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ついに縄文杉に会う(登山記)

2014 DEC 6 20:20:40 pm by 東 賢太郎

屋久島へは大阪からは直行便がありますが東京からだと鹿児島でJALからJAC乗継ぎです。コネクションをいれて3時間ほどだからグァムぐらいのイメージです。JACは2×2の4席のプロペラですがほぼ満席でした。30分ほどで着くと空港はこんな感じです。サンカラホテルからお迎えをいただき、この日は読書、マッサージでのんびりしました。

 

 

今回の最大の目的は縄文杉です。ガイドブックによると往復22km。ハーフマラソンの距離は不安でしたがガイドさんもいるしなんとかなるだろう、22kmのうち17kmはトロッコ道なので急ではないしということで甘く見ておりました。

 

 

 

翌朝4時半におきて5時半ホテルを出発。ガイドは25歳のイケメン室井くんです。「今日はあいにく雨ですね、でも人が少なくていいですよ」、真っ暗な中をパンをかじりながら車で約15分、荒川登山口につき準備体操をするとそろそろ夜明け前です。6時半すぎ、出発前の1枚ですがかなり緊張してますね。「上はたぶん雪があります。寒いから着込んで下さい」ということでフリースを2枚重ねにしました。

以下、室井くんの説明を加えながらざっと行程を書いてみます。ご一緒下さい。

yaku3ここの標高が600m、縄文杉が1300mです。「さあ、がんばりましょう」。室井くんにはげまされていよいよトロッコ道を歩きはじめます。彼は埼玉出身ですが山好きで屋久島に惚れこみ、移住してガイド歴2年。縄文杉はもう200回登ったそうで頼もしい。ひたすら黙々と歩くとやがて陽がのぼり、誰もいない後ろを振り返るとこんな風に線路が雨に濡れて美しい。一幅の絵です。

yaku4また黙々と修行僧だか行者みたいに歩きます。重たい登山靴で歩くのがこんなに苦行なのかと参りました。線路の枕木がまばらで実に歩きにくく、足元が気になって景色を見る間もなし。彼のペースについていくのがやっとでありました。途中にいくつか沢を渡る鉄橋がありますが、これも高所恐怖症の僕には下が見えておそろしい。落ちた人がいるそうです。

安房川にかかる42mの長い橋を渡ると小杉谷集落跡があり、大正12年から昭和40年代まで杉を伐採するため500人以上が暮らしていたそうです。屋久杉は秀吉が島津藩に命じて伐採をはじめ、京都の方広寺大仏殿に使用された記録があります。江戸時代は建材とくに屋根材として利用され年貢とされました。小学校跡もあり、学童の遊ぶ白黒写真を見ると僕と同じぐらいだろう。

yaku5スギという樹木はヒノキ科スギ亜科スギ属の常緑針葉樹であり、日本固有種で学名は「日本の隠された宝」という意味だそうです。であれば縄文杉は日本一じゃない、世界一ということですね。長命であるうえに油分があるので加工しても腐らず、江戸時代の倒木でも切ると樹脂分が滴ってほのかに芳香があります。しかも写真のように石の上の苔の間からでも芽吹いてしまう。この生命力は魅力でyaku6す。始皇帝が徐福に命じて不老不死の薬を探しましたが、杉こそがそれなんじゃないかと思いますね。

i-phoneプロ級の室井くんにルーペで拡大写真を撮るのを教わります。スマホといっても電話とメールだけだからこういうのはほんとにありがたい。

 

 

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まだこの辺までは余裕がありました。休憩所では2、3人先客がいましたが我々は入山の最後尾の方みたいです。ここで8時過ぎぐらいだったでしょうか。ここからは線路の間に渡し木があって歩きやすく、植樹されたまだ細くて若い杉の林を抜けていきます。傾斜もなだらか。何とかいけそうだと少しだけ気が軽くなっています。いま地図を見返すとここまで登ったのはたったの50m、距離はトロッコ道8.5kmの半分も来てなかったのですがこの時はそんなことは知りません。

 

僕が意外に元気なもんで、どこだったか室井くんが「ここはショートカットしましょう」と道をそれて急斜面(そうでもないが僕にはそう見えた)を登りはじめました。そうしたら途中で左ヒザにピリッときて、これはやばいとストップをかけます。エアサロンパスをしてサポーターで締める応急処置をしてもらっていると休憩所にいた女性たちが心配そうに見ながら追い越して行きます。

yaku8三代杉、仁王杉と少し傾斜が増し、鹿が現れ、やっとの思いでトロッコ道の終着点である大株歩道入口までたどりつきました。ここで湧水をいただいてトイレ休憩です。この時点で8.5km歩き、330m登ったことになります。普段、多摩川をジョギングといっても5kmぐらいの平坦地です。ヒザはなんとかもったものの、ここで僕は充分に疲れてました。

