染まないタイプの人間は使いにくく和を乱すとみなされ偉くしない。僕がいた証券界は絵に描いたようにそれでした。自民党は村が大きくなってもその権力構造は温存し、その中のまた村である派閥というものをつくり村社会原理を離脱してきませんでした。ですから、今回の選挙の結果はいよいよ日本もリーダー像が大きく変わったことを示しているという風に僕の目には映るわけです。飲み会も出なければ派閥も作らない、しかも女性である。古い自民党の中で想像もできなかった総理の出現を7割もの国民が支持したのは事件と言えましょう。 2、3人の爺さんが密室にこもって次の総理を決める。僕には黒魔術の儀式にしか見えないおぞましさであり、それを粉々にぶち壊したジャンヌ・ダルク、いやわが国が誇る美少女戦士セーラームーンみたいな人物の出現を讃えるエールだったと考えるのです。ニ子玉川の演説に子供がたくさん来ていたことも、アニメ世代の若者による「サナ活」ブームもそれで理解できます。

自民党村社会において、勉強は秀才ぞろいの官僚の仕事だったんです。彼らにとって、勉強してない村長を手玉に取るなど赤子の手をひねるようなものであります。そうやって政治家よりも官僚が政策決定において優位となり、総理大臣の生殺与奪にまでかかわるパワーまで持ってしまったために、財務省がブレーキを踏めと言えば唯々諾々とアクセルを放棄する者が総理の座につき、国家という車を前に進める者はいなくなってしまった。それで愛車がズルズルと泥沼にはまってしまったのが失われた30年なのです。悪いのはブレーキを踏む役目の財務省ではありません。ここは思い切ってアクセルを踏むべきである、それが民意であると予算編成において官僚を論破できるほどの頭脳と知識と支持基盤のある政治家がいなかったことなのです。だからそれが不満であれば、すべきことは財務省解体デモではなく、不勉強な国会議員を選挙で片っ端から追い出して有能な議員に入れ替えることだったのです。国民があっという間にそれを学習したのはネットのパワーであり、それが生んだのが今回の歴史的な自民党圧勝だったのですが、しかしながらこれで浄化が完成したと思ったら大間違いです。一昨年の自民党総裁選で石破総理に投票した者が189人もおり、高市旋風のおかげでこの塊は生き残ったからです。これを追い出すためには自民党の村社会原理を一掃しなくてはいけませんが、それは総理ひとりでは困難であり、最低5年の計を持って強力な執行部が冷徹に実行すべきことです。

希望的観測かもしれませんが、有権者が今後も賢明であり続ければ、高市をロールモデルとした自民党総裁が続くのではないでしょうか。僕はその可能性が高いと考えています。なぜなら高市総理のかつてなかった特質は政策をロジカルにくっきりと読み書きできることだからです。これは権謀術数と腹芸で権力を奪取する古い自民党の個人技とは違い、資質と能力さえあれば誰でもできる、ある一定のユニバーサル性を持っています。肩書や権威や忖度でなく言葉で人を動かす。これは国籍を問わず世界で通用する人間の共通項だからです。米経済誌フォーブズが高市を世界で最もパワフルな女性第3位にあげたことがその雄弁な証拠です。呪術やおまじないでどんなに人気が出てもそれは宗教であって政治ではありません。世界はそう理解します。ピーター・ドラッカーは著書でそのことを「経営者はオーケストラの指揮者だ」という比喩で表現しています。団員より誰より楽譜を知り、言葉と身体でやりたいことをはっきりくっきりと伝えないと指揮はできません。日本の村社会で育った議員が理解できないのは仕方ありませんが、それは頑張って勉強すれば乗り越えられるのです。つまり問題の本質ではない。致命的なのは、勉強しないこと、すなわち「井の中の蛙(かわず)」であることなんです。日本の政界が農村風土の頃はそれで良かった。しかし世界の大国と対等に対話し、アピールすべき力の均衡は堂々とアピールし、相互のリスペクトを醸成しながら21世紀型の新たな均衡点を模索していく外交において、井の中の蛙など全く通用しません。「対話が全てを解決します」「対話によって日本の平和と安全は保持できるのです」と説くのは結構だが、ところで、あなたの政党に世界の大国の国家元首と対等に対話してリスペクトを得られる能力のある人がいるんですか?ということです。

