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ラヴェル 「マ・メール・ロワ」

2015 JAN 28 21:21:42 pm by 東 賢太郎

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この曲を知ったのはやっぱりピエール・ブーレーズのLP(ジャケットは右)で、大学時代のことだ。春の祭典、ペトルーシュカときて、前後関係は忘れたが火の鳥、ダフニスあたりと同じ頃に虜になっていた。光彩陸離たる響きに一気に引きずり込まれ、以来今に至るまで僕の中で絶対の魅惑と気品をもって君臨し、シンセで自分演奏版をMIDI録音するまではまり込むことと相成った。

この曲、楽想の高貴なたたずまいもあるし、マ・メール・ロワ(Ma Mère l’Oye)というの題名の響きもなんとなくおフランスっぽい。貴婦人か何かのことだろうとしばらく思いこんでいた。ところが調べてみるとこれは英語で「マザー・グース」、日本語では「ガチョウ婆さん」でずっこけた。麻婆豆腐(あばた婆さんの豆腐)を連想してしまい困った。

マザー・グースは英米を中心に広く知られる童謡・寓話集であるがルイ14世時代のフランスの詩人シャルル・ペローの『寓意のある昔話、またはコント集~ガチョウ婆さんの話』(Histoires ou contes du temps passé, avec des moralités : Contes de ma mère l’Oye)(1697年)が題名の元になったらしい。文学は疎いが、赤ずきん、長靴をはいた猫、青ひげ、眠りの森の美女、シンデレラ、親指小僧などがペローの童話集にある。

このラヴェルの音楽から僕が想起するのはむしろ英国のルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」だ(そう思って調べたら彼もアリスでマザー・グースから引用した言葉の「もじり」をふんだんに使っている)。両作品ともおとぎ話を素材とした創作であって、子供にインスパイアされた作品という点も同じだ。キャロルは数学者であり、ラヴェルのスコアの筆致も理系的だ。どちらも生涯独身で女っ気はなかったようだ。

ラヴェルはこの曲を友人であるゴデブスキ夫妻の2人の子、ミミとジャンのために作曲し、この7才と6才の姉弟に献呈したが、幼なすぎたため2年後の1910年4月20日にパリ・ガヴォーホールで初演したのはマルグリット・ロンの弟子たち(やはり11才と6才の子供)だった。ちなみに、このお姉ちゃんの方のジャンヌ・ルルーは長じて有名な作曲家になっている。

この時点でこの曲は、第1曲「 眠れる森の美女のパヴァーヌ」、第2曲 「親指小僧」、第3曲 「パゴダの女王レドロネット」、第4曲 「美女と野獣の対話」、第5曲 「妖精の園」から成る四手版(①ピアノ連弾版)でこれがオリジナルである。翌年にこの全てが管弦楽化され(②管弦楽組曲版)、さらにその翌年に「前奏曲」、「紡車の踊りと情景」および4つの間奏曲を加えて③バレエ版が作られた。今日我々が耳にするのは普通はこの3つの版のどれかである。

ところが、作曲の年にラヴェルの友人のジャック・シャーロットが二手版(④ピアノ・ソロ版)というものを作っており(彼は第1次大戦で戦死しクープランの墓の前奏曲を献呈された人だ)、これをコンサートで聴くことはあまりないが厳密には4種のスコアが存在する。僕はこの④を弾いて楽しんでいるがさすがに二手だと難しい部分もあり、手が小さいので第5曲 「妖精の園」は左手の10度の和音をちゃんと抑えるのが一苦労である。どなたか①を一緒に弾いてくれると大変うれしい。

ところで①-④を眺めると、ストラヴィンスキーの「火の鳥」のテキストがバレエ版、管弦楽組曲版(複数)、ピアノ・ソロ版が存在して見た目には似た様相となっていることに気がつくだろう。しかしこっちはバレエ版がオリジナルであって作られた順番が逆だ。あくまで管弦楽で発想された音楽でありピアノ版は興味深いがもの足りない。ところがマ・メール・ロワの清楚でシンプルな佇まいはピアノにこそふさわしく、オケ版はその至らなさをフル・オーケストラならではの豪華な響きが飛び交う間奏でフィルアップしたという感じもある(それはそれで別な意味で壮絶に美しいのだが・・・)。

さてマ・メール・ロワの1910年の初演だが、こんなものだったのかなと想像している(第1,3,5曲)。

中国の姉妹だろうか、とてもよろしいと思います。子供でも弾けるのに非常に「高級な」和声が用いられ万人を黙らせるこの曲を選んだという趣味も素晴らしい。

この曲は全曲にわたってスコアにマジカルな瞬間が満載である。精巧なガラス細工の趣だ。全部書くときりがないから2つだけ。まず第3曲 「パゴダの女王レドロネット」のここだ(以下の楽譜は④のシャーロット版である)。