ここから縄文杉まで本格的な山道です。距離は2.5kmですが高低差は370m。斜面の角度はそこまでの4倍近くなる計算です。階段をふーふーいって上がると息は切れるわ足はがくがくになるわで思考停止状態です。先導する身の軽い室井くんが忍者に見えます。彼の踏んだ石を踏むことだけ考えてました。ちょっと体のバランスが崩れるともう足が体重を支えられないのです。

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まずこの翁杉(おきなすぎ)があります。「だんだん標高と共に屋久杉らしいのが出てきますよ」と言われ、写真は撮ったがそれがやっとであまり覚えてません。

 

yaku10切り株の10畳ほどもある空洞から空を見るとハート型なのが有名なウイルソン株が見えてきます。ハーバード大学の植物学者アーネスト・ヘンリー・ウイルソン博士はこれを洞窟と思ったそうです。彼が1914年に西洋に紹介しそう呼ばれるようになった。この杉は胸高周囲が13.8mで縄文杉の16mとそうかわらず、豊臣秀吉が大阪城築城のため切ったといわれます。ウィルソン調査は縄文杉発見の52年前でした。「いまさらハートはいらんよ」といったら室井くんが撮ってくれました。杉の大木は栄養を浪費しないよう下部を中空にして上に伸びるのです。木には生きる知恵が詰まっている、素晴らしいものです。

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せっかくだから感謝の意をこめてウィルソン株の室井くんの写真も。屋久島に行かれて山に登られる方、最低レベルの僕を安全に登らせた彼は腕も知識もプランも優秀な若者です。

 

 

 

この先で飲んだ湧水のうまさは格別でした。屋久島の水は硬度が10と非常に低い軟水です。多雨な気候で雨水がすぐ濾過されて湧いてくるためミネラル分が少なく、味は丸みがありほのかに甘みを感じます。ヨーロッパ赴任時代に硬度500もある硬水ばかり飲んでいてそれがおいしいと感じていたものですからこの水は新鮮でした。冷やすとその純度の高さが味わえ、水だけいただいてもおいしいものです。

 

さて問題はここからでした。

 

45度ぐらいが続く「心臓破りの1~3丁目」という難所があり、ごつごつした石を踏みしめ木の根っこをよけながらの急斜面と木の階段です。実にきつかった。

「この階段、注意してください。落ちて亡くなった人がいます」なんていわれる。よく見ると木製の長い階段がややアーチ状に反っていて下の方が勾配が急になる。それなのに手すりもない。目が悪くて足元の状況がクリアにつかめず参りました。もう太ももが疲労困憊で、「ヒザが笑う」といいますが「足が笑う」状態です。踏み間違えるとグラっとして戻す力が弱まっていますから怖かった。

まずいっと思った瞬間が何度かありました。足元ばかり見ながら緊張して歩き通しだから景色も見られないし、昼になってもおなかも減りません。それは疲れてますねと彼も心配します。ミゾレが降り出してにわかに寒くなり「ここ、昨日降りましたね、雪がありますよ、気をつけて」といわれるとますます恐怖感が。「東さん、3丁目終わりましたよ。でも4丁目もあるんです」。おいおい、もう勘弁してくれよ。

yaku12ウィルソン株からそんな苦行を1時間以上。スローペースでやっと到達した大王杉です。圧倒されました。野太く天を突く偉容は大王の名に値いします。樹高24.7 m、胸高周囲11.1 m、推定樹齢3200年以上。ウイルソンの方が太く、大王杉は江戸時代の試し切りの跡があるがなぜか切られず残ったのです。人生何が幸いするかわからない。3200年以上前というと日本はまさに縄文時代、旧約聖書は「出エジプト記」のモーセのころ、海が割れたころですよ。地球上生命の大王といってもいいでしょう。古代人はこれを見て神と思った。当然でしょう、僕もそう思いましたから。

yaku14名前がついている杉は何万本もあるそれなりに立派な杉の中でも目立つ奴です。その中でも大王となると、はるか上方から突き出ている枝でさえその辺にはえてる普通の杉より太い(左)。面白いのは姫沙羅(ヒメシャラ)というツバキ科の細めですべすべしたオレンジ色の幹の木があって、これが何となく女性的です。大王の周りには目立つヒメシャラもたくさんあってどこか人間界を思わせます。「男だよなあ、高倉健みたいだ、かっこいいなあ」、思わずそうつぶやいていました。

