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モーツァルト交響曲第40番ト短調 K.550

2014 JUN 1 18:18:17 pm by 東 賢太郎

交響曲第40番の冒頭のテーマは、モーツァルトの作品の中でも最も有名なものの一つでしょう。まずいきなり、この曲の録音のうちでも非常に有名なブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏を聴いていただきます。

このインパクトの強い曲が「ト短調(G moll、♭が2つ)」で書かれたせいかどうか、その後の音楽史でこの調の有名曲というのは意外に少ないのです。当のモーツァルトも交響曲第25番、弦楽五重奏曲第4番、ピアノ四重奏曲第1番ぐらいです。以下、思いつくものを挙げてみると、

ハイドン         

 交響曲39番、83番、弦楽四重奏曲33、74番          

ベートーベン       

ヴァイオリンソナタ2番、ピアノソナタ19番 

シューベルト      

弦楽四重奏9番、ソナチネ3番                     

メンデルスゾーン    

ピアノ協奏曲1番 

シューマン         

ピアノソナタ2番 

ルッフ          

ヴァイオリン協奏曲第1番                      

ショパン           

バラード1番、ポロネーズ11番、夜想曲11番、チェロソナタ  

ブラームス         

ハンガリー舞曲1,5番、ピアノ四重奏曲第1番、ラプソディ2番 

チャイコフスキー      

交響曲第1番                                                          

ドヴォルザーク     

ピアノ協奏曲、ピアノ三重奏曲2番                  

サンサーンス      

ピアノ協奏曲2番                                    

ラフマニノフ       

ピアノ協奏曲4番、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲1番       

ドビッシー         

弦楽四重奏曲 、ヴァイオリンソナタ                 

プロコフィエフ      

ヴァイオリン協奏曲2番                        

フォーレ            

ピアノ四重奏曲2番、チェロソナタ2番                   

グリーグ             

 弦楽四重奏曲

ショスタコーヴィチ      

交響曲11、14番、ピアノ五重奏曲、チェロ協奏曲2番      

ニールセン         

交響曲1番

大体こんなものでしょう。ト短調といえばまず誰もがモーツァルトと来るのは他が少ないせいもあるかもしれませんね。

しかしここに挙げたどの曲よりも、やはり「モーツァルトの40番の魔力」は群を抜いているように思います。それがどこからくるか。楽譜の引用だらけになってしまうのは避けたいと思っていたら、レナード・バーンスタインがピアノを弾いて解説しているビデオを見つけました。英語もとてもわかりやすいですのでお聞き下さい。

説明もピアノもうまいですね。ただちょっと専門用語がわかりにくいので補足しましょう。chromaticism(クロマティシズム)と彼が言っているのは半音階的な作曲技法のことです。普通我々が巷で耳にする音楽は一部のジャズを除くとほぼすべて全音階的(diatonic)に書かれています。大雑把にいえばピアノの白鍵だけでほぼ弾ける音楽ということで、半音階的(chromatic)というのは黒鍵もたくさん使わないと弾けない音楽ということです。

バーンスタインはこの曲をa work of utmost passion uttely controled and free chromoticism elegantly containedと形容していますが、これは見事に40番の美質を言い当てています。「(情熱はただでさえ制御しにくいものなのに)とてつもない情熱がここでは完全に制御されており、自由な半音階的作曲技法がエレガントに用いられている」という意味です。

第1楽章の第2主題は主音(トニック)のgからc→f→b♭と5度圏(circle of fifth)を下がって変ロ長調です。そこからです。彼が左手で弾いている5度圏のドミナント→トニックのバスはモーツァルトの発明ではなく音楽の本質(理論、神様の発明)であり全音階的です。そこに右手でモーツァルトの発明である半音階的なメロディーが乗っかってd、g、c、f、b♭、e♭と下ります。すると、彼はこういいます。「何だこれは?全く新しい(ト短調にも変ロ長調にも全然関係のない)変イ長調になっちゃうぞ(What’s this? Whole new key of A♭major!)」。この「神様の全音階のルールに乗って規則的に進むと、あらぬ景色に至ってしまう」という転調の一例が、僕が41番のブログで楽譜を載せた信じられないほど美しい第2楽章のあの部分でもあるのです。

ト短調の曲なのに第1楽章展開部が半音下の嬰へ短調(F#m)で始まる部分をバーンスタインはimpossible(あり得ない)!と驚いています。いや、展開部だから何があってもいい、しかし、それを自然にオリジナル・キーのト短調に戻さなくてはいけない。それをモーツァルトがどうやったか?全音階的神様ルールにいわば数学的に従ってドミナント→トニック→それをドミナントに読み替え→新しいトニック・・・と旅を続けます。f#、b、e、a、dと来て故郷のgに無事に帰還します。バーンスタインはビデオでこれをbeauty and ambiguityと呼んでいます。神のルールは全音階的で盤石なbeauty(美)であり、モーツァルトのメロディーは半音階的でambiguous(多義的、曖昧模糊)ということです。