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5小節目のpp。ここで和音がF#からFm/a#にがらりと変わる!魔法としか言いようがない、これぞ不思議の国のアリスの世界だ。ここを「感じて」弾かなくてはいけないのは言うまでもないが、オケ版でテンポを落す指揮者がいる。モントゥー、マルティノンなど。これには反対である。ラヴェルの気位と格調が崩れて下俗なロマン派みたいになってしまう。何といっても最高にいいのはアンセルメだ。テンポは全く変わらず、見事な弦のハーモニーの綾にバス(ハープのa#)が効いている!このバスとツンと澄ました冷ややかなフルートの鳴らし方ひとつでも彼のセンスの良さを感じ、厳粛な気品に何度聴いてもぞくぞくする。

もう一ヵ所、第5曲 「妖精の園」。第5,7小節のドに長7度でぶつかる「シ」をどう弾くか?これはピアノでも弦でも大変にデリケートな問題で難しく、私見ではセクシーでスリリングで末梢神経が痺れるような音が欲しい。そしてさらに終わりのところのこのフレーズだ。

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このppが命でありテンポは僕ならかなり落とす。ビデオの女の子たち、そこをもう少し気を付ければもっと大人の演奏になる。プロでも全然ダメな人が多く名手といわれるサンソン・フランソワでもこのフレーズを不感症で弾いていて、それじゃあマ・メール・ロワをやる意味なんかないでしょうと尋ねたくなる。ここはアンセルメもいいがちょっとクールすぎる。アバドがもっといい。80年代の彼の感度は素晴らしかった。

さらにいえば、オケ版を判断するにソロ・ヴァイオリンの巧拙が大きい。僕は冒頭に書いたようにブーレーズ盤でこの曲に入門したものの、下宿でカセットで聴いていたのはデジェ・ラーンキとゾルターン・コティッシュ、エリック&ターニャ・エイドシェック、そしてアルフォン・アロイス・コンタルスキー兄弟といずれも①だった。自分もピアノで爪弾いておりそういう耳になると、この音楽に散りばめられた精妙で絶美の和音をオケのいい加減な音程で壊すなと祈りたくなる。

だから第4間奏および第5曲のソロVnの音程やヴィヴラートが気になる。モントゥーのLSOのソロは間奏も実にいい加減だし、第5曲も微妙にずれてこれまた能天気に鳴っている直後のオーボエとピッチが合わない。モントゥーの解釈には敬意を払っているだけに非常に残念だ。そして尊敬するブーレーズ盤のニューヨーク・フィルのコンマスもいただけない。第5曲はヴィヴラート過剰なうえになんとポルタメントまでかける下品さで、せっかくの指揮の品位をぶち壊している。こんなものを彼が望んだとは思えず、放置してしまったのも不可解だ。音楽監督就任したての頃だったし遠慮があったのだろうか?セルが鍛えまくったクリーブランド管でやってたら違ったろう。

この曲は77年にチェリビダッケ初来日の読響演奏会(東京文化会館)で、またロンドンとアムステルダムで2回ジュリーニで聴いているが、さっぱり演奏内容の記憶がない。たいして良くなかったんだろう。子供でも弾ける曲だが良い演奏をするのは大家でも難しく、逆に良い演奏をした時の聴衆へのインパクトは非常に大きい。技術ではなく、演奏家の感性、人間性、やさしさといったものが満場を包み込んで暖かな喝采と敬意が集まる。ソロで弾けるので、ピアノニストの方はなんとかの一つ覚えのショパンではなく、こういうセンスのいい曲を弾かれてはいかがだろう。

②③の管弦楽版では

エルネスト・アンセルメ /  スイス・ロマンド管弦楽団                       クラウディオ・アバド / ロンドン交響楽団

をお薦めしたい。アンセルメは最初だけは③であるが間奏曲はないため基本は②という折衷なのが玉に傷だ。オケの機能的にも一流とはいいがたいが、なにしろ上記のようにセンス満点であり、葦笛のようなオーボエを始め管楽器の音色はフランスの伝統美にあふれている。アバドは③であり、楽譜の読みが深く繊細なことは大変に満足感が高い。表面だけきれいにまとめる印象があったが全く違う。オケが納得してそれを音化しており、非常にうまくて美しい。

世評の高いのはアンドレ・クリュイタンス / パリ音楽院管弦楽団だ。華やかでフランスっぽい音と表現だが、しかしじっくり耳を凝らすとオケが精緻でなくうまくない。肝心な部分の感じ方もいまひとつだ。指揮の流れでなんとなくうまくまとめている演奏なので、指揮の気骨で通しているアンセルメと違いそういうことが気になってしまう。餅は餅屋で決して悪くはないが僕は昔懐かしいフランスの管を聴くならアンセルメのクールで厳粛な感じの方を好む。

①では

モニーク・アース/ イナ・マリカ                                   デジェ・ラーンキ / ゾルターン・コティッシュ

アースのが非常にいい。

ラーンキのはフレッシュなみずみずしさが取柄でありよく聴いたのでおなじみというだけで特に優れているわけでもない。この版はその気になれば素人でもできてしまうので面白い演奏はいくらでもあるだろう。できれば自分で弾きたい。

アンセルメをお聴きいただきたい。

(こちらへどうぞ)

僕が聴いた名演奏家たち(ピエール・ブーレーズ追悼)

 

 

 

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