「でっ、室井くん、縄文杉までは?」「ここから40-50分ぐらいですね」「ちょっと待てよ。イカだって大王が一番でっかいんだよ。この杉よりうわてって、そんなのあるの?」「見ればわかります。頑張りましょう!」。ちょっと楽しみになった。

苦行のつづきです。もう何人に追い越されたか。あれだけ自信のあった足腰の老化と不摂生を呪うしかありません。体重60kgの人間が20kgの子供を背負って登っているようなもので、疲れてもう体重をコントロールできないのだから危なくてしょうがない。途中下りの階段があっていよいよ足がもつれて落ちかけました。

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しかしこの看板を見て気を持ち直します。そうか、ここまでは世界自然遺産区域じゃなかったのか・・・。森は奥が深い。

 

 

黙々と室井くんについてさらに急斜面を登ります。ミゾレがちらついて寒い。すれ違った女性たちはさっき追い越して行ったパーティーたちで、僕がよれよれなのを知っていて「もう少しですよ、頑張ってください」と励ましてくれます。哲学者の梅原 猛氏が60歳を超えてやはり12月にここを登って「死ぬ思いをした」と書いてますがこれは誇張じゃありません、納得です。小一時間たって不意に室井くんに「ここからは僕がOKするまで上を見ないでください」といわれました。いよいよですな。

 

OKが出て見上げてみると、それは木々の間から霞に煙った姿を見せていました。縄文杉です。

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岩が大地に生えて天とつながったようであります。60年生きて、まだこの世で出会ったことのない何かです。

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大自然、森の神、生命の樹・・・なんて言うも唇寒し。苦行の末に閻魔大王に面会したという感じです。

 

杉の前にはほとんど人はおらず、貸切に近い。「ここでこんなにゆったりできるの珍しいです。100m手前から行列して、やっと正面に来て写真撮って終わりの時もありますから」。長崎、京都、名古屋から来た方々とお弁当を食べて12時半です。またみぞれが強くなってきて、汗をかいているから寒い。

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下山を始めて荒川登山口に戻ったのは5時過ぎ、日没の3分前でした。帰りも苦労しましたが同じ道で先がわかっていると安心感があります。総所要時間は約10時間でした。いや疲れました。でも出発前と同じ場所で撮ったこの写真、ぜんぜん顔つきが違います。

 

室井くんによるとこの日の入山者は30人ぐらいで最も少ない方。観光シーズンは1000人もいてごったがえすそうです。雪はありませんでしたが12月なりにみぞれは降り、それでも歩いていれば寒さは感じませんでした。寒いのは休憩時ですが、肌着はスポーツ用の薄いウールの汗を吸うもの、その上にフリース2枚とレインジャケット(上下)で充分でしたがフリース1枚とダウンジャケットのほうが良かったかもしれません。帽子は全方向の雨をよけるゴルフ用で足りました。

靴は登山靴が必携です。僕は雪山でもOKという本格的なものを買っていき正解でした(下りが楽)。平地はスキー靴のようで歩きにくく感じますが岩場を歩くのは楽です。ストックやヘッドライトはレンタルできます。リュックサックは必携ですが30リットルで充分でした。水は途中でおいしい湧水をいくらでも飲めるので、小さいペットボトルを1本持っていってその都度汲めばいい。むしろ水筒は重いので持っていかないことをお薦めします。

登山時期ですが、もちろん春夏秋とそれぞれ植物の生態や気候の良し悪しがあると思います。今回、仕事の関係でどうしてもここしかなかったのですが、僕のような初心者には意外に良かったのかなと思います。遅めの出発で入山者30人のうち10人以上に追い越されましたから僕の歩行ペースは最遅を争うもので、1000人いたら何百回も道を譲ることになります。何度もやると消耗するから大変だったでしょう。寒さと雪だけ気をつければ11-12月は穴場かもしれません。

最後に、良いガイドこそ最も大事です。ヒザのサポーターまで準備できていて本当に助かりました。室井くんありがとう。

「頂上までで行かないのは登山といいません。トレッキングです。縄文杉は頂上にないので今日のはトレッキングです」。初心者にとっては立派な登山でした。「でもこれができれば富士山は登れますよ」。そうか、ありがとう。ちょっぴり自信がついた。登った方の最高齢は94歳だそうです。まだまだ未熟者でした。

これで屋久島に来た目的を果たしました。全身の力をふりしぼった齢五十代の最後のチャレンジ、無事終了です。

 

平内海中温泉という贅沢

 

 

 

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Categories:______屋久島, 旅行

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