モーツァルトの音楽の美の本質がこの説明に見て取れます。人間+神。弱さ+強さ。どこか人間的な迷いや憂いを含んだ「曖昧さ」が絶対無比で盤石な「美の摂理」に乗っている。弱い人間である我々聴衆はその曖昧さに魅きよせられ、しかし実は根底でそれを裏打ちしている本質と宇宙の原理という絶対的な美によって有無を言わせず感動させられる。だからモーツァルトの音楽は200年余にわたって世界中の人々のハートをぐっとつかんでしまったのです。

しかし、この驚くべき40番では、バーンスタインが感極まって2度もピアノを弾いているあの部分、終楽章の展開部の入りのユニゾンですが、そこに至ってモーツァルトはそのbeauty and ambiguityの掟を自ら破っています。五度圏ルール(神)は消えて人間の情熱(passion)というambiguityが勝ってしまっているのです。これは字義通りロマン派音楽の領域に見えますが、どうしてどうして「基音のg以外のオクターヴのすべての音 (11音)」が使われるという別の「ルール」がその部分だけは支配しています。そのルールが五度圏ルールのように本質的な神のルールかどうか。12音技法音楽はそれを試行したものだと考えることもできるでしょう。

本稿をお読みの皆様は間違いなく音楽を心から愛し、音楽をもっと良く、深く知りたいという関心をお持ちの方でしょう。僕もその一人にすぎません。僕自身がそういう本やブログを読みたいと願っている者ですが、それが探してもなかなかないのです。だから自分なりに勉強するしかなく、そこで発見したこと(そういうことはネット検索しても絶対に出てこない)をこうして書きとめています。他の誰より自分が読みたいようなブログを自分で書いているということです。

その僕にとって、このレナード・バーンスタインの講義は福音のようです。こういうことをブログで皆さんと共有したいのです。彼は音楽学校の生徒をイメージして話していると思いますが、「fresh phonological earsで音楽を聴くように」というメッセージを繰り返していることにご注目ください。phonologyとは「ある言語の音の体系およびその音の音素の分析と分類の研究」のことです。我々としては、英語を学ぶときの文法(グラマー)と思えばいいでしょう。そんなの知らなくてもアメリカの子は英語を話すじゃないか?それは母国語だからです。文法は非母国語民にこそ必要なのです。文法をちゃんとやった人とそうでない人で英語の読解力に大差があるのはどうしようもないことですし、もっといえば、日本語だって文法(知識ではなく規則性に対する感覚)へのリスペクトなくしてきちっとした読み書きはできないと思います。

音楽の文法も同じことで、音楽を母国語(専門)としない人こそ知るべきだと僕は思っています。音大の指揮科や作曲科の人にはいわずもがなのことですが、多くの素晴らしい音楽を彼らの占有物にしておく必要はありません。だからバーンスタインの言葉そのままをお借りします。ちょっとした努力をしてfresh phonological earsを作ることで世界が、音楽人生が変わります。それにはどうしたらいいか?簡単です。彼がビデオで解説しているようなポイント(音楽の文法的なこと)に日ごろから関心を払うことです。この曲にはどういう文法があてはまるのかなと自分の頭で考えるわけです。音楽の文法とは旋律、和声、リズム、形式など。そういう基礎知識はwikiや本にいくらでも書いてあります。

考えるというのは左脳の仕事です。右脳で聞いている音楽を、ちょっと左脳も使って聴いてみる。別に難しいことではありません。考えるためには言葉が必要ですが、ある音楽を聴いたイメージという目に見えないものを言葉にしてみるだけで左脳は活躍してくれます。そういえばワインのソムリエにうかがうと、ワインの個性は「感じ」では覚えられないので「言葉」で覚えるそうです。それも「味」というのは4種類しかなくラベルとしては足りないので、微妙にたくさんを分類できる「香り」でいくそうです。「ライムのような香り」「チョコレートのビターな香り」「猫のおしっこ(!)」などなるべく具体的に。音楽の文法も、ドミナント→トニックは「朝礼のお辞儀」、トニック→サブドミナントは「デートの朝」なんてのはいかがでしょう。

左脳が文法を覚えるとどういうことが起きるか?例えばさきほど、バーンスタインがimpossible(あり得ない)!と驚いているF#mのことを書きました。phonological earsとは、これが「あり得ない!」と聞こえるような耳のことです。僕もこれはそう聴こえます。イ短調のトルコ行進曲の中間部がF#mになるのも「あり得ない!」と思って聴いています。そういう風にきこえるようになります。freshという形容詞をつけているのは「君たちはおそらく漫然と聞いていてそうは聞こえていないと思う。だから新しい耳が必要なんだよ」という啓示です。謙虚にききたいです。モーツァルトはその耳の持ち主に向けて40番を書いています。そうすると彼の神がかった音楽が、もっともっと味わえるようになるのです。クラシックだけではありません。ビートルズがどう聴こえるかを書いたのがブログ Abbey Road (アビイ・ロードB面の解題)でした。