高市さんをロールモデルとした自民党総裁が続くなら、与野党を問わず古い国会議員さんたちは役目を終えました。それが今回如実に示された民意だと僕は理解しております。海外の政治情勢はネットを通して簡単に学べます。さらに上級者になって米国株や債券に投資をしている人も大勢いる。「有権者」というセグメントは、不勉強で万年ドメスチックな政治家なんかよりずっと世界の空気をよく分かっています。だから肩書や権威や忖度だけで「昔の名前で出ています」の議員は片っ端から落選したのです。自民は候補者不足で14の比例議席を結果的に他党に譲りました。歴史上初めてのマグニチュードで高市総理が政界をガラガラポンしたのにアホな政党です。本来は330議席だったんで空前絶後になる数字かもしれませんね。誰も斬首されたわけではありませんが、僕は後世の政治学者が、この選挙が日本国に初めて起きた市民革命だったと述べるのではないかと考えています。

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高市総理 最後の演説で二子玉川に来臨

2026 FEB 8 2:02:31 am by 東 賢太郎

家から歩ける二子玉川公園。よくぞ来てくださった。行くしかないじゃないですか。1時間半前に着きましたがもう広い公園は人でびっしり。押しくらまんじゅうでした。びっくりしたのは若いカップルや小学生ぐらいの子供をつれた親御さんが多いんです。とにかく若い。お天気はみぞれ混じり。気温は0度近い。高市さんが来るのは午後7時です。この熱気は来てみないと分かりませんね、高市フィーバーなんて単純なものじゃない、政治の屋台骨を揺るがす革命が起きてます。 10年経てばこの子たちも有権者です。素晴らしい、確実に日本は変わります。野党が解散の大義がどうとか騒いでるけど、この革命が世界に発信され、アメリカの大統領からメッセージが来るなんて前代未聞のことが起きた、それそのものが大義でしょ?外交上の危機に目をつぶり、何もしないで台風をやり過ごしましょうなんて政権にやらせていたら、ここに来ている子供たちが大人になる頃には、中身を食い荒らされたセミの抜け殻だけが残ります。それのことを日本国と呼ばなくてはいけない時代が来ます。僕は本気でそう思います。台風は日本だけの力で何をしても消えません。だから、台風が来ないような日本にするしかないんです。戦争は未来永劫、絶対にダメです。戦争をしないためには、平和平和とお経を100万回唱えてもダメなんです。常識で考えてください、そんなの当たり前じゃないですか。そのための手だてを総理は考え抜いておられます。ご著書を読みました。全くもってロジカルで現実的で、不可能なものは1つもありません。官僚に頼らずこれだけ自分の頭で考え抜いてる、そもそもそんな頭を持った政治家が他にいますか?簡単でない施策はありますが、そこは働いて働いて働いてと体を張っておられる。ご本人を見て確信しました。彼女は本気です。命をかけています。僕はそれを信用します。彼女よりもっと信用できるという政治家がいますか?それはどんな理由からですか、言葉で明確に答えられますか?選挙は議席やファミリービジネスを守るためのトークショーであり、公約はいい加減で守らずころころ変え、言いわけだけ弁が立つ連中ばっかりじゃないですか。そんな奴らが政治のプロだと居すわり、国民に見えない永田町という村のしきたりを営々と築き上げ、日本国の繁栄にとってどうでもいいことが発覚しつつあるその村の一員であることだけが誇りのオールドメディア、それの解説で飯を食ってるコバンザメの御用評論家、そもそも大元がどうでもいいのですからその連中も間違いなく消えていく運命にあるのです。賭けてもいいです。今の若者はネットで真実を学び、それを一掃してくれる高市さんに期待している。だから気温零度でみぞれの降る中、 1時間半もじっと待っているのです。来てよかった、よくわかりました。この結末はオールドメディアに対するネットの勝利だと僕は確信します。そしてニューメディアの進化はさらに加速度的に進み、バカな議員が惰性で占めている議席数は削減されるか、AIに置き換わられます。そこまで10年もかからないでしょう。英国のサッチャー首相は公的機関の無駄を切り捨てて小さな政府を目指し、チャレンジする者が報われるという信念を持って成長は民間の競争原理に委ね、労働党による長年の左翼支配ではまり込んでしまった「英国病」から見事に国を立ち直らせました。国民の生活もプライドも復活しました。エリートづらして仕事しない連中の首を大量に切るわけだから怨嗟の声があふれる、この政策転換はのるかそるかの大博打(ばくち)だったんです。その勝負に勝った、だから鉄の女なんです。高市さんもサッチャーと同じ位の大勝負をしかけてます。大変な度胸だ。まわりの男連中の誰にそんな度胸がありますか?それをするために、くだらない永田町の飲み会など全部すっぽかして徹底的に自分で勉強されている、それは演説や国会答弁を聞いているとわかります。緻密な情報収集と勉強が土台にあるから博打を打てるんです。サッチャー革命のど真ん中であった怒涛の6年間、僕は最盛期の野村證券にいてロンドンの金融街シティのど真ん中で働きました。自他ともに認める生き証人です。高市さんが掲げた標語JAPAN IS BACK。これを願わない日本人はいません。思いっきりやってください。お好きな英国のヘヴィメタバンドアイアン・メイデン」。これはちょっと違うが、解釈によっては似た意味ですな。これでいってください。 石破さんに総裁決選投票で、何も考えてない189人もの自民党員が投票したわけでしょ?そうして選ばれた彼が選挙を3つも大敗した歴史に残るドツボの1年間がJAPAN IS BACKの役に立ったと思ってる日本人は何人いますかね?日本人ファーストなんてあまりに当たり前のことを言う必要などないんです。事を為すためには邪魔者は情け容赦なくしばきあげたらいいでしょう。無いと思うが遠慮や温情は無用です。それが民意であることがおそらく明日、満天下に知らしめられるでしょう。だから委細構わず、サッチャーのように冷徹にやってください。皆さん、明日は投票日です。東京も雪が降るかもというので期日前投票を考えましたが、家内が30分も並ぶ長蛇の列だったというので明日にしました。自民党が300議席行くなんていう報道に騙されてはいけません。勢いはそうかもしれないが無党派層が雪で行かなければ小選挙区ですから僅差で負ける事は十分にあります。僕は槍が降ろうと隕石が降ろうと行きます。

