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ボロディン 交響曲第2番ロ短調

2014 DEC 13 2:02:11 am by 東 賢太郎

アレクサンドル・ボロディンの交響曲第2番ロ短調は、演奏会があるならばきいておこうかなといつでも思う曲です。そのぐらい好きです。

この曲が交響曲としてベートーベンやブラームスのものと伍す存在かといえば否です。ロシアのローカル色豊かな楽想を持ち味としたボロディンが、交響曲というドイツ保守本流の枠組みで書いた一大抒情詩のようなものであり、僕はいつも初心者のかたには「ドヴォルザークの新世界のロシア版みたいな曲ですよ」と紹介しています。知らずにいてはもったいない佳曲です。

完成は1876年だからブラームスの1番と同じですね。ブラームスは完成に21年かけましたがボロディンも7年かけました。ただ彼は専業作曲家ではなく本業は化学者、医学者、大学教授です。しかも歌劇「イーゴリ公」といっしょに書いていたのですから7年こればかりに費やしたわけではありません。作曲で飯を食っていたブラームスが21年悩みぬいた作品と完成度において比べても酷でしょう。

彼の実父はグルジア皇太子ルカ・ゲデヴァニシヴィリです。母は皇太子の私生児を3人産んでいてその一人が彼であり、戸籍上子とされた農奴の姓がボロディンだったのです。彼は化学者、医師として有能であると同時に女性の教育の機会均等に力を注ぎ、ペテルブルグ女子医学校を設立、それを生涯最大の誇りとしていました。

キャリアを見ると実に凄い。17歳でペテルブルグ医大に入学、22歳で首席卒業、25歳で博士号取得(有機化学)、29歳で出身校の助教授、31歳で教授と絵にかいたようなエリートです。音楽の専門教育は受けておらず、彼自身、はっきりと自分の職業であるサイエンスと教育に限りない愛情があると述べています。では作曲はというと、

For me it is a relaxation, a pastime which distracts me from my principal business, my professorship. (本業の教授職から気を紛らわせてくれる息抜き、娯楽である)

と明言しています。「他の作曲家はそれが本業であり人生の目標なのだから自分のような者が音楽活動を語るのはためらいがあるし、自分はむしろ無名でいい」とも言っています。しかし一方で、

Respectable people do not write music or make love as a career.(立派な人は曲を書いたり情交したりすることを職業にはしない)

とも語っています。これをどう解釈するかは微妙ですが、職業であるサイエンスへの強烈な自意識とプライドがあったことは事実でしょう。そういうことを俯瞰すると、ボロディンはアマチュア作曲家であったといって間違いではないのだろうと思います。ノーベル平和賞の医学者アルベルト・シュヴァイツァー博士はバッハ研究で有名なオルガニストでもあり、相対性理論のアインシュタインはどこへ行くにもヴァイオリンを持っていったというのに近いのかもしれません。

180px-Borodinただ、ボロディンのアマチュアリズムはプロの顔色なからしめる水準のものでした。彼は1877年にドイツへ行ったおりにワイマールでフランツ・リストとこの2番のピアノ版を連弾し、リストはこの曲の独創性を大いに誉め、「誰が何をいおうが無視しろ、絶対に周囲のアドヴァイスで曲を変更をするな」と戒めたそうです。リストと連弾するピアノの腕前にも驚きますが、リストの進言どおりに周囲の助言を無視したのも正解でした。結局後世になって、アドヴァイスした作曲家でボロディンより有名になった人はいなかったのだから。

このときにドイツへ行ったのは自分の教え子をイェーナ大学に入れるためで、そのついでにワイマールへ寄った。その「ついで」のほうがこうして歴史に残っているのだからすごいものです。「ボロディン反応」で科学史に名を残している偉大な化学者が交響曲を三つとオペラを一つ書いた。たとえそれが凡作であれ並の人間にできることではないですが、それがまた名作であって歴史に名を残してしまった。今はやりの「二刀流」にたとえれば、メジャーリーグでバッターで二千本安打、ピッチャーで二百勝を両方やってしまったようなものです。どんなジャンルであれこんな二種目制覇の離れ業をやった人間はレオナルド・ダ・ヴィンチ以外にはちょっと思い当りません。

さて、音楽についてです。

交響曲第2番は複雑なことが一切ない曲です。こんなに単純明快でわかりやすい交響曲も珍しいでしょう。大まかにいえば、覚えやすいメロディーに和音がついているだけ。横に旋律が絡み合う対位法の部分は少なく、和音も難渋なものは出てきません。

というと幼稚な音楽のようですが、ところがどっこい、この2番はトスカニーニ、ミトロプーロス、ドラティ、アンセルメ、マルコ、コンドラシン、クレツキ、クーベリック、マルティノン、ゲルギエフ、スヴェトラーノフ、イェルヴィ、ラットル、そしてあのカルロス・クライバーといった指揮界の大物が録音している人気ナンバーなのです。この曲の魅力が半端でないことはこの顔ぶれが証明してくれます。

もっと大変な事実があります。1900年頃にパリの音楽家、詩人などが結成した芸術グループであるアパッシュがありましたが、彼らはこのボロディンの2番の冒頭テーマを口笛で吹いて秘密の合図にしていました。アパッシュは1902年に初演されたドビッシーの「ペレアスとメリザンド」などの新芸術を支持し、メンバーにはラヴェル、ファリャもいました。ボロディンに憑りつかれた作曲家、指揮者、ピアニストは数えきれませんが、特にラヴェルは「ボロディン風に」なるピアノ曲を書いており、ダフニスの全員の踊りを書いている頃にピアノの譜面台には「ダッタン人」のスコアがあったそうです。