51VTedwZQCL__SY300_新しい耳を作ってください。お薦めするだけでは無責任なので僕が非常に勉強になった参考書(あんちょこ)をご紹介します。バーンスタインが若い頃のTV番組  Young People’s Concerts のDVD(右)です。効果は非常にあります。amazonで13,108円で売ってます。 子供向けですからわかりやすく、しかし内容は本質的、本格的で子供レベルに落とさないところがアメリカ的です。欧州人のカラヤンやショルティがこういうことをやったという話は聞いたことがなく、貴重な知識を惜しげもなく無料で開放するのもアメリカの美質であり実に良い。実際にお会いしたバーンスタインさんの精神を愛し、爪の垢ぐらいでいいから煎じて飲みたいと思っております。

 

さて最後にCDですが、40番の演奏を選ぶというと僕はとても迷います。何回きいたか想像もつきませんし楽譜もじっくり眺めて良く知っています。しかし、39,41番には定見といいますか、演奏はかくあるべしという自分なりの趣味ができているのが、40番にはまだそれがありません。どうしてかはわかりませんが、まずオケの編成を見ますと35番「ハフナー」以降の交響曲でトラペット、ティンパニの入っていないのは40番だけです。だからどこか室内楽的なのですが、改訂版ではクラリネットが2本入る。そうすると音色に「魔笛」的性格が出るのですが、魔笛というオペラのどこにも、他のオペラにも、40番のような音楽は出てこないのです。

僕にはJ.S.バッハの音楽に対する時も似た傾向があって、マタイ受難曲はやっぱり誰々の指揮がいいとかオーケストラはどこがいいとか、そんな上っ面な事よりも音楽そのものを味わえるかどうかの方が何倍も大事だと考えております。キリスト教徒でない自分が純音楽的にどう理解できるかという勝負を聴くたびに挑んでいるということです。そこで落っこちてしまったら演奏の良し悪し程度で救われるものでもありません。バッハがそういう音楽だから僕はグレン・グールドの演奏が許容できるのだと思います。モーツァルトのト短調交響曲はなぜか僕にそういう挑みかけをしてくるモーツァルトの作品の中でも稀有な音楽であり、正直のところまだそれを乗り越えたという実感がないのです。

 

 ブルーノ・ワルター / コロンビア交響楽団

51BIRc8kSmL__SL500_AA300_冒頭でお聴きのとおりこのテンポ、第1楽章はmolto allegro(とっても速く)だから遅すぎます。楽譜を見ているといろいろな点で「どうも・・・」となりながらも最後は感動している、そういう演奏です。最晩年のワルター、老境の達人の語り口を刻み込もうと入念なリハーサルが行われたのは管弦の細かいフレージングの合い方を聴けばわかります。ちょっとした間や強弱まで完璧にやっている。それを奏者が納得して決然と弾き、だからインパクトの強い演奏になっているのですが、ワルターの解釈自体に非常に説得力があるため耳には不自然さが微塵もありません。結局モーツァルトはこう望んでいたんだろうなと思わせてくれる。ワルターの40番というとウィーン・フィルを振った有名なライブ盤もありますが、弦のポルタメントが過剰で感傷に走った解釈であり、僕はあれが非常に苦手です。ところがこのコロンビア盤は、例えば第3楽章に他の演奏で感じたことのない堅固な造形美があるなど女々しさ、感傷、軟弱とは無縁なのです。演奏終楽章展開部の各パートの立体感など神技の域で、一度テンポを緩めてから突入するコーダの見事さは他の演奏の比ではありません。トータルに見て言い切るほどの自信はありませんが、まずはこの演奏で聴き覚えておけばよろしいのではないかと思う次第です。

 

(補遺、24 Aug 17)

イシュトヴァン・ケルテス / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ワルターの暗さ、情念、独特の語り口が嫌な方もおられると思う。VPOは40番をバーンスタインやレヴァインとDGに録音していて、音はそちらがいいし演奏はどちらもそれなりのレヴェルである。しかし僕はこのハンガリーの若人がうるさいオケを乗せて納得させたこのDeccaによるケルテス盤の一聴をお薦めしたい。40番がこれほどすいすいと流麗に柔和に流れていいのかと思っていたが、ロマン主義の洗礼がないモーツァルトの現代オケ版は案外これでいいのかなと最近考えるようになった。それでも第2楽章のVPOでなければ出ないヴァイオリンの魅力やトゥッティでのオケのボディと丸みのある質量感は美しいとしかいいようがない。両端楽章のテンポ、モルト・アレグロとアレグロ・アッサイはまぎれもなくこれであろう。

 

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