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『黒猫フクの人生観』 (第九話)

2026 FEB 6 2:02:43 am by 東 賢太郎

犬猿の仲とはいうけれど、犬と熊もダメだったよ。犬熊改革連合なんてノダイコが与作の計略にはめられてできたインチキだからね、後援してた「野鳥の会」まで「野合の会だ!」って罵倒する始末さ。かわいそうに犬党の議員は落選しまくって非難ごうごうなんだ。でも猫党にも問題はあってね、サツキ、ハルコ、キミ、タカコはいいけどね、サナエ人気の恩恵で腹黒猫も議員に残っちゃう。こいつら下手すると裏かいて与作になびきかねないから油断ならないんだ。

与作に対抗できるのはシロクマのトラゾーだけさ。こいつは天国議会や天国法なんてなめきって完全無視だから選挙なんか出ない。でもこれにケンカで勝てる奴はいないんだ。ついこの前も気に食わないアナグマをいきなり襲ってぼこぼこにしてね、天国中に激震が走ったばかりなんだよ。猫党だってもしもトラゾーに見捨てられたら危ないさ、ヒグマが虎視眈々だからね。でもサナエはトラゾーをうまくあしらってるから大丈夫だよ。ここが大事でね、前任のネバゲルはのっけから馬鹿にされてまるっきし相手にされなかったんだ。だからノダイコが選挙に勝っちゃたりしたら猫には地獄だって心配したんだ。ところがノダイコ君、ボロ負けが見えてくると「ぼく産まれたての赤ちゃんなんです、育ててくださいバブバブ」なんて突然に言いだしてね、「何なんコイツ?」ってこれまた天国中に激震が走ったんだよ。

皆さんわかると思うけど、財政拡大派のサナエなら天国の株は上がるんだよ。僕は主人の仕事を見てたからさ、投資はちょっとうるさいんだ。ノダイコは食品の消費税ゼロにします、その分は天国ファンドで稼いで埋め合わせますなんていい加減なこと言ってるんだ。犬熊改革連合の連中に株式市場がわかる奴なんてひとりもいない。わからないならわからないでやめときゃいいのに、国民はもっとわかってないからダマせると馬鹿にしてるんだろうね。もう壮絶にあたま悪いとしか言いようがないね。キミが勝ったら間違いなく株は大暴落なんだよ。2万円も下がるよ。だから天国ファンドも大損でキミは責任取らされてクビなんだよ。はじめっから詰んでたんだ、どっちにしろドボンだったってわけさ。

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