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クラシック徒然草-悲愴ソナタとショパン-

2014 SEP 21 1:01:40 am by 東 賢太郎

 

悲愴ソナタのアダージョ・カンタービレが、一か月の空白状態で乾ききった心に昨日すっとしみいってきた。これは言うまでもなくベートーベンの書いた名旋律だ。ビリー・ジョエルがThis Nightでパクっているほど。

弾いてみるものだ。いろいろ気がついた。まずこれだ。

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ここに来て、あれっと思った。ショパンの前奏曲作品28 のホ短調( No.4)じゃないか。こういうのは目や耳じゃなく指が見つける。

ここにだって、 エチュード第3番 「別れの曲」が見え隠れする。

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そうだろう、ショパンがこのソナタを知らなかったはずはない。その2曲はこのアダージョの子供みたいなものではないか。

この冒頭の第3小節の4つ目の8分音符、このシ♭をショパンはどう弾いたのだろう?

何故そんなことを考えるかというと、目をつぶって弾いていて僕はどうしても、そのシ♭にルバートをかけたい誘惑にかられてしまうことに気がついたからだ。理由はない。単に感覚的に。しかし正統派のピアノの先生はおそらくそれを戒めるだろう。これはドイツ音楽だ、ショパンじゃないと。確かに、僕が最も敬愛するバックハウスはルバートがないのだ。

この楽章を甘く、ロマンティックに弾くことは僕も反対だ。この旋律は4小節+4小節をひとフレーズとして西洋音楽の規範通りに書かれている。素晴らしい古典の均整と格調がある。それを壊してはいけない。しかし、である。第4小節の4拍目でメロディーラインのミ♭が半音上がる。バスもミ♭なのに!これが不協和音に聴こえないのは対位法的な音楽でないからだ。弦楽四重奏の譜面の様に見えるが、これは歌謡性の高い、メロディー(歌)と伴奏というピアノ的なものである。

第3,4小節とも、4拍目にサプライズが仕掛けられている。この意外性!

そして第5小節だ。A♭⇒F7 というベートーベンが好きな3度転調がやってくる。そこからバスは4度の上昇を3回重ねてトニックの変イ長調に回帰する。この意外性!

こういう目に見えない巨匠の意匠に目が向かないようであれば、僕はその人の芸術家としての資質を疑うしかない。ベートーベンはそれに気づいてくれる人に向けて音楽を書いている。それに気づいたというサインがテンポ・ルバートになるのであれば、それに気づいた聴衆にしかとキャッチされることになり、そのことをベートーベンが戒めることはないと思う。ピアノの先生がどう言おうと。

このアダージョはバッハの最上の音楽にだけある、澄み切った抒情に満ちている。しかし、それでいて宗教音楽ではない。教会を出た人間の音楽である。繊細に神経に触れてくる和声の色合い!これに魂が敏感に感じ、深く呼吸し、反応しなくて何があろう。

僕のまったくの空想であるが、ショパンはもちろんルバートし、そこからああいう曲想を得ていったと思う。彼の曲の和声の精妙さ。あんな音楽を書く人がこれを見逃したはずはない。第3小節でa♭、g、f と下がったバスがオクターヴ上がり、次のe♭が今度はオクターヴ下がる。こういうところもショパンにエコーしている。もちろんこれは前述の e♭と e♮ の不協和音を隠すためだ。

ところがである。残念ながらほとんどのピアニストがこれをほぼインテンポで弾く。ポリーニなどメトロノームのようで、彼は一体この楽譜に何を読んでいるのか、まったくもって信じ難い。ケンプもさらさらと小川のように流れてしまう。ぜんぜん魅力がない。一方で、何人かの人が僕の思うようにやってくれている。シュナーベル、リヒテル、ギレリス、アラウ、ホロヴィッツ、リルなど。

僕が何が言いたいかはこのギレリスの大家の芸で味わっていただきたい。シ♭のルバートはほんのかすか。しかしそれがまったく自然で、魂を天空に放つようにひっそりと、ふわっと宙に広がる。こういうところにピアニストの真の技量が出る。

ギレリスは録音が数種類あるがどれも似ている。唯一、後半のトリプレット(三連符)を強めにスタッカート気味にするのがやや僕は趣味に合わないが、それをのぞけばこの1968年12月モスクワライブは全曲にわたって名演である。もうひとつ、イギリスのジョン・リル。彼はチャイコフスキーコンクール優勝者だが僕は独墺系を評価している。これはもっと沈静感があり深い安息にひたれる。旋律の深い呼吸と間(ま)をよく聴いていただきたい。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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