歌劇「イーゴリ公」と並行して作曲されたため両者は似た雰囲気を持っていますから「ダッタン人の踊り」が好きな人は気に入ることうけあいです。たとえばボロディンの友人でチャイコフスキーとも親しかったニコライ・カシキンによると、アッパッシュが合図にした冒頭テーマはダッタン人の合唱になる予定だったのを転用したそうです(英文Wikipediaによる)。

粗野で生気あふれるリズム、旋律のエキゾチックな人なつっこさ、万華鏡のように変転する和声。一気に聴くものをとらえ、心に入り込み、やがて虜(とりこ)にしてしまう恐るべき魔力を秘めた音楽であります。聴いたことのない方は、ぜひここでご自分のレパートリーに入れて下さい。

詳しい方は譜面をどうぞ。僕には非常にインパクトのある転調!たとえば第2楽章のトリオ、このアレグレットです。

 

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このチャーミングなメロディーが10小節目でいきなり半音下がる!!こんな転調は聴いたこともなく、一本背負いを食らったほどすごい衝撃です。普通の音楽で経験しようのない大事件です。

調性の設計も変わっていて、第1楽章はロ短調で第2主題がニ長調、これはいい。ところが展開部で遠い変ホ長調へ行き、ハ長調をとおってロ短調に戻る。そして第2楽章はヘ長調、第3楽章は変ニ長調です。

ボロディンの旋律発明の才、そしてそれを構造的に理詰めで展開、変奏、複合するのではなく天才的な和声のひらめきをもって色づけていく。コンポジションとしてはポップスに近いレベルなのでしょうが、それがあまりに独創的です。終楽章の第2主題が僕は大好きですがその裏で鳴るチェロなどいつもぞくぞくします。

少々マニアックなことを書きましたが、小難しいことは一切ご無用。とにかく聴いて楽しむのみです。私事ですがボロディンがすごく好きだという人を一人だけ知っていて、さっきこのページをピアノで弾きながら思い出していました。どうされてるのか。

 

ニコライ・マルコ / フィルハーモニア管弦楽団

Malko_GC_CH僕の一番の愛聴盤でおすすめです。マルコはウクライナ出身の名指揮者で、1歳年上のストラヴィンスキーと同じくペテルブルグ大学卒でR・コルサコフの弟子です。グラズノフ、リヤードフにも師事しており、ショスタコーヴィチ交響曲第1番の初演者でもある。ロシア直伝の解釈を聴かせてくれますがそれが野暮ったいローカル色になるのでなく非常にプロフェッショナルな指揮をしているのがいいのです。第1楽章の第2主題はテンポを落して歌い、展開部への入りの望郷を思わせる味、第2楽章のトリオのなつかしさなど抒情の味つけが濃いのに全体の交響曲としてのロジカルな組み立てへの配慮も見事です。散漫になりがちな第3楽章も意味深く、終楽章もから騒ぎになりません。オケは腰が重めで金管の鳴りも充分、木管ソロはチャーミングであり、僕がこの曲に求めるものをこれほどうまく聴かせてくれる演奏はいまのところありません。youtubeにアップロードしましたのでお聴きください。

 

ジャン・マルティノン / ロンドン交響楽団

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僕はマルティノンのロシア物は肌が合います。プロコフィエフの交響曲もよくききます。ラテン的な透明感、きびきびしたリズム、明瞭な発音はロシア風の重量感には欠けますがこれは好みの問題です。この2番はロシアのオケがやるとブラスが重すぎて好きでありません。全般にテンポは快速でもたれない反面、第2楽章のトリオなど抒情的な部分も速すぎて酔わせてくれないなど一長一短はあるのですが、総じて満足度の高い演奏と思います。

 

キリル・コンドラシン / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

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これがスタンダードな名演でしょう。コンドラシン最晩年のライブですが気合十分、オケのドライブ力は最高で、この名門をここまで意のままに引っぱって鳴らしきるのはよほどの大物でないと無理と思います。このシリーズは音良しオケ良しの名演揃いでプロコフィエフの交響曲3番も最高級のもの。手に入りにくくなっていますがこのボロディン2番も是非持っていたいものです。

 

 

(補遺、3月11日)

エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

esdigital_4988005276049はっきりいってオケは下手である。しかし、それでこの演奏を語るのは黒澤の映画が白黒だから画質が云々で評価するのと同じだ。これの良さは下手ながらも指揮者のカリスマについていこうというアマのような一途さと思う。アンセルメはボロディンの音楽を知っている。そこに磁力が生まれ、ラテン的感性の奏者たちがフレンチ風の音で健闘している。第2楽章第2主題のフルート、オーボエなどいじらしい。これはアンセルメのR・コルサコフ「シェラザード」を名演に仕立てた要素だ。スコアの深奥を知っているマエストロがもういない僕らの時代、指揮者と楽員は平等になった。こういう演奏はもう二度と生れないのだろうか。

カルロス・クライバー / シュトゥットガルト放送交響楽団 

951クライバーは父子で2番が好きだったようだ。カラヤンやベームが振ると思えないこれを。興味本位で聞いてみたが、まず第1楽章、アレグロになると一気に音楽が走るのにびっくり。こういう電撃的、てんかん質なオケのドライブは独墺系の曲ではやらないがここではやりたい放題で全開だ。木管は終楽章で原色丸出しでまことに気品がなく、こんなのは聞いたことがない。第2主題は速すぎで情緒のかけらもなくまったくいただけない。オケは振り回された結果か、毛頭一級とはいえない音である。ファンには申しわけないが、僕にはお呼びでない録音だった。

 

(こちらへどうぞ)

ボロディン 交響詩「中央アジアの草原にて」

クラシックは「する」ものである(3)ーボロディン弦楽四重奏曲第2番ー

ストラヴィンスキー バレエ音楽 「火の鳥」

 

 

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